(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6221466
(24)【登録日】2017年10月13日
(45)【発行日】2017年11月1日
(54)【発明の名称】ハプテンの測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20171023BHJP
【FI】
G01N33/53 J
G01N33/53 A
【請求項の数】5
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-156942(P2013-156942)
(22)【出願日】2013年7月29日
(65)【公開番号】特開2015-25787(P2015-25787A)
(43)【公開日】2015年2月5日
【審査請求日】2016年6月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】武藤 悠
【審査官】
草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】
特表平03−504162(JP,A)
【文献】
特開2009−240300(JP,A)
【文献】
特表平11−501397(JP,A)
【文献】
特開2001−174460(JP,A)
【文献】
特表平07−507871(JP,A)
【文献】
米国特許第05616503(US,A)
【文献】
特許第2793587(JP,B2)
【文献】
特公平06−102037(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハプテンと抗ハプテンウサギモノクローナル抗体を反応させ、生成したハプテン−抗ハプテン抗体複合体と抗イムノコンプレックス抗体を反応させる際に、ハプテン類似物質を共存させることを特徴とする、ハプテンの測定方法であって、前記抗イムノコンプレックス抗体が、マウス抗イムノコンプレックス抗体である、方法。
【請求項2】
ハプテン類似物質を、抗イムノコンプレックス抗体より先に反応系中に共存させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ハプテン類似物質を、抗イムノコンプレックス抗体と同時に反応系中に共存させる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
ハプテンがステロイドホルモンである、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
ハプテンがエストラジオールである、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はハプテンの測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
低分子化合物であるハプテンは、通常、競合法とよばれる免疫測定方法によって測定される。競合法は、試料中に含まれるハプテンと、放射性同位元素や酵素などで標識した標識ハプテンとを、一定量の抗ハプテン抗体に対して競合的に反応させる方法である。試料中に含まれるハプテン量が多くなると、標識ハプテンが抗ハプテン抗体へ結合する量が低下する。このことから、標識ハプテンが抗ハプテン抗体へ結合する割合を基にして、試料中に含まれるハプテン量を推定することができる。競合法における測定感度は、用いられる抗ハプテン抗体の親和定数に依存する。親和定数の高い抗ハプテン抗体を得ることは困難であり、そのため、ごく微量のハプテンを測定することは極めて困難であった(非特許文献1)。
【0003】
このような競合法による免疫測定の課題を解決し得る測定方法として、抗イムノコンプレックス抗体を用いた非競合型の免疫測定法が提案されている。抗イムノコンプレックス抗体を用いたハプテン測定系は、例えば以下に示す方法で行なわれ、試料中に含まれるハプテンを競合法によらず測定することができる。
(1)プレート等に抗イムノコンプレックス抗体を固定化する。
(2)標的ハプテンを含む試料と、酵素などで標識した抗ハプテン抗体を添加する。抗イムノコンプレックス抗体は、ハプテンと抗ハプテン抗体からなる免疫複合体に選択的に結合する。そのため、試料中に含まれるハプテン量の増加に伴って、シグナルの増加が観測される。
【0004】
抗イムノコンプレックス抗体を用いた非競合型の免疫測定法の具体例としては、テロラヒドロカンアビノールの測定系(特許文献1)や、プロゲステロンの測定系(特許文献2)があげられる。
【0005】
特許文献3に記載のように、抗イムノコンプレックス抗体は遊離の(免疫複合体を形成していない)抗ハプテン抗体との反応性もわずかながら有している。そのため、標識抗イムノコンプレックス抗体が、ハプテンと未反応の抗ハプテン抗体へ結合し、測定のノイズ、すなわちハプテンの存在に依存しないシグナルの原因となることがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2793587号
【特許文献2】特公平6−102037号公報
【特許文献3】特開2001−174460号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ぶんせき、551−552;2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、抗ハプテン抗体、抗イムノコンプレックス抗体を含む、ハプテン測定系において、測定ノイズを低減することができる測定法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を鑑みてなされた本発明は、以下の態様を包含する。
(1)ハプテンと抗ハプテン抗体を反応させ、生成したハプテン−抗ハプテン抗体複合体と抗イムノコンプレックス抗体を反応させる際に、ハプテン類似物質を共存させることを特徴とする、ハプテンの測定方法。
(2)ハプテン類似物質を、抗イムノコンプレックス抗体より先に反応系中に共存させる、上述(1)に記載の方法。
(3)ハプテン類似物質を、抗イムノコンプレックス抗体と同時に反応系中に共存させる、上述(1)に記載の方法。
(4)ハプテンがステロイドホルモンである、上述(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)抗ハプテン抗体がウサギモノクローナル抗体である、上述(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)ハプテンがエストラジオールである、上述(1)〜(5)のいずれかに記載方法。
以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
(1)ハプテン
本発明におけるハプテンは、通常は競合法により測定されるような分子量の小さい物質であれば特に限定はなく、一例として、トリヨードサイロニン、チロキシン、3,5−ジヨード−L−チロニン等の甲状腺ホルモンや、エストロン、エストラジオール(以下、E2とする)、エストリオール、プロゲステロン(progesterone)、コルチゾール(cortisol)等のステロイドホルモンがあげられる。特に本発明ではステロイドホルモンが好ましく、その中でもE2が更に好ましい。
【0011】
(2)抗イムノコンプレックス抗体
抗イムノコンプレックス抗体は、ハプテンに対する抗体ではなく、ハプテンに対する抗体への抗体でもなく、ハプテンとそれに対する抗体との複合体に対する抗体である。
【0012】
(3)ハプテン類似物質
ハプテン類似物質は抗ハプテン抗体のエピトープの構造を含む分子であり、抗ハプテン抗体とは反応するが、その複合体、即ち、ハプテン類似物質と抗ハプテン抗体との複合体が抗イムノコンプレックス抗体と反応しない物質であればよい。例えば、ハプテン類似物質は、抗ハプテン抗体が認識するエピトープに影響を与えない位置に、測定対象のハプテンとは異なる構造を持つ物質であり、それによってハプテン類似物質と抗ハプテン抗体との複合体は、その表面にハプテン類似物質に由来するハプテンとは異なる構造が存在し、それが立体障害を引き起こして、抗イムノコンプレックス抗体と反応しないというものであってもよい。またハプテン類似物質は、抗イムノコンプレックス抗体と反発しあう電荷を帯びていて、その反発力によって、ハプテン類似物質と抗ハプテン抗体との複合体が抗イムノコンプレックス抗体と反応しないというものであってもよい。E2類似物質としては、例えばβ−エストラジオール−6−オン、6α−ヒドロキシエストラジオール、フルベストラント、β−エストラジオール−6−オン 6−(O−カルボキシメチルオキシム)(以下、6−cmoとする)、E2とBSAとの結合物であるβ−エストラジオール6−(O−カルボキシメチル)オキシム:BSA(以下、E2−BSAとする)などがあげられる。
【0013】
(4)ハプテン類似物質の測定系への共存
抗イムノコンプレックス抗体は遊離の(免疫複合体を形成していない)抗ハプテン抗体との反応性もわずかながら有しているため、この弱い反応性が測定時のノイズ、すなわちハプテンの存在に依存しないシグナルの原因となることがある。この測定ノイズは以下に示すような反応系で、ハプテン類似物質を共存させることで抑えることが可能となる。
(4−1)抗ハプテン抗体とハプテンを含む試料とを接触させ、当該ハプテンを抗ハプテン抗体に補足させる。
(4−2)(4−1)で得られた抗体−ハプテン複合体を、抗イムノコンプレックス抗体と反応させる。この時、反応液中にハプテン類似物質を抗ハプテン抗体に対して過剰量共存させておく。
【0014】
過剰量共存するハプテン類似物質は、測定対象のハプテンと反応しなかった抗ハプテン抗体と反応し、免疫複合体を形成する。前述のように、このハプテン類似物質と抗ハプテン抗体との免疫複合体は抗イムノコンプレックス抗体と反応しない。このように過剰量のハプテン類似物質の共存により、遊離の抗ハプテン抗体は反応系中にはほとんど存在しなくなるため、遊離の抗ハプテン抗体と抗イムノコンプレックス抗体との反応はほとんど起こらず、その結果、それに由来する測定ノイズを低減することができる。
【0015】
ハプテン類似物質を反応系中に共存させる量は2ng/mL以上20μg/mL以下が好ましい。
【0016】
(5)ハプテン類似物質の共存の時期
ハプテン類似物質を共存させる時期は、測定対象のハプテンと抗ハプテン抗体が反応した後であればよく、特に限定されない。具体的には、ハプテン類似物質は、ハプテン−抗ハプテン抗体免疫複合体と抗イムノコンプレックス抗体とを反応させる際に、抗イムノコンプレックス抗体と同時に共存させてもよいし、抗イムノコンプレックス抗体より先に共存させてもよい。
【0017】
(6)検出方法
本発明の測定方法は、ELISA法、RIA法、蛍光偏向法等の検出方法を適宜採用することができ、必要に応じて抗体を固相化又は標識化して用いればよい。例えば、抗ハプテン抗体または抗イムノコンプレックス抗体のどちらか一方を固相に固定化して、他方を酵素等で標識することが好ましい。どちらの抗体を標識するかは特に限定されない。具体的には、抗イムノコンプレックス抗体を不溶性のビーズに固定化して、抗ハプテン抗体をアルカリホスファターゼ(ALP)などの酵素で標識してもよい。また実施例で使用したAIA−600II(東ソー社製)などのエンザイムイムノアッセイ装置を用いて行うこともできる。
【0018】
(7)ノイズ低減の評価方法
ハプテン類似物質の共存によるノイズ低減は、標的ハプテンを含まない溶液の測定シグナルが、ハプテン類似物質の共存により減少することで確認される。
【発明の効果】
【0019】
本発明はハプテン測定時に反応液中にハプテン類似物質を共存させることを特徴としている。従来の抗イムノコンプレックス抗体を用いたハプテン測定系では、抗イムノコンプレックス抗体が遊離の抗ハプテン抗体との反応性もわずかながら有しているため、測定時のノイズの要因となっていた。本発明では、ハプテン類似物質を反応系中に共存させることで、測定ノイズを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】実施例1で6−cmo濃度検討の結果を示す図である。
【
図2】実施例2でE2測定の検量線を作成した結果を示す図である。
【
図4】実施例3でE2−BSA濃度検討の結果を示す図である。
【
図5】実施例4および比較例1でE2測定の検量線作成した結果を示す図である。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、ハプテンとしてはエストラジオール(E2)を用い、抗ハプテン抗体、抗イムノコンプレックス抗体、ハプテン類似物質は以下のものを用いた。
(1)抗ハプテン抗体
抗ハプテン抗体は特開2009−240300号公報に記載の方法で得た、抗E2ウサギモノクローナル抗体を用いた。
(2)抗イムノコンプレックス抗体
抗イムノコンプレックス抗体は、上記抗E2ウサギモノクローナル抗体とE2との複合体をマウスに免疫することで得た、マウス抗イムノコンプレックス抗体を用いた。
(3)ハプテン類似物質
ハプテン類似物質として6−cmoまたはE2−BSAを用いた。
【0022】
[実施例1] ハプテン類似物質濃度の検討(6−cmo)
ハプテン類似物質の濃度の検討は、以下に示すAIA−600II(東ソー社製)を用いた測定系中に、ハプテン類似物質として6−cmo(sigma社製)を共存させることで行った。
(1)水不溶性担体に抗イムノコンプレックス抗体を500ng/担体となるよう物理的に吸着させ、BSAを用いてブロッキング処理を行った。
(2)6−cmoを共存させる濃度を変化させて、抗イムノコンプレックス抗体固定化担体と共に容器中に分注した。
(3)アルカリフォスファターゼ(ALP)標識した抗E2ウサギモノクローナル抗体を上述の容器に加え反応させた。
(4)未反応のALP標識抗体をB/F分離後、ALPの基質である4−メチルウンベリフェリン酸(4−MUP)を分注し、経時的に蛍光強度を測定することで4メチルウンベリフェロンの(4−MU)の生成速度を検出した。
【0023】
結果を
図1に示す。横軸に6−cmo濃度、縦軸にAIA−600IIでの検出値(rate(nmol/L・s))をプロットし、ハプテン類似物質の共存によるノイズの低減を評価した。6−cmo非共存下では、標的抗原であるE2が存在しないにも関わらず、31.9nmol/L・sと高いrateを示す。一方で、6−cmoを20ng/mL以上共存させるとrateが1.6nmol/L・s程度に減少した。このことから、E2の類似物質である6−cmoを共存させることで、遊離の抗E2抗体と抗イムノコンプレックス抗体間の結合が阻害されることが示唆された。
【0024】
[実施例2] E2測定系の構築(6−cmo共存)
20ng/mLの6−cmo存在下で、E2濃度測定のための検量線作成を以下に示す方法で行った。
(1)水不溶性担体に抗イムノコンプレックス抗体を500ng/担体となるよう物理的に吸着させ、BSAを用いてブロッキング処理を行った。
(2)20ng/mLの6−cmoを、抗イムノコンプレックス抗体固定化担体と共に容器中に分注した。
(3)ALP標識した抗E2ウサギモノクローナル抗体と濃度既知のE2溶液を反応させた後、上述の容器に加え反応させた。
(4)未反応のALP標識抗体をB/F分離後、4−MUPを分注し、経時的に蛍光強度を測定することで4−MUの生成速度を検出した。
【0025】
結果を
図2、3に示す。横軸にE2濃度、縦軸にAIA−600IIでの検出値(rate(nmol/L・s))をプロットし、検量線を作成した。結果より、6−cmoの存在下においても、E2濃度に応じてrateが上昇することが確認でき、特に低濃度域においても同様のことが確認できた。
【0026】
[実施例3] ハプテン類似物質濃度の検討(E2−BSA)
ハプテン類似物質の濃度の検討は、以下に示すAIA−600II(東ソー社製)を用いた測定系中に、ハプテン類似物質としてE2−BSA(sigma社製)を共存させることで行った。
(1)水不溶性担体に抗イムノコンプレックス抗体を500ng/担体となるよう物理的に吸着させ、BSAを用いてブロッキング処理を行った。
(2)E2−BSAを共存させる濃度を変化させて、抗イムノコンプレックス抗体固定化担体と共に容器中に分注した。
(3)アルカリフォスファターゼ(ALP)標識した抗E2ウサギモノクローナル抗体を上述の容器に加え反応させた。
(4)未反応のALP標識抗体をB/F分離後、ALPの基質である4−メチルウンベリフェリン酸(4−MUP)を分注し、経時的に蛍光強度を測定することで4メチルウンベリフェロンの(4−MU)の生成速度を検出した。
【0027】
結果を
図4に示す。横軸にE2−BSA濃度、縦軸にAIA−600IIでの検出値(rate)をプロットし、ハプテン類似物質の共存によるノイズの低減を評価した。E2−BSA非共存下では、標的抗原であるE2が存在しないにも関わらず、8.1nmol/L・sと高いrateを示す。一方で、E2−BSAを100ng/mL以上共存させるとrateが2.0nmol/L・s程度まで減少した。このことから、E2の類似物質であるE2−BSAを共存させることで、遊離の抗E2抗体と抗イムノコンプレックス抗体間の結合が阻害されることが示唆された。
【0028】
[実施例4] E2測定系の構築(E2−BSA共存)
100ng/mLのE2−BSA存在下で、E2濃度測定のための検量線作成を以下に示す方法で行った。
(1)水不溶性担体に抗イムノコンプレックス抗体を500ng/担体となるよう物理的に吸着させ、BSAを用いてブロッキング処理を行った。
(2)100ng/mLのE2−BSAを、抗イムノコンプレックス抗体固定化担体と共に容器中に分注した。
(3)ALP標識した抗E2ウサギモノクローナル抗体と濃度既知のE2溶液を反応させた後、上述の容器に加え反応させた。
(4)未反応のALP標識抗体をB/F分離後、4−MUPを分注し、経時的に蛍光強度を測定することで4−MUの生成速度を検出した。
【0029】
[比較例1] E2−BSAなしでのE2測定系
実施例4と同様にして、但し、E2−BSAを共存させずに反応を行った。
結果を表1及び
図5、6に示す。表1にはE2−BSAの有無による、各E2濃度でのrateを示す。
図5、6は横軸にE2濃度、縦軸にAIA−600IIでのrateをプロットし作成した検量線を示す。
【0030】
【表1】
結果より、E2−BSAの存在下においても、E2濃度に応じてrateが上昇することが確認でき、特に低濃度域においても同様のことが確認できた。また表1からE2濃度36pg/mLでのシグナル/ノイズ比(S/N比)を算出すると、E2−BSA無し(比較例1)の状態では2.2となり、E2−BSAあり(実施例4)の状態では4.0となった。この結果からハプテン類似物質を共存させることで測定のS/N比が向上したことが確認できる。
【0031】
以上の結果から、抗イムノコンプレックス抗体を用いた競合法によらないE2測定系において、ハプテン類似物質を共存させることで、測定ノイズを低減できたことがわかる。