【実施例】
【0035】
次に本発明
によって製造された磁気インピーダンスセンサ用感磁ワイヤを実際に磁気インピーダンスセンサとして使用した場合における効果について、具体的に実施例を示すことにより以下に説明する。
【0036】
まず、最初に本発明
によって製造された感磁ワイヤを前記した極めて微小な磁場測定が要求される金属異物検出用途用に合わせた磁気特性となるよう熱処理した感磁ワイヤについて、表面除去処理条件により異常ノイズの発生状況、磁気分解能がどのように変化するかを確認した実施例について説明する。
【0037】
実施例として用いた感磁ワイヤは、直径30.9μmのCoFeSiB系のアモルファスワイヤである。そして、加工影響残存層の除去処理は、酸によるエッチングと電解エッチングの2種類の方法で行った。酸によるエッチングについては、10%硝酸を用い、処理温度35℃でエッチングの処理時間の変更により線径減少率を変化させて実施した。また電解エッチングは電解液として塩酸にプロピレングリコールを添加した溶液を用い、同様に処理時間の調整で試験片毎に線径減少率を変化させ、異常ノイズの発生状況の変化と磁気分解能への影響について調査した。
【0038】
以下、本実施例における磁気分解能の測定方法について説明する。試験は、3重の磁気シールド内で実験することにより、実験中に外部からの磁場の影響が生じないように配慮した。そして、長さが22mmの感磁ワイヤに絶縁物を介して検出コイルを巻いた状態の磁気インピーダンス素子(以下、MI素子と記す)中の感磁ワイヤに周波数0.25GHzに相当する20〜70mAのパルス電流を入力し、検出コイルに発生した電圧信号を信号処理して、検出コイルから出力されるピーク電圧を測定した。なお、本実施例で示すMI素子構成はあくまでも一例であり、MI素子の構造としては、前記した特許文献に記載されている構造等、その他の公知の素子構造を採用することができる。
【0039】
次に本実施例で用いた磁気インピーダンスセンサ(以下、MIセンサと記す)について
図1により説明する。本実施例で用いたMIセンサ6は、前記したMI素子2とパルス発振回路61と信号処理回路62からなる。そして、信号処理回路62は、サンプルタイミング調整回路621、アナログスイッチ622(図示しないサンプルホールド回路を含む)、増幅器623とからなる。そして、そのセンサの動作は、以下の通りである。
【0040】
まず、パルス発振回路61より発生したパルス電流をMI素子2中の感磁ワイヤ1へ電
極(図示せず)を通じて供給する。すると、外部磁場とパルス電流によるワイヤ円周方向の磁場との作用によって、感磁ワイヤ1中のスピンの回転に基づく電圧が感磁ワイヤ1の周囲に絶縁
物(図示せず)を介して巻かれている検出コイル3に発生する。
【0041】
次に前記パルス電流が感磁ワイヤ1に供給された後、サンプルタイミング調整回路621によって、所定のタイミングでアナログスイッチ622がオンオフされる。これによりアナログスイッチ622は、検出コイル3に発生した外部磁場の大きさに対応した電圧を、サンプリングして増幅器623に伝える。
なお、ここに示した構成はあくまで一例であり、前記した特許文献に記載されている電子回路等、他の公知の電子回路を採用することができる。
【0042】
本実施例では、以上説明した電子回路により測定した電圧により、感磁ワイヤの評価を行っているが、実験は磁気シールドにより外部磁場の影響を遮断しているので、磁場の変化による出力電圧の変化が生じる可能性はない。このような環境で、検出コイルから出力電圧(この電圧は、磁場の存在により出力されたものではないので、以下、ノイズと記す。)であるノイズの時間変化を、いわゆるピーク・ツー・ピークのノイズを測定することにより測定した。より具体的には,感磁ワイヤに印加したパルス電流により検出コイルに発生するピーク電圧を30分間測定し、30分間のピーク電圧の最大値と最小値の差分をとり、この差分を感磁ワイヤの感度で除することで磁気分解能を算出した。
【0043】
また、異常ノイズは、通常ノイズレベルと考えられる出力電圧とは、明らかに異なる出力電圧が30分間の間に1度でも認められた場合に、異常ノイズ発生有りと判断した。前記したような極めて高感度での磁気測定が必要な用途での使用を考えると、長時間の間異常ノイズが全く生じることのない感磁ワイヤが要求されるため、理想的にはより長時間の試験を行うことが必要となるが、30分間実験を行えば、異常ノイズ発生の可能性を大よそ把握し、評価することが可能であるからである。
【0044】
また、パルス電流の立ち上がり時間、立ち下がり時間は共に1nsの条件で実施した。なお、ピーク電圧の測定は、感磁ワイヤに印加するパルス電流の立ち上がり部、立ち下がり部のどちらでも測定が可能であるが、本実施例では立ち下がり部に合わせて前記のサンプルタイミング調整回路621のサンプルタイミング時間を調整して測定を行った。
【0045】
この実験中に異常ノイズが発生すると、通常のノイズによる出力電圧と比較して、ある場合にはプラス側に、またある場合にはマイナス側に突出した電圧が出力されるため、その結果、実験中の出力電圧の最大値と最小値の差が大きくなり、磁気分解能が悪化することになる。以上説明した実験により求めた磁気分解能の結果を表1に示す。表1のうち、No.1〜10が酸によるエッチングを行った結果であり、No.17、18が電解エッチングを行った結果である。また、No.11〜16は全く表面の除去処理を行っていない感磁ワイヤの実験結果である。
【0046】
【表1】
【0047】
表1の結果から明らかなように、金属繊維メーカーにて回転液中紡糸法にて製造し、金属異物測定に適した磁気特性に調整するための熱処理を行ったアモルファルワイヤをそのまま用い、表面の除去処理を全く行っていない比較材(No.11〜16)では、No.16を除き、全て30分の試験中に異常ノイズが発生し、その結果優れた磁気分解能を得ることができなかった。この結果からエッチングによる表面層の除去処理を行わない場合には、かなりの高い確率で異常ノイズが発生し、磁気分解能の悪化の原因となることがわかる。なお、No.16に異常ノイズが確認できなかったのは、測定時間を30分に限定して行ったことと、製造のばらつきが影響した結果によるものと考えられる。製造のばらつきを考えた評価については、後述する。また、線径減少率が60%を超える比較材であるNo.9、10は一時的に大きなノイズとなる異常ノイズは発生することはなかったが、常時発生する通常ノイズの大きさが大きくなり、除去処理を全く行わない実施例と同様に磁気分解能が大きく悪化した。この原因は、前記した通り過大なエッチング処理により表面に新たな凹凸が形成され、表面粗さが増加し、その点が表面に磁区が形成される原因となり、通常ノイズが増大したと考えられる。金属異物を検出するような用途では、10nT以下の微小な磁場を安定して測定可能とすることが必要であり、そのための感磁ワイヤを製造するには、線径減少率を必要以上に高めない方がいいことがこの結果より確認できた。
【0048】
以上の結果に対し、適正な値の線径減少率となるように表面の除去処理がされた本発明の実施例であるNo.1〜8(酸によるエッチング材)、No.17、18(電解エッチング材)は、30分の実験中に1回の異常ノイズの発生も確認できず、0.50〜1.27nTという優れた磁気分解能を得られることが確認できた。従って、条件の最適化次第では、10nT以下の磁気分解能は勿論のこと、1nT以下の磁気分解能の達成も可能であることがわかった。
【0049】
次に、上記実験は、1本ずつの感磁ワイヤについて行った実験結果であるが、感磁ワイヤには当然の如く製造のバラツキ(例えば表面凹凸の有無等)もあるので、多数の感磁ワイヤの性能のばらつきが本発明による加工影響残存層の除去処理によって、どう変化するかを把握しておく必要がある。そこで、前記した実施例で用いた実施材のNo.5に相当する線径減少率18.8%、長さ6mmの感磁ワイヤと、全くエッチング処理を行っていない線径減少率0%,長さ4mmの感磁ワイヤを多数準備し、前記と同様の実験を行い、磁気分解能がどう変化するかを調査した。結果を
図2(No.5と同一条件で酸によるエッチングを行った感磁ワイヤの結果)と
図3(エッチング処理を行っていない感磁ワイヤの結果)に示した。なお、本実験は、異常ノイズ発生による磁気分解能の悪化がより顕著に現れることを期待して、前記実験より反磁界が大きく、感度が低下し、異常ノイズ発生による磁気分解能への影響が大きくなる傾向となるように、前記した実施例と比べてより短い感磁ワイヤを使って実験を行った。
【0050】
図3の結果から明らかなように、エッチング処理を行っていない比較材では、試験時間30分で測定した試料数2338個中約10%の感磁ワイヤについて異常ノイズの発生が認められ、安定して優れた磁気分解能を得ることができず、磁気分解能が5nTを超える実験結果が多数確認された。なお
図3には横軸を20nTまでしか記載していないが、数は少ないものの磁気分解能は最大で100nT超にまで悪化し、前記した優れた磁気分解能が要求される用途には到底使用が困難であることがわかった。それに対し、
図2に示す通り適切な量のエッチングによる加工影響残存層の除去処理を行った実施材であるNo.5は、1348個の試料を準備して同様な実験を行ったが、異常ノイズは全く確認できず、分解能はほぼ正規分布となり、3.5nTを超える分解能の感磁ワイヤは全くなく、平均で約1nTの優れた磁気分解能を得ることが確認できた。
【0051】
なお、上記
図2、
図3の結果は試験時間30分で行った結果を示したものであるが、上記実験を一部の試験材で時間を延長して行ったところ、試験No.5の感磁ワイヤについては、試験時間を1日まで延長しても異常ノイズは全く認められなかった。それに対し、加工影響残存層の除去処理を行っていない比較材については、試験時間30分の場合には異常ノイズの発生率が約10%であったが、試験時間が1日の場合には異常ノイズの発生率が50%となり、前記した
図2と
図3の差よりもさらに性能差が拡大することがわかった。本発明である感磁ワイヤを実際に磁気インピーダンスセンサ用として用いる場合には、当然の如く長期間の間安定した磁気分解能を確保する必要があり、その点を考慮するならば、本発明の効果は非常に顕著であるということができる。なお、
図3に示す通り、磁気分解能は、ばらつきが避けられず、試験時間を長くすると磁気分解能の最大値もより高い値が検出されることから、10nT以下の優れた磁気分解能を安定して得るには、前記した1本のみでの短時間の試験では10nTよりもかなり小さい値以下の磁気分解能が確保できているとともに、異常ノイズの発生がないことが必要と判断される。
【0052】
次に表面層の除去処理によるヒステリシス特性への影響を調査した別の実施例について説明する。
磁気インピーダンスセンサは、前記した通り、金属異物のような数nTレベルの微小磁場測定だけでなく、携帯機器の方位算出等の目的のため、数万nTレベルの地磁気測定にも用いられる。その場合に要求されるのは、例えば前記したAR機能による表示が可能となる程度に精度を向上させることであり、そのためにはヒステリシス特性の改善が重要である。そこで、回転液中紡糸法により製造し、地磁気測定に適した磁気特性となるよう熱処理がされた線径が14.9μm(電解エッチングを行ったワイヤは20.0μm)の感磁ワイヤを準備し、後述の表2に示す様々な条件で表面除去処理を行った長さが12mmの感磁ワイヤに絶縁体を介して検出コイルを巻くことにより準備したMI素子を±200A/m、10MHzの磁場中に設置し、感磁ワイヤに周波数0.1GHzに相当する160mAのパルス電流を前記したパルス発振回路61から電極5を通じて印加し、検出コイルに発生した電圧信号を前記した実施例に記載と同様の信号処理回路で信号処理して、電圧を測定した。また、酸によるエッチング、電解エッチングは、前記した実施例と同様の方法で行った。そして、磁場の大きさと測定した出力電圧から描かれるループにおいて、検出コイル出力が0mVのときの印加磁場の差をヒステリシス特性の値とし、表2に結果を示した。
【0053】
【表2】
【0054】
表2の結果から明らかなように、加工影響残存層の除去処理を全く行っていない比較材No.29〜32は、全て100mG超のヒステリシス値を示し、ヒステリシス特性が劣るものであった。また、No.28は、線径減少率が本発明の条件の範囲外である64.6%である結果であるが、表面の除去処理を全く行っていない比較材に比べれば低いヒステリシス値が得られているが、ヒステリシス特性の改善は、表面の除去処理がされていない感磁ワイヤと比較して、わずかしか認められなかった。これは、前記の磁気分解能の結果と同様に線径減少率を高めた場合に起きる表面状態の変化がヒステリシス特性の値に影響したと考えられる。これに対し、加工影響残存層の除去処理を酸によるエッチング処理又は電解エッチング処理にて本発明の範囲内の線径減少率で行った実施例であるNo.19〜27、33、34は、ヒステリシス値が13.0〜30.3mGと、表面層の除去処理を行わなかった感磁ワイヤに比べ格段に優れた値を示した。但し、本発明では
、線径減少率とヒステリシスの値の関係をみると線径減少率が30%を超えたあたりから上昇傾向になっていることと、表面層の除去処理工程の生産性、ワイヤの効率利用の点
を考慮し、線径減少率
の上限を30%以下
とした。
【0055】
次にエッチング処理の条件による影響がないかについての別の実施例を示す。加工影響残存層の除去処理のため行われる酸によるエッチングと電解エッチングは、処理液の温度、濃度、電解エッチングでは電流値の大きさによって処理速度が変化する。処理速度が変化すると同じ線径減少率でも表面除去処理後の表面状態に変化が生じ、その結果磁気分解能やヒステリシス特性に影響が生じる可能性があると考えられる。そこで、処理液の温度、濃度、電解時の電流値の大きさ等の条件を変化させ、エッチング速度を変化させる一方で、線径減少率を磁気分解能の評価については、試験材No.5と同じ18.8%に固定し、ヒステリシス特性の評価については、試験材No.21と同じ12.7%に固定して、前記した実験と同じ方法で2つの特性に影響が生じないかどうか調査した。その結果を
図4、
図5に示す。この結果から明らかなように、磁気分解能、ヒステリシス値はどちらも、エッチング速度が速くなると値が増加する傾向にあるが、その変化は速度が比較的小さい値の場合は大きくないが、10μm/minを超えるとその変化が急激になることが分かった。これは、除去速度が高くなるほど同じ線径減少率でも表面粗さが高まる傾向にあることが影響していると思われる。但し、エッチングした試験材では異常ノイズの発生はなく、極端にエッチング速度を高めない限り、エッチングを全く行わない場合よりは改善されることもわかった。従って、加工影響残存層の除去処理は速度が10μm/min以下となる条件で行うこと
とする。