【実施例】
【0046】
[実施例1]
【0047】
上述した本発明に係る鉛蓄電池を作製し、試験評価を行った。表1は、本発明の実施例及び比較例の鉛蓄電池の構成を示す表であり、表2は電解液の成層化の抑制効果の評価と、高率放電性能の評価とを示す表である。鉛蓄電池の構成として、基材(有機織布)の材質と基材の表面官能基の組成、親水被膜の親水材料(X)とバインダ(保持体材料)(Y)とこれらの固形成分の質量比(X:Y)とを示した。有機不織布の材質はポリプロピレンを「PP」で表し、ポリエチレンを「PE」で表した。
【0048】
また、表1には、比較例として作製した鉛蓄電池についても記載した。以下の実施例と比較例では、負極板5の周囲に有機不織布を設けた。実施例では有機不織布の厚さは0.1mmに、親水被膜の厚さは100nmに統一した。有機不織布の表面官能基、親水材料の組成比率、バインダの種類を変えて以下の実施例と比較例を検討した。
【0049】
実施例1による鉛蓄電池には、
図2に示すように親水被膜9が形成されたPP製有機不織布が負極板5の周囲に設けられている。有機不織布の表面には、以下のようにして親水被膜9を形成した。
【0050】
有機不織布として、無処理のポリプロピレン(PP)製を用いた。親水材料10としてシリカゾル(SiO
2)のみを用い、バインダ11としてビニル基を有するシランカップリング剤を用いた。すなわち、親水材料10には100wt%のシリカゾル(SiO
2)が含まれる。具体的には、シリカゾルとして日産化学工業(株)製のシリカゾル(製品名:IPA‐ST‐UP)を、シランカップリング剤として信越化学工業(株)製のビニルトリエトキシシラン(製品名:KBE‐1003)を用いた。
【0051】
親水材料10(X)とバインダ11(Y)の固形成分の質量比(X:Y)が80:20になるように、親水材料10とバインダ11とを混合した。この混合液を、固形成分の濃度が5wt%になるようにエタノールで希釈することで、親水塗料を調製した。
【0052】
この親水塗料に有機不織布を浸漬させた後、速度156mm/分にて有機不織布を引き上げた。親水塗料を塗布した有機不織布をキムタオル(登録商標)に挟んで上からローラーを転がすことで有機不織布に付着した余分な親水塗料を除去した後、この有機不織布を60℃に加温した恒温槽内に1時間置いて溶媒を除去した。このようにして、有機不織布の表面に親水被膜を形成した。親水被膜は厚さが100nmであった。親水被膜9が形成された有機不織布を負極板5の周囲に設置(負極板の両側の側面及び底面を覆うように配置)し、電解液として希硫酸を用い、
図1に示すような鉛蓄電池を作製した。
【0053】
この鉛蓄電池に、まず電解液の成層化を抑制する効果を評価した。
サイクル試験では、鉛蓄電池を25℃の雰囲気に置き、下記(i)(ii)(iii)を1サイクルとして、このサイクルを3600回繰り返した(電池工業会規格SBAS0102に準拠)。
(i)放電電流45Aで59秒間放電
(ii)放電電流300Aで1秒間放電
(iii)充電電圧14V(制限電流100A)で定電流定電圧充電を60秒間
3600回目において、電槽内の上部と下部での電解液の比重差を成層化の指標とした。すなわち、3600回目のサイクルでの、電槽内の下部における電解液の比重と上部における電解液の比重とを測定し、これらの比重を求め、この比重差の値により、成層化の抑制効果を評価した。なお、比重は20℃換算とした。電槽内の上部とは極板群4の上端から1cm上の位置であり、電槽内の下部とは、極板群4の下端から1cm下の位置である。極板群4の高さは、極板群4の下部からセパレータ6の上端までの長さ116mmを指す。具体的な評価基準は、比重差が0.02以下の場合を「A」、ひ0.02より大きく0.04以下の場合を「B」、0.04より大きく0.07以下の場合を「C」、0.07より大きい場合を「D」とした。この評価基準では、A、B、C、Dの順に成層化が抑制されていることになる。
【0054】
本実施例による鉛電池は電解液の比重差が0.03と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることが分かった。
【0055】
次に、鉛蓄電池の高率放電性能を評価した。高率放電性能は、−15℃の温度条件下で鉛蓄電池を16時間放置した後に、放電電流150A、終止電圧6VのJIS規格(JIS 5301:2006)に従って測定した。一般に、鉛蓄電池の内部に多孔質膜8を設置すると、高率放電性能が低下することが知られている。そこで、多孔質膜8を負極板5の周囲に設置しない場合の高率放電性能を100として、高率放電性能の低下が小さい場合(高率放電性能が100に近い場合)を、高率放電性能の低下を抑制できるとして評価した。
【0056】
具体的な評価基準は、高率放電性能が100以下95以上を「A」、95未満91以上を「B」、91未満87以上を「C」、87未満を「D」とした。この評価基準では、A、B、C、Dの順に高率放電性能の低下を抑制していることになる。
【0057】
本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が95で評価Aとなり、高率放電性能の低下が極めて小さいことが分かった。すなわち、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能の低下を抑制できることが分かった。
[実施例2]
【0058】
実施例2の鉛蓄電池は、実施例1の鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0059】
本実施例の鉛蓄電池では、PP製の有機不織布に親水化処理をして有機不織布表面に‐OH基、‐COOH基を生成させたものを用いた。親水材料10としてシリカゾル(SiO
2)のみを用い、バインダ11としてエポキシ基を有するシランカップリング剤を用いた。すなわち、親水材料には100wt%のシリカゾル(SiO
2)が含まれる。具体的には、シリカゾルとして日産化学(株)製のシリカゾル(製品名:IPA‐ST‐UP)を、シランカップリング剤として信越化学工業(株)製の3‐グリシドキシプロピルトリエトキシシラン(製品名:KBM‐403)を用いた。
【0060】
親水材料10(X)とバインダ11(Y)の固形成分の質量比(X:Y)が80:20になるように、親水材料10と保持体材料11とを混合した。この混合液を、固形成分の濃度が5wt%になるようにエタノールで希釈することで、親水塗料を調製した。
【0061】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.04と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることが分かった。また、本実施例による鉛蓄電池は、高率放電性能が95で評価Aとなり、高率放電性能の低下を抑制できることが分かった。
[実施例3]
【0062】
実施例3による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0063】
本実施例の鉛蓄電池では、有機不織布として、無処理のポリプロピレン(PP)製を用いた。親水材料10としてアルミナゾル(Al
2O
3)のみを用い、バインダ11としてメタクリル基を有するシランカップリング剤を用いた。すなわち、親水材料には100wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。具体的には、アルミナゾルとして日産化学工業(株)製のアルミナゾル(製品名:AS‐200)を、シランカップリング剤として信越化学工業(株)製の3‐メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン(製品名:KBE‐503)を用いた。
【0064】
親水材料10(X)とバインダ11(Y)の固形成分の質量比(X:Y)が90:10になるように、親水材料10とバインダ11とを混合した。この混合液を、固形成分の濃度が5wt%になるようにエタノールで希釈することで、親水塗料を調製した。
【0065】
本実施例の鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.04と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることが分かった。また、本実施例の鉛蓄電池は、高率放電性能が93で評価Bとなり、高率放電性能の低下を抑制できることが分かった。
[実施例4]
【0066】
実施例4による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0067】
本実施例の鉛蓄電池では、有機不織布として、無処理のポリエチレン(PE)製を用いた。親水材料10としてシリカゾル(SiO
2)とアルミナゾル(Al
2O
3)を用い、バインダ11としてビニル基を有するシランカップリング剤を用いた。親水材料において、アルミナゾルとシリカゾルの質量比は80:20とした。すなわち、親水材料10には、80wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。具体的には、シリカゾルとして日産化学工業(株)製のシリカゾル(製品名:IPA‐ST‐UP)を、アルミナゾルとして日産化学工業(株)製のアルミナゾル(製品名:AS‐200)を、シランカップリング剤として信越化学工業(株)製のビニルトリエトキシシラン(製品名:KBE‐1003)を用いた。
【0068】
親水材料10(X)とバインダ11(Y)の固形成分の質量比(X:Y)が80:20になるように、親水材料10とバインダ11とを混合した。この混合液を、固形成分の濃度が5wt%になるようにエタノールで希釈することで、親水塗料を調製した。
【0069】
本実施例の鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.04と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることが分かった。また、本実施例の鉛蓄電池は、高率放電性能が93で評価Bとなり、高率放電性能の低下を抑制できることが分かった。
[実施例5]
【0070】
実施例5の鉛蓄電池は、実施例1の鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0071】
本実施例の鉛蓄電池では、PE製の有機不織布に親水化処理をして有機不織布表面に‐OH基、‐COOH基を生成させたものを用いた。親水材料10としてシリカゾル(SiO
2)とアルミナゾル(Al
2O
3)を用い、バインダ11としてビニル基を有するシランカップリング剤を用いた。具体的には、シリカゾルとして日産化学工業(株)製のシリカゾル(製品名:IPA‐ST‐UP)を、アルミナゾルとして日産化学工業(株)製のアルミナゾル(製品名:AS‐200)を、シランカップリング剤として信越化学工業(株)製の3‐グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(製品名:KBM‐403)を用いた。親水材料において、アルミナゾルとシリカゾルの質量比は70:30とした。すなわち、親水材料10には、70wt%のアルミナゾル(Al
2O
3)が含まれる。
【0072】
親水材料10(X)とバインダ11(Y)の固形成分の質量比(X:Y)が70:30になるように、親水材料10とバインダ11とを混合した。この混合液を、固形成分の濃度が5wt%になるようにエタノールで希釈することで、親水塗料を調製した。
【0073】
本実施例の鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.04と小さく、評価Bとなり、成層化が抑制されていることが分かった。また、本実施例の鉛蓄電池は、高率放電性能が94で評価Bとなり、高率放電性能の低下を抑制できることが分かった。
[比較例1]
【0074】
比較例1による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0075】
本比較例の鉛蓄電池では、負極板5の周囲に多孔質膜8を設けなかった。
【0076】
本比較例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.08と極めて大きく、評価Dとなり、成層化が抑制できないことが分かった。また、本比較例による鉛蓄電池は、負極板5の周囲に多孔質膜8を設けていないため、高率放電性能が評価基準の100である。
【0077】
本比較例と実施例1〜5により、負極板5の周囲に多孔質膜8を設けることにより、電解液の比重差を小さくすることができ、電解液の成層化を抑制できることが確認できた。
[比較例2]
【0078】
比較例2による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0079】
本比較例による鉛蓄電池では、負極板5の周囲に、PP製の有機不織布を設けたが、有機不織布に親水被膜9を形成していない。
【0080】
本比較例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.05で評価Cとなり、高率放電性能が91で評価Bとなった。有機不織布の表面に親水被膜を有していないので、電解液の成層化抑制及び高率放電特性の低下抑制の両方とも実施例1よりも劣る結果となった。
[比較例3]
【0081】
比較例3による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0082】
本比較例の鉛蓄電池では、負極板5の周囲に設けられている有機不織布8の表面に、以下のようにして親水被膜9を形成した。有機不織布として、無処理のポリプロピレン(PP)製を用いた。親水被膜の組成は実施例1と同様であるが、固形成分の濃度が0.3wt%になるようにエタノールで希釈することで、親水塗料を調製した。
【0083】
この塗料を用いた場合、親水被膜9の膜厚は不均一となり、有機不織布8を被覆できていない部分も見られた。本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.05で評価Cとなり、高率放電性能が91で評価Bとなった。親水塗料の規定範囲(10nm〜100nm)外の場合は、成層化抑制、高率放電性能ともに実施例1よりも劣る結果となった。
[比較例4]
【0084】
比較例4による鉛蓄電池は、実施例1による鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0085】
本比較例による鉛蓄電池では、負極板5の周囲に設けられている有機不織布8の表面には、以下のようにして親水被膜9を形成した。有機不織布として、膜厚0.3mmの無処理のポリプロピレン(PP)製を用いた。親水被膜の作製方法と組成は実施例1と同様とした。
【0086】
本実施例による鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.05で評価Cとなり、高率放電性能が86で評価Dとなった。有機不織布8の膜厚が規定範囲(0.03mm〜0.1mm)外の場合は、内部抵抗が上昇して、実施例1と比較して高率放電性能が特に劣る結果となった。
[比較例5]
【0087】
比較例5の鉛蓄電池は、実施例1の鉛蓄電池と同様の構成を備えるが、次の点が相違する。以下では、主に相違点を説明する。
【0088】
本比較例による鉛蓄電池では、セパレータ6に実施例1と同様の組成の親水被膜9を形成し、負極の周囲に多孔質膜8を設けなかった。本実施例の鉛蓄電池は、電解液の比重差が0.08で評価Dとなり、高率放電性能が98で評価Aとなった。本比較例で示すとおり、セパレータに親水膜を形成しても有機不織布に親水被膜を形成した場合と同様の成層化抑制効果は得られないことが分かった。
【0089】
電解液の比重差及び高率放電性能について、両方を高いレベルで両立したもの(電解液の比重差:0.04以下かつ高率放電性能:93以上)について「○」と評価し、どちらか一方又は両方を満足しないものについて「△」と評価した(表2)。実施例1〜5は全て「○」となったが、比較例1〜5は全て「△」となった。
【0090】
【表1】
【0091】
【表2】
【0092】
以上の結果から、本実施例に係る鉛蓄電池は、成層化の抑制と高率放電性能の低下の抑制を高いレベルで両立できることが示された。
【0093】
なお、本発明は、上記の実施例に限定されるものではなく、様々な変形例を含む。例えば、上記の実施例は、本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、本発明は、必ずしも説明した全ての構成を備える態様に限定されるものではない。