(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6193685
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】溶鋼への亜鉛添加方法および亜鉛添加鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22D 1/00 20060101AFI20170828BHJP
C21C 7/04 20060101ALI20170828BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20170828BHJP
C22C 38/52 20060101ALN20170828BHJP
【FI】
B22D1/00 J
C21C7/04 F
!C22C38/00 301Z
!C22C38/52
【請求項の数】5
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-180950(P2013-180950)
(22)【出願日】2013年9月2日
(65)【公開番号】特開2014-65078(P2014-65078A)
(43)【公開日】2014年4月17日
【審査請求日】2016年8月10日
(31)【優先権主張番号】特願2012-193854(P2012-193854)
(32)【優先日】2012年9月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】三木 貴博
(72)【発明者】
【氏名】林 康之
【審査官】
荒木 英則
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−239074(JP,A)
【文献】
特開2007−224418(JP,A)
【文献】
特開2004−359999(JP,A)
【文献】
特開平02−061006(JP,A)
【文献】
特開昭61−003822(JP,A)
【文献】
特開平08−143937(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 1/00
C21C 7/04
C22C 38/00−38/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛酸化物と鉄酸化物とが化合した亜鉛酸化鉄の複合酸化物を溶鋼に投入することを特徴とする溶鋼への亜鉛添加方法。
【請求項2】
前記の溶鋼に、Caの酸化物を投入することを特徴とする請求項1に記載の溶鋼への亜鉛添加方法。
【請求項3】
前記溶鋼は、熱間工具鋼の溶鋼であることを特徴とする請求項1または2に記載の溶鋼への亜鉛添加方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の溶鋼への亜鉛添加方法によって亜鉛が添加された溶鋼を、鋳造することを特徴とする亜鉛添加鋼の製造方法。
【請求項5】
鋳造後の亜鉛添加鋼に含まれるZnの含有量が、0.001質量%以上であることを特徴とする請求項4に記載の亜鉛添加鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の溶解工程における、溶鋼への亜鉛添加方法と、これを利用した亜鉛添加鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スクラップ等から混入する鋼中の亜鉛は、不純物として鋼製品の機械的特性を劣化する元素として扱われてきたことから、極微量まで除去することが望まれていた。しかし、一定量の亜鉛の添加は却って熱間工具鋼の靭性を向上せしめるとして、一定量の亜鉛を含有する熱間工具鋼が提案されている(特許文献1参照)。特許文献1の発明によれば、亜鉛(以下、Znとも記す。)を合金元素として利用することで熱間工具鋼の靭性の向上が可能である。
【0003】
ところで、亜鉛は、鉄に比べて融点、沸点が非常に低く蒸気圧の高い揮発性元素である。よって、鋼の溶解工程では、金属亜鉛単体で溶鋼中に添加すると、その添加の直後から、多くが湯面から蒸発するなどして外部へ抜けてしまい、目標とする添加量に対しての歩留が悪くなる。そこで、鋼への亜鉛添加手法に関しては、紙やプラスチックといった断熱材を介して、金属亜鉛を溶湯と同一成分の材料で被覆したものを事前に準備し、これを溶湯に投入することで、亜鉛の蒸発による歩留の低下を抑制できる手法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−224418号公報
【特許文献2】特開平2−61006号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献2の手法は、金属亜鉛を溶湯の深部にまで到達させることができ、亜鉛添加量の歩留向上に一定の効果を有する。しかし、添加される亜鉛自体は依然として金属単体の状態であることから、亜鉛が溶湯中に溶け込む一方で、亜鉛の蒸発量も多い。また、金属亜鉛の被覆工程が複雑であることから、コストが増加する要因も有している。よって、より簡便な手法で、更なる歩留の向上を達成することができる手法が求められている。
【0006】
本発明の目的は、より歩留よくかつ簡便に、溶鋼に亜鉛を添加できる方法と、これを利用した亜鉛添加鋼の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
溶鋼中に添加した亜鉛が直ちに蒸発する理由は、これが金属単体の状態で添加されるからである。そこで、本発明者は、亜鉛を化合物の状態で添加する手法を検討した。その結果、高い添加歩留と低い添加コストを同時に達成するのに適した亜鉛化合物の形態があることを見いだし、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明は、ZnとFeとの複合酸化物を溶鋼に投入することを特徴とする溶鋼への亜鉛添加方法である。そして、前記の溶鋼に、Caの酸化物を投入することを特徴とする溶鋼への亜鉛添加方法である。前記溶鋼は、熱間工具鋼の溶鋼であることが好ましい。
【0009】
そして、上記の溶鋼への亜鉛添加方法によって亜鉛が添加された溶鋼を、鋳造することを特徴とする亜鉛添加鋼の製造方法である。鋳造後の亜鉛添加鋼に含まれるZnの含有量は、0.001質量%以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、歩留よくかつ簡便に、溶鋼に亜鉛を添加できる。例えば0.001質量%以上、さらには0.01質量%にも及ぶ亜鉛を、歩留よく、しかも低コストで鋼中に含有させることができる。そして、上記した量の亜鉛を含んだ亜鉛添加鋼を製造することができる。よって、特許文献1の熱間工具鋼の他、Znを多く含んだ鋼の製造にも有用な技術となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の方法における、亜鉛の添加に用いられる化合物等について、以下詳細に説明する。なお、本発明の方法は、以下の説明および実施例に記載の方法に限定されるものではない。
【0012】
(1)溶鋼に投入する化合物は、ZnとFeとの複合酸化物とする。
溶鋼の温度は1600℃にも達する。そして、溶鋼に亜鉛を投入後、鋳造が完了するまでの間に亜鉛の蒸発が早く進行する原因は、この金属亜鉛自体が有する約900℃という沸点の低さ(蒸気圧の高さ)にある。したがって、金属亜鉛を、例えば1600℃、大気開放の環境下でも分解し難い(Zn成分の蒸気圧が低い)亜鉛化合物の形態にしてから溶鋼に投入すれば、化合物中の亜鉛成分は直ちに蒸発せず、溶鋼中に留まらせることができる。
【0013】
本発明者は、上記の条件を満たし得る亜鉛化合物を検討した。その結果、単なるZnの酸化物だと1600℃の高温下では分解が進み易いところ、ZnとFeとの複合酸化物であれば、該高温下でも容易に分解しないことを知見した。そして、これらの亜鉛化合物は、溶鋼中に通常含まれるSiやMn、Al、そしてMgやCaによって還元することができる。したがって、添加すべき亜鉛成分は、ZnとFeとの複合酸化物の化合状態で溶鋼に投入すれば、亜鉛成分が直ちに蒸発することなく、溶鋼中で還元反応が進み、その結果、多くの金属亜鉛が溶鋼中に添加されることとなる。さらに、上記の複合酸化物が還元された後のFe成分は、溶鋼の実体でもあることから、該溶鋼を鋳造してなる鋼素材の機械的特性も害しない。
【0014】
本発明の亜鉛添加方法に用いる上記複合酸化物としては、ZnOといった亜鉛酸化物と、FeOやFe
2O
3、Fe
3O
4といった鉄酸化物とが化合した亜鉛酸化鉄の複合酸化物を用いることができる。また、これらの複合酸化物は、例えば電気炉で亜鉛めっき鋼板などのZn含有スクラップを溶解すると、その際に発生する製鋼ダストに多く含まれ得る。したがって、これらの製鋼ダストを、本発明に係る有効な亜鉛化合物源として利用できることが考えられ、この場合、本発明は製鋼ダストの再資源化にも適した手法として機能する。
【0015】
また、本発明の亜鉛添加方法に用いる上記複合酸化物は、そのまま溶鋼に投入してもよい他に、鋼の諸特性に悪影響を及ぼさない範囲で、金属等で包んで投入してもよい。複合酸化物をそのまま投入したときは、この複合酸化物が溶鋼の表面を覆うような状態となる。また、投入ガイド等を使用して、溶鋼の深部に投入してもよい。複合酸化物を投入するときは、その事前または事後において、溶鋼の上面をスラグで被覆しておいてもよい。これによって、溶鋼の上面が外気と触れるのを防止し、分解後のZnの蒸発を遅らせることができる。スラグの形成には、その組成も含めて、通常の手法を利用できる。
【0016】
(2)好ましくは、溶鋼に、Caの酸化物を投入する。
上記の手法によって、溶鋼中には多くの金属亜鉛を添加できたとしても、添加から長時間が経過すると、溶鋼中の亜鉛は溶鋼の上面より蒸発していく。そこで好ましくは、溶鋼に、さらにCaの酸化物を投入する。Caの酸化物は通常、鉄鋼精錬の造滓剤である。そして、本発明の場合、このCaの酸化物によるスラグが溶鋼の上面を被覆して、溶鋼の上面が外気と触れるのを防止する。これによって、溶鋼中の金属亜鉛は、その添加から長時間が経過しても、蒸発の進行を遅らせることができる。投入の時期は、上記複合酸化物の投入前であることに加えて、Znが溶鋼中に十分に止まっている間であれば、上記複合酸化物の投入後であってもよい。上記複合酸化物に混合または化合することで、これと同時に投入してもよい。上記複合酸化物に混合または化合して投入する場合は、Caの酸化物の投入量は、上記複合酸化物と合わせた全体の10〜50質量%とするのが好ましい。この投入量が多くなりすぎると、投入時の複合酸化物の融点が下がって、複合酸化物の分解が速く進み、これに伴って、分解後のZnの蒸発時期も早くなる。スラグの流動性を上げるCaのフッ化物(CaF
2)は、Caの酸化物の一部と置換して、さらに投入してもよい。
【0017】
(3)好ましくは、溶鋼は、熱間工具鋼の溶鋼である。
本発明の亜鉛添加方法を用いることで、様々な用途・成分組成の鋼にZnを添加することができる。そして、本発明の亜鉛添加方法を熱間工具鋼の溶解工程に適用してZnを添加すれば、熱間工具鋼の靭性を向上することができる(特許文献1参照)。従って、本発明の亜鉛添加方法は、熱間工具鋼の溶鋼への亜鉛添加に好適である。そして、亜鉛が添加された熱間工具鋼の溶鋼は、その鋳造後に0.001質量%以上のZnを含むことが、より好ましい。さらに好ましくは、0.005質量%以上である。熱間工具鋼は、その表面温度が概ね200℃以上に昇温される環境下で使用されるものである。そして、熱間工具鋼の成分組成には、特許文献1の他に、JIS等の規格鋼種や、その他提案されているものを適用でき、従来提案されている元素種も、必要に応じて添加が可能である。
【0018】
本発明の亜鉛添加方法によって亜鉛が添加された溶鋼を鋳造することで、歩留よくかつ簡便に亜鉛が添加された鋼を得ることができる。好ましくは0.001質量%以上、より好ましくは0.005質量%以上、さらに好ましくは0.01質量%以上のZnを含んだ鋼を得ることができる。そして、前記溶鋼の成分組成を、熱間工具鋼のそれに調整することで、靭性を向上した熱間工具鋼を得ることができる。この熱間工具鋼は、金型等の工具用途に好適である。このような熱間工具鋼は、前記鋳造後の鋼塊に、必要に応じて、鍛造や圧延等の熱間加工を施して、素材形状に仕上げればよい。そして、前記素材に焼入れ焼戻しと、機械加工を実施して、所定の機械的特性および形状を有した各種の工具製品に仕上げればよい。
【実施例1】
【0019】
JIS規格の熱間工具鋼SKD61を準備して、これに本発明の亜鉛添加方法を実施した。準備したSKD61の化学成分を表1に示す(Ni、W、Zn、Nb、Coは無添加である)。
【0020】
【表1】
【0021】
表1の鋼50gをMgO緻密質るつぼに入れて、電気抵抗炉で溶解した。そして、1600℃に維持した溶鋼の表面から、Zn成分の歩留を100%としたときに溶鋼中のZn含有量が計算上1.0質量%となるような投入量(以下、単に「計算量」という。)の亜鉛化合物(または金属亜鉛)を、以下の要領で、そのまま投入し、Ar雰囲気中で所定時間保持した。そして、保持後の溶鋼をるつぼごと水冷して、室温まで冷却し、凝固後の鋼中のZn含有量を分析することで、亜鉛の歩留を評価した。Zn含有量の分析は、スパーク放電を用いた発光分光分析で行った。
[本発明例1]
ZnOとFe
2O
3とが化合した亜鉛酸化鉄粉末(ZnO・Fe
2O
3と記す。化学量論組成で、ZnO:33.8質量%、Fe
2O
3:66.2質量%)の複合酸化物を投入した。
[比較例1]
金属Znを投入した。
[比較例2]
ZnO粉末を投入した。
【0022】
表2に、鋼中のZn含有量を示す。金属Znをそのまま投入した比較例1は、その投入の直後からZnが気化して、投入から30分保持後にほぼ全量が揮発し、歩留が悪い。Zn添加にZnOを用いた比較例2も、比較例1よりはZnの歩留が改善しているものの、投入の直後からZnOの分解が速く進んで、その分解後のZn成分が、30分が経過後には殆ど蒸発し、歩留が悪い。これに対して、本発明の亜鉛添加方法である本発明例1は、Znの歩留が大きく改善されている。そして、所定時間を経過した溶鋼を鋳造すれば、0.001質量%以上のZnを含む亜鉛添加鋼が得られることを確認できた。
【0023】
【表2】
【実施例2】
【0024】
JIS規格の熱間工具鋼SKD61を準備して、これに本発明の亜鉛添加方法を実施した。準備したSKD61の化学成分を表3に示す(Ni、W、Zn、Nb、Coは無添加である)。
【0025】
【表3】
【0026】
表3の鋼25kgを高周波誘導炉で溶解した。そして、1600℃に維持した溶鋼の表面から、溶鋼中のZn含有量が0.5質量%となる計算量の亜鉛化合物を、以下の要領で、そのまま投入し、Ar雰囲気中で所定時間保持した。そして、所定時間毎に取鍋上部から鉄鋳型を用いて溶鋼を採取し、これら採取した試料中のZn含有量を分析することで、亜鉛の歩留りを評価した。Zn含有量の分析は、誘導結合プラズマを用いた発光分光分析で行った。
[本発明例2]
本発明例1で用いた亜鉛酸化鉄粉末(ZnO・Fe
2O
3)の複合酸化物に、CaO粉末を混合したもの(ZnO・Fe
2O
3:70質量%、CaO:30質量%)を投入した。
[比較例3]
ZnO粉末を投入した。
【0027】
表4に、鋼中のZn含有量を示す。ZnOを投入した比較例3は、投入直後からZnOの分解が速く進み、かつ、分解後のZn成分が早期に蒸発して、発煙が非常に激しかったことから、実験を中止せざるを得なかった。これに対して、本発明の亜鉛添加方法である本発明例2は、上記亜鉛化合物の投入後に発煙が認められたものの、溶鋼の上面がスラグで覆われており、前記投入から60分が経過した時点でも安定したZn含有量を維持することができた。そして、これら所定時間を経過した溶鋼を鋳造すれば、0.001質量%以上のZnを含む亜鉛添加鋼が得られることを確認できた。
【0028】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、亜鉛を含有する各種の鋼材の製造に適用できるほか、例えば金属Ni、Crや、これらを主体とした合金等への亜鉛添加にも適用できる。