(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6184326
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】基質特異性が向上したフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20170814BHJP
C12N 9/04 20060101ALI20170814BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20170814BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20170814BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20170814BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20170814BHJP
C12Q 1/32 20060101ALI20170814BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
C12N15/00 AZNA
C12N9/04 D
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12Q1/32
C12M1/34 E
【請求項の数】9
【全頁数】38
(21)【出願番号】特願2013-541832(P2013-541832)
(86)(22)【出願日】2012年11月1日
(86)【国際出願番号】JP2012078283
(87)【国際公開番号】WO2013065770
(87)【国際公開日】20130510
【審査請求日】2015年10月1日
(31)【優先権主張番号】特願2011-240934(P2011-240934)
(32)【優先日】2011年11月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(74)【代理人】
【識別番号】100078662
【弁理士】
【氏名又は名称】津国 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【弁理士】
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(74)【代理人】
【識別番号】100146031
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 明夫
(74)【代理人】
【識別番号】100141357
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 音哉
(72)【発明者】
【氏名】荒木 康子
(72)【発明者】
【氏名】一柳 敦
(72)【発明者】
【氏名】市川 惠一
(72)【発明者】
【氏名】廣川 浩三
【審査官】
藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−035448(JP,A)
【文献】
特開2011−115156(JP,A)
【文献】
特開2008−237210(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/140431(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/068050(WO,A1)
【文献】
国際公開第2009/084616(WO,A1)
【文献】
Biotechnol. Lett.,2008年 6月26日,Vol. 30,p. 1967-1972
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
C12N 9/00
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/WPIDS/WPIX(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示されるアミノ酸配列、該アミノ酸配列と90%以上同一なアミノ酸配列において、以下:
配列番号1記載のアミノ酸配列における78位のメチオニンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸、グルタミン、システイン及びアスパラギンからなる群より選択される、
配列番号1記載のアミノ酸配列における79位のチロシンに対応する位置のアミノ酸が、フェニルアラニン及びアスパラギンからなる群より選択される、
配列番号1記載のアミノ酸配列における81位のグルタミンに対応する位置のアミノ酸が、ロイシン、フェニルアラニン及びアスパラギンからなる群より選択される、
配列番号1記載のアミノ酸配列における121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がシステイン及びメチオニンからなる群より選択される、
配列番号1記載のアミノ酸配列における122位のバリンに対応する位置のアミノ酸がスレオニン、アラニン及びシステインからなる群より選択される、
配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がシステイン、フェニルアラニン、ヒスチジン、バリン及びセリンからなる群より選択される、
配列番号1記載のアミノ酸配列における465位のグルタミン酸に対応する位置のアミノ酸が、アルギニン及びアスパラギン酸からなる群より選択される、
配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸が、チロシンである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステイン又はスレオニンのいずれかである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステインである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、465位のグルタミン酸に対応する位置のアミノ酸がアスパラギン酸であり、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、78位のメチオニンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸である、
配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、78位のメチオニンに対応する位置のアミノ酸がアスパラギンである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がメチオニンである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がフェニルアラニンである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がバリンである、
配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステインである、又は
配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンである
のアミノ酸置換を有し、前記置換を行う前と比較して、D−グルコースへの反応性に対するD−キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))、および/またはD−グルコースへの反応性に対するマルトースへの反応性の割合(Mal/Glc(%))が低減していることを特徴とする、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
【請求項2】
D−グルコースへの反応性に対するD−キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))および/またはD−グルコースへの反応性に対するマルトースへの反応性の割合(Mal/Glc(%))が、前記の置換を導入する前と比較して20%以上低減していることを特徴とする、請求項1記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
【請求項3】
請求項1に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼをコードする、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子。
【請求項4】
請求項3記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む、組換えベクター。
【請求項5】
請求項4記載の組換え体ベクターを含む、宿主細胞。
【請求項6】
以下の工程:
請求項5に記載の宿主細胞を培養する工程、
前記宿主細胞中に含まれるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を発現させる工程、及び
前記培養物からフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを単離する工程
を含むフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを製造する方法。
【請求項7】
請求項1に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを用いることを特徴とする、グルコース測定方法。
【請求項8】
請求項1に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコースアッセイキット。
【請求項9】
請求項1に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを含む、グルコースセンサー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基質特異性が向上したフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ、その遺伝子および組換え体DNA、並びに基質特異性が向上したフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼの製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
血中グルコース濃度(血糖値)は、糖尿病の重要なマーカーである。糖尿病患者が自己の血糖値を管理するための装置としては、電気化学的バイオセンサを用いた自己血糖測定(Self Monitoring of Blood Glucose:SMBG)機器が広く利用されている。SMBG機器に用いられるバイオセンサには、従来、グルコースオキシダーゼ(GOD)等のD−グルコースを基質とする酵素が利用されている。しかしながら、GODは酸素を電子受容体とするという特性を備えているため、GODを用いたSMBG機器では、測定サンプル中の溶存酸素が測定値に影響を与え、正確な測定値が得られない場合が起こりうる。
【0003】
一方、D−グルコースを基質とするが、酸素を電子受容体としない別の酵素として、各種のグルコースデヒドロゲナーゼ(以下、GDH)が知られている。具体的には、ニコチンアミドジヌクレオチド(NAD)やニコチンアミドジヌクレオチドリン酸(NADP)を補酵素とするタイプのGDH(NAD(P)−GDH)や、ピロロキノリンキノン(PQQ)を補酵素とするGDH(PQQ−GDH)が見出されており、SMBG機器のバイオセンサに使用されている。しかしながら、NAD(P)−GDHは、酵素の安定性が乏しく、かつ、補酵素の添加が必要という問題を有し、また、PQQ−GDHは基質特異性が低く、測定対象であるD−グルコース以外にも、マルトース、D−ガラクトースおよびD−キシロースなどの糖化合物に対して作用してしまうため、測定サンプル中のD−グルコース以外の糖化合物が測定値に影響し、正確な測定値が得られないという問題点が存在する。
【0004】
近年、PQQ−GDHをバイオセンサとして用いたSMBG機器を用いて、輸液投与を受けていた糖尿病患者の血糖値を測定する際に、PQQ−GDHが輸液中に含まれるマルトースにも作用して、実際の血糖値よりも高い測定値が得られ、この値に基づく処置が原因となって患者が低血糖等を発症した例が報告されている。また、同様の事象はガラクトース負荷試験およびキシロース吸収試験を実施中の患者にも起こり得ることも判明している(例えば、非特許文献1参照)。これを受け、厚生労働省医薬食品局は、D−グルコース溶液に各糖類を添加した場合における血糖測定値への影響を調査する目的で交差反応性試験を行ったところ、600mg/dLのマルトース、300mg/dLのD−ガラクトース、あるいは、200mg/dLのD−キシロース添加を行った場合には、PQQ−GDH法を用いた血糖測定キットの測定値は、実際のD−グルコース濃度より2.5〜3倍ほど高い値を示すことがわかった。すなわち、測定試料中に存在し得るマルトース、D−ガラクトース、D−キシロースにより測定値が不正確になることが判明し、このような測定誤差の原因となる糖化合物の影響を受けず、D−グルコースを特異的に測定可能な基質特異性の高いGDHの開発が切に望まれている。
【0005】
上記のような背景の下、上記以外の補酵素を利用するタイプのGDHが着目されるようになってきている。例えば、非特許文献2〜5にはAspergillus oryzae由来のGDHについての報告があり、例えば、特許文献1〜3にはAspergillus属由来のフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を補酵素とする、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ(以下、FAD−GDH)が開示されている。
【0006】
しかし、上記の酵素は、D−グルコースではない1種または数種の糖化合物に対して反応性が低いという特性を示すものの、マルトース、D−ガラクトース、D−キシロースのいずれに対しても反応性が十分に低いという特性を有してはいない。これらに対して、出願人は、ケカビの一種であるムコール(Mucor)属から見出されたFAD−GDHが、マルトース、D−ガラクトース、D−キシロースのいずれに対しても反応性が十分に低いという優れた特性を有することを見出している(例えば、特許文献4参照)。また、このGDHを用いれば、一定濃度範囲のマルトース、D−ガラクトース、D−キシロースが存在する条件下においても、それらの糖化合物による影響を受けることなくD−グルコース濃度を正確に測定することが可能であることを確認している(例えば、特許文献4参照)。このような優れた基質特異性は、Mucor属由来FAD−GDHの実用上の優位性を示す大きな特徴である。
【0007】
一方で、自己血糖測定における利便性をより向上させるために、測定感度のさらなる向上による測定時間短縮化や、測定系のさらなる小スケール化、必要とされる測定サンプルの少量化等が継続的に追求されている。例えば、測定感度を向上させるための一手段としては、グルコースセンサー上に搭載するグルコース測定酵素の量を増加させることも想定される。しかしながら、このような使用法において予測される、多量の酵素が存在する条件下では、前述のMucor属由来FAD−GDHを用いた場合においても、一定濃度以上で存在するマルトースやD−キシロースへの反応性が若干ながら確認され、D−グルコース以外の糖化合物に対する反応性を低下させる取り組みにおいては、依然として改善の余地が存在する。
【0008】
FAD−GDHの基質特異性を向上させることを目的として、既存のFAD−GDHを改変する試みとしては、Aspergillus属由来FAD−GDHに対してアミノ酸置換を導入することによりD−キシロースに対する作用性が低減したFAD−GDH改変体を得る方法が開示されている(例えば、特許文献5〜6参照)。しかしながら、Aspergillus属由来FAD−GDHは、天然型のMucor属由来FAD−GDHと比べてD−キシロースへの反応性がかなり高く、これまでに開示されているAspergillus属由来FAD−GDH改変体をもってしても、その基質特異性は十分であるとは言い難い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−289148号公報
【特許文献2】特許第4494978号公報
【特許文献3】国際公開第07/139013号
【特許文献4】特許第4648993号公報
【特許文献5】特開2008−237210号公報
【特許文献6】国際公開第09/084616号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】医薬品・医療用具等安全性情報206号(Pharmaceuticals and Medical Devices Safety Information No.206)、2004年10月、厚生労働省医薬食品局
【非特許文献2】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. I. Induction of its synthesis by p−benzoquinone and hydroquinone, T. C. Bak, and R. Sato, Biochim. Biophys. Acta, 139, 265−276 (1967).
【非特許文献3】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. II. Purification and physical and chemical properties, T.C. Bak, Biochim. Biophys. Acta, 139, 277−293 (1967).
【非特許文献4】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. III. General enzymatic properties, T.C. Bak, Biochim. Biophys. Acta, 146, 317−327 (1967).
【非特許文献5】Studies on the glucose dehydrogenase of Aspergillus oryzae. IV. Histidyl residue as an active site, T.C. Bak, and R. Sato, Biochim. Biophys. Acta, 146, 328−335 (1967).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明では、D−グルコースに対する基質特異性に優れ、D−グルコース以外の糖化合物、例えば、D−キシロースやマルトース等に作用しにくく、D−グルコースの測定に用いたときに、これらのD−グルコース以外の糖化合物が共存したときにも影響を受けにくい新規なFAD−GDHを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題解決のために鋭意研究を重ねた結果、Mucor属由来FAD−GDHにおける特定のアミノ酸残基を置換することによって得られる改変型FAD−GDHが、D−グルコースに対する特異性に優れ、D−キシロースやマルトースに作用しにくく、これらのD−グルコース以外の糖化合物が共存したときの影響を受けにくいことを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)配列番号1で示されるアミノ酸配列、または該アミノ酸配列と90%以上同一なアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列において1もしくは数個アミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列において、以下の(a)〜(i):
(a)配列番号1記載のアミノ酸配列における78位のメチオニンに対応する位置、
(b)配列番号1記載のアミノ酸配列における79位のチロシンに対応する位置、
(c)配列番号1記載のアミノ酸配列における81位のグルタミンに対応する位置、
(d)配列番号1記載のアミノ酸配列における121位のロイシンに対応する位置、
(e)配列番号1記載のアミノ酸配列における122位のバリンに対応する位置、
(f)配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置、
(g)配列番号1記載のアミノ酸配列における465位のグルタミン酸に対応する位置、
(h)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置、及び
(i)配列番号1記載のアミノ酸配列における612位のセリンに対応する位置
よりなる群から選択されるアミノ酸に対応する位置で1つまたはそれ以上のアミノ酸置換を有し、前記置換を行う前と比較して、D−グルコースへの反応性に対するD−キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))、および/またはD−グルコースへの反応性に対するマルトースへの反応性の割合(Mal/Glc(%))が低減していることを特徴とする、フラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
(2)以下(j)〜(r):
(j)配列番号1記載のアミノ酸配列における78位のメチオニンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸、グルタミン、システイン又はアスパラギンのいずれかである、
(k)配列番号1記載のアミノ酸配列における79位のチロシンに対応する位置のアミノ酸がフェニルアラニン又はアスパラギンのいずれかである、
(l)配列番号1記載のアミノ酸配列における81位のグルタミンに対応する位置のアミノ酸がロイシン、フェニルアラニン又はアスパラギンのいずれかである、
(m)配列番号1記載のアミノ酸配列における121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がシステイン又はメチオニンのいずれかである、
(n)配列番号1記載のアミノ酸配列における122位のバリンに対応する位置のアミノ酸がスレオニン、アラニン又はシステインのいずれかである、
(o)配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がシステイン、ファニルアラニン、ヒスチジン、バリン又はセリンのいずれかである、
(p)配列番号1記載のアミノ酸配列における465位のグルタミン酸に対応する位置のアミノ酸がアルギニン、アスパラギン酸又はイソロイシンのいずれかである、
(q)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がファニルアラニン又はチロシンのいずれかである、及び
(r)配列番号1記載のアミノ酸配列における612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステイン又はスレオニンのいずれかである
よりなる群から選択される1つまたはそれ以上のアミノ酸置換を有する、上記(1)に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
(3)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファン残基に対応する位置のアミノ酸がチロシンに置換されたことを特徴とする、上記(1)に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
(4)配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファン残基に対応する位置のアミノ酸がファニルアラニン又はバリンに置換されたことを特徴とする、上記(1)に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
(5)以下(w)〜(ai):
(w)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、78位のメチオニンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸又はアスパラギンのいずれかである、
(x)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がメチオニンである、
(y)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、122位のバリンに対応する位置のアミノ酸がシステインである、
(z)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がフェニルアラニン又はバリンのいずれかである、
(aa)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステイン又はスレオニンのいずれかである、
(ab)配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、78位のメチオニンに対応する位置のアミノ酸がアスパラギンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステインである、
(ac)配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がフェニルアラニンであり、かつ、121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がメチオニンである、
(ad)配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がフェニルアラニンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンである、
(ae)配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がバリンであり、かつ、121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がメチオニンである、
(af)配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンである、
(ag)配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステインである、
(ah)配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンである、又は
(ai)配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、465位のグルタミン酸に対応する位置のアミノ酸がアスパラギン酸であり、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンである、
のアミノ酸置換を有する、上記(1)に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
(6)D−グルコースの反応性に対するD−キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))および/またはD−グルコースへの反応性に対するマルトースへの反応性の割合(Mal/Glc(%))が、前記の置換を導入する前と比較して20%以上低減していることを特徴とする上記(1)〜(5)記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ。
(7)上記(1)〜(6)のいずれかに記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼをコードするフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子。
(8)上記(7)記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換えベクター。
(9)上記(8)記載の組換え体ベクターを含む宿主細胞。
(10)以下の工程:
(aj)上記(9)に記載の宿主細胞を培養する工程、
(ak)前記宿主細胞中に含まれるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を発現させる工程、及び
(al)前記培養物からフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを単離する工程
を含むフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを製造する方法。
(11)上記(1)〜(6)に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを用いることを特徴とするグルコース測定方法。
(12)上記(1)〜(6)に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを含むグルコースアッセイキット。
(13)上記(1)〜(6)に記載のフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを含むグルコースセンサー。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、D−キシロースおよび/またはマルトースへの反応性が低減した、基質特異性に優れたFAD−GDHを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】マルチプルアライメントプログラムを利用してアラインメントしたMucor属由来FAD−GDHおよびP. amagasakiense由来グルコース酸化酵素のアミノ酸配列の比較結果を示す図である。
【
図2】改変型Mucor由来GDH(W569Y)を用いて、酵素電極測定により測定した、基質濃度に対する電流応答値のプロットを示す図である。
【
図3】改変型Mucor由来GDH(W569Y/V122C)を用いて、酵素電極測定により測定した、基質濃度に対する電流応答値のプロットを示す図である。
【
図4】改変型Mucor由来GDH(W569Y/W123V)を用いて、酵素電極測定により測定した、基質濃度に対する電流応答値のプロットを示す図である。
【
図5】改変型Mucor由来GDH(W569Y/S612C)を用いて、酵素電極測定により測定した、基質濃度に対する電流応答値のプロットを示す図である。
【
図6】改変型Mucor由来GDH(W569Y/S612C/M78N)を用いて、酵素電極測定により測定した、基質濃度に対する電流応答値のプロットを示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(本発明のFAD−GDHの作用原理および活性測定法)
本発明のFAD−GDHは、公知の野生型または変異型FAD−GDH同様、電子受容体存在下でD−グルコースの水酸基を酸化してグルコノ−δ−ラクトンを生成する反応を触媒する。
本発明のFAD−GDHの活性は、この作用原理を利用し、例えば、電子受容体としてフェナジンメトサルフェート(PMS)および2,6−ジクロロインドフェノール(DCIP)を用いた以下の測定系を用いて測定することができる。
(反応1) D−グルコ−ス + PMS(酸化型)
→ D−グルコノ−δ−ラクトン + PMS(還元型)
(反応2) PMS(還元型) + DCIP(酸化型)
→ PMS(酸化型) + DCIP(還元型)
【0017】
具体的には、まず、(反応1)において、D−グルコースの酸化に伴い、PMS(還元型)が生成する。そして、続いて進行する(反応2)により、PMS(還元型)が酸化されるのに伴ってDCIPが還元される。この「DCIP(酸化型)」の消失度合を波長600nmにおける吸光度の変化量として検知し、この変化量に基づいて酵素活性を求めることができる。
具体的には、フラビン結合型GDHの活性は、以下の手順に従って測定することができる。50mM リン酸緩衝液(pH6.5) 2.05mL、1M D−グルコース溶液 0.6mLおよび2mM DCIP溶液 0.15mLを混合し、37℃で5分間保温する。次いで、15mM PMS溶液 0.1mLおよび酵素サンプル溶液0.1mLを添加し、反応を開始する。反応開始時、および、経時的な吸光度を測定し、酵素反応の進行に伴う600nmにおける吸光度の1分間あたりの減少量(ΔA600)を求め、次式に従いフラビン結合型GDH活性を算出する。この際、フラビン結合型GDH活性は、37℃において濃度200mMのD−グルコース存在下で1分間に1μmolのDCIPを還元する酵素量を1Uと定義する。
【0018】
【数1】
【0019】
なお、式中の3.0は反応試薬+酵素試薬の液量(mL)、16.3は本活性測定条件におけるミリモル分子吸光係数(cm
2/μmol)、0.1は酵素溶液の液量(mL)、1.0はセルの光路長(cm)、ΔA600
blankは10mM 酢酸緩衝液(pH5.0)を酵素サンプル溶液の代わりに添加して反応開始した場合の600nmにおける吸光度の1分間あたりの減少量、dfは希釈倍数を表す。
【0020】
(本発明のFAD−GDHのアミノ酸配列)
本発明のFAD−GDHは、配列番号1で示されるアミノ酸配列、または該アミノ酸配列と同一性の高い、例えば、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上同一なアミノ酸配列、または該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号1記載のアミノ酸配列における78位に相当する位置、79位に相当する位置、81位に相当する位置、121位に相当する位置、122位に相当する位置、123位に相当する位置、465位に相当する位置、569位に相当する位置および612位に相当する位置から選択される位置のアミノ酸に対応する位置で1つまたはそれ以上のアミノ酸置換を有することを特徴とする。
【0021】
好ましくは、本発明のFAD−GDHにおける、上述の78位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、78位に相当する位置のメチオニンがシステイン、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミンのいずれかに置換される置換であり、上述の79位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、79位に相当する位置のチロシンがフェニルアラニン、アスパラギンのいずれかに置換される置換であり、上述の81位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、81位に相当する位置のグルタミンがロイシン、フェニルアラニン、アスパラギンのいずれかに置換される置換であり、上述の121位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、121位に相当する位置のロイシンがシステイン、メチオニンのいずれかに置換される置換であり、上述の122位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、122位に相当する位置のバリンがスレオニン、アラニン、システインのいずれかに置換される置換であり、上述の123位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、123位に相当する位置のトリプトファンがシステイン、フェニルアラニン、ヒスチジン、バリン、セリンのいずれかに置換される置換であり、上述の465位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、465位に相当する位置のグルタミン酸がアルギニン、アスパラギン酸、イソロイシンのいずれかに置換される置換であり、上述の569位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、569位に相当する位置のトリプトファンがフェニルアラニン、チロシンのいずれかに置換される置換であり、上述の612位に相当する位置でのアミノ酸置換とは、612位に相当する位置のセリンがシステイン、スレオニンのいずれかに置換される置換である。
【0022】
本発明のFAD−GDHの中で、さらに好ましいものの例として、上記のような置換を複数組み合わせて有する多重変異体が挙げられる。例えば、上記のような置換を2箇所組み合わせて有する2重変異体、3箇組み合わせて有する3重変異体、さらに多数の変異を組み合わせて有する多重変異体が本発明に包含される。このような変異の蓄積により、D−キシロースおよび/またはマルトースへの作用性がさらに低減したFAD−GDHを作出することができる。
また、上記のような多重変異体を作出するにあたっては、上述の各種の置換以外の位置における置換を組み合わせることもできる。このような置換の位置は、単独で置換を導入した場合には、上述の置換部位におけるもののように顕著な効果を奏さないものであっても、上述の置換部位と組み合わせて導入することによって、相乗的に効果を奏するものであり得る。
【0023】
また、本発明のFAD−GDHには、上述のような、D−キシロースやマルトースに作用しにくいという変異のほかに、熱安定性を向上させる変異や、pHや特定の物質などへの耐性を向上させる効果などのような、別種の効果を奏することを目的とした公知の変異を任意に組み合わせてもよい。このような別種の変異を組み合わせた場合であっても、本発明の効果を発揮し得るものである限り、それらのFAD−GDHは本発明に包含される。
【0024】
例えば、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1で示されるアミノ酸配列の569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸をチロシンに置換し、この変異にさらに別の変異を組み合わせて導入した変異体を挙げることができ、具体的な別の変異としては、78位のメチオニンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸、アスパラギンのいずれかである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がメチオニンである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、122位のバリンに対応する位置のアミノ酸がシステインである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がフェニルアラニン、バリンのいずれかである変異体が挙げられる。
【0025】
あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステイン、スレオニンのいずれかである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンであり、78位のメチオニンに対応する位置のアミノ酸がアスパラギンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステインである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がフェニルアラニンであり、かつ、121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がメチオニンである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がフェニルアラニンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における123位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がバリンであり、かつ、121位のロイシンに対応する位置のアミノ酸がメチオニンである変異体が挙げられる。
【0026】
あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、かつ、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、かつ、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、かつ、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、かつ、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がシステインである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、かつ、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、かつ、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、612位のセリンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンである変異体が挙げられる。あるいは、本発明の好ましい多重変異FAD−GDHの例としては、配列番号1記載のアミノ酸配列における232位のバリンに対応する位置のアミノ酸がグルタミン酸であり、かつ、387位のスレオニンに対応する位置のアミノ酸がアラニンであり、かつ、465位のグルタミン酸に対応する位置のアミノ酸がアスパラギン酸であり、かつ、545位のイソロイシンに対応する位置のアミノ酸がスレオニンであり、かつ、569位のトリプトファンに対応する位置のアミノ酸がチロシンである変異体が挙げられる。
【0027】
後述のとおり、本発明のFAD−GDHは、例えば、まず任意の方法で、配列番号1のアミノ酸配列に近いアミノ酸配列をコードする遺伝子を入手し、配列番号1の所定の位置と同等の位置におけるいずれかの位置においてアミノ酸置換を導入することにより得ることもできる。
目的とするアミノ酸置換導入方法としては、例えばランダムに変異を導入する方法あるいは想定した位置に部位特異的変異を導入する方法が挙げられる。前者の方法としては、エラープローンPCR法(Techniques,1,11−15,(1989))や、増殖の際、プラスミドの複製にエラーを起こしやすく、改変を生じやすいXL1−Redコンピテントセル(STRATAGENE社製)を用いる方法等がある。また、後者の方法として、目的とするタンパク質の結晶構造解析により立体構造を構築し、その情報をもとに目的の効果を付与すると予想されるアミノ酸を選択し、市販のQuick Change Site Directed Mutagenesis Kit(STRATAGENE社製)等により部位特異的変異を導入する方法がある。あるいは、後者の方法として、目的とするタンパク質と相同性の高い公知のタンパク質の立体構造を用いて、目的の効果を付与すると予想されるアミノ酸を選択し、部位特異的変異を導入する方法もある。
【0028】
また、ここでいう、例えば、「配列番号1のアミノ酸配列に対応する位置」とは、配列番号1のアミノ酸配列と、配列番号1と同一性(好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上)を持つアミノ酸配列を有する他のFAD−GDHとをアラインさせた場合に、そのアラインメントにおける同一の位置を意味する。なお、アミノ酸配列の同一性は、GENETYX−Mac(Software Development社製)のマキシマムマッチングやサーチホモロジー等のプログラム、又はDNASIS Pro(日立ソフト社製)のマキシマムマッチングやマルチプルアライメント等のプログラムにより計算することができる。
【0029】
「アミノ酸に対応する位置」を特定する方法としては、例えばリップマン−パーソン法等の公知のアルゴリズムを用いてアミノ酸配列を比較し、FAD−GDHのアミノ酸配列中に存在する保存アミノ酸残基に最大の同一性を与えることにより行うことができる。FAD−GDHのアミノ酸配列をこのような方法で整列させることにより、アミノ酸配列中にある挿入、欠失にかかわらず、各FAD−GDH配列における同一の位置を決めることが可能である。このようにして特定された「同一の位置」は、三次元構造中で同じ位置に存在すると考えられ、対象となるFAD−GDHの基質特異性に関して類似した効果を有することが推定できる。
【0030】
本発明のFAD−GDHには、上記の同一性の範囲内で各種のバリエーションが想定されるが、各種FAD−GDHの酵素科学的性質が本明細書に記載する本発明のFAD―GDHと同様である限り、それらは全て本発明のFAD−GDHに含まれ得る。このようなアミノ酸配列を有するFAD−GDHは、基質特異性が高く、かつ、D−グルコース以外の糖化合物、例えば、D−キシロースやマルトース等が共存したときにも影響を受けにくく、産業上有用である。
【0031】
また、本発明のFAD−GDHにおいては、上述の78位に相当する位置のアミノ酸がシステイン、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミンのいずれかであること、または、79位に相当する位置のアミノ酸がフェニルアラニン、アスパラギンのいずれかであること、または、81位に相当する位置のアミノ酸がロイシン、フェニルアラニン、アスパラギンのいずれかであること、または、121位に相当する位置のアミノ酸がシステイン、メチオニンのいずれかであること、または、122位に相当する位置のアミノ酸がスレオニン、アラニン、システインのいずれかであること、または、123位に相当する位置のアミノ酸がシステイン、フェニルアラニン、ヒスチジン、バリン、セリンのいずれかであること、または、465位に相当する位置のアミノ酸がアルギニン、アスパラギン酸、イソロイシンのいずれかであること、または、569位に相当する位置のアミノ酸がフェニルアラニン、チロシンのいずれかであること、または、612位に相当する位置のアミノ酸がシステイン、スレオニンのいずれかであることが重要なのであって、それが人為的な置換操作によるものか否かは重要でない。例えば、上記の位置のアミノ酸が本発明で所望される残基とは元々異なっているタンパク質を出発物質として、そこに公知の技術を用いて所望の置換を導入していく場合であれば、これらの所望されるアミノ残基は置換により導入される。一方、公知のペプチド全合成により所望のタンパク質を入手する場合、または、所望のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするように遺伝子配列を全合成し、これに基づき所望のタンパク質を入手する場合、あるいは、天然型として見出されたものの中に元々そのような配列を有するものがあった場合等には、人為的な置換という工程を経ることなく、本発明のFAD−GDHを得ることができる。
【0032】
(本発明のFAD−GDHにおける基質特異性の向上)
本発明のFAD−GDHは、高い基質特異性を有することを特徴とする。具体的には、本発明のFAD−GDHは、本発明者らが先に見出した特許第4648993号公報に記載のMucor属由来FAD−GDHと同様に、マルトース、D−ガラクトース、D−キシロースに対する反応性が極めて低いことを特徴とする。具体的には、D−グルコースに対する反応性を100%とした場合に、マルトース、D−ガラクトースおよびD−キシロースに対する反応性がいずれも2%以下であることを特徴とする。本発明に用いるFAD−GDHは、このような高い基質特異性を有するため、マルトースを含む輸液の投与を受けている患者や、ガラクトース負荷試験およびキシロース吸収試験を実施中の患者の試料についても、測定試料に含まれるマルトース、D−ガラクトース、D−キシロース等の糖化合物の影響を受けることなく、正確にD−グルコース量を測定することが可能となる。さらに、本発明のFAD−GDHは、特許第4648993号公報に記載のMucor属由来FAD−GDHを比較して、さらに高いD−グルコースに対する基質特異性を有するものであるため、一層の産業上の有用性が期待される。
【0033】
また、本発明のFAD−GDHは、上述のようにD−グルコースの代わりにマルトース、D−ガラクトース、D−キシロース等の糖化合物を基質として測定を行った際の測定値が非常に低く、さらに、マルトース、D−ガラクトース、D−キシロース等の糖化合物が夾雑する条件下でも正確にD−グルコースを測定できることが好ましい。具体的には、それらの夾雑糖化合物が存在しない条件でのD−グルコースに対する反応性を100%とした場合に、夾雑糖化合物としてマルトース、D−ガラクトース、D−キシロースから選択される1以上が存在する場合の測定値が96%〜103%であり、夾雑糖化合物としてマルトース、D−ガラクトースおよびD−キシロースの3種が同時に存在する場合でも、測定値が96%〜104%であることが好ましい。
このような特性を有するFAD−GDHを用いた場合には、測定試料中にマルトースやD−ガラクトース、D−キシロースが存在している状況でも、D−グルコース量を正確に測定することが可能である。
【0034】
各種のFAD−GDHが有する酵素化学的性質は、酵素の諸性質を特定するための公知の手法、例えば、以下の実施例に記載の方法を用いて調べることができる。酵素の諸性質は、各種のFAD−GDHを生産する微生物の培養液や、精製工程の途中段階において、ある程度調べることもでき、より詳細には、精製酵素を用いて調べることができる。
【0035】
本発明の改変型FAD−GDHは、前述の活性測定方法に基づく反応条件下で、D−グルコースへの反応性に対する同モル濃度のD−キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))および/または、D−グルコースへの反応性に対する同モル濃度のマルトースへの反応性の割合(Mal/Glc(%))が、アミノ酸置換を導入する前と比較して低減している、好ましくは20%以上、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上、最も好ましくは50%以上低減していることを特徴とする。
本発明のFAD−GDHは、Xyl/Glc(%)またはMal/Glc(%)のいずれか片方のみがアミノ酸置換を導入する前のFAD−GDHと比べて好ましい程度に低減していてもよく、あるいは、その両方が、好ましい程度に低減していてもよい。両方の基質に対する反応性がいずれも低減しているものであれば、より好ましい。
【0036】
また、上述のように、本発明のFAD−GDHは、元々D−グルコースに対する基質特異性が優れた酵素であるため、通常の空腹時血糖値(≦126mg/dL[7mM])と同程度のモル濃度のD−キシロース及びマルトースを用いて行う反応性の測定においては、その共存の影響を示唆する測定値がほとんど検出されないことが想定される。そこで、本発明のFAD−GDHにおけるD−キシロースおよびマルトースへの反応性を測定する際には、例えば、200mM等の過剰量の濃度でD−キシロースおよび/またはマルトースを共存させた条件下で、同モル濃度のD−グルコースへの反応性が2U/ml以上、好ましくは5U/ml以上、より好ましくは10U/ml以上である多量の酵素液を用いて測定を行うことが好ましい。このような条件で測定を行うことにより、グルコースセンサー上に多量の酵素を搭載した際と同等な条件を想定した、共存物質の影響を検討することができる。
【0037】
なお、D−グルコースへの反応性に対する同モル濃度のD−キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))、および、D−グルコースへの反応性に対する同モル濃度のマルトースへの反応性の割合(Mal/Glc(%))は、形質転換体の種類やその培養条件、あるいは酵素活性測定条件等によって異なるため、同一の条件下において、アミノ酸置換導入前後のそれぞれの値を比べる必要がある。
【0038】
(本発明のFAD−GDHの由来となる天然型FAD−GDHの例)
本発明のFAD−GDHは、公知のタンパク質を出発物質として、それを改変することにより取得することもできる。特に、本発明のFAD−GDHに望まれる酵素科学的性質と類似点が多い出発物質を利用することは、所望のFAD−GDHを取得する上で有利である。
上述のような出発物質の例としては、公知のFAD−GDHを挙げることができる。公知のFAD−GDHの由来微生物の好適な例としては、ケカビ亜門、好ましくはケカビ綱、より好ましくはケカビ目、さらに好ましくはケカビ科に分類される微生物を挙げることができる。具体的には、ムコール(Mucor)属、アブシジア(Absidia)属、アクチノムコール(Actinomucor)属由来のFAD−GDHは、本発明のFAD−GDHを取得するための出発物質の一例として好適である。
【0039】
Mucor属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、ムコール・プライニ(Mucor prainii)、ムコール・ジャバニカス(Mucor javanicus)もしくはムコール・シルシネロイデス・f・シルシネロイデス(Mucor circinelloides f. circinelloides)、ムコール・ダイモルフォスポラス(Mucor dimorphosporus)が挙げられる。より具体的には、Mucor prainii NISL0103、Mucor javanicus NISL0111もしくはMucor circinelloides f. circinelloides NISL0117が挙げられる。Absidia属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、アブシジア・シリンドロスポラ(Absidia cylindrospora)、アブシジア・ヒアロスポラ(Absidia hyalospora)を挙げることができる。より具体的には、Absidia cylindrospora NISL0211、Absidia hyalospora NISL0218を挙げることができる。Actinomucor属に分類される微生物であって、具体的な好ましい微生物の例としては、アクチノムコール・エレガンス(Actinomucor elegans)を挙げることができる。より具体的には、Actinomucor elegans NISL9082を挙げることができる。なお、上記の菌株はNISL(公益財団法人 野田産業科学研究所)の保管菌株であり、所定の手続きを経ることにより、分譲を受けることができる。
【0040】
(本発明のFAD−GDHをコードする遺伝子の取得)
本発明のFAD−GDHを効率よく取得するためには、遺伝子工学的手法を利用するのが好ましい。本発明のFAD−GDHをコードする遺伝子(以下、FAD−GDH遺伝子)を取得するには、通常一般的に用いられている遺伝子のクローニング方法を用いればよい。例えば、公知のFAD−GDHを出発物質とし、それを改変することにより本発明のFAD−GDHを取得するには、FAD−GDH生産能を有する公知の微生物菌体や種々の細胞から、常法、例えば、Current Protocols in Molecular Biology (WILEY Interscience,1989)記載の方法により、染色体DNA又はmRNAを抽出することができる。さらにmRNAを鋳型としてcDNAを合成することができる。このようにして得られた染色体DNA又はcDNAを用いて、染色体DNA又はcDNAのライブラリーを作製することができる。
【0041】
次いで、公知のFAD−GDHのアミノ酸配列情報に基づき、適当なプローブDNAを合成して、これを用いて染色体DNA又はcDNAのライブラリーから基質特異性の高いFAD−GDH遺伝子を選抜する方法、あるいは、上記アミノ酸配列に基づき、適当なプライマーDNAを作製して、5’RACE法や3’RACE法などの適当なポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)により、基質特異性の高いFAD−GDHをコードする目的の遺伝子断片を含むDNAを増幅させ、これらのDNA断片を連結させて、目的のFAD−GDH遺伝子の全長を含むDNAを得ることもできる。
【0042】
公知のFAD−GDHを出発物質として、本発明の基質特異性が高いFAD−GDHを取得する方法として、出発物質であるFAD−GDHをコードする遺伝子に変異を導入し、各種の変異遺伝子から発現されるFAD−GDHの酵素科学的性質を指標に選択を行う方法を採用し得る。
出発物質であるFAD−GDH遺伝子の変異処理は、企図する変異形態に応じた、公知の任意の方法で行うことができる。すなわち、FAD−GDH遺伝子あるいは当該遺伝子の組み込まれた組換え体DNAと変異原となる薬剤とを接触・作用させる方法;紫外線照射法;遺伝子工学的手法;又は蛋白質工学的手法を駆使する方法等を広く用いることができる。
【0043】
上記変異処理に用いられる変異原となる薬剤としては、例えば、ヒドロキシルアミン、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン、亜硝酸、亜硫酸、ヒドラジン、蟻酸、若しくは5−ブロモウラシル等を挙げることができる。
この接触・作用の諸条件は、用いる薬剤の種類等に応じた条件を採ることが可能であり、現実に所望の変異をMucor属由来FAD−GDH遺伝子において惹起することができる限り特に限定されない。通常、好ましくは0.5〜12Mの上記薬剤濃度において、20〜80℃の反応温度下で10分間以上、好ましくは10〜180分間接触・作用させることで、所望の変異を惹起可能である。紫外線照射を行う場合においても、上記の通り常法に従い行うことができる(現代化学、p24〜30、1989年6月号)。
【0044】
蛋白質工学的手法を駆使する方法としては、一般的に、Site−Specific Mutagenesisとして知られる手法を用いることができる。例えば、Kramer法 (Nucleic Acids Res.,12,9441(1984):Methods Enzymol.,154,350(1987):Gene,37,73(1985))、Eckstein法(Nucleic Acids Res.,13,8749(1985):Nucleic Acids Res.,13,8765(1985):Nucleic Acids Res,14,9679(1986))、Kunkel法(Proc. Natl. Acid. Sci. U.S.A.,82,488(1985):Methods Enzymol.,154,367(1987))等が挙げられる。DNA中の塩基配列を変換する具体的な方法としては、例えば市販のキット(Transformer Mutagenesis Kit;Clonetech社, EXOIII/Mung Bean Deletion Kit;Stratagene製, Quick Change Site Directed Mutagenesis Kit;Stratagene製など)の利用が挙げられる。
【0045】
また、一般的なポリメラーゼチェインリアクション(Polymerase Chain Reaction)として知られる手法を用いることもできる(Technique,1,11(1989))。
なお、上記遺伝子改変法の他に、有機合成法又は酵素合成法により、直接所望の基質特異性の高い改変FAD−GDH遺伝子を合成することもできる。
【0046】
上記のような任意の方法により選択された本発明のFAD−GDH遺伝子のDNA塩基配列の決定または確認を行う場合には、例えば、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)等を用いれば良い。
【0047】
(本発明のFAD−GDH遺伝子が挿入されたベクターおよび宿主細胞)
上述のように得られた本発明のFAD−GDH遺伝子を、常法により、バクテリオファージ、コスミド、又は原核細胞若しくは真核細胞の形質転換に用いられるプラスミド等のベクターに組み込み、各々のベクターに対応する宿主細胞を常法により、形質転換又は形質導入をすることができる。
例えば、真核宿主細胞の一例としては、酵母が挙げられる。酵母に分類される微生物としては、例えば、チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、ピキア(Pichia)属、カンジダ(Candida)属などに属する酵母が挙げられる。
挿入遺伝子には、形質転換された細胞を選択することを可能にするためのマーカー遺伝子が含まれていてもよい。マーカー遺伝子としては、例えば、URA3、TRP1のような、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子等が挙げられる。また、挿入遺伝子は、宿主細胞中で本発明の遺伝子を発現することのできるプロモーター又はその他の制御配列(例えば、エンハンサー配列、ターミネーター配列、ポリアデニル化配列等)を含むことが望ましい。プロモーターとしては、具体的には、例えば、GAL1プロモーター、ADH1プロモーター等が挙げられる。酵母への形質転換方法としては、公知の方法、例えば、酢酸リチウムを用いる方法(MethodsMol. Cell. Biol., 5, 255−269(1995))やエレクトロポレーション(J Microbiol Methods 55 (2003)481−484)等を好適に用いることができるが、これに限定されず、スフェロプラスト法やガラスビーズ法等を含む各種任意の手法を用いて形質転換を行えば良い。
【0048】
また、例えば、真核宿主細胞の他の例としては、アスペルギルス(Aspergillus)属やトリコデルマ(Tricoderma)属のようなカビ細胞が挙げられる。挿入遺伝子は、宿主細胞中で本発明の遺伝子を発現することのできるプロモーター(例えばtef1プロモーター)及びその他の制御配列(例えば、分泌シグナル配列、エンハンサー配列、ターミネーター配列、ポリアデニル化配列等)を含むことが望ましい。また、挿入遺伝子には、形質転換された細胞を選択することを可能にするためのマーカー遺伝子、例えばniaD、pyrGが含まれていても良い。さらに、挿入遺伝子には、任意の染色体部位へ挿入するための相同組換え領域が含まれていても良い。糸状菌への形質転換方法としては、公知の方法、例えば、プロトプラスト化した後ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いる方法(Mol. Gen. Genet., 218, 99-104(1989))を好適に用いることができる。
【0049】
原核宿主細胞の一例としては、エッシェリシア属に属する微生物、例えば大腸菌K−12株、エシェリヒア・コリーBL21(DE3)、エシェリヒア・コリーJM109、エシェリヒア・コリーDH5α、エシェリヒア・コリーW3110、エシェリヒア・コリーC600等(いずれもタカラバイオ社製)が挙げられる。それらを形質転換し、または、それらに形質導入して、DNAが導入された宿主細胞(形質転換体)を得る。こうした宿主細胞に組み換えベクターを移入する方法としては、例えば宿主細胞がエシェリヒア・コリーに属する微生物の場合には、カルシウムイオンの存在下で組み換えDNAの移入を行う方法などを採用することができる、更にエレクトロポレーション法を用いても良い。更には市販のコンピテントセル(例えばECOS Competent エシェリヒア・コリーBL21(DE3);ニッポンジーン製)を用いても良い。
【0050】
(本発明のFAD−GDHの製造)
本発明のFAD−GDHは、上述のように取得した本発明のFAD−GDHを生産する宿主細胞を培養し、前記宿主細胞中に含まれるフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼ遺伝子を発現させ、次いで、前記培養物からフラビン結合型グルコースデヒドロゲナーゼを単離することにより、製造すればよい。
上記真核宿主細胞を培養するためには、例えば、Saccharomyces cerevisiaeの培養において広く用いられているYPD(バクトペプトン 2%,バクトイースト・エクストラクト 1%,グルコース 2%)液体培地を好適に用いることができると考えられるが、その他にも、添加することにより本発明に用いるフラビン結合型GDHの製造量を向上させることができる栄養源や成分があれば、単独で、あるいは組み合わせてそれらを添加してもよい。
培地に使用する炭素源としては、同化可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコース、デンプン加水分解物、グリセリン、フラクトース、糖蜜などが挙げられる。窒素源としては、利用可能な窒素化合物であればよく、例えば、酵母エキス、ペプトン、肉エキス、コーンスチープリカー、大豆粉、マルツエキス、アミノ酸、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウムなどが挙げられる。無機物としては、例えば、食塩、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マンガン、硫酸第1鉄、リン酸第1カリウム、リン酸第2カリウム、炭酸ナトリウム、塩化カルシウムなどの種々の塩が挙げられる。その他、必要に応じてビタミン類、消泡剤などを添加してもよい。
【0051】
上記原核宿主細胞を培養する培地としては、例えば、酵母エキス、トリプトン、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカーあるいは大豆若しくは小麦ふすまの浸出液等の1種以上の窒素源に、塩化ナトリウム、リン酸第1カリウム、リン酸第2カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化第2鉄、硫酸第2鉄あるいは硫酸マンガン等の無機塩類の1種以上を添加し、さらに必要により糖質原料、ビタミン等を適宜添加したものが用いられる。
【0052】
培養条件は、培養する微生物により異なっても良いが、例えば、培地の初発pHは、pH5〜10に調整し、培養温度は、20〜40℃、培養時間は、15〜25時間、1〜2日間、あるいは3〜7日間等、適宜設定することができ、通気撹拌深部培養、振盪培養、静地培養などにより実施する。
例えば、チゴサッカロマイセス属の酵母を培養する場合の培地および培養条件の一例として、バクトペプトン 2%,バクトイースト・エクストラクト 1%,グルコース 2%の培地を用いた、30℃、200rpmで24時間の振盪が挙げられる。例えば、エシェリヒア・コリーの培養は、10〜42℃の培養温度、好ましくは25℃前後の培養温度で4〜24時間、さらに好ましくは25℃前後の培養温度で4〜8時間、通気攪拌深部培養、振盪培養、静置培養等により実施すればよい。
【0053】
培養終了後、該培養物あるいは培養菌体内部からフラビン結合型GDHを採取するには、通常の酵素の採取手段を用いることができる。
上記酵素が菌体内に存在する場合には、培養物から、例えば、濾過、遠心分離などの操作により菌体を分離し、この菌体から酵素を採取するのが好ましい。例えば、超音波破砕機、フレンチプレス、ダイノミルなどの、通常の破壊手段を用いて菌体を破壊する方法、リゾチームなどの細胞壁溶解酵素を用いて菌体細胞壁を溶解する方法、トリトンX−100などの界面活性剤を用いて菌体から酵素を抽出する方法などを単独または組み合わせて採用することができる。
上記酵素が菌体外に存在する場合には、例えば、濾過、遠心分離などの操作により菌体を分離し、上清を回収すればよい。次いで、濾過または遠心分離などにより不溶物を取りのぞき、酵素抽出液を得る。得られた抽出液から、フラビン結合型GDHを、必要に応じて単離、精製するには、必要により核酸を除去したのち、これに硫酸アンモニウム、アルコール、アセトンなどを添加して分画し、沈殿物を採取し、本発明のFAD−GDHの粗酵素を得ることができる。
【0054】
本発明のFAD−GDHの粗酵素を、公知の任意の手段を用いてさらに精製することもできる。精製された酵素標品を得るには、例えば、セファデックス、ウルトロゲル若しくはバイオゲル等を用いるゲル濾過法;イオン交換体を用いる吸着溶出法;ポリアクリルアミドゲル等を用いる電気泳動法;ヒドロキシアパタイトを用いる吸着溶出法;蔗糖密度勾配遠心法等の沈降法;アフィニティクロマトグラフィー法;分子ふるい膜若しくは中空糸膜等を用いる分画法等を適宜選択し、又はこれらを組み合わせて実施することにより、精製された本発明のFAD−GDH酵素標品を得ることができる。
【0055】
(本発明のFAD−GDHを用いたD−グルコース測定方法)
本発明はまた、本発明のFAD−GDHを含むグルコースアッセイキットを開示し、例えば、このようなグルコースアッセイキットを用いることにより、本発明のFAD−GDHを用いて血中のD−グルコース(血糖値)を測定することができる。
本発明のグルコースアッセイキットは、本発明に従う改変型FAD−GDHを、少なくとも1回のアッセイに十分な量で含む。典型的には、本発明のグルコースアッセイキットは、本発明の改変型FAD−GDHに加えて、アッセイに必要な緩衝液、メディエーター、キャリブレーションカーブ作製のためのD−グルコース標準溶液、ならびに使用の指針を含む。本発明に従う改変型FAD−GDHは種々の形態で、例えば、凍結乾燥された試薬として、または適切な保存溶液中の溶液として提供することができる。
【0056】
D−グルコース濃度の測定は、比色式グルコースアッセイキットの場合は、例えば、以下のように行うことができる。グルコースアッセイキットの反応層にはFAD−GDH、電子受容体、そして反応促進剤としてN−(2−アセトアミド)イミド2酢酸(ADA)、ビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(Bis−Tris)、炭酸ナトリウムおよびイミダゾールからなる群より選ばれる1以上の物質を含む液状もしくは固体状の組成物を保持させておく。ここで、必要に応じてpH緩衝剤、発色試薬を添加する。ここにD−グルコースを含む試料を加え、一定時間反応させる。この間、還元により退色する電子受容体もしくは電子受容体より電子を受け取ることによって重合し生成する色素の最大吸収波長に相当する吸光度をモニタリングする。レート法であれば、吸光度の時間あたりの変化率から、エンドポイント法であれば、試料中のD−グルコースがすべて酸化された時点までの吸光度変化から、予め標準濃度のD−グルコース溶液を用いて作製したキャリブレーションカーブを元にして、試料中のD−グルコース濃度を算出することができる。
【0057】
この方法において使用できるメディエーター及び発色試薬としては、たとえば2,6−ジクロロインドフェノール(DCIP)を電子受容体として添加し、600nmにおける吸光度の減少をモニタリングすることでD−グルコースの定量が可能である。また、電子受容体としてフェナジンメトサルフェート(PMS)を、さらに発色試薬としてニトロテトラゾリウムブルー(NTB)を加え、570nm吸光度を測定することにより生成するジホルマザンの量を決定し、D−グルコース濃度を算出することが可能である。なお、いうまでもなく、使用する電子受容体および発色試薬はこれらに限定されない。
【0058】
(本発明のFAD−GDHを含むグルコースセンサー)
本発明はまた、本発明のFAD−GDHを用いるグルコースセンサーを開示する。電極としては、カーボン電極、金電極、白金電極などを用い、この電極上に本発明の酵素を固定化する。固定化方法としては、架橋試薬を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、光架橋性ポリマー、導電性ポリマー、酸化還元ポリマーなどがあり、あるいはフェロセンあるいはその誘導体に代表される電子メディエーターとともにポリマー中に固定あるいは電極上に吸着固定してもよく、またこれらを組み合わせて用いてもよい。典型的には、グルタルアルデヒドを用いて本発明の改変型FAD−GDHをカーボン電極上に固定化した後、アミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドをブロッキングする。
【0059】
D−グルコース濃度の測定は、以下のようにして行うことができる。恒温セルに緩衝液を入れ、一定温度に維持する。メディエーターとしては、フェリシアン化カリウム、フェナジンメトサルフェートなどを用いることができる。作用電極として本発明の改変型FAD−GDHを固定化した電極を用い、対極(例えば白金電極)および参照電極(例えばAg/AgCl電極)を用いる。カーボン電極に一定の電圧を印加して、電流が定常になった後、D−グルコースを含む試料を加えて電流の増加を測定する。標準濃度のD−グルコース溶液により作製したキャリブレーションカーブに従い、試料中のD−グルコース濃度を計算することができる。
【0060】
具体的な一例としては、グラッシーカーボン(GC)電極に本発明の1.5UのFAD−GDHを固定化し、D−グルコース濃度に対する応答電流値を測定する。電解セル中に、50mM リン酸カリウム緩衝液(pH6.0)1.8ml、及び、1M ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム(フェリシアン化カリウム)水溶液0.2mlを添加する。GC電極をポテンショスタットBAS100B/W(BAS製)に接続し、37℃で溶液を撹拌し、銀−塩化銀参照電極に対して+500mVを印加する。これらの系に1M D−D−グルコース溶液を終濃度が5、10、20、30、40、50mMになるよう添加し、添加ごとに定常状態の電流値を測定する。この電流値を既知のD−グルコース濃度(5、10、20、30、40、50mM)に対してプロットし、検量線が作成する。これより本発明のFAD結合型グルコース脱水素酵素を使用した酵素固定化電極でD−グルコースの定量が可能となる。
【0061】
本発明のFAD−GDHは、従来のMucor属由来FAD−GDHと比較した場合でも、基質特異性が優れているために、特に、上記のようなグルコースセンサーに対し応用する場合に、優れた効果を奏することが期待される。グルコースセンサーにおいては、液状試薬キット等に応用する場合と比較して、より多量の酵素を搭載する特殊な条件下で酵素反応が行われることが想定され、このような条件下では、共存物質の影響を低減する必要性が特に高いことが求められるためである。
【0062】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0063】
(酵母発現系におけるMucor属由来FAD−GDHの基質特異性評価)
(1)Mucor属由来FAD−GDHを発現する酵母形質転換体Sc−Mp株の作製
特許文献4に記載の方法に準じ、配列番号2のFAD−GDH遺伝子(特許文献4ではMpGDH遺伝子と記載)をコードする組換え体プラスミド(puc−MGD)を取得した。これを鋳型として、配列番号3、4の合成ヌクレオチド、Prime STAR Max DNAポリメラーゼ(TaKaRa社製)を用い、添付のプロトコールに従ってPCR反応を行った。PCR反応液を1.0%アガロースゲルで電気泳動し、RECOCHIP(TakaRa社製)を用いて、約2kbの「インサート用DNA断片」を精製した。
また、Saccharomyces cerevisiaeの発現用プラスミドpYES2/CT(Invitrogen社製)を制限酵素KpnI(New England Biolabs社製)で処理し、制限酵素処理後の反応液を1.0%アガロースゲルで電気泳動し、RECOCHIP(TakaRa社製)を用いて、約6kbの「ベクター用DNA断片」を精製した。
【0064】
続いて、In−Fusion HD Cloning Kit(Clontech社製)を用いて添付のプロトコールに従って、精製した「インサート用DNA断片」および「ベクター用DNA断片」を連結し、GAL1プロモーター下でMpGDHを発現するための組換え体プラスミドpYE2C−Mpを作製した。なお、GAL1プロモーターはD−ガラクトース誘導性のプロモーターであり、D−ガラクトースを含み、かつ、D−グルコースを含まない培地で培養することにより、プロモーター下流の遺伝子発現が誘導される。そして、このpYES2C−Mpが配列番号2の遺伝子配列をコードしていることをマルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)により確認した。その後、S.cerevisiae用形質転換キット(Invitrogen社製)を用いて、pYE2C−MpをInv−Sc株(Invitrogen社製)に形質転換することにより、配列番号1のMucor属由来FAD−GDHを発現する酵母形質転換株Sc−Mp株を取得した。
【0065】
(2)Sc−Mp株におけるGDH活性の確認と基質特異性評価
酵母形質転換株Sc−Mp株を、5mLの前培養用液体培地[0.67%(w/v)アミノ酸不含有イーストニトロゲンベース(BD)、0.192%(w/v)ウラシル不含有酵母合成ドロップアウト培地用添加物(sigma社製)、2.0%(w/v)ラフィノース]中で、30℃にて24時間培養した。その後、前培養液1mLを4mLの本培養用液体培地[0.67%(w/v)アミノ酸不含有イーストニトロゲンベース、0.192%(w/v)ウラシル不含有酵母合成ドロップアウト培地用添加物、2.5%(w/v)D−ガラクトース、0.75%(w/v)ラフィノース]に加えて、30℃で16時間培養した。
【0066】
この培養液を遠心分離(10,000×g、4℃、3分間)により菌体と培養上清に分離し、前述の酵素活性測定法により、GDH活性を測定したところ、培養上清中のGDH活性は13.1U/mLであった。次に、この活性測定法を、基質をD−グルコースに代えて同モル濃度のマルトースまたはD−キシロースとした系において活性を測定したところ、それぞれの活性値は0.114U/mLおよび0.215U/mLであった。すなわち、Sc−Mp株で発現させたMucor属由来FAD−GDHの「D−グルコースへの反応性に対するマルトースへの反応性の割合(Mal/Glc(%))」および「D−グルコースへの反応性に対するD−キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))」は、それぞれ0.87%および1.64%であることがわかった。
Sc−Mp株で発現させたMucor属由来FAD−GDHの(Mal/Glc(%))および(Xyl/Glc(%))は、本来の由来微生物であるMucor属において生産されたFAD−GDHを精製して同様の測定を行ったものと、ほぼ同等であった。すなわち、Sc−Mp株で発現させたMucor属由来FAD−GDHは、公知の各種FAD−GDHと比較しても既に十分に優れたD−グルコースへの基質特異性を有していることが確認され、改変によりさらなる基質特異性向上を目指す取り組みにおいてこの酵素が好ましい出発物といえることがわかった。
【実施例2】
【0067】
(Mucor属由来FAD−GDHにおける基質結合部位近傍に位置するアミノ酸の予測と変異導入による改良型Mucor属由来FAD−GDHの作製、および基質特異性向上効果の検証)
(1)Mucor属由来FAD−GDHにおける基質結合部位周辺のアミノ酸残基の予測
出願人が特許文献第4648993号公報で開示したMucor属由来のケカビ由来FAD−GDHの一種であるMucor属由来FAD−GDHは、そのアミノ酸配列において、それまでに知られた各種公知のタンパク質の中で高い相同性を有するものがみつかっていない。従って、相同性の高い公知のタンパク質が存在する場合のように、酵素が類似すると予測される公知のタンパク質の立体構造を基に、Mucor属由来FAD−GDHの立体構造や活性部位近傍に位置するアミノ酸を予測することは容易ではないと考えられた。
【0068】
実際に、PDB(Protein Data Bank)にてblast検索を行い、より低い同一性の領域まで検索の範囲を拡げて検索を行った結果、26個のアミノ酸配列がヒットした。具体的には、同一性が上位のものから順に、1GPE(同一性32%、グルコース酸化酵素)、1CF3(同一性31%、グルコース酸化酵素)、1GAL(同一性31%、グルコース酸化酵素)、3QVP(同一性31%、グルコース酸化酵素)、3QVR(同一性31%、グルコース酸化酵素)、3FIM(同一性26%、アリルアルコール酸化酵素)、3Q9T(同一性22%、ギ酸酸化酵素)等がヒットした。ヒットした26個のタンパク質のうち、5つはグルコース酸化酵素であり、残りは、機能的に、より異なるタンパク質であった。
【0069】
PDB上のblast検索でヒットした中で、最も同一性が高かったものは、Penicilliumamagasakiense(P. amagasakiense)由来のグルコース酸化酵素(PDB ID:1GPE)であったが、同一性はわずか32%という低い数値であった。P. amagasakienseのグルコース酸化酵素のアミノ酸配列を配列番号5に示す。当業者にとって、この程度まで同一性が低いタンパク質間において、両者が同様な機能を有するであろうと予測することは通常的でない。さらに、当業者にとって、このように同一性が低いことがわかっているアミノ酸配列間での比較により、一方の配列におけるアミノ酸の位置に対応して他方の配列における同じ位置のアミノ酸が同様の機能効果を奏し得ることを期待することは、通常的ではない。実際にこの程度の同一性でヒットした公知のタンパク質が同じ酵素であるとは言い難いことは、上述の通りである。
【0070】
上述のように、同一性の低いタンパク質の立体構造を基にして解析を行うことは通常的ではないことを承知の上、タンパク質構造データバンク(http://www.pdb.org/pdb/home/home.do)より、P. amagasakiense由来グルコース酸化酵素の立体構造(PDB ID:1GPE)を入手し、以下のようにしてMucor属由来FAD−GDHの基質結合部位近傍に位置するアミノ酸を推測することにした。
【0071】
一般的に、フラビンを補酵素とする酸化還元酵素の活性中心は、イソアロキサジン環のre面周辺に位置することが知られている。そこで、ウェブサイト上から入手可能な立体構造解析ソフトPyMOL 0.99rc6上で、P. amagasakiense由来のグルコース酸化酵素の立体構造を表示しFADのイソアロキサジン環のre面を囲むように位置するアミノ酸を、P. amagasakiense由来のグルコース酸化酵素の基質結合部位近傍に位置するアミノ酸として想定することとした。その結果、P. amagasakiense由来グルコース酸化酵素における基質結合部位の近傍に位置する可能性を有するアミノ酸の候補として、配列番号5のアミノ酸配列における73位のチロシン、112位のグリシン、516位のアルギニン、563位のヒスチジンが予測された。
【0072】
次に、WEB上のマルチプルアライメントプログラムClustalW(http://www.genome.jp/tools/clustalw/)を利用して、配列番号1のMucor属由来FAD−GDHと配列番号5のP. amagasakiense由来のグルコース酸化酵素のアミノ酸配列の比較を行った。アミノ酸配列の比較結果を
図1に示す。
図1より、P. amagasakiense由来グルコース酸化酵素の73位のチロシン、112位のグリシン、516位のアルギニン、563位のヒスチジンは、Mucor属由来FAD−GDHにおいて、配列番号1の79位のチロシン、120位のグリシン、566位のアルギニン、613位のヒスチジンに相当することが予想され、これらのアミノ酸がMucor属由来FAD−GDHにおいて基質結合部位近傍に位置することが予想された。
【0073】
発明者らは、上述の検討によって、本発明のFAD−GDHを作出するための基本的な方針を立案した。しかし、Mucor属由来FAD−GDHとP. amagasakiense由来グルコース酸化酵素の同一性の低さ、および、P. amagasakiense由来グルコース酸化酵素における基質結合部位が間接的な推測に基づいて決められたに過ぎないことを考慮すれば、実際の酵素の立体構造が上記の予測通りの結果となる見込みは高いとはいえなかった。また、仮に、Mucor属由来のFAD−GDHにおけるいくつかの位置のアミノ酸が実際に対応する位置で同じ残基となっていた場合でも、そのことがP. amagasakiense由来グルコース酸化酵素の立体的特徴やその効果と必ずしも関連しているとは言い難いということが当業者の通常的な認識である。従って、本発明の知見は当業者の通常的な認識や予測を超えたことであったし、実際に、この方針で探索を行った場合でも、本発明の知見を得るに至るには、相当量の試行錯誤を必要とした。
【0074】
(2)Mucor属由来FAD−GDHにおける予測基質結合部位近傍への部位特異的変異の導入
上記のような間接的な推測により、Mucor属由来FAD−GDHにおいて基質結合部位近傍に位置する可能性が予測された位置、すなわち、配列番号1における79位のチロシン、120位のグリシン、566位のアルギニン、613位のヒスチジンに対して、これらを各種アミノ酸へと置換する部位特異的変異を導入することとした。
組換え体プラスミドpYE2C−Mpを鋳型として、配列番号6、7の合成ヌクレオチド、KOD−Plus−(東洋紡績社製)を用い、以下の条件でPCR反応を行った。
すなわち、10×KOD−Plus−緩衝液を5μl、dNTPが各2mMになるよう調製されたdNTPs混合溶液を5μl、25mMのMgSO
4溶液を2μl、鋳型となるpYE2C−Mpを50ng、上記合成オリゴヌクレオチドをそれぞれ15pmol、KOD−Plus−を1Unit加えて、滅菌水により全量を50μlとした。調製した反応液をサーマルサイクラー(エッペンドルフ社製)を用いて、94℃で2分間インキュベートし、続いて、「94℃、15秒」−「55℃、30秒」−「68℃、8分」のサイクルを30回繰り返した。
【0075】
反応液の一部を1.0%アガロースゲルで電気泳動し、約8kbpのDNAが特異的に増幅されていることを確認した。こうして得られたDNAを制限酵素DpnI(New England Biolabs社製)で処理し、残存している鋳型DNAを切断した後、ベクターに連結して、大腸菌JM109株(ニッポンジーン社製)を形質転換し、LB−amp寒天培地に塗布した。生育したコロニーをLB−amp液体培地に接種して振とう培養し、GenElute Plasmid Miniprep Kit(sigma社製)を用いて添付のプロトコールに従ってプラスミドDNAを単離した。該プラスミド中のFAD−GDHをコードするDNAの塩基配列を、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(ベックマン・コールター社製)を用いて決定し、配列番号2記載のアミノ酸配列の79位のチロシンがアラニンに置換された改変型Mucor属由来FAD−GDHをコードする組換え体プラスミド(pYE2C−Mp−Y79A)を得た。
【0076】
同様にして、表1に示した配列番号の合成ヌクレオチドの組み合わせをそれぞれ用いて、PCR反応を行い、増幅されたDNAを含むベクターを用いて大腸菌JM109株を形質転換し、生育したコロニーが保持するプラスミドDNA中のMucor属由来FAD−GDHをコードするDNAの塩基配列決定を行うことにより、配列番号2に記載のアミノ酸配列の79位のチロシンがアラニンに、79位のチロシンがバリンに、79位のチロシンがプロリンに、79位のチロシンがシステインに、79位のチロシンがアスパラギンに、79位のチロシンがグルタミンに、79位のチロシンがセリンに、79位のチロシンがスレオニンに、79位のチロシンがヒスチジンに、79位のチロシンがフェニルアラニンに、79位のチロシンがトリプトファンに、79位のチロシンがリジンに、120位のグリシンがヒスチジンに、120位のグリシンがシステインに、120位のグリシンがグルタミン酸に、120位のグリシンがリジンに、120位のグリシンがトリプトファンに、120位のグリシンがメチオニンに、566位のアルギニンがヒスチジンに、566位のアルギニンがメチオニンに、566位のアルギニンがチロシンに、566位のアルギニンがグルタミンに、566位のアルギニンがグルタミン酸に、566位のアルギニンがリジンに、613位のヒスチジンがリジンに、613位のヒスチジンがアルギニンに、613位のヒスチジンがアスパラギンに、613位のヒスチジンがアスパラギン酸に置換された組換え体プラスミドであるpYE2C−Mp−Y79A、pYE2C−Mp−Y79V、pYE2C−Mp−Y79P、pYE2C−Mp−Y79C、pYE2C−Mp−Y79N、pYE2C−Mp−Y79Q、pYE2C−Mp−Y79S、pYE2C−Mp−Y79T、pYE2C−Mp−Y79H、pYE2C−Mp−Y79F、pYE2C−Mp−Y79W、pYE2C−Mp−Y79K、pYE2C−Mp−G120H、pYE2C−Mp−G120C、pYE2C−Mp−G120E、pYE2C−Mp−G120K、pYE2C−Mp−G120W、pYE2C−Mp−G120M、pYE2C−Mp−R566H、pYE2C−Mp−R566M、pYE2C−Mp−R566Y、pYE2C−Mp−R566Q、pYE2C−Mp−R566E、pYE2C−Mp−R566K、pYE2C−Mp−H613K、pYE2C−Mp−H613R、pYE2C−Mp−H613N、pYE2C−Mp−H613Dをそれぞれ取得した。
【0077】
(3)部位特異的変異を導入した各種改変型Mucor属由来FAD−GDHの基質特異性評価
部位特異的変異を導入した上述の改変型Mucor属由来FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドpYE2C−Mp−Y79A、pYE2C−Mp−Y79V、pYE2C−Mp−Y79P、pYE2C−Mp−Y79C、pYE2C−Mp−Y79N、pYE2C−Mp−Y79Q、pYE2C−Mp−Y79S、pYE2C−Mp−Y79T、pYE2C−Mp−Y79H、pYE2C−Mp−Y79F、pYE2C−Mp−Y79W、pYE2C−Mp−Y79K、pYE2C−Mp−G120H、pYE2C−Mp−G120C、pYE2C−Mp−G120E、pYE2C−Mp−G120K、pYE2C−Mp−G120W、pYE2C−Mp−G120M、pYE2C−Mp−R566H、pYE2C−Mp−R566M、pYE2C−Mp−R566Y、pYE2C−Mp−R566Q、pYE2C−Mp−R566E、pYE2C−Mp−R566K、pYE2C−Mp−H613K、pYE2C−Mp−H613R、pYE2C−Mp−H613N、pYE2C−Mp−H613Dを用いて、上述と同様にしてInv−Sc株を形質転換し、形質転換株の培養を行って、培養上清中のFAD−GDH活性を測定した。
【0078】
続いて、GDH活性が確認された上述の各種Mucor属由来FAD−GDH変異体の培養上清を用いて、前述の活性測定方法に基づく反応条件下で、D−グルコースへの反応性に対する同モル濃度のD−キシロースへの反応性の割合(Xyl/Glc(%))および/またはD−グルコースへの反応性に対する同モル濃度のマルトースへの反応性の割合(Mal/Glc(%))を測定した。
【0079】
各種変異体におけるXyl/Glc(%)、Mal/Glc(%)、および、部位特異的変異導入前のMucor属由来FAD−GDHにおけるXyl/Glc(%)、Mal/Glc(%)の値を100%とした時に部位特異的変異導入後の改変型FAD−GDHが示す相対的な基質特異性を表す「Xyl/Glc比率(%)」および「Mal/Glc比率(%)」を表1に示す。「Xyl/Glc比率(%)」または「Mal/Glc比率(%)」が100を超える改変型FAD−GDHにおいては、部位特異的変異導入前のFAD−GDHと比較して、D−キシロースまたはマルトースへの反応性が高まってしまっており、基質特異性が低下していることを示す。逆に、「Xyl/Glc比率(%)」または「Mal/Glc比率(%)」が100を下回る改変型FAD−GDHにおいては、部位特異的変異導入前のFAD−GDHと比較して、D−キシロースまたはマルトースへの反応性が低下し、基質特異性が高まっていることを示し、その度合は、数値が小さくなるほど大きい。なお、測定値が「−」である変異体は、GDH活性が著しく低下した、もしくはGDH活性が消失したことを表す。表1で示す結果はすべて同一の測定条件で測定を行った。
【0080】
【表1】
【0081】
表1に示す通り、作製した多くの改変型タンパク質は、FAD−GDHとしての十分な活性を有さなかった。また、FAD−GDH活性を示したものであっても、D−キシロースまたはマルトースへの反応性が高まっており、基質特異性が悪化しているものがみられた。その中で、配列番号1の79位のチロシンを、アラニン、アスパラギン、セリン、フェニルアラニンにそれぞれ置換することにより、Xyl/Glc(%)およびXyl/Glc比率(%)が低減することがわかった。特に、アスパラギンまたはフェニルアラニンに置換したものではXyl/Glc比率(%)が20%以上低減し、基質特異性の向上度合が顕著であった。また、配列番号1の79位のチロシンをアスパラギンに置換したものでは、あわせてMal/Glc(%)およびMal/Glc比率(%)も若干低減し、D−キシロースだけでなくマルトースに対しての反応性も、部位特異的変異導入前と同等以上に良好であることがわかった。
すなわち、上述の(1)の方針により間接的に推測した複数箇所のアミノ酸をそれぞれ変異させることにより、所望の効果を奏する改変体を容易に取得することはできなかったが、探索を行う中で、79位の位置のアミノ酸を変異させ、ある種のアミノ酸残基へと置換を行った場合において、好ましい効果を奏する改変体を取得することができた。
【実施例3】
【0082】
(間接的に予測した基質結合部位の周辺へ部位特異的変異を導入した改変型Mucor属由来FAD−GDHの作製とその基質特異性評価)
(1)予測基質結合部位周辺への部位特異的変異導入
実施例2に示すように、作製した一部の改変体において、所望の性質を有する改変体を取得することができたため、次いで、実施例2で変異させた79位のチロシン、120位のグリシン、566位のアルギニン、613位のヒスチジンのそれぞれの近傍に位置するアミノ酸に対しても、部位特異的変異を導入することを試みた。
【0083】
具体的には、各種合成ヌクレオチドの組み合わせをプライマーとして用いることにより、実施例2に準じ、組換え体プラスミドpYE2C−Mpを鋳型として、目的とする部位特異的変異を導入した改変型FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドを作製した。作成した改変体の代表例を表2に示す。これらの改変体は、具体的には、配列番号1の77位のグリシンがアラニンに、78位のメチオニンがシステインに、78位のメチオニンがアスパラギン酸に、78位のメチオニンがアスパラギンに、78位のメチオニンがグルタミン酸に、78位のメチオニンがグルタミンに、81位のグルタミンがロイシンに、81位のグルタミンがフェニルアラニンに、81位のグルタミンがアスパラギンに、121位のロイシンがシステインに、121位のロイシンがメチオニンに、122位のバリンがスレオニンに、122位のバリンがイソロイシンに、122位のバリンがアラニンに、122位のバリンがメチオニンに、122位のバリンがシステインに、123位のトリプトファンがシステインに、123位のトリプトファンがフェニルアラニンに、123位のトリプトファンがヒスチジンに、123位のトリプトファンがバリンに、123位のトリプトファンがセリンに、568位のアスパラギン酸がアスパラギンに、568位のアスパラギン酸がグルタミン酸に、569位のトリプトファンがフェニルアラニンに、569位のトリプトファンがチロシンに、612位のセリンがアラニンに、612位のセリンがシステインに、612位のセリンがスレオニンに置換された変異体であり、それぞれをコードする遺伝子を包含する組換え体プラスミドをpYE2C−Mp−G77A、pYE2C−Mp−M78C、pYE2C−Mp−M78D、pYE2C−Mp−M78N、pYE2C−Mp−M78E、pYE2C−Mp−M78Q、pYE2C−Mp−Q81L、pYE2C−Mp−Q81F、pYE2C−Mp−Q81N、pYE2C−Mp−L121C、pYE2C−Mp−L121M、pYE2C−Mp−V122T、pYE2C−Mp−V122I、pYE2C−Mp−V122A、pYE2C−Mp−V122M、pYE2C−Mp−V122C、pYE2C−Mp−W123C、pYE2C−Mp−W123F、pYE2C−Mp−W123H、pYE2C−Mp−W123V、pYE2C−Mp−W123S、pYE2C−Mp−D568N、pYE2C−Mp−D568E、pYE2C−Mp−W569F、pYE2C−Mp−W569Y、pYE2C−Mp−S612A、pYE2C−Mp−S612C、pYE2C−Mp−S612Tと称した。
【0084】
(2)部位特異的変異を導入した各種改変型Mucor属由来FAD−GDHの基質特異性評価
上述の部位特異的変異を導入した改変型Mucor属由来FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドpYE2C−Mp−G77A、pYE2C−Mp−M78C、pYE2C−Mp−M78D、pYE2C−Mp−M78N、pYE2C−Mp−M78E、pYE2C−Mp−M78Q、pYE2C−Mp−Q81L、pYE2C−Mp−Q81F、pYE2C−Mp−Q81N、pYE2C−Mp−L121C、pYE2C−Mp−L121M、pYE2C−Mp−V122T、pYE2C−Mp−V122I、pYE2C−Mp−V122A、pYE2C−Mp−V122M、pYE2C−Mp−V122C、pYE2C−Mp−W123C、pYE2C−Mp−W123F、pYE2C−Mp−W123H、pYE2C−Mp−W123V、pYE2C−Mp−W123S、pYE2C−Mp−D568N、pYE2C−Mp−D568E、pYE2C−Mp−W569F、pYE2C−Mp−W569Y、pYE2C−Mp−S612A、pYE2C−Mp−S612C、pYE2C−Mp−S612Tを用いて、実施例2と同様にしてInv−Sc株を形質転換し、各形質転換株の培養を行い、培養上清中のGDH活性を確認した。
【0085】
続いて、実施例2と同様に、(Mal/Glc)(%)、(Mal/Glc)比率(%)、(Xyl/Glc)(%)、(Xyl/Glc)比率(%)を測定した。結果を表2に示す。
【0086】
【表2】
【0087】
表2より、配列番号1の78位のメチオニンをグルタミン酸に、78位のメチオニンをグルタミンに、81位のグルタミンをロイシンに、81位のグルタミンをフェニルアラニンに、81位のグルタミンをアスパラギンに、121位のロイシンをメチオニンに、122位のバリンをスレオニンに、122位のバリンをイソロイシンに、122位のバリンをアラニンに、122位のバリンをシステインに、123位のトリプトファンをシステインに、123位のトリプトファンをフェニルアラニンに、123位のトリプトファンをヒスチジンに、123位のトリプトファンをバリンに、123位のトリプトファンをセリンに、569位のトリプトファンをフェニルアラニンに、569位のトリプトファンをチロシンに、612位のセリンをシステインに、612位のセリンをスレオニンに置換することにより、Mal/Glc(%)およびMal/Glc比率(%)が低減することがわかった。
【0088】
特に、配列番号1の78位のメチオニンをグルタミン酸に、78位のメチオニンをグルタミンに、81位のグルタミンをロイシンに、81位のグルタミンをフェニルアラニンに、81位のグルタミンをアスパラギンに、121位のロイシンをメチオニンに、122位のバリンをスレオニンに、122位のバリンをアラニンに、122位のバリンをシステインに、123位のトリプトファンをシステインに、123位のトリプトファンをフェニルアラニンに、123位のトリプトファンをヒスチジンに、123位のトリプトファンをバリンに、123位のトリプトファンをセリンに、569位のトリプトファンをフェニルアラニンに、569位のトリプトファンをチロシンに、612位のセリンをシステインに、612位のセリンをスレオニンに置換したものでは、Mal/Glc比率(%)が20%以上低減し、基質特異性の向上度合が顕著であった。
【0089】
また、配列場号1の78位のメチオニンをシステインに、78位のメチオニンをアスパラギン酸に、78位のメチオニンをアスパラギンに、78位のメチオニンをグルタミン酸に、78位のメチオニンをグルタミンに、81位のグルタミンをロイシンに、81位のグルタミンをアスパラギンに、121位のロイシンをシステインに、121位のロイシンをメチオニンに、123位のトリプトファンをシステインに、123位のトリプトファンをフェニルアラニンに、123位のトリプトファンをヒスチジンに、123位のトリプトファンをバリンに、123位のトリプトファンをセリンに、569位のトリプトファンをフェニルアラニンに、569位のトリプトファンをチロシンに、612位のセリンをシステインに、612位のセリンをスレオニンに置換することにより、Xyl/Glc(%)およびXyl/Glc比率(%)が低減することがわかった。
【0090】
特に、配列場号1の78位のメチオニンをシステインに、78位のメチオニンをアスパラギンに、78位のメチオニンをグルタミン酸に、78位のメチオニンをグルタミンに、81位のグルタミンをアスパラギンに、121位のロイシンをシステインに、121位のロイシンをメチオニンに、123位のトリプトファンをシステインに、123位のトリプトファンをフェニルアラニンに、123位のトリプトファンをヒスチジンに、123位のトリプトファンをバリンに、123位のトリプトファンをセリンに、569位のトリプトファンをフェニルアラニンに、569位のトリプトファンをチロシンに、612位のセリンをシステインに、612位のセリンをスレオニンに置換したものでは、Xyl/Glc比率(%)が20%以上低減し、基質特異性の向上度合が顕著であった。
【0091】
さらに、78位のメチオニンをグルタミン酸に、78位のメチオニンをグルタミンに、81位のグルタミンをアスパラギンに、121位のロイシンをメチオニンに、123位のトリプトファンをシステインに、123位のトリプトファンをフェニルアラニンに、123位のトリプトファンをヒスチジンに、123位のトリプトファンをバリンに、123位のトリプトファンをセリンに、569位のトリプトファンをフェニルアラニンに、569位のトリプトファンをチロシンに、612位のセリンをシステインに、612位のセリンをスレオニンに置換した改変型FAD−GDHにおいては、Mal/Glc比率(%)およびXyl/Glc比率(%)がいずれも20%以上、より顕著なものでは40%以上、50%以上、非常に顕著なものでは60%以上低減し、極めて高い基質特異性を有することがわかった。
【実施例4】
【0092】
(改変型Mucor属由来FAD−GDH多重変異体の基質特異性評価)
(1)Mucor属由来FAD−GDHへの基質特異性向上型変異の多重導入
実施例2および実施例3の知見をもとに、実施例2および実施例3の方法に準じ、組み換え体プラスミドpYE2C−Mp−W569Yを鋳型として、各種合成ヌクレオチドの組み合わせにより、目的とする部位特異的変異を多重に導入した多様な変異体を取得した。作製した改変体の代表例を表3に示す。これらの改変体は、具体的には、配列番号1の569位のトリプトファンがチロシンに置換され、さらに配列番号1の78位のメチオニンがシステインに、78位のメチオニンがアスパラギンに、78位のメチオニンがグルタミン酸に、78位のメチオニンがグルタミンに、79位のチロシンがフェニルアラニンに、79位のチロシンがアスパラギンに、81位のグルタミンがアスパラギンに、121位のロイシンがメチオニンに、122位のバリンがシステインに、123位のトリプトファンがフェニルアラニンに、123位のトリプトファンがバリンに、612位のセリンがシステインに、612位のセリンがスレオニンに置換された変異体であり、それぞれをコードする遺伝子を包含する組換え体プラスミドをpYE2C−MpY−M78C、pYE2C−MpY−M78N、pYE2C−MpY−M78E、pYE2C−MpY−M78Q、pYE2C−MpY−Y79F、pYE2C−MpY−Y79N、pYE2C−MpY−Q81N、pYE2C−MpY−L121M、pYE2C−MpY−V122C、pYE2C−MpY−W123F、pYE2C−MpY−W123V、pYE2C−MpY−S612C、pYE2C−MpY−S612Tと称した。
【0093】
また、上記と同様にして、組み換え体プラスミドpYE2C−MpY−S612Cを鋳型とし、表3に示す合成ヌクレオチドの組み合わせにより、目的とする部位特異的変異を多重に導入した変異体を取得した。作製した改変体の代表例を表3に示す。これらの改変体は、具体的には、配列番号1の569位のトリプトファンがチロシンに置換され、さらに配列番号1の612位のセリンがシステインに置換され、かつ78位のメチオニンがアスパラギンに置換された変異体であり、それぞれをコードする遺伝子を包含する組換え体プラスミドをpYE2C−MpYC−M78Nと称した。
【0094】
さらに、上記と同様にして、組み換え体プラスミドpYE2C−Mp−W123Fを鋳型とし、表3に示す合成ヌクレオチドの組み合わせにより、目的とする部位特異的変異を多重に導入した変異体を取得した。作製した改変体の代表例を表3に示す。これらの改変体は、具体的には、配列番号1の123位のトリプトファンがフェニルアラニンに置換され、さらに配列番号1の121位のロイシンがメチオニンに、612位のセリンがスレオニンに置換された変異体であり、それぞれをコードする遺伝子を包含する組換え体プラスミドをpYE2C−MpF−L121M、pYE2C−MpF−S612Tと称した。
【0095】
さらに、上記と同様にして、組み換え体プラスミドpYE2C−Mp−W123Vを鋳型とし、表3に示す合成ヌクレオチドの組み合わせにより、目的とする部位特異的変異を多重に導入した変異体を取得した。作製した改変体の代表例を表3に示す。これらの改変体は、具体的には、配列番号1の123位のトリプトファンがバリンに置換され、さらに配列番号1の121位のロイシンがメチオニンに、612位のセリンがスレオニンに置換された変異体であり、それぞれをコードする遺伝子を包含する組換え体プラスミドをpYE2C−MpV−L121M、pYE2C−MpV−S612Tと称した。
【0096】
(2)部位特異的変異を多重に導入した各種改変型Mucor属由来FAD−GDHの基質特異性評価
部位特異的変異を多重に導入した改変型Mucor属由来FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドpYE2C−MpY−M78C、pYE2C−MpY−M78N、pYE2C−MpY−M78E、pYE2C−MpY−M78Q、pYE2C−MpY−Y79F、pYE2C−MpY−Y79N、pYE2C−MpY−Q81N、pYE2C−MpY−L121M、pYE2C−MpY−V122C、pYE2C−MpY−W123F、pYE2C−MpY−W123V、pYE2C−MpY−S612C、pYE2C−MpY−S612T、pYE2C−MpYC−M78N、pYE2C−MpF−L121M、pYE2C−MpF−S612T、pYE2C−MpV−L121M、pYE2C−MpV−S612Tを用いて、上述と同様にしてInv−Sc株を形質転換し、各形質転換株の培養を行って、培養上清中のGDH活性を確認した。
【0097】
続いて、実施例2と同様に、(Mal/Glc)(%)、(Mal/Glc)比率(%)、(Xyl/Glc)(%)、(Xyl/Glc)比率(%)を測定した。結果を表3に示す。
【0098】
【表3】
【0099】
表3に示す通り、配列番号1の569位のトリプトファンをチロシンに置換した単独変異体と比較して、配列番号1の569位のトリプトファンをチロシンに置換し、さらに122位のバリンをシステインに置換した二重変異体において、Mal/Glc(%)およびMal/Glc比率(%)が、より低減することがわかった。
また、配列番号1の569位のトリプトファンをチロシンに置換した単独変異体と比較して、配列番号1の569位のトリプトファンをチロシンに置換し、さらに78位のメチオニンをアスパラギンに、もしくは123位のトリプトファンをフェニルアラニンに、もしくは612位のセリンをスレオニンに置換した二重変異体において、Xyl/Glc(%)およびXyl/Glc比率(%)が、より低減することがわかった。
【0100】
さらに、配列番号1の569位のトリプトファンをチロシンに置換した単独変異体と比較して、配列番号1の569位のトリプトファンをチロシンに置換し、さらに78位のメチオニンをグルタミン酸に、もしくは121位のロイシンをメチオニンに、もしくは123位のトリプトファンをバリンに、もしくは612位のセリンをシステインに置換した二重変異体において、Mal/Glc(%)、Mal/Glc比率(%)、Xyl/Glc(%)およびXyl/Glc比率(%)のいずれもが、より低減することがわかった。すなわち、作製したいくつかの二重変異体が、単独変異体を比較して、さらに基質特異性が向上していることがわかった。
【0101】
また、表3に示すとおり、配列番号1の569位のトリプトファンをチロシンに置換し、かつ、612位のセリンをシステインに置換した二重変異体と比較して、配列番号1の569位のトリプトファンをチロシンに置換し、かつ612位のセリンをシステインに置換し、さらに79位のメチオニンをアスパラギンに置換した三重変異体において、Mal/Glc(%)、Mal/Glc比率(%)、Xyl/Glc(%)およびXyl/Glc比率(%)のいずれもが、より低減することがわかった。この多重変異体においては、各変異点の効果が加わって、より優れた基質特異性が発揮されているといえる。
【0102】
また、表3に示すとおり、配列番号1の123位のトリプトファンをフェニルアラニンに置換した単独変異体と比較して、配列番号1の123位のトリプトファンをフェニルアラニンに置換し、さらに612位のセリンをスレオニンに置換した二重変異体において、Xyl/Glc(%)およびXyl/Glc比率(%)が、より低減することがわかった。
また、123位のトリプトファンをフェニルアラニンに置換した単独変異体と比較して、配列番号1の123位のトリプトファンをフェニルアラニンに置換し、さらに121位のロイシンをメチオニンに置換した二重変異体において、Mal/Glc(%)、Mal/Glc比率(%)、Xyl/Glc(%)およびXyl/Glc比率(%)のいずれもが、より低減することがわかった。この多重変異体においては、各変異点の効果が加わって、より優れた基質特異性が発揮されているといえる。
【0103】
さらに、表3に示すとおり、配列番号1の123位のトリプトファンをバリンに単独で置換した単独変異体と比較して、配列番号1の123位のトリプトファンをバリンに置換し、さらに121位のロイシンをメチオニンに置換した二重変異体において、Mal/Glc(%)、Mal/Glc比率(%)、Xyl/Glc(%)およびXyl/Glc比率(%)のいずれもが、より低減することがわかった。この多重変異体においては、各変異点の効果が加わって、より優れた基質特異性が発揮されているといえる。
【実施例5】
【0104】
(実施例5 酵素電極測定によるMucor属由来各種改変型FAD−GDHの基質特異性評価)
(1)各種改変型Mucor由来FAD−GDHの粗酵素液の濃縮
取得した上述の組換え体プラスミドpYE2C−Mp−W569Y、pYE2C−MpY−V122C、pYE2C−MpY−W123V、pYE2C−MpY−S612C、pYE2C−MpYC−M78Nを用いて、それぞれInv−Sc株を形質転換し、各種形質転換株を前培養用液体培地[0.67%(w/v)アミノ酸不含有イーストニトロゲンベース(BD)、0.192%(w/v)ウラシル不含有酵母合成ドロップアウト培地用添加物(sigma社製)、2.0%(w/v)ラフィノース]100mL中で30℃にて24時間培養した。その後、前培養液全量を1Lの本培養用液体培地[0.67%(w/v)アミノ酸不含有イーストニトロゲンベース、0.192%(w/v)ウラシル不含有酵母合成ドロップアウト培地用添加物、2.5%(w/v)D−ガラクトース、0.75%(w/v)ラフィノース]に加えて、30℃で16時間培養した。
【0105】
培養液を遠心分離(12,000×g、4℃、30分)により菌体と培養上清に分離し、培養上清を回収した。その後、回収した培養上清を限外濾過膜AIP−1013(旭化成ケミカルズ社製)により限外濾過処理し、続いてAMICON Ultra−15 10K(MILLIPORE社製)を用いて酵素液の活性が1000U/mL以上となるまで濃縮した。
【0106】
(2)酵素電極測定による各種改変型Mucor属由来FAD−GDHの基質特異性評価
上記で取得した、各種改変型Mucor属由来FAD−GDHの濃縮粗酵素液を用いて、酵素電極測定による基質特異性評価を行った。具体的には、カーボンの作用電極、銀塩化銀の参照電極が印刷されてなる、DEP Chip電極(丸形・カーボン・ダムリング付き;バイオデバイステクノロジー社製)上に、終濃度364mMのフェリシアン化カリウム、終濃度約100mMのリン酸緩衝液(pH6.0)及び1000U/mLの各種粗酵素濃縮液を2μLに溶解した液を載せ、35℃で20分間静置することにより、酵素の電極上への固定化(2U/srtip)を行った。その後、DEP Chip専用コネクターを用いて、オートマチック ポラリゼーションシステム HSV−100(北斗電工社製)に接続した。そして、300mVの電圧を印加して、所定濃度のD−グルコース及びマルトース及びD−キシロース溶液20μLをそれぞれ電極上に載せて反応を行い、20秒後の電流値を測定した。反応させた各基質濃度における電流応答値をプロットした結果を
図2〜
図6に示す。また、それぞれの基質濃度20mMにおいて、D−グルコースへの反応性を100%としたときのマルトースへの反応性(Mal/Glc(%))、およびD−グルコースへの反応性を100%としたときのD−キシロースへの反応性(Xyl/Glc(%))を表4に示す。
【0107】
【表4】
【0108】
図2から
図6より、いずれのMucor属由来改変型FAD−GDHにおいても、D−グルコース濃度と電流応答値が良好な相関関係を示しており、このことから、いずれのMucor由来改変型FAD−GDHもD−グルコースの定量性に優れていることがわかった。
しかし、W569Yのみの単独変異を有する改変型FAD−GDHのXyl/Glc(%)が4%であるのに対し、W569Y/V122Cの変異を有する改変型FAD−GDHでは、Xyl/Glc(%)が19%となり、マルトースへの反応性はほとんど示されなかったが、D−キシロースへの反応性が顕著であることがわかった。
一方、表4に示す通り、W569Y、W569Y/W123V、W569Y/S612C、W569Y/S612C/M78Nの変異を有するMucor由来改変型FAD−GDHでは、酵素電極測定による評価においても、マルトースやD−キシロースへほとんど反応性を示さないことがわかった。
【0109】
なお、実施例4の吸光度による測定系では、W569Yのみの変異を有する改変型FAD−GDHにおいては、Xyl/Glc(%)が0.512%であり、これに対し、W569Y/V122Cの変異を有する改変型FAD−GDHにおけるXyl/Glc(%)が0.901%であった。すなわち、実施例1から4での吸光度による測定系におけるXyl/Glc(%)の差がわずか0.5%程度の差である場合でも、酵素電極測定系における測定系で比較を行った場合には、その基質特異性の差異がより顕著に現れることがわかる。このことからも、本発明で見出された各種の基質特異性向上変異体が、特に、より低いXyl/Glc(%)および/またはMal/Glc(%)が求められ、その影響が大きく表れることが想定されるグルコースセンサー等への応用において、非常に有用であることが、強く示唆される。
【実施例6】
【0110】
(Mucor属由来FAD−GDHにおける基質結合部位近傍に位置するアミノ酸の予測と変異導入による改良型Mucor属由来FAD−GDHの作製、および基質特異性向上効果の検証2)
実施例2に従って、P. amagasakiense由来のグルコース酸化酵素の立体構造を表示し、FADのイソアロキサジン環のre面を囲むように位置するアミノ酸の候補として、さらに428位のアスパラギン酸を予想した。
図1より、P. amagasakiense由来グルコース酸化酵素の428位のアスパラギン酸は、Mucor属由来FAD−GDHにおいて、配列番号1の471位のアスパラギン酸に相当することが予想され、このアミノ酸がMucor属由来FAD−GDHにおいて基質結合部位近傍に位置することが予想された。そこで、配列番号1に471位のアスパラギン酸及びその周辺のアミノ酸に対して、各種アミノ酸へと置換する部位特異的変異を導入することとした。
具体的には、表5に示した各種合成ヌクレオチドの組み合わせをプライマーとして用いることにより、実施例2に準じ、組換え体プラスミドpYE2C−Mpを鋳型として、目的とする部位特異的変異を導入した改変型FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドを作製した。作成した改変体の代表例を表5に示す。これらの改変体は、具体的には、配列番号1の465位のグルタミン酸がアスパラギン酸に、465位のグルタミン酸がグリシンに、465位のグルタミン酸がイソロイシンに、465位のグルタミン酸がアルギニンに、465位のグルタミン酸がロイシンに、465位のグルタミン酸がセリンに、465位のグルタミン酸がスレオニンに、465位のグルタミン酸がバリンに、465位のグルタミン酸がトリプトファンに、469位のアスパラギンがアスパラギン酸に、469位のアスパラギンがグルタミンに、469位のアスパラギンがグルタミン酸に、471位のアスパラギン酸がアスパラギンに、471位のアスパラギン酸がグルタミン酸に、471位のアスパラギン酸がグルタミンに、473位のグルタミンがグルタミン酸に、473位のグルタミンがアスパラギンに、473位のグルタミンがアスパラギン酸に、474位のアスパラギンがアスパラギン酸に、474位のアスパラギンがグルタミンに、474位のアスパラギンがグルタミン酸に、475位のアスパラギンがアスパラギン酸に、475位のアスパラギンがグルタミンに、475位のアスパラギンがグルタミン酸に置換された変異体であり、それぞれをコードする遺伝子を包含する組換え体プラスミドをpYE2C−Mp−E465D、pYE2C−Mp−E465G、pYE2C−Mp−E465I、pYE2C−Mp−E465R、pYE2C−Mp−E465L、pYE2C−Mp−E465S、pYE2C−Mp−E465T、pYE2C−Mp−E465V、pYE2C−Mp−E46W、pYE2C−Mp−N469D、pYE2C−Mp−N469Q、pYE2C−Mp−N469E、pYE2C−Mp−D471N、pYE2C−Mp−D471E、pYE2C−Mp−D471Q、pYE2C−Mp−Q473E、pYE2C−Mp−Q473N、pYE2C−Mp−Q473D、pYE2C−Mp−N474D、pYE2C−Mp−N474Q、pYE2C−Mp−N474E、pYE2C−Mp−N475D、pYE2C−Mp−N475Q、pYE2C−Mp−N475Eと称した。
【0111】
上述の部位特異的変異を導入した改変型Mucor属由来FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドpYE2C−Mp−E465D、pYE2C−Mp−E465G、pYE2C−Mp−E465I、pYE2C−Mp−E465R、pYE2C−Mp−E465L、pYE2C−Mp−E465S、pYE2C−Mp−E465T、pYE2C−Mp−E465V、pYE2C−Mp−E46W、pYE2C−Mp−N469D、pYE2C−Mp−N469Q、pYE2C−Mp−N469E、pYE2C−Mp−D471N、pYE2C−Mp−D471E、pYE2C−Mp−D471Q、pYE2C−Mp−Q473E、pYE2C−Mp−Q473N、pYE2C−Mp−Q473D、pYE2C−Mp−N474D、pYE2C−Mp−N474Q、pYE2C−Mp−N474E、pYE2C−Mp−N475D、pYE2C−Mp−N475Q、pYE2C−Mp−N475Eを用いて、実施例2と同様にしてInv−Sc株を形質転換し、各形質転換株の培養を行い、培養上清中のGDH活性を確認した。
【0112】
続いて、実施例2と同様に、(Xyl/Glc)比率(%)を測定した。結果を表5に示す。なお、測定値が「−」である変異体は、GDH活性が著しく低下した、もしくはGDH活性が消失したことを表す。
【0113】
【表5】
【0114】
表5より、配列番号1の465位のグルタミン酸をアスパラギン酸に、465位のグルタミン酸をイソロイシンに、465位のグルタミン酸をアルギニンに置換することによりXyl/Glc比率(%)が低減することがわかった。
【0115】
特に、配列番号1のグルタミン酸をアスパラギン酸に、465位のグルタミン酸をアルギニンに置換したものでは、Xyl/Glc比率(%)が20%以上低減し、基質特異性の向上度合が顕著であった。
【0116】
さらに、配列番号1のグルタミン酸をアスパラギン酸に、465位のグルタミン酸をアルギニンに置換した改変型FAD−GDHにおいては、Mal/Glc比率(%)がそれぞれ、79%、72%であり、Mal/Glc比率(%)およびXyl/Glc比率(%)がいずれも20%以上低減し、極めて高い基質特異性を有することがわかった。
【実施例7】
【0117】
(耐熱性向上型変異及び基質特異性向上型変異を導入したFAD−GDH発現酵母株の取得及び性能評価)
これまでに発明者らは、配列番号1の232位のバリンがグルタミン酸に、387位のスレオニンがアラニンに、545位のイソロイシンがスレオニンに置換された改変型FAD−GDHが優れた耐熱性を有することを見出した。そこで、これら3つの耐熱性向上型変異を蓄積させた3重変異体に、さらに各種基質特異性向上型変異を蓄積させることで、耐熱性及び基質特異性に優れた改変型FAD−GDHを作製することにした。
具体的には、配列番号106、107及び配列番号108、109及び配列番号110、111の合成ヌクレオチドの組み合わせをプライマーとして用いることにより、実施例2に準じ、組換え体プラスミドpYE2C−Mpを鋳型として部位特異的変異を順次導入し、配列番号1の232位のバリンがグルタミン酸に、387位のスレオニンがアラニンに、545位のイソロイシンがスレオニンに置換された改変型FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドYE2C−Mp−V232E/T387A/I545Tを作製した。
【0118】
次に、組換え体プラスミドpYE2C−Mp−V232E/T387A/I545Tを鋳型として、表6に示した各種合成ヌクレオチドの組み合わせをプライマーとして用いることにより、目的とする部位特異的変異を導入した改変型FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドを作製した。作成した改変体を表6に示す。これらの改変体は、具体的には、配列番号1の232位のバリンがグルタミン酸に、387位のスレオニンがアラニンに、545位のイソロイシンがスレオニンに置換され、且つ121位のロイシンがメチオニンに、あるいは、且つ569位のトリプトファンがチロシンに、あるいは、且つ612位のセリンがシステインに、あるいは、且つ612位のセリンがスレオニンに置換された変異体であり、それぞれをコードする遺伝子を包含する組換え体プラスミドをpYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/L121M、pYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/W569Y、pYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/S612C、pYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/S612Tと称した。
【0119】
さらに、組換え体プラスミドpYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/W569Yを鋳型として、配列番号77、78の合成ヌクレオチドの組み合わせをプライマーとして用いることにより、配列番号1の232位のバリンがグルタミン酸に、387位のスレオニンがアラニンに、465位のグルタミン酸がアスパラギン酸に、545位のイソロイシンがスレオニンに、569位のトリプトファンがチロシンに置換された改変型FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドpYE2C−Mp−V232E/T387A/E465D/I545T/W569Yを作製した。
【0120】
上述の部位特異的変異を導入した改変型Mucor属由来FAD−GDHをコードする組換え体プラスミドpYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/L121M、pYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/W569Y、pYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/S612C、pYE2C−Mp−V232E/T387A/I545T/S612T、YE2C−Mp−V232E/T387A/E465D/I545T/W569Yを用いて、実施例2と同様にしてInv−Sc株を形質転換し、各形質転換株の培養を行い、培養上清中のGDH活性を確認した後、実施例2と同様に、(Xyl/Glc)(%)、(Xyl/Glc)比率(%)を測定した。結果を表6に示す。
【0121】
続いて、同じ培養上清を用いて改変型FAD−GDHの耐熱性評価を行った。具体的には、評価対象のFAD−GDHを約0.5U/mlになるように酵素希釈液(10mM 酢酸緩衝液(pH5.0))にて希釈した。この酵素溶液(0.2ml)を2本用意し、そのうち1本は4℃で保存し、もう1本には、60℃、15分間の加温処理を施した。加温処理後、各サンプルのFAD−GDH活性を測定し、4℃で保存したものの酵素活性を100としたときの、60℃、15分間処理後の活性値を「残存活性(%)」として算出した。この残存活性(%)を、各種改変型FAD−GDHの耐熱性評価の指標とした。結果を表6に示す。
【0122】
【表6】
【0123】
表6に示すとおり、V232E/T387A/I545Tに、W569Y、S612C、S612Tを導入することにより、導入前と比べて基質特異性が向上した。また、V232E/T387A/I545T/W569Yに、E465Dを導入することにより、導入前に比べてさらに基質特異性が向上した。さらに、V232E/T387A/I545TにW569Yを導入した改変型FAD−GDHでは、V232E/T387A/I545Tに比べて耐熱性も向上していることがわかった。
【0124】
続いて、V232E/T387A/I545T/W569Y、及びV232E/T387A/E465D/I545T/W569Yにおいて、Mal/Glc比率(%)を調べた。V232E/T387A/I545TのMal/Glc比率(%)を100%としたとき、V232E/T387A/I545T/W569YのMal/Glc比率(%)が34%、V232E/T387A/E465D/I545T/W569YのMal/Glc比率(%)が40%であり、マルトースへの反応性も低減していることがわかった。
【0125】
これらの結果から、V232E/T387A/I545T/W569Y、V232E/T387A/I545T/S612C、V232E/T387A/I545T/S612T、V232E/T387A/E465D/I545T/W569Yは耐熱性及び基質特異性に優れていることがわかった。特に、V232E/T387A/I545T/W569Y及びV232E/T387A/E465D/I545T/W569Yは、V232E/T387A/I545Tと比べて、マルトース及びキシロースへの反応性が20%以上低減していることに加え、さらに耐熱性も向上していることから非常に優れた変異体であることがわかった。
【0126】
以上のように、本発明のFAD−GDHは、D−グルコースへの基質特異性が十分に高く、かつ、D−キシロースおよびマルトース等の、D−グルコース以外の糖化合物への反応性が十分に低いため、D−グルコース以外の糖化合物を多量に含有する条件下で試料中のD−グルコースを測定する場合や、酵素濃度の濃い条件下においても、D−グルコース濃度を正確に測定ができ、例えば、グルコースセンサーへの応用等において、従来のFAD−GDHを用いた場合に比べて、より高精度かつ高感度な測定が可能になることが期待される。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]