【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されるものではない。
【0034】
1.合成実施例(酸素キャリア材料の合成)
以下に示すスキームに従い、天然イルメナイト(FeTiO
3)から、Caを添加した改質イルメナイトを合成した。
【化1】
【0035】
天然イルメナイトを950℃で空気中24h焼成(4FeTiO
3+O
2 →2Fe
2TiO
5+2TiO
2)することで完全酸化させた。酸化させたイルメナイトに、焼成後の試料に対するCaOの割合が1、5、10、20、30wt%となるように(1)Ca(NO
3)
24H
2Oを含浸法にて、又は(2)Ca(OH)
2を固相法にて調製した。調製した試料を所定の焼成温度(1100℃, 1200℃, 1300℃)で空気中5h焼成した。得られた試料を分級することで150〜300μmの粒子径を持つ試料を得た。以下、(1)の含浸法で得た試料を実施例1、(2)の固相法で得た試料を実施例2という。
【0036】
2.酸素キャリア材料の同定
上記1で得られた実施例1及び2の試料の同定をX線回折(XRD)により行なった。XRDは、SmartLab(Rigaku社製)を使用した。
実施例1につき、それぞれ焼成温度1100℃、1200℃、1300℃で得た試料のXRDパターンを
図2〜4に示す。
図2より、Caを添加した試料では、CaTiO
3の形成が確認できた。5〜30wt%CaOの試料ではFe
2O
3も形成されていた。20〜30wt%CaOの試料では、イルメナイトと反応しなかったCaの一部がCaOとして試料中に存在し、それが空気中の水と反応してCa(OH)
2となっていることが分かった。1200℃及び1300℃ではCaOが10〜30wt%まで3種類の試料を調製した。
図3及び4より10〜20wt%CaOのときにはCaTiO
3の形成を確認し、30wt%CaOのときのみCaTiO
3とCaOの形成を確認した。
【0037】
同様に、実施例2につき、それぞれ1100℃、1300℃で得た試料のXRDパターンを
図5及び6に示す。
図5により、Caを添加した試料では、CaTiO
3とFe
2O
3、CaOの形成が確認できた。
図6では、Caを添加した試料では、CaTiO
3とFe
2O
3の形成が確認できた。20〜30wt%のときにはCaの形成も確認できた。
【0038】
3.水素還元反応及びメタン還元反応の特性評価
上記1で調製した実施例1及び2の試料を用いて、示差熱重量分析(TG-DTA:リガク社製)にて2%H
2または3%CH
4(S/C=2)によるCa添加イルメナイトの還元反応実験を行った。なお昇温速度は20℃/min、反応温度は750℃から950℃である。イルメナイトは以下の反応式(1)に従って反応すると考えられる。
【化2】
左側の反応をSTEP1、右側の反応をSTEP2と定義した。各試料の重量変化から以下の式(2)により転化率を算出した。なおH
2還元では還元状態をSTEP2までとし、CH
4還元では還元状態をSTEP1までと定義した。また、Avrami-Erofe’ev式(3)によりフィッティングを行い、FeTiO
3までの還元反応速度を算出した。
【化3】
X:転化率[-]、m
ox:Fe
2TiO
5 + TiO
2の重量[mg]、m
red:還元状態の重量[mg]、m:試料の重量[mg]
【化4】
X:転化率[-]、k:反応速度[s
-1]、t:反応時間[s]、m:反応進行の次元に関するパラメータ[-]
【0039】
3−1.実施例1試料の特性評価
実施例1の試料を用いて、それぞれ水素(H
2)還元反応及びメタン(CH
4)還元反応について式(3)から得られた反応速度の測定値を
図7及び8に示す。なお反応温度は900℃であり、H
2還元ではSTEP2まで反応が進行したときを転化率1、CH
4還元ではSTEP1まで反応したときを転化率1と定義した。
【0040】
図7より、Ca添加イルメナイトの還元反応速度はH
2還元の場合、CaOが0wt%の場合と比べて、最大7.7倍になった。また、
図8より、CH
4還元の場合、CaOが0wt%の場合と比べて、最大6.5倍になった。還元反応が促進された要因の一つとして、O
2-伝導性を持つCaTiO
3の形成が挙げられる。イルメナイト表面でCH
4が反応する経路に加えて、イルメナイトとCaTiO
3の二相界面で酸素の引き抜きが進行し、拡散したO
2-がCH
4と反応する経路や、イルメナイト・CaTiO
3・気相の三相界面で反応する経路が生じ、還元反応が促進されたと考えられる。なお、
図7では、焼成温度が高くなるほど反応促進効果が小さくなったことが分かった。
【0041】
3−2.実施例2試料の特性評価
実施例2の試料を用いて、同様にメタン(CH
4)還元反応について式(3)から得られた反応速度の測定値を
図9に示す。
図9より、Ca添加イルメナイトの還元反応速度は1100℃焼成の試料の場合、最大3.1倍になり、1300℃焼成の試料の場合、最大1.4倍になった。なお、実施例1の試料とは異なり、実施例2の1100℃で焼成した試料において、20wt%CaOの場合に最大の還元反応速度を示した。
【0042】
4.SEM−FDXによる粒子構造の解析
次いで、SEM−EDXにより粒子構造の解析を行った。SEM−EDXは、JSMK5600(JEOL社製)を使用した。
【0043】
4−1.実施例1試料の解析
図10及び
図11に1100℃焼成した試料の還元反応前後の試料のSEM像及びEDX画像を示す。各試料の反応前後を比較すると、反応後の粒子は内部に亀裂や空洞ができていることが分かる。また、H
2還元後は粒子内部にFeの粒が形成されていることが分かる。30wt%CaOのSEM像を見ると、粒子の周囲に濃い灰色と薄い灰色の層が形成されており、
図11より濃い灰色の層はCaTiO
3、薄い灰色の層はCaとFeの酸化物だと分かる。CaとFeの酸化物は量が少なく、XRDによって同定することはできなかった。反応前後で比較するとCaTiO
3の層に大きな変化は見られない。イルメナイトは酸化還元を繰り返すことでFeが表面に偏析し粒子が凝集する現象が知られており、イルメナイト同士の接触を避けることが必要である。Ca添加イルメナイトではCaTiO
3の層によりイルメナイト同士が接触しにくくなり、凝集を抑制できる可能性がある。
【0044】
図12に1200℃焼成した試料の還元反応前後の試料のSEM像を示す。1100℃で焼成した試料と比較してFeとCaの酸化物の部分が減り、CaTiO
3の層が厚くなった。また、イルメナイトとCaTiO
3の層の間にあった空洞が小さくなり、層間に反応(Fe
2TiO
5 + CaO → CaTiO
3 + Fe
2O
3)で生じたFe
2O
3が存在している。1100℃で焼成した試料と比較して反応促進効果が低下した原因の一つにCaTiO
3の層の緻密化が挙げられる。緻密化によりイルメナイトとCaTiO
3の層間へのガス拡散性が低下し、三相界面での反応が妨げられたと考えられる。
【0045】
図13及び
図14に1300℃焼成した試料の還元反応前後の試料のSEM像及びEDX画像を示す。1100℃及び1200℃で焼成した試料ではイルメナイトの粒子表面を覆うようにCaTiO
3の層が形成されていたが、1300℃で焼成した試料ではイルメナイトの粒子と一体化した形で一部にCaTiO
3が形成され、表面全体を覆うような粒子構造にはなっていなかった。
図14よりCaTiO
3の分布を調べると、1100℃で焼成した試料では粒子表面にしか存在しなかったが、1300℃で焼成した試料では粒子内部まで存在していることが分かった。また、1300℃で焼成した試料はCaTiO
3の層内部及びイルメナイトとの層間により多くのFe
2O
3が存在していることも分かった。反応促進効果が低下した原因は2つ考えられる。1つ目は1200℃焼成の場合と同様にCaTiO
3の層の緻密化によるガス拡散性の低下である。2つ目はCaTiO
3の偏在である。偏在により反応促進効果の得られない部分が生じたためだと考えられる。以上の結果より、焼成温度を高くすることで組成分布を変化させることが可能であることが分かった。
【0046】
4−2.実施例2試料の解析
図15及び
図16に1100℃焼成した試料の還元反応前後の試料のSEM像及びEDX画像を示す。各試料の反応前後を比較すると、反応後の粒子は内部に亀裂や空洞ができていることが分かる。30wt%CaOのSEM像を見ると、粒子の周囲にCaTiO
3の層は形成されておらず、
図16よりCaがイルメナイト粒子表面にほとんど存在しないことが分かった。XRDによりCaの存在は確認されているので、イルメナイト表面以外でどのように存在しているか調べたところ、
図17のSEM像に示すように大部分がCaOの粒子が存在することが分かった。調製の際ボールミルで混合を行うため、イルメナイトが削れて発生した粉末がCaOと混合され、サーメット状態のCaO粒子が形成されたと考えられる。
【0047】
図18及び
図19に1300℃焼成した試料の還元反応前後の試料のSEM像及びEDX画像を示す。1100℃で焼成した試料と比較して、1300℃で焼成した試料ではイルメナイトの粒子と一体化した形で一部にCaTiO
3が形成されていることが分かった。
図19より硝酸塩を用いた試料はイルメナイト粒子内部までCaTiO
3が形成されていたのに対して、Ca(OH)
2を用いた試料はCaTiO
3はほとんどが粒子表面に存在していることが分かった。このことからCa(OH)
2を用いた試料はイルメナイト表面にCa(OH)
2がうまく担持されず、反応量が少なかったため粒子内部までCaTiO
3が形成されなかったと考えられる。
【0048】
5.メタン還元反応の温度依存性の評価
CH
4還元で反応温度を750℃から950℃まで変化させた場合に得られた反応速度を
図20に示す。用いた試料は、0wt%CaOと実施例1の10wt%CaOであり、STEP1まで反応したときを転化率1と定義した。
図20より900℃から950℃では反応促進効果が顕著に確認できるが、800℃から850℃では反応促進効果は小さく、750℃では0wt%CaOの方が高い反応速度を示した。また、
図21に
図20に基づくアレニウスプロットを示す。
図21より、10wt%CaOは反応速度の温度依存性が大きく、活性化エネルギーは167kJ/molとなった。一方、0wt%CaOでは反応速度の温度依存性が小さく、活性化エネルギーは95kJ/molとなった。10wt%CaOの方が、温度依存性が大きくなった原因の一つとしてCaTiO
3のO
2-伝導度の影響が考えられる。CaTiO
3のO
2-伝導度は、950℃のときには10
-4 S/cm以上であるが、750℃のときには10
-5 S/cm以下へ低下することが報告されている。10
-4 S/cm以下になるとO
2-伝導体の反応促進効果は急激に小さくなることから、10wt%CaOでは低温での反応促進効果の低下や大きな温度依存性が見られたと考えられる。750℃での還元反応速度の逆転は、O
2-伝導度の低下し二相界面や三相界面での反応が進行しなくなったため生じたと考えられる。
【0049】
6.酸化還元サイクル
実施例1の試料を用いて、示差熱重量分析(TG-DTA:リガク社製)にて酸化ガスに33%Air、還元ガスに2%H
2を用いてCa添加イルメナイトの酸化還元サイクル実験を行った。なお昇温速度は20℃/min、反応温度は900℃である。1サイクルにおけるガスの切り替え順序とガス流通時間を表1に示す。還元ガスの流通時間は上記3.で行ったH2還元反応におけるSTEP1までにかかる反応時間を基に決定した。表1のサイクルを10回行い、各サイクルでの転化率を上記式(2)より算出し、転化率のグラフを上記式(3)によりフィッティングし還元反応速度を算出した。
【表1】
【0050】
図22に酸化還元サイクル実験を行った際の転化率を示す。なお反応温度は900℃であり、STEP2まで反応が進行したときを転化率1と定義した。左図の0wt%CaOではサイクル回数の増加とともに転化率のグラフが左上に近づくことから、還元反応速度が増加したことが分かった。一方、右図の10wt%CaOではサイクル回数が増加しても転化率のグラフに大きな変化は見られなかったことから、還元反応速度も大きな変化はなかったことが分かった。
【0051】
式(3)を用いてSTEP1まで反応が進行した場合のグラフにフィッティングを行い、得られた反応速度を
図23に示す。
図23より0wt%CaOでは1回目から8回目まで還元反応速度が大きく増加したのに対し、10wt%CaOでは1回目から7回目まで還元反応速度に大きな変化はなく、その後微増したことが分かる。
【0052】
図23に示される差が出た原因について粒子構造から考察をした。
図24及び
図25に酸化還元サイクル前後のSEM像及びEDX像を示す。
図24より、0wt%CaOは粒子同士が凝集し内部に空洞が多い構造に変化している一方で、10wt%CaOは粒子が一つ一つ独立して存在し内部の空洞も少ないことが分かる。
図25より、0wt%CaOは酸化鉄の層が粒子表面に形成され、それらがくっつくことで凝集が生じた。この現象はイルメナイトを酸化還元すると生じることが報告されている。粒子表面の酸化鉄はイルメナイトよりも還元反応速度が大きいため、酸化還元サイクルの増加とともに粒子表面に酸化鉄が偏析し、還元反応速度が向上したと考えられる。しかし、内部に空洞が多い構造のため、機械的強度が低下し流動層中での粒子同士の接触により粉化が生じる可能性がある。10wt%CaOは粒子表面にCaTiO
3の層が存在し、Feが粒子内部に均一に存在していることが分かる。このことからCaTiO
3が存在することでFeの偏析を防ぐことができ、結果として粒子が凝集しなかったと考えられる。またFeの偏析による粒子内部の空洞化も抑制できた。このことから粒子の機械的強度の低下が抑えられ、流動層中での粉化を抑制できる可能性がある。以上よりCa添加イルメナイトはサイクル回数の増加による還元反応速度の向上は少ないものの、粒子構造が安定していることから、粒子の長寿命化が期待できると考えられる。
【0053】
以上より、本発明の酸素キャリア材料は、従来技術に対して、低コストで、かつ安定な還元活性が得られることから、ケミカルループ法の実用化に向けて大きく寄与できるものである。