【文献】
浜地格ほか編,「化学フロンティア22 生命現象を理解する分子ツール イメージングから生体機能解析まで」,化学同人,2010,pp.71−78.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記工程(ii)において、前記アミノアシルtRNAが、アシルtRNA合成酵素様活性を持つRNA触媒を用いて、所望の標的物質に結合しうる部分を有する特殊アミノ酸をtRNAに転移することにより調製される、請求項1に記載の方法。
前記所望の標的物質に結合しうる部分を有する特殊アミノ酸を指定する改変コドンがAUGコドンであり、mRNAランダム配列がNNC及びNNU(NはA、U、G及びCのいずれか一つの塩基を表す。)のいずれかのトリプレットの繰り返しからなる、請求項1又は2に記載の方法。
前記工程(i)において、さらに、得られたmRNAライブラリーの各mRNAの3’末端に直接、又はリンカーを介してピューロマイシンを結合させる工程を含む、請求項1から6のいずれか1項に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明について詳述する前に、以下ではまず背景技術となる、(A)遺伝暗号のリプログラミング、(B)翻訳を利用した環状ペプチドの調製法、について概説する。
【0016】
(A)遺伝暗号のリプログラミング
生体の翻訳では、mRNAの3つの塩基の並び(トリプレット)が一つのコドンとして一つのアミノ酸を指定しており、その並びに対応するペプチドが合成される。このとき、コドンとアミノ酸との対応付けは、以下の2段階で行われる。(i) tRNA の末端にアミノアシルtRNA 合成酵素(aminoacyl-tRNA synthetase:ARS)が対応するアミノ酸を連結する。 (ii) tRNA のアンチコドンが対応する mRNA のコドンと対合することにより、mRNA の情報に沿って tRNA 上のアミノ酸が重合されペプチドが合成される。
こうしたコドンとアンチコドンとの対応関係は、ほとんど普遍的に決定されており、64種類のコドンそれぞれに、20種類のアミノ酸のいずれか一つが割り当てられている。普遍遺伝暗号表を以下に示す。
【表2】
【0017】
しかしながら、再構成型の翻訳系と人工アミノアシル化RNA触媒フレキシザイムを利用することで、この遺伝暗号をリプログラミングすることができる。
再構成型の翻訳系とは、リボソーム、翻訳因子、tRNA、アミノ酸、およびATPやGTP等のエネルギーソースなど、蛋白質やペプチドの翻訳合成に関わる因子をそれぞれ単離・精製し、混ぜ合わせた翻訳系である。例えば、大腸菌のリボソームを用いる系として次の文献に記載された技術が公知である:H. F. Kung, B. Redfield, B. V. Treadwell, B. Eskin, C. Spears and H. Weissbach (1977) “DNA-directed in vitro synthesis of beta-galactosidase. Studies with purified factors” The Journal of Biological Chemistry Vol. 252, No. 19, 6889-6894 ; M. C. Gonza, C. Cunningham and R. M. Green (1985) “Isolation and point of action of a factor from Escherichia coli required to reconstruct translation” Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America Vol. 82, No. 6, 1648-1652 ; M. Y. Pavlov and M. Ehrenberg (1996) “Rate of translation of natural mRNAs in an optimized in vitro system” Archives of Biochemistry and Biophysics Vol. 328, No. 1, 9-16 ; Y. Shimizu, A. Inoue, Y. Tomari, T. Suzuki, T. Yokogawa, K. Nishikawa and T. Ueda (2001) “Cell-free translation reconstituted with purified components”Nature Biotechnology Vol. 19, No. 8, 751-755;H. Ohashi, Y. Shimizu, B. W. Ying, and T. Ueda (2007) “Efficient protein selection based on ribosome display system with purified components” Biochemical and Biophysical Research Communications Vol. 352, No. 1, 270-276。
【0018】
一方、フレキシザイム(flexizyme)は、任意のtRNAに任意のアミノ酸またはヒドロキシ酸を連結(アシル化)することのできる人工RNA触媒(アシルtRNA合成酵素様活性を持つRNA触媒)である。例えば、以下の文献に記載されたものが公知である:H. Murakami, H. Saito, and H. Suga, (2003), “A Versatile tRNA Aminoacylation Catalyst Based on RNA”Chemistry & Biology, Vol. 10, 655-662; H. Murakami, D. Kourouklis, and H. Suga, (2003), “Using a solid-phase ribozyme aminoacylation system to reprogram the genetic code” Chemistry & Biology, Vol. 10, 1077-1084; H. Murakami, A. Ohta, H. Ashigai, H. Suga (2006) "The flexizyme system: a highly flexible tRNA aminoacylation tool for the synthesis of nonnatural peptides" Nature Methods 3, 357-359;N. Niwa, Y. Yamagishi, H. Murakami, H. Suga (2009) "A flexizyme that selectively charges amino acids activated by a water-friendly leaving group" Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 19, 3892-3894;及びWO2007/066627「多目的化アシル化触媒とその用途」)。フレキシザイムは、原型のフレキシザイム(Fx)、及び、これから改変されたジニトロベンジルフレキシザイム(dFx)、エンハンスドフレキシザイム(eFx)、アミノフレキシザイム(aFx)等の呼称でも知られる。
【0019】
あるいは、任意のtRNAに任意のアミノ酸を連結可能な方法として、化学的アミノアシル化等の他の方法を用いることもできる。
遺伝暗号のリプログラミングには、翻訳系の構成因子を目的に合わせて自由に取り除き、必要な成分だけを再構成してできる翻訳系を利用する。例えば、特定のアミノ酸を除去した翻訳系を再構成すると、当該アミノ酸に対応するコドンが空きコドンになる。続いて、フレキシザイムあるいは化学的アミノアシル化あるいは変異タンパク質酵素を用いたアミノアシル化を利用して、その空きコドンに相補的なアンチコドンを有するtRNAに特殊なアミノ酸を連結し、これを加えて翻訳を行う。これによって、特殊なアミノ酸がそのコドンでコードされることになり、除去したアミノ酸の代わりに特殊なアミノ酸が導入されたペプチドが翻訳される。
【0020】
(B)翻訳を利用した環状ペプチドの調製法
ペプチドは環状化すると、(i)プロテアーゼ耐性が向上する、(ii)剛直性が増し膜透過性や標的タンパク質との親和性が向上する、と考えられている。翻訳で生成するペプチドは、2個以上のシステイン残基を含めばジスルフィド結合により環状構造を形成できるが、この結合は生体中で容易に還元されてしまうため、上記のような効果はあまり期待できない。そこで本発明者らは以前に、翻訳された直鎖状のペプチドを非還元性の結合によって環状化させる手法を開発し、報告した(Y. Goto, et al. ACS Chem. Biol. 3 120-129 (2008))。例えば、上記の遺伝暗号のリプログラミング技術により、N末端にクロロアセチル基を有する特殊なペプチドを合成する。このとき、ペプチド中にシステイン残基を配置しておくと、翻訳後に自発的にメルカプト基がクロロアセチル基に求核攻撃し、ペプチドがチオエーテル結合により環状化する。すなわち、クロロアセチル基とメルカプト基という結合形成が可能な一組の官能基をアミノ酸配列に導入することにより、環状化という機能をペプチドに与える。また、このような結合形成が可能な官能基の対は、クロロアセチル基とメルカプト基に限定されない。詳細は後述する。
【0021】
ペプチドライブラリー
次に、本発明の実施形態について説明する。
本発明により構築されるペプチドライブラリーは、標的物質に結合しうる部分を有する特殊アミノ酸(以下「本特殊アミノ酸」という。)を所望の位置に有するペプチドの集合体からなることを特徴とする。
【0022】
本特殊アミノ酸を含むペプチドライブラリーの構築は、遺伝暗号のリプログラミングを用いたin vitro翻訳合成により、既存コドンに本特殊アミノ酸を人為的に割り当てることにより行う。具体的には、本特殊アミノ酸をコードするコドンを有するmRNAのライブラリーを調製し、これを改変遺伝暗号表の下で翻訳することにより、改変されたコドン(改変コドン)で指定された位置に本特殊アミノ酸が導入されたペプチドからなるライブラリーを得ることができる。
ペプチドライブラリーを構成するペプチドの長さは特に限定されないが、例えば、2アミノ酸〜25アミノ酸等とすることができる。
【0023】
本明細書において、コドンとは、改変コドンおよび天然の翻訳で使用される普遍コドンの両方を指す。改変コドンとは、遺伝暗号リプログラミングによってタンパク質性アミノ酸との対応付けが解消され、特殊アミノ酸と対応づけられたコドンを指す。特殊アミノ酸は、改変コドンでのみコードされ得る。
【0024】
本明細書において、特殊アミノ酸とは、天然の翻訳で使用される20種類のタンパク質性アミノ酸とは構造の異なるアミノ酸全般を指し、人工的に合成したものであっても、自然界に存在するものであってもよい。つまり、タンパク質性アミノ酸の側鎖構造の一部が化学的に変更・修飾された非タンパク質性アミノ酸や人工アミノ酸、D体アミノ酸、N-メチルアミノ酸、N-アシルアミノ酸、β-アミノ酸、アミノ酸骨格上のアミノ基やカルボキシル基が置換された構造を有する誘導体等が全て含まれる。
本発明において、特殊アミノ酸は、「本特殊アミノ酸」としても用いられ、また、後述する環状化方法にも用いられうる。
【0025】
本特殊アミノ酸は、標的物質に結合しうる部分を有する。標的物質に結合しうる部分は、標的物質の構造や経験則に基づいて、種々の方法で予測することができる。標的物質に結合しうる部分を予測する方法は特に限定されないが、例えば、受容体とリガンドの相互作用データベースの検索や、受容体の構造に用いてリガンドの構造を予測する各種ソフトウェアを用いて予測することもできるし、類似の標的物質に結合する分子に基づいて予測してもよい。また、標的物質に結合部する部分は、単に結合するのみでなく、標的物質の活性を上昇又は低下させる部分であってもよい。
【0026】
標的物質に結合しうる部分は、特殊アミノ酸がもともと有している部分であってもよいし、人工的に特殊アミノ酸に導入した部分であってもよい。前者の場合、本特殊アミノ酸としては、公知の特殊アミノ酸から、標的物質に結合しうる部分を有するものを選択して用いることができ、後者の場合、公知の特殊アミノ酸に、標的物質に結合しうる部分を導入したものを用いることができる。当業者は、これらの選択や導入を、公知の方法またはそれに準ずる方法で適宜行うことができる。
【0027】
本特殊アミノ酸の一つの例は、所定の低分子化合物を組み込んだ特殊アミノ酸である。本明細書において、そのような特殊アミノ酸のことを「低分子化合物含有特殊アミノ酸」と称する。低分子化合物含有特殊アミノ酸の具体例は、標的酵素の酵素活性部位に結合する低分子化合物の構造を有する特殊アミノ酸である。低分子化合物含有特殊アミノ酸は、ランダムなアミノ酸配列中において改変コドンで指定された位置に配置される。言い換えると、本発明のペプチドライブラリーでは、低分子化合物含有特殊アミノ酸の周辺配列がランダム化されている。
【0028】
薬剤標的の特定部位、例えば酵素触媒部位に結合する低分子化合物を組み込んだアミノ酸をペプチド鎖に翻訳導入することで、その低分子化合物単体では発現できない機能、例えば標的に対する高親和性や高特異性を有する特殊ペプチドを発見できる可能性がある。
これまで、薬剤標的の特定部位、例えば酵素触媒活性部位、に結合する低分子化合物は、一般的にはランダムスクリーニングを経た研究により偶然発見されてきた。しかし、こういった初期低分子化合物が、標的に対し高い親和性や特異性をもつことは極めて稀で、さらなる古典的なメディシナルケミストリー手法であるトライ&エラーによる合成&探索を繰り返す多大な労力を要した。一方、本願発明のように、既知の低分子化合物をペプチド鎖に組み込み、その化合物の周辺に配置されたペプチド配列をランダム化したライブラリーを構築し探索することができれば、低分子化合物を容易に高機能化できる可能性がある。これまでこのようなアプローチにおいては、ライブラリー構築を化学合成に依存せざるを得ず、それ故探索に適応できる多様性(10の6乗程度)に限界があったが、本発明のライブラリーは翻訳系で合成されることから、極めて高い多様性を実現することが可能である。
【0029】
本発明において、「低分子」は、その最も広い意味で用いられ、特殊アミノ酸にもともと含まれているか、特殊アミノ酸に結合させることができる以上、その構造や分子量は特に限定されないが、例えば、100Da〜1000Da程度の分子が挙げられる。
【0030】
低分子化合物含有特殊アミノ酸は、当業者が公知の方法又はそれに準ずる方法で適宜調製することができる。例えば、標的物質に結合しうる低分子化合物の構造を予測し、当該低分子化合物の全部又は一部を有する特殊アミノ酸を選択して用いてもよい。また、予測した低分子化合物の全部又は一部を特殊アミノ酸の官能基に結合させてもよい。
【0031】
標的酵素の酵素活性部位に結合する構造
本発明のライブラリーは、単なるアプタマーではなく阻害活性を有するペプチドを取得するために、酵素活性部位に結合しうる低分子化合物含有特殊アミノ酸を導入したペプチドライブラリーであってもよい。本明細書では、低分子化合物あるいは低分子化合物含有特殊アミノ酸あるいはそのような特殊アミノ酸を含むペプチドが酵素活性部位に結合する性質を、酵素活性部位指向性と表現することもある。
【0032】
標的酵素の酵素活性部位に結合する構造は、酵素の本来の基質の構造を基に理論的に設計するか、もしくは、活性ポケットに結合して酵素活性を阻害する低分子阻害剤が既知であればそれに基づいて決定してもよい。低分子化合物は、それ単独では標的物質への生理活性の特異性が十分獲得できない分子や、あるいはまだ活性の向上が期待できる分子であることが多い。
【0033】
例えば、様々な細胞内タンパク質の脱アセチル化を司るサーチュインの活性ポケット中では、NAD
+と基質タンパク質のε-N-アセチルリシン残基が結合して脱アセチル化反応が進行するため、NAD
+もしくはε-N-アセチルリシン残基のアナログが阻害剤として利用できる。最も代表的な阻害剤は、NAD
+の構造の一部であるニコチンアミドとε-N-トリフルオロアセチルリシンやε-N-チオアセチルリシンを含む阻害剤である。しかし、いずれの阻害剤もアイソフォーム間の特異性や阻害能の面で限界がある。そこで、このような阻害剤の全部又は一部の構造を有する特殊アミノ酸を導入したペプチドライブラリーを構築し、スクリーニングによって配列の最適化を行えば、特異性や阻害能が向上した阻害剤を獲得できることが期待される。実際に後述の実施例においては、ε-N-トリフルオロアセチルリシンを含有するペプチドライブラリーを構築し、ヒトのサーチュインである SIRT2 を標的としてスクリーニングを行うことで、一定のアイソフォーム選択性を示し、非常に高い阻害能を示すペプチドが獲得された。ε-N-チオアセチルリシンやニコチンアミド構造を有する特殊アミノ酸を導入したペプチドライブラリーを構築し、スクリーニングを行うことによっても、同様の効果が期待できる。
【化1】
【0034】
その他の酵素に対しても、酵素反応機構から酵素活性を亢進または阻害する低分子化合物を予測する方法は、数多く知られている。
【0035】
ペプチドライブラリーの製造方法
次に、ランダムなアミノ酸配列中の所望の位置に、本特殊アミノ酸が配置されたペプチド(以下、「本特殊ペプチド」と呼ぶ場合もある。)の製造方法を説明する。
本発明のペプチドライブラリーは、
(i)ランダムなアミノ酸配列をコードするmRNA配列中に前記所望の標的物質に結合しうる部分を有するアミノ酸を指定する改変コドンが配置された塩基配列を含むmRNAのライブラリーを調製する工程と、
(ii)改変コドンに指定されるtRNAに前記特殊アミノ酸が連結されたアミノアシルtRNAを調製する工程と、
(iii)前記特殊アミノ酸を連結したtRNAを含む無細胞翻訳系で前記mRNAを翻訳して、ランダム配列中に所定の特殊アミノ酸が配置されたペプチドの集合体からなるライブラリーを得る工程と、を含む方法によって製造される。
工程(i)と工程(ii)の順序は特に問われず、いずれかを先に行っても並行して行ってもよい。
【0036】
無細胞(in vitro)翻訳系
まず、無細胞翻訳系について説明する。
翻訳系とは、ペプチド翻訳合成のための場であり、一般的には方法及びキット(物)の両方を含む概念である。本発明において、特殊ペプチドライブラリーの調製に使用される無細胞翻訳系は、公知の再構成型の翻訳系を用いてもよいし、これをさらに細分化し、より不純物の少ない系を構築して利用してもよい。従来の系と対比させながら、本発明で利用可能なキット(物)としての翻訳系の具体的な構成成分について説明する。
【0037】
翻訳系の構成成分の具体例としては、リボソーム、翻訳開始因子(IF)群、伸長因子(EF)群、終結因子(RF)群、リボソーム再生因子(RRF)、目的のペプチド合成に最低限必要となる天然アミノ酸・tRNA・特異的なARSタンパク質酵素のセット、翻訳反応のためのエネルギーソース、などがある。
【0038】
リボソームとしては、大腸菌から単離され、精製されたリボソームが好適に利用される。
蛋白質類では、翻訳開始因子(例えば、IF1、IF2、IF3)、翻訳伸長因子(例えばEF-Tu、EF-Ts、EF-G)、翻訳終結因子(例えば、RF1、RF2、RF3、RRF)、エネルギーソース再生のための酵素(例えばcreatine kinase, myokinase, pyrophosphatase, nucleotide-diphosphatase kinase)を使用する。この中で、翻訳終結因子・エネルギーソース再生のための酵素の添加は任意である。鋳型DNAからの転写を行うためにT7 RNA polymeraseを加えることもあるが、あらかじめ転写したmRNAを翻訳系に加える場合、RNA polymeraseの添加は不要である。
【0039】
その他、従来の系と同様、適当な緩衝溶液、翻訳反応のエネルギーソースとしてのNTP類、Creatine phosphate、リボソーム活性化、RNA安定化、タンパク質安定化のために必要な因子等を適宜使用することができる。また、通常の翻訳反応では、開始コドンAUGには、開始tRNAにより、N-ホルミルメチオニンが規定されるため、10-formyl-5,6,7,8-tetrahydroforlic acid(Baggott et al., 1995)のようなホルミルドナーが必須であるが、本発明において特殊アミノ酸で翻訳反応を開始する場合は、ホルミルドナーは任意である。同様の理由で、methionyl-tRNA formyltransferase(MTF)も必須でない。
【0040】
本発明で利用される翻訳系において、天然のタンパク質性アミノ酸に対しては、従来の系と同様に、対応する天然のtRNA及びARSを利用することができる。天然tRNAの例は、大腸菌を集め、破砕し、そこからtRNA画分を精製した混合物であり、市販品も入手可能である。天然tRNA中の特定のA、U、C、Gは、酵素によって化学修飾を受けている。あるいは、試験管内で転写した天然配列をもつtRNAの使用も可能である。一方、特殊アミノ酸に対しては、天然tRNAではなく、オルソゴナルtRNAとしてtRNA転写産物である人工tRNAを利用することが好ましい。人工tRNAは、DNAを鋳型として適当なRNAポリメラーゼを用いたin vitro転写反応で調製可能である。このような人工tRNAには、化学修飾は全く存在しない。
【0041】
翻訳産物であるペプチドに特殊アミノ酸を導入するためには、予め特殊アミノ酸でアシル化されたオルソゴナルtRNAを翻訳系に加える。好ましい態様において、特殊アミノ酸でアシル化されたtRNAは、他のtRNAやARSが存在しない条件で、フレキシザイムを用いて、単離されたオルソゴナルtRNAの3’末端に特殊アミノ酸を結合することにより調製される。あるいは、化学的あるいは酵素的に特殊アミノ酸をtRNAに連結したものも、原理的には使用可能である。特殊アミノ酸によるアミノアシル化反応について、詳細は後述する。
【0042】
特殊ペプチドをコードする鋳型核酸
本発明では、無細胞翻訳系において、ペプチドをコードする領域にランダム配列を持つ鋳型核酸(mRNAもしくは対応するDNA)から翻訳合成を行うことで、ランダムなアミノ酸配列を持つペプチドライブラリーを合成する。したがって、ペプチドライブラリーを構築することは、各ペプチドをコードする核酸からなるライブラリーを調製して、これを翻訳することを含む。
【0043】
本発明では、本特殊ペプチドをコードするRNAもしくはDNAの配列が、ランダム配列中の指定された位置に所定の特殊アミノ酸が導入された直鎖状あるいは環状の特殊ペプチドをコードするように設計される。所定の特殊アミノ酸の例は、低分子化合物含有特殊アミノ酸である。
【0044】
ランダム配列は、タンパク質性アミノ酸が無作為に出現するように、その鋳型となるmRNAのコドン配列を設計する。20種類全てのタンパク質性アミノ酸が出現するように設計してもよいし、一部のタンパク質性アミノ酸のみが出現するように設計してもよい。そのようなランダムmRNAコドン配列のいずれかの位置に、本特殊アミノ酸を指定する改変コドンが配置される。本特殊アミノ酸は、ペプチド鎖中に一つだけ導入されてもよいし、二つ以上導入されてもよい。
【0045】
ペプチド配列をランダムにもつライブラリーを構築するためには、鋳型mRNAのコドン配列をNNK(NはG,A,CあるいはUから選択される任意の塩基、KはUあるいはGを示す)にするのが一般的である。しかし、本特殊アミノ酸を伸長コドンのひとつ、例えばAUG(上述のとおり、AUGは開始コドンと伸張コドンの両方に使える)に当てはめた場合、NNKのライブラリーでペプチドライブラリーを構築すると、NNKが表すコドンの一つとしてAUGが無作為に出現するために、ペプチドライブラリーには複数の本特殊アミノ酸が組み込まれる。つまり、ランダム配列としてNNK配列からなるトリプレットの繰り返しを用いる場合は、AUGでコードされる特殊アミノ酸が意図しない位置に一つ以上配置される可能性がある。
【0046】
そこで、本特殊アミノ酸を指定するコドンをAUGとする場合、ランダム配列としてNNUあるいはNNC配列からなるトリプレットの繰り返しを用いれば、ランダム配列中にAUGが出現しないようにすることが可能となり、本特殊アミノ酸はペプチド鎖の1以上の所望の位置に選択的に出現させることができる。
【0047】
NNUあるいはNNCのランダム配列の塩基のライブラリーを用いた場合は、5つのアミノ酸(Met, Trp, Gln, Lys, Glu)は出現しなくなる。これらを出現させることによるメリットが、本特殊アミノ酸が所望の位置以外に配置されることによるデメリットを超える場合などは、NNU、NNCに加えて、NNKを用いてもよい。
【0048】
また、NNU又はNNCを用いた場合に出現しないアミノ酸に対応するコドンを、本特殊アミノ酸以外の特殊アミノ酸(例えば環状化に用いられる官能基を有する特殊アミノ酸)を指定された位置に導入するために利用することも可能である。例えば、AUGに加えこれらのUGG, CAG, AAG, GAGの4つのコドンを環状化させるための特殊アミノ酸の割当に使うこともできる。
NNU、NNC、NNKを含むmRNAは、例えば各種のDNA合成装置によって、NNT、NNC、NNKを含むDNAを合成し、これを転写することによって得ることができる。
【0049】
本発明では、目的に合わせて最適化された成分からなる無細胞翻訳系に、翻訳の鋳型となる塩基配列に対応するDNAまたはRNA分子を加えて利用する。核酸配列には、生細胞を利用したタンパク質発現系と同様に、目的のアミノ酸配列をコードする領域に加えて、使用する翻訳系に合わせて、翻訳に有利な塩基配列を付加的に含むことができる。例えば、大腸菌由来のリボソームを利用する系の場合は、開始コドンの上流にShine-Dalgarno(SD)配列やイプシロン配列などを含むことにより翻訳反応の効率が上昇する。
ペプチドをコードする領域のN末端には、開始コドンが配置される。開始コドンは通常はトリプレット配列AUGである。しかしながら、in vitro転写反応により合成された開始tRNAにおいてアンチコドン配列を任意の配列とすることで、開始コドンのリプログラミングが可能であるので、AUGコドンに加えて、他の塩基配列も開始コドンとして利用できる。
【0050】
後で詳述するとおり、本特殊ペプチドは、環状化されていてもよい。
そのため、翻訳合成された直鎖状の特殊ペプチドの分子内反応を利用してペプチドが環状化されるように、RNAもしくはDNAの配列を設計してもよい。
例えば、塩基配列においてペプチドをコードする領域が、mRNA配列の5’から3’の向きに沿って、次の(a)から(d)に対応するような塩基配列を順に含む:
(a)官能基1を持つ特殊アミノ酸を指定する、第一の改変コドン
(b)複数のトリプレットの繰り返しからなるランダム配列
(c)ランダム配列中のいずれかの位置に配置された、本特殊アミノ酸を指定する、第二の改変コドン
(d)官能基2を持つアミノ酸を指定するコドン。
【0051】
官能基1と官能基2は、後述するとおり、結合形成反応が可能な一組の官能基である。
官能基2を持つアミノ酸がタンパク質性アミノ酸である場合は該アミノ酸を指定するコドンは対応する普遍コドンであり、官能基2を持つアミノ酸が特殊アミノ酸である場合は該アミノ酸を指定するコドンは第三の改変コドンであることができる。
【0052】
本発明の一態様において、環状化のための官能基1を有する特殊アミノ酸はペプチドN末端のアミノ酸であり、開始tRNAにより翻訳開始反応で導入される。一方、低分子化合物含有特殊アミノ酸は伸長用tRNAによりペプチド鎖伸長反応で導入される。ここで、開始tRNAは翻訳開始位置のAUGコドンに対合して連結されているアミノ酸をペプチドN-末端に導入するが、それ以外の位置のAUGコドンはCAUコドンを有する伸長用tRNAと対合する。このため、AUGコドンには2種類のtRNAによって2種類のアミノ酸が対応づけられる。混乱を避けるために本稿では、開始tRNAと対合するAUGコドンを開始AUGコドン、伸長用tRNAに対合するAUGコドンを伸長AUGコドンあるいは単にAUGコドンと呼ぶことにする。
【0053】
ペプチドの環状化のために後述する「第一の態様」が用いられる場合、官能基2を持つアミノ酸は、普遍コドンでコードされるタンパク質性アミノ酸である。
【0054】
ペプチドの環状化のために後述する「第二の態様」が用いられる場合、官能基2を持つアミノ酸は特殊アミノ酸であり、伸長用コドンである第三の改変コドンでコードされる。当該第三の改変コドンはAUG以外である。
【0055】
ペプチドの環状化のために後述する「第三の態様」または「第四の態様」が用いられる場合、環状化のための官能基1を有する特殊アミノ酸と官能基2を有するアミノ酸の両方が伸長反応でペプチド鎖に導入される。「第三の態様」では、第一の改変コドンは開始AUG以外であり、官能基2を持つタンパク質性アミノ酸は、普遍コドンでコードされる。「第四の態様」では、第一の改変コドンと第三の改変コドンの両方が伸長用コドンであり、開始AUG以外の配列が割り当てられる。
【0056】
また、本発明に係るペプチドライブラリーは、さらに、in vitroディスプレイ技術と組み合わせることで、ライブラリーを構成するペプチドが当該ペプチドをコードする核酸配列を伴った構成としてもよい。これにより表現型(ペプチドのアミノ酸配列)が遺伝型(核酸配列)にディスプレイされたライブラリーを構築される。言い換えると、遺伝情報が、その翻訳産物であるペプチドとして提示(ディスプレイ)されているディスプレイライブラリーから、ペプチドアプタマーの選択を行う。これにより、ライブラリー中のそれぞれのランダムペプチド分子に、分子生物学的手法により増幅及び読み取りが可能なタグが付加されている事になる。
【0057】
in vitro ディスプレイとは、無細胞翻訳系(in vitro翻訳系ともいう)を用いて合成されたペプチドが遺伝情報と対応付けて提示されたものであり、リボソームディスプレイ、mRNAディスプレイ、DNAディスプレイ等が公知である。また、RAPIDディスプレイ(国際公開第2011/049157号パンフレット参照)も利用可能である。いずれのディスプレイも、mRNAもしくはDNAに記録された遺伝情報と、その遺伝情報によってコードされるペプチドを連結することにより、[遺伝情報]−[翻訳産物]の複合体として対応付けるメカニズムを有する。リボソームディスプレイにおいては、mRNA−リボソーム−ペプチドの3者が複合体を形成する。mRNAディスプレイ及びRAPIDディスプレイにおいては、mRNA−ペプチドの複合体が形成される。DNAディスプレイにおいては、DNA−ペプチドの複合体が形成される。本発明においては任意のin vitro ディスプレイライブラリーの利用が可能である。in vitroディスプレイライブラリーを利用したスクリーニング方法であるin vitroセレクションについては、後述する。
【0058】
in vitroディスプレイと組み合わせる場合、本特殊ペプチドをコードするRNA又はDNAの配列は、3´末端側に、核酸分子とその翻訳産物であるペプチドを連結するための配列等が含まれていてもよい。例えば、ピューロマイシンリンカーを用いたmRNAディスプレイ法を利用する場合、mRNAライブラリーにピューロマイシンリンカーが予め連結されたものを翻訳系に加えることにより、mRNA−ペプチドの複合体ライブラリーが形成される。ピューロマイシンをリボソームのAサイトに効率良く取り込ませるために、通常、mRNAの3’末端側とピューロマイシンの間にリンカーが挿入される。ピューロマイシンはリボソーム上でペプチド転移反応の基質(アミノアシルtRNA類似体)として機能し、伸長ペプチドのC末端に結合することにより、mRNAとペプチドを連結する。mRNAディスプレイ法は、in vitro翻訳系でmRNAとペプチドを適当なリンカーを介して連結することにより遺伝子型と表現型を一体化させる技術であり、このような目的が達成される限り、ピューロマイシンに代えて他の同様の機能を有する物質を含むリンカーも利用可能であることは当業者の認識の範囲内である。
【0059】
また別の方法として、リンカーを予め連結したmRNAを用いるのではなく、in vitro翻訳系内でのリンカーとmRNAのハイブリダイゼーションにより、mRNA-ペプチドの複合体ライブラリーを形成する方法も利用可能である。例えば、フレキシザイムを利用して調製したフェニルアラニンリンカー(3’-フェニルアラニン-ACCA-PEG-[mRNAライブラリーの3’末端領域と相補的な塩基配列]-5’)をmRNAライブラリーと相補鎖を組ませることで、mRNA-ペプチドの複合体ライブラリーが形成される(PCT/JP2010/68549に記載される「RAPIDディスプレイ法」)。この場合、mRNAのペプチドをコードする領域の下流(3’末端領域)に、リンカーとハイブリダイゼーションするための塩基配列が含まれる。
【0060】
後述の具体的な実施例においては、ペプチドのN末端に開始AUGコドンが、C末端に、官能基2を持つアミノ酸としてシステイン(Cys)をコードするコドンUGCが配置され、その直後にリンカーとなるGlySerGlySerGlySerをコードするコドンが続いており、開始AUGコドンとUGCの間がランダム配列となっており、ランダム配列の中央に本特殊アミノ酸を指定するAUGコドンが配置されている。
【0061】
特殊アミノ酸を連結したtRNAの調製
本発明において、特殊アミノ酸の割り当てに必要なアミノアシルtRNAは、tRNAを単離し、in vitroでアミノアシル化することにより調製される。単離されたtRNAをin vitroでアミノアシル化するとは、他のtRNAやARSが存在しない条件で、所望のアミノ酸をtRNAの3’末端に結合させることを意味する。このようなアミノアシル化の方法としては、どのようなアミノ酸にも適用できる方法が好ましい。このような方法として、例えば、化学的アミノアシル化法(Heckler T. G., Chang L. H., Zama Y., Naka T., Chorghade M. S., Hecht S. M.: T4 RNA ligase mediated preparation of novel “chemically misacylated” tRNA
PheS. Biochemistry 1984, 23:1468-1473.)、または本発明者らが開発したアミノアシルtRNA 合成リボザイム(ARSリボザイム)を用いる方法が公知である。あるいは、適用できるアミノ酸の種類が限られるが、天然のARSを人工的に改変した酵素を用いる方法も利用可能である。
【0062】
本発明において、tRNAをin vitroでアミノアシル化する方法として、最も好ましいものは、ARSリボザイムを利用して合成する方法である。ARSリボザイムとしては、本発明者らが開発したフレキシザイムが好適に用いられる。
【0063】
フレキシザイムは、所望の構造を持つアミノ酸基質を任意のtRNAにアシル化する機能を有するRNA触媒(ARSリボザイム)である。フレキシザイムは、天然のARSタンパク質酵素とは異なり、各アミノ酸及び各tRNAに対して特異性を持たず、本来連結すべきアミノ酸以外の任意のアミノ酸を用いたアミノアシル化が可能である。具体的には、アミノ酸の認識部位にα位の置換基が含まれていないため、Lアミノ酸に限らず、ヒドロキシ酸(α位が水酸基)、α-N-メチルアミノ酸、α-N-アシルアミノ酸、D-アミノ酸なども基質とすることができる。また、ε-N-アセチルリシンやε-N-メチルリシンなどの翻訳後修飾を受けたようなアミノ酸も基質とすることが可能である。詳細については、前述のフレキシザイムに関する文献に加え、Y. Goto, H. Suga (2009) "Translation initiation with initiator tRNA charged with exotic peptides" Journal of the American Chemical Society, Vol. 131, No. 14, 5040-5041、WO2008/059823「N末端に非天然骨格をもつポリペプチドの翻訳合成とその応用」、Goto et al.”Reprogramming the translation initiation for the synthesis of physiologically stable cyclic peptides, ACS Chem. Biol., 2008, 3, 120-129、T. J. Kang, et al., Chem. Biol., 2008, 15, 1166-1174 ”Expression of histone H3 tails with combinatorial lysine modifications under the reprogrammed genetic code for the investigation on epigenetic markers”、WO2008/117833「環状ペプチド化合物の合成方法」などにも記載されている。
【0064】
本発明では、フレキシザイムを用いて特殊アミノ酸でアシル化された直交性(オルソゴナル)tRNAを、無細胞翻訳系に添加することにより、ペプチド配列に特殊アミノ酸が導入される。
【0065】
オルソゴナルtRNAとは、翻訳系に内在する天然由来のARS(例えば大腸菌由来のARSタンパク質酵素)によって認識されないので、翻訳系内でアミノアシル化されることはないが、リボソーム上のペプチド合成反応では効率よくmRNAのコドンと対合して指定されたアミノ酸を発現させ得るtRNAである。オルソゴナルtRNAとして、例えば、異なる種に由来する天然のサプレッサーtRNA、あるいは、人工的に構築したtRNAが使用される。上述のように、本発明において特殊アミノ酸の導入のために好適に使用されるものは、人工的な転写産物であるオルソゴナルtRNAである。
【0066】
フレキシザイムは、活性化アミノ酸エステルを基質として、アミノ酸の反応点であるカルボニル基、及びアミノ酸側鎖あるいは脱離基である芳香環、並びにtRNAの3´末端に存在する5´-RCC-3´配列部分(R は A 又は G)を認識して、3´末端のアデノシンにアシル化する触媒能を有する。フレキシザイムは、tRNAのアンチコドン部分に対して特異性がない。つまり、tRNAのアンチコドン部分をどのような配列に変えても、アミノアシル化の効率には影響がない。フレキシザイムにより、任意の特殊アミノ酸を任意のアンチコドン配列を持つtRNAに連結することができるので、任意の特殊アミノ酸を任意のコドンに対応させることができる。従って、任意の特殊アミノ酸を導入したライブラリーの調製が可能である。
【0067】
公知のフレキシザイムの構造(RNA配列)を以下に示す。
原型のフレキシザイム Fx
[5´-GGAUCGAAAGAUUUCCGCAGGCCCGAAAGGGUAUUGGCGUUAGGU-3´, 45nt](配列番号:1)
ジニトロベンジルフレキシザイム dFx
[5´-GGAUCGAAAGAUUUCCGCAUCCCCGAAAGGGUACAUGGCGUUAGGU-3´,46nt](配列番号:2)
エンハンスドフレキシザイム eFx
[5´-GGAUCGAAAGAUUUCCGCGGCCCCGAAAGGGGAUUAGCGUUAGGU-3´,45nt](配列番号:3)
アミノフレキシザイム aFx
[5´-GGAUCGAAAGAUUUCCGCACCCCCGAAAGGGGUAAGUGGCGUUAGGU-3´,47nt](配列番号:4)
【0068】
フレキシザイムは、天然のARSタンパク質酵素とは異なり、アミノアシル化反応の第1段階目である高エネルギー中間体(アミノアシルAMP)の生成の過程をスキップしてアミノ酸基質のtRNAへの結合の過程のみを触媒するため、アミノ酸基質としてはあらかじめ弱活性化されたアミノ酸を用いる必要がある。つまり、アミノ酸のアデニル化をスキップする代わりに、アシル化が進行するカルボニル基において弱活性化されたエステル結合を持つアミノ酸誘導体を使用する。一般にアシル基の活性化は電子吸引性をもつ脱離基をエステル結合させることで達成できるが、あまり強力な電子吸引性脱離基を有するエステルでは水中で加水分解が起きるばかりか、ランダムなRNAへのアシル化が併発してしまう。したがって、アミノ酸基質としては無触媒状態でこのような副反応が起きにくいように弱活性化したものを用いる必要がある。このような弱活性化は、例えば、AMP、シアノメチルエステル、チオエステル、又はニトロ基やフッ素その他の電子吸引性の官能基をもったベンジルエステル等を使用して行うことができる。好適なアミノ酸基質の例としては、アミノアシル-シアノメチルエステル(CME:cyanomethyl ester)、アミノアシル-ジニトロベンジルエステル(DNB:3,5-dinitrobenzyl ester)、又はアミノアシル-4-クロロベンジルチオエステル(CBT:p-chloro-benzyl thioester)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0069】
また、アミノ酸基質は、フレキシザイムで認識されるように、アミノ酸側鎖または脱離基内に芳香環を有していなければならない。本明細書中では、フレキシザイムの基質として、このような適当な脱離基を有するアミノ酸基質を、活性化アミノ酸エステルということもある。例えば、ε-N-アセチルリシンの場合、ε-N-アセチルリシン-CBT を基質として用いることで、eFx と tRNA を混合し、ε-N-アセチルリシン結合 tRNA を調製することができる。eFx は、脱離基中の4-クロロベンジル基を認識しアミノ酸側鎖は認識しないため、ε-N-トリフルオロアセチルリシン-CBTやε-N-チオアセチルリシン-CBTなどのようなアナログも同様にeFxの基質とすることができる。
【化2】
【0070】
フレキシザイムによるアシル化反応は、溶液中で行ってもよいし、担体に固定化したARSリボザイムを用いたカラムを用いて反応させてもよい。例えば、もし翻訳の反応スケールが100μl以下の少ない量であれば、溶液中でフレキシザイムによるtRNAのアシル化を行い、反応溶液をエタノール沈殿したペレットを適当な緩衝液(例えば1mMの酢酸カリウム、pH5等)に溶解し、翻訳系に添加すれば良い。反応の条件は適宜好適な条件を選べばよいが、少量スケールの反応条件の一例としては、最終濃度で0.5〜20μMのtRNA、0.5〜20μMのフレキシザイム、2〜10mMのアミノ酸基質、0.6MのMgCl
2を含むpH7.5、0.1Mの反応緩衝液を、0度(℃)で1時間〜24時間、反応させるとよい。
【0071】
翻訳の反応スケールが100μlを超える場合は、フレキシザイムの再利用を考慮し、担体に固定化したフレキシザイムを用いたほうが好都合である。担体として、例えば、樹脂、アガロース、セファロース、磁気ビーズなどを用いることもできるが、特に限定されない。フレキシザイムを担体に固定化して反応を行わせる場合は、例えば、Murakami, H., Bonzagni, N. J. and Suga, H. (2002). "Aminoacyl-tRNA synthesis by a resin-immobilized ribozyme." J. Am. Chem. Soc. 124(24): 6834-6835に記載の方法に従って行うことができる。反応産物であるアミノアシル化tRNAの分離は、様々な方法で行える。一例としては、10mM程度のEDTAを含有する緩衝液でカラムから溶出する方法がある。ARSリボザイムを固定化した樹脂は、例えば反応バッファーで平衡化することにより、十数回リサイクルすることができる。
【0072】
後述の実施例においては、アセチルリシンアナログをtRNA
Asn-E2に連結して、アミノ酸配列に導入した例を説明する。tRNA
Asn-E2NNNは、大腸菌由来の伸長反応用tRNAであるtRNA
Asnを改変して作成された人工tRNAであり、アンチコドン配列(NNN、Nは任意の塩基を表す)を様々に変化させて用いることができるが、アセチルリシンアナログを指定する第二の改変コドンがAUGである場合、アンチコドン配列はCAUとなる。この人工tRNAは天然のARSに対して直交性を持つため、翻訳系中で天然のアミノ酸が連結されることがないが、リボソーム上のペプチド鎖伸長反応に際しては問題なく受け入れられる。つまり、この人工tRNAに特殊アミノ酸が連結されたアミノアシルtRNAは、伸長因子(EF-Tu)と結合して、リボソームのA部位に運ばれて、ペプチド鎖伸長過程で使用される。tRNA
Asn-E2は、特殊アミノ酸をアシル化するための伸長用tRNAとしての一つの例示であり、実施例で使用された具体的な無細胞翻訳系において実際に使用可能であることが確認されている。しかしながら、本発明で使用可能な伸長反応用tRNAはこれに限定されない。当業者であれば、本発明においてペプチド鎖伸長反応で特殊アミノ酸を導入するために利用可能なtRNAは、使用する無細胞翻訳系の成分に合わせて適宜に選択可能であることが理解できるであろう。
また、本発明では、環状化のための官能基を有するアミノ酸が特殊アミノ酸である場合にも、フレキシザイムを用いてそのような特殊アミノ酸を任意のアンチコドンを持つ直交性(オルソゴナル)tRNAに結合させる。本発明の一態様では、開始アミノ酸残基として官能基1を有するアミノ酸を配置する。その場合、開始tRNAに環状化反応用の官能基を有するアミノ酸を連結することにより、ペプチドN末端に環状化反応用の官能基が導入される。
例えば、後述の実施例では、クロロアセチル基を有するL体もしくはD体のチロシンであるN
α-クロロアセチル- L(D)-チロシンを開始tRNAであるtRNA
fMetに連結し、ペプチドN末端に導入を行った。ペプチドに導入されたクロロアセチル基は、ペプチド内部のシステイン残基のメルカプト基と自発的なS
N2反応を引き起こし、チオエーテル結合によってペプチドが環状化する(Goto et al., ACS Chem. Biol., 2008, 3, 120-129)。この例では、チロシンを母核としているが、他の19種類のタンパク質性アミノ酸のL体及びD体でも問題なくペプチドライブラリーを作製することができる。
【0073】
開始tRNAと伸長tRNA
天然の翻訳反応において、開始tRNAは翻訳開始のみに用いられ、伸長反応では使用されず、反対に、伸長用tRNAは開始反応には使用されないことは重要である。このような開始tRNAと伸長用tRNAの区別は本願発明においても同様である。
【0074】
本願では、特殊アミノ酸をアシル化するために人工tRNAが好適に用いられる。伸長tRNAである人工tRNAの非限定的な一例がtRNA
Asn-E2である。このtRNAの塩基配列は、大腸菌の天然tRNA
Asn
(5’-UCCUCUG
s4UAGUUCAGDCGGDAGAACGGCGGACUQUU
t6AAYCCGUAU
m7GUCACUGGTYCGAGUCCAGUCAGAGGAGCCA-3’(配列番号:7)) がベースになっている(
s4U:4-チオウリジン、D:ジヒドロウリジン、Q:キューオシン、
t6A:6-スレオニルカルバモイルアデニン、Y:シュードウリジン、
m7G:7-メチルグアノシン、T:リボチミジン)。本発明者らは、この天然tRNAに対して、修飾塩基を無くし、かつ変異を導入することで、大腸菌の20種類のアミノアシル化酵素によってアミノアシル化を受けない伸長反応用のtRNAであるtRNA
Asn-E2をin vitro転写によって作製した。NNNの箇所がアンチコドンに相当し、コドンに対応するように変化させる。
【0075】
(tRNA
Asn-E2: 5’-GGCUCUGUAGUUCAGUCGGUAGAACGGCGGACU
NNNAAUCCGUAUGUCACUGGUUCGAGUCCAGUCAGAGCCGCCA-3’(配列番号:5)、[修飾を無くした箇所、合計8カ所。
s4U8U、D16U、D20U、
t6A37A、Y39U、
m7G46G、T54U、Y55U。34番目のQに関しては、アンチコドンなので、コドンに対応して変化させる。][変異の箇所 、合計4カ所。U1G、C2G、G71C、G72C])
開始tRNAである人工tRNAの非限定的な一例が、tRNA
fMetである。このtRNAの塩基配列は、大腸菌の天然tRNA
fMet
(5’-CGCGGGG
s4UGGAGCAGCCUGGDAGCUCGUCGGGCmU
CAUAACCCGAAGAUCGUCGGTYCAAAUCCGGCCCCCGCAACCA-3’ (配列番号:8))がベースになっている。(Cm:2’-O-メチルシチジン)。本発明者らは、この天然tRNAに対して、修飾塩基を無くし、5’末端最初のCをGに変化させた開始反応用のtRNAであるtRNA
fMetをin vitro転写によって作製した。CAUの箇所がアンチコドンに相当し、開始AUGコドンに対応する。(本願で使用したtRNA
fMet: 5’-GGCGGGGUGGAGCAGCCUGGUAGCUCGUCGGGCU
CAUAACCCGAAGAUCGUCGGUUCAAAUCCGGCCCCCGCAACCA-3’、 (配列番号:6)[修飾を無くした箇所、合計6カ所。
s4U8U、D20U、Cm32C、T54U、Y55U。][変異の箇所 、合計1カ所。C1G])開始tRNAにおいて重要な箇所は5’末端の最初の塩基(天然tRNA
fMetではC、本願のtRNA
fMetではG)が、72番目の塩基(天然tRNA
fMet及び本願のtRNA
fMetではA)と相補鎖を組まないことである。この非相補鎖によって、メチオニルホルミルトランスフェラーゼ(MTF)によりMet-tRNA
fMetにホルミル基が転移されたり(但し、この部分にクロロアセチルトリプトファンのような開始用特殊アミノ酸を利用する場合は、意味は無い)、またEF-Tuとの結合が抑制されたりする。
【0076】
ペプチドの環状化
本発明の一態様において、ペプチドライブラリーは環状ペプチドからなるものであってもよい。ペプチドを環状化する方法は、特に限定されないが、例えば、翻訳合成された非環状のペプチドの分子内特異的反応を利用して環状化してもよい。ペプチドの環状化は、以下の工程(i)及び(ii)により実施される。
(i)結合形成反応が可能な一組の官能基である官能基1及び官能基2を分子内に有する非環状ペプチド化合物を翻訳合成によって合成する工程;及び
(ii)前記官能基1及び官能基2の結合形成反応によって前記非環状ペプチド化合物を環状化する工程。
【0077】
結合形成反応が可能な一組の官能基とは、当該一組の官能基間、すなわち官能基1と官能基2との間で結合形成反応が可能であり、そして、その反応の結果として、非環状ペプチド化合物を環状ペプチド化合物とする官能基の組のことである。そのような一組の官能基としては、結合形成反応が可能な官能基の組み合わせであれば、特に制限はない。また、官能基間の反応の形式についても特に制限はなく、置換反応、付加反応、縮合反応及び環状化付加反応等、様々な反応形式であることができ、また、反応によって形成される結合の形式(単結合、二重結合及び三重結合等)及びその数についても特に制限はない。
【0078】
一組の官能基としては、例えば、−CH
2−L(Lは−Cl、−Br及び−OSO
2CH
3等の脱離基を表す)と求核性官能基(−OH、−NH
2及び−SH等)の組が挙げられる。官能基1及び官能基2の結合形成反応の一例は二つのシステイン残基によるジスルフィド結合により環状構造の形成である。しかしながらジスルフィド結合は生体中で容易に還元されてしまう。したがって、安定な環状構造を形成するためには、官能基1及び官能基2の結合は、非還元性の結合であることが好ましい。
【0079】
本発明者らは以前に、翻訳された直鎖状のペプチドを非還元性の結合形成によって環状化させる手法を開発し、報告した(Goto et al., ACS Chem. Biol., 2008, 3, 120-129、WO2008/117833「環状ペプチド化合物の合成方法」)。同様の方法を本願でも利用可能である。非環状ペプチド化合物とは、本特殊ペプチドに包含される非環状の化合物であり、直鎖状のペプチドと同義である。
【0080】
本発明で利用可能な、好ましい一組の官能基1及び官能基2の例を以下に示す。
【化3】
(式中、X
1はCl、BrまたはIであり、そして、Arは置換基を有していてもよい芳香環である)
【0081】
Arの置換基は特に制限はないが、例えば、水酸基、ハロゲン原子、炭素原子数1から6のアルキル基、炭素原子数1から6のアルコキシ基、フェニル基、フェノキシ基、シアノ基及びニトロ基等が挙げられる。
【0082】
(A)の組の場合、官能基間での置換反応により式(A−3)の構造を与えることができる。また(B)及び(C)の場合は、官能基間での環状化反応により、それぞれ(B−3)及び(C−3)の構造を与えることができる。
【化4】
【0083】
非環状ペプチド化合物に存在する一組の官能基間での結合形成によって環が形成されるため、非環状ペプチド化合物を構成する要素(典型的には、アミノ酸)を一つの単位として、そのような一組の官能基は、異なった構成要素の単位上に存在することが必要である。説明の便宜のため、そのような構成要素をアミノ酸化合物、構成要素の単位をアミノ酸化合物単位と称する。すなわち、非環状ペプチド化合物は、一組の官能基を異なったアミノ酸単位上に有する化合物である。非環状ペプチド化合物において、一方の官能基を有するアミノ酸化合物単位と他方の官能基を有するアミノ酸化合物単位との間に少なくとも一つのアミノ酸化合物単位が存在することが好ましい。
【0084】
本発明では、このような一組の官能基を有する非環状ペプチド化合物が無細胞翻訳系での翻訳合成によって合成される。環状化のためのこれらの官能基を有するアミノ酸がタンパク質性アミノ酸ではなく、特殊アミノ酸である場合は、遺伝暗号リプログラミング技術を利用してペプチド鎖に導入する。
【0085】
第一の態様において、非環状ペプチド化合物の翻訳合成は、(a)官能基1を有するアミノ酸でアミノアシル化された開始tRNAと、(b)官能基2を有するアミノ酸及び該アミノ酸でアミノアシル化されるtRNAとを少なくとも含む無細胞翻訳系、(c)前記開始tRNAのアンチコドンに対応するコドン、及び前記官能基2を有するアミノ酸でアミノアシル化されるtRNAのアンチコドンに対応するコドン、とを所望の位置に有するmRNAを提供し、前記(a)のアミノアシル化された開始tRNA、及び前記(c)のmRNAを前記(b)の無細胞翻訳系に加えて非環状ペプチド化合物を合成する工程、を含む方法によって行われる。
【0086】
第一の態様の方法によって得られる非環状ペプチド化合物では、官能基1を有する特殊アミノ酸で翻訳が開始し、官能基2は、ペプチド鎖伸長反応において導入されるタンパク質性アミノ酸残基上に存在することになる。
【0087】
第一の態様において、官能基1を有するアミノ酸がAUGコドンでコードされてペプチドN末端に導入される場合、メチオニンを含まない無細胞翻訳系が好適に使用される。ただし、これに限定される訳ではない。
【0088】
官能基1はアミノ酸のα−炭素及びβ−炭素等の炭素原子上の置換基として存在することができ、またはそのような炭素原子上の置換基上に存在することができる。また、官能基1は、アミノ基窒素原子上の置換基として存在することができ、またはそのようなアミノ基窒素原子上の置換基上に存在することができる。官能基1は官能基2と結合形成反応できることが必要である。後述するように、官能基2は、基本的に、システイン及びチロシン等に含まれる求核性官能基(−SH、−COOH及び−OH等)であるため、官能基1としては適切な脱離基を有する官能基、例えば−CH
2−L(Lは−Cl、−Br、−I及び−OSO
2CH
3等の脱離基を表す)の基を有する官能基であることが好ましい。
【0089】
官能基1を有する特殊アミノ酸は、具体的には、例えば、アミノ基窒素原子上に前記(A−1)の基を有するアミノ酸化合物であることが好ましい。アミノ酸化合物の具体例としては、例えば、式(1)の化合物
【化5】
が挙げられる。式(1)中、R
1及びR
2は水素原子またはα位の炭素原子に炭素で連結した任意の置換基を表す。R
1及びR
2は、具体的には、例えば、20種類のタンパク質性アミノ酸のα−炭素上の置換基のいずれかであることが好ましい。そして、R
1及びR
2は、タンパク質性アミノ酸のα−炭素上の置換基の組み合わせのいずれかであることが好ましい。式(1)の化合物の具体例としては、例えば、式(1−1):
【化6】
が挙げられる。
【0090】
官能基2を有するアミノ酸は、例えば、システイン、アスパラギン酸、グルタミン及びチロシン等である。すなわち、官能基2としては−OH、−SH、−C(=O)NH
2及び−COOH等である。官能基2を有するアミノ酸としては、システインが好ましい。官能基2を有するアミノ酸は、該アミノ酸及び対応するtRNAを少なくとも含む再構成型の翻訳系でぺプチド鎖伸長反応において導入される。
官能基2がタンパク質性アミノ酸の場合には、改変コドンを用いず、当該タンパク質性アミノ酸を連結したアミノアシルtRNAを指定するコドンを用いて、当該タンパク質性アミノ酸をペプチド鎖に導入することができる。
【0091】
別の方法として、環状ペプチド化合物合成のための第2の態様においては、官能基1を有するアミノ酸及び官能基2を有するアミノ酸の両方が特殊アミノ酸である。官能基1及び官能基2は、アミノ基窒素原子上の置換基に、または、α−炭素及びβ−炭素等の炭素原子上の置換基に存在することができる。
【0092】
窒素原子上に存在する場合、例えば、式(20)乃至式(24):
【化7】
(式中、nは、1以上の整数、例えば1乃至10の数を表し、X
1は前記と同義である)のようなアシル置換基、またはアシル置換基の一部として、アミノ酸アミノ基の窒素原子上に導入することができる。
【0093】
α−炭素及びβ−炭素等の炭素原子上に存在する場合、例えば、式(25)乃至式(30):
【化8】
(式中、nは、1以上の整数、例えば1乃至10の数を表し、X1は前記と同義である)のような基として導入することができる。
【0094】
官能基1を有するアミノ酸化合物の具体例としては、例えば、式(2)の化合物が挙げられ、官能基2を有するアミノ酸化合物の具体例としては、例えば、式(3)の化合物を挙げることができる。
【化9】
式(2)中、R
1及びR
2は前記と同様であり、Z
1は任意の置換基を表す。Z
1としては、例えば、水酸基、ハロゲン原子、炭素原子数1乃至6のアルキル基、炭素原子数1乃至6のアルコキシ基、フェニル基、フェノキシ基、シアノ基及びニトロ基等が挙げられる。式(2)の化合物の具体例としては、例えば、式(31):
【化10】
が挙げられる。
【0095】
さらに別の方法として、環状ペプチド化合物合成のための第3の態様においては、官能基1及び官能基2の両方が、ペプチド鎖伸長反応において導入されるアミノ酸残基上に存在する。官能基1を有するアミノ酸は特殊アミノ酸であり、遺伝子リプログラミング技術を用いて、ペプチド鎖伸長反応において導入される。第一の態様と同様に、官能基2を有するアミノ酸はタンパク質性アミノ酸であり、官能基2は、基本的に、システイン及びチロシン等に含まれる求核性官能基(−SH、−COOH及び−OH等)であるため、官能基1としては適切な脱離基を有する官能基、例えば−CH
2−L(Lは−Cl、−Br、−I及び−OSO
2CH
3等の脱離基を表す)の基を有する官能基であることが好ましい。
【0096】
官能基1を有するアミノ酸化合物の具体例としては、例えば、式(4)の化合物が挙げられる。
【化11】
【0097】
式(4)中、mは1乃至10の整数を表す。式(4)の化合物の具体例としては、mが2の化合物を挙げることができ、この化合物は、例えば、2,4−ジアミノ酪酸から製造することができる。官能基2を有するアミノ酸化合物としては、システインが好ましい。
【0098】
さらに別の方法として、環状ペプチド化合物合成のための第4の態様においては、官能基1及び官能基2の両方が、ペプチド鎖伸長反応において導入されるアミノ酸残基上に存在する。官能基1を有するアミノ酸と官能基2を有するアミノ酸の両方が特殊アミノ酸であり、遺伝暗号リプログラミング技術を用いて、ペプチド鎖に導入される。
【0099】
官能基1及び官能基2は、アミノ基窒素原子上の置換基に、または、α−炭素及びβ−炭素等の炭素原子上の置換基に存在することができる。官能基1及び官能基2は、α−炭素及びβ−炭素等の炭素原子上の置換基に存在することが好ましい。官能基1及び官能基2としては、例えば、第2の態様において例示した基を挙げることができる。
【0100】
官能基1を有するアミノ酸の具体例としては、例えば、式(5)または式(7)の化合物が挙げられる。
【化12】
これらの式中、Z
1及びmは前記と同義である。式(7)の化合物の具体例としては、例えば、式(32):
【化13】
が挙げられる。
【0101】
官能基2を有するアミノ酸の具体例としては、例えば、式(6)または式(8)の化合物を挙げることができる。
【化14】
式(6)中、mは前記と同義である。
【0102】
また、官能基1を有するアミノ酸化合物としては(A−1)の官能基を有する化合物(例えば、前記式(4)の化合物)、官能基2を有するアミノ酸化合物としてはホモシステインやメルカプトノルバリン等の−SH基を有する特殊アミノ酸、という組み合わせを挙げることもできる。
【0103】
上述のようにして合成された非環状ペプチド化合物を環状化することによって環状ペプチド化合物が合成される。官能基1及び官能基2の結合形成反応の条件は官能基の組の種類に応じて、設定される。
【0104】
非環状ペプチド化合物の環状化は、非環状ペプチド化合物を単離した後、適切な反応条件にさらすことによって行うことができる。または、非環状ペプチド化合物を単離することなく、無細胞翻訳系を適切な反応条件に調整することによって環状化を行うことができる。また、一組の官能基の種類によっては、非環状ペプチド化合物を合成するための無細胞翻訳系の条件下において環状化することがあり、この場合は、特段の反応条件の調整を行うことなく、環状ペプチド化合物を得ることができる。
【0105】
非環状ペプチド化合物の環状化のための反応条件は、例えば、一組の官能基が、−CH
2−L(Lは−Cl及び−Br等の脱離基を表す)と求核性官能基−SH、の組である場合、例えば、非環状ペプチド化合物を単離した後、適当な溶媒中で加熱する(例えば40から100℃)ことによって、または、単離することなく無細胞翻訳系を例えば35から40℃で数時間(例えば、37℃で3時間)保つことによって、行うことができる。
【0106】
一組の官能基が前記組(A)の場合、例えば、非環状ペプチド化合物を単離した後、適当な溶媒中で加熱する(例えば40から100℃)ことによって、または、単離することなく無細胞翻訳系を例えば35から40℃で数時間(例えば、37℃で3時間)保つことによって、環状化することができる。また、官能基(A−1)と(A−2)との反応性は比較的高いため、一組の官能基が前記組(A)の場合、非環状ペプチド化合物合成のための無細胞翻訳系内において当該官能基の反応が進行し、無細胞翻訳系より環状ペプチド化合物として単離されることがある。
【0107】
一組の官能基が前記組(B)の場合、無細胞翻訳系より単離した非環状ペプチド化合物を、適当な溶媒中、一価の銅塩(硫酸銅(II)をアスコルベイトで系内で還元しながら生産する)で処理することによって環状化(ヒュースゲン(Huisgen)環化)して(B−3)とすることができる。
【0108】
一組の官能基が前記組(C)の場合、非環状ペプチド化合物を単離した後、適当な溶媒中、フェリシアン化カリウム(K
3[Fe(CN)
6])で処理することによって反応させ(C−3)とすることができる。
【0109】
後述の実施例においては、無細胞翻訳系の条件下において環状化することが可能な例として、両端にそれぞれクロロアセチル基とシステインを配置したペプチド配列を翻訳合成して得られる環状ペプチドが記載されている。この場合、遺伝暗号リプログラミング技術を利用して官能基1としてクロロアセチル基を有するペプチドを合成する。このとき、ペプチド中(例えばC末端)にシステイン残基を配置しておくと、翻訳後に自発的にメルカプト基がクロロアセチル基に求核攻撃し、ペプチドがチオエーテル結合により環状化する。ペプチドのN末端にクロロアセチル基を導入する場合は、クロロアセチル基を持つアミノ酸でアシル化された開始tRNAを、メチオニンを含まない翻訳系に加えてペプチドを合成する。あるいは、クロロアセチル基をN末端以外の場所に配置することもでき、その場合は、クロロアセチル基を持つアミノ酸で伸長tRNAをアシル化したものを使用し、メチオニンを含む翻訳系を使用する。
【0110】
さらに、C末端に加えてランダム配列中に偶数個のシステイン残基が現れた場合には、クロロアセチル基といずれか一つのシステインとの間で形成されるチオエーテル結合と残りのシステイン同士で結合するジスルフィド結合とで複数個の環状構造を形成したペプチドが生じる可能性がある。
【0111】
スクリーニング方法
上述のように製造したペプチドライブラリーは、標的物質に結合しうる本特殊ペプチドを選択するためのスクリーニングに有用である。
スクリーニング方法の一態様は、ペプチドライブラリーと標的物質とを接触させる工程と、前記標的物質と結合するペプチドを選択する工程を含む。
【0112】
本明細書において、標的物質は特に限定されず、低分子化合物、高分子化合物、核酸、ペプチド、タンパク質等とすることができる。
標的物質は、例えば、固相担体に固定して、本発明のライブラリーと接触させることができる。本明細書において、「固相担体」は、標的物質を固定できる担体であれば特に限定されず、ガラス製、金属性、樹脂製等のマイクロタイタープレート、基板、ビーズ、ニトロセルロースメンブレン、ナイロンメンブレン、PVDFメンブレン等が挙げられ、標的物質は、これらの固相担体に公知の方法に従って固定することができる。
標的物質と、ライブラリーは、適宜選択された緩衝液中で接触させ、pH、温度、時間等を調節して反応させる。
【0113】
本発明のスクリーニング方法の一態様は、標的物質と結合した本特殊ペプチドを選択する工程をさらに含む。標的物質への結合は、例えば、ペプチドを検出可能に標識する公知の方法に従って標識しておき、上記接触工程の後、緩衝液で固相担体表面を洗浄し、標的物質に結合しているペプチドを検出して行うことができる。 検出可能な標識としては、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素、
125I、
131I、
35S、
3H等の放射性物質、フルオレセインイソチオシアネート、ローダミン、ダンシルクロリド、フィコエリトリン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、近赤外蛍光材料等の蛍光物質、ルシフェラーゼ、ルシフェリン、エクオリン等の発光物質、金コロイド、量子ドットなどのナノ粒子が挙げられる。酵素の場合、酵素の基質を加えて発色させ、検出することもできる。また、ペプチドにビオチンを結合させ、酵素等で標識したアビジン又はストレプトアビジンを結合させて検出することもできる。
【0114】
単に結合の有無又は程度を検出・測定するのみでなく、標的物質の活性の亢進又は阻害を測定し、かかる亢進活性又は阻害活性を有する本特殊ペプチドを同定することも可能である。このような方法により、生理活性を有し、医薬として有用な本特殊ペプチドの同定も可能となる。
【0115】
in vitroセレクション
本発明において、無細胞翻訳系で構築される特殊ペプチドライブラリーは、mRNAディスプレイを始めとするin vitroディスプレイ技術と完全に適合可能であるため、10
12種類以上の高い多様性からなる特殊ペプチドライブラリーから、標的に結合するペプチド分子の創出が可能である。
【0116】
in vitroディスプレイ技術は、進化分子工学のツールとして利用される。進化分子工学では、所望の機能や性質を持つタンパク質やペプチドを創製することを目的として、可能性のある遺伝子を大規模に準備し、その中から狙った表現型を有するクローンを選択する。基本的には、最初にDNA集団(DNAライブラリー)を調製し、in vitro転写産物としてRNA集団(RNAライブラリー)を得て、in vitro翻訳産物としてペプチド集団(ペプチドライブラリー)を得る。このペプチドライブラリーから、所望の機能や性質を持つものを何らかのスクリーニング系で選択することになる。例えば、特定のタンパク質に結合するペプチド分子を得たい場合は、標的タンパク質を固相化したカラムにペプチド集団を流し込み、カラムに結合したペプチド分子の混合物を回収することができる。このとき、in vitroディスプレイ技術により、各ペプチド分子には、その鋳型である核酸分子がタグのように付加されている。mRNAディスプレイライブラリーであれば、各ペプチド分子にはmRNAが付加されている。そこで、回収したペプチド−mRNA複合体の集団から逆転写酵素でDNAに戻し、PCRで増幅して狙った表現型を有するクローンが多く含まれるバイアスのかかったライブラリーを得た後に、再度同じような選択実験を行う。あるいは、RNAアプタマーを回収してしまう可能性を回避するため、核酸部分を2本鎖(DNA/RNAハイブリッド)にする目的で、選択前に逆転写反応を行うことも可能である。この操作を繰り返すことで、世代の経過とともに所望の表現型を有するクローンが集団中で濃縮されていく。
【0117】
ペプチドアプタマーを同定する場合、in vitro ディスプレイライブラリーと標的物質を混合し、標的物質に結合したペプチドを提示する対応付け分子(活性種)を選択し、選択された対応付け分子の核酸部分からPCRにより核酸ライブラリーを調製する工程を繰り返すことで、標的物質に結合するペプチドアプタマーの遺伝子をクローニングできる。
【0118】
標的物質としては、一般的には、タンパク質、核酸、糖質、脂質、その他どのような化合物でもよい。
【0119】
活性種を選択するためには、[遺伝情報]−[ペプチド]複合体を標的物質と接触させ、標的物質に結合したペプチドを提示する複合体を、標的物質に結合していない他の多数の複合体から適当な方法で分離して回収する必要がある。このような回収の方法としては多くの技術が公知である。
【0120】
例えば、標的物質に、固相への結合により回収可能な修飾を施しておくと便利である。例えば、後述の実施例では、標的物質にポリヒスチジンタグを連結しておき、Ni-NTA が担持された担体へのポリヒスチジンタグの特異的な結合を利用して回収している。このような特異的な結合としては他にも、ビオチン結合タンパク質(アビジン、ストレプトアビジンなど)/ビオチンの組み合わせの他にも、マルトース結合タンパク質/マルトース、ポリヒスチジンペプチド/金属イオン(ニッケル、コバルトなど)、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ/グルタチオン、抗体/抗原(エピトープ)などの組み合わせが、利用可能であるが、これらに限定されるものではない。
【0121】
本発明は、ペプチドライブラリーを標的物質と接触させ、標的物質に結合したぺプチドを提示する活性種を選択し、選択された活性種の核酸配列を増幅し、増幅された核酸配列を鋳型として無細胞翻訳系で再び合成されたペプチドのライブラリーから活性種を選択するというin vitroセレクションを繰り返すことにより、標的物質に結合する特殊ペプチドを創製することを含む。標的物質の具体例は酵素である。特に、酵素活性部位指向性を有するペプチドを含むライブラリーを用いることで、単に標的酵素に結合するだけでなく酵素阻害活性を有するペプチドの獲得が可能である。
【0122】
in vitroセレクションを応用した本発明のスクリーニング方法の一態様は、ライブラリーと標的物質と接触させる工程と、標的物質に結合するmRNAが連結されたペプチドを選択する工程と、逆転写によって選択されたペプチドに連結されたmRNAからDNAを合成する工程と、当該DNAをPCRで増幅し、転写によってmRNAライブラリーを得て各mRNAにピューロマイシンを結合する工程と、無細胞翻訳系で前記mRNAを翻訳してmRNAが連結したペプチドライブラリーを得る工程と、上述の接触させる工程からペプチドライブラリーを得る工程を1回以上繰り返す工程と、を含む。
このように各工程を繰り返すことにより、標的物質に親和性の高いペプチドが濃縮されていく。
【0123】
また、標的物質に結合する特殊ペプチド化合物の創製は、標的物質に結合したぺプチドを回収してペプチドに結合した核酸配列を解析し、核酸配列からペプチド配列を決定し、得られたペプチド配列に基づき適当な特殊ペプチドを選択することにより、標的物質に結合する特殊ペプチドのアミノ酸配列及び核酸配列を得ることを含む。さらに、得られた配列情報に基づき、任意の方法を用いて、特殊ペプチドを合成、精製及び単離することが可能である。得られたペプチドを用いて、標的物質への結合評価や阻害活性の確認を行い、活性の高い特殊ペプチドを得ることができる。標的物質が酵素である場合、得られたペプチドの酵素阻害活性を評価して、酵素阻害活性を有するペプチドをスクリーニングすることができる。
【0124】
したがって、本発明のスクリーニング方法を、ペプチドライブラリーから標的酵素の酵素活性部位に結合するペプチドを選択するために用いる場合は、次の工程を行ってもよい。
(i)酵素活性部位指向性を有するペプチドを含むライブラリーを用意する工程、
(ii)ペプチドライブラリーを標的物質に接触させる工程;及び
(iii)標的物質に結合するペプチド分子を選択する工程。
また、当該方法は、さらに次の工程(二次スクリーニング段階)を行って、ペプチドライブラリーから酵素の阻害活性を有するペプチドを選択してもよい。
(ア)標的酵素に結合するペプチドを選択する一次スクリーニング段階と、(イ)一次スクリーニングで選択されたペプチドの酵素阻害活性を評価し、前記ペプチドが酵素の阻害活性を有するペプチドであることを決定する二次スクリーニング段階を含み、前記一次スクリーニング段階が
(i)酵素活性部位指向性を有するペプチドを含むライブラリーを用意する工程、
(ii)ペプチドライブラリーを標的酵素分子に接触させる工程;
(iii)標的酵素分子に結合するペプチド分子を選択する工程
を含む。
さらに選択されたペプチドを適当な方法で合成することにより、酵素阻害活性を有するペプチドを製造する方法も本発明の範囲内である。また、そのように合成された、酵素の阻害活性を有するペプチドも本発明の範囲内である。
【0125】
SIRT2を標的とした場合のペプチドライブラリーの構築法とそこからの阻害ペプチド取得法
以下では、後述の実施例の項で取り上げるSIRT2を標的とした場合のペプチドライブラリーの構築法とそこからの阻害ペプチド取得法について述べる。(
図1)ここで説明される態様はあくまで例示であり、本発明はこの態様に限定されない。
【0126】
標的タンパク質SIRT2
タンパク質翻訳後修飾の一種であるリシン残基のアセチル化は、様々なアセチル化酵素と脱アセチル化酵素の働きによって動的に制御されている。サーチュインは、こうした脱アセチル化酵素の一種で、ヒトにはSIRT1からSIRT7までの7つが存在することが知られている。サーチュインの生体内の働きは完全には解明されていないが、SIRT2については、近年、癌や神経変性疾患との関連が明らかとなり、その阻害剤が注目を集めている
1), 2) , 3)。
サーチュイン阻害剤の一種として、サーチュインの基質タンパク質から脱アセチル化される近傍の配列だけを取り出し、アセチルリシン部位をアセチルリシンアナログに変換したペプチド性の阻害剤がある。そうしたアナログの一つであるε-N-トリフルオロアセチルリシン(
TfaK)は、サーチュインの活性ポケットに強く結合し、サーチュインに脱トリフルオロアセチル化される速度が脱アセチル化される速度よりもはるかに遅いため、これを含むペプチドはサーチュインの強力な阻害剤となる
4)。こうしたペプチド性の阻害剤の開発において、アセチルリシンアナログを囲むペプチド配列はサーチュインの基質タンパク質中の配列が用いられ続けている。
そこで我々は、
TfaKを有するランダムペプチドライブラリーを構築し、スクリーニングを行うことで、より強力な阻害効果を示すペプチド配列を獲得することを試みた。
【0127】
mRNA ライブラリーの構築
まず、ペプチドライブラリーを翻訳で構築するために、鋳型となるmRNA ライブラリーを調製する。mRNA の翻訳される部分の配列の長さは、任意であるが、今回は16〜20コドンの5種類の長さのものを調製した。このうち、N末端は開始AUGコドン(第一の改変コドン)であり、C末端側にはCysをコードするコドンUGCにリンカーとなるGlySerGlySerGlySerをコードするコドンが続く。開始AUGコドンとUGCの間は、NNKもしくはNNCもしくはNNUのランダムなコドン配列とする。(Nは A, U, G, C のいずれか一つの塩基を、K は U, G のいずれか一つの塩基を、それぞれ表す。)このランダム配列中の特定の1コドンだけを、特殊アミノ酸導入用にAUGコドン(第二の改変コドン)とする。
【0128】
ペプチドライブラリーの構築
上述のmRNAライブラリーを改変された遺伝暗号表の下で翻訳する。具体的には、通常の20種類のアミノ酸からメチオニンが除去された翻訳系を構築し、代わりに、(i)tRNA
fMetCAUにα-N-クロロアセチル化アミノ酸を連結したもの、(ii)tRNA
AsnE2CAUに
TfaKを連結したもの、の2つをフレキシザイムを用いて調製・添加して翻訳を行う。ここで、(i)で使用したtRNAは開始因子に認識されて開始AUGコドンに対合するのに対し、(ii)で使用したtRNAは伸長因子に認識されてAUGコドンと対合する。このために、一つのメチオニンというアミノ酸を除去するだけで2つのアミノ酸を導入することが可能である。翻訳されたペプチドは、N末端のクロロアセチル基とC末側のシステインのメルカプト基との間でチオエーテル結合により環状化し、ランダム配列中にトリフルオロアセチルリシンを有するペプチドライブラリーが合成され、さらにペプチドのC末端がPu(ピューロマイシン)を介してmRNAと連結される。
【0129】
阻害ペプチドの獲得
上述したペプチドライブラリーをmRNA ディスプレイ法やリボソームディスプレイ法などの各種in vitro ディスプレイ法によりスクリーニングし、SIRT2に結合するペプチドを選択する。
標的の活性部位に結合する特殊アミノ酸を含有するペプチドライブラリーを用いているので、結合だけを指標にスクリーニングを行っていても、得られたペプチドは標的の活性部位に結合し、その活性を阻害する可能性が高い。
【0130】
異なる標的に対するペプチドライブラリーの構築
今回の例で取り上げたSIRT2のような脱アセチル化酵素以外にも、様々な酵素に対して活性ポケットに結合して酵素活性を阻害する阻害剤が既知であれば、SIRT2の場合と同様にそれを特殊アミノ酸として導入したペプチドライブラリーを構築して阻害ペプチドを獲得することができる。例えば、N
ε-プロパルギルリシンを含有するペプチドは、ヒストン脱メチル化酵素の阻害剤になることが知られているので、実施例と同様にこのアミノ酸を含有するペプチドライブラリーをスクリーニングすることで、より強力なヒストン脱メチル化酵素の阻害ペプチドを得ることが可能である
5)。
【0131】
また、様々なATPのアナログがキナーゼの阻害剤となることを利用し、側鎖にATPアナログ構造をもつペプチドを阻害剤とした例が知られている
6)。本出願の技術を用いれば、このATPアナログ構造を有する特殊アミノ酸を含むペプチドライブラリーを構築し、様々なキナーゼに対してスクリーニングを行うことで、より強力で特異的な阻害剤を創出することが可能である。
【実施例】
【0132】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0133】
His-SIRT2の精製
SIRT2は、mRNA ディスプレイ時に担体に固定する必要があるため、N末端に10xHisタグが付与されたコンストラクトとして大腸菌内で発現し、Hisタグを利用して精製した。
【0134】
NNK mRNAライブラリー
まず、下記の配列を有する二本鎖DNAを調製した。(以下では、Forward 鎖のみを 5´→ 3´ の順で記載する。)
TAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAAGAAGGAGATATACAT(ATG)(NNK)
1(NNK)
2・・・ (NNK)
m (ATG)(NNK)
1(NNK)
2・・・ (NNK)
n(TGC)(GGC)(AGC)(GGC)(AGC)(GGC)(AGC)(TAG) GACGGGGGGCGGAAA(配列番号:9)
(翻訳領域は一つのコドンを一つの( )で括った。Nは A, T, G, C のいずれか一つを、K は T, G のいずれか一つを、それぞれ表す。(m, n)の組み合わせは、 (m, n)= (3, 4), (4, 4), (4, 5), (5, 5), (5, 6)の5種類である。)
【0135】
続いてこれをT7 RNA ポリメラーゼを用いて転写し、下記の配列で表される mRNA を得た。
GGGUUAACUUUAAGAAGGAGAUAUACAU(AUG)(NNK)
1(NNK)
2・・(NNK)
m(AUG)(NNK)
1(NNK)
2・・・(NNK)
n(UGC)(GGC)(AGC)(GGC)(AGC)(GGC)(AGC)(UAG)GACGGGGGGCGGAAA
(Nは A, U, G, C のいずれか一つを、K は U, G のいずれか一つを、それぞれ表す。)(配列番号:10)
【0136】
NNC mRNAライブラリー
まず、下記の配列を有する二本鎖DNAを調製した。(以下では、Forward 鎖のみを 5´ → 3´ の順で記載する。)
TAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAAGAAGGAGATATACAT(ATG)(NNC)
1(NNC)
2・・ (NNC)
m (ATG)(NNC)
1(NNC)
2・・ (NNC)
n(TGC)(GGC)(AGC)(GGC)(AGC)(GGC)(AGC)(TAG) GACGGGGGGCGGAAA
(翻訳領域は一つのコドンを一つの( )で括った。Nは A, T, G, C のいずれか一つを表す。(m, n)の組み合わせは、 (m, n)= (3, 4), (4, 4), (4, 5), (5, 5), (5, 6)の5種類である。)(配列番号:11)
【0137】
続いてこれをT7 RNA ポリメラーゼを用いて転写し、下記の配列で表される mRNA を得た。
GGGUUAACUUUAAGAAGGAGAUAUACAU(AUG)(NNC)
1(NNC)
2・・(NNC)
m(AUG)(NNC)
1(NNC)
2・・・(NNC)
n(UGC)(GGC)(AGC)(GGC)(AGC)(GGC)(AGC)(UAG)GACGGGGGGCGGAAA
(Nは A, U, G, C のいずれか一つを表す。)(配列番号:12)
【0138】
mRNA display
以下の「ピューロマイシンリンカーとの連結」から「回収したペプチドの配列情報の増幅」までのサイクルを繰り返すことで、ランダムなペプチドライブラリーからSIRT2に結合するペプチドを選択した。(
図1)
【0139】
ピューロマイシンリンカーとの連結
下記の配列で表されるピューロマイシンリンカーを上記の mRNA ライブラリーとアニールさせ、T4 RNA ligase で連結した。(SPC18 はCとOの総数が18であるPEGを表す。)
pdCTCCCGCCCCCCGTCC(SPC18)
5CC(Pu)(配列番号:13)
【0140】
翻訳
リンカーと連結された mRNA を改変された遺伝暗号表の下で翻訳した(
図2)。本実施例の場合には、通常の20種類のアミノ酸からメチオニンが除去された翻訳系を構築し、代わりに、(i)tRNA
fMetCAU に α-N-クロロアセチル-L-チロシン(ClAc-
LY)またはα-N-クロロアセチル-D-チロシン(ClAc-
DY)を連結したもの、(ii)tRNA
AsnE2CAU に
TfaKを連結したもの、の2つをフレキシザイムを用いて調製・添加して翻訳を行った。翻訳によって、ランダム配列中にトリフルオロアセチルリシンを含み、チオエーテル結合で環状化したペプチドライブラリーが合成され、ペプチドのC末端に Pu が結合することで、mRNAとペプチドが連結される。
【0141】
SIRT2 に結合するペプチドの取得
TALONビーズに固定化したSIRT2に、調製した特殊環状ペプチドライブラリーを混合し、4°Cで30分間撹拌した。磁石を利用して上澄みを除去し、残った磁性粒子をバッファーで洗浄した。ビーズにPCR用の溶液を加えて95°Cで5分間加熱し、ペプチドをビーズからはがして上澄みを回収した。
【0142】
回収したペプチドの配列情報の増幅
SIRT2に結合して回収されてきたペプチド-mRNAを、逆転写・PCRによってDNAとして増幅した。得られたDNAを転写してmRNAとした。
【0143】
選択されたペプチド配列の同定
上記の一連の操作を繰り返し、ペプチド-mRNAの回収率が飽和したところで、増幅されたDNAを用いてTAクローニングを行い、得られたペプチドの配列を同定した。
【0144】
選択されたペプチドのSIRT2阻害活性評価
蛍光を利用した評価系で、選択されたペプチドのSIRT2阻害活性を調べた。具体的にはまず、SIRT2に脱アセチル化されるペプチドの両末端に蛍光基と消光基がついたものをSIRT2と混ぜ、脱アセチル化を行う。続いて、脱アセチル化されたペプチドのみを切断するプロテアーゼと反応させると、SIRT2によって脱アセチル化されたペプチドのみ蛍光基から消光基が解離して蛍光を発する。ここで脱アセチル化反応の際、SIRT2の阻害剤が存在すると、基質ペプチドの脱アセチル化の進行が遅くなり、最終的に得られる蛍光強度が減少する。すなわち、最終的に観測される蛍光の強さによって選択されたペプチドの阻害能が評価できる。
【0145】
結果
SIRT2の活性ポケットに結合しその活性を阻害するペプチドを獲得するために、配列中に必ず一つ以上の
TfaKを含有するペプチドライブラリー(上述のNNK mRNAライブラリーとNNC mRNAライブラリー)を構築し、mRNA ディスプレイ法によって選択を行った。
【0146】
(A)NNK mRNAライブラリー
NNK mRNAライブラリーを翻訳すると、ランダム配列中のいずれかの位置のAUGコドンが
TfaKに翻訳され、一つ以上
TfaKを含有する環状ペプチドライブラリーが生成する。このペプチドライブラリーを用いてmRNA ディスプレイを行ったところ、ClAc-
LY、ClAc-
DYのいずれを用いたペプチドライブラリーにおいても、4ラウンド目でmRNAの回収率が飽和した。そこで、3ラウンド後のペプチド配列を同定したところ、全ての配列が2つ以上の
TfaKを有していた(表1)。1L-01〜10を順に配列番号:14〜23とし、1D-01〜06を順に配列番号:24〜29とする。
【表3】
【0147】
この結果から、ペプチドのSIRT2に対する結合に
TfaKが関与していることが示唆され、SIRT2に単に結合するだけでなく阻害効果を持つペプチドを獲得できたと考えられる。しかしながら、
TfaK以外の配列に相同性は見られないため、脱アセチル化の活性ポケットを有するサーチュインファミリーのタンパクを非特異的に阻害するペプチドが得られてしまった恐れがある。そこで、NNC mRNAライブラリーを調製し、再びmRNA ディスプレイを行った。
【0148】
(B)NNC mRNAライブラリー
NNC mRNAライブラリーを翻訳すると、ランダム配列中のAUGコドンが
TfaKに翻訳され、一配列中に一つだけ
TfaKを含有する環状ペプチドライブラリーが生成する。このペプチドライブラリーを用いてmRNA ディスプレイを行ったところ、ClAc-
LYを用いた場合には5ラウンド目で、ClAc-
DYを用いた場合には6ラウンド目でmRNAの回収率が飽和した。そこで、それぞれ4、5ラウンド後のペプチド配列の同定を行ったところ、
TfaK近傍の配列に高い相同性が見られた(表2)。2L-01〜21を順に配列番号:30〜50とし、2D-01〜19を順に配列番号:51〜69とする。
【表4】
【0149】
こうしてNNC mRNAライブラリーから得られたペプチドのうち4つ(2L-05, 2L-08, 2D-03及び2D-08)を固相上で合成し、蛍光を利用した系でSIRT2への阻害能の評価を行ったところ、合成したペプチド全てが1 μMでSIRT2の活性を完全に抑えることが示された(
図3)。
さらに、このうち2つのペプチド(2L-08、2D-08)について、その解離定数K
dおよび阻害定数IC
50を決定したところ、いずれのペプチドもK
d〜3nM、IC
50〜4 nMという非常に強力な活性を示すことがわかった。
【0150】
[参考文献]
1) T. F. Outeiro, et al. Science 317 516-519 (2007).
2) R. Luthi-Carter et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 107 7927-32 (2010).
3) J. C. Milne and J. M. Denu Curr. Opin. Chem. Biol. 12 11-17 (2008).
4) a) B.C. Simith, and J.M. Denu J. Am. Chem. Soc. 129 5802-5803 (2009). b) B.C. Simith, and J.M. Denu Biochemistry 46 14478-14486 (2009). c) B.C. Simith, and J.M. Denu J. Biol. Chem. 282 37256-37265.
5) Jeffrey C. Culhane, et al. 128 4536-4537 J. Am. Chem. Soc. (2006)
6) Keykavous Parang, et al. 8 37-41 Nat. struct. Biol. (2001)