【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
実施例1
1.方法
1.1.試薬
実験に用いた下記の試薬は東京化成工業株式会社から購入した。ベンゾヒドラジド, 2-クロロベンゾヒドラジド, 2-フルオロベンゾヒドラジド, 2-ニトロベンゾヒドラジド, 2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-クロロベンゾヒドラジド, 3-ニトロベンゾヒドラジド, 3-メトキシベンゾヒドラジド, 4-クロロベンゾヒドラジド, 4-ニトロベンゾヒドラジド, 4-メトキシベンゾヒドラジド, 4-tert-ブチルベンゾヒドラジド, 4-アミノベンゾヒドラジド, 4-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 2-ピリジン カルボン酸ヒドラジド, ニコチン酸ヒドラジド, イソニコチン 酸ヒドラジド, 1-ナフトヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド, フェニルヒドラジン塩酸塩, o-トリルヒドラジン塩酸塩, 2-ニトロフェニルヒドラジン塩酸塩, m-トリルヒドラジン塩酸塩, 3-ニトロフェニルヒドラジン塩酸塩, 4-メトキシフェニルヒドラジン塩酸塩, 4-ニトロフェニルヒドラジン塩酸塩, 4-クロルフェニルヒドラジン塩酸塩, 2,4-ジクロロフェニルヒドラジン塩酸塩, 1-ナフチルヒドラジン塩酸塩, 2-ヒドラジノピリジン, 2-ヒドラジノキノリン, 2-ヒドラジノベンゾチアゾール, DNPH (2,4-ジニトロフェニルヒドラジン), ポリエチレングリコール200, ポリエチレングリコール400
【0026】
1.2.MALDI-MS分析
MicroflexAI mass spectrometer(Bruker Daltonics)を用い、リニア、ポジティブイオンモード及びネガティブイオンモードでMALDI-MS測定を行った。精密質量測定を実施する際には、日本電子株式会社JMS-S3000マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計を用いた。また分子量校正を行う際には、ポリエチレングリコール200及びポリエチレングリコール400を使用した。
【0027】
1.3.ガス状アルデヒドの反応・検出
ガス状アルデヒドと反応・検出するために、ホルムアルデヒド液(和光純薬工業株式会社、特級)、アセトアルデヒド(和光純薬工業株式会社、特級)、プロピオンアルデヒド(東京化成工業株式会社)を使用した。これらの試薬をそれぞれ、エッペンドルフチューブ(1.5ml用)に適量入れ、漏れないように蓋を開け、プラスチック製の容器(タイトボックスNo.1、260ml)に入れた。さらにヒドラジド及びヒドラジン誘導体を0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)+50%アセトニトリルに溶かし10(mg/ml)の濃度に調製した。この溶液1μlを、MicroflexAI mass spectrometer用測定プレート(MSP 96 target polished steel microScout Target)に滴下し、真空乾燥した。このプレートを上記プラチック製容器に入れて蓋をすることで、ガス状アルデヒドとの反応を開始した。一定の反応時間後に測定プレートを取り出し、MALDI-MSの測定を行った。
【0028】
1.4.ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の分光学的性質
ヒドラジド及びヒドラジン誘導体を0.1%トリフルオロ酢酸(TFA) + 50%アセトニトリルに溶かし、Beckman Coulter社製分光光度計DU 800で吸光度を測定し、337nmのモル吸光係数を計算した。
【0029】
1.5.ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の電気伝導性
ヒドラジド及びヒドラジン誘導体の導電性を解析するために、以前報告した方法に従って、誘導体に流れる電流値を測定した
1)。ヒドラジド及びヒドラジン誘導体を0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)+50%アセトニトリルに溶かし、10(mg/ml)の濃度に調製した。ただし、3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドの飽和濃度は4.7(mg/ml)、DNPHの飽和濃度は1.6(mg/ml)であったので、これらの化合物については飽和溶液をそれぞれ調製した。バイオデバイステクノロジー社の角型カーボン電極(DEP-SP-N)を用意し、作製したヒドラジド及びヒドラジン誘導体溶液2μlを、角形カーボン電極の絶縁層よりも上の作用極と対極全体を覆うように滴下した。これらの角形カーボン電極を真空乾燥し、溶媒を完全に除去した。光学顕微鏡で結晶がシート状になり全体を覆っていることを確認し、覆っていない場合は、滴下・乾燥作業を繰り返した。次に、バイオデバイステクノロジー社のコネクタに角形カーボン電極を挿入し、Keithley社Series2400 Source Meterを用い、20Vの定電圧を付加し、流れる電流値を測定した。
【0030】
2.結果・考察
2.1. 結果及び考察
ペプチド測定試料(アンジオテンシンII類縁体)と東京大学創薬オープンイノベーションセンターのコア化合物ライブラリー(約1万化合物)を用いて、ペプチド検出用の新規MALDI-MSマトリックス候補のスクリーニングを行った
1)。その結果、各種ヒドラジン・ヒドラジド化合物がMALDI-MS用の窒素レーザーの波長(337 nm)に吸収を有し、MALDI-MS用マトリックスとして機能する事を見いだした。MALDI-MS測定には通常MicroflexAI mass spectrometer(Bruker Daltonics)を用いた。
【0031】
一般的に、ヒドラジド及びヒドラジン誘導体はアルデヒド基を有する化合物と縮合反応を行い、縮合体を形成する事が広く知られている(化1)。アルデヒド化合物の中で従来から社会問題となっているのは、ガス状アルデヒドである。ホルムアルデヒドやアセトアルデヒド等のガス状アルデヒドは、接着剤や塗料などに多く含まれており、シックハウス症候群(sick building syndrome)の主な原因となっている
2)。これまで、これらガス状アルデヒドは、固相捕集管(DNPH, 2,4-ジニトロフェニルヒドラジン等をシリカゲル等にコーティングした物)にて試料を捕集し、アセトニトリル等の有機溶媒で溶出後、LCあるいはGCにて定量分析するのが一般的な方法である
3)。しかしながら、比較的多量な有機溶媒の使用、測定にはいくつかの煩雑なステップが必要等の短所を有する。そこで、市販のヒドラジド及びヒドラジン誘導体33種類(化2, 化3)購入し、MALDI-MSを用いて、ワンステップでかつ、少量の有機溶媒を使用するだけでガス状アルデヒドを効率的に検出できるか検討した。具体的には、各種のヒドラジド及びヒドラジン誘導体を塗布したMALDI-MSプレートと数滴のホルムアルデヒド水溶液、アセトアルデヒド或いはプロピオンアルデヒドを含む開放系の小さい容器を大きな密閉容器中に入れ、0分(アルデヒドを含む小さい容器の使用前で、MALDI-MSプレートのみ密閉容器内に入れた状態)、15分もしくは60分放置し、MALDI-MS測定を行った。
【0032】
その結果、ヒドラジド誘導体については2種類(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)、ヒドラジン誘導体についても2種類(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)の計4種類の化合物が効率的にMALDI-MSの反応性マトリックスとして機能し、ワンステップでガス状のアルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)を検出できることを見いだした(表1、表2)。またBeckman Coulter社製分光光度計DU 800で吸光度を測定し、337nmのモル吸光係数を測定し、それぞれの化合物がMALDI-MS用の窒素レーザーの波長(337 nm)に吸収を有している事も確認した(
図1, 表1, 表2)。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
さらに詳細に解析するために実体顕微鏡(Nikon, SMZ800)を用いて、2種類のヒドラジド誘導体(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)と2種類のヒドラジン誘導体(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)をMicroflexAI mass spectrometer用測定プレートに載せて、密閉容器中でMALDI-MSプレートとホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒドを反応させて観察を行った(
図2,
図3,
図4)。その結果、特に2-ヒドラジノキノリンは、反応時間を長くすればするほど黄色に変色し、マトリックス化合物表面がガス状アルデヒドと反応を行っていることが確認できた。
【0036】
さらにその反応機構を詳細に解析するために、2種類のヒドラジド誘導体(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)と2種類のヒドラジン誘導体(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)をホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒドと反応させ(0min, 15min, 60min)、詳細にMALDI-MSの測定を行った(
図5〜
図16)。また精密質量測定を行うために、日本電子株式会社JMS-S3000マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計を使用して実験を実施した。
図5〜
図7は2-ヒドロキシベンゾヒドラジドをそれぞれホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒドと0min, 15min, 60min反応させた後にMALDI-MSの測定を行ったスペクトル。
図8〜
図10は3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドで上記と同様の実験を行いMALDI-MSの測定を行ったスペクトル。
図11〜
図13は2-ヒドラジノキノリンの測定スペクトル。
図14〜
図16はDNPHの結果である。
図5〜
図7に示すように、2-ヒドロキシベンゾヒドラジドは、ガス状アルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)と反応時間に応じて縮合反応を行い、MALDI-MSの測定では[M+H]
+のプロトン付加ピークが検出できた(ホルムアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値165.0659、実測値165.0658)、(アセトアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値179.0815、実測値179.08243)、(プロピオンアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値193.0972、実測値193.09669)。また3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジドの場合も、ガス状アルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)と反応時間に応じて縮合反応を行い、MALDI-MSの測定では[M+H]
+のプロトン付加ピークが検出できた(
図8〜
図10)。(ホルムアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値215.0815、実測値215.08112)、(アセトアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値229.0972、実測値229.09762)、(プロピオンアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値243.1128、実測値243.1134)。2-ヒドラジノキノリンの場合も、ガス状アルデヒドと反応時間に応じて縮合反応を行い、MALDI-MSの測定では[M+H]
+のプロトン付加ピークが検出できた(
図11〜
図13)。(ホルムアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値172.0869、実測値172.07911)、(アセトアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値186.1025、実測値186.10767)、(プロピオンアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値200.1182、実測値200.11843)。さらにDNPHの場合も、ガス状アルデヒドと反応時間に応じて縮合反応を行い、MALDI-MSの測定では[M+H]
+のプロトン付加ピークが検出できた(
図14〜
図16)。(ホルムアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値211.0462、実測値211.04778)、(アセトアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値225.0618、実測値225.06213)、(プロピオンアルデヒドの場合の[M+H]
+の理論値239.0775、実測値239.07789)。
【0037】
また前述したように、導電性化合物がMALDI-MSによるペプチド測定の良好なマトリックスとして働き、導電性という新たな概念がマトリックスの機能発揮に重要であることを以前報告した
1)。そこで、2種類のヒドラジド誘導体(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)と2種類のヒドラジン誘導体(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)の電気伝導度をバイオデバイステクノロジー社の角型カーボン電極(DEP-SP-N)を使用して測定した。以前の結果から代表的なMALDI-MS用のマトリックスであるCHCA(alpha-cyano-4-ヒドロキシ桂皮酸)、3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシ桂皮酸 (シナピン酸, SA)、super DHBは、20Vの電圧を負荷すると100〜250pA程度の電流を流すことが判明していた(Table 3)
1)。それと同様に、ヒドラジド誘導体(2種類)とヒドラジン誘導体(2種類)も、50〜200pA程度の電流を流した(表3)。
【0038】
【表3】
【0039】
全ての測定は、参考文献1に記載のようにDEPチップを用い、室温、20Vの定圧下で行った。データは10回の独立した実験の平均±SDである。
【0040】
3.結論
以上の結果から、2種類のヒドラジド誘導体(2-ヒドロキシベンゾヒドラジド, 3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸ヒドラジド)と2種類のヒドラジン誘導体(2-ヒドラジノキノリン, DNPH)が、ガス状のアルデヒド(ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド)と縮合反応を行い、縮合体を形成し、さらにMALDI-MS用のマトリックスとして効率的に機能する(反応性マトリックス)事が判明した。これまでステロイドなどの低分子をMALDI-MSで検出するために、Girard P試薬やDNPHが反応性マトリックスとして機能する事は報告されていた
4), 5), 6)。しかし何れも測定サンプルは水溶液であり、ガス状分子を直接測定したものではない。またガス状サンプルである、タバコの煙等を、MALDI-MSで測定する際には、抽出・誘導体化を行い、その後に既存のMALDI-MS用のマトリックスであるCHCAやDHB(2,5-ジヒドロキシ安息香酸)を加え、通常のMALDI-MSの測定を行っている
7), 8)。これらの事例を考慮しても、今回判明した、ヒドラジド誘導体・ヒドラジン誘導体は、縮合反応・誘導体化・MALDI-MS用マトリックスの多様な機能を有する反応性マトリックスとして、シングルステップで、ガス状アルデヒド分子をMALDI-MSで検出することがわかった。
【0041】
4. 参考文献
1)Yasuda, A., Ishimaru, T., Nishihara, S., Sakai, M., Kawasaki, H., Arakawa, R., and Shigeri, Y. (2013) A thiophene-containing compound as a new matrix for matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry, and the electrical conductivity of matrix crystals. Eur. J. Mass Spectrom.,19, 29-37
2)Takigawa, T., Saijo, Y., Morimoto, K., Nakayama, K., Shibata, E., Tanaka, M., Yoshimura, T., Chikara, H., and Kishi, R. (2012) A longitudinal study of aldehydes and volatile organic compounds associated with subjective syndrome related to sick building syndrome in new dwelling in Japan. Sci. Total Env., 417-418, 61-67
3)JISハンドブック(2013年版 74)シックハウス
4)Brombacher, S., Owen, S., and Volmer, D. (2003) Automated coupling of capillary-HPLC to matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry for the analysis of small molecules utilizing a reactive matrix. Anal. Bioanal. Chem., 376, 773-779
5)Khan, M., Wang, Y., Heidelberger, S., Alvelius, G., Liu, S., Sjovall, J., and Griffiths, W. (2006) Analysis of derivatised steroids by matrix-assisted laser desorption/ionisation and post-source decay mass spectrometry. Steroids, 71, 42-53
6)Teuber, K., Fedorova, M., Hoffmann, R., and Schiller, J. (2012) 2,4-Dinitrophenylhydrazine as a new reactive matrix to analyze oxidized phospholipids by MALDI-TOF mass spectrometry. Anal. Lett., 45, 968-976
7)Xie, J., Sun, S., Wang, H., Zong, Y., Nie, C., and Guo, Y. (2006) Determination of nicotine in mainstream smoke on the single puff level by liquid-phase microextraction coupled to matrix-assisted laser desorption/ionization Fourier transform mass spectrometry. Rapid Commun. Mass Spectrom., 20, 2573-2578
8)Xie, J., Yin, J., Sun, S., Xie, F., Zhang, X., and Guo, Y. (2009) Extraction and derivatization in single drop coupled to MALDI-FTICR-MS for selective determination of small molecule aldehydes in single puff smoke. Anal. Chim. Acta, 638, 198-201