特許第6194613号(P6194613)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6194613摺動部材用鉄基焼結合金およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6194613
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】摺動部材用鉄基焼結合金およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170904BHJP
   B22F 5/00 20060101ALI20170904BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20170904BHJP
【FI】
   C22C38/00 304
   B22F5/00 S
   B22F3/24 B
【請求項の数】5
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-71866(P2013-71866)
(22)【出願日】2013年3月29日
(65)【公開番号】特開2014-196526(P2014-196526A)
(43)【公開日】2014年10月16日
【審査請求日】2015年11月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】日立化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096884
【弁理士】
【氏名又は名称】末成 幹生
(72)【発明者】
【氏名】徳島 秀和
(72)【発明者】
【氏名】河田 英昭
【審査官】 蛭田 敦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−066271(JP,A)
【文献】 特開昭50−075510(JP,A)
【文献】 米国特許第04233071(US,A)
【文献】 特開平01−015350(JP,A)
【文献】 特開昭56−062951(JP,A)
【文献】 特開昭53−019110(JP,A)
【文献】 特開2004−204298(JP,A)
【文献】 特開2003−201548(JP,A)
【文献】 特開2009−155696(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/080554(WO,A1)
【文献】 浅見淳一、外1名,硫黄を含む鉄系焼結材料の切削性,粉体粉末冶金協会 昭和60年度秋季大会講演概要集,日本,1985年,Page.76-77
【文献】 浅見淳一、外1名,鉄系焼結材料における硫黄添加について,粉体粉末冶金協会 昭和57年度秋季大会講演概要集,日本,1982年,Page.60-61
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 〜 38/60
B22F 3/24
B22F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
全体組成が、質量比で、Cu:10〜30%(10%を除く)、C:0.2〜2.0%、Mn:0.03〜0.9%、S:0.36〜3.65%、残部:Feおよび不可避不純物からなり、
マルテンサイト組織を主とする基地中に、銅相と気孔が分散するとともに、硫化物粒子が前記基地中および前記銅相中に析出分散する金属組織を示し、前記硫化物粒子が、前記基地に対して1〜30体積%の割合で分散することを特徴とする摺動部材用鉄基焼結合金。
【請求項2】
前記銅相が前記基地に対して2〜25体積%の割合で分散することを特徴とする請求項1に記載の摺動部材用鉄基焼結合金。
【請求項3】
全体組成が、質量比で、Cu:10〜30%、C:0.2〜2.0%、Mn:0.03〜0.9%、S:0.36〜3.65%、NiまたはMoのうちの少なくとも1種をそれぞれ10質量%以下、残部:Feおよび不可避不純物からなり、
マルテンサイト組織を主とする基地中に、銅相と気孔が分散するとともに、硫化物粒子が前記基地中および前記銅相中に析出分散する金属組織を示し、前記硫化物粒子が、前記基地に対して1〜30体積%の割合で分散することを特徴とする摺動部材用鉄基焼結合金。
【請求項4】
質量比で、Mnを0.03〜1.0%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末と、硫化鉄粉末および硫化銅粉末のうちの少なくとも1種の硫化物粉末と、を用意し、
質量比で、Cu:10〜30%(10%を除く)、C:0.2〜2.0%、Mn:0.03〜0.9%、S:0.36〜3.65%、残部:Feおよび不可避不純物となるよう、前記鉄粉末に、前記銅粉末、前記黒鉛粉末および前記硫化物粉末を添加、混合して原料粉末を作製し、
前記原料粉末を所定の形状に成形して、得られた成形体を1000〜1200℃の範囲で焼結し、その後、焼入れ、焼戻しすることにより、マルテンサイト組織を主とする基地中に、銅相と気孔が分散するとともに、硫化物粒子が前記基地中および前記銅相中に析出分散する金属組織を示し、前記硫化物粒子が、前記基地に対して1〜30体積%の割合で分散する金属組織を得ることを特徴とする摺動部材用鉄基焼結合金の製造方法。
【請求項5】
質量比で、Mnを0.03〜1.0%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末と、硫化鉄粉末および硫化銅粉末のうちの少なくとも1種の硫化物粉末と、を用意し、
質量比で、Cu:10〜30%、C:0.2〜2.0%、Mn:0.03〜0.9%、S:0.36〜3.65%、残部:Feおよび不可避不純物となるよう、前記鉄粉末に、前記銅粉末、前記黒鉛粉末および前記硫化物粉末を添加、混合して原料粉末を作製し、前記原料粉末中のNiまたはMo量が10質量%以下となるように、前記鉄粉末にNi、Moを添加するか、および/または前記原料粉末にさらにニッケル、モリブデン粉末を添加し、
前記原料粉末を所定の形状に成形して、得られた成形体を1000〜1200℃の範囲で焼結し、その後、焼入れ、焼戻しすることにより、マルテンサイト組織を主とする基地中に、銅相と気孔が分散するとともに、硫化物粒子が前記基地中および前記銅相中に析出分散する金属組織を示し、前記硫化物粒子が、前記基地に対して1〜30体積%の割合で分散する金属組織を得ることを特徴とする摺動部材用鉄基焼結合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内周面に高い面圧が作用するような軸受に用いて好適な摺動部材用鉄基焼結合金およびその製造方法に係り、特に、耐焼付性を向上させた摺動部材用鉄基焼結合金に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば、車両、工作機械、産業機械等の駆動部位や摺動部位のように摺動面に高い面圧が作用するような摺動部材としては、炭素鋼を切削加工して焼入れ、焼戻ししたものや、焼結合金製のものが使用されている。特に、焼結合金は含浸した潤滑油による自己潤滑性を付与できるため、耐焼付性と耐摩耗性が良好で広く用いられている。たとえば特許文献1には、Cu:10〜30%、残部:Feからなる鉄系焼結合金層を摺動面に設けたベアリングが開示されている。。
【0003】
また、特許文献2には、全体組成が、質量比で、C:0.6〜1.2%、Cu:3.5〜9.0%、Mn:0.6〜2.2%、S:0.4〜1.3%、残部:Feおよび不可避不純物からなり、その合金組織が、マルテンサイト基地中に、遊離したCu相または遊離したCu−Fe合金相の少なくとも一方が分散しているとともに、MnS相が1.0〜3.5質量%分散する摺動部材用鉄基焼結合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−117940号公報
【特許文献2】特開2009−155696号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、上記のような摺動面に高い面圧が作用するような摺動部材においては、より一層の耐焼付性の向上が求められている。
【0006】
この点、特許文献2は、MnS相を1.0〜3.5質量%分散させることで、Cuの含有量の低減による耐摩耗性低下および相手攻撃性増加を回避している。しかしながら、MnS相は、原料粉末中に添加したMnS粉末がそのままMnS相として残留するため、MnS相の分散箇所は気孔中および粉末粒界に限定される。このため、耐焼付性の向上の効果が乏しい。また、MnS粉末は安定であり鉄基地と反応しないため基地への固着性が低く、摺動時に脱落する虞がある。
【0007】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたもので、基地への固着性が高い硫化物を基地中に分散させて、耐焼付性を向上させた摺動部材用鉄基焼結合金およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の摺動部材用鉄基焼結合金は、全体組成が、全体組成が、質量比で、Cu:10〜30%(10%を除く)、C:0.2〜2.0%、Mn:0.03〜0.9%、S:0.36〜3.65%、残部:Feおよび不可避不純物からなり、マルテンサイト組織を主とする基地中に、銅相と気孔が分散するとともに、硫化物粒子が前記基地中および前記銅相中に析出分散する金属組織を示し、前記硫化物粒子が、前記基地に対して1〜30体積%の割合で分散することを特徴とする。
【0009】
また、摺動部材用鉄基焼結合金の製造方法は、質量比で、Mnを0.03〜1.0%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄粉末と、銅粉末と、黒鉛粉末と、硫化鉄粉末および硫化銅粉末のうちの少なくとも1種の硫化物粉末と、を用意し、質量比で、Cu:10〜30%(10%を除く)、C:0.2〜2.0%、Mn:0.03〜0.9%、S:0.36〜3.65%、残部:Feおよび不可避不純物となるよう、前記鉄粉末に、前記銅粉末、前記黒鉛粉末および前記硫化物粉末を添加、混合して原料粉末を作製し、前記原料粉末を所定の形状に成形して、得られた成形体を1000〜1200℃の範囲で焼結し、その後、焼入れ、焼戻しすることにより、マルテンサイト組織を主とする基地中に、銅相と気孔が分散するとともに、硫化物粒子が前記基地中および前記銅相中に析出分散する金属組織を示し、前記硫化物粒子が、前記基地に対して1〜30体積%の割合で分散する金属組織を得ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、基地への固着性が高い硫化物を基地中に分散するので耐焼付性が向上した摺動部材用鉄基焼結合金を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の摺動部材用鉄基焼結合金の金属組織の一例であり、200倍で撮影した金属組織写真である。
図2図1と同じ摺動部材用鉄基焼結合金の金属組織であり、500倍で撮影した金属組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の摺動部材用鉄基焼結合金について、数値限定の根拠を本発明の作用とともに説明する。なお、以下の説明において「%」は「質量%」を意味する。本発明の摺動部材用鉄基焼結合金は、Cuよりも強度が高いFeを主成分とし、基地組織を鉄基地(鉄合金基地)とする。摺動部材用鉄基焼結合金の金属組織は、この鉄基地中に銅相、硫化物および気孔が分散する組織とする。
【0013】
鉄基地は、鉄粉末により形成される。また、気孔は、粉末冶金法に起因して生じるものであり、原料粉末を圧粉成形した際の粉末間の空隙が、原料粉末の結合により形成された鉄基地中に残留したものである。
【0014】
銅相は、原料粉末に銅粉末の形態で付与され、焼結時に高温下でオーステナイト状態となった鉄基地に拡散して固溶したCuが、常温で過飽和となって鉄基地中に遊離して析出して形成される。本発明の摺動部材用鉄基焼結合金においては、鉄基地中に銅相が分散することにより、摺動の相手部材(鉄系部材)とのなじみ性および耐焼付性が向上したものとなる。
【0015】
本発明の摺動部材用鉄基焼結合金においては、上記の銅相に加え、硫化物が基地中に分散することで、摺動の相手部材(鉄系部材)との耐焼付性をさらに改善する。一般に、鉄粉末は、製法に起因してMnを0.03〜1.0%程度含有し、このため鉄基地は、微量のMnを含有する。そして、Sを与えることによって、固体潤滑剤として硫化マンガン等の硫化物粒子を基地中に析出させることができる。ここで、硫化マンガンは基地中に微細に析出するため、被削性改善には効果があるが、微細過ぎるため耐焼付性の改善効果が小さい。このため、本発明においては、基地に微量に含有されるMnと反応する分のSに加えて、さらにSを付与し、このSを主成分であるFeおよび次いで成分量の多いCuと結合させて硫化鉄(FeS)および硫化銅(CuS)を形成する。このため、基地中に析出する硫化物粒子は、主成分であるFeにより生成する硫化鉄が主となり、一部が硫化銅もしくは鉄と銅の複合硫化物となり、さらに不可避不純物であるMnにより生成する硫化マンガンとなる。
【0016】
硫化鉄、硫化銅および鉄と銅の複合硫化物は、固体潤滑剤として摺動特性向上に好適な大きさの硫化物粒子であり、基地の主成分であるFeと結合させて形成するため、基地中に均一に析出分散させることができる。
【0017】
上記のように、本発明においては、基地に含有されるMnと結合させるSに加えて、さらにSを与えて、基地の主成分であるFeと結合させて硫化物を析出させる。ただし、基地中に析出分散する硫化物粒子の量が1体積%を下回ると、充分な潤滑作用が得られず、摺動特性が低下する。一方、硫化物粒子の量が増加するに従って摺動部材用鉄基焼結合金の潤滑作用は向上するが、基地に対する硫化物粒子の量が過多となって摺動部材用鉄基焼結合金の強度が低下する。このため20MPaもの高圧に耐える強度を得るため、硫化物粒子の量を30体積%以下にする必要がある。すなわち、基地中の硫化物粒子の量は、基地に対して1〜30体積%とする。
【0018】
この量の硫化鉄を主体とする硫化物を得るため、S量は全体組成において0.36〜3.65質量%とする。S量が0.36質量%を下回ると、所望の量の硫化物粒子を得難くなり、3.65質量%を超えると、硫化物粒子が過剰に析出する。
【0019】
Sは、分解し易い硫化鉄粉末の形態で付与し、鉄粉末を主体とする原料粉末に硫化鉄粉末および/または銅硫化物粉末を添加することによって付与する。硫化鉄粉末および銅硫化物粉末は、焼結時にFeとSおよびCuとSに分解する。この分解により生じたSが元の硫化鉄粉末や元の硫化銅粉末の周囲のFeと結合してFeSを生成するとともにFeとの間で共晶液相を発生し、液相焼結となって粉末粒子間のネックの成長を促進する。また、この共晶液相からSが鉄基地中に均一に拡散し、Sの一部は鉄基地中のMnと結合して硫化マンガンとして鉄基地中に析出するとともに、残余のSは硫化鉄として鉄基地中に析出する。硫化銅粉末を用いた場合に、焼結時に分解して生成したCuは、鉄基地中に拡散して鉄基地の強化に寄与する。
【0020】
このように、硫化マンガンおよび硫化鉄等の硫化物は、基地中のMnやFeとSを結合させて鉄基地中に析出させるため、硫化物を添加してそのまま分散させる従来の手法に比して均一に分散する。また、硫化物は析出して分散するため基地に強固に固着しており、摺動時に容易に脱落せず、長期に亘って優れた摺動特性を発揮するとともに、摺動部材用鉄基焼結合金の耐焼付性の向上に寄与する。
【0021】
さらに、上記したように、液相焼結となるとともに、原料粉末どうしの拡散が良好に行われるため、鉄基地の強度が向上し、鉄基地の耐摩耗性が向上する。したがって、本発明のすべり軸受組立体の摺動部材用鉄基焼結合金は、気孔中および粉末粒界のみではなく、基地に強固に固着した固体潤滑剤が基地中に均一に分散しており、摺動特性や基地強度が改善され、耐摩耗性が向上したものとなる。
【0022】
本発明の摺動部材用鉄基焼結合金においては、20MPaもの高い面圧においても使用可能とするため、鉄基地はマルテンサイトを主体とする金属組織とする。ここでマルテンサイトを主体とする金属組織とは、断面面積率で気孔を除く金属組織の50%以上がマルテンサイトとなっていることを意味し、鉄基地部分(気孔を除く金属組織より硫化物および銅相の面積を除いた部分)の80%以上とすることが好ましい。すなわち、マルテンサイトは、硬く、かつ強度の高い組織であり、気孔を除く金属組織の50%以上をこのようなマルテンサイトで構成することにより、高い面圧が作用する摺動条件においても、基地の塑性変形を防止して、良好な摺動特性を得ることができる。基地組織の全部をマルテンサイトとすることが最も好ましいが、鉄基地の一部が、ソルバイト、トルースタイト、ベイナイト等の金属組織となっていてもよい。
【0023】
本発明の摺動部材用鉄基焼結合金の金属組織の一例を図1に示す。図1および図2は、S:1.09質量%、Cu:10質量%、C:1.0質量%および残部がFeの組成の鉄基焼結合金の断面を鏡面研磨し、3%のナイタール(硝酸アルコール溶液)で腐食した金属組織写真であり、図1は200倍、図2は500倍で撮影したものである。これらの金属組織写真よりわかるように、基地組織の大部分がマルテンサイト相となっており、銅相がマルテンサイト相中に分散している。硫化物はほとんどが基地中に分散しており、一部で銅相中に分散している。
【0024】
Cuは、室温ではFeと比較すると硫化物を形成し難いが、高温下ではFeよりも標準生成自由エネルギーが小さく、硫化物を形成し易い。また、Cuはα-Fe中への固溶限が小さく、化合物を作らないため、高温下でγ-Fe中に固溶したCuは冷却過程でα-Fe中にCu単体で析出する。このため、焼結中の冷却過程で一度鉄基地中に固溶したCuは鉄基地中から遊離銅相として析出して鉄基地中に分散する。この冷却時のCu析出過程において、Cuが核となり周囲のSと結合して金属硫化物(硫化銅、硫化鉄および鉄と銅の複合硫化物)が形成されるとともに、その周囲に硫化物粒子(硫化鉄)の析出が促進される。また、硫化物が分散する銅相は軟質であるため相手材への攻撃性を緩和するとともに相手部材との耐焼付性を向上させる。さらに、銅相として析出せず鉄基地に固溶したCuは、鉄基地の強化に寄与するとともに、鉄基地の焼入れ性を向上させてパーライト組織を微細化することで鉄基地の強化に寄与する。これらの作用を得るためCu量は10質量%を超えて必要となる。ただし、Cu量が過多となると、強度の低い銅相が多量に分散するため、摺動部材用鉄基焼結合金の強度が低下するとともに、焼結時の液相発生量が過多となって型崩れが生じ易くなる。このためCu量の上限を30質量%とする。
【0025】
上記のCuは、Feに固溶した鉄合金粉末の形態で付与すると原料粉末が硬くなり、圧縮性が損なわれる。このため、Cuは、銅粉末の形態で付与する。銅粉末は、焼結時にCu液相を発生して鉄粉末を濡れた状態で覆い、鉄粉末中に拡散する。このため、Cuを銅粉末の形態で付与しても、鉄基地への拡散速度が速い元素であることも相まって、Cuは鉄基地中にある程度均一に拡散する。
【0026】
なお、基地組織中に銅相が分散する場合、その一部が銅硫化物となる場合がある。このような銅硫化物が基地中に分散する場合、銅硫化物が分散する分、鉄硫化物の量が減ることになるが、銅硫化物も潤滑作用を有するため、摺動特性に影響を与えず差し支えない。
【0027】
Cは、鉄基地に固溶して鉄基地を強化するとともに、基地組織をマルテンサイト組織とするために使用される。C量が乏しいと、基地組織中に強度の低いフェライトが分散して、強度および耐摩耗性が低下する。このためC量を0.2質量%以上とする。一方、添加量が過多となると、脆いセメンタイトがネットワーク状に析出して、20MPaもの高圧に耐えることができなくなる。このためC量の上限を2質量%とする。上記のCは、Feに固溶した鉄合金粉末の形態で付与すると原料粉末が硬くなり、圧縮性が損なわれる。このため、Cは黒鉛粉末の形態で付与する。
【0028】
以上の各粉末、すなわち、(1)Mnを0.03〜1.0質量%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄粉末と、(2)銅粉末と、(3)黒鉛粉末と、(4)硫化鉄粉末とを、全体組成が、質量比で、Cu:10〜30%(10%を除く)、C:0.2〜2.0%、Mn:0.03〜0.9%、S:0.36〜3.65%、残部:Feおよび不可避不純物となるよう、添加して混合した混合粉末を原料粉末として用い、この原料粉末を成形、焼結して熱処理することで本発明の摺動部材用鉄基焼結合金を製造することができる。
【0029】
成形は、従来から行われている押型法、すなわち、製品の外周形状を造形する型孔を有する金型と、金型の型孔と摺動自在に嵌合し、製品の下端面を造形する下パンチと、必要に応じて製品の内周形状もしくは肉抜き部を造形するコアロッドと、から形成されるキャビティに原料粉末を充填し、製品の上端面を造形する上パンチと、上記下パンチとにより原料粉末を圧縮成形した後、金型の型孔から抜き出すことにより成形体に成形する。
【0030】
得られた成形体を焼結炉において1000〜1200℃の温度範囲で焼結する。このときの加熱温度、すなわち焼結温度は、焼結の進行および元素の拡散に重要な影響を与える。ここで、焼結温度が1000℃を下回るとCu液相の発生量が不十分となり、所望の金属組織を得難くなる。一方、焼結温度が1200℃より高くなると、液相発生量が過多となって、焼結体の型くずれが生じ易くなる。このため、焼結温度は1000〜1200℃とする。
【0031】
得られた焼結体の基地組織の過半をマルテンサイト組織とするため、焼入れする。焼入れは、従来から行われているように、焼結体をオーステナイト変態温度以上に加熱した後、油中もしくは水中において急冷することで行う。焼入れの際の加熱温度は、820〜1000℃が適当である。また、雰囲気は、非酸化性雰囲気が用いられ、浸炭性雰囲気であってもよい。
【0032】
焼入れ処理された焼結体は、焼入れ処理により歪みが過度に蓄積され硬くかつ脆い金属組織となっている。このため、従来から行われているように、焼入れ処理後の焼結体に対して、再度、150〜280℃の範囲に加熱して常温まで冷却する焼戻し処理を行う。このような焼戻し処理を行うと、内部応力が緩和され、焼結体の硬さを低下させることなく焼入れ処理によって生じた歪みを除去することができる。このとき、焼戻しの加熱温度が150℃に満たないと歪みの除去が不完全となり、280℃を超えると低炭素マルテンサイトがフェライトとセメンタイトに分解し易くなり、硬さが低下する。
【0033】
上記により得られる本発明の摺動部材用鉄基焼結合金は、過半がマルテンサイトである基地中に、硫化物粒子が析出して分散するものとなる。硫化物は、主に硫化鉄として分散し、一部に硫化マンガン、硫化銅として分散する。これらの硫化物粒子は、摺動特性に優れ、摺動部材用鉄基焼結合金の摺動特性の向上に寄与する。また、基地中に軟質な銅相が分散して相手材への攻撃性がさらに低減される。また、液相焼結となるとともに、原料粉末どうしの拡散が良好に行われるため鉄基地の強度が向上し、鉄基地の耐摩耗性が向上している。したがって、気孔中および粉末粒界のみではなく、基地に強固に固着した固体潤滑剤が、基地中に均一に分散しており、摺動特性や基地強度が改善され、耐摩耗性が向上したものとなる。
【実施例】
【0034】
[第1実施例]
Mnを0.3質量%含有する鉄粉末に、硫化鉄粉末(S量:36.48質量%)、銅粉末、および黒鉛粉末を表1に示す割合で硫化鉄粉末の添加割合を変えて添加し、混合して原料粉末を得た。そして、原料粉末を成形圧力600MPaで成形し、外径75mm、内径45mm、高さ51mmのリング形状の成形体、および10mm×10mm×100mmの角柱形状の成形体をそれぞれ作製した。次いで、非酸化性ガス雰囲気中、1150℃で焼結したのち、非酸化性ガス雰囲気中、850℃で保持後油冷を行い、さらに180℃で焼戻し処理を行って試料番号01〜13の焼結合金の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表1に併せて示す。
【0035】
焼結合金金における各相の体積%は、焼結合金の断面金属組織を観察した際の各相の面積%に等しいため、得られた試料について、断面組織観察を行い、画像分析ソフトウエア(三谷商事株式会社製WinROOF)を用いて、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合、すなわち、気孔を除く鉄基地部分を100としたときの硫化物、銅相およびマルテンサイト相の面積比を各相の体積%に替えて測定した。これらの結果を表2に示す。なお、マルテンサイト相の面積の割合は、表2において“Mt相”と表記した。
【0036】
また、リング形状の焼結合金はISOVG 460相当(40℃における動粘度460cSt)の潤滑油を真空含浸した後、旋盤を用いて外径70mm、内径50mm、高さ50mmに加工した。そして、JIS規格に規定されたSCM435Hの調質材を相手材として用いて、軸受試験機によって焼付時間を測定した。具体的には、軸受試験はリング形状の焼結合金をハウジングに固定し、その内周に相手材である軸を挿入した。軸にはラジアル方向の荷重を与え、面圧を60MPaとして、滑り速度を1分間あたり2.0mの速さとし、角度60度の範囲で揺動させながら回転させた。この場合、揺動運動の末端位置でそれぞれ0.5秒間休止させた。そして、焼結合金の摩擦係数が0.3を超えた状態を焼付と判断し、焼付状態となるまでの摺動時間を焼付時間として測定した。この結果についても表2に併せて示す。
【0037】
さらに、角柱形状の焼結合金について、JIS Z2201に規定の10号試験片の形状に機械加工して引張試験片を作成し、JIS Z 2241に規定の方法で、島津製作所製オートグラフを用いて引張強さを測定した。これらの結果についても表2に併せて示す。
【0038】
なお、以下の評価に当たっては、焼付時間45時間以上および引張強さ250MPa以上となる試料を合格として判定を行った。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
表1および表2より、試料番号01の試料はSを含有しないため硫化物が析出しないが、原料粉末に硫化鉄粉末を添加することでSを与えると鉄基地中に硫化物が分散するようになり、S量が増加するに従って鉄基地に分散する硫化物の量が増加することがわかる。また、Sの一部がCuと結合して硫化銅を形成するため、S量が増加するに従ってSと結合するCuが増加し、その分銅相の量が減少している。そして、鉄基地に占めるマルテンサイト相の面積比は、硫化物粒子の増加量が銅相の減少量よりも大きいため減少している。
【0042】
このような金属組織の影響により、Sを含有しない、もしくはS量が0.36質量%に満たない試料では、硫化物の量が乏しく焼付時間が短い。一方、S量が0.36質量%の試料番号03の試料は充分な量の硫化物が得られるため焼付時間が45時間に達している。そして、S量が増加するに従って硫化物の量が増加するため、S量が2.19質量%までは焼付時間が増加している。一方、鉄基地中に分散する硫化物の量が増加すると鉄基地の強度が低下するため、引張強さはS量の増加に従って低下しており、S量が3.65質量%を超える試料番号13の試料では、引張強さが250MPaを下回っている。この鉄基地の強度低下の影響により、S量が2.19質量%を超えると、S量が増加するに従って焼付時間が逆に短くなっており、S量が3.65質量%を超える試料番号13の試料では焼付時間が45時間を下回っている。以上のように、硫化鉄粉末を原料粉末に添加することで、鉄基地中に硫化物を形成できること、およびその際のS量は0.36〜3.65質量%の範囲とすべきことが確認された。
【0043】
[第2実施例]
Mnを0.3質量%含有する鉄粉末に、硫化銅粉末(S量:33.54質量%)、銅粉末、および黒鉛粉末を表3に示す割合で硫化銅粉末の添加割合を変えて添加し、混合した原料粉末を用い、第1実施例と同様にして試料番号14〜25の焼結合金の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表3に併せて示す。
【0044】
これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表4に示す。なお、表3および表4には、第1実施例の試料番号01の試料(Sを含有しない例)の結果を併せて示した。
【0045】
【表3】
【0046】
【表4】
【0047】
表3および表4より、試料番号01の試料はSを含有しないため硫化物が析出しないが、原料粉末に硫化銅粉末を添加することで、硫化銅が分解して生じたSが鉄基地中のFeと結合して、鉄基地中に硫化物が分散することがわかる。また、硫化銅粉末の添加量が増加して、全体組成におけるS量が増加すると、S量の増加に従って鉄基地に分散する硫化物の量が増加することがわかる。さらに、第1実施例の場合と同様に、硫化銅粉末の添加量が増加してS量が増加するに従って銅相が減少するが、硫化銅が分解して生じるCuが増加するため、Cu量が一定の第1実施例の場合に比して、硫化物析出による銅相減少の割合が小さくなっている。このためマルテンサイト相の量の減少の割合も第1実施例の場合よりも小さくなっている。
【0048】
焼付時間および引張強さは、上記の金属組織の影響により、硫化鉄粉末によりSを付与した第1実施例の場合と同様の傾向を示す。すなわち、Sを含有しない、もしくはS量が0.36質量%に満たない試料では、硫化物の量が乏しく焼付時間が短い。一方、S量が0.36質量%の試料番号03の試料では、充分な量の硫化物が得られたため焼付時間が45時間に達している。そして、S量が増加するに従って硫化物の量が増加するため、S量が1.68質量%までは焼付時間が増加している。ここで、第2実施例では、硫化銅が分解して生じたCuにより銅相の量が多いため、焼付時間は第1実施例の場合よりも増加している。ただし、鉄基地中に分散する硫化物の量が増加すると、第1実施例の場合と同様に、鉄基地の強度が低下するため、その影響により、S量が2.01質量%を超えると、S量が増加するに従って焼付時間が逆に短くなっており、S量が3.65質量%を超える試料番号13の試料では焼付時間が45時間を下回っている。
【0049】
また、引張強さについても、第1実施例の場合と同様に、S量の増加に従って引張強さは低下しており、S量が3.65質量%を超える試料番号13の試料では、引張強さが250MPaを下回っている。以上のように、硫化鉄粉末に替えて硫化銅粉末を原料粉末に添加しても、鉄基地中に硫化物を形成できること、およびその際のS量は0.36〜3.65質量%の範囲とすべきことが確認された。
【0050】
[第3実施例]
Mnを0.3質量%含有する鉄粉末に、硫化鉄粉末(S量:36.48質量%)、銅粉末、および黒鉛粉末を表5に示す割合で銅粉末の添加割合を変えて添加し、混合した原料粉末を用い、第1実施例と同様にして、試料番号26〜31の焼結合金の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表5に併せて示す。
【0051】
これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表6に示す。なお、表5および表6には、第1実施例の試料番号07の試料の結果を併せて示した。
【0052】
【表5】
【0053】
【表6】
【0054】
表5および表6より、銅粉末の添加量が5質量%で全体組成中のCu量が5質量%の試料番号26の試料では、S量に対するCu量が少ないため硫化物の析出にCuが費やされ、鉄基地中に銅相が分散しない金属組織となっている。これに対し、全体組成中のCu量が10質量%の試料番号27の試料では、S量に対してCu量が充分となり、鉄基地中に2面積%を超える銅相が析出している。また、Cuの量が増加するに従って鉄基地中に析出分散する銅相の量が増加している。S量に対するCu量が少ない試料番号26の試料では、Cuによる硫化物生成の効果が乏しいが、Cu量が10質量%の試料番号27の試料では、Cuによる硫化物生成促進効果により硫化物の量が増加している。しかしながら、Cu量が25質量%を超えても、S量が一定であるためそれ以上の硫化物の析出は生じていない。
【0055】
Cu量が5質量%に満たない試料番号26の試料では、軟質でなじみ性改善に効果がある銅相が分散しないため、焼付時間は短くなっている。これに対し、Cu量が10質量%の試料番号27の試料では、銅相が分散することにより焼付時間が45時間まで増加し、Cu量が20質量%までは、Cu量の増加に従って焼付時間がさらに増加している。しかしながら、鉄基地中に軟質な銅相が増加すると鉄基地の強度が低下するため、Cu量が20質量%を超えると鉄基地の強度低下により焼付時間が短くなり、Cu量が30質量%を超えると、焼付時間が45時間を下回っており。引張強さは、鉄基地中に軟質な銅相が増加すると鉄基地の強度が低下するため、Cu量の増加に従って低下しており、Cu量が30質量%を超えると、引張強さが250MPaを下回っている。以上のように、全体組成中のCu量は10〜30質量%の範囲とすべきことが確認された。
【0056】
[第4実施例]
Mnを0.3質量%含有する鉄粉末に、硫化鉄粉末(S量:36.48質量%)、銅粉末、および黒鉛粉末を表7に示す添加割合で添加し、混合した原料粉末を用い、第1実施例と同様にして、試料番号32〜43の焼結合金の試料を作製した。これらの試料の全体組成を表7に併せて示す。
【0057】
これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表8に示す。なお、表7および表8には、第1実施例の試料番号07の試料の結果を併せて示した。
【0058】
【表7】
【0059】
【表8】
【0060】
表7および表8より、Cを含有しない試料番号32の試料では、鉄基地が軟質かつ強度の低いフェライト相となるため、焼付時間が極端に短く、かつ引張強さも低い値となっている。また、C量が0.1質量%の試料番号33の試料では、鉄基地にマルテンサイト相が形成されるため焼付時間は増加してはいるが、マルテンサイト相の量が少ないことから、焼付時間が45時間に満たず、かつ引張強さも250MPaを下回る値となっている。なお、残余の組織はトルースタイトとなっていた。一方、C量が0.2質量%の試料番号34の試料では、鉄基地に固溶するC量が充分な量となるとともにマルテンサイト相の量が増加して金属組織の過半を占めるようになるため、鉄基地が強化されて焼付時間が45時間に達するとともに、引張強さも250MPaに達している。また、C量が0.4質量%の試料番号35の試料では、マルテンサイト相が鉄基地部分(気孔を除く金属組織より硫化物および銅相の面積を除いた部分=100%−12.4%−9%=78.6%)の80%を占めるようになり、焼き付き時間がさらに延長されるとともに、引張強さもさらに増加している。そして、C量が0.6質量%を超える試料では、マルテンサイト相が鉄基地部分の100%を占めるようになり、C量が1質量%までは鉄基地強化の作用により焼付時間がさらに増加するとともに、引張強さが増加している。しかしながら、C量が1.0質量%を超えると鉄基地が硬くはなるが同時に脆くなることが影響し、焼付時間が短くなるとともに引張強さが低下している。そして、C量が2質量%を超える資料番号43の試料では、焼付時間が45時間を下回るとともに、引張強さが250MPaを下回っている。以上のように、全体組成中のC量は0.2〜2.0質量%の範囲とすべきことが確認された。
【0061】
[第5実施例]
第1実施例の試料番号07の原料粉末を用いて、焼結温度を表9に示す温度に変えた以外は第1実施例と同じ条件として試料番号44〜49の試料を作製した。これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表9に併せて示す。なお、表9には、第1実施例の試料番号07の試料の結果を併せて示した。
【0062】
【表9】
【0063】
焼結温度が1000℃に満たない試料では焼結の進行が乏しく鉄基地の強度が低いため、焼付時間が短くかつ引張強さが低い値となっている。一方、焼結温度が1000℃の試料番号45の試料では、焼結が充分進行して鉄基地の強度が充分となり、焼付時間が45時間に達するとともに引張強さが250MPaに達している。また、焼結温度が高くなるに従って焼結が一層進行し、鉄基地の強度が向上して焼付時間が増加するとともに、引張強さが向上している。しかしながら、焼結温度が1200℃を超える試料番号49の試料では、型崩れが生じたため試験を中止した。以上のように、焼結温度は1000〜1200℃の範囲とすべきことが確認された。
【0064】
[第6実施例]
第1実施例の試料番号07の原料粉末において、鉄粉末に替えて、Mo量が1.5質量%で残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄合金粉末(Mn量:0.3質量%)およびNi量が2質量%Mo量が1質量%で残部がFeおよび不可避不純物からなる鉄合金粉末(Mn量:0.3質量%)を用いた以外は第1実施例と同じ条件として試料番号50の試料(Mo量:1.19質量%)および試料番号51の試料(Ni量:1.58質量%、Mo量:0.79質量%)を作製した。これらの試料について、第1実施例と同様にして、気孔を除く鉄基地部分に占める硫化物の面積、銅相の面積およびマルテンサイト相の面積の割合を測定した。また、第1実施例と同様にして、焼付試験を行い焼付時間を測定するとともに、引張試験を行い引張強さを測定した。これらの結果を表10に示す。なお、表10には、第1実施例の試料番号07の試料の結果を併せて示した。
【0065】
【表10】
【0066】
表10より、鉄合金粉末にMoやNiを与えて鉄基地にMoやNiを固溶させた試料番号50および51では、鉄基地がNiやMoにより強化されるため、鉄基地にNiやMoを固溶しない試料番号07の試料に比して、焼き付き時間が延長され、引張り強さが増加している。これらのことから、基地にMoやNiを固溶させることで鉄基地が強化され、焼き付き時間が延長できるとともに、引張り強さが向上できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の摺動部材用鉄基焼結合金は、基地への固着性が高い硫化物が基地中に分散して耐焼付性が向上したものであり、車両、工作機械、産業機械等の駆動部位や摺動部位のように摺動面に高い面圧が作用するような摺動部材に好適である。
図1
図2