特許第6221831号(P6221831)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6221831ニッケル粉末及びその製造方法と処理方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6221831
(24)【登録日】2017年10月13日
(45)【発行日】2017年11月1日
(54)【発明の名称】ニッケル粉末及びその製造方法と処理方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/02 20060101AFI20171023BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20171023BHJP
   B22F 9/24 20060101ALI20171023BHJP
【FI】
   B22F1/02 B
   B22F1/00 M
   B22F9/24 C
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-38608(P2014-38608)
(22)【出願日】2014年2月28日
(65)【公開番号】特開2015-161014(P2015-161014A)
(43)【公開日】2015年9月7日
【審査請求日】2016年5月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136825
【弁理士】
【氏名又は名称】辻川 典範
(74)【代理人】
【識別番号】100083910
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 正緒
(72)【発明者】
【氏名】村上 慎悟
【審査官】 池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−095145(JP,A)
【文献】 特開2014−029010(JP,A)
【文献】 特開2011−149080(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00−1/02
B22F 9/24−9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル粉末の粒子表面にトリアジンチオール類化合物を吸着させるニッケル粉末の表面処理方法であって、トリアジンチオール類化合物としてトリアジンチオール類の金属塩化合物を使用し、水にニッケル粒子を分散させて水系ニッケルスラリーを調整し、更に該水系ニッケルスラリーと前記トリアジンチオール類の金属塩化合物を混合してトリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを調整した後、該トリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーをろ過してニッケル粉末を得ること、前記水系ニッケルスラリーの仕込み時のpHを4.5〜6.5に調整することを特徴とするニッケル粉末の表面処理方法。
【請求項2】
前記ニッケル粉末が湿式還元法で製造されたものであることを特徴とする、請求項1に記載のニッケル粉末の表面処理方法。
【請求項3】
湿式還元法によりニッケル粉末を製造し、得られたニッケル粒子を水に分散させて水系ニッケルスラリーを調整し、該水系ニッケルスラリーとトリアジンチオール類の金属塩化合物を混合してトリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを調整した後、該トリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーをろ過してニッケル粉末を得ること、前記水系ニッケルスラリーの仕込み時のpHを4.5〜6.5に調整することを特徴とするニッケル粉末の製造方法。
【請求項4】
前記湿式還元法によるニッケル粉末の製造は、ニッケル以外の金属のコロイド粒子が分散したコロイド溶液と、還元剤と、保護コロイド剤と、アルカリ性物質とを混合してアルカリ性コロイド溶液を作製し、該アルカリ性コロイド溶液にニッケル塩溶液を添加してニッケル粒子を生成させることを特徴とする、請求項3に記載のニッケル粉末の製造方法。
【請求項5】
前記ニッケル以外の金属のコロイド粒子が、パラジウムと銀からなるコロイド粒子であること特徴とする、請求項4に記載のニッケル粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層セラミックコンデンサの内部電極材料として好適なニッケル粉末、特に薄層・高容量の積層セラミックコンデンサ用として好適な微小粒径で耐酸化性に優れたニッケル粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、積層セラミックコンデンサは、セラミック誘電体層と内部電極層とが交互に重ね合わされ、焼結により一体化された構造を有している。上記内部電極層として、従来はパラジウム等の高価な貴金属の粉末が用いられていたが、現在ではコスト低減を図るために、卑金属であるニッケル粉末を用いることが主流となっている。
【0003】
かかる積層セラミックコンデンサの製造工程では、内部電極となるニッケル粉末のペーストをチタン酸バリウムに代表される誘電体グリーンシートに印刷し、乾燥した後、内部電極が誘電体グリーンシートと交互に重なるように積層し、熱圧着する。その後、チップ形状に切断し、脱バインダー処理した後、1300℃程度の温度域で焼成することにより、内部電極層と誘電体グリーンシートとを焼結する。次いで、Agなどの外部電極を形成して、積層セラミックコンデンサが製造される。
【0004】
しかし、上記焼成工程においては、セラミック誘電体層とニッケル内部電極層の焼結・収縮のミスマッチにより、層間剥離やクラックといった構造欠陥が発生しやすかった。特に近年の小型・高容量化に伴って、セラミック誘電体層とニッケル内部電極層の積層数が多くなるほど、あるいはセラミック誘電体層の厚みが薄くなるほど、構造欠陥の発生が顕著になっている。
【0005】
かかる問題に対して、ニッケル内部電極層の厚みを減らし、焼結・収縮のミスマッチを緩和することが盛んに検討されてきた。そのための方法として、例えば特許文献1には、ニッケル粉末の粒子形状を球形とし且つ表面を平滑にして、ニッケル粒子の充填性を改善する方法が提案されている。
【0006】
また、上記脱バインダー工程においてニッケル粉末が酸化されると、後の還元雰囲気中での焼成工程において、還元と同時に急激な焼結・収縮が進行しやすくなる。その結果、セラミック誘電体層とニッケル内部電極層の焼結・収縮のミスマッチが拡大して、層間剥離やクラックといった構造欠陥の発生が助長されやすいという問題があった。
【0007】
この問題の対策として、特許文献2にはニッケル粉末にリンを添加する方法が記載され、特許文献3にはニッケル粉末表面の酸化皮膜を制御して耐酸化性を向上させる方法が提案されている。また、特許文献4には、ニッケル粉末のペースト中に、トリアジンチオール類及び硫酸根含有化合物から選ばれた少なくとも1種の硫黄含有有機化合物を添加する方法が提案されている。
【0008】
しかしながら、近年ではセラミック誘電体層及びニッケル内部電極層の薄層化や、セラミック誘電体層とニッケル内部電極層の積層数の増大が益々進行しているため、これに伴い上記のような方法だけでは層間剥離やクラックなどの構造欠陥を十分に解消することが困難となってきている。
【0009】
更に、近年ではニッケル内部電極層の更なる薄層化によりニッケル粒子の粒径が益々小さくなる傾向にあるため、ニッケル粒子表面の触媒活性も大きくなっている。そのため、脱バインダー工程でのバインダーの部分的分解による急激なガス発生により、ニッケル内部電極層とセラミック誘電体層の密着力が弱まり、又は部分的な層間剥離が発生し、これらが後の焼成工程を経て積層セラミックコンデンサの構造欠陥を引き起こすことが大きな問題となっている。
【0010】
この問題に対して、特許文献5には、表面にトリアジンチオール類あるいは硫酸根含有化合物が吸着しているニッケル粉末及びその製造方法が提案されている。しかしながら、特許文献5に開示される方法では、ニッケル粉末の製造コストが増加してしまうという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第99/42237号パンフレット
【特許文献2】特開2002−150834号公報
【特許文献3】特開2001−152202号公報
【特許文献4】特開2006−24539号公報
【特許文献5】特開2008−95145号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記した従来の事情に鑑み、セラミック誘電体層とニッケル内部電極層の焼結・収縮のミスマッチをなくすと共に、ニッケル粉末の耐酸化性を向上させることにより微小粒径のニッケル粉末でも粒子表面の触媒活性を抑制して、脱バインダー工程でのバインダーの部分的分解による急激なガス発生を抑え、層間剥離やクラックなどの構造欠陥の発生を防止することができる、積層セラミックコンデンサのニッケル内部電極用として好適なニッケル粉末、並びに、そのニッケル粉末の安価で且つ効率的な製造方法及び表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明が提供するニッケル粉末の表面処理方法は、ニッケル粉末の粒子表面にトリアジンチオール類化合物を吸着させるニッケル粉末の表面処理方法であって、水にニッケル粒子を分散させて水系ニッケルスラリーを調整し、更に該水系ニッケルスラリーと前記トリアジンチオール類の金属塩化合物を混合してトリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを調整した後、該トリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーをろ過してニッケル粉末を得ること、前記水系ニッケルスラリーの仕込み時のpHを4.5〜6.5に調整することを特徴とする。
【0014】
また、本発明が提供するニッケル粉末の製造方法は、湿式還元法によりニッケル粉末を製造し、得られたニッケル粒子を水に分散させて水系ニッケルスラリーを調整し、更に該水系ニッケルスラリーとトリアジンチオール類の金属塩化合物を混合してトリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを調整した後、トリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーをろ過してニッケル粉末を得ること、前記水系ニッケルスラリーの仕込み時のpHを4.5〜6.5に調整することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、トリアジンチオール類化合物でのニッケル粉末の表面処理を水溶媒で処理し且つその際に水系ニッケルスラリーのpHを調整することによって、トリアジンチオール類化合物の添加量に対する分配率を高めることが可能であり、安価に且つ高い生産性で効率よくニッケル粉末の表面処理を行うことができ、結果的に脱バインダー工程でのバインダーの部分的な熱分解による急激なガス発生を防止することができる。従って、特に次世代の積層セラミックコンデンサに用いる微小粒径のニッケル粉末として、従来から問題となっている層間剥離やクラックなどの構造欠陥の発生が少なく、高品質の内部電極用ニッケル粉末を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
一般的に、硫黄含有有機化合物をニッケル粉末に吸着させる方法としては、有機溶媒又は有機溶媒と水の混合溶媒による混合が知られている。しかし、有機溶媒を用いる限り、投入する有機溶媒のコストや廃液処理のコストが必要となる。一方、溶媒として有機溶媒を用いず、水のみを用いると、溶媒のコストは勿論、廃液処理のコストも有機溶媒を用いる場合に比べて安価となる。このようなコストを考慮して、本発明によるニッケル粉末の表面処理方法は水を溶媒とした湿式混合による方法を採用した。
【0017】
即ち、湿式還元法によって得られたニッケル粒子(通常は水に分散して保存されている)と硫黄含有有機化合物とを、水中に添加混合して硫黄含有有機化合物含有水系ニッケルスラリーとすることにより、ニッケル粉末の粒子表面に硫黄含有有機化合物を均一に吸着させる。その際、硫黄含有有機化合物の溶液にニッケル粉末を添加混合してもよいし、逆にニッケル粉末の分散溶液に硫黄含有有機化合物を添加混合することもできるが、微細な粒子表面に効果的に且つ均一に吸着させるという観点から水中に予め硫黄含有有機化合物を溶解しておくことが望ましい。
【0018】
上記ニッケル粉末と硫黄含有有機化合物の硫黄含有有機化合物含有水系ニッケルスラリーを得る第1工程に続き、第2工程において硫黄含有有機化合物含有水系ニッケルスラリー中のニッケル粉末を固液分離し、回収したニッケル粉末を更に第3工程において不活性雰囲気中で乾燥する。上記第2工程での固液分離には、通常のろ過を用いることができる。また、回収したニッケル粉末は、第3工程において、ケーキ状態のまま不活性雰囲気中にて50〜150℃の温度範囲で乾燥させる。その後、必要に応じてメッシュパスさせ、本発明の粒子表面に硫黄含有有機化合物が吸着したニッケル粉末を得ることがきる。
【0019】
上記硫黄含有有機化合物としては、例えばニッケルの硫酸塩や硫黄単体の微粉末でも急激なガス発生防止効果が認められるが、微細なニッケル粒子の表面に均一に吸着でき且つ添加量をできるだけ少なくするためには、少量でニッケル粒子の表面に選択的に作用して耐酸化性を向上させ、バインダーの熱分解を抑制する効果を発揮するものが好ましい。また、バインダー成分の分解温度以下で分解消失しないことが必要であり、更に脱バインダー工程後も残留するとニッケル粉末の燒結を阻害する恐れがあるため、硫黄含有有機化合物の熱分解温度は酸素を含む雰囲気では200℃以上400℃以下、不活性雰囲気では200℃以上700℃以下であることが好ましい。
【0020】
また、本発明で用いる水を溶媒とした湿式混合では、硫黄含有有機化合物は水に溶解する必要がある。このような観点から、本発明では硫黄含有有機化合物としてトリアジンチオール類の金属塩化合物を用いることが必須であり、その1種又は2種以上を用いることができる。トリアジンチオール類とは、下記化学式1に示す構造を有する化合物及びその塩を含み、式中のRは−SH基、−NHR基、−NR基を表す(ここで、R、R、Rは脂肪族又は芳香族の炭化水素基を意味する)。
【0021】
【化1】
【0022】
上記化学式1に示すトリアジンチオール類の中でも、熱分解温度及び水への溶解性などの観点から好ましいトリアジンチオール類として、Rが−SHである1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリチオール、Rが−N(Cである6−ジブチルアミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール、Rが−N(C13である6−ジヘキシルアミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール、Rが−N(C17である6−ジオクチルアミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール、Rが−N(C1225である6−ジドデシルアミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオールを挙げることができる。
【0023】
また、これら以外にも、1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリチオール・モノナトリウム(FMN)、1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリチオール・モノカリウム、6−アニリノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール(AF)、6−アニリノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール・モノナトリウム(AMN)、6−ジブチルアミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール・モノナトリウム(DBMN)、6−ジアリルアミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール・モノナトリウム(DAMN)、6−オクチルアミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジチオール・モノナトリウムなども好ましい。なお、トリアジンチオール類と塩を形成する金属としては、ナトリウムなどが好ましい。
【0024】
ところで、溶媒に水のみを用いた湿式混合においても、トリアジンチオール類の金属塩化合物をニッケル粉末に効率よく吸着させることが必要である。溶媒に水のみを用いた湿式混合でトリアジンチオール類の金属塩化合物をニッケル粉末に吸着させること自体は上述した特許文献5にも開示されている。しかし、溶媒に水のみを用いた湿式混合でトリアジンチオール類の金属塩化合物をニッケル粉末に吸着させる場合、効率よく吸着させる方法については上記特許文献5にも記載されていない。
【0025】
次に、本発明での溶媒に水のみを用いた湿式混合により、トリアジンチオール類の金属塩化合物をニッケル粉末に吸着させる方法を具体的に説明する。まず、トリアジンチオール類の金属塩化合物を溶媒の水に混合したトリアジンチオール含有水と、別途水にニッケル粒子を分散させて水系ニッケルスラリーを調整する。その際に、仕込み時の水系ニッケルスラリーのpHを4.5〜6.5の範囲に調整してから処理を進める。ここで、仕込み時とは、ニッケル粒子と水とを混合して水系ニッケルスラリーを調整するときのことである。尚、上記pH調整は、特に限定されないが、硫酸で行うことが望ましい。そして、トリアジンチオール含有水と水系ニッケルスラリーを混合して、トリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを調整すればよい。
【0026】
トリアジンチオール類の金属塩化合物は、水を溶媒にすると、トリアジンチオール類の陰イオンと金属の陽イオンに解離する。このトリアジンチオール類の陰イオンが、ニッケル粉末の表面に吸着すると考えられる。なお、トリアジンチオール類の金属塩化合物のニッケル粉末への吸着反応の過程において、上記した水系ニッケルスラリーのpHは変動する。
【0027】
水系ニッケルスラリーのpHを4.5〜6.5の範囲とするのは、ニッケル粉末表面の酸化皮膜が除去されて、効率的にトリアジンチオール類のS原子とニッケル粉末のNi原子を結合させるためである。仕込み時のpHが4.5未満では湿式還元で得られたニッケル粉末の表面が溶解することがあるため、充分なNi−S結合を得ることができないうえ、処理によるニッケル粉末の回収率が著しく低下する。ただし、上記pH領域は湿式還元法で得られたニッケル粉末に合致しており、例えば結晶性の高い気相合成法による粉末の場合には、より低いpHで処理すれば同等の効率が得られる。
【0028】
水系ニッケルスラリーのpHが6.5を超えると、ニッケル粉末の表面酸化皮膜を充分に除去できず、トリアジンチオール類の金属塩化合物が効率的にニッケル粉末表面に吸着されない。例えば、pH7付近では、硫黄換算で0.4質量%を超えてトリアジンチオール類の金属塩化合物を添加しても、ニッケル粉末表面へのトリアジンチオール類の金属塩化合物の吸着量は増加しない。更にアルカリ性領域になると、ニッケル粉末への吸着量は著しく減少する。
【0029】
本発明により得られるニッケル粉末中に含まれるトリアジンチオール類の金属塩の含有量は硫黄換算で0.005〜0.50重量%の範囲が好ましい。上記トリアジンチオール類の金属塩の含有量が硫黄換算で0.005重量%未満では、耐酸化性の向上効果が得られず、後の脱バインダー工程での急激なガス発生を防止することができない。また、上記トリアジンチオール類の金属塩の含有量が硫黄換算で0.50重量%を超えても、更なる耐酸化性の向上効果の増大は認められないうえ、電子部品の特性に悪影響を与える可能性があるため好ましくない。
【0030】
また、本発明による湿式還元法から表面処理までを含むニッケル粉末の製造方法では、湿式還元法によりニッケル粒子を製造し、得られたニッケル粒子を水に分散させて水系ニッケルスラリーを調整し、更に該水系ニッケルスラリーとトリアジンチオール類の金属塩化合物を混合してトリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを調整した後、このトリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーをろ過することによって、表面処理されたニッケル粉末が得られる。その際、上記水系ニッケルスラリーの仕込み時のpHを4.5〜6.5に調整することが必要である。もちろん、トリアジンチオール類の金属塩化合物を溶媒の水に混合したトリアジンチオール類含有水と水系ニッケルスラリーを混合して、トリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを調整しても良い。
【0031】
上記湿式還元法で成長したニッケル粒子を得た後、水洗や乾燥などを経てニッケル粉末として単離することなく、湿式還元法で得られたニッケル粉末が存在する水溶液を水系ニッケルスラリーとして用い、連続して表面処理を行うこともできる。即ち、湿式還元法で得たニッケル粉末を乾燥させることなく、そのまま液のpHを4.5〜6.5の範囲に調整し、トリアジンチオール類の金属塩化合物を添加することによって、トリアジンチオール類含有水系ニッケルスラリーとすることができる。この方法によれば、湿式還元法のニッケル粉末の製造と、トリアジンチオール類の金属塩化合物のニッケル粉末への吸着とを連続して行うことができる。もちろん、トリアジンチオール類の金属塩化合物を溶媒の水に混合したトリアジンチオール含有水と水系ニッケルスラリーを混合して、トリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを調整してもよい。
【0032】
上記湿式還元法によるニッケル粉末の製造では、金属コロイド粒子と保護コロイド剤と還元剤が含まれるアルカリ性コロイド溶液を作製し、そのアルカリ性コロイド溶液にニッケル塩水溶液を加えることで、ニッケル粒子を成長させてニッケル粉末を得ることができる。アルカリ性コロイド溶液の作製方法は、パラジウムと銀のコロイド粒子を例に説明すると、アルカリ性還元溶液中にパラジウムと銀の複合コロイド粒子を分散させる方法であればよい。例えば、(1)前記コロイド溶液と還元剤とアルカリ性物質を混合する、(2)前記コロイド溶液に、還元剤とアルカリ性物質を添加する、(3)前記コロイド溶液と、還元剤を含有するアルカリ性溶液とを混合する、という工程を挙げることができる。
【0033】
このように、本発明の湿式還元法によるニッケル粉末の製造方法は、アルカリ性コロイド溶液にニッケル塩水溶液を添加することによりニッケル粉末を製造するに際し、ニッケル塩水溶液を添加する前に、還元剤とアルカリ性物質を含み、且つパラジウムと銀とからなる複合コロイド粒子を分散させたアルカリ性コロイド溶液を作製しておくことを特徴とする。
【0034】
このアルカリ性コロイド溶液を用いることによって、還元生成するニッケル粒子が微細化する機構については、詳細は不明であるが、以下のように推測される。 パラジウムと銀はニッケルよりも酸化還元電位が高く、ニッケル粒子析出の際に核となり、この核にニッケルが析出し、成長して、ニッケル粒子になると考えられる。即ち、ニッケル核は生成せず、ニッケル粒子が生成していると推測される。また、核となる複合コロイド粒子が均一に単分散状態のまま還元剤溶液中に存在しているために、これにニッケル塩水溶液を添加すると、核となるコロイド粒子に対してニッケルが均等に核成長を起こしやすいためと考えられる。
【0035】
更に、パラジウムのみならず、銀を添加することにより、パラジウムの凝集が抑制されるため、粗大粒子や連結粒子の形成が抑制される。特に、パラジウムと銀の質量比が適切な値の範囲内に制御されることによって、粒径がより均一で、単分散状態のパラジウムと銀の複合コロイド粒子が生成され、粗大粒子や連結粒子の形成が抑制される。その理由ついても詳細は不明であるが、以下のように考えられる。
【0036】
パラジウムの凝集抑制に効果を発揮する銀が不足すると、パラジウムの凝集過程で発生し連結した核が成長することによって、連結粒子が発生していると考えられる。また、複数個の複合コロイドが凝集して核となり、その核を中心に粒成長して粗大粒子が発生すると考えられる。逆に、銀が過剰量であると、銀のみの粗大なコロイド粒子が発生することが粗大粒子や連結粒子の発生に関与していると思われる。従って、パラジウムと銀の質量比が適切な値の範囲内に制御されることによって、粒径がより均一で、単分散状態のパラジウムと銀の複合コロイド粒子が生成され、粗大粒子や連結粒子の形成が抑制される。
【0037】
上記パラジウムと銀の複合コロイド溶液中の銀の量は、後にニッケル塩水溶液として添加されるニッケルの量に対して0.1〜5質量ppmとすることが好ましい。パラジウムと銀を複合させてコロイド粒子とした場合、銀は少量でニッケル粒子の粗大粒子及び連結粒子の生成を抑制する効果を発揮する。銀が入ることによってパラジウムの凝集が抑制され、核として作用するコロイド粒子の数が増加するためであると考えられる。銀の量が0.1質量ppm未満では、上記の効果がほとんど得られない場合があり、逆に5質量ppmより多くても、得られるニッケル粒子の微細化に対する更なる効果はほとんど認められない。
【0038】
加えて、保護コロイド剤を用いることにより、コロイド粒子の凝集が一層抑制される。このため、生成したニッケル粒子が均一な粒径で、単分散状態になり、粗大粒子や連結粒子が形成され難くなると考えられる。更に、このコロイド粒子の数を変化させることによって、ニッケル析出の際の核の数を変化させることができ、ニッケル粒子の粒径を制御することができると推測される。
【0039】
上記パラジウムと銀の複合コロイド溶液は、保護コロイド剤を添加した溶液にパラジウム塩水溶液及び銀塩水溶液を混合して、複合コロイド粒子を分散させることで作製することができる。パラジウム塩水溶液としては、例えば、塩化パラジウム、硝酸パラジウム、硫酸パラジウム等から選ばれる少なくとも1種類を含む水溶液を用いることができる。これらの中では、液調整が容易な塩化パラジウムが最も好ましい。また、銀塩水溶液としては、例えば、硝酸銀水溶液を用いることができる。
【0040】
湿式還元法に用いるアルカリ性コロイド溶液の作製方法の一例をあげると、パラジウム塩水溶液と銀塩水溶液を所定量混合した混合溶液を、保護コロイド剤の入った還元剤溶液中に滴下することにより作製する。還元剤としては、特に限定されないが、例えば、ヒドラジン水溶液、水溶液ヒドラジン化合物、水素化ホウ素ナトリウム等から選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。水溶性ヒドラジン化合物の中では、特に不純物が少ない点で、ヒドラジン(N)や水和ヒドラジン(NO)が好ましい。
【0041】
なお、上記ヒドラジン水溶液としては、特にpHが10以上に調整された水酸化ナトリウムとヒドラジン水和物の混合水溶液であることが好ましい。pHが10未満では反応速度が遅くなり、ニッケルの還元析出が起こり難くなるため好ましくない。上記pH調整に使用するアルカリ性物質は、特に限定されるものではなく、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア等の水溶性のアルカリ性物質であればよい。本発明においては、これらの水溶性のアルカリ性物質と、ヒドラジン、ヒドラジン水和物等の水溶性ヒドラジン化合物を純水中で混合して、アルカリ性のヒドラジン水溶液を作製することができる。
【0042】
湿式還元法においてアルカリ性コロイド溶液に添加混合するニッケル塩水溶液としては、特に限定されるものではなく、例えば、塩化ニッケル、硝酸ニッケル及び硫酸ニッケル等から選ばれる少なくとも1種のニッケル塩を含む水溶液を用いることができる。これらのニッケル塩水溶液の中では、特に廃液処理が簡易であることから塩化ニッケル水溶液が好ましい。
【0043】
これまで、コロイド粒子がパラジウムと銀からなる複合コロイド粒子である例を用いて説明してきたが、コロイド粒子はパラジウムと銀の複合コロイド粒子に限定されない。ニッケルよりも貴な金属によるコロイド粒子であればよく、例えば、銅などのコロイド粒子であってもよい。上述のとおりコロイド粒子がニッケル粉末の核となるので、コロイド粒子の数を適切に調整する限り、使用するコロイド粒子の金属元素は問わない。
【0044】
また、上記したように、保護コロイド剤の添加により、所望とするコロイド粒子を均一に分散させることが可能となる。保護コロイド剤としてはゼラチンが好ましい。また、保護コロイド剤であるゼラチンの添加量は、アルカリ性コロイド溶液に添加する金属塩溶液の金属元素の量に対し0.02〜1質量%が望ましい。ゼラチンの添加量が0.02質量%未満では、コロイド粒子が凝集して、生成する金属粒子が粗大化したり、粒径のばらつきが大きくなったりする。ゼラチンの添加量が1質量%を超えると、ゼラチンの量が過剰であり、生成する金属粉末にゼラチンが残留したり、残留ゼラチンによる保護作用により未還元のニッケルが発生したりする不具合につながる。
【0045】
以上に説明した方法により製造される本発明のニッケル粉末は、従来と同様にペーストに調整して、セラミックコンデンサの内部電極層の形成に供される。その際、ニッケル以外の添加成分、例えば硫黄や炭素等が過剰に含まれていると、最終的な電子部品の信頼性に悪影響を与える可能性があるため望ましくない。しかし、本発明ではトリアジンチオール類の金属塩化合物がニッケル粉末の粒子表面に吸着しているため、硫黄を含む部分が粒子表面に集中的に作用して、極めて少ない量で十分な効果が得られる。その結果、硫黄をニッケル粒子内部に均一に分散させた場合やニッケルペースト中に分散させた場合に比べて、はるかに少ない量でニッケル粉末の耐酸化性を向上させる十分な効果を得ることが可能である。
【実施例】
【0046】
湿式還元法によって、ニッケル粉末を製造した。即ち、パラジウムと銀の複合コロイド溶液に、保護コロイド剤のゼラチンと還元剤の1水和ヒドラジンを加え、水酸化ナトリウムでpHを10に調整してアルカリ性コロイド溶液を混合し、このアルカリ性コロイド溶液に塩化ニッケル水溶液を加えてニッケル粒子を成長させた後、水洗とろ過を行ってニッケル粒子を得た。
【0047】
一方、トリアジンチオール類の金属塩化合物として1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリアジン・モノナトリウム塩(三共化成(株)製、商品名:サンチオールN−1)を用い、このトリアジンチオール類の金属塩化合物を下記表1に試料ごとに示す硫黄添加量となるように純水150mlに溶解させた。なお、表1に示す硫黄添加量は、表面処理すべきニッケル粉末の重量に対するトリアジンチオール類の金属塩化合物の量を硫黄換算したものである。
【0048】
上記の湿式還元法で得られたニッケル粒子(平均粒径0.2μm)を純水で洗浄し、ろ過してニッケルケーキを得た。このニッケルケーキ30g(ニッケル粉換算)に純水100mlを加え、撹拌機を用いて200rpmで5分間混合することによってニッケルのスラリーとし、硫酸、アンモニア水あるいは水酸化ナトリウム溶液を用いて試料ごとにpHを表1に示す値に調整した。
【0049】
このニッケのルスラリーに、上記した1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリアジン・モノナトリウム塩の水溶液150mlを添加し、得られたトリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを30分間撹拌保持した。その後、このトリアジンチオール含有水系ニッケルスラリーを吸引ろ過することによってニッケル粒子を固液分離し、純水250mlで掛水洗浄を行った。回収したろ過ケーキを150℃にて12時間真空乾燥することにより、試料1〜13の各ニッケル粉末を得た。
【0050】
次に、参考例の試料14として、上記化学式1においてR=−SHである1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリチオール(三共化成(株)製、商品名:ジスネットF)を用い、これを下記表1の試料14に示す添加量となるように1000mlのイソプロピルアルコールに溶解させた。
【0051】
得られた溶液に、上記実施例と同様にして湿式還元法により得られたニッケル粒子(平均粒径0.2μm)100gを加え、ホモジナイザーを用いて5000rpmの回転数で5分間の混合処理することによりスラリーとした。その後、得られたスラリーを吸引ろ過することにより、ニッケル粒子を固液分離し、回収されたニッケル粉末を100℃にて12時間真空乾燥することにより、参考例である試料14のニッケル粉末を得た。
【0052】
このようにして製造された試料1〜14の各ニッケル粉末について、有機バインダーのエチルセルロースをニッケルに対し5重量%混合したニッケル粉末、及びニッケル粉末のみを、それぞれTG測定装置(TG−DTA2000SA;マックサイエンス社製)を用い、窒素ガスを流量200ml/分で流しながら昇温速度5℃/分で加熱して重量変化を測定した。その後、各温度にてエチルセルロースを混合したニッケル粉末の重量からニッケル粉末のみの重量を引き算し、ニッケル粉末中のエチルセルロースの重量変化を求め、一次微分した。
【0053】
この評価において得られた最大変化時の温度を樹脂分解ピーク温度とし、ニッケルスラリーのpH、トリアジンチオール類化合物の添加量から換算した硫黄添加量、得られたニッケル粉末の硫黄含有量及び硫黄の分配率(ニッケル粉末中の硫黄量を硫黄の添加量で割った値)と共に、下記表1に示した。
【0054】
【表1】
【0055】
本発明による試料6〜9では、硫黄の分配率が高いことが分かる。また、樹脂分解ピーク温度は、ニッケル粉末の硫黄含有量の増加に伴って高温化する。一方、ニッケル粉末の硫黄含有量を増加させるためには硫黄添加量を増加させる必要があるが、硫黄添加量に対する硫黄の分配率はpHを低く調整した水系ニッケルスラリーでの処理が高く、効率的である。
【0056】
このことから、本発明のニッケル粉末の処理方法は、特に薄層・高容量用の微小粒径のニッケル粉末で問題となる層間剥離やデラミネーションの抑制に極めて有効であるといえる。