(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
窒素及びアルゴンからなる群より選択された1種以上を含有する雰囲気中で、前記ニッケルを加熱及び/又は保温することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のニッケルの軟化処理方法。
【背景技術】
【0002】
電気ニッケルは、ニッケル種板をカソードとし、そのカソード上に電解液中のニッケルイオンを電解析出させることにより、純度99.99%のものが製造されている。電気ニッケルは、通常800mm角〜1000mm角で厚さ10mm程度の板状であるが、切断工程で各種の大きさのピースに切断されて、ユーザーに向けて出荷される。ピースの大きさは用途に応じて様々であり、例えば、100mm×100mm×10mmの寸法のものや、ニッケルメッキ等で使われる溶解用原料として、25mm×25mm×10mmや50mm×50mm×10mmの寸法のもの等も好まれる。
【0003】
切断工程では、電気ニッケルを切断してピースを得るために切断機が用いられ、切断機は、厚い電気ニッケルを切断するために、頑丈だが高価な特殊鋼の刃を備えている。しかしながら、電気ニッケルは硬く、切断機の刃はわずか10万回程度の切断回数で寿命を迎えるため、刃の交換費用が負担になっている。しかも、ピースは需要が大きいことから、切断機は高頻度に稼働しており、刃の交換作業を月に何度も行う必要がある。
【0004】
電気ニッケルが硬い原因として、細かなニッケルの結晶粒が多数集まって電気ニッケルが構成されていることが挙げられる。電気ニッケルを構成する細かなニッケルの結晶粒を大型化することができれば、電気ニッケルの切断を小さな力で行うことができ、刃が受ける衝撃も緩和されると考えられる。
【0005】
例えば、特許文献1には、加熱することで銅原子が再結晶し、軟化することが示されている。ところが、銅とは異なりニッケルは酸化されやすい金属であるため、加熱空気中の酸素とよく反応するので、このような加熱処理を行うことはできない。
【0006】
酸化した金属中から酸素を取り除く方法として、例えば、特許文献2に示すような、溶融させた金属(以下、「溶融金属」という。)に不活性ガス又は一酸化炭素ガス等の還元性ガスを吹き込む方法が知られている。この方法は、高い温度を必要とするため、酸化しにくい金属である銅や銀等に限り使用可能である。
【0007】
例えば、非特許文献1には、1500℃において酸素分圧を10
−4.8気圧に抑えなければ、逆反応によってニッケルの大半が酸化することが記載されている。従って、特許文献2に示す方法をニッケルに適用する場合には、非特許文献1に記載のニッケルの酸素分圧が、銅の場合の150分の1であるため、酸素の混入を抑える必要があり、莫大な量のガスが必要となる。
【0008】
また、溶融金属は、ガスとの接触によって熱を失うので、温度を維持するために加熱手段が必要である。ガスは、還元性ガスであれば酸素によって反応熱を生じるが、溶融金属からの酸素供給は遅いので、還元性ガスの一部だけが反応する。未反応の還元性ガスについては、例えば溶融金属が銅である場合、空気を供給して燃焼させ加熱手段とすることが可能である。一方、例えば溶融金属がニッケルである場合には、酸素分圧の許容限度が低いので、空気を供給することはできない。このため、他の加熱手段を備える必要があり、他の加熱手段によるエネルギー消費が大きいという問題がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
金属薄板を、酸化を防ぎつつ軟化させる方法として、例えば、特許文献3に示すような、非酸化性雰囲気下で焼鈍する方法が知られている。この方法では、コバルト等の金属薄板を処理しており、焼鈍炉内を真空にし、窒素で置換し、加熱中にも窒素を流し、炭素材によって酸素を捕集することによって、酸素分圧を低く抑えられる点で優れている。
【0012】
しかしながら、特許文献3に示す方法をニッケルに適用する場合には、炭素材から生じた一酸化炭素によって、猛毒のニッケルカルボニルを生じるため、ニッケルカルボニルを分解してニッケルを回収するための設備を要し、経済的でない。また、特許文献3の記載内容から、ニッケルは935℃〜1367℃で加熱する必要があると考えられるが、これはニッケルを溶融させる程の温度(ニッケルの融点1455℃程度)ではないものの、ニッケルと一緒に窒素や焼鈍炉の炉体も昇温されるので、経済的でない。
【0013】
また、特許文献3では、金属薄板として吊手を処理している。吊手は、陰極板を吊る役目があるので引っ張り強度を求められているが、吊手自体はピース等の製品にならないので薄さを求められている。引っ張り強度と薄さを両立させるため、吊手は、圧延又は低速の電解析出により生産されている。このため、特許文献3の方法を、特に電気ニッケルに適用する場合には、吊手と電気ニッケルとでは結晶組織の緻密さや厚みが大きく異なるために、そのまま適用することはできない。
【0014】
従って、例えば電気ニッケルのような、ある程度の大きさで厚みを有したニッケルを、酸化を防ぎつつ軟化させることは、非常に困難である。また、ニッケルの酸化を防止するために、所望の酸素分圧を維持するためのガス利用量やエネルギー消費量が増加してしまう。そのため、これらのニッケルの酸化を未然に防止するために要する経済的負担を軽減することも難しい。
【0015】
本発明は、ニッケルの酸化を防ぎつつ軟化させることが可能なニッケルの軟化処理方法及び小さな力で容易に切断させることが可能なニッケルの切断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記従来技術の問題点に鑑み鋭意研究を重ねた結果、焼鈍によりニッケルを軟化させる際に、所定条件で保温することで、例えば、ある程度の大きさで厚みを有する電気ニッケルであっても均一に昇温でき、従来法より低い温度でニッケルの再結晶を進めることができることを見出した。
【0017】
更に、低温で再結晶を進めることにより、ニッケルの酸化反応の速度を抑えることができるので、炭素材が不要となり、非酸化性雰囲気下で酸素含有量の低いニッケルが得られることを見出し、本発明を完成した。
【0018】
即ち、上記目的を達成するための本発明に係るニッケルの軟化処理方法は、ニッケルを非酸化性雰囲気下で加熱し、ニッケルの温度を420℃〜1000℃の範囲で1時間以上保温し、保温後のニッケルの温度が100℃以上である間に、ニッケルの温度を40℃/h以下で低下させ
て軟化したニッケルを得て、
軟化したニッケルのビッカース硬度が187kgf/mm
2未満であることを特徴とする。
【0019】
また、本発明に係るニッケルの切断方法は、ニッケルを非酸化性雰囲気下で加熱し、ニッケルの温度を420℃〜1000℃の範囲で1時間以上保温し、保温後のニッケルの温度が100℃以上である間に、ニッケルの温度を40℃/h以下で低下させ、
保温後に冷却されたニッケルを切断し、
切断時のニッケルのビッカース硬度が187kgf/mm
2未満であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、酸素含有量を低減し、軟化したニッケルを得ることができる。また、本発明によれば、軟化したニッケルを得ることができるので、小さな力で容易に切断させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態に係るニッケルの軟化処理方法及びニッケルの切断方法について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明に係るニッケルの軟化処理方法及びニッケルの切断方法は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変更を加えることが可能である。
【0023】
ニッケルの軟化処理方法では、所定条件下でニッケルの加熱、保温及び徐冷を行い、酸素含有量を低減し、軟化したニッケルを得る。
【0024】
ニッケルとしては、ある程度の大きさで厚みを有したニッケル、例えば、ニッケル板やニッケルシート等を用いることができ、これらのうち、ニッケル板としては、電気ニッケル等を用いることができる。電気ニッケルとしては、例えば、ニッケルを含む塩化浴を用い、電解採取にて精製して得られたものを用いることができる。
【0025】
ニッケルの軟化処理方法では、まず、ニッケルを非酸化性雰囲気下で加熱する。加熱によってニッケルの反応性が高くなっているため、ニッケルと酸素との接触を避けることで、ニッケルの酸化を防止することができる。
【0026】
ニッケルの軟化処理方法では、ニッケルを非酸化性雰囲気下で加熱することにより、ニッケルに含まれる不純物元素が、加熱中にニッケルの表面や結晶粒界に移動し、不純物元素である酸素の一部が、酸素ガスとして表面から放出されるので、ニッケルの酸素含有量を低減することが可能である。
【0027】
非酸化性雰囲気は、窒素、アルゴン、水素等といった非酸化性ガスを用いて形成することができる。これらの中でも、安価な点で窒素が優れている。
【0028】
また、非酸化性雰囲気下におけるニッケルの加熱は、焼鈍炉内で行うことが好ましい。焼鈍炉を用いることで、ニッケルの周囲の雰囲気を非酸化性雰囲気に保ちやすいだけでなく、ニッケルから熱エネルギーが散逸するのを防止することができる。熱エネルギーの散逸を防止することにより、加熱に伴うエネルギー使用量を低減し、製造コストの削減を図ることができる。
【0029】
非酸化性雰囲気は、焼鈍炉内を真空にすることより形成できるほか、焼鈍炉内に非酸化性ガスを充填して形成することができる。
【0030】
ニッケルの軟化処理方法では、焼鈍炉内に非酸化性ガスを供給して、焼鈍炉内の気圧を大気圧よりも高くして保温することが好ましい。焼鈍炉内の気圧を高めることで、外部からの空気の侵入を抑制することができる。非酸化性ガスの供給時間の長さは、許される酸素含有量や非酸化性ガスのコストに応じて決定する。
【0031】
例えば、非酸化性ガスのコストが無視できる場合には、ニッケルの加熱開始時から徐冷終了時までの間に、非酸化性ガスを供給する。
【0032】
ニッケルの酸化を若干許容して非酸化性ガスのコストを抑えたい場合には、例えば、ニッケルの温度が100℃以上である間に、焼鈍炉内が非酸化性ガスで満たされるように非酸化性ガスを供給する。
【0033】
ニッケルの軟化処理方法では、加熱前の焼鈍炉内には大量の空気があるため、各種ガスを供給する代わりに、真空ポンプで空気を汲み出すことができる。真空ポンプの使用によって、焼鈍炉内の酸素の大部分を取り除くことができるので、各種ガスの使用量を節約することができる。焼鈍炉から空気を汲み出すと、外部から焼鈍炉内へ空気が侵入しやすくなるので、速やかに焼鈍炉内に各種ガスを充填するとよい。
【0034】
焼鈍炉内へガスを供給する場合は、まず、焼鈍炉内の気圧を大気圧+4torr以上とし、その後のガスの流量を、空の焼鈍炉内を20時間以内に埋められる程度にするとよい。また、ガスの圧力や流量を測定するために、焼鈍炉内及び/又は焼鈍炉に接続された配管内に、圧力計や流量計を備えてもよい。
【0035】
ニッケルの軟化処理方法では、これらの圧力及び流量を圧力計や流量計で常時監視できることにより、焼鈍炉内の酸素分圧を一定値に制御できるので、ニッケルの酸化が抑制される。ニッケルの反応性が高い300℃以上においては、焼鈍炉内を10
−4.8気圧未満の酸素分圧に制御することが、ニッケルの酸化抑制に特に有効である。
【0036】
ニッケルの軟化処理方法では、焼鈍炉内及び/又は焼鈍炉に接続された排ガス用配管内に、酸素濃度計を備えてもよい。これによって、酸素濃度が常時監視できるので、各種ガスの流量を調節することで、焼鈍炉内の酸素分圧を一定値に制御できる。しかも、酸素濃度計を備えることで、必要最小限の各種ガス量で運転できるので、運転コストの低減等の観点から有利である。
【0037】
ニッケルの軟化処理方法では、焼鈍炉からニッケルを回収する際に焼鈍炉を開放するが、付近の人が酸欠空気等を吸い込まないように、焼鈍炉内の各種ガスを、開放に先立って空気で置き換えてもよい。
【0038】
ニッケルの軟化処理方法では、ニッケルを加熱した後、420℃〜1000℃の範囲で1時間以上保温することが必要であり、好ましくは、750℃〜1000℃の範囲で6時間以上保温する。
【0039】
ニッケルの温度が420℃未満の場合には、ニッケルを構成する細かな結晶粒を中程度の大きさに成長させることができたとしても、中程度の大きさの結晶粒を大型の結晶粒に成長させることができない。
【0040】
ニッケルの温度が420℃以上の場合には、ニッケルを構成する細かな結晶粒を中程度の大きさに成長させることができる。なお、中程度の大きさの結晶粒を大型の結晶粒に成長させるには多大な時間を要してしまう。
【0041】
ニッケルの温度が750℃以上の場合には、ニッケルを構成する細かな結晶粒を中程度の大きさに成長させ、更に中程度の大きさの結晶粒を、多大な時間を要することなく大型の結晶粒に成長させることができる。
【0042】
ニッケルの温度が800℃以上の場合には、中程度の大きさの結晶粒を大型の結晶粒に成長させる点で特に有利であり、ニッケルの硬度を十分に低下させることができる。
【0043】
ニッケルの温度が935℃以上の場合には、温度の昇降に時間を要し、熱エネルギーの消費も大きすぎる。
【0044】
ニッケルの温度が1000℃を超えた場合には、焼鈍炉に用いる耐火材の寿命も低下し、しかも高価となる。
【0045】
また、ニッケルの温度が420℃以上であっても、その温度を保温する時間が1時間未満の場合には、ニッケルの結晶成長が十分に進まない。ニッケルの軟化処理方法では、ニッケルの温度における保温時間の上限は特にないが、酸素と接触した場合の酸化等の危険性の最小化や、時間と熱エネルギーの節約のために、6時間〜12時間程度で切り上げることが好ましい。
【0046】
ニッケルの軟化処理方法では、ニッケルの昇温速度を5℃/h〜30℃/hとするとよい。昇温速度が5℃/hより遅いと、所定の温度に達するまで長時間を要するだけでなく、各種ガスの使用量も増加してしまう。一方、昇温速度が30℃/hより早いと、焼鈍炉内の治具や壁面等から放出された酸素が完全に除去される前にニッケルの反応性が高くなってしまうので、各種ガスの使用量を非常に大きくしなければ、ニッケルが酸化される恐れがある。
【0047】
また、ニッケルの軟化処理方法では、ニッケルの降温速度を10℃/h〜40℃/hとするとよい。
【0048】
降温速度が10℃/hより遅いと、焼鈍炉に十分な断熱能力を備えていない場合に、保温のために多大な熱エネルギーを要する。特に、保温後のニッケルの温度が100℃以上の場合では、熱源として低圧蒸気が使えないので、降温速度は10℃/hと同じかそれより速いことが望ましい。一方、降温速度が40℃/hより速いと、ニッケルの結晶粒が不均一になる恐れがある。
【0049】
従って、ニッケルの軟化処理方法では、ニッケルの昇温速度を5℃/h〜30℃/h、降温速度を40℃/h以下とすることが好ましい。
【0050】
即ち、以上のようなニッケルの軟化処理方法では、ニッケルを非酸化性雰囲気下で加熱し、その温度を420℃〜1000℃で1時間以上保温することにより、ニッケルの結晶粒が大型化するので、ニッケルを軟化させることができる。また、この方法により、厚み10mmもの中にさまざまな大きさの結晶粒が混在している電気ニッケルであっても、投入エネルギーと処理時間を抑えながら、確実に軟化させることができる。
【0051】
また、ニッケルの軟化処理方法では、ニッケルを非酸化性雰囲気下で加熱しているため、酸化されにくい。従って、軟化させるだけでなく、ニッケルの酸素含有量を低減させることができる。
【0052】
更に、ニッケルの軟化処理方法では、焼鈍炉内及び/又は焼鈍炉に接続された配管内に圧力計、流量計、酸素濃度計の少なくとも何れかを備えることで、必要最小限の各種ガス量で運転して経済的に軟化処理ができるので、その工業的価値は極めて大きい。
【0053】
本発明の実施の形態に係るニッケルの切断方法では、上記軟化処理条件下でニッケルの加熱、保温及び徐冷を行い、酸素含有量を低減させ、軟化させたニッケルを作製し、得られたニッケルを切断する。なお、ニッケルの軟化処理条件については、上述した通りであるので、ここでの説明は省略する。
【0054】
一般的には、金属の変形(切断)が容易であるかどうかは、ビッカース硬度で評価することができる。一般的な鉄材のビッカース硬度として、純鉄が110kgf/mm
2、SUS304が187kgf/mm
2であることが知られている。軟化処理を施したニッケルの切断が容易であるか否かについては、このニッケルがこれらの鉄材より小さいビッカース硬度を有しているか否かで判断することができる。
【0055】
つまり、上記鉄材より小さいビッカース硬度とは、上記鉄材のビッカース硬度における最大値、即ち187kgf/mm
2未満の数値である。従って、軟化処理を施すことによりニッケルのビッカース硬度が187kgf/mm
2未満となれば、このニッケルを容易に切断することができる。例えば、
図1に示す切断機10を用いて軟化処理を施したニッケル20を切断し、ピース30を得ることができる。
【0056】
まず、
図1に示すように、ニッケル20を下側切断機本体11の上に、所望のピース30の大きさに合わせてニッケル20の一端部21が上刃12の真下にくるように載置する。次いで、上側切断機本体13を下方向に作動させることにより、ニッケル20の一端部21が切断されてピース30が得られる。
【0057】
ニッケル20のビッカース硬度が187kgf/mm
2未満である場合には、切断機の上刃12及び下刃14、特に上刃12を変形させることなく、ニッケル20を切断して、ピース30を得ることができる。一方、ニッケル20のビッカース硬度が187kgf/mm
2以上である場合には、切断に大きな力を要するうえ、切断機の上刃12及び下刃14、特に上刃12が変形してしまい、変形の大きくなった刃を用いると、適切な形状のピース30を得ることもできない。従って、ニッケルを容易に切断するためには、軟化処理を施したニッケルのビッカース硬度が187kgf/mm
2未満であることが好ましい。
【0058】
以上のようなニッケルの切断方法では、軟化処理を施したニッケルを用いることにより、軟化により小さな外力で切断が可能であるので、ニッケルを切断するための切断機の刃の寿命を延ばすことができる。
【実施例】
【0059】
以下に示すサンプル1〜サンプル4によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらによって何ら限定されるものではない。
【0060】
(サンプル1)
サンプル1では、
図2に示すように、ニッケルを含む塩化浴を用い、電解採取にて精製した1000mm×1000mm×10mmの電気ニッケルを焼鈍炉に装入し、焼鈍炉内の気圧が0.01torrになるまで真空ポンプで減圧し、その後、焼鈍炉内に窒素を供給した。焼鈍炉内の気圧が大気圧を超えてから、窒素の流量を5L/minまで絞ったところ、焼鈍炉内の気圧は、大気圧に対して+8torrで安定した。
【0061】
また、電気ニッケルの温度は、2枚の電気ニッケルによって熱電対を挟んで測定を行った。
【0062】
次に、焼鈍炉内の温度が800℃になるまで15℃/hで昇温し、電気ニッケルを加熱し、焼鈍炉内の温度800℃を6時間維持した。その後、1日半かけて自然冷却し、焼鈍炉内の温度が25℃になった時点で窒素の供給を停止し、焼鈍炉を開けて、焼鈍した電気ニッケル(以下、「焼鈍後電気ニッケル」という。)を回収した。
【0063】
次に、以上の操作で得られた焼鈍後電気ニッケルを、
図1に示す全て未使用の刃を装着した切断機10で切断した。その結果、166,463回の切断を終えたところで異常な形状のピースが産出され、切断機10の刃に大きな刃こぼれが見られた。
【0064】
サンプル1では、166,463回の切断作業で発生した騒音は95dBであった。更に、切断作業で得られたピースから3枚を採取し、ビッカース硬さ試験によりビッカース硬度を測定したところ、その平均値は、108.4kgf/mm
2であった。
【0065】
また、サンプル1では、焼鈍炉から回収した焼鈍後電気ニッケルを分析したところ、表1に示した組成であり、その中でも、焼鈍後電気ニッケルに含まれる酸素は0.0037%であった。
【0066】
(サンプル2)
サンプル2では、
図3に示すように、焼鈍炉で加熱処理を施さなかった電気ニッケル(以下、「非加熱電気ニッケル」という。)を用い、非加熱電気ニッケルを、
図1に示す全て未使用の刃を装着した切断機10で切断した。その結果、110,975回の切断を終えたところで異常な形状のピースが産出され、切断機10の刃に大きな刃こぼれが見られた。
【0067】
また、サンプル2では、110,975回の切断作業で発生した騒音は105dBであった。更に、切断作業で得られたピースから3枚を採取し、ビッカース硬さ試験により、非加熱電気ニッケルのビッカース硬度を測定したところ、その平均値は200.4kgf/mm
2であった。
【0068】
一般的な鉄材のビッカース硬度として、純鉄が110kgf/mm
2、SUS304が187kgf/mm
2であることが知られているが、非加熱電気ニッケルのビッカース硬度の平均値は200.4kgf/mm
2であり、鉄材と比較して非常に硬いことがわかった。
【0069】
また、サンプル2では、得られた非加熱電気ニッケルを分析したところ、表1に示した組成であり、その中でも、非加熱電気ニッケルに含まれる酸素は0.0046%であった。
【0070】
サンプル1とサンプル2において、各電気ニッケルのビッカース硬度を比較したところ、サンプル2の200.4kgf/mm
2から、サンプル1の108.4kgf/mm
2へと低下していた。このことから、焼鈍炉での加熱処理によって、電気ニッケルが軟化することがわかった。
【0071】
各電気ニッケルの切断作業で生じる騒音を比較したところ、サンプル2の105dBから、サンプル1の95dBへと低下していた。このことから、電気ニッケルの軟化によって、切断機の刃にかかる衝撃が低減されることがわかった。
【0072】
各電気ニッケルの切断作業における切断機10の刃の寿命は、サンプル2の110,975回から、サンプル1の166,463回へ向上していた。これらのことから、切断機の刃にかかる衝撃が低減されることによって、刃の寿命の延長が可能になることがわかった。
【0073】
サンプル1とサンプル2において、各電気ニッケルに含まれる元素について比較したところ、表1に示す通り、両者に含まれる元素組成は略同じであった。このことから、焼鈍炉での加熱処理によって、各電気ニッケルの組成に変化は見られず、非加熱電気ニッケルと比較して、焼鈍後電気ニッケルの酸化が抑えられることがわかった。
【0074】
【表1】
【0075】
(サンプル3)
サンプル3では、焼鈍炉内の温度800℃を6時間維持した後、焼鈍炉内に供給する窒素を15℃以下としたこと、及び、1日半かけて自然冷却するところを19時間かけて焼鈍炉内の温度25℃まで冷却したこと以外はサンプル1と同様にして操作を行い、焼鈍後電気ニッケルを回収した。
【0076】
サンプル3では、得られた焼鈍後電気ニッケルを、サンプル1と同様にして切断機10で切断した。その後、切断作業で得られたピースの、サンプル1と同様にしてビッカース硬度を測定したところ、その平均値は、192.7kgf/mm
2であった。
【0077】
サンプル1とサンプル3において、各電気ニッケルの降温速度を比較したところ、サンプル1では約21.5℃/hであったが、サンプル3では約40.8℃/hであった。このことから、降温速度の上昇により、サンプル1の焼鈍後電気ニッケルと比較して、サンプル3の焼鈍後電気ニッケルが硬くなることがわかった。
【0078】
(サンプル4)
サンプル4では、焼鈍炉内に窒素を供給しなかったこと以外はサンプル1と同様にして操作を行い、焼鈍後電気ニッケルを回収した。焼鈍炉内の気圧は、真空ポンプの停止時が0.01torr、加熱開始時が0.05torr、自然冷却の終了時が大気圧+0torrであった。
【0079】
得られた焼鈍後電気ニッケルは、サンプル1と同等のビッカース硬度を有する程度に軟化されたものであったが、灰黒色を呈しており、酸素含有量は1%を超えていた。
【0080】
サンプル1とサンプル4において、各焼鈍後電気ニッケルの酸素含有量を比較したところ、焼鈍炉内へ窒素ガスを供給したサンプル1より、供給しなかったサンプル4の方が、焼鈍後電気ニッケルに含まれる酸素量が多かった。このことから、焼鈍炉内へ窒素ガスを供給しなかったことにより、サンプル1の焼鈍後電気ニッケルと比較して、サンプル4の焼鈍後電気ニッケルの方が酸化されやすいことがわかった。
【0081】
以上のサンプル1〜サンプル4の結果より、窒素ガスで形成した非酸化性雰囲気下で電気ニッケルを加熱し、その温度を420℃〜1000℃の範囲で1時間以上保温し、保温後の降温速度を40℃/h以下とすることによって、電気ニッケルを軟化させることができ、電気ニッケルを切断する切断機10の刃の寿命を延ばすことが可能となることがわかった。
【0082】
また、電気ニッケルの焼鈍処理を上述の条件とすることで、ニッケル中の酸素含有量を低く抑えることができることがわかった。これにより、ピース作製時に酸化されたとしても、製品として出荷可能な程度に酸素含有量の低いピースを得ることが可能となる。