(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6236864
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】癌の検出方法及び膵臓特異的リボヌクレアーゼ1を認識する抗体
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20171120BHJP
G01N 33/573 20060101ALI20171120BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20171120BHJP
C07K 16/40 20060101ALI20171120BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
G01N33/574 BZNA
G01N33/573 A
G01N27/62 V
C07K16/40
C12P21/08
【請求項の数】11
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-101986(P2013-101986)
(22)【出願日】2013年5月14日
(65)【公開番号】特開2014-134529(P2014-134529A)
(43)【公開日】2014年7月24日
【審査請求日】2016年4月15日
(31)【優先権主張番号】特願2012-131970(P2012-131970)
(32)【優先日】2012年6月11日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2012-272285(P2012-272285)
(32)【優先日】2012年12月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】仲田 大輔
【審査官】
柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−180174(JP,A)
【文献】
Glycobiology, (2007), 17, [4], p.388-400
【文献】
Biochem. Biophys. Res. Commun., (1995), 216, [1], p.406-413
【文献】
Int. J. Cancer, (2008), 122, [10], p.2301-2309
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/574
C07K 16/00−16/46
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵臓特異的リボヌクレアーゼ1の配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量を測定し、膵臓癌患者では健常人に比べてN型糖鎖が結合している部位の量が増加することを特徴とする、膵臓癌の検出方法。
【請求項2】
下記A,Bにおいて、AとBとの比を求め、
A=膵臓特異的リボヌクレアーゼ1の配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基であって、N型糖鎖が結合していない部位の量
B=膵臓特異的リボヌクレアーゼ1の配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基の量
膵臓癌患者では、健常人と比べて、A/Bの値が小さくなることを特徴とする、膵臓癌の検出方法。
【請求項3】
下記A,Bにおいて、AとBとの比を求め、
A=膵臓特異的リボヌクレアーゼ1の配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基であって、N型糖鎖が結合している部位の量
B=膵臓特異的リボヌクレアーゼ1の配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基の量
膵臓癌患者では、健常人と比べて、A/Bの値が大きくなることを特徴とする、膵臓癌の検出方法。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の方法において、膵臓特異的リボヌクレアーゼ1の量を求め、その値を換算してBの値とする方法。
【請求項5】
膵臓特異的リボヌクレアーゼ1の配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基を含む領域を特異的な抗原認識部位の一部とし、当該アスパラギン残基にN型糖鎖が結合していない場合に特異的に結合し、N型糖鎖が結合している場合に特異的な結合が阻害されるモノクローナル抗体またはその抗原結合断片。
【請求項6】
(a)請求項5に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片、及び試料、を接触させ、(a)のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片と複合体を形成した膵臓特異的リボヌクレアーゼ1を測定する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項6に記載の方法において、さらに(b)請求項5に記載されたモノクローナル抗体またはその抗原結合断片と同時に膵臓特異的リボヌクレアーゼ1に特異的に結合できるモノクローナル抗体またはその抗原結合断片、を試料と接触させ、(a)及び(b)の2つのモノクローナル抗体またはその抗原結合断片と複合体を形成した膵臓特異的リボヌクレアーゼ1を測定する工程を含む方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法において、試料を、(a)又は(b)の一方と接触させる第一の接触工程と、第一の接触工程で得られたものに(a)又は(b)の他方を接触させる第二の接触工程を含む方法。
【請求項9】
請求項5に記載のモノクローナル抗体またはその抗原結合断片を含有し、請求項1〜4、6〜8のいずれかに記載の方法に用いられることを特徴とする膵臓癌の検出試薬。
【請求項10】
膵臓特異的リボヌクレアーゼ1の配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量を質量分析法によって求める、請求項1〜4いずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
請求項10に記載の方法において、膵臓特異的リボヌクレアーゼ1のペプチド断片および/または糖ペプチド断片の質量を質量分析法によって測定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌の検出方法及び膵臓特異的リボヌクレアーゼ1を認識する抗体に関する。より詳しくは、糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位における糖鎖の結合の有無を測定することによる癌の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
診断初期段階での癌の検出方法としては、非侵襲的な生体由来の試料、例えば血液や尿などの比較的採取が容易な体液を被検体とすることが好ましい。現在の膵臓癌の診断の際に使用される血清マーカーとしてCA19−9、DUPAN−2などがある。しかしながら、これらのマーカーは臓器特異性が低いことや、遺伝的理由から当該マーカーに反応しない場合があるなど、決定的な確定診断にはならないという欠点がある。
【0003】
リボヌクレアーゼファミリーの1つである膵臓特異的リボヌクレアーゼ1(以下、リボヌクレアーゼ1を「RNase 1」と称する)は膵臓特異的に発現し、細胞外の体液中に分泌される糖タンパク質である。このタンパク質は、156アミノ酸からなるペプチド(配列番号1)として翻訳され、分泌シグナルの除去、糖鎖修飾を受けた後、128アミノ酸のペプチド配列(配列番号2)を持つ成熟糖タンパク質として細胞外に分泌される。N型糖鎖修飾可能部位、即ちN型糖鎖修飾を受ける可能性があるアミノ酸残基は、配列番号2における34番目、76番目、88番目アスパラギン残基である。
【0004】
膵臓特異的RNase 1は古くから研究され、癌における発現や活性の変化などが報告されているが、実際に臨床応用されている例はない。1980年にDoranらは、血清中のリボヌクレアーゼ活性が、膵臓癌患者で増加すると報告しているが(非特許文献1)、活性のみの記載であり、リボヌクレアーゼの分子種に関しては特定されていない。膵臓特異的RNase 1の糖鎖修飾に関しては、1994年に健常人から得たリボヌクレアーゼに関して報告され、3カ所ある糖鎖修飾可能部位のそれぞれの糖鎖付加の程度について報告が有るが、膵臓癌との関連性に付いては報告されていない(非特許文献2)。2000年に、Fernandez−Salasらは膵臓癌由来培養細胞から分泌された膵臓特異的RNase 1の分子量が、正常の膵臓から得られたものと比べて大きくなることを報告し、その理由の1つとして糖鎖修飾量の増加を指摘した(非特許文献3)。さらに同研究グループは、2003年と2007年に、膵臓特異的RNase 1の糖鎖修飾に関する報告を発表し、その中で膵癌患者の血清から得られた膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖構造が変化していることを指摘し、特にコアフコシル化された2本分岐複合型糖鎖が増加することを明らかにし、膵臓特異的RNase 1の分子量増加は付加している糖鎖構造自体の分子量増加に起因しているとした(非特許文献4、5)。しかしながら、糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位における糖鎖結合の有無と癌とを関連付ける報告はこれまでになかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Clin. Pathol. 33, 1212−13 (1980)
【非特許文献2】Biol. Chem. Hoppe Seyler 375, 357−63 (1994)
【非特許文献3】Eur J Biochem. 267, 1484−1494 (2000)
【非特許文献4】Glycobiology 13, 227−244 (2003)
【非特許文献5】Glycobiology 17, 388−400 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位に着目し、癌の検出方法及び膵臓特異的RNase 1を認識する抗体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、癌患者では膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位において糖鎖が結合している場合が健常人と比べて増加していることを見いだし、本発明を完成するに至った。また本発明者は膵臓特異的RNase 1に対して特異的に結合する抗体であって、膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位を抗原認識部位の一部とし、N型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が結合している場合には膵臓特異的RNase 1に対する結合が阻害される抗体を見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち本発明は、以下のとおりである。
(1)糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量を測定することを特徴とする癌の検出方法。
(2)癌が膵臓癌である、(1)に記載の方法。
(3)糖タンパク質が膵臓特異的RNase 1である(1)又は(2)に記載の方法。
(4)膵臓癌患者では健常人に比べてN型糖鎖が結合している部位の量が増加する、(2)又は(3)に記載の方法。
(5)下記A,Bにおいて、AとBとの比を求めることを特徴とする、癌の検出方法。
A=糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量
B=糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位の量
(6)癌が膵臓癌である、(5)に記載の方法。
(7)糖タンパク質が膵臓特異的RNase 1である(5)又は(6)に記載の方法。
(8)上述の(6)又は(7)に記載の方法において、A=N型糖鎖が結合していない部位の量、であり、膵臓癌患者では、健常人と比べて、A/Bの値が小さくなる方法。
(9)上述の(6)又は(7)に記載の方法において、A=N型糖鎖が結合している部位の量、であり、膵臓癌患者では、健常人と比べて、A/Bの値が大きくなる方法。
(10)上述の(7)〜(9)いずれかに記載の方法において、膵臓特異的RNase 1の量を求め、その値を換算してBの値とする方法。
(11)N型糖鎖修飾可能部位が、配列番号2に示された配列の34番目、76番目及び88番目から選ばれる1つ以上のアスパラギン残基である、(1)〜(10)いずれか1項に記載の方法。
(12)N型糖鎖修飾可能部位が、配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基である、(11)に記載の方法。
(13)N型糖鎖修飾可能部位が、配列番号2に示された配列の76番目のアスパラギン残基である、(11)に記載の方法。
(14)N型糖鎖修飾可能部位が、配列番号2に示された配列の34番目のアスパラギン残基である、(11)に記載の方法。
(15)膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位を抗原認識部位の一部とするモノクローナル抗体またはその断片。
(16)膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位に、糖鎖が結合していない場合に結合し、N型糖鎖が結合している場合に結合が阻害される、(15)に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
(17)抗原認識部位が、配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基を含む領域である(15)又は(16)に記載のモノクローナル抗体またはその断片。
(18)上述の(15)〜(17)のいずれか1項に記載されたモノクローナル抗体またはその断片と同時に膵臓特異的RNase 1に結合できることを特徴とする、モノクローナル抗体またはその断片。
(19)(a)上述の(15)〜(17)のいずれか1項に記載のモノクローナル抗体またはその断片、及び試料、を接触させ、(a)のモノクローナル抗体またはその断片と複合体を形成した膵臓特異的RNase 1を測定する、(1)〜(14)のいずれか1項に記載の方法。
(20)上述の(19)において、さらに(b)上述の(18)に記載のモノクローナル抗体またはその断片、を試料と接触させ、(a)及び(b)の2つのモノクローナル抗体または抗体断片と複合体を形成した膵臓特異的RNase 1を測定する方法。
(21)上述の(20)に記載の方法において、試料を、(a)又は(b)の一方と接触させる第一の接触工程と、第一の接触工程で得られたものに(a)又は(b)の他方を接触させる第二の接触工程を含む方法。
(22)上述の(15)〜(17)のいずれか1項に記載のモノクローナル抗体またはその断片を含有することを特徴とする医薬品。
(23)糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量を質量分析法によって求める、(1)〜(14)いずれか1項に記載の方法。
(24)上述の(23)に記載の方法において、糖タンパク質のペプチド断片および/または糖ペプチド断片の質量を質量分析法によって測定する方法。
【0009】
以下に本発明を更に詳細に説明する。本発明は、糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量を測定することにより、癌を検出するものである。このとき、糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位であって、N型糖鎖が結合している「部位」の量、またはN型糖鎖が結合していない「部位」の量を測定するものであって、N型糖鎖修飾可能部位に対して結合している「糖鎖」の量を測定するものではない。癌としては特に限定されるものではないが、特に膵臓癌を検出することができる。
【0010】
測定対象となる糖タンパク質としては、特に限定はされないが、膵臓特異的RNase 1が好ましい。またそれはヒト生体試料由来であることが好ましい。これらを測定対象とすることにより、とりわけヒトの膵臓癌を検出することができる。このとき、膵臓癌患者では、健常人と比べてN型糖鎖修飾可能部位にN型糖鎖が結合している場合が多く、N型糖鎖修飾可能部位の中でN型糖鎖が結合している部位が増加するため、これを指標として膵臓癌を検出することができる。
【0011】
また本発明は、下記A,Bにおいて、AとBとの比を求めることを特徴とする、癌の検出方法である。
A=糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量
B=糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位の量
癌としては特に限定されるものではないが、特に膵臓癌を検出することができる。測定対象となる糖タンパク質としては、特に限定はされないが、膵臓特異的RNase 1が好ましい。
【0012】
また、A=N型糖鎖が結合していない部位の量、であり、膵臓癌患者では、健常人と比べて、A/Bの値が小さくなる方法であることが好ましい。またA=N型糖鎖が結合している部位の量、であり、膵臓癌患者では、健常人と比べて、A/Bの値が大きくなる方法であることも好ましい。
【0013】
B=膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位の量、の場合、その求め方には特に限定はなく、例えば膵臓特異的RNase 1の量を求め、その値を換算してBの値とすることができる。具体的には、膵臓特異的RNase 1は前述のように3つのN型糖鎖修飾可能部位(配列番号2の34,76,88番目のアスパラギン残基)を有するので、測定対象としてそのいずれか1つ、もしく2つの部位、またはすべての部位の量としたときには、それに応じてB=膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位の量も、膵臓特異的RNase 1の量のそれぞれ1倍、2倍または3倍と換算することができる。なお、膵臓特異的RNase 1の量は、例えば免疫学的測定法や質量分析を使用した方法により求めることができる。
【0014】
なお、膵臓特異的RNase 1は、前述のように3つのN型糖鎖修飾可能部位(配列番号2の34,76,88番目のアスパラギン残基)を有する。そのいずれか1つもしくは2つの部位またはすべての部位において、N型糖鎖が結合している部位の量または結合していない部位の量を測定することにより、又はその量と膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位の量との比を求めることにより、癌を検出することができる。特にN型糖鎖修飾可能部位として、配列番号2の88番目のアスパラギン残基に対して上述の量を測定すると、癌患者と健常人とではその値に顕著な差がみられるため、癌の検出方法として好ましいものである。同様に、配列番号2の76番目又は34番目のアスパラギン残基に対して上述の量を測定することも好ましい。
【0015】
また本発明は、膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位を抗原認識部位の一部とするモノクローナル抗体またはその断片である。このようなモノクローナル抗体は、例えば膵臓特異的RNase 1またはそのN型糖鎖修飾可能部位を含む近傍のペプチド配列を免疫原とし、常法に従い作製することができる。また抗体の抗原特異性は、その抗原決定基への抗体の結合を標準アッセイ、たとえばELISAまたはFACS分析を用いて決定することができる。またモノクローナル抗体の断片としては、様々な酵素で全抗体を消化して得られるFabまたはF(ab’)
2フラグメント等があげられる。このようなモノクローナル抗体又はその断片の中で、本発明においては、特に膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位に、糖鎖が結合していない場合に結合し、N型糖鎖が結合している場合に結合が阻害されるものが好ましい。
【0016】
さらに、このようなモノクローナル抗体またはその断片の中でも、本発明においては、抗原認識部位が、配列番号2に示された配列の88番目のアスパラギン残基を含む領域であるものが好ましい。とりわけ、膵臓特異的RNase 1の糖鎖修飾可能部位のうち最もカルボキシル末端側に位置する部位の近傍のアミノ酸配列(配列番号3)を認識部位の一部に含むモノクローナル抗体またその断片であることが好ましい。このようなモノクローナル抗体として、本発明で作製した抗ヒト膵臓特異的RNase 1モノクローナル抗体RrhRN0723をあげることができる。このモノクローナル抗体RrhRN0723は、膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位のうち、配列番号2の88番目のアスパラギン残基にN型糖鎖が結合している場合には、膵臓特異的RNase 1への結合が阻害されるものである。
【0017】
また本発明は、膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位を抗原認識部位の一部とするモノクローナル抗体またはその断片と同時に膵臓特異的RNase 1に結合できることを特徴とする、モノクローナル抗体またはその断片である。このようなモノクローナル抗体は、例えば膵臓特異的RNase 1を免疫原とし、常法に従い作製し、上述の膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位を認識するモノクローナル抗体またはその断片と同時に膵臓特異的RNaseに結合することができるものをスクリーニングすればよい。またモノクローナル抗体の断片は、例えば様々な酵素で全抗体を消化して得られるFabまたはF(ab’)
2フラグメントなどがあげられる。このようなモノクローナル抗体として、本発明で作製した抗ヒト膵臓特異的RNase 1モノクローナル抗体MrhRN0614をあげることができる。このモノクローナル抗体MrhRN0614は、前述のモノクローナル抗体RrhRN0723と同時に膵臓特異的RNase 1に結合することができる。
【0018】
本発明においては、このようなモノクローナル抗体またはその断片は、アルカリフォスファターゼ、ペルオキシダーゼ、ビオチン、フルオレセインイソチオシアネート等で標識されていてもよい。
【0019】
また本発明は、(a)膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位を抗原認識部位の一部とするモノクローナル抗体またはその断片、及び試料、を接触させ、(a)のモノクローナル抗体またはその断片と複合体を形成した膵臓特異的RNase 1を測定する、癌の検出方法である。このような方法としては、例えば競合法や抗体アレイ法をあげることができる。
【0020】
また本発明は、上述の(a)のモノクローナル抗体又はその断片に加えて、さらに(b)として(a)と同時に膵臓特異的RNase 1に結合できるモノクローナル抗体またはその断片を試料と接触させ、(a)及び(b)の2つのモノクローナル抗体または抗体断片と複合体を形成した膵臓特異的RNase 1の糖鎖修飾可能部位であってN型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量を測定する癌の検出方法である。このとき、(a)および(b)のモノクローナル抗体又はその断片は、試料に対して同時に接触させてもよいが、順次接触させる方が好ましい。順次接触させる場合、試料と(a)または(b)の一方と接触させる第一の接触工程と、次いで第一の接触工程で得られたものに(a)又は(b)の他方を接触させる第二の接触工程とを含む。このとき、第一の接触工程では試料と(b)とを接触させ、次いで第二の接触工程で(a)と接触させることが好ましい。(a)、(b)としては、前述の本発明のモノクローナル抗体又はその断片を用いることができ、特に(a)としてはモノクローナル抗体RrhRN0723またはその断片、(b)としてはモノクローナル抗体MrhRN0614またはその断片を用いることが更に好ましい。このような方法としては、たとえばELISA法やEIA法のほか、液体クロマトグラフィー法、高速液体クロマトグラフィー法、イムノクロマト法等により、形成された免疫複合体を分離し測定してもよい。
【0021】
このように膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位を抗原認識部位の一部とするモノクローナル抗体またはその断片は、診断薬等の医薬品として使用することができる。
【0022】
本発明において、糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量を求める方法としては、特に限定はなく、上述のようなイムノアッセイを用いた方法でもよく、また質量分析法によって求めてもよい。質量分析法によって求める場合、例えば糖タンパク質を酵素等で分解し、得られたペプチド断片及び/又は糖ペプチド断片の質量を質量分析器等で測定することにより、糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位であって、N型糖鎖が結合している部位又は結合していない部位の量を求めることができる。質量分析器を使用する方法において、糖タンパク質からペプチド断片を得る方法としては、例えばJ. Proteome Res.3,556−566 (2004)に報告されているように、糖鎖分解酵素による一連の糖鎖除去処理とエンド型ペプチダーゼによるタンパク質のペプチド骨格の断片化が挙げられる。糖鎖分解酵素による一連の糖鎖除去処理の一例を挙げると、エキソ型糖鎖分解酵素であるシアリダーゼ、ガラクトシダーゼ、ヘキソサミニダーゼ、マンノシダーゼ、フコシダーゼの中から選ばれる1つ以上の酵素と、N型糖鎖の基幹構造部分のキトビオース構造に作用するエンド型グリコシダーゼ、例えばエンドグリコシダーゼHなどを使用して、N−アセチルグルコサミンの単糖構造をN型糖鎖修飾可能部位のアスパラギン残基上に残す方法がある。この方法では、N−アセチルグルコサミンの単糖構造がタンパク質のペプチド骨格上に残るため、任意のエンド型ペプチダーゼ処理によって得られた断片のうち、アミノ酸配列から計算上求められる推定分子量からN−アセチルグルコサミンの分子量だけ質量が増加した糖ペプチド断片を検出することで、特定のN型糖鎖修飾可能部位における糖鎖の付加状態が判別可能となる。以上に挙げた方法によって膵臓特異的RNase 1を分析することで、質量分析法によって糖鎖付加状態の有無を確認することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、癌の検出、特に膵臓癌の検出を行うことができる。また本発明により、膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位を抗原認識部位の一部とするモノクローナル抗体、及びそのモノクローナル抗体と同時に膵臓特異的RNase 1に結合することができるモノクローナル抗体が提供される。この2つの抗体を使用し、前述の癌の検出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】実施例2で、抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体の糖鎖修飾欠損変異導入抗原に対する結合性を測定した結果を示す図である。
【
図2】実施例2で、抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体のアミノ酸置換変異導入抗原に対する結合性を測定した結果を示す図である。
【
図3】実施例2で、糖鎖修飾欠損変異導入抗原m001の糖鎖結合状態を分析した結果を示す図である。
【
図4】実施例2で、各フラクションにおけるアルファーメチルマンノシドの濃度と、抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体の結合性を測定した結果を示す図である。
【
図5】実施例3で、検体中の糖鎖修飾膵臓特異的RNase 1を測定した結果を示す図である。
【
図6】実施例3で、膵臓癌と非膵臓癌の測定値の分布と2群間での有意差を示す図である。
【
図7】実施例3で、膵臓癌と非膵臓癌のROC統計解析の結果を示す図である。
【
図8】実施例4で、ウェスタンブロット法により抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体の抗原認識性能を検討した結果を示す図である。
【
図9】実施例4で、抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体を使用したウェスタンブロット法により、健常人血清および膵臓癌患者血清中の膵臓特異的RNase 1のAsn88における糖鎖結合の有無を調べた結果を示す図である。
【
図10】実施例5で、抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体RrhRN1111の糖鎖修飾欠損変異導入抗原に対する結合性を測定した結果を示す図である。
【
図11】実施例5で、健常人と膵臓癌のRNase 1の測定値から、F
3/t値およびG
3/t値を求めた結果を示す図である。
【
図12】実施例6で、RrhRN0723抗体を用いた抗原固相競合法により、競合抗原の希釈系列を測定した結果を示す図である。
【実施例】
【0025】
実施例1 抗体の作製
免疫原の調製
ヒト膵臓特異的RNase 1全長を含むポリペプチドを取得するために、昆虫細胞で発現可能なプラスミドベクターに成熟型ヒト膵臓特異的RNase 1(配列番号2)をコードする遺伝子配列を挿入した発現プラスミドを作製した。詳しく説明すると、昆虫細胞組換えタンパク質発現用プラスミドであるpIZ/V5His vector(ライフテクノロジー社)のマルチクローニングサイトに、5’上流側からヒトイムノグロブリンカッパー鎖をコードする遺伝子配列、Hisタグをコードする遺伝子配列、FLAGタグをコードする遺伝子配列、ヒト膵臓特異的RNase 1をコードする遺伝子配列(配列番号1)からシグナルペプチドであるアミノ酸1番から28番までに相当する84核酸残基の遺伝子を除いた領域(配列番号2)を挿入した。作製された発現プラスミドpIZ−KFH−hRNase1は、昆虫細胞株Sf9にCellfectin II (ライフテクノロジー社)を用いて遺伝子導入を実施したことにより、N末端側にヒトイムノグロブリンカッパー鎖が付加した組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1が培地中に分泌されることを確認した。培地中に分泌されたタンパク質は、培養上清から抗ヒトイムノグロブリンカッパー軽鎖抗体を用いたアフィニティー精製により濃縮精製して免疫原とした。
【0026】
免疫動物への免疫
上述の免疫原を用いてマウスおよびラットに免疫を実施した。詳しくは、マウスへの免疫の場合、100μgの免疫原をフロイント完全アジュバンドと共に、6週齢Balb/c雌マウス腹腔に投与し初回免疫とした。その後、7日後、14日後、21日後、28日後、35日後に免疫原100μgをフロイント不完全アジュバンドと共に腹腔投与し、追加免疫とした。さらに、42日後に免疫原100μgを生理食塩水と共に腹腔投与し、最終免疫とした。ラットへの免疫の場合は、100μgの免疫原をフロイント完全アジュバンドと共に、6週齢WHY雌ラット両後肢フットパッドへ投与し初回免疫とした。その後、28日後に免疫原100μgを生理食塩水と共に後肢フットパッドへ投与し、最終免疫とした。
【0027】
抗体産生ハイブリドーマの作製
最終免疫の3日後に、マウスから脾臓を摘出し、脾臓細胞を回収した。ラットからは、腸骨リンパ節と鼠蹊リンパ節を摘出し、リンパ節細胞を得た。マウス脾臓細胞およびラットリンパ節細胞は、それぞれマウスミエローマ細胞株と電気細胞融合法により融合させた後、ヒポキサンチン、アミノプテリン、およびチミジンを添加したGIT培地(和光純薬工業株式会社)で細胞培養用96ウェルプレートに播種することにより、融合細胞を選択した。
【0028】
マウス抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体産生融合細胞株の選定
マウス抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体産生融合細胞株は、融合細胞が培地中に分泌する抗体の、組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1に対する反応性を指標にしたELISA法によるスクリーニングにより選択した。スクリーニングに用いたELISAは以下の通りである。96穴マイクロタイタープレート(グライナー社製)の各ウェルに25ngのヤギ抗ヒトイムノグロブリンカッパー鎖抗体(シグマアルドリッチ社製)を含むリン酸緩衝液(50mM リン酸ナトリウム、150mM NaCl、pH7.4)を50μl加えて4℃16時間固定した。これらのウェルを300μlの洗浄液(20 mM Tris−HCl, 150 mM NaCl,pH7.4)で3回洗浄した後、3%BSAを含むブロッキング溶液(3%BSA,20mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH7.4)を200μl加えて室温で2時間放置してブロッキングを行った(抗ヒトイムノグロブリンカッパー鎖抗体固相化プレート)。各ウェルを300μlの洗浄液で3回洗浄した後、0.5μg/mlとなるように希釈液(1%BSA、20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05%Tween−20、pH7.4)で希釈した組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1を加え、室温で1時間放置した。各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05% Tween−20、pH7.4)で3回洗浄した後、50μlの融合細胞培養上清を加えて室温で1時間放置した。次に、各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液で3回洗浄した後、0.01μgのホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)標識された抗マウスIgG抗体(Rockland社製)を含む希釈液を50μl加えて、室温で1時間放置した。最後に、各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液で3回洗浄した後、50μlのテトラメチルベンジジン(TMB)溶液(KPL社製)を添加して15分間発色させた後に、1Mのリン酸溶液を添加することで反応を停止し、450nmにおける吸光度を測定した。スクリーニングの結果から、膵臓特異的RNase 1に強い親和性を示す抗体を産生する融合細胞を得た。得られた融合細胞は、限界希釈法によりモノクローン化され、モノクローナル抗体MrhRN0614を得た。
【0029】
ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体産生融合細胞株の選定
ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体産生融合細胞株は、融合細胞が培地中に分泌する抗体の、ヒト膵臓癌細胞(Capan1)由来の膵臓特異的RNase 1に対する反応性を指標にしたELISA法によるスクリーニングにより選択した。スクリーニングに用いたELISAは以下の通りである。96穴マイクロタイタープレート(グライナー社製)の各ウェルに25ngのマウス抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(MrhRN0614)を含むリン酸緩衝液(50mM リン酸ナトリウム、150mM NaCl、pH7.4)を50μl加えて4℃、16時間固定した。これらのウェルを300μlの洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH7.4)で3回洗浄した後、3%BSAを含むブロッキング溶液(3%BSA,20mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH7.4)を200μl加えて室温で2時間放置してブロッキングを行った(抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体固相化プレート)。各ウェルを300μlの洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH7.4)で3回洗浄した後、希釈液(1%BSA、20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05% Tween−20、pH7.4)で2倍に希釈したヒト膵臓癌細胞(Capan1)の培養上清を加え、室温で1時間放置した。各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05% Tween−20、pH7.4)で3回洗浄した後、50μlの融合細胞培養上清を加えて室温で1時間放置した。次に、各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液で3回洗浄した後、0.01μgのHRP標識された抗ラットIgG抗体(American Qualex Antibodies社製)を含む希釈液を50μl加えて、室温で1時間放置した。最後に、各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液で3回洗浄した後、50μlのTMB溶液を添加して15分間発色させた後に、1Mのリン酸溶液を添加することで反応を停止し、450nmにおける吸光度を測定した。スクリーニングの結果から、膵臓特異的RNase 1に強い親和性を示す抗体を産生する融合細胞を得た。得られた融合細胞は、限界希釈法によりモノクローン化され、モノクローナル抗体RrhRN0723を得た。
【0030】
実施例2 抗体の特異性測定
哺乳動物発現系による組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1の調製
哺乳動物細胞でヒト膵臓特異的RNase 1全長を含むポリペプチドを取得するために、pcDNA3.1−mycHisベクター(ライフテクノロジー社)にヒト膵臓特異的RNase 1をコードする遺伝子配列(配列番号2)を挿入した発現ベクターを作製した。より詳しくは、免疫原の調製のために作製した昆虫細胞発現用プラスミド(pIZ−KFH−hRNase1)の組換え体タンパク質をコードする遺伝子配列部分を分子生物学的手法によりpcDNA3.1−mycHisベクター(ライフテクノロジー社)に挿入してpcDNA−KFH−hRNase1を作製した。作製した哺乳動物細胞用発現プラスミドは、チャイニーズハムスター卵巣由来培養細胞株(以下、CHO−K1株)にLipofectamine 2000(ライフテクノロジー社)を用いて遺伝子導入を実施したことにより、N末端側にヒトイムノグロブリンカッパー鎖が付加した組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1が培地中に分泌されることを確認した。培地中に分泌されたタンパク質は、培養上清から抗ヒトイムノグロブリンカッパー軽鎖抗体を用いたアフィニティー精製により濃縮精製して組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1を取得した。精製された組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1は、抗体の特異性を明らかにする実験に供された。
【0031】
糖鎖修飾欠損変異抗原の調製
前項で作製した発現ベクター(pcDNA−KFH−hRNase1)を鋳型として、RCR変異導入法によってアミノ酸置換変異を繰り返し導入することで、糖鎖修飾欠損変異導入抗原を発現するプラスミドを作製した。PCR変異導入法には、PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ株式会社)を使用し、添付の説明書に従って実施した。詳しくは、N型糖鎖修飾可能部位のコンセンサス配列(Asn−Xaa−Ser/Thr、Xaaはプロリン以外のアミノ酸残基を指す)の3番目のアミノ酸残基をセリン残基もしくはスレオニン残基以外のアミノ酸に置換することで、糖鎖修飾欠損変異組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1を発現するプラスミドを作製した(表1)。作製した糖鎖修飾欠損変異導入発現プラスミドは、CHO−K1株にLipofectamine 2000(ライフテクノロジー社)を用いて遺伝子導入を実施したことにより、N末端側にヒトイムノグロブリンカッパー鎖が付加した糖鎖修飾欠損変異組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1が培地中に分泌されることを確認した。培地中に分泌された糖鎖修飾欠損変異組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1は、抗体の特異性を明らかにする実験に供された。
【0032】
【表1】
糖鎖修飾欠損変異抗原に対する抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体の反応性の測定
糖鎖修飾欠損変異組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1に対する抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体の反応性は、以下に記載するサンドイッチELISA法により測定した。96穴マイクロタイタープレート(グライナー社製)の各ウェルに25ngのヤギ抗ヒトイムノグロブリンカッパー鎖抗体(シグマアルドリッチ社製)を含むリン酸緩衝液(50mMリン酸ナトリウム、150mM NaCl、pH7.4)を50μl加えて4℃16時間固定した。これらのウェルを300μlの洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH7.4)で3回洗浄した後、3%BSAを含むTBS溶液を200μl加えて室温で2時間放置してブロッキングを行った(抗ヒトイムノグロブリンカッパー鎖抗体固相化プレート)。各ウェルを300μlの洗浄液で3回洗浄した後、前述の糖鎖修飾欠損変異導入発現プラスミドが遺伝子導入されたCHO−KI細胞の培養上清を加え、室温で1時間放置した。各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05% Tween−20、pH7.4)で3回洗浄した後、25ngのHRP標識マウス抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(MrhRN0614)または、25ngのHRP標識ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(RrhRN0723)を含む希釈液を50μl加え、室温で1時間放置した。最後に、各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液で3回洗浄した後、50μlのTMB溶液を添加して10分間発色させた後に、1Mのリン酸溶液を添加することで反応を停止し、450nmにおける吸光度を測定した。
【0033】
図1に測定した結果を示す。横軸は、各抗体が変異未導入組換え抗原WTに対する結合量を1.0とした時の相対値を示す。縦軸は、各糖鎖修飾欠損変異導入抗原を示す。塗りつぶしの横棒はRrhRN0723抗体の結合量、白抜きの横棒はMrhRN0614抗体の結合量を示す。90番目のセリン残基をアラニン残基に置換することにより、88番目アスパラギン残基が糖鎖修飾されなくなった変異体(m110,m010,m100,m000)に対してのRrhRN0723抗体の反応性が、MrhRN0614抗体の反応性に対して低下していることから、ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(RrhRN0723)が、88番目のアスパラギン残基の糖鎖修飾可能部位周辺を認識していることが明らかとなった。また、マウス抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(MrhRN0614)は、どの糖鎖修飾欠損変異抗原に対しても変異未導入組換え抗原WTと同等に反応性を維持していることから、糖鎖修飾可能部位に依存せずに膵臓特異的RNase 1を認識する抗体であることが明らかとなった。
【0034】
アミノ酸置換変異抗原の調製
前述の発現ベクター(pcDNA−KFH−hRNase1)を鋳型として、RCR変異導入法によってアミノ酸置換変異を導入することで、アミノ酸置換変異導入抗原を発現するプラスミドを作製した。PCR変異導入法には、PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ株式会社)を使用し、添付の説明書に従って実施した。詳しくは、配列番号2において85番目のアミノ酸から92番目のアミノ酸残基をそれぞれ別のアミノ酸残基に置換することで、アミノ酸置換変異組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1を発現するプラスミドを作製した(表2)。作製したアミノ酸置換変異導入発現プラスミドは、CHO−K1株にLipofectamine 2000(ライフテクノロジー社)を用いて遺伝子導入を実施したことにより、N末端側にヒトイムノグロブリンカッパー鎖が付加したアミノ酸置換変異導入組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1が培地中に分泌されることを確認した。培地中に分泌されたアミノ酸置換変異導入組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1は、抗体の特異性を明らかにする実験に供された。
【0035】
【表2】
アミノ酸置換変異導入抗原に対する抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体の反応性の測定
アミノ酸置換変異導入抗原に対する抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体の反応性は、以下に記載するサンドイッチELISA法により測定した。96穴マイクロタイタープレート(グライナー社製)の各ウェルに25ngのヤギ抗ヒトイムノグロブリンカッパー鎖抗体(シグマアルドリッチ社製)を含むリン酸緩衝液(50mM リン酸ナトリウム、150mM NaCl、pH7.4)を50μl加えて4℃16時間固定した。これらのウェルを300μlの洗浄液(20 mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH7.4)で3回洗浄した後、3%BSAを含むTBS溶液を200μl加えて室温で2時間放置してブロッキングを行った(抗ヒトイムノグロブリンカッパー鎖抗体固相化プレート)。各ウェルを300μlの洗浄液で3回洗浄した後、アミノ酸置換変異導入抗原を発現するプラスミドが遺伝子導入されたCHO−KI細胞の培養上清を加え、室温で1時間放置した。各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05% Tween−20、pH7.4)で3回洗浄した後、25ngのHRP標識マウス抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(MrhRN0614)または、25ngのHRP標識ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(RrhRN0723)を含む希釈液を50μl加え、室温で1時間放置した。最後に、各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液で3回洗浄した後、50μlのTMB溶液を添加して10分間発色させた後に、1Mのリン酸溶液を添加することで反応を停止し、450nmにおける吸光度を測定した。
【0036】
図2にその結果を示す。横軸は、各抗体が変異未導入組換え抗原WTに対する結合量を1.0とした時の相対値を示す。縦軸は、各アミノ酸置換変異導入抗原を示す。塗りつぶしの横棒はRrhRN0723抗体の結合量、白抜きの横棒はMrhRN0614抗体の結合量を示す。変異体R85K,L86I,N88D,G89S,S90Aに対するRrhRN0723の反応性が、MrhRN0614に対する反応性に比べ極端に低下していることから、抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体RrhRN0723が、糖鎖修飾可能部位である88番目アスパラギン残基の周辺のアミノ酸残基、特に85番目のアルギニン残基から、90番目のセリン残基までを認識していることが確認された。
【0037】
Asn88糖鎖修飾可能部位における糖鎖修飾抗原に対する抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体の反応性
CHO−K1細胞で発現させた88番目アスパラギン残基のみが糖鎖修飾を受ける糖鎖修飾欠損変異導入ヒト膵臓特異的RNase 1(m001)をウエスタンブロット法により分析した。即ち、変異未導入組換え抗原WTと糖鎖修飾欠損変異導入抗原m001を、抗ヒトイムノグロブリンカッパー軽鎖抗体を使用して免疫沈降後にSDS−PAGE法により分離した。分離されたタンパク質は、PVDF膜に転写した後に膵臓特異的RNase 1のN末端側14アミノ酸配列を認識する抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(RN15013)と反応させて検出した。発現した組換え体タンパク質のうち、WTでは糖鎖が付加していない分子から糖鎖が1、2、3箇所に付加した分子まで検出され糖鎖付加量にばらつきがあり、m001では糖鎖が一箇所付加した分子と糖鎖が付加していない分子の2種類が含まれることが明らかとなった(
図3)。
【0038】
次に、88番目アスパラギン残基が糖鎖修飾を受けた糖鎖修飾欠損変異導入抗原m001に対する抗体の反応性を検討した。即ち、糖タンパク質のN型糖鎖を認識して結合するコンカナバリンAレクチンを固定化したレクチンカラムを使用して、88番目アスパラギン残基が糖鎖修飾を受けた糖鎖修飾欠損変異導入抗原m001を分画した。具体的には、レクチンカラム結合緩衝液(20mM Tris−HCl、150mM NaCl、1mM CaCl2、0.5mM MgCl2、pH7.4)で平衡化したコンカナバリンAレクチン結合カラム(HiTrap−ConA、GEヘルスケア社製)に、糖鎖修飾欠損変異導入ヒト膵臓特異的RNase 1(m001)を発現させたCHO−K1培養細胞上清を流して、糖鎖修飾欠損変異導入ヒト膵臓特異的RNase 1(m001)を結合させた。コンカナバリンAレクチン結合カラムは、レクチンカラム結合緩衝液で充分に洗浄した後、アルファーメチルマンノシド(シグマアルドリッチ社製)を含むレクチンカラム結合緩衝液を使用して、結合した糖鎖修飾欠損変異導入ヒト膵臓特異的RNase 1(m001)を溶出した。サンプル注入からすべての溶出画分をフラクションコレクターで回収して、分画した各画分に含まれる組換え体抗原の量をサンドイッチELISA法により測定した。検出には、糖鎖修飾の影響を受けない抗体MrhRN0614と、Asn88糖鎖修飾可能部位近傍を認識する抗体RrhRN0723を使用した。
【0039】
結果を
図4に示す。横軸は、カラム分離での各画分を示し、第一縦軸はELISA分析の測定値を示し、第二縦軸はアルファーメチルマンノシドの濃度を示している。破線はMrhRN0614抗体の結合量の変化を示し、実線はRrhRN0723抗体の結合量を示す。点線は、溶出糖であるアルファーメチルマンノシドの各フラクションでの濃度を示す。
図4に示した通り、MrhRN0614では、コンカナバリンA結合画分(アルファーメチルマンノシド溶出画分)に抗原が溶出されてきていることが明らかとなったが、同じ画分に対してRrhRN0723は反応性を示さないことが明らかとなった。一方、コンカナバリンAに結合しない画分(素通り画分)は、両抗体とも反応性を示すことが明らかとなった。コンカナバリンA結合画分に含まれる抗原をウエスタンブロット法により解析すると、この画分には糖鎖修飾された抗原のみが含まれることが示された。以上の結果から、新たに取得した抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(RrhRN0723)は、88番目アスパラギン残基が糖鎖修飾を受けた膵臓特異的RNase 1には反応せず、当該残基が糖鎖修飾を受けていない場合にのみ結合する抗体であることが示された。すなわち、抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(RrhRN0723)を使用した免疫学的測定系においては、膵臓特異的RNase 1の88番目アスパラギン残基に糖鎖が結合していない場合の量を測定していることが明らかとなった。
【0040】
実施例3 サンドイッチELISAによるヒト血清検体の測定
生体試料を被検体として以下のサンドイッチELISAによって測定した。
【0041】
膵臓癌患者由来生体試料中の膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位のうち、N型糖鎖が結合していない部位の測定
ヒト生体試料中の膵臓特異的RNase 1のN型糖鎖修飾可能部位のうち、N型糖鎖が結合していない部位を測定するために、健常人血清(40検体)、膵臓癌患者血清(50検体、BioTheme社)、膵臓疾患患者血清(非癌、12検体、BioTheme社)、乳癌患者血清(20検体 BioTheme社)、良性乳腺腫瘍患者血清(18検体)、前立腺癌患者血清(24検体、SLR社)、前立腺肥大症患者血清(24検体、SLR社)を用意した(表3)。
【0042】
【表3】
測定は以下に示す方法で実施した。96穴マイクロタイタープレート(グライナー社製)の各ウェルに25ngのマウス抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(MrhRN0614)を含むリン酸緩衝液(50mM リン酸ナトリウム、150mM NaCl、pH7.4)を50μl加えて4℃、16時間固定した。これらのウェルを300μlの洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH7.4)で3回洗浄した後、3%BSAを含むブロッキング溶液(3%BSA,20mM Tris−HCl,150mM NaCl,pH7.4)を200μl加えて室温で2時間放置してブロッキングを行った(抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体固相化プレート)。各ウェルを300μlの洗浄液で3回洗浄した後、希釈液(1%BSA、20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05% Tween−20、pH7.4)で10倍に希釈した膵臓癌患者血清または対照被検体として健常人血清を加え、室温で1時間放置した。各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05% Tween−20、pH7.4)で3回洗浄した後、25ngのHRP標識ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1抗体(RrhRN0723)を含む希釈液を50μl加え、室温で1時間放置した。次に、各ウェルを300μlの洗浄液で3回洗浄した後、50μlのTMB溶液を添加して10分間発色させた後に、1Mのリン酸溶液を添加することで反応を停止し、450nmにおける吸光度を測定した。他の検体についても同様に測定した。
【0043】
図5にその結果を示す。横軸は癌の種類を示し、縦軸はELISA測定の測定値を示す。黒丸は各検体の測定値を示し、その統計的分布をボックスプロットで示す。膵臓癌以外はある特定の値以上を示すのに対して、膵臓癌は他の群と比べて有意に低値を示している。即ち、膵臓癌患者では、健常人に比べて、膵臓特異的RNase 1のRrhRN0723が認識するN型糖鎖修飾可能部位にN型糖鎖が結合していない場合が少ないことを示している。これは裏返して言えば、膵臓癌患者では、健常人に比べて、このN型糖鎖修飾可能部位にN型糖鎖が結合している場合が多いことを示すものである。また膵臓癌以外の6つの群をあわせたもの(非膵臓癌群)と膵臓癌群に分けた場合の有意差検定の結果、p値は7.3×10
−15という非常に低い値となり、明らかに有意差が認められた(
図6)。
【0044】
この測定結果をもとに、膵臓癌の判別精度解析結果を
図7と表4に示す。ROC統計解析は、統計解析ソフトウェアであるRを使用して実施した。最適化されたカットオフ値(ABS450nm=0.811)での特異性は96%、感度は78%であり、診断性能の1つの指標となるAUCは0.933と充分に高い値を示した。
【0045】
【表4】
実施例4 膵臓癌患者血清中の膵臓特異的RNase 1の糖鎖修飾可能部位Asn88における糖鎖結合の検討
以下の手順に従って、膵臓特異的RNase 1の糖鎖修飾可能部位Asn88を認識して結合する抗体を作製し、ウェスタンブロット法の1次抗体として使用した。
【0046】
免疫動物への免疫
配列番号2のアミノ酸配列85〜95に相当する部分を化学合成したペプチド(配列番号4)をKLHに縮合して免疫原とし、それを用いてラットに免疫を実施した。詳しくは、100μgの免疫原をフロイント完全アジュバンドと共に、6週齢WHY雌ラット両後肢フットパッドへ投与し初回免疫とした。その後、28日後に免疫原100μgを生理食塩水と共に後肢フットパッドへ投与し、最終免疫とした。
【0047】
抗体産生ハイブリドーマの作製
最終免疫の3日後に、免疫したラットの腸骨リンパ節と鼠蹊リンパ節を摘出し、リンパ節細胞を得た。ラットリンパ節細胞は、マウスミエローマ細胞株と電気細胞融合法により融合させた後、ヒポキサンチン、アミノプテリン、およびチミジンを添加したGIT培地(和光純薬工業株式会社)で細胞培養用96ウェルプレートに播種することにより、融合細胞を選択した。
【0048】
ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体産生融合細胞株の選定
前述の融合細胞が培地中に分泌する抗体について、スクリーニング用ペプチド(配列番号5又は6)をBSAに縮合させたスクリーニング抗原を用いたELISA法によりスクリーニングを行い、ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体産生融合細胞株を選択した。スクリーニングに用いたELISAは以下の通りである。96穴マイクロタイタープレート(グライナー社製)の各ウェルに、25ngのスクリーニング用ペプチド縮合BSAを含むリン酸緩衝液(50mMリン酸ナトリウム、150mM NaCl、pH7.4)をそれぞれ50μl加えて4℃、16時間固定した。これらのウェルを300μlの洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl、pH7.4)で3回洗浄した後、3%BSAを含むブロッキング溶液(3%BSA,20mM Tris−HCl,150mM NaCl、pH7.4)を200μl加えて室温で2時間放置してブロッキングを行った(スクリーニング用ペプチド縮合BSA固相化プレート)。各ウェルを300μlの洗浄液で3回洗浄した後、50μlの融合細胞培養上清をそれぞれのウェルに加えて室温で1時間放置した。次に、各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液で3回洗浄した後、0.01μgのHRP標識された抗ラットIgG抗体(American Qualex Antibodies社製)を含む希釈液を50μl加えて、室温で1時間放置した。最後に、各ウェルを300μlの界面活性剤を含む洗浄液で3回洗浄した後、50μlのTMB溶液を添加して15分間発色させた。その後、1Mのリン酸溶液を添加することで反応を停止し、450nmにおける吸光度を測定した。抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体産生融合細胞株の選定基準は、前述のスクリーニング用ペプチドのうち、配列番号5のペプチドに反応し、かつ配列番号6のペプチドには反応しない抗体を産生する融合細胞とした。なお、配列番号5のペプチドは、天然型の膵臓特異的RNase 1(配列番号2)の85〜95番目に相当する配列を含むものである。また配列番号6のペプチドは、配列番号5のペプチドにおいて5番目のAsn残基をAsp残基に置換した配列に相当し、当該置換箇所は配列番号2の88番目Asn残基に相当するものである。
【0049】
選択された融合細胞株の上清は、さらにウェスタンブロット法によるスクリーニングを実施し、ウェスタンブロットのPVDF膜上で変異導入無しの組換え体抗原WTに対して結合することが確認できた抗体を生産する融合細胞株を最終的に選択した。
【0050】
スクリーニングの結果から、ウェスタンブロット法の一次抗体として膵臓特異的RNase 1特異的に検出することが可能な抗体を産生する融合細胞を得た。得られた融合細胞は、限界希釈法によりモノクローン化され、モノクローナル抗体RN3F34を得た。
【0051】
ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体の抗原認識特異性の確認
得られたラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体(RN3F34)の抗原認識特異性を確認する為に、Asn88の糖鎖修飾可能部位のみが残された糖鎖修飾欠損変異導入ヒト膵臓特異的RNase 1(m001)に対する反応性を、ウェスタンブロット法により確認した。
図8に示すように膵臓特異的RNase 1のN末端側14アミノ酸配列に結合する抗体RN15013では、m001に糖鎖が結合した高分子量側の分子と、糖鎖が結合していない低分子量側の分子の両方が検出された。これに対して、RN3F34抗体では、糖鎖が結合していない低分子量側の分子のみが検出された。以上の結果から、作製したラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体(RN3F34)は、Asn88に糖鎖が結合した構造の膵臓特異的RNase 1には結合しない抗体であることが確認された。
【0052】
前述の発現ベクター(pcDNA−KFH−hRNase1 m001)を鋳型としたRCR変異導入法によって、変異体m001の88番目のAsnをアスパラギン酸に置換させた変異体発現ベクター(pcDNA−KFH−hRNase1 m000−N88D)を作製して、CHO−K1細胞株に発現させた変異導入抗原(m000−N88D、表1)に対する反応性も、同様に確認した。
図8に示すように膵臓特異的RNase 1のN末端側14アミノ酸配列に結合する抗体RN15013によって、m000−N88Dが検出されたのに対して、ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体(RN3F34)はm000−N88Dを検出できないことが確認できた。このようにAsn88がアスパラギン酸に置換したものには、RN3F34抗体が結合しないことが確認された。これは即ち、PNGaseF等によりAsn88に結合している糖鎖の脱糖鎖処理を行った場合に、それに伴ってアスパラギンからアスパラギン酸へアミノ酸変換された膵臓特異的RNase 1には、RN3F34抗体が結合しないことを意味する。したがって、膵臓特異的RNase 1のAsn88に糖鎖が結合していてPNGaseFによる脱糖鎖に伴いアスパラギン酸へアミノ酸変換された部位には、ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体(RN3F34)は結合せず、Asn88に糖鎖が結合しておらず脱糖鎖処理によってもアミノ酸変換を起こさなかった部位に結合する。このようにPNGaseF等による脱糖鎖処理後の反応性を見た場合に、RN3F34抗体は、配列番号2のアミノ酸配列の88番目のAsnが糖鎖結合していなかった場合に結合し、糖鎖結合していた場合には結合しないという意味において、RrhRN0723と同等の性能を持つものである。
【0053】
ヒト血清中の膵臓特異的RNase 1のAsn88の糖鎖結合の変化の確認
ラット抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体(RN3F34)を使用して、PNGaseFによる脱糖鎖処理をしたヒト血清中の膵臓特異的RNase 1をウェスタンブロット法で検出し、ヒト血清中の膵臓特異的RNase 1のAsn88における糖鎖結合の有無を測定した。即ち、健常人血清5検体と膵臓癌患者血清6検体から、MrhRN0614抗体を使用して免疫沈降法により膵臓特異的RNase 1を抽出し、可溶化変性バッファーで膵臓特異的RNase 1を変性した後に、PNGaseFによって脱糖鎖処理を行った。処理された試料は、ウェスタンブロット法によって解析した。検出には、膵臓特異的RNase 1のN末端側14アミノ酸配列を認識するRN15013と、抗ヒト膵臓特異的RNase 1ペプチド抗体RN3F34を使用した。
図9に示したように、RN15013では健常人血清、膵臓癌患者血清ともに一定量の膵臓特異的RNase 1が検出され、両者の間に著しい差は認められなかった。一方、RN3F34による検出では、健常人血清では膵臓特異的RNase 1が検出されたのに対し、膵臓癌患者血清では検出されない、または検出量が健常人血清と比べて著しく低いという結果となった。この結果から、膵臓癌患者血清中の膵臓特異的RNase 1は、健常人血清に比べて、Asn88にN型糖鎖が結合している場合が多いことが確認できた。
【0054】
実施例5 RNase 1のAsn88の糖鎖修飾可能部位において糖鎖が結合していない部位の量と、Asn88の糖鎖修飾可能部位の量との比を求めることによる膵癌の検出
ヒト膵臓特異的RNase 1を特異的に認識し、かつ3つの糖鎖修飾可能部位における糖鎖の有無に拘らず結合可能な2つの抗体を使用した免疫測定試薬と、Asn88に糖鎖が結合していないRNase 1を特異的に測定する免疫測定試薬を作製して、それぞれの試薬で血清試料中のRNase 1を測定した。具体的には、ヒト膵臓特異的RNase 1を特異的に認識し、かつ3つの糖鎖修飾可能部位における糖鎖の有無に拘らず結合可能な2つの抗体としては、前述のMrhRN0614とRrhRN1111を用いた。RrhRN1111は、RrhRN0723を取得した際に、3つの糖鎖修飾可能部位における糖鎖の有無に拘らず結合可能な抗体として単離されたものである。RrhRN1111の抗原認識特異性は、実施例2で抗体の特異性の測定に使用した、糖鎖修飾欠損変異抗原を用いたELISA法と同じ方法で検討した。結果を
図10に示す。横軸は、各抗体が変異未導入組換え抗原WTに対する結合量を1.0とした時の相対値を示す。縦軸は、各糖鎖修飾欠損変異導入抗原を示す。塗りつぶしの横棒はRrhRN0723抗体の結合量、白抜きの横棒はRrhRN1111抗体の結合量を示す。
図10に示した通り、RrhRN0723は、糖鎖修飾可能部位全てに変異を入れ糖鎖修飾を全く受けない変異体m000に対して反応性がないのに対して、RrhRN1111のm000に対する反応性は、変異未導入組換え抗原WTと比べて約90%の反応性を保持している。よって、RrhRN1111は3つの糖鎖修飾可能部位における糖鎖の有無に拘らず結合可能な抗体であると確認された。
【0055】
以下に、これらの抗体を用いて構築した免疫測定系の測定試薬の調製法、評価方法を示す。水不溶性担体(内部にフェライトを練り込んだ粒子径約1.5mmのEVA製)にMrhRN0614を90ng/担体となるよう物理的に吸着させ、吸着後BSAを用いてブロッキング処理を行った。水不溶性担体については、1個当たり約100ngの蛋白質を物理的に吸着可能である。磁力透過性の容器(容量1.2ml)に12個の担体を入れた後、0.5μg/mLのアルカリ性フォスファターゼ標識を施した抗体RrhRN0723または0.5μg/mLのアルカリ性フォスファターゼ標識を施した抗体RrhRN1111を含む緩衝液(1% BSA、2.5%デキストラン、150mM NaCl、0.05%Tween−20,20mMトリス緩衝液、pH7.4)を加え、凍結乾燥した。この試薬を市販の全自動免疫測定装置(東ソー(株)製、商品名AIA−600II)を用いて全自動での測定を行った。その測定原理は以下の通りである。即ち、測定サンプルを150μL加え、水不溶性担体を37℃で10分間磁石を用いて運動させ、混合液を攪拌した状態で免疫反応させた。反応後、B/F分離操作を行って遊離の標識抗体を分離除去し、アルカリ性フォスファターゼの基質である4−メチルウンベリフェリルリン酸を加え、該基質添加後20秒から295秒までの酵素反応分解物(4メチルウンベリフェロン)の単位時間あたりの生成速度(nM/秒)を測定した。前述の標識化抗体RrhRN0723を含む凍結乾燥試薬を用いてサンプルの測定を行い、膵臓特異的RNase 1の88番目の糖鎖修飾可能部位において糖鎖が結合していない部位の量(以下、F
3値という)を求めた。また前述の標識化抗体RrhRN1111を含む凍結乾燥試薬を用いてサンプルの測定を行い、膵臓特異的RNase1の量(以下、トータル値という)を求めた。そしてその比(F
3/t)を以下の式(1)によって求めた。
F
3/t=F
3値/トータル値 (1)
図11にその結果を示す。健常人から得られた血清検体中のF
3/t値は、0.8−1.0前後であるのに対して、膵臓癌患者検体から得られた検体においては、0.1−0.7前後に幅広く分布しており、健常人検体と有意に差があることが確認できた。
【0056】
また以下の式(2)の値を求めることにより、膵臓特異的RNase 1のトータル値と、88番目の糖鎖修飾可能部位において糖鎖が結合している部位の量との比(G
3/t)を求めた。その結果を
図11に示す。膵臓癌患者検体から得られた検体においては、健常人検体と有意に差があることが確認できた。
G
3/t=1−(F
3/t) (2)
実施例6 抗原固相競合法による測定
膵臓特異的RNase 1のAsn88糖鎖修飾可能部位において糖鎖が結合していない部位の量を、抗原固相競合法により測定する方法を構築した。即ち、膵臓癌由来培養細胞株Capan 1の培養上清から、RrhRN0723固定化カラムを使用してRrhRN0723抗体に反応するRNase 1を精製した。この抗原を濃縮後、タンパク質測定キットにより抗原溶液のタンパク質濃度を決定した。精製したRNase 1は、ビオチン導入試薬 (sulfoNHS−LCLC−biotin、Thermo scientific社製)を用いてビオチン化し、固相用抗原とした。ストレプトアビジン固定化ダイナビーズ(Dynal社)に対して、100μlビーズ懸濁液に対して約2.5μgの上述のRNase 1を固定化して抗原固相化ビーズを作製した。
【0057】
この抗原固相化ビーズ(4μl)、HRP標識RrhRN0723抗体(10ng)、連続希釈した競合抗原(0ng−100ng)を混合した後、1時間反応させた。反応後の溶液から、磁石を使用して磁性ビーズのみを回収し、洗浄液(20mM Tris−HCl,150mM NaCl、0.05% Tween−20、pH7.4)で3回洗浄した後、ビーズをTMB溶液を添加して10分間発色させた。発色した溶液に、1Mリン酸を添加することで反応を停止させて、450nmにおける吸光度を測定することで、ビーズに結合したHRP標識RrhRN0723抗体量を測定した。
図12に、抗原固相化競合法による前述の精製RNase 1の測定結果を示す。実線(第1軸)は測定値を示し、破線(第2軸)は抗原濃度が0の時の測定値を各濃度における測定値で除した値である。競合抗原として反応に持ち込んだRNase1の量に依存して測定値が変化していることが分かる。以上の結果から、RrhRN0723抗体を使用した抗原固相化競合法により、Asn88に糖鎖が結合していないRNase 1量の測定が可能であることが示された。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]