特許第6230091号(P6230091)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6230091マイクロアレイ、その製造方法、及びその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6230091
(24)【登録日】2017年10月27日
(45)【発行日】2017年11月15日
(54)【発明の名称】マイクロアレイ、その製造方法、及びその用途
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20171106BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20171106BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20171106BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20171106BHJP
【FI】
   C12M1/00 A
   C12Q1/02
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
【請求項の数】9
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-50718(P2013-50718)
(22)【出願日】2013年3月13日
(65)【公開番号】特開2014-176308(P2014-176308A)
(43)【公開日】2014年9月25日
【審査請求日】2016年1月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100153693
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】生田 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】藤田 聡史
(72)【発明者】
【氏名】原 雄介
【審査官】 北田 祐介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−259340(JP,A)
【文献】 特表2003−527569(JP,A)
【文献】 特開2000−270878(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/001396(WO,A1)
【文献】 特開2012−187072(JP,A)
【文献】 特表2012−509663(JP,A)
【文献】 特開2008−048684(JP,A)
【文献】 特開2011−125338(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/049827(WO,A1)
【文献】 PNAS, 2004, Vol.101, p.16144-16149
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数本の中空糸から構成される中空糸束の該中空糸内に、細胞に作用させる化合物と該化合物を徐放し得る物質とが充填されてなる、細胞への化合物徐放用マイクロアレイであって、
前記化合物を徐放し得る物質(但し、前記化合物を含有する粒子状のものを除く。)は、生分解性高分子であり、かつ、細胞が接触することで分解し前記化合物を徐放し得るものである、
前記マイクロアレイ。
【請求項2】
中空糸が、テフロン、ポリカーボネート、ポリフェニレンサルファイド、ナイロン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリエーテルケトン、ポリプロピレン樹脂及びガラスからなる群より選ばれる少なくとも1種を含んでなるものである、請求項1記載のマイクロアレイ。
【請求項3】
前記細胞に作用させる化合物が、医療、創薬、診断への応用が可能な薬剤である、請求項1又は2記載のマイクロアレイ。
【請求項4】
生分解性高分子が、ラクチド、グリコリド、トリメチレンカボネート、ジオキサノン、エチレングリコール及びε-カプロラクトンからなる群より選ばれる少なくとも1種が重合してなる重合体又は共重合体を含む、請求項1〜のいずれか1項に記載のマイクロアレイ。
【請求項5】
中空糸内に充填された物質の表面を疎水化又はコーティングしたものである、請求項1〜のいずれか1項に記載のマイクロアレイ。
【請求項6】
前記コーティングが、細胞外マトリクスタンパク質によるものである、請求項記載のマイクロアレイ。
【請求項7】
細胞外マトリクスタンパク質が、フィブロネクチン及び/又はコラーゲンである、請求項記載のマイクロアレイ。
【請求項8】
請求項1〜のいずれか1項に記載のマイクロアレイに細胞を接触させることを含む、該細胞への化合物の影響を評価する方法。
【請求項9】
請求項1〜のいずれか1項に記載のマイクロアレイにプライマリー細胞を接触させることを含む、該細胞の由来元の生物における化合物感受性を評価する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞に対して徐放する化合物(薬剤等)が基板にアレイ状に配置された、マイクロアレイ、その製造方法、及びその用途に関する。詳しくは、中空糸束を固定化した中空糸配列体を用いた、上記マイクロアレイ等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、MEMS(Micro Electro Mechanical System)技術を駆使し、簡便性、迅速性に優れた診断用や創薬用の細胞用マイクロチップを構築する試みが盛んに行われている(非特許文献1)。しかしながら、その多くは、微細なチップ構造の構築を優先するため、簡便且つ安価にチップを量産する事が難しい。
【0003】
従来、細胞を利用した大規模な薬剤や遺伝子のスクリーニング(ハイスループットスクリーニング:HTS)においては、細胞や薬剤の移動を仕切る必要があるため、96 well プレートや384 well プレートなどを用いて評価及びスクリーニングが行われてきた。しかしながら、「細胞用マイクロチップ」の作製技術の進歩により、「細胞の接着領域及び非接着領域のマイクロパターン」の作製が可能となった。その結果、接着細胞を微細な接着エリア内に隔離し、他の接着エリアに移動できなくすることが可能となったため、細胞の接着面から薬剤(化合物、siRNAなど)を導入する技術(特許文献1、非特許文献2〜4)を組み合わせた「細胞マイクロアレイ」の作製により、DNAマイクロアレイ等と同じように多検体を高密度化して大規模な解析を行うことが出来るようになった。これにより細胞培養に必要な細胞、培地、試薬が従来に比べて少量ですむため、1実験当たりのコストは細胞培養用の96 wellプレート等を前提とした実験に比べて大きく減少する。さらに、実験単位当たりに必要な細胞の数を大幅に削減でき、貴重な細胞種(初代培養細胞や幹細胞など)であっても様々な実験条件について評価することが可能となる。
【0004】
上述したように「細胞の接着領域のマイクロパターン」には、細胞評価、薬剤評価及び遺伝子評価などに多くのメリットをもたらす可能性がある。
しかしながら、従来の細胞マイクロアレイは、スポット方式やジェットプリンティング方式(非特許文献2〜4)によって製造されていたため、細胞の接着領域及び非接着領域のマイクロパターンの作製が非常に煩雑であったり、該パターンの作製自体が困難であるという課題があった。
また、細胞の接着領域のマイクロパターンを用いた評価においては、薬剤の徐放制御が必要となるが、スポット方式やジェットプリンティング方式による作製方法では、薬剤徐放制御のための生分解性高分子を使用する際に、該高分子の溶剤となる溶媒が必要となる。そのため、作製された細胞マイクロアレイにおいては、アレイ上に残存した上記溶媒が、細胞に不必要な影響を与えてしまい、薬剤に対する評価を正確に行うことができないため、薬物徐放制御の材料(生分解性高分子等)を使用することが実質的に不可能であった。
【0005】
さらに致命的な問題は、スポット方式やジェットプリンティング方式による作製方法では、1枚毎に薬剤や細胞をチップ上にプリントしていく必要があるため、異なる小分子、薬剤又は核酸を配置する際は、プリント技術を用いてチップ基板一枚ごとにアレイを作製する必要があり、量産性が低下する事であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-187072号公報
【特許文献2】特許3510882号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Baker, M. 2011, Nature, 471, 661-665
【非特許文献2】Ziauddin, J. and Sabatini, D. M. 2001, Nature, 411
【非特許文献3】Silva, J. M. et al., 2004, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 6548-6552
【非特許文献4】Bailey, S. N. et al., 2004 Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16144-16149
【非特許文献5】de Lange, V. et al., 2011, Appl. Mater. Interface, 3, 50-57
【非特許文献6】Wheeler, D. B. et al., 2005, Nat. Genet., 37, S25-S30
【非特許文献7】Erfle, H. et al., 2007, Nat. Protoc., 2, 392-397
【非特許文献8】Geyer, F. L. et al., 2011, Angew. Chem. Int. Ed., 50, 8424-8427
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況下において、細胞の接触(接着も含む;以下本発明において同様)領域及び非接触領域のマイクロパターンを簡便に作製することができ、かつ低コストで量産性にも優れ、さらに薬剤等の化合物を徐放制御できる材料(生分解性高分子等)をその溶剤となる溶媒を必要とせずに使用することができる、マイクロアレイの開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記状況を考慮してなされたもので、以下に示す、マイクロアレイ、及びその製造方法等を提供するものである。
(1)複数本の中空糸から構成される中空糸束の該中空糸内に、細胞に作用させる化合物と該化合物を徐放し得る物質とが充填されてなる、マイクロアレイ。
ここで、上記中空糸束は、それを固定化し得る物質により固定化されていてもよい。
上記(1)のマイクロアレイは、例えば、細胞への化合物徐放用マイクロアレイとして用いることができ、より具体的には、細胞マイクロアレイとして用いることもできる。
上記(1)のマイクロアレイにおいて、中空糸としては、例えば、前記マイクロアレイに接触させる細胞との親和性が低いものが挙げられ、具体的には、例えば、テフロン、ポリカーボネート、ポリフェニレンサルファイド、ナイロン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリエーテルケトン、ポリプロピレン樹脂及びガラスからなる群より選ばれる少なくとも1種を含んでなるものが挙げられる。
上記(1)のマイクロアレイにおいて、細胞に作用させる化合物としては、例えば、薬剤が挙げられ、詳しくは、医療、創薬、診断への応用が可能な薬剤が挙げられる。
上記(1)のマイクロアレイにおいて、化合物を徐放し得る物質としては、例えば、生分解性高分子が挙げられ、具体的には、例えば、ラクチド、グリコリド、トリメチレンカボネート、ジオキサノン、エチレングリコール及びε-カプロラクトンからなる群より選ばれる少なくとも1種が重合してなる重合体又は共重合体を含むものが挙げられる。
上記(1)のマイクロアレイとしては、例えば、前記化合物を徐放し得る物質が、前記細胞に作用させる化合物を含有する粒子を形成し、該粒子は、生体適合性ゲルと共に、中空糸内に充填されてなるものが挙げられる。ここで、該粒子の粒子径は、例えば、100nm〜100μmである。また、該生体適合性ゲルとしては、例えば、中空糸内に充填される前はゾル又は液体であり、中空糸内に充填された後にゲル化するものが挙げられ、具体的には、例えば、コラーゲンゲル、架橋ゼラチンゲル及びポリアクリルアミド系ゲルからなる群より選ばれる少なくとも1種を含むものが挙げられる。
上記(1)のマイクロアレイにおいて、中空糸内に充填される物質としては、例えば、マイクロアレイに接触させる細胞との親和性が高いものが挙げられる。
上記(1)のマイクロアレイとしては、例えば、中空糸内に充填された物質の表面を疎水化又はコーティングしたものが挙げられ、該コーティングは、例えば、細胞外マトリクスタンパク質によるものが挙げられる。ここで、細胞外マトリクスタンパク質としては、例えば、フィブロネクチン及び/又はコラーゲンが挙げられる。
(2)上記(1)のマイクロアレイに細胞を接触させることを含む、該細胞への化合物の影響を評価する方法。
(3)上記(1)のマイクロアレイにプライマリー細胞を接触させることを含む、該細胞の由来元の生物における化合物感受性を評価する方法。
(4)下記工程を含む、マイクロアレイの製造方法。
(a)複数本の中空糸を、中空糸の各糸軸が同一方向となるように3次元に配列し、その配列を固定することにより、中空糸束を作製する工程(ここで、当該工程において、上記配列の固定は、該配列を固定化し得る物質によりなされていてもよい。)、
(b)中空糸束の作製前又は後に、中空糸内に、細胞に作用させる化合物と該化合物を徐放し得る物質とを充填するか、又は、前記化合物と該化合物を徐放し得る物質と生体適合性ゲルとを充填する工程、並びに
(c)前記(a)及び(b)の工程後に得られた中空糸束を、中空糸の長手方向に交叉する方向で所望の厚みに切断する工程。
上記(4)のマイクロアレイの製造方法は、例えば、細胞への化合物徐放用マイクロアレイの製造方法に適用することができ、より具体的には、細胞マイクロアレイの製造方法に適用することもできる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、細胞の接触(接着も含む)領域及び非接触領域のマイクロパターンを簡便に作製することができ、かつ低コストで量産性にも優れ、さらに薬剤等の化合物を徐放制御できる材料を(溶媒を併用せずに)使用することができる、マイクロアレイ(例えば、細胞への化合物徐放用マイクロアレイ、より具体的には、細胞マイクロアレイ等)、その製造方法、及びその用途を提供することができる。
また、本発明のマイクロアレイを用いれば、例えば、生体に近い(生体を模倣した)2次元的又は3次元的な環境下(条件下)で、機能評価の対象となる様々な化合物(細胞刺激因子)に対する細胞の応答を直接的かつ網羅的に検出することが可能となる。
【0011】
さらに、本発明のマイクロアレイは、「費用対効果の高い創薬用や細胞診断用のマイクロデバイス技術」を提供するものであり、個別化医療などで求められる解析を超高速、網羅的、しかも安価に行うことを可能とするものである。具体的には、例えば、(1)癌特異的な細胞死、癌細胞の運動、及び神経分化など、細胞機能を制御する創薬ターゲットの探索や、(2)iPS細胞などの再生医療用細胞の品質管理や薬剤感受性などの細胞評価への応用展開が考えられ、本発明は、将来の個別化医療及び創薬技術の発展に大きく貢献し得るものである。
以上のことから、本発明は、斬新性やチャレンジ性に富み、細胞を、ゲノミクス、プロテオミクス及びメタボロミクスなど様々な角度で解析できる技術基盤の開発につながるものと期待でき、将来的に応用展開の範囲が非常に広いものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】中空糸配列体の技術を用いて化合物をアレイ状に配置した、細胞への化合物徐放用マイクロアレイの概念図である。例えば、内径100〜1000μmの中空糸(ストロー状の糸)を配列、整列させ、中空糸同士を樹脂等で接着する。中空糸の末端を、化合物(薬剤等)を徐放する物質(生分解性高分子ポリマー、コラーゲンゲルなど)と化合物とを含む溶液に差し込み、溶液を中空糸内に吸い上げて充填する。充填物を固化させた後、所望の厚みにスライスし、マイクロアレイチップを大量に作製する。当該チップ上に培地に懸濁した細胞を播種し、化合物が中空糸内から徐放され細胞に対して作用する。それぞれの中空糸には異なる化合物を充填することで、細胞の化合物感受性を網羅的に評価することが可能であり、診断や創薬開発に応用することが可能である。
【0013】
図2】本発明の化合物徐放用マイクロアレイの2種の具体的態様を示す概略図である。(A)は、薬剤等の化合物に対する細胞応答を、2次元で評価するマイクロアレイ(2Dチップ)であり、(B)は、当該細胞応答を、3次元で評価し得るマイクロアレイ(3Dチップ)である。上記2Dチップでは、中空糸内に生分解性高分子と薬剤(制癌剤等)を充填し、その生分解性高分子表面での細胞の応答を測定し、細胞の増殖や細胞死などを指標にして、薬剤評価を行うことができる。他方、上記3Dチップでは、中空糸内に、薬剤(制癌剤等)を包埋(含有)した生分解性粒子(ナノ粒子、マイクロ粒子)と、細胞が浸潤可能な生体適合性ゲルとを充填し、細胞の中空糸内への浸潤運動や突起伸長などを指標にして、薬剤評価を行うことができる。
【0014】
図3】生分解性高分子ポリマーが細胞に与える影響の評価結果を示す図である。(A)実験手順。100°Cから180°Cの高温で溶解させた各種生分解性ポリマーをガラスボトム35mmディッシュに滴下し、急冷固化させた後、細胞を播種し、2時間後及び16時間の培養後に細胞の状態を、位相差顕微鏡を用いて観察した。(B)2時間後及び16時間後における各種生分解性ポリマー上での細胞の状態。「ポリマー無し」は、細胞培養用ポリスチレンディッシュ上での細胞の状態を示す。
【0015】
図4】2種の生分解性高分子ポリマー上での細胞毒性の評価結果を示す図である。生細胞をCalcein-AMで染色し、緑色、死細胞をPI(ヨウ化プロピジウム)で染色し赤色の蛍光を示すよう染色した後、反射像を取得し、細胞毒性を評価した。
図5】(A)中空糸(中空糸配列体)への、薬剤化合物を溶解させた生分解性高分子ポリマーの充填手順と、(B)当該ポリマーが充填された中空糸を示す図である。
【0016】
図6】細胞への化合物徐放用マイクロアレイの作製手順の一例を示す図である。PTFE製の中空糸に、生分解性高分子ポリマー(DLG-80-10)を充填した、又は、40μmの濃度になるようにCalcein-AMを添加したDLG-80-10を充填した。中空糸をABS製のモルド(金型)に3 x 3で配列させ、PDMSをモルドに注ぎ、配列させた中空糸を固化し、これを所望の厚みにスライスすることで、中空糸配列体を用いたマイクロアレイチップを作製し、35mm細胞培養ディッシュに設置した。
【0017】
図7】細胞への化合物徐放用マイクロアレイの作製方法の一例、当該アレイ上への細胞の播種方法、及び細胞を当該アレイ上に接着させる使用態様、及び、当該使用態様による当該チップの性能評価とその結果を示す図である。40μmの濃度になるようにCalcein-AMを添加したDLG-80-10を充填した1本のPTFE製中空糸を、中央に配列し、その周りに生分解性高分子ポリマー(DLG-80-10)のみを充填したPTFE製の中空糸を8本配列したマイクロアレイを直径35mm細胞培養ディッシュに設置した。1x 106個のヒト子宮頸がん由来細胞(HeLa)を4 mlの細胞培養用培地(DMEM + 10% FBS)に懸濁し、当該アレイ上に播種した。37°Cの細胞培養用インキュベータ内で24時間培養し、アレイ上の細胞の状態を観察するため、顕微鏡による位相差像、蛍光像を取得した。
【0018】
図8】化合物徐放用マイクロアレイを細胞に接触させる使用態様、及び、当該使用態様によるアレイの性能評価とその結果を示す図である。40μmの濃度になるようにCalcein-AMを添加したDLG-80-10を充填した1本のPTFE製中空糸を中央に配列し、その周りに生分解性高分子ポリマー(DLG-80-10)のみを充填したPTFE製の中空糸を8本配列したマイクロアレイを作製した。2.7x 105個のヒト子宮頸がん由来細胞(HeLa)を4 mlの細胞培養用培地(DMEM + 10% FBS)に懸濁し、直径35mmの細胞培養用ディッシュに播種し、6時間培養後(細胞が当該ディッシュの底面に接着した後)、この上部にマイクロアレイを接触させた。37°Cの細胞培養用インキュベータ内で18時間培養後、マイクロアレイを取り除き、細胞の状態を観察するため、顕微鏡による位相差像、蛍光像を取得した。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
なお、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込まれる。
【0020】

1.本発明の概要
これまで、患者由来の細胞の薬剤応答やその作用機序を、直接的かつ網羅的に検出する細胞機能解析に対応する細胞チップ技術の開発については、幾つかの報告(前掲 非特許文献3及び6)はあるものの、ほとんど開発は進んでいないのが現状である。その原因として、マイクロ空間内における薬剤やタンパク質などの化合物分子の徐放性の制御と、マイクロ空間内における細胞の運動の制御が、非常に難しいことが挙げられる(前掲 非特許文献7及び8)。一部の報告があるものの(前掲 非特許文献4)、現状、細胞チップ上で徐放性の制御が可能なのは、化学的物性が均一である核酸に限られる。ペプチドや小分子の化学的物性(親疎水性、電荷など)は大きく異なることが多いため、異なる化合物をアレイ状にチップに配置した場合、各々の化合物の徐放性を制御することは極めて困難であった。
【0021】
これに対し、本発明者らは、「細胞マイクロアレイチップ」の構築のために、従来多く用いられてきたリソグラフィーや微細加工、微細プリント等の技術を用いるのでは無く、「中空糸配列体」の技術を用いた(図1、2)。その結果、薬剤等の化合物を、生分解性高分子等の徐放性を制御する物質と共に搭載することができ、化合物の化学特性に関係なく、各化合物を基板に接触させた細胞に徐放することが可能な、マイクロアレイ(例えば、細胞への化合物徐放用マイクロアレイ、より具体的には、細胞マイクロアレイ等)が得られることを見出した。
ところで、「中空糸配列体」をDNAマイクロアレイチップに応用する報告は行われているものの(前掲 非特許文献5、特許文献2)、当該「中空糸配列体」の技術は、本来ペプチドや核酸といった分子量1000以上の生体高分子を固定する用途を主体として製造条件が開発されていたため、当該技術が、細胞への化合物徐放用のマイクロアレイに応用されることはこれまで無く、むしろ当該技術をそのように応用しようとはしないのが、当業者の通常の認識であった。
【0022】
前述のとおり、「中空糸配列体」の技術を用いることで簡便な量産が可能となった、細胞への化合物徐放用のマイクロアレイとしては、例えば、薬剤等の化合物に対する細胞応答を、2次元で評価するマイクロアレイ(2Dチップ)(図2A参照)や、3次元で評価し得るマイクロアレイ(3Dチップ)(図2B参照)が挙げられる。上記2Dチップでは、中空糸内に生分解性高分子と薬剤(制癌剤等)を充填し、その生分解性高分子表面での細胞の応答を測定し、細胞の増殖・細胞死などを指標にして、薬剤評価を行うことができる。他方、上記3Dチップでは、中空糸内に、薬剤(制癌剤等)を包埋(含有)した生分解性粒子(ナノ粒子、マイクロ粒子)と、細胞が浸潤可能な生体適合性ゲルとを充填し、細胞の中空糸内への浸潤運動や突起伸長などを指標にして、薬剤評価を行うことができる。「中空糸配列体」の技術を用いたマイクロアレイでは、各中空糸内に異なる化合物(薬剤等)を充填し保持させることが容易であり、中空糸に異なる化合物を充填後、所望の厚みに切断(スライス、薄片化)することで、金太郎飴のように、マイクロアレイ上に種々の化合物が配列したチップを簡便に大量生産することができる。
【0023】
具体的には、まずDL乳酸-グリコール酸共重合体(DLG80-10)の表面に細胞の接着が可能であること、細胞の仮足の伸展が良いこと、細胞毒性が無いことを確認した(図3、4)。次にPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製の中空糸に、モデル薬剤化合物(Calcein-AM)を混合したDLG80-10を充填し、これを配列させた、マイクロアレイチップを作製した(図5、6)。また、生体適合性ゲルであるコラーゲンゲルを中空糸内に充填できることを確認した。さらにHeLa細胞(ヒト子宮頸がん由来細胞)を上記マイクロアレイチップ上に播種し、細胞毒性を再確認すると共に、薬剤化合物の徐放性、細胞への浸透性、及びその拡散を評価した(図7)。その結果、中空糸配列体を用いた本発明のマイクロアレイを用いれば、細胞に対する薬剤化合物の評価が可能であることが示された。
本発明に係るマイクロアレイ、及びその製造方法等は、このようにして見出されたものである。
【0024】

2.マイクロアレイ及びその製造方法
本発明に係るマイクロアレイ(以下、「本発明のマイクロアレイ」と称することがある。)は、前述のとおり、複数本の中空糸から構成される中空糸束の該中空糸内に、細胞に作用させる化合物と該化合物を徐放し得る物質と、さらには場合により生体適合性ゲルとが、充填されていることを特徴とする、マイクロアレイである。ここで、上記中空糸束は、それを固定化し得る物質により固定化されていることが好ましい。前述のとおり、本発明のマイクロアレイは、例えば、細胞への化合物徐放用マイクロアレイとして用いることができ、より具体的には、細胞マイクロアレイとして用いることもできる
【0025】
本発明のマイクロアレイにおいて、中空糸は、37℃以上の耐熱性を持ち、溶解した生分解性高分子を充填する場合には50℃以上、さらには80℃以上の耐熱性を有するものが好ましい。また、本発明のマイクロアレイに用いる薬剤等の化合物や、生分解性高分子、生体適合性ゲル等に対する耐薬品性があれば、特に制限されない。中空糸に用い得る材料としては、例えば、テフロン(PTFE, PFA, FEP, ETFE)、ポリカーボネート、ポリフェニレンサルファイド、ナイロン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリエーテルケトン(PEEK)、ポリプロピレン樹脂及びガラス等が挙げられるが、特に限定はされない。中空糸は、本発明のマイクロアレイを構築する上では、外径が2000μm以下、さらには1,000μm以下であることが好ましく、細胞を接触(接着も含む)させて評価するためには、内径は50μm以上、さらには100μm以上であることが好ましいが、細胞が接触する領域さえ確保できれば、その太さ(外径及び内径、特に内径)は特に制限されない。また、中空糸(中空糸の材料)は、マイクロアレイに接触させる細胞との親和性が低い、すなわち細胞接着性が低い方が、中空糸断面への非特異的な細胞接着が抑えられるため、好ましい。
【0026】
本発明のマイクロアレイにおいて、複数本の中空糸から構成される中空糸束を固定化し得る物質としては、限定はされないが、細胞毒性の無いものが好ましく、例えば、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリアクリルアミド、PET、シリコンなどのプラスチックや樹脂などが好ましく用いることができる。
【0027】
中空糸内に充填する化合物、すなわち本発明のマイクロアレイに接触(接着も含む)させる細胞に作用させる化合物は、限定はされないが、医療、創薬及び診断への応用が可能な薬剤、候補薬物及び天然化合物や、あるいは、イメージングや細胞形質転換などで用いられる試薬など、細胞に対する影響を評価したい化合物を任意に選択し使用することができる。例えば、各種核酸、ペプチド及びタンパク質なども、当該化合物として使用することができる。なお、使用する化合物は、当該化合物を徐放し得る物質(生分解性高分子等)の加熱溶解したものと混合して中空糸内に充填するため、少なくとも80℃での耐熱性を持ち、当該化合物を徐放し得る物質と混合可能な物質であることが望ましい。
【0028】
上記化合物とともに中空糸に充填する、化合物を徐放し得る物質は、限定はされないが、例えば、生分解性高分子であることが好ましく、具体的には、例えば、ラクチド、グリコリド、トリメチレンカボネート、ジオキサノン、エチレングリコール及びε-カプロラクトンからなる群より選ばれる少なくとも1種が重合してなる重合体又は共重合体等が挙げられる。共重合体の形態としては、ランダム共重合体であっても、ブロック共重合体であってもよく、他の形態の共重合体であってもよい。生分解性高分子としては、通常、半減期が1日〜30日の範囲内、分子量は、通常約5000Da以上のものを用いることができるが、それに限定されない。
【0029】
本発明のマイクロアレイにおいて、前記細胞に作用させる化合物と、当該化合物を徐放し得る物質(徐放物質)とが、中空糸内に充填される態様としては、限定はされないが、例えば、(i) 前記化合物を含有する徐放物質が中空糸内に充填されている態様のほか、(ii) 前記化合物を含有して(包埋して)形成された徐放物質の粒子が、他の物質(例えば生体適合性ゲル)と共に中空糸内に充填されている(すなわち、当該粒子が前記他の物質中に分散した状態で中空糸内に充填されている)態様などが好ましく挙げられる。上記(i)の充填態様の場合は、前記1.項で説明した「2Dチップ」(図2A参照)として用いることができ、上記(ii)の充填態様の場合は、同項で説明した「3Dチップ」(図2B参照)として用いることができる。
なお、上記(i)の充填態様の場合は、前記徐放物質は、中空糸の材質と前記化合物の耐熱温度以下の温度で溶解し、中空糸への充填が可能なものであればよい。
【0030】
また、上記(ii)の充填態様の場合は、前記化合物を含有して形成された徐放物質の粒子は、いわゆるナノ粒子又はマイクロ粒子であることが好ましく、具体的には、粒子径が、例えば100nm〜100μmであることが好ましく、より好ましくは1〜100μmである。中空糸内への充填は、予め形成した上記粒子を、重合前(溶液状態)又はゾル状態の生体適合性ゲルに分散し、その分散体を中空糸内に充填した後、中空糸内でゲル化させることが好ましい。
ここで、生体適合性ゲルとしては、コラーゲンゲル、ゼラチン架橋ゲル、アクリルアミド系ゲル等が挙げられるが、生体適合性を有し且つ細胞が該ゲル内に浸潤できるものであれば、特に制限されない。
【0031】
本発明のマイクロアレイは、マイクロアレイチップとしての1枚の厚みは、特に限定はされないが、例えば、1μm〜10000μmが好ましく、より好ましくは100μm〜5000μmである。具体的には、前記(i)の充填態様の場合は、特に限定はされないが、例えば、100μm〜1000μmの厚みとすることができ、また、前記(ii)の充填態様の場合は、特に限定はされないが、例えば、100μm〜5000μmの厚みとすることができる。
【0032】
本発明のマイクロアレイにおいて、細胞は、中空糸束の断面における前記徐放物質(生分解性高分子等)や生体適合性ゲル等(すなわち中空糸内に充填された物質)の表面に接触(接着も含む)するため、例えば、当該徐放物質(生分解性高分子等)や生体適合性ゲル等は、細胞が接触しやすい物性であること(すなわち、細胞との親和性が高いものであること)が望ましいが、特に限定はされない。また、本発明のマイクロアレイにおいては、中空糸束の断面における、中空糸内に充填された物質の表面が、細胞との親和性を高めるため、例えば、疎水化又はコーティングされていてもよい。ここで、コーティングとしては、例えば、細胞外マトリクスタンパク質によるもの等が挙げられ、細胞外マトリクスタンパク質としては、例えば、フィブロネクチンやコラーゲン等が挙げられるが、特に限定はされない。
【0033】
本発明のマイクロアレイに接触(接着も含む)させる細胞としては、典型的には付着性の株化された哺乳動物細胞、癌細胞、又は、神経、内皮、皮膚、肺、筋肉、腎臓、肝臓、腸など由来の初代培養細胞などが用いられるが、哺乳類の細胞以外も用いることができ、その生物種は問わない。例えば、昆虫細胞、植物細胞などであってもよく、細菌、酵母などの微生物細胞であってもよい。また、遺伝子導入した形質転換細胞なども使用することができる。
【0034】
なかでも、好ましい細胞としては、例えば、神経細胞、初代培養細胞(プライマリー細胞)などが挙げられるが、限定はされない。初代培養細胞の由来は、特に限定はされないが、好ましくは、哺乳動物の脳(大脳皮質、海馬、小脳)が挙げられ、具体的には、例えば、PC12,Neuro2a,SH-SY5Y,NG108-15,HCN-1A,Hela,NBTL2bなどが挙げられるがそれらに限定されない。
【0035】
本発明のマイクロアレイの製造方法は、限定はされないが、例えば、下記(a)〜(c)の工程を含む方法が挙げられる。前述のとおり、当該製造方法は、例えば、細胞への化合物徐放用マイクロアレイの製造方法に適用することができ、より具体的には、細胞マイクロアレイの製造方法に適用することもできる。
(a)複数本の中空糸を、中空糸の各糸軸が同一方向となるように3次元に配列し、その配列を固定することにより、中空糸束を作製する工程、
(b)中空糸束の作製前又は後に、中空糸内に、細胞に作用させる化合物と該化合物を徐放し得る物質(徐放物質)とを充填するか、又は、前記化合物と徐放物質と生体適合性ゲルとを充填する工程、並びに
(c)前記(a)及び(b)の工程後に得られた中空糸束を、中空糸の長手方向に交叉する方向で所望の厚みに切断する工程。
【0036】
上記製造方法に用いられる各材料及び構成成分等は、前述した本発明のマイクロアレイに関する説明記載がすべて適用できる。
上記(a)工程においては、上記配列の固定は、該配列を固定化し得る物質により行うことが好ましい。
上記(b)工程において、「細胞に作用させる化合物と徐放物質とを充填する」とは、具体的には、前述した(i)の充填態様を意味することが好ましく、他方、「前記化合物と徐放物質と生体適合性ゲルとを充填する」とは、具体的には、前述した(ii)の充填態様を意味することが好ましい。
【0037】
ここで、中空糸内に各物質を充填する方法としては、限定はされないが、例えば、メディウムビンに中空糸を接続し、メディウムビンの加熱及び冷却を繰り返すことで、ビン中を陰圧にして、チューブ内に各物質を吸引する(吸い上げる)ことで充填する方法や、あるいは、中空糸を接続したメディウムビンに真空ポンプを接続し、該ポンプによりビン中を陰圧にして、チューブ内に各物質を吸引することで充填する方法などが挙げられる。
【0038】

3.本発明のマイクロアレイの用途
本発明は、前述した本発明のマイクロアレイに細胞を接触(接着を含む)させることを含む、該細胞への化合物の影響を評価する方法を提供することができる。
当該方法においては、本発明のマイクロアレイに搭載した、細胞への作用効果が既知の又は未知の化合物(薬剤等)が、アレイに接触させた1種又は複数の細胞に対してどのような作用を有するかを、該接触後の当該細胞の状態を観察することにより評価することができる。ここで、当該方法において、マイクロアレイへの細胞の接触の態様としては、限定はされないが、例えば、当該マイクロアレイ上に細胞を播種して培養する態様や、予め適当な培養容器内で播種及び培養した細胞に当該マイクロアレイを接触させる態様などが挙げられる。当該方法は、例えば、前記アレイに搭載した薬物がどの細胞にどのような影響を与えるかを評価する、薬剤評価に好適である。
【0039】
また本発明は、前述した本発明のマイクロアレイにプライマリー細胞(初代培養細胞)を接触(接着を含む)させることを含む、該細胞の由来元の生物における化合物感受性を評価する方法も提供することができる。
当該方法においては、本発明のマイクロアレイに既知化合物(細胞への一般的な作用効果が既知の化合物)を複数種搭載し、このアレイに、化合物感受性を評価したい生物由来の細胞を接触させ、どの化合物について細胞が感受性を示すかを、接触後の各細胞の状態を観察することにより評価することができる。ここで、当該方法において、マイクロアレイへの細胞の接触の態様としては、限定はされないが、例えば、当該マイクロアレイ上に細胞を播種して培養する態様や、予め適当な培養容器内で播種及び培養した細胞に当該マイクロアレイを接触させる態様などが挙げられる。この評価により、用いた細胞の由来元の生物における化合物(薬物等)感受性を評価することができ、いわゆるコンパニオン診断を行うことも可能である。当該方法は、例えば、遺伝子評価や細胞評価のように、所望の細胞がどのような特性・性質を有するものであるかを評価する方法に好適である。
【0040】
さらに、本発明においては、本発明のマイクロアレイ、及び場合により所望の細胞を含む、上記各評価用のキットや、上記コンパニオン診断用キット等を提供することもできる。
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の態様に限定されるものではない。
【実施例1】
【0042】
生分解性ポリマーが細胞に与える影響の評価方法及びその結果について
4種の生分解性ポリマーについて、これらのポリマー上への細胞接着性、細胞毒性を評価した。当該4種の生分解性ポリマーは、(1)DL乳酸-グリコール酸共重合体:DLG-50-10(PLGA50:50)(多木化学製Lot: DLG-1001, DL-LA/GA=51/49, Mn=5,770, Mw=9,460, Mw/Mn=1.6)、(2)L乳酸-グリコール酸共重合体:LG-60-5、(多木化学製Lot: S-240901, L-LA:GA=58:42, Mn: 2900, Mw: 5500, Mw/Mn=1.9)、(3)DL乳酸-グリコール酸共重合体:DLG80-10、(多木化学製Lot: S-240904, DL-LA:GA=80:20, Mn=8,500, Mw=11,500, Mw/Mn=1.35)、(4)L乳酸-グリコール酸共重合体:LG-60-30、(多木化学製Lot: S-240903, L-LA:GA=60:40, Mn=19,500, Mw=29,500, Mw/Mn=1.5)を使用した。これら生分解性ポリマーを120°Cで溶解し、細胞培養用35mmポリスチレンディッシュに10μl滴下した。ディッシュを室温に静置し、滴下ポリマーがディッシュ上で固着するのを確認後、子宮頸がん由来のヒト癌細胞(HeLa Cell)をディッシュ当たり5 x 105 個播種し、細胞培養用インキュベーター内で37°Cで静置した。培養開始から2時間後及び16時間後での細胞位相差像、明視野像を取得し、細胞の接着性、及び細胞毒性を評価した(図3)。その結果、生分解が最も速いLG-60-5(図3B)では、2時間後の時点でポリマーが分解し、白濁が生じ、細胞の検出が困難となった。わずかに検出できる細胞に対する毒性は低く、生存していることが分かった。16時間後ではポリマーが分解して白濁し、透過光による細胞の検出は不可能となった。次に、生分解性の速いDLG50-10では、2時間後の時点で、細胞はポリマー上で生存しているが、細胞仮足の伸展が見られず、接着は困難であることが分かった。さらに16時間後ではポリマーの分解が進み、位相差像による細胞の検出が困難となった。一方、分解が比較的遅いDLG80-10では、2時間後における細胞の仮足の伸展は、通常のディッシュ上の細胞に比べて悪いものの、16時間後では、十分に仮足の伸展が見られ、多くの細胞に対する毒性が少なく、死細胞が見られなかった。分解が最も遅い、LG60-30では、2時間後においてもディッシュ上の細胞と比較して遜色ない接着仮足が見られ、16時間後では細胞が仮足を伸ばし、細胞毒性が無いことが分かった。DLG-50-10とLG-60-5については、生分解性が速すぎて、ポリマーが白濁し、位相差像による細胞状態の評価が困難であるため、培養開始後24時間後の細胞を以下の方法により改めて評価した。生細胞をCalcein-AMで染色し、緑色、死細胞をPI(ヨウ化プロピジウム)で染色し赤色の蛍光を示すよう染色した後、反射像を取得し、細胞毒性を評価した(図4)。その結果、両ポリマー上の細胞の多くは生存しており、死細胞は少なく、ポリマーから細胞が受ける細胞毒性は非常に低いことが分かった。一方、細胞のポリマーへの接着性は悪く、細胞が円形になっていることが分かった。以上の結果より、中空糸細胞マイクロアレイチップに用いる生分解性ポリマーとしては、細胞接着を促進する疎水的な表面や適切な分解速度を持つポリマーを選択する必要があり、本実施例の結果からは、DLG80-10やLG-60-30などが適切な生分解性ポリマーであることが分かった。
【実施例2】
【0043】
中空糸への生分解性ポリマーの充填方法について
PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製の中空糸に上記4種の生分解性ポリマーの充填を試みた。なお、当該中空糸としては、AWG18-LW(PTFE, ZEUS社製, Lot: 04587857-3, 内径1.07mm x 外径1.37mm)又はAWG24-LW(PTFE, ZEUS, Lot: 20543029-1, 内径0.56mm x 外径0.86mm)を用いた。
【0044】
具体的には、生分解性ポリマーをガラス試験管に3gとり、乾熱滅菌器で100〜180°Cで10〜20分インキュベートすることで、これを溶解した。図5に示すように、中空糸の末端を生分解性ポリマー溶液に浸し、もう一方をメディウムビンに接続した。メディウムビンのコックは開き、さらに10〜20分インキュベートした。その後、メディウムビンだけ取り出し、コックを閉じ、ビンを氷水で冷却した。これによって、ビン内を陰圧として、中空糸内にポリマーが吸い上げた。以上のステップを数回繰り返すことで、中空糸にポリマーを充填した(図5)。なお、メディウムビン内の空気温度変化による充填以外でも、真空ポンプを使った充填も可能である。
【実施例3】
【0045】
中空糸へのコラーゲンゲルの充填方法について
3%コラーゲン溶液に培地およびコラーゲンゲル再構成用緩衝液を加え、これを上記実施例2と同様の手法で中空糸内に充填した。30分静置することで中空糸内のコラーゲンをゲル化させた。ゲル化の詳細プロトコルは、新田ゼラチン株式会社が提供するプロトコル(Cellmatrix TypeI-A、新田ゼラチン社)に従った。
【実施例4】
【0046】
マイクロアレイの作製手順について
中空糸、又はコラーゲンゲルを充填したPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製の中空糸(AWG18-LW (PTFE, ZEUS社製, Lot: 04587857-3), 内径1.07mm x 外径1.37mm)を、アルミニウム製又は3Dプリンタ(丸紅Dimension 3Dプリンタ)により作製したABS製のモルド(金型)に配列させた(図6上段真ん中)。PDMS(ジメチルポリシロキサン、信越シリコーン社製KE-1300T)に1/10量の重合開始剤(信越シリコーン社製、CAT-1300)を加え、これをモルドに注ぎ、60°Cのインキュベータ内で1時間重合・固化させ、中空糸を配列させた(図6下段右)。これをカミソリで所望の厚みに切断し、金太郎飴の様に大量にチップ状のマイクロアレイを作製した。作製したマイクロアレイは、35mm細胞用ディッシュに設置し、細胞及び培地を注いで使用した(図6下段左)。当該マイクロアレイは、細胞への化合物徐放用マイクロアレイとして用いることができるものである。
【実施例5】
【0047】
マイクロアレイの作製方法の一例、当該アレイ上への細胞の播種方法、及び細胞を当該アレイ上に接着させる使用態様、及び、当該使用態様による当該チップの性能評価とその結果について
生分解性ポリマーであるDLG50-10とDLG-80-10の2種類について検討を行った。両ポリマーは共に平均分子量約10,000であるが、乳酸とグリコール酸との混合比が異なり、DLG-80-10の方が、分解が遅い。ここでは、結果が良好だったDLG-80-10を用いた結果のみ示した(図7)。8本のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製の中空糸(AWG18-LW (PTFE, ZEUS社製, Lot: 04587857-3), 内径1.07mm x 外径1.37mm)に、実施例2の手順に従い、DLG-80-10を充填した。また、1本のPTFE製中空糸には40μmの濃度になるようにCalcein-AM(3',6'- Di(O-acetyl)- 4',5'- bis [N,N- bis (carboxymethyl) aminomethyl] fluorescein, tetraacetoxymethyl ester, Invitrogen社製)を添加したDLG-80-10を充填した。これら合計9本の中空糸を、3Dプリンタ(丸紅Dimension3Dプリンタ)により作製したABS製のモルド(金型)に3 x 3で配列(中心にはCalcein-AMを充填した中空糸を配列し、その周りに残りの8本を配列)させた。実施例4の手順に従い、PDMSをモルドに注いで固化し、これを所望の厚みにスライスすることで、チップ状のマイクロアレイを作製し、これを35mm細胞培養ディッシュに設置した(図7上)。当該マイクロアレイは、細胞への化合物徐放用マイクロアレイとして用いることができるものである。1x 106個のヒト子宮頸がん由来細胞(HeLa)を4 mlの細胞培養用培地(DMEM + 10% FBS)に懸濁し、マイクロアレイ上に播種した。37°Cの細胞培養用インキュベータ内で24時間培養し、マイクロアレイ上の細胞の状態を観察するため、顕微鏡による位相差像、蛍光像を取得した(図7下)。マイクロアレイ上のすべての中空糸上に細胞が接着していること確認した。また、細胞状態は良く、ほとんど細胞死が見られないことも確認した(図7下段左)。中央に配置した中空糸に充填されている生分解性ポリマー(DLG-80-10)にはCalcein-AMが含まれており、ポリマーの分解に従ってCalcein-AMが徐放されるようにした。徐放されたCalcein-AMは、カルセインの4つのカルボキシル基をアセトキシメチルエステル化(AM化)したものであり、細胞膜透過性を示し、細胞に取り込まれる化合物である。Calcein-AMは、細胞のエステラーゼにより加水分解されることでカルセインとなり、蛍光を示し、細胞透過性を失う。よって、細胞の蛍光を測定することにより、(1)徐放されたカルセインが細胞に取り込まれるかどうか、(2)カルセインを含む中空糸上に接着した細胞にのみ取り込まれるかを、確認することができる。本実施例では、中央の中空糸上の細胞にのみモデル薬剤が特異的に取り込まれたことが確認された。よって、細胞に所望の化合物を徐放することができるという(より具体的には、細胞マイクロアレイとして用いることができるという)、本発明のマイクロアレイの有効性を確認することができた。
【実施例6】
【0048】
マイクロアレイを細胞に接触させる使用態様、及び、当該使用態様によるアレイの性能評価とその結果について
本実施例では、予めディッシュに播種しておいた細胞に、実施例5と同様の方法により作製したチップ状のマイクロアレイを接触させ、薬剤を細胞に作用させた。2.7x 105個のヒト子宮頸がん由来細胞(HeLa)を4 mlの細胞培養用培地(DMEM + 10% FBS)に懸濁し、35mmの細胞用ディッシュに播種し、6時間培養後(細胞が当該ディッシュの底面に接着した後)、この上部にマイクロアレイを接触させた。37°Cの細胞培養用インキュベータ内で18時間培養後、細胞に接触させていたマイクロアレイを取り除き、その後、細胞の状態を観察するため、顕微鏡による位相差像、蛍光像を取得した(図8A)。本実施例でも、実施例5と同様に、中央の中空糸上の細胞(中央の中空糸に接触させた細胞)にのみモデル薬剤が特異的に取り込まれたことが確認でき、細胞状態は良く、ほとんど死細胞が見られなかった(図8B)。よって、本実施例からも、細胞に所望の化合物を徐放することができるという、本発明のマイクロアレイの有効性を確認することができた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8