(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6211023
(24)【登録日】2017年9月22日
(45)【発行日】2017年10月11日
(54)【発明の名称】インフルエンザウイルスの感染抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/732 20060101AFI20171002BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20171002BHJP
A61K 31/711 20060101ALI20171002BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20171002BHJP
【FI】
A61K31/732
A61K31/7088
A61K31/711
A61P31/16
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-30727(P2015-30727)
(22)【出願日】2015年2月19日
(62)【分割の表示】特願2010-122582(P2010-122582)の分割
【原出願日】2010年5月28日
(65)【公開番号】特開2015-96558(P2015-96558A)
(43)【公開日】2015年5月21日
【審査請求日】2015年3月20日
【審判番号】不服2016-15596(P2016-15596/J1)
【審判請求日】2016年10月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000186588
【氏名又は名称】小林製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100122644
【弁理士】
【氏名又は名称】寺地 拓己
(72)【発明者】
【氏名】小出 正文
【合議体】
【審判長】
内藤 伸一
【審判官】
山本 吾一
【審判官】
穴吹 智子
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2004/100966(WO,A1)
【文献】
Gree RH, et al.,The Journal of Experimental Medicine,1947年,86,55−64
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
CA/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペクチンと、
核酸と
を含む混合物を含み、
前記ペクチンと核酸との混合物の濃度は、0.04%以上であり、前記ペクチンの濃度は0.01%以上であり、前記核酸の濃度は0.01%以上であり、
前記ペクチンは、分子量が50000 Da以上であり、前記核酸は、分子量が10000 Da以上であり、
水を溶媒とした溶液又は懸濁液である、
鼻若しくは口腔の粘膜細胞に作用させるための、インフルエンザウイルスの感染抑制剤。
【請求項2】
前記核酸が、デオキシリボ核酸であることを特徴とする請求項1に記載の感染抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インフルエンザウイルスの感染抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザは、オルソミクソウイルス科に属するRNAウイルスであるインフルエンザウイルスに感染することにより生じる。インフルエンザはしばしば大流行し、多数の死者を出している。このため、インフルエンザの治療及び予防について様々な研究がなされている。インフルエンザの治療薬としてはオセルタミビル等が知られている。これらの治療薬は、インフルエンザウイルスが有するノイラミニダーゼを阻害し、インフルエンザウイルスが感染細胞から放出されにくくする。オセルタミビルは、インフルエンザの予防用にも使用されるが、インフルエンザウイルスの細胞への感染を直接阻害する作用は有していない。
【0003】
インフルエンザウイルスの感染を予防する最も直接的な方法は、マスク等により、物理的にインフルエンザウイルスの体内への侵入を防ぐことである。しかし、目に見えない微細なウイルスが体内に侵入することを完全に防ぐことは困難である。
【0004】
ワクチンの投与はインフルエンザの症状の発症の防止及び症状の軽症化に有効であるとされている。しかし、インフルエンザウイルスは頻繁に変異し、多くの亜型が存在する。このため、投与したワクチンの型と流行するインフルエンザウイルスの型とが一致しなければ、大した効果は期待できない。また、仮にワクチンにより血液中にインフルエンザウイルスに対する抗体が形成されたとしても、インフルエンザウイルスが気道の粘膜上皮細胞へ侵入することを阻害するものではない。また、ワクチンの接種にはアレルギー等の副作用のおそれもある。
【0005】
インフルエンザウイルスの変異に影響されにくく且つインフルエンザウイルスの細胞への感染を直接阻害する物質を求めて様々な研究がなされている。人体への安全性という観点から、種々の天然物に由来する成分が検討されている。茶、オレンジ及びカカオ等の種々の植物の抽出物を用いた抗インフルエンザ薬等が開示されている(例えば、特許文献1〜3を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-59463号公報
【特許文献2】特開2005-343836号公報
【特許文献3】特開2007-223970号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
多様なインフルエンザウイルスに対応するためには、普遍的にインフルエンザウイルスの感染を阻害する効果を有する材料の開発が求められている。また、植物由来の成分の多くは、植物からの抽出物であり有効成分が明確に特定されていない。このため、植物の生育環境又は抽出工程のばらつき等により、インフルエンザウイルスの感染を阻害する効果がばらつくおそれがある。また、植物由来の材料であればすべて生体に対して安全であるわけではない。このため、安全性の面からも材料が特定されていることが好ましい。
【0008】
本願発明者らは、生体に対して安全であることが確認されている成分により、インフルエンザウイルスの細胞への感染が阻害できることを見出した。本願は、この知見に基づき、より安全で効果的なインフルエンザウイルスの感染抑制剤を実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
具体的に、本発明に係るインフルエンザウイルスの感染抑制剤は、ペクチンと、核酸とを含む混合物である。
【0010】
本願発明者は、多糖類であるペクチンと、強く負に帯電した巨大分子である核酸とにより、インフルエンザウイルスの細胞への感染を効率良く抑制できることを見出した。ペクチン及び核酸は、いずれも食品成分であり、生体に対する安全性が高い。また、安定して入手が可能な材料である。また、ノイラミニダーゼの阻害剤とは異なり、インフルエンザウイルスが細胞へ侵入することを防ぐことができるため、インフルエンザウイルスが気道の粘膜上皮細胞等へ感染することを直接に阻害することができる。
【0011】
本発明の感染抑制剤において、ペクチンと核酸との混合物の濃度は、0.04%以上とし、ペクチンの濃度は0.01%以上とし、核酸の濃度は0.01%以上とすればよい。
【0012】
本発明の感染抑制剤において、ペクチンは、分子量が50000 Da以上とし、核酸は、分子量が10000 Da以上とすればよい。
【0013】
本発明の感染抑制剤において、核酸はデオキシリボ核酸とすればよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る感染抑制剤によれば、インフルエンザウイルスの細胞への感染を効率良く抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】一実施例に係る感染抑制剤の赤血球凝集抑制試験の結果を示す写真である。
【
図2】一実施例に係る感染抑制剤の赤血球凝集抑制試験の結果を示すチャートである。
【
図3】一実施例に係る感染抑制剤の濃度と感染抑制率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本実施形態に係るインフルエンザウイルスの感染抑制剤は、ペクチンと核酸とを含んでいる。ペクチンは、植物の細胞壁を構成する多糖であり、ほとんどすべての植物に含まれている。このため、由来する植物によりペクチンの構造の細部及び分子量等は異なる。しかし、基本的にはガラクツロン酸のホモポリマーであるホモガラクツロナン及びラムノースとガラクツロン酸とが交互に結合したラムノガラクツロナンを主成分とする。ラムノガラクツロナンのラムノース残基には単糖又は多糖が側鎖として結合している。側鎖を構成する糖は、アラビノース、キシロース、フコース及びラムノース等である。ガラクツロン酸の少なくとも一部はエステル化されている。
【0017】
商業的に入手可能なペクチンとしてリンゴ、柑橘類及び砂糖大根等を原料とするものが知られており、分子量は50000 Da〜360000 Da程度の範囲に分布している。本実施形態の感染抑制剤にはどの様なペクチンであっても用いることができるが、分子量が大きいほどインフルエンザウイルスを捕獲する効果が向上するため、50000 Da以上のものが好ましく、100000 Da以上のものがさらに好ましい。
【0018】
核酸は、五炭糖、リン酸及び塩基から構成された複数のヌクレオチドが結合した高分子である。五炭糖がデオキシリボースであるものをデオキシリボ核酸(DNA)といい、リボースであるものをリボ核酸(RNA)という。DNAに通常含まれる塩基はアデニン、グアニン、シトシン及びチミンである。RNAに通常含まれる塩基はアデニン、グアニン、シトシン及びウラシルである。核酸の各ヌクレオチドは、少なくとも1つの負の電荷を有している。
【0019】
ペクチンと核酸とを含む感染抑制剤を用いることによりインフルエンザウイルスの細胞への感染を効率良く抑制することが可能となる。ペクチンと核酸とを混合した感染抑制剤によりインフルエンザウイルスの細胞への感染を効率良く抑制できる理由は明らかではない。インフルエンザウイルスは、ウイルス表面に存在するヘマグルチニンの働きにより細胞に侵入することが知られている。シアル酸と相同性がある水溶性側鎖とウイルスエンベロープと親和する疎水性エステル基とを有するペクチンと、強い負電荷を有する巨大な分子である核酸とが協同して作用することにより、ヘマグルチニンの働きを阻害したり、インフルエンザウイルスの粘膜表面へのアクセスを妨げるのではないかと考えられる。本実施形態の感染抑制剤により、インフルエンザウイルスによる赤血球の凝集反応を阻害できることが確認できており、このことからも、本実施形態の感染抑制剤はヘマグルチニンの働きを阻害していると強く推測される。このように、本実施形態の感染抑制剤は、インフルエンザウイルスの細胞への侵入を阻害している。細胞内において増殖したインフルエンザウイルスが細胞外へ放出されることを阻害するノイラミニダーゼの阻害剤とは異なる機構によりインフルエンザウイルスの細胞への感染を抑制する。
【0020】
核酸は負電荷を有する巨大分子であればよく、塩基の配列は限定されない。また、糖鎖には影響されずDNAであってもRNAであってもよい。但し、安定性の観点からはDNAの方が好ましい。また、核酸は完全なヌクレオチドだけのポリマーである必要はなく、タンパク質等の他の分子と混合又は結合した状態であっても問題ない。核酸の分子量は、特に問わないが分子量が大きい方がインフルエンザウイルスを捕獲する効果が向上するため、10000 Da以上のものが好ましく、100000 Da以上のものがさらに好ましい。核酸の分子量は高い方が好ましいが、市販されている核酸の分子量は一般的に1000000 Da以下であり、最大でも3000000 Da程度である。この程度の分子量の核酸であっても問題なく使用することができる。
【0021】
ペクチンと核酸との混合物である感染抑制剤の濃度は、0.04%程度以上であることが好ましく、さらに好ましくは0.09%程度以上であることが好ましい。ペクチンと核酸との混合物の濃度が高いほどインフルエンザウイルスの感染を阻害する効果が高くなるが、ペクチンと核酸との混合物の濃度をあまり高くすると、粘度が上昇するため、1%程度以下とすることが好ましく、0.5%程度以下とすることがさらに好ましい。ペクチンと核酸とが共同して作用するため、ペクチンと核酸の一方の濃度が極端に低くない方が好ましく、感染抑制剤中におけるペクチンと核酸との質量比は1:5〜5:1程度とすることが好ましい。ペクチンが多くても、核酸が多くても問題ない。但し、ペクチン及び核酸のそれぞれの濃度が0.01質量%未満とならないことが好ましい。
【0022】
ペクチンと核酸とを含むインフルエンザウイルスの感染阻害剤を、鼻又は口腔の粘膜細胞に作用させることにより、インフルエンザウイルスの粘膜細胞への感染を効果的に抑制することが可能となる。ペクチンも核酸も生体に対して安全性が高い食品成分であるため、生体に対して用いることに何ら問題はない。このため、本実施形態の感染阻害剤を鼻又は口腔の粘膜細胞に作用させる方法は特に限定されない。例えば、スプレー等により鼻孔又は口腔内へ噴霧したり、吸入器等を用いて鼻孔内又は口腔内へ導入すればよい。また、うがい薬として、口腔内へ導入し粘膜細胞に作用させてもよい。これらの場合には、水を溶媒としたペクチンと核酸とを含む溶液又は懸濁液とすればよいが、溶媒に安定剤、分散剤、乳化剤及び希釈剤等を適宜添加してかまわない。また、本実施形態の感染抑制剤はトローチ又はチューインガム等に添加して口腔内に導入することにより、粘膜細胞に作用させてもよい。口腔又は鼻孔内へ導入する場合には香料等を加えてもよい。
【0023】
また、腸内におけるインフルエンザウイルスの感染を抑制するために、感染抑制剤を経口投与してもよい。この場合には感染抑制剤が腸内に届くような、カプセル剤、錠剤、顆粒又はシロップ等とすればよい。
【0024】
吸入剤、うがい薬、トローチ又はその他の製剤として、粘膜細胞又は腸内細胞等に作用させる場合には、作用する部位における感染抑制剤の濃度が0.04%〜1%程度となるようにすればよく、好ましくは0.09%〜0.5%程度とすればよい。
【0025】
さらに、雰囲気中に存在するインフルエンザウイルスと感染抑制剤とを作用させてもよい。この場合には、感染抑制剤を噴霧等により大気中に拡散させればよい。感染抑制剤を床面又は手が触れるドアノブ等に局所的に噴霧してもよい。
【0026】
(一実施例)
以下に、ペクチンと核酸とを含むインフルエンザウイルスの感染抑制剤の一実施例を示す。
図1及び2は、赤血球凝集抑制試験の結果を示している。
図1及び2において、ペクチンには、柑橘類の果皮由来のペクチン(CP Kelo社製:GENU pectin (citrus) type USP-L、ガラクツロン酸74%以上、メトキシル基率6.7以上)を用いた。核酸には、サケ白子由来のDNA(大和化成社製:DNA-Na、Lot:DN-JD0603)を用いた。感染抑制剤中におけるペクチンとDNAとの質量比は、1:1とした。
【0027】
赤血球凝集抑制試験は、一般的な方法に従い以下のようにして行った。単離したモルモット赤血球浮遊液、インフルエンザウイルス(A/PR/8/34(H1N1型)株又はA/Memphis/1/71(H3N2型)株)及びリン酸緩衝生理食塩水(PBS)により所定の濃度とした感染抑制剤を、マイクロタイタープレートのウェルに加えた。所定の時間インキュベーションした後、赤血球の凝集の有無を目視及び顕微鏡下で観察して評価を行った。インフルエンザウイルスを加えていないウェルをネガティブコントロールとした。また、比較例として感染抑制剤に代えてDNAのみを加えて同様の実験を行った。
【0028】
図1に示すように、インフルエンザウイルスを添加していないネガティブコントロールでは赤血球の凝集は生じず、赤血球の沈降のみが認められた。また、感染抑制剤を加えていないウェル及びDNAのみを加えたウェルでは強い赤血球の凝集が観察された。一方、感染抑制剤を加えたウェルでは明らかに赤血球の凝集が阻害された。H3N2型であるA/Memphis/1/71株に対して若干高い赤血球凝集抑制効果を示したが、H1N1型であるA/PR/8/34株に対してもほぼ同程度の赤血球凝集抑制効果が認められた。このことから、本実施形態の感染抑制剤は抗体と異なりインフルエンザウイルスの型に関係なくヘマグルチニン活性の阻害効果を有していると考えられる。
【0029】
図3は、ペクチンと核酸とを含む感染抑制剤によるインフルエンザウイルスの感染抑制効果を示している。感染抑制効果の評価は以下のようにして行った。メイディン・ダービー・イヌ腎臓細胞(MDCK細胞)を無血清培地に播種した後、所定の濃度となるように感染抑制剤を添加した。MDCK細胞を37℃で1時間培養した後、インフルエンザウイルスを含む培地に交換し、34℃で20時間培養を行った。インフルエンザウイルスは、A/Memphis/1/71株を用い、所定の濃度の感染抑制剤を添加した無血清培地にて4℃で1時間放置してから使用した。培養後、無血清培地を除去し、MDCK細胞をメタノールを用いて固定した後、抗ウイルス抗体を用いてインフルエンザウイルスに感染した細胞の免疫染色を行い、染色量を測定した。感染抑制剤を加えていない場合の染色量を感染率100%として、染色量から感染抑制率を求めた。核酸を含まないペクチンだけを添加した場合について同様の操作を行い比較例とした。感染抑制剤は、赤血球凝集抑制試験と同じものを用いた。
【0030】
図2に示すように、核酸を含まないペクチンだけの場合には、0.2%程度の濃度において50%程度の感染抑制率を示した。一方、核酸とペクチンとを含む感染抑制剤の場合には、0.04%程度の濃度において50%程度の感染抑制率を示し、0.09%程度の濃度において80%程度の感染抑制率を示した。また。0.25%程度の濃度における感染抑制率は96%程度となり、ペクチン単独の場合よりも遙かに高い感染抑制効果を示した。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明に係る感染抑制剤は、効率良くインフルエンザウイルスの細胞への感染を抑制することができ、インフルエンザウイルスの感染抑制剤等として有用である。