(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
液晶分子と高分子との周期相分離構造を有するホログラフィック構造であって、液晶分子と高分子が格子ベクトル方向(x軸)に対して空間周期的な濃度分布を有し、その濃度変化とともに液晶分子の配向秩序が空間周期的に変化し、x軸に沿った偏光方向に対する屈折率(nx)とそれに垂直な偏光方向に対する屈折率(nyz)が空間周期的に変調され、そのうち少なくとも一方の屈折率が非正弦波状の変調であることを特徴とし、入射光線と回折光線を含む平面内の偏光(p偏光)で、一つの入射角で入射した異なる二つの波長の光の内、一方の波長の光は回折状態、他方の波長の光は非回折状態となるのに対し、その平面に垂直な偏光(s偏光)に偏光方向を切り換えると、前者の波長の光は非回折状態、後者の波長は回折状態に切り換わるか、あるいは、一方の波長の光は偏光に拘らず回折状態を維持し、他方の波長の光は、p偏光で回折状態となりs偏光で非回折状態に切り換わるか、あるいは、一方の波長の光は偏光に拘らず回折状態を維持し、他方の波長の光は、s偏光で回折状態となりp偏光で非回折状態に切り換わる回折格子。
【背景技術】
【0002】
光波長選択機能は様々な光制御において求められ、従来より種々の場面での光波長選択のための素子・機器が開発されている。例えば、光ピックアップ系では、光ディスクの書込み・読取りは波長の異なるレーザで行われるが、それらの光路結合や光路分岐など伝播光を制御する必要がある。また分光装置では、内蔵する回折格子に入射する光の入射角によって波長選択的に回折を生じさせ、入射角をスキャンし回折波長をシフトさせて分光する必要がある。一方、SHG効果による短波長光の発現においては、基本波(波長をλ
1とする)の光が入射して生じた第2、3、・・・次高調波(それぞれ波長λ
1/2、λ
1/3、・・・)の出射光を区分して処理するために波長選択素子で分割制御する必要がある。これらの様々な場面での波長選択機能等を有する光学素子は可能な限り、シンプル且つコンパクトであることが要望され、装置機器全体の小型軽量化や作製コスト低減が求められる。
【0003】
従来型の一つとして、波長毎に光を分岐するためのダイクロイックミラーやトリクロイックミラーをビームスプリッター等と組合せ、コンパクトな光学系とした小型光ヘッド(例えば、特許文献1)が挙げられる。但しこの場合、光学部品を個別に組み合わせるため、サイズ縮小には限界があり、また部品点数などを考えると作製コスト面でも改善が容易でない。その解決法として、二つ以上の波長で選択的に光を分岐できる素子が開発された。その中でも、偏光方向により波長選択が可能な素子は、有効な技術であり、これまで多くのタイプが報告されている。例えば、ニオブ酸リチウムなど複屈折を有する光学異方材料の基板に周期格子溝を形成し、その溝中に、光学異方材料の一方と屈折率を一致させた等方材料を充填して作製した回折格子が提案されている(特許文献2)。この素子では、ある一つの波長の光が入射すると、特定の偏光方向に対し回折が生じ、これに直行する偏光方向の光は直進するように設計されている。一方、この素子に異なる波長の光が入射すると、材料の波長分散により、互いに接するこれら二つの材料の屈折率の関係が変わり、偏光方向に拘らず空間的な屈折率変調が維持され回折が生じる状態となり、波長セレクターとして用いることができる。また、格子ピッチの異なる複数の透過型回折格子を多層化し、一体素子とすることで複数の波長で選択的に回折される複合回折格子が提案されている(特許文献3)。この素子では、回折格子を形成する材料は複屈折性を有する材料で作製した異方性回折格子を複数に組み合せ、それぞれが異なる偏光で回折するよう設計することで、偏光方向により回折波長の選択性を持たすことができる。
【0004】
これらの従来例では、複数の波長選択機能を素子に集積化したことでコンパクト化されたが、所望の波長毎に選択的に回折させる構造を個別に作製するため工程が複雑になりやすく、コスト低減に関してまだ改善の余地があると言える。
【0005】
また、回折格子の形成技術として、一種の自己組織化を利用した簡便な手法が報告されている。例えば、液晶と高分子の周期構造からなる屈折率変調型の透過回折格子は、ホログラフィック高分子分散液晶(HPDLC)回折素子と呼ばれ、これまで多くの技術が報告されている。これは、液晶と光重合性モノマーに重合開始材などの添加物を加えて混合した原料を透明基板に薄く挟み、これに二光束干渉露光といった不均一露光を施し、露光時の空間的な光強度の強弱に応じて局所的に重合させることで、液晶と高分子が空間周期的に二相に分離して形成される回折格子となる。その際、自己組織的に液晶の配向が特定方向に秩序を高め、光学異方性を持たせたBragg型の回折格子とすることができる。この回折格子に光が入射すると、特定の偏光方向のみが選択的に回折され、偏光方向を変えることで回折光がオン・オフされる(特許文献4)。このように、HPDLCでは、特定の入射角に対して、Bragg条件を満たす一つの波長の光が選択的に回折され、偏光方向を変えることでこの回折光はオン・オフされることが知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
HPDLCは簡便な手法としてワンステップ(一度のみの)二光束干渉露光で作製することができる点で注目される技術である。しかしながら、上記の例のようなこれまでのHPDLC回折素子では、一つの入射角で二つの波長のBragg回折光を発生させ、それらを偏光方向により切り換え制御することは実現されていない。
【0008】
本発明は、このような従来の問題点を解消し、偏光制御による波長切換えをワンステップ露光で作製した一つの格子構造で実現でき、素子、装置のコンパクト化や、応用範囲の拡大、汎用性向上を図ることのできる新しい回折格子とその製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、HPDLC回折素子についての検討から、HPDLC回折素子は、上述の通り、二光束干渉露光(干渉縞間隔Λとする)による重合、相分離、液晶配向により形成され、露光時の干渉の光強度分布に応じて、ピッチΛの屈折率変調分布が形成され、この周期構造で表されるBragg条件
を満たす特定の波長λと入射角θでBragg回折が生じ、式(1)から、偏光方向の切り換えに対し可逆的に格子ピッチΛが変化する格子構造を形成することで、同一の入射角θでのBragg回折波長λの選択を偏光により制御することができるとの知見を得た。また、この格子構造は、作製における出発材料や露光時の条件を選択することで、ワンステップ露光により形成される複屈折を含めた屈折率変調分布を設計し実現することができることを確認した。
【0010】
本発明はこれらの知見、検証に基づいて完成されたものである。より具体的には、本発明は以下のことを特徴としている。
【0011】
(1)ワンステップホログラフィック露光により形成される液晶と高分子との周期相分離構造であって、一つの入射角で入射した二つ以上の異なる波長を有する光に対してBragg回折を起こすことができ、入射光の偏光方向を変えることで、回折/非回折状態の間で切り換えられる回折格子。
【0012】
(2)入射光線と回折光線を含む平面内の偏光 (p偏光)で、一つの入射角で入射した異なる二つの波長の光の内、一方の波長の光は回折状態、他方の波長の光は非回折状態となるのに対し、その平面に垂直な偏光(s偏光)に偏光方向を切り換えると、前者の波長の光は非回折状態、後者の波長は回折状態に切り換わり、この切り換えが偏光方向に可逆的に行われる、二波長間の交換型切り換えが可能である前記(1)記載の回折格子。
【0013】
(3)異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、その内の一つの波長の光がp偏光で回折状態、s偏光で非回折状態と切り換わるのに対し、他方の波長の光はp偏光およびs偏光に拘らず非回折状態を維持する前記(1)の回折格子。
【0014】
(4)異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、一方の波長の光は偏光に拘らず回折状態を維持し、他方の波長の光は、p偏光で回折状態となりs偏光で非回折状態に切り換わる前記(1)記載の回折格子。
【0015】
(5)異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、これら二つの波長の光が揃ってp偏光で回折状態、s偏光で非回折状態に切り換わる前記(1)記載の回折格子。
【0016】
(6)異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、その内の一つの波長の光がs偏光で回折状態、p偏光で非回折状態と切り換わるのに対し、他方の波長の光はpおよびs偏光に拘らず非回折状態を維持する前記(1)記載の回折格子。
【0017】
(7)異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、一方の波長の光は偏光に拘らず回折状態を維持し、他方の波長の光は、s偏光で回折状態となりp偏光で非回折状態に切り換わる前記(1)記載の回折格子。
【0018】
(8)異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、これら二つの波長の光が揃ってs偏光で回折状態、p偏光で非回折状態に切り換わる前記(1)記載の回折格子。
【0019】
(9)入射角θに対しBragg回折される全ての波長λは、Bragg条件
(ここでNは自然数、Λは格子ピッチ)に従う前記(1)〜(8)記載の回折格子。
【0020】
(10)液晶の配向秩序転移を活用し、温度変化で可逆的に回折強度を発生・消失させられる、前記(1)〜(9)記載のいずれかに相当する回折格子。
【0021】
(11)液晶と高分子の空間周期的な濃度分布に対し、その濃度変化とともに液晶分子の配向秩序が空間周期的に変わることで、前記(1)〜(10)記載のいずれかの特徴を発現する回折格子。
【0022】
(12)透明基板間に挟まれた5〜50μm厚、0.5〜2μmの格子ピッチを有する前記(1)〜(11)記載のいずれかの回折格子。
【0023】
(13)前記(1)〜(12)記載のいずれかの回折格子の製造方法であって、平均官能基数が少ないモノマー、より具体的には平均官能基数が1.14から1.2の範囲となるように調製されたモノマーを出発原料に用いて干渉露光で作製する回折格子の製造方法。
【0024】
(14)液晶が濃度X重量%、官能基数1のモノマーが(90-X)重量%、官能基数2のモノマーが10重量%の組成比を維持しつつ、Xを30〜50%の範囲で混合し、さらに光重合開始材と増感剤(色素)を付加して出発原料とし、25〜70℃の範囲の何れかの温度で一定保持し干渉露光する前記(13)記載の回折格子の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、偏光制御による波長切換えを、ワンステップ露光で作製した一つの格子構造で実現できるため、素子ひいては装置のコンパクト化が進み、応用範囲拡大や汎用性向上を図ることができる。また、この格子構造は一括ホログラフィック露光で自己組織的に容易に形成できるため、作製コスト低減が見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の回折素子の作製手順、回折および構造スキーム。(a)一括ホログラフィック露光の基本光学系およびHPDLC形成過程のスキーム。(b)回折格子の構成と偏光回折。(c)格子構造のより実際に近い断面スキーム。
【
図2】液晶・高分子の回折格子内での液晶相の存在比率(c)と液晶配向秩序度(S)の格子ベクトル方向(x)の分布(上図)、および、それらによって決まる異方性屈折率分布(n
x, n
yz)。(a)および(b)では、例として、秩序度Sが一定か正弦波状に変化するかの違いで計算した。
【
図3】格子構造中の異方性屈折率分布(n
x, n
yz)。(a)および(b)は、異なる作製条件での結果。背景は格子のSEM断面像を重ねて表示。
【
図4】入射角(媒質中)および波長に対する高次モードを含めた、偏光別のBragg回折強度。三次元プロットで表現し、横・縦・高さは、それぞれ媒質中の入射角(θ’)・波長(λ)・回折効率(ηpあるいはηs)に相当する。θ’−λ平面内に複数の実曲線で示すように、本研究では次数N=1〜7までのBragg回折強度が観測された。本プロットは
図3(a)の試料での結果で、(a)はp偏光、(b)はs偏光で20℃での測定結果。測定した回折効率はバーの高さで表現した。
【
図5】入射角(媒質中)および波長に対する高次モードを含めた、偏光別のBragg回折強度。本プロットは
図3(b)の試料での結果で、(a)はp偏光、(b)はs偏光で20℃での測定結果。図の説明は
図4を参照。
【
図6】入射角(媒質中)および波長に対する高次モードを含めた、偏光別のBragg回折強度。本プロットは
図3(b)の試料での結果で、(a)はp偏光、(b)はs偏光で50℃での測定結果。図の説明は
図4を参照。
【
図7】様々なタイプの偏光制御型の波長選択スイッチ。各A〜Gの上図がp偏光、下図がs偏光。実線と破線は異なる波長を示す。
【
図8】Bragg回折効率の、X、Yおよび露光温度Tに対する依存性。入射角および波長に対するp偏光の回折効率。三次元表示での水平面の実曲線は、Braggの関係を示す。図の見方は
図4の説明を参照。
【
図9】Bragg回折効率の、X、Yおよび露光温度Tに対する依存性。入射角および波長に対するs偏光の回折効率。三次元表示での水平面の実曲線は、Braggの関係を示す。図の見方は
図4の説明を参照。
【
図10】Bragg回折効率の、X、Yおよび露光温度Tに対する依存性。入射角θ=30°(媒質中でθ'=19.5°)での1次および2次モード(それぞれN=1および2)Bragg波長1.0μm(白丸付き実線)および0.5μm(マーカー無し実線)での回折効率の偏光角依存性。偏光角0°および90°が、それぞれpおよびs偏光に相当。各グラフに記したA〜Dは、
図7で示された素子タイプA〜Dのそれぞれの動作スキームに相当することを表す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0028】
図1(a)の本発明の回折格子の作製手順に示すように、ホログラフィック露光(二光束干渉露光)で生じた光の強弱に従って、二枚の透明基板間に注入された液晶・モノマー混合原料が周期的に光重合と相分離を生じ、その結果ホログラフィック構造が形成される。さらに本発明の我々の材料系では、相分離にともない自己組織的に液晶が秩序をもって配向づけられる。そして、このような光学異方性を有する格子構造で、
図1(b)に模式的に示すように、偏光性の高いBragg回折が得られる。実際には、
図1(c)に、詳細に示すように、高分子中に液晶滴が連続周期的に分布した相分離構造を有し、この分布が形成される際に生じる液晶滴内の配向付けを制御することで、様々な偏光回折パターンが得られる。
【0029】
図2(a)と2(b)は、シミュレーションでデザインした格子構造の二例を示している。横軸は格子ベクトル方向に沿った格子内部の位置(ここではx軸に設定)で、格子ピッチΛで規格化した。上図は、液晶分子の存在濃度cと配向秩序度Sのx軸に沿った空間分布を示している。ここで配向秩序度Sは、液晶分子の配向が完全な無秩序から完全な秩序までを0から1で表す指標で、複屈折率との関係は、第一種完全楕円積分関数を含めた式で表されるが、本発明では直線関係で十分に近似できる(F.Basile, et al.,Phys.Rev.E,48(1993)432)。下図は、上図のcとSで決まる屈折率分布で、ここでは液晶およびポリマーの濃度と屈折率の関係、また液晶の配向秩序と複屈折率との関係に線形性(加法性)があるという仮定の下、光学異方性を考慮して、x方向に平行な成分
および、x軸に垂直な成分
【0030】
で表した(H. Kakiuchida, et al., Phys. Rev. E, 86 (2012) 061701)。ここで、n
eおよびn
oは、異常光と常光に対する液晶の屈折率で、例として本実施例で用いた液晶の値、それぞれ1.7288、1.5331とした。また、n
plyはポリマーの屈折率で、ここでは1.5258とした。
図2(a)は、LC濃度cがx方向に正弦波状に分布し、配向秩序度Sが空間的に一定値を維持する場合である。この場合、下図に示すように、屈折率分布n
x、n
yzは、異なる振幅をもって両者ともにピッチΛで正弦波状に分布する。一方、
図2(b)はLC濃度cとともに配向秩序度Sも正弦波状に変化した場合である。この場合、下図に示すように、n
xの屈折率分布は正弦波状から少しずれ、n
yzについては半ピッチ(Λ/2)での変調成分が顕著に現れる。このようにシミュレーションによれば、液晶の配向秩序Sが格子ベクトル方向に一定でなくなることで、屈折率の空間周期的な分布に異方性を生じさせられる。とくに、n
xがピッチΛの正弦波状分布をほぼ維持するのに対し、n
yzは半ピッチ(Λ/2)の正弦波状分布が顕著に現れることを示した。これは、干渉縞間隔Λの干渉露光などによって形成されたピッチΛの液晶(あるいは高分子)濃度分布であっても、液晶分子の配向秩序度が一定でなくなれば、Λ以外のピッチの屈折率変調を異方的に形成しうることを意味している。そしてこのような光学異方構造を実現することで、入射光の偏光方向を変えることで格子ピッチを切り換えるという本発明の課題を達成できる。本発明者は、この構造をワンステップ(一度の)二光束干渉露光で形成すべく、用いる材料や露光条件を探った。
【0031】
HPDLC格子における液晶と高分子相の組成と液晶滴内の分子配向秩序度の格子ベクトル方向での分布は、出発原料における液晶/モノマー混合比、モノマー官能基数、また作製工程では相分離時の温度など、幾つかの要因で変わることが報告されている。例えば、Pogueらは、液晶と混合するモノマーの官能基数を調整してHPDLCを作製し、その液晶滴の形状を調べ、2〜5の範囲で異なる平均官能基数を有するモノマー五種類を用いて、液晶滴のサイズや分布、形状異方性などと官能基数との関係を報告している(R. T. Pogue, Polymer, 41 (2000) 733)。また、Sarkarらは、1.3〜3.5の範囲で異なる平均官能基数を有するモノマーを用いて、液晶滴形状への影響を調べている(M. D. Sarkar, Macromolecules, 36 (2003) 630)。彼らの報告によれば、相分離で生じたHPDLC内の液晶滴サイズは、出発原料におけるモノマー官能基数が増加すると大きくなる傾向を示す。一方でKyuらは、HPDLCのストライプパターンでの相分離にともなう液晶相の分布と配向秩序をシミュレーションで再現し、液晶濃度の違いにより相分離モフォロジーが変わることを報告している(T. Kyu, Phys. Rev. E, 63 (2001) 061802)。
【0032】
一方、物理的解釈としては、相分離機構は系の自由エネルギーの変化で説明されることが多い。それによると、液晶とモノマーとの系ではそれらの混合で生じる自由エネルギーと液晶相の配向秩序による自由エネルギーとの和が相分離条件を支配し、さらに重合が進むにつれて液晶・モノマー・ポリマーの混合比率が逐一変化するため、より複雑な振舞いとなる。液晶滴内部の分子配向秩序は、液晶滴のサイズや分布など相分離構造と密接に関わり、それらの形成過程は、(1)液晶とモノマーの比率、(2)モノマー官能基数、(3)露光温度、(4)粘度といった因子より影響を受ける。より詳細には、(1)では、液晶の割合が高まるとともに、相分離時の液晶リッチ領域が増える。(2)に関しては、モノマーの官能基数を増加すると、高分子のネットワーク構造化により液晶滴のサイズが小さくなる傾向が現れる。(3)および(4)は、相分離機構が温度と粘度に深く関わっていることに起因する。
【0033】
本発明の実施例1では、高分子マトリックス中に存在する液晶滴の形状と分布の影響を受けて液晶分子の配向秩序の空間分布が変わる可能性を狙い、次のコンセプトで探索を行った。(i) 液晶の自己組織的な配向付けを促す高分子ネットワーク構造を狙って、官能基数の少ないモノマーの効果を探る。(ii) 液晶濃度を増加(あるいは減少)させると同時にモノマーの官能基数を増加(減少)させ、素子の構造安定性を維持する。(iii) モノマー官能基数と液晶濃度との関係を固定して反応性の異なるモノマーの導入効果を探る。 (iv) 材料系をそのままにして露光温度による液晶滴形状の変化の効果を探る。
【0034】
ここで実際の作製手順の一例を示すが、本発明の構造を実現するために、これにのみ制限されるものでない。まず出発原料として、表1に記載する液晶、モノマー、重合開始材、色素(増感材)を所定の重量比で混合し、二枚の透明基板の10μmの間隙に注入した。
【0036】
液晶に4-Cyano-4'-pentylbiphenyl (いわゆる5CB) (メルク)、モノマーとして2-hydroxy-3-phenoxy propyl acrylate (共栄社化学)、dimethylol tricyclo decane diacrylate (共栄社化学)、1-Vinyl-2-Pyrrolidinone (アルドリッチ)、2-hydroxyethyl methacrylate (共栄社化学)、開始材としてN-Phenylglycine(東京化成)、色素(増感材)としてDibromofluoroscein (東京化成)を加えた。重量比として液晶と官能基を一つ有するモノマー1をそれぞれX%、(85-X)%とし、官能基を二つ持つモノマー2を10%、またクロスリンカーとしての役割を果たすタイプの異なるモノマー3と4をそれぞれY%と(5-Y)%として、合計100%とし、さらに開始材と色素(増感剤)を付加して、X=30〜50%、Y=1〜3%の範囲で分量を振った。Xの変化は上述の(i)と(ii)の操作に相当し、Xを30%から50%まで増加することで官能基数増加による網目構造の強化と液晶濃度増加による液晶凝集滴の形状と分布ひいては配向秩序の空間分布の形成を試みた。一方、Yの変化は(iii)に相当し、官能基数を一定に維持し、反応速度などが異なるメタクリル系とビニル系のモノマーの効果を比べた。ホログラフィック露光は25〜70℃の範囲の何れかの温度で行い、(iv)に記したように、モノマー・液晶の組成の効果と別に温度変化の効果を探った。
【0037】
本実施例での露光は波長532nmの単一モード発振レーザ光源(昭和オプトロニクス、J150GS)より出射したレーザ光を二光束に分け、格子ピッチ1μm、格子スラント角0°となるよう、ビームを試料基板面の垂直軸からそれぞれ±15°で入射して干渉縞を形成し、光強度40mW/cm
2として5分間照射した。
【0038】
試料の格子構造を走査型電子顕微鏡(SEM)、光学分光回折法により調べた。実施例として作製した回折格子二例の屈折率分布を
図3に示す。
図3(a)、3(b)は、それぞれX=40%、50%として露光温度40℃で作製した試料を温度20℃にし測定した結果で、格子ベクトル方向(x軸)に沿った2つの屈折率変調分布Δn
xとΔn
yz(白の実線と破線)を示す。また図の背景に、屈折率変調ピッチ(1μm設計で作製したが、実際にはΛ=1.03μmだった)に一致するようスケールを合わせたSEM断面像を示す。これを見ると、作製条件により相分離構造が変化し、屈折率分布が大きく変わっていることがわかる。とくに、Δn
yzでは半ピッチ(Λ/2)の変調成分が明確に現れ、本研究で求める光学構造、すなわちΔn
xとΔn
yzで異方性をもった空間的変調が形成されていることが確認された。これらのHPDLC素子を昇温して、液晶のネマティック-等方相転移点(本材料では35℃)より高い50℃で屈折率分布を調べた(黒の細実線と太破線)。その結果、黒の細実線と太破線が一致することが見られるように、周期構造中の複屈折性が消失したことから、この光学異方性は液晶の配向秩序分布で生じていると結論付けられる。このように、本研究で作製したHPDLCの屈折率変調分布は、偏光方向により異なるピッチ成分が現れ、このような光学異方性をもつ格子を形成することで、本発明課題である、偏光方向でBragg回折波長の切り換えが可能な波長セレクターを実現できる。
【0039】
図4と
図5に、それぞれ
図3(a)と3(b)で示した屈折率変調分布で生じるBragg回折スペクトルの入射角および波長依存性を三次元形式のグラフで示す。横軸は媒質中での入射角θ'、縦軸は波長λ、高さ軸が回折効率η
pあるいはη
sで、高さ方向にプロットした各々の棒グラフが測定データである。θ'-λ平面内でN=1〜7の数値を打った実線曲線は、格子ピッチ(Λ/N)に相当するBraggの関係式
で、本発明ではN次のBraggモードと表現する。
【0040】
図3(a)で示した低温での屈折率変調Δn
xは、
図3(b)でのそれに比べ、基本ピッチΛの正弦波に近い分布を示し、Δn
yzにはN次のピッチ(Λ/N)の正弦波状の変調が現れ、このような格子構造は、
図4に示すように、p偏光ではN=1の回折効率が高まり、s偏光ではN=2の回折効率が高まる。一方、
図3(b)では、低温の屈折率が非正弦波状に変調され、Δn
yzでは、半ピッチ(Λ/2)の変化が顕著になっており、
図5に示すように、p偏光ではN=1、2と複数のBraggモードが現れ、s偏光ではN=2のモードで高い回折効率を示す。
図4および5は、20℃での結果で、これをネマティック-等方相転移点より高い50℃まで昇温すると、例えば
図4からこの昇温で、
図6に示す変化で見られるように、pおよびs偏光はともに回折が弱められて値が一致し、等方性の回折格子構造となる。
【0041】
本発明である偏光制御型の波長切換え素子の動作スキームを
図7にまとめる。
【0042】
タイプAは、入射光線と回折光線を含む平面内の偏光 (p偏光)で、一つの入射角で入射した異なる二つの波長の光の内、一方の波長の光(実線)は回折状態、他方の波長の光(破線)は非回折状態となるのに対し、その平面に垂直な偏光(s偏光)に偏光方向を切り換えると、前者の波長の光は非回折状態、後者の波長は回折状態に切り換わり、この切り換えが偏光方向に可逆的に行われる、いわゆる二波長間の交換型切り換えの特徴を有している。
【0043】
タイプBは、異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、その内の一つの波長の光(実線)がp偏光で回折状態、s偏光で非回折状態と切り換わるのに対し、他方の波長の光(破線)はpおよびs偏光に拘らず非回折状態を維持するという特徴を有する。
【0044】
タイプCは、異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、一方の波長の光(破線)は偏光に拘らず回折状態を維持し、他方の波長の光(実線)は、p偏光で回折状態となりs偏光で非回折状態に切り換わる特徴を持つ。
【0045】
タイプDは、異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、これら二つの波長の光が揃ってp偏光で回折状態、s偏光で非回折状態に切り換わる特徴を持つ。
【0046】
タイプEは、異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、その内の一つの波長の光(実線)がs偏光で回折状態、p偏光で非回折状態と切り換わるのに対し、他方の波長の光(破線)はpおよびs偏光に拘らず非回折状態を維持するという特徴を有する。
【0047】
タイプFは、異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、一方の波長の光(破線)は偏光に拘らず回折状態を維持し、他方の波長の光(実線)は、s偏光で回折状態となりp偏光で非回折状態に切り換わる特徴を持つ。
【0048】
タイプGは、異なる二つの波長が含まれる光を入射すると、これら二つの波長の光が揃ってs偏光で回折状態、p偏光で非回折状態に切り換わる特徴を持つ。
図7に示したこれらの動作スキームは、前述のように、材料組成と作製条件を変えることで実現される。
【0049】
図8、
図9および
図10に、様々な条件で試作したHPDLC素子の回折特性を示す。
図8および
図9は、それぞれpおよびs偏光での回折効率η
p、η
sで、
図4〜6と同様の形式で示している。原料の重量割合Xと露光温度との組合せの中で、1次Braggモード(N=1)だけでなく、複数のモード
が強められる条件があり、それぞれのモードの回折効率は偏光方向を切り換えると変わる。
図10は、
図8および
図9において入射角θ=30°(媒質内でθ'=19.2°に相当)に固定し、1次および2次のBraggモード(N=1および2で、それぞれ波長1.0と0.5μmに相当)の回折効率の偏光角依存性を示している。ここでは、Yを振った場合の結果も合わせて示す。
図10のそれぞれの結果に記されるアルファベットA〜Dは、
図7に示したタイプA〜Dの動作スキームに対応し、作製条件により様々な波長選択スイッチが実現されることがわかる。Xと温度を組み合わせて振った場合、比較的Xが小さい範囲では、タイプDとなる傾向が強く、Xが増えていくと徐々にタイプCとなり、さらにタイプBおよびAに移行する様子が見られる。露光温度の変化で見ると、Xが比較的小さい場合、タイプCおよびDで依存性が見られないのに対し、Xが大きい場合、タイプBやCからAに推移する様子が見られる。一方、タイプE〜Gは、それぞれタイプB〜Dにおいてpとs偏光での振舞いをsとp偏光に入れ換えたことに相当し、原理的には、タイプBからDで用いる正の分極率を持つ液晶を負の分極率をもつ液晶に原料を変えることで実現され、例えば、N−(p−methoxy benzylidene)−p'−butyl aniline(MBBA)などがある。
【0050】
以上の説明では、官能基数の少ないモノマーに着目し、高分子が比較的緩くネットワーク構造を形成する中での液晶滴の分布と滴内の液晶分子の配向秩序の制御性を示したが、格子構造中の配向秩序の分布の自己組織化による制御は、材料系や作製条件の様々な組合せにより実現されうる可能性が高く、本実施例に制限されるものではない。