(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6189633
(24)【登録日】2017年8月10日
(45)【発行日】2017年8月30日
(54)【発明の名称】シート表面の平滑性に優れ高透磁率を有する磁性シート用軟磁性扁平粉末およびこれを用いた磁性シート並びに軟磁性扁平粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/20 20060101AFI20170821BHJP
H01F 1/26 20060101ALI20170821BHJP
H01F 41/02 20060101ALI20170821BHJP
B22F 1/00 20060101ALI20170821BHJP
B22F 9/08 20060101ALI20170821BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20170821BHJP
C22C 19/03 20060101ALI20170821BHJP
【FI】
H01F1/20
H01F1/26
H01F41/02 D
B22F1/00 Y
B22F1/00 B
B22F9/08 A
C22C38/00 303S
C22C19/03 E
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-103775(P2013-103775)
(22)【出願日】2013年5月16日
(65)【公開番号】特開2014-225548(P2014-225548A)
(43)【公開日】2014年12月4日
【審査請求日】2016年2月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
(72)【発明者】
【氏名】前澤 文宏
【審査官】
池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭62−072102(JP,A)
【文献】
特開2003−105403(JP,A)
【文献】
特開2009−266960(JP,A)
【文献】
特開2008−115404(JP,A)
【文献】
特開2005−240138(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/20
B22F 1/00
B22F 9/08
C22C 19/03
C22C 38/00
H01F 1/26
H01F 41/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性粉末を扁平化処理することにより得られた扁平粉末であって、平均粒径が40〜53μm、真密度に対するタップ密度の比が0.20〜0.23、平均アスペクト比が10〜40、平均厚さが1.6〜3.1μm、酸素含有量が0.16〜0.48質量%、窒素含有量が10〜250ppmであることを特徴とするシート表面の平滑性に優れ高透磁率を有する磁性シート用軟磁性扁平粉末。
【請求項2】
扁平粉末の長手方向に磁場を印加して測定した保磁力が48〜104A/m、扁平粉末の厚さ方向に磁場を印加して測定した保磁力が128〜200A/m、扁平粉末の長手方向に磁場を印加して測定した保磁力に対する扁平粉末の厚さ方向に磁場を印加して測定した保磁力の比が1.5〜3.0であることを特徴とする請求項1に記載のシート表面の平滑性に優れ高透磁率を有する磁性シート用軟磁性扁平粉末。
【請求項3】
請求項1または2に記載された軟磁性扁平粉末を含有することを特徴とするシート表面の平滑性に優れ高透磁率を有する磁性シート。
【請求項4】
ガスアトマイズ法またはディスクアトマイズ法による原料粉末作製工程と、前記原料粉末のアスペクト比が最大となる加工時間の60〜95%の時間で、かつ3〜20時間でアトライタ加工を完了する扁平加工工程と、前記扁平加工された粉末を真空またはアルゴン雰囲気で700〜900℃で熱処理する工程とを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の軟磁性扁平粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の電子デバイスに用いられる、シート表面の平滑性に優れ高透磁率を有する磁性シート用軟磁性扁平粉末とこれを含有する磁性シート、並びにこの軟磁性扁平粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、軟磁性扁平粉末を含有する磁性シートは、電磁波吸収体、RFID(Radio Frequency Identification)用アンテナとして用いられてきた。また、近年では、デジタイザと呼ばれる位置検出装置にも用いられるようになってきている。このデジタイザには、例えば特開2011−22661号公報(特許文献1)のような電磁誘導型のものがあり、ペン形状の位置指示器の先に内蔵されるコイルより発信された高周波信号を、パネル状の位置検出器に内蔵されたループコイルにより読み取ることで指示位置を検出する。ここで、検出感度を高める目的で、ループコイルの背面には高周波信号の磁路となるシートが配置される。
【0003】
この磁路となるシートとしては、軟磁性扁平粉末を樹脂やゴム中に配向させた磁性シートや、軟磁性アモルファス合金箔を貼り合わせたものなどが適用される。磁性シートを用いる場合は、検出パネル全体を1枚のシートに出来るため、アモルファス箔のような貼り合せ部での検出不良などがなく優れた均一性が得られる。
【0004】
デジタイザ機能はスマートフォンやタブレット端末などへ適用されるが、このようなモバイル電子デバイスは小型化の要求が厳しく、磁路シートとして用いられる磁性シートにも薄肉化の要求が高く、50μm以下程度の薄さのものが用いられるようになってきた。さらに、タブレット端末には液晶画面が10インチにもなるものがあり、磁性シートにも大面積が要求されるようになってきた。
【0005】
このような薄肉の磁性シートを一般的に適用される圧延やプレスによる方法で作製した場合、従来の厚さの磁性シートでは問題にならなかったシート表面の突起が問題となるようになってきた。すなわち、使用する軟磁性扁平粉末に、例えば100μmの異物が混入していた場合、従来のような500μm程度の厚さの磁性シートでは異物はシート中に取り込まれてしまい、シート表面の突起とはならない。
【0006】
一方、50μmの薄さの磁性シートでは異物はシート厚さよりも大きいため、シート表面に突起として現れてしまい、使用上のトラブルとなるためこの磁性シートは不良品となる。特に、タブレット端末のように大面積を必要とする際には、不良品の頻度が高くなってしまう。さらに、磁性シートの厚さが薄く、かつ大面積になるにしたがい、シートのマクロ的なうねりの問題も無視できなくなってきた。
【0007】
従来より、磁性シートには、Fe−Si−Al合金、Fe−Si合金、Fe−Ni合金、Fe−Al合金、Fe−Cr合金などからなる粉末を、アトライタ(アトリッションミル)などにより扁平化したものが添加されてきた。これは、高い透磁率の磁性シートを得るために、いわゆる「Ollendorffの式」からわかるように、透磁率の高い軟磁性粉末を用いること、反磁界を下げるため磁化方向に高いアスペクト比を持つ扁平粉末を用いること、磁性シート中に軟磁性粉末を高充填することが重要であるためである。
【0008】
特に、高いアスペクト比は重要な因子と考えられており、多くの場合、最大のアスペクト比が得られるアトライタ加工条件が採用されている。しかしながら、デジタイザ用磁路シートに用いる極めて薄い磁性シートなどにおける、上述した表面突起不良の抑制に関する方法は提案されておらず、従来の技術では対応しきれない状況になってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011−22661号公報
【特許文献2】特開2005−116819号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで発明者らは、アトライタ加工の時間を変化させた扁平粉末を作製し、扁平粉末のタップ密度などの因子と、磁性シートの表面突起不良率との関係を詳細に調査した。その結果、アトライタ加工時間が過度に短く、タップ密度が過度に高い場合は、十分に扁平化されていない球状に近い粗大粒子が残存し表面突起となること、および、アトライタ加工時間が過度に長く、例えば特開2005−116819号公報(特許文献2)のように、タップ密度が過度に低い場合は、扁平粉末同士が絡み合い凝集し、粗大な塊となり表面突起となることを確認した。
【0011】
なお、最大のアスペクト比が得られるアトライタ加工時間では、すでに扁平粉末同士の凝集が始まっているため、これよりも少し短い時間でアトライタ加工することにより、上記二つの要因からなる磁性シートの表面突起不良を抑制できることを見出し本発明に至った。その目的は、磁性シートとして用いる場合に突起不良が少なく、高い透磁率を実現できる軟磁性扁平粉末とこれを用いた高透磁率磁性シート、並びにこの軟磁性扁平粉末の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
以下、本発明の特徴を詳細に説明する。
本発明における第1の特徴は、アトライタによる扁平加工時間を、最大のアスペクト比が得られるよりも短時間とすることで、扁平粉末同士の絡み合いを防止し、磁性シートの表面突起を抑制することである。発明者らは、アトライタ加工時間を変化させた扁平粉末を作製し、これを使用した厚さ50μmの磁性シートを作製したところ、アトライタ加工時間が過度に短い場合と、過度に長い場合に、シート表面の突起不良が多発することを確認した。
【0013】
さらに、この突起部を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察したところ、
図1に示すように、アトライタ加工時間が過度に短い場合は、十分に扁平化されていない球状に近い粒子が確認された。一方、
図2に示すように、アトライタ加工時間が過度に長い場合は、扁平粉末同士が絡み合った塊が確認された。また、扁平粉末同士の絡み合いは、アスペクト比が最大になるアトライタ加工時間の少し前から始まっていることがわかった。
【0014】
したがって、アトライタによる加工において、ごく加工初期には確率的にメディア(硬質球)との衝突回数が少なく球状に近い形状を維持した粉末が残存しているが、加工が進むにつれ均一な扁平化が進み、その後、扁平粉末同士の絡み合いが始まり、やがて最大のアスペクト比が得られる。さらに、最大のアスペクト比が得られた後は、扁平粉末が千切れ始め、粉砕による微粉化が始まっていた。
【0015】
本発明における第2の特徴は、上述のように最も磁性シートの透磁率が高く出来る最大のアスペクト比を避けるにもかかわらず、扁平粉末の平均粒径、真密度に対するタップ密度の比、アスペクト比、厚さ、酸素含有量、窒素含有量を規定する範囲にすることで、磁性シートの透磁率の低下を最小限に留めたことである。さらに、軟磁性粉末の平均粒径の上限、真密度に対するタップ密度の比の下限、アスペクト比の上限、厚さの下限を本発明範囲に規定することにより、磁性シートのマクロ的なうねりも低減できる意外な効果も認められた。
【0016】
この理由は以下のことが推測される。アトライタ加工などにより扁平化された粉末は、高いアスペクト比を持つと同時に、厚さ方向に反りが出てしまう。磁性シートの作製時には、ロール圧延やプレス加工によって扁平粉末は磁性シート面内に強制的に積層するように配向するが、ロール圧延やプレス加工による圧力が除去された後、扁平粉末は元の反りの方向に形状を復元してしまう。これにより磁性シートの表面には起伏が発生し、特に反りが顕著な場合にはマクロ的なうねりになってしまう。
【0017】
ここで、平均粒径が過度に大きいこと、真密度に対するタップ密度の比が過度に小さいこと、アスペクト比が過度に大きいこと、厚さが過度に小さいことが扁平粉末の反りを大きくしてしまう因子になっているとともに反りが大きいことを図る因子になっていると考えられる。なお、従来の磁性シートのように、厚さがある程度厚い場合には、扁平粉末の反りが周囲の樹脂やゴムにより強制的に拘束されるため、反りの復元が困難で、磁性シートのマクロ的なうねりにはならなかったが、近年用いられるようになってきた薄い磁性シートでは、特にこのマクロ的うねりが問題となってきている。
【0018】
本発明における第3の特徴は、扁平粉末の保磁力について、長手方向と厚さ方向の値と、さらには両者の比を規定することで、磁性シートの透磁率と表面突起不良の低減を両立していることである。磁性シート中で扁平粉末はシート面内に積層し配向しているため、従来は長手方向に磁化した場合の保磁力について検討されてきた。しかしながら、厚さ方向に磁化した場合の保磁力は、単に軟磁性粉末の素材の保磁力だけでなく、結晶的な異方化や形状的な異方化の情報を含んでいる。特に、長手方向および厚さ方向の保磁力の絶対値とともに、両者の比を規定することにより、単に磁性シートの透磁率を高くするだけでなく、シートの表面突起やマクロ的うねりを抑制する因子として活用できることを見出した。
【発明の効果】
【0019】
以上に述べたように、本発明におけるアトライタ加工は従来の条件とは思想が全く異なり、積極的に最大のアスペクト比が得られる条件を回避することで、シート表面の突起不良やシートのマクロ的うねりを防止することを狙ったものである。また、本発明で規定する扁平粉末の、真密度に対するタップ密度の比や厚さも、従来考えられてきた最適なポイントを積極的に外すことにより、シート表面の突起やシートのマクロ的うねりを防止することを実現したものである。
【0020】
さらに,本発明の扁平粉末について、アトライタ加工後や熱処理後に所定の粒度の分級工程を追加することにより、扁平粉末中の粗大異物を除去し、よりいっそう磁性シート表面の突起不良を低減することも可能である。また、従来から提案されているシアン系カップリング剤に代表される表面処理により、耐食性を改善したりゴムへの分散性を改善することも可能である。また、磁性シートの製造方法も従来提案されている方法で可能である。例えば、トルエンに塩素化ポリエチレンなどを溶解したものに扁平粉末を混合し、これを塗布、乾燥させたものを各種のプレスやロールで圧縮することで製造可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、十分に扁平化されていない球状に近い粒子の存在を示す走査型電子顕微鏡による写真である。
【
図2】
図2は、扁平粉末同志が絡み合った塊を示す走査型電子顕微鏡による写真である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明に係る限定理由について述べる。
平均粒径が40〜53μm
本発明において扁平粉末の平均粒径は磁性シートの透磁率、表面突起、うねりに影響する因子であり、40μm未満では透磁率が低くなり、53μmを超えると表面突起が多く発生するとともにうねりが大きくなってしまう。好ましくは43を超え51μm未満であり、より好ましくは45を超え49μm未満の範囲である。
【0023】
真密度に対するタップ密度の比が0.20〜0.23
本発明において扁平粉末の真密度に対するタップ密度の比は磁性シートの透磁率、表面突起、うねりに影響する因子であり、0.20未満では表面突起が多く発生するとともにうねりが大きくなり、0.23を超えると透磁率が低くなってしまう。好ましくは0.20を超え0.23未満であり、より好ましくは0.21を超え0.22未満の範囲である。
【0024】
平均アスペクト比が10〜40
本発明において扁平粉末の平均アスペクト比は磁性シートの透磁率、表面突起、うねりに影響する因子であり、10未満では透磁率が低くなり、40を超えると表面突起が多く発生するとともにうねりが大きくなってしまう。好ましくは15を超え35未満であり、より好ましくは20を超え30未満の範囲である。
【0025】
平均厚さが1.6〜3.1μm
本発明において扁平粉末の平均厚さは磁性シートの透磁率、表面突起、うねりに影響する因子であり、1.6μm未満では表面突起が多く発生するとともにうねりが大きくなり、3.1を超えると透磁率が低くなってしまう。好ましくは1.8を超え2.8μm未満であり、より好ましくは2.0を超え2.5μm未満の範囲である。
【0026】
酸素含有量が0.16〜0.48質量%
本発明において扁平粉末の酸素含有量は磁性シートの透磁率に影響する因子であり、0.48質量%を超えると透磁率が低くなってしまう。好ましくは0.40質量%未満であり、より好ましくは0.35質量%未満の範囲である。なお、磁性シートの特性に関して、酸素含有量の下限は特に制限はないが、通常の製法で十分なアスペクト比までアトライタ加工し、0.16質量%未満に抑えることは困難であり、アトマイズ、アトライタ、熱処理など各工程において特別な雰囲気制御を要したり、あるいは各種還元などの特別な処理が必要となりコスト高となる。したがって、酸素含有量の下限が、0.20質量%を超え、0.23質量%を超え、となる程度の管理で各処理を制御することがコストを考慮したうえで好ましい、より好ましい製法である。
【0027】
窒素含有量が10〜250ppm
本発明において扁平粉末の窒素含有量は磁性シートの透磁率に影響する因子であり、250ppmを超えると透磁率が低くなってしまう。好ましくは150ppm未満であり、より好ましくは100ppm未満の範囲である。なお、磁性シートの特性に関して、窒素含有量の下限は特に制限はないが、通常の製法で十分なアスペクト比までアトライタ加工し、10ppm未満に抑えることは困難であり、アトマイズ、アトライタ、熱処理など各工程において特別な雰囲気制御を要したり、あるいは各種還元などの特別な処理が必要となりコスト高となる。したがって、窒素含有量の下限が、20ppmを超え、30ppmを超と、なる程度の管理で各処理を制御することがコストを考慮したうえで好ましい、より好ましい製法である。
【0028】
長手方向に磁場を印加して測定した保磁力が48〜104A/m
本発明において扁平粉末の長手方向に磁場を印加して測定した保磁力は磁性シートの透磁率に影響する因子であり、48未満では扁平化が十分ではなく、104を超えると扁平粉末中の格子欠陥が多いため磁性シートの透磁率が低くなってしまう。好ましくは56を超え96A/m未満であり、より好ましくは64を超え88A/m未満の範囲である。
【0029】
厚さ方向に磁場を印加して測定した保磁力が128〜200A/m
本発明において扁平粉末の厚さ方向に磁場を印加して測定した保磁力は磁性シートの透磁率に影響する因子であり、128未満では扁平化が十分ではなく、200を超えると扁平粉末中の格子欠陥が多いため磁性シートの透磁率が低くなってしまう。好ましくは136を超え184A/m未満であり、より好ましくは144を超え168A/m未満の範囲である。
【0030】
長手方向に磁場を印加して測定した保磁力に対する厚さ方向に磁場を印加して測定した保磁力の比が1.5〜3.0
本発明において扁平粉末の長手方向に磁場を印加して測定した保磁力に対する扁平粉末の厚さ方向に磁場を印加して測定した保磁力の比は、磁性シートの透磁率、表面突起、うねりに影響する因子であり、1.5未満では透磁率が低くなり、3.0を超えると表面突起が多く発生するとともにうねりが大きくなってしまう。好ましくは1.7を超え2.7未満であり、より好ましくは1.9を超え2.4未満の範囲である。
【0031】
ガスアトマイズ法またはディスクアトマイズ法による原料粉末作製工程
ガスアトマイズ法は、他の粉末作製方法と比較し、酸素、窒素含有量の低い合金粉末を製造することができ、本発明の酸素、窒素含有量範囲の扁平粉末を作製しやすい。また、作製される合金粉末の形状が球状であることからアトライタ加工により粉砕よりも扁平化が進行しやすく、本発明における平均粒径、真密度に対するタップ密度の比、アスペクト比、厚さの範囲の扁平粉末が作製できる。
【0032】
アスペクト比が最大となる加工時間の60〜95%の時間
上述のようにアスペクト比が最大になるアトライタ加工時には、既に扁平粉末の絡み合い、凝集による、粗大な塊が発生しており、磁性シート表面の突起不良が多発している。したがって、アスペクト比が最大となるアトライタ加工時間の95%以下でアトライタ加工を完了することで、この突起不良を抑制できる。一方、アスペクト比が最大となるアトライタ加工時間の60%未満でアトライタ加工を完了すると、十分に扁平化していない球状に近い形状の粉末が残存しており、磁性シートの表面突起不良が多発する。したがって、60〜95%のアトライタ加工時間により、本発明の扁平粉末が作製できる。好ましくは70を超え90%未満であり、より好ましくは75%を超え85%未満の範囲である。
【0033】
アトライタ加工時間が3〜20時間
上述のように、アトライタ加工時間とともに被加工粉末の形状は刻々と変化する。3時間未満では十分に扁平化していない球状に近い形状の粉末が残存しており磁性シートの表面突起不良が多発し、20時間を超えると扁平粉末の絡み合い、凝集による、粗大な塊が発生し磁性シートの表面突起不良が多発するため、3〜20時間とすることで本発明の扁平粉末が作製できる。好ましくは4を超え19時間未満、より好ましくは5を超え18時間未満の範囲である。
【0034】
真空またはアルゴン雰囲気での熱処理
本発明において、熱処理工程はアトライタ加工により導入された扁平粉末中の格子欠陥を回復し、透磁率を改善するための工程である。ここで、熱処理雰囲気が大気や窒素であると、酸化や窒化が進み、本発明の扁平粉末が作製できない。したがって、真空もしくは不活性雰囲気での熱処理が必要であり、製造コストを考慮すると、真空またはアルゴン雰囲気により、低コストで本発明の扁平粉末の作製が可能である。
【0035】
700〜900℃での熱処理
本発明において、熱処理工程はアトライタ加工により導入された扁平粉末中の格子欠陥を回復し、保磁力を低下させるための工程であり、700℃未満では保磁力の低下が十分ではなく、900℃を超えると焼結し、これが粗大な塊となって、シート表面の突起を増加させてしまう。好ましくは730を超え880℃未満、より好ましくは750を超え850℃未満である。
【実施例】
【0036】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
先ず、扁平粉末の作製に当たって、ガスアトマイズ法により所定の成分の粉末を作製し150μm以下に分級した。ガスアトマイズは、アルミナ製坩堝を溶解に用い、坩堝下の直径5mmのノズルから合金溶湯を出湯し、これに高圧アルゴンを噴霧することで実施した。これを原料粉末としアトライタにより扁平加工した。アトライタは、SUJ2製の直径4.8mmのボールを使用し、原料粉末と工業エタノールとともに攪拌容器に投入し、羽根の回転数を300および450rpmとして実施した。扁平加工後に攪拌容器から取り出した扁平粉末と工業エタノールをステンレス皿に移し、80℃で24時間乾燥させた。このようにして得た扁平粉末をアルゴン中で所定の温度で2時間熱処理し、各種の評価に用いた。
【0037】
扁平粉末の評価として、得られた扁平粉末の平均粒径、真密度、タップ密度、酸素含有量、窒素含有量、保磁力を評価した。平均粒径はレーザー回折法、真密度はガス置換法で評価した。タップ密度は、約80gの扁平粉末を、容積100mlのシリンダーに充填し、落下高さ10mmのタップ回数200の時の充填密度で評価した。保磁力は直径6mm、高さ8mmの樹脂製容器に扁平粉末を充填し、この容器の高さ方向に磁化した場合と、直径方向に磁化した場合の値を測定した。なお、扁平粉末は充填された円柱の高さ方向が厚さ方向となっているため、容器の高さ方向に磁化した場合が扁平粉末の厚さ方向、容器の直径方向に磁化した場合が扁平粉末の長手方向の保磁力となる。印加磁場は144kA/mで実施した。
【0038】
磁性シートの作製および評価として、トルエンに塩素化ポリエチレンを溶解し、これに得られた扁平粉末を混合、分散した。この分散液をポリエステル樹脂に厚さ1mm程度に塗布し、常温常湿で乾燥させた。その後、130℃、15MPaの圧力でプレス加工し、磁性シートを得た。磁性シートのサイズは縦150mm、横150mmで厚さは50μmである。なお、磁性シート中の扁平粉末の体積充填率はいずれも約50%であった。このシート表面を目視で観察し、表面突起の個数を評価した。さらに、このシートを水平の板に置き、側面からの目視により、水平の板からの起伏高さをマクロ的うねりの大きさとして評価した。次に、この磁性シートを、外径7mm、内径3mmのドーナツ状に切り出し、インピーダンス測定器により、室温で1MHzにおけるインピーダンス特性を測定し、その結果から透磁率(複素透磁率の実数部:μ’)を算出した。さらに、得られた磁性シートの断面を樹脂埋め研磨し、その光学顕微鏡像から「長手方向の長さ/厚さ」をランダムに50粉末測定し、その平均をアスペクト比とした。
【0039】
【表1】
表1に示すように、No.5〜6、13〜14、20〜22、26、28、30〜31は本発明例であり、No.1〜4、7〜12、15〜19、23〜25、27、29、32は比較例である。
【0040】
比較例No.1〜4は最大アスペクト比が得られる時間を100%としたときの加工時間が短く、平均粒径が小さく、真密度に対するタップ密度の比が大きく、扁平粉のアスペクト比が小さく、扁平粉の厚さが厚く、酸素含有量が少なく、長手方向の保磁力および厚さ方向の保磁力が小さく、厚さ方向の保磁力に対する長手方向の保磁力の比が小さく、かつアトライタ加工時間が短い(No.3、4を除く)ために、シート表面の突起不良が多く、かつシートの複素透過率の低下が見られた。
【0041】
比較例No.7〜12は、最大アスペクト比が得られる時間を100%としたときの加工時間、平均粒径(No.8〜9を除く)、真密度に対するタップ密度の比、扁平粉のアスペクト比(No.8〜10を除く)、扁平粉の厚さ、酸素含有量、長手方向の保磁力の値、厚さ方向の保磁力のいずれも本発明の条件が満たされていないために、シート表面の突起不良が多く、かつNo.7〜10においてはシートのマクロ的うねりが、またNo.9〜12においてはシートの複素透過率の低下が見られた。
【0042】
比較例No.15〜19は、アトライタ加工時間が長く(No.17,18)、最大アスペクト比が得られる時間を100%としたときの加工時間が長く(No.15〜18)、平均粒径が小さく(No.15〜18)、真密度に対するタップ密度の比が大きく(No.15〜18)、扁平粉のアスペクト比が大きく(No.15)、扁平粉の厚さが薄く(No.15〜18)、酸素含有量が多く(No.15〜18)、長手方向の保磁力および厚さ方向の保磁力の値がいずれも大きいために、No.19を除いてシート表面の突起不良が多い。また、シートのマクロ的うねりについて、No.15〜18の場合に見られ、かつシートの複素透過率の低下についても、No.16〜19の場合に見られた。
【0043】
比較例No.23は、熱処理温度が高く、真密度に対するタップ密度の比が大きいため、シート表面の突起不良が多い。比較例No.24、25は、熱処理雰囲気が大気、窒素であり、酸素含有量が多く(No.24)、窒素含有量が高く、長手方向の保磁力および厚さ方向の保磁力の値がいずれも大きいために、シートの複素透過率の低下が見られた。また、比較例No.27は、最大アスペクト比が得られる時間を100%としたときの加工時間が長く、真密度に対するタップ密度の比が小さく、扁平粉の厚さが薄く、かつ厚さ方向の保磁力に対する長手方向の保磁力の比が大きいために、シート表面の突起不良がやや見られ、マクロ的うねりが見られた。
【0044】
比較例No.29は、アトライタ加工時間が長く、最大アスペクト比が得られる時間を100%としたときの加工時間が長く、真密度に対するタップ密度の比が小さく、扁平粉の厚さが薄く、酸素含有量が多く、長手方向の保磁力および厚さ方向の保磁力の値がいずれも大きいために、シート表面の突起不良が多く、かつシートのマクロ的うねりが見られた。また、比較例No.32は、平均粒径、真密度に対するタップ密度の比、および扁平粉のアスペクト比が小さく、扁平粉の厚さが薄く、酸素含有量および窒素含有量が高く、長手方向の保磁力および厚さ方向の保磁力の値がいずれも大きく、かつ厚さ方向の保磁力に対する長手方向の保磁力の比が小さいために、シート表面の突起不良とマクロ的うねりが見られ、かつシートの複素透過率の低下が見られた。
【0045】
これに対し、本発明例であるNo.5〜6、13〜14、20〜22、26、28、30〜31のいずれの場合も本発明の条件を満たすことにより、磁性シートとして用いる場合に突起不良が少なく、マクロ的うねりが見られず、かつ高い透磁率を実現できる軟磁性扁平粉末とこれを用いた高透磁率磁性シート、並びにこの軟磁性扁平粉末の製造方法を提供することができる等工業的に極めて優れた効果を奏することが分かる。
特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊