(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6196209
(24)【登録日】2017年8月25日
(45)【発行日】2017年9月13日
(54)【発明の名称】含銅モリブデン鉱の処理方法
(51)【国際特許分類】
C22B 3/00 20060101AFI20170904BHJP
C22B 3/10 20060101ALI20170904BHJP
C22B 15/00 20060101ALI20170904BHJP
C25C 1/12 20060101ALI20170904BHJP
C25C 7/06 20060101ALI20170904BHJP
C22B 34/34 20060101ALN20170904BHJP
【FI】
C22B3/00
C22B3/10
C22B15/00 105
C22B15/00 107
C25C1/12
C25C7/06 301A
!C22B34/34
【請求項の数】14
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-250420(P2014-250420)
(22)【出願日】2014年12月10日
(65)【公開番号】特開2016-113628(P2016-113628A)
(43)【公開日】2016年6月23日
【審査請求日】2016年9月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】青砥 由樹
(72)【発明者】
【氏名】波多野 和浩
【審査官】
荒木 英則
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2006/082484(WO,A2)
【文献】
米国特許第4083921(US,A)
【文献】
特開昭58−189343(JP,A)
【文献】
特表2005−507457(JP,A)
【文献】
特開昭59−92919(JP,A)
【文献】
特開2013−163868(JP,A)
【文献】
特開2009−235519(JP,A)
【文献】
特開平6−248369(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 3/00
C22B 3/00− 3/10
C22B 15/00
C22B 34/00−34/34
C25C 1/00− 1/12
C25C 7/00− 7/06
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化物イオンを100〜200g/L、銅イオンを1〜30g/L、鉄イオンを1〜20g/L含有する50〜100℃の酸性水溶液を含銅モリブデン鉱に接触させて銅成分を浸出する工程と、次いで固液分離により浸出後液と浸出残渣を得る工程を含み、前記浸出工程は、浸出終点における酸性水溶液の酸化還元電位(vs Ag/AgCl)を400〜480mVとする含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項2】
浸出開始から2時間経過後から浸出終点まで酸性水溶液の酸化還元電位(vs Ag/AgCl)を400〜480mVの範囲に維持する請求項1に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項3】
前記酸性水溶液中の銅イオンと鉄イオンの合計が40g/L以下である請求項1又は2に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項4】
含銅モリブデン鉱は銅を0.5〜10質量%、モリブデンを20質量%以上含有する請求項1〜3の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項5】
浸出後液中のモリブデン濃度が0.011g/L以下である請求項1〜4の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項6】
前記浸出工程は、酸素含有気体を前記酸性水溶液に吹き込みながら実施する請求項1〜5の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項7】
前記浸出工程は、酸素含有気体を前記酸性水溶液に吹き込まずに実施する請求項1〜5の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項8】
前記酸性水溶液のpHは0〜3である請求項1〜7の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項9】
浸出工程による銅浸出率が70%以上である請求項1〜8の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項10】
浸出工程による銅浸出率が70〜95%である請求項1〜9の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項11】
浸出工程を300g/L以上のパルプ濃度で行う請求項1〜10の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項12】
浸出工程は、浸出残渣中の銅品位が0.5質量%以下となるまで実施する請求項1〜11の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項13】
浸出後液中の銅を、溶媒抽出及び逆抽出を経て、電解採取によりカソード上に電気銅として回収する工程を更に含む請求項1〜12の何れか一項に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【請求項14】
溶媒抽出前に、浸出後液に酸素含有気体を吹き込んで液中の銅を酸化する工程を更に含む請求項13に記載の含銅モリブデン鉱の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は銅を含有するモリブデン鉱の処理方法に関する。とりわけ、本発明は銅を含有するモリブデン鉱からモリブデンと銅を分離回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モリブデンは輝水鉛鉱(molybdenite,MoS
2)(硫化モリブデン)、モリブデン鉛鉱(wulfenite,PbMoO
4)(モリブデン酸鉛)、パウエライト(Ca(Mo,W)O
4)、鉄水鉛鉱(Fe
2(MoO
4)
3・nH
2O)等の鉱石中に存在しており、これらの中でも輝水鉛鉱の鉱業的な利用が進んでいる。
【0003】
輝水鉛鉱は銅の硫化物とともに産出されることが多く、浮遊選鉱により銅とモリブデンを選別するが、通常回収したモリブデン精鉱中には数%の銅の硫化物が混在している。モリブデンの主要用途は鉄鋼添加剤であり、この場合銅は鉄鋼製品の性状を低下させるため、予めモリブデン精鉱から銅を除く必要がある。
【0004】
従来、含銅モリブデン精鉱から銅を分離回収する方法として、「塩化鉄法」が知られている(非特許文献1、特許文献1、2)。塩化鉄法の典型的なフローを
図2に示す。当該方法は、含銅モリブデン鉱をFe
3+イオンを120g/L程度含有する浸出液を用いて110℃程度に加熱したオートクレーブ内で浸出処理することで、銅を優先的に浸出させ、モリブデンと銅を分離する方法である。浸出後液中の銅は鉄屑などと反応させてセメント銅(Cu品位90%程度)を沈殿させるセメンテーション法によって回収される。脱銅後のモリブデン精鉱は、モリブデン製錬プロセスに供される。
【0005】
米国特許第4,500,496号明細書(特許文献1)では、モリブデン精鉱に高温高圧下で塩化鉄溶液及び塩素ガスを供給して、銅や鉛などの不純物を除去する方法が記載されている。
【0006】
米国特許第3,674,424号明細書(特許文献2)には、モリブデン精鉱から銅や鉛などの不純物を除去するために、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の塩化物を含有する水溶液を浸出液として用いる方法が開示されている。
【0007】
一方、特開2009−256764号公報(特許文献3)には、塩化浴で特別な酸化剤や特別な装置を使用することなく空気の使用のみで、硫化銅鉱中の銅を98%以上浸出し回収する方法が提供されている。アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の塩化物及び臭化物と、銅と鉄の塩化物もしくは銅と鉄の臭化物を含む酸性溶液(以下「酸性溶液」という)に銅鉱物を添加し、大気圧下かつ水溶液沸点以下において酸性溶液に空気を吹き込みつつ、酸性溶液中の鉄イオンもしくは銅イオンの一方あるいは両方の酸化力により原料から銅を一価銅及び二価銅として浸出し、浸出後固液分離を行い、この固液分離後の溶液に空気を吹き込み、溶液中の銅を酸化し、かつ原料から酸性溶液に浸出された鉄及び不純物を共沈させ、共沈物を含む沈澱物を分離した酸化後液から銅を抽出し、抽出した銅は硫酸溶液中に硫酸銅として回収し、この硫酸銅溶液より銅を回収し、一方、銅の抽出時に生成する塩酸を銅の浸出に繰返す銅の回収方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第4,500,496号明細書
【特許文献2】米国特許第3,674,424号明細書
【特許文献3】特開2009−256764号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】平成24年度成果報告 モリブデン、タングステン 最近の選鉱技術動向(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者の検討結果によれば、非特許文献1及び特許文献1に記載されるような塩化鉄法では浸出処理時に銅と一緒に浸出されて逸損するモリブデンが無視できず、改善の余地がある。また、塩素ガスを使用したり高圧下で実施する点において、コストや安全面での課題も残る。
特許文献2では銅を浸出除去した後液に含まれるモリブデン濃度は0.26〜5.1g/Lで平均は1.42g/Lと比較的多くなっている(特許文献2の表V)。
当該試験は、銅含有量が0.2〜1.0重量%と低いモリブデン精鉱を用いた試験であり、銅含有量が5%程度の一般的な含銅モリブデン精鉱では、銅の浸出時間と逸損するモリブデン量は増加すると容易に予想される。
【0011】
更に塩化鉄法は、実用的な浸出速度を得るために110℃程度にまで加熱する必要があるが、経済性を考えるとより低温での処理が望まれる。
【0012】
特許文献3には塩化浴を用いて硫化銅鉱から銅を浸出する方法が記載されているが、当該方法はモリブデンの回収を意図しておらず、当該方法の含銅モリブデン鉱に対する挙動は不明である。
【0013】
本発明は上記事情に鑑みて創作されたものであり、含銅モリブデン精鉱からモリブデンと銅を分離回収するのに有用な含銅モリブデン鉱の処理方法の改善策を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねたところ、モリブデンの逸損を抑制しながら銅の分離効率を高める上では塩化物イオン、銅イオン及び鉄イオンを含有する酸性水溶液を浸出液として用いるが浸出液中の鉄イオン濃度を低減すること、及び浸出操作終点における浸出液の酸化還元電位を適切な範囲に制御することが必要であることを見出し、本発明に至った。
【0015】
上記の知見を基礎として完成した本発明は一側面において、塩化物イオンを100〜200g/L、銅イオンを1〜30g/L、鉄イオンを1〜20g/L含有する50〜100℃の酸性水溶液を含銅モリブデン鉱に接触させて銅成分を浸出する工程と、次いで固液分離により浸出後液と浸出残渣を得る工程を含み、前記浸出工程は、浸出終点における酸性水溶液の酸化還元電位(vs Ag/AgCl)を400〜480mVとする含銅モリブデン鉱の処理方法である。
【0016】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の一実施形態においては、浸出開始から2時間経過後から浸出終点まで酸性水溶液の酸化還元電位(vs Ag/AgCl)を400〜480mVの範囲に維持する。
【0017】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の別の一実施形態においては、前記酸性水溶液中の銅イオンと鉄イオンの合計が40g/L以下である。
【0018】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の別の一実施形態においては、含銅モリブデン鉱は銅を0.5〜10質量%、モリブデンを20質量%以上含有する。
【0019】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、浸出後液中のモリブデン濃度が0.011g/L以下である。
【0020】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、前記浸出工程は、酸素含有気体を前記酸性水溶液に吹き込みながら実施する。
【0021】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、前記浸出工程は、酸素含有気体を前記酸性水溶液に吹き込まずに実施する。
【0022】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、前記酸性水溶液のpHは0〜3である。
【0023】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、浸出工程による銅浸出率が70%以上である。
【0024】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、浸出工程による銅浸出率が70〜95%である。
【0025】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、浸出工程を300g/L以上のパルプ濃度で行う。
【0026】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、浸出工程は、浸出残渣中の銅品位が0.5質量%以下となるまで実施する。
【0027】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、浸出後液中の銅を、溶媒抽出及び逆抽出を経て、電解採取によりカソード上に電気銅として回収する工程を更に含む。
【0028】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の更に別の一実施形態においては、溶媒抽出前に、浸出後液に酸素含有気体を吹き込んで液中の銅を酸化する工程を更に含む。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、含銅モリブデン精鉱から効率よく経済的にモリブデンと銅を分離回収することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法のフロー図の一例を示す図である。
【
図2】従来の含銅モリブデン鉱の処理方法(塩化鉄法)のフロー図の一例を示す図である。
【
図3】試験例1における浸出時間と浸出液の酸化還元電位の関係を示すグラフである。
【
図4】試験例1(パルプ濃度:190g/L)の浸出終点における浸出液の酸化還元電位が残渣中の銅品位及び浸出液中のモリブデン濃度に与える影響を示すグラフである。
【
図5】試験例2(パルプ濃度:380g/L)の浸出終点における浸出液の酸化還元電位が残渣中の銅品位及び浸出液中のモリブデン濃度に与える影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の具体的な実施形態について詳細を説明するが、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではない。
【0032】
<工程1:銅浸出工程>
工程1では、塩化物イオンを100〜200g/L、銅イオンを1〜30g/L、鉄イオンを1〜20g/L含有する50〜100℃の酸性水溶液(以下、「浸出液」ともいう。)を含銅モリブデン鉱に接触させて銅成分を浸出する。すなわち、工程1では浸出液として塩化浴を使用することで含銅モリブデン鉱中の銅を浸出することを基本としており、更に銅イオンを浸出液中に存在させておくことで、銅の浸出反応の促進を狙っている。
【0033】
工程1で使用する浸出液中の塩化物イオンの濃度は、銅の溶解反応を高い効率で実現する観点から、100g/L以上であることが好ましく、120g/L以上であることがより好ましく、140g/L以上であることが更により好ましい。しかしながら、経済性を考慮すると、過度に高濃度にする必要はなく、浸出液中の塩化物イオンの濃度は一般には200g/L以下であり、好ましくは180g/L以下である。
【0034】
工程1で使用する浸出液中の銅イオンの濃度は、銅浸出反応の促進の観点から、1g/L以上であることが好ましく、5g/L以上であることがより好ましい。しかしながら、経済性を考慮すると、過度に高濃度にする必要はなく、浸出液中の銅イオンの濃度は一般には30g/L以下であり、好ましくは20g/L以下である。
【0035】
鉄イオンは銅浸出の促進に好適な成分であり、銅の溶解反応を高い効率で実現する観点から、1g/L以上であることが好ましいが、20g/Lを超えるとMoの浸出率が顕著に増加して逸損することから、浸出液中の鉄イオン濃度は20g/L以下とするべきであり、10g/L以下であることが好ましく、8g/L以下であることがより好ましく、6g/L以下とすることがより好ましい。
【0036】
Moの浸出を防止するという観点からは、浸出液中の銅イオンと鉄イオンの合計が40g/L以下であることが好ましく、25g/L以下であることがより好ましく、20g/L以下であることが更により好ましい。
【0037】
なお、上記の塩化物イオン、銅イオン及び鉄イオンの濃度は酸性水溶液を含銅モリブデン鉱に接触させる前の浸出液中の濃度を指す。
【0038】
浸出液と含銅モリブデン鉱の接触方法としては特に制限はなく、噴霧や浸漬などの方法があるが、反応効率の観点から、浸出液中に含銅モリブデン鉱を浸漬し、撹拌する方法が好ましい。
【0039】
浸出工程は、浸出終点における浸出液の酸化還元電位(vs Ag/AgCl)が400〜480mVの範囲に入るようにして行うことがMoの溶出を抑えながらCuを浸出する観点で重要である。酸化還元電位が480mVを超えるとMoの溶出が無視できなくなる一方で、酸化還元電位が400mV未満だと銅の浸出速度が極端に遅くなってしまい工業的ではない。浸出終点における浸出液の酸化還元電位は好ましくは460mV以下であり、より好ましくは450mV以下であり、更により好ましくは440mV以下であり、更に好ましくは430mVであり、最も好ましくは420mV以下である。また、浸出終点における浸出液の酸化還元電位は好ましくは410mV以上である。浸出液の酸化還元電位は、酸素含有ガスを吹き込む等の特別な操作を行わない限り浸出時間の経過に伴って徐々に低下することから、特別な操作を行わない場合に浸出終点における酸化還元電位をこのような範囲に制御するためには、浸出初期段階で酸化還元電位が十分に高くなるように液組成及びパルプ濃度を設定することが重要となる。
【0040】
酸化還元電位は浸出終点のみならず、浸出最中においても上記の範囲に維持されることが望ましい。安定した浸出効果を得るためである。具体的には、浸出開始から2時間経過後から浸出終点まで上述した範囲の酸化還元電位に維持することが好ましく、浸出開始から1時間経過後から浸出終点まで上述した範囲の酸化還元電位に維持することがより好ましい。
【0041】
浸出開始時点というのは浸出液と含銅モリブデン鉱の接触が開始された時点であり、浸出終点というのは浸出液を含銅モリブデン鉱から固液分離した時点をいう。
【0042】
浸出工程は、酸素含有気体を浸出液に吹き込みながら実施してもよい。酸素含有気体を吹き込むことで酸化還元電位を高めることができ、これにより銅の浸出速度を高めることが可能となる。酸素含有気体の流量を増大させることで、銅の浸出速度が増大する傾向にある。これにより、モリブデンが浸出するよりも先に銅の浸出が進行するため、モリブデンの逸損を抑えることが可能となる。酸素含有気体としては、特に制限はないが、例えば空気、酸素、酸素と不活性ガス(窒素や希ガスなど)の混合ガスが挙げられる。経済性の観点からは空気が好ましい。
【0043】
酸素含有気体は上述した効果を有効に発揮させるという観点から前記浸出液1L当たり0.02slpm以上の流量で供給することが好ましく、0.04slpm以上の流量で供給することがより好ましく、0.08slpm以上の流量で供給することが更により好ましい。ただし、過剰に供給した場合は、気泡中への液の蒸発で奪われる蒸発熱を補償するために電力などのエネルギーを多く消費し、また、精鉱粒子が表面に塗された気泡の層(フロス)が大量に発生して反応槽からあふれるため、前記浸出液1L当たり0.5slpm以下の流量で供給することが好ましく、前記浸出液1L当たり0.25slpm以下の流量で供給することがより好ましく、前記浸出液1L当たり0.15slpm以下の流量で供給することが更により好ましい。
【0044】
しかしながら、酸素含有気体を吹き込まずに浸出工程を実施することも可能である。例えば、浸出液中の三価の鉄イオン濃度を高めることで酸化還元電位を高めることができる。酸素含有気体を吹き込むための動力が不要であるため、酸素含有気体を吹き込まずに浸出工程を実施するほうが経済性に優れているといえる。ただし、浸出液中の三価の鉄イオン濃度を高くすると浸出後液中のモリブデン濃度が高くなりやすいので、過度に添加しないようにすることに留意する必要がある。
【0045】
含銅モリブデン鉱としては特に制限はないが、例えば輝水鉛鉱、モリブデン鉛鉱、パウエライト、及び鉄水鉛鉱から選択される一種以上を含有する鉱石、とりわけ輝水鉛鉱を含有する鉱石を浮遊選鉱した後のモリブデン精鉱が挙げられる。また、一実施形態においては含銅モリブデン鉱中の銅は硫化物の形態、例えば輝銅鉱及び/又は黄銅鉱の形態で存在する。含銅モリブデン鉱は一実施形態においてCuを0.5〜10質量%含有し、典型的な一実施形態において1〜10質量%含有し、より典型的な一実施形態においてCuを2〜5質量%含有する。また、含銅モリブデン鉱は一実施形態においてMoを20質量%以上含有し、典型的な一実施形態においてMoを30〜60質量%含有し、より典型的な一実施形態においてMoを40〜50質量%含有する。
【0046】
塩化物イオンの供給源としては特に制限はなく、例えば塩化水素、塩酸及び塩化金属等が挙げられるが、経済性や安全性を考慮すれば塩化金属の形態で供給するのが好ましい。塩化金属としては、例えば塩化銅(塩化第一銅、塩化第二銅)、アルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウム)の塩化物、アルカリ土類金属(ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウム)の塩化物が挙げられ、経済性や入手容易性の観点から、塩化ナトリウムが好ましい。また、銅イオンの供給源としても利用できることから、塩化銅を利用することも好ましい。
【0047】
銅イオン及び鉄イオンは、塩の形態で供給するのが通常であり、例えばハロゲン化塩の形態で供給することができる。塩化物イオンの供給源としても利用できる観点から銅イオンは塩化銅、鉄イオンは塩化鉄として供給されるのが好ましい。塩化銅及び塩化鉄としては酸化力の観点から塩化第二銅(CuCl
2)及び塩化第二鉄(FeCl
3)を使用するのがそれぞれ望ましいが、塩化第一銅(CuCl)及び塩化第一鉄(FeCl
2)を使用しても浸出液に酸素含有気体を供給することで、塩化第二銅(CuCl
2)及び塩化第二鉄(FeCl
3)にそれぞれ酸化されるため、酸素含有気体を吹き込む場合は大差はない。酸素含有気体を吹き込まない場合は塩化第二銅(CuCl
2)及び塩化第二鉄(FeCl
3)を使用する必要がある。
【0048】
含銅モリブデン鉱から銅の浸出効率を高めるために、浸出液は酸性とすべきであり、塩化物イオンの供給源としても利用できることから、塩酸酸性とするのが好ましい。浸出液のpHは浸出した銅の溶解度を確保する理由から、ガラス電極によって測定されるpHが0〜3程度とするのが好ましく、0.2〜2.5程度とするのがより好ましい。
【0049】
従って、本発明の好適な実施形態においては、工程1における浸出液として、塩酸、塩化第二銅、塩化第二鉄、及び塩化ナトリウムの混合液を使用することができる。
【0050】
工程1に使用する浸出液の温度は浸出効率や装置の材質の観点から、50℃以上とするのが好ましく、60℃以上とするのがより好ましく、70℃以上とするのが更により好ましいが、高すぎると浸出液の蒸発や加熱コストの上昇があるので、100℃以下とするのが好ましく、90℃以下とするのがより好ましく、85℃以下とするのがより好ましい。浸出効率を高めることを目的として工程1を加圧下で実施することも可能であるが、大気圧下で十分である。すなわち高圧での浸出工程を行うための耐圧容器を必要とせず、より簡易な装置を用いることができる。銅浸出を促進するため、処理対象となる含銅モリブデン鉱を予め粉砕・摩鉱しておくことが好ましい。
【0051】
浸出工程は、使用する浸出液に対する含銅モリブデン鉱の量を大きくして実施する方が浸出コストの低減の観点から好ましい。また、使用する浸出液に対する含銅モリブデン鉱の量を大きくして実施する方がモリブデンの逸損も少なくなる傾向にある。そのため、本発明の一実施形態においては、50g/L以上のパルプ濃度で浸出工程を行うことができ、本発明の別の一実施形態においては、150g/L以上のパルプ濃度で浸出工程を行うことができ、本発明の更に別の一実施形態においては、300g/L以上のパルプ濃度で浸出工程を行うことができる。一方で、浸出速度を高めるという観点からは使用する浸出液に対する含銅モリブデン鉱の量は小さい方が好ましいことから、本発明の一実施形態においては、800g/L以下のパルプ濃度で浸出工程を行うことができ、本発明の別の一実施形態においては、600g/L以下のパルプ濃度で浸出工程を行うことができ、本発明の更に別の一実施形態においては、500g/L以下のパルプ濃度で浸出工程を行うことができる。ここで、パルプ濃度とは使用する浸出液の体積(L)に対する含銅モリブデン鉱(乾燥重量(g))の比である。
【0052】
<工程2:固液分離工程>
工程2では、工程1によって得られた浸出反応液を固液分離によって浸出後液と浸出残渣に分離する。固液分離方法は特に制限はないが、フィルタープレスやシックナーを使用することができる。
【0053】
工程1の銅浸出工程は一段階で実施することもできるが、含銅モリブデン鉱中の銅の浸出を十分に行うために銅浸出工程を複数段で実施することも可能である。複数段を利用した銅浸出工程は、具体的には、一段目における銅浸出操作を終了後に、フィルタープレスやシックナーなどによって固液分離し、浸出残渣に対して次段の銅浸出操作を行うことにより実施することができる。典型的には、銅浸出工程は2〜4段階で構成することができる。この場合、各浸出段で実施している固液分離操作が工程2に該当する。
【0054】
本発明によれば、モリブデンの浸出を抑制しながらも、銅を高い浸出率で浸出することが可能である。例えば、本発明の一実施形態においては、浸出後液中のモリブデン濃度を0.011g/L以下に抑制しながら、銅の浸出率80%以上を達成することができ、本発明の別の一実施形態においては、浸出後液中のモリブデン濃度を0.001g/L以下に抑制しながら、銅の浸出率70%以上を達成することができ、本発明の更に別の一実施形態においては、浸出後液中のモリブデン濃度を0.005g/L以下に抑制しながら、銅の浸出率90%以上を達成することができ、本発明の更に別の一実施形態においては、浸出後液中のモリブデン濃度を0.005g/L以下に抑制しながら、銅の浸出率95%以上を達成することができる。
【0055】
また、浸出工程は、浸出残渣中の銅品位が0.5質量%以下となるまで実施することが好ましい。これにより、浸出残渣である脱銅モリブデン鉱中のモリブデン純度が上昇して市場価値が高まると共に、銅を回収できるという利点が得られる。
【0056】
浸出に要する時間は、原料である含銅モリブデン鉱中の銅品位にもよるが、浸出残渣中の銅品位が0.5質量%以下となるまでに要する時間は、例えば4〜10時間くらいであり、典型的には5〜6時間くらいである。
【0057】
<その他の工程>
(鉄酸化)
工程1によって得られた浸出液には、浸出液に元々含まれていた鉄の他、含銅モリブデン鉱中の鉄の一部が溶解した鉄が含まれている。これらの鉄イオンの多くはFe(II)と考えられる。これを酸化することでFe(III)とし、再度浸出に使用することができる。またpHを調整することで、Fe(III)の一部を沈殿し、浸出液中の鉄濃度をコントロールすることができる。酸化の条件としては20〜70℃、pH1.5〜3.0でエアレーションすることがコストと反応速度の面で最も好ましい。温度とpHは高ければ高いほど、反応速度が速い。
【0058】
(銅回収)
工程1によって得られた浸出後液から銅を回収することができる。銅の回収方法としては特に制限はないが、例えば溶媒抽出、イオン交換、卑な金属との置換析出及び電解採取などを利用することができる。浸出後液中の銅は1価及び2価の状態が混在しているが、溶媒抽出やイオン交換を円滑に行うために、全部が2価の銅イオンとなるように予め酸化しておくことが好ましい。酸化の方法は特に制限はないが空気や酸素を浸出後液中に吹き込む方法が簡便である。
【0059】
本発明に係る含銅モリブデン鉱の処理方法の一実施形態においては、浸出後液中の銅を、溶媒抽出及び逆抽出を経て、電解採取によりカソード上に電気銅として回収する工程を更に含む。当該工程自体は一般にSX−EW(Solvent Extraction and Electro-winning)法と呼ばれている方法であり、当業者にとって周知である。
【0060】
また、溶媒抽出前に、浸出後液に空気などの酸素含有気体を吹き込んで液中の銅を酸化する工程を経ることもできる。これにより、銅を溶媒抽出後に逆抽出(ストリップ)して直接電解採取することを可能にするという利点が得られる。酸化工程を経ない場合、強塩化物浴では一価の銅が高濃度で存在するため電解採取の際にデンドライト銅として析出する。デンドライト銅は金属粉末として電解槽に沈殿する。カソードに板状銅として回収する方が圧倒的に運搬等の操作性の面で長所が多い。更に、酸化工程後は固液分離することもできる。固液分離は浸出液中に鉄が含まれている場合に、酸化残渣に移行するため、浸出後液中の銅純度を高める上で有利である。
【0061】
(モリブデン回収)
工程1によって得られた浸出残渣をモリブデン精鉱として、当業者に公知の精製プロセスを経てモリブデン中間生産物を製造することができる。例えば、酸化焙焼して三酸化モリブデン製品を製造したり、更に成型・乾燥工程を経て三酸化モリブデンブリケットを製造したり、テルミット還元を経て低炭素フェロモリブデンを製造したりすることができる。更に、酸化焙焼・脱硫後に、アンモニア抽出及び水素還元を行って金属モリブデンを得ることも可能である。
【実施例】
【0062】
以下、本発明及びその利点をよりよく理解するための実施例を記載するが、本発明はそれに限られるものではない。
【0063】
<試験例1:ORPの違いによる銅浸出率、モリブデン濃度の推移>
含銅モリブデン鉱として、輝水鉛鉱を含む鉱石から浮遊選鉱により選別されたモリブデン精鉱を粉砕したものを用意した。当該モリブデン精鉱は、酸溶解後にICP発光分光分析法で分析したところ、Mo:45質量%、Cu:3.5質量%、Fe:4.4質量%、S:37質量%の組成を有していた。表1に示すイオン組成を有するように、塩酸、塩化第二鉄、塩化第二銅、塩化ナトリウムを混合した浸出液4Lをホットスターラーで75℃に加熱後、当該モリブデン精鉱760gを投入し、撹拌を継続しながら浸出試験を10時間実施した。浸出中のORP(vs Ag/AgCl)の変化を
図3に示す。浸出液への空気吹き込み(0.37slpm)は試験番号によって行った場合と行わなかった場合に分けた。なお、浸出液及び残渣中の金属の分析は、ICP発光分光分析法(ICP−OES)で行った。
【0064】
残渣率は精鉱及び浸出後得られた残渣の乾燥重量を測定し、残渣率=残渣重量(g)/精鉱重量(g)として算出した。その後に液を入れ替えて再度浸出する場合、同様の残渣率の算出をおこない、直前の残渣率に乗算することで通算の残渣率を求めた。再度の浸出前にサンプリングした場合も同様である。
(通算の残渣率(%))=(液を入れ替える前の浸出後重量(g)/浸出前精鉱重量(g))×(再浸出後重量(g)/再残渣重量(g))
【0065】
銅浸出率は以下の計算によって算出した。
(浸出率(%))=100−(浸出後品位/精鉱品位)×(残渣率(%))×100
【0066】
【表1】
*イオン濃度は、浸出液の成分が完全に電離していると仮定して算出した。
【0067】
浸出を終えた後、固液分離を吸引濾過により行い、浸出後液をサンプリングして、浸出後液中の銅及びモリブデン濃度を測定した。浸出結果を表2及び
図4に示す。これにより、酸化還元電位を適切に制御することで、空気の吹き込みの有無に関わらず、モリブデンの逸損を抑制しながら、高い銅浸出率を得ることができることが理解できる。
【0068】
【表2】
【0069】
<試験例2:パルプ濃度の浸出速度への影響>
試験例1と同様のモリブデン精鉱の別のサンプルを用意し、ICP発光分光分析法で分析したところ、Mo:47質量%、Cu:3.9質量%、Fe:4.6質量%、S:37質量%の組成を有していた。表3に示す組成を有するように、塩酸、塩化第二鉄、塩化第二銅、塩化ナトリウムを混合した浸出液2Lをホットスターラーで75℃に加熱後、当該モリブデン精鉱760gを投入し、浸出液への空気吹き込み(0.19slpm)と撹拌を継続しながら浸出試験を6時間実施した。浸出終了後にろ過して浸出後液のORP(vs Ag/AgCl)を測定し、これを浸出終点におけるORPとした。なお、Fe濃度を2g/Lとした場合は、液量、精鉱量及び空気吹き込み量を2倍としたが、浸出挙動には影響しない。また、表3に示すように、浸出液中のFe濃度を2〜100g/Lの範囲で変化させることで、浸出液中のFe濃度が浸出後液中のモリブデン濃度に与える影響を確認した。
【0070】
【表3】
【0071】
浸出結果を表4及び
図5に示す。浸出終了時でのMo濃度を見てみると、開始時のFe濃度の増大と相関があることがわかる。Fe濃度が2g/LでのMo濃度は検出下限の1mg/L未満であった。また、Fe濃度が10g/Lになるまでは、Mo濃度が10mg/L未満となった。以降、Fe濃度増加に対してMo濃度は増加し続けた。また、本試験例においてはパルプ濃度が380g/Lと試験例1よりも高かったことで、全体的にモリブデンの逸損が少なかった。
【0072】
【表4】
【0073】
<比較例1:次亜塩素酸ナトリウムの影響>
Fe(II):2g/L、Cu(II):18g/L、Cl:180g/Lを含む液を2L調整した。塩素ガスを水に吹き込んだ時に発生する次亜塩素酸として、次亜塩素酸ソーダ液(和光純薬工業社製特級)を添加し、ORP(vs Ag/AgCl)を浸出中に上げていった。次亜塩素酸ソーダ液は強アルカリであるため、濃塩酸でpHを1と0に調整した二種類の液を調製した。使用した精鉱は試験例1と同様の条件で2時間浸出した後の精鉱であり、これを当該二種類の浸出液にそれぞれ700g添加した。75℃に加温し、撹拌して銅分を浸出した。4時間後及び8時間後に一度サンプリングしさらに撹拌を続けた。14時間後に撹拌を停止し、浸出液及び残渣中の銅濃度とモリブデン濃度をICP−OESで測定した。銅の浸出率、残渣中のCu品位及び浸出モリブデンの濃度を表5に示す。
【0074】
【表5】
【0075】
表5から次亜塩素酸イオンの存在下で銅を十分浸出するとORPが高くなり、モリブデンが溶解して浸出液に分配し逸損が大きくなることが分かる。塩素ガスでFe(III)を再生した浸出液では次亜塩素酸イオンが残留するため、同様の傾向が生じることは容易に推察される。