(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記判定に際して、前記基質の濃度の減少量を所定値と比較し、所定値以下である場合に、前記バラスト水の生物組成が前記基準を満たすと暫定的に判定し、所定値を超える場合に、前記バラスト水の生物組成が前記基準を満たさないと暫定的に判定することを特徴とする請求項1記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
前記所定値は、培養条件が前記被検用培地と実質的に同一であり且つ前記基準に対応する既知の生物組成を有する参照用培地において測定された基質の濃度の減少量に対応することを特徴とする請求項1又は2記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
前記基質の濃度の減少量を測定するに際して、前記被検用培地のうち前記生物の体外の領域について選択的に測定することを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
測定対象となる前記基質の選定のための予備試験として、培養条件が実質的に同一であり且つ培養開始時における生物濃度が異なる少なくとも2つの培地において、培養に伴う任意の基質の濃度の減少量を各々測定し、当該基質の濃度の減少量が、培養開始時における生物濃度に応じて変化することが確認された場合に、該基質を、前記基質として用いることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
請求項1〜7に記載のバラスト水質の暫定的判定方法により前記バラスト水が基準を満たさないと暫定的に判定された場合に、当該バラスト水を船舶外に排出する前に、生物除去処理ないし生物殺滅処理を行うことを特徴とするバラスト水の処理方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、バラスト水処理装置は、基準を満たし得る性能を有することが通常であるが、より確実に排出基準を満たす観点で、本願発明者は、排出しようとするバラスト水について、事前に排出基準を満たし得るか否かの測定を行うことを検討した。バラスト水処理装置の異常や、バラストタンク内での生物の再増殖(regrowth)などのような予期困難な事態にも対応するためである。
【0009】
ところが、D2の規定に基づいて、培養法によるコロニーの目視確認を行おうとすると、培養開始からコロニーが視認できるまでに4日程度を要する。例えば、バラスト水排出の4日前にサンプルを採取して培養を行うことも考えられるが、サンプル採取後にバラストタンク内で生物の再増殖などが起こった場合に対応困難となる問題がある。
【0010】
特許文献1に記載の技術は、微生物の活性を検出するとしているが、微生物自体ないしは微生物を構成している物質の量を検出しているに過ぎない。微生物の活動そのものを動的に検出するものではないため、活性を直接的に評価する観点では限界があった。
【0011】
そこで、本発明の課題は、バラスト水中の生物組成が基準を満たすか否かを暫定的に判定するバラスト水質の暫定的判定方法、該判定方法に基づいてバラスト水を処理するバラスト水の処理方法、被検試料中の生物組成が基準を満たすか否かを暫定的に判定する生物組成の暫定的判定方法、被検用培地に存在する生物を直接且つ迅速に活性として評価する生物活性の評価方法、及び、被検用培地に存在する生物の濃度を迅速に推定する生物濃度の推定方法を提供することにある。
【0012】
また本発明の他の課題は、以下の記載によって明らかとなる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題は、以下の各発明によって解決される。
【0014】
1.
バラスト水処理装置によって処理されたバラスト水から採取した
原水を濃縮してなるサンプルと、所定の基質とを少なくとも含む被検用培地を所定時間培養して測定された前記基質の濃度の減少量に基づいて、前記バラスト水の生物組成が所定の基準を満たすか否かを暫定的に判定することを特徴とするバラスト水質の暫定的判定方法。
【0015】
2.前記判定に際して、前記基質の濃度の減少量を所定値と比較し、所定値以下である場合に、前記バラスト水の生物組成が前記基準を満たすと暫定的に判定し、所定値を超える場合に、前記バラスト水の生物組成が前記基準を満たさないと暫定的に判定することを特徴とする前記1記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
【0016】
3.前記所定値は、培養条件が前記被検用培地と実質的に同一であり且つ前記基準に対応する既知の生物組成を有する参照用培地において測定された基質の濃度の減少量に対応することを特徴とする前記1又は2記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
【0017】
4.前記基質の濃度の減少量を測定するに際して、前記被検用培地のうち前記生物の体外の領域について選択的に測定することを特徴とする前記1〜3の何れかに記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
【0018】
5.測定対象となる前記基質の選定のための予備試験として、培養条件が実質的に同一であり且つ培養開始時における生物濃度が異なる少なくとも2つの培地において、培養に伴う任意の基質の濃度の減少量を各々測定し、当該基質の濃度の減少量が、培養開始時における生物濃度に応じて変化することが確認された場合に、該基質を、前記基質として用いることを特徴とする前記1〜4の何れかに記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
【0019】
6.前記基質としてグルコースを用いることを特徴とする前記1〜5の何れかに記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
【0020】
7.船舶内において行われることを特徴とする前記1〜6の何れかに記載のバラスト水質の暫定的判定方法。
【0021】
8.前記1〜7に記載のバラスト水質の暫定的判定方法により前記バラスト水が基準を満たさないと暫定的に判定された場合に、当該バラスト水を船舶外に排出する前に、生物除去処理ないし生物殺滅処理を行うことを特徴とするバラスト水の処理方法。
【0023】
9.
バラスト水処理装置によって処理されたバラスト水から採取した原水を濃縮してなるサンプルを含む被検用培地における培養に伴う基質の消費に基づいて、
前記バラスト水の含有生物の全体としての増殖能を推定して、前記被検用培地に存在する
複数種の生物の活性が高いか低いかを評価することを特徴とする
バラスト水の生物活性の評価方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、バラスト水中の生物組成が基準を満たすか否かを暫定的に判定するバラスト水質の暫定的判定方法、該判定方法に基づいてバラスト水を処理するバラスト水の処理方法、被検試料中の生物組成が基準を満たすか否かを暫定的に判定する生物組成の暫定的判定方法、被検用培地に存在する生物を直接且つ迅速に活性として評価する生物活性の評価方法、及び、被検用培地に存在する生物の濃度を迅速に推定する生物濃度の推定方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
バラスト水を船舶外(海洋等)に排出する際に、当該バラスト水中に多量の水生生物が存在すると、環境破壊等を生じる懸念がある。これに対して、上述したD2のような排水基準が定められている。D2の規定は以下の通りである。
・最小径50μm以上の生物(主に動物プランクトン):1立方メートル中の生存個体が10未満
・最小径10μm以上50μm未満の生物(主に植物プランクトン):1ml中の生存個体が10未満
・コレラ菌(O-1,O-139):100ml、または動物プランクトン1g中のコロニー形成が1未満(不検出)
・大腸菌:100ml中のコロニー形成が250未満
・腸球菌:100ml中のコロニー形成が100未満
【0028】
本発明によれば、バラスト水中の生物組成が、このような基準を満たすか否かを暫定的に判定することができる。
【0029】
図1は、本発明に係るバラスト水質の暫定的判定方法の一例を示す工程図である。
【0030】
図1において、Aは被検用培地を調製する工程、Bは基質濃度の減少量を測定する工程、Cはバラスト水中の生物組成が所定の(任意の)基準を満たすか否かを暫定的に判定する工程である。
【0031】
被検用培地を調製する工程Aでは、船舶のバラスト水から採取したサンプルと、所定の基質とを少なくとも含む被検用培地を調製する。
【0032】
バラスト水中の生物量は、比較的少量である場合もあるので、本発明では、原水を適宜濃縮してサンプルとすることも好ましいことである。濃縮方法は格別限定されないが、例えば、原水を濾過膜に通水させて、膜を透過できない生物を膜面に濃縮する方法や、サイクロン等の重力沈降手段を用いて原水に重力を負荷することにより生物を濃縮する方法などを好ましく用いることができる。濾過膜により濃縮を行った場合は、生物が付着した濾過膜ごと、被検用培地に添加することも好ましいことである。
【0033】
本発明においては、このような濃縮により、被検用培地における基質の減少量を増大させて、測定精度を向上できる効果に加え、分析時間を短縮できる効果が得られる。また、落下細菌等の混入があっても、その影響を相対的に小さくできる効果も得られる。
【0034】
また、この例において、被検用培地には、測定対象となる基質(所定の基質)として、グルコースが所定の濃度となるように添加されている。なお、基質については、後に詳しく説明する。
【0035】
被検用培地は、生物の成育を促進する等の観点で、任意の培地成分を含んでもよい。これにより、より短い培養時間で基質の有意な減少を生じさせることができ、迅速にバラスト水質を判定できるようになる。例えば、培地成分としては、予備培養試験により生物の成育促進効果が認められたもの等を好適に用いることができる。
【0036】
本発明において、被検用培地は、例えば液体培地や固体培地とすることができ、特に液体培地とすることが好ましい。
【0037】
被検用培地を構成する成分(上記被検対象である上記サンプルは除く)、及びこれを収容する容器(培養容器)としては、無菌状態である(滅菌処理されている)ものが好ましく用いられる。
【0038】
次いで、基質濃度の減少量を測定する工程Bでは、被検用培地を所定時間培養し、該培養に伴う基質の濃度の減少量を測定する。
【0039】
基質濃度の減少量は、培養開始以降の2つの異なる時間における基質濃度の差に相当し、例えば、培養開始時における基質濃度と、所定時間培養した後の基質濃度の差とすることが好ましい。
【0040】
本発明においては、好ましくは培養開始から10時間以内での所定時間、より好ましくは培養開始から4時間以内、更には、2時間以内、1時間以内での所定時間での基質濃度の減少量を測定することが好ましい。本発明においては、このような比較的短い時間内に、基質濃度の有意な減少を観察することができる。
【0041】
培養開始時における基質濃度は、測定により確認してもよいし、培地の容量と、基質の含有量から算出してもよい。所定時間培養した後の基質濃度は、測定により確認することが好ましい。所定時間培養した後の基質濃度を測定するに際しては、培養容器内の被検用培地を直接測定してもよいし、培養容器内から取り出した被検用培地の一部を測定してもよい。なお、基質濃度の測定方法については、後に詳しく説明する。
【0042】
培養温度は、格別限定されるものではないが、生物の至適温度に合わせて設定されることが好ましく、例えば30℃〜40℃の範囲での所定温度で培養することが好ましい。また、液体培地であれば、振盪培養とすることが好ましい。また、培養は、回分培養であることが好ましい。
【0043】
以上に説明したサンプルの採取から、基質濃度の減少量を測定するまでの工程は、雑菌(落下細菌など)の混入が防止された状態で行われることが好ましい。
【0044】
次いで、バラスト水中の生物組成が基準を満たすか否かを暫定的に判定する工程Cでは、基質濃度の減少量に基づいて、バラスト水の生物組成が基準を満たすか否かを暫定的に判定する。
【0045】
具体的には、測定された基質濃度の減少量を所定値と比較し、所定値以下である場合に、バラスト水の生物組成が基準を満たすと暫定的に判定し、所定値を超える場合に、前記バラスト水の生物組成が基準を満たさないと暫定的に判定することが好ましい。
【0046】
かかる所定値は、培養条件が被検用培地と実質的に同一であり、且つ、バラスト水の生物組成に係る上記基準に対応する既知の生物組成を有する参照用培地において測定された基質濃度の減少量に対応していることが好ましい。
【0047】
なお、参照用培地の培養条件が被検用培地と実質的に同一であるということは、測定のための所定の培養時間の設定も被検用培地と同一であることを意味する。また、被検用培地において、原水が濃縮された状態(X倍)にあるときは、参照用培地が、バラスト水の生物組成に係る基準のX倍の濃度の生物を含むことが好ましい。
【0048】
本発明者は、培養条件が実質的に同一であるとき、基質濃度の減少量は、培養開始時における生物組成、特に生物濃度に応じて変化することを見出した。本発明では、この性質を利用して、参照用培地における基質濃度の減少量(所定値)に基づいて、被検用培地が、バラスト水の生物組成に係る基準を満たすか否かを暫定的に判定することができる。
【0049】
本発明によれば、培養開始から短時間で基質濃度の有意な減少が観察されることにより、培養法によるコロニーの目視確認の場合(4日程度を要する)などと比較して、判定を迅速に行える効果も得られる。これにより、限られた時間内で実施でき、船舶の航行予定等に影響を与え難い効果も奏する。また、複雑な装置や工程を必要としないため、船舶内においても容易に実施できる効果が得られる。
【0050】
本発明に係るバラスト水の処理方法では、以上に説明したバラスト水質の暫定的判定方法により、バラスト水が基準を満たさないと暫定的に判定された場合に、当該バラスト水を船舶外に排出する前に、生物除去処理ないし生物殺滅処理を行う。これにより、船舶が、より確実に排水基準を満たすことに寄与する。
【0051】
バラスト水処理装置は、本来的に排水基準を満たし得るように設計されているのが通常である。従って、バラスト水処理装置の異常や、バラストタンク内での再増殖(regrowth)などの予期できない問題が生じていない限りは、通常、排水基準は満たされ得る。本発明によれば、排水前のバラスト水について、水質の暫定的判定を行うことにより、このような問題発生の有無も迅速に検出できる。また、このような、問題発生の有無に基づいて、バラスト水の生物組成が所定の基準を満たすか否かを暫定的に判定することも可能である。
【0052】
本明細書では、本発明における「所定の基準」について、D−2規則 バラスト水排出基準に規定する排出基準(水質基準)を中心に説明したが、基準自体は変化し得る性質を有するので、上記D−2規則に係る基準よりも厳しくなった基準や、緩くなった基準であっても、それらの基準は、本発明における「所定の基準」に含む。また、所定の基準は、必ずしも条約等によって定められたものである必要はなく、例えば、条約に定められた基準よりも厳しい基準を適宜設定することで、条約に定められた基準を、より確実に満たし得るようにすることも、本発明においては好ましいことである。
【0053】
以上の説明では、測定対象となる基質としてグルコースを例示したが、これに限定されるものではない。
【0054】
本発明が測定対象とし得る「基質」は、広義には、生物の活動に伴って消費され得る物質であり、狭義には、生物に由来する酵素によって化学反応を触媒され得る物質(反応物)であり得る。
【0055】
培地における基質の濃度は、培養開始から比較的早い段階で、有意な減少を生じる。これは、生物による基質の消費が、例えば一般的な増殖曲線における誘導期(細胞分裂が活発に進行し始める前の期間)でも有意に生じ得ることなどに起因するものと考えられる。このような性質を利用する本発明によれば、例えば生物そのものの量を観察するよりも迅速に、バラスト水質の暫定的な判定を行うことができる。
【0056】
本発明に用いられる基質は、培養時において、培養系(培地)から系外に放出されたり、系外から培養系に意図せず混入したりし難いものであることが好ましい。例えば酸素は、生物の活動に伴って減少し得る物質であることから、基質として用いることもできるが、培養系が液体(液体培地)ないし固体(固体培地)である場合は、該培養系に隣接する気相との間の平衡により、培養系から放出されたり、培養系に意図せず混入したりしてしまい、濃度測定値に誤差を生じる場合がある。
【0057】
上記のような観点から、本発明に好ましく用いられる基質として、グルコース、フルクトース等の糖や、アセチルCoA等の補酵素、ピルビン酸などのような有機物、あるいは無機物(無機イオン等も含む)などを好ましく例示でき、特にグルコースが好適である。
【0058】
グルコースは、解糖系の出発物質であることから普遍性の高い基質であり、種々の生物において利用可能性が高い。また、グルコースの消費量は、生物のサイズに比較的依存し難いため、バラスト水質の判定をより高精度化できる効果も奏する。また更に、グルコースは、イオン化しにくい(pHに影響し難い)ため、培地に添加してもpH変化による培養への影響が生じ難い効果がある。
【0059】
また、本発明においては、測定対象となる基質の選定のための予備試験として、培養条件が実質的に同一であり且つ培養開始時における生物濃度が異なる少なくとも2つの培地において、培養に伴う任意の基質の濃度の減少量を各々測定し、当該基質の濃度の減少量が、培養開始時における生物濃度に応じて変化することが確認される場合、当該基質を、測定対象となる基質として好適に用いることができる。
【0060】
本発明において、基質の消費は、主に2段階でとらえることができる。まず、当該基質が生物の体内に取り込まれる第1段階があり、その後、生物の体内に取り込まれた基質が化学反応によって他の物質に化学変化する第2段階がある。本発明では、これらの何れの段階をもって基質の消費が生じた(濃度が減少した)ととらえてもよい。
【0061】
本発明においては、基質濃度の有意な減少を、より迅速に観察する観点で、基質が生物の体内に取り込まれる第1段階をもって基質の消費とすることが好ましい。これにより、基質が、生物の体内において他の物質に化学変化するのを待たずに、基質の有意な減少を観察できる。
【0062】
第1段階での基質の消費を好適に測定する観点で、基質濃度の測定方法として、培地のうち生物の体外の領域について選択的に基質濃度を測定する方法を好ましく用いることができる。
【0063】
このような測定方法として、例えば、基質と該基質を検出するための要素(物質ないし物体)とを直接接触させる工程を要する方法を好ましく例示することができる。ここで、上記要素は、培地内において生物の体外に配置され、生物の体内に取り込まれ難いもの、ないしは実質的に取り込まれないものであることが好ましい。これにより、測定値が、培地のうち生物の体外の領域における基質濃度を優先的に反映する。
【0064】
基質を検出するための上記要素としては、当該基質に対して基質特異性を有する触媒(酵素)等を好ましく例示できる。
【0065】
酵素利用の一例として、培地(あるいは培地から採取した測定用サンプル)中の基質との接触により当該基質を検出するバイオセンサーを用いて基質濃度測定を行う方法を挙げることができる。このようなバイオセンサーは、例えば、電極に固定された酵素が、基質と直接接触することにより、当該基質を電気化学的に検出するように構成されているため、生物の体内に取り込まれた基質は検出され難い。測定値が、培地のうち生物の体外の領域における基質濃度を優先的に反映する。例えば、基質がグルコースであれば、これを特異的に電気化学的に検出して濃度測定するバイオセンサー(グルコースセンサー)が市販されている。
【0066】
あるいは、酵素利用の他の例として、培地(あるいは培地から採取した測定用サンプル)に酵素を添加して基質を酵素処理し、酵素処理に伴う光学特性の変化を光学的に測定する方法を挙げることができる。酵素は、容易には生物の体内に取り込まれないため、培地のうち生物の体外の領域に存在する基質が選択的に光学特性の変化に寄与する。そのため、測定値が、培地のうち生物の体外の領域における基質濃度を優先的に反映する。例えば、基質がグルコースであれば、ATP及びNADPの存在下で、ヘキソキナーゼ(HK)とグルコース−6−リン酸脱水素酵素(G6PDH)による酵素処理で生成するNADPHの吸光度を測定する方法を挙げることができる。このような酵素処理を行うためのキットは、例えばロッシュ社製「F−kit」等として市販されている。
【0067】
以上の酵素利用の例では、基質がグルコースである場合を中心に説明したが、これに限定されるものではない。基質は、本来的に、生物により代謝され得ることから、通常、これに特異的な酵素が存在している。よって、グルコース以外の基質についても、上記と同様の手法により適宜実施することができる。
【0068】
あるいは、第1段階での基質の消費を測定する他の測定方法として、培地(あるいは培地から採取した測定用サンプル)に含まれる生物を膜分離法や重力沈降法などの分離手段により分離除去した後、生物が除去された培地中の基質の濃度を直接、吸光度測定法などの光学的測定法により測定する方法を挙げることができる。これにより、培地のうち生物の体外の領域における基質濃度を測定できる。ここで、分離手段は、基質を培地(あるいは培地から採取した測定用サンプル)中に保持できるものが用いられる。例えば、膜分離法であれば膜の目開きの設定等によって、あるいは、重力沈降法であれば重力設定等によって、生物を除去すると共に基質を保持する分離操作を容易に行うことができる。
【0069】
以上、第1段階での基質の消費を測定する方法について例示したが、本発明において特に好ましいのは、基質に特異的に対応する酵素を利用して電気化学的に検出して濃度測定するバイオセンサーである。
【0070】
一方、本発明では、生物の体内に取り込まれた基質が化学反応によって他の物質に化学変化する段階(上述の第2段階)をもって、基質の消費が生じたととらえてもよい。このような基質の消費を測定するには、例えば、培地(あるいは培地から採取した測定用サンプル)中における基質の濃度を、培養された生物の共存下で、直接、吸光度測定法などの光学的測定法により測定すればよい。生体膜は、通常、光透過性を有するため、生物の体外に存在する基質と、生物の体内に取り込まれた後の基質も両方検出することができる。そのため、培地全体(生物の体内の領域を含む)における基質濃度を測定して、第2段階での基質の消費を測定できる。
【0071】
<生物活性の評価方法>
本発明に係る生物活性の評価方法は、被検用培地における培養に伴う基質の消費に基づいて、該被検用培地に存在する生物を活性として評価する。
【0072】
基質の消費は、例えば、培地における培養に伴う基質濃度の減少量に相当し、上述したバラスト水質の暫定的判定方法で説明したものと同様に測定できる。
【0073】
基質の消費量が大きい、あるいは基質の消費速度が速い場合、生物の活性が高いと評価でき、基質の消費量が小さい、あるいは基質の消費速度が遅い場合、生物の活性が低いと評価できる。
【0074】
例えば、被検用培地がバラスト水から採取したサンプルを含む場合において、基質濃度の減少量が小さければ、当該バラスト水は、含有生物の全体としての増殖能が低い(本発明では、これを活性が低いと評価する。)と推定でき、環境破壊を生じるリスクが小さいものと判定することができる。一方、基質濃度の減少量が大きければ、当該バラスト水は、含有生物の全体としての増殖能が高い(本発明では、これを活性が高いと評価する。)と推定でき、環境破壊を生じるリスクが大きいものと判定することができる。
【0075】
このようにして、例えばバラスト水などの被検試料の安全性等を、迅速に、且つ従来にはない新たな観点(含有生物の全体としての増殖能)によって、より直接的に評価できる効果が得られる。
【0076】
<生物濃度の推定方法>
本発明に係る生物濃度の推定方法は、被検用培地における培養に伴う基質の消費に基づいて、該被検用培地に存在する生物の濃度を推定する。
【0077】
培養条件が実質的に同一であるとき、所定時間培養に伴う基質の消費(基質濃度の減少量)は、培養開始時における生物濃度に応じて変化する。この相関関係を利用して、基質の濃度の減少量に基づいて、培養開始時における生物濃度(即ち被検試料中の生物濃度)を推定することができる。具体的には、培養開始時における生物濃度が未知である被検用培地と、生物濃度が既知である参照用培地について、基質の濃度の減少量を観察し、これらの比較により、被検用培地における培養開始時における生物濃度を推定することができる。
【0078】
参照用培地として、複数の培地を用いて、基質濃度の減少量と培養開始時の生物濃度の相関図(検量線)を作成し、これを参酌することによって、被検用培地における培養開始時における生物濃度を推定することも好ましいことである。
【0079】
本発明に係る生物濃度の推定方法においては、上述した被検用培地と参照用培地とで、単一種の生物を含むものであるか、あるいは複数種の生物を含む場合は、培養開始時において、これら複数種の生物の各々を実質的に同一の比率で含む(例えば、菌Aの濃度:菌Bの濃度:菌Cの濃度・・・=a:b:c・・・の関係を両培地が実質的に満たす)ものであることが、濃度の推定精度を更に向上する観点で好ましい。
【0080】
以上の説明では、主に、被検用培地が船舶のバラスト水から採取したサンプルを含む場合を例に説明したが、本発明は、これに限定されるものではない。サンプルとして任意の被検試料を用いることで、当該サンプル中の生物組成が所定の基準を満たすか否かの暫定的判定、生物活性の評価、生物濃度の推定を適宜行うことができる。
【0081】
本発明において、被検用培地に含まれるサンプル(被検試料)としては、1種又は2種以上の生物を含むもの、あるいは生物を含むか否かが不明であるものを好適に用いることができる。
【0082】
被検試料に含まれる(含まれ得る)生物としては、格別限定されないが、例えば、上述したD2が規定するような水生生物を好ましく例示できる。
【0083】
また、発明の効果を顕著に奏する観点では、被検試料に含まれる(含まれ得る)生物として、肉眼ではほとんど見ることができない微生物(具体的には、直径が0.1mm以下の生物)を好ましく挙げることができる。
【0084】
なお、本発明は、基質が消費される現象を利用する発明であるため、生きている生物が選択的に対象とされる。
【実施例】
【0085】
以下に、本発明の実施例について説明するが、本発明はかかる実施例により限定されない。
【0086】
(実施例1)
海水30mlを培養容器にサンプリングし、これにグルコース(基質)0.03gと、BD社製LBブロスミラー(粉末状の培地成分)0.75gを添加して培地を調製した。
【0087】
培養容器に蓋をして、37℃で振盪培養を行った。
【0088】
培養開始時、並びに、培養開始から4時間後及び10時間後における培地中のグルコース濃度を下記測定方法で測定した。測定結果を
図2に示す。
【0089】
<測定方法>
グルコース濃度の測定は、グルコースに特異的な酵素を用いて行った。具体的には、ロッシュ社製「F−kit」を用い、ATP及びNADPの存在下で、ヘキソキナーゼ(HK)とグルコース−6−リン酸脱水素酵素(G6PDH)によるグルコースの酵素処理で生成するNADPHの吸光度を測定し、測定値からグルコース濃度を算出した。
【0090】
(実施例2)
海水30mlを、濾過膜(目開き0.2μmのMF膜)に通水して濾過を行った後、濾過膜を回収した。
【0091】
培養容器内に、グルコース(基質)0.03gと、BD社製LBブロスミラー(粉末状の培地成分)0.75gを、水30mlに混合してなる培地を入れた。
【0092】
この培地に、回収した濾過膜を入れた(ここで、海水通水量と培地容量が同量であるから、生物濃縮倍率は、等倍(1倍)である。)。
【0093】
培養容器に蓋をして、37℃で振盪培養を行った。
【0094】
培養開始時、並びに、培養開始から4時間後及び10時間後における培地中のグルコース濃度を下記測定方法で測定した。測定結果を
図3に示す。
【0095】
(実施例3)
濾過時における海水の通水量を、実施例2の10倍である300ml(生物濃縮倍率;10倍)としたこと以外は、実施例2と同様にグルコース濃度の測定を行った。測定結果を
図4に示す。
【0096】
<評価>
実施例1〜3の測定結果を示す
図2〜4からわかるように、培養時間の経過に伴って、培地におけるグルコース(基質)の濃度が低下していくことが観察された。
【0097】
図5及び
図6は、実施例1〜3における培養開始から4時間後及び10時間後のグルコース消費量を対比したものである。これらの図からも明らかな通り、基質濃度の有意な減少が、培養開始から比較的短い時間で測定でき、生物活性の評価を迅速に行えることがわかる。
【0098】
また、実施例2(生物濃縮倍率;等倍(1倍)倍)及び実施例3(生物濃縮倍率;10倍)の対比より、バラスト水(原水)を濃縮しておくことにより、グルコース消費量を増大できることがわかる。このことは、早期の測定を可能にすること、及び測定精度の向上に寄与する。
【0099】
更に、実施例2及び実施例3の結果より、サンプル中の生物数(初期の生物濃度)に応じて、基質濃度の減少量が大きくなる傾向となることがわかる。このことから、例えば、以下の事項が確認された。
【0100】
まず、被検用培地での基質濃度の減少量に基づいて、バラスト水の生物組成が所定の基準を満たすか否かの暫定的な判定が可能であることが確認された。
【0101】
即ち、実施例2のサンプルに含有される生物組成が、所定の基準に相当すると仮定すると、実施例2において観察された基質濃度の減少量を「所定値」として設定することができる。未知のサンプルについて、この所定値を超える基質濃度の減少量が観察されれば、当該サンプルは、所定の基準を満たさないと暫定的に判定される。このことは、実施例2のサンプルよりも生物数が多い実施例3のサンプル(つまり、実施例2のサンプルに含有される生物組成が、所定の基準に相当すると仮定した場合に、当該基準を満たさないことが明らかなサンプル)において、より大きい基質濃度の減少量が観察されたことにより裏付けられている。
【0102】
逆に、実施例3のサンプルに含有される生物組成が、所定の基準に相当すると仮定すると、実施例3において観察された基質濃度の減少量を「所定値」として設定することができる。未知のサンプルについて、この所定値以下の基質濃度の減少量が観察されれば、当該サンプルは、所定の基準を満たさないと暫定的に判定される。このことは、実施例3のサンプルよりも生物数が少ない実施例2のサンプル(つまり、実施例3のサンプルに含有される生物組成が、所定の基準に相当すると仮定した場合に、当該基準を満たさないことが明らかなサンプル)において、より小さい基質濃度の減少量が観察されたことにより裏付けられている。
【0103】
更に、実施例2及び実施例3の結果より、被検用培地での基質濃度の減少量に基づいて、活性(増殖能の高さ)の評価や生物濃度の推定が可能であることが確認された。
【0104】
なお、以上の実施例では、基質濃度の測定に際して、吸光度法を用いた例を示したが、バイオセンサーを用いることで、より高精度且つ容易に測定できることが確認されている。