特許第6231182号(P6231182)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6231182
(24)【登録日】2017年10月27日
(45)【発行日】2017年11月15日
(54)【発明の名称】荷電粒子線装置、及びその制御方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/073 20060101AFI20171106BHJP
   H01J 37/18 20060101ALI20171106BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20171106BHJP
【FI】
   H01J37/073
   H01J37/18
   H01J37/28 B
【請求項の数】13
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2016-233900(P2016-233900)
(22)【出願日】2016年12月1日
(62)【分割の表示】特願2014-200302(P2014-200302)の分割
【原出願日】2009年6月10日
(65)【公開番号】特開2017-63048(P2017-63048A)
(43)【公開日】2017年3月30日
【審査請求日】2016年12月1日
(31)【優先権主張番号】特願2008-161584(P2008-161584)
(32)【優先日】2008年6月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】糟谷 圭吾
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 卓
(72)【発明者】
【氏名】片桐 創一
(72)【発明者】
【氏名】小久保 滋
(72)【発明者】
【氏名】戸所 秀男
【審査官】 右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭47-37060(JP,A)
【文献】 特開2002-208368(JP,A)
【文献】 特開2007-73521(JP,A)
【文献】 特開2008-140623(JP,A)
【文献】 米国特許第4379250(US,A)
【文献】 米国特許第5118991(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/073
H01J 37/18
H01J 37/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電界放射電子源と、前記電界放射電子源に電界を印加する電極とを備える荷電粒子線装置であって、
前記電界放射電子源のまわりの圧力を1×10−8Pa以下に維持する真空排気部と、前記電界放射電子源の加熱部と、前記加熱部を制御する制御部と、を有し、前記電界放射電子源から放射させた電子線のうち、中央の放射角が1×10−2sr以内の電子線を用い、
前記制御部は、前記電界放射電子源のフラッシング後から、当該電子線の電流の減少度合いが1時間当たり10%以下を維持する時に前記加熱部に対して加熱を行うよう制御する、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項2】
請求項1記載の荷電粒子線装置であって、
前記真空排気部に非蒸発ゲッターポンプを含む、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項3】
請求項1記載の荷電粒子線装置であって、
前記電子線の電流の検出部を更に備え、
前記加熱部により前記電界放射電子源を繰り返し加熱し、前記検出部の出力を用いて前記電界放射電子源から放射される前記電子線の電流を所定の値以上に維持する、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項4】
請求項3記載の荷電粒子線装置であって、
前記制御部は、前記電界放射電子源から放射される前記電子線の電流I(t)の初期値I(0)に対して、前記電子線の電流がαI(0)になった時に前記電界放射電子源の加熱を行うよう制御し、かつα≧0.8である、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項5】
請求項3記載の荷電粒子線装置であって、
前記制御部は、前記電界放射電子源から放射される前記電子線の電流I(t)に対して、
時間間隔tc当りの電流の減少割合[I(t)−I(t+tc)]/I(t)があらかじめ定めた値β以上になった時に前記電界放射電子源の加熱を行うよう制御し、かつtc≦60分であり、β≧0.01である、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項6】
請求項3記載の荷電粒子線装置であって、
前記電界放射電子源の加熱温度が1500℃以下である、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項7】
請求項3記載の荷電粒子線装置であって、
前記電界放射電子源の加熱時に、前記電界放射電子源から前記電子線の放射を定常的に行う、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項8】
請求項3記載の荷電粒子線装置であって、
前記制御部が前記電界放射電子源の加熱を自動的に行うか否かを選択する操作器と、前記操作器で選択された結果を表示する表示器とを備える、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項9】
請求項1記載の荷電粒子線装置であって、
前記電界放射電子源の加熱部を備え、前記電界放射電子源を定常的に1500℃以下に加熱し続けながら、前記電界放射電子源から電子線を放射させる、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項10】
請求項1記載の荷電粒子線装置であって、
前記真空排気部は前記電界放射電子源のまわりの圧力を1×10−9Pa以下に維持する、
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項11】
電界放射電子源と前記電界放射電子源に電界を印加する電極と前記電界放射電子源の加熱部と前記加熱部を制御する制御部とを備える荷電粒子線装置の制御方法であって、
真空排気部により前記電界放射電子源のまわりの圧力を1×10−8Pa以下に維持し、
前記電界放射電子源から放射させた電子線のうち、中央の放射角が1×10−2sr以内の電子線を用い、前記電界放射電子源のフラッシング後から、前記電子線の電流の減少度合いが1時間当たり10%以下を維持する時に前記加熱部に対して加熱を行うよう制御する、
ことを特徴とする荷電粒子線装置の制御方法。
【請求項12】
請求項11記載の荷電粒子線装置の制御方法であって、
加熱部により前記電界放射電子源を繰り返し加熱し、前記電界放射電子源から放射される前記電子線の電流を所定の値以上に維持する、
ことを特徴とする荷電粒子線装置の制御方法。
【請求項13】
請求項11記載の荷電粒子線装置の制御方法であって、
前記真空排気部は前記電界放射電子源のまわりの圧力を1×10−9Pa以下に維持する、
ことを特徴とする荷電粒子線装置の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電界放射電子銃を備えた電子顕微鏡等の荷電粒子線装置に関し、特に、電子線の電流を安定にした荷電粒子線装置、及びその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
針状に加工した金属に、対向させた電極から正の電圧を印加すると、金属の先端に電界が集中する。この電界の強度が10V/cm程度になると、金属中の自由電子がトンネル効果で表面のポテンシャル障壁を通り抜け、外に放射する。この現象を電界放射という。
【0003】
電界放射で電子線を得る装置を電界放射電子銃(Field Emission Electron Gun: 以下FE銃)と呼ぶ。FE銃の電子源には主に針状に先鋭化させた単結晶のタングステン線が用いられ、常温で使用される。真空容器内にこの電子源と、対向させた引出電極を設置し、両者に引出電圧を印加して電子を放射させる。放射した電子はさらに加速電極に印加した高電圧で加速し、電子線を形成する。
【0004】
電子銃の性能を決める要素として、輝度とエネルギー幅がある。輝度とは単位面積あたりの電子源から、単位立体角あたりどれだけの電流の電子線を得ることができるかを示す値であり、電子線の量を表す。エネルギー幅とは電子線がもつ波長の範囲であり、電子線の単色性を表す。FE銃は他の熱電子放出型やショットキー電子銃と比べ、輝度が高く、エネルギー幅が狭い電子線が得られることから、高分解能用の電子銃として走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM)や透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)等の荷電粒子線装置に用いられている。
【0005】
FE銃の課題として放射電流が不安定であることが知られている。図1に代表的な電流の経時変化を示す。同様の経時変化は特許文献1に記載されている。清浄な電子源表面から放射する電流は、放射直後から急激に減少し、その後も緩やかな減少を続ける。その後、電流にはノイズが発生し始め、時間の経過と共に大きくなる。やがて電流は増加に転じ、ノイズはさらに大きくなる。図1内Aに示した電流の減少が著しい期間を減衰領域、図1内Bに示した減少が緩やかな期間を安定領域と呼ぶ。
【0006】
FE銃の電流の経時変化は、電子源の表面に真空中の残存ガスが吸着することで起こる。清浄な金属表面にガス分子が吸着すると表面の仕事関数が増加する。この結果、表面のポテンシャル障壁は大きくなり、放射する電子の数が減少する。電子線の電流は小さくなるので輝度は低下する。また、同一の電流を得るために必要な引出電圧は上昇するため、より広い範囲のエネルギーをもった電子がポテンシャル障壁を通り抜けるようになり、電子線のエネルギー幅は広がる。表面に一定量のガス分子が吸着するとガス吸着層が形成されることで仕事関数の変化が小さくなり、電流は比較的安定する。このガス吸着層が形成された以降の領域が安定領域に対応する。安定領域でもガスが吸着層の上に堆積したり、表面の吸着ガスが他のガスに置換されるなどして、電流は緩やかに減少を続ける。表面に吸着したガス分子は短時間のうちに脱離や置換、マイグレーションを行い、これが電流のノイズの原因になる。また,電子線によって発生した陽イオンが電子源に衝突し、表面を損傷させて形状を荒らすこともノイズの一因と考えられている。
【0007】
清浄な金属表面は電子源を短期間加熱するフラッシング操作をすることで再び得ることが出来る。電子源を高温にすることで表面の吸着ガスは脱離し、さらに表面の金属原子が移動して表面が平滑になることで清浄表面を得ることが出来る。表面に多くのガスが吸着しているほど、表面を清浄化するためにはより高温のフラッシングが必要になる。一方、高温のフラッシングほど電子源表面は溶融して先端の曲率半径は大きくなる。曲率半径が大きくなると表面に印加される電界の強度は低下するので、電界放射に必要な引出電圧は大きくなる。実用上、印加できる引出電圧には上限があり、フラッシングによる電子源先端径の鈍化が、電子源の使用上の寿命を決定する。
【0008】
ユーザがFE銃を使用する場合、図2に示すような電流の経時変化で装置を運転することになる。ユーザはまず、電子源のフラッシング1を行い、その後、引出電圧の昇圧2を行って電子線を放射させる。放射直後の減衰領域では電流の減少が著しいため、この領域の使用を避け、電流の減少が緩やかな安定領域まで数十分間待ってから使用する。安定領域の期間でも電流は徐々に減少するため、引出電圧の昇圧2を繰り返して、電流を一定以上に保つ。引出電圧を昇圧すると電子光学系の条件が変わるため、ユーザは昇圧の度に光軸の再調整をする必要がある。さらに、数時間観察を続けると電流にノイズが発生し始め、使用の障害になる。このノイズは、電子源を再びフラッシングして表面を清浄化することで除去する。フラッシングすると電流の経時変化は初期の状態に戻るので、ユーザは再度安定領域になるまで待ってから使用を再開する。
【0009】
通常、フラッシングを行う際は引出電圧の停止3を行い、電子線の放射を一度停止する。これは、引出電圧を印加したままフラッシングすると、電子源先端に原子レベルの突起物が形成するためである。この突起物が形成する現象をビルドアップと呼ぶ。ビルドアップはフラッシング時に高温で溶融した表面の金属原子が、電界によって先端に引き寄せられ、堆積することで生じる。突起物によって先端に集中する電界の強度が増し、放射電流が増加する。しかし、突起物は吸着ガスや損傷の影響が大きく、電流が不安定になりやすい。このため実用上、ビルドアップは避けられている。
【0010】
上記のようにFE銃は電流が経時変化することから、他の電子銃に比べ高分解能であるものの使用に手間のかかる。また、電流が経時変化することは分析用SEMや測長SEMといった長期間安定した電流が求められる装置には問題となり、適用は難しい。現在これらの装置には分解能は劣るが電流が安定であるショットキー電子銃が搭載されることが多い。
【0011】
FE銃の電流を自動で一定の大きさ以上に保ち続ける方法として、特許文献1に記載された安定領域で断続的にフラッシングを行う方法や、特許文献2に記載された減衰領域で断続的にフラッシングを行う方法がある。一方、電流の経時変化を長期化させ、減少速度を小さくする方法として、チタンサブリメーションポンプと液体窒素冷却を用いて電子源まわりの真空度を向上させる方法が非特許文献1に示されている。また、真空度を向上させる電子銃構造として、非蒸発ゲッター(Non−Evaporative Getter:NEG)ポンプを用いた荷電粒子線装置が特許文献3に、NEGポンプとイオンポンプを備えた荷電粒子線装置が特許文献4に記載されている。その他に、電子銃にガスを導入する構造として特許文献5がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】米国特許3786268号公報
【特許文献2】特開2007-73521号公報
【特許文献3】特表平3−505386号公報
【特許文献4】特開2006−294481号公報
【特許文献5】特開2007−172862号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】B.Cho、Applied Physics Letters、 volume 91、 (2007) P012105.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記のようにFE銃の放射電流は時間と共に減少し、ノイズが発生するため、不安定である。課題の一つとして、電流がすぐに減少するため、放射初期の輝度が高く、エネルギー幅が狭い電子線を安定に持続して使用できないことが挙げられる。非特許文献1に記載の電子源まわりの真空度を向上させる方法を用いることで経時変化を長期化させ、電流の減少速度を遅くすることが出来る。しかし、真空度を向上させた場合でも、減衰領域における減少速度は比較的高く電流は常に減少し続ける。この領域の電子線を装置に用いるのは難しい。
【0015】
その他の課題の一つに、従来使用する安定領域であっても、電流は徐々に減少を続けることがある。このため、数十分に一度、引出電圧の昇圧とそれに伴う軸調整を行わなければならない。また、数時間で電流にノイズが発生するため、使用を中止してフラッシングする必要がある。さらに、安定領域を使うためには、数十分間以上の待ち時間も必要である。特許文献1に記載の断続的なフラッシングで安定領域を持続させる方法は、電子源表面に一定量のガスが吸着した状態を保たねばならず、そのためのフラッシング強度を制御することが難しい。減衰領域において断続的なフラッシングを行う方法は、減衰領域の電流減少が著しいため、電流を一定以上に保つためには短い時間間隔で頻繁にフラッシングをする必要がある。頻繁なフラッシングは電子源先端を鈍化させ、電子源の寿命を短くする。また、フラッシングを行う度に電子線の照射を一度停止させる必要がある。特許文献2に記載の電子線を照射させたままフラッシングを行う方法の場合、ビルドアップで電子源先端に形成する突起物によって電流が不安定になる。さらに、フラッシング時の高温の電子源から熱電子が発生し、電子線のノイズとなって使用時の障害になる。電子源まわりの真空度を向上させ、経時変化を長期化させる方法は、安定領域の電流の減少を緩やかにし、ノイズが発生し始める時間を遅くすることができる。しかし、減衰領域も長期化することから、使用までの待ち時間が長くなる問題がある。
【0016】
本発明の目的は、高輝度でエネルギー幅が狭い電子線を安定して得ることが出来る荷電粒子線装置を提供することである。
【0017】
本発明の他の目的は、長時間減少速度が小さく、かつノイズの少ない安定した電子線を速やかに得ることが出来る荷電粒子線装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するため、本発明においては、電界放射電子源と、電界放射電子源に電界を印加する電極とを備えた荷電粒子線装置であって、電界放射電子源のまわりの圧力を1×10−8Pa以下に維持する真空排気部を有し、電界放射電子源から放射させた電子線のうち、電子線の中央の放射角1×10−2str以内の電子線を用い、フラッシング後少なくとも1時間に渡り、電子線の電流の時間に関する二階微分が負または0となる構成とすることで達成できる。より好適には、電子線の電流の減少度合いが1時間当たり10%以内となる電流を用いる。
【0019】
また上記目的は、荷電粒子線装置において、電界放射電子源の加熱部と、電界放射電子源から放射する電子線の電流の検出部とを備え、加熱部により電界放射電子源を繰り返し加熱することで、電界放射電子源から放射される電子線の電流を所定の値以上に維持することで達成できる。
【0020】
さらに上記目的は、電界放射電子源の加熱部を備え、電界放射電子源を定常的に1500℃以下に加熱し続けながら、電界放射電子源から電子線を放射させることで達成できる。
【0021】
さらにまた上記目的は、電界放射電子源と、電界放射電子源に電界を印加する電極とを備えた荷電粒子線装置であって、電界放射電子源のまわりを排気する真空排気部と、電界放射電子源の表面にガス吸着層を形成するガス吸着層形成部とを有し、真空排気部とガス吸着層形成部を用いて電界放射電子源から放射する電子線の電流変化を制御することで達成できる。好適には、この荷電粒子線装置の真空排気部は、電界放射電子源のまわりの圧力を1×10−8Pa以下に維持する。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、高安定な電子線を提供する荷電粒子線装置、その制御方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】従来のFE銃の放射電流の経時変化を示す図である。
図2】従来のFE銃を使用する場合の、放射電流の変化を説明する図である。
図3】第1の実施例に係るSEMの構成図である。
図4】第1の実施例で得ることが出来る放射電流の経時変化を説明する図である。
図5】第1の実施例において高輝度安定領域が現れることを説明するエミッションパターンの変化を説明する図である。
図6】第1の実施例でフラッシングを制御した場合の放射電流の経時変化を示す図である。
図7】第1の実施例でフラッシングを制御した場合の操作のフローチャートを示す図である。
図8】第1の実施例で電子線を照射したままフラッシングを制御した場合の放射電流の経時変化を示す図である。
図9】第1の実施例で電子線を照射したままフラッシングを制御した場合の操作のフローチャートを示す図である。
図10】第1の実施例で短い時間間隔でフラッシングを制御した場合の経時変化を示す図である。
図11】第2の実施例に係るNEGポンプバルブを備えたSEMの構成図である。
図12】第2の実施例でガス吸着層の形成を制御して行った場合の放射電流の経時変化を示す図である。
図13】第2の実施例でガス吸着層の形成を制御して行った場合の操作のフローチャートを示す図である。
図14】第2の実施例で電子線の放射を行わず、ガス吸着層の形成を制御した場合の放射電流の経時変化を示す図である。
図15】第2の実施例のガス導入器を備えた装置の全体構成を示す図である。
図16】第2の実施例のガス吸蔵物を備えた装置の全体構成を示す図である。
図17】第3の実施例において水素ガスを導入しながらフラッシングした場合の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための最良の形態を図面に基づき詳述する。なお、本書の説明中、加熱手段を加熱部と呼ぶ等、「手段」を「部」或いは「器」と称する場合がある。
【実施例1】
【0025】
本実施例では電流の放射直後の輝度が高く、エネルギー幅の狭い電子線を安定して得ることができる荷電粒子線装置について説明する。図3は、荷電粒子線装置の第1の実施例としてSEMを示したものである。電子源4には<310>方位の単結晶タングステン線の先端を先鋭化させたものを用いる。電子源4はタングステンフィラメント5の先端に固定され、電子銃室6の中に設置される。電子銃室6はイオンポンプ20と非蒸発ゲッター(NEG)ポンプ23で排気され、1×10−8Pa以下、特に1×10−9Pa以下に保たれる。NEGポンプは、チタンサブリメーションポンプや装置を液体窒素で冷却するなどの他の真空排気方法に比べ、小型、軽量、安価という利点がある。NEGポンプ23は一度NEG加熱部24で加熱することで、その後常温になっても排気を続ける。電子銃室6は引出電極11の中心の細孔(アパーチャ)を介して、第一中間室7に接続される。さらに、第一中間室7は加速電極12のアパーチャを介して第二中間室8に接続される。この第二中間室8より上部の構造が通常、FE電子銃として用いられる。第二中間室8は対物レンズ13のアパーチャを介して試料室9に接続される。第一中間室7はイオンポンプ21で、第二中間室8はイオンポンプ22で、試料室9はターボ分子ポンプ25で排気され、差動排気構造をとる。
【0026】
電子源4をフラッシング電源16で表面に吸着層がない状態になるまでフラッシングしてから、電子源4と引出電極11の間に高圧電源33で引出電圧を印加し、電子源4から電子線10を放射させる。電子線10は電子源4と加速電極12の間に高圧電源33で印加された加速電圧によって加速されて、第二中間室8に到達する。電子線を絞り電極31に設けたアパーチャに通して外周部を取り除くことで、使用する電子線の放射角を決める。絞り電極31に電流検出部15を接続することで、放射電流の変化をモニタリングする。放射電流のモニタリングは電子源4から放射する全電流を電流検出部15で検出することでも代用できる。その後、電子線10は対物レンズ13によって集束され試料台26の上に設置された試料14に照射される。試料14から放出する電子を放出電子検出部32で検出し、制御器17が処理することで観察像を得る。
【0027】
フラッシングはタングステンフィラメント5に一定時間電流を流し、通電加熱によって電子源4の温度を上げることで行う。電流を印加する時間は最大数秒程度であり、表面の状態によって複数回行う。装置を使用する前や、数ヶ月に一度のメンテナンス時に電子銃加熱部30で電子銃室6を加熱するベーキング操作を行う。ベーキングすることで電子銃室6の壁面から放出するガスが枯渇し、定常時に電子銃室6を1×10−8Pa以下の圧力に保つことが出来る。ベーキングは第一中間室7と第二中間室8にも行う。ベーキング時には電子銃室6の圧力が上がるため、粗排気バルブ27、粗排気バルブ28、粗排気バルブ29を開いて、イオンポンプ21、イオンポンプ22、ターボ分子ポンプ25を併用して排気する。前述のようにNEGポンプ23はNEG加熱部24で加熱することで排気を始めるが、このベーキング時にNEGポンプ23の加熱を行うことで、高温になった際にNEGポンプ23から一時的に放出するガスを効率的に排気でき、またこの放出ガスが電子銃室6の壁面に吸着するのを防ぐことが出来る。
【0028】
観察時は、まず電子源4を表面に吸着ガス層がない状態までフラッシングしてから、引出電圧を印加して、電子線10を照射する。電子線10のうち電子源4の先端中央から放射する1×10−2str以下の放射角の電流を絞り電極31で絞り、プローブ電流として用いる。電子源まわりの圧力を1×10−8Pa以下に保つことで、プローブ電流は図4に示したように図1の従来の経時変化とは異なる変化をする。
【0029】
本実施例での観察は、図4内のCに示した放射直後のグラフが上に凸で高い電流を維持しながら緩やかに減少する領域、すなわち電流の時間に関する二階微分が負、または0で、かつ減少度合いが1時間当たり10%以下である領域を用いる。この領域の持続時間は、電子源まわりの真空度に依存し、10−9〜10−10Pa台において、少なくとも1時間以上、およそ数時間から数十時間である。この電流領域を以後、“高輝度安定領域”と呼ぶ。この高輝度安定領域は現在まで知られていない新規な電流領域であり、本実施例のように電子源まわりの真空圧力を1×10−8Pa以下にし、かつ電子線の中央の局所的な電流を用いることで初めて現れ、利用することができる。
【0030】
図1に示したように通常の放射電流の経時変化は、電子源表面にガスが吸着することで電流が著しく減少する。電流の減少速度は放射開始直後が最も大きく、時間と共に小さくなる。電流の経時変化は図1のグラフに示す曲線のように下に凸になり、電流の時間に関する二階微分は正となる。上述した非特許文献1に記載されているように、電子源まわりの真空度を向上させると、電流の減少速度は小さくなる。しかし、従来と同じように電流の経時変化のグラフは下に凸の曲線を描き、電流の二階微分は正である。このように時間に関する二階微分が正であると、電流はグラフにおいて下に凸の曲線を描き、放射開始直後の高い電流を維持することはできない。
【0031】
前述したように、本実施例の電子源まわりの真空度を向上させる構成で、かつ清浄な電子源表面の中心部分から放射する局所的な電流を利用することで、グラフにおいて上に凸の曲線を描き、高い電流を維持する高輝度安定領域を用いることが出来る。高輝度安定領域はフラッシング直後少なくとも1時間以上で、電流の減少速度が低く、かつ電流の時間に関する二階微分は負または0であると定義できる。高輝度安定領域はこれまでに報告された例はなく、従来の真空度では認識できなかった。
【0032】
本実施例に基づく高輝度安定領域におけるエミッションパターンを図5に基づき説明する。図5上部に、図4と同様のプローブ電流の経時変化上でのエミッションパターン取得時刻(丸内数字1〜8)を示し、図5下部に、各取得時刻におけるエミッションパターンを示している。エミッションパターンとは、電子源から放出した電子を蛍光板に当てて光らせた像であり、電子源表面の電子の放出部分がパターンの明るさに対応して表れる。図5からエミッションパターンは時間の経過(丸内数字1〜8)と共に外周部から暗くなり、中心部分は明るさを保つことがわかる。すなわち、ガス吸着は電子源先端の外周部から始まり、その間中心部分ではガス吸着が起こらず、やがて中心部の吸着が始まるまでには時間差があることを示している。このパターン観察結果から、電子線の中心部分の局所的な電流に高輝度安定領域が現れることが説明できる。高輝度安定領域が現れる電子線の範囲は、電子源表面中央の<310>面と、それに最も近い電子線が放出しない面<100>との中間の<410>面との間の領域から放出する局所的な電子線である。両者の面の開き角は法線ベクトルの内積から77mradであり、およそ1×10−2str以内の立体角で放出する電子線に相当する。より中心部分の局所的な電子線を用いると高輝度安定領域の持続時間は延び、実験的には1×10−3str以内の立体角の電子線を用いることが望ましい。
【0033】
高輝度安定領域の電子線は、清浄な電子源の仕事関数が低い表面から放射したもので、従来の安定領域よりも高輝度でエネルギー幅が狭い。さらに電流の減少速度は小さく、ノイズも小さい。また、電流の時間に関する二階微分が負であることから、放射直後の高い電流をほぼ一定のまま長期間維持する。この領域の電流をSEM観察に用いることで、従来よりも高分解能かつ安定した観察を行うことが出来る。また、高輝度安定領域の持続時間は数時間から数十時間であることから、科学分析用の汎用SEMなどでの一度の装置の利用時間に対しては十分に長い。よって、一度の観察中に引出電圧の昇圧とそれに伴う光学系の軸調整、また電子源の再フラッシングの必要がなくなり、観察を中断することがなくなる。さらに、従来まで観察を開始するまでに必要だった待ち時間が不要になるので、ユーザは最初にフラッシングを行った直後から観察を始めることが出来る。その他に観察中は引出電圧が一定であることから、加速電圧を変えた場合の光学系の軸調整も容易になり、フラッシングの頻度が低減するので電子源の寿命が延びることなどの利点がある。
【0034】
上述した高輝度安定領域でフラッシングを繰り返すことで、高輝度安定領域を持続的に使用できる。このときの電流の経時変化を図6に、操作のフローチャートを図7に示す。図6中、1、2、3はそれぞれフラッシング、引出電圧の昇圧、引出電圧の停止を示す。
【0035】
図7において、一連の操作として、運転開始されると、フラッシング71後、所定電流まで引出電圧を昇圧72する。その後、定常運転73を行い、所定時間毎に電流が所定の再フラッシングのタイミングになったかを判定74し、再フラッシングのタイミングが来た時、引出電圧を停止75して再フラッシングを実行する。
【0036】
さらに、本高輝度安定領域では電子源表面の吸着ガスが少ないことから、従来の2000℃よりも低い温度のフラッシングで表面を清浄化できる。特に1500℃以下で低温にするほど、引出電圧を印加したままでもビルドアップが起こりづらく、熱電子の発生量も少ない。よって、電子線の照射を停止せず、観察を続けたままフラッシングを行うことが出来る。このときの電流の経時変化を図8に、フローチャートを図9に示す。図8図9において、図6図7と同じ数番は同一物、同一ステップを示す。図9において、76は1500℃以下のフラッシング(低温フラッシング)を示している。
【0037】
観察したままフラッシングする場合、電子線の試料表面への走査が一巡する時にフラッシングを行うことや、フラッシングの数秒間のみ観察像の取得を停止させることで、フラッシング時に生じる電流ノイズが観察像に影響するのを防ぎ、ユーザの利便性を向上させる。
【0038】
以上説明した本フラッシングを用いた観察方法は特許文献2の電流の減衰領域でフラッシングを行う方法に比べ、高輝度でエネルギー幅の狭い電子線を常に得ることができる。また、電流の減少速度が低く、電流は時間に関する二階微分が負、すなわち上に凸のグラフで表される変化をすることから、フラッシングの時間間隔を長くしても長期間安定した高い電流を得ることが出来る。
【0039】
さらに、低温のフラッシングをすることでビルドアップが起こりづらく、熱電子の発生も少なくなる。電子源が溶融しにくくなることから電子源の寿命がさらに延び、電子源が鈍化しないことから引出電圧も長期間一定の値で使用できる。また、従来2000℃のフラッシングをすることから使用できなかった、タングステンよりも融点の低いほかの材料の電子源を使うことが出来る。
【0040】
ユーザは図3に示した本実施例の装置の操作器19で指示することで、任意のタイミングでフラッシングをすることが出来る。また、引出電圧の印加を止め、観察を一度中止してからフラッシングをするか、観察したままフラシングするかは選択することができる。更に、フラッシングの強度は可変で選択でき、電子源表面に吸着しているガスの量に応じて使い分ける。電流検出部15でモニタリングした電流を表示器18に表示することで、ユーザはフラッシングのタイミングを推察しやすくなる。
【0041】
また、フラッシングをするタイミングは、制御器17が自動的に判定して表示器18に表示することでユーザに知らせることが出来る。タイミングを判定する基準の一つとして、図6に示したように電流検出部15で検出した電流I(t)が、放射直後の電流I(0)にあらかじめ定めたαを乗算した値αI(0)以下になった時にフラッシングを行う。αは典型的には0.8以上にすることで、ユーザは観察像の明るさの低下を意識せず使用することが出来る。特にαを0.95以上にすると電流の変動幅が小さくなり、図10に示したようにほぼ一定の電流を維持することができ、観察像の明るさは一定になる。
【0042】
その他の基準の一つとして、図6に示す、ある時間間隔tあたりの電流の減少割合
[I(t)−I(t+tc)]/I(t)があらかじめ定めた値β以上になった時にフラッシングを行う。高輝度安定領域での電流の時間変化を考慮すると、tが60分以下、βが0.01以上であれば電流変化が把握しやすい。特に0.05≧β≧0.01であれば、図10のように電流を一定に維持することが出来る。
【0043】
その他の基準の一つに、フラッシングからある一定時間tが経過した時に再度フラッシングを行う。典型的にはtが1時間以上であれば、ユーザの観察を妨げる可能性が低くなる。一方、tを1時間以下にした場合、電流の変動幅を小さくし、電流を一定に維持することが出来る。
【0044】
以上の判定に用いた電流値I(t)の代わりに、一定期間の電流の平均値を用いることも出来る。この場合、電流にのるノイズの影響なく判定ができる。また、全電流を元にタイミングを判定する場合、α、β、tなどの値は若干異なるが同様の基準で判定できる。
【0045】
上記の判定基準を用いて、制御器17を用いてフラッシングを自動化することで、ユーザの操作を必要とせずに高輝度安定領域を持続させ、ユーザの利便性が向上できる。さらに、自動化は分析SEMなどの長時間の観察が必要なSEMや、半導体製造工場などのインライン検査で長期間の無人運転が必要な測長SEMなどに適しており、本実施例を適用することで高分解能の装置を実現できる。
【0046】
また、適用する際は、上記のフラッシングのタイミングの他に、図3に示した試料14を交換する際や、試料上の観察位置を大きく移動する際などのタイミングが加わる。フラッシングを自動化するかは操作器19で選択できる。また、現在自動化しているかは表示器18に表示する。実際にフラッシングを行う数秒間の間は表示器18にフラッシングを行ったことを表示することで、ユーザに知らせることが出来る。
【0047】
高輝度安定領域でフラッシングを繰り返すと共に、わずかな電流の減少に合わせて制御器17が引出電圧を自動的に調整することで、電流を一定にすることができる。この場合、昇圧する電圧はわずかで済み、頻度も少なくて済む。昇圧に合わせて光学系の軸調整が必要になるが、この調整も制御器17がおこなう。
【0048】
本実施例のその他の使用方法として、電子源4をフラッシング電源16により定常的に加熱し続けることで、高輝度安定領域の持続時間を長くする。これは電子源の温度が高くなることで表面にガスが吸着する確率が低下するからである。高輝度安定領域が長時間になることで、引出電圧の昇圧や再フラッシングの頻度が低減する。定常的な加熱の場合、加熱温度を1500℃以下、特に100℃〜1000℃にすることで、ビルドアップや熱電子の放出がおこらず、安定した電流を得ることが出来る。また、電子源を1500℃以上で加熱した場合、ビルドアップで電子源先端に突起物が生じるが、真空度が向上しているので、電流変動は小さくすることが出来る。
【0049】
本実施例では電子源に<310>結晶方位のタングステンを用いたが、その他の結晶方位、例えば<111>などの低仕事関数面でも同様の効果を得ることが出来る。また同じ電界放射を用いる電子源でも同様の効果を得ることができ、電子源にLaB、カーボン繊維などの異なる材料を用いても良い。またフラッシング方法は本実施例で述べた通電による加熱以外にも、電子源表面の吸着ガスを除去する方法ならば代替可能である。例えば、熱電子を放出する新たなフィラメントを電子銃室6内に設け、このフィラメントから電子源4に熱電子を照射して行う方法や電界蒸発法でも行うことが出来る。さらに他の方法として、レーザなどの光源を設けて電子源4に照射する方法や、電子銃室6内にガス導入器を設け、電子源4に水素または、ヘリウム、アルゴンなどの希ガスを照射する方法でも出来る。
【0050】
以上のように本実施例によって、高輝度でエネルギー幅の狭い電子線を安定して得ることができる。さらにフラッシングを繰り返し、かつ加熱温度を低くすることで、観察を中断することなく、持続的に高輝度安定領域を利用することができる。この電子線を用いることで高分解能観察を長期間行える荷電粒子線装置が提供できる。
【実施例2】
【0051】
続いて、図11−16に基づき第2の実施例を説明する。本実施例はガス吸着層の形成部を備え、減衰領域の時間を短縮し、かつ従来よりも安定した安定領域の電流を得ることを特徴とする荷電粒子線装置について説明する。
【0052】
図11に第2実施例の荷電粒子線装置であるSEMの全体構成を示す。本実施例での放射電流の経時変化を図12に、操作のフローチャートを図13に示す。図13において、77はガス吸着層の形成ステップを示す他、図7と同一番号は同一ステップを示す。
【0053】
装置の構成は実施例1とほぼ同様であるが、ガス吸着層の形成部としてNEGポンプバルブ34を介してNEGポンプ23を電子銃室6に接続する構成をもつ。本実施例では、まず電子源4をフラッシング電源16で表面にガス吸着層がなくなるまでフラッシングし、その後、高圧電源33で引出電極11に引出電圧を印加して電子線10を照射する。放射直後の減衰領域の期間のみ、制御器17でNEGポンプバルブ34を半開、または閉じてNEGポンプ23の排気速度を低下させ、電子銃室6の真空圧力を一時的に上昇させる。同時にイオンポンプ20の排気速度を低下させることで、さらにガス吸着を促進することができる。このときの電子銃室圧力は典型的には1×10−8から1×10−4Pa、より好適には1×10−7Paから1×10−5Paである。圧力の上昇によって電子源表面に短時間でガス吸着層が形成され、電流は安定領域になる。その後、NEGポンプバルブ34を開き、電子銃室6の圧力を再び1×10−8Pa以下、特に1×10−9Pa以下に維持する。引出電圧を再度昇圧して電流を所定の大きさにしてから、安定領域での観察を行う。電流のノイズが大きくなった場合、電子線の照射を停止してからフラッシングを行う。フラッシング後、再度電子線の照射とガス吸着層の形成を行い、再び安定領域の電流を得る。
【0054】
本実施例によって短い待ち時間で安定領域の電流を使用することができる。さらに、安定領域では従来よりも電子源まわりの真空圧力が低いことから、より減少速度が小さく、低ノイズで持続時間が長い安定領域の電流を得ることができる。安定領域の持続時間は10−9〜10−10Pa台でおよそ数十から数百時間であり、従来の数時間よりも長い。減少速度が小さいことから、電流は長時間高い電流を維持し、引出電圧を昇圧する機会は減少する。また、電流にノイズが生じる時期も延長するので、フラッシングする頻度も低減する。このように観察を中断する操作が少なくなり、ユーザの利便性は向上する。また、フラッシング頻度の低減は電子源の寿命を延長させる。
【0055】
ユーザは操作器19で指示することで、任意のタイミングでフラッシングと上記ガス吸着層の形成を行うことができる。ガス吸着の期間が長いと電子源表面に過剰にガスが吸着するので、ガス吸着を終えるタイミングを制御器17が判定して表示器18に表示し、ユーザに知らせるができる。さらに、ユーザは制御器17がガス吸着層の形成を自動的に行うかを選択できる。自動化した場合、ガス吸着はフラッシング後すぐに開始され、ガス吸着は制御器17が判定したタイミングで終了する。
【0056】
ガス吸着を終えるタイミングの基準として、電流検出部15で検出した電流I(t)が、放射直後の電流I(0)にあらかじめ定めたγを乗算した値γI(0)以下になった場合に行う。γは典型的には0.2以下にすることで減少速度が低い電流を得ることができ、特にγを0.1以下にすることでより減少速度が低い電流を得ることができる。
【0057】
その他の基準の一つとして、図12に示すある時間間隔tあたりの電流の減少割合
[I(t)−I(t+ts)]/I(t)があらかじめ定めた値ε以下になる場合に行う。典型的にはtは5分以下であれば評価しやすく、このときεは0.05以下であると良い。
【0058】
その他の基準の一つとして、ガス吸着を開始してからからある一定時間tが経過した場合に行う。典型的にはtは10分以下であれば、表面にガス吸着層が形成する。なお、この方法は電子線の照射を行わなくても用いることが出来る。この場合、電流の経時変化は図14のようになり、ガス吸着層の形成を終えて、電子銃室6の圧力が1×10−8Pa以下になってから電子線10の放射を始める。
【0059】
安定領域になってから一定時間が経過すると、電流にノイズが発生し始める。この場合、再度フラッシングを行って電子源表面を清浄化する必要がある。実施例1と同様に、フラッシングはユーザ任意のタイミングで行えるが、タイミングを制御器17が判定し、これを表示器18に表示してユーザに知らせることも出来る。またフラッシングは操作器19を通して、制御器17で自動化するか選択出来る。
【0060】
タイミングを判定する基準の一つとして、図12の時間t当たりの電流について、電流の最大値Imaxと電流の最小値Iminの差(Imax−Imin)をその平均で割った変動率
(Imax−Imin)/[(Imax+Imin)/2]が所定の値ζよりも大きくなる場合に行う。観察像が悪化しない条件として、典型的にはtは5分以下にし、ζは0.1以下を用いる。
【0061】
その他の基準の一つとして、フラッシングしてから時間tの経過後の場合がある。安定領域の持続時間を考慮すると、典型的にはtは数日以上である。
【0062】
以上のガス吸着を終えるタイミングとフラッシングのタイミングは全電流を用いても判定でき、γ、ε、t、tiなどの値は若干変わるものの同様に行うことができる。
【0063】
制御器17がガス吸着層の形成と再フラッシングを自動的に行うことで、ユーザの操作を必要とせずに、安定領域のみを数日から数ヶ月単位で持続的に使用することが出来る。
【0064】
また、わずかな電流の減少に合わせて制御器17が引出電圧を自動で調整することで、電流を一定にすることができる。この場合、昇圧する電圧はわずかで済み、頻度も少なくて済む。昇圧に合わせて光学系の軸調整が必要になるが、この調整も制御器17がおこなう。自動化によってユーザの利便性が向上するだけでなく、分析SEMなどの長時間の観察が必要なSEMや、半導体製造工場などのインライン検査で用いられる測長SEMなどにFE電子銃を適用でき、従来よりも高分解能化できる。
【0065】
適用した場合の再フラッシングとガス吸着を行うタイミングは上記に加え、試料を交換する際や、SEMの定期メンテナンス時などが加わる。現在自動化しているかは表示器18に表示することでユーザに知らせる。また、実際にフラッシングやガス吸着を行う間は表示器18に実施中であることを表示する。
【0066】
本実施例では減衰領域の期間に、真空排気部の排気速度を低下させ、電子源表面にガス吸着層を形成させることで、短い待ち時間で安定領域の電流を得た。さらに図15に示したように電子銃室6にガス導入器35を設け、電子源表面にガスを吹き付けることで、ガス吸着層の形成を促進することができる。
【0067】
ガス導入器35は以下のように用いる。電子源4をフラッシングで清浄化してから、電子線10を照射する。ガス導入器35から電子源4に向けて、水素、酸素、二酸化炭素、またはメタンなどのガスを導入し、表面に吸着させる。ガスの導入方法として、一定量のガスを導入し続ける方法と、断続的にガスを導入する方法がある。ガス導入と同時に、NEGポンプ23やイオンポンプ20の排気速度を低下させることでガスの吸着を促進することができる。一方、排気速度を低下させないことでガス導入器35から導入したガスをより選択的に電子源表面にガス吸着層として形成させることが出来る。ガス導入によって電子源4の表面にガス吸着層が形成し、電流は速やかに減衰して安定領域になる。その後、ガスの導入を止め、電子銃室を1×10−8Pa以下、特に1×10−9Pa以下に保つ。引出電圧の昇圧2を行って放射電流を上昇させてから、安定領域での観察を行う。電流にノイズが発生し始めたら、引出電圧の印加を止め、電子線の照射を停止してからフラッシングを行う。フラッシング後、再度電子線の照射とガス吸着層の形成を行い、再び安定領域の電流を得る。
【0068】
ガスを導入する期間とタイミングは、上記のガス吸着層の形成で述べたものと同様である。また、フラッシングと合わせて制御器17を用いて自動化することもできる。さらに、ユーザは操作器19を使って任意のタイミングで任意の量のガスを導入することも出来る。
【0069】
その他の電子源にガスを吹き付ける手段の他の例として、図16に示したように電子銃室6にガス吸蔵物36を設け、電子源表面にガスを吹き付けることで、ガス吸着層の形成を促進させる方法がある。
【0070】
ガス吸蔵物36もガス導入器35と同様に、内部からガスを放出させ、ガス吸着層の形成を促進させるために用いる。ガス吸蔵物36は内部に水素などのガスを貯蔵する材料であり、加熱などの処理をすることで、この貯蔵されたガスを放出する。ガス吸蔵物36を設置する代わりに、NEGポンプ23を加熱し、ここからガス放出させることも出来る。NEGポンプは水素を内部に取り込む真空ポンプであるが、加熱をすることでこの水素を放出する。加熱部23を制御器17で制御することで、NEGポンプ23のみでガス吸着層の形成を行うことができる。
【0071】
その他の電子源にガスを吹き付ける手段の他の例として、電子銃内の部品、またはその一部を加熱し、部品からのガス放出を促進することでガス吸着層を形成させることができる。
【0072】
ガスを放出する期間とタイミングは上記ガス吸着層の形成の仕方で述べたものと同様であり、フラッシングと合わせて制御器17を用いて自動化することもできる。また、ユーザは操作器19を使って任意のタイミングで任意の量のガスを放出させることも出来る。
【0073】
ガス導入器35やガス吸蔵物36などを設けることで、電子源近傍の局所的な部分に多くのガスが存在することになり、より短期間に電子源表面に吸着層を形成することが出来る。また、電子銃室全体の圧力の上昇を抑えながら、吸着層を形成することが出来る。さらに、特定のガスのみを導入することで、表面のガス吸着層の組成を選択することが出来る。
【0074】
本実施例によって、従来よりも減少速度が低く、低いノイズの電子線を短い待ち時間で得ることができる。この電子線を用いることで長時間電流が安定し、かつ引出電圧の昇圧やフラッシングをする頻度を低減した荷電粒子線装置が提供できる。
【実施例3】
【0075】
続いて、図17を用いて第3の実施例を説明する。
【0076】
第3の実施例では電子源のフラッシング時に水素ガスを吹き付け、低温のフラッシングで電子源表面を清浄化することを特徴とする荷電粒子線装置について説明する。実施例2に記載のガス導入器35、またはガス吸蔵物36を備えたSEMにおいて、水素を電子源4に吹き付けながらフラッシングを行うことで、従来よりも低い温度、典型的には1800℃以下であり、限定的には1500℃以下のフラッシングで電子源を清浄化することができる。これは従来2000℃程度に加熱しなければ除去できなかった炭素系の吸着ガスを、導入した水素が化学的に活性にさせ、低温でも表面から脱離させるからである。
【0077】
フラッシング時の加熱温度が低くなることで、電子源の先端が鈍化しにくくなり、電子源の寿命が延びる。また、電子線を放射させる際の引出電圧も固定することができ、光学系の軸調整が不要になる。さらに、これまでフラッシングの温度が高いために融点の高いタングステンなどの電子源しか用いることができなかったが、低温のフラッシングが可能になることで融点の低い材料の電子源を用いることが出来る。
【0078】
本実施例は実施例1で述べた高輝度安定領域をフラッシングで持続させる方法に適用することで、より効果的に電子源先端の鈍化を防ぐことが出来る。このときの電流の経時変化を図17に示す。前述のように高輝度安定領域において、1500℃以下の低温のフラッシングを繰り返すことで、観察を続けながら高輝度安定領域を持続的に使用することができる。長時間経過すると電子源表面に炭素系のガスが吸着し始め、この炭素系の吸着ガスは1500℃のフラッシングでは除去することができない。このとき一度観察を停止し、電子源に水素ガスを導入しながら1500℃以下のフラッシングを行うことで炭素系のガスを除去することが出来る。電子源のフラッシングを常に1500℃以下にできるので、電子源先端の鈍化が抑制される。
【0079】
上述した実施例1から3ではSEMに適用した例を示してきたが、本発明はFE銃単体としてや、TEM、走査透過電子顕微鏡、分析装置などの他の荷電粒子線装置に適用しても同様の効果を得ることが出来る。
【0080】
以上、請求項に記載された以外の主要な本願発明のポイントを概略すると下記の通りである。
【0081】
荷電粒子線装置が、加熱部の制御部を備え、電界放射電子源から放射される電子線の電流I(t)の初期値I(0)に対して、電子線の電流がαI(0)になった時に電界放射電子源の加熱を行い、かつα≧0.95であることを特徴とする荷電粒子線装置。
【0082】
荷電粒子線装置における電界放射電子源の加熱温度が1500℃以下であることを特徴とする荷電粒子線装置。
【0083】
荷電粒子線装置が、電界放射電子源の加熱部を備え、電界放射電子源を定常的に100℃から1000℃に加熱し続けながら、前記電界放射電子源から電子線を放射させることを特徴とする荷電粒子線装置。
【0084】
荷電粒子線装置が、加熱部の制御部を備え、電界放射電子源を加熱してから一定時間が経過する度に再度電界放射電子源の加熱を行うことを特徴とする荷電粒子線装置。
【0085】
荷電粒子線装置が、ガス吸着層形成部の制御部と、電界放射電子源から放射する電子線の電流の検出部とを備え、電界放射電子源から放射される電子線の電流I(t)の初期値I(0)に対して、電子線の電流がγI(0)になった時に電界放射電子源表面のガス吸着層の形成を終了し、かつγ≦0.2であり、特にγ≦0.1であることを特徴とする荷電粒子線装置。
【0086】
荷電粒子線装置が、ガス吸着層形成部の制御部と、電界放射電子源から放射する電子線の電流の検出部とを備え、電界放射電子源から放射される電子線の電流I(t)に対して、時間間隔tあたりの電流の減少割合[I(t)−I(t+ts)]/I(t)があらかじめ定めた値ε以上になった時に、電界放射電子源のガス吸着層の形成を終了し、かつt≦5分であり、ε≦0.05であることを特徴とする荷電粒子線装置。
【0087】
荷電粒子線装置が、ガス吸着層形成部の制御部を備え、電界放射電子源を加熱してから一定時間の経過後に電界放射電子源のガス吸着層の形成を終了することを特徴とする荷電粒子線装置。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は電界放射電子銃を備えた電子顕微鏡等の荷電粒子線装置に関し、特に、電子線の電流を安定にした荷電粒子線装置、及びその制御方法として有用である。
【符号の説明】
【0089】
1…フラッシング、2…引出電圧の昇圧、3…引出電圧の停止、4…電子源、5…フィラメント、6…電子銃室、7…第一中間室、8…第二中間室、9…試料室、10…電子線、11…引出電極、12…加速電極、13…対物レンズ、14…試料、15…電流検出部、16…フラッシング電源、17…制御器、18…表示器、19…操作器、20…イオンポンプ、21、22…イオンポンプ、23…非蒸発ゲッター(NEG)ポンプ、24…NEG加熱部、25…ターボ分子ポンプ、26…試料台、27、28、29…粗排気バルブ、30…電子銃加熱部、31…絞り電極、32…放出電子検出部、33…高圧電源、34…NEGポンプバルブ、35…ガス導入器、36…ガス吸蔵物。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17