特許第6191781号(P6191781)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6191781
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】耐ガス欠陥性に優れた球状黒鉛鋳鉄
(51)【国際特許分類】
   C22C 37/04 20060101AFI20170828BHJP
【FI】
   C22C37/04 D
【請求項の数】4
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2016-546552(P2016-546552)
(86)(22)【出願日】2016年2月29日
(86)【国際出願番号】JP2016055973
【審査請求日】2016年7月13日
(31)【優先権主張番号】特願2015-192682(P2015-192682)
(32)【優先日】2015年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】川畑 将秀
(72)【発明者】
【氏名】山根 英也
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−068042(JP,A)
【文献】 特開2012−122085(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00−37/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
優れた耐ガス欠陥性を有する球状黒鉛鋳鉄であって、
質量比で、
C:3.3〜4%、
Si:2〜3%、
P:0.05%以下、
S:0.02%以下、
Mn:0.8%以下、
Cu:0.8%以下(0を含まず)、
Mg:0.02〜0.06%、
Ti:0.01〜0.04%、
V:0.001〜0.01%、
Nb:0.001〜0.01%、
N:0.004〜0.008%、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
ガス欠陥面積率が11%以下であり、
引張強さが600MPa以上であって、かつ、伸びが12%以上であり、
工具寿命改善率が1.0倍以上であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。
【請求項2】
質量比で、Ti、V及びNbを合計で0.015〜0.045%含有し、さらに、Ti、V、Nb及びNを下記式(1)を満足するように含有することを特徴とする請求項1に記載の球状黒鉛鋳鉄。
0.8≦(0.29Ti+0.27V+0.15Nb)/N≦2.0 ・・・(1)
ただし、上記式(1)中の元素記号は球状黒鉛鋳鉄中の各元素の含有量(質量比(%))を示す。
【請求項3】
質量比で、P:0.005%以上、S:0.005%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の球状黒鉛鋳鉄。
【請求項4】
質量比で、Mn:0.2%以上、Cu:0.1%以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の球状黒鉛鋳鉄。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐ガス欠陥性に優れた球状黒鉛鋳鉄に関する。
【背景技術】
【0002】
球状黒鉛鋳鉄は、優れた機械的特性及び良好な鋳造性を有することから、種々の自動車部品や機械部品に広く使用されている。球状黒鉛鋳鉄の製造には、主な原材料として銑鉄、鋼屑(スクラップ)、戻り屑(鋳造リターン材)などが使用されている。前記の原材料のうち、従来は鋳物用の銑鉄が球状黒鉛鋳鉄の原材料として主体であったものの、近年は高騰した銑鉄に代わって、資源の有効活用の観点から鋼屑を主体に使用するのが一般的になっている。鋼屑は、自動車産業の成長にともなって大量に発生し、安価に供給されることから球状黒鉛鋳鉄をはじめ鋳鉄全般の原材料として多用されるようになってきた。
【0003】
ここで、自動車産業で発生する鋼屑は、自動車の車体用プレス加工屑などからなり、近年、その鋼材としては、高張力鋼板(ハイテン)の占める割合が高くなってきている。この理由は、自動車の車体等には、燃費改善による環境保全の観点から軽量化が要求される一方で、衝突時の乗員の安全性確保の観点から強度や剛性の確保も要求されている。そのため、自動車の車体等には軽量化と高強度化・高剛性化を両立することが求められ、これに呼応するために高濃度のMn、Cr、Mo等を含む高張力鋼板が多用される傾向にある。不可避的に多量のMn、Cr、Mo等が含まれる鋼屑を原材料として用いると、球状黒鉛鋳鉄としたときに黒鉛の晶出を阻害したり炭化物が生成されるため延性(伸び特性)を低下させたりするといった問題がある。原材料に不可避的に含まれるMn、Cr、Mo等に起因する問題を解決するために、球状黒鉛鋳鉄の溶解工程で溶湯中からこれらの元素を除去するための種々の提案がなされている。
【0004】
ところで、高張力鋼板の中には、Mn、Cr、Moの他に、N(窒素)を含有して炭窒化物で析出硬化したり、窒化処理を施すことで高強度化を図ったものもある。これらの高張力鋼板はN含有量が数百ppmに及ぶものもある。このように不可避的に多量のNを含む鋼屑を原材料として用いて球状黒鉛鋳鉄を製造する場合、この原材料を溶解した溶湯中に含まれる遊離Nが増加する可能性がある。なお、以下の説明において、「遊離N」とは、固相や固溶体を構成する原子を構成していない、自由な状態の窒素原子のことを指し、「N」とは元素としての窒素のことを指す。
【0005】
また、一般的に、球状黒鉛鋳鉄の溶解工程で溶製される溶湯(元湯)は、Si、Mnを含有するために溶解工程の段階で脱酸され、その後、元湯を取鍋に移行後に施される球状化処理で添加されるMgや接種処理で添加されるSiによって、更に強力に脱酸される。このように脱酸された球状黒鉛鋳鉄用の溶湯は、溶解炉から取鍋への出湯工程や取鍋から鋳型への注湯工程において溶湯が大気に触れると、大気中の遊離Nを吸収または吸蔵しやすい性質がある。
【0006】
上記のように大気由来の遊離Nを吸収または吸蔵しやすい性質を有する球状黒鉛鋳鉄用の溶湯において、更に、原材料として、不可避的に多量のNを含むN含有量の多い鋼屑の配合が増加すると、この鋼屑由来の遊離Nにより溶湯中の遊離Nが増加し、鋳造製品に遊離Nに起因した窒素ガス(N2ガス)からなるピンホールなどのガス欠陥の発生傾向が高まる。具体的には、遊離Nが過剰に含まれた溶湯が凝固する際には、固相中に固溶しきれない遊離Nが窒素ガスとして放出されて、鋳造製品に窒素ガスからなるピンホールなどのガス欠陥を生ずることがある。球状黒鉛鋳鉄にガス欠陥を生ずると、外観上の不良のみならず、微細な空孔欠陥に起因して強度や伸びなど機械的特性の悪化を招くという問題が生じるおそれがある。
【0007】
球状黒鉛鋳鉄など鋳鉄中に混入するNを含む不純物の含有量を低減する技術として、特許文献1には、質量比で炭素:2.0〜4.0%と、ケイ素:1.0〜3.0%と、硫黄:0.02%以下とを有し、残部が鉄と微量の不可避的不純物からなる合金を、コールドクルーシブル溶解炉に投入して溶解した後、これにマグネシウム、カルシウム、及び希土類元素のいずれか1又は2以上からなる球状化促進元素を含む球状化処理剤を、球状化促進元素が最終組成で0.01〜0.1%になるように添加し、黒鉛化を促進させる接種処理を行うことなく冷却させ、鉄との合金を造る製造方法を適用することにより、質量比で炭素:2.0〜4.0%と、マグネシウム、カルシウム、及び希土類元素のいずれか1又は2以上からなる球状化促進元素:0.01〜0.1%と、ケイ素:1.0〜3.0%と、硫黄:0.02%以下とを有し、残部が鉄と不可避的不純物からなり、該不可避的不純物中のコバルト、銅、及びニッケル以外の元素を極力微量にして、−60℃又は−80℃におけるシャルピー衝撃試験での吸収エネルギー値が、Vノッチ試験片で14J/cm2以上であるとする球状黒鉛鋳鉄の記載がある。
【0008】
特許文献1によれば、原材料の溶解にあたり、溶解炉チャンバー内を真空排気した後、アルゴンガスを導入して溶解炉チャンバー内をアルゴン雰囲気とするとともに、水冷した高純度の銅製のるつぼを使用し、疑似的に銅製のるつぼと溶融金属とを非接触状態にして溶解(浮揚溶解)する装置であるコールドクルーシブル溶解炉を用いることで、従来の溶解工程のような、るつぼあるいは気相(環境)から溶融金属への不純物の混入が防止され、高純度の材料を作製できるとしている。また、特許文献1の球状黒鉛鋳鉄において、不可避的不純物中のコバルト、銅、及びニッケル以外の元素を、それぞれ質量比で0.003%以下にすることで、更に介在物を少なくできると共に、内部の脆弱部分を減少させた球状黒鉛鋳鉄を提供できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−169167
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に開示された球状黒鉛鋳鉄の製造方法は、アルゴン雰囲気で原材料を溶解し、そのまま凝固させて球状黒鉛鋳鉄を形成するので、溶湯中に含まれる遊離Nが低減され、もって球状黒鉛鋳鉄に発生する遊離Nを起因としたガス欠陥が抑制される可能性はある。しかしながら、原材料として、高純度の、例えば4N(99.99%、質量比)レベル程度の電解鉄、半導体用シリコン、高純度化処理した黒鉛等を使用しており、出発原料自体が高純度の原材料である。しかも、その製造方法は、溶解炉チャンバー内をアルゴン雰囲気にするとともに、水冷した高純度の銅製のるつぼからなる特殊な装置であるコールドクルーシブル溶解炉を用いて提供されるものである。コールドクルーシブル溶解炉は、一般には高純度の合金鋳塊を製造するなど、高純度材料の製造に用いられるものである。このように高純度の原材料や特殊な装置を用いた場合、不可避的不純物の含有量を大幅に低減することができるけれども、自動車部品や機械部品に適用する球状黒鉛鋳鉄の製造に対しては、得られる鋳造製品が極めて高価なものとなり、経済合理性の観点からは問題がある。
【0011】
また、特許文献1の製造方法によれば、銅製のるつぼ内で原材料を溶解し、球状化処理剤を添加した後、溶湯の冷却及び凝固は、銅製のるつぼ内で行うとしている。この製造方法によれば、得られる球状黒鉛鋳鉄はるつぼの空間の形状を倣った塊状の鋳造品となる。これでは本来、形状自由度が高い工作法である鋳造の利点を享受できない。
【0012】
すなわち、自動車部品や機械部品など自由形状を有する鋳造製品を得るには、溶解炉から直接、或いは取鍋を介して、製品形状を画成したキャビティを有する鋳型に注湯した後、冷却、凝固する必要がある。そして、工業生産上、現実的かつ合理的なコストで鋳造製品を製造するためには、溶解炉から取鍋への出湯工程や取鍋から鋳型への注湯工程を、大気中で行えることが重要である。
【0013】
ここで、溶湯中への遊離Nの溶け込み(吸収、吸蔵)を抑制するため、取鍋や鋳型をチャンバー内に配置して、チャンバー内をアルゴンガス雰囲気や真空としたうえで出湯や注湯することも考えられるが、設備、装置が特殊かつ大掛かりなものとなり、得られる鋳造製品は一層高価なものとなり、経済的でなくかつ現実的でない。加えて、球状黒鉛鋳鉄の溶湯から遊離Nを取り除くために有効かつ実用的な方法はなく、N含有量の低い材料で希釈しようとしても、例えば高純度銑鉄やベースメタル等の低N原材料は高価であり、経済的ではない。
【0014】
そして、近年では、上記したように球状黒鉛鋳鉄の原材料にNが不可避的な含有量として多く含有することが避けられない状況になっている。また、上記したような遊離Nの由来元の代表的な一例である鋼屑や大気以外にも、例えば原材料を構成する他の材料や原材料を溶解する溶解炉の炉材など、溶湯に溶存する可能性のある遊離Nの由来元は数多く存在する。そのため、例えば鋼屑由来の遊離Nを除去したり、高価な銑鉄等で希釈したりすることなく、溶湯に遊離Nを含有したまま、この遊離Nに起因したピンホールなどのガス欠陥を生ずることのない球状黒鉛鋳鉄を得ることができれば、工業的に非常に有効である。
【0015】
本発明は上記した従来の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、遊離Nに起因したピンホールなどのガス欠陥が少ない優れた耐ガス欠陥性を有し、従来同等以上の機械的特性及び被削性を有する球状黒鉛鋳鉄を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
即ち、本発明の耐ガス欠陥性に優れた球状黒鉛鋳鉄は、
質量比で、
C:3.3〜4%、
Si:2〜3%、
P:0.05%以下、
S:0.02%以下、
Mn:0.8%以下、
Cu:0.8%以下(0を含まず)、
Mg:0.02〜0.06%、
Ti:0.01〜0.04%、
V:0.001〜0.01%、
Nb:0.001〜0.01%、
N:0.004〜0.008%、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
ガス欠陥面積率が11%以下であり、
引張強さが600MPa以上であって、かつ、伸びが12%以上であり、
工具寿命改善率が1.0倍以上である。
【0017】
本発明の球状黒鉛鋳鉄は、質量比で、Ti、V及びNbを合計で0.015〜0.045%含有し、さらに、Ti、V、Nb及びNを下記式(1)を満足するように含有することが好ましい。
0.8≦(0.29Ti+0.27V+0.15Nb)/N≦2.0 ・・・(1)
ただし、上記式(1)中の元素記号は球状黒鉛鋳鉄中の各元素の含有量(質量比(%))を示す。
【0018】
本発明の球状黒鉛鋳鉄は、質量比で、P:0.005%以上、S:0.005%以上を含有することが好ましく、または/さらに、質量比で、Mn:0.2%以上、Cu:0.1%以上を含有することが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の球状黒鉛鋳鉄は、遊離Nに起因したピンホールなどのガス欠陥が少ない優れた耐ガス欠陥性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1A】ガス欠陥を測定するための平板状試験片の概略平面図である。
図1B】ガス欠陥を測定するための平板状試験片の概略側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の球状黒鉛鋳鉄の構成について以下詳細に説明する。なお、合金を構成する各元素の含有量は、特に断りのない限り質量比(%)で示す。また、下記実施形態では、本発明の一実施形態として、鋼屑由来の遊離Nに起因したガス欠陥の低減について説明しているが、本発明は、下記実施形態に限定されない。
【0023】
(1)C(炭素):3.3〜4%
Cは、溶湯の流動性や黒鉛の晶出に寄与する元素である。3.3%未満では鋳造時の流動性が低下するとともに、黒鉛粒数が減少してチル(Fe3C:セメンタイト)を生成しやすく、球状黒鉛鋳鉄の伸びが低下する。一方、Cが4%を超えると引け巣が発生しやすくなるとともに、異常黒鉛が生じやすくなり強度が低下する。このため、C含有量は3.3〜4%とする。C含有量の下限は好ましくは3.4%であり、より好ましくは3.6%である。またC含有量の上限は好ましくは3.9%であり、より好ましくは3.8%である。
【0024】
(2)Si(ケイ素):2〜3%
Siは、黒鉛の晶出を促進したり、溶湯の流動性を高めたりするのに必要である。Siは、2%未満ではチルを生成しやすく、球状黒鉛鋳鉄の被削性と伸びが低下する。しかし、Siは3%を超えると球状黒鉛鋳鉄の基地が脆くなり、靭性(衝撃値)と伸びが極端に低下するとともに、強度と被削性が劣化する。このため、Si含有量は2〜3%とする。
Si含有量の下限は好ましくは2.1%であり、より好ましくは2.2%である。またSi含有量の上限は好ましくは2.9%であり、より好ましくは2.8%である。
【0025】
(3)P(リン):0.05%以下
Pは、原材料から不可避的に混入する元素である。Pは黒鉛の球状化を阻害し、また基地中に固溶して組織を脆化させる。このため、P含有量は0.05%以下とする。一方、下限は定めないが、例えば検出限界以下に低減することは経済的でないことから、その下限を0.005%程度とすることが望ましい。P含有量の上限は好ましくは0.03%である。
【0026】
(4)S(硫黄):0.02%以下
Sは、原材料から不可避的に混入する元素である。Sは、黒鉛の球状化阻害元素であり、その含有量を0.02%以下とする。一方、下限は定めないが、例えば検出限界以下に低減することは経済的でないことから、その下限を0.005%程度とすることが望ましい。S含有量の上限は好ましくは0.01%である。
【0027】
(5)Mn(マンガン):0.8%以下
Mnは、原材料から不可避的に混入する元素であるが、パーライト相安定化元素としてパーライト相を析出させる作用を有する。基地組織にパーライト相を安定して析出させて強度を向上した球状黒鉛鋳鉄を得る場合、Mn含有量は0.2%以上とすることが好ましい。一方、その含有量が0.8%を超えると、チルの生成が顕著となり、球状黒鉛鋳鉄の靭性、伸び及び被削性を悪化させる。このため、Mn含有量は0.8%以下とする。Mn含有量の上限は好ましくは0.5%である。
【0028】
(6)Cu(銅):0.8%以下(0を含まず)
Cuは、パーライト相安定化元素であり、基地組織にパーライト相を含み強度を向上させた球状黒鉛鋳鉄を得る場合に有効な元素である。このため所望する強度に応じて0%を含まず適量含有することができる。パーライト相を安定して生成するためにはCu含有量は0.1%以上とすることが好ましい。しかし、Cuが0.8%を超えると、球状黒鉛鋳鉄は高硬度になりすぎ、また黒鉛球状化が阻害されて、球状黒鉛鋳鉄の伸び及び靭性が低下する。このため、Cu含有量は0.8%以下に規定する。Cu含有量の上限は好ましくは0.6%である。
【0029】
(7)Mg(マグネシウム):0.02〜0.06%
Mgは、球状黒鉛鋳鉄の強度や伸びなどの機械的特性を向上する上で重要となる黒鉛球状化に必要な元素であるが、その含有量が0.02%未満では黒鉛球状化の効果が不十分である。一方、Mg含有量が0.06%を超えるとチルや引け巣が生成しやすくなり、球状黒鉛鋳鉄の被削性及び靭性が低下する。このため、Mg含有量は0.02〜0.06%とする。Mg含有量の下限は好ましくは0.025%であり、より好ましくは0.03%である。またMg含有量の上限は好ましくは0.05%であり、より好ましくは0.04%である。
【0030】
(8)Ti(チタン):0.01〜0.04%、V(バナジウム):0.001〜0.01%、Nb(ニオブ):0.001〜0.01%
Ti、V及びNbは、本発明の球状黒鉛鋳鉄を構成する成分として最も重要な必須元素である。球状黒鉛鋳鉄の溶湯に含まれる遊離Nは、当該溶湯で得られた球状黒鉛鋳鉄の組織要素という観点から、最終的に、(1)マトリックス相中、(2)窒化物または炭窒化物中、(3)前記(1)及び(2)の組織要素に固定されず窒素ガスとして放出され、当該窒素ガスで形成されたガス欠陥中、主にこの3つの組織要素にNとして存在すると考えられる。なお、(1)のマトリックス相中に含まれうるNの量は、オーステナイト化温度である1000℃付近で生成されるオーステナイト相の固溶限を上限とする。
【0031】
Ti、V及びNbは、強力な炭窒化物形成元素であり(以下、Ti、V及びNb3種の元素を、炭窒化物形成元素という場合がある。)、これらの元素を所定量以上含有せしめることで、溶湯中の遊離Nと化合して窒化物や炭窒化物(以下、両者を総称して炭窒化物と言う場合がある。)が形成される。そして、上記炭窒化物形成元素により形成される炭窒化物の晶出温度は、オーステナイト相(マトリックス相)の晶出開始温度よりも高く、溶湯が冷却し凝固する過程で、上記炭窒化物は、マトリックス相よりも早い時期に形成される。その結果、オーステナイト相のNの固溶限を超えて過剰に溶湯中に溶存している遊離Nが炭窒化物として固定される。これにより、Nが所望以上に含有された原材料を使用して形成された球状黒鉛鋳鉄であっても、オーステナイト相の固溶限を超えた遊離Nが、凝固する際に溶湯中から窒素ガスとして放出されることを抑制し、ガス欠陥の発生が防止される。
【0032】
また、上記したガス欠陥の生成防止という効果に加え、炭窒化物形成元素による溶湯中の遊離Nの固定により、オーステナイト相に固溶するNの量の変動を抑制して、得られた球状黒鉛鋳鉄の機械的特性のバラツキを低減することができるという効果も奏することができる。すなわち、Nは、Mn及びCuと並ぶ強力なパーライト相安定化元素でありオーステナイト相からのパーライト相の析出を促進する。そして、従来のようにNの少ない鋼屑を使用すると、溶解ロット(チャージ)間における原材料に含まれるNの量が比較的均一となり、当該原材料を溶解した溶湯中の遊離Nの変動も小さい。このため、所望するパーライト相を得るためには、Mn及びCuといった含有量の制御が比較的容易な元素の添加量を調整し、パーライト相の析出量を制御できる。
【0033】
しかし、Nの少ない鋼屑に加え、Nの多い鋼屑も原材料として使用すると、原材料に含まれる鋼屑の構成により溶解ロット間における原材料に含まれるNの量が変動し、溶湯中の遊離Nの量の変動も大きくなる。このため、オーステナイト相に固溶するNの量も変動し、パーライト相の析出量も不安定となり、溶解ロット間における球状黒鉛鋳鉄の機械的特性(強度、伸び)のバラツキの原因となる。一方で、本発明においては、上記のように炭窒化物形成元素による遊離Nの固定により、オーステナイト相に固溶するNの量を低減してNによるパーライト化を抑制している。これにより、Mn及びCuの含有量の制御によりパーライト相の析出量を安定して調整可能となるので、球状黒鉛鋳鉄の機械的特性のバラツキを低減せしめることができる。
【0034】
上記した炭窒化物形成元素により形成された炭窒化物による遊離Nの固定効果を得るためには、Ti、V及びNbは、その含有量が、夫々、0.01%以上、0.001%以上及び0.001%以上とする必要がある。一方、Ti、V及びNbは、その含有量が、夫々、0.04%、0.01%及び0.01%を超えると極めて硬質の炭化物や窒化物を形成して、球状黒鉛鋳鉄の被削性及び機械的特性(強度、伸び)が低下する。このため、Ti含有量は0.01〜0.04%、V含有量は0.001〜0.01%、Nb含有量は0.001〜0.01%とする。
【0035】
Ti含有量の下限は好ましくは0.012%であり、より好ましくは0.013%である。またTi含有量の上限は好ましくは0.035%であり、より好ましくは0.025%である。
【0036】
V含有量の下限は好ましくは0.002%である。またV含有量の上限は好ましくは0.004%であり、より好ましくは0.003%である。
【0037】
Nb含有量の下限は好ましくは0.002%であり、より好ましくは0.004%である。またNb含有量の上限は好ましくは0.006%であり、より好ましくは0.005%である。
【0038】
上記のように炭窒化物形成元素を所定量含有せしめ、遊離Nを炭窒化物として固定することで、遊離Nに起因したピンホールなどのガス欠陥が少ない優れた耐ガス欠陥性を有し、しかも機械的特性のバラツキが低減されるとともに過多な炭窒化物の形成が抑制され、従来同等以上の機械的特性(強度、伸び)や被削性を有する球状黒鉛鋳鉄を得ることができる。
【0039】
さらに、本発明の一つの大きな特徴は、Ti、V及びNbを各々単独で含有せしめるのではなく、この3つの元素を複合して含有せしめ、かつその含有量を適正量に規制することにある。このようにTi、V及びNbを上記した数値範囲で全て含有させることにより、各々単独またはいずれか2種のみを含有させた場合よりも、これら炭窒化物形成元素の総量を低減せしめることができる。具体的には、同一量の炭窒化物を形成するのに、上記3種の炭窒化物形成元素を複合含有させることにより、単独またはいずれか2種のみを含有させる場合に対し、含有させる炭窒化物形成元素の総量を抑制することができる。これにより、上記した、炭窒化物形成元素により形成された炭窒化物による遊離Nの固定効果を充分に発揮させつつ、機械的特性及び被削性に影響を及ぼす炭窒化物量を適正な範囲とし、もって、耐ガス欠陥性と機械的特性及び被削性とが両立した球状黒鉛鋳鉄を得ることができるのである。
【0040】
(9)Ti、V及びNb:好ましくは合計で0.015〜0.045%
Ti、V及びNbの複合含有の総量は、各元素の含有量の上限と下限の合計量から、0.012〜0.06%の範囲をとり得る。後述するN含有量の範囲において、遊離Nを炭窒化物として固定することでガス欠陥の発生を抑制し、かつ機械的特性のバラツキを低減する効果をより顕在化させるためには、Ti、V及びNbを合計で0.015%以上含有させるのが好ましい。一方、Ti、V及びNbの総量が0.045%を超えると硬質の炭化物や窒化物の形成傾向が高まり、球状黒鉛鋳鉄の被削性及び機械的特性(強度、伸び)の低下が顕著となる。従って、Ti、V及びNbの含有量は合計で0.015〜0.045%とする。Ti、V及びNbの合計含有量の下限は好ましくは0.02%である。また、Ti、V及びNbの合計含有量の上限は好ましくは0.03%である。
【0041】
(10)N(窒素):0.004〜0.008%
Nは、主に高張力鋼板などの鋼屑から混入する元素である。このような鋼屑を原材料とし溶解工程を経て得られた球状黒鉛鋳鉄の溶湯中には、遊離Nが0.008〜0.015%程度含まれている。このように遊離Nの多い溶湯を使用して得られた球状黒鉛鋳鉄でも、上記のように炭窒化物形成元素を所定量含有せしめることにより、溶湯中の遊離Nは、炭窒化物形成元素で形成された炭窒化物に固定される。その結果、マトリクス相に固定(固溶)しているNも含め、球状黒鉛鋳鉄が含むNは0.004%以上となる。一方、遊離Nの多い溶湯を使用して得られた球状黒鉛鋳鉄にも関わらず、Nの含有量が0.004%未満であると、鋳造時に、溶湯が凝固する際に固相中に固溶しきれない過剰のNが窒素ガスとして放出されて、球状黒鉛鋳鉄にピンホールなどのガス欠陥を生ずる可能性がある。このため、N含有量は0.004%以上とする。一方で、Nが0.008%を超えると、Nを固定している炭窒化物も増加しており、得られる球状黒鉛鋳鉄の被削性及び機械的特性(強度、伸び)が低下する可能性がある。このため、N含有量は、0.008%以下とする。従って、N含有量は0.004〜0.008%とする。N含有量の上限は好ましくは0.007%であり、より好ましくは0.006%である。
【0042】
(11)式(1):0.8≦(0.29Ti+0.27V+0.15Nb)/N≦2.0
本発明の球状黒鉛鋳鉄において、耐ガス欠陥性をいっそう向上させるとともに機械的特性(強度、伸び)や被削性をいっそう向上させるために、上記組成範囲の要件を満足した上で、式(1)を満足することが好ましい。なお、式(1)中の元素記号は球状黒鉛鋳鉄中の各元素の含有量(質量比(%))を示す。炭窒化物形成元素であるTi、V及びNbは、Nと原子数で1対1で結びつくことから、以下の式(2)及び(3)に示す炭窒化物形成元素の合計の物質量(T)とNの物質量(N)との比、即ち物質量比(モル比)T/Nが所定の範囲にあれば、炭窒化物形成元素とNとのバランスが適切となり、N含有量に対し必要十分なTi、V及びNbの合計含有量となる。物質量比(モル比)T/Nを所定の範囲内とすることで、遊離Nの多い溶湯を使用して得られた球状黒鉛鋳鉄においても、オーステナイト相の固溶限を超えたNを、Ti、V及びNbが炭窒化物として固定する一方で過多な炭窒化物の形成を抑制して、耐ガス欠陥性、機械的特性(強度、伸び)及び被削性をいっそう向上せしめる。
T=(Ti/48)+(V/51)+(Nb/93) ・・・(2)
N=N/14 ・・・(3)
炭窒化物形成元素の合計の物質量(T)とNの物質量(N)との物質量比T/Nを原子量を考慮して整理したものが式(1)中の(0.29Ti+0.27V+0.15Nb)/Nである。炭窒化物形成元素に乗じた係数は、Nと各元素との原子量の比から求めた係数であって、各々0.29はNとTiの原子量比(14/48)、0.27はNとVの原子量比(14/51)、0.15はNとNbの原子量比(14/93)を示す。
【0043】
式(1)の値が0.8以上の場合、Nに対して炭窒化物形成元素を適正量含んでいることになるので、遊離Nの多い溶湯を使用して得られた球状黒鉛鋳鉄においても、オーステナイト相の固溶限を超えたNを炭窒化物形成元素が過不足なく固定して、十分な耐ガス欠陥性が得られる。一方、式(1)の値が2.0以下の場合、炭窒化物の形成が最小限に抑制され、機械的特性(強度、伸び)や被削性が向上する。従って、本発明の球状黒鉛鋳鉄においては、(0.29Ti+0.27V+0.15Nb)/Nの値が0.8〜2.0の範囲内にあることが好ましい。理論的には、球状黒鉛鋳鉄中のTi、V及びNbとNとの物質量比が1、即ち式(1)の値が1の場合には、Nが過不足なく炭窒化物として形成され、オーステナイト相へのNの固溶はなくなるものと想定されるが、炭窒化物の形成の歩留及びNのオーステナイト相への適度な固溶によるパーライト相の析出促進や窒素ガスとして分子化するには2個の遊離N(原子)が必要な点などを考慮すると、実際には0.8〜2.0の範囲が好適である。なお式(1)の左辺の値は1.0がより好ましく、1.2が最も好ましい、また式(1)の右辺の値は1.7がより好ましく、1.5が最も好ましい。
【0044】
(12)機械的特性
本発明の球状黒鉛鋳鉄は、その機械的特性が引張強さ600MPa以上、かつ伸び12%以上であるのが好ましい。引張強さ600MPa以上、かつ伸び12%以上の機械的特性を有する球状黒鉛鋳鉄は、従来同等以上の機械的特性を有することから、従来の球状黒鉛鋳鉄と同様に構造部材等に使用して好適である。引張強さは610MPa以上がより好ましく、620MPa以上が最も好ましい。また、伸びは13%以上がより好ましく、14%以上が最も好ましい。なお、引張強さ600MPa以上、かつ伸び12%以上とするには、Mn及びCuといった含有量の制御が比較的容易な元素の添加量を調整することが好ましく、具体的には、Mn含有量を0.2〜0.5%、かつCu含有量を0.2〜0.6%とすることが好ましい。
【実施例】
【0045】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。ここでも、球状黒鉛鋳鉄を構成する各元素の含有量は、特に断りがない限り質量比(%)で表す。また、以下説明する実施例は本発明の範囲内の例、比較例は本発明の範囲外の例、参考例は従来技術の水準を示す例である。
【0046】
原材料となる銑鉄、鋼屑、球状黒鉛鋳鉄の戻り屑を容量100kgの高周波溶解炉で溶解し、加炭材、Fe−Ti、Fe−V、Fe−Nb及びFe−Si合金を添加して成分調整した溶湯を溶製した。なお、鋼屑は、N含有量が0.05%の高張力鋼板とし、銑鉄、鋼屑、戻り屑を合計した原材料の配合量比100%のうち、鋼屑の配合量比を、後述する実施例1〜16及び比較例1〜11では40%、参考例では配合せず0%とした。この溶湯を黒鉛球状化剤としてFe−Si−Mg合金とこれを覆う鋼板屑からなるカバー材とを設置した取鍋に、約1500℃で出湯し、サンドイッチ法による球状化処理を行なった。なお、球状化処理を行った後の溶湯中に含まれるN(遊離N)の量は、下記説明するいずれの実施例及び比較例では0.005〜0.009%の範囲、参考例では0.003%であった。球状化処理した溶湯を約1400℃で砂型に注湯し、複数の1インチYブロック、後述するガス欠陥面積率評価のための平板状試験片用鋳型及び被削性評価のための円筒状試験片用鋳型に鋳造した。なお、注湯の際は、溶湯の流れにFe−Si合金粉末を添加し、接種を行なった。
【0047】
上記のようにして、表1に示す組成を有する球状黒鉛鋳鉄を得た。実施例1〜16は、本発明で規定する組成範囲内の球状黒鉛鋳鉄であり、比較例1〜11及び参考例は、本発明で規定する組成範囲外の球状黒鉛鋳鉄である。比較例1及び比較例7〜11はTi、V、Nb及びNのうちのいずれか1つ以上の元素の含有量が多すぎる球状黒鉛鋳鉄であり、比較例2〜6及び参考例はTi、V、Nb及びNのうちのいずれか1つ以上の元素の含有量が少なすぎる球状黒鉛鋳鉄である。なお、得られた球状黒鉛鋳鉄の組成は、グロー放電質量分析器(VG製、商品名VG9000、以下、単にGDMSという)で確認した。なお、GDMSでは、上記説明した各組織要素に所在するNのうち、(3)のガス欠陥中に含まれるNは測定することができない。したがって、表1に示されるNの量(質量比)は、(1)のマトリックス相に固溶したN及び(2)の炭窒化物に固定されたNの量である。
【0048】
【表1】
【0049】
上述した鋳造により得られた球状黒鉛鋳鉄の各供試材から試験片を切り出して、以下の評価を行った。
【0050】
(1)ガス欠陥面積率
実施例及び比較例の球状黒鉛鋳鉄のガス欠陥の発生傾向を調べるため、実際の製品よりガス欠陥が発生しやすい形状の平板状試験片を作製した。そのため、ガス欠陥面積率の測定値は実際の製品のものより著しく多めになっている。図1A,Bはガス欠陥を測定するための平板状試験片の概略図であって、図1Aは平面図、図1Bは側面図を示す。この平板状試験片10は、幅:60mm、長さ:150mm、及び厚さ:10〜15mmである。各平板状試験片10は、平板状試験片10と、直径45mm×高さ60mmの押湯11と、湯口(不図示)と、幅35mm×厚さ3mmの湯道12aと、幅40mm×厚さ9mmの堰12bとからなるキャビティを画成した砂鋳型に、1インチYブロックと同じ各溶湯を、1400℃以上で湯口より注湯した後、冷却及び型ばらしを行い、押湯11を切断分離し、ショットブラスト処理を施すことにより得た。
【0051】
表面及び内部のガス欠陥を観察するために、透過X線撮影装置(株式会社東芝製、商品名EX−260GH−3)を用い、各平板状試験片の上方(図1Aに対して紙面垂直方向)から、管電圧192kV及び照射時間3分の条件でX線を照射し、透過X線写真を撮影した。
【0052】
各透過X線写真から目視により表面及び内部のガス欠陥のみを抽出し、トレースした後、画像解析装置(旭化成株式会社製、商品名IP−1000)を用いて画像処理し、ガス欠陥の合計面積(mm2)を測定した。ガス欠陥の合計面積を平板状試験片の全投影面積で割り、ガス欠陥面積率(%)を求めた。ガス欠陥面積率が小さいほど球状黒鉛鋳鉄として優れているのは言うまでもない。ガス欠陥面積率の測定結果を表2に示す。なお、表2には、実施例1〜16、比較例1〜11及び参考例のTi、V及びNbの総量及び式(1)の値も併記した。
【0053】
表2から明らかなように、Ti、V、Nb及びNの含有量が本発明の組成範囲内の実施例1〜16の試験片は、Ti、V、Nb及びNのうちのいずれか1つ以上の元素の含有量が少なすぎる比較例2〜6の試験片よりガス欠陥面積率が低かった。このように、Ti、V及びNbの含有量の下限を規定することにより、遊離Nを過度に含む溶湯を使用して得られた球状黒鉛鋳鉄であっても、ガス欠陥の発生傾向を低減できることを確認した。なお、本発明の球状黒鉛鋳鉄において、ガス欠陥面積率は、11%以下が好ましく、10.5%以下がより好ましく、10%以下が最も好ましい。
【0054】
(2)工具寿命
外径100mm、内径62mm及び長さ100mmである円筒状試験片の端面に対して、TiCNをCVDコーティングした超硬インサートP10(JIS B 4053)を用いて以下の条件で旋盤加工した。
切削速度 :180m/分
送り :0.25mm/回転
切込み量 :2.0mm
切削液 :水溶性切削水
【0055】
各円筒状試験片のフライス切削において、超硬インサートの逃げ面の摩耗量が0.3mmとなったときに寿命に到達したと判定し、そこに至るまでの切削時間(分)を工具寿命とした。言うまでもなく、工具寿命が長いほど被削性が良い。
【0056】
工具寿命の絶対値は、切削条件や試験片形状等の影響を受けるので、それらに影響されない被削性改善効果の指標として「工具寿命改善率」を用いた。工具寿命改善率は、各実施例及び各比較例の球状黒鉛鋳鉄の工具寿命Aを、従来技術水準を示す参考例の球状黒鉛鋳鉄の工具寿命Bで除した値(A/B)である。実施例1〜16、比較例1〜11及び参考例の工具寿命改善率(倍)を表2に示す。
【0057】
表2から明らかなように、本発明の組成範囲内の実施例1〜16は、いずれも工具寿命改善率が1.0〜1.3倍の範囲であった。実施例1〜16の結果から、本発明の球状黒鉛鋳鉄は、従来同等以上の被削性を有することが分かる。一方で、Ti、V、Nb及びNのうちのいずれか1つ以上の元素の含有量が多すぎる比較例1及び比較例7〜11は、いずれも工具寿命改善率が1.0倍未満であり、被削性が悪かった。なお、本発明の球状黒鉛鋳鉄において、工具寿命改善率は、1.1倍以上が好ましく、1.2倍以上がより好ましく、1.3倍以上が最も好ましい。
【0058】
(3)引張試験
1インチYブロックからJIS Z 2201の14A号の試験片を作製し、JIS Z 2241に従ってアムスラー引張試験機(株式会社島津製作所製AG−IS250kN)により常温で引張試験を行い、引張強さ、0.2%耐力及び伸びを測定した。結果を表2に示す。
【0059】
表2に示すように、本発明の組成範囲内の実施例1〜16は、いずれも引張強さは600MPa以上、0.2%耐力は350MPa以上、伸びは12%以上であり、いずれも参考例で示される従来同等以上の機械的特性を有することが確認された。これに対して、本発明の組成範囲外の比較例2、5、7及び11は、いずれも引張強さは600MPa未満と低く、またTi、V、Nb及びNのうちのいずれか1つ以上の元素の含有量が多すぎる比較例1及び比較例7〜11は、いずれも伸びは12%未満と低かった。また引張強さ600MPa以上、伸び12%以上を有する比較例3、4及び6は、機械的特性は有するものの、いずれもガス欠陥面積率は12.7%以上と高かった。
【0060】
上記の通り、本発明の球状黒鉛鋳鉄は、従来同等以上の機械的特性及び被削性を有し、しかも優れた耐ガス欠陥性を兼備する球状黒鉛鋳鉄であることが確認された。
【0061】
【表2】
【符号の説明】
【0062】
10 平板状試験片
11 押湯
12a 湯道
12b 堰
【要約】
遊離Nに起因したピンホールなどのガス欠陥が少ない優れた耐ガス欠陥性を有し、従来同等以上の機械的特性および被削性を有する球状黒鉛鋳鉄を提供する。質量比で、C:3.3〜4%、Si:2〜3%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Mn:0.8%以下、Cu:0.8%以下(0を含まず)、Mg:0.02〜0.06%、Ti:0.01〜0.04%、V:0.001〜0.01%、Nb:0.001〜0.01%、N:0.004〜0.008%、残部実質的にFe及び不可避的不純物からなる優れた耐ガス欠陥性を有する球状黒鉛鋳鉄を提供する。
図1A
図1B