(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施形態を詳細に説明する。
【0014】
(1)電解液の成層化
電解液の成層化は、電解液中の硫酸イオンと硫酸水素イオンが沈降して、電槽の上下で電解液の比重に差が生じる現象である。以下では、硫酸イオン(SO
42−)と硫酸水素イオン(HSO
4−)とを「硫酸イオン」と総称する。有機不織布や多孔質膜を負極板の周囲に設置して、硫酸イオンの沈降を阻害する物理的障壁を設けることにより、電解液の成層化を大きく抑制することができる。負極板の周囲に設けた有機不織布または多孔質膜により、硫酸イオンの沈降を防ぎ、電槽内部の硫酸イオンの濃度を均一に保持することが可能である。
【0015】
(2)高率放電性能
高率放電性能は、(1)に記載した有機不織布や多孔質膜に親水膜を設けた場合には、親水膜を設けない場合よりも優れていた。これは、硫酸イオンと親水膜との間に化学的な相互作用が働いているためだと考えられる。親水膜に用いられるSiO
2やAl
2O
3の表面には、−OH基が生成される。親水膜の表面の−OH基は、電解液である硫酸水溶液中でプロトンが付与された結果、−OH
2+の形になって存在する。硫酸イオン(SO
42−とHSO
4−)は、この−OH
2+へ引き寄せられて化学的な相互作用を生じていると考えられる。すなわち、有機不織布や多孔質膜に設けられた親水膜は、硫酸イオンと相互作用を生じ、硫酸イオンを吸着して集め、電極へ供給すると考えられる。このため、親水膜から電極への硫酸イオンの供給効率が、高率放電性能を左右すると考えられる。そこで、以下の2点に基づき、親水膜の材質を検討した。
【0016】
第1点目は、親水膜の表面に生成された、硫酸イオンとの相互作用を生じる相互作用点の数である。本発明では、硫酸イオンとの相互作用点となる−OH基の数を相互作用点の数として考慮して、親水膜の材質を検討した。第2点目は、硫酸イオンと親水膜との間に働く相互作用(吸着エネルギー等)の強さである。以下では、相互作用の指標として吸着エネルギーを例にとった場合について説明する。吸着エネルギーが弱すぎると、硫酸イオンと親水膜との化学的な相互作用が弱くなり、親水膜に吸着する硫酸イオンの数が減って、硫酸イオンの電極への供給効率が低下してしまう。逆に吸着エネルギーが強すぎると、硫酸イオンが親水膜に吸着したままとなり、やはり硫酸イオンの電極への供給効率が低下してしまう。つまり、硫酸イオンと親水膜との間に働く吸着エネルギーは、適切な値であることが好ましい。
【0017】
本発明による鉛蓄電池では、有機不織布または多孔質膜が負極板の周囲に設けられ、この有機不織布または多孔質膜には、親水膜が形成されている。
【0018】
親水膜は、親水材料と保持体材料とから構成され、親水材料と保持体材料とからなる混合液を水溶性溶媒(例えばアルコール系溶媒や水)で希釈して得られた親水塗料を、有機不織布または多孔質膜の表面に塗布することで形成される。親水材料には、硫酸イオンと親水膜との間に働く吸着エネルギーを考慮すると、Al
2O
3、Al
2O
3とSiO
2との混合物、BaSO
4、及びTiO
2のうちの少なくとも1つを用いるのが好ましい。特に、Al
2O
3、またはAl
2O
3とSiO
2との混合物を親水材料に用いることが好ましい。Al
2O
3を用いる場合には、親水材料として親水性アルミナゾルを利用することができ、Al
2O
3とSiO
2との混合物を用いる場合には、親水材料としてアルミナゾルとコロイダルシリカとの混合物を利用することができる。保持体材料には、無機材料または有機高分子材料を用いることができ、例えば、シリカゾル、アクリルアミド、またはアルコキシシランを用いることができる。
【0019】
有機不織布または多孔質膜の厚さは、硫酸イオンの沈降の防止能力、電池反応への影響、及び強度等を考慮すると0.03mm〜0.1mmが好ましく、有機不織布を用いる場合には有機不織布の繊維に応じて、多孔質膜を用いる場合には多孔質膜の孔径や材料に応じて、それぞれ定めることができる。有機不織布は無機不織布に比べると製造が容易という利点を持つため、本発明による鉛蓄電池では、不織布として有機不織布を採用する。多孔質膜は、100nm〜1μmの孔を有し、孔の構造は規則的な構造でも有機不織布のような不規則構造でも構わない。
【0020】
親水膜は、有機不織布または多孔質膜の表面に、10nm〜1000nmの厚さで形成するのが好ましい。10nmより薄いと硫酸イオンを吸着して保持する効果が小さくなり、1000nmより厚いと電池の内部抵抗が大きくなり、どちらも好ましくない。
【0021】
親水膜が形成された有機不織布または多孔質膜を負極板の周囲に設けることより、鉛蓄電池において、電解液の成層化の抑制と高率放電性能の低下の抑制が可能である。特に、本発明による鉛蓄電池では、親水膜が形成された有機不織布または多孔質膜をセパレータとは別に負極板の周囲に設けると、有機不織布または多孔質膜が負極板とより密接した状態で配置されるので、セパレータに成層化の抑制効果を持たせた場合よりも、成層化の抑制効果が高い。
【0022】
図1Aは、本発明の実施例による鉛蓄電池の構成を示す図であり、
図1Bは、本実施例による鉛蓄電池の極板群の断面概略図であり、
図1Cは、本実施例による鉛蓄電池の極板の構成概略図である。本実施例による鉛蓄電池は、外装部分として電槽1と端子2を備える。電槽1の内部には、極柱3と極板群4を備える。極柱3は、極板群4と端子2とを接続する。極板群4は、金属鉛(Pb)を活物質として含む負極板5と、二酸化鉛(PbO
2)を活物質として含む正極板7と、負極板5と正極板7との間に配置されたセパレータ6とを備える。負極板5と正極板7は板状であり、セパレータ6を介して負極板5と正極板7とが交互に積層されて、極板群(電極群)4が構成される。極板群4は、希硫酸からなる電解液に浸されて電槽1内に収納され、鉛蓄電池を構成する。
【0023】
図2は、本発明の実施例による鉛蓄電池の極板群4の一部の構造、特に負極板5の周囲の構造を示す図である。負極板5の周囲には、有機不織布または多孔質膜8が設けられる。セパレータ6は、板状でも袋状でもよく、負極板5の周囲に設けられた有機不織布または多孔質膜8と正極板7との間に配置される。セパレータ6が袋状の場合は、セパレータ6は、負極板5と有機不織布または多孔質膜8とを収納する。有機不織布または多孔質膜8の表面には、親水膜9が形成される。親水膜9は、親水材料10と保持体材料11とから構成される。
【0024】
有機不織布または多孔質膜8は、少なくとも、セパレータ6と対向する負極板5の面と、この面の反対にある負極板5の面とに、対向するように設けられる。さらに、有機不織布または多孔質膜8は、負極板5の側面のうちこれらの面以外の面に対向するように設けてもよく、負極板5の底面に対向するように設けてもよい。例えば、有機不織布または多孔質膜8は、負極板5に巻くことで負極板5の周囲に設けることができる。
【0025】
図2に示した例では、有機不織布または多孔質膜8は、負極板5の底面と2つの側面(セパレータ6と対向する面と、この面の反対にある面)とに対向し、負極板5を巻いて設けられている。
【0026】
有機不織布または多孔質膜8は、袋状で、負極板5を収納してもよい。親水膜9は、有機不織布または多孔質膜8のほかに、セパレータ6の表面にも形成してもよい。また、有機不織布または多孔質膜8を負極板5の周囲に設けないで、セパレータ6の表面に親水膜9を形成してもよい。
【0027】
以下、本実施例による鉛蓄電池について説明する。
【0028】
[1]有機不織布または多孔質膜
親水膜が形成される有機不織布または多孔質膜に用いられる材料の例として、ポリプロピレン、セルロース、ポリエチレン、ナイロン、アラミド、及びポリエステル等が挙げられる。有機不織布または多孔質膜に、以下に述べる親水塗料を塗布し、加熱して熱硬化させることで、有機不織布または多孔質膜の表面に親水膜を形成できる。
【0029】
[2]親水塗料
親水膜を形成するための親水塗料は、(a)親水材料、(b)保持体材料、及び(c)溶媒から構成される。親水材料と保持体材料は、ともに、固形成分が一定の濃度で分散媒中に存在するものとする。親水材料の固形成分と保持体材料の固形成分の重量比は、90:10〜70:30であるのが好ましい。固形成分の重量比がこの範囲であると、親水材料と保持体材料とを混合させて親水塗料を作製するのに好適である。親水材料が含まれる分散液と保持体材料が含まれる分散液とを混合した後、親水材料と保持体材料の各々の固形成分の合計濃度が希釈溶媒に対して0.5wt%〜5wt%となるように、この混合液を溶媒で希釈する。固形成分の濃度が0.5wt%より小さいと親水膜の厚さが不均一になり、5wt%より大きいと親水膜が形成しづらくなり、どちらも好ましくない。
【0030】
(a)親水材料
酸性水溶液に浸漬しても溶けださない無機材料は、親水性を長期間保てることから、親水材料として好ましい。このような無機材料として、親水性シリカ粒子や親水性アルミナゾルが挙げられる。具体的には、日産化学工業株式会社製のコロイダルシリカIPA−ST−UP、IPA−ST、ST−OXS、ST−K2、及びLSS−35や、日産化学工業株式会社製のアルミナゾルAS−200などが挙げられる。コロイダルシリカはアルコールを分散媒とし、アルミナゾルは水を分散媒としているため、これらは容易に混ぜ合わせることができる。
【0031】
コロイダルシリカは、比表面積が130m
2/g〜1000m
2/g程度である粒子を用いるのが好ましい。コロイダルシリカの形状が球形であると仮定すると、比表面積がこの範囲であるコロイダルシリカの粒子径は、2nm〜20nmである。アルミナゾルは、含まれているアルミナ粒子の比表面積が200m
2/g〜400m
2/g程度であるものを用いるのが好ましい。アルミナ粒子の形状が板状であると仮定すると、例えば、寸法(縦、横、及び高さ)が10nm×10nm×100nmであるアルミナ粒子を含むアルミナゾルを用いることができる。
【0032】
表1は、親水材料にコロイダルシリカとアルミナゾルを用いた場合の、親水膜の表面に生成された、硫酸イオンとの相互作用を生じる相互作用点(−OH基)の数の算出例を示す表である。表1において、(1)は、親水材料として親水性シリカ粒子(SiO
2)を用い、親水材料と保持体材料の固形成分の重量比が80:20の場合である。(2)は、親水材料として親水性シリカ粒子(SiO
2)を用い、親水材料と保持体材料の固形成分の重量比が80:20の場合である。ただし、シリカ粒子の比表面積は、(1)のシリカ粒子の約7.7倍である。(3)は、親水材料としてアルミナゾル(Al
2O
3)を用い、親水材料と保持体材料の固形成分の重量比が90:10の場合である。
【0033】
表1には、(1)〜(3)のそれぞれについて、形状、粒子の大きさ(nm)、比表面積(m
2/g)、親水材料の1粒子あたりの相互作用点の数(個/粒子)、親水材料の1gあたりの相互作用点の数(個/g)、及び親水膜の1gあたりの相互作用点の数(個/g)を示した。ただし、粒子の大きさは、(1)と(2)では粒子が球形であると仮定してその径を、(3)では粒子が板状であると仮定してその寸法(縦、横、及び高さ)を示した。
【0035】
各親水材料において、硫酸イオンとの相互作用点の数を算出するにあたり、以下の算出式を用いた。
(E)=(A)×(D)
=(A)×{(B)/(C)}
ただし、
(A)は、親水材料の1粒子あたりの硫酸イオンの相互作用点の数、
(B)は、親水材料または親水膜1gあたりの、親水材料の体積、
(C)は、親水材料の1粒子あたりの体積、
(D)は、親水材料または親水膜1gあたりに含まれる親水材料の粒子数、
(E)は、親水材料または親水膜1gあたりの硫酸イオンの相互作用点の数、
である。
【0036】
表1によると、相互作用点の数は、親水材料にAl
2O
3を用いた(3)の場合には、SiO
2を用いた(1)と(2)の場合よりも、4〜6桁大きい。このことから、親水材料にAl
2O
3を用いると、硫酸イオンとの相互作用点の数を大幅に増やせることがわかる。
【0037】
親水材料として、Al
2O
3を単体で用いるほかに、Al
2O
3とSiO
2との混合物を用いることも可能である。この混合物を用いると、硫酸イオンとの相互作用点の数は、Al
2O
3により増加し、硫酸イオンと親水膜との適切な相互作用は、SiO
2により実現できるという利点がある。親水材料にAl
2O
3とSiO
2との混合物を用いる場合には、10wt%以上のAl
2O
3が親水材料に含まれるものとする。Al
2O
3が10wt%より少ないと、硫酸イオンとの相互作用点の数を効果的に増やすことができない。
【0038】
硫酸イオンとの相互作用点の数が、Al
2O
3では1gあたり1×10
21個〜1×10
24個、SiO
2では1gあたり1×10
17個〜1×10
20個である親水材料で親水膜を形成することで、優れた高率放電性能を得ることが可能である。従って、親水材料がAl
2O
3からなる場合には、相互作用点の数がAl
2O
3の1gあたり1×10
21個〜1×10
24個であるのが好ましく、親水材料がAl
2O
3とSiO
2とからなる場合には、相互作用点の数が、Al
2O
3の1gあたり1×10
21個〜1×10
24個であり、SiO
2の1gあたり1×10
17個〜1×10
20個であるのが好ましい。
【0039】
相互作用点の数はAl
2O
3の方がSiO
2よりも多いため、親水材料としてAl
2O
3とSiO
2との混合物を用いた場合には、Al
2O
3の量で相互作用点の数が決まると考えられる。このため、親水膜を形成する親水材料として、Al
2O
3を用いた場合でもAl
2O
3とSiO
2との混合物を用いた場合でも、相互作用点の数が親水膜の1gあたり1×10
21個〜1×10
24個であれば、高率放電性能の低下を特に抑制できるので好ましい。
【0040】
(b)保持体材料
保持体材料には、有機高分子材料または無機材料を用いることができる。保持体材料に用いる有機高分子材料の例としては、ポリエチレングリコールやポリビニルアルコール等を加熱して得られる重合体を挙げることができる。保持体材料に用いる無機材料の例としては、シリカゾルのように加熱により保持体となる材料が挙げられる。この中でも酸性水溶液中の長期安定性が優れているのは、アクリルアミドやシリカゾルである。シリカゾルとして、具体的には、コルコート社製のコルコートPXが挙げられる。
【0041】
(c)溶媒
親水材料と保持体材料との混合液を希釈するために用いられる溶媒は、親水材料と保持体材料に対する分散性と相溶性がよく、熱硬化の際に揮発しやすいものが望ましい。これらの条件を満たす溶媒として、アルコール系の溶媒や水が好ましい。さらに、有機不織布や多孔質膜の耐熱性を考慮すると、沸点が100℃以下であることがさらに好ましい。溶媒の具体例として、水、メタノール、エタノール、及びイソプロピルアルコールが挙げられる。
【0042】
表2は、本発明の実施例による鉛蓄電池の構成と、電解液の成層化の抑制効果の評価と、高率放電性能の評価とを示す表である。鉛蓄電池の構成として、有機不織布の材質と厚さ(mm)、親水膜の厚さ(nm)、親水膜1gあたりの相互作用点の数(個/g)、及び親水膜の親水材料と保持体材料とこれらの固形成分の重量比とを示した。有機不織布の材質は、ポリプロピレンを「PP」で表し、ポリエチレンを「PE」で表した。親水膜1gあたりの相互作用点の数は、親水材料としてアルミナゾル(Al
2O
3)とコロイダルシリカ(SiO
2)との混合物を用いた場合には、アルミナゾルとコロイダルシリカの相互作用点の総数を示している。また、表2には、比較例として作製した鉛蓄電池についても記載した。以下、各実施例と各比較例について説明する。以下の実施例と比較例では、負極板5の周囲に有機不織布を設けた。
【実施例1】
【0044】
実施例1による鉛蓄電池は、
図2に示すように、親水膜9が形成された有機不織布8が負極板5の周囲に設けられている。有機不織布8の表面には、以下のようにして親水膜9を形成した。
【0045】
有機不織布8として、ポリプロピレン製で、厚さが0.1mmのものを用いた。
【0046】
親水材料10としてアルミナゾル(Al
2O
3)とコロイダルシリカ(SiO
2)を用い、保持体材料11としてシリカゾルを用いた。具体的には、アルミナゾルとして日産化学工業株式会社製のアルミナゾルAS−200を、コロイダルシリカとして日産化学工業株式会社製のコロイダルシリカIPA−ST−UPを、シリカゾルとしてコルコート社製のコルコートPXを用いた。親水材料10において、アルミナゾルとコロイダルシリカの重量比は、80:20とした。すなわち、親水材料10には、80wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。
【0047】
親水材料10(X)と保持体材料11(Y)の固形成分の重量比(X:Y)が80:20になるように、親水材料10と保持体材料11とを混合した。この混合液を、固形成分の濃度が5wt%になるようにエタノールで希釈することで、親水塗料を調製した。
【0048】
この親水塗料に有機不織布8を浸漬させた後、速度156mm/分にて有機不織布8を引き上げた。この有機不織布8を紙ワイパーで挟んで上からローラーを転がすことで有機不織布8に付着した余分な親水塗料を除去した後、この有機不織布を60℃に加温した恒温槽内に1時間置いて溶媒を除去した。このようにして、有機不織布8の表面に親水膜9を形成した。親水膜9は、厚さが50nmであり、1gあたりの相互作用点の数が1.0×10
23個である。
【0049】
親水膜9が形成された有機不織布8を負極板5の周囲に設置し、電解液として希硫酸を用い、
図1に示すような鉛蓄電池を作製した。
【0050】
この鉛蓄電池にサイクル試験を行い、まず、電解液の成層化を抑制する効果を評価した。サイクル試験は、鉛蓄電池を25℃の雰囲気に置き、
(i)放電電流45Aで59秒間放電、
(ii)放電電流300Aで1秒間放電、
(iii)充電電圧14.0V(制限電流100A)で60秒間定電流定電圧充電、
の(i)、(ii)、及び(iii)を1サイクルとして、このサイクルを3600回繰り返すものである(電池工業会規格SBA S0101より)。電解液の成層化が顕著に現れる初期のサイクル(3600回目)における、電槽内の上部と下部での電解液の比重差を、成層化の指標とした。すなわち、3600回目のサイクルでの、電槽内の下部における電解液の比重と上部における電解液の比重とを測定し、これらの比重の差を求め、この比重差の値により、成層化の抑制効果を評価した。電槽内の上部とは、極板群4の上端から1cm上の位置であり、電槽内の下部とは、極板群4の下端から1cm上の位置である。具体的な評価基準は、比重差が0.02以下の場合を「A」、0.02より大きく0.04以下の場合を「B」、0.04より大きく0.07以下の場合を「C」、0.07より大きい場合を「D」とした。この評価基準では、A、B、C、Dの順に成層化が抑制されていることになる。
【0051】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.03と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。
【0052】
次に、鉛蓄電池の高率放電性能を評価した。高率放電性能は、−15℃の温度条件下で鉛蓄電池を16時間放置した後に、放電電流150A、終止電圧6VのJIS規格に従って測定した。一般に、鉛蓄電池の内部に有機不織布または多孔質膜8を設置すると、高率放電性能が低下することが知られている。そこで、有機不織布または多孔質膜8を負極板5の周囲に設置しない場合の高率放電性能を100として、高率放電性能の低下幅が小さい場合(高率放電性能が100に近い場合)を、高率放電性能の低下を抑制できる場合として評価した。具体的な評価基準は、高率放電性能が100以下95以上を「A」、95未満91以上を「B」、91未満87以上を「C」、87未満を「D」とした。この評価基準では、A、B、C、Dの順に高率放電性能の低下を抑制していることになる。
【0053】
本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が95で評価Aとなり、高率放電性能の低下幅が極めて小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【実施例2】
【0054】
実施例2による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0055】
本実施例による鉛蓄電池では、親水材料10としてアルミナゾル(Al
2O
3)のみを用い、コロイダルシリカ(SiO
2)を用いなかった。すなわち、親水材料10には、100wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。親水材料10(X)と保持体材料11(Y)の固形成分の重量比(X:Y)は、90:10である。また、親水膜9の1gあたりの相互作用点の数は、1.3×10
23個である。
【0056】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.04と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が93で評価Bとなり、高率放電性能の低下幅が小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【実施例3】
【0057】
実施例3による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0058】
本実施例による鉛蓄電池では、親水材料10としてアルミナゾル(Al
2O
3)とコロイダルシリカ(SiO
2)を用い、アルミナゾルとコロイダルシリカの重量比は、70:30とした。すなわち、親水材料10には、70wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。親水膜9の1gあたりの相互作用点の数は、9.1×10
22個である。
【0059】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.03と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が96で評価Aとなり、高率放電性能の低下幅が小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【実施例4】
【0060】
実施例4による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0061】
本実施例による鉛蓄電池では、有機不織布8として、ポリエチレン製のものを用いた。
親水膜9の厚さは、10nmである。
【0062】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.04と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が94で評価Bとなり、高率放電性能の低下幅が小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【実施例5】
【0063】
実施例5による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0064】
本実施例による鉛蓄電池では、親水材料10としてアルミナゾル(Al
2O
3)のみを用い、コロイダルシリカ(SiO
2)を用いなかった。すなわち、親水材料10には、100wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。保持体材料11として、アクリルアミドを用いた。親水膜9は、厚さが100nmであり、1gあたりの相互作用点の数が1.3×10
23個である。
【0065】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.03と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が92で評価Bとなり、高率放電性能の低下幅が小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【実施例6】
【0066】
実施例6による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0067】
本実施例による鉛蓄電池では、保持体材料11として、アクリルアミドを用いた。親水膜9の厚さは、60nmである。
【0068】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.04と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が94で評価Bとなり、高率放電性能の低下幅が小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【実施例7】
【0069】
実施例7による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0070】
本実施例による鉛蓄電池では、有機不織布8として、ポリエチレン製で、厚さが0.05mmのものを用いた。親水材料10としてアルミナゾル(Al
2O
3)とコロイダルシリカ(SiO
2)を用い、アルミナゾルとコロイダルシリカの重量比は、70:30とした。すなわち、親水材料10には、70wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。保持体材料1として、アクリルアミドを用いた。親水膜9の1gあたりの相互作用点の数は、9.1×10
22個である。
【0071】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.03と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が95で評価Aとなり、高率放電性能の低下幅が小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【実施例8】
【0072】
実施例8による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0073】
本実施例による鉛蓄電池では、有機不織布8として、厚さが0.03mmのものを用いた。親水材料10としてアルミナゾル(Al
2O
3)とコロイダルシリカ(SiO
2)を用い、アルミナゾルとコロイダルシリカの重量比は、10:90とした。すなわち、親水材料10には、10wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。親水材料10(X)と保持体材料11(Y)の固形成分の重量比(X:Y)は、90:10である。また、親水膜9の1gあたりの相互作用点の数は、1.2×10
22個である。
【0074】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.03と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が94で評価Bとなり、高率放電性能の低下幅が小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【実施例9】
【0075】
実施例9による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0076】
本実施例による鉛蓄電池では、親水材料10としてアルミナゾル(Al
2O
3)とコロイダルシリカ(SiO
2)を用い、アルミナゾルとコロイダルシリカの重量比は、20:80とした。すなわち、親水材料10には、20wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。親水材料10(X)と保持体材料11(Y)の固形成分の重量比(X:Y)は、70:30である。また、親水膜9は、厚さが60nmであり、1gあたりの相互作用点の数が2.2×10
22個である。
【0077】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.03と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることがわかった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が94で評価Bとなり、高率放電性能の低下幅が小さいことがわかった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることがわかった。
【0078】
[比較例1]
比較例1による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0079】
本比較例による鉛蓄電池では、負極板5の周囲に有機不織布または多孔質膜8を設けなかった。
【0080】
本比較例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.08と極めて大きく、評価Dとなり、成層化が抑制できないことがわかった。また、本比較例による鉛蓄電池は、負極板5の周囲に有機不織布または多孔質膜8を設けていないため、高率放電性能が評価基準値の100である。
【0081】
本比較例と実施例1〜9により、負極板5の周囲に有機不織布または多孔質膜8を設けることにより、電解液の比重差を小さくすることができ、電解液の成層化を抑制できることが確認できた。
【0082】
[比較例2]
比較例2による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、相違点のみを説明する。
【0083】
本比較例による鉛蓄電池では、負極板5の周囲に、ポリプロピレン製で厚さが0.1mmの有機不織布8を設けたが、有機不織布8に親水膜9を形成していない。
【0084】
本比較例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.04で評価Bとなり、高率放電性能が92で評価Bとなった。
【0085】
実施例1〜9の鉛蓄電池のうち最も電解液の比重差が大きいのは実施例2、4、6の鉛蓄電池であり、これらの実施例の鉛蓄電池でも電解液の比重差は0.04である。しかし、これらの実施例の鉛蓄電池では、高率放電性能がそれぞれ93、94、94を示しており、本比較例による鉛蓄電池よりも高率放電性能の低下幅が小さい。すなわち、本比較例による鉛蓄電池は、実施例2、4、6の鉛蓄電池と比較して、電解液の比重差が同程度であるが、高率放電性能の低下幅が大きい。
【0086】
また、実施例1〜9の鉛蓄電池のうち最も高率放電性能が小さい(高率放電性能の低下幅が大きい)のは実施例5の鉛蓄電池であり、実施例5の鉛蓄電池でも高率放電性能は92である。しかし、実施例5の鉛蓄電池では、電解液の比重差が0.03と小さい値を示している。すなわち、本比較例による鉛蓄電池は、実施例5の鉛蓄電池と比較して、高率放電性能の低下幅が同程度であるが、電解液の比重差が大きい。
【0087】
以上の結果から、本比較例による鉛蓄電池は、成層化の抑制と高率放電性能の低下の抑制とが両立できないことがわかった。さらに、本比較例と実施例1〜9により、有機不織布8に親水膜9を形成することにより、高率放電性能の低下を抑制できることが確認できた。
【0088】
なお、本発明は、上記の実施例に限定されるものではなく、様々な変形例を含む。例えば、上記の実施例は、本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、本発明は、必ずしも説明した全ての構成を備える態様に限定されるものではない。