特許第6202307号(P6202307)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6202307キラリティ測定方法及びキラリティ測定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6202307
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】キラリティ測定方法及びキラリティ測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/21 20060101AFI20170914BHJP
【FI】
   G01N21/21 Z
【請求項の数】13
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-161373(P2013-161373)
(22)【出願日】2013年8月2日
(65)【公開番号】特開2015-31605(P2015-31605A)
(43)【公開日】2015年2月16日
【審査請求日】2016年3月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】大園 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】福田 順一
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴広
【審査官】 佐々木 龍
(56)【参考文献】
【文献】 特公昭43−004787(JP,B1)
【文献】 国際公開第2005/080500(WO,A1)
【文献】 特開2005−121560(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0302207(US,A1)
【文献】 Takuya Ohzono and Jun-ichi Fukuda,Zigzag line defects and manipulation of colloids in a nematic liquid crystal in microwrinkle grooves,nature communications,2012年 2月28日,Vol. 3, No. 701,pp. 1-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00−21/01
G01N 21/17−21/61
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス状試料におけるキラリティの測定方法であって、軸線に沿って分子配向させたネマチック液晶体にジグ‐ザグの一対からなる欠陥構造を与え、前記欠陥構造を変形させないように、前記軸線に沿って前記ネマチック液晶体の表面に前記ガス状試料を導いて前記欠陥構造の変化を測定することを特徴とするキラリティ測定方法。
【請求項2】
前記ジグ‐ザグの一対は互いに等しい欠陥長であることを特徴とする請求項1記載のキラリティ測定方法。
【請求項3】
前記変化は前記ジグ‐ザグの一対の欠陥長差を測定することを特徴とする請求項2記載のキラリティ測定方法。
【請求項4】
前記軸線に沿って延びる溝部を互い平行になるように複数形成した基板の前記溝部に前記ネマチック液晶体を収容することを特徴とする請求項1乃至3のうちの1つに記載のキラリティ測定方法。
【請求項5】
前記基板は周期波状表面を有しこの谷部を前記溝部とすることを特徴とする請求項4記載のキラリティ測定方法。
【請求項6】
前記周期波状表面は圧縮応力により形成されていることを特徴とする請求項5記載のキラリティ測定方法。
【請求項7】
ガス状試料におけるキラリティの測定装置であって、
軸線に沿って分子配向させたネマチック液晶体にジグ‐ザグの一対からなる欠陥構造を与えて配置した基板と、
前記欠陥構造を変形させないように、前記軸線に沿って前記ネマチック液晶体の表面に前記ガス状試料を導く導管と、
前記ネマチック液晶体における前記欠陥構造の変化を測定する測定器と、を含むことを特徴とするキラリティ測定装置。
【請求項8】
前記ジグ‐ザグの一対は互いに等しい欠陥長であることを特徴とする請求項7記載のキラリティ測定装置。
【請求項9】
前記測定器は前記ジグ‐ザグの一対の欠陥長差を測定することを特徴とする請求項8記載のキラリティ測定装置。
【請求項10】
前記基板は前記軸線に沿って延びる溝部を互い平行になるように複数形成され、前記溝部に前記ネマチック液晶体を収容していることを特徴とする請求項7乃至9のうちの1つに記載のキラリティ測定装置。
【請求項11】
前記基板は周期波状表面を有しこの谷部を前記溝部とすることを特徴とする請求項10記載のキラリティ測定装置。
【請求項12】
前記周期波状表面は圧縮応力により形成されていることを特徴とする請求項11記載のキラリティ測定装置。
【請求項13】
前記導管は前記ガス状試料を前記軸線に沿って前記ネマチック液晶体の表面に流すことを特徴とする請求項12記載のキラリティ測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶の分子配向を利用してガス状物質のキラリティを測定するためのキラリティ測定方法及びキラリティ測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体試料におけるキラリティの有無や光学純度を測定する方法がある。直接的な測定方法としては、例えば、2色性分析法や旋光度分析法など、分子の不斉場と偏光(電磁波)との特異的相互作用に基づく方法が知られている。また、間接的な測定方法としては、例えば、キラルカラムによるクロマトグラフィ法、再結晶時のキラリティの偏りを利用した再結晶法、光学分割剤を用いるジアステレオマ法、及び、酵素の不斉識別能を利用した酵素法など、キラリティを有するホストである不斉場とゲストとの特異的相互作用に基づいた測定方法も知られている。
【0003】
更に、キラリティによって液晶体の内部構造が変化することを利用したキラルセンサも提案されている。例えば、特許文献1では、不斉炭素を主鎖の主たる構成成分としない合成螺旋高分子の水溶性の塩からなる濃厚水溶液中で発現する剛直主鎖型液晶を用いたキラルセンサが開示されている。かかる剛直主鎖型液晶は、不斉識別能を有し、キラル物質の添加量及び光学純度に依存して形成するコレステリック液晶の螺旋構造周期が変化するとし、これを利用することでキラルセンサを構成できるとしている。
【0004】
ところで、試料がガス状物質の場合、キラル物質の濃度の希薄さなどの理由から上記したような測定方法では一般的に測定は困難であり、ガスクロマトグラフィ法が用いられることが多い。
しかしながら、ガスクロマトグラフィ法のためのガスクロマトグラフ装置は高価であり且つ試料毎に対応した安価ではないキラルカラムの選定を必要とする。更に、キラリティの有無の判定だけでも数十分以上の測定時間が必要となる。そこで、ガス状物質からなる試料についても、安価であり且つ簡便にキラリティの有無や光学純度を測定できる方法が求められている。
【0005】
例えば、非特許文献1では、光学活性高分子としてのOctyl-Chirasil-Valを被覆した水晶振動子及び反射干渉分光法を利用したキラルガスの検出方法について述べている。また、特許文献2では、キラリティを有するアミノ酸を原料としたドライプロセスで作製される所定直径の粒状構造を均一に分散させた表面を有するスポンジ状構造のプラズマ有機薄膜を水晶振動子上に与えたキラルセンサを開示している。水晶振動子は、その上に与えられた薄膜に付着した物質のわずかな変化によってインピーダンスを大きく変化させるため、これを測定することで薄膜に付着した物質のキラリティを識別できて、更に、キラル成分混合比の相違をも識別できるのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】再表2005/080500号公報
【特許文献2】特開2005−121560号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】K.Bodenhofer,A.Hierlemann,J.Seemann,G.Gaulitz,B.Koppenhoefer,W.Gopel,"Chiral discrimination using piezoelectric and optical gas sensors.",Nature,387,pp.577-580 (1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記したように、ガス状試料のキラリティについて安価且つ簡便に測定できることが望まれている。水晶振動子を用いることでもこれは可能であるが、特許文献1に開示されたように、液晶体を利用して液体試料だけでなくガス状試料のキラリティについても測定ができることが期待される。
【0009】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、液晶体を利用してガス状試料におけるキラリティを測定する方法の提供及びかかる方法を用いた測定装置の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、ナノ−マイクロスケールの溝(マイクロリンクル)に閉じ込めたネマチック液晶の内部に自発的に発生する配向欠陥構造(Ohzono,Fukuda,Nature Communications,3,701,(2012)。以下、「非特許文献2」と称する。)を利用することで、液体試料だけでなくガス状試料のキラリティについても測定ができることを見いだし、本発明に至った。
【0011】
すなわち、本発明によるガス状試料におけるキラリティの測定方法は、軸線に沿って分子配向させたネマチック液晶体にジグ‐ザグの一対からなる欠陥構造を与え、前記ネマチック液晶体に前記ガス状試料を導いて前記欠陥構造の変化を測定することを特徴とする。
【0012】
かかる発明によれば、ガス状試料のキラリティの有無や掌性について、安価且つ簡便に測定できるのである。つまり、右旋性ドメイン(領域)及び左旋性ドメイン(領域)から構成され軸線方向に延びたジグ‐ザグの一対からなる欠陥構造を与えられたネマチック液晶体の界面にキラル物質(キラル分子)を含む試料ガスを導いて暴露させ液晶体に溶入させる。すると、キラル物質は、液晶体に対して特有な右旋性ドメイン若しくは左旋性ドメインのいずれか一方のねじれ構造に対してエネルギー密度を降下させ、他方のねじれ構造に対してはエネルギー密度を上昇させる。これにより、その隣り合う右旋性ドメイン及び左旋性ドメインのエネルギー密度に差を生じさせて、その右旋性ドメイン及び左旋性ドメインの欠陥長さを変化させ、ジグ‐ザグの軸線方向への長さが変化するのである。このようなジグ‐ザグの一対からなる欠陥構造の変化を測定することでガス状試料のキラリティの有無について測定できるのである。また、旋光方向が既知のキラル物質からなるガス状参照試料の測定との比較により、掌性についても決定できる。
【0013】
上記した発明において、前記ジグ‐ザグの一対は互いに等しい欠陥長であることを特徴としてもよい。更に、前記変化は前記ジグ‐ザグの一対の欠陥長差を測定することを特徴としてもよい。かかる発明によれば、ガス状試料の光学純度や濃度などについて安価且つ簡便に測定できるのである。つまり、安定化される右旋性ドメイン若しくは左旋性ドメインのいずれか一方を長く、他方を短くして、エネルギーを最小化する。このジグ‐ザグの一対の欠陥長差を測定することで、あらかじめ求めておいた欠陥長差と光学純度との検量線図からガス状試料の光学純度についても測定できるのである。更に、あらかじめ求めておいた欠陥長差とキラル物質濃度との検量線図からガス状試料の濃度についても測定できる。
【0014】
上記した発明において、前記軸線に沿って延びる溝部を互い平行になるように複数形成した基板の前記溝部に前記ネマチック液晶体を収容することを特徴としてもよい。更に、前記基板は周期波状表面を有しこの谷部を前記溝部とすることを特徴としてもよい。更に、前記周期波状表面は圧縮応力により形成されていてもよい。かかる発明によれば、前記したような欠陥構造を容易に得ることができて、故に、ガス状試料の光学純度について安価且つ簡便に測定できるのである。
【0015】
更に、本発明によるガス状試料におけるキラリティの測定装置は、軸線に沿って分子配向させたネマチック液晶体にジグ‐ザグの一対からなる欠陥構造を与えて配置した基板と、前記ネマチック液晶体に前記ガス状試料を導く導管と、前記ネマチック液晶体における前記欠陥構造の変化を測定する測定器と、を含むことを特徴とする。
【0016】
かかる発明によれば、ガス状試料のキラリティの有無や掌性について、安価且つ簡便に測定できるのである。
【0017】
上記した発明において、前記ジグ‐ザグの一対は互いに等しい欠陥長であることを特徴としてもよい。更に、前記変化は前記ジグ‐ザグの一対の欠陥長差を測定することを特徴としてもよい。かかる発明によれば、ガス状試料の光学純度や濃度などについて安価且つ簡便に測定できるのである。
【0018】
上記した発明において、前記基板は前記軸線に沿って延びる溝部を互い平行になるように複数形成され、前記溝部に前記ネマチック液晶体を収容していることを特徴としてもよい。更に、前記基板は周期波状表面を有しこの谷部を前記溝部とすることを特徴としてもよい。更に、前記周期波状表面は圧縮応力により形成されていてもよい。かかる発明によれば、前記したような欠陥構造を容易に得ることができて、故に、ガス状試料の光学純度について安価且つ簡便に測定できるのである。
【0019】
上記した発明において、前記導管は前記ガス状試料を前記軸線に沿って前記ネマチック液晶体の表面に流すことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、ガス状試料を安定して液晶体に供給できて、精度よく測定できるのである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明によるキラリティ測定装置を示すブロック図である。
図2】本発明によるキラリティ測定装置の使用状態を示す(a)平面図、(b)側面図である。
図3】本発明によるキラリティ測定装置の要部を示す(a)側面図、(b)平面図である。
図4】本発明によるキラリティ測定装置の要部の製造工程を示す図である。
図5】液晶体の構造欠陥について透過型偏光顕微鏡にて偏光方向を変えて観察した写真である。
図6】(a)液晶体の欠陥構造、及び、(b)A1断面の左旋性ねじれ、(c)A2断面の右旋性ねじれを示す図である。
図7】対称状態から非対称状態に変化させた液晶体の欠陥構造の透過型偏光顕微鏡の写真である。
図8】非対称状態に変化させた液晶体の欠陥構造の透過型偏光顕微鏡の写真である。
図9】キラル物質の光学純度の評価のためのeev%とeez%との関係を示すグラフである。
図10】キラル物質の濃度の評価のための相対濃度とeez%との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明による実施例の1つであるキラリティ測定装置1について、図1乃至図5を用いて説明する。
【0022】
図1及び図2に示すように、キラリティ測定装置1は、基板10の上に所定の配向処理をされて配置されたネマチック液晶体12と、これに被測定物質を含むガス状試料30を供給する試料供給部21と、基板10上の液晶体12の変化を光学的に測定する光学測定部23から構成される。
【0023】
図3を併せて参照すると、基板10の表面には、軸線Mと平行な複数の波状の周期溝10aが形成されている。周期溝10aは、非特許文献2に述べられているように、その内部にある液晶体12のジグ‐ザグ状の欠陥構造を一定の周期長で与え得るものである。つまり、特に限定はされないが、周期溝10aの幅は、数μm程度であり、好ましくは5μmから50μm程度、周期溝10aの深さは、最大部で数μm程度、好ましくは、500nmから5μm程度である。
【0024】
周期溝10aの内部には、既知のネマチック液晶材料、例えば、シアノビフェニル系材料、シアノフェニルシクロヘキシル系材料、及びその混合物からなるネマチック液晶材料を選択して液晶体12として導入される。なお、シアノビフェニル系材料では、低い飽和蒸気圧のため耐久性が高く好ましい。
【0025】
かかる液晶体12を与えられた基板10の製造方法については、非特許文献2に開示されている方法を用い得る。すなわち、簡便には、図4を参照すると、平板状の基板に1軸圧縮応力(圧縮ひずみ)を与え、これにより誘起される表面座屈を利用して、周期溝10aを有する基板10を得る。かかる異方的なサイン波形状の凹凸構造の上から周期溝10aに沿って、つまり軸線Mに沿って所定の液晶材料を塗布する。なお、上記した幅と深さの周期溝10aであれば、1つの周期溝10aに導入される液晶体12の体積は1pl程度である。
【0026】
図1及び図2に戻ると、試料供給部21は、基板10の表面の周期溝10a及びその内部の液晶体12に沿って、すなわち、軸線Mに沿ってガス状試料30を噴流として供給するシリンジ21aと、その内部に充填されたガス状試料30を押し出すためのシリンジピン21bとを含む。シリンジ21aはステージ22上に配置、固定されて、液晶体12の気液界面をガス状試料30のガス流に安定的に暴露させ、液晶体12の内部にガス状試料30を溶入させる。
【0027】
ガス状試料30の噴出速度は、後述する液晶体12の欠陥構造15を物理的に(流れ抵抗の反力によって)変形させない程度であって、ノズル先端から液晶体12の表面までの距離、ノズル先端径、シリンジピン21bの移動速度などを調整される。好ましくは、ノズル先端径は0.5〜2mm程度、噴出速度はノズル先端において10m/s以下である。
【0028】
また、シリンジ21a及びシリンジピン21bに換えて、パスツールピペットなどのノズル先端からガス状試料30を噴出させ得る器具を用い得る。更に、ガス状試料30の容量を多く得られる場合にあっては、試料供給部21は、一定体積を有する小型チャンバーとこの内部をガス状試料30で置換できる装置の如きであっても良い。
【0029】
光学測定部23は、ガス状試料30を導入された基板10上の液晶体12を光学的に測定するための光学測定装置であり、典型的には、偏光顕微鏡である。顕微鏡における観察領域は、後述するような単一のジグ‐ザグ状の欠陥構造15が少なくとも1つ存在する領域であり、一般的には、数十ミクロン平方メーター程度以上である。
【0030】
上記したように、ナノ-マイクロスケールの1次元的である溝である周期溝10aの内部にネマチック液晶材料からなる液晶体12を導入すると、液晶体12は周期溝10aに沿った軸線M方向に所定の配向をする。図5には、ジグ‐ザグ状の欠陥構造15を与えた液晶体12の透過型偏光顕微鏡による写真を示した。ここでは偏光方向を変えて撮像している。かかる写真から、ジグ‐ザグ状の欠陥構造15のジグ‐ザグのそれぞれの変化を測定できて、キラリティの有無や掌性を判断できる。また、「ジグ」及び「ザグ」のそれぞれの長さ変化も測定できて、ガス状試料30の光学純度について測定でき得るのである。詳細は後述する。
【0031】
以上、キラリティ測定装置1によれば、既存のガスクロマトグラフィなどのガス分離分析装置や、匂いかぎ感能試験部(スニッフィング)からの分離ガスの分析にも組み合わせることができる。また、簡便且つ小型にできる故、野外でのその場評価にも利用可能である。また、液晶体12を与えた基板10は、リソグラフィ技術などを用いず簡便且つ安価に作成でき、使い捨てチップとして利用することも可能となる。
【0032】
次に、上記したキラリティ測定装置1におけるキラリティ測定方法について、図6乃至図8を用いて説明する。
【0033】
図6には、周期溝10aの内部の液晶体12の構造を模式的に示した。図6(a)に示すように、周期溝10aの表面の液晶分子12aの配向方向が軸線Mと略直交し、且つ、基板10の主面と平行な場合、液晶体12に形成される軸線M方向に沿った線欠陥が周期的に折れ曲がったジグ‐ザグ状の欠陥構造15を与えられる。ここで、後述するような定量分析を行う場合など、より測定の信頼性を高めるには、複数単位のジグ‐ザグ状の欠陥構造15を有するとともに、その1単位の「ジグ」の長さL1と「ザグ」の長さL2とを正確に等しくなるよう、ネマチック液晶材料を調製し周期溝10aを作製する。
【0034】
試料供給部21からキラル(光学活性)物質を含むガス状試料30を液晶体12の気液界面に噴流として導入すると、ガス状試料30はキラル物質とともに液晶体12へと溶け込む。これにより、液晶体12のネマチック液晶弾性変形の1つであるねじれ弾性変形の対称性を崩す力が働く。
【0035】
図7の透過型偏光顕微鏡による写真を併せて参照すると、ジグ‐ザグ状の欠陥構造15は、初期状態から右旋性若しくは左旋性に変化する。
【0036】
つまり、ジグ‐ザグ状の欠陥構造15の「ねじれ状態」を安定にするよう、エネルギー密度が「ジグ」及び「ザグ」の一方で下がり、他方で上がろうとする。初期状態で等しかったジグ‐ザグ状の欠陥構造15は、左旋性ねじれ(図6(b)及び図7参照)若しくは右旋性ねじれ(図6(c)及び図7参照)に対応するように、欠陥長さL1とL2とを変化させ対称性が崩れるのである。
【0037】
図8に示すように、左旋性l(−)が長くなり、右旋性l(+)が短くなると、L1とL2の長さの差に対応する(l(−)−l(+))として現れる構造非対称性を光学測定部23で測定することで、キラリティの有無や掌性を判断できるともに、ガス状試料30中のキラル物質の光学純度、その濃度について測定できる。ここで、液晶体12は非光学活性のネマチック液晶材料であって被測定物質以外のキラル物質の合成を必要とせず、またこの固定化を必要としない。
【0038】
なお、観察後、ガス状試料30の導入を停止し一定時間放置すると、溶け込んでいたガス状試料30は再び気相に蒸発し、ジグ‐ザグ状の欠陥構造15の非対称性は解消される。これにより、再度の測定が可能となる。かかる初期化工程は、空気などのアキラルなガスを導入することや、温度を高めることで迅速にでき得る。
【0039】
以上において、ジグ‐ザグ状の欠陥構造15の変化は、ガス状試料30の溶け込み後、光学測定部23で数秒以内に観察可能である。ナノ-マイクロスケールの1次元的である溝である周期溝10に閉じ込められた液晶体12は微小量であり、かかる液晶体12中を典型的には分子量300以下のキラル物質が拡散するには、数ms程度で十分であり、肉眼での観察であっても瞬時に検知できる。また、ジグ‐ザグ状の1単位における長さL1及びL2の変化は、偏光顕微鏡にてクロスニコル条件下での暗線変化を観察しても、パラレルニコル条件下で直接、暗線として見える欠陥線を観察しても良い。更に、クロスニコル条件下で、鋭敏色板を挿入することで、ジグ‐ザグ状の各ドメインが青と橙色などの異なる色彩で観察されて、識別が容易となる。
【0040】
また、原理的には、最低限必要なジグ‐ザグ状の欠陥構造15は、対となる「ジグ」「ザグ」の1対であるが、これが複数であれば精度を高めることができる。その場合であっても、液晶体12の体積をそれほど大きく変化させず、上記した利点を損なうことはない。
【0041】
更に、光学純度などを定量化するには、試料供給部21によるガス状試料30の供給速度を制御する必要がある。一方、キラリティの有無といったセンサやその掌性の測定のみであれば、かかる制御は不要であり、手動によりスポイト等を用いてガス状試料30を液晶体12の気液界面に吹きつけるだけでよい。また、温度はジグ‐ザグ状の欠陥構造15が維持されるネマチック液晶相を維持できる範囲で一定であればよい。
【0042】
更に、ガス状試料30が単一物質のラセミ混合物である場合、あらかじめ掌性と長くなるジグ‐ザグ状の欠陥構造15の掌性方向を得ておけば、掌性については即座に測定できる。また、光学純度の算定等の定量分析には、図8のような画像から欠陥構造15の対称性を定量評価し、光学純度のみ異なる同じ物質において同じ条件(噴出速度及び試料量)で検量線を作製し、光学純度を決定できる。これについては後述する。
【0043】
更に、測定可能なキラル物質は、液晶体12において欠陥構造15の変化を誘発する程度に十分な量だけ溶け込み可能な物質であることが必要である。一方、その濃度が高すぎ又は溶け込みが多くなりすぎる場合、溶質誘起相転移点降下によって液晶体12が等方相へ相転移したり、欠陥構造15の対称性変化を観察できなくなってしまう。かかる場合、空気などのアキラルなガスで希釈して観察が可能となる。
【0044】
以上において、ジグ‐ザグ状の欠陥構造15を有しない液晶体、例えば、上記したようなナノ-マイクロスケールの1次元的である溝でない液滴で与えられる液晶体にガス状試料30を接触させても、原理上は、ガス状試料30は液晶体に溶け込み、キラル物質が液晶体の配向にマクロ的な「ねじれ」を誘発するであろう。しかしながら、かかる液晶体のねじれの周期は、一般の揮発性の光学活性な有機化合物では数百μmから数mm以上と大きいため、誘発された「ねじれ」を光学的に測定することは、特に、通常の顕微鏡などでは困難である。
【0045】
一方、本実施例では、ねじれ方向を異にし、且つ同じ長さのドメインを有する欠陥構造15をあらかじめ与え、キラル物質の溶け込みで各ドメインに対するねじれ弾性エネルギー密度をねじれ方向に応じて上昇させ若しくは降下させる。これにより、隣り合うドメイン間にエネルギー密度差を生じさせ、等しい長さだったドメインの長さを維持できなくなると、その長さを変化させるのである。結果的に、溶け込んだキラル物質に対応したねじれ方向の対称性の破れを敏感に測定できるのである。
【0046】
上記した実施例でガス状物質30として含まれ得る常温常圧で揮発性のキラル物質は、液晶体12への溶解性や飽和蒸気圧等により適宜定められ得るが、光学活性テルペン類やその置換体などが代表的である。また、2,3-ブタンジオール、1-フェニルエチルアミン、1-フェニルエタノール、α-ピネン、3-カレン、β-ピネン、カルボン、カルベオール、メントン、リモネン、α-テルピネオール、ボルネオール、リナロール、テルピネン-4-オール、β-シトロネロール、δ-デカノラクトン、トランス-カリオフィレン、イブプロフェン、2-ブタノール、カンフェン、α-ツヨン、フェンコン、ローズオキサイド、メントール、メンチルオキサイド、メンチルアセテート、α-ビサボロール、などの置換若しくは類似体の化合物を挙げ得る。
【0047】
[測定例1] キラリティの有無及び掌性の特定
非特許文献2に従って、幅13μm、深さ1.5μmの周期溝10aを有する基板10にネマチック液晶材料であるペンチルシアノビフェニル(5CB)からなる液晶体12を与えた。
【0048】
シリンジ21aは、チューブ軸方向を基板10の主面に対して角度14+/−5度となるようにステージ22上に固定された。なお、シリンジ21aは、内径0.5mm、長さ50mmのテフロン(登録商標)チューブであって、容量5mlである。シリンジ21aの基板10側のノズル先端と反対側には、外径0.5mmのシリンジピン21bを挿入し、電動インジェクタを用いてシリンジ21aに予め導入しておいたガス状試料30を0.007〜0.7ml/sの一定速度で噴出させ、基板10に吹き付けた。シリンジ21aのノズル先端から1+/−0.2mmの位置で欠陥構造15を偏光顕微鏡にて観察した。観察は、クロスニコル条件で鋭敏板を挿入し、青と橙色で着色されたジグ‐ザグ状の欠陥構造15の各ドメインの割合の変化を測定した。
【0049】
なお、ガス状試料30は、光学純度を95%以上とした市販試薬であり、これを約0.5ml〜5mlずつ試料瓶(10〜40ml)に密封し、24時間以上静置して平衡化し、そのヘッドスペースから2mlをシリンジに分取し使用した。
【0050】
ここで、揮発性ガスのキラル物質としては、2,3-ブタンジオール、1-フェニルエチルアミン、1-フェニルエタノール、α-ピネン、3-カレン、β-ピネン、カルボン、カルベオール、メントン、リモネン、α-テルピネオール、ボルネオール、リナロール、テルピネン-4-オール、β-シトロネロール、δ-デカノラクトン、トランス-カリオフィレン、イブプロフェン、2-ブタノール、カンフェン、α-ツヨン、フェンコン、ローズオキサイド、メントール、メンチルオキサイド、メンチルアセテート、α-ビサボロールを用いた。また、参照実験として、非キラル物質である類似揮発性ガスのp-メンタン、バニリンを用いた。
【0051】
その結果、p-メンタン、バニリンの場合、右旋性及び左旋性を表す各ドメインの長さ変化は観察されなかった。一方、キラル物質を含むガス状試料30では、視覚的に判断可能な右旋性及び左旋性を表す各ドメインの長さ変化がガス状試料30を基板10に吹きつけ開始後、5秒以内に観測された。
【0052】
ここで、右旋性及び左旋性の符号をそれぞれ(+)及び(−)と定義すると(図8参照)、各物質における旋性方向及び長く変化したドメインの旋性方向、すなわち、液晶体12中に誘発されたねじれ方向との関係が明らかとなる。(旋性方向の符合)×(液晶に誘発された旋性方向の符合)について、正の物質は、2,3-ブタンジオール、1-フェニルエチルアミン、1-フェニルエタノール、α-ピネン、3-カレン、β-ピネン、カルボン、カルベオール、メントン、リモネン、α-テルピネオール、ボルネオール、リナロール、テルピネン-4-オール、β-シトロネロール、δ-デカノラクトン、トランス-カリオフィレン、イブプロフェンであった。また、負の物質は、2-ブタノール、カンフェン、α-ツヨン、フェンコン、ローズオキサイド、メントール、メンチルオキサイド、メンチルアセテート、α-ビサボロールであった。この結果を利用して、旋性方向の符合が不明である純粋物質の旋性方向について、液晶体12に誘発される旋性方向の符合から特定でき、掌性が特定される。
【0053】
[測定例2] 光学純度の評価
測定例1において、旋性を互いに反対とするリモネンを所定の割合で混合したガス状試料30を調製し測定を行った。
【0054】
ここで、ガス状試料30の光学純度は、
eev%=100×(c(+)−c(−))/(c(+)+c(−))
で定義され、−100から+100までの11種類のガス状試料30を調製した。また、シリンジ21aのノズル先端からのガス状試料30の噴出速度を0.066ml/sとし、ガス状試料30の噴出開始から4秒経過後の偏光顕微鏡による画像を取得した。取得した画像を画像解析して、隣り合う6つのドメインについて、右旋性ドメインの長さl(+)と左旋性ドメインの長さl(−)を求めた。
【0055】
構造非対称性の程度は、
eez%=100×(l(+)−l(−))/(l(+)+l(−))
で定義した。
【0056】
図9にeev%とeez%との関係を示した。eev%に対応してeez%が変化している。つまり、光学純度の不明であるリモネン混合ガスを上記したと同様の測定を行ってeez%を得ることで、図9を検量線として光学純度を決定できるのである。
【0057】
[測定例3] 濃度の評価
測定例1において、飽和濃度に対する相対濃度を変化させたガス状試料30を調製し測定を行った。
【0058】
ガス状試料30は、95%以上の光学純度のβ-ピネン、カルボン、リモネン、テルピネン-4-オール、メントールの平衡飽和気体を空気と所定の割合で混合して調製した。また、液晶材料はメルク(MERCK)社製のLZI-1132を用い、ガス状試料30の噴出速度を0.33ml/sとした。測定例2と同様に、ガス状試料30の噴出開始から4秒経過後の偏光顕微鏡による画像を取得し、これを画像解析して、隣り合う6つのドメインについて、右旋性ドメインの長さl(+)と左旋性ドメインの長さl(−)を求めた。
【0059】
図10に相対濃度とeez%との関係を示した。相対濃度が上昇すると、eez%も上昇する。上昇の程度は物質によって異なる。つまり、キラル物質の濃度が不明な場合にあっては、eez%を測定し、図9を検量線として飽和濃度に対する相対濃度を決定できるのである。
【0060】
以上、本発明による実施例及びこれに基づく変形例を説明したが、本発明は必ずしもこれに限定されるものではなく、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、様々な代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。
【符号の説明】
【0061】
1 キラリティ測定装置
10 基板
10a 周期溝
12 液晶体
15 欠陥構造
21 試料供給部
23 光学測定部
30 ガス状試料
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10