特許第6183879号(P6183879)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6183879
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】新規ペプチドおよびその医薬用途
(51)【国際特許分類】
   C07K 19/00 20060101AFI20170814BHJP
   C07K 7/06 20060101ALI20170814BHJP
   A61K 38/03 20060101ALI20170814BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20170814BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
   C07K19/00
   C07K7/06ZNA
   A61K38/03
   A61P43/00 111
   A61P27/02
【請求項の数】2
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-191205(P2012-191205)
(22)【出願日】2012年8月31日
(65)【公開番号】特開2014-47164(P2014-47164A)
(43)【公開日】2014年3月17日
【審査請求日】2015年8月18日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年8月3日にhttp://www.elsevier.com/locate/bbadisで公開された「Biochimica et Biophysica Acta(BBA)−Molecular Basis of Disease」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年8月20日に株式会社陸奥新報社が発行する「陸奥新報平成24年8月20日付朝刊第1面」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年8月15日に株式会社東奥日報社が発行する「東奥日報平成24年8月15日付朝刊第20面」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年6月16日にグリーンパレス松安閣で開催された「第96回弘前医学会総会」で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年6月16日に弘前医学会・南黒医師会が発行する「第96回弘前医学会総会プログラム」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年3月1日に財団法人日本眼科学会が発行する「日本眼科學會雑誌第116回臨時増刊号(第116回日本眼科学会総会講演抄録)」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年4月5日に東京国際フォーラムで開催された「第116回日本眼科学会総会」で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年5月26日に日本生化学会東北支部が発行する「日本生化学会東北支部第78回例会・シンポジウム講演要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年5月26日に山形大学医学部で開催された「日本生化学会東北支部第78回例会・シンポジウム」で発表
(73)【特許権者】
【識別番号】504229284
【氏名又は名称】国立大学法人弘前大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504165591
【氏名又は名称】国立大学法人岩手大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(74)【代理人】
【識別番号】100087745
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 善廣
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 伸一
(72)【発明者】
【氏名】石黒 誠一
(72)【発明者】
【氏名】尾▲崎▼ 拓
(72)【発明者】
【氏名】中澤 満
(72)【発明者】
【氏名】山下 哲郎
【審査官】 藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】 特表2006−502703(JP,A)
【文献】 特表2009−506025(JP,A)
【文献】 特表2011−525793(JP,A)
【文献】 特表2012−503015(JP,A)
【文献】 特開2012−25713(JP,A)
【文献】 尾崎拓、外5名、「Synthetic mu- and m-calpain peptides inhibit mitochondrial calpain-dependent AIF truncation」、生化学(2011)、Vol.83、No.8、臨時増刊号(第84回日本生化学会大会プログラム号)講演要旨集 4P-0474(2T15p-10)
【文献】 Biochimica et Biophysica Acta (2009) Vol.1793, pp.1848-1859
【文献】 尾崎拓、外2名、「ペプチドを用いたミトコンドリアカルパインの特異的阻害〜網膜色素変性症の治療へ向けて〜」、平成22年5月8日、[平成28年7月1日検索]、日本生化学会 東北支部 第76回 例会・シンポジウム 講演要旨集、p.22、インターネット<URL: http://www.jbs-tohoku.jp/abstracts76.pdf>
【文献】 Biochimica et Biophysica Acta (2012) Vol.1822, pp.1783-1795
【文献】 FEBS Letters (1986) Vol.205, No.2, pp.313-317
【文献】 Biochem. J. (2002) Vol.367, pp.263-269
【文献】 Biochimica et Biophysica Acta (1996) Vol.1309, pp.37-41
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00−19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)CAplus/REGISTRY(STN)
BIOSIS/MEDLINE/WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に最大で5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチド
(3)配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、
(4)配列番号5に記載のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に最大で5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチド、
のいずれかのペプチドのN末端に、タンパク質伝達ドメインが付加されてなるペプチドを有効成分とする、網膜視細胞変性症の予防及び/又は治療のための硝子体内注射剤。
【請求項2】
(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に最大で5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチド
(3)配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、
(4)配列番号5に記載のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に最大で5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチド、
のいずれかのペプチドのN末端に、タンパク質伝達ドメインが付加されてなるペプチドを有効成分とする、網膜視細胞変性症の予防及び/又は治療のための点眼剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、網膜視細胞変性症の予防や治療に有効な、ミトコンドリアカルパインに対して優れた阻害作用を有する新規ペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
網膜色素変性症は、多種多様な視細胞特異的遺伝子異常に基づく疾患であり、夜盲や視野狭窄、視力低下といった症状が段階的に発症する。本疾患は進行性の視細胞死を本質とするものであり、日本人の中途視覚障害原因の第3位に位置している。よって、本疾患に対して有効な予防方法や治療方法に関する研究開発が精力的に行われており、脳由来神経栄養因子(BDNF)やカルシウム拮抗剤であるニルバジピンを眼内投与する方法などが提案されているが、その効果は十分と言えるものではない。このような状況下、本発明者らの研究グループは、Ca2+依存性中性システインプロテアーゼの一つであるカルパインが細胞質のみならずミトコンドリアにも存在し、ミトコンドリアに存在するカルパイン(ミトコンドリアカルパイン)がアポトーシスの誘導に関与していること、網膜色素変性症のモデル動物であるRCSラット(Royal College of Surgeons rat)を用いた実験において網膜変性の初期段階にミトコンドリアカルパインが活性化し、ミトコンドリアからのアポトーシス誘導因子(AIF)の遊離を誘導していることなどをこれまでに明らかにしてきた。さらに近年、本発明者らの研究グループは、ラットのμ−カルパインとm−カルパインのそれぞれの活性サブユニットのドメインIIIの部分ペプチドが、ミトコンドリアカルパインに対する阻害作用に基づく網膜視細胞変性症の予防や治療への利用可能性を有することを報告している(非特許文献1)。しかしながら、ミトコンドリアカルパインを阻害することによって網膜視細胞変性症の予防や治療を行うために、有効成分とするペプチドはいかなるものが最適なのかといった点などにおいて未だ不明な部分も多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】第84回日本生化学会大会要旨集2T15p−10(4P−0474)(社団法人日本生化学会、平成23年8月19日発行)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、網膜視細胞変性症の予防や治療に有効な、ミトコンドリアカルパインに対して優れた阻害作用を有する新規ペプチドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の点に鑑みてなされた本発明の網膜視細胞変性症の予防及び/又は治療のための硝子体内注射剤は、請求項1記載の通り、
(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に最大で5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチド
(3)配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、
(4)配列番号5に記載のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に最大で5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチド、
のいずれかのペプチドのN末端に、タンパク質伝達ドメインが付加されてなるペプチドを有効成分とする。
また、本発明の網膜視細胞変性症の予防及び/又は治療のための点眼剤は、請求項2記載の通り、
(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に最大で5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチド
(3)配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるペプチド、
(4)配列番号5に記載のアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に最大で5個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチド、
のいずれかのペプチドのN末端に、タンパク質伝達ドメインが付加されてなるペプチドを有効成分とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、網膜視細胞変性症の予防や治療に有効な、ミトコンドリアカルパインに対して優れた阻害作用を有する新規ペプチドを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施例1におけるラットのμ−カルパインの活性サブユニットのアミノ酸配列とC2Lドメインの位置、そして化学合成した14種類のペプチド(N1〜14)のそれぞれのアミノ酸配列を示すものである。
図2】同、20アミノ酸残基ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用を示すグラフである。
図3】同、N2ペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を示すグラフである。
図4】同、N9ペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を示すグラフである。
図5】同、N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのセグメントのミトコンドリアカルパイン阻害作用を示すグラフである。
図6】同、N2−10−2ペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を示すグラフである。
図7】同、タンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用を示すグラフである。
図8】同、HIV−Nμペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を示すグラフである。
図9】同、部分精製ラット肝臓ミトコンドリアμ−カルパインに対するHIV−Nμペプチドの阻害曲線である(HIV−N)。
図10】同、ミトコンドリアカルパインによるAIF切断に対するHIV−Nμペプチドの阻害作用を示すSDS−PAGEおよびウエスタンブロット解析の結果である。
図11】同、HIV−Nμペプチドの硝子体内注射によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を示すグラフである。
図12】同、HIV−Nμペプチドを硝子体内注射した後の網膜電図測定の結果である。
図13】同、a波とb波の電位変化を示すグラフである。
図14】同、HIV−Nμペプチドの点眼によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を示すグラフである。
図15】同、HIV−Nμペプチドの硝子体内注射によるロドプシン変異S334terラットの視細胞死に対する抑制作用を示すグラフである。
図16】比較例1におけるN2−10−1ペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を示すグラフである。
図17】同、HIV−Nmペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を示すグラフである。
図18】同、HIV−Nmペプチドの硝子体内注射によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の網膜視細胞変性症の予防や治療に有効な、ミトコンドリアカルパインに対して優れた阻害作用を有するペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するペプチド、または、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチドである。
【0009】
配列番号1に記載のアミノ酸配列(PDALKSRTLR)は、アクセッション番号:NP_062025.1で特定されるラットのμ−カルパインの活性サブユニット(CAPN1やμCLとも呼ばれる)のドメインIIIのアミノ酸配列に含まれるものである。μ−カルパインの活性サブユニットのドメインIIIはC2L(C2様)ドメインとも呼ばれる機能ドメインである。配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつ、ミトコンドリアカルパインに対して阻害作用を有するペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列に対して50%以上の相同性を有することが望ましく、アミノ酸残基数は化学合成による調製の容易性などに鑑みれば10〜20が望ましく、上限は15がより望ましい。その具体例としては、上記の配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端に最大で5つのアミノ酸が付加されたアミノ酸配列を有するペプチド(例えば配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するペプチド)、配列番号1に記載のアミノ酸配列のC末端に最大で5つのアミノ酸が付加されたアミノ酸配列を有するペプチド(例えば配列番号3に記載のアミノ酸配列を有するペプチド)、配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端とC末端にそれぞれ最大で5つのアミノ酸が付加されたアミノ酸配列を有するペプチド(例えば配列番号4に記載のアミノ酸配列を有するペプチド)などが挙げられる。また、アクセッション番号:NP_005177で特定されるヒトのμ−カルパインの活性サブユニットのドメインIIIのアミノ酸配列に含まれる配列番号5に記載のアミノ酸配列を有するペプチドなどであってもよい。
【0010】
上記のペプチドは、そのN末端にタンパク質伝達ドメインを付加することで、RCSラットやロドプシン変異S334terラットを用いた実験において硝子体内注射や点眼によって視細胞死を効果的に抑制することができることから、網膜視細胞変性症の予防や治療のための硝子体内注射剤や点眼剤の有効成分として好適なものになる。特筆すべきは、タンパク質伝達ドメインはペプチドのN末端に付加することが重要であり、C末端に付加すると効果が劣るということである。タンパク質伝達ドメイン(Protein Transduction Domain,PTD)は、それ自身のみならず自身に結合した他のオリゴヌクレオチド、ペプチド、タンパク質、オリゴ糖などの化合物を細胞膜燐脂質の二重層を通過させる作用を有する細胞浸透性ペプチドであればどのようなものであってもよい。その具体例としては、HIV−1 Tatの形質導入部位のアミノ酸配列からなるペプチド、5〜12個のアルギニン残基からなるペプチド、5〜12個のリシン残基からなるペプチド、PEP−1ペプチド、ANTP、VP22タンパク質などが挙げられる(必要であればMorris et al.,Nat.Biotechnol.,19:1173−1175,2001、Schwarze et al.,Trends Cell Biol.,10:290−295,2000、Vives et al.,J.Biol.Chem.,272:16010−16017,1997などを参照のこと)。本発明のペプチドのN末端に付加することが望ましいタンパク質伝達ドメインとしては、HIV−1 Tatの形質導入部位のアミノ酸配列の49〜57番に該当する配列番号6に記載の9残基のアミノ酸配列を有するペプチドや、配列番号6に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、かつ、それ自身のみならず自身に結合した他のオリゴヌクレオチド、ペプチド、タンパク質、オリゴ糖などの化合物を細胞膜燐脂質の二重層を通過させる作用を有するペプチドが挙げられる。N末端にタンパク質伝達ドメインが付加された本発明のペプチドの具体例としては、配列番号7に記載のアミノ酸配列を有するペプチドが挙げられる。
【0011】
なお、本発明のペプチドは、自体公知の方法、例えばペプチド合成装置を用いた化学合成によって調製することができる他、遺伝子工学的手法などによって調製することもできる。
【0012】
本発明のペプチドは、ミトコンドリアカルパインを阻害することで予防や治療が可能となる疾患に対する医薬の有効成分として用いることができる。こうした疾患の具体例としては網膜視細胞変性症が挙げられるが、適用対象となる疾患は網膜視細胞変性症に限定されない。ミトコンドリアカルパインに対して優れた阻害作用を有することで網膜視細胞変性症の予防や治療に有効な本発明のペプチドを医薬品としてヒトや動物に対して投与する場合の投与方法は特段制限されるものではないが、好適には硝子体内注射や点眼などが挙げられる。こうした投与方法に応じた製剤化は自体公知の方法によって行えばよい。その用法用量は投与対象となるヒトや動物の性別、年齢、体重、病態などによって適宜決定することができる。
【実施例】
【0013】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0014】
実施例1:μ−カルパイン由来のミトコンドリアカルパイン阻害作用を有するペプチド
1−1:20アミノ酸残基ペプチドの化学合成
ラットのμ−カルパインの活性サブユニット(CAPN1、アクセッション番号:NP_062025.1)のドメインIII(C2Lドメイン)の領域のN末端側から20アミノ酸残基ずつのペプチドを化学合成した(使用したペプチド合成装置:島津製作所社のPSSM−8、C18カラムを用いた逆相HPLCにより精製)。隣接するペプチドとペプチドは先のペプチドのC末端側の3アミノ酸残基と後のペプチドのN末端側の3アミノ酸残基が重複するようにした。図1にラットのμ−カルパインの活性サブユニットのアミノ酸配列とC2Lドメインの位置、そして化学合成した14種類のペプチド(N1〜14)のそれぞれのアミノ酸配列を示す(N2ペプチドのアミノ酸配列が配列番号4に記載のアミノ酸配列に相当)。
【0015】
1−2:20アミノ酸残基ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用
(実験方法)
T.Ozaki et al.,J.Biochem.,142:365−376,2007およびT.Ozaki et al.,Biochem.Biophys.Acta.,1793:1848−1859,2009に記載の方法に従って評価した。ラット肝臓ミトコンドリア膜間スペース(25μg)に14種類のペプチド(N1〜14)のそれぞれを終濃度が50μMとなるように添加し、4℃で4時間反応させ、その後、カルパイン基質であるSuc−Leu−Tyr−AMC(BACHEM社)を用いてカルパイン活性測定を行い、それぞれのペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用を評価した。
【0016】
(実験結果)
図2に示す(各群n=3、P<0.05 and **P<0.01 vs vehicle(t−test))。図2から明らかなように、N2ペプチドとN9ペプチドに優れたミトコンドリアカルパイン阻害作用が認められた。
【0017】
1−3:N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのプロテアーゼ阻害作用の特異性
(実験方法)
T.Ozaki et al.,J.Biochem.,142:365−376,2007およびT.Ozaki et al.,Biochem.Biophys.Acta.,1793:1848−1859,2009に記載の方法に従って評価した。ラット肝臓細胞質画分から部分精製したμ−カルパインおよびm−カルパイン(各々25μg)、ラット肝臓ミトコンドリア膜間スペースから部分精製したμ−カルパインおよびm−カルパイン(各々25μg)、カテプシンL(大腸菌由来ヒト組換えタンパク質、BioVision社、終濃度50nM)、ヒト赤血球から精製した20Sプロテアソーム(Biomol社、終濃度1nM)、パパイヤから精製したパパイン(AppliChem社、終濃度50nM)の7種類のプロテアーゼのそれぞれに対し、N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれを終濃度が50μMとなるように添加し、4℃で4時間反応させ、その後、カルパイン基質であるSuc−Leu−Tyr−AMC(BACHEM社)を用いてカルパイン活性測定を行い、それぞれのペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を評価した。
【0018】
(実験結果)
図3にN2ペプチドの結果を、図4にN9ペプチドの結果をそれぞれ示す。図3図4から明らかなように、N2ペプチドとN9ペプチドはいずれもミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害した。ミトコンドリアμ−カルパイン(25μg)に対するN2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれの阻害曲線を作成してそれぞれのIC50値を算出したところ、N2ペプチドのIC50値は892nMでN9ペプチドのIC50値は498nMであった。
【0019】
1−4:N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのセグメントの化学合成
20アミノ酸残基ペプチドであるN2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのセグメント(10アミノ酸残基ペプチド)を化学合成した(使用したペプチド合成装置:島津製作所社のPSSM−8、C18カラムを用いた逆相HPLCにより精製)。表1にN2ペプチド(N2−20)と化学合成した3種類のN2ペプチドのセグメント(N2−10−1〜3)のそれぞれのアミノ酸配列およびN9ペプチド(N9−20)と化学合成した3種類のN9ペプチドのセグメント(N9−10−1〜3)のそれぞれのアミノ酸配列を示す(N2−10−2ペプチドのアミノ酸配列が配列番号1に記載のアミノ酸配列に相当)。
【0020】
【表1】
【0021】
1−5:N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのセグメントのミトコンドリアカルパイン阻害作用
1−2の実験方法と同様にして調べた。結果を図5に示す。図5から明らかなように、N2ペプチドはセグメント化することでN2−10−2ペプチドがN2ペプチドよりも優れたミトコンドリアカルパイン阻害作用を発揮したが、N9ペプチドはセグメント化することでN9ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用が喪失した。
【0022】
1−6:N2−10−2ペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性
1−3の実験方法と同様にして調べた。結果を図6に示す。図6から明らかなように、N2−10−2ペプチドはミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害するとともにミトコンドリアm−カルパインを適度に阻害した。ミトコンドリアμ−カルパイン(25μg)に対するN2−10−2ペプチドの阻害曲線を作成してIC50値を算出したところ112nMであり、N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのIC50値よりも低濃度であった。
【0023】
1−7:タンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチドの化学合成
N2−10−2ペプチドのN末端とC末端のそれぞれにタンパク質伝達ドメインとしてHIV−1 Tatの形質導入部位に含まれる13残基のアミノ酸配列を有するペプチドを付加したペプチドを化学合成した(使用したペプチド合成装置:島津製作所社のPSSM−8、C18カラムを用いた逆相HPLCにより精製)。表2にN末端にタンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチド(HIV−Nμペプチド)とC末端にタンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチド(HIV−Cμペプチド)のそれぞれのアミノ酸配列を示す(HIV−Nμペプチドのアミノ酸配列が配列番号7に記載のアミノ酸配列に相当)。
【0024】
【表2】
【0025】
1−8:タンパク質伝達ドメインを付加したN2−10−2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用
1−2の実験方法と同様にして調べた。結果を図7に示す。図7から明らかなように、HIV−Nμペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用は、N2−10−2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用よりも低下したが、N2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用よりも優れていた(HIV−N)。一方、HIV−Cμペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用は、N2−10−2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用よりも大きく低下し、N2ペプチドのミトコンドリアカルパイン阻害作用よりも劣っていた(HIV−C)。
【0026】
1−9:HIV−Nμペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性
1−3の実験方法と同様にして調べた。結果を図8に示す。図8から明らかなように、HIV−Nμペプチドはミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害するとともにミトコンドリアm−カルパインを適度に阻害した。ミトコンドリアμ−カルパイン(25μg)に対するHIV−Nμペプチドの阻害曲線を図9に示す(HIV−N)。この阻害曲線から算出したHIV−NμペプチドのIC50値は285nMであり、N2−10−2ペプチドのIC50値よりも高濃度であったが、N2ペプチドとN9ペプチドのそれぞれのIC50値よりも低濃度であった。
【0027】
1−10:ミトコンドリアカルパインによるAIF切断に対するHIV−Nμペプチドの阻害作用
(実験方法)
ラット肝臓から単離したミトコンドリアを緩衝液(20mM Tris−HCl,pH7.5,0.25M sucrose,5mM 2−mercaptoethanol)に懸濁した後、HIV−Nμペプチド(終濃度50μM)、Calpeptin(終濃度50μM)、PD150606(終濃度150μM)のそれぞれを添加し、4℃で4時間反応させた。その後、1mM CaClを添加して37℃で30分間反応させ、インヒビターカクテル(Roche Applied Science社)および1% Triton X−100の混合液を添加した。4℃で15,000xg、20分間遠心し、その上清に含まれるタンパク質(30μg/レーン)SDS−PAGEおよびウエスタンブロット解析を行い、それぞれのミトコンドリアカルパインによるAIF切断に対する阻害作用を評価した。
【0028】
(実験結果)
図10に示す。図10から明らかなように、カルパイン阻害剤として知られているCalpeptinやPD150606と同様にHIV−NμペプチドはミトコンドリアカルパインによるAIF切断を効果的に阻害した(AIF切断による57kDaのtAIFの生成抑制)。
【0029】
1−11:HIV−Nμペプチドの硝子体内注射によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用
(実験方法)
S.Mizukoshi et al.,Exp.Eye Res.,91:353−361,2010に記載の方法に従って評価した。生後25日目のRCSラットの硝子体内に30ゲージのハミルトンシリンジを用いて2μLの20mM HIV−Nμペプチドまたは4mM PD150606を投与した(いずれもPBS(リン酸緩衝生理食塩水)に溶解)。3日後の生後28日目に各種の光刺激量による網膜電図測定を行った後、眼球を摘出し、網膜の凍結切片を作製してTUNEL染色を行い、視細胞層に含まれるTUNEL陽性細胞の定量分析に基づいてそれぞれの硝子体内注射によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を評価した。
【0030】
(実験結果)
図11に視細胞層に含まれるTUNEL陽性細胞の定量分析の結果を示す(各群n=12眼球、***P<0.001 vs vehicle(ANOVA))。図11から明らかなように、PD150606はRCSラットに見られる視細胞死をコントロールに対して約60%抑制したが、HIV−Nμペプチドは約90%抑制した。また、図12に網膜電図測定の結果を示し、図13にa波とb波の電位変化を示す(各群n=12眼球、P<0.05 and **P<0.01 vs vehicle(ANOVA))。図12図13から明らかなように、HIV−Nμペプチドを硝子体内注射することでa波とb波の電位変化が増加したことから、HIV−Nμペプチドは視細胞やミューラー細胞の機能の低下による視機能の低下を抑制することがわかった。PD150606にも同様の作用があるがHIV−Nμペプチドの作用よりも劣るのは、PD150606はミトコンドリアカルパインのみならず細胞質カルパインも阻害するので、細胞質カルパインが阻害されることによる視細胞やミューラー細胞の機能への悪影響がその要因の一つに考えられた。
【0031】
1−12:HIV−Nμペプチドの点眼によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用
PBSにHIV−NμペプチドとHIV−Nμスクランブルペプチド(GRKKRRQRRRPPQ−ASLRLDRPTKで示される23残基のアミノ酸配列を有するペプチド)のそれぞれをその濃度が40mMになるように溶解して点眼剤を調製した。それぞれの点眼剤をRCSラットに生後14日目から27日目まで1日2回投与し、28日目に眼球摘出を行い、1−11の実験方法と同様にしてTUNEL陽性細胞の定量分析に基づいてそれぞれの点眼によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を評価した。結果を図14に示す(各群n=20眼球、**P<0.01 vs vehicle(ANOVA))。図14から明らかなように、HIV−NμスクランブルペプチドはRCSラットに見られる視細胞死をほとんど抑制しなかったが、HIV−Nμペプチドはコントロールに対して約50%抑制した。
【0032】
1−13:HIV−Nμペプチドの硝子体内注射によるロドプシン変異S334terラットの視細胞死に対する抑制作用
(実験方法)
S.Mizukoshi et al.,Exp.Eye Res.,91:353−361,2010に記載の方法に従って評価した。生後15日目のロドプシン変異S334terラット(line 4)の硝子体内に30ゲージのハミルトンシリンジを用いて2μLの20mM HIV−Niペプチドまたは4mM PD150606を投与した(いずれもPBSに溶解)。3日後の生後18日目に眼球を摘出し、網膜の凍結切片を作製してTUNEL染色を行い、視細胞層に含まれるTUNEL陽性細胞の定量分析に基づいてそれぞれの硝子体内注射によるロドプシン変異S334terラットの視細胞死に対する抑制作用を評価した。
【0033】
(実験結果)
図15に示す(各群n=12眼球、***P<0.001 vs vehicle(ANOVA))。図15から明らかなように、PD150606はロドプシン変異S334terラットに見られる視細胞死をコントロールに対して約40%抑制したが、HIV−Nμペプチドは約55%抑制した。
【0034】
比較例1:m−カルパイン由来のミトコンドリアカルパイン阻害作用を有するペプチド
(1)ラットのm−カルパインの活性サブユニット(CAPN2、アクセッション番号:NP_058812)のドメインIII(C2Lドメイン)の領域から実施例1の1−1〜1−5と同様にしてHYSRLEICNLで示される10残基のアミノ酸配列を有するN2−10−1ペプチドを化学合成した。N2−10−1ペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を実施例1の1−3の実験方法と同様にして調べた結果を図16に示す。図16から明らかなように、N2−10−1ペプチドはミトコンドリアm−カルパインとともにミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害した。
【0035】
(2)実施例1の1−7と同様にしてN2−10−1ペプチドのN末端にタンパク質伝達ドメインとしてHIV−1 Tatの形質導入部位に含まれるGRKKRRQRRRPPQで示される13残基のアミノ酸配列を有するペプチドを付加したペプチド(HIV−Nmペプチド)を化学合成した。HIV−Nmペプチドのプロテアーゼ阻害作用の特異性を実施例1の1−3の実験方法と同様にして調べた結果を図17に示す。図17から明らかなように、HIV−Nmペプチドはミトコンドリアm−カルパインとともにミトコンドリアμ−カルパインを強力に阻害した。
【0036】
(3)HIV−Nmペプチドの硝子体内注射によるRCSラットの視細胞死に対する抑制作用を実施例1の1−11の実験方法と同様にして調べた結果を図18に示す。図18から明らかなように、PD150606はRCSラットに見られる視細胞死をコントロールに対して約60%抑制したが、HIV−Nmペプチドはほとんど抑制しなかった。
【0037】
実施例1と比較例1からのまとめ:
μ−カルパイン由来のN2−10−2ペプチドのN末端にタンパク質伝達ドメインを付加したHIV−Nμペプチドの硝子体内注射や点眼によるRCSラットやロドプシン変異S334terラットの視細胞死に対する抑制作用は、HIV−Nμペプチドに特異的な作用であることがわかった。カルパイン阻害剤として知られているCalpeptinやPD150606は、ミトコンドリアカルパインのみならず細胞質カルパインも阻害するため、網膜に存在する各種の細胞の機能に悪影響を及ぼす恐れがあるが、HIV−Nμペプチドはミトコンドリアカルパインを選択的に阻害するので、細胞質カルパインが阻害されることによる障害の発生が回避できる点で優れている。
【0038】
製剤例1:
自体公知の方法で配列番号7に記載のアミノ酸配列を有するペプチドを生理食塩水に溶解した後、加熱滅菌して硝子体内注射剤として製剤化した。
【0039】
製剤例2:
自体公知の方法で配列番号7に記載のアミノ酸配列を有するペプチドを精製水に溶解した後、無菌ろ過して点眼剤として製剤化した。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、網膜視細胞変性症の予防や治療に有効な、ミトコンドリアカルパインに対して優れた阻害作用を有する新規ペプチドを提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]