【実施例】
【0013】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0014】
実施例1:μ−カルパイン由来のミトコンドリアカルパイン阻害作用を有するペプチド
1−1:20アミノ酸残基ペプチドの化学合成
ラットのμ−カルパインの活性サブユニット(CAPN1、アクセッション番号:NP_062025.1)のドメインIII(C2Lドメイン)の領域のN末端側から20アミノ酸残基ずつのペプチドを化学合成した(使用したペプチド合成装置:島津製作所社のPSSM−8、C18カラムを用いた逆相HPLCにより精製)。隣接するペプチドとペプチドは先のペプチドのC末端側の3アミノ酸残基と後のペプチドのN末端側の3アミノ酸残基が重複するようにした。
図1にラットのμ−カルパインの活性サブユニットのアミノ酸配列とC2Lドメインの位置、そして化学合成した14種類のペプチド(N1〜14)のそれぞれのアミノ酸配列を示す(N2ペプチドのアミノ酸配列が配列番号4に記載のアミノ酸配列に相当)。
【0015】
1−2:20アミノ酸残基ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用
(実験方法)
T.Ozaki et al.,J.Biochem.,142:365−376,2007およびT.Ozaki et al.,Biochem.Biophys.Acta.,1793:1848−1859,2009に記載の方法に従って評価した。ラット肝臓ミトコンドリア膜間スペース(25μg)に14種類のペプチド(N1〜14)のそれぞれを終濃度が50μMとなるように添加し、4℃で4時間反応させ、その後、カルパイン基質であるSuc−Leu−Tyr−AMC(BACHEM社)を用いてカルパイン活性測定を行い、それぞれのペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用を評価した。
【0016】
(実験結果)
図2に示す(各群n=3、
*P<0.05 and
**P<0.01 vs vehicle(t−test))。
図2から明らかなように、N2ペプチドとN9ペプチドに優れたミトコンドリアカルパイン阻害作用が認められた。
【0017】
1−3:N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのプロテアーゼ阻害作用の特異性
(実験方法)
T.Ozaki et al.,J.Biochem.,142:365−376,2007およびT.Ozaki et al.,Biochem.Biophys.Acta.,1793:1848−1859,2009に記載の方法に従って評価した。ラット肝臓細胞質画分から部分精製したμ−カルパインおよびm−カルパイン(各々25μg)、ラット肝臓ミトコンドリア膜間スペースから部分精製したμ−カルパインおよびm−カルパイン(各々25μg)、カテプシンL(大腸菌由来ヒト組換えタンパク質、BioVision社、終濃度50nM)、ヒト赤血球から精製した20Sプロテアソーム(Biomol社、終濃度1nM)、パパイヤから精製したパパイン(AppliChem社、終濃度50nM)の7種類のプロテアーゼのそれぞれに対し、N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれを終濃度が50μMとなるように添加し、4℃で4時間反応させ、その後、カルパイン基質であるSuc−Leu−Tyr−AMC(BACHEM社)を用いてカルパイン活性測定を行い、それぞれのペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を評価した。
【0018】
(実験結果)
図3にN2ペプチドの結果を、
図4にN9ペプチドの結果をそれぞれ示す。
図3と
図4から明らかなように、N2ペプチドとN9ペプチドはいずれもミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害した。ミトコンドリアμ−カルパイン(25μg)に対するN2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれの阻害曲線を作成してそれぞれのIC
50値を算出したところ、N2ペプチドのIC
50値は892nMでN9ペプチドのIC
50値は498nMであった。
【0019】
1−4:N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのセグメントの化学合成
20アミノ酸残基ペプチドであるN2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのセグメント(10アミノ酸残基ペプチド)を化学合成した(使用したペプチド合成装置:島津製作所社のPSSM−8、C18カラムを用いた逆相HPLCにより精製)。表1にN2ペプチド(N2−20)と化学合成した3種類のN2ペプチドのセグメント(N2−10−1〜3)のそれぞれのアミノ酸配列およびN9ペプチド(N9−20)と化学合成した3種類のN9ペプチドのセグメント(N9−10−1〜3)のそれぞれのアミノ酸配列を示す(N2−10−2ペプチドのアミノ酸配列が配列番号1に記載のアミノ酸配列に相当)。
【0020】
【表1】
【0021】
1−5:N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのセグメントのミトコンドリアカルパイン阻害作用
1−2の実験方法と同様にして調べた。結果を
図5に示す。
図5から明らかなように、N2ペプチドはセグメント化することでN2−10−2ペプチドがN2ペプチドよりも優れたミトコンドリアカルパイン阻害作用を発揮したが、N9ペプチドはセグメント化することでN9ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用が喪失した。
【0022】
1−6:N2−10−2ペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性
1−3の実験方法と同様にして調べた。結果を
図6に示す。
図6から明らかなように、N2−10−2ペプチドはミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害するとともにミトコンドリアm−カルパインを適度に阻害した。ミトコンドリアμ−カルパイン(25μg)に対するN2−10−2ペプチドの阻害曲線を作成してIC
50値を算出したところ112nMであり、N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのIC
50値よりも低濃度であった。
【0023】
1−7:タンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチドの化学合成
N2−10−2ペプチドのN末端とC末端のそれぞれにタンパク質伝達ドメインとしてHIV−1 Tatの形質導入部位に含まれる13残基のアミノ酸配列を有するペプチドを付加したペプチドを化学合成した(使用したペプチド合成装置:島津製作所社のPSSM−8、C18カラムを用いた逆相HPLCにより精製)。表2にN末端にタンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチド(HIV−Nμペプチド)とC末端にタンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチド(HIV−Cμペプチド)のそれぞれのアミノ酸配列を示す(HIV−Nμペプチドのアミノ酸配列が配列番号7に記載のアミノ酸配列に相当)。
【0024】
【表2】
【0025】
1−8:タンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用
1−2の実験方法と同様にして調べた。結果を
図7に示す。
図7から明らかなように、HIV−Nμペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用は、N2−10−2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用よりも低下したが、N2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用よりも優れていた(HIV−N)。一方、HIV−Cμペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用は、N2−10−2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用よりも大きく低下し、N2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用よりも劣っていた(HIV−C)。
【0026】
1−9:HIV−Nμペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性
1−3の実験方法と同様にして調べた。結果を
図8に示す。
図8から明らかなように、HIV−Nμペプチドはミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害するとともにミトコンドリアm−カルパインを適度に阻害した。ミトコンドリアμ−カルパイン(25μg)に対するHIV−Nμペプチドの阻害曲線を
図9に示す(HIV−N)。この阻害曲線から算出したHIV−NμペプチドのIC
50値は285nMであり、N2−10−2ペプチドのIC
50値よりも高濃度であったが、N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのIC
50値よりも低濃度であった。
【0027】
1−10:ミトコンドリアカルパインによるAIF切断に対するHIV−Nμペプチドの阻害作用
(実験方法)
ラット肝臓から単離したミトコンドリアを緩衝液(20mM Tris−HCl,pH7.5,0.25M sucrose,5mM 2−mercaptoethanol)に懸濁した後、HIV−Nμペプチド(終濃度50μM)、Calpeptin(終濃度50μM)、PD150606(終濃度150μM)のそれぞれを添加し、4℃で4時間反応させた。その後、1mM CaCl
2を添加して37℃で30分間反応させ、インヒビターカクテル(Roche Applied Science社)および1% Triton X−100の混合液を添加した。4℃で15,000xg、20分間遠心し、その上清に含まれるタンパク質(30μg/レーン)SDS−PAGEおよびウエスタンブロット解析を行い、それぞれのミトコンドリアカルパインによるAIF切断に対する阻害作用を評価した。
【0028】
(実験結果)
図10に示す。
図10から明らかなように、カルパイン阻害剤として知られているCalpeptinやPD150606と同様にHIV−NμペプチドはミトコンドリアカルパインによるAIF切断を効果的に阻害した(AIF切断による57kDaのtAIFの生成抑制)。
【0029】
1−11:HIV−Nμペプチドの硝子体内注射によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用
(実験方法)
S.Mizukoshi et al.,Exp.Eye Res.,91:353−361,2010に記載の方法に従って評価した。生後25日目のRCSラットの硝子体内に30ゲージのハミルトンシリンジを用いて2μLの20mM HIV−Nμペプチドまたは4mM PD150606を投与した(いずれもPBS(リン酸緩衝生理食塩水)に溶解)。3日後の生後28日目に各種の光刺激量による網膜電図測定を行った後、眼球を摘出し、網膜の凍結切片を作製してTUNEL染色を行い、視細胞層に含まれるTUNEL陽性細胞の定量分析に基づいてそれぞれの硝子体内注射によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を評価した。
【0030】
(実験結果)
図11に視細胞層に含まれるTUNEL陽性細胞の定量分析の結果を示す(各群n=12眼球、
***P<0.001 vs vehicle(ANOVA))。
図11から明らかなように、PD150606はRCSラットに見られる視細胞死をコントロールに対して約60%抑制したが、HIV−Nμペプチドは約90%抑制した。また、
図12に網膜電図測定の結果を示し、
図13にa波とb波の電位変化を示す(各群n=12眼球、
*P<0.05 and
**P<0.01 vs vehicle(ANOVA))。
図12と
図13から明らかなように、HIV−Nμペプチドを硝子体内注射することでa波とb波の電位変化が増加したことから、HIV−Nμペプチドは視細胞やミューラー細胞の機能の低下による視機能の低下を抑制することがわかった。PD150606にも同様の作用があるがHIV−Nμペプチドの作用よりも劣るのは、PD150606はミトコンドリアカルパインのみならず細胞質カルパインも阻害するので、細胞質カルパインが阻害されることによる視細胞やミューラー細胞の機能への悪影響がその要因の一つに考えられた。
【0031】
1−12:HIV−Nμペプチドの点眼によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用
PBSにHIV−NμペプチドとHIV−Nμスクランブルペプチド(GRKKRRQRRRPPQ−ASLRLDRPTKで示される23残基のアミノ酸配列を有するペプチド)のそれぞれをその濃度が40mMになるように溶解して点眼剤を調製した。それぞれの点眼剤をRCSラットに生後14日目から27日目まで1日2回投与し、28日目に眼球摘出を行い、1−11の実験方法と同様にしてTUNEL陽性細胞の定量分析に基づいてそれぞれの点眼によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を評価した。結果を
図14に示す(各群n=20眼球、
**P<0.01 vs vehicle(ANOVA))。
図14から明らかなように、HIV−NμスクランブルペプチドはRCSラットに見られる視細胞死をほとんど抑制しなかったが、HIV−Nμペプチドはコントロールに対して約50%抑制した。
【0032】
1−13:HIV−Nμペプチドの硝子体内注射によるロドプシン変異S334terラットの視細胞死に対する抑制作用
(実験方法)
S.Mizukoshi et al.,Exp.Eye Res.,91:353−361,2010に記載の方法に従って評価した。生後15日目のロドプシン変異S334terラット(line 4)の硝子体内に30ゲージのハミルトンシリンジを用いて2μLの20mM HIV−Niペプチドまたは4mM PD150606を投与した(いずれもPBSに溶解)。3日後の生後18日目に眼球を摘出し、網膜の凍結切片を作製してTUNEL染色を行い、視細胞層に含まれるTUNEL陽性細胞の定量分析に基づいてそれぞれの硝子体内注射によるロドプシン変異S334terラットの視細胞死に対する抑制作用を評価した。
【0033】
(実験結果)
図15に示す(各群n=12眼球、
***P<0.001 vs vehicle(ANOVA))。
図15から明らかなように、PD150606はロドプシン変異S334terラットに見られる視細胞死をコントロールに対して約40%抑制したが、HIV−Nμペプチドは約55%抑制した。
【0034】
比較例1:m−カルパイン由来のミトコンドリアカルパイン阻害作用を有するペプチド
(1)ラットのm−カルパインの活性サブユニット(CAPN2、アクセッション番号:NP_058812)のドメインIII(C2Lドメイン)の領域から実施例1の1−1〜1−5と同様にしてHYSRLEICNLで示される10残基のアミノ酸配列を有するN2−10−1ペプチドを化学合成した。N2−10−1ペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を実施例1の1−3の実験方法と同様にして調べた結果を
図16に示す。
図16から明らかなように、N2−10−1ペプチドはミトコンドリアm−カルパインとともにミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害した。
【0035】
(2)実施例1の1−7と同様にしてN2−10−1ペプチドのN末端にタンパク質伝達ドメインとしてHIV−1 Tatの形質導入部位に含まれるGRKKRRQRRRPPQで示される13残基のアミノ酸配列を有するペプチドを付加したペプチド(HIV−Nmペプチド)を化学合成した。HIV−Nmペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を実施例1の1−3の実験方法と同様にして調べた結果を
図17に示す。
図17から明らかなように、HIV−Nmペプチドはミトコンドリアm−カルパインとともにミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害した。
【0036】
(3)HIV−Nmペプチドの硝子体内注射によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を実施例1の1−11の実験方法と同様にして調べた結果を
図18に示す。
図18から明らかなように、PD150606はRCSラットに見られる視細胞死をコントロールに対して約60%抑制したが、HIV−Nmペプチドはほとんど抑制しなかった。
【0037】
実施例1と比較例1からのまとめ:
μ−カルパイン由来のN2−10−2ペプチドのN末端にタンパク質伝達ドメインを付加したHIV−Nμペプチドの硝子体内注射や点眼によるRCSラットやロドプシン変異S334terラットの視細胞死に対する抑制作用は、HIV−Nμペプチドに特異的な作用であることがわかった。カルパイン阻害剤として知られているCalpeptinやPD150606は、ミトコンドリアカルパインのみならず細胞質カルパインも阻害するため、網膜に存在する各種の細胞の機能に悪影響を及ぼす恐れがあるが、HIV−Nμペプチドはミトコンドリアカルパインを選択的に阻害するので、細胞質カルパインが阻害されることによる障害の発生が回避できる点で優れている。
【0038】
製剤例1:
自体公知の方法で配列番号7に記載のアミノ酸配列を有するペプチドを生理食塩水に溶解した後、加熱滅菌して硝子体内注射剤として製剤化した。
【0039】
製剤例2:
自体公知の方法で配列番号7に記載のアミノ酸配列を有するペプチドを精製水に溶解した後、無菌ろ過して点眼剤として製剤化した。