特許第6232814号(P6232814)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱レイヨン株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6232814
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】アクリル繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/18 20060101AFI20171113BHJP
   D06M 15/643 20060101ALI20171113BHJP
【FI】
   D01F6/18 E
   D06M15/643
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-162224(P2013-162224)
(22)【出願日】2013年8月5日
(65)【公開番号】特開2015-30943(P2015-30943A)
(43)【公開日】2015年2月16日
【審査請求日】2016年5月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】吉森 友孝
(72)【発明者】
【氏名】廣田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】藤井 泰行
【審査官】 春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−146681(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/143680(WO,A1)
【文献】 特開平11−036135(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00− 6/96, 9/00− 9/04
D06M 13/00− 15/715
D01F 11/00− 13/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル系重合体を凝固液中で紡糸して凝固糸を得る工程と、
前記凝固糸を熱水中で延伸して膨潤糸を得る工程と、
前記膨潤糸に油剤を付与する工程と、
油剤の付与された前記膨潤糸を乾燥する工程と、
をこの順で含むアクリル繊維の製造方法であって、
前記膨潤糸に油剤を付与する工程において、前記油剤を付与する膨潤糸の細孔径分布の領域と、前記油剤の粒度分布の領域との重なる領域が、前記細孔径分布の領域に対して30%以下であり、
前記油剤を付与する膨潤糸の平均細孔径が、前記油剤の平均粒子径よりも小さく、
前記平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計が、油剤全体の体積に対して5%以下であり、
前記膨潤糸を得る工程において、前記熱水の温度が50〜98℃であり、前記凝固糸の熱水中の滞在時間が1秒以上5秒以下であるアクリル繊維の製造方法。
【請求項2】
前記膨潤糸を得る工程において、熱水中での延伸倍率が0.9倍以上2.0倍以下である請求項1に記載のアクリル繊維の製造方法。
【請求項3】
前記油剤がシリコーン系油剤である請求項1又は2に記載のアクリル繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアクリル繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は航空機、ゴルフシャフトや釣り竿等のスポーツ用品に使用されている。また、炭素繊維は一般産業用の繊維強化複合材料の強化材としても広く使用されている。前記炭素繊維の中でも、アクリル繊維を焼成することで得られる炭素繊維は、機械的特性に優れるため、今後の用途展開がますます拡大していくと予想される。一方、用途展開の拡大に伴い、品位の優れた炭素繊維を製造するとともに、工程通過性の優れたアクリル繊維を製造することが望まれている。
【0003】
このような要求に対し、例えば特許文献1には炭素繊維及び同炭素繊維前駆体糸条の製造方法が開示されている。特許文献1には、炭素繊維用前駆体繊維の製造において行われる、油剤が乳化されたエマルジョンを用いて油剤を繊維に付着させる油剤付着方法において、油剤を付着する繊維に存在する細孔の平均半径をD1とし、エマルジョン中の油剤の平均粒径直径をD2としたときに、D1<D2/2とすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−146681号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示された発明は、油剤を付着する繊維に存在する細孔の半径の平均値と、油剤粒径直径の平均値との関係を規定したものであり、それぞれの分布の形状によって油剤の繊維に対する浸透状態は大きく異なる。そのため、該規定の範囲内においても繊維内部への油剤の浸透量が多くなり、焼成工程において繊維内部に残った油剤により欠陥点が発生し、強度等の品質が低下する課題がある。また、焼成工程における工程通過性が不十分である。
【0006】
本発明の目的は、高強度の炭素繊維を提供し、また、工程通過性が優れるアクリル繊維の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の[1]から[]に係る発明である。
【0008】
[1]アクリロニトリル系重合体を凝固液中で紡糸して凝固糸を得る工程と、
前記凝固糸を熱水中で延伸して膨潤糸を得る工程と、
前記膨潤糸に油剤を付与する工程と、
油剤の付与された前記膨潤糸を乾燥する工程と、
をこの順で含むアクリル繊維の製造方法であって、
前記膨潤糸に油剤を付与する工程において、前記油剤を付与する膨潤糸の細孔径分布の領域と、前記油剤の粒度分布の領域との重なる領域が、前記細孔径分布の領域に対して30%以下であり、
前記油剤を付与する膨潤糸の平均細孔径が、前記油剤の平均粒子径よりも小さく、
前記平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計が、油剤全体の体積に対して5%以下であり、
前記膨潤糸を得る工程において、前記熱水の温度が50〜98℃であり、前記凝固糸の熱水中の滞在時間が1秒以上5秒以下であるアクリル繊維の製造方法。
【0010】
]前記膨潤糸を得る工程において、熱水中での延伸倍率が0.9倍以上2.0倍以下である[1]に記載のアクリル繊維の製造方法。
【0011】
]前記油剤がシリコーン系油剤である[1]又は[2]に記載のアクリル繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る方法により得られるアクリル繊維を用いることで、高強度の炭素繊維を提供することができ、また、該アクリル繊維は工程通過性が優れる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るアクリル繊維の製造方法は、アクリロニトリル系重合体を凝固液中で紡糸して凝固糸を得る工程と、前記凝固糸を熱水中で延伸して膨潤糸を得る工程と、前記膨潤糸に油剤を付与する工程と、油剤の付与された前記膨潤糸を乾燥する工程と、をこの順で含むアクリル繊維の製造方法であって、前記膨潤糸に油剤を付与する工程において、前記油剤を付与する膨潤糸の細孔径分布の領域と、前記油剤の粒度分布の領域との重なる領域が、前記細孔径分布の領域に対して30%以下であり、前記油剤を付与する膨潤糸の平均細孔径が、前記油剤の平均粒子径よりも小さく、前記平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計が、油剤全体の体積に対して5%以下である。
【0014】
本発明では、(1)油剤を付与する膨潤糸の細孔径分布の領域と、油剤の粒度分布の領域との重なる領域が、前記細孔径分布の領域に対して30%以下であること、(2)油剤を付与する膨潤糸の平均細孔径が、油剤の平均粒子径よりも小さいこと、(3)膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計が、油剤全体の体積に対して5%以下であること、により、繊維内部への油剤の浸透を十分に抑えることができる。これにより、焼成工程で繊維内部に残った油剤による欠陥点の発生を防ぐことができ、その結果、強度等の機械物性に優れた炭素繊維を得ることができる。また、欠陥点が発生しないため、焼成工程通過性に優れる。以下、本発明の実施形態の詳細を説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0015】
(凝固糸の製造工程)
本発明では、まず、アクリロニトリル系重合体を凝固液中で紡糸して凝固糸を得る。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル単位を95質量%以上含有することが好ましい。該アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルと共重合可能な他の単量体の単位を1種類または2種類以上含有してもよい。該アクリロニトリルと共重合可能な単量体としては、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル;塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル;(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の不飽和カルボン酸及びそれらの塩;マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニル;スチレンスルホン酸ナトリウム、アリルスルホン酸ナトリウム、β−スチレンスルホン酸ナトリウム、メタアリルスルホン酸ナトリウム等のスルホン基を含む重合性不飽和単量体;2−ビニルピリジン、2−メチル−5−ビニルピリジン等のピリジン基を含む重合性不飽和単量体等が挙げられる。該アクリロニトリル系重合体は、水溶液中におけるレドックス重合、溶液中における溶液重合、分散剤を使用した乳化重合等によって得ることができる。重合によって得られたアクリロニトリル系重合体中に含まれる、未反応モノマー、重合触媒残留物、その他の不純物等は除去されることが好ましい。
【0016】
アクリロニトリル系重合体を溶解する溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤や、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウム等の無機化合物の水溶液が挙げられる。これらは一種を用いてもよく、二種以上を併用してもよい。該溶剤としては、得られるアクリル繊維が金属を含有せず、工程が簡略化される観点から有機溶剤が好ましく、その中でも再利用しやすい観点からジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミドが好ましい。
【0017】
紡糸原液を調製する際には、重合体濃度が17〜25質量%となるように、前記アクリロニトリル系重合体を前記溶剤に溶解させることが好ましい。該重合体濃度は19質量%以上、24質量%以下がより好ましい。該重合体濃度が17質量%以上であれば、後述する紡糸工程にて、繊維内部が緻密である凝固糸を得ることができる。一方、重合体濃度が25質量%以下であれば、紡糸原液の粘度が適度であり紡糸安定性が優れる。
【0018】
紡糸方法としては、紡糸口金を凝固浴中へ浸漬して、吐出される紡糸原液を凝固する湿式紡糸法と、紡糸口金を凝固液液面に対し上方に設置して、吐出された紡糸原液を、一旦紡糸口金と凝固液液面との間にある気体層を通過させてから凝固液の中に導入し、凝固を進める乾湿式紡糸法とが挙げられる。本発明においては、いずれの紡糸方法も用いることができるが、総延伸倍率を高くしても紡糸安定性に優れる観点から、乾湿式紡糸法が好ましい。
【0019】
紡糸原液を押し出すための紡糸口金は、吐出孔を備える。該吐出孔の孔径は、所望のアクリル繊維の繊維径になるように適宜設定することができるが、0.02〜0.5mmであることが好ましい。該孔径が0.02mm以上であれば、吐出された糸同士の接着が起こりにくいため、均質性に優れたアクリル繊維を得ることができる。一方、該孔径が0.5mm以下であれば、紡糸糸切れの発生が抑制され、紡糸安定性が維持できる。該孔径は0.05〜0.4mmであることがより好ましい。
【0020】
凝固浴中の有機溶剤溶液に含まれる有機溶剤としては、例えば、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等が挙げられる。これらは一種を用いてもよく、二種以上を併用してもよい。凝固浴中の有機溶剤溶液に含まれる有機溶剤は、紡糸原液の溶剤として用いられる有機溶剤と同じであることが好ましい。
【0021】
凝固浴の有機溶剤濃度は、50〜90質量%であることが好ましい。有機溶剤濃度が50質量%以上であれば、ドラフトが必要以上にかかり過ぎるのを抑制できるため、糸切れの発生を防止できる。一方、有機溶剤濃度が90質量%以下であれば、紡糸原液が十分に凝固して容易に凝固糸が形成される。該有機溶剤濃度は、60〜85質量%であることがより好ましい。
【0022】
凝固液の温度は、0〜30℃であることが好ましい。該温度が0℃以上であれば、紡糸原液が十分に凝固して容易に凝固糸が形成される。一方、該温度が30℃以下であれば、ドラフトが必要以上にかかりすぎるのを抑制できるため、糸切れの発生を防止できる。該凝固液の温度は、5〜20℃であることがより好ましい。
【0023】
紡糸ドラフトは、2〜8倍であることが好ましい。紡糸ドラフトが2倍以上であれば、紡糸安定性が向上し、総延伸倍率を高くすることができる。一方、紡糸ドラフトが8倍以下であれば、ドラフトが必要以上にかかり過ぎるのを抑制できるため、糸切れの発生を防止できる。ここで、紡糸ドラフトとは、紡糸糸条が紡糸口金を離れて最初に接触する駆動源を持ったローラーの表面速度(凝固糸の巻き取り速度)を、紡糸口金からの吐出線速度で割った値を示す。また、吐出線速度とは、紡糸糸条が紡糸口金から吐出されるときの流量を紡糸口金のノズル孔面積で割った値を示す。
【0024】
(膨潤糸の製造工程)
次に、得られた凝固糸を熱水中で延伸して膨潤糸を得る。例えば、前記紡糸ドラフトの後、延伸槽内を通して凝固糸を凝固させながら延伸する。凝固糸は少なくとも熱水中で延伸されればよいが、第一延伸の後、洗浄が行われ、その後第二延伸が施されることが紡糸安定性や高強度のCFを製造する観点から好ましい。
【0025】
第一延伸工程は、凝固浴中または熱水中で行うことができる。空気中で延伸することもできるが、延伸を凝固浴中または熱水中で行うことにより、凝固糸の凝固を促進しながら延伸することができ、紡糸安定性が向上する。凝固浴または熱水の温度は30〜80℃とすることができる。また、凝固浴中または熱水中での延伸倍率は1.5〜3.5倍とすることができる。
【0026】
洗浄方法は公知の方法を採用できる。また、洗浄工程で使用する洗浄液としては、水などが挙げられる。また、洗浄液として水を用いる場合には、水の温度については特に制限されず、冷水、温水、沸水などいずれを用いてもよい。
【0027】
第二延伸工程は熱水中で行う。該熱水の温度は50〜98℃であることが好ましい。該熱水の温度が50℃以上であると、膨潤糸の細孔径を安定的に小さくすることができる。一方、該熱水の温度が98℃以下であると、温度設定が容易であり紡糸安定性が向上する。該熱水の温度は55〜98℃がより好ましく、60〜96℃がさらに好ましい。
【0028】
第二延伸工程における凝固糸の熱水中の滞在時間は1.0〜5.0秒であることが好ましい。該滞在時間が1秒以上であると、膨潤糸の細孔径を安定的に小さくすることができる。一方、該滞在時間が5秒以下であると、通過速度を早くすることになるため生産性が向上する。該滞在時間は1.0〜4.0秒がより好ましく、1.2〜3.5秒がさらに好ましい。
【0029】
第二延伸工程における熱水中での延伸倍率は0.9〜2.0倍であることが好ましい。該延伸倍率が0.9倍以上であると、槽内で走行する糸が弛まずに安定することから、隣接して走行する糸に干渉することなく工程通過性が向上する。一方、該延伸倍率が2.0倍以下であると、槽内での張力を抑えることができ、焼成工程通過性が向上する。該延伸倍率は0.9〜1.8倍がより好ましく、0.9〜1.5倍がさらに好ましい。ここで、延伸倍率とは、延伸工程前後にある回転ロールの回転数の比から求められる値である。
【0030】
このように、第二延伸工程における熱水の温度、滞在時間および延伸倍率を制御することにより、膨潤糸の細孔径分布を制御することができる。なお、本発明に係る方法では、必ずしも第一延伸工程および洗浄を行う必要はなく、少なくとも第二延伸工程が行われていればよい。
【0031】
また、得られる膨潤糸の平均細孔径は0.01〜0.05μmであることが好ましい。該平均細孔径が0.05μm以下であると、後述する乾燥緻密化処理を行う際に開孔部が部分的に残ることがないため、欠陥点が存在せず、高強度の炭素繊維を得ることができる。一方、平均細孔径が0.01μm以上であると、油剤が均一に付着するため、繊維同士が接着することがなくなり、焼成工程通過性が向上する。該平均細孔径は0.015〜0.045μmであることがより好ましく、0.02〜0.04μmであることがさらに好ましい。なお、該平均細孔径は後述する方法により測定される値である。
【0032】
(油剤の付与工程)
次に、得られた膨潤糸に油剤を付与する。これらは一種を用いてもよく、二種以上を併用してもよい。これらの中でも、繊維内部にシリコーン系油剤が残留した場合、焼成工程においてケイ素成分が欠陥点となりやすいため、本発明の効果をより得られる観点から、油剤としてはシリコーン系油剤が好ましい。シリコーン系油剤としては、例えば、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、ポリエーテル変性シリコーン等を用いることができ、低シリコーン油剤も用いることができる。
【0033】
本発明では、油剤を付与する膨潤糸の細孔径分布の領域と、油剤の粒度分布の領域との重なる領域が、前記細孔径分布の領域に対して30%以下である。この割合が30%以下であることにより、繊維内部への油剤の浸透を抑えることができ、後述する焼成工程において繊維内部に残った油剤による欠陥点の発生を抑制することができる。該割合は20%以下が好ましく、12%以下がより好ましく、6%以下がさらに好ましい。なお、該割合は小さいほど好ましく、0%であってもよい。また、該割合は後述する方法により算出される値である。
【0034】
また、本発明では、油剤を付与する膨潤糸の平均細孔径は、油剤の平均粒子径よりも小さい。これにより、繊維内部への油剤の浸透を抑えることができ、後述する焼成工程において繊維内部に残った油剤による欠陥点の発生を抑制することができる。油剤を付与する膨潤糸の平均細孔径は、油剤の平均粒子径の50%以下であることが好ましく、30%以下であることがより好ましい。油剤の平均粒子径は、工程通過性の観点から0.05〜0.35μmが好ましく、0.07〜0.35μmがより好ましく、0.10〜0.30μmがさらに好ましい。なお、該平均粒子径は後述する方法により測定される値である。
【0035】
さらに、本発明では、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計が、油剤全体の体積に対して5%以下である。この割合が5%以下であることにより、繊維内部への油剤の浸透を抑えることができ、後述する焼成工程において繊維内部に残った油剤による欠陥点の発生を抑制することができる。該割合は3%以下が好ましく、2%以下がより好ましく、1%以下がさらに好ましい。なお、該割合は小さいほど好ましく、0%であってもよい。また、該割合は後述する方法により算出される値である。
【0036】
油剤の付与方法としては特に限定されないが、例えばディップニップ方式、タッチロール方式等が挙げられる。
【0037】
(乾燥工程)
次に、油剤の付与された膨潤糸を乾燥する。該処理により繊維が緻密化される。乾燥緻密化の方法としては、例えば、複数の加熱ローラーに油剤の付与された膨潤糸を接触させる方法が挙げられる。
【0038】
前記乾燥緻密化後の繊維束に対して、熱延伸処理を行うことができる。該熱延伸処理は、加熱した熱板上に繊維束を接触走行させて繊維束に熱を直接伝えることによって、繊維束の可塑化を促進させて延伸する熱板延伸方法により行うことができる。また、該熱延伸処理は、加圧スチーム中で、熱と水(水蒸気)により、繊維束の可塑化を促進させて延伸するスチーム延伸方法により行うこともできる。該熱延伸処理における延伸倍率は2倍以上が好ましく、2.5倍以上がより好ましい。
【0039】
以上の工程により、アクリル繊維を得ることができる。該アクリル繊維は、後述するように炭素繊維前駆体アクリル繊維として用いることができる。
【0040】
(焼成工程)
本発明に係る方法により得られるアクリル繊維を焼成することにより、炭素繊維を得ることができる。焼成方法としては、例えば耐炎化処理、炭素化処理をこの順で行う方法が挙げられる。耐炎化処理としては、例えば本発明に係る方法により得られるアクリル繊維を、220〜270℃の熱風耐炎炉内を通過させることで行うことができる。耐炎化処理は、空気、酸素、二酸化炭素、塩化水素などの各酸化性雰囲気下で行うことができるが、空気雰囲気下が低コストであるため好ましい。
【0041】
炭素化処理としては、例えば前記耐炎化処理で得られた耐炎化繊維を不活性雰囲気中で炭素化することにより行うことができる。炭素化処理の温度は、得られる炭素繊維の性能が向上する観点から、1000℃以上が好ましく、1200℃以上がより好ましい。必要に応じて、該炭素化処理により得られる炭素繊維をさらに2000℃以上で炭化して、黒鉛化繊維とすることもできる。この処理は、例えば窒素雰囲気下で行うことができる。
【0042】
以上の方法により得られる炭素繊維は、電解液中で電解酸化処理を施したり、気相又は液相で酸化処理を施したりすることにより、炭素繊維の表面に酸素を含む官能基を導入し、複合材料における炭素繊維とマトリックス樹脂との親和性および接着性を高めることができる。また、前記炭素繊維はマトリックス樹脂と組み合わせて、中間基材であるプリプレグや、最終生産品である複合成形品とすることができる。マトリックス樹脂としては、特に限定されないが、例えばエポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ビスマレイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアミド樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂(acrylonitrile butadiene styrene copolymer)などが挙げられる。これらは一種を用いてもよく、二種以上を併用してもよい。また、マトリックス樹脂に対し、セメント、金属、セラミックスなどを混合してもよい。
【実施例】
【0043】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0044】
<膨潤糸の細孔径分布および平均細孔径>
油剤付与前に採取した膨潤糸を以下の方法で乾燥処理した。膨潤糸が乾燥工程で収縮変形しないように膨潤糸を定長に固定し、水/t−ブタノールの混合比(質量比)が80/20、50/50、0/100の混合液に30分ずつ順次浸漬して、膨潤糸に含まれる溶剤をt−ブタノールで置換した。次いで、この膨潤糸試料をフラスコに入れ、液体窒素中で急速凍結した後、試料温度を−30〜−20℃に保ちながら100Paの減圧下で24〜27時間凍結乾燥した。凍結乾燥した膨潤糸試料束をカミソリで約10mmに切断して約0.15g秤量し、水銀ポロシメーター(製品名:オートポアIV、(株)島津製作所製)により大気圧〜最高圧力30,000psiaの条件で細孔分布を測定した。また、該測定において、細孔径に対応する細孔体積の積算値が50%に相当するときの細孔径を膨潤糸の平均細孔径とした。
【0045】
<油剤の粒度分布および平均粒子径>
油剤の粒度分布は、乾式粒度分布測定装置(製品名:LA−910、(株)堀場製作所製)を用いて測定した。また、該測定において、メジアン径を油剤の平均粒子径とした。
【0046】
<膨潤糸の細孔径分布と油剤の粒度分布とが重なる領域の割合>
前記方法により測定した膨潤糸の細孔径分布と油剤の粒度分布とを同一のグラフに表示した。これを画像解析ソフト(製品名:QuickGrain Standard、(株)イノテック製)にて解析し、膨潤糸の細孔径分布の全体領域に対する、膨潤糸の細孔径分布と油剤の粒度分布との重なる領域の割合を算出した。
【0047】
<膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合>
前記方法により測定した膨潤糸の細孔径分布と油剤の粒度分布とを同一のグラフに表示した。これを画像解析ソフト(製品名:QuickGrain Standard、(株)イノテック製)にて解析し、油剤の粒度分布の全体領域に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の膨潤糸の細孔径分布と油剤の粒度分布の重なる領域の割合を算出した。
【0048】
<焼成工程通過性>
1300℃の高温熱処理炉にて約1.5分間処理した後に高温熱処理炉の出側にて5分間毛羽の発生数を数え、焼成工程通過性を評価した。評価基準は以下の通りである。
○:毛羽の発生数が20個未満である。
×:毛羽の発生数が20個以上である。
【0049】
<ストランド強度>
樹脂含浸炭素繊維束のストランド試験体の調製及び強度の測定を、JIS R7608に準拠して実施した。
【0050】
<実施例1>
アクリロニトリル98質量%、メタクリル酸2質量%からなる重合体をジメチルホルムアミドに溶解し、重合体の濃度が23質量%の紡糸原液を調製した。0.15mmの孔径の紡糸口金から該紡糸原液を吐出し、一旦気体層を走行させた後、直ちに凝固浴に導入し、凝固糸を得た。凝固液は、脱イオン水/ジメチルホルムアミド=20/80(質量比)、温度10℃とした。紡糸ドラフトが4.5倍になるように凝固糸を引き上げた後、凝固液中で第一延伸工程を行った。該第一延伸工程における凝固液の温度は60℃とし、凝固浴中での延伸倍率は3.0倍に設定した。その後、凝固糸を温水中で洗浄した。
【0051】
次いで、熱水中で第二延伸工程を行った。該第二延伸工程における熱水の温度は96℃とし、熱水中の滞在時間は1.8秒とし、熱水中での延伸倍率は1.0倍に設定した。これにより得られた膨潤糸の平均細孔径は0.03μmであった。その後、該膨潤糸に対しアミノ変性シリコーン油剤をディップニップ方式で付与した。該油剤の平均粒子径は0.29μmであった。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は2%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は0%であった。
【0052】
次いで、油剤の付与された膨潤糸を加熱ロールに接触させることで乾燥緻密化処理した後、表面温度が180℃になるように設定した熱板に接触させながら、延伸倍率が3.0倍になるように加熱延伸することで、アクリル繊維を得た。
【0053】
得られたアクリル繊維を空気中、230〜260℃の熱風循環式耐炎化炉にて50分間処理して耐炎化繊維束を得た。次いで、該耐炎化繊維束を窒素雰囲気中で最高温度780℃にて1.5分間処理し、さらに同雰囲気下で最高温度が1300℃の高温熱処理炉にて約1.5分間処理した。その後、重炭酸水素アンモニウム水溶液中で0.4A・min/mで電解処理を施して、炭素繊維束を得た。
【0054】
このとき、焼成工程通過性は良好であり、ストランド強度は688kgf/mm2であった。評価結果を表1に示す。
【0055】
<実施例2>
第二延伸工程での熱水の温度を90℃に変更した以外は、実施例1と同様の条件にてアクリル繊維及び炭素繊維束を製造した。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は3%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は0%であった。焼成工程通過性は良好であり、ストランド強度は694kgf/mm2であった。評価結果を表1に示す。
【0056】
<実施例3>
第二延伸工程での熱水の温度を75℃に変更した以外は、実施例1と同様の条件にてアクリル繊維及び炭素繊維束を製造した。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は7%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は0%であった。焼成工程通過性は良好であり、ストランド強度は687kgf/mm2であった。評価結果を表1に示す。
【0057】
<実施例4>
膨潤糸に付与するアミノ変性シリコーン油剤として平均粒子径が0.12μmのアミノ変性シリコーン油剤を用いた以外は、実施例1と同様の条件にてアクリル繊維及び炭素繊維束を製造した。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は6%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は0%であった。焼成工程通過性は良好であり、ストランド強度は689kgf/mm2であった。評価結果を表1に示す。
【0058】
<実施例5>
第二延伸工程での熱水の温度を75℃に変更し、膨潤糸に付与するアミノ変性シリコーン油剤として平均粒子径が0.12μmのアミノ変性シリコーン油剤を用いた以外は、実施例1と同様の条件にてアクリル繊維及び炭素繊維束を製造した。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は12%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は0%であった。焼成工程通過性は良好であり、ストランド強度は693kgf/mm2であった。評価結果を表1に示す。
【0059】
<実施例6>
膨潤糸に付与するアミノ変性シリコーン油剤として平均粒子径が0.07μmのアミノ変性シリコーン油剤を用いた以外は、実施例1と同様の条件にてアクリル繊維及び炭素繊維束を製造した。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は25%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は1%であった。焼成工程通過性は良好であり、ストランド強度は690kgf/mm2であった。評価結果を表1に示す。
【0060】
<比較例1>
第二延伸工程での熱水の温度を45℃に変更し、膨潤糸に付与するアミノ変性シリコーン油剤として平均粒子径が0.07μmのアミノ変性シリコーン油剤を用いた以外は、実施例1と同様の条件にてアクリル繊維及び炭素繊維束を製造した。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は45%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は3%であった。焼成工程通過性は良好であったが、ストランド強度は600kgf/mm2であり、実施例と比較して大幅に低下した。評価結果を表1に示す。
【0061】
<比較例2>
第二延伸工程での熱水中の滞在時間を0.8秒に変更し、膨潤糸に付与するアミノ変性シリコーン油剤として平均粒子径が0.07μmのアミノ変性シリコーン油剤を用いた以外は、実施例1と同様の条件にてアクリル繊維及び炭素繊維束を製造した。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は41%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は3%であった。焼成工程通過性は良好であったが、ストランド強度は617kgf/mm2であり、実施例と比較して大幅に低下した。評価結果を表1に示す。
【0063】
<比較例
膨潤糸に付与するアミノ変性シリコーン油剤を、平均粒子径が0.06μmであり、粒度分布が幅広く2つのピークを有する油剤に変更した以外は、実施例1と同様の条件にてアクリル繊維及び炭素繊維束を製造した。膨潤糸の細孔径分布の領域に対する、膨潤糸の細孔径分布の領域と油剤の粒度分布の領域との重なる領域の割合は22%であった。また、油剤全体の体積に対する、膨潤糸の平均細孔径より小さい粒子径の油剤の体積の合計の割合は12%であった。焼成工程通過性は良好であったが、ストランド強度は580kgf/mmであり、実施例と比較して大幅に低下した。評価結果を表1に示す。
【0064】
【表1】