特許第6233843号(P6233843)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6233843ガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6233843
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】ガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックス
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20171113BHJP
【FI】
   G01N27/62 V
   G01N27/62 F
【請求項の数】4
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-75983(P2014-75983)
(22)【出願日】2014年4月2日
(65)【公開番号】特開2015-197389(P2015-197389A)
(43)【公開日】2015年11月9日
【審査請求日】2017年2月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】茂里 康
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 浩昭
(72)【発明者】
【氏名】絹見 朋也
【審査官】 佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−103962(JP,A)
【文献】 特開2008−51790(JP,A)
【文献】 特開2013−145228(JP,A)
【文献】 特開2005−307036(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ヒドラジド化合物またはヘテロ芳香族ヒドラジド化合物を含むガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックスにガス状アルデヒドを接触させ、得られた生成物を質量分析することにより、ガス状アルデヒドを検出する方法。
【請求項2】
芳香族ヒドラジド化合物またはヘテロ芳香族ヒドラジド化合物が、2-ヒドロキシベンゾヒドラジドまたは3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
芳香族ヒドラジド化合物またはヘテロ芳香族ヒドラジド化合物を含む、ガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックス。
【請求項4】
芳香族ヒドラジド化合物またはヘテロ芳香族ヒドラジド化合物が、2-ヒドロキシベンゾヒドラジドまたは 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドであることを特徴とする、請求項3に記載のガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックスに関する。
【背景技術】
【0002】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS)は、質量分析における代表的なソフトイオン化法である。MALDI-MSは、合成ポリマー、生体分子(ペプチド等)の解析に適しており、操作が簡便、多検体の処理可能、純度の低い試料にも測定可能等の特徴を有する。しかし、使用するレーザーの波長領域に吸収帯を持つ化合物がマトリックスとして必要であり、測定の際にはあらかじめ脱塩した試料とマトリックスの混晶が良好に形成されなければならない。これまで主に使用されるマトリックスはケイ皮酸系の化合物であり、マトリックス自身の分子イオンピーク(m/z値、約100〜250)や、マトリックス由来のピーク(Na付加ピーク、脱水ピーク、多量体ピーク)がMALDI-MS測定の際に観察され、低分子化合物の測定には向いていない。MALDI-MSにおいて、現在よく使われているケイ皮酸系の化合物であるCHCAや、シナピン酸、カフェイン酸等は1990年代初頭までに開発され、改良の余地がある。今後MALDI-MSを本当の意味での万能な質量分析法にするためには、低分子化合物の検出や、既存の方法ではイオン化しにくい高分子量のタンパク質、糖、炭水化物に最適な、高機能化マトリックスを開発する必要がある。
【0003】
そこでペプチド測定試料(アンジオテンシンII類縁体)と東京大学創薬オープンイノベーションセンターのコア化合物ライブラリー(約1万化合物)を用いて、ペプチド検出用の新規MALDI-MSマトリックス候補のスクリーニングを行ったところ、チオフェン骨格を有する導電性化合物がMALDI-MSによるペプチド測定の良好なマトリックスとして働き、導電性という新たな概念がマトリックスの機能発揮に重要であることを見いだした(非特許文献1)1)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Yasuda, A., Ishimaru, T., Nishihara, S., Sakai, M., Kawasaki, H., Arakawa, R., and Shigeri, Y. (2013) A thiophene-containing compound as a new matrix for matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry, and the electrical conductivity of matrix crystals. Eur. J. Mass Spectrom.,19, 29-37
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ガス状アルデヒドを検出することができる質量分析用マトリックスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、ヒドラジド及びヒドラジン誘導体が効率的にMALDI-MS用マトリックスとして機能することを見いだした。さらにこれらの化合物が、シックハウスガスの主因子である、ガス状のアルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド等)と縮合体を形成し、反応性マトリックス(Reactive Matrix)としてMALDI-MSにおいて機能し、縮合体を効率的に脱離イオン化し、これらのガス状分子を検出可能であることを見いだした。反応性マトリックスとは、その化合物が測定試料と反応し、MALDI-MS用マトリックスとしてさらに機能するものである。
【0007】
本発明は以下のガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックスを提供するものである。
項1. 芳香族ヒドラジン化合物、芳香族ヒドラジド化合物、芳香族ヒドラジン化合物及びヘテロ芳香族ヒドラジド化合物またはその塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を含むガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックス。
項2. 以下の33種の芳香族もしくはヒドラジン化合物、芳香族ヒドラジド化合物、芳香族ヒドラジン化合物及びヘテロ芳香族ヒドラジド化合物
(1) ベンゾヒドラジド,
(2) 2-クロロベンゾヒドラジド,
(3) 2-フルオロベンゾヒドラジド,
(4) 2-ニトロベンゾヒドラジド,
(5) 2-ヒドロキシベンゾヒドラジド,
(6) 3-クロロベンゾヒドラジド,
(7) 3-ニトロベンゾヒドラジド,
(8) 3-メトキシベンゾヒドラジド,
(9) 4-クロロベンゾヒドラジド,
(10) 4-ニトロベンゾヒドラジド,
(11) 4-メトキシベンゾヒドラジド,
(12) 4-tert-ブチルベンゾヒドラジド,
(13) 4-アミノベンゾヒドラジド,
(14) 4-ヒドロキシベンゾヒドラジド,
(15) 2-ピリジン カルボン酸ヒドラジド,
(16) ニコチン酸ヒドラジド,
(17) イソニコチン酸ヒドラジド,
(18) 1-ナフトヒドラジド,
(19) 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド,
(20) フェニルヒドラジン,
(21) o-トリルヒドラジン,
(22) 2-ニトロフェニルヒドラジン,
(23) m-トリルヒドラジン,
(24) 3-ニトロフェニルヒドラジン,
(25) 4-メトキシフェニルヒドラジン,
(26) 4-ニトロフェニルヒドラジン,
(27) 4-クロルフェニルヒドラジン,
(28) 2,4-ジクロロフェニルヒドラジン,
(29) 1-ナフチルヒドラジン,
(30) 2-ヒドラジノピリジン,
(31) 2-ヒドラジノキノリン,
(32) 2-ヒドラジノベンゾチアゾール,
(33) DNPH (2,4-ジニトロフェニルヒドラジン)
またはその塩の少なくとも1種を含む、項1に記載のガス状アルデヒド検出用質量分析用マトリックス。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、質量分析用の既存の他のマトリックスを質量分析測定の際に添加する必要がなく、ガス状のアルデヒドをMALDI-MS等の質量分析を使用して、ワンステップで検出することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】4つのヒドラジド及びヒドラジン化合物のモル吸光係数
図2】ホルムアルデヒドとインキュベーション後の結晶性ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の写真 (a) 2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, (b) 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド, (c) 2-ヒドラジノキノリン, (d) DNPH (2,4-ジニトロフェニルヒドラジン). インキュベーション時間は、0, 15, 30及び60分。
図3】アセトアルデヒドとインキュベーション後の結晶性ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の写真(a) 2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, (b) 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド, (c) 2-ヒドラジノキノリン, (d) DNPH (2,4-ジニトロフェニルヒドラジン). インキュベーション時間は、0, 15, 30及び60分。
図4】プロピオンアルデヒドとインキュベーション後の結晶性ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の写真(a) 2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, (b) 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド, (c) 2-ヒドラジノキノリン, (d) DNPH (2,4-ジニトロフェニルヒドラジン). インキュベーション時間は、0, 15, 30及び60分。
図5】2-ヒドロキシベンゾヒドラジドとホルムアルデヒドの縮合反応
図6】2-ヒドロキシベンゾヒドラジドとアセトアルデヒドの縮合反応
図7】2-ヒドロキシベンゾヒドラジドとプロピオンアルデヒドの縮合反応
図8】3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドとホルムアルデヒドの縮合反応
図9】3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドとアセトアルデヒドの縮合反応
図10】3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドとプロピオンアルデヒドの縮合反応
図11】2-ヒドラジノキノリンとホルムアルデヒドの縮合反応
図12】2-ヒドラジノキノリンとアセトアルデヒドの縮合反応
図13】2-ヒドラジノキノリンとプロピオンアルデヒドの縮合反応
図14】DNPHとホルムアルデヒドの縮合反応
図15】DNPHとアセトアルデヒドの縮合反応
図16】DNPHとプロピオンアルデヒドの縮合反応
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のマトリックスは、ガス状アルデヒドと反応し、その生成物の質量分析を行うことで、ガス状アルデヒドを分析することができる。
【0011】
ガス状アルデヒドとは、沸点が50℃以下のアルデヒドを意味し、具体的にはホルムアルデヒド(沸点−19.3℃)、アセトアルデヒド(沸点20.2℃)、プロピオンアルデヒド(沸点48℃)が挙げられる。
【0012】
本発明のマトリクスとガス状アルデヒドの反応様式を以下に示す。
【0013】
【化1】
【0014】
(式中、Rは芳香族基又はヘテロ芳香族基を示す)
芳香族基としては、フェニル基、ナフチル基が挙げられ、ヘテロ芳香族基としては、ピリジル基、キノリル基、ベンゾチアゾリル基が挙げられる。
【0015】
本発明でマトリクスとして使用する化合物は、芳香族またはヘテロ芳香族化合物であって、ヒドラジド基(−CO−NHNH)またはヒドラジン基(−NHNH)を有する化合物である。好ましい化合物を以下に示す。
好ましいヒドラジド化合物
【0016】
【化2】
【0017】
好ましいヒドラジン化合物
【0018】
【化3】
【0019】
本発明の、芳香族/ヘテロ芳香族のヒドラジド/ヒドラジン化合物は、アルデヒドと反応し、かつ、MALDI-MSなどの質量分析のマトリクスとしての機能を有する。ヒドラジド化合物はアルデヒドとの反応性を有するように塩を形成しない遊離の化合物が挙げられ、ヒドラジン化合物は、塩の形態が好ましい。塩としては、フッ酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、過塩素酸塩、トリフルオロ酢酸塩などが挙げられ、塩酸塩が好ましい。
【0020】
本発明のマトリックスは、上記の芳香族/ヘテロ芳香族のヒドラジド/ヒドラジン化合物を溶媒に溶解した液滴を質量分析用プレート上滴下し、溶媒を蒸発させることで、レーザーが照射されるべき質量分析用スポットが形成される。
【0021】
溶媒としては、従来より用いられてきた溶媒を用いることができ、特に限定されないが、例えば、水、アセトニトリル、メタノール、エタノールなどが挙げられ、好ましくは水とアセトニトリル、メタノール、エタノール等の有機溶媒の混合溶媒が挙げられる。
【0022】
1個の質量分析用スポットを得るために使用する混合溶液の液滴の量は、特に限定されないが、例えば0.1〜10μLが挙げられる。
【0023】
質量分析用プレートとしては、通常MALDI質量分析に使用されるステンレス鋼ターゲットプレートなどや、化学的或いは物理的に表面処理がなされたターゲットプレートなど、さまざまなものを使用することができる。例えば、研磨処理や鏡面仕上げなど、処理プレート表面の表面粗さを所望の程度にする物理的表面処理がなされたものを用いることができる。
【0024】
本発明のマトリックスを用いて使用される質量分析装置としては、MALDIイオン源と組み合わされたものであれば特に限定されない。例えば、MALDI-IT(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−イオントラップ)型質量分析装置、MALDI-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−飛行時間)型質量分析装置、MALDI-IT-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−イオントラップ−飛行時間)型質量分析装置、MALDI-QIT-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-四重極イオントラップ-飛行時間)型質量分析装置、MALDI-FTICR(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴)型質量分析装置などが挙げられる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
実施例1
1.方法
1.1.試薬
実験に用いた下記の試薬は東京化成工業株式会社から購入した。ベンゾヒドラジド, 2-クロロベンゾヒドラジド, 2-フルオロベンゾヒドラジド, 2-ニトロベンゾヒドラジド, 2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-クロロベンゾヒドラジド, 3-ニトロベンゾヒドラジド, 3-メトキシベンゾヒドラジド, 4-クロロベンゾヒドラジド, 4-ニトロベンゾヒドラジド, 4-メトキシベンゾヒドラジド, 4-tert-ブチルベンゾヒドラジド, 4-アミノベンゾヒドラジド, 4-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 2-ピリジン カルボン酸ヒドラジド, ニコチン酸ヒドラジド, イソニコチン 酸ヒドラジド, 1-ナフトヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド, フェニルヒドラジン塩酸塩, o-トリルヒドラジン塩酸塩, 2-ニトロフェニルヒドラジン塩酸塩, m-トリルヒドラジン塩酸塩, 3-ニトロフェニルヒドラジン塩酸塩, 4-メトキシフェニルヒドラジン塩酸塩, 4-ニトロフェニルヒドラジン塩酸塩, 4-クロルフェニルヒドラジン塩酸塩, 2,4-ジクロロフェニルヒドラジン塩酸塩, 1-ナフチルヒドラジン塩酸塩, 2-ヒドラジノピリジン, 2-ヒドラジノキノリン, 2-ヒドラジノベンゾチアゾール, DNPH (2,4-ジニトロフェニルヒドラジン), ポリエチレングリコール200, ポリエチレングリコール400
【0026】
1.2.MALDI-MS分析
MicroflexAI mass spectrometer(Bruker Daltonics)を用い、リニア、ポジティブイオンモード及びネガティブイオンモードでMALDI-MS測定を行った。精密質量測定を実施する際には、日本電子株式会社JMS-S3000マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計を用いた。また分子量校正を行う際には、ポリエチレングリコール200及びポリエチレングリコール400を使用した。
【0027】
1.3.ガス状アルデヒドの反応・検出
ガス状アルデヒドと反応・検出するために、ホルムアルデヒド液(和光純薬工業株式会社、特級)、アセトアルデヒド(和光純薬工業株式会社、特級)、プロピオンアルデヒド(東京化成工業株式会社)を使用した。これらの試薬をそれぞれ、エッペンドルフチューブ(1.5ml用)に適量入れ、漏れないように蓋を開け、プラスチック製の容器(タイトボックスNo.1、260ml)に入れた。さらにヒドラジド及びヒドラジン誘導体を0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)+50%アセトニトリルに溶かし10(mg/ml)の濃度に調製した。この溶液1μlを、MicroflexAI mass spectrometer用測定プレート(MSP 96 target polished steel microScout Target)に滴下し、真空乾燥した。このプレートを上記プラチック製容器に入れて蓋をすることで、ガス状アルデヒドとの反応を開始した。一定の反応時間後に測定プレートを取り出し、MALDI-MSの測定を行った。
【0028】
1.4.ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の分光学的性質
ヒドラジド及びヒドラジン誘導体を0.1%トリフルオロ酢酸(TFA) + 50%アセトニトリルに溶かし、Beckman Coulter社製分光光度計DU 800で吸光度を測定し、337nmのモル吸光係数を計算した。
【0029】
1.5.ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の電気伝導性
ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の導電性を解析するために、以前報告した方法に従って、誘導体に流れる電流値を測定した1)。ヒドラジド及びヒドラジン誘導体を0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)+50%アセトニトリルに溶かし、10(mg/ml)の濃度に調製した。ただし、3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドの飽和濃度は4.7(mg/ml)、DNPHの飽和濃度は1.6(mg/ml)であったので、これらの化合物については飽和溶液をそれぞれ調製した。バイオデバイステクノロジー社の角型カーボン電極(DEP-SP-N)を用意し、作製したヒドラジド及びヒドラジン誘導体溶液2μlを、角形カーボン電極の絶縁層よりも上の作用極と対極全体を覆うように滴下した。これらの角形カーボン電極を真空乾燥し、溶媒を完全に除去した。光学顕微鏡で結晶がシート状になり全体を覆っていることを確認し、覆っていない場合は、滴下・乾燥作業を繰り返した。次に、バイオデバイステクノロジー社のコネクタに角形カーボン電極を挿入し、Keithley社Series2400 Source Meterを用い、20Vの定電圧を付加し、流れる電流値を測定した。
【0030】
2.結果・考察
2.1. 結果及び考察
ペプチド測定試料(アンジオテンシンII類縁体)と東京大学創薬オープンイノベーションセンターのコア化合物ライブラリー(約1万化合物)を用いて、ペプチド検出用の新規MALDI-MSマトリックス候補のスクリーニングを行った1)。その結果、各種ヒドラジン・ヒドラジド化合物がMALDI-MS用の窒素レーザーの波長(337 nm)に吸収を有し、MALDI-MS用マトリックスとして機能する事を見いだした。MALDI-MS測定には通常MicroflexAI mass spectrometer(Bruker Daltonics)を用いた。
【0031】
一般的に、ヒドラジド及びヒドラジン誘導体はアルデヒド基を有する化合物と縮合反応を行い、縮合体を形成する事が広く知られている(化1)。アルデヒド化合物の中で従来から社会問題となっているのは、ガス状アルデヒドである。ホルムアルデヒドやアセトアルデヒド等のガス状アルデヒドは、接着剤や塗料などに多く含まれており、シックハウス症候群(sick building syndrome)の主な原因となっている2)。これまで、これらガス状アルデヒドは、固相捕集管(DNPH, 2,4-ジニトロフェニルヒドラジン等をシリカゲル等にコーティングした物)にて試料を捕集し、アセトニトリル等の有機溶媒で溶出後、LCあるいはGCにて定量分析するのが一般的な方法である3)。しかしながら、比較的多量な有機溶媒の使用、測定にはいくつかの煩雑なステップが必要等の短所を有する。そこで、市販のヒドラジド及びヒドラジン誘導体33種類(化2, 化3)購入し、MALDI-MSを用いて、ワンステップでかつ、少量の有機溶媒を使用するだけでガス状アルデヒドを効率的に検出できるか検討した。具体的には、各種のヒドラジド及びヒドラジン誘導体を塗布したMALDI-MSプレートと数滴のホルムアルデヒド水溶液、アセトアルデヒド或いはプロピオンアルデヒドを含む開放系の小さい容器を大きな密閉容器中に入れ、0分(アルデヒドを含む小さい容器の使用前で、MALDI-MSプレートのみ密閉容器内に入れた状態)、15分もしくは60分放置し、MALDI-MS測定を行った。
【0032】
その結果、ヒドラジド誘導体については2種類(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)、ヒドラジン誘導体についても2種類(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)の計4種類の化合物が効率的にMALDI-MSの反応性マトリックスとして機能し、ワンステップでガス状のアルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)を検出できることを見いだした(表1、表2)。またBeckman Coulter社製分光光度計DU 800で吸光度を測定し、337nmのモル吸光係数を測定し、それぞれの化合物がMALDI-MS用の窒素レーザーの波長(337 nm)に吸収を有している事も確認した(図1, 表1, 表2)。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
さらに詳細に解析するために実体顕微鏡(Nikon, SMZ800)を用いて、2種類のヒドラジド誘導体(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)と2種類のヒドラジン誘導体(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)をMicroflexAI mass spectrometer用測定プレートに載せて、密閉容器中でMALDI-MSプレートとホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒドを反応させて観察を行った(図2, 図3, 図4)。その結果、特に2-ヒドラジノキノリンは、反応時間を長くすればするほど黄色に変色し、マトリックス化合物表面がガス状アルデヒドと反応を行っていることが確認できた。
【0036】
さらにその反応機構を詳細に解析するために、2種類のヒドラジド誘導体(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)と2種類のヒドラジン誘導体(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)をホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒドと反応させ(0min, 15min, 60min)、詳細にMALDI-MSの測定を行った(図5図16)。また精密質量測定を行うために、日本電子株式会社JMS-S3000マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計を使用して実験を実施した。図5図7は2-ヒドロキシベンゾヒドラジドをそれぞれホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒドと0min, 15min, 60min反応させた後にMALDI-MSの測定を行ったスペクトル。図8図10は3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドで上記と同様の実験を行いMALDI-MSの測定を行ったスペクトル。図11図13は2-ヒドラジノキノリンの測定スペクトル。図14図16はDNPHの結果である。図5図7に示すように、2-ヒドロキシベンゾヒドラジドは、ガス状アルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)と反応時間に応じて縮合反応を行い、MALDI-MSの測定では[M+H]+のプロトン付加ピークが検出できた(ホルムアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値165.0659、実測値165.0658)、(アセトアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値179.0815、実測値179.08243)、(プロピオンアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値193.0972、実測値193.09669)。また3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドの場合も、ガス状アルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)と反応時間に応じて縮合反応を行い、MALDI-MSの測定では[M+H]+のプロトン付加ピークが検出できた(図8図10)。(ホルムアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値215.0815、実測値215.08112)、(アセトアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値229.0972、実測値229.09762)、(プロピオンアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値243.1128、実測値243.1134)。2-ヒドラジノキノリンの場合も、ガス状アルデヒドと反応時間に応じて縮合反応を行い、MALDI-MSの測定では[M+H]+のプロトン付加ピークが検出できた(図11図13)。(ホルムアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値172.0869、実測値172.07911)、(アセトアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値186.1025、実測値186.10767)、(プロピオンアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値200.1182、実測値200.11843)。さらにDNPHの場合も、ガス状アルデヒドと反応時間に応じて縮合反応を行い、MALDI-MSの測定では[M+H]+のプロトン付加ピークが検出できた(図14図16)。(ホルムアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値211.0462、実測値211.04778)、(アセトアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値225.0618、実測値225.06213)、(プロピオンアルデヒドの場合の[M+H]+の理論値239.0775、実測値239.07789)。
【0037】
また前述したように、導電性化合物がMALDI-MSによるペプチド測定の良好なマトリックスとして働き、導電性という新たな概念がマトリックスの機能発揮に重要であることを以前報告した1)。そこで、2種類のヒドラジド誘導体(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)と2種類のヒドラジン誘導体(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)の電気伝導度をバイオデバイステクノロジー社の角型カーボン電極(DEP-SP-N)を使用して測定した。以前の結果から代表的なMALDI-MS用のマトリックスであるCHCA(alpha-cyano-4-ヒドロキシ桂皮酸)、3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシ桂皮酸 (シナピン酸, SA)、super DHBは、20Vの電圧を負荷すると100〜250pA程度の電流を流すことが判明していた(Table 3)1)。それと同様に、ヒドラジド誘導体(2種類)とヒドラジン誘導体(2種類)も、50〜200pA程度の電流を流した(表3)。
【0038】
【表3】
【0039】
全ての測定は、参考文献1に記載のようにDEPチップを用い、室温、20Vの定圧下で行った。データは10回の独立した実験の平均±SDである。
【0040】
3.結論
以上の結果から、2種類のヒドラジド誘導体(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)と2種類のヒドラジン誘導体(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)が、ガス状のアルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)と縮合反応を行い、縮合体を形成し、さらにMALDI-MS用のマトリックスとして効率的に機能する(反応性マトリックス)事が判明した。これまでステロイドなどの低分子をMALDI-MSで検出するために、Girard P試薬やDNPHが反応性マトリックスとして機能する事は報告されていた4), 5), 6)。しかし何れも測定サンプルは水溶液であり、ガス状分子を直接測定したものではない。またガス状サンプルである、タバコの煙等を、MALDI-MSで測定する際には、抽出・誘導体化を行い、その後に既存のMALDI-MS用のマトリックスであるCHCAやDHB(2,5-ジヒドロキシ安息香酸)を加え、通常のMALDI-MSの測定を行っている7), 8)。これらの事例を考慮しても、今回判明した、ヒドラジド誘導体・ヒドラジン誘導体は、縮合反応・誘導体化・MALDI-MS用マトリックスの多様な機能を有する反応性マトリックスとして、シングルステップで、ガス状アルデヒド分子をMALDI-MSで検出することがわかった。
【0041】
4. 参考文献
1)Yasuda, A., Ishimaru, T., Nishihara, S., Sakai, M., Kawasaki, H., Arakawa, R., and Shigeri, Y. (2013) A thiophene-containing compound as a new matrix for matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry, and the electrical conductivity of matrix crystals. Eur. J. Mass Spectrom.,19, 29-37
2)Takigawa, T., Saijo, Y., Morimoto, K., Nakayama, K., Shibata, E., Tanaka, M., Yoshimura, T., Chikara, H., and Kishi, R. (2012) A longitudinal study of aldehydes and volatile organic compounds associated with subjective syndrome related to sick building syndrome in new dwelling in Japan. Sci. Total Env., 417-418, 61-67
3)JISハンドブック(2013年版 74)シックハウス
4)Brombacher, S., Owen, S., and Volmer, D. (2003) Automated coupling of capillary-HPLC to matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry for the analysis of small molecules utilizing a reactive matrix. Anal. Bioanal. Chem., 376, 773-779
5)Khan, M., Wang, Y., Heidelberger, S., Alvelius, G., Liu, S., Sjovall, J., and Griffiths, W. (2006) Analysis of derivatised steroids by matrix-assisted laser desorption/ionisation and post-source decay mass spectrometry. Steroids, 71, 42-53
6)Teuber, K., Fedorova, M., Hoffmann, R., and Schiller, J. (2012) 2,4-Dinitrophenylhydrazine as a new reactive matrix to analyze oxidized phospholipids by MALDI-TOF mass spectrometry. Anal. Lett., 45, 968-976
7)Xie, J., Sun, S., Wang, H., Zong, Y., Nie, C., and Guo, Y. (2006) Determination of nicotine in mainstream smoke on the single puff level by liquid-phase microextraction coupled to matrix-assisted laser desorption/ionization Fourier transform mass spectrometry. Rapid Commun. Mass Spectrom., 20, 2573-2578
8)Xie, J., Yin, J., Sun, S., Xie, F., Zhang, X., and Guo, Y. (2009) Extraction and derivatization in single drop coupled to MALDI-FTICR-MS for selective determination of small molecule aldehydes in single puff smoke. Anal. Chim. Acta, 638, 198-201
図1
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図3
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図5
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図8
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