【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、銀粒子の利用分野は広がる傾向にあり、そのため十nm以下の微小な粒径を有する銀微粒子だけでなく、用途によっては中程度以上の大きさ(例えば、数十nm程度)の銀粒子が求められる。この要求に応えるには、使用目的に応じて得られる銀粒子の大きさを制御できる製造方法が必要となる。しかし、上記した従来の銀粒子の製造方法は、粒径制御の観点からは不十分であった。液相還元法では、数μm程度の大きい銀粒子しか製造できず、他方、熱分解法は、数nm〜十数nmの微小な銀粒子向きの製造方法であった。
【0008】
そして、銀粒子の今後の利用範囲拡大のためには、用途ごとに異なる多様な平均粒径に対応可能なことに加え、製造される銀粒子の粒径に関しても、バラつきの少ないことが要求される。この点、熱分解法による銀粒子は、ある程度粒径の揃ったものとなるが、上記のように、製造に適した粒径は銀化合物の種類に依存した微小な大きさであった。このため、熱分解法で、粒径の大きめの銀粒子(例えば、粒径数十nm以上)を製造した場合、粒径の揃ったものとするのは困難であった。例えば、銀化合物としてシュウ酸銀アミン錯体を用いると、粒径十数nm前後の大きさに関しては、比較的粒径の揃った銀粒子が得られるものの、もっと大きな数十nm等の銀粒子を製造すると、粒径分布にバラつきが生じやすい。
【0009】
そこで、本発明は、銀粒子の製造方法について、粒径の揃ったものとしつつ、大きさを十数nm〜百数十nmの範囲内で制御できる銀粒子の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題を解決する方法として、まず、熱分解法による銀粒子製造方法を基礎に検討を行うこととした。上記の通り、熱分解法では、比較的粒径の揃った銀粒子の製造が可能であり、液相還元法よりも粒径調整が容易と考えたからである。
【0011】
ここで、本発明者等は、熱分解法による銀粒子の生成機構について、閉鎖溶液系での単分散微粒子の析出機構である、一般的なラメール則を参照し、次のように考察した。尚、ここでは、ヘキシルアミンが配位したシュウ酸銀錯体を熱分解し、銀粒子を製造した場合を例にとる。一定の加熱速度でヘキシルアミン配位−シュウ酸銀錯体を加熱すると、80〜90℃、すなわち錯体の分解温度(約110℃)より、やや低い温度で銀の「核生成」が開始する。そして、加熱を継続し、分解温度近傍(90℃〜110℃)まで上昇させる際、生成した核の表面で錯体の分解が進行し、「核成長」する。そして、この分解温度までの加熱による核生成・成長により銀粒子が生成する。
【0012】
このような銀粒子の生成機構を考慮するとき、生成する銀粒子の粒径は、加熱速度により変化するものと考えられる。つまり、加熱速度を早くすることで粒径の小さな銀粒子が生成し、加熱速度が遅い場合には粒径の大きな銀粒子が生成するものと考えられる。しかし、加熱速度を調整したとき、全体的に上記のような傾向は見られるが、粒径分布のバラつきのない、均一な銀粒子を得ることは容易でない。本発明者等は、かかる粒径のバラつきの発生要因の一つとして、加熱工程における反応系内の温度差を考慮し、銀−アミン錯体の加熱を均一に進行させる本発明に想到した。
【0013】
即ち本発明は、熱分解性を有する銀化合物とアミンとを混合して前駆体である銀−アミン錯体を製造し、前記前駆体を含む反応系を加熱することで銀粒子を製造する方法であって、前記加熱前、反応系の水分含有量は、前記銀化合物100重量部に対して30〜100重量部である銀粒子の製造方法に関する。
【0014】
かかる本発明は、熱分解法による銀粒子製造方法を基礎としつつ、銀−アミン錯体の加熱段階において、反応系中に所定範囲の水分を存在させるものである。反応系中の水分は、錯体を分解させる加熱工程において、加熱を均一に進行させるべく、いわゆる緩衝剤として作用する。すなわち、水を積極的に介在させて、反応系内の熱の緩衝剤として作用させることで、加熱時の反応系内における温度差が緩和し、銀粒子の核生成や核成長が均一に進行しやすくなる。
【0015】
反応系の水分含有量は、銀化合物100重量部に対して30〜100重量部の範囲内であることが必要である。水分含有量の好適範囲は30〜95重量部であり、さらに好適な範囲は30〜80重量部である。水分量が少ない(30重量部未満)と、得られる銀粒子の粒径は微小なものに限られ、狙った粒径の銀粒子を製造できない。一方、水分量が多い(100重量部を超える)と、銀粒子の粒径がバラつく傾向となる。
【0016】
この反応系の水分含有量とは、加熱工程の直前段階における水分量であり、それまでに反応系に添加された水の量を考慮する必要がある。後述するように、銀化合物は予め水を添加した湿潤状態で使用する場合があるが、この予め添加した水の量も、水分量に含められる。このため、銀化合物や均一化剤に予め添加された量だけで、水分含有量の規定範囲内となる場合、別途反応系の水分量を調節することなく、そのまま加熱することができる。一方、予め添加された量が、水分含有量の下限値(30重量部)より少なければ、別途単独で水を添加する等、水分量の調整が必要となる。水を添加するタイミングは、加熱工程の前であればよく、銀−アミン錯体の形成前、あるいは錯体形成後の、いずれの段階で添加してもよい。
【0017】
以上説明した本発明の製造方法において、銀粒子の前駆体である銀−アミン錯体は熱分解性を有するものとする。原料としては、熱分解性を有する銀化合物が用いられ、シュウ酸銀、硝酸銀、酢酸銀、炭酸銀、酸化銀、亜硝酸銀、安息香酸銀、シアン酸銀、クエン酸銀、乳酸銀等を適用できる。
【0018】
上記銀化合物のうち、特に好ましいのは、シュウ酸銀(Ag
2C
2O
4)又は炭酸銀(Ag
2CO
3)である。シュウ酸銀や炭酸銀は、還元剤を要することなく比較的低温で分解して銀粒子を生成することができる。また、分解により生じる二酸化炭素はガスとして放出されることから、溶液中に不純物を残留させることも無い。尚、シュウ酸銀については、爆発性を有する粉末状の固体であることから、水又は有機溶媒(アルコール、アルカン、アルケン、アルキン、ケトン、エーテル、エステル、カルボン酸、脂肪酸、芳香族、アミン、アミド、ニトリル等)を分散溶媒として混合し、湿潤状態にしたものを利用するのが好ましい。湿潤状態とすることで爆発性が著しく低下し、取り扱い性が容易となる。このとき、シュウ酸銀100重量部に対して、10〜200重量部の分散溶媒を混合したものが好ましい。但し、上記のとおり、本発明は反応系の水分量を厳密に規定しているため、水の混合は、規定量を超えない範囲にする必要がある。
【0019】
そして、銀化合物と反応させるアミンは、炭化水素基の炭素数の総和が4〜10であることが好ましく、4〜8が特に好ましい。このように、炭化水素基の炭素数の総和について好ましい範囲を規定するのは、銀化合物に配位するアミンによって、形成する銀−アミン錯体の安定性、分解温度が変化し、生成する銀粒子の粒径を変化させるからである。炭素数の総和が4未満のアミンを適用すると、得られる銀粒子は粒径数十nm〜数μmで、粒子径分布のバラツキが大きくなりやすい。炭素数の総和が10を超えるアミンを適用すると、合成時に銀−アミン錯体が熱分解し難く、銀粒子以外の未反応物が多く残存しやすい。
【0020】
また、アミン中のアミノ基の数としては、アミノ基が1つである(モノ)アミンや、アミノ基を2つ有するジアミンを適用できる。アミノ基に結合する炭化水素基の数は1つであるアミン、すなわち1級アミン(RNH
2)が好ましい。アミノ基を2つ有するジアミンでは、少なくとも1以上のアミノ基が1級アミンのものが好ましい。3級アミンは、銀化合物との錯体を形成しにくい傾向がある。アミノ基に結合する炭化水素基は、環状構造を含まない直鎖構造や分枝構造である鎖式炭化水素が好ましく、不飽和炭化水素を含まない飽和炭化水素が特に好ましい。
【0021】
本発明で好ましいアミンの具体例としては、以下のものが挙げられる。
【表1】
【0022】
上記の通り、アミンの種類(炭化水素基の炭素数総和)によって銀−アミン錯体の分解温度は相違することから、本発明においては、アミンの種類の選定によって銀粒子の粒径を制御することができる。本発明における構成に従い、例えば、ヘキシルアミンを適用する場合、粒径50〜190nmの銀粒子の製造が可能である。また、オクチルアミンを適用する場合、ヘキシルアミンを適用する場合よりも微細な銀粒子を形成することができ、粒径15〜50nmの銀粒子の製造が可能である。また、本発明で銀化合物と反応させるアミンは2種以上を適用することができる。2種以上のアミンを適用することで、それぞれのアミンに対して中間的な安定性の錯体が形成され、それに応じた粒径の銀粒子を製造できる。例えば、ヘキシルアミンとオクチルアミンを同量使用した場合、両者の製造可能な粒径範囲に対して中間的な粒径の銀粒子を製造できる。
【0023】
銀化合物とアミンとの混合比率は、銀化合物の銀イオン(Ag
+)のモル数(mol
Ag+)に対するアミノ基のモル数(mol
NH2)の比(mol
NH2/mol
Ag+)を、1.6以上とするのが好ましい。アミンが不足すると、未反応の銀化合物が残留するおそれがあり、十分な銀粒子が製造できず、また、銀粒子の粒径分布にバラつきが生じる。一方、アミン添加量の上限は、特に限定の必要がないものの、得られる銀粒子の純度を考慮すると、6以下が好ましい。
【0024】
本発明における反応系は、銀−アミン錯体と、適正範囲の水分で構成されていれば良く、他の添加物がなくとも粒径の揃った銀粒子を製造可能である。但し、錯体の更なる安定化を図った添加剤の添加を排除するものではない。本発明で適用可能な添加剤としては、オレイン酸、ミリスチン酸、パルミトレイン酸、リノール酸等が挙げられる。これらの添加剤は、銀イオン(Ag
+)のモル数(mol
Ag+)に対する添加剤のモル数(mol
添加剤)の比(mol
添加剤/mol
Ag+)で、0.01〜0.1とするのが好ましい。
【化1】
【0025】
反応系は、水分含有量が適切な範囲にあると確認した後、加熱して銀粒子を析出させる。加熱温度は、銀−アミン錯体の分解温度以上とするのが好ましい。上述の通り、銀−アミン錯体の分解温度は、銀化合物に配位するアミンの種類によって相違する。上記で示した、本発明に好適なアミンを適用する場合、分解温度は90〜130℃となる。
【0026】
この反応系の加熱工程において、加熱速度は析出する銀粒子の粒径に影響を及ぼす。即ち、本発明では、銀−アミン錯体を形成するアミン(銀化合物と反応させるアミン)の種類と、加熱工程の加熱速度、という2系統の手段で銀粒子の粒径を調製できる。この2つの手段により、平均粒径10〜200nmの範囲で、狙った粒径の銀粒子を製造できる。粒径10〜100nmでは、特に粒径の揃った銀粒子を得やすく、粒径15〜50nmでは、さらに粒径が揃いやすい。尚、加熱工程における加熱速度は、上記の分解温度まで、2〜50℃/minの範囲で調整することが好ましい。また、5℃/min以上が温度制御しやすい。
【0027】
上記加熱工程を経て銀粒子が析出する。この反応系に対しては、適宜に洗浄、固液分離を経て銀粒子を取り出すことができる。場合により、銀粒子同士の固着が見られることがあるが、これは容易に解砕・分離可能である。また、回収した銀粒子は、適宜の溶媒に分散させたインク、ペースト、スラリー状態、又は乾燥させた粉末状態で保管、利用可能である。