【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下図面に基づいて本発明の実施の形態を詳述する。
(1)本発明の集積型金属錯体の概要
【0012】
本発明は、A[B(CN)
8]・D・nH
20(なお、Aは、Cr
2、Mn
2、Fe
2、Co
2のうちいずれか1種。Bは、Nb、W、Moのうちいずれか1種。Dは、(4-bromopyridine)
x、(4-chloropyridine)
x、(4-pyridylethanol)
x、(4-pyridylethylamine)
x、(3-pyridylethylamine)
x、(3-ethylpyridine)
x、(4-cyanopyridine)
x、(3-aminopyridine)
xのいずれか1種(xは1〜8)。nは、0〜10)により形成され、キラルな結晶構造を有した集積型金属錯体であり、スピンクロスオーバー現象を起こすことにより、次のような新規な特性を有し得る。
【0013】
先ず本発明の集積型金属錯体は、遷移金属イオン(Crイオン、Mnイオン、Feイオン、Coイオン)のスピン状態が高スピン状態の高温相HTと、当該スピン状態が高温相HTよりも低スピン状態の常磁性の低温相LTとに温度に応じて相転移し得、温度可逆なスピンクロスオーバー現象を起こし、当該低温相LTのときに基本波光を受けると第2高調波光を発し得るという特性を有している。
【0014】
また、本発明の集積型金属錯体は、低温相LTのとき、特定周波数の第1レーザ光を受けると、常磁性の低温相LTから強磁性の第1光誘起相PI-1へと相転移する。この集積型金属錯体は、第1光誘起相PI-1のとき、第1レーザ光とは異なる特定周波数の第2レーザ光を受けると、第1光誘起相PI-1よりも磁化率が低い第2光誘起相PI-2へと相転移し、さらに当該第2光誘起相PI-2のとき、第1レーザ光を受けると第1光誘起相PI-1に再び相転移し、光可逆なスピンクロスオーバー現象を起こし、これら第1光誘起相PI-1または第2光誘起相PI-2に変わることで磁化率を変化させ得るという特性を有している。
【0015】
さらに、本発明の集積型金属錯体は、第1光誘起相PI-1のときに基本波光を受けると、磁化誘起第2高調波光を発し、一方、第2光誘起相PI-2のときに基本波光を受けると、第1光誘起相PI-1のときに発する磁化誘起第2高調波光の偏光面が回転した他の磁化誘起第2高調波光を発し、スピンクロスオーバー現象に基づく光可逆な磁化誘起第2高調波発生が起こり得るという特性を有している。
【0016】
(2)Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなるキラルな結晶構造を有した集積型金属錯体について
(2−1)高温相および低温相について
ここで、上述した特徴的な物性を発現し得る本発明の集積型金属錯体として、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなるキラルな結晶構造を有した集積型金属錯体を一例として以下説明する。なお、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20のうち2H
20は、nH
20(nは、0〜10)でもよい。すなわち、n=0となったFe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8や、n=10となったFe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・10H
20であっても、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20と同様の効果を得ることができる。なお、ここでキラルな結晶構造とは、結晶構造の鏡像と重ね合わすことができない3次元の結晶構造体をいう。
【0017】
本発明による+(プラス)体のFe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20、および−(マイナス)体のFe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなるキラルな結晶構造を有した集積型金属錯体は、例えば、塩化鉄(II)四水和物(0.005[mol dm
-3])、4-ブロモピリジン塩酸塩(0.1[mol dm
-3])、水酸化カリウム(0.1[mol dm
-3])、およびアスコルビン酸(0.01[mol
dm
-3])を混合させた混合水溶液を生成した後、この混合水溶液と、オクタシアノニオブ(IV)酸カリウム(0.05[mol dm
-3])水溶液を拡散法により反応させ、得られた結晶をX線回折で調べて+体と−体とを得ることができる。
【0018】
図1Aは、このようにして生成されたFe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる集積型金属錯体の高温相HTのときのc軸方向から見た結晶構造を示している。また、
図1Bは、FeおよびNbの配位環境を示している。なお、これら
図1Aおよび
図1Bは、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる集積型金属錯体についてX線単結晶構造解析により特定したものである。
【0019】
集積型金属錯体は、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20により3次元結晶構造体を形成しており、FeとNbがシアノ基で架橋されたキラルな結晶構造を有している。
図1Aおよび
図1Bに示す高温相HTは、正方晶系の結晶構造を有し、かつ空間群I4
122に属している。
図2に示すように、集積型金属錯体には+(プラス)体と−(マイナス)体とがあり、いずれの場合にも、Fe-NC-Nbを繋げて示したラインLin1のように、c軸に沿った螺旋構造がある。すなわち、+体および−体の集積型金属錯体は、いずれもシアノ基で架橋されたFe-Nbにより3次元のキラルなフレームワークが形成されており、c軸方向にキラルな軸を有している。
【0020】
因みに、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる+体の集積型金属錯体と、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる−体の集積型金属錯体とについて、円偏光二色性スペクトルを調べたところ、
図3に示すような結果が得られた。
図3の結果から、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる+体および−体の集積型金属錯体は、波形のピークが対称的に現れており、両者が対掌体の(右手と左手の)関係のキラルな結晶構造であることが確認できた。
【0021】
このような集積型金属錯体は、室温時に上述した高温相HTになっているものの、温度を下げてゆくことにより高温相HTから低温相LTへと相転移し得るようになされている(低温相LTおよび高温相HTの各特性は後述する)。ここで、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる+体と−体の両方を含む集積型金属錯体について、低温相LTのときのXRDパターンを調べたところ、
図4Aに示すような結果が得られた。なお、
図4Aの底部にある縦棒は、計算により得られた低温相LTのBragg反射位置を示す。そして、
図4Aに示すXRDパターンからRietveld(リートベルト)解析を行ったところ、
図4Bに示すような結晶学的データを得た。このように低温相LTは、斜方晶系の結晶構造を有し、かつ空間群F222(格子定数がa´=13.746(1)Å、b´=26.253(3)Å、c´=30.133(3)Å、Z=8)に属している。
【0022】
また、低温相LTは、斜方晶系の結晶構造であることから、
図5に示すように、正方形が歪んだ菱形状の結晶構造となっており、高温相HTの結晶構造とは異なる結晶構造を有している。ここで、外部磁場5000[0e]における高温相HTおよび低温相LTの各モル磁化率(単に磁化率とも呼ぶ)χ
Mの温度依存性について調べたところ、
図6Aに示すような結果が得られた。
図6Aでは、モル磁化率χ
Mと温度Tとの積χ
MTを縦軸とし、温度Tを横軸としている。
【0023】
図6Aに示すように、モル磁化率χ
Mと温度Tの積χ
MTは、300[K]において7.30[K cm
3
mol
-1]であり高温相HTとなっているが、温度を下げてゆくとその値は減少し、10[K]において0.98[K cm
3 mol
-1]となり低温相LTとなっている。この実施の形態の場合、集積型金属錯体は、高温相HTから低温相LTへの転移温度が112[K]であり、その逆の低温相LTから高温相HTへの転移温度が124[K]であり、温度ヒステリシス幅(△T=T
1/2↑-T
1/2↓)が12[K]であった。このように80[K]以下では低温相LTとなっており、140[K]以上では高温相HTとなっている。
【0024】
次に、この集積型金属錯体について、280[K]から3[K]の間で所定の温度間隔でUV-vis吸収スペクトルを調べたところ、
図6Bに示すような結果が得られた。
図6Bから、Fe
IILSサイト(なお、LSは、Feイオンのスピン状態が低スピン状態であることを示す)の
1A
1 →
1T
2遷移に帰属される430[nm]と、
1A
1 →
1T
1遷移に帰属される560[nm]とにおける吸収の増大が、温度を下げるにつれて顕著に確認できた。従って、
図6Aに示したχ
MT(モル磁化率χ
Mと温度Tの積)と温度Tのプロット(以下、χ
MT‐Tプロットと呼ぶ)における高温相HTから低温相LTへの相転移は、Fe
IIHS(S=2)(なお、HSは、Feイオンのスピン状態が高スピン状態であることを示す)からFe
IILS(S=0)へのスピンクロスオーバー現象によるものであると確認できた。
【0025】
次に、Fe
IIスピンクロスオーバー現象を確かめるため、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる集積型金属錯体の300[K]および10[K]での
57Feメスバウアースペクトルを測定した。その結果、
図7Aおよび
図7Bに示すような結果が得られた。300[K]の高温相HTでは、
図7Aに示すように、Fe
IIHSに帰属されるダブレットピーク(isomer shift(IS)=1.00(3)[mm s
-1]、quadrupole splitting(QS)=1.35(5)[mm s
-1])が観測された。
【0026】
これに対して、10[K]の低温相LTでは、
図7Bに示すように、Fe
IILSに帰属されるダブレット(87%, IS = 0.49(1)[mm s
-1]、QS = 0.77(1)[mm s
-1])と、残存するFe
IIHSに帰属されるダブレット(13%, IS = 1.18(2)[mm s
-1]、QS = 2.09(3)[mm s
-1])とが観測され、主としてFe
IILSに帰属されるダブレットが観測された。このことから、本発明の集積型金属錯体では、高温相HTで高スピン状態となり、低温相LTで低スピン状態となり、高温相HTおよび低温相LTの相転移によりスピンクロスオーバー現象が起こることが確認できた。
【0027】
また、
図6Aに示したχ
MT‐Tプロットを分子磁場理論を用いて解析したところ、高温相HTは、超交換相互作用定数Jex=-5.2[cm
-1]、g
Fe=2.2、g
Nb=2.0でFe
IIHS:S=2,Nb
IV:S=1/2を示すラインとχ
MT‐Tプロットが一致しており、このことから電子状態が(Fe
IIHS)
2[Nb
IV(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20であると分かった。また、低温相LTは、87%Fe
IILS:S=0,13%Fe
IIHS,Nb
IVを示すラインとχ
MT‐Tプロットが一致しており、このことから電子状態が(Fe
IILS)
1.74(Fe
IIHS)
0.26[Nb
IV(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20であると分かった。このように本発明の集積型金属錯体では、低温相LTと高温相HTとで電子状態が変わり、スピンクロスオーバー現象に基づく磁化率の変化が生じ得ることが分かる。
【0028】
次に、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなるキラルな結晶構造を有した集積型金属錯体について、高温相HTおよび低温相LTにおける第2高調波発生(SHG)について調べた。ここでは、
図8Aに示すように、直方体状の集積型金属錯体1をサンプルとして用意し、高温相HTおよび低温相LTのときに、当該集積型金属錯体1に対し入射角45度で波長1064[nm]の基本波光L1をそれぞれ入射し、出射した第2高調波強度(SH強度:SH intensity)について調べた。その結果、
図8A、
図8Bおよび
図8Cに示すような結果が得られた。
【0029】
なお、第2高調波強度の測定には、光パラメトリック増幅器により増幅されたフェムト秒レーザ光を基本波光L1として用いた。また、
図8Aでは、結晶座標(a,b,c)に対応する結晶系のデカルト座標(x,y,z)と、光学座標(X,Y,Z)は一致しており、X//x//a,Y//y//b,Z//z//cとしている。
【0030】
図8Aから、この集積型金属錯体1では、290[K]から140[K]付近までは第2高調波強度(SH強度)の値が極めて小さくほぼ一定であったが、温度を下げてゆくと、T
1/2↓(ここで、T
1/2↓とは高温相HTから低温相LTに相転移するとき、転移率が50[%]のときの温度をいう)から急激に第2高調波強度が増大した。また、低温相LTおよび高温相HTの第2高調波強度の温度ヒステリシスは、
図6Aに示したχ
MT‐Tプロットで示したスピンクロスオーバーの挙動と一致していた。これにより、集積型金属錯体1は、低温相LTでの第2高調波強度が、高温相HTでの第2高調波強度に比べてはるかに大きく、高温相HTおよび低温相LT間に起きるスピンクロスオーバー現象によって、高温相HTおよび低温相LTで第2高調波強度が大きく変化することが分かる。
【0031】
また、例えば80[K]における低温相LTでは、
図8Bに示すように、第2高調波強度が最も大きくなるθmaxが0度であり、p偏光(p-in)の基本波光L1の偏光面がほぼ90度(90度±10度)回転したs偏光(s-out)の第2高調波光L2がサンプル(集積型金属錯体1)から発することが分かる。一方、例えば200[K]における高温相HTでは、
図8Cに示すように、第2高調波強度が最も大きくなるθmaxが特になく、第2高調波光が殆ど発していないと言ってもよいことが分かる。
【0032】
すなわち、高温相HTでは、例えばp偏光(p-in)の基本波光L1が照射されても第2高調波光は発しない。これに対して、低温相LTでは、
図9に示すように、例えば水平方向たるX軸方向に直線偏光lnXをもつp偏光(p-in)の基本波光L1がサンプル(集積型金属錯体1)に照射されると、基本波光L1の直線偏光InXがほぼ90度(90度±10度)回転し、X軸方向と直交する垂直方向たるY軸方向に直線偏光0utYをもつs偏光(s-out)の第2高調波光L2をサンプル(集積型金属錯体1)から発し得る。
【0033】
因みに、ここでの検証試験では、Ti:サファイアレーザー(Clark-MXR CPA-2001;波長775[nm];パルス幅150[fs];繰り返し周波数1[kHz])を光源として用い、出射光を光パラメトリック増幅器(Clark-MXR Vis-0PA;パルス幅190[fs];繰り返し回数1[kHz])によって1064[nm]に波長変換した光を基本波光L1として用いた。また、サンプル(集積型金属錯体)から出射される第2高調波光L2(SH光:波長532[nm])は色フィルタを通し、光電子増倍管(Hamamatsu R329-02)を通して検出した。温度依存性測定には、0xford Instruments社製Microstat-Heクライオスタットを用いた。
【0034】
(2−2)低温相、第1光誘起相、および第2光誘起相について
かかる構成に加えて、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなるキラルな結晶構造を有した本発明の集積型金属錯体1では、低温相LTのとき、
図10Aに示すように、特定波長(例えば473[nm](17[mW cm
-2]))の第1レーザ光hν1を受けると、
図10Bに示すように、大きな自発磁化が発現し、常磁性の低温相LTから強磁性の第1光誘起相PI-1へと相転移した集積型金属錯体5となり得る。
【0035】
これに加えて、第1光誘起相PI-1の集積型金属錯体5は、
図11に示すように、サンプル(集積型金属錯体5)に対して特定波長(例えば1064[nm])の基本波光L1が入射されると、当該サンプル(集積型金属錯体5)から磁化誘起第2高調波光L3を発し得る。この場合、集積型金属錯体5は、例えば水平方向たるX軸方向に直線偏光InXを有したp偏光(p-in)の基本波光L1がサンプル(集積型金属錯体5)に入射されると、同じX軸方向に直線偏光0utXをもつp偏光(p-out)の磁化誘起第2高調波光L3をサンプル(集積型金属錯体5)から発し得るようになされている。
【0036】
また、これに加えて、この集積型金属錯体5は、
図12に示すように、特定波長(例えば785[nm](20[mW cm
-1]))の第2レーザ光hν2を受けると、
図13に示すような第2光誘起相PI-2に相転移した集積型金属錯体6となり得る。この第2光誘起相PI-2は、第1光誘起相PI-1と同様に強磁性であるものの、結晶構造が変化して第1光誘起相PI-1のときよりも磁化率が低下している。また、これに加えて第2光誘起相PI-2の集積型金属錯体6は、サンプル(集積型金属錯体6)に対して特定波長(例えば1064[nm])の基本波光L1が入射されると、第1光誘起相PI-1のときに発する磁化誘起第2高調波光L2の直線偏光の偏光面が回転した他の磁化誘起第2高調波光L4を当該サンプル(集積型金属錯体6)から発し得る。
【0037】
この場合、集積型金属錯体6は、例えば水平方向たるX軸方向に直線偏光InXを有したp偏光(p-in)の基本波光L1がサンプル(集積型金属錯体6)に入射されると、X軸方向と直交した垂直方法たるY軸方向に直線偏光0utYをもつs偏光(s-out)の磁化誘起第2高調波光L4がサンプル(集積型金属錯体6)から発し得るようになされている。このように第2光誘起相PI-2は、第1光誘起相PI-1のときに発する磁化誘起第2高調波光L3の偏光面とは異なる偏光面を有した他の磁化誘起第2高調波光L4を発し得る。
【0038】
さらに、加えて、この第2光誘起相PI-2の集積型金属錯体6は、
図14に示すように、再び第1レーザ光hν1が照射されると、
図11に示したような第1光誘起相PI-1へと相転移し、再び第1光誘起相PI-1からなる集積型金属錯体5へと戻り得る。すなわち、本発明の集積型金属錯体は、第1光誘起相PI-1のときに第2レーザ光hν2が照射されると第2光誘起相PI-2に相転移し、第2光誘起相PI-2のときに第1レーザ光hν1が照射されると第1光誘起相PI-1に再び相転移し、その後、第2レーザ光hν2および第1レーザ光hν1を受けるたびに、第2光誘起相PI-2および第1光誘起相PI-1へと交互に相転移を繰り返し得るようになされている。
【0039】
ここで、これら低温相LT、第1光誘起相PI-1、および第2光誘起相PI-2について、外部磁場100[0e]における磁化温度曲線について調べたところ、
図15Aに示すような結果が得られた。
図15Aは、超電導量子干渉計(SQUID)を用いて、低温相LT、第1光誘起相PI-1、および第2光誘起相PI-2の各磁化率について温度を変えて計測した結果を示す。なお、低温相LTは、Fe
IILSの
1A
1 →
1T
2遷移による吸収が430[nm]に存在するため、第1レーザ光hν1として473[nm](17[mW cm
-2])のダイオードレーザを用いた。
図15Aに示すように、温度2[K]において低温相LTに対し第1レーザ光hν1を照射したところ、大きな自発磁化が発現し、第1光誘起相PI-1へと相転移した。なお、この第1光誘起相PI-1は、結晶構造を変えることなく強磁性から常磁性へと磁性が変わる温度(キュリー温度)Tcが15[K]である。
【0040】
次に、外部磁場5000[0e]における第1レーザ光hν1照射後の第1光誘起相PI-1のモル磁化率χ
Mと温度Tの積χ
MTと、第1光誘起相PI-1に80[K]熱処理を行った結果を
図16に示す。
図16に示すように、第1光誘起相PI-1については、温度を上げていった際、70[K]付近で急激にχ
MTの値が下がり、低温相LTと同じχ
MTとなり、その後、冷却しても低温相LTと同じχ
MTの値を示した。
【0041】
このことから、第1光誘起相PI-1は、低温相LTへ熱的過程を通じて緩和することが確認できた。この実施の形態の場合、第1光誘起相PI-1から低温相LTへの熱緩和温度T
LIESSTは70[K]であった。このように第1光誘起相PI-1は、キュリー温度Tcが15[K]となり、一方、低温相LTへと相転移する熱緩和温度T
LIESSTが70[K]となっていることから、キュリー温度Tcと熱緩和温度T
LIESSTとが異なる温度となっている。
【0042】
また、温度2[K]において第1光誘起相PI-1に、Fe
IIHSのd-d遷移(
5T
2 →
5E)の励起に対応する波長785[nm](20[mW cm
-2])のダイオードレーザを第2レーザ光hν2として照射したところ、
図15Aに示すように、第1光誘起相PI-1よりも磁化率が小さい強磁性の第2光誘起相PI-2になることが確認できた。なお、第2光誘起相PI-2は、2[K]から温度を上げていったとき、低温相LTには相転移していないものの、強磁性から常磁性になるキュリー温度Tcが12[K]であった。
【0043】
なお、検証結果は示さないが、この第2光誘起相PI-2は、低温相LTへ熱的過程を通じて緩和し、第2光誘起相PI-2から低温相LTへの熱緩和温度T
LIESSTは60[K]であった。かくして第2光誘起相PI-2は、キュリー温度Tcが12[K]となり、一方、低温相LTへと相転移する熱緩和温度T
LIESSTが60[K]となっていることから、キュリー温度Tcと熱緩和温度T
LIESSTとが異なる温度となっている。
【0044】
このように集積型金属錯体では、2[K]において、第1光誘起相PI-1に第2レーザ光hν2を照射することにより、第1光誘起相PI-1よりも磁化率が減少し、さらにキュリー温度Tcも第1光誘起相PI-1のときよりも下がった第2光誘起相PI-2へと相転移した。さらに、この集積型金属錯体では、温度2[K]において、第1レーザ光hν1と第2レーザ光hν2を交互に照射させてゆくと、第1光誘起相PI-1から第2光誘起相PI-2への相転移と、第2光誘起相PI-2から第1光誘起相PI-1への相転移とを繰り返し、これに伴い磁化率もその都度変化させ得ることが確認できた。
【0045】
次に、低温相LT、第1光誘起相PI-1、および第2光誘起相PI-2について温度2[K]における磁気ヒステリシス曲線について調べたところ、
図15Bに示すような結果が得られた。
図15Bから、低温相LTは常磁性状態にあることが確認できた。また、第1レーザ光hν1により低温相LTから相転移した第1光誘起相PI-1は、保持力Hcが3[k0e]の強磁性状態になることが確認でき、さらに第2レーザ光hν2により第1光誘起相PI-1から相転移した第2光誘起相PI-2は、保持力Hcが第1光誘起相PI-1よりも低い2[k0e]の強磁性状態になることが確認できた。因みに、第1光誘起相PI-1は、5テスラにおける飽和磁化値Msが7.6[μ
B]であり、この値は、Nb
IV(S=1/2)、および光により生成されたFe
IIHS(S=2)がフェリ磁性的にカップリングした際の飽和磁化値Msの計算値7.6[μ
B](g値はg
NbIV= 2.0、g
FeIIHS=2.2とした)と近い値であった。
【0046】
次に、低温相LT、第1光誘起相PI-1および第2光誘起相PI-2について、温度3[K]でのUV-visスペクトルを調べたところ、
図17Aに示すような結果が得られた。また、
図17Bは、558[nm]での吸収強度の光照射時間依存性を示したグラフである。
図17Aおよび
図17Bから、473[nm](17[mW cm
-2])の第1レーザ光hν1の照射により、Fe
IILSの
1A
1 →
1T
2および
1A
1 →
1T
1遷移に対応する吸収が減少していることが確認できたが、785[nm](20[mW cm
-2])の第2レーザ光hν2の照射により一部が回復したことが確認できた。
【0047】
また、
図17Aおよび
図17Bから、光照射によりFe
IILSからFe
IIHSへのLIESST(Light-Induced Excited Spin State Trapping)現象、およびFe
IIHSからFe
IILSへの逆LIESST現象が起こっていることが示唆された。第1光誘起相PI-1に対して785[nm]の第2レーザ光hν2を照射して得た第2光誘起相PI-2は、UV-visスペクトルの測定結果から、38%のFe
IIHSが、もとのFe
IILSに戻っていることが示唆され、その組成が(Fe
IILS)
0.66(Fe
IIHS)
1.34[Nb
IV(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20であることが分かった。
【0048】
さらに、低温相LTに第1レーザ光hν1が照射されることで生成された第1光誘起相PI-1について、温度10[K]における
57Feメスバウアースペクトルを調べたところ、
図17Cに示すような結果が得られた。なお、
図17C中の「Total」はFe
IIHSとFe
IILSのフィッティング曲線を示す。
図17Cから、第1レーザ光hν1の照射によってFe
IIHSの増大と、Fe
IILSの減少とが観測され、観測されたバルク磁性がFe
IILSからFe
IIHSへの光誘起によるスピンクロスオーバー、すなわちLIESSTによるものであることが示唆された。
【0049】
次に、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる本発明の集積型金属錯体において生じるFe
IIの光可逆なスピンクロスオーバー(LIESST現象および逆LIESST現象)のメカニズムについて、
図18Aおよび
図18Bを用いて説明する。
図18Aに示すように、Fe
IILSが基底状態
1A
1にある低温相LTに対して第1レーザ光hν1が照射されると、Fe
IIサイトのLIESST現象が起こり、Fe
IILSは、基底状態
1A
1から励起状態
1T
2になり、その後、一重項状態
1T
1および三重項状態
3T
2,
3T
1を経由して準安定状態
5T
2へと変化する。
【0050】
また、Fe
IIHSが準安定状態
5T
2にある第1光誘起相PI-1に対して第2レーザ光hν2が照射されると、Fe
IIサイトの逆LIESST現象が起こり、Fe
IIHSは、準安定状態
5T
2から励起状態
5Eになり、その後、三重項状態
3T
2,
3T
1を経由して一部が基底状態
1A
1のFe
IILSに変化する。
【0051】
次に、このFe
IIの光可逆なスピンクロスオーバー現象について
図18Bに示した概略図を用いて説明する。第1レーザ光hν1が照射される前の低温相LTでは、
図18Bに示すように、常磁性のNb
IVと反磁性のFe
IILS(なお、図示しないがFe
IIHSも少量残存する)とがCNを介して交互に連結されている。低温相LTに第1レーザ光hν1が照射されると、LIESST現象が起こり、低スピン状態のFe
IILSが高スピン状態のFe
IIHSに変わる。これにより、第1光誘起相PI-1では、強磁性のFe
IIHSと、常磁性のNb
IVとがCNを介して連結した反強磁性的な超交換相互作用が働き、フェリ磁性によるバルク磁性が発現し得る。なお、隣り合ったFe
IIHSおよびNb
IV間の超交換相互作用定数Jexは、分子磁場理論から-5.2[cm
-1]と見積もられ、超交換相互作用定数Jex<0であった。
【0052】
因みに、ここでの分子磁場理論による超交換相互作用定数Jexの見積もりは下記のようにして求めた。第1光誘起相PI-1((Fe
IIHS)
2[Nb
IV(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20)におけるiサイトと隣接するjサイトの間の超交換相互作用定数(Jex,ij)は、キュリー温度Tcとの間に次のような関係式が成り立つ。
【数1】
【0053】
ここで、スピン量子数SはS
NbIV=1/2、S
FeIIHS=2、隣接するサイトの数ZはZ
NbIVFeIIHS=4、Z
FeIIHS NbIV=2である。従って、数1より、超交換相互作用定数Jex
FeIIHS NbIVを求めると-5.2[cm
-1]となる。
【0054】
因みに、(Fe
IILS)
0.66(Fe
IIHS)
1.34[Nb
IV(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20となった第2光誘起相PI-2の電子状態と、超交換相互作用定数Jex
FeIIHS NbIV = -5.2[cm
-1]とを用いて、第2光誘起相PI-2相のキュリー温度Tcを計算すると、12.3[K]と見積もられ、実測されたキュリー温度12[K]とほぼ一致し、超交換相互作用定数Jex
FeIIHS NbIVの値が正しいことが推測できた。
【0055】
そして、第1光誘起相PI-1に第2レーザ光hν2が照射されることにより第2光誘起相PI-2が生成する過程では、逆LIESST現象が起こり、高スピン状態のFe
IIHSの一部が低スピン状態のFe
IILSに戻り、Fe
IILSが再生成された分だけ磁化が減少する。このようにして本発明の集積型金属錯体では、光可逆なスピンクロスオーバー現象を発現し得る。
【0056】
次に、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる集積型金属錯体について、波長473[nm]の第1レーザ光hν1を低温相LTに照射して生成した第1光誘起相PI-1のXRDパターンを調べたところ、
図19Aに示すような結果が得られた。なお、
図19Aの底部の上側にある縦棒は、計算により得られた第1光誘起相PI-1のBragg反射位置を示し、同じく底部の下側にある縦棒は、計算により得られた低温相LTのBragg反射位置を示す。なお、低温相LTが残っているのは、集積型金属錯体に第1レーザ光hν1が当たっていない領域が存在するためである。
【0057】
また、
図19Aに示すXRDパターンからRietveld(リートベルト)解析を行ったところ、
図19Bに示すような結晶学的データおよび
図20に示すような結晶構造を得た。このように第1光誘起相PI-1は、正方晶系の結晶構造を有し、かつ空間群I4
122(格子定数がa=20.306(1)Å、c=13.839(2)Å、Z=4)に属しており、高温相HTと同じ空間群であることが分かった。
【0058】
一方、波長785[nm]の第2レーザ光hν2を第1光誘起相PI-1に照射して生成した第2光誘起相PI-2のXRDパターンを調べたところ、
図21Aに示すような結果が得られた。なお、
図21Aの底部の上側にある縦棒は、計算により得られた第2光誘起相PI-2のBragg反射位置を示し、同じく底部の下側にある縦棒は、計算により得られた低温相LTのBragg反射位置を示す。なお、ここでも低温相LTが残っているのは、第1光誘起相PI-1を生成する際に第1レーザ光hν1が当たっていない領域が存在していたためである。
【0059】
そして、
図21Aに示すXRDパターンからRietveld(リートベルト)解析を行ったところ、
図21Bに示すような結晶学的データおよび
図22に示すような結晶構造を得た。このように第2光誘起相PI-2は、対称性が僅かに崩れた斜方晶系の結晶構造を有し、かつ空間群F222(格子定数がa´=13.8138(11)Å、b´=28.668(14)Å、c´=28.616(12)Å、Z=8)に属しており、低温相LTに近い空間群であることが分かった。このように、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなるキラルな結晶構造を有した本発明の集積型金属錯体は、第1光誘起相PI-1の結晶構造と、第2光誘起相PI-2の結晶構造とが異なっており、第1光誘起相PI-1に第1レーザ光hν1を照射し、第2光誘起相PI-2に第2レーザ光hν2を照射することで、第2光誘起相PI-2または第1光誘起相PI-1に相転移させ、これに伴い生じるスピンクロスオーバー現象に基づいて磁化率や磁化誘起第2高調波強度を可逆的に変更し得る。
【0060】
ここで、Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなるキラルな結晶構造を有した集積型金属錯体をサンプルとして用意し、サンプルに対して基本波光を照射したときに当該サンプルから出射した出射光の解析を行った。なお、この検証試験では、サンプルとして用意した単結晶である集積型金属錯体をクライオスタットに設置し、当該集積型金属錯体に対する基本波光の入射角と、反射光(第2高調波光または磁化誘起第2高調波光)の反射角をそれぞれ45度とした。また、出射光の偏光面を測定装置にて検出し、偏光面の角度θを特定した。サンプルには、永久磁石を用いて外部磁場±Hoを±z軸方向に印加した。
【0061】
先ず始めに、
図23Aに示すように、光照射前で常磁性を示す低温相LTの集積型金属錯体1に対してp偏光(p-in)の基本波光L1を入射角45度で照射し、サンプル(集積型金属錯体1)から出射した第2高調波光L2について第2高調波強度(SH強度)の回転角(θ)依存性を確認した。その結果、第2高調波光L2のθmaxは外部磁場±Ho(結晶のc軸方向に±1[k0e])において0度であった。このような結果は、
図8Bに示した、80[K]で観測された第2高調波強度のθ依存性と一致していた。
【0062】
次に、低温相LTに473[nm]の第1レーザ光hν1を照射し、
図23Bに示すように、LIESST現象により生成された第1光誘起相PI-1でなる集積型金属錯体5を用意した。そして、この第1光誘起相PI-1に基本波光L1を照射した際にサンプル(集積型金属錯体5)から出射した磁化誘起第2高調波光L3について、第2高調波強度(SH強度)の回転角(θ)依存性を確認した。その結果、
図23Bに示すように、外部磁場+Hoにおけるθmaxは+88度±3度(
図23Bの左側グラフ中における実線)であり、外部磁場−Hoにおけるθmaxは−86度±3度(
図23Bの左側グラフ中における点線)であった。このことから、磁化誘起第2高調波光L3は、第2高調波強度(SH強度)のθmaxが90度±10度であることが確認できた。
【0063】
次に、第1光誘起相PI-1に785[nm]の第2レーザ光hν2を照射し、
図23Cに示すように、逆LIESST現象により生成された第2光誘起相PI-2でなる集積型金属錯体6を用意した。そして、この第2光誘起相PI-2に基本波光L1を照射した際にサンプル(集積型金属錯体6)から出射した磁化誘起第2高調波光L4について、第2高調波強度(SH強度)の回転角(θ)依存性を確認した。その結果、
図23Cに示すように、外部磁場+Hoにおけるθmaxは3度±1度(
図23Cの左側グラフ中における実線)であり、外部磁場-Hoにおけるθmaxは−3度±1度(
図23Cの左側グラフ中における点線)であった。
【0064】
また、本発明の集積型金属錯体は、
図23Cの右側グラフに示すように、波長473[nm]の第1レーザ光hν1と、波長785[nm]の第2レーザ光hν2とを交互に照射することにより、θ=0度のSH強度を光可逆的に変化させ得ることが確認できた。さらに、第2高調波強度の磁場依存性に関しては、集積型金属錯体から出射した磁化誘起第2高調波光の回転角が磁場によりシフトし、磁化誘起第2高調波光の偏光方向が外部磁場の方向を変えることで制御できることが確認できた。なお、第2高調波強度発生の感受率の磁場に由来する項を外部磁場に対してプロットした結果は、
図23Bの右側グラフに示すように、磁化磁場曲線とよく一致していることが分かった。
【0065】
(2−3)Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる集積型金属錯体のテンソル解析について
Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる集積型金属錯体について、高温相HTで第2高調波光が発生しない現象や、更には低温相LTでの第2高調波光L2、第1光誘起相PI-1での磁化誘起第2高調波光L3、および第2光誘起相PI-2での磁化誘起第2高調波光L4の各偏光面のスイッチング現象のメカニズムについては、テンソル解析を用いて下記のように説明できる。
【0066】
(2−3−1)高温相
Fe
2[Nb(CN)
8](4-bromopyridine)
8・2H
20からなる集積型金属錯体が高温相HTにあるとき、結晶構造は、422点群に属する空間群I4
122に属している。ここで、422点群における2次の非線形感受率テンソルは次のように表される。なお、χ
cryxyzとχ
cryyzxはとても小さい値になるため、χ
cryijkはδと表している。
【数2】
【0067】
なお、x、yおよびzは結晶軸であり、1列目、3列目および5列目(それぞれP-inと表記)は、p-偏光入射光のときに有効な列であり、「・」は値を持つことを禁じられた要素を示す(以下同様)。また、ここでは、χ
cryxyz=−χ
cryyzxが成り立つ。一方、Kleinman則により透明媒体では、χ
cryxyz=χ
cryyzxが成り立ち、χ
cryxyz=χ
cryyzx=0となる。また、高温相HTは、532[nm](出射した第2高調波光L2の波長)および1064[nm](入射した基本波光L1の波長)付近に吸収を持たないため、χ
cryxyzおよびχ
cryyzxは透明媒体におけるKleinman則によりほぼ0になり、第2高調波強度は非常に弱くなる。
【0068】
(2−3−2)低温相
次に、低温相LTの2次の非線形感受率テンソルについて説明する。低温相LTは、222点群に属する空間群F222を有したキラルな結晶構造となっている。低温相LTにおける222点群の2次の非線形感受率テンソルは次のように表される。
【数3】
【0069】
第2高調波強度の角度依存性のフィッティングから、χ
cryxyz、χ
cryyyxはχ
cryzxx、およびχ
cryzyyはほぼ0となる(数3中「0」と表記)。低温相LTの場合、560[nm]にFe
IILSの
1A
1 →
1T
1遷移による強い吸収を持つため、Kleinmanの規則は働かない。主なテンソル要素は、χ
cryxyzとχ
cryyzx(=−χ
cryxyz)であり、これら2つのテンソルのうち、χ
cryyzxはP-偏光に対して有効であることから、
図23Aに示すように、θmax=0度に強い第2高調波光(すなわち、垂直方向たるY軸方向に直線偏光0utYをもつs偏光(s-out))を観察できる。
【0070】
(2−3−3)第1光誘起相
次に、第1光誘起相PI-1の2次の非線形感受率テンソルについて説明する。第1光誘起相PI-1の2次の非線形感受率テンソルは、キュリー温度Tc(15[K])より上では結晶項χ
cryijk,PI-1からなり、一方、当該キュリー温度Tc以下では結晶項χ
cryijk,PI-1と磁性項χ
magijk,PI-1(M)とからなる。結晶項χ
cryijk,PI-1は次の式により表される。
【数4】
【0071】
第1光誘起相PI-1は高温相HTと同じ正方晶系で空間群I4
122を有し、上記数4において0(ゼロ)でない要素は、上述した高温相HTの数2と同様である。このような類似性から、χ
cryxyzおよびχ
cryyzxがとても小さい値となるため、χ
cryijkをδと表している。
【0072】
第1光誘起相PI-1は、第1レーザ光hν1による光誘起磁化により時間反転対称性が破れ、非線形感受率テンソルが4階の軸性テンソル(i-テンソル)で表される。この場合、0(ゼロ)でないテンソル要素はxxxX
0=yyyY
0と、zzzZ
0と、xxyY
0=xyyX
0=yxyX
0=yxxY
0と、xzxZ
0=xzzX
0=yyzZ
0=yzzY
0と、zzxX
0=zxxZ
0=zyzY
0=zyyZ
0とであり、X
0、Y
0、そしてZ
0は磁化の方向を表す。今回の実験では、外部磁場H
0は、サンプルたる集積型金属錯体5に対しz軸方向に印加している。集積型金属錯体5の磁化の方向はz軸方向であり、Z
0を含む項zzzZ
0と、xzxZ
0=yyzZ
0と、zxxZ
0=zyyZ
0のみが0(ゼロ)でないテンソル要素となる。
【0073】
また、z軸方向に磁化し、磁気空間群I4
122を有する集積型金属錯体5は、422磁気点群に属するため、422点群の3階極性テンソルを考えることによっても同様の結果が得られる。従って、M=+Mzまたは-Mzとしたときの第1光誘起相PI-1の非線形感受率テンソルの磁性項は、次のように表される。
【数5】
【0074】
ここで、p-inの基本波光L1が入射する場合、それぞれの第2高調波分極Pi(i=X,Y,Z)は次のように表される。
【数6】
【0075】
また、第2高調波強度I
SH(θ)のθ依存性は次のように表される。
【数7】
【0076】
ここで、χ
cry=χ
cryyzxであり、χ
mag(M)は次のように表される。
【数8】
【0077】
また、χ
cry項はs-out(θ
max=0度)であり、χ
mag(M)項はp-out(θ
max=90度)である。つまり、結晶項による第2高調波光は磁性項による第2高調波光に対して垂直であり、その結果、キュリー温度Tc以下で磁化した状態においては、出射光たる第2高調波光の偏光面はχ
cryとχ
mag(M)の比によって決定される。第1光誘起相PI-1では、結晶項がKleinman則により禁制となるのに対し磁性項は許容となるため、磁化誘起第2高調波光の回転角はほぼ90度(90度±10度)と非常に大きくなる。そして、χ
mag(M)のみが第2高調波光の偏光に対して寄与するため、出射光は、
図11に示したようにp-outの磁化誘起第2高調波光となる。
【0078】
(2−3−4)第2光誘起相
次に、第2光誘起相PI-2の2次の非線形感受率テンソルについて説明する。第2光誘起相PI-2の2次の非線形感受率テンソルは、キュリー温度Tc(12[K])より上では結晶項χ
cryijk,PI-2からなり、一方、当該キュリー温度Tc以下では結晶項χ
cryijk,PI-2と磁性項χ
magijk,PI-2(M)とからなる。結晶項χ
cryijk,PI-2は次の式により表される。
【数9】
【0079】
第2光誘起相PI-2は、低温相LTと同じ斜方晶系であり、空間群F222を有し、上記数9において0(ゼロ)でない要素は低温相LTの数3と同様である。
【0080】
ここで第2光誘起相PI-2の磁気空間群はF222であり、これは222磁気点群に属する。また、z方向に磁化し、磁気空間群F222を有するサンプルは、222磁気点群に属するため、222点群の3階極性テンソルを考えることによって0(ゼロ)でないテンソル要素を算出することができる。従って、M=+Mzまたは-Mzとしたときの第2光誘起相PI-2の非線形感受率テンソルの磁性項は、次の数10のように表される。
【数10】
【0081】
上記数10に示すように、Fe
IIHSサイトが減少し、磁化自体も小さくなっているため、χ
magijk(磁性項χ
magxzx、χ
magzxx、およびχ
magzzz)は値を持つが、その値は非常に小さいと考えられる(このようなχ
magijkをδで表す)。さらに、δδχ
magijkと表している要素は、第2光誘起相PI-2が正方晶系にかなり近いため(擬正方晶)、ほぼ0(ゼロ)になると考えられる要素である。これにより、第2光誘起相PI-2では、χ
cryijk,PI-2がχ
magijk,PI-2(M)よりもはるかに大きく(χ
cryijk,PI-2>>χ
magijk,PI-2(M))、結果として、
図14に示すように、p-偏光入射(p-in)に対して、s-偏光(s-out)の磁化誘起第2高調波光L4が出射されることになる。
【0082】
(2−4)作用及び効果
以上の構成において、本発明による集積型金属錯体では、Fe
2[Nb(CN)
8]・(4-bromopyridine)
8・nH
20(nは、0〜10)からなるキラルな結晶構造により形成したことにより、遷移金属イオンたるFeイオンのスピン状態が高スピン状態の高温相HTと、Feイオンのスピン状態が高温相HTよりも低スピン状態となった常磁性の低温相LTとに、温度に応じて相転移する。また、集積型金属錯体では、高温相HTのときに基本波光L1を受けても第2高調波光の顕著な発生がないものの、低温相LTのときに基本波光L1を受けると第2高調波光L2を発し得る、という新規な物性を発現し得る。
【0083】
このような集積型金属錯体では、温度変化により高温相HTまたは低温相LTに切り替わり、これに応じて第2高調波光の発生有無も変化することから、例えば当該第2高調波光の発生有無を目安に温度変化を判別し得るスイッチング素子として機能し得る。
【0084】
また、この集積型金属錯体では、低温相LTのときに第1レーザ光hν1を受けると、強磁性の第1光誘起相PI-1に相転移する。これにより集積型金属錯体では、第1レーザ光hν1の照射の有無によって常磁性状態、または強磁性状態と磁性状態を変化させることができるので、このような磁性状態の変化を切替の目安としたスイッチング素子として機能し得る。
【0085】
さらに、この集積型金属錯体では、第1光誘起相PI-1のときに第1レーザ光hν1とは波長が異なる第2レーザ光hν2を受けると、第1光誘起相PI-1よりも磁化率が低い第2光誘起相PI-2に相転移する。これにより集積型金属錯体では、第2レーザ光hν2を照射するだけで、磁化率を変えることができるので、この磁化率の変化を切替の目安としたスイッチング素子として機能し得る。
【0086】
さらに加えて、この集積型金属錯体では、第2光誘起相PI-2のとき、再び第1レーザ光hν1を受けると、結晶構造が第1光誘起相PI-1へと相転移し得る。これにより集積型金属錯体では、第1レーザ光hν1および第2レーザ光hν2を交互に照射することにより第2光誘起相PI-2または第1光誘起相PI-1に繰り返し相転移し得、これに応じて磁化率を交互に変化させることができるので、磁化率の変化を目安とした繰り返し切替動作可能なスイッチング素子として機能し得る。
【0087】
また、この集積型金属錯体では、第1光誘起相PI-1のときに基本波光L1を受けると、低温相LTのときに発する第2高調波光L2の直線偏光の偏光面がほぼ90度(90度±10度)回転した磁化誘起第2高調波光L3を発し得る。さらに、集積型金属錯体では、第2光誘起相PI-2のときに基本波光L1を受けると、第1光誘起相PI-1のときに発する磁化誘起第2高調波光L3の直線偏光の偏光面がほぼ90度(90度±10度)回転した他の磁化誘起第2高調波光L4を発し得る。
【0088】
これにより集積型金属錯体では、第1レーザ光hν1および第2レーザ光hν2を交互に照射することにより第2光誘起相PI-2または第1光誘起相PI-1に繰り返し相転移し得、これに応じて磁化誘起第2高調波光L3,L4の偏光面を交互に変化させることができるので、磁化誘起第2高調波光L3,L4の偏光面の変化を目安としたスイッチング動作を繰り返し行え得るスイッチング素子として機能し得る。
【0089】
以上の構成によれば、集積型金属錯体では、Fe
2[Nb(CN)
8]・(4-bromopyridine)
8・nH
20(nは、0〜10)からなるキラルな結晶構造を有する構成としたことにより、遷移金属イオンたるFeイオンのスピン状態が高スピン状態の高温相HTと、当該スピン状態が高温相HTよりも低スピン状態となった常磁性の低温相LTとに、温度に応じて相転移し得、低温相LTにて基本波光L1を受けて第2高調波光L2を発するという新規な物性を発現し得る。
【0090】
また、集積型金属錯体では、Fe
2[Nb(CN)
8]・(4-bromopyridine)
8・nH
20(nは、0〜10)からなるキラルな結晶構造を有する構成としたことにより、遷移金属イオンたるFeイオンのスピン状態が高スピン状態の強磁性の第1光誘起相PI-1と、Feイオンの一部のスピン状態が第1光誘起相PI-1よりも低スピン状態となり第1光誘起相PI-1よりも磁化率が低い強磁性の第2光誘起相PI-2とに、光照射によって交互に相転移するという新規な物性を発現し得る。
【0091】
(3)その他の実施の形態
なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。例えば、上述した実施の形態においては、第1光誘起相PI-1のときに基本波光L1を受けると、低温相LTのときに発する第2高調波光L2の直線偏光の偏光面が90度±10度回転した磁化誘起第2高調波光L3を発する場合について述べたが、本発明はこれに限らず、低温相LTのときに発する第2高調波光L2の直線偏光の偏光面が90±5度や、90度±15度、90度±30度、90度±60度回転した磁化誘起第2高調波光L3を発しても良く、また磁化誘起第2高調波光L3の回転角度の絶対値が0度よりも大きければ、その他種々の回転角度であってもよい。
【0092】
また、上述した実施の形態においては、第2光誘起相PI-2のときに基本波光L1を受けると、第1光誘起相PI-1のときに発する磁化誘起第2高調波光L3の直線偏光の偏光面が90度±10度回転した他の磁化誘起第2高調波光L4を発する場合について述べたが、本発明はこれに限らず、第1光誘起相PI-1のときに発する磁化誘起第2高調波光L3の直線偏光の偏光面が90±5度や、90度±15度、90度±30度、90度±60度回転した他の磁化誘起第2高調波光L4を発しても良く、当該他の磁化誘起第2高調波光L4の回転角度の絶対値が0度よりも大きければ、その他種々の回転角度であってもよい。
【0093】
さらに、上述した実施の形態においては、Fe
2[Nb(CN)
8]・(4-bromopyridine)
8・nH
20(nは、0〜10)からなるキラルな結晶構造を有する集積型金属錯体について述べたが、本発明はこれに限らず、上述したように、A[B(CN)
8]・D・nH
20(なお、Aは、Cr
2、Mn
2、Fe
2、Co
2のうちいずれか1種。Bは、Nb、W、Moのうちいずれか1種。Dは、(4-bromopyridine)
x、(4-chloropyridine)
x、(4-pyridylethanol)
x、(4-pyridylethylamine)
x、(3-pyridylethylamine)
x、(3-ethylpyridine)
x、(4-cyanopyridine)
x、(3-aminopyridine)
xのいずれか1種(xは1〜8)。nは、0〜10)からなるキラルな結晶構造の集積型金属錯体であってもよい。
【0094】
なお、A[B(CN)
8]・D・nH
20(なお、Aは、Cr
2、Mn
2、Fe
2、Co
2のうちいずれか1種。Bは、Nb、W、Moのうちいずれか1種。Dは、(4-bromopyridine)
x、(4-chloropyridine)
x、(4-pyridylethanol)
x、(4-pyridylethylamine)
x、(3-pyridylethylamine)
x、(3-ethylpyridine)
x、(4-cyanopyridine)
x、(3-aminopyridine)
xのいずれか1種(xは1〜8)。nは、0〜10)からなるキラルな結晶構造の集積型金属錯体は、例えばAのいずれかの遷移金属元素を含有した溶液と、Dのいずれかの配位子を含有した溶液と、水酸化カリウムと、アスコルビン酸等を混合させた混合水溶液を生成し、この混合水溶液と、Bのいずれかを含有した溶液とを拡散法により反応させることで生成できる。