【実施例】
【0034】
[第1実施例]
Mnを0.3質量%含有する鉄粉末に、硫化鉄粉末(S量:36.48質量%)、銅粉末、および黒鉛粉末を表1に示す割合で硫化鉄粉末の添加割合を変えて添加し、混合して原料粉末を得た。そして、原料粉末を成形圧力600MPaで成形し、外径75mm、内径45mm、高さ51mmのリング形状の成形体、および10mm×10mm×100mmの角柱形状の成形体をそれぞれ作製した。次いで、非酸化性ガス雰囲気中、1150℃で焼結したのち、非酸化性ガス雰囲気中、850℃で保持後油冷を行い、さらに180℃で焼戻し処理を行って試料番号01〜13の焼結合金の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表1に併せて示す。
【0035】
焼結合金金における各相の体積%は、焼結合金の断面金属組織を観察した際の各相の面積%に等しいため、得られた試料について、断面組織観察を行い、画像分析ソフトウエア(三谷商事株式会社製WinROOF)を用いて、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合、すなわち、気孔を除く鉄基地部分を100としたときの硫化物、銅相およびマルテンサイト相の面積比を各相の体積%に替えて測定した。これらの結果を表2に示す。なお、マルテンサイト相の面積の割合は、表2において“Mt相”と表記した。
【0036】
また、リング形状の焼結合金はISOVG 460相当(40℃における動粘度460cSt)の潤滑油を真空含浸した後、旋盤を用いて外径70mm、内径50mm、高さ50mmに加工した。そして、JIS規格に規定されたSCM435Hの調質材を相手材として用いて、軸受試験機によって焼付時間を測定した。具体的には、軸受試験はリング形状の焼結合金をハウジングに固定し、その内周に相手材である軸を挿入した。軸にはラジアル方向の荷重を与え、面圧を60MPaとして、滑り速度を1分間あたり2.0mの速さとし、角度60度の範囲で揺動させながら回転させた。この場合、揺動運動の末端位置でそれぞれ0.5秒間休止させた。そして、焼結合金の摩擦係数が0.3を超えた状態を焼付と判断し、焼付状態となるまでの摺動時間を焼付時間として測定した。この結果についても表2に併せて示す。
【0037】
さらに、角柱形状の焼結合金について、JIS Z2201に規定の10号試験片の形状に機械加工して引張試験片を作成し、JIS Z 2241に規定の方法で、島津製作所製オートグラフを用いて引張強さを測定した。これらの結果についても表2に併せて示す。
【0038】
なお、以下の評価に当たっては、焼付時間45時間以上および引張強さ250MPa以上となる試料を合格として判定を行った。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
表1および表2より、試料番号01の試料はSを含有しないため硫化物が析出しないが、原料粉末に硫化鉄粉末を添加することでSを与えると鉄基地中に硫化物が分散するようになり、S量が増加するに従って鉄基地に分散する硫化物の量が増加することがわかる。また、Sの一部がCuと結合して硫化銅を形成するため、S量が増加するに従ってSと結合するCuが増加し、その分銅相の量が減少している。そして、鉄基地に占めるマルテンサイト相の面積比は、硫化物粒子の増加量が銅相の減少量よりも大きいため減少している。
【0042】
このような金属組織の影響により、Sを含有しない、もしくはS量が0.36質量%に満たない試料では、硫化物の量が乏しく焼付時間が短い。一方、S量が0.36質量%の試料番号03の試料は充分な量の硫化物が得られるため焼付時間が45時間に達している。そして、S量が増加するに従って硫化物の量が増加するため、S量が2.19質量%までは焼付時間が増加している。一方、鉄基地中に分散する硫化物の量が増加すると鉄基地の強度が低下するため、引張強さはS量の増加に従って低下しており、S量が3.65質量%を超える試料番号13の試料では、引張強さが250MPaを下回っている。この鉄基地の強度低下の影響により、S量が2.19質量%を超えると、S量が増加するに従って焼付時間が逆に短くなっており、S量が3.65質量%を超える試料番号13の試料では焼付時間が45時間を下回っている。以上のように、硫化鉄粉末を原料粉末に添加することで、鉄基地中に硫化物を形成できること、およびその際のS量は0.36〜3.65質量%の範囲とすべきことが確認された。
【0043】
[第2実施例]
Mnを0.3質量%含有する鉄粉末に、硫化銅粉末(S量:33.54質量%)、銅粉末、および黒鉛粉末を表3に示す割合で硫化銅粉末の添加割合を変えて添加し、混合した原料粉末を用い、第1実施例と同様にして試料番号14〜25の焼結合金の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表3に併せて示す。
【0044】
これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表4に示す。なお、表3および表4には、第1実施例の試料番号01の試料(Sを含有しない例)の結果を併せて示した。
【0045】
【表3】
【0046】
【表4】
【0047】
表3および表4より、試料番号01の試料はSを含有しないため硫化物が析出しないが、原料粉末に硫化銅粉末を添加することで、硫化銅が分解して生じたSが鉄基地中のFeと結合して、鉄基地中に硫化物が分散することがわかる。また、硫化銅粉末の添加量が増加して、全体組成におけるS量が増加すると、S量の増加に従って鉄基地に分散する硫化物の量が増加することがわかる。さらに、第1実施例の場合と同様に、硫化銅粉末の添加量が増加してS量が増加するに従って銅相が減少するが、硫化銅が分解して生じるCuが増加するため、Cu量が一定の第1実施例の場合に比して、硫化物析出による銅相減少の割合が小さくなっている。このためマルテンサイト相の量の減少の割合も第1実施例の場合よりも小さくなっている。
【0048】
焼付時間および引張強さは、上記の金属組織の影響により、硫化鉄粉末によりSを付与した第1実施例の場合と同様の傾向を示す。すなわち、Sを含有しない、もしくはS量が0.36質量%に満たない試料では、硫化物の量が乏しく焼付時間が短い。一方、S量が0.36質量%の試料番号03の試料では、充分な量の硫化物が得られたため焼付時間が45時間に達している。そして、S量が増加するに従って硫化物の量が増加するため、S量が1.68質量%までは焼付時間が増加している。ここで、第2実施例では、硫化銅が分解して生じたCuにより銅相の量が多いため、焼付時間は第1実施例の場合よりも増加している。ただし、鉄基地中に分散する硫化物の量が増加すると、第1実施例の場合と同様に、鉄基地の強度が低下するため、その影響により、S量が2.01質量%を超えると、S量が増加するに従って焼付時間が逆に短くなっており、S量が3.65質量%を超える試料番号13の試料では焼付時間が45時間を下回っている。
【0049】
また、引張強さについても、第1実施例の場合と同様に、S量の増加に従って引張強さは低下しており、S量が3.65質量%を超える試料番号13の試料では、引張強さが250MPaを下回っている。以上のように、硫化鉄粉末に替えて硫化銅粉末を原料粉末に添加しても、鉄基地中に硫化物を形成できること、およびその際のS量は0.36〜3.65質量%の範囲とすべきことが確認された。
【0050】
[第3実施例]
Mnを0.3質量%含有する鉄粉末に、硫化鉄粉末(S量:36.48質量%)、銅粉末、および黒鉛粉末を表5に示す割合で銅粉末の添加割合を変えて添加し、混合した原料粉末を用い、第1実施例と同様にして、試料番号26〜31の焼結合金の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表5に併せて示す。
【0051】
これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表6に示す。なお、表5および表6には、第1実施例の試料番号07の試料の結果を併せて示した。
【0052】
【表5】
【0053】
【表6】
【0054】
表5および表6より、銅粉末の添加量が5質量%で全体組成中のCu量が5質量%の試料番号26の試料では、S量に対するCu量が少ないため硫化物の析出にCuが費やされ、鉄基地中に銅相が分散しない金属組織となっている。これに対し、全体組成中のCu量が10質量%の試料番号27の試料では、S量に対してCu量が充分となり、鉄基地中に2面積%を超える銅相が析出している。また、Cuの量が増加するに従って鉄基地中に析出分散する銅相の量が増加している。S量に対するCu量が少ない試料番号26の試料では、Cuによる硫化物生成の効果が乏しいが、Cu量が10質量%の試料番号27の試料では、Cuによる硫化物生成促進効果により硫化物の量が増加している。しかしながら、Cu量が25質量%を超えても、S量が一定であるためそれ以上の硫化物の析出は生じていない。
【0055】
Cu量が5質量%に満たない試料番号26の試料では、軟質でなじみ性改善に効果がある銅相が分散しないため、焼付時間は短くなっている。これに対し、Cu量が10質量%の試料番号27の試料では、銅相が分散することにより焼付時間が45時間まで増加し、Cu量が20質量%までは、Cu量の増加に従って焼付時間がさらに増加している。しかしながら、鉄基地中に軟質な銅相が増加すると鉄基地の強度が低下するため、Cu量が20質量%を超えると鉄基地の強度低下により焼付時間が短くなり、Cu量が30質量%を超えると、焼付時間が45時間を下回っており。引張強さは、鉄基地中に軟質な銅相が増加すると鉄基地の強度が低下するため、Cu量の増加に従って低下しており、Cu量が30質量%を超えると、引張強さが250MPaを下回っている。以上のように、全体組成中のCu量は10〜30質量%の範囲とすべきことが確認された。
【0056】
[第4実施例]
Mnを0.3質量%含有する鉄粉末に、硫化鉄粉末(S量:36.48質量%)、銅粉末、および黒鉛粉末を表7に示す添加割合で添加し、混合した原料粉末を用い、第1実施例と同様にして、試料番号32〜43の焼結合金の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表7に併せて示す。
【0057】
これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表8に示す。なお、表7および表8には、第1実施例の試料番号07の試料の結果を併せて示した。
【0058】
【表7】
【0059】
【表8】
【0060】
表7および表8より、Cを含有しない試料番号32の試料では、鉄基地が軟質かつ強度の低いフェライト相となるため、焼付時間が極端に短く、かつ引張強さも低い値となっている。また、C量が0.1質量%の試料番号33の試料では、鉄基地にマルテンサイト相が形成されるため焼付時間は増加してはいるが、マルテンサイト相の量が少ないことから、焼付時間が45時間に満たず、かつ引張強さも250MPaを下回る値となっている。なお、残余の組織はトルースタイトとなっていた。一方、C量が0.2質量%の試料番号34の試料では、鉄基地に固溶するC量が充分な量となるとともにマルテンサイト相の量が増加して金属組織の過半を占めるようになるため、鉄基地が強化されて焼付時間が45時間に達するとともに、引張強さも250MPaに達している。また、C量が0.4質量%の試料番号35の試料では、マルテンサイト相が鉄基地部分(気孔を除く金属組織より硫化物および銅相の面積を除いた部分=100%−12.4%−9%=78.6%)の80%を占めるようになり、焼き付き時間がさらに延長されるとともに、引張強さもさらに増加している。そして、C量が0.6質量%を超える試料では、マルテンサイト相が鉄基地部分の100%を占めるようになり、C量が1質量%までは鉄基地強化の作用により焼付時間がさらに増加するとともに、引張強さが増加している。しかしながら、C量が1.0質量%を超えると鉄基地が硬くはなるが同時に脆くなることが影響し、焼付時間が短くなるとともに引張強さが低下している。そして、C量が2質量%を超える資料番号43の試料では、焼付時間が45時間を下回るとともに、引張強さが250MPaを下回っている。以上のように、全体組成中のC量は0.2〜2.0質量%の範囲とすべきことが確認された。
【0061】
[第5実施例]
第1実施例の試料番号07の原料粉末を用いて、焼結温度を表9に示す温度に変えた以外は第1実施例と同じ条件として試料番号44〜49の試料を作製した。これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表9に併せて示す。なお、表9には、第1実施例の試料番号07の試料の結果を併せて示した。
【0062】
【表9】
【0063】
焼結温度が1000℃に満たない試料では焼結の進行が乏しく鉄基地の強度が低いため、焼付時間が短くかつ引張強さが低い値となっている。一方、焼結温度が1000℃の試料番号45の試料では、焼結が充分進行して鉄基地の強度が充分となり、焼付時間が45時間に達するとともに引張強さが250MPaに達している。また、焼結温度が高くなるに従って焼結が一層進行し、鉄基地の強度が向上して焼付時間が増加するとともに、引張強さが向上している。しかしながら、焼結温度が1200℃を超える試料番号49の試料では、型崩れが生じたため試験を中止した。以上のように、焼結温度は1000〜1200℃の範囲とすべきことが確認された。
【0064】
[第6実施例]
第1実施例の試料番号07の原料粉末において、鉄粉末に替えて、Mo量が1.5質量%で残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄合金粉末(Mn量:0.3質量%)およびNi量が2質量%Mo量が1質量%で残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄合金粉末(Mn量:0.3質量%)を用いた以外は第1実施例と同じ条件として試料番号50の試料(Mo量:1.19質量%)および試料番号51の試料(Ni量:1.58質量%、Mo量:0.79質量%)を作製した。これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表10に示す。なお、表10には、第1実施例の試料番号07の試料の結果を併せて示した。
【0065】
【表10】
【0066】
表10より、鉄合金粉末にMoやNiを与えて鉄基地にMoやNiを固溶させた試料番号50および51では、鉄基地がNiやMoにより強化されるため、鉄基地にNiやMoを固溶しない試料番号07の試料に比して、焼き付き時間が延長され、引張り強さが増加している。これらのことから、基地にMoやNiを固溶させることで鉄基地が強化され、焼き付き時間が延長できるとともに、引張り強さが向上できることが確認された。