(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6211273
(24)【登録日】2017年9月22日
(45)【発行日】2017年10月11日
(54)【発明の名称】脂質二重膜デバイス、脂質二重膜デバイスアレイ、脂質二重膜デバイス製造装置及び脂質二重膜デバイスの製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 19/00 20060101AFI20171002BHJP
G01N 27/333 20060101ALI20171002BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20171002BHJP
【FI】
B01J19/00 M
G01N27/333 331Z
G01N27/416 386
【請求項の数】15
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-36626(P2013-36626)
(22)【出願日】2013年2月27日
(65)【公開番号】特開2014-161821(P2014-161821A)
(43)【公開日】2014年9月8日
【審査請求日】2016年1月8日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、新エネルギー・産業技術総合開発機構委託業務「異分野融合型次世代デバイス製造技術開発プロジェクト」事業、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000000376
【氏名又は名称】オリンパス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076233
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 進
(74)【代理人】
【識別番号】100101661
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100135932
【弁理士】
【氏名又は名称】篠浦 治
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 吉彦
【審査官】
宮部 裕一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−091305(JP,A)
【文献】
特開2007−029911(JP,A)
【文献】
特開2008−002851(JP,A)
【文献】
国際公開第2005/071405(WO,A1)
【文献】
特開2006−312141(JP,A)
【文献】
特開2008−194573(JP,A)
【文献】
国際公開第2006/006073(WO,A1)
【文献】
特開昭63−059351(JP,A)
【文献】
特開平03−118832(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 19/00
G01N 27/333
G01N 27/416
C12M 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端面が曲面からなる凸形状で、導電性の含水材料であって、ゲルまたは固体材料からなる突起部と、
導電性の水溶液が蓄えられ、脂質が溶解されている油性溶液層が前記水溶液の液面を覆っている貯液槽と、
前記油性溶液層の上方に配置されている前記突起部の先端面と、前記水溶液の前記液面との間に形成された前記脂質からなる脂質二重膜と、を具備することを特徴とする脂質二重膜デバイス。
【請求項2】
前記突起部と前記水溶液との間の電気抵抗を測定するための一対の電極を有することを特徴とする請求項1に記載の脂質二重膜デバイス。
【請求項3】
ポンプによる前記水溶液の前記貯液槽への注入、または、駆動部による前記貯液槽の上昇により、前記水溶液の前記液面が、上昇することにより、前記先端面が前記水溶液の前記液面に近接し、前記脂質二重膜が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の脂質二重膜デバイス。
【請求項4】
前記水溶液に膜タンパク質が溶解しており、
前記脂質二重膜に前記膜タンパク質が組み込まれていることを特徴とする請求項1に記載の脂質二重膜デバイス。
【請求項5】
先端面が曲面からなる凸形状で、導電性の含水材料であって、ゲルまたは固体材料からなる突起部と、導電性の水溶液と、前記水溶液の液面を覆っている、脂質が溶解されている油性溶液層と、前記油性溶液層の上方に配置されている前記突起部の先端面と、前記水溶液の前記液面との間に形成された前記脂質からなる脂質二重膜とを、それぞれが具備する複数の脂質二重膜デバイスを含むことを特徴とする脂質二重膜デバイスアレイ。
【請求項6】
前記水溶液が蓄えられている貯液槽へのポンプによる前記水溶液の注入、または、駆動部による前記貯液槽の上昇により、前記水溶液の前記液面が上昇することにより、前記先端面が前記水溶液の前記液面に近接し、前記脂質二重膜が形成されていることを特徴とする請求項5に記載の脂質二重膜デバイスアレイ。
【請求項7】
それぞれの脂質二重膜デバイスに分離可能であることを特徴とする請求項5に記載の脂質二重膜デバイスアレイ。
【請求項8】
前記複数の脂質二重膜デバイスの、前記脂質二重膜の脂質又は面積の少なくともいずれかが異なることを特徴とする請求項5に記載の脂質二重膜デバイスアレイ。
【請求項9】
導電性の水溶液が蓄えられ、脂質が溶解されている油性溶液層が前記水溶液の液面に浮遊している貯液槽と、
導電性の含水材料であって、ゲルまたは固体材料からなり、曲面からなる凸形状の先端面が前記油性溶液層の上方に配置された突起部と、
前記突起部の前記先端面と、前記水溶液と前記油性溶液層との界面とが、近接するように、いずれかを移動させる駆動部と、を具備し、前記突起部の前記先端面と前記水溶液の前記液面との間に脂質二重膜を形成することを特徴とする脂質二重膜デバイス製造装置。
【請求項10】
脂質二重膜デバイスの前記突起部と前記水溶液との間の電気抵抗を測定する検出部を具備することを特徴とする請求項9に記載の脂質二重膜デバイス製造装置。
【請求項11】
前記駆動部が、前記貯液槽にポンプにより前記水溶液を注入し前記水溶液の前記液面を上昇することにより前記前記脂質二重膜を形成する水溶液注入部であることを特徴とする請求項10に記載の脂質二重膜デバイス製造装置。
【請求項12】
貯液槽内の導電性の水溶液の液面を覆うように、脂質が溶解されている油性溶液が導入され、油性溶液層が形成される工程と、
導電性の含水材料であって、ゲルまたは固体材料からなる突起部の曲面からなる凸形状の先端面が、前記油性溶液層の上方に配置される工程と、
駆動部により、前記突起部の前記先端面と、前記水溶液と前記油性溶液層との界面と、が近接するよう移動することで、前記脂質からなる脂質二重膜が形成される工程と、を具備することを特徴とする脂質二重膜デバイスの製造方法。
【請求項13】
前記駆動部であるポンプによる、前記貯液槽への前記水溶液の注入により前記界面が、上昇することにより前記脂質二重膜が形成されることを特徴とする請求項12に記載の脂質二重膜デバイスの製造方法。
【請求項14】
検出部が、前記突起部と前記水溶液との間の電気抵抗の変化をもとに前記脂質二重膜の形成を検出されることを特徴とする請求項13に記載の脂質二重膜デバイスの製造方法。
【請求項15】
前記水溶液に膜タンパク質が溶解しており、前記膜タンパク質が組み込まれた脂質二重膜が形成されることを特徴とする請求項14に記載の脂質二重膜デバイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオテクノロジー、バイオチップ、膜タンパク質分析、創薬スクリーニング、又はバイオセンサーなどの分野に用いられる脂質二重膜を有する脂質二重膜デバイス、複数の脂質二重膜デバイスを含む前記脂質二重膜デバイスアレイ、前記脂質二重膜デバイスを製造する脂質二重膜デバイス製造装置及び前記脂質二重膜デバイスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体膜の内外で物質輸送/情報伝達に関与する膜タンパク質の機能を、1分子計測によって理解し工学的に応用するためには、単離膜タンパク質が組み込まれた人工脂質二重膜モデル実験系を構築する必要がある。しかし、係る実験系を構築するには熟練した技術を要する。このため、構築された実験系は、再現性が良くはなく、また、構築のスループットも高くはないことがあった。
【0003】
発明者らは、特開2012−205536号公報において、
図1に示すMEMS技術により作製した脂質二重膜(lipid bilayer membrane)を有する脂質二重膜デバイス101を開示している。脂質二重膜デバイス101は、構築のスループット向上、小型化、分析時間の短縮化、必要な試薬の少量化及び高い再現性等を提供した。脂質二重膜デバイス101は、主流路113と、主流路113の側壁に開口する微小憩室(マイクロチャンバー)114と、を有する。
【0004】
主流路113に、水溶液からなる第1液130Aと、脂質二重膜の成分である脂質121を溶解した油性溶液からなる第2液と、水溶液からなる第3液130Bとが、順に注入されると、開口部に脂質二重膜122が形成される。すなわち、第1液130Aが注入されると、第1液130Aが主流路113及び微小憩室114を満たす。第2液が注入されると、第2液は主流路中の第1液130Aを押し流しながら、微小憩室114に取り残された第1液130Aとの間に、脂質121の単分子層が形成された界面を形成する。次に、第3液130Bが注入されると、主流路中の第2液は押し流される。このとき、第2液の脂質121は、すでに形成されている単分子層と重なるため、第1液130Aと第3液130Bとの界面に脂質二重膜122が形成される。
【0005】
脂質二重膜122には、更に所望の膜タンパク質を組み込める。そして、脂質二重膜デバイス101を用いて、電気計測又は蛍光観察を行うことで、モデル実験が行われる。
【0006】
しかし、液体と液体との界面に脂質二重膜122を形成することは容易ではないことがあった。また、液体界面に形成された脂質二重膜122を安定に保持することは容易ではないことがあった。
【0007】
これに対して、特開平5−7770号公報には、
図2に示す、両面が高分子ゲル210A、210Bにより保持された脂質二重膜222が開示されている。
【0008】
固体である高分子ゲル210A、210Bにより保持された脂質二重膜222は、安定性が高いとされている。しかし、高分子ゲル210A、210Bの表面にLB(ラングミュア・プロジェット)法により単層脂質膜を形成することは容易であっても、単層脂質膜が形成された高分子ゲル210A、210Bを貼り合わせて、脂質二重膜222を形成することは容易とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開特開2012−205536号公報
【特許文献2】特開平5−7770号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の実施形態は、安定性の高い脂質二重膜を有する脂質二重膜デバイス、複数の前記脂質二重膜デバイスを含む前記脂質二重膜デバイスアレイ、前記脂質二重膜デバイスを容易に製造できる脂質二重膜デバイス製造装置、及び、安定性の高い脂質二重膜を有する脂質二重膜デバイスを容易に製造できる前記脂質二重膜デバイスの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様の脂質二重膜デバイスは、先端面が曲面からなる凸形状で、導電性の含水材料であって、ゲルまたは固体材料からなる突起部と、導電性の水溶液が蓄えられ
、脂質が溶解されている油性溶液層が前記水溶液の液面を覆っている貯液槽と、前記油性溶液層の上方に配置されている前記突起部の先端面と、前記水溶液の前記
液面との間に形成された前記脂質からなる脂質二重膜と、を具備する。
【0012】
また、本発明の一態様の脂質二重膜デバイスアレイは、先端面が曲面からなる凸形状で、導電性の含水材料であって、ゲルまたは固体材料からなる突起部と
、導電性の水溶液と、
前記水溶液の液面を覆っている、脂質が溶解されている油性溶液層と、前記油性溶液層の上方に配置されている前記突起部の先端面と、前記水溶液の前記
液面との間に形成された前記脂質からなる脂質二重膜とを、それぞれが具備する複数の脂質二重膜デバイスを含む。
【0013】
また、本発明の一態様の脂質二重膜デバイス製造装置は、導電性の水溶液が蓄えられ
、脂質が溶解されている油性溶液層が前記水溶液の液面に浮遊している貯液槽と、導電性の含水材料であって、ゲルまたは固体材料からなり、曲面からなる凸形状の先端面が前記油性溶液層の上方に配置された突起部と、前記突起部の前記先端面と、前記水溶液と前記油性溶液層との界面とが、近接するように、いずれかを移動させる駆動部と、を具備
し、前記突起部の前記先端面と前記水溶液の前記液面との間に脂質二重膜を形成する。
【0014】
また、本発明の一態様の脂質二重膜デバイスの製造方法は、貯液槽内の導電性の水溶液の
液面を覆うように、脂質が溶解されている油性溶液が導入され、油性溶液層が形成される工程と、導電性の含水材料であって、ゲルまたは固体材料からなる突起部の曲面からなる凸形状の先端面が、前記油性溶液層の上方に配置される工程と、駆動部により、前記突起部の前記先端面と、前記水溶液と前記油性溶液層との界面と、が近接するよう移動することで、前記脂質からなる脂質二重膜が形成される工程と、を具備する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の実施形態によれば、安定性の高い脂質二重膜を有する脂質二重膜デバイス、複数の前記脂質二重膜デバイスを含む前記脂質二重膜デバイスアレイ、前記脂質二重膜デバイスを容易に製造できる脂質二重膜デバイス製造装置、及び、安定性の高い脂質二重膜を有する脂質二重膜デバイスを容易に製造できる前記脂質二重膜デバイスの製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図3】第1実施形態の脂質二重膜デバイス製造装置の構造を説明するための図である。
【
図4】第1実施形態の脂質二重膜デバイスの構造を説明するための図である。
【
図5】第1実施形態の脂質二重膜デバイスの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【
図6】第1実施形態の脂質二重膜デバイスの製造方法を説明するための図である。
【
図7】第1実施形態の変形例1の脂質二重膜デバイスの構造を説明するための図である。
【
図8】第1実施形態の変形例1の脂質二重膜デバイスの製造方法を説明するための図である。
【
図9】第1実施形態の変形例2の脂質二重膜デバイスの製造方法を説明するための図である。
【
図10】第1実施形態の変形例2の脂質二重膜デバイスによる電流計測を示す図である。
【
図11】第2実施形態の脂質二重膜デバイス製造装置の構造を説明するための図である。
【
図12】第2実施形態の脂質二重膜デバイス製造装置の構造を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<第1実施形態>
図3及び
図4に示すように、本実施形態の脂質二重膜デバイス(以下、「LBデバイス」ともいう)1は、突起部10と、貯液槽40と、を具備する。貯液槽40は、PDMS(ポリジメチルシロキサン)若しくはフッ素樹脂等の樹脂、シリコン、又はパイレックス(登録商標)ガラス等からなる。突起部10は、先端面が曲面からなる凸形状で、導電性の含水材料からなる。貯液槽40には油性溶液層20が液面を覆っている導電性の水溶液30が蓄えられている。油性溶液層20には、脂質21が溶解されている。そして、脂質21からなる脂質二重膜22が、突起部10の先端面と水溶液30の液面との間に形成されている。
【0018】
突起部10には、電極62が配設されており、貯液槽40には、電極63が配設されている。電極62、63は、突起部10と水溶液30との間の電気抵抗を測定するための一対の電極を構成している。
【0019】
そして、本実施形態の脂質二重膜デバイスの製造装置2は、LBデバイス1と、駆動部であるポンプ50と、検出部61と、を具備する。ポンプ50は貯液槽40に、水溶液30を注入し液面を上昇させる水溶液注入部である。言い換えれば、ポンプ50は突起部10の先端面10SAと、水溶液30と油性溶液層20との界面とが、近接するように両者の相対位置を変化する駆動部である。ポンプ50Aは油性溶液を供給する。
【0020】
検出部61は、一対の電極62、63の間に電気を印加して電気抵抗を計測する電源である。なお、定電圧制御の検出部61は電流を計測し、定電圧駆動の検出部61は電圧を計測する。すなわち、検出部61は、電気抵抗そのものを計測するのではなく、電流又は電圧を計測することで、間接的に電気抵抗を計測している。
【0021】
次に、
図5のフローチャートに沿って、脂質二重膜デバイス製造装置2を用いた脂質二重膜デバイス1の製造方法について説明する。
【0022】
<ステップS11>
貯液槽40に、水溶液30が導入される。水溶液30は、ポンプ50を介して注水されてもよいし、貯液槽40の上部の開口から注水されてもよい。
【0023】
水溶液30には、導電性のある水溶液であれば脂質二重膜の形成に影響がないことを条件として、いかなる成分を含むものであってもよい。水溶液30には、pH緩衝生理食塩水が用いられた。
【0024】
<ステップS12>
ポンプ50Aにより油性溶液が導入され、水溶液30の液面を覆う油性溶液層20が形成される。油性溶液は水溶液30の液面30SAの上方から、例えば、貯液槽40の壁面を伝って水溶液30の液面に供給されることが好ましい。油性溶液層20の油性溶媒には脂質21が溶解されている。
なお、油性溶液層20に覆われると、水溶液30の液面30SAは、油性溶液層20との界面30SAとなる。
【0025】
そして、
図6(A)に示すように、油性溶液層20の脂質21は、水溶液30との界面30SAでは、親水基を水溶液30に向けた単分子膜を形成している。
【0026】
脂質21は、脂質二重膜形成成分であり、親水基(親水性原子団)と疎水基(疎水性原子団)とを有する。脂質21としては、例えば、リン脂質、糖脂質、コレステロール、又は、その他の化合物から、形成する脂質二重膜に応じて適宜選択される。リン脂質は、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、スフィンゴミエリン等である。糖脂質は、セレブロシド、ガングリオシド等である。
【0027】
一方、脂質21を溶解する油性溶媒は、各種の有機溶媒、例えば、ヘキサデカン、スクアレン等から選択される。なお、油性溶媒は絶縁性である。
【0028】
例えば、油性溶媒のヘキサデカンに脂質としてホスファスジルコリン(DPhPC、850356C、Avanti Polar Lipids INC、フナコシ株式会社)を5−20mg/mL添加した油性溶液からなる油性溶液層20が形成された。
【0029】
<ステップS13>
図6(A)に示すように、突起部10が、貯液槽40の上方、すなわち、油性溶液層20の上方に配置される。突起部10の先端面と、水溶液30と油性溶液層20との界面30SAとの距離をdとする。もちろん、ステップS11の前にステップS13が行われてもよい。
【0030】
突起部10は、含水材料からなる固体である。含水材料としては、スポンジ、ガラスファイバーシート、高分子ゲル又は紙等の水を内在できる固体材料から適宜選択される。突起部10の含水率は、30重量%以上99重量%以下が好ましく、特に好ましくは、80重量%以上99重量%以下である。前記範囲内であれば適度の剛性と導電性付与とが容易である。
【0031】
実施形態の突起部10は高分子ゲルであるアガロースからなる。具体的には、突起部10は、アガロースの分散水溶液を加熱し、アガロースを溶解した後、ナトリウム塩又はカリウム塩等の導電成分を加えてから、中空の型に流し込んで室温で凝固することで作製される。電極62は凝固した突起部10に挿入、又は接合等されてもよいし、凝固前に挿入されてもよい。
【0032】
高分子ゲルとしては、ポリアクリルアミド、又はメチルセルロース等の生理学的な温度でゲル化する材料を用いてもよい。
【0033】
なお、
図6(A)等では説明のため、棒状の突起部10の先端部を略半球状に図示しているが、後述するように、少なくとも先端面10SAが曲面からなる凸形状であればよい。
【0034】
また、先端面10SAが曲面からなる凸形状の電極62を用いて、電極62の先端面10SAの表面に、例えば、ディッピング法により薄いアガロース層を形成することで、突起部10を構成してもよい。
【0035】
<ステップS14>
検出部61が、電極62と電極63との間の電気抵抗、すなわち、突起部10と水溶液30との間の電気抵抗の計測を開始する。突起部10の先端面が油性溶液層20の上方にある場合には、空気層が介在するため、電極間は絶縁状態であるため抵抗は非常に高い。
【0036】
電極間に印加する電圧又は電流は仕様により選択される。また交流信号を印加してもよい。
【0037】
なお、
図3では貯液槽40の底面に配設された電極63を例示しているが、電極63は水溶液30と接していれば、貯液槽40の側面に配設されていてもよい。また、貯液槽40を導電体で構成し、電極63の機能を付与してもよい。
【0038】
<ステップS15>
ポンプ50により、水溶液30が油性溶液層20の下方から少しずつ追加注入される。すなわち、貯液槽40の内部の水溶液30の体積が増加するため、水溶液30と油性溶液層20との界面が少しずつ上に移動する。すなわち、水溶液30と油性溶液層20との界面30SAとの距離dが減少する。ポンプ50としては少流量を正確に制御できるシリンジポンプが特に好ましい。
【0039】
図6(B)に示すように、突起部10の先端面が油性溶液層20に浸漬されると、油性溶液層20の脂質21は、突起部10
の先端面10SAでは、親水基を突起部10に向けた単分子膜を形成する。
【0040】
突起部10の先端面が油性溶液層20に浸漬していても、電極62、63の間には、絶縁性の油性溶媒があるため、抵抗は汎用の評価機では計測できないほど、非常に高い。
<ステップS16>
検出部61が検出する電気抵抗が急激に減少するまで、水溶液30の注入(S15)が継続して行われる。
【0041】
<ステップS17>
図6(C)に示すように水溶液30が、更に追加注入されると、突起部10と水溶液30の液面30SAとの間に脂質二重膜22が形成される。脂質二重膜22が形成されると、電極62、63の間の電気抵抗は急激に減少し、計測可能な数ギガオームオーダとなる。
【0042】
検出部61が、脂質二重膜22の形成を検出すると、水溶液30の注入が終了する。脂質二重膜22形成後に水溶液30に膜タンパク質31を導入することで、脂質二重膜22に膜タンパク質31を組み込める。
【0043】
脂質二重膜22の厚さ、すなわち、突起部10と水溶液30の液面30SAとの距離dは、脂質21の種類により異なるが、例えば、5nm以上20nm以下である。
【0044】
このため、突起部10の先端面10SAが曲面からなる凸形状であることが非常に重要である。例えば、先端面10SAが平面であると、距離dを脂質二重膜22の厚さに制御することは容易ではない。これに対して先端面10SAが曲面からなる凸形状の突起部では、脂質二重膜22の厚さに対して距離dが多少小さくても、先端面10SAの一部に、リング状の脂質二重膜22が形成できる。
【0045】
すなわち、脂質二重膜デバイス1では、先端面10SAの全面に脂質二重膜22を形成するのではなく、先端面10SAの一部だけに脂質二重膜22を形成することで、距離dの許容範囲を広くしている。
【0046】
先端面10SAの曲面は曲率半径は、突起部10の半径がDの場合、D以上100D以下であることが好ましい。前記範囲未満では脂質二重膜22の面積が小さく、前記範囲超では距離dの許容範囲が狹くなる。
【0047】
脂質二重膜デバイス1の脂質二重膜22は、固体である突起部10と、液体である水溶液30の液面との間に形成されている。このため、脂質二重膜22は、外乱等の影響を受けにくく安定性が高い。また脂質二重膜22は、脂質二重膜デバイス製造装置2を用いることで容易に製造できる。
【0048】
<第1実施形態の変形例1>
次に、第1実施形態の変形例1の脂質二重膜デバイス1A、及び脂質二重膜デバイス製造装置2A等について説明する。脂質二重膜デバイス1Aは、脂質二重膜デバイス1と類似しているので、同じ機能の構成要素には同じ符号を付し説明は省略する。
【0049】
脂質二重膜デバイス1では、突起部10と水溶液30の液面30SAとの距離dを変化させるための駆動部として簡便に超低速移動を実現できるポンプ50を有していた。しかし、突起部10を下降する駆動部、又は貯液槽40を上昇する駆動部を用いてもよい。すなわち、駆動部は突起部10の先端面10SAと、水溶液30と油性溶液層20との界面30SAとが、近接するように、いずれかを移動できればよい
【0050】
図7に示すように、脂質二重膜デバイス1Aの駆動部50Aは、突起部10Aを押し下げる機械的駆動部である。すなわち、駆動部50Aは突起部10Aの上面と当接する押出棒11を押し下げる。押出棒11は銅等の導電性材料からなることが好ましいが、導線等により突起部10Aと導通していれば非導電性材料であってもよい。
【0051】
貯液槽40Aは上部に突起部10Aを隙間なく挿入できる孔がある。
図8(A)に示すように、孔の内部の油性溶液層20の上面及び下面には脂質21の単分子膜が形成される。突起部10Aが押し下げられると、油性溶液層20は排出部から徐々に排出され、
図8(B)に示すように、突起部10Aと水溶液30との界面に脂質二重膜22が形成される。
【0052】
変形例の脂質二重膜デバイス1A(脂質二重膜デバイス製造装置2A)は、脂質二重膜デバイス1と同様の効果を有する。
【0053】
<第1実施形態の変形例2>
次に、第1実施形態の変形例2の脂質二重膜デバイス1B、及び脂質二重膜デバイス製造装置2B等について説明する。脂質二重膜デバイス1Bは、脂質二重膜デバイス1と類似しているので、同じ機能の構成要素には同じ符号を付し説明は省略する。
【0054】
第1実施形態では水溶液30に、pH緩衝生理食塩水が用いられた。これに対して、膜タンパク質が溶解された水溶液を用いることで、膜タンパク質が組み込まれている脂質二重膜22を作製できる。
【0055】
すなわち、脂質二重膜デバイス1Bでは、脂質二重膜22を形成後に、膜タンパク質が溶解された水溶液が、水溶液30を廃液口(不図示)から押し流すように、注入されると、脂質二重膜22に膜タンパク質が組み込まれる。脂質二重膜デバイス1Bは、水溶液30を排出する排出ポンプを具備していてもよい。
【0056】
例えば、
図9に示すように、膜タンパク質31としてヘモシリンを用いると、取り込まれたヘモリシンが7量体31Sを形成して脂質二重膜22を貫通する微細孔が形成される。
【0057】
水溶液30として、Hanks緩衝塩類溶液(Ca+)14025(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)にαヘモリシン(H9395−.5mg、シグマ アルドリッチジャパン株式会社)を1μg/mLを添加した。
【0058】
図10は、検出部61が60mVの定電圧信号を電極(62、63)の間に印加した場合の、電流の時間変化を示している。時間t1において電流が急激に25pA増加している。この電流増加により脂質二重膜22の形成及び脂質二重膜22へのヘモシリンの組み込みが確認される。
【0059】
なお、時間t2において電流が一度低下しているのは、組み込まれたヘモシリンがはずれたが直ちに再度、組み込まれたためである。また時間t3において電流が更に25pA増加しているのは、脂質二重膜22の2箇所でヘモシリンの7量体が組み込まれ、2つの貫通孔が形成されたためである。
【0060】
また、検出部61が30mVの低電圧信号を印加した場合の、電流の増加ピッチは約12pAであり、90mVの低電圧信号を印加した場合の、電流の増加ピッチは約37pAであった。すなわち、ヘモシリンの7量体により形成される貫通孔の抵抗値は、約2.5×10
6オームである。
【0061】
膜タンパク質が組み込まれている脂質二重膜22の電気抵抗は、組み込まれていない場合と比較すると非常に小さい。このため、変形例の脂質二重膜デバイス1B(脂質二重膜デバイス製造装置2B)では、より確実に脂質二重膜の形成を検知できる。
【0062】
<第2実施形態>
次に第2実施形態の脂質二重膜デバイスアレイ3、及び脂質二重膜デバイスアレイの製造装置2C等について説明する。脂質二重膜デバイスアレイ3等は、脂質二重膜デバイス1と類似しているので同じ機能の構成要素には類似の符号を付し、説明は省略する。
図9及び
図10に示すように、本実施形態の脂質二重膜デバイスアレイ3は、複数の脂質二重膜デバイス1C1〜1C3からなる。
【0063】
なお、
図9等では説明のため、3個の脂質二重膜デバイス1C1〜1C3が、1次元的に、すなわち直線的に配列している状態を例示している。しかし、複数の脂質二重膜デバイスは、2次元的に多数個、例えば10〜100個が配列していることが好ましい。
【0064】
脂質二重膜デバイスアレイ3の複数の脂質二重膜デバイス1C1〜1C3は分離可能である。すなわち、貯液槽40Cは、基板40C4の凹部に、3つの貯液槽40C1〜40C3を嵌合することで作製されている。
【0065】
脂質二重膜デバイス1C1〜1C3は、すでに説明した製造方法により、脂質二重膜22C1〜22C3を形成した後に、基板40C4から、貯液槽40C1〜40C3を突起部10C1〜10C3とともに分離できる。分離前に水溶液30の注入口は封止されることは言うまでも無い。
【0066】
そして、分離された、それぞれの脂質二重膜デバイス1C1〜1C3は、例えば環境モニタセンサとして、それぞれの測定場所に移動して使用できる。
【0067】
なお、
図9等に示す脂質二重膜デバイスアレイ3では、検出部61が、1個の突起部10C2の電極62C2と、電極63C2との間の電気抵抗を検出し、脂質二重膜22C2の形成を検知している。
しかし、脂質二重膜デバイス1C1〜1C3の電極を並列接続して電気抵抗を計測してもよい。
【0068】
また、第1実施形態の変形例の脂質二重膜デバイスのように、膜タンパク質が溶解した水溶液を用いて、膜タンパク質が組み込まれている脂質二重膜を形成してもよい。
【0069】
なお、突起部10の先端面の位置(高さ)を正確に配設することは容易ではない場合もあるが、歩留まり100%ではなく、歩留まり50%であったとしても、脂質二重膜デバイスアレイ3は同時に多数の脂質二重膜デバイス1Cを製造できる。
【0070】
また、複数の脂質二重膜デバイス1C1〜1C3には、脂質又は面積の少なくともいずれかが異なる脂質二重膜22C1〜22C3が形成されていてもよい。すなわち、油性溶液層20C1〜20C3の脂質の種類が異なっていてもよい。また、突起部10C1〜10C3の形状が異なっていてもよい。
【0071】
本実施形態の脂質二重膜デバイスアレイ3によれば、複数の脂質二重膜デバイス1C1〜1C3を同時に一括して製造できる。そして、それぞれの脂質二重膜デバイス1C1〜1C3は、すでに説明した脂質二重膜デバイス1の効果を有する。
【0072】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変えない範囲において、種々の変更、改変等ができる。
【符号の説明】
【0073】
1、1A、1B、1C1〜1C3…脂質二重膜デバイス、2…脂質二重膜デバイス製造装置、3…脂質二重膜デバイスアレイ、10…突起部、20…油性溶液層、21…脂質、22…脂質二重膜、30…水溶液、30SA…液面(界面)、31…膜タンパク質、40…貯液槽、50…ポンプ、61…検出部、62…電極、63…電極