(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
処理手段および記録手段を有するシステムを用いて、前立腺癌が疑われる患者についての血清を検体とするキャピラリ電気泳動の泳動波形データ(x)の処理方法であって、
記録手段は、
検査診断能テーブル(1)、診断特性テーブル(2)、病歴テーブル(3)、検査結果テーブル(4)および推定易動度テーブル(5)を含むデータベースを記録し、
処理手段が、
(工程a) 入力された泳動波形データ(x)を基に、推定易動度テーブル(5)を参照し、患者の泳動波形データ(x)のうちの、推定易動度テーブル(5)に記録された推定易動度のそれぞれにおける吸光度を調べ、
(工程b) 調べた吸光度を多重ロジスティック回帰分析における予測式に代入して得た予測値を0.5と比較する、
各工程を含み、
検査診断能テーブル(1)は、少なくとも前立腺癌に相当する病名コードおよび血清を検体として測定したキャピラリ電気泳動検査の泳動波形データ(w)における易動度を主キーとして、AUCおよび最適カットオフ値を管理し、
診断特性テーブル(2)は、少なくとも前立腺癌に相当する病名コード、泳動波形データ(w)における易動度およびカットオフ値を主キーとして、感度および特異度を管理し、且つ検査診断能テーブル(1)にカットオフ値ごとに多値従属し、
病歴テーブル(3)は、少なくとも患者番号および病歴登録日を主キーとして、前立腺癌に相当する病名コードを管理し、
検査結果テーブル(4)は、少なくとも患者番号および泳動波形データ(w)における易動度を主キーとして、泳動波形データ(w)における吸光度を管理し、且つ病歴テーブル(3)に多値従属し、
検査診断能テーブル(1)および診断特性テーブル(2)が、病歴テーブル(3)と、検査結果テーブル(4)とを用い、病歴テーブル(3)に記載された前立腺癌の陽性または陰性の鑑別診断結果と、検査結果テーブル(4)に記録された易動度における吸光度の値との組み合わせのすべてについてROC解析を行って得られたものであり、
推定易動度テーブル(5)は、検査診断能テーブル(1)と診断特性テーブル(2)とから多重ロジスティック回帰によって作成した、複数の推定易動度を有する、
ことを特徴とする前記方法。
データベース中の患者群は、少なくとも前立腺癌について陽性の鑑別診断を受けた患者および前立腺癌について陰性の鑑別診断を受けた患者を含む患者群である、請求項1に記載の方法。
【背景技術】
【0002】
前立腺癌に罹患する患者の数は年々増加しており、2020年には肺癌に次いで第2位の患者数になると予測されている(非特許文献1)。
現在、前立腺癌の確定診断は、以下の段階を踏んで行われることが多い。
先ずは触診(直腸診)、超音波診断などのスクリーニング検査によって前立腺癌が疑われる患者を選別した後、前立腺癌の腫瘍マーカであるPSA(Prostate Specific Antigen、前立腺特異抗原)の測定が行われる。
PSAには、遊離型PSA(free−PSA)および結合型PSA(complex−PSA)の2つの類型が存在するが、前立腺癌との関係では、両者の合計値である総PSA(total−PSA)量と、総PSA量に対する遊離型PSA量の比であるF/T比とが問題とされる。先ずは、総PSA検査を行い、この値が高い患者を選別し、該選別された患者に対して、F/T比検査を行うこととなる。このF/T比が低い患者は前立腺癌の偽陽性と判断され、前立腺から採取した組織を用いる生体組織検査(生検)を行ったうえで、確定診断がなされることとなる。
上記の総PSA検査およびF/T比検査には、それぞれ、140点および170点の保険点数が付されており、単品の検査としてはいずれも高価な部類に属する。生検については、保険点数1,400点という高額な検査であることもさることながら、被検患者の肉体的および精神的な苦痛も大きい。前立腺からの試料の採取は、麻酔下で患部に穿刺して行われる。しかし、この麻酔のための注射がかなり痛いうえ、患部から試料を採取するための操作が、麻酔下においてさえ、被検患者に相当の苦痛を与えるといわれている。さらに、生検試料を採取するためには、肛門および外陰部を露出する必要があり、羞恥心ないし屈辱感を覚える患者もいると思われる。なお、上記の保険点数は、いずれも本願出願当時の点数である。
【0003】
ところで、総PSA量が高く、F/T比検査に至る患者の中には、前立腺癌患者のほか、癌に罹患していない単なる前立腺肥大患者も含まれる。総PSA検査を受診した患者のうち、前立腺癌の確定診断を受ける者の割合は、1〜2割程度(あるいはこれ以下)の低率であるといわれている。また、F/T比検査によって前立腺癌の偽陽性とされた患者のうち、生検の結果前立腺癌の確定診断を受ける者の割合は、F/T比の値と確定診断結果との間でROC(Receiver Operating Characteristic)解析を行って得られたROC曲線の曲線下面積(AUC=Area Under Curve)として、0.79程度であるといわれている。
つまり、総PSA検査を受診した患者の大半は、前立腺癌との関係では高価な検査を受ける必要はもともとなかったわけであり;
生検を受信した患者のうちの少なからぬ割合の者は、負担および苦痛の大きい検査を受ける必要はなかったこととなる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書中において、「確定診断」とは、生検を経由して得られた前立腺癌陽性または陰性の診断を意味し;
「鑑別診断」とは、前立腺癌ではない前立腺肥大と、前立腺癌と、を区別する診断を意味する。この鑑別診断は、生検を経由して得られた場合、および本発明の方法を適用して得られた場合の双方を包含する概念である。
本発明
において、データベースは、少なくとも検査診断能テーブル
、診断特性テーブル
および推定易動度テーブル
を有する。
上記検査診断能テーブルは、推定患者について、血清を検体とするキャピラリ電気泳動を測定して泳動波形データにおいて、ある易動度における吸光度の値が、前立腺癌について陽性または陰性であるとの鑑別診断を下すためにどの程度の信頼性を持ったものであるかを示すテーブルである。この検査診断能テーブルは、前立腺癌の陽性または陰性の鑑別診断結果と、ある易動度における吸光度の値と、の組み合わせのすべてについてROC(Receiver Operatorating Characteristic、受信者動作特性)解析を行うことにより、易動度ごとに1テーブルずつが生成される。
この検査診断能テーブルは、少なくとも前立腺癌に相当する病名コードおよび血清を検体として測定したキャピラリ電気泳動検査の泳動波形データにおける易動度を主キーとする。感度特異度に直接的に影響を与える患者属性である、例えば年齢(または年代)、既往症なども主キーとしてさらに設定してもよい。検査診断能テーブルは、ROC解析におけるAUC(Area Under the Curve、ROC曲線下面積)および最適カットオフ値を管理する。最適カットオフ値とは、ROC解析における感度(真陽性数÷検査陽性数)と特異度(真陰性数÷検査陰性数)との積が最大となるカットオフ値をいう。ここで、真陽性数および真陰性数とは、それぞれ、前立腺癌の鑑別診断において陽性または陰性と診断された患者数であり;
検査陽性数とは、ある易動度における吸光度が当該カットオフ値以上である患者をすべて陽性と仮定したときの患者数であり;
検査陰性数とは、ある易動度における吸光度が当該カットオフ値未満である患者をすべて陰性と仮定したときの患者数である。
【0011】
上記診断特性テーブルは、上記の検査診断能テーブルに対して、ROC解析のカットオフ値ごとに多値従属する。すなわちこのテーブルは、泳動波形データにおける特定の易動度に対応する吸光度の値と、前立腺癌の陽性・陰性の鑑別診断と、の組み合わせについてROC解析を行って得られたROC曲線の横軸(カットオフ値)の値ごとに1レコードずつ生成される。1つのROC解析においてROC曲線の横軸を、好ましくは50〜100等分して、各等分点に対応するカットオフ値ごとに1レコードずつ生成される。
この診断特性テーブルは、少なくとも前立腺癌に相当する病名コード、前記泳動波形データにおける易動度およびカットオフ値を主キーとし、好ましくは上記検査コードに対応する検査の検体となる材料(本件の場合は血清)を示す材料コードのほか、年齢(または年代)、既往症などの患者属性も主キーとして設定してよい。診断特性テーブルは、少なくとも感度および特異度を管理し、好ましくはさらに陽性尤度比および陰性尤度比を管理する。この陽性尤度比は、ROC解析の感度特異度を用いて下記数式で定義される値である。陽性尤度比は、その数値が高いほど前立腺癌である確率が高いことを示す。一方、陰性尤度比は、その数値が低いほど前立腺癌である確率が低く、ゼロに近ければ前立腺癌である可能性を否定することができる指標である。
【0013】
上記の検査診断能テーブルおよび診断特性テーブルは、病歴テーブルと検査結果テーブルとを用いて生成することができる。病歴テーブルに記録された病名コードが前立腺癌に相当するコードである病歴テーブルを選択して抽出し、該病歴テーブルと、検査結果テーブルに記録された泳動波形データにおける易動度および吸光度と、の組み合わせについてROC解析を行えばよい。
病歴テーブルおよび検査結果テーブルは、日常の診療記録から生成することができる。電子カルテから下記する必要情報をコード化して各テーブルを生成すればよい。ただし、電子カルテからこれらのテーブルを生成するに際しては、患者のプライバシー保護の観点から、患者の特定を不能とするような措置をとることが好ましい。そのための方法としては、例えば完全ハッシュ関数などを用いて不可逆的な匿名化措置を施すことなどを挙げることができる。このとき、泳動波形データに直接影響を与える患者属性として、患者の年代、世代、既往症などに関する情報は維持することが好ましい。
上記病歴テーブルは、少なくとも患者番号を主キーとし、病歴登録日などを主キーとしてもよい。病歴テーブルは、少なくとも病名コードを管理するほか、転帰(治癒、死亡、治療中止など)および転帰日を管理してもよい。
検査結果テーブルは、上記の病歴テーブルに記載された患者番号によって特定される特定患者について、血清を検体として測定したキャピラリ電気泳動検査の泳動波形データにおける易動度ごとに多値従属する。つまり、検査結果テーブルは、特定患者に対するキャピラリ電気泳動検査の泳動波形データにおける易動度ごとに1レコードずつ生成されることとなる。検査結果テーブルは、少なくとも患者番号、検査日および易動度を主キーとする。検査結果テーブルは、当該易動度における吸光度を管理する。
【0014】
易動度としては、公知の方法によって正規化した場合に、0〜290程度の範囲を適用することが好ましい。正規化の方法としては、アルブミンの易動度を75とし、内部標準物質としてのジメチルホルムアミドの易動度を300として、その余の部分を等分する方法;
特許文献1(特開2007−139548号公報)に記載された推定方法などの適宜の方法によることができ、いずれの方法によっても本発明が所期する効果を発現することができる。特許文献1に記載された方法は、以下の工程(1)〜(4)を経由する方法である:
(1)易動度の測定によって得られた単位時間配列データである被補正データを、予め記録された複数の参照波形データのそれぞれに変換する複数のワーピング関数および各ワーピング関数に対応するDTW(Dynamic Time Warping)距離を求める工程、
(2)前記DTW距離のうちの最小値を求め、該最小のDTW距離に対応する前記ワーピング関数を決定する工程、
(3)前記決定されたワーピング関数を近似する直線の傾きおよび切片を求める工程、ならびに
(4)前記傾きおよび切片で規定される一次関数を用いて、前記被補正データを補正する工程。
【0015】
吸光度は、上記範囲において易動度の数値ポイントごとに記録してもよいし、これよりも粗くまたは細かい易動度ごとに記録してもよい。適当な記録密度としては、上記の範囲で易動度を200〜500等分した等分点ごとに記録することが好ましく、250〜350等分した等分点ごとに記録することが好ましい。しかしながら、電気泳動測定装置には、吸光度を易動度の数値ポイントごとに記録して表示するプログラムが搭載されていることが通常であり、本発明の効果を発現するにはこの設定に従った記録密度で十分であるから、あえてより細かいデータをとる実益は希薄である。
吸光度としては、波長214nmで検出された吸光度であることが好ましい。本発明者らの検討によると、検出波長を214nmとして得られた泳動波形データは、前立腺癌との間に非常に高い相関性を示すことが見いだされた。従って、キャピラリ電気泳動の測定は、波長214nmで行うことが好ましい。
【0016】
ところで、キャピラリ電気泳動の測定は、通常、検出波長を200nmに設定して行われる。しかし興味深いことに、検出波長を200nmとして得られた泳動波形データには、前立腺癌との相関が全く見いだされないのである。従って、上記の吸光度として、波長214nmにおける検出値と、波長200nmにおける検出値と、の差分をとれば、ベースラインが補正されたより精密なデータベースを構築することができ、好ましい。
上記の吸光度としては、ある易動度において測定された吸光度をそのまま使用することができる。
ところで、臨床の現場では、推定が高精度であることよりも安定的に運用できることの方が重視される場合がある。キャピラリ電気泳動の場合には、上記のとおり、データ解析の過程で泳動波形データの正規化が行われるが、その際、易動度が最大で±1.5ポイント程度ずれることがあるといわれている。従って、ある易動度における吸光度を取り扱う際、該易動度の前後数ポイントの範囲にある易動度における吸光度の和をとり、これを該易動度における吸光度であると擬制する方が、安定性の要求に応えられる場合があり、そうすることが好ましい。このとき、和をとる易動度の範囲を大きくしすぎると、吸光度のピークをブロード化して推定精度を過度に損なう結果となる。これら双方を勘案して、和をとる易動度の範囲は、ある易動度に対して前後1〜3ポイントの範囲とすることが好ましい。
上記における「ポイント」とは、吸光度を記録する易動度の範囲を上記の好ましい数に等分した等分点の1つに相当する易動度の幅を表す単位である。
【0017】
本発明のデータベースを構成する検査診断能テーブルおよび診断特性テーブルは、上記のような病歴テーブルと検査結果テーブルとから、
前記病歴テーブルに記載された前立腺癌の陽性または陰性の鑑別診断結果と、前記検査結果テーブルに記録された易動度における吸光度の値と、の組み合わせのすべてについてROC解析を行うことにより生成される。
検査診断能テーブルおよび診断特性テーブルを生成するために使用する病歴テーブル(およびこれに従属する検査結果テーブル)は、その数が多いほど得られるデータベースの予測精度が高くなる。前立腺癌の場合、前立腺癌患者と、前立腺癌は陰性である前立腺肥大患者と、の区別が問題となる場合が多い。従って、前立腺癌について陽性の鑑別診断を受けた患者および前立腺癌について陰性の鑑別診断を受けた患者の双方を、それぞれ一定数以上含む患者群から得られた病歴テーブルを使用することが好ましい。前立腺癌について陰性の鑑別診断を受けた患者とは、前立腺癌は陰性であるが、前立腺肥大症を保有する患者を包含する。
適当な患者群の数は、前立腺癌陽性の鑑別診断を受けた患者について、好ましくは20人以上、より好ましくは50人以上であり;
前立腺癌陰性の鑑別診断を受けた患者について、好ましくは50人以上であり、より好ましくは100人以上である。患者群を構成する患者の数は、多ければ多いほど、得られるデータベースの信頼性が高くなる点で好ましい。
患者群には、健常者を含めてもよい。この文脈における「健常者」とは、前立腺癌および前立腺肥大との関係においては健常である者、というほどの意味であり、完璧な健康体を有する者のみを意味するわけではなく、前立腺癌および前立腺肥大以外の疾患を有していてもよい。このような意味における健常者は、前立腺癌の鑑別診断を受けていないことが通常であるが、本発明との関係においては、前立腺癌についての鑑定診断結果を陰性であるとして扱うものとする。上記患者群における健常者の数は、好ましくは5人以上であり、より好ましくは20人以上である。
【0018】
症例数を多く集めることが可能な場合には、同年代の患者ごとに患者群を構成することが好ましい。すなわち、満年齢が45歳以下の患者群、46〜50歳の患者群、51〜55歳の患者群、というように、例えば5歳幅ごとに患者群を区切り、同年代の陽性群および陰性群の患者(ならびに存在する場合には健常者)からなる患者群ごとにそれぞれROC解析を行うことにより、年齢の交絡を回避し、鑑別診断の信頼性をより高くすることができる点で、好ましい。
患者数が少ない場合には、例えばジャックナイフ法(jack−knife method)、ブートストラップ法(bootstrap method)などのリサンプリング法を適用することができる。つまり、症例(元データ)の中から標本数n個の事例をランダムに復元抽出し、該復元抽出した事例についてROC解析を行う。この復元抽出およびROC解析の操作をN回繰り返し、その平均値を採用することにより、データベースの信頼性を高めることができる。患者数が多い場合であっても、上記と同様のリサンプリング法を適用することによって、より正確な検査診断特性を与えるデータベースを構築することができる。
【0019】
ROC解析は公知の方法によって行うことができる。すなわち、前立腺癌の陽性または陰性の鑑別診断結果と、ある易動度における吸光度の値と、の組み合わせのそれぞれに対して、横軸に吸光度の値をとり、縦軸に出現頻度をとったグラフにおいて、すべての患者の検査結果テーブルから集計された前立腺癌についての陰性事例と陽性事例の分布図を想定する。この分布図において、特定の吸光度を閾値として該閾値以上の患者をすべて疑陽性と仮定したうえで、事例数(疑陽性数)に対する陽性事例数(真陽性数)の割合(真陽性率)を計算する。そして、閾値を徐々に変化させながら同様の計算を繰り返し、閾値に対して真陽性率をプロットしたグラフ(ROC曲線)を作成する。得られたROC曲線データから特定の閾値における感度および特異度を算出し、少なくともこれらを記録することにより、閾値ごとの診断特性テーブルを生成することができる。診断特性テーブルには、上記式で定義される陽性尤度比および陰性尤度比をさらに記録することが好ましい。また、上記ROC曲線からAUCおよび最適カットオフ値を計算し、少なくともこれらを記録することにより、検査診断能テーブルを生成することができる。検査診断能テーブルは1つのROC解析について1レコード生成されるのに対し、診断特性テーブルは1つのROC解析の閾値ごとに複数生成されるから、診断特性テーブルは検査診断能テーブルに多値従属する。
上記のようなROC解析を、前立腺癌の陽性または陰性の鑑別診断結果と、ある易動度における吸光度の値との組み合わせのすべてについて行い、各組み合わせについての検査診断能テーブルおよび診断特性テーブルをそれぞれ生成することにより、本発明のデータベースを構築することができる。
【0020】
本発明
においてデータベースは、少なくとも検査診断能テーブル
、診断特性テーブル
および推定易動度テーブル
を有する。
この推定易動度テーブルは、上記検査診断能テーブルと上記診断特性テーブルとから多重ロジスティック回帰によって作成した複数の推定易動度を記録したテーブルである。推定易動度の数は、5〜15とすることが好ましい。この複数の推定易動度は、当該易動度における吸光度が、前立腺癌の陽陰性の判別との関係で影響が大きいと推定された易動度群であり、各易動度が、少なくとも次数、係数βとともに記録される。これら以外に、標準偏差、オッズ比、信頼区間などをさらに記録してもよい。そして、これらの易動度のそれぞれにおける吸光度の値を、他のパラメータとともに多重ロジスティック回帰分析における予測式に代入することにより、前立腺癌陽性である蓋然性を0〜1の間の数として予測することができる。この場合、予測値が所定値以上であるとき、当該患者は前立腺癌陽性との鑑別診断を下すことができる。より詳しくは、後述の説明および実施例2に記載した具体例を参照されたい。
【0021】
本発明
においてデータベースは、構築後直ちに前立腺癌の鑑別診断への運用を開始することができる。しかしながら、運用開始後にも、診療記録は日々増加して蓄積されて行く。この新規の記録は、構築済みのデータベースに取り込むことができ、またそうすることにより、アップデートされた最新の診断基準をデータベースに学習させることができることとなるから、好ましい。この取り込みは、具体的には、例えば以下のようにして行うことができる。
すなわち、新規の診療記録がある一定件数に達するごとに、あるいは一定の期間ごとに、新規の診療記録を対象として、上記と同様のROC解析を行い、その解析結果(AUC、最適カットオフ値など)を既存の検査診断能テーブルに書き込んで更新する。そして、データベースの運用にあたっては、複数回のROC解析の平均値を採用することとすればよい。ここで、例えば全部のROC解析の平均値を採用することができ、あるいは更新回数が十分に多い場合には、最新のものから一定回数前までの更新分の平均値または移動平均値を採用してもよい。
【0022】
本発明の
泳動波形データの処理方法は、
推定患者について、血清を検体とするキャピラリ電気泳動を測定して得た泳動波形データと、上記のようにして構築または更新され
たデータベースと、を用いて行う。
本発明の
泳動波形データの処理方法は、泳動波形データ中の特定の易動度における吸光度に注目するが、該特定の易動度は、以下のいずれかに従って選択される。
第1に、上記データベースを構成する診断能テーブルのうち、AUCが0.60以上、好ましくは0.70以上の診断能テーブルに記載された易動度を選択する方法である。後述の実施例1および
図3を参照すると、0.60以上のAUCを示す易動度は少なくとも約10個、0.70以上のAUCを示す易動度は少なくとも2個あるから、これらのうちの少なくとも1個に注目する。そして、推定患者の泳動波形データ中の該易動度における吸光度が、該易動度を有する診断能テーブルに記録された最適カットオフ値以上であれば前立腺癌陽性、該値未満であれば前立腺癌陰性と鑑別診断をすることができる。複数の易動度を選択したときには判断が割れることもあり得るが、そのような場合はAUCのより大きい易動度における吸光度を重視して加重的に判断すればよい。AUCが0.70以上の診断能テーブルに記載された易動度を選択した場合には、複数の易動度における判断が異なることはないと思われる。
第2の方法は、本発明のデータベースが推定易動度テーブルを有する場合に適用可能な方法であり、該推定易動度テーブルに記載された複数(好ましくは5〜15個)の易動度を選択する方法である。この場合、推定患者の泳動波形データ中の、上記複数の易動度のそれぞれにおける吸光度の値を、係数βとともに多重ロジスティック回帰分析における予測式に代入することにより、前立腺癌陽性である蓋然性を0〜1の間の数として予測することができる。そして、この予測値が0.5以上であれば前立腺癌偽陽性、0.5未満であれば前立腺癌陰性と鑑別診断をすることができる。
【0023】
上記第1および第2の方法のいずれにおいても、推定患者の吸光度としては、使用したデータベースを構築した際に採用した吸光度の態様に一致することが必要である。すなわち、データベース構築の際に、ある易動度における吸光度として、測定された吸光度をそのまま使用した場合には、推定患者の吸光度としても、当該易動度における吸光度の測定値をそのまま使用する。一方、データベース構築の際に、ある易動度における吸光度として、該易動度の前後数ポイントの易動度の範囲における吸光度の和を使用した場合には、推定患者の吸光度としても、当該易動度の前後数ポイントの範囲の易動度における吸光度の和を使用する。後者の場合、易動度の範囲を規定するポイント数は、データベース構築の際に使用した易動度の範囲を規定するポイント数と同じくすることが必要である。
また、データベース構築の際に、患者群を年代ごとに区切ってそれぞれの患者群ごとにROC解析を行った場合には、鑑別診断の際にも、推定患者の属する年代の患者群についての解析結果を用いるべきであることは、当業者には自明であろう。
以上のようにして、前立腺癌の鑑別診断を高い精度で行うことができる。
【実施例】
【0024】
参考例1
本参考例においては、従来法の精度を知るために、生検による前立腺癌陽性・陰性の確定診断結果と、総PSA量およびF/T比との関係を調べた。
被験者群は、
生検において前立腺癌陽性の確定診断を受けた前立腺癌患者25人、
生検において前立腺癌陰性の確定診断を受けた前立腺肥大症患者55人、および
健常者5人
からなる。健常者については前立腺癌の生検は受信していないが、データ処理上は前立腺癌陰性の確定診断を受けたものとして取り扱った。
上記患者群について行った総PSA検査結果と、前立腺癌確定診断における陽性・陰性との組み合わせのすべてについて行ったROC解析の結果を
図1に示した。さらに、同じ患者群について行ったF/T比検査の結果と、前立腺癌確定診断における陽性・陰性との組み合わせのすべてについて行ったROC解析の結果を
図2に示した。F/T比は、その値が低いほど陽性の蓋然性が高い指標であるため、低値陽性事例として計算した結果である。
図1を見ると、総PSA量の測定値が4.2ng/mLを超えた場合は、前立腺癌である可能性について、感度100%、特異度30%であると考えられる。総PSA検査から前立腺癌陽性を推定する場合のAUCは、文献値とほぼ一致する0.696であり、さほど高い数値ではないことが分かる。
図2を見ると、F/T比の値が15.7以下である場合、前立腺癌である可能性について、感度80%、特異度73%と考えられる。F/T比検査から前立腺癌陽性を推定する場合のAUCは0.791であり、文献値とほぼ一致した。
これらのことから、上記患者群は、従来技術における統計的な現実をほぼ表していると考えることができる。
【0025】
実施例1
本実施例においては、上記参考例1と同じ患者群について、本発明の方法を適用した。
上記患者群の各人について、血清を試料として、以下の条件によるキャピラリ電気泳動検査を行った。
キャピラリ長さ:17cm
測定電圧:7.8kV
泳動時間:228秒
測定温度:35.5℃
緩衝液:アルカリバッファ(pH9.9)
検出波長:214nm
内部標準物質:ジメチルホルムアミド
泳動波形は、その縦軸については、全蛋白量を7.0g/dL(デシリットル)としたときに波形曲線下面積が10,000となるように正規化した。得られた泳動波形の横軸は、アルブミンの易動度を75、ジメチルホルムアミドの易動度を300として正規化したうえで、易動度0〜299の範囲を299等分した300点を記録点とした。そして、これらの記録点(易動度)における吸光度と、前立腺癌確定診断における陽性・陰性との組み合わせのすべてについてROC解析を行って易動度ごとの診断能テーブルを作成し、データベースを構築した。
上記の易動度を横軸とし、各易動度に対応するAUCの値を縦軸とするグラフを
図3に示した。図中の「normal」とは、健常者について得られた代表的な泳動波形であり、右側の目盛に対応する。
図3によると、易動度82および165の診断能テーブルが、極めて高いAUCを示した。また、易動度82および165におけるROCプロットを、
図4および
図5にそれぞれ示した。これらの易動度におけるAUCは、それぞれ、0.708および0.714であり、これらをそれぞれ単独で推定に用いた場合でも、従来法のF/T比を用いた場合に匹敵する精度で前立腺癌の陽性・陰性を推定し得ることが理解される。
【0026】
実施例2
本実施例では、上記実施例1で得られたデータベースを使用し、さらに精度の高い推定方法を試みた。
実施例1で得られたデータベースについて多重ロジスティック回帰分析を適用し、前立腺癌診断の予測性の高い複数の推定易動度を記載した推定易動度テーブルを作成した。推定易動度の数は7とした。
図6に、作成された推定易動度テーブルを示す。「変数名」欄に記載されたM番号が、推定易動度である。「β」欄は多重ロジスティック回帰の係数である。
図7は、多重ロジスティック回帰分析を適用して下記数式(1)によって計算した予測値を用い、該予測値と前立腺癌確定診断における陽性・陰性との組み合わせのすべてについてROC解析を行って得られたROCプロットである。
【0027】
【数2】
【0028】
(上記数式(1)中、iは次数であり、β
0は次数0のときの係数βの値(25.5878)であり、β
iは次数iのときの係数βの値であり、λ
iは次数iの変数名のM番号に相当する易動度における吸光度を表す。)
図7のプロットにおけるAUCは0.921であり、従来法のF/T比検査を大きく上回る適合性が得られた。
【0029】
実施例3
本実施例では、本発明の方法の安定性ないし信頼性を調べた。
上記実施例1で使用したのと同じ電気泳動データを用い、ROC解析を行う際に、記録点である各易動度の前後2ポイントの範囲の吸光度の和を吸光度値として計算し、診断能テーブルを作成してデータベースを構築した。
図8に、易動度163〜167における吸光度の和の診断能を示すROCプロットを示した。
図8のAUCは0.708であった。上記実施例1における易動度165のAUCは0.714であったことから、本実施例の方法により、推定精度をほとんど落とさずに運用の安定性を図ることが可能であることが分かった。