(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
陽極及び陰極の間に複数の有機材料層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子の製造方法であって、水の接触角70度未満の親水性表面を有する電極を、自己組織化単分子膜形成材料である表面改質剤により70度以上110度未満に調整した後、この電極に接して、分子量2,000以下の電荷輸送材料を溶媒に溶解した溶液を用いてエレクトロスプレー法により成膜することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子の製造方法。
【背景技術】
【0002】
有機エレクトロルミネッセンス(以下、有機ELと略称することがある)素子は、有機材料から成る薄膜の両面に電極を設け、その電極間に電圧を印加することによって両面の電極から有機薄膜中に注入される電荷(電子と正孔)の再結合による発光を利用する電流駆動型の発光素子であり、低電圧で高い発光輝度が得られることや自発光による高い視認性などから薄型軽量ディスプレイや照明などへの応用研究が活発に進められている。
【0003】
現在有機EL素子作製に主に使用されている有機薄膜の成膜方法には、真空蒸着法に代表されるドライプロセスとスピンコート法に代表されるウエットプロセスがある。ドライプロセスは、比較的低分子量の有機材料を用いる成膜プロセスで、膜厚のコントロールが容易、適当な開口部を持ったマスクを用いた塗り分けが可能、性質の異なった有機材料の積層構造が容易に作成可能、などの特長がある。この中でも特に、積層構造が容易に作成できる「多層化技術」は特に重要で、この技術が特に有機ELの発光効率や素子寿命を飛躍的に向上させ、有機ELを実用デバイスとして多くのアプリケーションに採用させるまでに飛躍させてきた。しかし、この技術には真空装置を必要とするため、装置の初期導入や維持費用が高額であることや大型基板使用が困難であることなどから、生産性の向上、すなわち製造コストの改善に制約があるとされている。
【0004】
一方のウエットプロセスは、成膜性や耐熱性などの物理的な安定性に優れる高分子材料に適用できることや、装置が単純で真空など特殊雰囲気を必要としないなど大量生産に適したプロセスであり、省エネルギー、かつ低価格での製品製造には適しているとされている。しかし、高効率化や長寿命化実現のためには、前記したような異なった性質を持った材料による積層構造を作製することが重要であるが、ウエットプロセスにおいては、上層塗液溶媒が下層の有機材料を溶出したり、浸透により下層の剥離を生じさせたりする。こうした現象を抑制するために架橋硬化剤など添加剤が使用されることもあるが、これらの添加剤は発光機能の障害となることが知られており、デバイス機能を損なわずに高性能な多層構造を実現することは極めて困難とされている。
【0005】
一方で、簡易にパターン作成が可能であるなどとしてES法を、有機ELをはじめとした有機半導体薄膜素子の作製に利用する提案が複数なされている。ES法は機能材料を溶解させた溶液を、導電性の基体とその溶液を放出するノズルとの間に高電圧を印加しながら、その基体に吹き付ける方法である。この方法は帯電した溶解液が細かいナノオーダーレベルの液滴となって互いに反発・分散して、微細なナノオーダーレベルの液滴を形成、この際の急激な表面積増加に伴って溶媒が蒸発し、溶液中の溶質(機能材料)のみがほぼ乾燥した状態で基体に付着して均一な層を作成するため複数層を積層するのにも有用とされる。
【0006】
特許文献1には、ES法に使用する塗液が室温で蒸気圧500Pa以下の溶媒を含有するものとすることが記載されている。また特許文献2には、ESの原料液に対して電荷付与、吐出を段階的に行うことが記載されている。さらに、特許文献3には、電荷輸送機能を有するデバイス、特に電子写真感光体に関わる発明が記載されている。
また、非特許文献1、及び2には高分子有機EL材料を用いた有機EL素子の作製に関する記載がされている。
【0007】
また、特許文献4には本発明と同様の低分子系有機材料を使用した有機EL素子の製造方法に関する開示がされているが、電極や無機材料等の基材表面が親水性表面を有する場合、直接ES法で低分子系有機材料の薄膜を作成することは困難であり、それらの表面改質の必要性に関する情報は開示されていない。またES法に好適に使用できる溶媒の特性に関する情報も開示されていない。なお、非特許文献3では、混合溶媒の誘電率(εm)は混合される溶媒各々の誘電率(ε
1、ε
2)とその体積分率(φ
1、φ
2)の和で示されることが示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、分子量2,000以下の低分子量系有機材料層を有する多層型有機EL発光素子をES法により製造することを目的とする。
【0011】
ES法では、溶媒に溶解した溶質が基板に到達(着弾)時にはほぼ乾燥状態となっていることが特徴として挙げられるが、同時に溶媒などの緩衝作用がないことは、着弾粒子の薄膜への成長工程で、材料及び基板表面の性状がより強く影響されるものと考えられる。
【0012】
すなわち、有機EL素子作製などで一般的に使用される洗浄法で表面を洗浄したITO(インジウム−錫合金)などの親水性電極の表面では、N,N’−ビス(ナフタレン−1−イル)−N,N'−ビス(フェニル)−ベンジジン(α−NPD)やN,N'−ビス(3−メチルフェニル)−N,N'−ビス(フェニル)−ベンジジン(TPD)に代表される疎水性の強い低分子系有機EL材料は、噴霧された微粒子は薄膜とはならずに網目状の凝集組織を形成し、更に噴霧を続けると絶縁性の厚膜となる性質がある。
【0013】
また、ES法では、帯電した液滴が互いに反発、分散することで表面積が急増し、これに伴って溶媒が揮散して微小な溶質が析出する。このために塗工液には帯電され易い、すなわち極性の大きな溶媒である水、酢酸、ギ酸などの有機酸、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどのアルコール類やアセトニトリル、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルフォキシド(DMSO)などの高極性非プロトン性溶媒やその混合液が採用される。
【0014】
一方、高温真空下での蒸着法によりアモルファス薄膜を形成する低分子量系有機半導体材料では、水素結合などの分子間相互作用により高沸点、高融点の原因や、脱炭酸、脱水などによる分解現象の起点となるカルボン酸基(COOH基)やアルコール基(OH基)などの高極性官能基を分子構造中に持たない低極性分子が大半であり、こうした材料を溶解するためには一般的に低極性なトルエンやキシレンなどの溶媒が使用される。
【0015】
すなわち、ES法を用いて有機EL材料による薄膜を形成しようとする場合には、噴霧性と材料溶解性の双方を兼ね備えた溶液の調製が必要となる。しかし、従来のES法も用いた成膜に関する知見は高分子系材料の使用を想定したものであり、低分子系材料に対してどのような溶媒が好適であるかを見極める定量的な指標は存在しない。
【0016】
こうした状況を鑑み本発明者らが鋭意検討を行った結果、ES法を用いて親水性表面を持つ電極表面に有機半導体薄膜を形成する際に、親水電極表面を表面改質剤で疎水性に制御することと、噴霧性を確保するために必要な要件(=高極性溶媒、親水性)と、溶解性を確保するための要件(=低極性溶媒、疎水性)という2つの相反する要件の双方を満足できる溶媒系を見出す指標として溶媒の誘電率を利用した塗液設計を行うことにより、凝集が抑制された平滑性の高い薄膜を形成できる条件を見出して本発明を完成させるに至った。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、陽極及び陰極の間に複数の有機材料層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子の製造方法であって、水の接触角70度未満の親水性表面を有する電極表面を、表面改質剤により水の接触角70度以上100度未満に調整した後、この電極に接して分子量2,000以下の電荷輸送材料を溶媒に溶解した溶液を用いてエレクトロスプレー法により成膜することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子の製造方法である。
【0018】
上記有機エレクトロルミネッセンス素子の製造方法において、電荷輸送材料を溶解する溶媒が、誘電率が5.5〜18.0である溶媒であることが望ましい。
【0019】
上記有機エレクトロルミネッセンス素子の製造方法において、表面改質剤は、水の接触角70度未満の親水性表面を有する電極表面を水の接触角70度以上110度未満に調整できる自己組織化単分子膜(SAM)形成材料
を使用する。好ましくは、ヘキサメチルジシラザン(HMDS)、若しくはn−オクチル
フォスフォン酸(OPA)である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によって、エレクトロスプレー法を用いた低分子量系有機材料層を含む高性能な多層型有機EL素子を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。
前述のようにES法では、溶媒に溶解した溶質(基質)が基板着弾時にはほぼ乾燥状態となっていることが特徴として挙げられるが、同時に溶媒などの緩衝作用がないことは、着弾粒子の薄膜への成長過程で、材料、及び基板表面の性状がより強く影響されるものと考えられる。
【0023】
すなわち、有機EL素子作製などで一般的に使用される洗浄法で表面を洗浄したITO(インジウム−錫合金)電極などいわゆる親水性の表面では、α−NPDやTPDに代表される疎水性の強い低分子系有機半導体材料は、噴霧された微粒子が薄膜とはならずに凝集して網目状の凝集組織を形成し、更に噴霧を続けると絶縁性の厚膜となる。
【0024】
図2に、ITO表面にα−NPD又はTPDの溶液をES法で噴霧して得られる膜の原子間力顕微鏡(AFM)像を示す。
図2中、(1)はα−NPDの膜を示し、(2)はTPDの膜を示す。いずれも、網目状に凝集している状態となっていることが分かる。
【0025】
サンプル作製時のES噴霧条件は以下の通り。
溶液濃度:0.05重量%
溶媒組成(体積比):ジクロロメタン/DMF=4/1(ε=14.9)
印加電圧:10kV
ガラスキャピラリー先端径:10μm
噴霧距離(ノズルから基板まで距離):50mm
吐出時間:600秒
【0026】
図2に示されるような網目状の凝集状態は、低極性・疎水性な低分子量系有機半導体材料が、高極性で親水性な基板上に粒子状に着弾した際、その粒子は固定化されて薄膜とはならず、表面を移動して凝集、固化していくものと考えられる。
【0027】
図3に表面移動から凝集、固化するイメージを示した。
図3の上側の図は理想的な膜の形成状況を示し、下側の図は実際の膜の形成状況を示す。
一方、成膜性に優れた高分子量系材料ではこうした現象は観察されておらず、理想的な膜の形成が可能であり、低分子系材料特有の現象であると考えられる。
【0028】
本発明では、こうした凝集現象を抑制して安定な薄膜を形成するため、下地の性質(濡れ性)の制御に着目した。
【0029】
前記のように、親水性表面を持つITO上では、噴霧したTPDは網目状の凝集状態となるが、表面改質剤により表面を適度な疎水性に制御すると、TPDは凝集せず表面平滑性の高い薄膜が形成される。ここで、本発明でいう表面改質剤は、表面の親水性を低減させ、又は疎水性を向上させるものをいう。表面改質剤層の厚みは、素子性能に極力影響を与えないように単分子膜〜1nm程度がよい。
【0030】
表面改質剤として自己組織化単分子膜(SAM)形成材料が好ましく挙げられる。ここで、SAMとはSelf−Assemble Monolayerの略語であり、有機分子の化学吸着過程で固体表面に自己集積化、自己組織化によって形成される単分子膜の総称である。
こうした性質を示す材料としては、金電極表面での有機硫黄分子がとくに有名であるが、本発明のような親水性の電極、すなわち酸化物表面にはカルボン酸、ホスホン酸、リン酸エステル、有機シラン分子などがSAMを形成しやすいといわれている。
【0031】
表1に各種表面改質剤とその水との接触角、及び成膜性の良否を示す。
図4の(1)はITO上にTPDを直接ES噴霧した状態の顕微鏡写真を示す。
また、
図4の(2)はITO上にHMDSを吸着処理した後にTPDをES噴霧した状態の顕微鏡写真を、
図5の(1)はその偏光顕微鏡写真を示す。
図4の(3)は、ITO上にOPAを吸着処理した後にTPDをES噴霧した状態の顕微鏡写真を、
図5の(2)はその偏光顕微鏡写真を示す。
図4の(4)は、ITO上にFOPA(フッ素化オクチル
フォスフォン酸)を吸着処理した後にTPDをES噴霧した状態の顕微鏡写真を、
図5の(3)はその偏光顕微鏡写真を示す。
【0032】
表1、及び
図4、5に示したサンプルは、洗浄を行ったITO基板上に各々表面改質処理を行った後、ES法によりTPDを噴霧した状態を示すものである。この時のES法の噴霧条件は以下の通り。
TPD溶液濃度:0.07重量%
溶媒組成(体積比):ジクロロメタン/DMF=4/1
印加電圧:10kV
ガラスキャピラリー先端径:10μm
噴霧距離:50mm
吐出時間:600秒
【0033】
また、洗浄を行ったITO基板上に各々表面改質処理を行った後の接触角の測定条件は以下の通りである。
使用機器:協和界面化学(株)製 DM-301
使用溶媒:水
測定液滴体積:1μL
測定温度:25℃
【0035】
ここでの気相吸着法とは、改質剤(本実験ではHMDS、OPA、FOPA)原液をシャーレなどの小容器中にいれ、これと改質前の基板を大容器に仕切って入れた後、加熱処理することにより、基板表面の性質を改善する。すなわち、容器中で110℃、5分加熱して改質剤蒸気を基板表面に十分吸着させた後に基板を取り出し、110℃のホットプレート上で5分間乾燥する。
【0036】
表1中の表面平滑性は、
図4の(1)や(2)に示したように、顕微鏡観察において偏光像に散乱光が観察されなかったものを○、
図4の(3)に示したように、顕微鏡観察において偏光像に散乱光が観察されたものを×とした。
【0037】
前記のように、親水性が高い電極上にES法で噴霧して有機EL材料薄膜層を形成する場合、表面改質剤で適度な疎水性表面へ処理する必要がある。被覆の方法としては、ES法以外であれば昇華蒸着等のドライプロセスであってもスピンコートや印刷、吸着等のウエットプロセスであってもよいが、その表面の接触角が70度以上であり、好ましくは75度以上であり、110度未満、好ましくは105度未満が良い。上記ES法以外の被覆の方法としては、シーエムシー出版、「プリンタブル有機エレクトロニクスの最新技術」、2008年に記載される方法が挙げられ、具体的には昇華蒸着法等のドライプロセス、スピンコート法、インクジェット法、ノズルプリント法、グラビア印刷法、及びスリットコート法等のウエットプロセスが挙げられる。
【0038】
好ましい表面改質剤としては、適度な疎水性を付与できる低分子量有機材料で、いわゆる自己集積化単分子膜材料が挙げられる。より好ましくは、ヘキサメチルジシラザン(HMDS)、トリメチルシリルクロライド、N,N’‐ビス(トリメチルシリル)ウレアなどのシリル化剤、オクチルフォスフォン酸(OPA)、テトラデシルフォスフォン酸(TDPA)、ヘキサデシルフォスフォン酸(HDPA)などのホスホン酸類などが使用できる。
【0039】
表面の接触角が70度以上の電極に接して少なくとも1層の有機層(電荷輸送材料を含む有機材料層)をES法により設ける。有機層が複数層ある場合は、電極と接する第1層を改質層とし、改質層と接する第2層を有機層(2)とし、有機層(2)と接する第3層を有機層(3)とし、以下同様にして第n層の有機層(n)までを形成することが好ましい。ここで、有機層(2)〜(n-1)の上記接触角が70度以上110度以下であれば、その上に形成される次の有機層もES法により形成することが好ましい。接触角が70度以上110度以下となる有機層が得られない場合は、電極表面の改質と同様に蒸着法や吸着法で表面を改質することもできる。
【0040】
表2に各種溶媒の沸点、代表的な有機半導体材料(電荷輸送材料)であるTPD及びα−NPDの溶解性、ES法での噴霧性、及び誘電率を示す。
これから、噴霧性に関しては、溶媒の誘電率の下限値はTHF(7.5)とクロロホルム(4.8)の範囲内に、TPDの溶解性に関しては、溶媒の誘電率の上限値はMEK(15.5)とIPA(18)との範囲内にあることが判る。なお、ES法で使用される溶媒の沸点は、すばやく揮発することができる150℃以下であることが好ましい。
【0041】
表2において、溶解性は、1.0mg/ml以上溶解するものを○とし、未満のものを×とした。噴霧性は、帯電による微細均一な円錐霧状の広がり(
図1に示すような状態)が生成した場合を○、帯電できずに液滴が落下するのみの場合を×とした。
また、溶解性及び誘電率の測定は、常温(25℃)で行った。また、ES法による製膜も常温(25℃)で行った。
【0043】
更に、混合溶媒の誘電率(εm)は混合される溶媒各々の誘電率(ε
1、ε
2)とその体積分率(φ
1、φ
2)の和で示されることが知られていることから、これとエレクトロスプレー装置における噴霧性とを比較検討した。
εm=ε
1φ
1+ε
2φ
2 (A)
【0044】
表3に低誘電率(=低極性)溶媒としてトルエン(ε=2.4)、ジオキサン(ε=2.2)、クロロホルム(ε=4.8)を、高極性(=高誘電率)溶媒としてDMF(ε=38)イソプロピルアルコール(IPA、ε=18)、メチルエチルケトン(MEK、ε=15.5)を用い、異なる体積比(1/5、1/10、1/20)で混合した際の上記式(A)より導いた誘電率(計算値)と噴霧性をまとめる。
表3中、噴霧性の評価は、表2と同じである。
【0045】
エレクトロスプレーの噴霧条件は以下の通りである。
吐出量:1ml/時間
印加電圧:8〜12kV
ガラスキャピラリー先端径:10μm
噴霧距離:50mm
【0047】
これらの結果から、噴霧可能な誘電率の下限値が5.5(ジオキサン/DMF=10/1)と5.4(ジオキサン/IPA=5/1、クロロホルム/IPA=20/1)の範囲内にあることが判る。
【0048】
本発明で使用する溶媒は、単一の溶媒であっても、混合溶媒であってもよいが、有機層を形成するために使用される電荷輸送材料としての低分子量系有機材料を溶解するものの中から選択される。低分子量系有機材料は一般的に非極性溶媒に溶解しやすい傾向があるので、非極性溶媒と極性溶媒の混合溶媒が好ましい。そして、多くの電荷輸送材料としての低分子量系有機材料は、誘電率が上記範囲にあれば、良好な噴霧が可能となるので、この範囲の誘電率を示す溶媒が好ましい。
【0049】
本発明でES法により有機半導体薄膜層を形成するために使用される電荷輸送材料は、低分子量系有機材料であり、かかる材料としては、公知の有機EL材料、すなわちトリス(8−ヒドロキシ−キノリナト)アルミニウム(Alq3、分子量459.4)、2−ターシャリーブチル−9,10−ジ(ナフト−2−イル)アントラセン(TBADN、分子量486.6)、1,4−ビス(4−(9H−カルバゾール−9−イル)スチリル)ベンゼン(BCzSB、分子量612.76)、4,4'−ビス(カルバゾール−9−イル)ビフェニル(CBP、分子量484.59)などの蛍光発光性有機化合物、トリス(2−フェニルピリジン)イリジウム(III)(Ir(PPy3、分子量696.86)のような燐光発光性有機化合物、TPD(分子量516.7)やα-NPD(分子量588.7)や2,2’,2’ ’−(1,3,5−ベンジントリル)−トリス(1−フェニル−1−H−ベンズイミダゾール)(TPBi、分子量654.76)などの電荷輸送性有機材料など多くの例が挙げられる。
【0050】
更に、2,2’,7,7’−テトラキス[N−ナフタレニル(フェニル)−アミノ]−9,9’−スピロフルオレン(Spiro−2NPB、分子量1185.5)やN,N’−ビス(ナフタレン-2―イル)−N,N’−ビス(フェニル)−トリス(9,9’−ジメチルフルオレニレン)(BNP3FL、分子量1013.3)など分子量1000を越える分子量領域の材料も使用可能である。
【0051】
かかる電荷輸送材料で形成できる有機層としては、正孔注入層、正孔輸送層、発光層、電子輸送層、電子注入層等があるが、これに限らない。これらの層は2種以上の低分子量系有機材料の混合物から形成されてもよく、2層以上の有機層から形成されてもよい。
【0052】
電荷輸送材料が溶媒に0.01重量%以上程度の濃度で溶解すれば本発明に使用可能であるが、成膜の速度などを考慮した場合、0.05〜0.5重量%程度の濃度が適当である。一方、0.5重量%以上の高濃度域も材料が溶解すれば使用可能であるが、微小キャピラリー先端へのつまりや材料の結晶性を勘案した場合は1重量%未満までの範囲が適当であると考えられる。
【0053】
有機EL素子作製に用いられる基板としては、ガラス基板、プラスチック製のフィルム、またはシートを用いることができる。そのプラスチックとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、シクロオレフィンポリマー、ポリアミド、ポリエーテルスルホン、ポリメタクリル酸メチル、ポリカーボネート等を用いることができる。また、これらのフィルムには水蒸気バリア性、酸素バリア性を示す酸化ケイ素といった金属酸化物、窒化ケイ素といった金属窒化物やポリ塩化ビニリデン、ポリ塩化ビニレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体鹸化物からなるバリア層が必要に応じて設けられる。
【0054】
透光性基板の上には陽極が設けられ、その材料としてはITO(インジウム錫複合酸化物)、IZO(インジウム亜鉛複合酸化物)、酸化錫、酸化インジウム、酸化アルミニウム複合酸化物等の透明電極材料が使用できる。
【0055】
エレクトロスプレー装置については、以前はガラスキャピラリーと白金素材で製作された針金状の電圧印加電極などを利用した装置が使用されていたが、現在は市販装置(例えばメック社製ナノファイバー紡糸装置SDシリーズなど)を利用することもできる。
【0056】
スプレーノズル先端には先端径1μから1mm程度のステンレスなどの金属やガラス製のキャピラリーが使用可能であるが、本発明のようなナノレベルの薄膜の形成には、1μ以上50μ以下程度のガラスキャピラリーが好適である。
【0057】
前記導電性基板とスプレーノズル先端までの距離は30mmから100mm程度であり、その間に1kVから30kV程度の電圧を印加することにより試料溶液がスプレーフレームとなって吐出される。
【0058】
スプレーによる不均化を防止するため、電圧印加部を横方向に移動させたり、導電性基板を回転させながら噴霧することもできる。
【0059】
本発明においては、基板上の電極、好ましくは陽極を、表面処理剤を用いて表面をあらかじめ疎水性に制御し、それに接する有機層をES法で形成する。多層化された有機層の場合、電極に接する有機層以外の少なくとも1層をES法で形成することが好ましい。有機層形成後、陰極層を形成して有機EL素子とする。
【0060】
陰極材料としては、有機層の特性に応じたものを使用できるが、例えばリチウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウムなどの金属単体やこれらと金、銀などの安定な金属との合金などがあげられる。またインジウム、亜鉛、錫などの導電性酸化物も用いることができる。陰極層の形成方法としてはマスクを用いた真空蒸着法やスパッタリングなどが使用される。
【実施例】
【0061】
以下に本発明を実施例および比較例により更に詳しく説明するが。本発明は下記例に制限されるものではない。
【0062】
実施例1
膜厚100nmのITOからなる陽極が形成されたガラス基板を、中性洗剤水(Cica Clean LX−2)、純水、有機溶媒(アセトン、イソプロパノール)の各溶媒中で超音波洗浄後、UV/オゾン洗浄を行った。このITO上に、表面改質剤であるHMDSを気相吸着法(シャーレ中に基板及びHMDS原液を仕切って入れ、110℃ 5分加熱)にて処理し、ホットプレート上110℃で5分乾燥した。これによりITO表面を疎水性に調整し、得られた基板の表面(電極面)の水の接触角は90°であった。なお、表面改質前の基板表面の水の接触角は15°である。
次に、
図1に示すES装置を使用して、有機層を形成する。
【0063】
図1において、1は溶液蓄積用シリンジ、2は試料溶液、3はスプレーフレーム、4は導電層(ITO)、5はガラス基板、6は電圧印加部、7はスプレー用電源、8は接地用銅テープ、9はアルミホイル、10は本体テーブルを示す。
【0064】
被覆層である第1のTPDの薄膜層が形成されたITO電極4を銅テープ8にてアルミホイル9上に導通させたガラス基板5を、ES装置のサンプルテーブル10上に設置する。
【0065】
一方、TPDを低極性溶媒であるジククロメタン(沸点40℃)と高極性溶媒であるジメチルホルムアミド(沸点153℃)の混合溶媒(体積比4:1、誘電率(計算値)14.9)に溶解した塗液(0.08重量%)を、前記HMDSで表面処理したITO電極つきガラス基板5に、ES法で噴霧してTPDの薄膜層を形成した。このときの噴霧条件は、基板−ノズル先端距離50mm、15rpmの速度で回転させ、印加電圧は10kV、噴霧時間は600秒噴霧であった。形成したTPDの薄膜層の膜厚は34nmであり、顕微鏡偏光像で散乱光が認められない平滑な薄膜であった。
【0066】
次に、真空度5.0×10
-4 Paの条件下でAlq3を50nmの厚みに蒸着法で積層させた。その後、電極としてマグネシウム−銀、及び銀をそれぞれ100nm、及び10nmの厚さに蒸着法で形成し、有機EL素子を作製した。
【0067】
得られた有機EL素子に外部電源を接続し直流電圧を印加しながら、浜松ホトニクス(株)製C9920―02型絶対量子収率測定装置を用いて、300Kでの特性評価を行った。その結果、Alq3由来する520nmの発光が確認され、その時の外部発光効率は、1.0mA/cm
2の電流密度において、1.0%であった。
【0068】
実施例2
HMDSの代わりに、OPAを表面改質剤として利用した以外は、実施例1と同様にしてTPD薄膜を形成したところ、その膜厚は39nmであり、顕微鏡偏光像で散乱光が認められない平滑な薄膜であった。更に、実施例1と同様に有機EL素子を作製して300Kでの特性評価を行った結果、Alq3由来する520nmの発光が確認され、その時の外部発光効率は、1.0mA/cm
2の電流密度において、1.0%であった。なお、表面改質後の基板表面の水の接触角は94°である。
【0069】
比較例1
HMDSなどの表面改質剤を使用しないこと以外は、実施例1と同様にして有機EL素子を作製した。この素子の300Kでの素子特性評価を実施しようとしたが、作製した素子はショートして発光特性を測定することはできなかった。
【0070】
比較例2
HMDSの代わりに、FOPAを表面改質剤として利用した以外は、実施例1と同様にしてTPD薄膜を形成したところ、顕微鏡偏光像で散乱光が認められ、平滑な表面を持つ薄膜は得られなかった。更に実施例1と同様に有機EL素子を作製し、この素子の300Kでの素子特性評価を実施しようとしたが、作製した素子はショートして発光特性を測定することはできなかった。なお、表面改質後の基板表面の水の接触角は113°である。