(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株(受託番号NITE P-01665)である、乳酸菌。
ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)No.6-8株(受託番号NITE P-01664)又はNo.8-1株(受託番号NITE P-01666)である、乳酸菌。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開WO2008/001676
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Klijn, N., et al., (1995) Appl. Environ. Microbiol., 61: 2771-2774
【非特許文献2】Kimoto, H., et al., (2003) Can. J. Microbiol., 49: 707-711
【非特許文献3】Lee, W.-K., et al., (2005) Biosci. Microflora, 24 :11-16
【非特許文献4】Nishitani Y., et al., (2009) International Immunopharmacology, 9:1444-1451.
【非特許文献5】Tallon R., Arias S., Bressollier P., Urdaci M.C. (2007) J. Appl. Microbiol., 102:442-451WO 2013035737 A1
【非特許文献6】Greene J.D. and Klaenhammers T. R. (1994) Appl. Environ. Microbiol., 60:4487-4494
【非特許文献7】Ellwood, D.C., et al., (1979) Adhesion of microorganisms to surfaces. pp. 21, Academic Press, London
【非特許文献8】Morata de Ambrosini, V. et al.,(1998) J.Food Prot., 61:557-562
【非特許文献9】Moorman, M.A., et al., (2008) J. Food Prot., 71:182-185
【非特許文献10】Kimoto-Nira, H., et al., (2010) Int.J. Food Microbiol., 143: 226-229
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、乳中生育能と消化管粘膜付着性の高い乳酸菌を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、非腸管系乳酸菌から乳中生育能と消化管粘膜付着性の両方に優れた乳酸菌が得られること、及びその乳酸菌を所定の炭素源存在下で培養することで消化管粘膜付着性をさらに増強できる場合があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] ラクトース資化能を有し、かつ高い乳中生育能及びラクトバチルス・ラムノーサスGG株と同等又はそれ以上の消化管粘膜付着性を有する、非腸管系ラクトコッカス属又はラクトバチルス属乳酸菌。
[2] 消化管粘膜付着性が、胃ムチン付着性を指標として測定される、上記[1]に記載の乳酸菌。
[3] フルクトース存在下での培養により消化管粘膜付着性がさらに増強される、上記[1]又は[2]に記載の乳酸菌。
[4] ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)に属する、上記[1]〜[3]に記載の乳酸菌。
[5] ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株(受託番号NITE P-01665)である、上記[4]に記載の乳酸菌。
[6] ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)に属する、上記[1]又は[2]に記載の乳酸菌。
[7] ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)No.6-8株(受託番号NITE P-01664)又はNo.8-1株(受託番号NITE P-01666)である、上記[6]に記載の乳酸菌。
[8] 上記[1]〜[7]に記載の乳酸菌を含む、飲食品。
[9] 発酵食品である、上記[8]に記載の飲食品。
[10] 発酵乳である、上記[8]又は[9]に記載の飲食品。
[11] 上記[1]〜[7]に記載の乳酸菌を用いて発酵を行うことを含む、飲食品の製造方法。
[12] 乳酸菌を用いて乳を発酵させる、上記[11]に記載の方法。
[13] フルクトースの存在下で発酵を行う、上記[11]又は[12]に記載の方法。
[14] フルクトース及び1.5%以下の酢酸ナトリウム存在下で発酵を行う、上記[13]に記載の方法。
[15] 非腸管系ラクトコッカス属又はラクトバチルス属乳酸菌を、グルコースと比較して胃ムチン付着性を増加させる糖を炭素源として培養することを含む、非腸管系乳酸菌の消化管粘膜付着性を増強する方法。
[16] 非腸管系ラクトコッカス属又はラクトバチルス属乳酸菌が、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)であり、グルコースと比較して胃ムチン付着性を増加させる糖がフルクトースである、上記[15]に記載の方法。
[17] 非腸管系ラクトコッカス属又はラクトバチルス属乳酸菌が、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株(受託番号NITE P-01665)である、上記[15]又は[16]に記載の方法。
[18] 培地が、1.5%以下の酢酸ナトリウムをさらに含む、上記[16]又は[17]に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、消化管粘膜付着性の高い乳酸菌を、乳中で良好に生育させることができる。また、好ましい一実施形態では、炭素源を変更することで乳酸菌の消化管粘膜付着性をさらに増強することもできる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、非腸管系乳酸菌、例えば乳製品等から分離された乳酸菌の中から選抜されうる、乳中生育能及び消化管粘膜付着性が高い乳酸菌に関する。より具体的には、本発明は、ラクトース資化能を有し、かつ高い乳中生育能及びラクトバチルス・ラムノーサスGG株と同等又はそれ以上の消化管粘膜付着性を有する非腸管系ラクトコッカス属又はラクトバチルス属乳酸菌に関する。
【0016】
本発明において、「非腸管系乳酸菌」とは、腸管系乳酸菌ではない乳酸菌、すなわち腸管、例えばヒト腸管又は糞便に由来しない乳酸菌を意味し、例えば、乳製品や発酵食品(腸管由来乳酸菌を用いて製造されたものを除く)から分離された乳酸菌が含まれる。本発明において用いる非腸管系乳酸菌は、ヨーグルトなどの発酵乳、馬乳酒、発酵バター、チーズなどの乳製品や発酵食品の製造に利用されてきた、動物由来乳酸菌であってもよいし、漬物等の製造に利用されてきた、植物由来乳酸菌であってもよい。本発明において、「ラクトコッカス属乳酸菌」、「ラクトバチルス属乳酸菌」とは、通常の分類学的手法に従ってラクトコッカス属(Lactococcus)、ラクトバチルス属(Lactobacillus)に属するものと分類される細菌を意味する。ラクトコッカス属乳酸菌としては、以下に限定するものではないが、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、例えばラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)(クレモリス菌)、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)、及びラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ホルドニアエ(Lactococcus lactis subsp. hordniae)に属するものなどが挙げられ、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)に属する乳酸菌が特に好ましい。ラクトバチルス属乳酸菌としては、以下に限定するものではないが、ラクトバチルス・デルブルッキー(Lactobacillus delbrueckii)、例えばラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)(ラクトバチルス・ブルガリカスとも称される)、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・デルブルッキー(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)、ラクトバチルス・ブフネリ(Lactobacillus buchneri)、ラクトバチルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトバチルス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)、ラクトバチルス・クリスパタス(Lactobacillus crispatus)、ラクトバチルス・サリバリウス(Lactobacillus salivarius)などが挙げられ、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)に属する乳酸菌が特に好ましい。
【0017】
本発明に係る乳酸菌は、高い乳中生育能を有する。本発明において乳酸菌の「乳中生育能」とは、乳製品の製造に用いる、原乳又は加工乳を含む培地での培養により、乳酸菌が増殖可能であることを意味する。本発明における乳酸菌の乳中生育能は、10%スキムミルク培地中での増殖に基づいて評価することができる。具体的には、121℃で10分間加熱処理した10%スキムミルク培地中、乳酸菌の菌体を1%濃度で接種し、それぞれの乳酸菌の培養に適した温度(ラクトコッカス属乳酸菌は30℃、ラクトバチルス属乳酸菌は37℃)で18〜24時間培養した後の培地のpHを測定すればよい。詳細は後述の実施例を参照することができる。培地中での乳酸菌の増殖量が多いほど、乳酸菌により生産された乳酸等の酸によって培地のpHが低下し、乳が凝固する。乳製品製造では、乳の凝固時間が短い方が製造上のコストが低く抑えられることから、乳中での生育能が高い乳酸菌が有用とされる。測定されたミルク培地のpHが4.60以下であれば、乳酸菌の増殖レベルは高く、本発明において「高い乳中生育能を有する」と判定することができる。さらに、培地のpHが5.00以下、4.70以上の場合は、やや高い乳中生育能を有すると判定し、培地のpHが5.00超の場合は低い乳中生育能を有すると判定することができる。
【0018】
本発明に係る乳酸菌はまた、ラクトース資化能を有する。乳酸菌が高い乳中生育能を有するためには、ラクトース資化能(ラクトース分解能)を有し、かつ高い乳中タンパク質分解能を有することが必要である。本発明において、ラクトース資化能は、炭素源としてラクトースを含有する培地での増殖に基づいて測定することができる。具体的には、例えば、グルコースを含まないMRS培地(1% プロテオースペプトン、0.5% 酵母エキス、0.1% Tween 80、0.2% クエン酸アンモニウム、0.5% 酢酸ナトリウム、0.01% 硫酸マグネシウム、0.005% 硫酸マンガン、及び0.2% リン酸二カリウム、pH6.5)を121℃で15分間加熱処理した後、滅菌したラクトースを2%濃度になるように添加した培地に、乳酸菌の菌体を1%濃度で接種し、それぞれの乳酸菌の培養に適した温度(ラクトコッカス属乳酸菌は30℃、ラクトバチルス属乳酸菌は37℃)で18〜24時間培養した後の培地のpHを測定すればよい。詳細は後述の実施例を参照することができる。乳酸菌がラクトース資化能を有していれば、培地中で良好に増殖することができ、その増殖量が多いほど乳酸菌により生産された乳酸等の酸によって培地のpHが低下する。上記の合成培地(グルコースを除いたMRS培地)では、タンパク質分解物が豊富に含まれるため、タンパク分解能が低くてもラクトース資化能を有していれば乳酸菌は増殖できる。一方、乳酸菌の良好な増殖には糖源が欠かせない。測定された合成培地のpHが4.60以下であれば、乳酸菌の増殖レベルは高いといえることから、高いラクトース資化能を有すると判定することができる。
【0019】
本発明に係る乳酸菌は、非腸管系であり高い乳中生育能を有しつつ、消化管粘膜付着性も高いことを特徴とする。乳酸菌が生体内に定着するためには、消化管(腸管、胃など)の表面粘膜に付着できることが必要であり、消化管粘膜付着性が高いことは生体内での定着性が良いことを意味する。本発明に係る乳酸菌は、特に、消化管粘膜付着性の高い乳酸菌として知られるラクトバチルス・ラムノーサスGG株と同等又はそれ以上の消化管粘膜付着性を有することが好ましい。
【0020】
消化管粘膜付着性の高い菌を測定する手法として、消化管ムチンへの付着性を調べる方法が知られている。本発明に係る乳酸菌の消化管粘膜付着性は、限定するものではないが、胃ムチンへの付着性を指標に測定することができる(付着性試験)。付着性の測定には、ヒト胃ムチンを用いてもよいし、ヒト胃ムチンと近い性質を有するとされているブタ胃ムチンを用いてもよい。具体的には例えば、乳酸菌をMRS培地で一昼夜にわたり前培養して濁度を1.0(OD620 nm)に調製した菌液100μlを、ブタ胃ムチンを固定してブロッキングしたイムノアッセイプレートのウェルに加え、37℃で2時間インキュベートした後、洗浄して付着していない菌体を取り除いて乾燥させ、1%クリスタルバイオレット溶液(33%酢酸)100 μlを添加し、室温で45分間放置し、洗浄後、50 mM クエン酸(pH 4.0)100 μlを添加し、室温で45分間放置し、595 nmでの吸光度を測定すればよい。詳細は後述の実施例を参照することができる。本発明においては、ブランク値(胃ムチンをコーティングしていないウェルの菌体付着量)を差し引いた測定値が、ブタ胃ムチンへの高い付着性が知られているラクトバチルス・ラムノーサスGG株(アクセッション番号ATCC 53103)について同様に測定した値と比較して80%以上である場合には、ラクトバチルス・ラムノーサスGG株と同等又はそれ以上の消化管粘膜付着性を有するものとして、消化管粘膜付着性が高いと判定することができる。
【0021】
本発明に係る乳酸菌の消化管粘膜付着性は上述のとおり胃ムチンへの付着性を指標として測定することができるが、本発明に係る乳酸菌は、胃などの上部消化管の他、大腸などの下部消化管の消化管粘膜に対しても、良好な付着性を示すことができる。ヒトの様々な部位(胃、腸、鼻等)の粘膜に存在するムチンは類似の構造を持っているとされ、Rojas et al. ((2002)Appl. Environ. Microbiol., 68:2330-2336.)はLactobacillus fermentum 104R株が腸ムチンと胃ムチンの両方に付着したと報告している。本発明に係る乳酸菌は、ラクトバチルス・ラムノーサスGG株と比較して、上部消化管だけでなく、下部消化管も含めた消化管粘膜に対して、同等又はそれ以上の付着性を有することが好ましい。
【0022】
上記のような本発明に係る乳酸菌の特に好ましい例としては、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)No.6-8株又はNo.8-1株が挙げられる。No.6-8株、No.7-1株、及びNo.8-1株は、2013年7月23日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、それぞれ受託番号NITE P-01664、NITE P-01665、及びNITE P-01666で寄託されている。
【0023】
一実施形態においては、本発明に係る乳酸菌は、培地中の炭素源の種類によって消化管粘膜付着性が大きく変化するものであってよい。本発明に係る乳酸菌は、より好ましくは、広範な炭素源を利用することができ、かつ、培地中の炭素源の種類によって消化管粘膜付着性が大きく変化するものである。好ましい一実施形態では、本発明に係る乳酸菌は、フルクトース存在下での培養により、他の炭素源を利用する場合と比較して、消化管粘膜付着性がさらに増強されるものである。広範な炭素源を利用することができ、特に、フルクトース存在下での培養により、他の炭素源の存在下と比較して消化管粘膜付着性が増強される本発明に係る乳酸菌としては、限定するものではないが、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)に属するもの、例えば、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株(受託番号NITE P-01665)が挙げられる。
【0024】
培地中の炭素源の種類による消化管粘膜付着性の変化は、炭素源の種類のみを変更した培地中で乳酸菌を培養した後、上記と同様の胃ムチンへの付着性試験を用いて付着性を測定することにより、確認することができる。炭素源は、糖(単糖、二糖又は多糖)、例えばグルコース、フルクトース、ラクトース、ガラクトース、又はキシロースでありうるが、これらに限定されない。具体的には例えば、グルコースを含まないMRS培地(1% プロテオースペプトン、0.5% 酵母エキス、0.1% Tween 80、0.2% クエン酸アンモニウム、0.5% 酢酸ナトリウム、0.01% 硫酸マグネシウム、0.005% 硫酸マンガン、及び0.2% リン酸二カリウム、pH6.5)に、炭素源、例えば、グルコース、フルクトース、ラクトース、ガラクトース、及びキシロースのいずれかの10%溶液を最終濃度2%になるように添加し、上記と同様にして前培養した乳酸菌体を1%濃度で接種し、一昼夜(18〜24時間)培養し、培養後の菌体を0.85%塩化ナトリウム溶液にて2回洗浄した後、上記のブタ胃ムチンを用いた付着性試験を行うことができる。付着性試験の結果、特定の炭素源を用いた場合に、グルコースを炭素源とした場合と比較して、胃ムチンへの付着性を示す測定値が30%以上増加した場合には、その乳酸菌はその炭素源の存在下での培養によりグルコースの存在下と比較して消化管粘膜付着性がさらに増強されると判定することができる。本発明においては、このような方法により、乳酸菌の胃ムチンへの付着性、すなわち消化管粘膜付着性を増加させる炭素源をスクリーニングすることもできる。
【0025】
本発明に係る乳酸菌は、上記のような、乳酸菌の胃ムチンへの付着性を(典型的にはグルコースと比較して)増加させる炭素源(例えば上述したような糖)の存在下で培養することによって、消化管粘膜付着性を増強させることができる。本発明に係る乳酸菌はまた、胃ムチンへの付着性を増加させる炭素源にさらに付着性促進因子を加えて培養してもよい。付着性促進因子の例としては、限定するものではないが、酢酸ナトリウムが挙げられる。例えば、本発明に係る乳酸菌、特に、胃ムチンへの付着性を増加させる炭素源としてフルクトースを利用できる乳酸菌は、胃ムチンへの付着性を増加させる炭素源としてのフルクトースと、酢酸ナトリウムの存在下で培養することにより、消化管粘膜付着性をさらに増強させることができる。酢酸ナトリウムの濃度は、限定するものではないが、最終濃度1.5%以下、例えば0.3〜1.5%、より好ましくは0.5〜1.0%で培地に添加することが好ましい。
【0026】
したがって本発明は、以上の方法に基づき、非腸管系乳酸菌を、(好ましくはグルコースと比較して)胃ムチン付着性を増加させる糖を炭素源として培養することを含む、非腸管系乳酸菌の消化管粘膜付着性を増強する方法も提供する。この消化管粘膜付着性の増強方法は、限定するものではないが、非腸管系ラクトコッカス属又はラクトバチルス属乳酸菌に対して適用することができ、特にラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)、好適例ではラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株(受託番号NITE P-01665)に適用することが好ましい。本方法によれば、既存の乳酸菌の消化管粘膜付着性を容易に増強することができるため、有利である。一実施形態では、グルコースと比較して胃ムチンへの付着性を増加させる炭素源としてフルクトースを利用することができる。例えば、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)、好ましくはラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株(受託番号NITE P-01665)を用いる場合、グルコースと比較して胃ムチンへの付着性を増加させる炭素源としてフルクトースを好適に用いることができる。フルクトースの濃度は、特に限定されないが、例えば、培養開始時の最終濃度が0.5%以上、好ましくは1〜10%、より好ましくは1〜5%(例えば2%)となるように培地に添加すればよい。さらに、フルクトース及び酢酸ナトリウム(培養開始時の培地中の最終濃度1.5%以下、例えば0.3〜1.5%、より好ましくは0.5〜1.0%)の存在下でその乳酸菌を培養することにより、乳酸菌の消化管粘膜付着性をさらに増強させることができる。本方法は、培地(好ましくは乳酸菌培養培地)での培養だけでなく、乳酸菌の培養に基づく発酵物の調製にも適用することができる。
【0027】
本発明はまた、本発明に係る乳酸菌を用いた飲食品の製造方法も提供する。特に、本発明に係る乳酸菌を用いて発酵を行うことにより、飲食品を製造する方法が好ましい。本発明に係る乳酸菌は乳中生育能に優れているため、この方法は特に本発明に係る乳酸菌を用いて乳(好ましくは、牛乳、水牛の乳、ウマ乳、ヒツジ乳、ヤギ乳、ラクダ乳などの哺乳動物の乳)を発酵させることに基づく飲食品の製造に適している。本発明に係る方法によって製造される飲食品は、消化管粘膜付着性が高い乳酸菌を含有するため、生体内での定着性の高い乳酸菌を体内に投与するために用いることができる。この点で、乳酸菌の消化管粘膜付着性をさらに増強するため、乳酸菌を、胃ムチンへの付着性を増加させる炭素源(例えば糖)の存在下で培養することによって消化管粘膜付着性を増強させた後に、飲食品に配合することも好ましい。特に、胃ムチンへの付着性を増加させる炭素源としてフルクトースを利用できる乳酸菌の場合には、飲食品に添加する前に、フルクトースの存在下、又はフルクトース及び酢酸ナトリウム(最終濃度1.5%以下、例えば0.3〜1.5%、より好ましくは0.5〜1.0%)の存在下で乳酸菌を培養することにより、消化管粘膜付着性を増強させた乳酸菌を含む飲食品を製造することができる。ここで、本発明において「培養する」との用語は、発酵をもたらす乳酸菌の増殖も包含する。すなわち、フルクトースの存在下、又はフルクトース及び酢酸ナトリウム(最終濃度1.5%以下、例えば0.3〜1.5%、より好ましくは0.5〜1.0%)の存在下での乳酸菌の培養は、発酵食品の製造工程等における発酵をもたらすものであってもよい。このように本発明は、本発明に係る乳酸菌を含む飲食品も提供する。
【0028】
飲食品に含まれる本発明に係る乳酸菌は、生菌体であっても死菌体であってもよい。死菌体は、加熱、UV照射、乾燥、破砕等の処理によって得られるものであってよい。本発明に係る飲食品は、未処理の乳酸菌の菌体を含んでいてもよいし、乳酸菌の菌体の処理物(物理的又は化学的処理されたもの)を含んでいてもよい。物理的処理としては、限定するものではないが、加熱、UV照射、乾燥、破砕等が挙げられる。化学的処理としては、限定するものではないが、塩化リチウム処理、塩酸グアニジン処理等が挙げられる。
【0029】
本発明に係る飲食品は、乳酸菌の菌体又はその処理物に加えて培地又は培養物由来成分を含んでいてもよいし、食品分野で通常用いられる他の食材や食品添加物を含んでいてもよい。例えば、水、タンパク質、糖質、脂質、ビタミン類、ミネラル類、有機酸、有機塩基、果汁、フレーバー類等を配合することもできる。本発明に係る飲食品は、また、食品サプリメント等の調剤に使用される製剤補助剤(例えば、希釈剤、賦形剤、保存剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤、懸濁化剤、コーティング剤等)を含んでいてもよい。
【0030】
本発明に係る飲食品は、固体、液体、懸濁液、ペースト、ゲル状、粉末、顆粒、カプセル等の任意の食品形態であってよい。本発明に係る乳酸菌は、当業者が利用可能である任意の適切な食品加工技術を利用して、飲食品に含有させることができる。
【0031】
本発明に係る飲食品は、加工食品、惣菜、菓子、調味料、飲料等の任意の飲食品であってよい。本発明に係る飲食品は、機能性食品であってもよい。本発明において「機能性食品」は、生体に対して一定の機能性を有する食品を意味し、例えば、特定保健用食品(条件付きトクホ[特定保健用食品]を含む)及び栄養機能食品を含む保健機能食品、特別用途食品、栄養補助食品、健康補助食品、サプリメント製品(例えば、錠剤、被覆錠、糖衣錠、カプセル及び液剤などの各種剤形のもの)及び美容食品(例えばダイエット食品)などのいわゆる健康食品全般を包含する。本発明の機能性食品はまた、コーデックス(FAO/WHO合同食品規格委員会)の食品規格に基づく健康強調表示(Health claim)が適用される健康食品を包含する。
【0032】
本発明に係る飲食品は、特に、発酵食品、乳酸菌飲料又は乳酸菌含有サプリメントであることが特に好ましい。発酵食品としては、ヨーグルトなどの発酵乳、チーズ、キムチ、漬物、サワークラウト、豆乳ヨーグルト、植物発酵ジュース、発酵ソーセージ、発酵バター、サワーブレッドなどが挙げられる。本発明に係る飲食品は、調製粉乳、流動食、病者用食品、冷凍食品、加工食品等であってもよい。
【0033】
フルクトース(果糖)は果物や蜂蜜等に多く含まれる、食品産業利用上重要な糖である。ヨーグルト製造の際にも果糖を添加する場合がある。本発明に係る、胃ムチンへの付着性を増加させる炭素源としてフルクトースを利用できる乳酸菌(一例として、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株(受託番号NITE P-01665))を用いて、果物等を用いた発酵食品を製造すれば、フルクトースの資化に基づいて乳酸菌の消化管粘膜付着性を増強できることから、消化管粘膜付着性の高い乳酸菌を提供可能な新たな種類の発酵食品を提供することが可能となる。
【0034】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0035】
[実施例1]
付着性試験による乳酸菌のスクリーニング
付着性試験には、22株の乳製品(発酵乳、バター状製品、及び馬乳酒)由来の非腸管系乳酸菌(ラクトコッカス属、ペディオコッカス属、ロイコノストック属、ラクトバチルス属、及びストレプトコッカス属乳酸菌;
図1)を用いた。また、公知のラクトバチルス・ラムノーサスGG株(Lactobacillus rhamnosus GG)をAmerican Type Culture Collection(ATCC)(Manassas, VA, USA)(アクセッション番号ATCC 53103)より購入し、陽性対照株として用いた。ラクトバチルス・ラムノーサスGG株はブタ胃ムチンへの強い付着性を有することが知られている(Styriak et al., (2003) Lett. Appl. Microbiol., 37: 329-333)。
これらの使用菌株は、付着性試験の前に、MRS培地(1% プロテオースペプトンNo.3、1% ビーフエキス、0.5% 酵母エキス、2%グルコース、0.1% Tween 80、0.2% クエン酸アンモニウム、0.5% 酢酸ナトリウム、0.01% 硫酸マグネシウム、0.005% 硫酸マンガン、及び0.2% リン酸二カリウム(pH6.5))で一昼夜にわたり前培養を行った。前培養の培養温度はラクトコッカス属、ペディオコッカス属、及びロイコノストック属乳酸菌は30℃、ラクトバチルス属乳酸菌及びストレプトコッカス属乳酸菌は37℃とした。
【0036】
付着性試験では、まず、胃ムチン(ブタ胃由来;タイプIII;部分精製物)(Sigma-Aldrich, Saint Quentin Fallavier, France)を96ウェルのイムノマイクロプレート(Maxisorp Nunc, Roskilde, Denmark)に固定した。具体的には、0.5 mg/ml 濃度でムチンを50 mM 炭酸塩・重炭酸塩バッファー(pH 9.6)に懸濁し、100μl/ウェルでプレートに分注し、4℃で一昼夜放置して固定した。ウェルをPBSで3回洗浄し、1%Tween 20を含むPBSにて37℃で1時間、ブロッキングを行った。
【0037】
続いて、濁度を1.0(OD620 nm)に調製した菌液100μlをウェルに添加し37℃で2時間インキュベートした。0.05%のTween 20を含むPBS 200μlにて3回洗浄し、付着していない菌体を取り除いた。その後プレートを55℃で乾燥させた。1%クリスタルバイオレット溶液(33%酢酸)(Narisawa et al., (2005) J. Biosci. Bioeng., 99:78-80)100 μlをウェルに添加し、室温で45分間放置した。PBSで2回洗浄後、50 mM クエン酸(pH 4.0)100 μlをウェルに添加し、室温で45分間放置した。吸光度計(iMark, Bio Rad, CA, USA)を用いて595 nmでの吸光度を測定した。ブランクは、ムチンを固定していないウェルを用いて行った。
【0038】
その結果、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)(ラクトバチルス・ブルガリクス(Lactobacillus bulgaricus)とも称される)No.6-8及びNo.8-1株は、世界的に有名なプロバイオティック乳酸菌であるラクトバチルス・ラムノーサスGG株よりもさらに高い付着性を示した。また、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)No.7-1株は、GG株と同等(GG株の付着性の86.7%)の強い付着性を示した(
図1)。
【0039】
ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクスNo.6-8株及びNo.8-1株、並びにラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリスNo.7-1株は、2013年7月23日付で、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、以下の受託番号で寄託した。
乳酸菌株 受託番号
No.6-8株 … NITE P-01664
No.7-1株 … NITE P-01665
No.8-1株 … NITE P-01666
【0040】
[実施例2]
付着性への炭素源の影響
付着性が優れていた上記選抜3株(No.6-8株、No.8-1株及びNo.7-1株)について、培地中の炭素源が胃ムチンへの付着性に及ぼす影響を調べた。対照菌株としてはラクトバチルス・ラムノーサスGG株を用いた。炭水化物(グルコース)を含まないMRS培地(C free MRS)を調製した。この培地には、1% プロテオースペプトン、0.5% 酵母エキス、0.1% Tween 80、0.2% クエン酸アンモニウム、0.5% 酢酸ナトリウム、0.01% 硫酸マグネシウム、0.005% 硫酸マンガン、及び0.2% リン酸二カリウムが含まれている(pH6.5)。グルコース、フルクトース、ラクトース、ガラクトース、及びキシロースの10%溶液(糖液)をそれぞれ作製し、フィルター(0.2 μm, Advantec, Tokyo)で濾過滅菌した。滅菌済の糖液をC free MRS 培地に最終濃度が2%になるように添加した。それぞれの培地に、実施例1と同様にして前培養した乳酸菌体を1%濃度で接種し、一昼夜(18〜24時間)培養した。培養後の菌体は0.85%塩化ナトリウム溶液にて2回洗浄し、実施例1と同様の手順で付着性試験を行った。
【0041】
結果を
図2に示す。No.6-8株及びNo.8-1株は、グルコースとラクトースを資化できたが、フルクトース、ガラクトース、及びキシロースは資化できなかった。これら2株のいずれも、グルコース培養における付着性とラクトース培養における付着性は同程度であった。一方、No.7-1株は、供試した5種類の糖すべてを資化することができた。No.7-1株は、フルクトース培養で最も高い付着性を示し、次にグルコース培養、ラクトース培養とキシロース培養の順に続き、ガラクトース培養で最も付着性が低かった。対照菌株ラクトバチルス・ラムノーサスGG株は、グルコース、ガラクトース、及びフルクトースを資化できたが、その付着性は炭素源間で同程度であり、またラクトース及びキシロースは資化できなかった。
【0042】
No.7-1株において、培地中の炭素源の種類により付着性が変化したことは驚くべきことであった。これは炭素源の種類により菌体の疎水性が変化することによるものと考えられる。
【0043】
[実施例3]
菌体処理の付着性への影響
上記選抜3株について、菌体に物理的処理又は化学的処理を施し、菌体の付着性への影響を調べた。試験群として、加熱処理群、UV照射群、塩化リチウム(LiCl)処理群、塩酸グアニジン(GHCl)処理群、過ヨウ素酸処理群、及びトリプシン処理群を用意した。
【0044】
まず、培養菌体(OD620 nm = 1.0に調製したもの)を0.85% NaCl溶液で2回洗浄した後、次のいずれかの溶液に懸濁した。
・対照群(非処理群): 水
・加熱処理群、UV照射群、及び対照群(物理的非処理群): 0.85% NaCl水溶液
・塩化リチウム処理群: 5.0 M 塩化リチウム(LiCl)水溶液
・塩酸グアニジン処理群: 4 M 塩酸グアニジン(GHCl)水溶液
・対照群(過ヨウ素酸非処理群): 0.1 M クエン酸-リン酸-0.1 M NaCl水溶液(pH 4.5)(バッファーA)
・過ヨウ素酸処理群: 0.05 M 過ヨウ素酸ナトリウム含有バッファーA
・対照群(トリプシン非処理群): 0.05 M Tris-HCl-0.1 M NaCl水溶液(pH 8.0)(バッファーB)
・トリプシン処理群: 5.0 mg/ml トリプシン(Nacalai tesque, Kyoto, Japan)含有バッファーB(Greene and Klaenhammer 1994; Kinoshita et al., 2007)
【0045】
菌体をこれらの溶液中で37℃でインキュベートした後、遠心分離して回収し、2回洗浄し、懸濁した。具体的には、加熱処理群及びUV照射群は0.85% NaCl水溶液で、塩化リチウム処理群及び塩酸グアニジン処理群は水で、過ヨウ素酸処理群はバッファーAで、トリプシン処理群はバッファーBで、それぞれ菌体を洗浄し、懸濁した。また塩化リチウム水溶液、塩酸グアニジン水溶液中での処理の場合は、インキュベート時間をそれぞれ30分間、2時間とし、それ以外の溶液中での処理のインキュベート時間は1時間とした。
【0046】
加熱処理群及びUV照射群については、続いて加熱処理又はUV照射により死菌体を調製した。加熱処理の場合、上記のようにして調製した洗浄・懸濁菌体を95℃で15分間処理した。UV照射の場合は、上記のようにして調製した洗浄・懸濁菌体に対してBLAK-RAY(登録商標) UVランプ(UVP, Inc., San Gabriel, Calif., USA)を用いて5cmの距離でUV照射を行った(Ouwehand et al., (2000) Lett. Appl. Microbiol., 31:82-86)。
【0047】
以上のような化学的処理又は物理的処理を行った菌体について、実施例1と同様にして付着性試験を行った。その結果を表1に示す。
【0049】
表1では、処理菌体(過ヨウ素酸処理群、トリプシン処理群、塩化リチウム(LiCl)処理群、塩化グアニジン(GHCl)処理群、加熱処理群又はUV処理群)の付着性を、対照群(バッファーA、バッファーB、水、0.85%NaCl水溶液)中でのインキュベーション後の菌体の付着性(100%)に対するパーセンテージで表している。示したパーセンテージの値は、2回の別個の実験に由来する3又は4サンプルの平均値(括弧内は標準偏差SD)である。各株の処理菌体と無処理菌体についてスチューデントT検定を行った。
** P < 0.01。
*** P < 0.001。NDは検出を行わなかったことを示す。
【0050】
表1に示すように、過ヨウ素酸処理による菌体表面の炭水化物の分解は、No.7-1株で付着性に中程度の減少をもたらし、No.6-8株及びNo.8-1株では、顕著に付着性を減少させた。またトリプシン処理によるタンパク質分解は、No.6-8株及びNo.8-1株では未処理の場合の20%程度まで、No.7-1株では半分近くまで付着性を減少させた。さらに、No.6-8 株、No.8-1株について、塩化リチウム処理によるS-レイヤー及び細胞壁タンパク質の抽出による付着性への影響は見られなかった。塩酸グアニジン処理による菌体表面のタンパク質の変性は、No.6-8株、No.8-1株では付着性を減少させたが、No.7-1株では付着性への影響はなかった。また加熱処理により、No.6-8株、No.8-1株で付着性が大きく減少したが、No.7-1株では付着性が増加していた。UV照射により、No.7-1株、No.8-1株では付着性が減少したが、No.6-8株では付着性への大きな影響は見られなかった。
【0051】
これらのことから、No.7-1株では、菌体表面の炭水化物及びタンパク質化合物が付着性にある程度かかわっているが、加熱処理に安定な物質も付着性にかかわっているものと考えられた。一方、No.6-8株、No.8-1株では、炭水化物及びタンパク質化合物が付着性にかかわっているが、熱に不安定な物質も付着性にかかわっていることが示された。特に、No.7-1株は加熱処理をしても付着性が減少しなかったことは注目に値する。すなわち、死菌体も付着性を維持できることが示された。
【0052】
[実施例4]
酢酸ナトリウムの付着性への影響
炭水化物と酢酸ナトリウムを除いたMRS培地にフルクトース、グルコース、又はガラクトースを2.0%になるように添加し、さらに、酢酸ナトリウムを0%、0.5%、1.0%、2%濃度で添加した。これらの培地にNo.7-1株を1%濃度で接種し、30℃で一昼夜培養した。得られた培養菌体を実施例1と同様にして洗浄し、付着性試験に供した。
【0053】
その結果を
図3に示す。フルクトースを炭素源とした場合、酢酸ナトリウム濃度0.5%、1.0%において、無添加(0%)の場合に比べて付着性が顕著に増加した。一方、グルコース又はガラクトースを炭素源とした場合は、酢酸ナトリウム濃度による菌体のこのような付着性の変化は見られなかった(
図3)。
【0054】
この結果から、フルクトースを炭素源として利用する場合、酢酸ナトリウムの存在下で培養することにより、No.7-1株のブタ胃ムチンへの付着性をさらに向上させることができることが示された。
【0055】
[実施例5]
酢酸ナトリウム存在下での菌体の疎水性変化の分析
炭水化物と酢酸ナトリウムを除いたMRS培地にフルクトースを2.0%になるように添加し、さらに、酢酸ナトリウムを0%、0.5%濃度で添加した。これらの培地にNo.7-1株を1%濃度で接種し、30℃で一昼夜(18時間)培養した。菌体を水で3回洗浄した後、既報の方法(Kimoto et al., (2010) Int. J. Food Microbiol., 143: 226-229)に従って細胞の疎水性を測定した。
【0056】
具体的には、洗浄後の菌体を、水にOD620 nm=1.0になるように懸濁した。n-ヘキサデカン(1.0 mL)を菌液(1.2 mL)に添加し、30℃で10分間放置後、60秒間振盪し、15分間放置した。水層部分を採取後、OD620 nmを測定した。疎水性は、以下の式で算出した。
【0057】
疎水性(%)= 100 ×[1−(n-ヘキサデカン添加後のOD620 nm/n-ヘキサデカン添加前のOD620 nm)]
【0058】
その結果、No.7-1の疎水性は、0.5%酢酸ナトリウム添加培地で培養した場合、84.1% ± 2.81%(平均値±標準偏差)であったのに対し、酢酸ナトリウム0%培地で培養した場合は52.1% ± 4.12%であり、前者の方が有意に高かった。すなわち、No.7-1株の菌体は酢酸ナトリウム存在下で顕著に増大した疎水性を有することが示された。
【0059】
次に、No.7-1株の菌体懸濁液を用いてアンスロン法により糖含量を測定した。具体的には培養菌体を水で3回洗浄し、1.0mLを試験管に採取した。0.2%アンスロン/硫酸溶液2mLを添加し、100℃で5分間加熱した。冷却後、OD540 nmの吸光度を測定した。測定結果は乾燥菌体重量あたりのグルコース重量をパーセント表示にて表した。酢酸ナトリウム添加培地で培養した場合のNo.7-1株の菌体糖含量は14.6 ± 1.06%であり、酢酸ナトリウム0%培地で培養した場合は、12.9 ± 1.73%であり、両者の間で糖含量に有意な差は見られなかった。
【0060】
さらにNo.7-1株について菌体の脂肪酸組成分析を行った。菌体脂質の抽出とメチル化は以下の方法にて行った。培養菌体を水で2回洗浄し、1mLの水に懸濁した。この菌液にクロロホルム:メタノール(1:2)溶液を3.75mL添加し、混合後、4℃で100分間放置した。遠心分離により上清を採取し、別の試験管に移した。沈殿物にクロロホルム:メタノール:水(1:2:0.8)4.75mLを添加し、混合後、4℃で30分間放置した。遠心分離にて上清を採取し、先の試験管に移し、この混合液にクロロホルム2.5mL、水2.5mLを添加し、遠心分離を行った。試験管の下層(クロロホルム層)を採取し、窒素下で溶媒を除去して脂質の濃縮を行った。得られた脂質に1mLの三フッ化ホウ素-メタノール溶液(和光純薬)を加え、100℃で2分間加熱することにより、メチル化を行った。冷却後、ヘキサン2mL、水2mLを加え、混合後、遠心分離を行い、ヘキサン層を別の試験管に採取した。水で1回洗浄後、ヘキサン層に無水硫酸ナトリウムを加え、脱水を行った。得られたメチル化物を、水素炎イオン化検出器を備えたガスクロマトグラフ(GC-17, Shimazu, Kyoto, Japan)にて以下の条件で分析した。オーブンカラムにサンプルを注入後、75℃から10℃/分で180℃まで上昇させ、その後2℃/分で220℃まで上昇させた。注入部、検出器の温度はそれぞれ240℃、230℃とした。
【0061】
分析の結果、酢酸ナトリウム添加培地で培養した菌体の脂肪酸組成は、酢酸ナトリウム0%培地で培養した場合と比べて、テトラデカン酸、ヘキサデセン酸、及びオクタデセン酸が多く、オクタデカジエン酸、及びC19シクロプロパン酸が少なかった(表2)。
【0063】
表2中、脂肪酸メチルエステルは、コロンの左側の炭素原子数、コロンの右側の二重結合数で表した。Δはシクロプロパン環である。NIは、クロマトグラフ上の未同定ピークを表す。各値は3サンプルの平均値である。酢酸ナトリウム無添加の場合との比較で、
*はP < 0.05、
***はP < 0.001である。
【0064】
酢酸ナトリウムはMRS培地を始めとする乳酸菌培養用の培地に含まれており、緩衝作用の役割を果たしている。酢酸ナトリウム及びフルクトースが含まれる培地で培養した場合、酢酸ナトリウム無添加の培地で培養した場合と比べて菌体の疎水性が増加したが、菌体の糖含量は両培地で培養した菌体間で差がなかったことから、菌体疎水性の変化は脂肪酸組成の変化に起因するものと考えられた。
【0065】
[実施例6]
乳中生育能の評価
各種乳酸菌の乳中生育能を評価した。まず用いた乳酸菌株は、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクスNo.2-5株、No.6-8株、No.8-1株、及びNo.5-10株、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリスNo.7-1株、並びにラクトバチルス・ガセリJCM 1025株及びJCM 1130株である。なおJCM 1025株及びJCM 1130株は、それぞれヒト腸管、ヒト糞便由来の菌株であり、理化学研究所バイオリソースセンター(RIKEN BRC)微生物材料開発室(Japan Collection of Microorganisms)(茨城県つくば市高野台3-1-1)から入手できる。
【0066】
まず、10%スキムミルク培地を121℃、10分間加熱処理し、冷却させた。この培地に、実施例1と同様にしてMRS培地で前培養した乳酸菌体を1%濃度で接種し、20時間培養した。培養温度は、ラクトコッカス属乳酸菌は30℃、ラクトバチルス属乳酸菌は37℃とした。培養後、培地のpHを測定した。
【0067】
ラクトース含有合成培地でも同様の実験を行った。ラクトース含有合成培地は、グルコースを除いたMRS培地を121℃にて15分間加熱処理し、そこに、フィルターで濾過滅菌したラクトースを2%濃度になるように添加することによって調製した。ラクトース含有合成培地への菌体の接種及び培養、並びに培養後の培地のpH測定は、上記の10%スキムミルク培地の場合と同様に実施した。
【0068】
ここで、培養後の培地のpHが対照と比較して低下しているほど、菌の増殖レベルが高いことを示す。測定結果を表3に示した。表中の「乳中生育能」は10%スキムミルク培地での生育能を、培養後のpH測定値に基づいて評価したものである。
【0070】
表3に示されるように、供試菌株はいずれもラクトース含有合成培地で生育することができ、すなわちラクトース資化能(ラクトース分解能)を有していた。またラクトバチルス属菌4株、ラクトコッカス属菌1株は10%スキムミルク培地でも良好な増殖を示し、乳中の生育能が高かった。すなわち実施例1で胃ムチンへの高い付着性を示したNo.6-8株、No.8-1株、及びNo.7-1株は、高い乳中生育能をも示した。一方で、No.2-5株、及びNo.5-10株は高い乳中生育能を示したが、胃ムチンに対する付着性は低かった(実施例1)ことから、乳中生育能と胃ムチンに対する付着性は必ずしも相関しないことが示された。
【0071】
またヒト由来のラクトバチルス・ガセリ2株(JCM 1025及びJCM 1130株)は、No.5-10株やNo.7-1株と同等のラクトース資化能を示したにもかかわらず、乳中での生育が悪かった。この結果は、ラクトース資化能が高くても乳中生育能が高いとは限らないことを示す。JCM 1025及びJCM 1130株の低い乳中生育能は、乳中のタンパク質分解活性が弱いことによることが考えられる。
【0072】
さらに、GG株について同様の試験を行った。その結果、ラクトース含有合成培地ではpH6.73、10%スキムミルク培地ではpH5.86を示した。GG株がラクトース資化能を有さないことが再度示された。また、GG株は胃ムチンへの付着性は高いが、乳中生育能は低い(+)ことが示された。