特許第6220306号(P6220306)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6220306カンチレバーの振動特性測定方法及び振動特性測定プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6220306
(24)【登録日】2017年10月6日
(45)【発行日】2017年10月25日
(54)【発明の名称】カンチレバーの振動特性測定方法及び振動特性測定プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01Q 60/32 20100101AFI20171016BHJP
【FI】
   G01Q60/32
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-71071(P2014-71071)
(22)【出願日】2014年3月31日
(65)【公開番号】特開2015-194345(P2015-194345A)
(43)【公開日】2015年11月5日
【審査請求日】2016年10月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】503460323
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100113022
【弁理士】
【氏名又は名称】赤尾 謙一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100110249
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 昭
(74)【代理人】
【識別番号】100116090
【弁理士】
【氏名又は名称】栗原 和彦
(72)【発明者】
【氏名】繁野 雅次
(72)【発明者】
【氏名】鹿倉 良晃
【審査官】 東松 修太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−163392(JP,A)
【文献】 特開2002−277378(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0188752(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q 10/00−90/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
共振周波数f1(Hz)の振動を走査型プローブ顕微鏡のカンチレバーに加えたときの該カンチレバーの振動振幅Vを測定し、
前記振動振幅Vが定常振幅V0の0.90倍に達したときの、前記共振周波数f1の振動を前記カンチレバーに加えたときを時間0とした時間Th(秒)を求め、次式1:
Q値=f1×Th
によりQ値を算出するカンチレバーの振動特性測定方法。
【請求項2】
前記定常振幅V0は、前記共振周波数f1(Hz)の振動を前記カンチレバーに加えてから時間TA(秒)後の振動振幅をVAとし、時間TA/2(秒)の振動振幅がVA×0.95になったときの当該振動振幅である請求項1に記載のカンチレバーの振動特性測定方法。
【請求項3】
前記カンチレバーに加える周波数をスイープして該カンチレバーの振動振幅を表すQカーブを測定する際、スイープ開始周波数とスイープ終了周波数の差分の絶対値をFsw(Hz)とし、このときの前記Qカーブの測定時間をスイープ時間Tsw(秒)としたとき、
次式2:
Tsw(秒)=A×Fsw×(Q/f1)
により(但し、Aは正の定数)、算出したスイープ時間Tsw(秒)を用い、前記Qカーブを測定する請求項1又は2に記載のカンチレバーの振動特性測定方法。
但し、Aは、前記式2を満たす複数のTsw、Fsw、Q値、f1の関係から求める。
【請求項4】
共振周波数f1(Hz)の振動を走査型プローブ顕微鏡のカンチレバーに加えたときの該カンチレバーの振動振幅Vを測定し、
前記振動振幅Vが定常振幅V0の0.90倍に達したときの、前記共振周波数f1の振動を前記カンチレバーに加えたときを時間0とした時間Th(秒)を求め、次式1:
Q値=f1×Th
によりQ値を算出する処理をコンピュータに実行させるカンチレバーの振動特性測定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型プローブ顕微鏡が備えるカンチレバーの振動特性の測定方法及び測定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡は、カンチレバーの先端に取付けた探針を試料表面に近接又は接触させ、試料の表面形状を測定するものである。走査型プローブ顕微鏡の測定モードとしては、(1)探針と試料の間の原子間力を一定に保って試料の表面形状を測定するコンタクト・モード、(2)カンチレバーをピエゾ素子等によって共振周波数近傍で強制振動させ、探針を試料に近接させた時に、両者の間の間欠的な接触によって探針の振幅が減衰するのを利用して試料の形状を測定する方法(以下、適宜「ダイナミック・フォース・モード(DFM測定モード)」という)が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
ところで、カンチレバーは個々に微妙に形状が異なり、その振動特性である共振周波数、及びQ値と呼ばれる測定感度に影響を与える指標もカンチレバー毎に異なっている。そのため、DFM測定モードやノンコンタクト測定モードで、測定を行う際には、予め上記した共振周波数及びQ値を測定しておき、これら値をもとに試料の測定を行う必要がある。
従来、図5に示すようにして、共振周波数及びQ値を測定していた。すなわち、試料からカンチレバーが離れている状態で励振強度を一定に保ち、共振周波数を含んだ周波数範囲を所定のスイープ速度で加振しながら、振幅を測定し、図5に示すQカーブ(周波数・振幅特性)C1を測定する。そして、QカーブC1の波形を解析することにより、共振周波数f1及びQ値を求めることができる。つまり、QカーブC1のピーク位置の周波数f1が共振周波数であり、Q値=f1/Fw(Fw:Qカーブの半値幅(FWHM))で測定される。なお、Q値はカンチレバーの粘性を示す指標であり、試料の測定に際してはカンチレバーの振動から速度信号を検出し、加振信号に加えることで、Q値を制御してより高い分解能を得ることができる。
【0004】
又、共振周波数の測定については、往復の周波数スイープ信号を短時間発生させ、往路と復路それぞれの振幅の最大値の周波数を計測し、その中間値を共振周波数として検出することで、極めて短時間で共振周波数を精度よく測定することが可能である(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−174767号公報
【特許文献2】特開2012−202841号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、図5に示すQカーブの測定は、振動周波数をスイープした(変化させた)ときの振動振幅を取得して行うが、Q値によって最適なスイープ速度(スイープ時間)が異なる。例えば、図5において、スイープ速度を遅くすれば正しいQカーブC1が得られるが、スイープ速度が速すぎるとQカーブはC2となってしまい、Qカーブの波形が変化して正しいQ値と共振周波数f1が得られなくなる。つまり、Q値と共振周波数f1を求めるためにはQカーブを測定する必要があるが、そのQカーブの測定条件自体がQ値に依存するという問題がある。なお、共振周波数f1はQカーブのピーク値であるが、スイープ速度に依存して振幅のピークはスイープ方向にズレ、本来の値と異なる値となる。
従って、従来は、経験に基づいてスイープ速度を決める、スイープ速度を何度も変更して測定を繰り返す、スイープ速度を遅くして長時間かけて測定する、などによりQカーブを測定していた。また、得られたQ値が最適なスイープ速度のもとで正しい値であるかは不明であるため、最適な測定条件の設定からずれた設定で測定を行っていることが多かった。
このように、Q値を正確に求めようとするとQカーブの測定する時間が長くなり、測定効率が低下し、Qカーブの測定時間が短いとQ値が不正確となり、さらに、そもそも得られたQ値が正しい値であるか否かを判定することすらできないという問題がある。
【0007】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、走査型プローブ顕微鏡のカンチレバーの振動特性であるQ値を、Qカーブの測定条件によらずに精度良く測定することができるカンチレバーの振動特性測定方法及び振動特性測定プログラムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明のカンチレバーの振動特性測定方法は、共振周波数f1(Hz)の振動を走査型プローブ顕微鏡のカンチレバーに加えたときの該カンチレバーの振動振幅Vを測定し、前記振動振幅Vが定常振幅V0の0.90倍に達したときの、前記共振周波数f1の振動を前記カンチレバーに加えたときを時間0とした時間Th(秒)を求め、次式1:Q値=f1×ThによりQ値を算出する。
このカンチレバーの振動特性測定方法によれば、予め求めた共振周波数f1に基づき、走査型プローブ顕微鏡のカンチレバーの振動特性であるQ値を、Qカーブの測定条件によらずに精度良く測定することができる。
【0009】
前記定常振幅V0は、前記共振周波数f1(Hz)の振動を前記カンチレバーに加えてから時間TA(秒)後の振動振幅をVAとし、時間TA/2(秒)の振動振幅がVA×0.95になったときの当該振動振幅であるとよい。
このカンチレバーの振動特性測定方法によれば、Q値の測定に必要な定常振幅V0を、比較的短い測定時間で精度よく得られる。
【0010】
前記カンチレバーに加える周波数をスイープして該カンチレバーの振動振幅を表すQカーブを測定する際、スイープ開始周波数とスイープ終了周波数の差分の絶対値をFsw(Hz)とし、このときの前記Qカーブの測定時間をスイープ時間Tsw(秒)としたとき、次式2:Tsw(秒)=A×Fsw×(Q/f1)により(但し、Aは正の定数)、算出したスイープ時間Tsw(秒)を用い、前記Qカーブを測定するとよい。但し、Aは、前記式2を満たす複数のTsw、Fsw、Q値、f1の関係から求める。
このカンチレバーの振動特性測定方法によれば、式1より得られたQ値を用いて、Qカーブ測定における最適なスイープ時間を算出することで、正確なQカーブを効率良く測定することができる。
【0011】
本発明のカンチレバーの振動特性測定プログラムは、共振周波数f1(Hz)の振動を走査型プローブ顕微鏡のカンチレバーに加えたときの該カンチレバーの振動振幅Vを測定し、前記振動振幅Vが定常振幅V0の0.90倍に達したときの、前記共振周波数f1の振動を前記カンチレバーに加えたときを時間0とした時間Th(秒)を求め、次式1:Q値=f1×ThによりQ値を算出する処理をコンピュータに実行させる。


【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、走査型プローブ顕微鏡のカンチレバーの振動特性であるQ値を、Qカーブの測定条件によらずに短時間で測定することができる。また、本発明で測定したQ値に基づいてQカーブ測定における最適なスイープ時間を算出することで、高い精度でのQ値が求められるQカーブ測定を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明が好適に適用される走査型プローブ顕微鏡のブロック図である。
図2】本発明の実施形態によるQ値の測定方法を示す図である。
図3】Q値を算出するサブルーチンのフローを示す図である。
図4】Qカーブを測定するメインルーチンのフローを示す図である。
図5】従来の共振周波数及びQ値の測定方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0015】
図1は本発明が好適に適用される走査型プローブ顕微鏡200のブロック図である。なお、図1(a)が走査型プローブ顕微鏡200の全体図であり、図1(b)はカンチレバー1近傍の部分拡大図である。
図1(a)において、走査型プローブ顕微鏡200は、先端に探針99を有するカンチレバー1と、カンチレバー1に振動を与えるカンチレバー加振部3と、カンチレバー加振部3を駆動させるための加振電源21、制御手段(プローブ顕微鏡コントローラー24、コンピュータ40)等を有する。
コンピュータ40は、走査型プローブ顕微鏡200の動作を制御するための制御基板、CPU(中央制御処理装置)、ROM、RAM、ハードディスク等の記憶手段、インターフェース、操作部等を有する。
【0016】
プローブ顕微鏡コントローラー24は、後述するZ制御回路20、周波数・振動特性検出機構7、粗動機構12、粗動機構12の上方に取り付けられた円筒型のアクチュエータ(スキャナ)11、アクチュエータ11の上方に接続されたステージ10、加振電源21、X,Y,Z出力アンプ22、粗動制御回路23を有する。プローブ顕微鏡コントローラー24はコンピュータ40に接続されてデータの高速通信が可能である。コンピュータ40は、プローブ顕微鏡コントローラー24内の回路の動作条件を制御し、測定されたデータを取り込み制御し、カンチレバー1のQ値及び共振周波数の測定、Qカーブ測定(周波数・振動特性)、表面形状測定、表面物性測定、フォースカーブ測定、などを実現する。
【0017】
粗動機構12は、アクチュエータ11及びその上方のステージ10を大まかに3次元移動させるものであり、粗動制御回路23によって動作が制御される。
アクチュエータ11は、ステージ10(及び試料300)を3次元に移動(微動)させるものであり、ステージ10をそれぞれxy(試料300の平面)方向に走査する2つの(2軸の)圧電素子11a、11bと、ステージ10をz(高さ)方向に走査する圧電素子11cと、を備えている。圧電素子は、電界を印加すると結晶がひずみ、外力で結晶を強制的にひずませると電界が発生する素子であり、圧電素子としては、セラミックスの一種であるPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)を一般に使用することができるがこれに限られない。
圧電素子11a〜11cはX,Y,Z出力アンプ22に接続され、X,Y,Z出力アンプ22に所定の制御信号(電圧)を出力して圧電素子11a、11bをそれぞれxy方向へ駆動し、圧電素子11bをz方向へ駆動する。
ステージ10上に試料300が載置され、試料300は探針99に対向配置されている。
【0018】
カンチレバー1は、カンチレバーチップ部8の側面に接し、片持ちバネの構造を構成している。カンチレバーチップ部8は、カンチレバーチップ部押さえ9により斜面ブロック2に押さえつけられ、斜面ブロック2は、加振器3に固定されている。そして、加振機3は加振電源21からの電気信号により振動し、カンチレバー1及びその先端の探針99を振動させる。カンチレバーの加振方法として、圧電素子、電場や磁場、光照射、電流の通電なども含まれる。
【0019】
そして、カンチレバー1の背面にはレーザ光源30からレーザ光が照射され、カンチレバー1から反射されたレーザ光はダイクロックミラー31に入射し、さらにミラー32で反射されて変位検出器5で検出される。カンチレバー1の上下(z方向)の移動量は、ダイクロックミラー31へ入射されるレーザの光路の変化(入射位置)に反映される。従って、この入射位置からカンチレバー1の変位量が変位検出器5で検出されることになる。つまり、カンチレバー1の振動振幅は、変位検出器5の電気信号の振幅に対応する。
変位検出器5の電気信号の振幅は、プリアンプ50を通過して増幅され、交流−直流変換機構6により振幅の大きさに対応した直流のレベル信号に変換される。
【0020】
交流−直流変換機構6の直流レベル信号は、Z制御回路20へ入力される。Z制御回路20は、DFM測定モードにおける探針99の目標振幅と一致するように、X,Y,Z出力アンプ22のZ信号部へ制御信号を伝達し、Z信号部は圧電素子11bをz方向へ駆動する制御信号(電圧)を出力する。すなわち、試料300と探針99の間に働く原子間力によって生じるカンチレバー1の変位を上述の機構で検出し、探針99(カンチレバー1)の振動振幅が目標振幅となるようにアクチュエータ11cを変位させ、探針99と試料300の接する力を制御する。そして、この状態で、X,Y,Z出力アンプ22にてxy方向にアクチュエータ11a、11bを変位させて試料300のスキャンを行い、表面の形状や物性値をマッピングする。
【0021】
又、交流−直流変換機構6の直流レベル信号は、プローブ顕微鏡コントローラー24の周波数・振動特性検出機構7へ入力される。又、加振電源21からの電気信号も、周波数・振動特性検出機構7へ入力される。周波数・振動特性検出機構7は、交流−直流変換機構6及び加振電源21からの入力に基づいて演算した所定の周波数・振動特性信号をコンピュータ40へ伝達する。
そして、ステージ10のxy面内の変位に対して、(i) ステージ10の高さの変位から3次元形状像を、(ii)共振状態の位相の値から位相像を、(iii)振動振幅の目標値との差により誤差信号像を、(iv)探針試料間の物性地から多機能測定像を、コンピュータ40上に表示し、解析や処理を行うことにより、プローブ顕微鏡として動作させる。
【0022】
次に、本発明の実施形態に係るカンチレバーの振動特性測定方法について説明する。なお、カンチレバーの振動特性の測定は、走査型プローブ顕微鏡200で試料300の表面の測定を行う前に実施し、測定を行うための最適な条件を設定するために行う。FM制御(主にノンコンタクト測定モード)を行う場合は自励発振を行う周波数の初期値の設定とし、AM制御を行う場合は加振する周波数と加振電圧の設定とし、位相制御を行う場合は位相信号が検出可能な周波数範囲の設定とする。
【0023】
次に、図2を参照し、本発明の実施形態によるQ値の測定方法について説明する。
まず、共振周波数f1(Hz)を設定し、この共振周波数f1の振動を加振電源21からカンチレバー1に加えたときのカンチレバー1の振動振幅Vを、変位検出器5を介して取得する。ここで、共振周波数f1は、FFTアナライザーによる熱振動スペクトルや、自励発振回路による発信などから予め求めておくことができる。又、特許文献2に記載されているように、往復の周波数スイープ信号を短時間発生させ、往路と復路それぞれの振幅の最大値の周波数を計測し、その中間値を共振周波数f1として採用してもよい。
このようにして、図2に示すように、共振周波数f1の振動をカンチレバー1に加えたときを時間0として、時間(秒)に対する振動振幅Vの関係のデータ(グラフG)が得られる。なお、振動振幅Vの単位は任意であるが、制御上のカンチレバーの変位の検出素子の出力が電圧であるため、その振幅も電圧(V)とすることが多い。
【0024】
そして、グラフGにて、振動振幅Vが定常振幅V0の0.90以上になったときの時間Th(秒)を求め、次式1:
Q値=f1×Th (1)
によりQ値を算出する。但し、V0は、f1の振動をカンチレバーに加えたときのTA(秒)後の振幅をVAとし、TA/2(秒)の振幅がVA×0.95になったときの当該振幅である。TA/2(秒)の振幅がVA×0.95になれば、振動振幅Vが定常値に十分近付いたとみなすことができる。
【0025】
ここで、Q値=f1/Fw(Fw:Qカーブの半値幅(FWHM))であり、Fwが小さいほど、Qカーブのピークが鋭く、Q値が大きいことになる。そして、1/Fwは時間の次元を持つことから、本発明者は、共振周波数f1を加えたときのカンチレバー1の振動振幅Vが収束する時間が1/Fwに相当すると考え、式1:Q値=f1×Thを規定した。そして、この振幅Vが収束する時間Thとして、振動振幅VがV0に近づくまでの時間として、どの程度の時間を採用すれば精度の高いQ値が得られるかを実験的に求めることで、式1を規定した。
【0026】
つまり、表1に示すように、スイープ速度を十分に遅くしてQカーブC1(図5参照)を測定し、その波形から正確なQ値(Q0=1297)を求めた。次に、上述の方法でグラフGを求め、式1から振動振幅V毎にQ値を算出した。そして、各振動振幅VにおけるQ値と、正確なQ値(Q0)との間の誤差として、{(Q0−Q)/Q0}×100(%)を求めた。表1より、V=V0×0.95のときの時間を用いて式1からQ値を算出した場合、正確なQ値(Q0)とほぼ同一の値となった。又、V=V0×0.90のときの時間を用いて式1からQ値を算出した場合、正確なQ値(Q0)との誤差が約20%であった。
これに対し、V=V0×0.90未満のときの時間を用いて式1からQ値を算出した場合、正確なQ値(Q0)との誤差が20%を大きく超えた。
【0027】
ここで、Q値測定においては、測定環境(真空、大気、溶液など)等によってQ値は大幅に変動(数万〜10以下)する。そして、経験的に、上記の誤差が20%程度であれば実用上利用できることが知られている。従って、表1において、V=V0×0.90及びV=V0×0.95の時の時間であれば、実用上Thとして採用できる。
これより、V=V0×0.90以上のときの時間をThとして採用した。なお、Thを求める際にV0に乗じる上記係数は、0.90以上であれば適宜設定できるが、測定時間を短時間とする観点から、0.90〜0.95の間の値を採用するのが好ましい。
以上のようにして、カンチレバーの振動特性であるQ値を、Qカーブの測定条件によらずに精度良く測定することができる。
【0028】
次に、式1より得られたQ値を用いて、正確なQカーブを効率良く測定する方法について説明する。
まず、上述のようにQ値=f1/Fwであり、これよりFw=f1/Q値となる。一方、Qカーブを測定する際にスイープする範囲の周波数(スイープ開始周波数とスイープ終了周波数の差分の絶対値)をFswとし、Fswの周波数幅でQカーブ測定を行うのに要するスイープ時間をTswとする。又、Fwの周波数幅でQカーブ測定を行うのに要する時間をTwとする。
ここで、時間Twは、周波数であるFwの逆数に比例するから、
Tw=A×(1/Fw)=A×(Q/f1) (a)
となる。但し、Aは定数であり、過去のデータ等から適切なQ値が得られたときのスイープ時間Tswのデータを多数取得し、以下の式2に当て嵌めてAを求めればよい。Aの値としては、5〜100が採用され得るが、より好ましくは10〜50、さらに好ましくは25〜35とすることができる。
【0029】
又、周波数と時間が逆数の関係にあることから、Tswは、Twの(Fsw/Fw)倍であり、上記(a)式から、
Tsw=(Fsw/Fw)×Tw
=(Fsw/Fw)×A×(Q/f1)
=(Fsw/(f1/Q))×A×(Q/f1)
=A×Fsw×(Q/f1) (2)
となる。
【0030】
式2より、ユーザーが設定した任意のFswに対し、最適な測定時間であるスイープ時間Tswを算出することができ、高い精度でQ値を求めることができるQカーブ測定を実現できる。
なお、Fswは、共振周波数f1を中心にすると共に、Fw(Qカーブの半値幅)の4〜10倍程度の値とすることが一般的である。またAが適正範囲より小さいと、Qカーブ形状が歪み、Q値の計測誤差が大きくなる。Aが、適正範囲より大きいと、Q値の計測精度は適正範囲と同程度になるが、計測時間が長くなり測定効率が低下する。
スイープ時間Tswとは、予め設定した周波数範囲で振動周波数を変化させ、該振動周波数の振動を前記カンチレバーに加えたときの該カンチレバーの振動振幅を表すQカーブを測定するときの測定時間である。
【0031】
次に、上記Q値、及びスイープ時間Tswを用い、振動周波数に対する振動振幅を表すQカーブを測定する。これにより、最適なスイープ速度のもとで正しいQカーブが得られ、このQカーブの波形を解析することにより、さらに正確なQ値や共振周波数f1を得ることもできる。
例えば図5において、Fswは、周波数fx〜fyまでの周波数幅であり、スイープ時間Tswは、周波数fx〜fyまで同じ変化率で周波数を変化させたときに要する測定時間である。そして、この周波数範囲Fswで周波数を変化させたときのカンチレバー1の振動振幅Vを測定することで、図5に示すようなQカーブが得られる。
このように、適切なスイープ時間を用いてQカーブを測定することで、不必要にスイープ時間が長くなることが回避され、かつスイープ時間が短過ぎて測定が不正確になることもなく、効率よく正確なQカーブを測定できる。
【0032】
次に、図3図4を参照し、制御手段(プローブ顕微鏡コントローラー24、コンピュータ40)によるカンチレバーの振動特性の測定処理フローについて説明する。なお、制御手段は、実際にはプローブ顕微鏡コントローラー24及びコンピュータ40が有するCPUである。又、図3はQ値を算出するサブルーチン、図4はQカーブを測定するメインルーチンを表す。
なお、コンピュータ40のハードディスク等の記憶手段に本発明のカンチレバーの振動特性測定プログラムが格納され、CPUがこのプログラムを実行して図3図4の処理を行う。
【0033】
図3において、まず、制御手段は、共振周波数f1を含む測定条件を設定する(ステップS2)。ここで、上述のように、共振周波数f1は、FFTアナライザーによる熱振動スペクトルや、自励発振回路による発信などで予め取得しておくことができる。そして、その値を予めコンピュータ40の記憶手段にマップ等で登録しておき、その中からカンチレバー1の種類等に応じて自動的に取得してもよく、又はオペレータが共振周波数f1の値等を入力することで共振周波数f1を設定できる。
【0034】
次にステップS4〜S12の処理を行うが、ステップS4〜S12はQ値を算出する処理を行う前に、加振電圧を0.0Vとしたときの振動振幅V'が所定の値以下であることを確認する処理である。つまり、ステップS4〜S12で所定の値を超える振動振幅V'が測定された場合には、カンチレバーの振動が定常状態に落ち着いていないのでQ値を算出する処理を行わずに、定常状態になるまで待つことになる。なお、ステップS4〜S12での振幅V'は、Q値を算出する際に測定する振動振幅Vとは異なることはいうまでもない。
【0035】
具体的には、ステップS4で制御手段は、加振電圧を0.0V、加振周波数を1kHzに設定し、カンチレバー1を振動していない定常状態にする。そして、制御手段は、カンチレバー1の振動振幅V'を変位検出器5を介して測定し(ステップS6)、閾値(50mV)以下であるか否かを判定する(ステップS8)。ステップS8で「Yes」であれば、上記カンチレバーの振動が定常状態に落ち着いて正常な状態であるとみなし、ステップS13へ移行する。一方、ステップS8で「No」であれば、ステップS10へ移行して所定時間(3秒)閾値(50mV)以下であるか否かを判定する。ステップS10で「No」であればステップS8へ戻り、ステップS10で「Yes」であればステップS12へ移行する。ステップS12では、制御手段は、図3のサブルーチンを継続するか否かを促す画面を表示し、オペレータが操作部を介して判断結果を入力する。そして、ステップS12で「Yes」であればステップS8へ戻り、ステップS12で「No」であれば処理を終了する。
【0036】
次に、ステップS13で制御手段は、加振周波数をステップS2で設定したf1にセットし、加振電圧を所定値に設定し、カンチレバー1を加振させる。そして、制御手段は、カンチレバー1の振動振幅Vを変位検出器5を介して測定する(ステップS14)。ステップS14の測定結果は、図2に示すように共振周波数f1の振動を加えたときからの時間に対する振動振幅Vの関係のデータとして得られる。
次に、制御手段は、定常振幅V0及び時間TA/2(秒)が得られたか否かを判定する。具体的には、ステップS16で制御手段は、ステップS14で取得した複数のデータから、時間TA(秒)の振動振幅をVAとしたとき、時間TA/2(秒)が規定時間以下となるか否かを判定する。ステップS16で「Yes」であればステップS18へ移行する。ステップS16で「No」であれば、振動振幅が定常状態になるまでの時間がかかり過ぎ、システムの動作が正常でない可能性があるので測定を終了する。この場合は、Q値が想定を超える高い値となっているか、正常な共振状態となっていない可能性があるためである。
【0037】
次に、ステップS18で制御手段は、V0が得られたか否かを判定する。ステップS18で「No」の場合、V0が得られない(収束しない)ことになるのでステップS14へ戻り、ステップS18で「Yes」であればステップS20へ移行する。
ステップS20で制御手段は、ステップS14で取得した複数のデータから、振動振幅Vが定常振幅V0の0.95になったときの時間Th(秒)を求め、式1:Q値=f1×ThによりQ値を算出する。ここで、f1はステップS2で設定した値である。
次に、ステップS22で制御手段は、ステップS20で算出したQ値が所定の値(例えば50000)以下であるか否かを判定する。ステップS22で「No」の場合、Q値が異常値をとり、システムが正常でない可能性があるので測定を終了し、ステップS22で「Yes」であればステップS24へ移行する。
ステップS24で制御手段は、ステップS20で算出したQ値を取得し、適宜コンピュータ40の記憶手段に記憶し、処理を終了する。
【0038】
次に、図4を参照し、Qカーブを測定するメインルーチンについて説明する。
図4において、まず、制御手段は、共振周波数f1を測定する(ステップS102)。具体的には、特許文献2に記載された簡便法により、f1を測定する。なお、ステップS102を行わず、共振周波数f1を、FFTアナライザーによる熱振動スペクトルや、自励発振回路による発信などで計測した入力値を共振周波数f1としてもよい。
次に、ステップS104で制御手段は、サブルーチンで取得したQ値をセットする。そして、ステップS106で制御手段は、ステップS102,104で得られたf1、Qに基づき、式2:スイープ時間Tsw(秒)=A×Fsw×(Q/f1)によってスイープ時間Tswを算出する。ここで、定数Aは、5〜100が採用され得るが、好ましくは10〜50、より好ましくは25〜35である。
次に、ステップS108で制御手段は、ステップS106で算出したスイープ時間Tswをもとに、Qカーブを自動的に測定する。具体的には、予め設定した周波数範囲で振動周波数を変化させ(スイープし)、該振動周波数の振動を前記カンチレバーに加えたときの該カンチレバーの振動振幅を表すQカーブを測定するときの測定時間がTswになるように周波数を変化させ、このときのカンチレバー1の振動振幅Vを測定することで、図5に示すようなQカーブが得られる。
【0039】
本発明の振動特性測定プログラムは、上述の図3図4で説明した処理フローをコンピュータプログラムとして適宜コンピュータ40の記憶手段に記憶してなり、プローブ顕微鏡コントローラー24及びコンピュータ40が有するCPUによって実行される。
【0040】
本発明は上記実施形態に限定されない。
【実施例】
【0041】
共振周波数の公称値が25.501kHzであるカンチレバー1を、図1に示す走査型プローブ顕微鏡200に取付け、スイープ速度を十分に遅くしてQカーブC1(図5参照)を測定し、その波形から正確なQ値を求めたところ、Q0=1297となった。次に、上述の方法で、図2に示すグラフGを求め、式1から振動振幅V毎にQ値を算出した。そして、各振動振幅VにおけるQ値と、正確なQ値(Q0)との間の誤差として、{(Q0−Q)/Q0}×100(%)を求めた。
得られた結果を表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
表1より、V=V0×0.95のときの時間を用いて式1からQ値を算出した場合、正確なQ値(Q0)との誤差が2%未満であり、ほぼ同一の値となった。又、V=V0×0.90のときの時間を用いて式1からQ値を算出した場合、正確なQ値(Q0)との誤差が約20%であった。これに対し、V=V0×0.90未満(それぞれV0×0.85〜V0×0.70のときの時間を用いて式1からQ値を算出した場合、正確なQ値(Q0)との誤差が20%を大幅に超えた。
これより、時間Thとして、V=V0×0.90以上のときの時間を採用すればよいことがわかった。
【符号の説明】
【0044】
1 カンチレバー
200 走査型プローブ顕微鏡
C1、C2 Qカーブ
図1
図2
図3
図4
図5