(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6229935
(24)【登録日】2017年10月27日
(45)【発行日】2017年11月15日
(54)【発明の名称】チャンバー細胞生成方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20171106BHJP
【FI】
C12N1/00 N
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-218556(P2013-218556)
(22)【出願日】2013年10月21日
(65)【公開番号】特開2015-80421(P2015-80421A)
(43)【公開日】2015年4月27日
【審査請求日】2016年10月20日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の研究領域「細胞機能の構成的な理解と制御」における「バクテリア再構成法の開発」事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】特許業務法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田端 和仁
(72)【発明者】
【氏名】野地 博行
【審査官】
川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−205537(JP,A)
【文献】
国際公開第2005/071405(WO,A1)
【文献】
田端和仁,瀧ノ上正浩,倉員智瑛,額賀理,山本敏,杉山正和,竹内昌治,野地博行,バクテリア再構成デバイスの開発,日本生物工学会大会講演要旨集,2010年 9月25日,130,2P-2147
【文献】
Kzuhiro Tabata et al.,バクテリア生命システムとマイクロデバイスの融合,生物物理,2013年 9月13日,Vol 53 No. Supplement 102,Page 1SDP-03
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−1/38
C12M 1/00−3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微小チャンバーに微生物細胞を融合させたチャンバー細胞を生成するチャンバー細胞生成方法であって、
前記微生物細胞の生育が可能な生育可能水溶液を微小チャンバーに充填する充填ステップと、
前記生育可能水溶液が充填された微小チャンバーの開口部を脂質を含有する脂質含有有機溶媒で液封することにより脂質の親水基が前記微小チャンバーの前記生育可能水溶液側に向いた状態の第1脂質膜を形成する第1脂質膜形成ステップと、
前記微生物細胞の細胞壁を溶解させた細胞壁溶解細胞を含有する細胞含有水溶液を少なくとも用いて、前記脂質の疎水基が前記第1脂質膜側を向いた状態の第2脂質膜を前記第1脂質膜に重ねて形成して脂質二重膜を形成すると共に前記脂質二重膜と前記細胞壁溶解細胞の細胞膜との膜融合により前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させる融合ステップと、
を備えることを特徴とするチャンバー細胞生成方法。
【請求項2】
請求項1記載のチャンバー細胞生成方法であって、
前記融合ステップは、前記細胞含有水溶液で前記第1脂質膜が形成された前記微小チャンバーの開口部を液封することにより、前記脂質二重膜を形成すると共に、前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させるステップである、
チャンバー細胞生成方法。
【請求項3】
請求項2記載のチャンバー細胞生成方法であって、
前記充填ステップは、平坦な基板の表面に疎水性の物質により複数の微小チャンバーが規則的に高密度に配列した微小チャンバーアレイに前記生育可能水溶液を流入して前記複数の微小チャンバーに充填するステップであり、
前記第1脂質膜形成ステップは、前記微小チャンバーアレイに前記脂質含有有機溶媒を流入して前記複数の微小チャンバーの開口部に前記第1脂質膜を形成するステップであり、
前記融合ステップは、前記微小チャンバーアレイに前記細胞含有水溶液を流入して前記複数の微小チャンバーの開口部に前記脂質二重膜を形成すると共に、前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させるステップである、
チャンバー細胞生成方法。
【請求項4】
請求項1記載のチャンバー細胞生成方法であって、
前記融合ステップは、所定水溶液で前記第1脂質膜が形成された前記微小チャンバーの開口部を液封することにより前記脂質二重膜を形成し、前記細胞含有水溶液で前記脂質二重膜が形成された前記微小チャンバーの開口部を液封することにより前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させるステップである、
チャンバー細胞生成方法。
【請求項5】
請求項4記載のチャンバー細胞生成方法であって、
前記充填ステップは、平坦な基板の表面に疎水性の物質により複数の微小チャンバーが規則的に高密度に配列した微小チャンバーアレイに前記生育可能水溶液を流入して前記複数の微小チャンバーに充填するステップであり、
前記第1脂質膜形成ステップは、前記微小チャンバーアレイに前記脂質含有有機溶媒を流入して前記複数の微小チャンバーの開口部に前記第1脂質膜を形成するステップであり、
前記融合ステップは、前記微小チャンバーアレイに前記所定水溶液を流入して前記複数の微小チャンバーの開口部に前記脂質二重膜を形成し、その後、前記微小チャンバーアレイに前記細胞含有水溶液を流入して前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させるステップである、
チャンバー細胞生成方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のうちのいずれか1つの請求項に記載のチャンバー細胞生成方法であって、
前記微小チャンバーは、前記微生物細胞を1個収容する容量から1000個収容する容量の範囲内の所定容量となるよう形成されている、
チャンバー細胞生成方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のうちのいずれか1つの請求項に記載のチャンバー細胞生成方法であって、
前記生育可能水溶液は、前記微生物細胞が有しない外来要素を含有する水溶液である、
チャンバー細胞生成方法。
【請求項8】
請求項7記載のチャンバー細胞生成方法であって、
前記外来要素は、デオキシリボ核酸,リボ核酸,人工核酸類、アデノシン三リン酸等のヌクレオチド類,サイクリックヌクレオチド類,アミノ酸,イオン類,ペプチド,タンパク質のいずれかである、
チャンバー細胞生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チャンバー細胞生成方法に関し、詳しくは、微小チャンバーに微生物細胞を融合させてチャンバー細胞を生成するチャンバー細胞生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の技術としては、合成ゲノムをマイコプラズマ(Mycoplasma)に導入し、合成ゲノムを機能させるものが提案されている(例えば、非特許文献1参照)。合成ゲノムのマイコプラズマへの導入は、マイコプラズマが細胞壁を有しないため、マイコプラズマを含有する溶媒に合成ゲノムを混合することにより行なうことができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】"Genome Transplantation in Bacteria: Changing One Species to Another", Carole Lartigue, John I. Glass, Nina Alperovich, Rembert Pieper, Prashanth P. Parmar, Clyde A. Hutchison III, Hamilton O. Smith, J. Craig Venter, Science 317, 632 (2007);DOI: 10.1126/science. 1144622
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
発酵食料やバイオエタノールなどの発酵生産は、大腸菌や枯草菌、酵母、コリネ菌などの種々の微生物が用いられる。これらの微生物の多くは、強固な細胞壁を有するため、微生物を含有する溶媒に合成ゲノムなどの外来要素を混合するだけでは、外来要素を微生物細胞に融合させることはできない。一方、微生物細胞を構成する全ての要素を個別に調整すると共に個別に量を定めて混ぜて膜に包むことにより微生物細胞を再生する手法や微生物細胞を破砕すると共に破砕したものを膜に包んで微生物細胞を再生する手法が可能であれば、膜で包む際に外来要素を含めることができるが、これらの再生手法について開発されていない。
【0005】
本発明のチャンバー細胞生成方法は、微小チャンバーに微生物細胞を融合させてチャンバー細胞を生成することを主目的とし、外来要素が導入されたチャンバー細胞を生成することを更なる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のチャンバー細胞生成方法は、上述の主目的を達成するために以下の手段を採った。
【0007】
本発明のチャンバー細胞生成方法は、
微小チャンバーに微生物細胞を融合させたチャンバー細胞を生成するチャンバー細胞生成方法であって、
前記微生物細胞の生育が可能な生育可能水溶液を微小チャンバーに充填する充填ステップと、
前記生育可能水溶液が充填された微小チャンバーの開口部を脂質を含有する脂質含有有機溶媒で液封することにより脂質の親水基が前記微小チャンバーの前記生育可能水溶液側に向いた状態の第1脂質膜を形成する第1脂質膜形成ステップと、
前記微生物細胞の細胞壁を溶解させた細胞壁溶解細胞を含有する細胞含有水溶液を少なくとも用いて、前記脂質の疎水基が前記第1脂質膜側を向いた状態の第2脂質膜を前記第1脂質膜に重ねて形成して脂質二重膜を形成すると共に前記脂質二重膜と前記細胞壁溶解細胞の細胞膜との膜融合により前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させる融合ステップと、
を備えることを特徴とする。
【0008】
この本発明のチャンバー細胞生成方法では、まず、微生物細胞の生育が可能な生育可能水溶液を微小チャンバーに充填し、この生育可能水溶液が充填された微小チャンバーの開口部を脂質を含有する脂質含有有機溶媒で液封することにより脂質の親水基が微小チャンバーの生育可能水溶液側に向いた状態の第1脂質膜を形成する。続いて、微生物細胞の細胞壁を溶解してなる細胞壁溶解細胞を含有する細胞含有水溶液を少なくとも用いて、脂質の疎水基が第1脂質膜側を向いた状態の第2脂質膜を第1脂質膜に重ねて形成して脂質二重膜を形成すると共に脂質二重膜と細胞壁溶解細胞の細胞膜との膜融合により微生物細胞を微小チャンバーに融合させる。脂質二重膜と細胞壁溶解細胞の細胞膜との膜融合は、細胞含有水溶液中の細胞壁溶解細胞が脂質二重膜に接触することにより行なわれる。なお、膜融合を促進させるためにカルシウムイオンやポリエチレングリコール、グリセロールといった物質を使用することもできるし、電気的に融合を促進させることも可能である。微小チャンバーには微生物細胞の生育が可能な水溶液(生育可能水溶液)が充填されており、微小チャンバー外部には微生物が培養可能な培養液で満たされているため、膜融合によって微小チャンバーに融合された微生物細胞は微小チャンバーを細胞膜や細胞壁とするチャンバー細胞となって機能する。これらのことから、上述した手法により、微小チャンバーに微生物細胞を融合させてチャンバー細胞を生成することができ、チャンバー細胞を微生物細胞として機能させることができる。
【0009】
ここで、「生育可能水溶液」は、微生物細胞によって異なるものとなるが、微生物細胞の生育が可能で等張の中性付近に緩衝能を持つ緩衝液であることが好ましく、更に種々のアミノ酸が加えられていることが好ましい。「脂質」は、例えば、大豆や大腸菌由来等の天然脂質、DOPE(ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン)やDOPG(ジオレオイルホスファチジルグリセロール)等の人工脂質を用いることができる。「脂質含有有機溶媒」は、ヘキサデカンやクロロホルム等の有機溶媒に上述の脂質を含有させたものを用いることができる。「細胞含有水溶液」としては、例えば、微生物細胞を細胞壁を溶解する酵素と微生物細胞とを等張の中性付近に緩衝能を持つ緩衝液もしくは培地に加えたものを用いることができる。
【0010】
こうした本発明のチャンバー細胞生成方法において、前記融合ステップは、前記細胞含有水溶液で前記第1脂質膜が形成された前記微小チャンバーの開口部を液封することにより、前記脂質二重膜を形成すると共に、前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させるステップである、ものとすることもできる。即ち、脂質二重膜の形成と微生物細胞と微小チャンバーとの融合とを細胞含有水溶液を導入するだけで行なうのである。こうした態様の本発明のチャンバー細胞生成方法において、前記充填ステップは、平坦な基板の表面に疎水性の物質により複数の微小チャンバーが規則的に高密度に配列した微小チャンバーアレイに前記生育可能水溶液を流入して前記複数の微小チャンバーに充填するステップであり、前記第1脂質膜形成ステップは、前記微小チャンバーアレイに前記脂質含有有機溶媒を流入して前記複数の微小チャンバーの開口部に前記第1脂質膜を形成するステップであり、前記融合ステップは、前記微小チャンバーアレイに前記細胞含有水溶液を流入して前記複数の微小チャンバーの開口部に前記脂質二重膜を形成すると共に、前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させるステップである、ものとすることもできる。こうすれば、複数の微小チャンバーのいずれかに高い確率で微生物細胞を融合させて微小チャンバーを微生物細胞として機能させることができる。
【0011】
また、本発明のチャンバー細胞生成方法において、前記融合ステップは、所定水溶液で前記第1脂質膜が形成された前記微小チャンバーの開口部を液封することにより前記脂質二重膜を形成し、前記細胞含有水溶液で前記脂質二重膜が形成された前記微小チャンバーの開口部を液封することにより前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させるステップである、ものとすることもできる。即ち、脂質二重膜の形成と微生物細胞と微小チャンバーとの融合とを別のステップとして行なうのである。ここで、「所定水溶液」は、微小チャンバーの開口部に脂質二重膜を形成することができる水溶性のものであればよい。こうした態様の本発明のチャンバー細胞生成方法において、前記充填ステップは、平坦な基板の表面に疎水性の物質により複数の微小チャンバーが規則的に高密度に配列した微小チャンバーアレイに前記生育可能水溶液を流入して前記複数の微小チャンバーに充填するステップであり、前記第1脂質膜形成ステップは、前記微小チャンバーアレイに前記脂質含有有機溶媒を流入して前記複数の微小チャンバーの開口部に前記第1脂質膜を形成するステップであり、前記融合ステップは、前記微小チャンバーアレイに前記所定水溶液を流入して前記複数の微小チャンバーの開口部に前記脂質二重膜を形成し、その後、前記微小チャンバーアレイに前記細胞含有水溶液を流入して前記微生物細胞を前記微小チャンバーに融合させるステップである、ものとすることもできる。
【0012】
いま、微小チャンバーを、例えば、深さが1マイクロメートルで円形に換算したときに直径が3マイクロメートルとなるよう形成したときを考える。このとき、隣接する微小チャンバーとの距離を2マイクロメートルとすれば、1つの微小チャンバーに必要な面積は一辺が5マイクロメートルの正方形となり、25×10
-12[m
2]と計算される。したがって、1cm
2(1×10
-4[m
2])当たり4×10
6個の微小チャンバーが形成される。微小チャンバーに微生物細胞が融合される確率をη(例えば、η=0.01)とすれば、1cm
2(1×10
-4[m
2])当たり4×10
4個の微小チャンバーに微生物細胞が融合されることになる。したがって、こうした微小チャンバーアレイを用いることにより、小さな面積でより確実に微生物細胞が微小チャンバーに融合されたものを発現させることができる。
【0013】
さらに、本発明のチャンバー細胞生成方法において、前記微小チャンバーは、前記微生物細胞を1個収容する容量から1000個収容する容量の範囲内の所定容量となるよう形成されている、ものとすることもできる。微小チャンバーに微生物細胞を融合させて微小チャンバーを微生物細胞として機能させるためには、微小チャンバーの容量が微生物細胞より小さいときには融合ができず、微小チャンバーの容量が微生物細胞に比して大きすぎるときも細胞として機能しないことに基づく。なお、上限の1000個は、大腸菌を培養して大きくすると1000倍程度になることに基づく。
【0014】
あるいは、本発明のチャンバー細胞生成方法において、前記生育可能水溶液は、前記微生物細胞が有しない外来要素を含有する水溶液である、ものとすることもできる。こうすれば、所望の外来要素を微生物細胞として機能する微小チャンバーに融合することができる。この場合、前記外来要素は、デオキシリボ核酸(DNA:deoxyribonucleic acid),リボ核酸(RNA:ribonucleic acid),人工核酸類、アデノシン三リン酸(ATP:Adenosine TriPhosphate)等のヌクレオチド類,サイクリックヌクレオチド類,アミノ酸,イオン類,ペプチド,タンパク質のいずれかである、ものとすることもできる。これらのいずれかを生育可能水溶液に外来要素として含有させておくことにより、含有させた外来要素の機能をもったチャンバー細胞を生成することができ、このチャンバー細胞から新たな細胞を生成させることにより新たな機能を有する細胞を生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態としてのチャンバー細胞生成方法の各工程を示す工程図である。
【
図2】微小チャンバーアレイ20のの構成の概略を示す構成図である。
【
図3】微小チャンバーアレイ20の
図2におけるA−A断面および断面の一部を拡大して示す説明図である。
【
図4】微小チャンバーアレイ20の形成の各工程を示す工程図である。
【
図5】微小チャンバーアレイ20の形成の各工程の状態を示す説明図である。
【
図6】チャンバー細胞64を生成する様子を説明する説明図である。
【
図7】微小チャンバー26に細胞壁を溶解した大腸菌が融合する際の前後の状態を示す説明図である。
【
図8】GFPにより緑色蛍光するようにした大腸菌の微小チャンバー26との融合後の蛍光強度の時間変化を示すグラフである。
【
図9】チャンバー細胞64から新たに細胞が生成される様子を顕微鏡写真により示す説明図である。
【
図10】変形例のチャンバー細胞生成方法の各工程を示す工程図である。
【
図11】バッファ水溶液に外来要素72を混在させてチャンバー細胞64Bを生成する様子を説明する説明図である。
【
図12】外来要素72として緑色蛍光するようにしたDNAを用いたときのチャンバー細胞64Bの緑色蛍光発現の様子を顕微鏡写真により示す説明図である。
【
図13】外来要素72として緑色蛍光するようにしたDNAを用いたときのチャンバー細胞64Bの蛍光強度の時間変化の様子を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明を実施するための形態について説明する。
図1は本発明の一実施形態としてのチャンバー細胞生成方法の各工程を示す工程図である。実施形態のチャンバー細胞生成方法では、まず、微小チャンバー26を高密度に配置した微小チャンバーアレイ20を形成する(ステップS100)。
【0017】
図2は、微小チャンバーアレイ20の構成の概略を示す構成図であり、
図3は、微小チャンバーアレイ20の
図2におけるA−A断面および断面の一部を拡大して示す説明図である。微小チャンバーアレイ20は、
図3に示すように、平坦なガラス基板22と、ガラス基板22の表面に疎水性の物質(例えば、旭硝子株式会社製のフッ素樹脂(CYTOP))により薄膜として形成された物質膜24と、物質膜24に規則的に高密度に配列するよう形成された複数の微小チャンバー26と、により構成されている。
【0018】
各微小チャンバー26は、融合する微生物細胞の大きさの1倍〜1000倍程度となるように物質膜24の厚さDとその直径Rとが調整されている。微小チャンバー26のサイズは、小さすぎると微小チャンバー26の後述する脂質二重膜と微生物細胞との膜融合が困難となり、大きすぎると膜融合による融合後に生成されるチャンバー細胞の生息が困難となると考えられる。微生物細胞として大腸菌や枯草菌、酵母、コリネ菌などを考えれば、物質膜の厚さDとしては0.5μm〜5μm程度、直径Rとしては1μm〜10μm程度が妥当であると考えられる。
【0019】
図4は、微小チャンバーアレイ20の形成の各工程を示す工程図であり、
図5は、微小チャンバーアレイ20の形成の各工程の状態を示す説明図である。微小チャンバーアレイ20の形成は、まず、ガラス基板22のガラス表面にヒドロキシル基を生やすための表面処理として、10Mの水酸化カリウム(KOH)溶液にガラス基板22を24時間程度浸す(工程S200、
図5(a))。次に、ガラス基板22の表面に、疎水性の物質(例えば、旭硝子株式会社製のフッ素樹脂(CYTOP))をスピンコートして物質膜24aを形成し、物質膜24aがガラス基板22のガラス表面に密着させる(工程S210、
図5(b))。スピンコートの条件としては、例えば、2000rps(revolution per second)で30秒を用いることができ、この場合、物質膜24aは膜厚が約1μmとなる。物質膜24aのガラス基板22のガラス表面への密着は、例えば、180℃のホットプレートで1時間ベークして、物質膜24a(CYTOP)のシラノール基とガラス表面のヒドロキシル基とを脱水縮合することにより行なうことができる。
【0020】
物質膜24aを密着させると、物質膜24aの表面にレジスト25aをスピンコートにより形成し、レジスト25aを物質膜24aの表面に密着させる(工程S220、
図5(c))。レジスト25aとしては、AZ Electronic Materials製のAZ-4903などを用いることができる。スピンコートの条件としては、例えば、4000rps(revolution per second)で60秒を用いることができる。レジスト25aの物質膜24aの表面への密着は、例えば、110℃のホットプレートで1時間ベークして、レジスト25a内の有機溶媒を蒸発させることにより行なうことができる。
【0021】
レジスト25aを密着させると、微小チャンバー26のパターンのマスクを用いてレジスト25aを露光し、レジスト専用の現像液に浸して現像して微小チャンバー26を形成する部分が除かれたレジスト25bを形成する(工程S230、
図5(d))。露光の条件は、例えば、SAN-EI製の露光機によりUV power 250Wで7秒照射する条件を用いることができる。現像の条件としては、例えば、AZ Electronic Materials製のAZ developerに5分浸す条件を用いることができる。
【0022】
そして、レジスト25bによりマスクされた物質膜24aをドライエッチングすることにより、物質膜24aから微小チャンバー26の部分を取り除いた物質膜24bとし(工程S240、
図5(e))、レジスト25bを除去して(工程S250)、ガラス基板22の表面に物質膜24により複数の微小チャンバー26が形成された微小チャンバーデバイスを完成する。ドライエッチングは、例えば、Samco製のReactive ion etching装置で、エッチング条件として、O
2 50sccm, Pressure 10Pa, Power 50W, Time 30minを用いることができる。レジスト25bの除去は、アセトンに浸し、イソプロパノールで洗浄した後に純水で洗浄することにより行なうことができる。
【0023】
図1のチャンバー細胞生成方法の工程の説明に戻る。
図6は、微小チャンバーアレイ20に形成された複数の微小チャンバー26に微生物細胞を融合してチャンバー細胞64を生成する様子を説明する説明図である。微小チャンバーアレイ20を形成すると、この微小チャンバーアレイ20にスペーサ42を介在させて液体導入孔46が形成されたガラス板44を乗せて、微小チャンバーアレイ20の微小チャンバー26が形成された面が略水平な底面となる液体流路48を形成し、液体導入孔46からバッファ水溶液(生育可能水溶液)を導入して各微小チャンバー26にバッファ水溶液を充填し、バッファ水溶液で液体流路48を満たした状態とする(ステップS110、
図6(a))。バッファ水溶液としては、チャンバー細胞64を生成したときの細胞の体液となるものであるため、微生物細胞の生育が可能な水溶液が好ましい。例えば、等張の中性付近に緩衝能を持つ緩衝液にアデノシン三リン酸(ATP)や種々のアミノ酸を加えたものを用いることができる。また、更にスペルミンやチアミンを加えたものとしてもよい。
【0024】
バッファ水溶液(生育可能水溶液)で液体流路48が満たされた状態で液体導入孔46から脂質52を含有する有機溶媒(脂質含有有機溶媒)を流入し、有機溶媒により微小チャンバー26の開口部を液封する(ステップS120,
図6(b))。ここで、脂質52としては、大豆や大腸菌由来等の天然脂質、DOPE(ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン)やDOPG(ジオレオイルホスファチジルグリセロール)等の人工脂質を用いることができる。有機溶媒としては、ヘキサデカンやクロロホルムを用いることができる。脂質52を含有する有機溶媒により微小チャンバー26の開口部を液封すると、この開口部には脂質52の親水基が微小チャンバー26側に向いた状態の第1脂質膜54が形成される。
【0025】
そして、液体導入孔46から微生物細胞の細胞壁を溶解してなる細胞壁溶解細胞62を含有する細胞含有水溶液(バクテリアプロトプラスト:Bacteria protoplast、もしくは バクテリアスフェロプラスト:Bacteria Spheroplast)を導入し、細胞含有水溶液により微小チャンバー26の開口部を液封する(ステップS130,
図6(c))。細胞含有水溶液としては、微生物細胞を対数増殖期中期まで培養した培養液を集菌し、菌体ペレットを等張の中性付近に緩衝能を持つ緩衝液に加えると共に、ゲノムDNAの漏出による凝集を防ぐためのDnaseIと細胞壁溶解酵素とを加えてよく混合し、インキュベートした後に遠心分離で再度集菌し、上清を捨て、残ったペレットを等張の培養液に懸濁して得られるものを用いることができる。微生物細胞の細胞壁が溶解しているか否かの確認は、顕微鏡で観察し、元の桿菌から球状等に形状が変化しているか否かを確認することにより行なうことができる。ここで「DnaseI」は、DNAを非特異的に分解して5'-リン酸基と3'-ヒドロキシル基末端を持つジヌクレオチド、トリヌクレオチド、オリゴヌクレオチドを産生するエンドヌクレアーゼである。
【0026】
細胞含有水溶液により微小チャンバー26の開口部を液封すると、微小チャンバー26の開口部には、脂質52の疎水基が第1脂質膜54側を向いた状態の第2脂質膜56が第1脂質膜54に重ねて形成され、その結果、開口部には脂質二重膜58が形成される。細胞壁溶解細胞62は、脂質二重膜58と接触すると、脂質二重膜58と細胞壁溶解細胞62の細胞膜との膜融合により融合し、細胞壁溶解細胞62は微小チャンバー26に取り込まれてチャンバー細胞64が生成する(
図6(d))。
【0027】
次に、微生物細胞として大腸菌(E.coli)を用いた実験例について説明する。実験例では、バッファ水溶液としては、20mMのトリス塩酸バッファー(Tris-HCl pH7.4),400mMのスクロース(Sucrose),5mM アデノシン三リン酸(ATP),3mM アミノ酸カクテル(グルタミン,アスパラギン酸,グルタミン酸,アルギニン,アラニン,プロリン,システイン,リジン,スレオニン,アスパラギン,フェニルアラニン,セリン,メチオニン,グリシン,チロシン,ヒスチジン,トリプトファン, バリン,ロイシン,イソロイシン)の水溶液を用いた。また、細胞含有水溶液としては、大腸菌の菌体ペレットを20mMのトリス塩酸バッファー(Tris-HCl pH7.4),400mMのスクロース(Sucrose)からなる緩衝液に加え、DnaseIを100,000U/mlを1mlに対して1μlとなるよう加えると共に細胞壁溶解酵素の200mg/mlのリゾチーム(Lysozyme)を20mg/mlとなるように加えて、よく混合し、30℃で10分間インキュベートした後に遠心分離で再度集菌し、上清を捨て、残ったペレットを大豆ペプトン(Soypepton),硫酸マグネシウム(MgSO
4),塩化カリウム(KCl),スクロース(Sucrose)からなる培地(等張の培養液)に懸濁したものを用いた。
【0028】
図7は、実験例において微小チャンバー26に細胞壁を溶解した大腸菌が融合する際の前後の状態を顕微鏡写真により示す説明図である。大腸菌は、GFP(緑色蛍光タンパク質:Green Fluorescent Protein)により緑色蛍光するようにした。大腸菌の緑色蛍光の発光領域、融合前では
図7(a)の顕微鏡写真の白矢印で示すように細胞膜内に密集しているが、融合後では、
図7(b)の顕微鏡写真に示すように微小チャンバー26全体に拡散している。
図8は、GFPにより緑色蛍光するようにした大腸菌をもちいた実験例の融合後のチャンバー細胞64の蛍光強度の時間変化を示すグラフである。図示するように、チャンバー細胞64の蛍光強度は、時間の経過に伴って強くなっているのが解る。
図9は、チャンバー細胞64から新たな細胞が生成される様子を顕微鏡写真により示す説明図である。チャンバー細胞64は、
図9(a)〜(d)の顕微鏡写真に示すように、チャンバー細胞64からチャンバーの外側に細胞分裂する。これらのことから、チャンバー細胞64が生物として機能していることが解る。
【0029】
以上説明した実施形態のチャンバー細胞生成方法によれば、微小チャンバー26にバッファ水溶液(生育可能水溶液)を満たした状態で微小チャンバー26に脂質二重膜58を形成し、細胞含有水溶液(バクテリアプロトプラストもしくはスフェロプラスト)中の微生物細胞の細胞壁を溶解した細胞壁溶解細胞62の細胞膜と脂質二重膜58とに膜融合を生じさせることにより、細胞壁溶解細胞62と微小チャンバー26とを融合させ、微生物細胞として機能するチャンバー細胞64を生成することができる。しかも、微小チャンバーアレイ20を用いるから、複数の微小チャンバー26のいずれかに高い確率で微生物細胞を融合させてチャンバー細胞64を生成することができる。
【0030】
上述した実施形態の実験例では、微生物細胞として大腸菌(E.coli)を用いたが、枯草菌や酵母、コリネ菌などの種々の微生物細胞を用いるものとしてもよい。その場合、バッファ水溶液や細胞含有水溶液の組成は、微生物細胞に応じて変更すればよい。
【0031】
実施形態では、微小チャンバー26の開口部に第1脂質膜54が形成されている状態の微小チャンバーアレイ20に、細胞含有水溶液(バクテリアプロトプラストもしくはスフェロプラスト)を導入することにより、脂質二重膜58を形成すると共に、形成した脂質二重膜58と細胞壁溶解細胞62の細胞膜とに膜融合を生じさせて細胞壁溶解細胞62と微小チャンバー26とを融合させるものとしたが、脂質二重膜58を形成してから、細胞壁溶解細胞62を含有する細胞含有水溶液(バクテリアプロトプラストもしくはスフェロプラスト)を導入して細胞壁溶解細胞62と微小チャンバー26とを融合させるものとしてもよい。この場合のチャンバー細胞生成方法の工程を
図10に示す。
図10の工程のステップS300〜ステップS320の微小チャンバーアレイ20の形成、バッファ水溶液の充填、脂質含有有機溶媒の導入については、
図1の工程におけるステップS100〜ステップS120と同一である。以下、脂質含有有機溶媒の導入により微小チャンバー26の開口部に第1脂質膜54が形成された後の工程について
図10を用いて説明する。次に、液体導入孔46から脂質二重膜形成用水溶液(所定水溶液)を導入して脂質二重膜58が形成する(ステップS330)。脂質二重膜形成用水溶液としては、脂質二重膜58の機能を破損しない水溶液であれば如何なるものでも用いることができ、例えば、10mMのpH緩衝液(pH5〜9)、10mMの塩化ナトリウムによるものを用いることができる。こうして各微小チャンバー26の開口部に脂質二重膜58を形成すると、液体導入孔46から細胞含有水溶液(バクテリアプロトプラストもしくはスフェロプラスト)を導入し、脂質二重膜58と細胞壁溶解細胞62の細胞膜とに膜融合を生じさせて細胞壁溶解細胞62と微小チャンバー26とを融合させる(ステップS340)。このように、脂質二重膜58を形成する工程と細胞壁溶解細胞62と微小チャンバー26とを融合させる工程とを別々に行なうものとしても生成したチャンバー細胞64は微生物細胞として機能する。
【0032】
実施形態では、バッファ水溶液としては、微生物細胞の生育が可能な水溶液を用いるものとしたが、バッファ水溶液に精製したDNA(デオキシリボ核酸:deoxyribonucleic acid)などの微生物細胞が有しない外来要素72を混在させることもできる。
図11は、バッファ水溶液に外来要素72を混在させてチャンバー細胞64Bを生成する様子を説明する説明図である。バッファ水溶液に外来要素72を混在させると、外来要素72が混在する状態で開口部に第1脂質膜54が形成される微小チャンバー26(
図11(b)の中央の微小チャンバー26)が生じる。この状態で液体導入孔46から細胞含有水溶液(バクテリアプロトプラストもしくはスフェロプラスト)を導入すると、外来要素72が混在する微小チャンバー26の開口部に脂質二重膜58が形成され、この微小チャンバー26に細胞壁溶解細胞62が近接することにより、外来要素72が混在する微小チャンバー26と細胞壁溶解細胞62とが融合し、外来要素72を含むチャンバー細胞64Bが生成する。
図12は、外来要素72としてGFP(緑色蛍光タンパク質:Green Fluorescent Protein)により緑色蛍光するようにしたDNAを用いたときのチャンバー細胞64Bの緑色蛍光発現(GFP発現)の様子を顕微鏡写真により示す説明図である。
図12(a)は観察開始時の顕微鏡写真であり、
図12(b)は観察8時間経過時の顕微鏡写真である。
図12(b)の白矢印に示るように、観察開始時には緑色蛍光発現(GFP発現)が観察されない箇所に観察8時間経過時には緑色蛍光発現(GFP発現)が観察される。
図13は、外来要素72としてGFPにより緑色蛍光するようにしたDNAを用いたときのチャンバー細胞64Bの蛍光強度の時間変化の様子を示す説明図である。図中「A群」は、緑色蛍光発現(GFP発現)が観察されたチャンバー細胞64Bの蛍光強度の時間変化を示し、図中「B群」は、微生物細胞と融合していない微小チャンバー26の蛍光強度の時間変化を示す。図示するように、チャンバー細胞64Bの蛍光強度は、全体として時間の経過に伴って増加していることが解る。これらのことから、緑色蛍光するようにしたDNAはチャンバー細胞64B内で機能していることが解る。以上のことから、バッファ水溶液に外来要素72を混在させるだけで、外来要素72を含むチャンバー細胞64Bが生成することができる。また、外来要素72として、プラスミドやゲノムといった遺伝情報を持ったDNAを導入すれば、新たな機能を持った細胞を生成することができる。
【0033】
実施形態では、微小チャンバーアレイ20を用いてチャンバー細胞64を生成したが、単一の微小チャンバーや数個あるいは数十、数百程度の微小チャンバーアレイを用いて同様の手法によりチャンバー細胞を生成するものとしてもよい。
【0034】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、微生物細胞を活用する産業などに利用可能である。
【符号の説明】
【0036】
20 微小チャンバーアレイ、22 ガラス基板、24 物質膜、26 微小チャンバー、42 スペーサ、44 ガラス板、46 液体導入孔、48 液体流路、52 脂質、54 第1脂質膜、56 第2脂質膜、58 脂質二重膜、62 細胞壁溶解細胞、64,64B チャンバー細胞、72 外来要素。