(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6191504
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】ニッケル微粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20060101AFI20170828BHJP
B22F 9/24 20060101ALI20170828BHJP
【FI】
B22F1/00 M
B22F9/24 C
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-38207(P2014-38207)
(22)【出願日】2014年2月28日
(65)【公開番号】特開2015-161007(P2015-161007A)
(43)【公開日】2015年9月7日
【審査請求日】2016年6月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(74)【代理人】
【識別番号】100083910
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 正緒
(72)【発明者】
【氏名】二木 昌次
【審査官】
酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−121011(JP,A)
【文献】
特開昭63−190601(JP,A)
【文献】
特開2004−218030(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00−1/02,9/00−9/30,
F26B 3/06,
B01D 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
晶析により作製したニッケル微粒子を200〜800℃の過熱水蒸気で処理することによって、エチルセルロース樹脂が共存する状況下において前記ニッケル微粒子による該エチルセルロース樹脂の分解温度を未処理のニッケル微粒子と比較して20℃以上高く、且つ前記ニッケル微粒子の結晶子径を未処理のニッケル微粒子と比較して10%以上大きくすることを特徴とするニッケル微粒子の製造方法。
【請求項2】
前記過熱水蒸気の温度が200〜500℃であることを特徴とする、請求項1に記載のニッケル微粒子の製造方法。
【請求項3】
前記ニッケル微粒子の平均粒子径は0.05〜0.20μmの範囲内であることを特徴とする、請求項1または2に記載のニッケル微粒子の製造方法。
【請求項4】
前記ニッケル微粒子は、湿式還元法により晶析されたものであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のニッケル微粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面活性を低減させたニッケル微粒子の製造方法に関し、詳しくは、積層セラミックコンデンサの内部の電極材料として好適に用いられるニッケル微粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケル微粒子は、例えば、積層セラミックコンデンサの内部電極、ニッケル水素二次電池の正極材料、燃料電池のニッケル/ジルコニアサーメットをはじめ、種々の電極を形成する材料として用いられている。このうち、積層セラミックコンデンサは、一般に以下の方法で作製されている。すなわち、先ずチタン酸バリウムなどのセラミック誘電体材料のグリーンシート上に、内部電極層を形成するニッケルやパラジウムなどの金属粉末と、エチルセルロースやポリビニルブチラールなどの有機バインダーと、ターピネオールなどの有機溶媒とを混練してなる導電ペーストを印刷して乾燥することでシート状の1単位のコンデンサを作製する。
【0003】
この1単位のコンデンサを所望のコンデンサ容量に見合うだけ積層して熱圧着した後、所定の寸法に裁断して積層チップを得る。この積層チップを250〜400℃程度に加熱する脱バインダー処理を行って上記有機バインダーを除去した後、更に約1300℃の温度まで加熱して内部電極層とセラミック誘電体とを共焼結させる。得られた焼結体に銀、ニッケル等の外部電極を形成することにより、積層セラミックコンデンサの製品が完成する。
【0004】
近年、電子部品の高性能化や小型化に伴って積層セラミックコンデンサにも小型化と高容量化が求められており、これを受けてセラミック誘電体及び内部電極層の薄膜化と多層化が進められている。そして、内部電極層の薄層化を進める上で、その材料となるニッケルやパラジウムの粒子には更なる微粒子化が求められている。
【0005】
特に、製造コストの面から内部電極として主に用いられているニッケルの場合、微粒化によるニッケル粒子表面の触媒活性が問題となることがある。即ち、前述した積層セラミックコンデンサの製造方法における積層体の脱バインダー工程において、ニッケル微粒子の有する触媒作用によって有機バインダーの分解が急激に進行して多量のガスが発生し、誘電体層と内部電極層との間の積層欠陥であるデラミネーションや誘電体や電極層の破損、クラックが生じる。
【0006】
この問題を解決するため、ニッケル微粒子の表面に硫黄を付着させてニッケル表面の触媒活性を低減させ、脱バインダー工程において有機バインダーの分解が急激に進行しないようにする方法が提案されている。例えば特許文献1には、硫化物水溶液にニッケル微粒子を浸漬・分散させてニッケル微粒子表面に硫黄を析出させた後、該ニッケル微粒子を含む水溶液を固液分離し、得られた湿潤状態の微粒子を真空乾燥して含硫黄ニッケル微粒子を得る方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−043339号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記したように微粒子の表面に硫黄を付着させることによりニッケルの触媒活性を低下させることが可能であるが、粒径が0.20μm未満の微細なニッケル粉末の場合は表面活性が極めて高いため、上記した硫黄の付着だけでは十分に表面活性を低下させることができないことがあった。また、硫黄の付着だけで活性を低下させる場合、硫黄の含有量が相対的に高くなって硫黄による腐食の問題が懸念されるため、あまり好ましい方法とはいえなかった。
【0009】
本発明は、積層セラミックコンデンサの内部電極の材料として従来用いられていた含硫黄ニッケル微粒子における上述した問題に鑑みてなされたものであり、積層セラミックコンデンサの製造方法における脱バインダー工程において、硫黄を含有させなくても、急激な樹脂の分解に伴う内部電極層のクラックやデラミネーションの発生が抑えられたニッケル微粒子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ニッケル微粒子を所定の温度範囲内の過熱水蒸気で処理することにより、ニッケル微粒子の表面活性を低下させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、
本発明のニッケル微粒子の製造方法は、晶析により作製したニッケル微粒子を200〜800℃の過熱水蒸気で処理すること
によって、エチルセルロース樹脂が共存する状況下において前記ニッケル微粒子による該エチルセルロース樹脂の分解温度を未処理のニッケル微粒子と比較して20℃以上高く、且つ前記ニッケル微粒子の結晶子径を未処理のニッケル微粒子と比較して10%以上大きくすることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ニッケル微粒子に硫黄を含有させなくてもその触媒活性を抑制することが可能になる。その結果、有機バインダーの樹脂分解温度を未処理品に比べて20℃以上高温側にシフトすることができる。従ってこのニッケル微粒子を薄膜化及び多層化された積層セラミックコンデンサの製造に用いれば、脱バインダー工程時に内部電極層のクラックやデラミネーションの発生を抑えることができると共に、ニッケル微粒子に硫黄を含ませることに起因する腐食などの諸問題をなくすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施例及び比較例の熱重量変化の微分極性を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態のニッケル微粒子の製造方法は、晶析により作製したニッケル微粒子を200℃以上の過熱水蒸気で処理して低活性化されたニッケル微粒子を製造することを特徴とするものであり、特開2013−087355に示されるように、水中にニッケル微粉末を浸漬させた後に水熱処理を施す方式とは基本的に異なる方法である。
【0014】
上記したニッケル微粒子の処理に使用する過熱水蒸気の温度は200〜800℃の範囲内が必要であり、生産性及びコストの観点から200〜500℃の範囲内が好ましい。この処理によりニッケル微粒子が低活性化されるので、導電ペーストのようにニッケル微粒子と有機バインダーが共存する状況下で、例えば有機バインダーの代表例であるエチルセルロースの樹脂分解温度が、本発明を施さないニッケル微粉末を用いた場合に比べて20℃以上高温側にシフトされたニッケル微粉末を得ることができる。このように、過熱水蒸気での処理によりニッケル微粒子の表面活性が低下する詳しい理由は不明ではあるが、処理前にニッケル微粒子の表面に存在していた酸素とニッケルの結合状態が変化したために表面活性が低下するのではないかと推察している。
【0015】
過熱水蒸気の温度を200℃以上にする理由は、200℃未満では上記した低活性化の効果が得られないことがあるからである。一方、過熱水蒸気の温度は500℃を超えて高くしてもエチルセルロースの樹脂分解温度をさらに上昇させる効果は得られにくく、過熱水蒸気の温度が800℃を超えると、当該水蒸気加熱用の熱源装置が大型化したり断熱材や排気処理を高温仕様にしたりすることが必要になって、装置コストや操業コストが増大する。
【0016】
上記した過熱水蒸気の処理後にニッケル微粒子の温度が低下すると、ニッケル微粒子表面に付着して凝集した水蒸気が酸化性を有するようになるため、ニッケル微粒子を降温する時は、その雰囲気を不活性雰囲気または弱い還元性雰囲気にするのが好ましい。また、ニッケル微粒子を昇温する時も酸化されることがないように、その雰囲気を大気から不活性ガス雰囲気に置換してから又は置換しながら行うのが好ましい。
【0017】
上記した過熱水蒸気によるニッケル微粒子の処理では、過熱水蒸気にニッケル微粒子を適度にさらすことができるのであればその装置については特に限定はなく、ベルト型乾燥装置やスプレードライヤーなどの公知の装置を利用することができる。例えばベルト型乾燥装置の場合は、ニッケル微粒子を通気性のある匣鉢などの容器内に収容し、該容器をベルトコンベアーなどの搬送手段を用いて外気から遮断された昇温ゾーン、乾燥ゾーン、及び降温ゾーンに順次に送り込み、該乾燥ゾーンで容器内に過熱水蒸気を通気することでニッケル微粒子を効率よく処理することができる。また、スプレードライヤーの場合は、ニッケル微粒子を含むスラリーをスプレーノズルから過熱水蒸気とともに噴出させることでニッケル微粒子を効率よく処理することができる。
【0018】
上記した過熱水蒸気による処理の対象となるニッケル微粒子は、薄膜化及び多層化された積層セラミックコンデンサの内部電極材料として好適な、平均粒子径0.05〜0.20μmの略球状を有していることが好ましい。平均粒子径が0.20μmを超えるニッケル微粒子に上記した過熱水蒸気の処理を施してもよいが、表面活性の特に高い平均粒子径0.05〜0.20μmのニッケル微粒子に適用することで従来のニッケル表面の触媒活性を低減する手段に比べて著しい効果が得られ、また、従来のニッケル表面の触媒活性を低減する手段として行われている硫黄を含有させる方法の弊害である硫黄量の増大を抑えることができる。
【0019】
上記した過熱水蒸気による処理は、硫黄を含有していないニッケル微粒子だけでなく、従来からニッケル表面の触媒活性を低減する手段として行われている硫黄を含有したニッケル微粒子にも適用可能である。硫黄を含有させる方法と上記した過熱水蒸気の処理とを組み合わせることで、エチルセルロースの樹脂分解温度をより一層高温化させたり、従来のものに比べてより少ない硫黄含有量で同等のエチルセルロースの樹脂分解温度を得たりすることができる。
【0020】
乾燥処理の対象となるニッケル微粒子を晶析させる方法については特に限定はなく、例えば、固体のニッケル塩を水素ガスで還元する固相還元法、ニッケル塩溶液をミストにして熱分解する噴霧熱分解法、ニッケル塩蒸気を水素ガスで還元する化学気相反応法等の乾式法や、ニッケル塩等を含む溶液から還元析出によってニッケル微粒子を得る湿式還元法等のいずれの方法でニッケル微粒子を作製してもよい。これらの中では湿式還元法が好ましい。湿式還元法はニッケル微粒子が晶析した時点で含水しているので、その乾燥を兼ねて過熱水蒸気処理を施すことにより低コストでエネルギー的に効率よく処理することができる。
【0021】
上記したように200℃以上の過熱水蒸気で処理したニッケル微粒子は、結晶性の向上が認められる。結晶性が向上すると、積層セラミックコンデンサを製造する際にセラミック誘電体の焼結特性に近づく効果があり、焼結時のクラックやデラミネーションの発生の低減に有効である。特に、湿式還元法により晶析したニッケル微粒子は、未処理のニッケル微粒子と比較してその結晶子径は10%以上大きくなる。また、高温の過熱水蒸気で処理したニッケル微粒子ほど、処理温度に比例して結晶性が向上し、極めて好ましい副次的な効果も認められる。さらに、高温の過熱水蒸気で加熱処理を施したニッケル微粒子ほど、処理温度に比例して含有炭素量を減少させることができるので、焼結特性に極めて好ましい副次的な効果も認められる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例と比較例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。なお、以下の実施例及び比較例において、樹脂分解ピーク温度及び結晶粒子粒はそれぞれ下記の方法で評価した。
【0023】
(樹脂分解ピーク温度)
脱バインダー工程での有機バインダーの分解挙動の評価として樹脂分解温度の測定を以下の手順で行った。ニッケル微粒子にエチルセルロース樹脂を外割で5質量%添加し、メノウ乳鉢を用いて均一に混合した。このようにして得た測定サンプルをブルカー社製の熱分析測定装置(TG―DTA2020SR)を用いて、窒素ガス中で5℃/分の昇温速度で加熱したときの重量変化を測定した。エチルセルロース樹脂の分解挙動の指標として、熱重量変化の微分曲線(ΔTG)によるピーク温度を求めた。
【0024】
(結晶子径)
ニッケル微粒子の結晶子径は、PANalytical社製X線回折装置(X‘PertPRO)用い、Scherrer法にて算出した。
【0025】
[実施例1]
湿式還元法で作製した平均粒子径0.18μmのニッケル微粒子を50gずつ4つに分け、その内の3つについては、それぞれ200℃、300℃、及び500℃の過熱水蒸気中で2時間処理を行った。そして、比較のため、残る1つについては過熱水蒸気の処理を行わなかった。このようにして得た試料1〜4のニッケル微粒子に対して樹脂分解ピーク温度と結晶子径の測定を行った。その結果を下記表1に示す。また、試料1及び4については、熱分析測定で測定した熱重量変化の微分曲線を
図1のグラフにプロットした。
【0026】
【表1】
【0027】
上記表1から分かるように、過熱水蒸気でニッケル微粒子を処理することにより、有機バインダーの分解挙動の指標である樹脂分解ピーク温度が、未処理の場合に比べて抑制されている。具体的には分解温度が20℃以上高温側にシフトしており、よって積層セラミックコンデンサの製造において、急激な樹脂の分解に伴う内部電極層におけるクラックやデラミネーションの発生を抑え得ることが分かる。また、無処理の試料4の湿式還元法のニッケル微粒子の結晶子径は15nmであったが、200℃で過熱水蒸気処理を行った試料1のニッケル微粒子の結晶子径は17nmであり、わずかではあるが結晶性の向上が認められた。
【0028】
[実施例2]
プラズマCVD法で作製した平均粒子径0.18μmのニッケル微粒子を50gずつ2つに分け、それらの一方には200℃の過熱水蒸気中で2時間処理を行い、もう一方にはかかる過熱水蒸気の処理を行わなかった。このようにして試料5〜6のニッケル微粒子を得た。
【0029】
また、プラズマPVD法で作製した平均粒子径0.18μmのニッケル微粒子を50gずつ2つに分け、それらの一方には200℃の過熱水蒸気中で2時間処理を行い、もう一方にはかかる過熱水蒸気の処理を行わなかった。このようにして試料7〜8のニッケル微粒子を得た。上記した試料5〜8のニッケル微粒子に対して実施例1と同様にして樹脂分解ピーク温度を測定した。その結果を表2に示す。
【0030】
【表2】
【0031】
上記表2から分かるように、プラズマCVD法又はプラズマPVD法で作製したニッケル微粒子においても、過熱水蒸気で処理することにより樹脂分解ピーク温度を未処理の場合に比べて抑制することができた。よって積層セラミックコンデンサの製造において、急激な樹脂の分解に伴う内部電極層におけるクラックやデラミネーションの発生を抑え得ることが分かる。
【0032】
[実施例3]
湿式還元法で作製した平均粒子径0.10μmのニッケル微粒子を50gずつ2つに分け、それらの一方には200℃の過熱水蒸気中で2時間処理を行い、もう一方にはかかる過熱水蒸気の処理を行わなかった。このようにして試料9〜10のニッケル微粒子を得た。
【0033】
また、湿式還元法で作製した平均粒子径0.05μmのニッケル微粒子を50gずつ2つに分け、それらの一方には200℃の過熱水蒸気中で2時間処理を行い、もう一方にはかかる過熱水蒸気の処理を行わなかった。このようにして試料11〜12のニッケル微粒子を得た。上記した試料9〜12のニッケル微粒子に対して実施例1と同様にして樹脂分解ピーク温度を測定した。その結果を表3に示す。
【0034】
【表3】
【0035】
上記表3から分かるように、平均粒子径が0.10μm又は0.05μmの場合においても、過熱水蒸気で処理することにより樹脂分解ピーク温度を未処理の場合に比べて抑制することができた。よって積層セラミックコンデンサの製造において、急激な樹脂の分解に伴う内部電極層におけるクラックやデラミネーションの発生を抑え得ることが分かる。