(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6210669
(24)【登録日】2017年9月22日
(45)【発行日】2017年10月11日
(54)【発明の名称】塩味増強ペプチド
(51)【国際特許分類】
A23L 27/20 20160101AFI20171002BHJP
【FI】
A23L27/20 D
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-230591(P2012-230591)
(22)【出願日】2012年10月18日
(65)【公開番号】特開2014-79213(P2014-79213A)
(43)【公開日】2014年5月8日
【審査請求日】2015年9月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000226976
【氏名又は名称】日清食品ホールディングス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 敬展
(72)【発明者】
【氏名】田中 充
【審査官】
吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−160649(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/087480(WO,A1)
【文献】
特開平07−289198(JP,A)
【文献】
特表2011−526600(JP,A)
【文献】
特表2011−519278(JP,A)
【文献】
特表2009−544282(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/097344(WO,A1)
【文献】
国際公開第2007/119741(WO,A1)
【文献】
丸善食品総合辞典,丸善株式会社,1998年,152−153頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 5/00−5/30
27/00−27/40
27/60−29/10
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/WPIDS/WPIX/FSTA/FROSTI(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Mintel GNPD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Trp−Leu、Trp−Trp及びTrp−Pheからなる群から選択される1種以上のジペプチドからなる塩味増強剤。
【請求項2】
Trp−Leu、Trp−Trp及びTrp−Pheからなる群から選択される1種以上のジペプチドからなるhENaC活性化剤。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
食塩(塩化ナトリウム:NaCl)は、人間にとって必要不可欠な栄養成分で(Crit.Rev.Food Sci.Nutr.,2009,49,841−851:非特許文献1)、塩味を構成する代表的な成分である。一方で、食塩の過剰摂取は血圧上昇の一因であり、脳卒中や心臓疾患の原因と考えられている。食塩の過剰摂取による生活習慣病のリスク上昇を予防する観点から、厚生労働省は「日本人の食事摂取基準(2010年度版):非特許文献2」において、成人における食塩の目標摂取量を男性で9g未満/日、女性で7.5g未満/日と設定している。また、WHOでは食塩摂取量を5g未満/日を勧めている(Report of a WHO Forum and Technical Meeting,5−7 October 2006,Paris,France,WHO;Geneva,Switzerland,2007.7:非特許文献3)。
【0002】
しかしながら、平成21年度国民栄養・健康調査(:非特許文献4)によれば成人の食塩摂取量は男性で11.1g/日、女性で9.6g/日であり、目標値との隔たりがある。
このような観点から、食塩の摂取量を減らすことが強く求められているが、食品の味に対する役割は単に塩味を付与するだけではなく、苦味の抑制や甘味・旨味の増強など味の相互作用をももたらすことから(Food Qual.Pref.,2003,14, 111−124:非特許文献5)、食塩の添加量を減らした減塩食品は、味がぼけてしまい呈味性が著しく低下するため、食塩摂取の抑制は進んでいない。
【0003】
そこで、食塩代替品や塩味増強素材の探索が広く実施されてきた。食塩代替品としては、食塩(NaCl)の一部をカリウム塩(KCl)、マグネシウム塩(MgCl
2)、あるいはアンモニウム塩(NH
4Cl)で置き換える方法が知られている。しかしながら、これらは苦味・渋味・収斂味などを有することから食品の味質を著しく低下させるという欠点を有している。塩味ペプチドとしてオルニチルタウリン、オルニチル−β−アラニン、グリシルリジン等の塩基性アミノ酸からなるペプチド類(J.Agric.Food Chem.,32,No.5,1984:非特許文献6)なども報告されているが、その効果はわずかである。
【0004】
食塩味増強物質としては、例えばL−アルギニン、L−アスパラギン酸との等モル混合物(米国特許第5145707号:特許文献1)、分子量50,000ダルトン以下のコラーゲンを加水分解して得られるペプチド(特開昭63−3766号:特許文献2)、甘味蛋白質であるソーマチン(特開昭63−137658号:特許文献3)、卵白の蛋白質、ゼラチン、大豆蛋白質、小麦蛋白質、コーン蛋白質、魚蛋白質、乳蛋白質または肉蛋白質等の蛋白質加水分解物(特開平7−289197号:特許文献4)、トレハロース(特開平10−66540号:特許文献5)、クエン酸生産能を有する黒麹菌で製麹した黒麹および黄麹菌で製麹した黄麹の混合物を消化分解して得られる分解液(特開平2−53456号:特許文献6)、陽イオン性界面活性剤であるセチルピリジウム塩単体またはセチルピリジウム塩とアルギニン、リジン等の塩基性アミノ酸との混合物(特表平3−502517号:特許文献7)、炭素数3〜8の飽和脂肪酸モノカルボン酸(特開平5−184326号:特許文献8)、酵母エキス(特開2000−37170号:特許文献9)、蛋白質を加水分解処理及び脱アミド処理して得られるペプチド(国際公開第01/039613号:特許文献10)、塩基性アミノ酸とクエン酸とを反応させて生成する中和塩を主成分とする呈味改良剤(特開2003−144088号:特許文献11)等、数多くの方法が提案されている。
【0005】
しかし、減塩効果、風味、経済性、安全性等の観点から考えると、未だ有効な技術、消費者のニーズにあった技術には到っておらず、食塩を低減しても食塩味および風味を損なわない安全で効果的な減塩技術が強く求められている。
口腔内に取り込まれた味物質は、舌の表面、咽頭、喉頭に分布する味蕾と呼ばれる器官で受容される。味蕾の中には基底細胞、支持細胞および味覚細胞という異なった種類の細胞があるが、この中で味を感じることができるのは味覚細胞で、さらに拡大すると、この味覚細胞の細胞膜表面に味認識の入り口である味覚受容体が発現している。味物質が味覚受容体によって感知されると、細胞内シグナル伝達を経て細胞膜の脱分極が引き起こされ、味細胞に投射している味神経に向けて神経伝達物質が放出される。味細胞から伝達されたシグナルは最終的に味認識の終着点である脳に到達し、味として認知される。塩味を強く感じさせるためには、この一連の流れのどこかで信号が増幅されればよいが、味認識の入り口である味覚受容体に作用する素材は本質的な塩味増強素材であることが予想される。
【0006】
近年の分子生物学やゲノミクスの進展により、味覚受容体が次々と発見され(Nature 2006,444,288−294:非特許文献7)、これらの味覚受容体を発現させた培養細胞を用いた評価手法が開発されている。さらに本手法を用いることで、実際に甘味を増強する甘味増強素材(Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 2010,107,4746−4751:非特許文献8)や、苦味を抑制するような苦味抑制素材(Curr.Biol.,2010,20,1104−1109:非特許文献9)が見出されている。以上の報告からも、塩味受容体に直接作用し、シグナルを増強するような素材も塩味増強素材になりうると考えることは妥当である。
【0007】
塩味の受容機構については未だに不明な点も多いが、塩味受容体は2010年にアミロライド感受性の上皮チャネル(ENaC:Epithelial Na Channel)がα、β、およびγサブユニットからなる複合体でマウスやラットといったげっ歯類の低濃度の食塩、即ち嗜好性の食塩の感受に関与していることが報告されている(Nature 2010,464,297−301:非特許文献10)。ヒト上皮ナトリウムチャネル(hENaC)のα、β、およびγサブユニットに対するコードDNA(cDNA)もすでに単離、これらの遺伝子はクローニングされており(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,1994,91,247−251、およびGenomics,1995,28,560−565:非特許文献11及び12)、ヒトにおいても各サブユニットは全て機能的なナトリウムチャネルの形成に必要であると考えられている(Nature,1994,367,463−467:非特許文献13)。
【0008】
そこで、hENaCのα、β、およびγサブユニットを発現させた培養細胞評価系を用いてhENaCのを活性化する素材を探索すれば、その素材は塩味を増強させる可能性が高いと考えられ、培養細胞評価系を用いたENaC活性化能を有する化合物の探索手法が構築され(特願2006−518896および、特願2009−519912:特許文献12及び13)、S3969というhENaCを活性化させる化合物が見出されている(J.Biol.Chem.、2008、283(18)、11981−11994:非特許文献14)。さらに、S3969の類縁化合物もhENaCの活性化能を有し、さらに食塩と共存することによって食塩のヒトに対する塩味を増強する効果に優れることが発見されている(WO/2011/010748:特許文献14)。しかしながら、上記のhENaCを活性化する素材はいずれも天然には存在しない合成化合物であり、喫食に対する安全性についての検証はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許第5145707号
【特許文献2】特開昭63−3766号
【特許文献3】特開昭63−137658号
【特許文献4】特開平7−289197号
【特許文献5】特開平10−66540号
【特許文献6】特開平2−53456号
【特許文献7】特表平3−502517号
【特許文献8】特開平5−184326号
【特許文献9】特開2000−37170号
【特許文献10】国際公開第01/039613号
【特許文献11】特開2003−144088号
【特許文献12】特願2006−518896号
【特許文献13】特願2009−519912号
【特許文献14】WO/2011/010748号
【非特許文献1】Crit.Rev.Food Sci.Nutr.,2009,49,841−851
【非特許文献2】日本人の食事摂取基準(2010年度版)
【非特許文献3】Report of a WHO Forum and Technical Meeting,5−7 October 2006,Paris,France,WHO;Geneva,Switzerland,2007.7
【非特許文献4】平成21年度国民栄養・健康調査
【非特許文献5】Food Qual.Pref.,2003,14, 111−124
【非特許文献6】J.Agric.Food Chem.,32,No.5,1984
【非特許文献7】Nature 2006,444,288−294
【非特許文献8】Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 2010,107,4746−4751
【非特許文献9】Curr.Biol.,2010,20,1104−1109
【非特許文献10】Nature 2010,464,297−301
【非特許文献11】Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,1994,91,247−251
【非特許文献12】Genomics,1995,28,560−565
【非特許文献13】Nature,1994,367,463−467
【非特許文献14】J.Biol.Chem.、2008、283(18)、11981−11994
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、飲食品に適した安全性の高い塩味増強剤や塩味増強方法を提供することを目的とする。また、hENaCの活性化能を有するトリプトファン含有ペプチドの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは鋭意研究を行う中で、食経験があり、安全性が高い構成アミノ酸として少なくとも1つトリプトファン(Trp)を含有するジペプチドがhENaCの活性化作用を有すること、及び食塩と共存することによって食塩の塩味を増強する効果に優れることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は下記の発明を包含する:
項1、Trp−XあるいはX−Trpのうち、少なくともいずれか一つのジペプチドを含有する塩味増強剤、ここでXはPhe、Leu、Trp、Ala、Arg、Asn,Asp、Cys、Gln、Gly、His、Ile、Lys、Met、Pro、Ser、Thr、Tyr、Valより選択されるアミノ酸を示す。
項2、請求項1に記載のジペプチドと飲食物とを混合する工程を含む飲食品の塩味を調節する方法。
項3、請求項1に記載のジペプチドと飲食物を含有する飲食品。
項4、請求項1に記載のジペプチドを含有するhENaCの活性化剤。
である。
【発明の効果】
【0012】
本発明のTrp含有ジペプチド(Trp−XあるいはX−Trp)は、hENaCの活性化能を有し、食塩と共存することで塩味を増強する効果を有する。よって、本発明の塩味増強剤を用いることにより、減塩食品における塩味の低減感が改善され、食塩の使用量を減量することが可能となる。また、本発明のTrp含有ジペプチドは、天然食品素材中に存在するジペプチドで、長い食経験を有する素材中に含まれるジペプチドであることから安全性は極めて高いと考えられる。
したがって、ナトリウムの摂取量を制限される高血圧患者、心臓血管疾患患者、腎臓病患者等の食事制限を受けている患者や生活習慣病予防の観点から減塩食を摂取している健常人に対して、減塩食を提供するために有用であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施例1における、膜電位色素法を用いたhENaC活性化能の測定例を示す。
【
図2】実施例2における、電気生理学的手法によるhENaC活性化能の測定例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、構成アミノ酸として少なくとも1つトリプトファンを有するジペプチドを有効成分として含有する塩味増強剤に関する。
本発明において構成アミノ酸として少なくとも1つトリプトファンを含有するジペプチドとはトリプトファン−アミノ酸(Trp−X)、又はアミノ酸−トリプトファン(X−Trp)のいずれかのジペプチドのことをさす。これらジペプチドの中で、Trp−Ala、Trp−Arg、Trp−Asn、Trp−Asp、Trp−Cys,Trp−Gln、Trp−Gly、Trp−His、Trp−Ile、Trp−Leu、Trp−Lys、Trp−Met、Trp−Phe、Trp−Pro、Trp−Ser、Trp−Thr、Trp−Trp、Trp−Tyr、Trp−Val、Ala−Trp、Ile−Trp、Leu−Trp、Lys−Trp、Phe−Trp、Tyr−Trpから選ばれるジペプチドに効果が認められ、さらに好ましくはTrp−Leu、Trp−Trp、Trp−Phe、Trp−Cys、Trp−Met、Ile−Trpに特に強い効果が認められる。
【0015】
ジペプチドは合成品でも、天然物から抽出、精製したものでもよい。例えば、Trp−Leuについては、豆腐を紅麹で発酵させた食品である「豆腐よう」から単離、精製することが可能であると考えられる(Biosci.Biotechnol.Biochem.,67(6),1278−1283,2003)。また、蛋白質を蛋白質分解酵素で分解して、精製して用いることもできる。例えば、Trp−Trpについては卵白リゾチームから、Trp−Pheについてはβ―コングリシニンのαサブユニットを酵素処理、精製することで得ることが可能であると考えられる。これらはひとつの種類のジペプチドを高度に精製したものでも複数のジペプチドの混合物でもよく、また、アミノ酸やトリペプチドを含む状態で用いてもよい。添加する食品に応じて、添加量を少なくする必要があれば、高度に精製すればよく、ジペプチド以外の成分の味や風味が影響しないような食品に用いる場合には、純度の低いものでよい。
【0016】
本発明のジペプチドを含有する塩味増強剤は単独で食塩含有飲食品に添加することで塩味増強作用を示すが、さらにグアニジニル化合物、もしくはその塩を併用することでその効果は向上する。このとき、用いるグアニジニル化合物としては特にアルギニンが好ましい。アルギニンおよびその塩は市販のもの、あるいは常法により合成、精製されたものいずれを用いるも可能である。添加する量としては、ジペプチド1重量部に対し0.005〜400重量部、特に0.05〜100重量部で添加するのが好ましい。
【0017】
また、これらの化合物を添加した場合、pHがアルカリに傾くため、pHの調節をするのがよい。pHの調整は適当な酸、好ましくはクエン酸、酢酸、乳酸、コハク酸、フマル酸、リン酸、リンゴ酸、リン酸、グルコン酸、硫酸、特に好ましくは塩酸を用いて調整すれば良い。
【0018】
さらに塩化カリウムや塩化マグネシウムなどの無機塩を組み合わせても良い。これらは市販の物を用いれば良く、添加量としてはジペプチド1重量部に対し、0.005〜1000重量部、特に0.1〜200重量部で添加するのが好ましい。
【0019】
また本発明は、本発明塩味増強剤を用いた塩味の増強方法も意図している。前記方法により得られた本発明塩味増強剤を、食塩を含有する飲食品に添加することにより、その食品の塩味を増強することができる。添加する目安としては、添加する食品によるが、本発明のジペプチドを食品中に0.001〜0.5重量%、アルギニンあるいはその塩を0.01〜1.0重量%を配合することで約25%の、また、これに塩化カリウムもしくは塩化マグネシウムを0.1〜1.0重量%程度添加することで、約50%の減塩が可能となる。これを目安に希望する減塩の程度によって本発明の塩味増強剤の量を調整することで、減塩飲食品を得ることが可能になる。本発明の塩味増強方法では、従来の手法の問題点であった苦味や渋味の付与はほとんど見られず良質の塩味増強を達成することが可能である。
【0020】
食品への使用は広く適応することが可能であり、その一例としてラーメン、うどん、そば、ポタージュ、コンソメ、ブイヨン、味噌汁、お吸い物などのスープ、ラーメン、うどん、そば、焼きそば、パスタなどの麺類やパン類、醤油、味噌、ドレッシングなどの食品用調味料、あるいはスナック菓子のシーズニングパウダーなどが挙げられる。
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。実施例では市販のジペプチド(TRP−XあるいはX−Trp)を使用しているが、自ら合成したあるいは酵素分解により得られたものを精製したジペプチドを使用してもよい。
【実施例1】
【0022】
─膜電位色素法を用いたhENaC活性化作用の評価─
HEK293T細胞は不活化した10% fetal bovine serum(Invitrogen)を含むDulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM、Invitrogen)を用いて、37℃、5% CO
2存在下で培養した。hENaCα, hENaCβ, hENaCγの各サブユニットを1:1:1の比率でLipofectamine LTX+Plus reagent(Invitrogen)を用いて一過的に導入した。
【0023】
プラスミドの導入量や手法については、商品マニュアルに準じた。遺伝子導入6時間後に、上述の細胞を96−well black、clear−bottomed CellBIND surface plate(Corning Inc.)に翌日あるいは翌々日に細胞がコンフルエントの状態のようになるように希釈して100μlずつ撒きなおし、12−40時間37℃、5%CO
2存在下で培養した。DMEM培地を除去、アッセイ用バッファー(130mM NaCl、10mM glucose、5mM KCl、2mM CaCl
2、and 1.2mM MgCl
2 in 10mM HEPES、pH7.4;以下HEPESバッファー)でリンスしたのち50μlのHEPESバッファーで満たし、これにHEPESバッファーで溶解した膜電位感受性色素(Molecular Devices membrane potential kit Blue,Molecular Devices Inc.)を50μl負荷した。なお、膜電位感受性色素の濃度は商品マニュアルに準じた。27℃にて10−60分間遮光下静置した後、Flex Station 3(Molecular Devices Inc.)にて、蛍光強度(励起:530nm、検出:565nm、カットオフ:550nm)を2秒ごと27℃で観測、観測開始から20秒後に2倍濃度のHEPESバッファーで溶解した試料溶液を100μl添加し、さらに100秒間蛍光をモニターした。試料溶液添加80秒後の蛍光強度と試料溶液添加前の蛍光強度の差をΔRFU(relative fluorescence units)とした。
【0024】
なお、hENaCα、hENaCβ、hENaCγの発現プラスミドは、Open Biosystemsより下表に示すcDNAを購入、PCRによるコード領域の増幅した後、pEAK10発現ベクターの表1に示す挿入サイトへライゲーションすることで作製した。表1にhENaCの各サブユニットの配列情報を示す。
【0025】
【表1】
【0026】
Trp−X、X−Trp型のジペプチドについて膜電位色素法を用いたhENaCの活性化効果を評価した測定例を
図1に、また結果を表2に示す。陰性対象としてはHEPESバッファーを、陽性対象としてはS3969をJ.Biol.Chem.,2008,283(18),11981−11994に記載の方法に準じ合成して使用した。サンプルの濃度は終濃度がS3969は1μM、ジペプチドが1mMとした。そのため、S3969については2μM、ジペプチドは2mMになるようにHEPESバッファーで溶解し、サンプルを準備した。HEPESバッファーに溶解しづらい化合物については100mMのDMSO溶解液をまず作成し、HEPESバッファーで希釈して作成した。RFU値の変化値が大きい評価サンプルほどhENaCの活性化効果が高いといえる。
図1に膜電位色素法を用いたhENaC活性化効果の測定例を示す。また、表2に膜電位色素法を用いたhENaC活性化効果を示す。
【0027】
【表2】
【0028】
有意差検定は一元配置分散分析(ANOVA)にて検定を行った後、ダネット法による多重解析により検定した。Trp−Cys、Trp−Leu、Trp−Phe、Trp−Trp、Ile−Trp、Phe−Trp、Tyr−Trpには統計学的な有意差が認められた。また、他のジペプチドにおいても統計学的有意差は認められなかったものの、hENaCを活性化している傾向が認められた。
【実施例2】
【0029】
─電気生理学的手法によるhENaC活性化作用の評価─
電気生理学的手法はアフリカツメガエルの卵母細胞にhENaCα、hENaCβ、 hENaCγサブユニットのcRNAを等量ずつ混合したものをマイクロインジェクションしたhENaCαβγ発現卵母細胞を用い、ジペプチド添加に伴う電流値変化を二電極膜電位固定法により観測する手法を用いた。アフリカツメガエルの卵母細胞採取、卵母細胞へのcRNAのマイクロインジェクション、二電極膜電位固定法による電流値測定は文献(中村元直、清水孝雄著:アフリカツメガエル卵母細胞の実験、実験医学 Vol.11、No.3、224−232(1993))に記載の方法に準じた。hENaCα、hENaCβ、hENaCγのサブユニットの遺伝子配列は実施例1の表1に示した通りである。
【0030】
アフリカツメガエルの卵母細胞にhENaCα、hENaCβ、hENaCγサブユニットのcRNAを等量ずつ混合したものを適量マイクロインジェクションし、MBSバッファー(88mM NaCl、1mM KCl、2.4mM NaHCO
3、0.3mM Ca(NO
3)
2・4H
2O、0.41mM CaCl
2・2H
2O、0.82mM MgSO
4・7H
2O、in 15mM HEPES、pH7.6)中、10μMアミロライド存在下、12から72時間16℃で培養した。電流測定装置(Warner Instruments社製、Oocyte Clamp OC−725C)に卵母細胞をセットし、電極を挿入して−60mVに電圧をクランプし電流値を測定した。電流値測定の際のバッファーは、ND96(96mM NaCl、2.5mMKCl、1mM CaCl
2、1mM MgCl
2 in 5mM HEPES,pH7.5)を使用した。電流測定装置の卵母細胞をセット・電流値を測定する灌流槽の容積は100μlであり、そこへ25μlの評価化合物を溶解したND96溶液を添加した時の電流変化を測定することでENaCの活性化能を評価した。そのため、評価化合物は終濃度の5倍の濃度になるようにND96に溶解し準備した。溶解度が低い場合は、まず100mMになるようにまずDMSOに溶解したのち、終濃度の5倍の濃度になるようにND96で希釈して用いた。また、測定装置の灌流槽はND96で灌流(2ml/min.)することで、添加した試料溶液を洗い流せるようにした。二電極電位固定法の実施例を表3に示す。また、二電極電位固定法によるhENaC活性化効果の測定例を
図2に示す。
【0031】
【表3】
【0032】
アミロライドによる効果:Aと評価サンプルによる効果:Bの比から求めるENaC Activation により数値化、一元配置分散分析(ANOVA)にて検定を行った後、ダネット法による多重解析により有意差検定した。表4に電気生理学的手法によるhENaC活性化効果を示す。
【0033】
【表4】
【0034】
表4に示すように、特にTrp−Leu、Trp−Trp、Trp−Phe、Trp−Cys、Trp−Met、Ile−Trpについては有意なENaCの活性化能を有することが確認された。また、これらの化合物群は下記実施例3および4に記載の方法に従って塩味増強効果を有することを確認することができた。
【実施例3】
【0035】
─官能評価による塩味増強効果の評価─
1.チキンスープを用いた評価
実施例2において効果の高いhENaC活性化能を示したTrp−Leu、Trp−Trp、Trp−Phe、これに加えてアルギニン塩酸塩+Trp−Pheについて、官能試験により塩味増強効果の有無を調べた。試験溶液には市販のチキンブイヨンスープの濃縮品(チキンブイヨンE−A、アリアケジャパン株式会社製)を沸騰水で5倍希釈した後、精製塩を加え、塩分濃度を0.5%に調整したものを用いた。この0.5%食塩含有チキンスープをコントロールとし、これに対し、ジペプチドは0.02%、アルギニン塩酸塩については0.1%を溶解させコントロール溶液との2点比較により塩味が増強されているかを検証した。コントロールに対し、大幅に塩味が増強したものを+++、増強したものを++、わずかに増強したものを+、変わらないものを−で表した。
表5にチキンスープを用いた塩味増強効果について示す。
【0036】
【表5】
【0037】
表5の結果から、本発明品はhENaCの活性化能のみならず塩味の増強効果をも有することがわかる。また、アルギニン塩酸塩と混合することでその効果は増大することも認められた。
【0038】
2.即席麺用うどんスープを用いた評価
実施例3の結果から、アルギニン塩酸塩+Trp−Phe添加群がもっとも塩味増強効果に優れていたので、この配合を用いることでどれだけの減塩が可能であるか即席麺用うどんスープを用いて評価した。なお、即席麺用うどんスープは表6に示すとおり調合し、1000mlの熱湯に溶解して評価した。表6に粉末うどんスープ配合について示す。
【0039】
【表6】
【0040】
コントロール配合、減塩配合を1000ml熱湯で溶解したスープの塩分濃度を定量したところ、それぞれ1.04%(W/V)、0.79%(W/V)であった。このことから、減塩配合配合スープはコントロール配合スープを25%減塩したものであるといえる。
減塩配合スープにアルギニン塩酸塩およびTrp−Pheを表7に示す量となるように添加し、Arg−HCl+Trp−Phe添加試験区をした。評価は力価が強いものは++、やや強いものは+、弱いものは−とした。結果を表7に示す。
【0041】
【表7】
【0042】
表7に示すとおり、減塩した配合にTrp−Pheおよびアルギニン塩酸塩を添加することで25%の減塩が可能であり、従来の減塩手法においては付随する異味、異臭は認められなかった。