(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6184894
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】硫砒銅鉱からの銅の浸出方法
(51)【国際特許分類】
C22B 15/00 20060101AFI20170814BHJP
C22B 3/04 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
C22B15/00 105
C22B3/04
【請求項の数】1
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2014-61950(P2014-61950)
(22)【出願日】2014年3月25日
(65)【公開番号】特開2015-183251(P2015-183251A)
(43)【公開日】2015年10月22日
【審査請求日】2016年7月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(74)【代理人】
【識別番号】100083910
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 正緒
(72)【発明者】
【氏名】平島 剛
(72)【発明者】
【氏名】三木 一
(72)【発明者】
【氏名】井口 明信
(72)【発明者】
【氏名】澤田 満
(72)【発明者】
【氏名】黒岩 樹人
(72)【発明者】
【氏名】山路 悠太
【審査官】
國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2011/0056331(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0279357(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00−61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫砒銅鉱に対して四面砒銅鉱の共存下で浸出液として鉄イオンを含有する硫酸酸性溶液を使用することで、前記硫砒銅鉱中の銅を前記硫酸酸性溶液中に浸出させる浸出方法であって、
前記硫酸酸性溶液の浸出開始時点の酸化還元電位を、標準水素電極を参照電極とする電位で600mV以上700mV以下とすることを特徴とする硫砒銅鉱からの銅の浸出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅及び砒素を含有する硫化鉱物から銅を選択的に分離して浸出させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅の製錬では、黄銅鉱(キャルコパイライト、CuFeS
2)や輝銅鉱(キャルコサイト、Cu
2S)のような硫化鉱物の形態で産出される銅鉱石に対して先ず浮遊選鉱を行って銅成分を20〜30質量%程度まで濃縮して銅精鉱を得た後、乾式製錬の場合はこの銅精鉱を炉に装入して溶融することで硫黄成分及び鉄成分をそれぞれ硫黄ガス及びスラグとして分離し、得られた銅純度99%程度の粗銅を電解製錬して銅純度99.99%程度の電気銅を得ている。
【0003】
上記の硫化鉱物には、硫砒銅鉱(エナジャイト、Cu
3AsS
4)や四面砒銅鉱(テナンタイト、Cu
10Fe
2As
4S
13あるいは(Cu,Ag,Fe,Zn)
12As
4S
13)のような含砒素硫化鉱物が随伴されることがあり、この含砒素硫化鉱物に含まれる砒素成分は一旦炉に装入されると管理容易な形態で分離することが難しく、よって炉に投入する前の銅精鉱までの段階で砒素成分を分離することが望まれてきた。
【0004】
しかしながら、硫化銅鉱物と含砒素硫化鉱物は似た挙動をすることから一般に浮遊選鉱によって分離することが難しく、このため銅精鉱の砒素品位に応じて処理量を調整するなどで対応していた。しかし、この場合は操業の自由度が低下して効率的な操業に支障をきたすことがあり、その結果、処理コストが高くなることが問題になっていた。
【0005】
そこで、砒素を含有する硫化鉱物を硫酸などの酸溶液と接触させて銅を浸出した後、溶媒抽出等の方法で不純物を分離して銅を濃縮し、電解採取によって電気銅を得る湿式製錬法が提案されている。例えば特許文献1には、硫化銅鉱、特に硫砒銅鉱を含む硫化銅鉱から銅を効率よくかつ経済的に回収する方法が示されている。具体的には、硫砒銅鉱を含む硫化銅鉱またはその精鉱を濃度10〜2,000mg/Lの銀イオンを含む水溶液と接触させる前処理を行った後、得られたパルプを固液分離することで前処理済みの硫化銅鉱から余剰の銀イオンを含む溶液を除去し、この前処理済みの硫化銅鉱に対して硫酸酸性溶液などの浸出液を用いて浸出を行っている。
【0006】
この方法によって銅浸出率が改善されるうえ、砒素による環境汚染を抑えることができると記載されている。また、銅の浸出率及び処理能力をより一層高めるため、浸出液に鉄酸化細菌を添加し且つ酸素濃度が2〜20%、好ましくは5〜10%の範囲内になるように希釈した空気をパルプ中に吹き込むことや、砒素による悪影響を抑えるためにパルプのpHを1.2〜1.8に調節することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−220626号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら特許文献1の方法は浸出の際に銀を含有する溶液やバクテリアの準備が必要となるため、処理コストが高くなることが問題となる。また、含砒素硫化銅鉱物である四面砒銅鉱や硫砒銅鉱は湿式処理の際に溶液中で不働態化する場合があり、これにより銅の浸出が抑制される傾向があるという問題を有している。さらに室温における浸出では浸出速度が非常に遅いため、工業的に実用できるものではなかった。
【0009】
黄銅鉱も含砒素硫化銅鉱物と同様に不働態化するが、酸化還元電位が比較的低い領域で銅の浸出が大きく促進されることが報告されている。しかしながら四面砒銅鉱や硫砒銅鉱の浸出に関してはそのような報告はなく、従って砒素を含有する硫化銅鉱物から銅と砒素を選択的に分離し、銅を効率的に回収する有効な方法は未だ見出されていなかった。このように、湿式製錬において銅の浸出と同時に砒素が浸出すると該砒素の分離の手間が必要となるため、砒素の浸出を抑制しながら銅を効率よく浸出できる方法が求められていた。本発明は上記した状況に鑑みてなされたものであり、砒素を含有する硫化銅鉱物から銅を選択的に浸出する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明が提供する硫砒銅鉱からの銅の浸出方法は、硫砒銅鉱に対して四面砒銅鉱の共存下で浸出液として鉄イオンを含有する硫酸酸性溶液を使用することで、前記硫砒銅鉱中の銅を前記硫酸酸性溶液中に浸出させ
る浸出方法
であって、
前記硫酸酸性溶液の浸出開始時点の酸化還元電位を標準水素電極を参照電極とする電位(SHE)で600mV以上700mV以下とすること
を特徴としている。以降の説明では、電位はSHE基準とする。なお、標準水素電極を参照電極とする電位で600mV以上700mV以下は、銀・塩化銀電極を参照電極とする電位では400mV以上500mV以下に対応する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、砒素を含有する硫化銅鉱物に対して砒素の浸出を抑えながら銅を選択的に浸出することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】硫砒銅鉱からの銅の溶出率の経時変化を示すグラフである。
【
図2】硫砒銅鉱からの銅の溶出率と溶液の酸化還元電位との関係を示すグラフである。
【
図3】硫砒銅鉱からの砒素の溶出率と銅の溶出率との比と溶液の酸化還元電位との関係、及び硫砒銅鉱からの銅の溶出率と溶液の酸化還元電位との関係を示すグラフである。
【
図4】硫砒銅鉱の電流密度と溶液の酸化還元電位との関係、及び硫砒銅鉱からの銅の溶出率と溶液の酸化還元電位との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
硫砒銅鉱は難処理鉱石として知られており、例えば純粋な硫砒銅鉱を酸溶液中に浸漬しても14日経過後の銅の浸出率は数%程度しかないなど、浸出速度が大変遅いことが知られている。これに対して、本発明者らは硫砒銅鉱を浸出する際に、該硫砒銅鉱に四面砒銅鉱を共存させて鉄イオンを含む硫酸酸性溶液に浸漬すると、14日経過後の銅の浸出率が50%程度に達するなど、浸出速度が著しく増加することを見出した。
【0014】
本発明者らは更に硫砒銅鉱の銅の浸出は酸化還元電位への依存性があることも見出した。具体的には浸出開始時点での酸化還元電位が600〜700mV、好ましくは640〜660mV、さらに好ましくは650mV付近の時に良好な浸出速度となり、さらにこの酸化還元電位の付近では硫砒銅鉱物に含まれている砒素の半分ほどが固定化されて溶出せず、酸化還元電位が低くなるに従い銅溶出量に対する砒素溶出量が大きくなることを見出した。
【0015】
これらの結果から、本発明に係る硫砒銅鉱からの銅の浸出方法の実施形態は、硫砒銅鉱に対して四面砒銅鉱の共存下で浸出液として鉄イオンを含有する硫酸酸性溶液を使用し、これにより硫砒銅鉱中の銅を硫酸酸性溶液中に浸出させるものであり、特に浸出開始時点での酸化還元電位を標準水素電極を参照電極とする電位で600mV以上700mV以下にするものである。これにより、銅を選択的に浸出できるという効果が得られる。かかる特徴的な浸出メカニズムに関してははっきりしない部分もあるが、本発明者らは以下のように推察している。
【0016】
1)浸出液の酸化還元電位が高いときは、下記式1に示す一般的な酸化反応が進行し、生成物である単体硫黄が硫砒銅鉱の表面を覆って不働態化層を形成するために銅溶出速度が低下する。
[式1]
Cu
3AsS
4+3H
2O=3Cu
2++H
3AsO
3+4S
0+3H
++9e
−
2)一方、浸出液の酸化還元電位が低いときは、一般的に銅の溶出量が低下すると共に砒素は固定化されずに銅と同じ程度に溶出される。
3)浸出液の酸化還元電位が低くても四面砒銅鉱を不純物として含んだ硫砒銅鉱の場合は、下記式2に示すH
2S生成型反応が進行して硫砒銅鉱の浸出が進み、砒素の溶出速度は上昇する。
[式2]
Cu
3AsS
4+3H
2O+5H
+=3Cu
2++H
3AsO
3+4H
2S+e
−
【0017】
上記式2の反応は一般には進行し難いとされるが、四面砒銅鉱に由来する三価の砒素や銅イオンが存在すると、これらはH
2Sとの反応性が高いので、容易に砒素や銅の硫化物を生成し、その結果H
2Sが減少するので反応が進行しやくなる。
【0018】
つまり、酸化還元電位が上述する650mV付近のとき、四面砒銅鉱を不純物として含んだ硫砒銅鉱は上記式2で示したH
2S生成型の浸出反応となるため、生成したH
2Sと砒素とがAs
2S
3の沈殿を生成して砒素が固定化されると共に銅の浸出が促進されるので理想的な浸出挙動になると考えられる。
【0019】
なお、浸出対象となる鉱物に対して例えばビー・エー・エス株式会社製のALS1205Bやソーラトロン社製の1280Cを用いて電気化学測定することで銅溶出量の大小を測定することができ、これにより浸出に適した酸化還元電位をあらかじめ把握しておくことが可能になる。電気化学測定の際は、静止電位からアノード方向に1〜2mV/secの走査速度で測定するのが再現性の観点から好ましい。
【実施例】
【0020】
(実施例1)
2種類の塊状の硫砒銅鉱に対して硫酸水溶液で浸出させる実験を行った。浸出に先立ち、先ずこれら2種類の硫砒銅鉱に対してX線回折(XRD)を用いて分析を行った。その結果、一方はほぼ純粋な硫砒銅鉱であることが確認され、もう一方には硫砒銅鉱に四面砒銅鉱が混在していた。前者の純粋な硫砒銅鉱を試料1とし、後者の四面砒銅鉱を不純物として含んだ硫砒銅鉱を試料2とし、これら試料をそれぞれ粉砕してから、目開き38μmの篩で篩分けを行って篩下の−38μmを実験用に回収した。
【0021】
浸出実験では、各試料ごとに以下の要領で浸出を行った。すなわち、容量100mLの三角フラスコに試料0.2gを入れ、更に浸出始液として濃度0.1Mの硫酸溶液に鉄濃度で0.1Mとなる量の試薬硫酸第2鉄を加えて溶解させた溶液を40mL加えた。このようにして調製されたスラリーが含まれた三角フラスコを30℃に維持された振とう攪拌器に設置して100rpmで撹拌し、浸出を行った。浸出を開始してから所定時間ごとに液相を採取し、その銅イオン濃度をICPを用いて分析した。この銅イオン濃度から算出した銅の溶出率の経時変化を
図1に示す。この
図1から分かるように、ほぼ純粋な硫砒銅鉱からなる試料1では浸出率が数%程度と低かったが、不純物を含んだ硫砒銅鉱からなる試料2では14日経過後に浸出率が約50%まで向上した。
【0022】
(実施例2)
実施例1と同様にして作製した浸出始液に対して試薬として硫酸第1鉄を加えてその酸化還元電位を様々に変えた複数の浸出始液を調製し、これら複数の浸出始液を用いて実施例1と同様に試料1及び試料2の硫砒銅鉱に対して浸出実験を行った。なお、酸化還元電位の測定は、作用極に上記塊状の硫砒銅鉱から約1cm角に切り出したものを硫砒銅鉱電極として用い、参照極には標準水素電極を用い、対極には白金電極を用いた。
図2に2日経過後の銅浸出率を溶液の酸化還元電位に対してプロットしたグラフを示す。なお、図中の溶液酸化還元電位は、標準水素電極基準に変換している。
【0023】
この
図2の結果から分かるように、ほぼ純粋な硫砒銅鉱からなる試料1では電位が600〜750mVの範囲で浸出率が低かった。一方、不純物を含んだ硫砒銅鉱からなる試料2では、強い電位依存性を示し、溶液の酸化還元電位が約650mVにおいて銅の溶出率が最大となった。更に、試料2の浸出の際の砒素の固定化率を評価するため、
図3に示すように、14日経過後の砒素の溶出率を銅の溶出率で除した砒素/銅溶出率を溶液の酸化還元電位に対してプロットした。なお、この砒素/銅溶出率は、値が小さいほど砒素が固定化されていることを示している。
【0024】
この
図3の結果から分かるように、溶液の酸化還元電位が620mV程度から650mV付近に増加するに伴って砒素/銅溶出率は約0.8から約0.5付近まで小さくなった。すなわち、溶液の酸化還元電位を650mV程度にすることで銅の半分程度の砒素が溶出し、残り半分は固定されることが分かる。なお、浸出残渣のX線回折観察から砒素はAs
2S
3として固定されていることが確認できた。
【0025】
(実施例3)
硫砒銅鉱の電位依存性を調べるため、ビー・エー・エス株式会社製のALS1205Bを用いて実験を行った。その際、作用極には硫砒銅鉱電極を使用し、0.1M硫酸溶液中で電位走査させて電流密度[Am
−2]を測定した。その結果、
図4に示すように、650mV付近に電流ピークがみられ、上記の実施例2の浸出実験における銅の溶出率とよく一致することが分かった。すなわち、鉱物表面を電位走査することで、溶解の良否を事前に把握することができ、浸出条件の調整を容易に行うことができた。