【課題を解決するための手段】
【0012】
そこで、本発明者は、かかる課題を解決し、従来よりも一層優れた熱間鍛造性・高強度・耐食性を相兼ね備えるNi基合金を開発すべく研究を行った結果、質量%で、Cr:42.1〜45.5%、Nb:0.5〜2.5%、Ti:1.2〜2.0%、Mg:0.0001〜0.0090%、N:0.001〜0.040%、Mn:0.01〜0.50%、Si:0.001〜0.050%、Fe:0.01〜1.00%、Co:0.01〜2.50%、Cu:0.001%以上0.500%未満、Al:0.001〜0.050%、V:0.005%以上0.100%未満、B:0.0001〜0.0100%、Zr:0.001〜0.050%を含有し、さらに必要に応じて、(a)Mo: 0.1〜1.5%、W:0.1〜1.5%のうち少なくとも1種、(b)Ca:0.001%以上0.050%未満、(c)Ta:0.001%以上0.050%未満、前記(a)〜(c)の内の1種または2種以上を含み、残りがNiおよび不可避不純物からなるNi基合金は、熱間鍛造性及び耐食性がともに優れ、かつ、高強度を有するという知見を得たのである。
【0013】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 質量%で、
Cr: 42.1〜45.5%、
Nb: 0.5〜2.5%、
Ti: 1.2〜2.0%、
Mg: 0.0001〜0.0090%、
N : 0.001〜0.040%、
Mn: 0.01〜0.50%、
Si: 0.001〜0.050%、
Fe: 0.01〜1.00%、
Co: 0.01〜2.50%、
Cu: 0.001%以上0.500%未満、
Al: 0.001〜0.05%、
V : 0.005%以上0.100%未満、
B : 0.0001〜0.0100%、
Zr: 0.001〜0.050%を含有し、
残りがNiおよび不可避不純物からなることを特徴とする熱間鍛造性に優れた高強度・高耐食性Ni基合金。
(2) 質量%で、
Mo: 0.1〜1.5%及び
W : 0.1〜1.5%の1種または2種、
をさらに含有することを特徴とする前記(1)に記載の熱間鍛造性に優れた高強度・高耐食性Ni基合金。
(3) 質量%で、
Ca: 0.001%以上0.050%未満、
をさらに含有することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の熱間鍛造性に優れた高強度・高耐食性Ni基合金。
(4) 質量%で、
Ta: 0.001%以上0.050%未満、
をさらに含有することを特徴とする前記(1)乃至(3)のいずれかに記載の熱間鍛造性に優れた高強度・高耐食性Ni基合金。
(5) 前記(1)乃至(4)のいずれかに記載の熱間鍛造性に優れた高強度・高耐食性Ni基合金により構成されたことを特徴とする石油掘削用部材。」
を特徴とするものである。
【0014】
次に、この発明のNi基合金の各成分元素の組成範囲限定理由について詳述する。
【0015】
Cr:
Crは、海水起源の塩化物を含有する油井環境における耐食性、特に耐孔食性を向上させる効果がある。耐孔食性を評価する指標として、PRE(孔食指数)が良く知られており、また、PREが高いほど、耐孔食性が優れることが知られている。
例えば、表12に示すように、従来Ni基合金1〜3のPREは、それぞれ、約31、39及び48である。
なお、従来Ni基合金1はUNS N07718に、従来Ni基合金2はUNS N07725に、また、従来Ni基合金3はUNS N07022に、それぞれ相当する成分組成を有するNi基合金である。
したがって、本発明のNi基合金では、UNS N07718(従来Ni基合金1)のPRE(孔食指数)である31を少なくとも超えることが求められる。また、Ni基合金の耐食性に関しては、UNS N07725(従来Ni基合金2)で十分に改善されているといえるから、UNS N07725(従来Ni基合金2)のPRE(孔食指数)である約39付近であれば十分な耐孔食性を有するといえる。
そして、PRE(孔食指数)を本発明合金の主成分であるCrだけで補うとすれば、40%含有されることが最低限必要となる。
一方、時効熱処理による0.2%耐力の向上をもたらすためには、本発明の合金系であるNi−Cr−Nb−Ti系において、α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の役割が重要となる。
これら析出相の効果はそれぞれ等価ではなく、これら析出相が同時に所定の範囲で含有されていないと効果がないことを見いだしている。
これら析出相のうち、α−Cr相の構成する主成分となるのがCrである。
本発明のNi基合金の0.2%耐力については、UNS N07718(従来Ni基合金1)やUNS N07725(従来Ni基合金2)を超える1,200MPa以上が望まれる。
所望の0.2%耐力を得るためには、それに応じた必要量のα−Cr相を確保する必要があり、Crは42.1質量%(以下、「質量%」を、単に、「%」と記す。)以上含有することが必要となる。
しかし、45.5%を超えて含有するとNbやTiとの組み合わせにおいて、熱間鍛造性の低下を招くとともに、時効前の溶体化熱処理状態での硬度が高まり、機械加工性が劣化する。
したがって、Cr含有量を42.1%〜45.5%としたが、好ましいCrの上限は45.0%であり、さらに好ましくは、44.6%である。また、好ましいCrの下限は、43.1%であり、さらに好ましくは43.5%である。
なお、耐孔食性の指標である前記PRE(孔食指数)については、「A corrosion management and applications engineering magazinefrom Outokumpu|2−2012」の第9頁にも記載されているように幾つかの経験式が知られているが、本発明では、
PRE(孔食指数)=[%Cr]+1.5×([%Mo]+[%W]+[%Nb])+30×[%N])
で表される経験式を採用してPRE(孔食指数)を算出した。
【0016】
Nb:
Nbは、本発明の合金系であるNi−Cr−Nb−Ti系において形成されるα−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相のうち、主にNi
3Nb相の構成成分となる。
α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の組み合わせによって、所望の高い0.2%耐力が得られるが、高い0.2%耐力を得るために必要とされるNi
3Nb相を確保するために、Nbは0.5%以上含有することが必要である。
しかし、2.5%を超えて含有すると合金溶製時の著しい偏析をもたらし、著しい熱間鍛造性低下を招く。
したがって、Nb含有量を0.5%〜2.5%とした。
好ましいNbの上限は2.0%であり、さらに好ましくは、1.8%である。また、好ましいNbの下限は、0.8%であり、さらに好ましくは1.1%である。
なお、Nbは上述したPRE(孔食指数)の経験式もわかるとおり、耐孔食性を向上させる効果もある。
【0017】
Ti:
Tiは、本発明の合金系であるNi−Cr−Nb−Ti系において形成されるα−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相のうち、主にNi
3Ti相の構成成分となる。
α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の組み合わせによって、所望の高い0.2%耐力が得られるが、その必要量のNi
3Ti相を確保するために、Tiは1.2%以上含有することが必要である。
しかし、2%を超えて含有すると熱間鍛造性低下を招くとともに、時効前の溶体化熱処理状態での硬度が高まり、機械加工性が劣化する。
したがって、Ti含有量を1.2%〜2.0%とした。好ましいTiの上限は1.9%であり、さらに好ましくは、1.8%である。また、好ましいTiの下限は、1.3%であり、さらに好ましくは1.4%である。
【0018】
N、MnおよびMg:
N、MnおよびMgを共存させることにより、1,100℃以下での熱間鍛造性を劣化させるα−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制することができる。
一方、上述した通り、本発明合金は、所望の0.2%耐力を得るためにα−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相を積極的に利用している。
しかし、これら析出相が熱間鍛造工程などの比較的短時間で一気に生成すると、製造中に割れが発生する原因となる。特に、そのインゴット形状が大きくなるに従いその影響は大きくなる。
したがって、熱間鍛造工程のような比較的短時間で、これらα−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相はできるだけ生成させないほうが良い。
N、MnおよびMgは母相であるγ−Ni相を安定化させ、CrおよびNb、Tiの固溶化を促進し、熱間鍛造工程のような比較的短時間にα−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制する効果がある。
その効果として、1,100℃を下回る温度領域でも変形抵抗の急激な増大や変形能の急激な低下をもたらすことなく、割れのない良好な熱間鍛造性を維持できる。
しかし、Nの含有量が0.001%未満では、α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制する効果は無く、したがって1,100℃以下での熱間鍛造工程で過剰なこれら析出相の生成を許し、その結果として、熱間鍛造性の劣化がもたらされる。
一方、N含有量が0.040%を超えると、窒化物が短時間で形成し、高温加工性が劣化し部材への加工が困難となる。
したがって、Nの含有量を0.001%〜0.040%とした。好ましいNの上限は0.030%であり、さらに好ましくは、0.025%である。また、好ましいNの下限は、0.002%であり、さらに好ましくは0.004%である。
同様に、Mnの含有量が0.01%未満では、α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制する効果は無く、したがって1,100℃以下での熱間鍛造性を劣化することとなり、一方、Mnの含有量が0.50%を超えると、α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制する効果が過度になり、時効による0.2%耐力の向上を阻害する。
したがって、Mnの含有量は0.01%〜0.50%とした。好ましいMnの上限は0.30%であり、さらに好ましくは、0.25%である。また、好ましいMnの下限は、0.05%であり、さらに好ましくは0.08%である。
同様に、Mgの含有量が0.0001%未満では、α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制する効果は無く、したがって、1,100℃以下での熱間鍛造性を劣化することとなる。
一方0.Mgの含有量が0.0090%を超えると、α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制する効果が飽和する一方、粒界にMgが必要以上に濃縮し逆に熱間鍛造性が劣化する。
したがって、Mgの含有量は0.0001%〜0.0090%とした。好ましいMgの上限は0.0050%であり、さらに好ましくは、0.0045%である。また、好ましいMgの下限は、0.0002%であり、さらに好ましくは0.0004%である。
なお、これら3元素の効果はそれぞれ等価ではなく、3元素が同時に所定の範囲で含有されていないと効果がないことを見いだしている。
【0019】
Si:
Siは、脱酸剤として添加することにより、酸化物を低減し、これにより、熱間鍛造性に関わる高温での変形能を向上させ、その結果、鍛造割れを抑制する効果がある。
その効果は、Siを0.001%以上含有することにより発揮されるが、0.050%を超えて含有すると、α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を促進し、熱間鍛造性における変形能を急激に低下させることで鍛造割れが発生し易くなるため、Si含有量を0.001〜0.050%とした。
好ましいSiの上限は0.040%であり、さらに好ましくは、0.030%である。また、好ましいSiの下限は、0.005%であり、さらに好ましくは0.008%である。
【0020】
FeおよびCo:
FeおよびCoは、1,200℃以上の温度域での靭性を向上させることによって鍛造割れを防止する効果がある。
Feを0.01%以上含有することで、その効果を示すが、1%を超えて含有すると、逆に鍛造時の変形能を低下させるため、Fe含有量を0.01%〜1.00%とした。
好ましいFeの上限は0.90%であり、さらに好ましくは、0.80%である。また、好ましいFeの下限は、0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Feと同様に、Coを0.01%以上含有することで、その効果を示すが、2.50%を超えて含有すると時効熱処理前に溶体化熱処理状態での切削性が悪化するために好ましくない。 そこで、Co含有量を0.01%〜2.50%とした。
好ましいCoの上限は1.50%であり、さらに好ましくは、1.00%未満である。また、好ましいCoの下限は、0.08%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0021】
Cu:
Cuは、α−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制する効果がある。
Cuを0.001%以上含有することで、その効果を示すが、0.500%以上含有すると、熱間鍛造性が劣化する傾向にあるため、Cu含有量を0.001%以上0.500%未満とした。
好ましいCuの上限は0.200%であり、さらに好ましくは、0.090%である。また、好ましいCuの下限は、0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0022】
Al:
Alは、Ni
3Ti相におけるTiをAlで置換することで、0.2%耐力が向上する効果がある。
Alを0.001%以上含有することで、その効果を示すが、0.050%を超えて含有すると、高温環境下での析出に関わる潜伏期間を短時間側にシフトさせることで、鍛造割れの可能性を高めるため好ましくない。そこで、Al含有量を0.001%〜0.050%とした。
好ましいAlの上限は0.040%であり、さらに好ましくは、0.035%である。また、好ましいAlの下限は、0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
【0023】
V:
Vは、高温領域において粗大α−Cr相の発生を抑制する効果がある。これによって、特に熱間鍛造性に関わる変形能を向上させ鍛造割れを抑止する。
Vを0.005%以上含有することで、その効果を示すが、0.100%以上含有すると、逆に高温での変形能低下をもたらし鍛造割れを抑止する効果がなくなるため、V含有量を0.005%以上0.100%未満とした。
好ましいVの上限は0.09%であり、さらに好ましくは、0.08%である。また、好ましいVの下限は、0.007%であり、さらに好ましくは0.010%である。
【0024】
ZrおよびB:
ZrおよびBは、1,100℃以上の温度域での熱間鍛造性における変形能を向上させる効果がある。それによって、熱間鍛造における割れを抑制できる。
Bを0.0001%以上含有することで、その効果を示すが、0.0100%を超えて含有すると、逆に変形能を低下させ熱間鍛造における割れを誘発するため、B含有量を0.0001%〜0.0100%とした。
好ましいBの上限は0.0080%であり、さらに好ましくは、0.0050%である。また、好ましいBの下限は、0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
Bと同様に、Zrを0.001%以上含有することで、その効果を示すが、0.050%を超えて含有すると、逆に変形能を低下させ熱間鍛造における割れを誘発するため、Zr含有量を0.001%〜0.050%とした。
好ましいZrの上限は0.040%であり、さらに好ましくは、0.030%である。また、好ましいZrの下限は、0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0025】
MoおよびW:
MoおよびWは、上述したPRE(孔食指数)の経験式もわかる通り、耐孔食性を向上させる効果があるので、必要に応じて添加する。
Moを0.1%以上含有することで、その効果を示すが、1.5%を超えて含有すると、熱間鍛造性が劣化する傾向にあるため、Mo含有量を0.1%〜1.5%とした。
好ましいMoの上限は1.2%であり、さらに好ましくは、1.0%未満である。また、好ましいMoの下限は、0.2%であり、さらに好ましくは0.3%である。
同様に、Wを0.1%以上含有することで、その効果を示すが、1.5%を超えて含有すると、熱間鍛造性が劣化する傾向にあるため、W含有量を0.1%〜1.5%とした。
好ましいWの上限は1.2%であり、さらに好ましくは、1.0%未満である。また、好ましいWの下限は、0.2%であり、さらに好ましくは0.3%である。
なお、MoとWを同時に添加する場合は、その合計が1.5%以下になるようにすることが好ましい。
【0026】
Ca:
Caは、熱間鍛造性における変形能を向上させることにより鍛造割れを抑制する効果があるので、必要に応じて添加する。
Caを0.001%以上含有することで、その効果を示すが、0.050%以上含有すると、逆に変形能を低下させることにより鍛造割れを誘発するため、Ca含有量を0.001%以上0.050%未満とした。
好ましいCaの上限は0.020%であり、さらに好ましくは、0.010%である。また、好ましいCaの下限は、0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0027】
Ta:
Taは、900℃以下でα−Cr相、Ni
3Ti相およびNi
3Nb相等の析出相の生成を抑制する効果があるので、大型形状で溶体化熱処理時の冷却過程が必ずしも急冷とならないような状態で、析出相の生成を抑制することにより、硬化を抑える。切削性を向上させたい場合に必要に応じて添加する。
Taを0.001%以上含有することで、効果を示すが、0.05%以上含有すると、逆に時効熱処理時に必要量の前記析出相が得られず、所望の0.2%耐力が得られないので、Ta含有量を0.001%以上0.05%未満とした。
好ましいTaの上限は0.030%であり、さらに好ましくは、0.010%である。また、好ましいTaの下限は、0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0028】
不可避不純物:
本発明のNi基合金の製造に際し、例えば、溶解原料から取り込まれる不可避不純物であるP,S,Sn,Zn,Pb,Cの含有は避けられない。
しかし、P:0.01%未満、S:0.01%未満、Sn:0.01%未満、Zn:0.01%未満、Pb:0.002%未満、C:0.01%未満であれば、本発明の合金特性をなんら損なうものではないから、前記不可避不純物成分元素の前記範囲内での含有は許容される。