(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6194178
(24)【登録日】2017年8月18日
(45)【発行日】2017年9月6日
(54)【発明の名称】電子銃及び電子ビームの放出方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/06 20060101AFI20170828BHJP
【FI】
H01J37/06 B
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-44987(P2013-44987)
(22)【出願日】2013年3月7日
(65)【公開番号】特開2014-175104(P2014-175104A)
(43)【公開日】2014年9月22日
【審査請求日】2016年1月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000231464
【氏名又は名称】株式会社アルバック
(74)【代理人】
【識別番号】110000305
【氏名又は名称】特許業務法人青莪
(72)【発明者】
【氏名】後田 以誠
(72)【発明者】
【氏名】矢島 太郎
【審査官】
橋本 直明
(56)【参考文献】
【文献】
特開平02−056840(JP,A)
【文献】
特開平02−234337(JP,A)
【文献】
特開2012−129196(JP,A)
【文献】
特開2004−349168(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱電子を放出するフィラメントと、フィラメントを囲うと共にこのフィラメントが臨む開口を有して、放出される熱電子を収束するウェネルトと、ウェネルトの開口を含む面に対して直交する、ウェネルトの開口に向けて熱電子が放出される方向を前とし、ウェネルトの前方で熱電子の通過を許容する開口を有して、熱電子を加速するアノードとを備える電子銃であって、
フィラメントとして金属製の線材をコイル状に巻回したものを用い、このフィラメントの外周面を臨むウェネルトの開口とアノードの開口とをフィラメントの母線方向に長手の長孔としたものにおいて、
アノードに加速電圧を印加すると、ウェネルトとアノードとの間の空間に発生する自己誘導電場がアノードの開口の内周縁部側にシフトするように、アノードの開口中心を通る孔軸線とウェネルトの開口中心を通る孔軸線とをウェネルトの開口を含む面内で母線方向に直交する方向に0.1〜2.5mmの範囲でオフセットしたことを特徴とする電子銃。
【請求項2】
真空中でフィラメントに通電して熱電子を放出させ、フィラメントを臨む開口が設けられたウェネルトによりこの放出させた熱電子を収束し、フィラメントを臨む開口が設けられたアノードに加速電圧を印加してこの収束された熱電子を加速して真空中に放出するようにした電子ビームの放出方法において、
電子ビームの放出中、ウェネルトとアノードとの間の空間に発生する自己誘導電場をアノードの開口の内周縁部側にシフトさせてこの電子ビームの放出に伴ってアノードの前方で発生する陽イオンをアノードの開口中心を通る孔軸線に対して傾斜した方向からフィラメントに衝突させる工程を含むことを特徴とする電子ビームの放出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子銃
及び電子ビームの放出方法に関し、より詳しくは、フィラメントの寿命を長くすることができる構造を持つもの
及び電子ビームの放出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、真空チャンバ内の坩堝に収容された金属等の蒸発材料に電子ビームを照射してこの蒸発材料を蒸発させたり、または、加速した電子ビームを金属等のターゲットに衝突させてターゲットに溶接等の加工を行ったりするために電子銃が用いられている。このような電子銃は例えば特許文献1で知られている。このものは、熱電子を放出するフィラメントと、フィラメントを囲うと共にこのフィラメントが臨む開口を有して、放出される熱電子を収束するウェネルトと、ウェネルトの開口を含む面に対して直交する、ウェネルトの開口に向けて熱電子が放出される方向を前とし、ウェネルトの前方で熱電子の通過を許容する開口を有して、熱電子を加速するアノードとを備える。アノードとウェネルトとは、通常、それの開口の中心を通って前後方向にのびる軸線(孔軸線)が同軸線上に位置するように配置されている(特許文献1、例えば
図1参照)。
【0003】
ここで、上記構成の電子銃を真空蒸着装置に適用した場合を例に説明すると、蒸着中、真空チャンバ内には蒸発材料から蒸発したものや、真空チャンバ内の圧力(真空度)に相応したガスが残留しており、これらの蒸発物質や残留ガスに電子ビームが衝突することで電離して蒸発物質や残留ガスの陽イオンが発生する。発生した陽イオンは、カソードとしてのフィラメントに向かって加速され、この加速された陽イオンがウェネルトとアノードとで形成される電界レンズにより収束されてフィラメントの一部に集中して衝突する。そして、フィラメントが局所的に削られ、断線する。
【0004】
上記従来例の如く、開口の孔軸線が同軸線上に位置するようにアノードとウェネルトとが配置されていると、加速電圧を印加したときにウェネルトとアノードとの間の空間に発生する自己誘導電場は、孔軸線に対称なプロファイルとなって、陽イオンは、孔軸線に沿う軌道を通って(即ち、面方向に対して直交する方向から)衝突するようになる。そして、フィラメントを構成する線材の径分だけ削られると、断線してしまい、フィラメントの寿命が短いという問題がある。このような場合、ウェネルトの開口の前方でこの開口の片側にのみアノードを配置して陽イオンがフィラメントの一部に集中しないような電界レンズを形成することが考えられるが(所謂非対称型の電子銃)、このような非対称型では、電子ビームの引き出し効率が劣るという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−119140号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上の点に鑑み、電子ビームを効率よく引き出すという機能を損なうことなく、フィラメントの高寿命化を図ることができる構造を持つ電子銃
及び電子ビームの放出方法を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、熱電子を放出するフィラメントと、フィラメントを囲うと共にこのフィラメントが臨む開口を有して、放出される熱電子を収束するウェネルトと、ウェネルトの開口を含む面に対して直交する、ウェネルトの開口に向けて熱電子が放出される方向を前とし、ウェネルトの前方で熱電子の通過を許容する開口を有して、加速電圧が印加されるアノードとを備える本発明の電子銃は次の点に特徴がある。即ち、本発明では、
フィラメントとして金属製の線材をコイル状に巻回したものを用い、このフィラメントの外周面を臨むウェネルトの開口とアノードの開口とをフィラメントの母線方向に長手の長孔とし、アノードに加速電圧を印加すると、ウェネルトとアノードとの間の空間に発生する自己誘導電場がアノードの開口の内周縁部側にシフトするように、アノードの開口中心を通る孔軸線とウェネルトの開口中心を通る孔軸線とをウェネルトの開口を含む面内で母線方向に直交する方向に0.1〜2.5mmの範囲でオフセットした。また、上記課題を解決するために、本発明は、真空中でフィラメントに通電して熱電子を放出させ、フィラメントを臨む開口が設けられたウェネルトによりこの放出させた熱電子を収束し、フィラメントを臨む開口が設けられたアノードに加速電圧を印加してこの収束された熱電子を加速して真空中に放出するようにした電子ビームの放出方法において、電子ビームの放出中、ウェネルトとアノードとの間の空間に発生する自己誘導電場をアノードの開口の内周縁部側にシフトさせてこの電子ビームの放出に伴ってアノードの前方で発生する陽イオンをアノードの開口中心を通る孔軸線に対して傾斜した方向からフィラメントに衝突させる工程を含むことを特徴とする。
【0008】
以上によれば、例えば上記各電子銃を真空蒸着装置に適用した場合、蒸着中、真空チャンバ内の蒸発物質や残留ガスに電子ビームが衝突して発生した陽イオンは、フィラメントに向かって加速されるが、ウェネルトの開口とアノードの開口とを面方向にオフセットしたり、または、ウェネルトの開口に対するアノードの開口の周縁部までの前後方向の間隔を局所的に変化させたりして、自己誘導電場をアノードの開口の内周縁部側にシフトさせることで、陽イオンが、ウェネルトの開口の中心を通って前後方向にのびる軸線に対して傾斜した方向からフィラメントに衝突するようになり、上記従来例のものと比較して、断線までの時間を長くすることができる。この場合、ウェネルトの開口の前方には、開口を備えたアノードが配置されているため、電子ビームを効率よく引き出すという機能は損なわれることがなく、フィラメントの高寿命化を図ることができる。
【0009】
なお、前記フィラメントを金属製の線材をコイル状に巻回したものとし、このフィラメントが臨むウェネルトの開口と、アノードの開口とを長孔で構成したものにおいては、前記オフセットする方向を両開口の長手方向に対して直交する方向としておけば、既存の電子銃の構成部品自体は変更することなく、フィラメントの高寿命化が図れる構成が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に係る電子銃の構成を説明する模式断面図。
【
図3】本発明の実施形態に係る電子銃にてウェネルトの開口に対するアノードの開口の位置関係と、フィラメントに対する陽イオンの軌道とを説明する図。
【
図4】従来例に係る電子銃にてウェネルトの開口に対するアノードの開口の位置関係と、フィラメントに対する陽イオンの軌道とを説明する図。
【
図5】(a)及び(b)は、変形例に係る電子銃にてウェネルトの開口に対するアノードの開口の位置関係を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して、図外の真空チャンバ内の坩堝に収容された金属等の蒸発材料に電子ビームを照射してこの蒸発材料を蒸発させるものに適用した場合を例に本発明の実施形態の電子銃を説明する。なお、以下においては、「上」「下」といった方向を示す用語は、
図1を基準とする。
【0012】
図1〜
図3を参照して、EGは、本発明の実施形態に係る電子銃である。電子銃EGは、熱電子を放出するフィラメント1と、開口21を有して、放出される熱電子を収束するウェネルト2と、ウェネルト2の開口21を含む面に対して直交する、ウェネルト2の開口21に向けて熱電子が放出される方向を前(
図1中、右側)とし、ウェネルト2の前方で熱電子の通過を許容する開口31を有して熱電子を加速するアノード3とを備える。
【0013】
フィラメント1としては、例えば、φ0.5mm〜1.0mmの範囲のタングステン製の線材を、φ2mm〜φ5mmの範囲の内径を持ち、かつ、全長が2.0mm〜30.0mmの範囲となるようにコイル状に巻回したものが用いられる。そして、フィラメント1の両自由端が、金属製の台座4に立設された、ウェネルト2を支持する支持板5に取り付けられる。この場合、一方のフィラメント1の自由端(上側)は、電気的に絶縁するために、例えば支持板5に形成された孔2aに挿通されている。また、フィラメント1の両自由端は電源E1に接続され、電源E1により通電されて赤熱し、熱電子を放出する。なお、フィラメント1の形態は、これに限定されるものではなく、線材を単にコ字状に屈曲させたものや、渦巻き状に巻回したものを用いることができる。なお、
図1中、E2は、加速電圧を印加するための他の電源であり、電源E1,E2については公知の構造のものが利用できるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0014】
ウェネルト2は、支持板5に前面に設けた筒状部材51を介して支持される板状部材2aで構成され、これら板状部材2a、支持板5及び筒状部材51でフィラメント1を囲う空間が画成される。そして、板状部材2aにフィラメント1が臨む開口21としての長円状の孔が開設されている。この場合、開口21の長手方向の長さは、フィラメント1の全長より長く設定され、他方、グランド電位に保持されるアノード3は、台座4で支持された板状部材で構成され、板状部材にもまた、開口21を通してフィラメント1が臨む開口31としての長円状の長孔が開設されている。この場合、開口31の内周縁部は、前方向に向かって末広がりなテーパ面に形成されている。なお、開口31の内周縁部は、テーパ状のものに限定されるものではない。そして、真空中でフィラメント1に通電することで赤熱させて熱電子を放出させ、ウェネルト2により集束作用を与えながら、アノード3によって加速され、図示省略の電磁コイルの磁場により180°曲げられた後、アース接地の坩堝6に収容した蒸発材料7に電子ビームEBが照射される。
【0015】
ここで、坩堝6に収容した蒸発材料7に電子ビームEBを照射して蒸着させている間、真空チャンバ内の蒸発物質や残留ガスの陽イオンが発生し、発生した陽イオンは、カソードとしてのフィラメント1に向かって加速され、この加速された陽イオンがウェネルト2とアノード3とで形成される電界レンズにより収束されてフィラメント1の一部に集中して衝突する。このとき、従来例の電子銃100では、
図4に示すように、ウェネルト110の開口111と、アノード120の開口121との夫々の中心を通って前後方向(
図4中、左右方向)にのびる孔軸線HA
10,HA
20が同一の軸線上に位置するようにウェネルト110とアノード120とが配置されていたため、電源E2により加速電圧を印加したときにウェネルト2とアノード3との間の空間に発生する自己誘導電場Efは、両孔軸線HA
10,HA
20に対称なプロファイルとなり、この自己誘導電場Efの影響を受けて、陽イオンが、孔軸線HAcに沿う軌道、即ち、ウェネルト110とアノード120との開口111,121を含む面方向に対して直交する方向からフィラメント130に衝突する(つまり、フィラメント130から開口121,111を通って放出される電子ビームEBに軌道に沿って陽イオンがフィラメント1側に戻って衝突する)ことで、フィラメント130を構成する線材の径分だけ削られると、断線してしまう。
【0016】
本実施形態では、
図3を再び参照して、ウェネルト2の開口21とアノード3の開口31とを面方向にオフセットし、自己誘導電場Efがアノード3の開口31の内周縁(下側の長手方向の縁部)側にシフトしたプロファイルを持つように構成した。つまり、台座4へのアノード3の取り付け位置を下側にオフセットすることで、ウェネルト2の開口21に対してアノード3の開口31を0.1〜2.5mmの範囲に下側にオフセットし、ウェネルト2の開口21の中心を通って前後方向(
図3中、左右方向)にのびる孔軸線HA
1と、アノード3の開口31の中心を通って前後方向(
図3中、左右方向)にのびる孔軸線HA
2とを上下方向にオフセットした。これにより、陽イオンが、孔軸線HA
1,HA
2に対して傾斜した方向からフィラメント1に衝突するようになる。その結果、上記従来例のものと比較して、断線までの時間を長くすることができる。この場合、ウェネルト2の開口21の前方には、開口31を備えたアノード3が配置されているため、電子ビームEBを効率よく引き出すという機能は損なわれることがなく、フィラメント1の高寿命化を図ることができる。
【0017】
次に、上記効果を確認するために、上記電子銃EGを用いて以下の実験を行った。この場合、ウェネルト2の開口21に対してアノード3の開口31を0.5mmに下側にオフセットしたもの(発明品)と、ウェネルト2の開口21に対してアノード3の開口31をオフセットしないもの(従来品)とを用意した。そして、真空チャンバ内を真空雰囲気とし、10kV、300mAの出力でフィラメントに通電して発明品と従来品とで、断線までの時間を測定した。これによれば、従来品では約9時間で断線したが、発明品によれば30時間経過してもフィラメントが断線しないことが確認できた。
【0018】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記のものに限定されるものではない。上記実施形態では、既存の部品を用いて簡単な構造でウェネルト2の開口21に対してアノード3の開口31をオフセットしたものを例に説明したが、陽イオンが、孔軸線線HA
1,HA
2に対して傾斜した方向からフィラメント1に衝突させることができれば、その形態は問わない。例えば、
図5(a)に示す第2態様の変形例では、ウェネルト2の開口21に対するアノード3の開口310a、310bの周縁部までの前後方向の間隔D1,D2を局所的に変化させることで、自己誘導電場Efが前後方向の間隔D2が異なる位置においてアノード3の開口31の内周縁側にシフトしたプロファイルを持つようになり、陽イオンが、傾斜した方向からフィラメント1に衝突するようにしている。また、
図5(b)に示す他の変形例では、アノード3の開口320の内周縁部320a,320bの傾きを局所的に逆テーパ面となるように形成することで、陽イオンが、傾斜した方向からフィラメント1に衝突するようにしている。
【符号の説明】
【0019】
EB…電子銃、Ef…自己誘導電場、1…フィラメント、2…ウェネルト、21…ウェネルトの開口、3…アノード、31…アノードの開口。