特許第6206382号(P6206382)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6206382-水酸化インジウム粉の製造方法 図000014
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6206382
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】水酸化インジウム粉の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 15/02 20060101AFI20170925BHJP
   C01G 15/00 20060101ALI20170925BHJP
   C25B 1/00 20060101ALI20170925BHJP
【FI】
   C25B15/02 302
   C01G15/00 B
   C25B1/00 Z
【請求項の数】2
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-241346(P2014-241346)
(22)【出願日】2014年11月28日
(65)【公開番号】特開2016-102241(P2016-102241A)
(43)【公開日】2016年6月2日
【審査請求日】2016年9月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100096677
【弁理士】
【氏名又は名称】伊賀 誠司
(72)【発明者】
【氏名】菅本 憲明
(72)【発明者】
【氏名】森本 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】加茂 哲郎
【審査官】 辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−074224(JP,A)
【文献】 特公昭60−002392(JP,B1)
【文献】 特表昭62−501979(JP,A)
【文献】 米国特許第04859294(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B1/00−15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解液としてpH2.5〜4.0の硝酸アンモニウム水溶液に、インジウムを陽極に用いた電解法により水酸化インジウム粉を生成する水酸化インジウム粉の製造方法であって、
上記電解液中に直接、下記関係式を満たす供給速度の範囲内で過酸化水素を供給することを特徴とする水酸化インジウム粉の製造方法。
(関係式) 0.7T mol/min≦Vadd.≦1.5T mol/min
[式中、Vadd.は、過酸化水素の供給速度を示し、Tは、{1/(1+10−3.3×10)}×3A/9650を示し、Aは、電解時に供給する電流の電流値(A)を示し、Pは、電解中の電解液のpH値を示す。]
【請求項2】
上記電解液中に、上記陽極の対極となる陰極付近に、上記過酸化水素を供給することを
特徴とする請求項に記載の水酸化インジウム粉の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水酸化インジウム粉の製造方法に関する。特に、電解時に発生するNOxガスの量を抑制し、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、太陽電池用途とタッチパネル等の用途として透明導電膜の利用が増えており、それに伴って、スパッタリングターゲット等において透明導電膜を形成するための材料の需要が増加している。透明導電膜を形成するための材料には、酸化インジウム系焼結材料が主に使用されており、その主原料として酸化インジウム粉が使用されている。スパッタリングターゲットに使用される酸化インジウム粉は、高密度ターゲットを得るためにできるだけ粒度分布の幅が狭いことが望ましい。
【0003】
そのため、特許文献1では、電解法による水酸化インジウム粉及びそれを用いた酸化インジウム粉の製造方法が記載されている。これは、電解槽内に電解液を収容し、この電解液中に陽極(例えば、金属インジウム)と陰極(例えば、不溶性のチタンを白金でコーティングしたもの)とを浸漬させ、両電極間に電圧を印加して電解を行うことにより水酸化インジウム粉を析出させる。そして、析出した水酸化インジウム粉を回収し、回収したものを焼成して酸化インジウム粉を得て、酸化インジウム粉に所定の割合で酸化スズ粉末を混合し、混合粉末を粉砕、造粒した後、加圧成型し、この加圧成型したものを焼結することでITOターゲットが得られることが提案されている。
【0004】
しかし、電解液として硝酸アンモニウム水溶液を用いる場合、硝酸イオンの還元反応を示す下記反応式(1)のように、標準電極電位(+0.01V)が水の還元反応の標準電極電位(−0.83V)よりも高いため、従来の陰極では、硝酸イオン(NO)の還元反応が水の還元反応に比べて起こり易く、電解中に硝酸イオンの濃度が減少して亜硝酸イオン(NO)の濃度が増加する。
【0005】
【化1】
【0006】
そして、反応式(1)で生じた亜硝酸イオン(NO)は、電解液中のH濃度が高いほど、下記反応式(2)に示すような亜硝酸(HNO)への変化の割合が大きくなる。
【0007】
【化2】
【0008】
具体的には、図1に示すように、電解液のpHが5以上の場合には電解で生じる亜硝酸イオン(NO)の98%以上がそのままの形態で保持されるが、pHが5未満の場合には亜硝酸(HNO)への変化率が急激に高くなり、pHが4の場合には約40%が亜硝酸(HNO)に変化する。
【0009】
また、生成された亜硝酸(HNO)は、下記反応式(3)及び下記反応式(4)に示すような平衡反応によってNOxガス(NO+NO)になる。
【0010】
【化3】
【0011】
【化4】
【0012】
NOxガス(NO+NO)は、酸性雨や光化学スモッグの原因となり得るため大気汚染防止法等の法令によって、排出することが制限されている物質であるので、そのNOxガスの発生を抑制することが望まれる。
【0013】
NOxガスを抑制する従来技術として、特許文献2や非特許文献1では、ステンレス表面の酸洗浄の際に発生するNOxガスを抑制するために、硝酸とフッ酸の混合洗浄液に過酸化水素を添加することが記載されている。これらによると、下記反応式(5)に示すように、酸洗浄の際に硝酸が分解して生じる亜硝酸(HNO)を硝酸(HNO)に酸化することにより、NOxガス(NO+NO)の発生量を抑制することが提案されている。
【0014】
【化5】
【0015】
また、特許文献3では、NOxガスの発生を抑制する一環として、電解法による水酸化インジウム粉の製造方法が記載されている。これによると、陰極により区画された電解層のガス拡散層に酸素を供給することで、亜硝酸イオン(NO)の発生を抑制することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2014−74224号公報
【特許文献2】特許第3687314号公報
【特許文献3】国際公開第2013/179553号
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】木谷滋、外4名、「ステンレス鋼およびチタンの硝ふっ酸酸洗におけるNOxガス抑制のための新技術開発」、鉄と鋼、一般社団法人日本鉄鋼協会、2002年、第88巻、第4号、p.34−41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
特許文献1では、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を生成するために、水酸化インジウム粉の溶解度を制御することを目的として、電解液のpH値を2.5〜5.0の範囲で調整することが記載されている。電解液のpH値が2.5〜5.0である場合には、NOxガス(NO+NO)が発生しやすくなるので、その発生したNOxガスの処理(例えば、NOxガス処理設備)が必要になるという問題がある。
【0019】
従来の電解法による粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を生成する水酸化インジウム粉の製造方法では、電解中に発生するNOxガスを抑制せずに、このような水酸化インジウム粉を生成した後に、後処理工程において電解中に発生したNOxガスを処理している。すなわち、特許文献1では、電解中に発生したNOxガスの抑制に関しては言及していない。
【0020】
また、特許文献2や非特許文献1では、過酸化水素を用いたNOxガスの抑制について言及している。しかしながら、電解法による水酸化インジウム粉の製造方法について、NOxガスの抑制に過酸化水素の添加が有効であるかどうかの検討をこれまでなされていない。
【0021】
また、特許文献3では、NOxガスを効率的に抑制するために亜硝酸を酸素で酸化するのに、陰極に酸素を供給する設備が必要となるので、製造コスト面に問題がある。電解液のpHが5付近におけるNOxガスの抑制に言及している一方、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を得るために、電解液をpH5よりも低いpH値に制御した場合については言及されていない。
【0022】
そこで、本発明は、このような実情に鑑みて提案されたものであり、電解液としてpH2.5〜4.0の硝酸アンモニウム水溶液を用いて電解したときに、大気中へのNOxガスの排出量を抑制しながら、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を生成する水酸化インジウム粉の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
すなわち、上述した目的を達成するための本発明に係る水酸化インジウム粉の製造方法は、電解液としてpH2.5〜4.0の硝酸アンモニウム水溶液に、インジウムを陽極に用いた電解法により水酸化インジウム粉を生成する水酸化インジウム粉の製造方法であって、電解液中に直接、下記関係式を満たす供給速度の範囲内で過酸化水素を供給することを特徴とする。
(関係式) 0.7T mol/min≦Vadd.≦1.5T mol/min
[式中、Vadd.は、過酸化水素の供給速度を示し、Tは、{1/(1+10−3.3×10)}×3A/9650を示し、Aは、電解時に供給する電流の電流値(A)を示し、Pは、電解中の電解液のpH値を示す。]
【0024】
このようにすれば、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を得るために、電解液をpH2.5〜4.0とした場合でも、発生するNOガスの量を抑制することができる。また、電解液中に直接、過酸化水素を供給することで、発生するNOガスの量を抑制しやすくなる。
【0027】
本発明の一態様では、陽極の対極となる陰極付近に、過酸化水素を供給することが特に好ましい。
【0028】
このようにすれば、特に、亜硝酸イオン(NO)が生成される陰極付近に過酸化水素を直接、供給するので、発生するNOxガスの量を効率的に抑制することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明では、大気中へのNOxガスの排出量を抑制しながら、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を作製することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】電解液中の[HNO]濃度と[NO]濃度の合計に対する[NO]濃度の割合を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明を適用した具体的な実施の形態(以下、「本実施の形態」という。)について説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変更を加えることが可能である。
【0032】
1.水酸化インジウム粉の製造方法
本実施の形態に係る水酸化インジウム粉の製造方法は、水酸化インジウム粉を生成させる水酸化インジウム粉を含む電解液(以下、「電解スラリー」という。)を得る水酸化インジウム粉の電気分解工程と、生成させた水酸化インジウム粉を回収する水酸化インジウム粉の回収工程と、回収した水酸化インジウム粉を乾燥する水酸化インジウム粉の乾燥工程とを有する。
【0033】
(1−1)水酸化インジウム粉の電気分解工程
水酸化インジウム粉の電気分解工程では、電解槽において、陽極と、陰極と、硝酸アンモニウム水溶液を電解液として、陽極及び陰極を電解液に浸漬して両極間に電流を流すことで陽極金属が溶解し、水酸化インジウム粉が晶析して、電解スラリーを生成する。また、電解液のpH及び液温等を調整し、調整した電解液をポンプ等の循環手段で電解槽に送り込むことにより、電解槽内全体の電解液のpH及び液温等を均一に維持するために、調整槽を別途設けてもよい。なお、本実施の形態では、電解液のpHを2.5〜4.0とし、電解液中に過酸化水素を供給する。
【0034】
(陽極)
陽極には、金属インジウムを用いる。使用する金属インジウムは、特に限定されないが、水酸化インジウム粉及びこれを焼成して得られる酸化インジウム粉への不純物の混入を抑制するため高純度のものが望ましい。金属インジウムとしては、例えば純度99.9999%(通称6N品)が好適品として挙げることができる。陽極の大きさは、生産規模に応じて、又は目標の製造量に見合うように適宜決定してもよい。
【0035】
(陰極)
陰極には、導電性の金属やカーボン電極等が用いられ、例えばステンレスや不溶性のチタンや白金を用いることができ、チタンを白金でコーティングしたものであってもよく、陽極と同じ材料を利用してもよい。陰極の大きさは、生産規模に応じて、又は目標の製造量に見合うように適宜決定してもよい。
【0036】
陽極と陰極の間の電極間距離は、特に指定されないが、10mm〜50mmが望ましい。電極間距離が50mmを超える場合は、液抵抗による電圧降下が発生し、液温上昇を生じさせるため好ましくない。一方、電極間距離が10mm未満である場合は、電極間での接触・ショートが発生しやすくなるため好ましくない。陽極及び陰極の配置は、特に限定されず、一般的な電極の配置を採用することができる。
【0037】
(電解液)
電解液には、硝酸アンモニウム水溶液を用いる。硝酸アンモニウム水溶液を用いた場合には、水酸化インジウム粉が沈殿した後の乾燥、仮焼後に硝酸イオン及びアンモニウムイオンが窒素化合物として除去されて不純物として残らず、生成される水酸化インジウム粉の純度を高め、且つコストを削減することができる。
【0038】
電解液のpHは、2.5〜4.0に制御する。電解液のpHが2.5未満である場合には、水酸化インジウム粉の沈澱が生じない。一方、電解液のpHが4.0を超える場合には、水酸化インジウム粉の析出するのが速すぎて電解液の濃度不均一のまま沈澱が形成されるため、粒度分布の幅が広くなり、粒度分布の幅を狭く制御することができない。
【0039】
電解液は、生成された水酸化インジウム粉の溶解度が10−6〜10−3mol/Lの範囲であることが好ましい。このように、適度に一次粒子の成長が促進されるため、一次粒子の凝集が抑制され、粒度分布の幅が広くならず、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を得ることができる。
【0040】
水酸化インジウム粉の溶解度が10−6mol/L未満の場合には、陽極から溶け出したインジウムイオンが核化しやすくなるため、一次粒子径が微細化し過ぎてしまう。一次粒子径が微細化し過ぎた場合には、後の水酸化インジウム粉を回収する回収工程における水酸化インジウム粉の分離回収が困難となるため好ましくない。一方、水酸化インジウム粉の溶解度が10−3mol/Lを超える場合には、粒子成長が促進されるため、一次粒子径が大きくなる。このため、粒子を成長させるほど、成長する粒子と成長しない粒子の間で粒子径の違いが大きくなる。粒子径の違いが大きければ、凝集の度合いに影響を与えるため、結果として水酸化インジウム粉の粒度分布の幅が広くなってしまう。
【0041】
したがって、電解液は、水酸化インジウム粉の溶解度が10−6mol/L〜10−3mol/Lの範囲が好ましく、硝酸アンモニウム水溶液の濃度、pH、液温等によって水酸化インジウム粉の溶解度を制御することができる。このように、水酸化インジウム粉の好適な溶解度に制御できるので、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を得ることができる。
【0042】
電解液は、硝酸アンモニウム水溶液の濃度を0.1mol/L〜2.0mol/Lに調整することが好ましい。硝酸アンモニウム水溶液の濃度が0.1mol/L未満である場合には、電解時の電圧上昇が大きくなり、通電部が発熱したり、電力コストが高くなる等の問題が生じるため好ましくない。一方、硝酸アンモニウム水溶液の濃度が2.0mol/Lを超える場合には、電解液中の水酸化インジウム粉の溶解度が高くなるため、水酸化インジウム粒子が粗大化し、粒径のばらつきが大きくなり、粒度分布の幅が広がってしまい好ましくない。
【0043】
電解液の液温は、20℃〜60℃に調整することが好ましい。電解液の液温が20℃未満である場合には、水酸化インジウム粉が析出するのが遅すぎる。一方、電解液の液温が60℃を超える場合には、水酸化インジウム粉が析出するのが速すぎて電解液の濃度が不均一のまま沈澱が形成されるため、粒度分布の幅が広がる。
【0044】
電解時の電流密度は、4A/dm〜20A/dmに制御することが好ましい。これにより、広範囲の電流密度とすることができる。電解時の電流密度が4A/dm未満である場合には、水酸化インジウム粉の生産効率が低下してしまう。一方、電解時の電流密度が20A/dmを超える場合には、電解電圧が上昇することで液温の上昇が生じやすいことや、陽極(金属インジウム)の表面に不動態化して電解し難くなる等の問題が生じる。なお、電流密度は、電極の単位面積当たりに流れる電流を示す。
【0045】
例えば、電気分解工程では、電解液中に配置されたインジウムからなる陽極と陰極の電極間に電圧を印加することにより、電子が発生し、陰極で生成された硝酸イオン(NO)が、その電子を受け取り、下記反応式(1)に示すような還元反応が起こり、亜硝酸イオン(NO)が生成される。
【0046】
【化6】
【0047】
ここで、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を作製するためには、電解液中のpH2.5〜4.0に制御する必要がある。そのため、生成された亜硝酸イオンは、図1に示すように、電解液のpHが低ければHNOが発生してしまう。これは、pHが低いので水素イオン濃度が高くなり、亜硝酸イオン(NO)から下記反応式(2)に示すように、低いpH値に従って亜硝酸(HNO)が生成されるためである。
【0048】
【化7】
【0049】
そして、生成された亜硝酸(HNO)は、電解液のpH2.5〜4.0と低いので、下記反応式(3)及び下記反応式(4)の平衡反応により、NOx(NO+NO)ガスが発生する。
【0050】
【化8】
【0051】
【化9】
【0052】
このように、本発明者らは、電解法による水酸化インジウム粉の製造方法において、電解によって発生するNOxガスの量が電流値と電解液のpH値によって決定することを見出した。
【0053】
上述した反応式(1)による硝酸イオン(NO)から亜硝酸イオン(NO)への変化量は、ファラデーの第二法則に従い、1分間あたりの亜硝酸イオン(NO)の物質量を下記式(i)のように導くことができる。
【0054】
n=(At/zF)×1/E・・・(i)
[式中、nは、亜硝酸イオンの物質量(mol)を示し、Aは、電解時に供給する電流値(A)を示し、tは、時間(秒)を示し、zは、イオン価数を示し、Fは、ファラデー定数9.65×10(C/mol)を示し、Eは、亜硝酸イオン1molを生成するために必要な電子の物理量(mol)を示す。]
【0055】
上記式(i)では、電解時に供給する電流値(A)、時間(60秒)、上述した反応式(1)の電子のイオン価数(1)、ファラデー定数(9.65×10)、亜硝酸イオン1molを生成するために必要な電子の物理量(2)をそれぞれ代入すると、下記式(ii)が導かれる。
【0056】
n=(A×60)/(2×9.65×10)=3A/9650・・・(ii)
【0057】
また、上述した反応式(2)による亜硝酸イオン(NO)から亜硝酸(HNO)への反応では、電解中の電解液のpHに依存しているので、解離定数により下記式(iii)が導かれる。
【0058】
[HNO]/([HNO]+[NO])=1/(1+10−3.3×10
・・・(iii)
[式中、Pは、電解中の電解液のpH値を示す。]
【0059】
上記式(ii)と上記式(iii)より、硝酸イオン(NO)から亜硝酸イオン(NO)を経由し、亜硝酸(HNO)への反応量に対して、過酸化水素を1:1の割合で反応させ、硝酸(HNO)を生成する。この場合に、過酸化水素の1分間あたりの供給量Tは、電流値と電解液のpHに従って下記式(iv)で表される。
【0060】
T=(1/(1+10−3.3×10))×3A/9650・・・(iv)
【0061】
そこで、本発明者らは、過酸化水素の供給速度Vadd.(mol/min)を定義するための基準式T=(1/(1+10−3.3×10))×3A/9650を導出することができた。
【0062】
本実施の形態では、過酸化水素の供給速度Vadd.は、上記定義するための基準式に基づいて下記の関係式を満たすように過酸化水素を供給するものである。
(関係式) 0.7T mol/min≦Vadd.≦1.5T mol/min
[式中、Vadd.は、過酸化水素の供給速度を示し、Tは、{1/(1+10−3.3×10)}×3A/9650を示し、Aは、電解時に供給する電流の電流値(A)を示し、Pは、電解中の電解液のpH値を示す。]
【0063】
これにより、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を得るために、電解液をpH2.5〜4.0とした場合でも、過酸化水素を供給することにより、下記反応式(5)に示すように、電解時に生成した亜硝酸(HNO)を硝酸(HNO)と水(HO)に分解することができ、亜硝酸(HNO)が関与する前述した反応式(3)及び(4)のような平衡反応が起こらないので、発生するNOxガスの量を抑制することができる。
【0064】
【化10】
【0065】
過酸化水素の供給速度Vadd.が0.7T未満の場合には、図1に示すように、電解液がpH2.5〜4.0のとき、電解時にHNOが大量に生成されるため、HNOを酸化するために供給される過酸化水素が不足してしまう。このため、生成されたHNOが平衡反応によりNOxガス(NO+NO)となるので、NOxガス発生量を抑制する効果が低い。一方、過酸化水素の供給速度Vadd.が1.5Tを超える場合には、過剰な過酸化水素が自己分解してしまい、NOxガスの抑制に寄与しないため、供給した過酸化水素が無駄になり好ましくない。
【0066】
過酸化水素の濃度は、亜硝酸(HNO)を硝酸(HNO)と水(HO)に分解するために必要な過酸化水素を供給できれば特に限定されない。ただし、濃度が低い過酸化水素を供給することにより電解液全体の液量を無駄に増やす原因となるので、過酸化水素の濃度は、できるだけ濃い方が好ましく、例えば一般的に入手できる35%過酸化水素以上であることが望ましい。
【0067】
過酸化水素を供給する方法は、定量ポンプやその他耐薬品性のポンプにより定量供給することができ、既知の方法でよい。例えば、過酸化水素を供給する方法として、定量ポンプにより電解槽に過酸化水素を直接供給することや、調整槽に過酸化水素を供給してpHや液温等を調整した電解液と共に、ポンプ等の循環手段を介して電解槽に過酸化水素を含む調整した電解液を送り込むことが挙げられる。
【0068】
また、過酸化水素を供給する方法として、効率的に供給するために、チューブ等を介して電解液中に直接、過酸化水素を供給することが好ましい。これは、過酸化水素を電解液表面に滴下した場合に、過酸化水素が空気中で分解されやすいので、過酸化水素が有する酸化剤としての機能が損なわれることを防止するためである。このように、電解液中に直接、過酸化水素を供給することで、発生するNOxガスの量を抑制しやすくなる。
【0069】
特に、電解時に陰極に亜硝酸イオン(NO)が生成されるので、NOxガスを効率的に抑制するため、電解液中に直接、過酸化水素を供給する方法として、亜硝酸イオン(NO)の発生源となる陰極付近に、過酸化水素を供給することがより好ましい。このように、陰極付近に直接、過酸化水素を供給することができるので、発生するNOxガスをより効率的に抑制することができる。具体的には、NOxガス発生量を6.0×10−6/A・hr以下に抑制することができる。
【0070】
(1−2)水酸化インジウム粉の回収工程
水酸化インジウム粉の回収工程では、水酸化インジウム粉の電気分解工程で生成させた電解スラリーを電解液から固液分離し、分離した水酸化インジウム粉を純水等で洗浄して、再び固液分離して回収する。
【0071】
固液分離方法は、例えば、ロータリーフィルタ、遠心分離、フィルタープレス、加圧ろ過、減圧ろ過等によるろ過を挙げることができるが、回収効率の高いロータリーフィルタの使用が好ましい。なお、洗浄回数は特に限定されず、必要に応じて複数回行う。
【0072】
(1−3)水酸化インジウム粉の乾燥工程
水酸化インジウム粉の乾燥工程では、回収した水酸化インジウム粉の乾燥を行う。乾燥方法は、スプレードライヤ、空気対流型乾燥炉、赤外線乾燥炉等の乾燥機で行う。乾燥条件は、水酸化インジウム粉の水分を除去できれば特に限定されないが、例えば乾燥温度は80℃〜150℃の範囲が好ましい。乾燥温度が80℃未満である場合には、乾燥が不十分となり好ましくない。一方、乾燥温度が150℃を超える場合には、水酸化インジウム粉から酸化インジウム粉に変化してしまい、酸化インジウム粉の製造方法での酸化インジウム粉の粒度分布調整において不都合となり好ましくない。また、乾燥時間は、温度により異なるが、約10時間〜24時間が望ましい。
【0073】
以上より、本実施の形態に係る水酸化インジウム粉の製造方法では、電解液のpHが2.5〜4.0のようなNOxガスが発生し易い環境であっても、過酸化水素を電解液中に供給することで、電解時に発生するNOxガスを抑制することができ、環境への負荷を低減することができる。また、この製造方法では、電解時に生成された亜硝酸が過酸化水素によって硝酸へ酸化されるので、電解時に発生するNOxガスを処理する処理設備等を別途設ける必要がなくなる。さらに、この製造方法では、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉が得られる。
【0074】
2.酸化インジウム粉の製造方法
酸化インジウム粉の製造方法では、乾燥後の水酸化インジウム粉を仮焼して酸化インジウム粉を作製する。仮焼条件は、例えば仮焼温度600℃〜800℃、仮焼時間1時間〜10時間で行うことが好ましい。
【0075】
酸化インジウム粉は、上述したような水酸化インジウム粉の製造方法によって得られた水酸化インジウム粉が有する粒度分布の幅が狭いという特性を引き継いでいる。このため、酸化インジウム粉の製造方法では、粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を用いることで、粒度分布の幅が狭い酸化インジウム粉が得られる。
【実施例】
【0076】
以下、実施例及び比較例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらによって限定されるものではない。
【0077】
<実施例1>
実施例1では、電解槽(長さ40cm×幅40cm×高さ50cm)に、巾26cm、高さ40cm、厚み4mmのチタン金属板からなる陰極4枚と、純度99.9999%のインジウム金属を巾26cm、高さ40cm、厚み8mmの板状に成型した陽極3枚を交互に配置し、陰極と陽極の間の距離は2.0cmに調節した。次に、電解槽には、電解液として用いる硝酸アンモニウム水溶液を75L収容し、この水溶液の濃度が1.0mol/L、pHが3.5、液温が40℃となるように準備した。
【0078】
水酸化インジウム粉の電気分解工程では、陽極電流密度を15A/dm(槽電流936A)に調節し、6時間実施した。電解時に供給する過酸化水素は、表1に示すように、11.6mol/Lの35%過酸化水素(三菱ガス化学(株)社製)を使用し、10mL/minの速度で供給した。この電気分解工程では、電解開始から6時間後に、水酸化インジウムスラリーを得た。
【0079】
電解中に発生するNOxガス量は、電解槽で1.5m/minの排気を行いながら、排ガス用NOx計(日本サーモ(株)社製、42CHL)を用いて、1分毎に排気中のNOxガス濃度を測定し、電解後にすべてのNOxガス濃度の総和から求めた。実施例1では、このNOxガス発生量を、表1に示した。
【0080】
得られた水酸化インジウムスラリーは、ろ過と純水での洗浄を2回繰り返した後、110℃で15時間の乾燥し、水酸化インジウム粉を作製した。その後、作製した水酸化インジウム粉を750℃で4時間の仮焼し、酸化インジウム粉を作製した。
【0081】
実施例1では、作製した水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉の粒度分布を、レーザー回折・散乱法(株式会社島津製作所製、SALD−2200)により測定し、表2にそれぞれ示した。
【0082】
<実施例2>
実施例2では、表1に示すように過酸化水素の供給速度Vadd.を定義するための基準式Tに対する倍率0.8Tとしたこと以外、実施例1と同様にして、水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉をそれぞれ作製した。また、実施例2では、電解中に発生したNOxガス量を、表1に示した。さらに、実施例2では、作製した水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉の粒度分布を、表2にそれぞれ示した。
【0083】
<実施例3>
実施例3では、表1に示すように過酸化水素の供給速度Vadd.を定義するための基準式Tに対する倍率0.7Tとしたこと以外、実施例1と同様にして、水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉をそれぞれ作製した。また、実施例3では、電解中に発生したNOxガス量を、表1に示した。さらに、実施例3では、作製した水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉の粒度分布を、表2にそれぞれ示した。
【0084】
<実施例4>
実施例4では、表1に示すように過酸化水素の供給速度Vadd.を定義するための基準式Tに対する倍率1.5Tとしたこと以外、実施例1と同様にして、水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉をそれぞれ作製した。また、実施例4では、電解中に発生したNOxガス量を、表1に示した。さらに、実施例4では、作製した水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉の粒度分布を、表2にそれぞれ示した。
【0085】
<比較例1>
比較例1では、表1に示すように過酸化水素を供給しなかったこと以外、実施例1と同様にして、水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉をそれぞれ作製した。また、比較例1では、電解中に発生したNOxガス量を、表1に示した。さらに、比較例1では、作製した水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉の粒度分布を、表2にそれぞれ示した。
【0086】
<比較例2>
比較例2では、表1に示すように過酸化水素の供給速度Vadd.を定義するための基準式Tに対する倍率0.5Tとしたこと以外、実施例1と同様にして、水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉をそれぞれ作製した。また、比較例2では、電解中に発生したNOxガス量を、表1に示した。さらに、比較例2では、作製した水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉の粒度分布を、表2にそれぞれ示した。
【0087】
<比較例3>
比較例3では、表1に示すように過酸化水素の供給速度Vadd.を定義するための基準式Tに対する倍率1.6Tとしたこと以外、実施例1と同様にして、水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉をそれぞれ作製した。また、比較例3では、電解中に発生したNOxガス量を、表1に示した。さらに、比較例3では、作製した水酸化インジウム粉と酸化インジウム粉の粒度分布を、表2にそれぞれ示した。
【0088】
【表1】
※T={1/(1+10−3.3×10)}×3A/9650
【0089】
【表2】
【0090】
実施例1乃至実施例4では、表1に示すように、過酸化水素の供給速度Vadd.を上げるにつれて、NOxガス発生量を抑制することを確認した。一方、比較例1及び比較例2では、表1に示すように、NOxガス発生量が6.0×10−6/A・hrを超えてしまい、NOxガスを抑制できないことを確認した。また、比較例3では、過酸化水素の供給速度Vadd.を上げても、実施例4の場合とNOxガス発生量の抑制に差がないことを確認した。すなわち、過酸化水素の供給速度Vadd.を定義するための基準式Tに対する倍率が1.5T mol/minを超えると、過酸化水素が、NOxガス発生量の抑制にほとんど寄与しないことを確認した。
【0091】
実施例1及び比較例1では、表1に示すように、所定量の過酸化水素を供給した場合を供給しない場合と比べてNOxガス発生量が1/56に減少したことを確認した。
【0092】
実施例1乃至実施例4では、表2に示すように、電解時に過酸化水素を供給しても、水酸化インジウム粉の粒度分布及び酸化インジウム粉の粒度分布の幅が狭いことを確認した。また、比較例1乃至比較例3では、表2に示すように、水酸化インジウム粉の粒度分布及び酸化インジウム粉の粒度分布の幅が狭いことを確認した。
【0093】
よって、過酸化水素の供給速度Vadd.を示す関係式0.7T〜1.5Tのときが、電解時に発生するNOxガスを抑制し、粒径が均一で粒度分布の幅が狭い水酸化インジウム粉を作製するのに、有用であることを確認した。また、電解時に過酸化水素を供給しても、水酸化インジウム粉の粒度分布及びその水酸化インジウム粉を用いた酸化インジウム粉の粒度分布に影響を与えないことを確認した。
図1