(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6221663
(24)【登録日】2017年10月13日
(45)【発行日】2017年11月1日
(54)【発明の名称】ジルコニア粉末
(51)【国際特許分類】
C04B 35/488 20060101AFI20171023BHJP
C01B 33/26 20060101ALI20171023BHJP
C01B 33/32 20060101ALI20171023BHJP
C01G 25/02 20060101ALI20171023BHJP
【FI】
C04B35/488
C01B33/26
C01B33/32
C01G25/02
【請求項の数】8
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-234908(P2013-234908)
(22)【出願日】2013年11月13日
(65)【公開番号】特開2015-93813(P2015-93813A)
(43)【公開日】2015年5月18日
【審査請求日】2016年10月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】津久間 孝次
(72)【発明者】
【氏名】山下 勲
(72)【発明者】
【氏名】山内 正一
【審査官】
末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭54−127410(JP,A)
【文献】
特開平03−054159(JP,A)
【文献】
特開平11−171639(JP,A)
【文献】
特表2004−508342(JP,A)
【文献】
特開平04−209761(JP,A)
【文献】
特開2005−072501(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00−35/84
C01B 33/26
C01B 33/32
C01G 25/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶質リチウムアルミノシリケート0.1〜1wt%を含有するジルコニア粉末。
【請求項2】
結晶質リチウムアルミノシリケートがスポジュメン結晶(Li2O・Al2O3・4SiO2)である請求項1記載のジルコニア粉末。
【請求項3】
さらにリチウムシリケート0.4wt%以下含有する請求項1又は2記載のジルコニア粉末。
【請求項4】
リチウムシリケートがLi2O・SiO2である請求項3記載のジルコニア粉末。
【請求項5】
イットリア2〜6モル%を含有する請求項1〜4いずれか記載のジルコニア粉末。
【請求項6】
比表面積5〜20m2/gを有する請求項1〜5いずれか記載のジルコニア粉末。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか記載のジルコニア粉末を、焼結温度1100〜1200℃で焼結する相対密度98%以上のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項8】
ジルコニア粉末が比表面積10〜20m2/gである請求項7記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結助剤を含有するジルコニア粉末に関する。従来に比べてより低温で焼結できるジルコニア粉末を提供する。
【背景技術】
【0002】
ジルコニアの焼結助剤として、アルミナ(特許文献1参照)がよく知られ、市販の焼結用粉末には微量(0.1〜0.5wt%)のアルミナが添加されている場合が多い。添加量にも依存するが、焼結温度は無添加に比べて、概ね100℃ほど低下する。
【0003】
シリカ(特許文献2参照)やケイ酸アルミニウム(特許文献3参照)が添加される場合もあるが、焼結助剤としての効果はアルミナとそれほど大差ない。
【0004】
アルミナより焼結温度を低下できる焼結助剤として、遷移金属酸化物が知られている。
例えば、酸化鉄(非特許文献1参照)、酸化銅(非特許文献2参照)、酸化亜鉛(特許文献4参照)が報告されている。しかし、遷移金属酸化物は焼結体を着色し、ジルコニア本来の白色とは異なる色となるので、粉砕部材、装飾部品等の用途によっては使用できない場合がある。又、焼結中に僅かに飛散し、焼成炉の汚染をもたらす等の問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭60−239356号公報
【特許文献2】特開昭53−149204号公報
【特許文献3】特開昭54−145713号公報
【特許文献4】特開平4−209761号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ジャーナル オブ マテリアル サイエンス 29巻 5374〜5384ページ 1994年
【非特許文献2】ジャーナル オブ アメリカン セラミック ソサイアティ 84巻 9号 2129〜2131ページ 2001年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、アルミナより焼結温度を下げる効果をもち、遷移金属酸化物のように焼結体に着色を与えない焼結助剤を見出し、各種用途に使用できる汎用性の高い低温焼結ジルコニア粉末の開発を課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等はジルコニア粉末の焼結温度を低下できる助剤を各種探索した結果、結晶質リチウムアルミノシリケートが優れた焼結促進効果を有すること、又、その促進効果はリチウムシリケートを微量加えることで高まることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は0.1〜1wt%の結晶質リチウムアルミノシリケートを含有するジルコニア粉末、並びにさらに0.4wt%以下のリチウムシリケートを含有するジルコニア粉末に関するものである。
【0010】
以下、本発明をさらに詳しく説明する。
【0011】
本発明の結晶質リチウムアルミノシリケートとして、例えばスポジュメン、ユークリプタイト(Li
2O・Al
2O
3・2SiO
2)等が挙げられ、その中でもスポジュメンが好ましい。スポジュメンは組成式、Li
2O・Al
2O
3・4SiO
2で表示される結晶である。アルミナ、シリカ、炭酸リチウムを原料として加熱固相反応により単一相を合成でき、工業的製造にも適した結晶である。又、スポジュメン固溶体(Li
2O・Al
2O
3・nSiO
2 4<n<8)はスポジュメン組成よりシリカリッチな結晶で当然含まれる。
【0012】
本発明の結晶質リチウムシリケートとして、例えばLi
2O・SiO
2、Li
2O・2SiO
2が挙げられ、その中でもLi
2O・SiO
2が好ましい。0.4wt%以下含有することが好ましく、0.01〜0.03wt含有することが特に好ましい。
【0013】
Li
2O・SiO
2はシリカ、炭酸リチウムを原料として加熱固相反応により単一相を合成でき、工業的製造にも適した結晶である。
【0014】
本発明のジルコニア粉末は安定化剤としてイットリア2〜6モル%を含有することが好ましい。2〜6モル%では、得られるジルコニア焼結体は正方晶ジルコニア粒子を含み、応力誘起相転移により強靭性に優れたものとなる。イットリア以外の安定化剤として、カルシア、マグネシア、スカンジア等が含まれていても勿論よい。
【0015】
本発明の結晶質リチウムアルミノシリケートの含有量は0.1〜1wt%であり、好ましくは0.2〜0.8wt%である。0.1wt%未満では、含有による焼結促進効果が乏しく、好ましくない。又1wt%を超えても、焼結促進効果のさらなる増大はない。含有量が多くなると、ジルコニア焼結体の耐磨耗性、透光性等の特性に悪影響をもたらすと考えられるので好ましくない。
【0016】
結晶質リチウムアルミノシリケートが焼結を促進する理由は、必ずしも定かではないが、粒界固溶による元素拡散の促進と考えられる。スポジュメンの融点は1420℃、ユークリプタイトのそれは1405℃であり、1400℃以下の焼結では液相焼結は起こり得ない。
【0017】
本発明の結晶質リチウムシリケートの含有量は0.4wt%以下であり、0.1〜0.3wt%が特に好ましい。0.4wt%を超えると焼結促進効果以外の作用が現れ、正方晶ジルコニアの結晶相転移とそれに伴う焼結体の自己破壊が起こるので好ましくない。
【0018】
結晶質リチウムシリケートは1100〜1200℃で溶融し、液相焼結により焼結を促進する。含有量が多すぎると、ジルコニアを溶解するフラックス作用が強くなりすぎ、ジルコニアの溶解析出による結晶相転移を引き起こすと推定される。
【0019】
本発明のジルコニア粉末は、焼結する際の温度及び成形性の観点から、比表面積5〜20m
2/gを有することが好ましい。
【0020】
本発明のジルコニア粉末は従来の焼結助剤を含有したジルコニア粉末より、格段に低い温度で焼結できることを特徴とする。例えば、スポジュメン0.25wt%含有した比表面積15m
2/gのジルコニア粉末は1200℃、1時間保持で相対密度98.8%に達する。結晶質リチウムシリケートを含有せず、アルミナ0.25wt%含有した同比表面積のジルコニア粉末では、この密度を得るのに1300℃を必要とする。
【0021】
又、スポジュメン0.25wt%含有した比表面積19m
2/gのジルコニア粉末は1100℃、10時間保持で相対密度99.7%に達する。本発明のスポジュメン等リチウムアルミノシリケートが1100℃付近の低温でも焼結助剤として働くことを証明している。
【0022】
次に、本発明のジルコニア粉末の製造方法を説明する。
【0023】
本発明のジルコニア粉末はジルコニア粉末に0.1〜1wt%の結晶質リチウムアルミノシリケート粉末を混合して製造する。リチウムシリケートを足す場合には、混合時に粉末として加えればよい。
【0024】
結晶質リチウムアルミノシリケート粉末、例えばスポジュメン粉末は市販粉末を用いることもでき、高純度かつ微細な粉末は入手困難であり、高純度アルミナ、高純度シリカ、炭酸リチウム等の高純度原料から合成することが好ましい。高純度アルミナ、高純度シリカ、炭酸リチウムを湿式混合し、900〜1100℃で焼成する固相反応で合成できる。高純度アルミナ、高純度シリカは比表面積20m
2/g以上の微細粉末が好ましい。リチウムシリケートも市販粉末の入手が困難であり、高純度シリカ、炭酸リチウムを用いて同様の方法で合成できる。
【0025】
ジルコニア粉末は加水分解法(オキシ塩化ジルコニウム溶液を加熱し、水和ジルコニアを析出させ、それを乾燥、焼成する方法)、中和法(オキシ塩化ジルコニウム溶液にアンモニア水を加え、沈殿した水酸化ジルコニウムを乾燥、焼成する方法)等の合成法で製造されるジルコニア粉末が好ましい。比表面積5〜20m
2/gの粉末は市販されており、入手できる。
【0026】
結晶質リチウムアルミノシリケート粉末とジルコニア粉末の混合はボールミル、攪拌ビーズミル、振動ミル等の装置を用いて、水、エタノール等溶媒中で湿式混合することが好ましい。結晶質リチウムアルミノシリケート粉末の分散を均一にし、1μm以下の粒子とするためには、例えばボールミルの場合、混合時間を100時間以上とすることが好ましい。
【0027】
混合粉末の乾燥はロータリーエバポレーター、スプレードライヤー等の装置を用いて行えばよい。
【0028】
混合粉末の成形には、金型プレス、ラバープレス、鋳込み、射出等通常のセラミックス成形方法が適用できる。
【0029】
本発明のジルコニア粉末を用いることにより、低温でジルコニア焼結体を得ることができる。例えば1050℃以上で相対密度95%以上の緻密なジルコニア焼結体が得られる。比表面積10〜20m
2/gのジルコニア粉末では1100〜1200℃で相対密度98%以上の緻密なジルコニア焼結体が得られる。なお、焼結は、通常大気中で行えばよい。
【発明の効果】
【0030】
本発明のジルコニア粉末は、従来のアルミナ等焼結助剤を含有したジルコニア粉末に比較して、より低温の1200℃以下の温度で焼結でき、省エネルギープロセスでのジルコニア焼結体製造が可能となる。又、1200℃以下の温度で得られる0.2μm程度の微細粒径からなるジルコニア焼結体は水熱劣化耐性が向上したものなる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】実施例6のジルコニア焼結体の電子顕微鏡写真(SEM)である。
【実施例】
【0032】
本発明のジルコニア粉末の物性評価方法を以下に示す。
(焼結体密度、相対密度)
ジルコニア粉末から得られたジルコニア焼結体の密度はアルキメデス法によって測定した。相対密度は実測密度を理論密度で割った値であり、ジルコニア焼結体の理論密度は、各物質の密度(3モル%イットリア含有ジルコニア:6.07g/cm
3、8モル%イットリア含有ジルコニア:6.00g/cm
3、スポジュメン:2.5g/cm
3、リチウムシリケート:2.5g/cm
3、アルミナ:3.98g/cm
3)から計算で求めた。例えば、スポジュメン0.25wt%含有ジルコニア焼結体の理論密度は、100g/{(99.75g/6.07)+(0.25g/2.5)}=6.05g/cm
3である。
(平均結晶粒径)
ジルコニア粉末から得られたジルコニア焼結体の平均結晶粒径は研磨エッチング面の走査電子顕微鏡写真を用い、J.Am.Ceram.Soc.,52[8]443−6(1969)に記載されている方法に従い、(1)式により求めた。
【0033】
D=1.56L ・・・(1)
D:平均結晶粒径(μm)
L:任意の直線を横切る粒子の平均長さ(μm)
なお、Lの値は100本以上の実測長さの平均値とした。
(3点曲げ強度)
JISR1601「ファインセラミックスの曲げ強さ試験方法」に準じて3点曲げ強度を測定した。
(破壊靱性)
JISR1607「ファインセラミックスの破壊靱性試験方法」に記載されているIF法に準じて、ビッカース硬度計を用いて測定した。
【0034】
本発明の焼結助剤の合成例を以下に示す。
(スポジュメン粉末の調製)
スポジュメン(Li
2O・Al
2O
3・4SiO
2)粉末の原料として、γ−アルミナ(大明化学製TM−300)、シリカ(電気化学工業製1−FX)、炭酸リチウム(試薬)を用いた。γ−アルミナ並びにシリカに含まれる含水量を1000℃、1時間焼成し求めた。その結果、γ−アルミナ:12%、シリカ:0.9%であった。含水量を考慮して、γ−アルミナ:計算量×1.14、シリカ:計算量×1.01を秤量し、炭酸リチウムと共に20時間エタノール中でボールミル混合し、乾燥後、950℃、2時間焼成した。粉末X線回折から、スポジュメン結晶の単一相であることがわかった。
(リチウムシリケート粉末の調製)
リチウムシリケート(Li
2O・SiO
2)粉末の原料として、シリカ(電気化学工業製1−FX)、炭酸リチウム(試薬)を用いた。スポジュメン粉末と同様の方法で秤量、混合、乾燥し、950℃、2時間焼成した。粉末X線回折から、Li
2O・SiO
2結晶の単一相であることがわかった。
【0035】
実施例1〜3、比較例1
3モル%イットリア含有ジルコニア粉末(東ソー製3Y、比表面積15m
2/g)にスポジュメン粉末を0.25wt%添加し、湿式ボールミル(10mmΦジルコニアボール、エタノール溶媒)で120時間混合し、エバポレーターで乾燥した。さらに、スポジュメン0.5wt%添加粉末、スポジュメン0.25wt%とリチウムシリケート0.2wt%とを添加した粉末を同様の方法で作製した。比較として、アルミナ0.25wt%を含む3モル%イットリア含有ジルコニア粉末(東ソー製3YE、比表面積15m
2/g)を用いた。
【0036】
ジルコニア粉末2gを金型プレス(圧力50MPa)で直径20mmの円板にし、さらにラバープレス(圧力200MPa)を施し成形した。成形体を電気炉に設置し、100℃/hで昇温し、1200〜1300℃の各温度で1時間保持し、放冷した。
【0037】
得られたジルコニア焼結体の相対密度を表1に示す。本発明のジルコニア粉末は極めて低い温度で緻密化することがわかった。
【0038】
【表1】
【0039】
実施例4
実施例1で用いたスポジュメン0.25wt%添加3Y粉末を実施例1〜3と同様の方法で成形した。成形体を1100〜1200℃の各温度で保持時間を変化させて焼結した。得られたジルコニア焼結体の相対密度を表2に示す。本発明のジルコニア粉末は保持時間を長くすれば、焼結温度がさらに低下することがわかった。
【0040】
【表2】
【0041】
実施例5
比表面積の大きい3モル%イットリア含有ジルコニア粉末(比表面積19m
2/g)にスポジュメン粉末0.25wt%を実施例1〜3と同様の方法で添加し、乾燥・成形した。1070〜1100℃の各温度で10時間保持して焼結した。得られたジルコニア焼結体の相対密度は、1070℃:97.0%、1080℃:99.0%、1100℃:99.7%であった。比表面積の大きいジルコニア粉末は、1100℃で十分に緻密化することがわかった。
【0042】
実施例6
実施例1で用いたスポジュメン0.25wt%添加3Y粉末を実施例1〜3と同様の方法で成形した。成形体を1150℃で5時間保持し、相対密度96.5%のジルコニア焼結体とし、それをHIP装置に入れ、アルゴンガス圧力150MPa、1150℃で1時間処理した。得られたジルコニア焼結体の相対密度は99.9%で、平均粒径は0.2μmであった。ジルコニア焼結体の組織を
図1に示す。本発明のジルコニア粉末は極めて微細な粒径のジルコニア焼結体を得るのに適していることがわかった。
【0043】
実施例7
実施例1で用いたスポジュメン0.25wt%添加3Y粉末を、金型プレス(圧力50MPa)とラバープレス(圧力200MPa)で成形し、幅34mm、長さ55mm、高さ5mmの板を得た。成形体を1400℃で2時間焼結した。ジルコニア焼結体の相対密度は99.3%であった。ジルコニア焼結体を加工し、幅4mm、高さ3mm、長さ44mmの曲げ試験用テストピースを5本作製し、3点曲げ強度を測定した。又、そのテストピースを用いて、破壊靭性を測定した。3点曲げ強度1080MPa、破壊靱性5.01MPa・m
0.5であり、従来の3Y焼結体と遜色のない強度、靭性であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明のジルコニア粉末は、従来のジルコニア粉末に比べてより低温(1100〜1200℃)で焼結する。含有する焼結助剤である結晶質リチウムアルミノシリケート、或いはリチウムシリケートはいずれも白色粉末であり、ジルコニア焼結体に着色をもたらさない。従って、ジルコニアの様々な用途に広く利用することができる。例えば、粉砕部材、光ファイバーコネクター部品、クラウン、ブリッジ等歯科修復材、高級時計部品、宝飾品等を低い焼結温度の省エネルギープロセスで製造できる。