(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1に記載の孔形成方法であって、前記手順のn回目よりもm回目(但しn<m)の方が前記第1の電圧が大きくなるように又は前記第1の電圧の印加時間が長くなるように前記手順を行うことを特徴とする請求項1に記載の孔形成方法。
前記第1の電極と前記第2の電極との間に電圧を印加することにより、形成された前記孔を前記測定対象物質が通過するのに伴い流れる電流値について、前記記憶部は、前記測定対象物質を構成する物質毎の値を記憶していることを特徴とする請求項5に記載の測定装置。
前記絶縁性の膜は、シリコン窒化膜、シリコン酸化膜、シリコン酸窒化膜、アルミナ膜、ハフニウム酸化膜、ハフニウム酸窒化膜、HfSiON、チタン酸化膜、ジルコニア膜、ZrSiO4、イットリア膜、ポリマ膜のいずれかであることを特徴とする請求項5に記載の測定装置。
前記手順のn回目よりもm回目(但しn<m)の方が前記第1の電圧が大きくなるように又は前記第1の電圧の印加時間が長くなるように前記手順を行うことを特徴とする請求項9に記載の孔形成方法。
形成された前記孔を前記測定対象物質が通過するのに伴い流れる電流値を検出する第2の電流計を有し、前記記憶部は、さらに前記電流値について前記測定対象物質を構成する物質毎の値を記憶していることを特徴とする請求項13に記載の測定装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ナノポアを用いた計測技術は、薄膜メンブレンの領域101にDNA分子102の太さと同程度のnmレベルの寸法の孔(ナノポア103)を設け、薄膜メンブレンの上/下のチャンバ104を水溶液105で満たし、上/下チャンバのいずれかに測定対象となるDNA 102を入れ、このDNAがナノポアを通過した際に計測することで、DNAの構造的な特徴や塩基配列を決定しようとするものである(
図1)。DNAがナノポアを通過した際に計測する方法としては、光学的計測方法(光励起108して光信号109を計測)あるいは電気的計測方法(電気信号110を計測)がある。
【0006】
非特許文献1のTEM装置による孔あけ方法と非特許文献2の電圧印加による孔あけ方法を用いて、特に光学的計測とトンネル電流計測に用いるナノポア形成を検討した結果、明らかになった課題を以下に説明する。
【0007】
ナノポアを用いた光学的計測では、分子がナノポアを通過するときに光励起し、この励起分子、あるいは分子に付加された標識が励起されたものからの光放出を計測する方法がある。この光を計測する手段として、ナノポア位置のごく近傍に、近接場光を発生するプラズモン増強構造を設けたデバイスがある。プラズモン増強構造には、絶縁膜メンブレン401上に、導体薄膜402を形成し、これにホール403をあけたもの(ホールアレイ)や、2つの導体ドットを近接して配置したBowtie 404(Bowtieアレイ)、2つの導体のドット406を上下に縦に積み、その間を絶縁体薄膜407で絶縁したもの(2段積みドットアレイ)などがある(
図4)。デバイスに光を照射すると、例えばホール構造ならばそのホールの底部の中心位置403が、Bowtie構造ならばその2つの導体ドット間のギャップ405の位置が、2段積みドットアレイならばドット構造の間407が、近接場光発生位置408となるので、これを光計測のための励起光として用いることができる。
【0008】
孔形成の一例として、メンブレン上のBowtie構造の2つの導体ドット間のギャップ位置(ギャップの中点)を狙い、TEM装置で孔径5nmの孔あけを試行した。この位置は、計測時には近接場光が発生する位置である。しかしながら、同じ孔あけを複数回試み、仕上がり寸法を調べたところ、狙いの孔径5nmに対し3σで2nm程度の孔径バラツキが発生していることがわかった。また、TEM装置の位置調整機構により正確にBowtieギャップ間の中点の位置に孔を形成する操作を行ったが、正確にギャップ間の中点の位置に孔をあけることはできなかった。複数回の孔あけにおいて、狙いの位置から3σで5nm程度の合わせズレ(位置のバラツキ)が発生していた。
【0009】
続いて、これらのTEM装置による孔形成により孔径や孔位置のばらついたデバイスを、順次、評価用のチャンバに装填してDNAの入った水溶液を注入し、励起光を照射して、DNAがナノポアを通過した際に発せられる光信号の強度を測定した。その結果、DNAから発せられる光信号強度のデバイス個体によるばらつきは極めて大きく、光信号が最も強いものと最も弱いもので実に2桁以上の差があることが明らかになった。プラズモン増強により発生する近接場光は局所において強くなるものであり、例えば、ここにあげたBowtieでは、ギャップ間隔5nmの場合、このギャップ間の5nmの領域だけで局所的に近接場光が強くなる。従って、孔が拡がってDNA分子が孔内を通過する位置が定まらない場合や、孔位置がギャップ間の中点位置とずれている場合には、分子が受ける励起光が弱くなるため、光信号の著しい低下は免れない。原理的には、孔径が拡がってDNA通過位置が定まらない場合よりも孔位置自体がズレている場合の方が強度の低下に及ぼす影響は大きいと考えられるが、たとえ位置が正確でも孔径が(例えば7nmまで)拡がると同時にBowtieのギャップも削れて(元々の5nmから7nmに)拡がってしまい光信号強度が低下するなどの別の悪影響も考えられる。いずれにせよ、孔径や孔位置がわずか数nmばらついただけで、得られる信号強度が桁違いに変わってしまう。TEMによる孔あけによって性能の揃った光計測方式のナノポアデバイスを再現性よく製造することは難しい。
【0010】
一方、ナノポア近傍に構造物を設けてナノポアを通過する分子を計測するデバイスのもうひとつの代表的な例として、トンネル電流計測方式がある。トンネル電流計測方式とは、絶縁膜メンブレンの平面の上にトンネル電流計測用電極対501を設け(
図5(a))、その電極対の先端部の間のギャップ502に孔を設け、電極間に電圧を印加しながらDNA分子が孔を通過した際にDNA分子に流れるトンネル電流を計測するものである。一対の導体構造物の間のギャップを狙って孔をあける加工という点に関しては、前述のBowtieと同様であり、一例としてはBowtieの2つのドットのそれぞれに電気配線503を施して電源に接続し計測に用いるという点が異なるデバイスととらえることができる(
図5(b))。
【0011】
そこで、Bowtieの場合と同様に、一対の導体構造物の間のギャップ位置502(ギャップ間の中点)を狙い、TEM装置で孔径5nmの孔あけを複数回試みた。しかし、Bowtieのときと同様に、孔径では、狙い5nmに対し3σで2nm程度のバラツキ、孔位置では、狙いのギャップ間の中点位置から3σで5nm程度の合わせズレ(位置のバラツキ)が発生した。
【0012】
これらの孔径や孔位置のばらついたトンネル電流方式ナノポアデバイスの性能を評価した。その結果、トンネル電流方式においても同様に、計測性能のバラツキは極めて大きいことがわかった。ギャップ間の中点ちょうどの位置にたまたま孔が形成されたチップ個体ではトンネル電流が精度よく計測できたが、孔径が2nm拡大したものや孔位置が2nmズレたものでは、DNA分子のナノポア通過によるトンネル電流の変化は著しく低下し、検出限界以下となり有意な信号が確認できなかった。DNA分子がナノポアを通過したときのトンネル電流の変化は、ナノポアの直近に配した電極対の間を結ぶ電流経路からDNA分子が少しでも外れると急激に弱くなる。また、孔が大きくなり、孔の直近の両側の電極の先端部が削れてギャップが拡がることによっても急激に弱くなる。このため、トンネル電流計測方式に用いるナノポアデバイスの作製においても、孔径や孔位置がたった数nmばらついただけで、その後の計測で得られる信号強度が桁違いに変わってしまったのであろうと考えられる。
【0013】
以上、上記のいずれの計測方式に対応するナノポアデバイスに対しても、TEM装置を用いた孔あけ方法では、計測への応用に十分な加工精度は得られなかった。さらに、TEM装置を用いた方法では、精度だけでなく、装置コストが高いことやスループットが低いことも課題である。
【0014】
そこで、精度、装置コスト、スループットにおける改善を期待して、次に、非特許文献2の孔あけ方法を試行した。この方法では、十分な孔あけ性能さえ得られれば、TEM装置を用いた方法と比較して、電源装置が安価であり、また、真空システムを用いないため、スループットは格段に改善すると期待できる。
【0015】
前述のTEM装置による孔あけ加工と同様に、厚み10nmの孔のあいていないメンブレン(Si
3N
4膜)を準備し、これを挟んで上下に塩化カリウム水溶液(KCl水溶液)を満たし、上下のチャンバのKCl水溶液中に電極を浸し、両電極間に電圧を印加した(
図2)。電極間電流の推移を監視しながら電圧を印加し続けたところ、440秒で電流値が閾値を超えたので処理を停止した。その結果、一回目は、メンブレン領域の中央よりも左に40nmほどずれた位置に、孔径5nmのナノポアを形成することができた。そこで、孔のあいていないメンブレンをさらに複数準備して、同一条件設定で順次孔あけを実施し、孔の仕上がり寸法のばらつきを調べた。その結果、狙いの孔径5nmに対し3σで1nm程度の孔径バラツキが発生していることがわかった。ばらつきを1nmまで抑えてもまだ十分ではないが、TEM装置による孔あけと比較して、この非特許文献2の方法では、少なくとも孔径バラツキが改善することがわかった。
【0016】
しかしながら、孔の位置に関して、非特許文献2にも示されているように、特徴的な構造物を配置していない平坦なメンブレンに対し、メンブレン中央付近の位置に素直に孔があくことはなかった。2回目(2チップ目)はメンブレン中央より右上に35nmずれた位置に、3回目は中央に近い位置に、4回目は中央位置よりもななめ右下に45nmほどの距離の位置に孔が形成された。このように、上/下のチャンバを水溶液で満たして電圧印加により孔をあける方法では、TEM装置を用いた方法と比較して、孔径のバラツキは小さく抑えられ高精度となる利点があるが、一方、孔位置は定まらない。
【0017】
そこで、次に、光学的計測方式とトンネル電流計測方式に用いる構造物(Bowtieあるいは電極対)がメンブレン上に配置されているデバイスについて、非特許文献2の方法で孔あけを検討した。前述の通り、光学的計測方式、トンネル電流方式に用いるナノポアはBowtieのギャップ間の位置、あるいは、電極対のギャップ間の位置に形成する必要がある。厚み10nmのメンブレン領域101の中心部に、光学的測定方式用のBowtie 404を形成したデバイス、ならびに、トンネル電流測定方式用の電極対のギャップ構造を形成したデバイスを作製し、これをチャンバ104に装填して水溶液105を注入し、電圧を印加することにより孔あけを実施した。なお、Bowtieなどのプラズモン増強デバイスは近接場光を増強する素子であるため、明るい場所での実験では何らかの光の影響があるかもしれない。そこで、これらBowtieと電極対に対する孔あけ加工の検討では、光の影響を排除して電圧印加による効果を確認するために、暗室(シールドボックス)内で孔あけ実験を実施した。
【0018】
しかし、メンブレンの平面上にBowtieや電極対といった導体構造物が存在するのにもかかわらず、構造物のエッジ近傍やギャップ部など特徴的な形態の直近の位置に孔があく傾向は特にみられず、構造物の配置とは無関係なランダムな場所に孔径5nmのナノポア103が精度良く形成された。孔形成の位置に対しメンブレン上に形成された構造物の影響はみられなかった(
図6)。
【0019】
以上、メンブレンの表面上に、光学測定方式に用いるBowtie構造、ならびに、トンネル電流方式に用いる電極対を形成し、非特許文献1のTEM装置による孔あけ方法、非特許文献2の電圧印加による孔あけ方法を検討した。しかし、TEM装置による孔あけ方法では、ドリフトにより、2nm(3σ)程度の孔径ばらつきと5nm(3σ)程度の孔位置の合わせズレが発生した。一方、電圧印加による孔あけ方法では、孔径のバラツキは1nm(3σ)に改善され、また、低コスト化、高スループット化も期待できる方式だが、構造が無いメンブレン、Bowtieあるいは電極対が表面に形成されたメンブレンのいずれにおいても、孔あけ位置が定まらなかった。非特許文献2に示される封鎖電流方式(メンブレンにはナノポア以外に構造をもたず、ナノポアを貫いて流れるイオン電流の分子による封鎖を計測する方式)では、孔位置は必ずしも正確に定まる必要はないが、プラズモン増強構造による近接場光を用いた光学測定方式や、電極対のギャップを用いたトンネル電流方式では、孔径の縮小、高精度化はもちろんのこと、構造物のある決まった位置に孔をあける位置制御が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決するため、本発明の孔形成方法では、近接場光発光素子が載置された絶縁性の膜に対し、電解液中で膜に光を照射しながら、又は、膜に光を照射後に膜を電解液中に設けた後、電解液中で膜を挟んで設置された第1の電極と第2の電極との間に第1の電圧を印加する第1の工程と、第1の工程後、第1の電極と第2の電極との間に第2の電圧を印加し、第2の電圧を印加することにより第1の電極と第2の電極との間に流れる電流値を検出する第2の工程と、第1の工程と第2の工程を繰り返す手順を、電流値が予め設定した閾値に到達又は超えた場合に止めることを特徴とする。
【0021】
また、本発明の測定装置は、近接場光発光素子が載置された絶縁性の膜に対し光を照射する光源と、膜をチャンバに設置する機構と、膜が設置されたチャンバに電解液及び測定対象物質を導入する導入口と、膜を挟んで設けられる第1の電極及び第2の電極と、第1の電極及び第2の電極との間に電圧を印加する電源と、電圧を印加することにより得られる電流値を検出する電流計と、光源及び電源を制御する制御部と、膜に電圧を印加することにより形成される孔の大きさと電流値との関係を記憶した記憶部とを備え、制御部は、膜に対し光を照射しながら又は照射後に前記第1の電極と第2の電極との間に第1の電圧を印加し、第1の電圧の印加後に第1の電極と第2の電極との間に第2の電圧を印加し、第2の電圧を印加することにより第1の電極と第2の電極との間に流れる電流値を検出する制御を行い、電流値が記憶部に記憶され予め設定した閾値に到達又は超えた場合に膜に孔が形成されたとして制御を繰り返すのを止めることを特徴とする。さらに、生体分子等の測定対象物質を測定するため、形成された孔を通過する測定対象物質又は測定物質に付加された標識発光体が、光源からの光を受けて放出する光を検出する色識別機構を備えた光検出器を有し、記憶部は、測定対象物質を構成する物質毎の光検出値を記憶していることを特徴とする。また測定対象物質を測定する別の構成として、第1の電極と第2の電極との間に電圧を印加することにより、形成された孔を測定対象物質が通過するのに伴い流れる電流値について、記憶部は、測定対象物質を構成する物質毎の値を記憶していることを特徴とする。
【0022】
さらに、孔形成方法として、電極対がギャップを挟んで載置された絶縁性の膜を電解液中に設置し、電極対に電圧を印加しながら、又は電圧を印加した後に、膜を挟んで設置された第1の電極と第2の電極との間に第1の電圧を印加する第1の工程と、第1の工程後、第1の電極と第2の電極との間に第2の電圧を印加し、第2の電圧を印加することにより第1の電極と第2の電極との間に流れる電流値を検出する第2の工程と、第1の工程と第2の工程を繰り返す手順を、電流値が予め設定した閾値に到達又は超えた場合に止めることを特徴とする。
【0023】
また、本発明の測定装置は、電極対がギャップを挟んで載置された絶縁性の膜をチャンバに設置する機構と、膜が設置されたチャンバに電解液及び測定対象物質を導入する導入口と、膜を挟んで設けられる第1の電極及び第2の電極と、第1の電極と第2の電極との間に電圧を印加する第1の電源と、電極対に電圧を印加する第2の電源と、第1の電源により電圧を印加することにより得られる電流値を検出する第1の電流計と、電源を制御する制御部と、膜に電圧を印加することにより形成される孔の大きさと電流値との関係を記憶した記憶部とを備え、制御部は、電極対に対し第2の電源から電圧を印加しながら又は印加後に、第1の電極と第2の電極との間に第1の電圧を印加し、第1の電圧の印加後に第1の電極と第2の電極との間に第2の電圧を印加し、第2の電圧を印加することにより第1の電極と第2の電極との間に流れる電流値を第1の電流計により検出する制御を行い、電流値が記憶部に記憶され予め設定した閾値に到達又は超えた場合に膜に孔が形成されたとして制御を繰り返すのを止めることを特徴とする。さらに、測定対象物質を測定するため、形成された孔を測定対象物質が通過するのに伴い流れる電流値を検出する第2の電流計を有し、記憶部は、さらに電流値について測定対象物質を構成する物質毎の値を記憶していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果は以下の通りである。従来のナノポアデバイス形成方法では、狙った位置に孔を形成しようとしても、孔位置や孔寸法の数nmのばらつきが回避できないが、本発明の方法により、計測に相応しい位置に合せて孔形成でき、孔寸法も高精度にモニタしながらオングストロームレベルで制御できる。これにより、光計測方式やトンネル電流計測方式のナノポアを用いて、再現性の良い計測が可能となる。簡便な手法であり、低コスト化も期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の実施の形態を説明するための全図において同一機能を有するものは同一の符号を付すようにし、その繰り返しの説明は可能な限り省略するようにしている。以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。実施例に記載するデバイス構造および材料は、本発明の思想を具現化するための一例であり、材料および寸法などを厳密に特定するものではない。
【実施例1】
【0027】
以下の実施例に示す方法を用いることで、前述の課題を解決することができる。
【0028】
まず、第一の実施例として、メンブレン上にプラズモン増強構造を有し、そのプラズモン増強構造が一例としてBowtie構造であり、Bowtie構造のギャップに精度良く孔を形成した例を示す。
【0029】
図7は、全体装置を示しており、チャンバ104は、電解液等を含んだ水溶液101を導入する水溶液入口106と出口107を備え、絶縁性の膜101を電極1と電極2で挟んで設置するための機構を有している。この水溶液入口106からは電解液や測定対象物質等をチャンバ104に導入することができる。この絶縁性の膜101には、
図4で示したような光が照射されることにより近接場光を発生するような近接場光発生素子404が載置されている。この装置は、この近接場光発生素子404に対して光を照射する光源203を備えている。さらに、電極1と電極2との間に電圧を印加するための電源1(201)、そして、電圧が印加されることにより第1の電極と第2の電極の間を流れる電流を検知する電流計1(202)を備え、それらを制御する制御ユニット701を有する。制御ユニット701は、電源や光源等を制御するのに必要なプロセッサやメモリ等を有する。
【0030】
続いて具体的な例を示す。
【0031】
厚み10nmの孔のあいていないSi
3N
4メンブレン101上に大きさが40nmほどの2個の導体ドットを近接して配置したBowtie構造404を形成したチップをチャンバに装填し、メンブレンで隔離されたチャンバの両側にKCl水溶液105を満たし、これらの両側のチャンバのKCl水溶液中に、それぞれ電極1、電極2を浸した。メンブレンへ孔を形成するため、チャンバ104の周りをシールドボックスで遮光した暗い環境下で、まず、電極1、電極2の間に、電源1により4Vの電圧を2分間印加した。次に、孔の径を測定するため、両電極間に4Vの電圧を30秒間印加し、正確に電流値を測定した。この手順(手順1)を繰り返したところ、6回目で、孔の径を測定するための4Vを印加したときの電流値が800pAまで上昇したため、あらかじめ孔径と電流値との関係を求めておいたデータと照らし合わせ、メンブレンに孔があき孔径2nmに到達したと確認できた。
【0032】
しかしながら、測定用の4Vの電圧印加直後に800pA(孔径2nm相当)であった電流値は、測定用電圧の印加開始から30秒後には、1060pA(孔径2.3nm相当)まで増加してしまった(
図12)。孔の径を測定するための電圧を印加している期間には孔が拡がらないことが望まれる。液中での電圧印加により、はじめの2分で2nmの孔を形成することはできていたが、その後の孔径測定のために印加した4Vの電圧が高過ぎたため、この追加の30秒で孔径が拡がってしまったと考えられる。また、孔の位置は、メンブレン上に形成されているBowtie構造とは無関係の位置に形成されていた。
【0033】
そこで、シールドボックスで遮光した暗い環境下で、電極1、電極2の間に、電源1により4Vの電圧を2分間印加したのち、今度は、孔の径を測定するための電圧を下げ、両電極間に1Vの電圧を30秒間印加し、正確に電流値を測定した。この手順(手順1)を繰り返したところ、8回目で、孔あけのための電圧4Vを印加したときの電流値が800pA(孔径2nm相当)まで上昇した。その直後、孔径測定用の電圧1Vを30秒間印加したが、電圧を低くした効果により、孔径の測定開始時から30秒後の測定終了時まで、孔を流れる電流は200pA(孔径2.0nm相当)のまま、ほぼ不変であった(
図13)。はじめの2分間で孔が形成でき、かつ、その後の30秒で、電圧を低くして孔を流れる電流を測ることで、孔径を拡げることなく正確に2.0nmの孔径が測定できたと考える。しかしながら、孔の位置は、何度試行しても、メンブレン上Bowtie構造の位置とは無関係なランダムな位置に形成されていた。
【0034】
なお、ここまででは、孔形成の位置は定まらなかったが、印加電圧や印加する時間については、以下に述べるような指針が得られた。孔形成に用いた厚み10nmの孔のあいていないSi
3N
4メンブレンでは、4Vの電圧印加を継続すると孔があいて少しずつ孔径が拡大していき、一方、1Vの電圧印加では孔を通してイオン電流が流れ、電流値から孔径を見積もることはできるが孔径は拡大しない。この例では、6〜8回の電圧印加の繰り返しで2nm程の孔形成が完了しているが、例えば、このメンブレンの厚みのままで4Vよりも印加電圧を高くした場合や、これよりも薄いメンブレンの場合には、一回2分の電圧印加での孔の拡がり量が大きくなり、これより少ない回数で所望の孔径に到達することになる。また、材料が絶縁耐性の低いものに変わった場合にも、少ない回数で孔があきやすくなる。こうして、回数が少なくなると、狙いの孔径で停止できず、狙いの孔径を過ぎてしまう場合がありうる。そのような場合には、2分刻みであった孔あけ用の電圧印加を1分刻みに変更するなどして、小刻みに孔径が拡大していく様子を、その都度1Vの電圧で孔径を測定して確認しながら進めることで、狙いの孔径に対し、より精度良く合わせることが可能である。一方、今回の例では、孔径測定をする時間を30秒に固定したが、1Vに下げた場合には孔径測定中に孔か拡がることは無いので、孔径測定をする時間30秒は適当に変えてもかまわない。本実施例では、測定しているイオン電流にノイズがのっており、数秒の測定では孔径の誤差が10%以上と大きかったが、30秒間電流を測定しノイズを平均化することで、10%未満の誤差で孔径を見積もることができた。
【0035】
そこで次に、シールドボックス内に光源1を設置し、オンにして、メンブレン101上に形成されたプラズモン増強構造(Bowtie構造404)に対し光を照射し、Bowtieのギャップ位置に近接場光を発生させた。本実施例では、光源として、波長785nm、出力50mWのレーザを用いた。この状況で、メンブレンで隔離された両側のチャンバ104のKCl水溶液105中に、それぞれ電極1、電極2を浸し(
図7)、電源1により、両電極間に4Vの電圧を2分間印加して、孔あけを試みた。また、その後、孔の径を見積もるため、光源1をオフにして、両電極間に1Vの電圧を30秒間印加し、正確に電流値を測定した。これを6回繰り返した結果、孔あけのための電圧4Vを印加したときの電流値が800pA(孔径2nm相当)まで上昇し、孔があいたことが確認された。その直後に孔径測定用の1Vの電圧を印加したときに孔を流れる電流は、200pA(孔径2.0nm相当)で30秒間変化せず安定となり(
図14)、シールドボックスで遮光した暗い環境下で実施したときと同様に、正確に孔を形成することができ、また、測定中に拡大することなく孔径を見積もることができた。
【0036】
ここで、Bowtie構造の近傍を注意深く観察し、孔が形成された位置を探したところ、2.0nmの孔は、Bowtieのギャップ位置に形成されていることがわかった。照射した光がBowtieによりギャップ位置で桁違いに増強されギャップ近傍のメンブレン材料の電子状態を高密度励起し、絶縁破壊が起こりやすくなったことにより、電極1と電極2の間への電圧印加で、近接場光の最も強いギャップ位置に孔が形成されたものと考えられる(
図15)。
【0037】
なお、孔の径を見積もる際に、光源はオフにせず、光を照射したまま、電極1と電極2の間に電源1により1Vの電圧を印加して、孔を流れる電流を計測することもできるが、光によるチャージアップの影響などで値の正確さを欠くことも考えられるため、孔径測定電圧印加時には光源はオフとしておく方がよい。
【0038】
また、上記では光を照射しながら電圧印加を行って孔形成をしたが、メンブレン上の近接場光発生素子に対して光を事前に照射しておき、近接場光発生素子の近傍で光が増強されることにより所定の位置を劣化させておき、その状態でチャンバの電解液中にメンブレンを設置して電圧印加を行って、孔形成をすることもできる。
【0039】
一方、同様の孔あけを、厚み15nmの孔のあいていないSi
3N
4メンブレン上にBowtie構造を形成したチップに対しても試しに実施した。光源1からの光照射強度、電極1と電極2の間に印加する電圧ともに、厚み10nmのメンブレンの場合と全く同じ条件を適用したところ、4Vでの2分の孔あけと1Vでの30秒の孔径測定の手順を20回まで繰り返しても、なかなか孔があかなかった。そこで、孔あけのための電圧印加と孔径測定のための電圧印加の一連の手順(手順1)を繰り返す毎に、孔あけのための電圧(第1の電圧)を、4Vから、+0.1Vずつ増していく制御を行ったところ、7回目に孔あけ電圧が4.7Vとなったところで電流値が上昇し、孔があいたことが確認できた(
図16)。メンブレンの厚みのバラツキや、貫通したい位置のメンブレンの材質の絶縁耐性のばらつきも考えられるが、このように、孔があかないときに、ひとつの良い方法として、低い値の方から少しずつ孔あけ電圧を増加させていく方法をとれば、孔のあき易さのバラツキは吸収でき、所望の孔をあけたメンブレンチップを高い歩留まりで製造できる。
【0040】
また一方、レーザ光の強度と波長の影響を調べるため、試しに、厚み10nmの孔のあいていないSi
3N
4メンブレン上にBowtie構造を形成したチップに対して、レーザ光強度を10倍にして孔あけ用電圧を2Vに下げた実験、レーザ光の波長を短波長の638nmに換え孔あけ用の電圧を2Vに下げた実験、の2つを行ったところ、電圧は2Vに下げているのにもかかわらず、Bowtieギャップ位置に孔かあくことがわかった。おそらく、Bowtieギャップ位置での励起密度の向上、あるいは、高いエネルギーの準位に励起されたことによるものと考えられる。また、このとき、2Vで2分の孔あけ電圧印加後の30秒間の孔径測定用電圧を、簡単化のために、孔あけ用電圧と同じ2Vと設定しても、孔径測定中にレーザ光をオフにすれば、30秒間では孔径が拡がらないこともわかった。このように、孔あけと孔径測定を繰り返す手順として、孔径測定時に電圧を下げる方法以外に、孔あけ時と孔径測定時の電圧は単純に同じままで、孔あけ時に光照射し、一方、孔径計測時には光照射をオフするだけでも、孔径計測時に孔が拡がってしまうことのない所望の孔あけ条件を設定できることもわかった。ここまでの評価結果を、
図19に整理して示す。孔あけ時に光照射OFFの条件A、Bでは、孔位置が定まらないが、光照射ONの条件C、D、Eでは、孔径計測時に電圧を下げる方法(C)でも、孔あけ時に光の出力(D)やエネルギー(E)を上げ孔径計測時に電圧は下げずに光だけOFFにする方法でも、所望の位置に所望の径の孔あけを行うことができた。
【実施例2】
【0041】
次に、第二の実施例として、メンブレン上にトンネル電流計測用電極対を有し、そのトンネル電流計測用電極対の間のギャップに孔を形成した例を
図8を用いて示す。
【0042】
図8は、全体装置を示しており、
図7と重複するところは説明を省略する。
図8では、絶縁性の膜101には電極対501を有し、電極対501に電圧を印加するための電源2(204)を備える。この電極対501に電圧を印加しながら又は印加後に実施例1に説明したような電圧印加法を実施することにより、電極対501のギャップに孔を形成する。以下に具体例を示す。
【0043】
厚み10nmの孔のあいていないSi
3N
4メンブレン上に、電極対501が形成され、その電極対の先端が対向する位置に3nmのギャップ502を有するチップをチャンバに装填した。また、この電極対501に電圧を印加するための電源2を接続した。メンブレンで隔離されたチャンバの両側にKCl水溶液を満たし、これらの両側のチャンバのKCl水溶液中に、それぞれ電極1、電極2を浸し、これに電源1を接続した。実施例1で示した光励起デバイスとは異なるため、光の影響は無いかもしれないが、同じ実験環境でメンブレンへ孔を形成して比較するために、実施例1で使用したものと同じシールドボックス内の遮光した暗い環境下で実験を行った。
【0044】
まず、トンネル電流計測用電極対に電圧(電源2)を印加しない状態で、電極1、電極2の両電極間に、電源1により4Vの電圧を2分間印加した。次に、孔の径を測定するため、両電極間に1Vの電圧を30秒間印加し、正確に電流値を測定した。これを繰り返すことにより、実施例1のBowtieを形成したメンブレンの場合と同様に、メンブレンに2nmの孔を形成できたが、孔形成位置はトンネル電流計測用電極対とは離れた無関係な位置であった。
【0045】
そこで次に、トンネル電流計測用電極対501に電源2(204)により2Vの電圧を印加し、孔のあいていないメンブレン上の電極対の先端部の3nmのギャップ502に電圧を印加した。ギャップの間にはKCl水溶液が満たされているため、電極対のギャップ間502に電流が流れる。この状況で、メンブレンで隔離された両側のチャンバのKCl水溶液中に、それぞれ電極1、電極2を浸し、電源1により、両電極間に4Vの電圧を2分間印加して、孔あけを試みた。また、その後、孔の径を見積もるため、トンネル電流計測用電極対501の先端部のギャップ間に印加する電圧はオフにして、電極1、電極2の両電極間に電源1により、1Vの電圧を30秒間印加し、正確に電流値を測定した。その結果、250pAで30秒間ほぼ不変となり孔を形成できたことを確認できた。このとき、トンネル電流計測用電極対の電極先端部のギャップ近傍を注意深く観察し、孔が形成された位置を探したところ、長径2.2nm短径2.0nmの楕円に近い孔が、電極先端部のギャップ位置に形成されていることが確認された。
【0046】
Bowtieのギャップに孔を形成した場合と比較して、孔の形状は、若干トンネル電流計測用電極対の先端部のギャップ間で両電極先端の方向にのびたような形となっていた。電源2により印加した電圧によって電極先端部のギャップで電流が誘起され、メンブレン材料の電子励起状態や帯電状態が変化して、絶縁破壊が起こりやすくなったことにより、電極先端部の間のギャップ位置に孔が形成されたものと考えられる。
【実施例3】
【0047】
以上、実施例1、実施例2に示したように、光の増強や局所電流励起などを実現できる機能構造によりメンブレン上の特定の位置を励起して、孔あけ位置を定めることができた。次に、第三の実施例として、メンブレン上にプラズモン増強構造としてBowtieを有するものとメンブレン上にトンネル電流測定用電極対を有するもののうち、一例として、メンブレン上にプラズモン増強構造としてBowtieを有するものを用い、孔あけ電圧、電圧印加回数、孔完成までにかかる時間(スループット)の関係を調査した例を示す。
【0048】
厚み10nmの孔のあいていないSi
3N
4メンブレン上に大きさが40nmほどの2個の導体ドットを近接して配置したBowtie構造を形成したチップをチャンバに装填し、メンブレンで隔離されたチャンバの両側にKCl水溶液を満たし、これらの両側のチャンバのKCl水溶液中に、それぞれ電極1、電極2を浸した。本実施例3では、3nmの孔をあけることを目標とした。メンブレンへ孔を形成するため、シールドボックス内に設置した光源1をオンにして、メンブレン上に形成されたプラズモン増強構造(Bowtie構造)に対し光を照射し、Bowtieのギャップ位置に近接場光を発生させた。この状態で、電極1、電極2の両電極間に、電源1により4Vの電圧を2分間印加した。次に、孔の径を測定するため、両電極間に1Vの電圧を30秒間印加し、正確に電流値を測定した。この手順(手順1)を繰り返し、450pA(孔径3nm相当)に達したところで処理を停止するつもりであった。しかしながら、繰り返し実施して3nmの完成を目指したが、
図17に示すように、手順1を10回繰り返しても、8回目、9回目、10回目では310pAあたりで電流値の増加が飽和する傾向であることがわかった。電流値から孔径を計算すると、孔径2.5nmあたりまでで、孔の拡大が飽和していると解釈された。
【0049】
そこで、手順1を10回行い、孔径測定のための1V印加時の電流が310pAなった時点で、印加電圧を増した処理(手順2)に切り替えてみた。11回目の電圧印加から、孔あけのための印加電圧設定を4Vから5Vに増加させ、その後1Vで孔径を計測する手順(手順2)を、追加で6回(トータルで16回目まで)実施したところ、
図17の11〜16回目に示すように310pAから増加していく傾向を示し、16回目の孔径測定用の1Vの電圧印加時には450pA(孔径3nm)に到達したと判断できた。
【0050】
試しに厚み10nmの孔のあいていないBowtie付きメンブレンをもう1チップ用意して、1回目から孔あけのための印加電圧を5Vと高くして手順1を繰り返した結果、8回目までで、孔径測定用の1Vの電圧印加時の電流が450pA(孔径3nm相当)に到達した。
【0051】
以上のように、電源1の印加電圧一定で手順1を繰り返して孔あけする場合、回数を増すと孔の拡大が飽和していく傾向にあり、追加で孔を拡大したい場合や、はじめから大きい孔を狙う場合には、回数だけ増してもなかなか所望の孔径に到達しない。追加の孔径拡大やもう少し大きい孔を狙って形成したい場合は、孔あけ用電圧を高くして実施すると孔完成までにかかる時間が短くできることがわかった。但し、はじめから電圧を高くしすぎると、手順1を少ない回数実施しただけで、所望の孔径を超えてしまう心配もある。一度拡がり過ぎた孔は再び狭くすることができないため、小さめから狙って、途中で電圧を切り替え、もう少し拡大して完成する製法がよい。
【0052】
なお、
図17に示すように、4Vから5Vに電圧を上げることにより、最終的には3nmの孔径に到達できているが、たとえ5Vに上げたとしても、相変わらず徐々に飽和していく傾向がある。このため、3nm到達に近づくほど一回の孔径拡大量が小さくなり、回数が増えるので効率が悪い。このような飽和特性をあらかじめ把握した上、処理を重ねるごとに徐々に処理時間を延ばしていく制御を行うことによって、処理後半での回数を減らし、効率よく所望の孔径に到達する制御方法も有効に用いることができる。
【実施例4】
【0053】
次に第四の実施例として、孔あけを完了したのち、孔径測定用電圧を印加して孔径を測定する際の精度の向上の例について述べる。
【0054】
図18(a)に、厚み10nmメンブレンへの直径2nmの孔の形成時の電流変化を、
図18(b)に、厚み10nmメンブレンへの直径3nmの孔の形成時の電流変化を示す。ここで、さらに、孔あけ加工の負荷を増して、厚み20nmのメンブレンに直径4nmの孔を形成することを目標として孔あけを実施したときの電流変化を
図18(c)に示す。
【0055】
ここで、孔あけを完了したのち孔径測定用電圧を印加して孔径を測定する工程の電流波形を詳細にみると、特に、
図18(c)では、孔径測定用電圧を印加したタイミングで、一旦、グラフの下方に電流値が振れて、それから一定値に落ち着く挙動が確認された(図中に矢印にて指し示した)。
図18(a)ならびに
図18(b)では、電極1と電極2の間に印加する電圧は、それぞれ4Vと5Vであったが、
図18(c)では、メンブレンが厚く、かつ、大き目の孔径を目指すために高めの8.5Vの高めの電圧をかけた。おそらく、孔あけ時に高めの電圧を印加したことにより、メンブレン材料表面に多くの電荷が蓄積し、孔径測定用の1Vの電圧値に下げた瞬間に蓄積電荷がリリースされることで、このような、一旦、グラフの下方に電流値が振れてから安定する波形になったものと推定した。
【0056】
そこで、推定原因である表面電荷の蓄積を解消するために、
図18(c)の条件(孔あけ電圧8.5V、孔径測定電圧1V)の孔あけ直後に、逆向きの電圧-2Vを5秒間印加し、その後、孔径測定に移行する条件に変更してみた。その結果、孔径測定電圧1V印加時に、一旦、グラフの下方に電流値が振れて、それから一定値に落ち着く挙動がみられなくなり、孔径測定中の電流は一定値となった。
【0057】
このように表面蓄積電荷を逆電圧でリセットすれば、原理的には孔径測定精度が向上し、結果として、より厳密な孔径で形成できるようになると考えられる。本実験の結果、表面電荷の蓄積の影響が特に顕著に現れたのは、特に電圧を8.5Vまで高くしたケースであったが、多かれ少なかれ表面に電荷の蓄積はあり得るので、帯電解消ステップとして、孔形成電圧印加の工程の後に、逆電圧を印加する処理を入れるとよい。孔あけ用電圧による帯電の影響がある場合に、逆電圧印加により、表面に蓄積された電荷が解消され、これにより精度良く孔径が計測できる様子を
図20に示す。
【実施例5】
【0058】
次に、ナノポアデバイスにより、光を用いてDNA分子を測定した例について述べる。全体構成として、
図9に示すように、光源1(203)と光検出器1(206)を用い、光源から近接場光発生素子404のBowtieに光を照射して、孔を通るDNA分子からの光を検出器において測定する。
【0059】
一例として、
図11に示すように、厚み5nmのメンブレン上に光計測方式用のBowtie構造を形成した素子を10個×10個で並列に100個形成したチップをチャンバに装填し、メンブレンで隔離されたチャンバの両側にKCl水溶液を満たし、これらの両側のチャンバのKCl水溶液中に、それぞれ電極1、電極2を浸してセッティングした。メンブレンで隔離された上/下の領域のうち、上側領域の電極1は100個の並列素子に対して、1素子に1個ずつ、合計100個が設置されており、一方、メンブレンの下側領域の電極2は共通電位でよいので、100個のメンブレンに対し共通の1つの電極となっている。100個の素子に光を照射し、この1素子1素子に対し、前述の方法で電圧を印加して孔を形成した。100個のすべてに同時に電圧印加し、同時に孔を形成することも原理的には可能だが、本実施例では、100個のメンブレンに対する100個の電極1のそれぞれに設けたスイッチ505により、ひとつずつ順番に電圧を印加し、ひとつずつ孔径をチェックしながら、100個の孔をそれぞれのbowtieギャップ位置に形成した。その後、メンブレンチップをチャンバから取り外すことなく、そのまま引き続き、DNAの入った水溶液を上側チャンバに注入して、DNA分子の計測に移行した。
【0060】
図11(a)(b)に示すように、光源1よりメンブレン上のBowtieに光を照射し、Bowtieギャップで増強された近接場光を発生させ、孔を通過するDNA分子を励起した。DNA分子の4種塩基に対してそれぞれに標識色素を特異的に付加してあるため、DNA分子が孔を通過したとき、それぞれの色素からの蛍光が、分光手段として色フィルターを用いた光検出器1によりそれぞれ観測され、通過した分子を分析するための信号が得られていることがわかった。本願にて述べている方法で分子が励起される位置に孔位置を合わせ、また、孔径を高精度に制御して形成することにより、初めて実現された。なお、この評価では、DNAの有する4種の塩基(A、G、C、T)を分析するための蛍光色素を励起する光には、波長505nmと642nmのレーザ光の混合光を用いた。後に示す4種の蛍光をどれも光らせるための一般的な波長選択の一つである。プラズモン増強デバイスで励起光の強度が増強されるので、増強度にもよるが、今回の実験では、レーザの出力としては、波長505nm、波長642nmの両者ともに50mW程度のもので十分であった。原理的には、同じ励起波長の光を出力できるものであれば、レーザでなく非コヒレントな光源であっても構わない。このとき、4種の塩基の分析のための色素の選択により、様々な波長を用いることは可能であると考えられるが、一例として、ここでは、分析用の波長として、Aに対しては520nm、Gに対しては666nm、Cに対しては567nm、Tに対しては、702nmを用いた。
【0061】
これら4種の光を識別する機能を備え、順次、得られた光信号を記録していくシステムを構築すれば、DNAシーケンサとして用いることができる。その概要ブロック図を
図22(a)に示す。一例として、色選別機能の部分にカラーフィルター板を用いて分析した信号を
図22(b)に示す。色識別機能については、4種を識別できれば、プリズムや回折格子を用いた分光ユニットであっても構わない。
図22(b)の例では、G、A、G、T、C、Tとの結果が得られた。
【0062】
このような、データ情報が多数集められ、解析部によって、重複する特徴や、複数のデータの重ねあわせからの推定等のコンピューティングを行い、分析した断片のつなぎ合わせから、4種塩基の元の並び順をあきらかにすることができ、DNAシーケンサとしての基本的機能を構成、確認することができた。
【0063】
また一方、光学的測定方法には、この他に、標識色素を使わない方法として、ラマン分光もある。DNA分子の4種塩基は、同じ波長の光で励起されても、分子構造の違いにより励起状態のエネルギー準位が異なるので、それぞれ異なる波長のラマン光を発する。そこで、4種塩基に対して標識色素を付加していないDNA分子についても計測を試みた。分光手段として回折格子分光器を備えた光検出器1により4種それぞれの塩基の特異波長にあわせて、ラマン光を観測することができた。なお、この評価では、ラマン分光の評価として、DNAの有する4種の塩基(A、G、C、T)を励起する光には、638nmまたは785nmのレーザ光を用いた。いずれの波長でも、後述のような4種塩基の分離したラマンスペクトルを得ることができた。蛍光色素の場合と同様に、プラズモン増強デバイスで励起光の強度が増強されるので、レーザの出力としては50mW程度のもので十分であった。但し、ラマン分光では、高分解能な識別が必要であることから、レーザを用いてシャープな単一波長で励起することが望ましい。4種の塩基からは、少しずつ波長差のあるピーク(エネルギーの値では、せいぜい数100cm
-1程度の差のあるピーク)が得られる。分子の構造が異なることにより、振動スペクトル構造が異なり、これが、ラマン分光における観測波長域で、スペクトルのピーク波長の差となって現れる。ラマン分光の分野では、ラマンシフトと呼ばれる。すなわち、4種の塩基でラマンシフトがそれぞれ異なるため、これがラマンスペクトル上で4種の塩基を識別できる分離したピークとなって現れる。
【0064】
これら4種の光(ラマンシフトの違いにより波長が違う光)を識別する機能を備え、
順次、得られた光信号を記録していくシステムを作れば、蛍光方式と同様に、DNAシーケンサとして用いることができる。ラマン分光を用いる場合の概要のブロック図を
図23(a)に示す。一例として、色選別機能の部分に、回折格子分光器と観測点を結像する(一般名称としてラマン顕微鏡と呼ばれる)光学系を用い、685nmの波長で励起した場合に、得られたスペクトルを
図23(b)に示す。また、このように、ピーク波長が分離できているので、これらの4つのピークを用いて、DNAの分析にトライした結果を
図23(c)に示す。
図23(c)の例では、A、T、G、C、T、Aとの結果が得られた。
【0065】
このような、データ情報が集められ、解析部によって、重複する特徴や、複数のデータの重ねあわせからの推定等のコンピューティングを行い、分析した断片のつなぎ合わせから、4種塩基の元の並び順をあきらかにすることができ、DNAシーケンサとしての基本的機能を構成、確認することができた。
【実施例6】
【0066】
次に、ナノポアデバイスにより、封鎖電流によりDNA分子を測定した例について述べる。全体構成として、
図9に示すもののうち、光源1(203)と光検出器1(206)を用いず、メンブレン上下の電極に電圧を印加したときにナノポアを流れる電流を電流計1(202)にてモニターしながら、DNA分子が通過する際の電流の変化を計測する。DNA分子がナノポアをふさぐ封鎖率の違いを測定し、通過した塩基の種類を識別する方法である。一例として、
図11に示すもののうち、光源1(203)、光検出器(206)、ならびに、これに付随する光学系(レンズ、色識別)を用いない構成で説明する。
【0067】
厚み5nmのメンブレン上に光計測方式用のBowtie構造を形成した素子を10個×10個で並列に100個形成したチップをチャンバに装填し、メンブレンで隔離されたチャンバの両側にKCl水溶液を満たし、これらの両側のチャンバのKCl水溶液中に、それぞれ電極1、電極2を浸してセッティングした。メンブレンで隔離された上/下の領域のうち、上側領域の電極1は100個の並列素子に対して、1素子に1個ずつ、合計100個が設置されており、一方、メンブレンの下側領域の電極2は共通電位でよいので、100個のメンブレンに対し共通の1つの電極となっている。100個の素子に光を照射し、この1素子1素子に対し、前述の方法で電圧を印加して2nmの孔を形成した。100個のメンブレンに対する100個の電極1のそれぞれに設けたスイッチにより、ひとつずつ順番に電圧を印加し、ひとつずつ孔径をチェックしながら、100個の孔をそれぞれのBowtieギャップ位置に形成した。その後、メンブレンチップをチャンバから取り外すことなく、そのまま引き続き、DNAの入った水溶液を上側チャンバに注入して、DNA分子の計測に移行した。
【0068】
本実施例では、光学的な測定によりDNA分子を計測することはせず、分子が孔を通過する際に孔を封鎖することにより、孔を流れる電流の減少量を測定することとした(封鎖電流方式)。まず、光源1はオフのまま、電極1と電極2に電源1により電圧を印加し、孔を通過して流れるイオン電流を電源1に取り付けた電流計によりモニタし続けたところ、DNA分子が孔を通過したとき、特徴的なイオン電流の減少(封鎖)がみられ、水溶液中のDNA分子が孔を通過する様子を捉えることができた。
【実施例7】
【0069】
次に、ナノポアデバイスにより、トンネル電流によりDNA分子を測定した例について述べる。全体構成として、
図10に示すように、トンネル電流測定用の電極501にて、DNA分子が孔を通ることに伴い流れる電流を測定する。
【0070】
DNA分子がナノポアを通過する際に、各塩基を流れるトンネル電流を測定し、その違いより、通過した塩基の種類を識別する方法である。一例として、
図21に示すように、厚み5nmのメンブレン上にトンネル電流計測用の電極対を形成した素子を10個×10個で並列に100個形成したチップをチャンバに装填し、メンブレンで隔離されたチャンバの両側にKCl水溶液を満たし、これらの両側のチャンバのKCl水溶液中に、それぞれ電極1、電極2を浸してセッティングした。メンブレンで隔離された上/下の領域のうち、上側領域の電極1は100個の並列素子に対して、1素子に1個ずつ、合計100個が設置されており、一方、メンブレンの下側領域の電極2は、100個のメンブレンに対し共通の1つの電極となっている。100個の素子のトンネル電流計測用の電極対に電源2により電圧を印加して電極対のギャップを励起し、この1素子1素子に対し、前述の方法で電源1により電圧を印加して孔を形成した。100個のすべてに同時に電圧印加し、同時に孔を形成することも原理的には可能だが、本実施例では、100個のメンブレンに対する100個の電極1のそれぞれに設けたスイッチ505により、ひとつずつ順番に電圧を印加し、ひとつずつ孔径をチェックしながら、100個の孔をそれぞれの電極対のギャップ位置に形成した。その後、メンブレンチップをチャンバから取り外すことなく、そのまま引き続き、DNAの入った水溶液を上側チャンバに注入して、DNA分子の計測に移行した。
図21(a)(b)に示すように、電源2よりメンブレン上の電極対に電圧を印加し、DNA分子が孔を通過する際、それぞれの塩基に流れるトンネル電流を測定した。DNA分子の4種塩基の分子構造の違いにより流れるトンネル電流がそれぞれ異なる様子を観測することができ、この方法で、DNAの塩基配列を得ることができることがわかった。本願にて述べている方法で分子にトンネル電流を流せるような電極対ギャップときちんと合った位置に孔位置を合わせ、また、孔径を高精度に制御して形成することにより、初めて実現された。
【実施例8】
【0071】
実施例1-7の手法をもちいたナノポア形成方法をSi
3N
4メンブレン以外に、SiONメンブレン,SiO
2メンブレン、アルミナメンブレン、HfO
2メンブレン, HfSiONメンブレン, TiO
2メンブレン, ジルコニアメンブレン、ZrSiO
4メンブレン, イットリアメンブレンなどの無機材料メンブレンや、その他ポリマ膜などに対しても適用を実施した。バンドギャップなどの材料特性の違いにより孔あけに必要な電圧が材料ごとに異なるが、基本的に上記の材料であれば本技術を適用できることが確認できた。
【0072】
また、光源については、近接場光発生用と、光計測によるDNA分析用とについて、共通したものを用いることができ、測定に適するようにパワーや波長を可変できればよい。