【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記の導波路は作製において結晶内に不純物を拡散することから、光損傷耐性や長期信頼性の観点から問題があった。例えば拡散型の導波路では、高強度の光を導波路に入射するとフォトリフラクティブ効果による結晶の損傷が発生してしまうため、導波路に入力できる光パワーに制限がある。
【0010】
そこで近年では、結晶のバルクの特性をそのまま利用できることから、高光損傷耐性、長期信頼性、デバイス設計が容易等の特徴を持つリッジ型の光導波路が研究開発されている。二枚の基板を接合して形成された光学素子の一方の基板を薄膜化した後リッジ加工をすることにより、リッジ型の光導波路を形成することができる。
【0011】
リッジ型の導波路を作製する方法としては、2枚の基板を接着剤を用いて接着し、一方の基板を薄膜化した後にリッジ加工をすることで、リッジ型導波路を作製することが知られている(例えば非特許文献1)。
【0012】
しかしながら、基板同士を接着剤により
貼合わせる方法は、接着材と基板の熱膨張係数が異なるために、温度が変化したときに薄膜に割れが生じるという問題があった。加えて、導波路中で発生する第二高調波光によって接着剤が劣化するために、動作中に導波路損失が増加し、波長変換の効率が劣化するという問題もあった。さらにまた、接着層の不均一性のために単結晶膜の膜厚が不均一となり、波長変換素子の位相整合波長がずれるという問題もあった。
【0013】
一方で接着剤を用いずに、基板同士を強固に接合する技術として、直接接合法が知られている。直接接合法は、まず初めに化学薬品を用いて表面処理を行ったウエハ同士を重ね合わせることで、表面間引力により接合する方法である。接合は常温で行われるが、このときのウエハの接合強度は小さいため、接合強度を向上させるため高温での熱処理を行う。
【0014】
接着剤等を用いずに基板同士を強固に接合することのできる直接接合の技術は、高光損傷耐性、長期信頼性、デバイス設計の容易性等の特徴以外にも、例えば上述したDFGによる中赤外域の光発生において、不純物の混入や接着剤等の吸収を回避できる点からも有望視されている。
【0015】
直接接合法においては400℃程度の高温での熱処理を必要とするために、接合できるウエハ間には表面の平坦性が良いことに加え、熱膨張率が近いことも要求される。このため、ニオブ酸リチウム(LiNbO
3)とタンタル酸リチウム(LiTaO
3)や、Mg、Zn、Sc、In、Fe等の添加物を付与したニオブ酸リチウム(LiNbO
3)同士の同種材料基板による直接接合形成が検討されてきた。
【0016】
しかし同種材料基板同士の接合の場合、基板間の屈折率差を大きくとることができない。このため光の閉じ込めが弱く、導波路の小型化が制限されてしまい、高効率な波長変換デバイスの実現が困難となる。これまでの熱拡散による直接接合型の導波路はコア層とクラッド層の屈折率差が0.5〜0.7%程度であり、小型の導波路でもコアサイズが5×5μm
2のものまでしか実現されていない。コア層とクラッド層との屈折率差が少なくとも1%以上なければこれ以上の導波路の小型化は困難である。
【0017】
この屈折率差を大きくとることが可能な直接接合型導波路の形成手段として、表面活性化常温接合法による異種基板同士を接合させる方法と、ガラス等の非晶質材料を接合層としてコア基板と下基板との間に形成し、アンダークラッドとして機能させる方法がある。
【0018】
表面活性化常温接合法は接合プロセスを常温で行うことを可能にするものである。これは接合面を真空中で表面処理することにより,表面の原子を化学結合を形成しやすい活性な状態にする.このような処理を用いることにより,室温での接合,若しくは熱処理温度を大幅に下げることを可能にしている。この手法を用いることでシリコン(Si)基板とタンタル酸リチウム(LiTaO
3)基板とを接合し、屈折率差の大きい接合基板を形成したことが報告されている。(非特許文献2)
【0019】
しかしながら、ニオブ酸リチウム(LiNbO
3)及びタンタル酸リチウム(LiTaO
3)の結晶基板はドライエッチング等の導波路作製プロセスを経ることで結晶中の酸素の抜けが発生し、欠陥が生じる。このような欠陥がある場合、光導波路の伝搬損失が増加し光損傷耐性も劣化してしまう。このため、導波路作製プロセスを経た後に、結晶から抜けた酸素を補完するためにアニール処理が必要となる。しかしながら上記の接合法によるSiを用いた接合基板の場合、熱膨張率の差が大きいため、このアニール処理の際に接合基板が破損されてしまうという問題がある。
【0020】
一方で、非晶質を接合層として用いる方法は、コア基板と下基板よりも屈折率の小さな非晶質材料をアンダークラッドとして機能させることで、導波路の実効的な屈折率差を大きくとることを可能とするものである。通常の直接接合と同様に熱拡散を用いて接合をするため、上述したようなアニール処理時に基板が破損する問題は発生しない。
【0021】
しかしながら、接合層として非晶質を用いる場合、接合層の膜厚の不均一性のためにコア層の膜厚が不均一となることに伴い、波長変換素子の位相整合波長も素子長全体にわたって不均一になってしまうという問題がある。さらに非晶質自体の屈折率の制御も困難であることから、位相整合波長の平均値自体も設計値からずれてしまうという問題もある。また、非晶質の場合接合面の表面分子の配列がランダムであり、結晶同士の直接接合に比べて実効的な結合手の単位面積当たりの数が少ないために接合強度が弱く、長期的信頼性に欠けるといった問題もある。加えて、接合層形成によりプロセス工程が多くなることから、プロセス毎の特性バラつきが多くなってしまう。
【0022】
以上から、直接接合による波長変換素子用の導波路形成は熱処理が可能である構成が望ましく、また光学的特性が安定である結晶同士の接合形態が適しているといえる。そこでLNと直接接合及び熱処理が可能である結晶として水晶が考えられる。水晶は加工技術が確立されており、表面の平坦性の良いウエハが入手可能であることに加え、Z軸に垂直な面内方向の熱膨張係数は13.2×10
−6であり、LNのZ軸に垂直な面内方向の熱膨張係数15.4×10
−6と比べて非常に近い値をとる。このことからLNとの直接接合及び熱処理が十分可能な結晶である。
【0023】
図1のような分極反転構造を施したZnドープニオブ酸リチウムからなる導波基板と、水晶からなるベース基板を用いてリッジ型導波路を形成した場合、比屈折率差が28%程度となり非常に大きい。このためコアへの光閉じ込めが非常に強くコアサイズを5μm
2以下としても多モードでの導波が可能となる。
【0024】
高効率な波長変換素子を実現するに当たっては、コア内の光のパワー密度を大きくすることに加え、原理的に光の相互作用長を長くとる必要がある。この際コアへ入射された光は光導波路の基底モードのみを励振することが望ましい。
図1のような構造の場合1×1μm
2程度のコアサイズで基底モードのみの状態となり、1μm
2以上になると多モード状態となって信号光と励起光の光電界の重なりを良くすることが難しくなる。このように電界重なりが悪い場合、信号光と励起光の相互作用が減少し、非線形光学効果の効率が劣化してしまう。
【0025】
従って、
図1のような構造で高効率な波長変換素子を作製する場合、コアサイズを1×1μm
2程度にする必要がある。しかしながら、そのような導波路サイズの素子は実際の作製精度を考慮すると現実的ではない。
【0026】
PPLN導波路の位相整合条件は導波路コアサイズ毎の導波モードによって異なる。
図2に1×1μm
2を基本サイズとしたときのLNと水晶による導波路、及び従来の5×5μm
2を基本サイズしたときのLN同種基板による導波路での、導波路幅を変化させた場合の位相整合条件を変化率の大きさを示す。
図2において、破線aはLNと水晶による導波路のものを示し、実線bはLN同種基板による導波路のものを示す。
図2の縦軸は非線形媒質内に入射する基本波光の波長、屈折率をλ
f、n
fとし、第二高調波の波長、屈折率をλ
sh、n
shとした場合に、式1で表される2つの光の伝搬定数の差の変化率を示しており、位相整合条件に対する導波路の作製トレランスを意味するものである。
【0027】
【数1】
【0028】
従来の構造と比較して1×1μm
2程度のコアサイズでは100倍程度作製トレランスが厳しくなることがわかる。これは導波路を伝搬する光の実効的な屈折率の変化が、コアサイズが小さくなるほど大きくなるためである。このため、1×1μm
2程度の非常に小型な導波路を作製する場合に、作製過程で生じた導波路幅のバラつき等が、導波する光の実効屈折率に与える影響が大きくなってしまう。これにより、局所的な位相整合特性は合うものの、導波路長手方向に均一な整合特性を有する導波路を作製するのは困難となる。以上から、
図1のようなコア層にLN、クラッド層に水晶を用いたリッジ型の導波路の場合、小型・短尺な素子作製は可能であるが、実効的な導波路長の長い素子を作製するのは難しく、高効率な素子の実現は難しい。
【0029】
高効率な波長変換素子の実現には、基底モード伝搬条件と作製のトレランスを両立でき、実効的な非線形相互作用長を長くとれる導波路構造が望ましい。そのためには、単純なリッジ構造よりも光の閉じ込めの強さを緩和できるような構造が必要になる。
【0030】
そこで、
図3のようなコア層にLN、クラッド層に水晶を用いたリブ型の構造が考えられる。リブ構造の場合、スラブ部分の厚み(リブ高さ)を調整することで、光のコアへの閉じ込めの強さを緩和することが可能となる。これにより、リッジ型と比べて大きなコアサイズの導波路でもシングルモード伝搬が可能となる。例えば4×4μm
2のコアサイズの場合、リブ高さを2.0μm以上にすることでシングルモード導波路となる。
【0031】
しかしながら、リブ型の導波路構造においては、コアの厚みと幅に加えてリブ高さの精密な制御が必要になる。
図4にコアサイズ4×4μm
2、リブ高さ2μmとした場合のリブ型導波路の、コア幅・コア厚み・リブ高さの変化に対する作製トレランスを示す。
図4から、コアサイズ4×4μm
2、リブ高さ2μm近傍ではリブ高さの変化がコア幅・コア厚みの変化と同程度の作製トレランスを有することがわかる。このため、リブ高さの分布も導波路の位相整合条件を変化させる要因となってしまう。リブ構造の場合、コアの幅・厚みだけでなくリブ高さも加えた3つのパラメータの精密な制御が求められ、均一な位相整合特性を有する導波路を作製することは困難である。加えて、PPLN基板は分極の反転した領域とそうでない領域とでエッチングによるレート差がでることが知られている。従来のリッジ型構造の場合、導波路部分以外のPPLN基板はエッチングによって全て掘り落とすため、このレート差による導波モードへの影響は無かった。しかしながら、リブ構造の場合にはPPLN基板を完全には掘り落とさないため、スラブ部分にこのレート差による凹凸が残る。これにより、リブ高さが周期的に変化する導波路構造となるため、位相整合条件を均一に保つことができないため、実効的な非線形相互作用長の長い高効率な波長変換素子の作製は困難となる。従って、エッチングされたPPLN基板が残るようなリブ構造ではない手法で、基底モード伝搬条件と作製のトレランスを両立できる導波路構造が望まれる。
【0032】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の課題は、光損傷耐性および長期信頼性を有するとともに、基底モード伝搬条件と作成のトレランスを両立しつつ実効的な非線形相互作用長を長く取ることによって長尺で高効率な非線形光学効果を実現できる波長変換素子を提供することにある。