【実施例】
【0083】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0084】
I.アストロサイト増殖活性を有する成分の単離精製
<1>単離精製の工程
図2は、本発明の実施例でのハナサナギタケからの単離精製工程を示した図である。環状ペプチド誘導体の単離精製工程は、(1)ハナサナギタケからの熱水抽出工程、(2)熱水抽出物(PTE)の二相分配による分画工程、(3)逆相フラッシュカラムクロマトグラフィーによる分画工程、(4)逆相高速液体クロマトグラフィー(RP−HPLC)による精製工程の4工程を含む。これら(1)から(4)の各工程は、
図1の概要図に示した工程(1)から(4)とそれぞれ対応するものである。
【0085】
〔A〕方法
以下に、
図2に沿って(1)から(4)の各工程における操作を詳述する。
【0086】
(1)ハナサナギタケ粉末からの熱水抽出
アストロサイト増殖活性を有する化合物の単離精製と構造決定に用いたカイコ冬虫夏草ハナサナギタケ粉末は、福島県の東白農産企業組合より提供されたものを使用した。
【0087】
ハナサナギタケ粉末(42g)に10倍量(w/v)(420ml)の蒸留水(以下、MQと記載する)を加え、120℃、20分間オートクレーブで加熱することで熱水抽出物を得た。その後、熱水抽出物を定性ろ紙(No. 2 ADVANTEC)でろ過し回収(A液)、ろ過後の残渣に再び10倍量(420ml)のMQを添加し、同条件で2回目の抽出、ろ過をおこなった(B液)。A液とB液は混合した後に再度ろ過し、凍結乾燥機(EYELA FDU-2100、東京理化器機)で凍結乾燥し、得た粉末をハナサナギタケ熱水抽出物(以下、PTEと記載する)とし、使用するまで−80℃の超低温槽で保存した。
【0088】
得られたPTEについては、後述のアストロサイト増殖活性試験によって、生理活性を確認し、PTE中にアストロサイト増殖活性を有する成分が含有されていることを確認した。
【0089】
(2)PTEの二相分配による分画
前記の工程(1)で得られたPTE粉末6gに50倍量の(w/v)(300ml)のMQを加え溶解し、分液漏斗中に移した。分液漏斗を振盪することでPTEの濃度勾配を均一にし、そこに酢酸エチル300mlを加えた。その後、振盪とガス抜きを10分間繰り返した後、分液漏斗を60分間静置し、二層に分離させた。下層のMQ層(MQ−1)を回収し、酢酸エチル層の残った分液漏斗中に新たに蒸留水を300ml加え、同様の操作を繰り返した。下層の水層(MQ−2)と上層の酢酸エチル層(EA−1)を回収し、分液漏斗に1度目に回収したMQ−1と酢酸エチル300mlを入れ、再び同様の操作を繰り返した。下層のMQ層(MQ−1)と上層の酢酸エチル層(EA−2)を回収した。MQ−1とMQ−2を混合し二相分配のMQ画分、EA−1とEA−2を混合したものを二相分配の酢酸エチル画分とした。それぞれの画分をロータリーエバポレーター一式(CCA-1100、DPE-1220、SB-1000、N-1000、EYELA DTU-20、ULVAC)と凍結乾燥機(EYELA FDU-2100)を用いて濃縮乾燥し、得られた粉末を二相分配MQ層抽出物および二相分配酢酸エチル層抽出物とし、使用するまで−80℃の超低温槽で保存した。
【0090】
得られた二相分配MQ層抽出物および二相分配酢酸エチル層抽出物については、後述のアストロサイト増殖活性試験によって生理活性を確認し、二相分配MQ層抽出物中にアストロサイト増殖活性を有する成分が含有されていることを確認した。
【0091】
(3)逆相フラッシュカラムクロマトグラフィーによる分画
1)逆相フラッシュカラムの作製
前記の工程(2)で得られた二相分配MQ層抽出物をさらに精製するため、逆相フラッシュカラムクロマトグラフィーをおこなった。カラムは乾式充填法により作製した。担体であるシリカゲル(Wakosil 40C18、和光純薬工業)を、カラム体積が160cm
3になるようにフラッシュクロマト管に入れ、メタノールにより膨潤させた後、最初の展開溶媒であるMQを500mlクロマト管上部まで入れ、ポンプ(HIBLOW AIR POMP、型式SPP-6EBS、テクノ高規株式会社)加圧により溶媒と担体内の気泡を押し出して置換した。
【0092】
2)逆相フラッシュカラムクロマトグラフィーによる分画
二相分配MQ層抽出物3.5mgを14mlのMQに溶かし、作製したカラムの担体表面にチャージした。ポンプ加圧しながら、MQを500ml、10%メタノール(メタノール/MQ (1/9、v/v))、20%メタノール(メタノール/MQ (1/4、v/v))、40%メタノール(メタノール/MQ (2/3、v/v))、60%メタノール(メタノール/MQ (3/2、v/v))、80%メタノール(メタノール/MQ (4/1、v/v))、100%メタノールを300ml順次流した。溶出したそれぞれの画分はロータリーエバポレーター一式(CCA-1100、DPE-1220、SB-1000、N-1000、EYELA DTU-20、ULVAC)と凍結乾燥機(EYELA FDU-2100)を用いて濃縮乾燥した。得られた各画分を、F1:MQ抽出画分、F2:10%メタノール抽出画分、F3:20%メタノール抽出画分、F4:40%メタノール抽出画分、F5:60%メタノール抽出画分、F6:80%メタノール抽出画分、F7:100%メタノール抽出画分とし、使用するまで−80℃の超低温槽で保存した。
【0093】
得られたF1からF7の各画分については、後述のアストロサイト増殖活性試験によって生理活性を確認し、F3画分にアストロサイト増殖活性を有する成分が含有されていることを確認した。
【0094】
(4)逆相高速液体クロマトグラフィー(RP-HPLC)による精製
前記の工程(3)で得られたF3画分について、逆相高速液体クロマトグラフィー(RP-HPLC)を用い、Develosilカラムを用いたStep 1〜3の3段階の精製と、HILICカラムを用いた精製の合計4段階で精製をおこなった。
【0095】
1)分析条件
Step 1〜3で用いたDevelosilカラムによる精製は、以下の分析条件でおこなった。
【0096】
(Step 1)カラム:Develosil RPAQUEOUS (20.0 ID×250 mm) (野村化学)、カラム温度:40℃、移動相:MQ、メタノール、流速:時間によって変化、タイムプログラム(%は移動層中のメタノールの割合を示す):(0min−60min)1.0%、5.0ml/min、isocratic →(60min−180min)1.0%−30.4%、2.0ml/min、gradient →(180min−212min)30.4%−100.0%、5.0ml/min、gradient →(212min−292min)100.0%、5.0ml/min、isocratic、終了、検出波長:254nm。
【0097】
(Step 2および3)カラム:Develosil RPAQUEOUS (20.0 ID×250 mm) (野村化学)、カラム温度:40℃、移動相:0.01%酢酸を含むMQ、0.01%酢酸を含むメタノール、流速:5.0ml/min、タイムプログラム(%は移動層中の0.01%酢酸を含むメタノールの割合を示す):(0min−30min)1.0%、isocratic →(30min−70min)1.0%−40.0%、gradient →(70min−100min)100.0%、isocratic、終了、検出波長:254nm。
【0098】
(HILIC)カラム:HILIC (4.6 ID×250 mm) (COSMOSIL)、カラム温度:28℃、移動相A: 20 mM Et
2NH-CO
2buffer (pH 7.0)、移動層B: CH
3CN(A : B = 90 : 10) isocratic、流速:1.0ml/min、検出波長:210nm。
【0099】
2)分取回収
上記の各分析条件による分離精製では、クロマトグラムの波形を確認し、ピークごとに分取して回収した。Step1では、前記の工程(3)で得られたF3画分について、F-3-1からF3-10まで10個のフラクションに分画し、後述のアストロサイト増殖活性試験によって生理活性を確認し、アストロサイト増殖活性を有する成分が含有されているF-3-10画分を分取して回収した。Step2では、前記のStep1で得られたF-3-10画分について、F-3-10-1からF3-10-4まで4つのフラクションに分画し、後述のアストロサイト増殖活性試験によって生理活性を確認し、アストロサイト増殖活性を有する成分が含有されているF-3-10-4画分を分取して回収した。Step3では、前記のStep2で得られたF-3-10-4画分について、F-3-10-4-1から画分にF-3-10-4-9まで9つのフラクションに分画し後述のアストロサイト増殖活性試験によって生理活性を確認し、アストロサイト増殖活性を有する成分が含有されているF-3-10-4-5画分を分取して回収した。HILICでは、前記のStep3で得られたF-3-10-4-5画分について、F-3-10-4-5-1からF-3-10-4-5-3まで3つのフラクションに分画し、後述のアストロサイト増殖活性試験によって生理活性を確認し、アストロサイト増殖活性を有する成分が含有されているF-3-10-4-5-3画分を分取して回収した。回収した各画分はロータリーエバポレーター一式(CCA-1100、DPE-1220、SB-1000、N-1000、EYELA DTU-20、ULVAC)と凍結乾燥機(EYELA FDU-2100)を用いて濃縮乾燥し、最終精製物をジエチルアミン塩として得た。
【0100】
得られた最終精製物については、後述のアストロサイト増殖活性試験によって生理活性を確認し、最終精製物中の
図3に示したF3-10-4-5-3画分にアストロサイト増殖活性を有する成分が含有されていることを確認した。
【0101】
〔B〕結果
以上詳しく説明したとおり、カイコ冬虫夏草ハナサナギタケ乾燥粉末42gを抽出材料として、7段階の工程(熱水抽出、二相分配、逆相フラッシュクロマトグラフィー、C30RPAQUEOUSカラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の3回の繰り返し(Step 1〜3)、HILICカラムを用いたHPLC)を経た結果、前記のとおり
図3に示すように最終段階のHPLCで分離したF3-10-4-5-1からF3-10-4-5-3の3つの画分のうち、顕著なアストロサイト増殖活性を有する成分としてF3-10-4-5-3画分が得られた。上記の7段階の各精製工程における抽出物の収率(%)を表1に示す。
【0102】
【表1】
【0103】
単離精製物の収量は1.2mgであり、その収率は0.03%であった。なお、各工程における生物活性検定においては、以下のアストロサイト増殖活性を指標にしておこなった。
【0104】
<2>アストロサイト増殖活性試験
1)供試材料
妊娠ICR♀マウスを日本SLC株式会社より購入し、生後24〜48時間の新生児を実験に使用した。
【0105】
2)新生児マウス大脳神経細胞初代培養
ICRマウス新生児(生後24〜48時間)を70%エタノールで十分に消毒した後、細胞培養用100mm dish(直径100mm, Orange Scientific)内のPBS(-)30mlに浸し、クリーンベンチ内に運び入れた。このマウス新生児をピンセットを用いて頸椎脱臼し、安楽死させた。マウス新生児を開頭して脳全体を摘出し、得られた脳を高グルコースダルベッコ変法イーグル培地(HG-D-MEM、和光純薬)15mlが入った細胞培養用100mm dishに移し、ピンセットを用いて培地中で嗅球、正中隆起、髄膜を取り除き海馬を含む大脳のみとした。次いで、得られた大脳を10mlのHG-D-MEMが入った細胞培養用100mm dishに移し、メスを用いて1mm
2以下となるように細かくカットした。カットした大脳を培地ごと50mlコニカルチューブ(TPP)に移し、2分間静置した後、上清を取り除いた。次いで、カットした大脳に4mlの新しいHG-D-MEMを加え、さらに2.5%トリプシン(SIGMA)400μl、1% DNase I(SIGMA)40μlを加えた後に、37℃ウォーターバスにて、時々撹拌しながら10分間インキュベートした。次いで、カットした大脳にHG-D-MEM(10%FBS)を10ml加え、トリプシンの反応を停止させた後に、遠心分離機(H-9R、コクサン)で1,000 × gで3分間遠心分離した。電動ピペッターで上清を吸い取り、沈殿している細胞塊にHG-D-MEM(10%FBS)を10ml加え、滅菌ピペットで細胞塊が見えなくなるまで、数回ピペッティングした。この細胞分散液から余分な細胞塊を取り除くために、細胞分散液をセルストレイナー(孔径100μm、BD Falcon
TM)に通した後、細胞計数板でセルストレイナーを通過した細胞分散液中の細胞数を計数し、細胞数が6.0×10
5cells/mlになるようにHG-D-MEM(10%FBS)で調整した。細胞数を調整後、Poly-D-Lysine Cellware 100 mm Dish(PDL 100 mm dish,BD Falcon
TM)に7mlずつ細胞分散液を播いた。播種後96時間後にアスピレーターで培地を一度除去し、PBS(-)10mlでPDL 100 mm dish内を軽く洗浄し、7mlのHG-D-MEMを新しく加えて培地の交換をおこなった。以上の方法と以下のアストロサイトの調整は、McCarthy and de Vellis (1980、非特許文献30)の方法に準じておこなった。
【0106】
3)アストロサイトの調整
培地交換から72時間後に細胞液を播種したPDL 100 mm dishをインキュベーター内から取り出し、パラフィルムを用いて蓋を密閉し、3〜4 dishを重ねて固定した。これを、37℃、100 rpm、20時間の条件でバイオシェーカー(MULTI SHAKER MMS , INCUBATOR FMS / EYELA)で振盪培養し、神経細胞や細胞片、死細胞等を遊離させた。この時PDL 100 mm dish内には、ニューロン以外の中枢神経系におけるグリア細胞であるアストロサイトのみが接着している(以下、培養アストロサイトと記載する)。振盪後、PDL 100 mm dishをクリーンベンチ内に移し、アスピレーターで上清を取り除き、PBS(-) 10 mlで洗浄し、パスツールピペットで2.5%トリプシン(SIGMA)を1 ml加え、インキュベーター内で10分間静置した。PDL 100 mm dishを再びクリーンベンチ内に戻し、ダルベッコ変法イーグル培地(D-MEM、和光純薬)(10% FBS)を10 ml加え、トリプシンの反応を止め、細胞液を50 mlコニカルチューブに集めた。その後、細胞計数板で細胞数を計数し、1.5 × 10
5 cells/mlになるようにD-MEM(10% FBS)で調整し、このアストロサイト細胞液をPDL 100 mm dishに7 mlずつ播種した。
【0107】
4)培養アストロサイトの継代
前記3)で調整した培養アストロサイトは、播種後72〜96時間ごとに培地交換を行い2週間培養した。操作は上記の実験での培地交換と同様だが、培地としてD-MEM(10% FBS)を使用した。14日後、バイオシェーカーによる振盪培養はおこなわず、その後は前記3)の調整方法に従って、培養アストロサイトの細胞数を調整し、継代をおこなった。
【0108】
5)活性試験
このようにして得られた継代後の培養アストロサイト(2継代目)を使用して、前記のとおりのアストロサイト増殖活性試験をおこなった。その結果、前記のとおり、
図3に示すように、F3-10-4-5-3画分がアストロサイト増殖活性を示す成分を含有していることが確認された。
【0109】
6)初代培養アストロサイトの識別試験と得られた細胞の特性の検討
初代培養アストロサイトまたは2継代アストロサイトにおいて、神経細胞またはグリア細胞由来のミクログリアやオリゴデンドロサイトのコンタミネーションの可能性を排除するために、上記のそれぞれの細胞に特異的な抗体を使用して免疫組織化学的な解析をおこなった。
【0110】
すなわち、まず、2継代目アストロサイトを用い、前記3)と同様の手順で、細胞濃度が3×10
4cells/mlとなるように細胞懸濁液を調整した。培地としてはLG−D−MEM(10%FBS)を用いた。ラミニン(SIGMA-Aldrich、1μg/cm
2培養面積)とフィブロネクチン(SIGMA-Aldrich、3μg/cm
2培養面積)で培養面をコーティングした35mmディッシュ(BD Falcon)に、調整した培養アストロサイトの細胞懸濁液を2ml/dish播種し、37℃、5.0% CO
2の条件下でインキュベートして培養した。培養開始から24時間後、アストロサイトの細胞増殖を抑えるため、ディッシュ内の培地をLG−D−MEM(0%FBS)に置換した。さらに、37℃、5.0% CO
2の条件下で24時間培養後、ディッシュ内の培地を、あらかじめ環状ペプチド誘導体濃度が25μMになるように、前記のとおりの、単離精製されて構造決定された環状ペプチド誘導体を溶解したLG−D−MEM(0%FBS)に置換し、アストロサイトを37℃、5.0% CO
2の条件下で0時間および24時間環状ペプチド誘導体に暴露した。対照群としては、環状ペプチド誘導体を加えていないLG−D−MEM(0%FBS)を用いた。
【0111】
各処理区のディッシュからすべての培地を吸引除去し、4%パラホルムアルデヒド(Wako)を含むPBS溶液を添加し、15分間室温振盪して細胞を固定した。次に、0.1% Triton(R) X-100(SIGMA-Aldrich)を含む PBS溶液を添加し、5分間振盪し浸透処理をした。浸透処理後に、Image-iT FX Signal Enhancer(life technologies)を添加し、1時間室温で振盪しブロッキング処理をおこなった。
【0112】
次いで、細胞を識別するため、ブロッキング処理した細胞に表2に示す各々の抗体を1次抗体として添加し、1時間室温で振盪した。1次抗体の検出には、蛍光色素としてAlexa Fluor 488- またはAlexa Fluor 546- を結合させた2次抗体(Invitrogen)を用い、2次抗体の添加後30分間室温で振盪した。蛍光画像は蛍光顕微鏡IX71(Olympus)を用いて観察、撮影した。観察結果を表3に示す。
【0113】
【表2】
【0114】
【表3】
【0115】
表3に示したように、実施例で使用したアストロサイトは、ミクログリア細胞に特異的なAnti-NG2、オリゴデンドロサイト細胞に特異的なAnti-MBP、そして神経細胞に特異的なAnti-MAP2にはネガティブな反応であり、グリア型グルタミン酸トランスポーター(EAAT2、またはGLT-1と呼ばれている)に対してのみポジティブな反応を示した。EAAT2は、中枢神経系の細胞の中でアストロサイトにのみ発現することから、脳由来の培養アストロサイトは、99%以上の純度のアストロサイトから構成されていることが確認された。
【0116】
II.アストロサイト増殖活性を有する成分の化学構造の決定
〔A〕方法
前記アストロサイト増殖活性を有する成分の単離精製工程(4)において最終的に単離精製したF3-10-4-5-3画分を分取して凍結乾燥したサンプルを使用し、F3-10-4-5-3画分の化学構造をNMRおよびMS解析により、決定した。NMR解析にはBrucker Avance 600 を使用した。MS解析にはJEOL JMS-AX500を利用した。旋光度はJASCO P-1030 polarimeter with a sodium lamp (D line)を用いて測定された。
【0117】
〔B〕結果
解析によって、前記式(2)で表される環状ペプチド誘導体であることが同定された。その
1H−NMRによるHMBC解析の結果を、
図4に例示する。また、この環状ペプチド誘導体の
1H−NMRのスペクトルを
図5に例示する。さらに、この環状ペプチド誘導体の
1H−NMRの各ピークの化学シフトに関しては、表4のとおりであり、
13C−NMRの各ピークの化学シフトに関しては、表5のとおりである。
【0118】
【表4】
【0119】
【表5】
【0120】
また、MS解析として、FAB−MSによる解析をおこなった。解析条件および解析結果は以下のとおりである。
【0121】
MS: FAB negative, matrix: glycerol, HRMS (FAB) m/z (M-H)
-, calcd for [C
26H
37N
4O
10-H]
-565.2510, found 565.2512.
[α]
17.4D = -21.6
o(c = 0.18, H
2O)
NMR解析とMS解析の結果、本発明のアストロサイト増殖活性を有する環状ペプチド誘導体は、分子量が566.2588で水溶性の新規の環状ペプチド誘導体であることが明らかになった。この環状ペプチド誘導体の構造について、化学物質の化学構造データベースであるScifinderを用いて、検索をおこなったところ新規化合物であることがわかった。
【0122】
III.新規環状ペプチド誘導体の機能解析
<1>培養アストロサイト増殖活性の機能解析
1.培養アストロサイト増殖促進活性
〔A〕方法
2継代目アストロサイトを用い、アストロサイト増殖活性を有する成分の単離精製工程(4)と同様の手順で、細胞濃度2.0×10
5 cells / mlとなるように細胞懸濁液を調整した。その際、培地はD-MEM(10% FBS)を用いた。調整した培養アストロサイトの細胞懸濁液は、マルチピペット(Eppendorf)を用いて細胞培養用96 well マイクロプレート(Tissue Culture Treated Polystyrene / IWAKI)に、100 μl / well播種し、37℃、5.0% CO
2の条件下でインキュベートした。24時間後、アストロサイトの細胞増殖を抑えるため、ウェル内の培地をD-MEM(0% FBS)に置換した。さらに24時間後、ウェル内の培地をあらかじめ各種サンプルを溶解させておいたD-MEM(0% FBS)に置換し、アストロサイトをサンプルに24時間暴露した。この時、コントロール群にはサンプルを加えていないD-MEM(0% FBS)を用いた。サンプル暴露後、細胞増殖ELISA, BrdU発色キット(Roche)を用い、キットのプロトコルに準じて操作を行い、吸光度の測定にはマイクロプレートリーダー(Multi - Detection Microplate Reader / DAINIPPON SUMITOMO PHARMA)を用いて、増殖促進活性比較試験をおこなった。なお、本実験においてはBrdU標識溶液の反応時間を4時間、POD標識抗BrdU抗体反応液の反応時間を2時間、基質液の反応時間は、反応停止液を使用せずに30分間に設定した。また、実験全体を通して、各手順における細胞の脱落を防ぐため、タッピングはおこなわず、培地や試薬の除去はすべてマルチピペットを用いておこなった。
【0123】
〔B〕結果
図6に示すように、環状ペプチド誘導体の添加濃度を0.1、1、5、10、25および50μMと変化させたところ、アストロサイト増殖促進活性には、濃度依存性が認められた。
【0124】
2.既存薬とのアストロサイト増殖活性の比較検討試験
ポジティブコントロールとして使用したゾニサミド(Zonisamide)は、パーキンソン病の治療薬として使用されている。ゾニサミドの機能の1つとしてアストロサイト増殖活性が示されている(非特許文献34)。そこで、環状ペプチド誘導体とゾニサミドのアストロサイト増殖活性を比較検討した。また、既知の認知症治療薬であって、これまでにアストロサイトの増殖活性が報告されていない、塩酸ドネペジル、エゼリンおよびガランタミンについてアストロサイト増殖活性試験をおこない、本発明の環状ペプチド誘導体の活性との比較をおこなった。
【0125】
〔A〕方法
2継代目アストロサイトを用い、前記1.のアストロサイト増殖促進活性試験と同様の手順で、既存薬のアストロサイト増殖活性試験をおこなった。ゾニサミド(Wako)は、MQに溶解して100μMに調製し、アリセプト(登録商標)(塩酸ドネペジル、abcam)、エゼリン(SIGMA)およびガランタミン(abcam)はMQに溶解して25μMに調製して試験をおこなった。
【0126】
〔B〕結果
図7に示すように、対照区および100μMのゾニサミド添加区においては、アストロサイトの増殖はほとんど認められなかった。一方、25μMの環状ペプチド誘導体添加区においては、対照区と比較して約12倍のアストロサイト増殖が確認された。このことから、環状ペプチド誘導体のアストロサイト増殖活性は、ゾニサミドによるアストロサイト増殖活性よりも顕著であることがわかる。
【0127】
また、
図8および
図9に示すように、現在臨床において利用されているアルツハイマー症治療薬である塩酸ドネペジルや、エゼリンならびにガランタミンをアストロサイトに添加しても、顕著なアストロサイト増殖活性が認められないことから従来型のアルツハイマー症治療薬はアストロサイトの増殖には何ら影響を及ぼさないと考えられる。そして、アストロサイト増殖活性は、環状ペプチド誘導体の特異的な機能と考えられる。
【0128】
3.環状ペプチド誘導体によるアストロサイト特異的な増殖活性の確認試験
環状ペプチド誘導体によるアストロサイトの増殖促進活性が、アストロサイトだけに限定される特異的な増殖活性であるのか、普遍的な細胞増殖活性によるものかどうかについて、ヒト皮膚繊維芽細胞(NHDF)、ヒト肝がん細胞(HepG2)とヒト白血病細胞(K562)を用いて検討した。
【0129】
〔A〕方法
ヒト皮膚繊維芽細胞(NHDF)、ヒトがん細胞(HepG2)とヒト白血病細胞(K562)、の増殖に及ぼす影響はYangら(2007、非特許文献33)の方法に準じて測定した。96ウェルプレートへの各細胞の播種は、ヒト皮膚繊維芽細胞は2.5×10
4 cells/mlに、ヒトがん細胞とヒト白血病細胞は5×10
4 cells/mlに調整した細胞懸濁液を100μl添加することでおこなった。前記環状ペプチド誘導体はPBS(-)に溶かして添加することから、コントロールとしてPBS(-)のみを添加した。
【0130】
〔B〕結果
図10に示したように、2.5μMと25μMの何れの濃度でも環状ペプチド誘導体の添加によって強い細胞増殖抑制活性が認められた。一方、NHDF細胞においては、25μMの環状ペプチド誘導体を添加した場合には、無添加の群よりも有意に増殖が抑制されるものの、細胞増殖率は80%程度を維持しており、正常細胞に対する細胞毒性は低いと考えられる。したがって、環状ペプチド誘導体によるアストロサイト増殖作用は、普遍的な細胞増殖活性に起因するものではなく、アストロサイトに対する特異的な増殖活性であることがわかった。
【0131】
<2>アセチルコリンエステラーゼ阻害活性試験
既存のアルツハイマー症治療薬の多くは、神経伝達物質であるアセチルコリンの分解酵素であるアセチルコリンエステラ―ゼの阻害活性を標的機構としている。すなわち、アルツハイマー症治療薬は、アセチルコリンエステラーゼを阻害することにより、体内のアセチルコリン濃度を増加させる。そこで、代表的なアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害剤の塩酸ドネペジル(非特許文献31)と本発明の環状ペプチド誘導体のAChE阻害活性の比較検討をおこなった。
【0132】
〔A〕方法
アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害活性はNairら(非特許文献31)の方法に準じて測定し、比較として用いた塩酸ドネペジル(abcam)の濃度はSugimoto ら(非特許文献32)を参考に決定した。
【0133】
〔B〕結果
図11に示すように、10 nMの塩酸ドネペジルでは40%程度のAChE阻害活性が認められるが、1000 nM濃度の環状ペプチド誘導体ではAChE阻害活性が全く認められなかった。
【0134】
この結果から、既存のアルツハイマー症治療薬である塩酸ドネペジルには、AChE阻害活性があるものの、アストロサイト増殖活性を有してはいないことが確認された。一方、本発明の環状ペプチド誘導体は、アストロサイト増殖活性を有するものの、AChE阻害活性は有していないことが確認された。したがって、アストロサイト増殖とAChE阻害の作用機序の間には、同一の作用機序は存在せず、環状ペプチド誘導体はアストロサイト増殖という特異的な作用を発揮していると考えられる。
【0135】
<3>環状ペプチド誘導体添加によるアストロサイトの遺伝子発現活性化作用の解析
2継代目アストロサイトに25μMの環状ペプチド誘導体を添加して、代表的な神経栄養因子NGF、GDNF、VFGF−A,BDNF,VGFの遺伝子発現に及ぼす影響を経時的に検討した。
【0136】
〔A〕方法
2継代目アストロサイトの細胞懸濁液を、細胞濃度が3×10
5cells/mlとなるように調整し、アストロサイトを25μMの前記環状ペプチド誘導体に暴露する時間を、0、1、2、4、8、12および24時間としたこと以外は、<6>と同様の手順で、アストロサイトを培養した。対照群としては、環状ペプチド誘導体を加えていないLG−D−MEM(0%FBS)を用いた。
【0137】
上記の各時間環状ペプチド誘導体に暴露したアストロサイトをそれぞれ回収し、RNeasy Mini Kit(QIAGEN)を用いてトータルRNAの抽出および精製をおこなった。抽出されたトータルRNAはNano Photometer(IMPLEN)を用いて定量した。逆転写反応には、GeneAmp PCR System 9600(PERKIN ELMER)を用い、500 ngのトータルRNAとPrimeScript RT Master Mix(TaKaRa)とを37℃、15分間反応させてcDNAを合成し、85℃、5秒間の加熱によって反応を停止した。
【0138】
合成したcDNAを鋳型とし、表6に記載された市販の各種プライマー(TaKaRa)をそれぞれ用いて、SYBR premix Ex TaqI(TaKaRa)及びリアルタイムPCR装置Thermal Cycler Dice TP800(TaKaRa)により発現解析をおこなった。
【0139】
【表6】
【0140】
表6に記載された具体的な市販のプライマーとしては、以下のものを用いた。NGF遺伝子用のプライマーとして、Mus musculus nerve growth factor(Ngf), transcript variant 1, mRNA(MA075785, TaKaRa)を用いた。GDNF遺伝子用のプライマーとしては、Mus musculus glial cell line derived neurotropphic factor(Gdnf), mRNA(MA102345, TaKaRa)を用いた。VEGF−A遺伝子用のプライマーとしては、Mus musculus vascular endothelial growth factor(Vegfa), transcript variant 1, mRNA(MA128545, TaKaRa)を用いた。BDNF遺伝子用プライマーとしては、Mus musculus brain derived neurotrophic factorfactor(Bdnf), transcript variant 2, mRNA(MA138332, TaKaRa)を用いた。VGF遺伝子用のプライマーとしては、Mus musculus VGF nerve growth factor inducible(Vgf), mRNA(MA157656, TaKaRa)を用いた。
【0141】
各ターゲット遺伝子の発現レベルは、ハウスキーピング遺伝子の一つであるGAPDHを内部標準として補正した後に比較した。
【0142】
〔B〕結果
その結果は
図12に示したように、NGFとVGFの遺伝子発現が環状ペプチド誘導体の添加後8時間から24時間まで増加し、環状ペプチド誘導体の添加前と比較して、統計上の有意な差(p<0.05)が認められた。
【0143】
パーキンソン病治療薬の1つであり、ドーパミンアゴニストであるRopiniroleをマウスのアストロサイトに添加すると、神経栄養因子NGF、GDNF、BDNF遺伝子が活性化されることが知られている(非特許文献35)。また、N-methyl-D-aspartate (NMDA) レセプターのアンタゴニストとして知られているifenprodilは、脳梗塞の後遺症や脳出血の後遺症に伴うめまいの改善薬として使用されている。このifenprodil によって、マウスアストロサイトのNGF、BDNF、GDNF遺伝子活性化とそれぞれのタンパク質生産が確認されている(非特許文献36)。また、抗うつ剤であるserotonin は、VGFを活性化し海馬ニューロンにおいてシナプス活動を増大し、海馬歯状回の神経形成を促進していることが明らかにされている(非特許文献37)。
【0144】
したがって、環状ペプチド誘導体は、アストロサイトのNGFとVGFの遺伝子活性化を誘導することから、パーキンソン病・脳機能障害によるめまい薬・抗精神薬を含めた各種の脳機能疾病の治療薬として適用することも可能である。
【0145】
<4>環状ペプチド誘導体の経口投与による老化促進モデルマウスの学習記憶能改善試験
1)マウス
環状ペプチド誘導体のin vivo試験に用いるマウスとして、老化に伴う初期のアルツハイマー病の認知症モデル動物として用いられる老化促進モデルマウスSAMP8を選定し、そのコントロールとして正常老化マウスSAMR1を選定した。
【0146】
生後19週齢のSAMR1およびSAMP8および雄マウスを日本SLC株式会社より購入し、正常老化マウス群(SAMR1)、老化促進モデルマウス群(SAMP8)、ポジティブコントロールである{P8+塩酸ドネペジル1250μg/kg/day}群、試験区である{P8+環状ペプチド誘導体2.5μg/kg/day}群および{P8+環状ペプチド誘導体25μg/kg/day}群の5群に分け、環境制御された部屋{室温:23±2℃、明暗周期:照明12時間(照明点灯時間:07:00〜19:00)、消灯12時間}で1ケージに1頭ずつ個別飼育した。実験は、恒温恒湿室(気温23±2℃、湿度50±10%)で13:00から18:00の時間帯に実施した。10日間の馴化期間の後、全試験期間中、全てのマウスは標準食(MEQ、オリエンタル酵母社)を与えられ、毎日体重を記録した。水と餌、排泄量(床敷の重量)を週に2回計測した。マウスの個体識別は、ケージ番号によりおこなった。本研究は、動物愛護法並びに実験動物のケア及び使用に関するガイドラインに従うとともに、岩手大学動物実験委員会の認可を受け、おこなった。
【0147】
2)マウスへの環状ペプチドおよび薬物の経口投与
上記の5群に分けたマウスに対し、以下の処理をおこなった。
(1)正常老化マウス群:胃ゾンデを用いて0.9%生理食塩水を5週間投与した。
(2)老化促進モデルマウス群:胃ゾンデを用いて0.9%生理食塩水を5週間投与した。なお、すべての行動実験が終わるまで経口投与を継続し、全8週間、経口投与をおこなった。
(3){P8+塩酸ドネペジル1250μg/kg/day}群:ポジティブコントロールとして塩酸ドネペジル(株式会社三洋化学研究所)をMQに溶解し、濃度1250μg/kg(体重)に調製して、SAMP8マウスに対し、胃ゾンデを用いて5週間経口投与した。この濃度は、毎日測定した体重を元に正確に算出した。なお、すべての行動実験が終わるまで経口投与を継続し、全8週間、経口投与をおこなった。
(4){P8+環状ペプチド誘導体2.5μg/kg/day}群:試験区として前記環状ペプチド誘導体をMQに溶解し、濃度2.5μg/kg(体重)に調製して、SAMP8マウスに対し、胃ゾンデを用いて5週間経口投与した。この濃度は、毎日測定した体重を元に正確に算出した。なお、すべての行動実験が終わるまで経口投与を継続し、全8週間、経口投与をおこなった。
(5){P8+環状ペプチド誘導体25μg/kg/day}群:試験区として前記環状ペプチド誘導体をMQに溶解し、濃度25μg/kg(体重)に調製して(非特許文献39)、SAMP8マウスに対し、胃ゾンデを用いて5週間経口投与した。この濃度は、毎日測定した体重を元に正確に算出した。なお、すべての行動実験が終わるまで経口投与を継続し、全8週間、経口投与をおこなった。
【0148】
また、すべての行動実験が終わるまで5群のマウス全てに標準食と水を与えた。
【0149】
3)ステップスルー型受動的回避実験
(1)装置
装置(小原医科産業株式会社製)は、逆台形型の明室と暗室(明室:上面100×130mm、底面42×130mm、高さ90mm、暗室:上面100×160mm、底面42×160mm、高さ90mm)から構成されている。両室の床は、ともに直径2.0mmのステンレス棒が6.0mm間隔で並べられており、暗室の床だけが通電される。両室は、実験者が上下に自由に開閉できる仕切り板で隔てられている。獲得試行においては、白色蛍光灯(15W、400ルクス)で照らされた明室にマウスを入れた後に、仕切り板を開けて試験を開始した。また、暗室内の入り口の左右には、マウスの入室を検知するための赤外線センサーが備えられ、この赤外線センサーが検出したシグナルを入室時間の計測や電気刺激発生トリガーとして用いた。
(2)手順
ステップスルー型受動的回避実験の手順については、Tsushima et al.(非特許文献38)の記載に従っておこなった。本実験の前にマウスの異常個体を選別することを目的として、前獲得試行をおこなった。この前獲得試行では、仕切りドアを開けたままマウスを明室に入れ、暗室に入るまでの時間を測定した。ステップスルー型受動的回避実験は、明るい場所よりも暗い場所を好むというマウスの負の走行習性を利用したものである。このため、前獲得試行において、明室に入れられたマウスが60秒以上明室に留まるようであれば、異常個体と判断し、以下の実験には使用しなかった。
【0150】
実験1日目に前獲得試行をおこない、その後に獲得試行をおこなった。獲得試行においては、仕切りドアを閉めた状態でマウスを明室に入れ、30秒後に仕切りドアを開け、マウスが暗室に入るまでの時間(反応潜時)を測定した。マウスの後ろ足が暗室に入った時点、または暗室の中の赤外線センサーに反応した時点で、仕切りドアを閉め、マウスが暗室に入ってから2秒後に0.3mAの電気刺激を4秒間与えた。
【0151】
実験2日目(獲得試行から24時間後)には、再生試行をおこなった。再生試行では、獲得試行と異なり電気刺激を与えないこと以外は、獲得試行と同様の操作をおこなった。反応潜時は最大300秒として計測した。
(3)結果
図13に示すように、受動的回避実験では、再生試行において正常老化マウス(SAMR1)と老化促進モデルマウス(SAMP8)の反応潜時を比較すると、老化促進モデルマウスでは反応潜時が有意に短く、文脈学習能が低かった(p<0.05)。さらに、何も投与していない老化促進モデルマウスと、塩酸ドネペジルを投与した老化促進モデルマウスの反応潜時を比較すると、塩酸ドネペジルを投与した老化促進モデルマウスでは何も投与していない老化促進モデルマウスよりも反応潜時が有意に短く、文脈学習能が低かった(p<0.05)。一方、環状ペプチド誘導体を2.5 μg/kg/dayおよび25 μg/kg/day投与した老化促進モデルマウスでは、文脈学習能が正常老化マウスレベルまで回復することが確認された。
【0152】
以上のことから、老化促進モデルマウスに本発明の環状ペプチド誘導体を経口投与することで、既知の認知症治療薬である塩酸ドネペジルよりも明らかに文脈学習能が改善されることが確認された。
【0153】
4)モリス水迷路実験
(1)装置およびそのセッティング
装置(小原医科産業株式会社製)およびそのセッティングは、以下に記載するとおりである。まず、円筒形プール(直径100cm、深さ30cm)を床上80cmにセットした。次いで、このプールに深さ20cmまで水(水温25±1℃)を入れ、透明なプラットフォーム(直径10cm、高さ19cm)が水面下1cmに沈むようにセットした。次いで、プラットフォームが水泳中のマウスに見えないように、市販の白色ポスターカラーでプールの水を白濁させ、白黒CCDカメラをプールの略中央の水面の真上100cmの位置に設置し、全てのクワドラントをカバーする写真を白黒CCDカメラによって自動撮影および自動記録した。カメラは、コンピュータと連動しており、マウスの水泳軌跡は0.5秒間隔でコンピュータに保存された。水泳軌跡の記録と画像解析は、NIH (The U.S. National Institute of Health)により開発され公開されているNIH Imageを元にしたソフトウェア、Image WMH 2.08とImage WM 2.12 (小原医科産業株式会社製) を使用した。
(2)手順
モリス水迷路実験の手順については、Tsushima et al.(非特許文献38)の方法に従った。実験は9日間、毎日同時刻から開始した。1日目には、マウスをプールに馴れさせるため、それぞれのマウスを1回ずつ1分間泳がせた。その後、プラットフォームに高さ10cmの目印をセットし、マウスにプラットフォームの存在を認識させた。また、マウスをプールに入れる際、コンピュータに指示されたマウス投入地点からプールの壁向きに入水させ、実験者は速やかにマウスから見えない位置に退避した。マウスが60秒以内にプラットフォームに到達した場合、マウスをプラットフォーム上に15秒間安置した後に、救出した。マウスが60秒間の水泳でプラットフォームに到達できなかった場合、実験者の手でマウスをプラットフォーム上に移動させ、プラットフォーム上に15秒間安置した後に救出した。
【0154】
2〜8日目には、マウスにプラットフォームの位置を記憶させるトレーニングをおこなった。トレーニングは、マウス1頭につき連続して1日に4回連続でおこなった。トレーニングの方法は、1日目の操作と同様におこない、プラットフォームに到達した時間を記録した。なお、マウスが60秒間の水泳でプラットフォームに到達できなかった場合、実験者の手でマウスをプラットフォーム上に移動させ、プラットフォーム上に15秒間安置した後に救出し、到達時間を60秒として記録した。
【0155】
9日目には、プローブテストをおこなった。プローブテストは、プールからプラットフォームを取り除き、マウスを60秒間泳がせ、各クワドラント(円形のプールの四分円)の各ドメイン内での滞在率(滞在時間)を測定した。なお、プローブテストは、マウス1頭につき、1回ずつおこなった。
(3)結果
図14に示すように、実験2〜8日目にプラットフォームが設置されていたクワドラント1におけるマウス滞在率(%)の値から、本発明の環状ペプチド誘導体を投与することにより、空間学習能が顕著に回復することが確認された。すなわち、正常老化マウスと老化促進モデルマウスを比較した場合、老化促進モデルマウスではクワドラント1におけるマウス滞在率(%)の値が有意に低かった(p<0.05)。一方、老化促進モデルマウスと環状ペプチド誘導体を25 μg/kg/day投与した老化促進モデルマウスとを比較すると、環状ペプチド誘導体を25 μg/kg/day投与した老化促進モデルマウスでは空間学習能が有意に回復していることがわかった(p<0.05)。
【0156】
以上のことから、老化促進モデルマウスに環状ペプチド誘導体を経口投与することで、既知の認知症治療薬である塩酸ドネペジルよりも、空間学習能が明らかに改善することが確認された。
【0157】
<5>環状ペプチド誘導体の経口投与による老化促進モデルマウスの毛髪アンチエイジング効果
アストロサイトの神経保護作用として、神経細胞へのエネルギー供給、血液脳関門(BBB)形成、興奮性アミノ酸の取り込み能、抗酸化防御、神経幹細胞への脱分化などの多機能性が明らかになっている(非特許文献35、36)。
【0158】
そこで、環状ペプチド誘導体によるアストロサイト増殖が認知機能の改善や、学習記憶能の改善以外にも、in vivo試験における効果の多機能性が期待できる。特に、アストロサイト由来のシグナルによって皮膚真皮幹細胞からニューロン形成に誘導できることが知られており(非特許文献37)、アストロサイトと真皮幹細胞の間で、分子シグナルの介在を経た相互作用が考えられる。
【0159】
発明者らは、これまでに老化促進モデルマウス(SAMP8)を使用して体毛および毛髪のアンチエイジング効果について解析してきたことから(非特許文献40)、環状ペプチド誘導体を投与した老化促進モデルマウスについても、静動摩擦測定器と走査型プローブ顕微鏡(scanning probe microscope ; SPM)を使用して体毛及び毛髪のアンチエイジング効果について解析した。
【0160】
1)摩擦係数測定試験
動物の毛髪および体毛の摩擦係数は、毛髪および体毛の表面に存在するうろこ状の組織であるキューティクルの状態と密接な関係にあり、毛髪および体毛のキューティクルの損傷が大きいほど摩擦係数(Coefficient of friction; COF)の値も大きいと考えることができる(非特許文献40)。また、キューティクルの損傷が大きければ、毛髪および体毛の水分や栄養分がキューティクルの損傷部から流失することが知られている。
【0161】
(1)装置
装置は、静動摩擦測定器ハンディラブテスターTL701(株式会社トリニティーラボ製)を使用した。本機は、測定に際して動物やヒトの毛髪および体毛を切断して測定サンプルとする必要がなく、毛髪及び体毛が皮膚から生えている状態をそのまま測定することができる静動摩擦測定器である。すなわち、本機械は、皮膚や複雑な曲面を有する材料表面の摩擦測定も可能である。
【0162】
(2)方法
静動摩擦測定器の接触子を、マウスの額部分の体毛に押し当て、およそ1Nの荷重をかけたまま約10秒間かけてマウスの額から両耳の間を通って頸部まで移動させて、体毛表面の摩擦係数(COF)を測定した。摩擦係数(COF)は、マウス1頭につき5〜10回計測し、その平均値を算出した。
【0163】
2)走査型プローブ顕微鏡による老化マウス体毛の観察試験
(1)装置
装置は、タッピングモード走査型プローブ顕微鏡 (SPM:SPA400,日立ハイテクサイエンス)を使用した。
【0164】
(2)方法
試料として、ピンセットを用いてマウスの頭頸部の体毛を根元から抜いて採取し、前記タッピングモード走査型プローブ顕微鏡を使用し、観察した。
【0165】
3)結果
図15に示すように、静動摩擦測定器を用いて測定したマウス体毛の摩擦係数(COF)をX軸、SPMを用いて測定したマウス体毛表面の損傷面積比をY軸にとり、それらの相関関係を評価した。老化促進モデルマウス体毛の摩擦係数(COF)と損傷面積比の数値は高く、これらの2つの指標は、正常老化マウスの体毛ではいずれも低かった。このことから、老化促進モデルマウスの1つの特性として体毛も老化し、その毛質が劣化していることが考えられる。一方、既知の認知症治療薬である塩酸ドネペジルを経口投与した老化促進モデルマウスでは、マウス体毛表面の損傷面積比は正常老化マウスと同じレベルであったが、マウス体毛の摩擦係数は老化促進モデルマウスと同レベルのままであって、顕著な回復は認められなかった。
【0166】
これに対し、老化促進モデルマウスに2.5 μg/kg/dayおよび25 μg/kg/dayの環状ペプチド誘導体を経口投与すると、マウス体毛表面の摩擦係数(COF)および損傷面積比の両方が、正常老化マウスと同じレベルにまで低下し、毛質が改善することが明らかになった。
【0167】
以上のことから、本願発明の環状ペプチド誘導体は、毛髪のアンチエイジングにまで効果を発揮する可能性が考えられる。
【0168】
<6>カイコ冬虫夏草ハナサナギタケ、及び他の冬虫夏草や培地として使用しているカイコ蛹そのものにおけるアストロサイト増殖活性の比較
代表的な冬虫夏草であるチベット産シネンシストウチュウカソウに関しては、多くの生理活性物質が同定されている(非特許文献1、2)。また、韓国、中国ではカイコ冬虫夏草ハナサナギタケも販売されているが、アストロサイト増殖活性に関する知見は見当たらないので、再度ここで比較をおこなった。
【0169】
1)材料
比較のための材料として、チベット産シネンシストウチュウカソウ乾燥粉末、チベット産シネンシストウチュウカソウのタンク培養液乾燥粉末、韓国産カイコ冬虫夏草ハナサナギタケ乾燥粉末、培地となるカイコ乾燥蛹のみの4サンプルと、本発明の環状ペプチド誘導体を含有するカイコ冬虫夏草ハナサナギタケ2サンプル(本実施例で使用した、カイコ乾燥蛹を宿主として培養したカイコ冬虫夏草ハナサナギタケと、カイコ生蛹を宿主として培養したカイコ冬虫夏草ハナサナギタケ)の合計6サンプルを用いた。
【0170】
2)方法
このような6サンプルについて、
図2に示した本発明の環状ペプチド誘導体の単離精製工程における工程(1)の熱水抽出により、熱水抽出物MQ層を得た。次いで、得られた熱水抽出物MQ層を工程(2)の逆相フラッシュカラムクロマトグラフィーによって7つの画分(F1〜F7)に溶離した。得られた7つの画分全てについて濃度100μg/mlにおけるアストロサイト増殖活性試験をおこない、それらの生理活性を比較した。
【0171】
3)結果
図16E、Fに示すように、日本産のカイコ冬虫夏草ハナサナギタケのF3における顕著な活性以外では、
図16Cの韓国産のハナサナギタケのF7で若干の活性が認められるが、
図16A、B、Dの何れの冬虫夏草の全画分において、アストロサイト増殖活性はほとんど認められず、環状ペプチド誘導体は存在しないか、存在するにしても量的に僅かなレベルであることがわかった。また、培地となるカイコ乾燥蛹のみでは活性が確認されないことから、カイコ蛹に寄生するハナサナギタケの代謝産物として環状ペプチド誘導体が合成されていると考えられる。このことから、ハナサナギタケの宿主としてカイコの蛹を用いることが環状ペプチド誘導体の製造には望ましいことが確認された。
【0172】
なお、タンク培養によって生産されたハナサナギタケであっても、培養液中におけるカイコ蛹粉末の含量を増加させることで、環状ペプチド誘導体が得られると考えられる。