(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6203702
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】ヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステルを用いたスプレードライ用溶液及び固体分散体の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 47/38 20060101AFI20170914BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20170914BHJP
【FI】
A61K47/38
A61K9/14
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-233774(P2014-233774)
(22)【出願日】2014年11月18日
(65)【公開番号】特開2016-98179(P2016-98179A)
(43)【公開日】2016年5月30日
【審査請求日】2016年11月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085545
【弁理士】
【氏名又は名称】松井 光夫
(74)【代理人】
【識別番号】100114591
【弁理士】
【氏名又は名称】河村 英文
(72)【発明者】
【氏名】藁品 彰吾
(72)【発明者】
【氏名】草木 史枝
(72)【発明者】
【氏名】菊池 一輝
(72)【発明者】
【氏名】尾原 栄
(72)【発明者】
【氏名】丸山 直亮
【審査官】
佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】
特開2014−133722(JP,A)
【文献】
特開2012−214461(JP,A)
【文献】
特表2008−501009(JP,A)
【文献】
特開2015−127316(JP,A)
【文献】
国際公開第2014/196519(WO,A1)
【文献】
特開2015−057380(JP,A)
【文献】
薬剤学, 2013, Vol.73, No.4, pp.214-222
【文献】
丹野 史枝 他,HPMCASを用いた固体分散体からの薬物溶出性に与えるHPMCASの置換基の影響,第29回 製剤と粒子設計シンポジウム講演要旨集,2012年,pp.46-47
【文献】
丹野 史枝,加熱溶融押出法によるHPMCAS固体分散体の検討,製剤機械技術研究会誌,2010年,Vol.19, No.3,pp.41-46
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00− 9/72
A61K 47/00−47/69
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.40以上であるヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステル、溶媒及び薬物を少なくとも含むスプレードライ用溶液。
【請求項2】
前記ヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステルの10質量%アセトン溶液の透光度が50%以上である請求項1に記載のスプレードライ用溶液。
【請求項3】
前記薬物が、水難溶性薬物である請求項1又は請求項2に記載のスプレードライ用溶液。
【請求項4】
前記溶媒が、水、アセトン、メタノール、エタノール、イソプロパノール、メチルアセテート、エチルアセテート、テトラヒドロフラン及びジクロロメタンからなる群から選ばれる1種又は2種以上の混合物である請求項1〜3のいずれか1項に記載のスプレードライ用溶液。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のスプレードライ用溶液から前記溶媒を除去する工程を少なくとも含む固体分散体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステルを用いたスプレードライ用溶液及び固体分散体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬物と高分子の混合溶液を溶媒に溶解させた後に、溶媒を除去、析出させることで固体分散体を製造する製剤手法が現在注目を集めている。
例えば、水難溶性薬物と高分子をスプレードライさせた固体分散体は、薬物が非晶質(アモルファス)の状態で高分子担体中に分子分散し、薬物の溶解性が見かけ上顕著に上昇して生物学的利用能が改善される。
【0003】
これら固体分散体に使用される高分子の一例として、セルロース骨格にメトキシ基(−OCH
3)とヒドロキシプロポキシ基(−OC
3H
6OH)の2つの置換基を導入してエーテル構造とするほか、アセチル基(−COCH
3)とスクシニル基(−COC
2H
4COOH)の2つの置換基を導入してエステル構造として、計4種類の置換基を導入した高分子であるヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステル(以下、「HPMCAS」ともいう。)がある。
ここで、第16改正日本薬局方に収載されているHPMCASの各置換基含有量は、以下の通りに規定されている(非特許文献1)。
【0004】
【表1】
【0005】
HPMCASを含む固体分散体としては、例えば、難溶性薬剤とHPMCAS(市販品のAS;モル置換度0.16〜0.35)を含むスプレードライ固体分散体が知られている(特許文献1)。
また、水難溶性薬物のポサコナゾールとHPMCAS(市販品のAS−MF及びAS−MG;モル置換度0.15〜0.34)をスプレードライ法により製剤化する方法や(特許文献2)、水難溶性薬物のイトラコナゾールとHPMCAS(市販品のAS−HG;モル置換度0.15〜0.34)を乾燥噴霧法により製剤化する方法が提案されている(特許文献3)。
更に、水難溶性薬物とヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.25、スクシニル基のモル置換度が0.02以上で、かつアセチル基のモル置換度が0.65以上及びアセチル基とスクシニル基のモル置換度の合計が0.85以上であるHPMCASを用いた固体分散体組成物をスプレードライする方法が提案されている(特許文献4)。この他、水難溶性薬物とヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.21以下、メトキシル基のモル置換度が1.45以下で、かつアセチル基とスクシニル基のモル置換度の合計が1.25以上であるHPMCASを用いた固体分散体組成物をスプレードライする方法も提案されている(特許文献5)。
また、ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.26以下、重量平均分子量Mwが80000〜350000Da、1.5質量%アセトン溶液の濁度が41NTU以下及び2質量%アルカリ(0.43質量%)水溶液の粘度が4.0mPa・s以下であるHPMCASが提案されている(特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−116502号公報
【特許文献2】特表2011−516613号公報
【特許文献3】特開2004−67606号公報
【特許文献4】特表2008−501009号公報
【特許文献5】国際公開2011/159626号公報
【特許文献6】国際公開2014/031422号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】第16改正日本薬局方第一追補医薬品各条「ヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステル」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
固体分散体の製造に用いる溶媒は、薬剤及び高分子の両者を溶解させることができる任意の溶媒を用いる。しかし、特許文献1〜5に記載のHPMCASは溶媒への溶解性が低く、液組成物中に未溶解及び半溶解な物質が存在する。一般に、コーティング及びスプレードライする前に、薬剤及びHPMCASの両者を溶解させた液組成物中の未溶解物をフィルターで除去するが、未溶解物の量が多いとフィルターの目詰まりが発生する。また、フィルターを用いない場合においても、スプレードライ時に用いるノズル内で閉塞を起こす可能性がある。特許文献6では、1.5質量%アセトン溶液の濁度が低すぎると(10NTU以下)、HPMCASは分子量Mwが低下し、長期の使用に適さないとしてされている。
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、高い透光度を持ち、未溶解物の発生を顕著に押さえたスプレードライ用溶液を得ることが出来る。また、このスプレードライ用溶液を用いて固体分散体を製造することにより、未溶解物による目詰まり及び溶出性能を改善することが出来る。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、HPMCASの4種類の置換基のうち、ヒドロキシプロポキシ基を特定範囲にすることにより、溶媒への溶解性の向上により高い透光度を有するHPMCASが得られることを見出し、本発明を完成させた。
本発明の一つの態様では、ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.40以上であるヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステル(HPMCAS)、溶媒及び薬物を少なくとも含むスプレードライ用溶液を提供する。また、本発明の別の態様では、このスプレードライ用溶液から前記溶媒を除去する工程を少なくとも含む固体分散体の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、溶媒に溶解させた際に従来に比べ向上した溶解性により高い透光度を示し、未溶解物をフィルターで除去する際の目詰まりを改善する。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明につき更に詳しく説明する。
本発明のHPMCASのヒドロキシプロポキシ基のモル置換度は、0.40以上、好ましくは0.40〜1.50、より好ましくは0.40〜1.0、更に好ましくは0.40〜0.90である。ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.40未満の場合、溶媒に溶解させた際に未溶解及び半溶解の物質が存在し、フィルターの目詰まり、ノズルの閉塞が発生する可能性がある。
ヒドロキシプロポキシ基をはじめとするHPMCASの置換基含量は、第16改正日本薬局方第一追補の医薬品各条「ヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステル」に記載されている方法により測定できる。
【0012】
HPMCASの溶媒への溶解性は、一般的に固体分散体の製造に用いられる溶媒であるアセトンに10質量%で溶解させた際の透光度が、好ましくは50%以上であり、より好ましくは60%以上、更に好ましくは70%以上、特に好ましくは80%以上である。
HPMCASのアセトン溶液の透光度の測定方法は、20℃にてアセトン90gにHPMCAS10gを添加後、撹拌羽を用いておよそ400rpmの速度で3時間撹拌して10質量%濃度のアセトン溶液を調製した。溶液は透光度計(光電比色計PC−50形:コタキ社製)を用いて、フィルター720nm、20mmセルにより測定した。対照として蒸留水を用い、蒸留水の透光度が100%となるように調整した。
【0013】
HPMCASにおけるヒドロキシプロポキシ基以外の他の置換基であるメトキシ基のモル置換度は特に限定されないが、好ましくは0.70〜2.90、より好ましくは1.00〜2.40、更に好ましくは1.4〜1.9である。
HPMCASにおけるアセチル基のモル置換度も特に限定されないが、好ましくは0.10〜2.50、より好ましくは0.10〜1.00、更に好ましくは0.40〜0.96である。
HPMCASにおけるスクシニル基のモル置換度も特に限定されないが、好ましくは0.10〜2.50、より好ましくは0.10〜1.00、更に好ましくは0.10〜0.60である。
【0014】
20℃における、HPMCASを2質量%含む希(0.1mol/L)水酸化ナトリウム水溶液の粘度は、好ましくは1.1〜20mPa・s、より好ましくは1.5〜3.6mPa・sである。粘度が1.1mPa・s未満の場合、スプレー時にミストが細かくなり回収できなくなる可能性がある。一方、粘度が20mPa・sを超える場合は、液組成物の粘度が増加することでスプレードライ時の生産性が著しく減少する。粘度の測定方法は、第16改正日本薬局方のHPMCASの一般試験法に記載の方法により測定することができる。
【0015】
HPMCASは、例えば、特開昭54−61282号公報に記載の方法を用いて製造できる。原料となるヒプロメロース(別名ヒドロキシプロピルメチルセルロース、以下、「HPMC」ともいう。)を氷酢酸に溶解し、エステル化剤として無水酢酸と無水コハク酸、反応触媒として酢酸ナトリウムを添加して加熱反応させる。反応終了後、反応液に多量の水を添加してHPMCASを析出させ、その析出物を水洗後、乾燥する。このとき、ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.40以上のHPMCを使用すれば、生成するHPMCASのヒドロキシプロポキシ基のモル置換度も0.40以上となる。
【0016】
薬物は、経口投与可能な薬物であれば特に限定されるものではなく、1種類を用いても2種類以上の混合物を用いてもよい。かかる薬物としては、例えば、中枢神経系薬物、循環器系薬物、呼吸器系薬物、消化器系薬物、抗生物質、鎮咳去たん剤、抗ヒスタミン剤、解熱鎮痛消炎剤、利尿剤、自律神経作用薬、抗マラリア剤、止潟剤、向精神剤、ビタミン類及びその誘導体等が挙げられる。
【0017】
中枢神経系薬物としては、例えば、ジアゼパム、イデベノン、アスピリン、イブプロフェン、パラセタモール、ナプロキセン、ピロキシカム、ジクロフェナック、インドメタシン、スリンダック、ロラゼパム、ニトラゼパム、フェニトイン、アセトアミノフェン、エテンザミド、ケトプロフェン及びクロルジアゼポキシド等が挙げられる。
循環器系薬物としては、例えば、モルシドミン、ビンポセチン、プロプラノロール、メチルドパ、ジピリダモール、フロセミド、トリアムテレン、ニフェジビン、アテノロール、スピロノラクトン、メトプロロール、ビンドロール、カプトプリル、硝酸イゾソルビト、塩酸デラプリル、塩酸メクロフェノキサート、塩酸ジルチアゼム、塩酸エチレフリン、ジギトキシン、塩酸プロプラノロール及び塩酸アルプレノロール等が挙げられる。
【0018】
呼吸器系薬物としては、例えば、アムレキサノクス、デキストロメトルファン、テオフィリン、プソイドエフェドリン、サルブタモール及びグアイフェネシン等が挙げられる。
消化器系薬物としては、例えば、2−[〔3−メチル−4−(2,2,2−トリフルオロエトキシ)−2−ピリジル〕メチルスルフィニル]ベンゾイミダゾール及び5−メトキシ−2−〔(4−メトキシ−3,5−ジメチル−2−ピリジル)メチルスルフィニル〕ベンゾイミダゾール等の抗潰瘍作用を有するベンゾイミダゾール系薬物、シメチジン、ラニチジン、塩酸ピレンゼピン、パンクレアチン、ビサコジル並びに5−アミノサリチル酸等が挙げられる。
【0019】
抗生物質としては、例えば、塩酸タランピシリン、塩酸バカンピシリン、セファクロル及びエリスロマイシン等が挙げられる。
鎮咳・去たん剤としては、例えば、塩酸ノスカピン、クエン酸カルベタペンタン、臭化水素酸デキストロメトルファン、クエン酸イソアミニル及びリン酸ジメモルファン等が挙げられる。
抗ヒスタミン剤としては、例えば、マレイン酸クロルフェニラミン、塩酸ジフェンヒドラミン及び塩酸プロメタジン等が挙げられる。
解熱鎮痛消炎剤としては、例えば、イブプロフェン、ジクロフェナクナトリウム、フルフェナム酸、スルピリン、アスピリン及びケトプロフェン等が挙げられる。
利尿剤としては、例えば、カフェイン等が挙げられる。
【0020】
自律神経作用薬としては、例えば、リン酸ジヒドロコデイン、dl−塩酸メチルエフェドリン、塩酸プロプラノロール、硫酸アトロピン、塩化アセチルコリン、ネオスチグミン等が挙げられる。
抗マラリア剤としては、例えば、塩酸キニーネ等が挙げられる。
止潟剤としては、例えば、塩酸ロペラミド等が挙げられる。
向精神剤としては、例えば、クロルプロマジン等が挙げられる。
ビタミン類及びその誘導体としては、例えば、ビタミンA、ビタミンB1、フルスルチアミン、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、パントテン酸カルシウム及びトラネキサム酸等が挙げられる。
【0021】
特に、本発明のHPMCASを水難溶性の薬物の固体分散体の担体として用いることにより、水難溶性薬物の溶解性を改善することができる。ここで、水難溶性薬物とは、第16改正日本薬局方に記載された水に「溶けにくい」、「極めて溶けにくい」「ほとんど溶けない」とされる薬物をいう。「溶けにくい」とは、固形の医薬品1g又は1mLをビーカーにとり、水を投入し20±5℃で5分ごとに強く30秒間振り混ぜるとき、100mL以上1000mL未満で30分以内に溶ける度合いをいう。「極めて溶けにくい」とは、同様に1000mL以上10000mL未満で溶ける度合いをいう。「ほとんど溶けない」とは、同様に30分以内に溶けるために10000mL以上要するものをいう。
また、上記の医薬品試験において、水難溶性薬物が解けるということは、薬物が溶媒に溶ける又は混和することを示し、繊維等を認めないか又は認めても極めてわずかであることをいう。
【0022】
水難溶性薬物の具体例としては、例えば、イトラコナゾール、ケトコナゾール、フルコナゾール、ミトコナゾール等のアゾール系化合物、ニフェジピン、ニトレンジピン、アムロジピン、ニカルジピン、ニルバジピン、フェロジピン、エフォニジピン等のジヒドロピリジン系化合物、イブプロフェン、ケトプロフェン、ナプロキセン等のプロピオン酸系化合物、インドメタシン、アセメタシン等のインドール酢酸系化合物のほかに、グリセオフルビン、フェニトイン、カルバマゼピン、ジピリダモール等が挙げられる。
HPMCASと薬物の質量比率は特に限定されないが、非晶化状態の保存安定性の観点から、好ましくは1:0.01から1:100、より好ましくは1:0.1から1:10、更に好ましくは1:0.2から1:5である。
【0023】
更に、本発明の固体分散体用溶液組成物は、薬物及びHPMCASの両者を溶解させることが出来る任意の溶媒である。好適な溶媒としては、例えば、水、アセトン、メタノール、エタノール、イソプロパノール、メチルアセテート、エチルアセテート、テトラヒドロフラン、ジクロロメタンが挙げられ、一種又は二種以上の混合物を用いても良い。固体分散体用溶液組成物が水混和性の溶媒を含む場合、水を固体分散体溶液組成物に添加できる。
【0024】
溶液組成物は、必要に応じて賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑択剤、凝集防止剤等、通常この分野で常用され得る種々の添加剤を配合して、錠剤、顆粒剤、細粒剤、カプセル剤等の経口固形製剤や経口フィルム剤として用いることができる。
【0025】
賦形剤としては、例えば、白糖、乳糖、マンニトール、グルコース等の糖類、でんぷん、結晶セルロース等が挙げられる。
結合剤としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、マクロゴール類、アラビアゴム、ゼラチン、でんぷん等が挙げられる。
崩壊剤としては、例えば、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルメロース又はその塩、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、クロスポビドン、結晶セルロース及び結晶セルロース・カルメロースナトリウム等が挙げられる。
滑択剤、凝集防止剤としては、例えば、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、コロイダルシリカ、ステアリン酸、ワックス類、硬化油、ポリエチレングリコール類、安息香酸ナトリウム等が挙げられる。
【0026】
得られた経口固形製剤は、メチルセルロース、ヒプロメロース等の水溶性コーティング剤によりフィルムコーティングや、ヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステルやヒプロメロースフタル酸エステル、メタクリル酸アクリル酸エステルコポリマー等の腸溶性コーティング剤によりコーティングされてもよい。
【0027】
次に、固体分散体の製造方法について記載する。
具体的には、ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.40以上であり、好ましくは10質量%アセトン溶液の透光度が50%以上であるHPMCAS、溶媒及び少なくとも一つの薬物を含むスプレードライ用溶液から、必要に応じて溶媒を除去又は析出させることにより製造する。用いるスプレードライ用溶液の態様は、薬物とHPMCASがより均一に溶解した均一溶液が好ましい。溶媒を除去する方法としては、蒸発乾固法、スプレードライ法などが挙げられる。本発明では、大量生産可能であること、粒径や嵩密度などの粉体物性を制御しやすいことからスプレードライ法を採用する。
【0028】
スプレードライとは難溶性薬物を含む溶液混合物を小さな液滴に分解(噴霧)し、液滴から蒸発により溶媒を急速に除去する方法を広く指す。溶媒を除去するための駆動力は一般的に液滴を乾燥する温度にて、溶液の分圧を溶媒の蒸気圧にくらべて低くすることで得られる。好ましい態様としては、液滴の高温乾燥ガスとの混合する、溶媒除去装置内での圧力を不完全真空に維持するなどの方法が挙げられる。
【0029】
薬物とHPMCASを溶媒と共に含んだスプレードライ用溶液は、多様なノズル機構の下でスプレードライすることができる。たとえば、種々のタイプのノズルを使用することができる。好ましい様態としては、二流体ノズル、噴水型ノズル、フラットファン型ノズル、圧力ノズル、ロータリーアトマイザーなどが挙げられる。
【0030】
スプレードライ用溶液は広範囲の流量、温度において送ることができる。また、スプレー時に加圧する場合、広範囲の圧力においてスプレーすることが可能である。一般に、液滴の比表面積の増加に伴って、溶媒蒸発の速度が増加する。そのため、ノズルを出るときの液滴は好ましくは500μm未満、より好ましくは400μm未満、更に好ましくは5〜200μmであり、そのような噴霧を可能にする流量、温度、圧力が好ましい。スプレー後の溶液は急速に凝固する。
【0031】
スプレー後のスプレードライ用溶液は、急速に凝固し固体分散体となる。凝固した固体分散体は一般にスプレードライ室内に約5〜60秒間とどまり、その間に溶媒が固体粉末から除去される。スプレードライの際の温度としては入口温度が約20℃〜150℃、出口温度が約0℃〜85℃が好ましい。
【0032】
固体分散体中の残存溶媒分は少ない方がよい。これは非晶質固体分散体内の薬物分子の運動性が抑制され、安定性が増すためである。残留溶媒分のさらなる除去が必要である場合には2次乾燥を行うことが出来る。好適な2次乾燥方法としては、トレイ乾燥、流動層乾燥、ベルト乾燥、マイクロ波乾燥などが挙げられる。
【実施例】
【0033】
以下に、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<HPMCAS−1の合成>
50Lニーダーに氷酢酸12kg秤込み、ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度0.86、メトキシ基のモル置換度1.59のヒプロメロース(HPMC)6kgを加えて溶解した。更に、無水酢酸4.0kg及び無水コハク酸2.2kg、酢酸ナトリウム4.8kgを加えて、85℃で5時間反応を行った。これに精製水6.7kgを加えて撹拌した後、この溶液に精製水を添加してHPMCASを粒状に沈殿させ、濾過により粗HPMCASを採取した。この粗HPMCASを精製水にて洗浄し、乾燥後、10メッシュ(目開き:1700μm)の篩にて篩過し、最終水分1.2質量%のHPMCAS−1を得た。
得られたHPMCAS−1の各置換基含有量を第16改正日本薬局方第一追補記載の方法により測定したところ、ヒドロキシプロポキシ基20.6質量%(モル置換度:0.86)、メトキシ基15.8質量%(モル置換度:1.59)、アセチル基6.8質量%(モル置換度:0.49)、スクシニル基18.7質量%(モル置換度:0.58)であった。
【0034】
<HPMCAS−2〜9の合成>
同様な方法で置換基の含有量が異なる原料HPMCを用いて、無水酢酸と無水コハク酸の添加量を適宜変更して、表2に示す各種HPMCAS−2〜9を得た。
【0035】
【表2】
【0036】
<HPMCASの透光度の測定>
HPMCAS−1〜9の透光度を測定した。20℃にてアセトン90gにHPMCAS10gを添加後、撹拌羽を用いておよそ400rpmの速度で3時間撹拌して10質量%濃度のアセトン溶液を調製した。溶液は透光度計(光電比色計PC−50形:コタキ社製)を用いて、フィルター720nm、20mmセルにより測定した。対照として蒸留水を用い、蒸留水の透光度が100%となるように調整した。
【0037】
【表3】
【0038】
ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.40以上のHPMCAS−1からHPMCAS−7は、89.2%以上の高い透光度を有していた。一方で、ヒドロキシプロポキシ基0.4未満のHPMCAS−8及びHPMCAS−9は、透光度が6.1%以下と低く、見た目に濁っていることが確認された。これはヒドロキシプロポキシ基が増加することにより溶媒への溶解性が顕著に高まったためであると考えられる。
【0039】
<実施例1〜7及び比較例1〜2>
水難溶性薬物であるケトコナゾール1gとHPMCAS1gをジクロロメタンエタノール(質量比)=1:1の溶液に溶解し、固体分散体用液組成物を調製した。固体分散体用溶液組成物はスプレードライ装置(日本ビュッヒ(Buch)社製B−290)を使用して、給気温度120℃、排気温度75℃、送液速度3g/min、 内部圧力3MPa(30bar)で、スプレードライした。乾燥固形物を回収し、第16改正日本薬局方に記載の溶出試験を行った。
本粉末180mg(ケトコナゾール90mg相当量)から溶出されるケトコナゾールの溶出率(質量%)を、第16改正日本薬局方崩壊試験用の第2液(pH6.8)900mL及び日本薬局方溶出試験機(富山産業社製NTR−6100A型)を用いてパドル回転数100rpmにて測定した。ケトコナゾールの定量は、UV(波長225nm、光路長10mm)の吸光度を求め、予め既知の濃度で作成した吸光度換算直線からケトコナゾールの溶出量を求めた。その結果を表4に示す。
【0040】
【表4】
【0041】
ヒドロキシプロポキシ基のモル置換度が0.4以上のHPMASを用いた実施例1〜7はヒドロキシプロポキシ基が0.4未満の比較例1及び2に比べて試験開始60分後においても53.3質量%以上の高い溶出率を維持していた。この溶出率の初期の溶出率の改善、溶出の長時間における持続は、ヒドロキシプロポキシ基の増大により再結晶化を抑止する能力が高まっただけでなく、ヒドロキシプロポキシ基の増大により、スプレードライ用溶液中でのHPMCASの溶媒への溶解性が高まり、溶媒中で均一に薬剤と混和し、均一な固体分散体が形成されたためであると考えられる。
また、粉末のX線回折像を測定したところ、X線回折像でケトコナゾールの結晶ピークが認められず、ケトコナゾール溶出率が著しく高かった。このことから、スプレードライによる組成物はケトコナゾールが非晶質状態でHPMCAS中に分散している固体分散体を形成していることがわかる。