【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞を基盤とする次世代型膵島移植療法の開発拠点」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、課題番号:15bm0304005h0003、再生医療実現拠点ネットワークプログラム、疾患・組織別実用化研究拠点(拠点B)「iPS細胞を基盤とする次世代型膵島移植療法の開発拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。
【文献】
FRISCA F. et al.,Rho/ROCK pathway is essential to the expansion, differentiation, and morphological rearrangements of,J Lipid Res,2013年 5月,Vol.54 No.5,Page.1192-1206,特にp.1194, p.1198, Fig.2-3
【文献】
BREWER GJ. et al.,Optimized survival of hippocampal neurons in B27-supplemented Neurobasal, a new serum-free medium co,J Neurosci Res.,1993年 8月 1日,35(5),p.567-76,特にTABLE II
【文献】
GARCIA-GONZALO FR. et al.,Albumin-associated lipids regulate human embryonic stem cell self-renewal.,PLoS One.,2008年12月,3(1),e1384.,特にTable 1., Table 2.
【文献】
AVERY K. et al.,Sphingosine-1-phosphate mediates transcriptional regulation of key targets associated with survival,,Stem Cells Dev.,2008年12月,17(6),p.1195-206
【文献】
RYU JM. et al.,Sphingosine-1-phosphate-induced Flk-1 transactivation stimulates mouse embryonic stem cell prolifera,Stem Cell Res.,2013年 9月 7日,12(1),p.69-85
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記リゾリン脂質を添加して前記液体培地を調製する工程及び前記リゾリン脂質を酵素反応により生成させて前記液体培地を調製する工程のうち少なくとも一方を含む、請求項1又は2に記載の方法。
前記液体培地が、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムからなる群より少なくとも1つを含有する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
リゾホスファチジン酸及びスフィンゴシン−1−リン酸の少なくともいずれかのリゾリン脂質を含む液体培地中で浮遊させながら多能性幹細胞を培養する工程を含む、細胞凝集塊の作製方法。
前記リゾリン脂質がリゾホスファチジン酸及びスフィンゴシン−1−リン酸の少なくともいずれかである請求項12〜17のいずれか1項に記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のように細胞凝集塊を浮遊培養により調製する技術が各種開発されているが、本発明者らは、以下のような未解決課題があると推察する。
【0013】
多能性幹細胞等の接着性細胞は浮遊培養により凝集塊を形成する。細胞凝集の機構としては膜タンパク質や細胞膜の細胞間での非特異的な吸着、細胞表面のカドヘリンを介した細胞間の接着等が挙げられる。ヒトiPS細胞等の細胞は単細胞では生存できないため生存のために細胞凝集塊を形成する必要があるが、凝集塊が大きすぎる場合、凝集塊の内部の細胞にまで栄養が十分に行き渡らず、増殖阻害や、未分化性維持への影響の問題が生じる。過剰な凝集を防ぐには液体培地を培養中流動させることが考えられるが、過度の流動は細胞への物理的な刺激になり細胞に障害を起こす危険性がある。そこで、適度な大きさの凝集塊を、細胞に障害を与えることなく生産する浮遊培養の技術が求められているが、背景技術欄で挙げた従来の凝集塊作製方法はなお改善の余地があった。
【0014】
非特許文献3の方法では剪断応力により細胞死が生じやすいという問題がある。
【0015】
非特許文献4の方法は大規模化が困難であることや、培地の交換が困難である等の問題がある。
【0016】
非特許文献5の方法では培養時の培地の移動が少ないため酸素や栄養成分が細胞凝集塊に供給され難いという問題がある。
【0017】
特許文献1では細胞塊の大きさを適度な大きさに制御するための手段は開示されていない。
【0018】
特許文献2では細胞塊同士の接着を防ぐための手段として培地に水溶性高分子を添加して粘性を高めることが記載されている。このため非特許文献5と同様に、酸素や栄養成分が細胞凝集塊に供給され難いという問題がある。
【0019】
そこで本発明は、浮遊培養による細胞凝集塊の作製方法であって、細胞凝集塊を培養に適した大きさに調製することが容易な、細胞へ障害を与える可能性の低い方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、脂質(特にリン脂質)を液体培地中に添加して細胞の浮遊培養を行うことにより、適切な寸法の細胞凝集塊の集団を大量に生産することができる、という驚くべき知見を得て、本発明を完成するに至った。本発明では、培地の粘性、撹拌によるせん断応力、又は、マイクロウェルなどの培養器の形状などの培養環境を変化させるという機械学的/物理学的な手段ではなく、生体に存在する物質を利用し、培地組成を変化させるという生化学的/化学的な手段を用いる。具体的には本発明は以下の発明を包含する。
(1)リゾリン脂質を含む液体培地中で浮遊させながら細胞を培養する工程を含む、細胞凝集塊の作製方法。前記工程は、典型的には、リゾリン脂質を含む液体培地中で浮遊させながら細胞を培養することにより、培養中の前記細胞凝集塊の寸法の増大を制御する工程である。
(2)前記液体培地が、前記リゾリン脂質を0.0064μg/mLより大きく、100μg/mL以下で含有する、(1)に記載の方法。
(3)前記リゾリン脂質を添加して前記液体培地を調製する工程及び前記リゾリン脂質を酵素反応により生成させて前記液体培地を調製する工程のうち少なくとも一方を含む、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記細胞が、接着又は浮遊させながら培養した後に単離された細胞である、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記リゾリン脂質がリゾホスファチジン酸及びスフィンゴシン−1−リン酸の少なくともいずれかである(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記液体培地が、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムからなる群より少なくとも1つを含有する、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)前記液体培地が、増殖因子を含有する、(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8)前記増殖因子が、FGF2及びTGF−β1の少なくともいずれかである、(7)に記載の方法。
(9)前記液体培地が、ROCK阻害剤を含有する、(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(10)前記ROCK阻害剤が、Y−27632である、(9)に記載の方法。
(11)前記細胞が多能性幹細胞である、(1)〜(10)のいずれかに記載の方法。
(12)(1)〜(11)のいずれかに記載の方法により作製された細胞凝集塊。
(13)リゾリン脂質を含む、細胞凝集抑制剤。本発明において、「細胞凝集抑制剤」は「細胞凝集制御剤」と表現することもできる。
(14)前記リゾリン脂質を0.0064μg/mLより大きく、100μg/mL以下で含有する、(13)に記載の細胞凝集抑制剤。
(15)さらに、増殖因子を含有する(13)又は(14)に記載の細胞凝集抑制剤。
(16)前記増殖因子が、FGF2及びTGF−β1の少なくともいずれかである、(15)に記載の細胞凝集抑制剤。
(17)さらに、ROCK阻害剤を含有する、(13)〜(16)のいずれかに記載の細胞凝集抑制剤。
(18)前記ROCK阻害剤が、Y−27632である、(17)に記載の細胞凝集抑制剤。
(19)前記リゾリン脂質がリゾホスファチジン酸及びスフィンゴシン−1−リン酸の少なくともいずれかである(13)〜(18)のいずれかに記載の細胞凝集抑制剤。
(20)リゾリン脂質の、細胞の凝集を抑制するための使用。本発明において、「細胞の凝集を抑制するための使用」は「細胞培養において細胞の凝集を制御するための使用」と表現することもできる。
(21)前記リゾリン脂質が、0.0064μg/mLより大きく、100μg/mL以下の濃度で存在する、(20)に記載の使用。
(22)前記リゾリン脂質が、増殖因子と組み合わされている、(20)又は(21)に記載の使用。
(23)前記増殖因子が、FGF2及びTGF−β1の少なくともいずれかである、(22)に記載の使用。
(24)前記リゾリン脂質が、ROCK阻害剤と組み合わされている、(20)〜(23)のいずれかに記載の使用。
(25)前記ROCK阻害剤が、Y−27632である、(24)に記載の使用。
(26)前記リゾリン脂質がリゾホスファチジン酸及びスフィンゴシン−1−リン酸の少なくともいずれかである(20)〜(25)のいずれかに記載の使用。
(27)アルブミンと結合能を有する脂質を含む液体培地中で浮遊させながら細胞を培養する工程を含む、細胞凝集塊の作製方法。
(28)前記液体培地が、前記脂質を0.00325〜0.065mg/mlで含有する、(27)に記載の方法。
(29)前記液体培地が、L−アスコルビン酸及び/又はインスリン及び/又はトランスフェリン及び/又はセレン及び/又は炭化水素ナトリウム及び/又は1つ以上の増殖因子を含有する、(27)又は(28)に記載の方法。
(30)前記液体培地に含まれる前記増殖因子が、FGF2及び/又はTGF−β1である、(29)に記載の方法。
(31)前記細胞が多能性幹細胞である、(27)〜(30)のいずれかに記載の方法。
(32)(27)〜(31)のいずれかに記載の方法により作製された細胞凝集塊。
(33)アルブミンと結合能を有する脂質を含む、細胞凝集抑制剤(又は細胞凝集制御剤)。
(34)アルブミンと結合能を有する脂質の、細胞の凝集を抑制(又は制御)するための使用。
(35)前記脂質が0.00325〜0.065mg/mlの濃度で存在する、(33)に記載の細胞凝集抑制剤、又は、(34)に記載の使用。
(36)前記脂質が、L−アスコルビン酸及び/又はインスリン及び/又はトランスフェリン及び/又はセレン及び/又は炭化水素ナトリウム及び/又は1つ以上の増殖因子と組み合わされている、(33)に記載の細胞凝集抑制剤、又は、(34)に記載の使用。
(37)前記細胞が多能性幹細胞である、(33)に記載の細胞凝集抑制剤、又は、(34)に記載の使用。
【0021】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2015−015306号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0022】
本発明の方法は、浮遊培養に適した細胞凝集塊を大量に生産することが可能であり、且つ細胞自体も大量に生産することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を、好ましい実施形態を用いて詳細に説明する。
<1.細胞>
本発明の方法で培養し、細胞凝集塊を形成する細胞は、接着性を有する細胞(接着性細胞)であれば特に限定されず、動物由来細胞等であることができ、好ましくは哺乳類動物由来細胞等であることができ、より好ましくは生体組織由来細胞及び生体組織由来細胞から派生した細胞等であることができ、特に好ましくは上皮組織由来細胞及び上皮組織細胞から派生した細胞等、又は結合組織由来細胞及び結合組織由来細胞から派生した細胞等、又は筋組織由来細胞及び筋組織由来細胞から派生した細胞等、又は神経組織由来細胞及び神経組織由来細胞から派生した細胞等であることができ、さらに好ましくは動物由来幹細胞及び動物由来幹細胞から分化した細胞等であることができ、もっと好ましくは動物由来多能性幹細胞及び動物由来多能性幹細胞から分化した細胞等であることができ、よりさらに好ましくは哺乳類動物由来多能性幹細胞及び哺乳類動物由来多能性幹細胞から分化した細胞等であることができ、もっとも好ましくはヒト由来多能性幹細胞及びヒト由来多能性幹細胞から分化した細胞等であることができる。
【0025】
本発明において「多能性幹細胞」とは、生体を構成する全ての種類の細胞に分化することができる多分化能(多能性)を有する細胞であって、適切な条件下のインビトロ(in vitro)での培養において多能性を維持したまま無限に増殖を続けることができる細胞をいう。多能性幹細胞の具体例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞であるEG細胞(Shamblott M.J. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (1998) 95, p.13726−13731)、精巣由来の多能性幹細胞であるGS細胞(Conrad S., Nature (2008) 456, p.344−349)、体細胞由来の人工多能性幹細胞であるiPS細胞(induced pluripotent stem cells)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。本発明に用いる多能性幹細胞は、特に好ましくは、ES細胞又はiPS細胞である。ES細胞は、胚盤胞と呼ばれる初期胚の内部に存在する内部細胞塊から採取した未分化細胞に由来する培養細胞である。iPS細胞は、体細胞に初期化因子を導入することにより体細胞を未分化状態へと初期化し、多能性を付与した培養細胞である。初期化因子としては、例えばOCT3/4及びKLF4及びSOX2及びc−Mycを用いることができ(Yu J, et al. Science. 2007;318:1917−20.)、例えばOCT3/4及びSOX2及びLIN28及びNanogを用いることができる(Takahashi K, et al. Cell. 2007;131:861-72.)。これらの因子の細胞への導入形態は特に限定されないが、例えば、プラスミドを用いた遺伝子導入、合成RNAの導入、タンパク質として直接導入などが挙げられる。また、microRNAやRNA、低分子化合物等を用いた方法で作製されたiPS細胞を用いてもよい。ES細胞、iPS細胞を始めとする多能性幹細胞は、市販品又は分譲を受けた細胞を用いてもよいし、新たに作製したものを用いてもよい。iPS細胞として、例えば253G1株、201B6株、201B7株、409B2株、454E2株、HiPS−RIKEN−1A株、HiPS−RIKEN−2A株、HiPS−RIKEN−12A株、Nips−B2株、TkDN4−M株、TkDA3−1株、TkDA3−2株、TkDA3−4株、TkDA3−5株、TkDA3−9株、TkDA3−20株、hiPSC 38−2株、MSC−iPSC1株、BJ−iPSC1株等を使用することができる。ES細胞として、例えばKhES−1株、KhES−2株、KhES―3株、KhES−4株、KhES−5株、SEES1株、SEES2株、SEES3株、HUES8株、CyT49株、H1株、H9株、HS−181株等を使用することができる。新たに作製された臨床グレードのiPS細胞又はES細胞を用いてもよい。iPS細胞を作製する際の細胞の由来は特に限定されないが、例えば、繊維芽細胞又はリンパ球等を用いることができる。
【0026】
本発明で用いられる細胞は、任意の動物由来のものであってよく、例えば、マウス、ラット、ハムスター等のげっ歯類、ヒト、ゴリラ、チンパンジー等の霊長類、さらにイヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜又は愛玩動物などの哺乳動物由来のものであってよいが、ヒト由来の細胞が特に好ましい。
【0027】
本発明では、接着又は浮遊させながら培養した後に単離された細胞を用いることができる。ここで「単離された細胞」とは、複数の細胞が集団として接着している細胞を剥離、分散した状態の前記細胞である。単離とは、培養容器や培養担体等に接着していた状態の細胞又は細胞同士が接着している状態の細胞集団を剥離、分散して単一の細胞にする工程である。単離する細胞集団は液体培地中に浮遊した状態であってもよい。単離の方法は特に限定されないが、剥離剤(トリプシン又はコラゲナーゼ等の細胞剥離酵素)又はEDTA(エチレンジアミン四酢酸)等のキレート剤又は剥離剤とキレート剤の混合物等を好適に使用することができる。剥離剤は特に限定されないが、トリプシン、Accutase(商標登録)、TrypLE
TM Express Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、TrypLE
TM Select Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、ディスパーゼ(商標登録)、コラゲナーゼなどが挙げられる。単離後に凍結保存した前記細胞も本発明で好適に使用することができる。
<2.細胞凝集塊>
本発明において細胞凝集塊とは、複数の細胞が三次元的に凝集して形成される塊状体であって、スフェロイドとも呼ばれる。本発明で作製される細胞凝集塊は、典型的には、概ね球状の形状を有する。
【0028】
本発明において、細胞凝集塊を構成する細胞は1種類以上の前記接着性細胞であれば特に限定されない。例えば、ヒト多能性幹細胞又はヒト胚性幹細胞等の多能性幹細胞で構成された前記細胞凝集塊は、多能性幹細胞マーカーを発現している細胞を含む。前記多能性幹細胞マーカーとしては、例えば、Alkaline Phosphatase、NANOG、OCT4、SOX2、TRA−1−60、c−Myc、KLF4、LIN28、SSEA−4、SSEA−1等が例示できる。前記細胞凝集塊を構成する細胞が前記多能性幹細胞である場合、前記多能性幹細胞マーカーを発現する細胞の割合は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは91%以上、より好ましくは92%以上、より好ましくは93%以上、より好ましくは94%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上、より好ましくは100%以下とすることができる。
【0029】
本発明の方法により作製される細胞凝集塊の寸法は特に限定されないが、顕微鏡で観察したとき、観察像での最も幅の広い部分の寸法の上限が好ましくは1000μm、より好ましくは900μm、より好ましくは800μm、より好ましくは700μm、さらに好ましくは600μm、もっと好ましくは500μm、よりさらに好ましくは400μm、もっとも好ましくは300μmである。下限は好ましくは50μm、より好ましくは60μm、さらに好ましくは70μm、もっと好ましくは80μm、よりさらに好ましくは90μm、最も好ましくは100μmである。このような寸法範囲の細胞凝集塊は、内部の細胞にも酸素や栄養成分が供給され易く細胞の増殖環境として好ましい。
【0030】
本発明の方法により作製される細胞凝集塊の集団は、該集団を構成する細胞凝集塊のうち重量基準で10%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは30%以上、もっと好ましくは40%以上、よりさらに好ましくは50%以上、よりもっと好ましくは60%以上、さらにもっと好ましくは70%以上、よりさらにもっと好ましくは80%以上、もっとも好ましくは90%以上が上記の範囲の寸法を有することが好ましい。
<3.液体培地>
本発明で用いる液体培地は、任意の動物細胞培養用液体培地を基礎培地とし、前記脂質及び必要に応じて他の成分を適宜添加することにより調製することができる。
【0031】
基礎培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの混合培地(例えば、DMEM/F12培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F−12 Ham))等の培地を使用することができるが、特に限定されない。DMEM/F12培地としては特に、DMEM培地とハムF12培地とを好ましくは60/40〜40/60の重量比、より好ましくは55/45〜45/55の重量比、最も好ましくは等量で混合した培地を用いる。
【0032】
本発明で用いる液体培地は、好ましくは血清を含まない培地、すなわち無血清培地である。
【0033】
本発明で用いる液体培地は、より好ましくは、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムから選択される少なくとも1つを含み、より好ましくはこれらの全部を含む。L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムは、溶液、誘導体、塩又は混合試薬等の形態で培地に添加することができる。例えば、L−アスコルビン酸は、2−リン酸アスコルビン酸マグネシウムなどの誘導体の形態で培地に添加してもよい。セレンは亜セレン酸塩(亜セレン酸ナトリウムなど)の形態で培地に添加してもよい。インスリン及びトランスフェリンは、動物(好ましくは、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ヤギ等)の組織又は血清等から分離した天然由来のものであってもよいし、遺伝子工学的に作製した組換えタンパク質であってもよい。インスリン、トランスフェリン、及びセレンは、試薬ITS(インスリン−トランスフェリン−セレン)の形態で培地に添加してもよい。ITSは、インスリン、トランスフェリン、及び亜セレン酸ナトリウムを含む、細胞増殖促進用の添加剤である。
【0034】
L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムから選択される少なくとも1つを含む市販の培地を用いて本発明の液体培地として使用することができる。インスリン及びトランスフェリンを添加した市販の培地としては、CHO−S−SFM II(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、Hybridoma−SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、eRDF Dry Powdered Media(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、UltraCULTURE
TM(BioWhittaker社)、UltraDOMA
TM(BioWhittaker社)、UltraCHO
TM(BioWhittaker社)、UltraMDCK
TM(BioWhittaker社)等を用いることができる。STEMPRO(登録商標) hESC SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、mTeSR1(Veritas社)、TeSR2(Veritas社)なども好適に用いることができる。その他、ヒトiPS細胞やヒトES細胞の培養に使用されている液体培地も好適に使用することができる。
【0035】
本発明で用いる液体培地は好ましくは少なくとも1つの増殖因子を含む。増殖因子としては、限定するものではないが、FGF2(Basic fibroblast growth factor−2)、TGF−β1(Transforming growth factor−β1)、Activin A、IGF−1、MCP−1、IL−6、PAI、PEDF、IGFBP−2、LIF及びIGFBP−7からなる群から選択される1つ以上を含むことが好ましい。特に好ましい増殖因子は、FGF2及び/又はTGF−β1である。
【0036】
本発明で用いる液体培地として最も好ましいものは、アルブミン及び/又は後述の脂質以外の成分として、更にL−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウム、並びに、少なくとも1つの増殖因子を含む無血清培地であり、特に好ましくは、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウム、並びに、少なくとも1つの増殖因子(好ましくはFGF2及びTGF−β1)を含み、血清を含まないDMEM/F12培地である。このような培地としては、アルブミン及び/又は後述の脂質を添加した、Essential 8
TM培地(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)が好適に使用できる。Essential 8
TM培地は、ライフテクノロジーズジャパン株式会社から市販されている、DMEM/F12培地であるDMEM/F−12(HAM)1:1と、Essential 8
TMサプリメント(L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、炭酸水素ナトリウム、FGF2及びTGF−β1を含む)とを混合して調製することができる。
【0037】
本発明で用いる液体培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、抗生剤、リン酸化酵素阻害剤等の成分を含有してもよい。
【0038】
抗生剤としては、ペニシリン、ストレプトマイシン、アンホテリシンB等を使用することができる。
【0039】
リン酸化酵素阻害剤としては、ROCK阻害剤を添加することができる。
【0040】
ROCK阻害剤は、Rho−キナーゼ(ROCK,Rho−associated protein kinase)のキナーゼ活性を阻害する物質として定義され、例えば、Y−27632(4−[(1R)−1−アミノエチル]−N−ピリジン−4−イルシクロヘキサン−1−カルボキサミド)又はその2塩酸塩(例えば、Ishizaki et al., Mol. Pharmacol. 57, 976-983 (2000);Narumiya et al., Methods Enzymol. 325,273-284 (2000)参照)、Fasudil/HA1077(1−(5−イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン)又はその2塩酸塩(例えば、Uenata et al., Nature 389: 990-994 (1997)参照)、H−1152((S)−(+)−2−メチル−1−[(4−メチル−5−イソキノリニル)スルホニル]−ヘキサヒドロ−1H−1,4−ジアゼピン)又はその2塩酸塩(例えば、Sasaki et al., Pharmacol. Ther. 93: 225-232 (2002)参照)、Wf−536((+)−(R)−4−(1−アミノエチル)−N−(4-ピリジル)ベンズアミド1塩酸塩)(例えば、Nakajima et al., CancerChemother. Pharmacol. 52(4): 319-324 (2003)参照)及びそれらの誘導体、並びにROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例えば、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、及びそれらの発現ベクターが挙げられる。また、ROCK阻害剤としては他の低分子化合物も知られているので、本発明においてはこのような化合物又はそれらの誘導体も使用できる(例えば、米国特許出願公開第20050209261号、同第20050192304号、同第20040014755号、同第20040002508号、同第20040002507号、同第20030125344号、同第20030087919号、及び国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号、同第2004/039796号参照)。本発明では、少なくとも1種のROCK阻害剤が使用され得る。
【0041】
本発明で使用されるROCK阻害剤は、好ましくは、下記の式Iで示される化合物又はその塩(例えば2塩酸塩)であるY−27632であり得る。Y−27632として水和物の形態のものを添加してもよい。
【0043】
液体培地におけるY−27632の濃度は特に限定されないが、例えば、80〜120nM(特に100nM)、400〜600nM(特に500nM)、600〜900nM(特に750nM)、0.8〜1.2μM(特に1μM)、1.6〜2.4μM(特に2μM)、2.4〜3.6μM(特に3μM)、3.2〜4.8μM(特に4μM)、4〜6μM(特に5μM)、4.8〜7.2μM(特に6μM、μM(特に7μM)、6.4〜9.6μM(特に8μM)、7.2〜10.8μM(特に9μM)、8〜12μM(特に10μM)、12〜18μM(特に15μM)、16〜24μM(特に20μM)、20〜30μM(特に25μM)、24〜36μM(特に30μM)、32〜48μM(特に40μM)、又は、40〜60μM(特に50μM)、より好ましくは8〜12μM(特に10μM)である。
<4.脂質>
本発明に用いる脂質は、本発明の一実施形態においては、アルブミンと結合能を有する脂質であることができる。本欄<4.脂質>において「脂質」とは、特に明示しない限り、アルブミンと結合能を有する脂質を指す。具体的な脂質としては、血清アルブミン等のタンパク質と複合体を形成している脂質、血清アルブミンから分離した脂質、微生物、化学合成等で生産した脂質であってアルブミンと結合能を有する脂質等の形態の脂質が挙げられる。なお、「アルブミンとの結合能」とは、化学的及び/又は物理的な結合を介してアルブミンと複合体を形成しうる性質を指す。
【0044】
脂質の起源動物は特に限定されず、マウス、ラット、ハムスター等のげっ歯類、ヒト、ゴリラ、チンパンジー等の霊長類、イヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ等の家畜又は愛玩動物などの哺乳動物であってよく、好ましくはウシ又はヒトである。培養される細胞と同種の生物に由来する脂質も好適である。また、脂質は人為的に合成されたものであってもよい。
【0045】
脂質は、それを含む血清として液体培地中に添加されてもよい。また脂質を含む血清アルブミン(脂質含有血清アルブミン)として液体培地中に添加されてもよい。脂質含有血清アルブミンとしては、脂質と血清アルブミンのタンパク質とが複合体を形成したものを使用することができる。脂質含有血清アルブミンのなかでも特に、脂質の含有率を高めた形態のものが好ましい。該脂質含有血清アルブミンとしては、市販されているAlbuMAX
TM、具体的にはAlbuMAX
TM I又はAlbuMAX
TM II(いずれもライフテクノロジーズジャパン株式会社)が挙げられる。
【0046】
脂質は血清由来の脂質、又は血清アルブミンと結合可能な脂質であれば特に限定されず、起源生物に応じて変動し得るが、遊離脂肪酸、リン脂質(グリセロリン脂質、スフィンゴリン脂質、リゾホスファチジルコリンなど)、中性脂肪、コレステロールなどの可能性がある。脂質は例えばリゾホスファチジルコリン、トリアシルグリセリド、ホスファチジルコリン、ホスファチジン酸、コレステロール及びスフィンゴミエリンからなる群から選択される少なくとも一種を含み、より好ましくは前記群の全てを含む。更に好ましくは、本発明に用いる脂質は、脂質の全重量を基準として、20〜80重量%(より好ましくは40〜70重量%)の遊離脂肪酸、5〜50重量%(より好ましくは10〜30重量%)のリゾホスファチジルコリン、5〜45重量%(より好ましくは10〜30重量%)のトリアシルグリセリド、及び2〜25重量%(より好ましくは5〜15重量%)のホスファチジルコリンを少なくとも含み、好ましくは更に、1〜10重量%(より好ましくは1〜6重量%)のホスファチジン酸、0.1〜3重量%(より好ましくは0.5〜2重量%)のコレステロール及び0.1〜3重量%(より好ましくは0.5〜2重量%)のスフィンゴミエリンからなる群から選択される少なくとも1つを含む。このような組成の脂質を含有する脂質含有血清アルブミンを、本発明の方法に好適に用いることができる。なお、非特許文献2によればAlbuMAX
TM IIは、脂質の全重量を基準として、約54重量%の遊離脂肪酸、約17重量%のリゾホスファチジルコリン、約15重量%のトリアシルグリセリド、約8重量%のホスファチジルコリン、約3重量%のホスファチジン酸、約1重量%のコレステロール及び約1重量%のスフィンゴミエリンを含む。
【0047】
血清アルブミンから分離された前記脂質も好適に本発明に使用することができる。前記血清アルブミンから前記脂質を分離する方法は特に限定されないが、脂質と複合体を形成した血清アルブミンに対してトリプシン処理等のタンパク質分解処理を施したのち脂質を回収する方法が挙げられる。分離された脂質は、血清アルブミンに含まれる脂質の組成を実質的に維持したまま本発明に使用してもよいし、一部の脂質を高濃度化して使用してもよい。
【0048】
脂質が、血清代替物として市販されている試薬の中に含まれている場合には、該試薬に含まれる一成分として液体培地中に添加し使用することもできる。血清代替物(serum replacement)とは、ES細胞やiPS細胞の培養において血清(FBS等)の代替品として細胞の未分化状態の維持及び培養のために使用される試薬であり、例えば、KNOCKOUT
TM SR(KnockOut
TM Serum Replacement(KSR);ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、StemSure(登録商標) Serum Replacement(SSR;和光純薬工業)、N2サプリメント(和光純薬工業)等が挙げられる。前記KSRにはAlbuMAX
TM、具体的にはAlbuMAX
TM I又はAlbuMAX
TM IIが含まれる。
【0049】
一般的に血清中に含まれるアルブミン濃度はおよそ50mg/mlであり、KSRにも同様の濃度の血清アルブミンが含まれると容易に考えられる。非特許文献2によれば、KSRに含まれる血清アルブミンはAlbuMAX
TMであることから、非特許文献2に記載の通り、100mgのAlbuMAX
TMに含有する脂質は0.65mgであるので、例えば、最終濃度1%(体積/体積)のKSRが含まれる液体培地には、0.5mg/mlのAlbuMAX
TMが含まれており、つまり、脂質は0.00325mg/mlの濃度で含まれることになる。例えば、最終濃度2mg/mlのAlbuMAX
TMが含まれる液体培地には、0.013mg/mLの脂質が含まれる。従って、本発明の浮遊培養に用いる液体培地における脂質の含有量は、特に限定されないが0.00325〜0.065mg/mlとすることができ、好ましくは0.00325〜0.0325mg/mlとすることができ、より好ましくは0.00325〜0.01625mg/mlとすることができ、さらに好ましくは0.00325〜0.013mg/mlとすることができる。脂質の濃度は、適切な分析法(例えば液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー等の手段を用いた分析法)により求めた濃度を採用することができる。
【0050】
脂質はアルブミンと結合していない状態で液体培地中に存在していてもよい。別々に用意された脂質とアルブミンとを液体培地に添加してもよく、添加するアルブミンの由来は特に限定されないが、例えば、ヒト又はウシ由来アルブミンが好ましい。すなわち本発明の方法の一実施形態では、前記脂質をアルブミンと結合していない状態で添加して液体培地を調製する工程を含むことができる。また、脂質フリーの血清アルブミンを使用しても良い。遺伝子組み換え技術により大腸菌や動物細胞で発現、調製したアルブミンを使用しても良い。アルブミンの代替となるタンパク質や添加物、例えば、両親媒性の物質(界面活性剤等)を添加することもできる。
<5.リゾリン脂質>
本発明の他の実施形態において用いる脂質はリゾリン脂質である。
【0051】
リゾリン脂質は、1つの脂肪族基(例えば1つの中鎖又は長鎖脂肪族基)を有するリン脂質の総称である。リゾリン脂質としてはグリセロール骨格を有するものでもよいし、スフィンゴシン骨格を有するものでもよい。前記リゾリン脂質としてはリゾホスファチジン酸(LPA)、スフィンゴシン−1−リン酸(S1P)、リゾホスファチジルコリン(LPC)、リゾホスファチジルセリン(LPS)、リゾホスファチジルイノシトール(LPI)、リゾホスファチジルグリセロール(LPG)、リゾホスファチジルスレオニン(LPT)、リゾホスフェチジルエタノールアミン(LPE)等が挙げられ、複数種のリゾリン脂質の混合物であってもよい。これらのリゾリン脂質は塩等の任意の形態であってよい。前記リゾリン脂質としては、LPC以外のリゾリン脂質であることが好ましく、LPA、S1P等の、極性頭部基として無置換のリン酸基を有するリゾリン脂質がより好ましい。前記リゾリン脂質がアシル基を含む場合、アシル基の炭素数や不飽和度は特に限定されず、起源生物に応じた炭素数や不飽和度であることができるが、典型的にはアシル基の炭素数は16〜24であり、不飽和度は0〜6の範囲である。より好ましくは、炭素数:不飽和度が16:0、16:1、18:0、18:1、18:2、18:3、20:0、20:1、20:2、20:3、20:4、20:5、22:0、22:1、22:2、22:3、22:4、22:5、又は、22:6のアシル基である。また、グリセロール骨格を有するリゾリン脂質は1-アシル型リゾリン脂質および2-アシル型リゾリン脂質のどちらでもよく、好ましくは1-アシル型リゾリン脂質である。
【0052】
前記リゾリン脂質の起源生物は、<4.脂質>において説明した起源生物と同様の範囲から選択できる。また、前記リゾリン脂質は人為的に調製されたものであってもよい。
【0053】
前記リゾリン脂質は、それを含む組成物として液体培地中に添加されてもよい。前記組成物としてはリゾリン脂質とタンパク質との混合物等が例示できる。
【0054】
前記リゾリン脂質は、タンパク質と結合していない形態で培養に使用してもよい。特に、液体培地を調製するための原料として、タンパク質との混合物ではない形態の、好ましくは実質的に精製された形態の、前記リゾリン脂質を用いれば、前記リゾリン脂質の添加量を好適な範囲に調節することが容易であるため好適である。このようなリゾリン脂質は、起源生物から分離したものであってもよいし、人為的に調製されたものであってもよい。
【0055】
前記リゾリン脂質の浮遊培養の開始時の液体培地中での濃度は適宜調整し得るが、例えば0.00128μg/mL以上、好ましくは0.0064μg/mL以上、好ましくは0.0064μg/mLよりも大きく、好ましくは0.032μg/mL以上、好ましくは0.064μg/mL以上、好ましくは0.16μg/mL以上、好ましくは0.2μg/mL以上、好ましくは0.3μg/mL以上、好ましくは0.4μg/mL以上、好ましくは0.5μg/mL以上である場合に、細胞の凝集を適度に抑制して略均一な大きさの細胞凝集塊を形成することができ、例えば1000μg/mL以下、好ましくは200μg/mL以下、好ましくは150μg/mL以下、より好ましくは100μg/mL以下、より好ましくは90μg/mL以下、より好ましくは80μg/mL以下、より好ましくは70μg/mL以下、より好ましくは60μg/mL以下、より好ましくは50μg/mL以下、より好ましくは40μg/mL以下、より好ましくは30μg/mL以下、より好ましくは20μg/mL以下、より好ましくは10μg/mL以下、より好ましくは9μg/mL以下、より好ましくは8μg/mL以下、より好ましくは7μg/mL以下、より好ましくは6μg/mL以下、より好ましくは5μg/mL以下、より好ましくは4μg/mL以下、より好ましくは3μg/mL以下、より好ましくは2μg/mL以下、より好ましくは1μg/mL以下、より好ましくは0.9μg/mL以下、より好ましくは0.8μg/mL以下、より好ましくは0.7μg/mL以下、より好ましくは0.6μg/mL以下である場合に、上述のような適切な寸法の球状の細胞凝集塊を形成することができる。液体培地中にリゾリン脂質として複数種の成分が添加される場合には、各リゾリン脂質の濃度が上記範囲となるように設定することが好ましく、リゾリン脂質の合計濃度が上記範囲となるように設定することがより好ましい。なお、上記のリゾリン脂質の量は、液体培地の調製時に添加されるリゾリン脂質の量(ただし、後述のように液体培地中で酵素反応によりリゾリン脂質が生成される場合は該反応で生じるリゾリン脂質の量も含む)を指し、培養される細胞が産生するリゾリン脂質は量に含まれない。前記リゾリン脂質の濃度は、適切な分析法(例えば液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー等の手段を用いた分析法)により求めた濃度を採用することができる。より好ましくは、リゾリン脂質を2S−amino−1−(dihydrogen phosphate)−4E−octadecene−1,3R−diol(分子量379.5)として換算したときの重量の濃度が上記の範囲となるようにする。
【0056】
前記リゾリン脂質がリゾホスファチジン酸である場合、浮遊培養の開始時の液体培地中でのリゾホスファチジン酸の濃度は適宜調整し得るが、例えば0.00128μg/mL以上又は0.00279μM以上、好ましくは0.0064μg/mL以上又は0.0140μM以上、好ましくは0.0064μg/mLよりも大きく又は0.0140μMよりも大きく、好ましくは0.032μg/mL以上又は0.0698μM以上、好ましくは0.064μg/mL以上又は0.140μM以上、好ましくは0.16μg/mL以上又は0.349μM以上、好ましくは0.2μg/mL以上又は0.436μM以上、好ましくは0.3μg/mL以上又は0.654μM以上、好ましくは0.4μg/mL以上又は0.872μM以上、好ましくは0.5μg/mL以上又は1.09μM以上である場合に、細胞の凝集を適度に抑制して略均一な大きさの細胞凝集塊を形成することができ、例えば1000μg/mL以下又は2180μM以下、好ましくは200μg/mL以下又は436μM以下、好ましくは150μg/mL以下又は327μM以下、より好ましくは100μg/mL以下又は218μM以下、より好ましくは90μg/mL以下又は196μM以下、より好ましくは80μg/mL以下又は174μM以下、より好ましくは70μg/mL以下又は153μM以下、より好ましくは60μg/mL以下又は131μM以下、より好ましくは50μg/mL以下又は109μM以下、より好ましくは40μg/mL以下又は87.2μM以下、より好ましくは30μg/mL以下又は65.4μM以下、より好ましくは20μg/mL以下又は43.6μM以下、より好ましくは10μg/mL以下又は21.8μM以下、より好ましくは9μg/mL以下又は19.6μM以下、より好ましくは8μg/mL以下又は17.4μM以下、より好ましくは7μg/mL以下又は15.3μM以下、より好ましくは6μg/mL以下又は13.1μM以下、より好ましくは5μg/mL以下又は10.9μM以下、より好ましくは4μg/mL以下又は8.72μM以下、より好ましくは3μg/mL以下又は6.54μM以下、より好ましくは2μg/mL以下又は4.36μM以下、より好ましくは1μg/mL以下又は2.18μM以下、より好ましくは0.9μg/mL以下又は1.96μM以下、より好ましくは0.8μg/mL以下又は1.74μM以下、より好ましくは0.7μg/mL以下又は1.53μM以下、より好ましくは0.6μg/mL以下又は1.31μM以下である場合に、上述のような適切な寸法の球状の細胞凝集塊を形成することができる。なお、上記のリゾホスファチジン酸の量は、液体培地の調製時に添加されるリゾホスファチジン酸の量(ただし、後述のように液体培地中で酵素反応によりリゾホスファチジン酸が生成される場合は該反応で生じるリゾホスファチジン酸の量も含む)を指し、培養される細胞が産生するリゾホスファチジン酸は量に含めない。上記のリゾホスファチジン酸の重量の濃度は、好ましくは、ナトリウム塩(1−O−9Z−octadecenoyl−sn−glyceryl−3−phosphoric acid, sodium salt;分子量458.5)として換算した重量の濃度を指す。
【0057】
前記リゾリン脂質がスフィンゴシン−1−リン酸である場合、浮遊培養の開始時の液体培地中でのスフィンゴシン−1−リン酸の濃度は適宜調整し得るが、例えば0.00128μg/mL以上又は0.00337μM以上、好ましくは0.0064μg/mL以上又は0.0169μM以上、好ましくは0.0064μg/mLよりも大きく又は0.0169μMよりも大きく、好ましくは0.032μg/mL以上又は0.0843μM以上、好ましくは0.064μg/mL以上又は0.169μM以上、好ましくは0.16μg/mL以上又は0.422μM以上、好ましくは0.2μg/mL以上又は0.527μM以上、好ましくは0.3μg/mL以上又は0.791μM以上、好ましくは0.4μg/mL以上又は1.05μM以上、好ましくは0.5μg/mL以上又は1.32μM以上である場合に、細胞の凝集を適度に抑制して略均一な大きさの細胞凝集塊を形成することができ、例えば1000μg/mL以下又は2640μM以下、好ましくは200μg/mL以下又は527μM以下、好ましくは150μg/mL以下又は395μM以下、より好ましくは100μg/mL以下又は264μM以下、より好ましくは90μg/mL以下又は237μM以下、より好ましくは80μg/mL以下又は211μM以下、より好ましくは70μg/mL以下又は184μM以下、より好ましくは60μg/mL以下又は158μM以下、より好ましくは50μg/mL以下又は132μM以下、より好ましくは40μg/mL以下又は105μM以下、より好ましくは30μg/mL以下又は79.1μM以下、より好ましくは20μg/mL以下又は52.7μM以下、より好ましくは10μg/mL以下又は26.4μM以下、より好ましくは9μg/mL以下又は23.7μM以下、より好ましくは8μg/mL以下又は21.1μM以下、より好ましくは7μg/mL以下又は18.4μM以下、より好ましくは6μg/mL以下又は15.8μM以下、より好ましくは5μg/mL以下又は13.2μM以下、より好ましくは4μg/mL以下又は10.5μM以下、より好ましくは3μg/mL以下又は7.91μM以下、より好ましくは2μg/mL以下又は5.27μM以下、より好ましくは1μg/mL以下又は2.64μM以下、より好ましくは0.9μg/mL以下又は2.37μM以下、より好ましくは0.8μg/mL以下又は2.11μM以下、より好ましくは0.7μg/mL以下又は1.84μM以下、より好ましくは0.6μg/mL以下又は1.58μM以下である場合に、上述のような適切な寸法の球状の細胞凝集塊を形成することができる。なお、上記のスフィンゴシン−1−リン酸の量は、液体培地の調製時に添加されるスフィンゴシン−1−リン酸の量(ただし、後述のように液体培地中で酵素反応によりスフィンゴシン−1−リン酸が生成される場合は該反応で生じるスフィンゴシン−1−リン酸の量も含む)を指し、培養される細胞が産生するスフィンゴシン−1−リン酸は量に含めない。上記のスフィンゴシン−1−リン酸の重量の濃度は、好ましくは、フリー体(2S−amino−1−(dihydrogen phosphate)−4E−octadecene−1,3R−diol;分子量379.5)として換算した重量の濃度を指す。
【0058】
複数の前記リゾリン脂質を混合して使用することもできる。混合比率は特に限定されないが、例えばLPA:S1Pが重量比で1:1〜80000又は1〜80000:1であり、具体的には、1:0.5〜1.5(例えば1:1)、1:2.5〜7.5(例えば1:5)、1:13〜38(例えば1:25)、1:63〜190(例えば1:125)、1:78〜230(例えば1:156.25)、1:310〜940(例えば1:625)、1:1600〜4700(例えば1:3125)、1:7800〜23000(例えば1:15625)、1:39000〜120000(例えば1:78125)、2.5〜7.5:1(例えば5:1)、13〜38:1(例えば25:1)、63〜190:1(例えば125:1)、78〜230:1(例えば156.25:1)、78〜230:5(例えば156.25:5)、78〜230:25(例えば156.25:25)、78〜230:125(例えば156.25:125)、310〜940:1(例えば625:1)、310〜940:156.25(例えば625:156.25)、1600〜4700:1(例えば3125:1)、1600〜4700:156.25(例えば3125:156.25)、7800〜23000:1(例えば15625:1)、7800〜23000:156.25(例えば15625:156.25)、39000〜120000:1(例えば78125:1)、39000〜120000:156.25(例えば78125:156.25)で使用することができる。前記重量比は、好ましくは、LPAをナトリウム塩(1−O−9Z−octadecenoyl−sn−glyceryl−3−phosphoric acid, sodium salt;分子量458.5)として換算し、S1Pをフリー体(2S−amino−1−(dihydrogen phosphate)−4E−octadecene−1,3R−diol;分子量379.5)として換算した重量比である。
【0059】
前記リゾリン脂質として、リゾホスファチジン酸(LPA)とスフィンゴシン−1−リン酸(S1P)以外に、リゾホスファチジルコリン(LPC)、リゾホスファチジルセリン(LPS)、リゾホスファチジルイノシトール(LPI)、リゾホスファチジルグリセロール(LPG)、リゾホスファチジルスレオニン(LPT)、リゾホスフェチジルエタノールアミン(LPE)も前記濃度又は前記混合比率で使用することができる。
【0060】
本発明の方法では更に、脂質から酵素反応により前記リゾリン脂質を生成する工程を含んでもよい。前記酵素反応としては、加水分解酵素反応、リン酸化酵素反応等が例示できる。
【0061】
前記加水分解酵素反応としては、前記リン脂質を基質とする加水分解酵素による加水分解反応が挙げられる。本発明に用いる前記加水分解酵素は特に限定されないが、好ましくはホスホリパーゼ及びリゾホスホリパーゼである。前記ホスホリパーゼ及び前記リゾホスホリパーゼは特に限定されないが、好ましくはホスホリパーゼA1、ホスホリパーゼA2、リゾホスファリパーゼD(オートタキシン)である。ホルホリパーゼA1とはグリセロリン脂質のsn−1位のエステル結合を加水分解する酵素である。ホスホリパーゼA2とはグリセロリン脂質のsn−2位のエステル結合を加水分解する酵素である。オートタキシンとは、リン脂質又はリゾリン脂質におけるリン酸基上の置換基とのリン酸エステル結合を加水分解して、極性頭部基として無置換のリン酸基を生成させる加水分解酵素であり、例えばLPCを加水分解してLPAとコリンを生成させることができる。グリセロリン脂質を基質とし、ホスホリパーゼA1又はホルホリパーゼA2、及びオートタキシンによる反応で得られた加水分解物(LPA等)も本発明においてリゾリン脂質として好適に使用することができる。LPC、LPS、LPI、LPG、LPT、LPE等を上記オートタキシン処理により得られた加水分解物(LPA等)も本発明において好適に使用することができる。
【0062】
本発明において、前記スフィンゴ脂質から調製されたS1P等もリゾリン脂質として好適に使用することができる。調製方法は特に限定されないが、例えば、スフィンゴシンをスフィンゴキナーゼ等のリン酸化酵素でリン酸化して得られたリン酸化物(S1P等)がリゾリン脂質として好適に使用することができる。
【0063】
本発明の方法では更に、前記リゾリン脂質を添加して液体培地を調製する工程を含んでもよい。このとき前記リゾリン脂質をタンパク質と結合していない形態で添加することが、前記リゾリン脂質の添加量を調節し易いため好ましい。
【0064】
本発明において、前記リゾリン脂質(好ましくはLPA又はS1Pのいずれかを含む)、又は、前記脂質の加水分解物、又は、前記脂質と前記加水分解酵素との混合物、又は、前記スフィンゴ脂質と前記リン酸化酵素との混合物等、或いはこれらの物質のいずれかを含む液体培地等を含有する細胞凝集抑制キットも好適に使用することができる。
<6.細胞凝集抑制剤>
本発明における細胞凝集抑制剤は、前記脂質を含有しており、且つ、浮遊培養系において細胞の凝集を適度に抑制して略均一な大きさの細胞凝集塊を形成するために用いることができる。
【0065】
本発明における細胞凝集抑制剤の形態は特に限定されず、前記脂質自体であってもよいし、前記脂質と他の成分とを組み合わせた組成物であってもよい。前記組成物の形態は特に限定されない。前記組成物は例えば浮遊培養に用いる液体培地であってもよいし、液体培地の調製時に配合される添加用組成物であってもよい。
【0066】
本発明における細胞凝集抑制剤の好ましい実施形態は、前記リゾリン脂質を前記濃度又は前記比率で含有する、前記液体培地又はリン酸緩衝液等の緩衝液である。
【0067】
本発明における細胞凝集抑制剤の別の好ましい実施形態は、前記リゾリン脂質を液状媒体中に含有する液状組成物である。前記液状組成物は、浮遊培養用の液体培地を調製する際に添加される添加物である。前記液状組成物は、調製される液体培地中での前記リゾリン脂質の最終濃度が前記濃度となるように調製されていることが好ましい、前記細胞と混合前の前記液状組成物中での前記リゾリン脂質の濃度は特に限定されないが、好ましくは、前記リゾリン脂質の、浮遊培養時の好ましい濃度として挙げた前記濃度の1倍以上、より好ましくは10倍以上、より好ましくは100倍以上、より好ましくは1000倍以上、より好ましくは10000倍以上である。
【0068】
細胞凝集抑制剤は、添加剤として、酵素(特に加水分解酵素、リン酸化酵素)、抗生剤、リン酸化酵素阻害剤、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定化剤、界面活性剤、乳化剤、防腐剤、保存剤、抗酸化剤等も含有していても良い。酵素は特に限定されないが、加水分解酵素、リン酸化酵素等を使用することができ、前記加水分解酵素やリン酸化酵素は上述した通りである。抗生剤は特に限定されないが、例えばペニシリン、ストレプトマイシン、アンホテリシンB等を使用することができる。リン酸化酵素阻害剤は特に限定されえないが、好ましくはROCK阻害剤である。ROCK阻害剤は特に限定されないが、好ましくは前記Y−27632である。本発明の細胞凝集抑制剤はROCK阻害剤を、液体培地に対して最終濃度として前記濃度となるように、含有することが好ましく、最も好ましくは、液体培地に対して最終濃度として10μMとなるように含有する。緩衝剤としては、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グリシン緩衝液などが挙げられる。増粘剤としては、ゼラチン、多糖類などが挙げられる。着色剤としては、フェノールレッドなどが挙げられる。安定化剤としては、アルブミン、デキストラン、メチルセルロース、ゼラチンなどが挙げられる。界面活性剤としては、コレステロール、アルキルグリコシド、アルキルポリグルコシド、アルキルモノグリセリルエーテル、グルコシド、マルトシド、ネオペンチルグリコール系、ポリオキシエチレングリコール系、チオグルコシド、チオマルトシド、ペプチド、サポニン、リン脂質、脂肪酸ソルビタンエステル、脂肪酸ジエタノールアミドなどが挙げられる。乳化剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなどが挙がられる。防腐剤としては、アミノエチルスルホン酸、安息香酸、安息香酸ナトリウム、エタノール、エデト酸ナトリウム、カンテン、dl−カンフル、クエン酸、クエン酸ナトリウム、サリチル酸、サリチル酸ナトリウム、サリチル酸フェニル、ジブチルヒドロキシトルエン、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、窒素、デヒドロ酢酸、デヒドロ酢酸ナトリウム、2−ナフトール、白糖、ハチミツ、パラオキシ安息香酸イソブチル、パラオキシ安息香酸イソプロピル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸メチル、l−メントール、ユーカリ油などが挙げられる。保存剤としては、安息香酸、安息香酸ナトリウム、エタノール、エデト酸ナトリウム、乾燥亜硫酸ナトリウム、クエン酸、グリセリン、サリチル酸、サリチル酸ナトリウム、ジブチルヒドロキシトルエン、D−ソルビトール、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、パラオキシ安息香酸イソブチル、パラオキシ安息香酸イソプロピル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸メチル、プロピレングリコール、リン酸などが挙げられる。抗酸化剤としては、クエン酸、クエン酸誘導体、ビタミンCおよびその誘導体、リコペン、ビタミンA、カロテノイド類、ビタミンBおよびその誘導体、フラボノイド類、ポリフェノール類、グルタチオン、セレン、チオ硫酸ナトリウム、ビタミンEおよびその誘導体、αリポ酸およびその誘導体、ピクノジェノール、フラバンジェノール、スーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)、グルタチオンペルオキシダーゼ、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ、グルタチオン還元酵素、カタラーゼ、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ、およびこれらの混合物などが挙げられる。
【0069】
細胞凝集抑制剤は、増殖因子を含有してもよく、好ましくはFGF2又はTGF−β1の少なくともいずれかを含有していることが好ましい。
<7.浮遊培養>
本発明では、前記の液体培地中で細胞を浮遊させながら培養を行うことで、細胞凝集塊を形成する。本発明では、仮に本発明の所定の脂質が液体培地中に存在しない場合には、細胞が、前記好適な寸法を超える大きな細胞凝集塊を形成することとなる条件において浮遊培養を行うことが好ましい。
【0070】
浮遊細胞の培養に用いる培養容器は、好ましくは容器内面への細胞の接着性が低い容器が好ましい。このような容器内面への細胞の接着性が低い容器としては、例えば生体適合性がある物質で親水性表面処理されているようなプレートが挙げられる。例えば、Nunclon
TMSphera(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を使用できるが特に限定はされない。
【0071】
培養容器の形状は特に限定されないが、例えば、ディッシュ状、フラスコ状、ウェル状、バッグ状、スピナーフラスコ状等の形状の培養容器が挙げられる。
【0072】
浮遊培養は静置培養であってもよいし、液体培地が流動する条件での培養であってもよいが、好ましくは液体培地が流動する条件での培養である。液体培地が流動する条件での培養としては、細胞の凝集を促進するように液体培地が流動する条件での培養が好ましい。細胞の凝集を促進するように液体培地が流動する条件での培養としては、例えば、旋回流、揺動流等の流れによる応力(遠心力、求心力)により細胞が一点に集まるように液体培地が流動する条件での培養や、直線的な往復運動により液体培地が流動する条件での培養が挙げられ、旋回流及び/又は揺動流を利用した培養が特に好ましい。
【0073】
旋回培養(振盪培養)は、液体培地と細胞を収容した培養容器を概ね水平面に沿って円、楕円、扁平した円、扁平した楕円等の閉じた軌道を描くように旋回させることにより行う。旋回速度は特に限定されないが、上限は、好ましくは200rpm、より好ましくは150rpm、さらに好ましくは120rpm、より好ましくは115rpm、より好ましくは110rpm、より好ましくは105rpm、もっと好ましくは100rpm、より好ましくは95rpm、特に好ましくは90rpmとすることができる。下限は好ましくは1rpm、より好ましくは10rpm、さらに好ましくは50rpm、より好ましくは60rpm、より好ましくは70rpm、さらに好ましくは80rpmもっと好ましくは90rpmとすることができる。旋回培養の際の旋回幅は特に限定されないが、下限は、例えば1mm、好ましくは10mm、より好ましくは20mm、最も好ましくは25mmとすることができる。旋回幅の上限は、例えば200mm、好ましくは100mm、好ましくは50mm、より好ましくは30mm、最も好ましくは25mmとすることができる。旋回培養の際の回転半径もまた特に限定されないが、好ましくは旋回幅が前記の範囲となるように設定される。回転半径の下限は例えば5mm、好ましくは10mmであり、上限は例えば100mm、好ましくは50mmとすることができる。旋回培養の条件をこの範囲とすることで、適切な寸法の細胞凝集塊を製造することが容易となるため好ましい。
【0074】
揺動培養は、揺動(ロッキング)撹拌により液体培地を流動させながら行う培養である。揺動培養は、液体培地と細胞を収容した培養容器を概ね水平面に垂直な平面内で揺動させることにより行う。揺動速度は特に限定されないが、例えば1分間に2〜50回、好ましくは4〜25回(一往復を1回とする)揺動させることができる。揺動角度は特に限定されないが、例えば0.1°〜20°、より好ましくは2°〜10°とすることができる。揺動培養の条件をこの範囲とすることで、適切な寸法の細胞凝集塊を製造することが可能となるため好ましい。
【0075】
更に、上記のような旋回と揺動とを組み合わせた運動により撹拌しながら培養することもできる。
【0076】
スピナーフラスコ状の培養容器を用いた培養は、培養容器の中に攪拌翼を使用して、液体培地を攪拌しながら行う培養である。回転数や培地量は特に限定されない。市販のスピナーフラスコ状の培養容器であれば、メーカー推奨の培養液量を好適に使用することができる。回転数は例えば10rpm以上、100rpm以下とすることができるが、特に限定されない。
【0077】
浮遊培養における細胞の液体培地中での播種密度(浮遊培養の開始時の細胞密度)は適宜調整することができるが、下限として、例えば0.01×10
5個細胞/ml、より好ましくは0.1×10
5個細胞/ml、より好ましくは1×10
5個細胞/mlである。播種密度の上限としては、例えば20×10
5個細胞/ml、より好ましくは10×10
5個細胞/mlである。播種密度がこの範囲であるとき、適切な大きさの細胞凝集塊が形成され易い。
【0078】
浮遊培養の際の培養液量は使用する培養容器によって適宜調整することができるが、例えば12ウェルプレート(1ウェルあたりの平面視でのウェル底面の面積が3.5cm
2)を使用する場合は0.5ml/ウェル以上、1.5ml/ウェル以下とすることができ、より好ましくは1ml/ウェルとすることができる。例えば6ウェルプレート(1ウェルあたりの平面視でのウェル底面の面積が9.6cm
2)を使用する場合は、1.5mL/ウェル以上、好ましくは2mL/ウェル以上、より好ましくは3mL/ウェル以上とすることができ、6.0mL/ウェル以下、好ましくは5mL/ウェル以下、より好ましくは4mL/ウェル以下とすることができる。例えば125mL三角フラスコ(容量が125mLの三角フラスコ)を使用する場合は、10mL/容器以上、好ましくは15mL/容器以上、より好ましくは20mL/容器以上、より好ましくは25mL/容器以上、より好ましくは20mL/容器以上、より好ましくは25mL/容器以上、より好ましくは30mL/容器以上とすることができ、50mL/容器以下、より好ましくは45mL/容器以下、より好ましくは40mL/容器以下とすることができる。例えば500mL三角フラスコ(容量が500mLの三角フラスコ)を使用する場合は、100mL/容器以上、好ましくは105mL/容器以上、より好ましくは110mL/容器以上、より好ましくは115mL/容器以上、より好ましくは120mL/容器以上とすることができ、150mL/容器以下、より好ましくは145mL/容器以下、より好ましくは140mL/容器以下、より好ましくは135mL/容器以下、より好ましくは130mL/容器以下、より好ましくは125mL/容器以下とすることができる。例えば1000mL三角フラスコ(容量が1000mLの三角フラスコ)を使用する場合は、250mL/容器以上、好ましくは260mL/容器以上、より好ましくは270mL/容器以上、より好ましくは280mL/容器以上、より好ましくは290mL/容器以上とすることができ、350mL/容器以下、より好ましくは340mL/容器以下、より好ましくは330mL/容器以下、より好ましくは320mL/容器以下、より好ましくは310mL/容器以下とすることができる。例えば2000mL三角フラスコ(容量が2000mLの三角フラスコ)の場合は、500mL/容器以上、より好ましくは550mL/容器以上、より好ましくは600mL/容器以上とすることができ、1000mL/容器以下、より好ましくは900mL/容器以下、より好ましくは800mL/容器以下、より好ましくは700mL/容器以下とすることができる。例えば3000mL三角フラスコ(容量が3000mLの三角フラスコ)の場合は、1000mL/容器以上、好ましくは1100mL/容器以上、より好ましくは1200mL/容器以上、より好ましくは1300mL/容器以上、より好ましくは1400mL/容器以上、より好ましくは1500mL/容器以上とすることができ、2000mL/容器以下、より好ましくは1900mL/容器以下、より好ましくは1800mL/容器以下、より好ましくは1700mL/容器以下、より好ましくは1600mL/容器以下とすることができる。例えば2L培養バッグ(容量が2Lのディスポーザブル培養バッグ)の場合は、100mL/バッグ以上、より好ましくは200mL/バッグ以上、より好ましくは300mL/バッグ以上、より好ましくは400mL/バッグ以上、より好ましくは500mL/バッグ以上、より好ましくは600mL/バッグ以上、より好ましくは700mL/バッグ以上、より好ましくは800mL/バッグ以上、より好ましくは900mL/バッグ以上、より好ましくは1000mL/バッグ以上とすることができ、2000mL/バッグ以下、より好ましくは1900mL/バッグ以下、より好ましくは1800mL/バッグ以下、より好ましくは1700mL/バッグ以下、より好ましくは1600mL/バッグ以下、より好ましくは1500mL/バッグ以下、より好ましくは1400mL/バッグ以下、より好ましくは1300mL/バッグ以下、より好ましくは1200mL/バッグ以下、より好ましくは1100mL/バッグ以下とすることができる。例えば10L培養バッグ(容量が10Lのディスポーザブル培養バッグ)の場合は、500mL/バッグ以上、より好ましくは1L/バッグ以上、より好ましくは2L/バッグ以上、より好ましくは3L/バッグ以上、より好ましくは4L/バッグ以上、より好ましくは5L/バッグ以上とすることができ、10L/バッグ以下、より好ましくは9L/バッグ以下、より好ましくは8L/バッグ以下、より好ましくは7L/バッグ以下、より好ましくは6L/バッグ以下とすることができる。例えば、20L培養バッグ(容量が20Lのディスポーザブル培養バッグ)の場合は、1L/バッグ以上、より好ましくは2L/バッグ以上、より好ましくは3L/バッグ以上、より好ましくは4L/バッグ以上、より好ましくは5L/バッグ以上、より好ましくは6L/バッグ以上、より好ましくは7L/バッグ以上、より好ましくは8L/バッグ以上、より好ましくは9L/バッグ以上、より好ましくは10L/バッグ以上とすることができ、20L/バッグ以下、より好ましくは19L/バッグ以下、より好ましくは18L/バッグ以下、より好ましくは17L/バッグ以下、より好ましくは16L/バッグ以下、より好ましくは15L/バッグ以下、より好ましくは14L/バッグ以下、より好ましくは13L/バッグ以下、より好ましくは12L/バッグ以下、より好ましくは11L/バッグ以下とすることができる。例えば50L培養バッグ(容量が50Lのディスポーザブル培養バッグ)の場合は、1L/バッグ以上、より好ましくは2L/バッグ以上、より好ましくは5L/バッグ以上、より好ましくは10L/バッグ以上、より好ましくは15L/バッグ以上、より好ましくは20L/バッグ以上、より好ましくは25L/バッグ以上とすることができ、50L/バッグ以下、より好ましくは45L/バッグ以下、より好ましくは40L/バッグ以下、より好ましくは35L/バッグ以下、より好ましくは30L/バッグ以下とすることができる。培養液量がこの範囲であるとき、適切な大きさの細胞凝集塊が形成され易い。
【0079】
使用する培養容器の容量は適宜選択することができ特に限定されないが、液体培地を収容する部分の底面を平面視したときの面積として、下限が、例えば0.32cm
2、好ましくは0.65cm
2、より好ましくは0.65cm
2、さらに好ましくは1.9cm
2、もっと好ましくは3.0cm
2、3.5cm
2、9.0cm
2、又は9.6cm
2の培養容器を用いることができ、上限としては、例えば1000cm
2、好ましくは500cm
2、より好ましくは300cm
2、より好ましくは150cm
2、より好ましくは75cm
2、もっと好ましくは55cm
2、さらに好ましくは25cm
2、さらにより好ましくは21cm
2、さらにもっと好ましくは9.6cm
2、又は3.5cm
2の培養容器を用いることができる。
【0080】
前記脂質の存在下での細胞の浮遊培養の温度、時間、CO
2濃度等の条件は特に限定されない。培養温度は好ましくは20℃以上、より好ましくは35℃以上、好ましくは45℃以下、より好ましくは40℃以下、最も好ましくは37℃である。培養時間は好ましくは0.5時間以上、より好ましくは12時間以上、好ましくは7日間以下、より好ましくは72時間以下、より好ましくは48時間以下、最も好ましくは24時間以下である。培養時のCO
2濃度としては、好ましくは4%以上、より好ましくは4.5%以上、好ましくは10%以下、より好ましくは5.5%以下、最も好ましくは5%である。浮遊培養は継代を伴ってもよい。培養条件がこの範囲であるとき、適切な大きさの細胞凝集塊が形成され易い。
【0081】
浮遊培養に用いる細胞は、予め常法により維持培養しておくことができる。維持培養は、細胞を容器、担体等培養基材に接着させながら培養する接着培養であってもよいし、細胞を培地中で浮遊させながら培養する浮遊培養であってもよい。維持培養しておいた細胞は、既述の剥離剤で培養基材から剥離又は細胞同士を剥離させ、十分に分散させてから浮遊培養に用いる。細胞を分散させるためにストレーナーを通過させて単細胞にまで分散させることができる。
【0082】
前記脂質存在下での浮遊培養により形成された細胞凝集塊を更に培養することができる。細胞凝集塊の更なる培養方法としては、前記リン酸化酵素阻害剤を含まない液体培地中に細胞凝集塊を懸濁し培養する方法が挙げられる。この更なる培養に用いる液体培地としては、前記リン酸化酵素阻害剤を含まない以外は上記と同様の液体培地を用いることができ、培養の条件としては上記と同様の条件を用いることができる。この更なる培養では、適当な頻度で培地交換を行うことが好ましい。培地交換の頻度は細胞種により異なるが、好ましくは5日に一回以上、より好ましくは4日に一回以上、さらに好ましくは3日に一回以上、もっと好ましくは2日に一回以上、最も好ましくは1日に一回以上の頻度で培地交換作業を含むことができる。この頻度の培地交換は、本発明に使用したような多能性幹細胞の細胞凝集塊を培養する際に特に好適である。培地交換の方法は特に限定されないが、好ましくは細胞凝集塊を含む培養液を遠沈管に全量回収し、遠心分離又は静置状態5分程度置き、沈降した細胞凝集塊を残して上清を除去し、その後、新鮮な液体培地を添加し、穏やかに細胞凝集塊を分散させた後、再度プレート等の培養容器に細胞凝集塊分散液体培地を戻すことで細胞凝集塊を継続して培養することができる。更なる培養の培養期間は特に限定されないが3日〜7日が好ましい。
【0083】
本発明における「前記リゾリン脂質を添加して前記液体培地を調製する工程」とは、前記液体培地に前記リゾリン脂質を前記濃度又は前記比率になるように添加することである。前記リゾリン脂質を前記液体培地に添加した後に前記の単離された細胞を混ぜても良いし、前記の単離された細胞を前記液体培地に混合してから前記リゾリン脂質を添加しても良いが、好ましくは前記リゾリン脂質を前記液体培地に添加した後に前記の単離された細胞を混ぜることが好ましい。前記リゾリン脂質を前記液体培地に添加する際、安定化剤を添加することもできる。前記安定化剤は、前記リゾリン脂質の液体培地中での安定化、活性維持、培養容器等への吸着防止等に寄与する物質であれば特に限定されないが、アルブミン等のタンパク質、乳化剤、界面活性剤、両親媒性物質又はヘパリン等の多糖類等を使用することができる。「前記リゾリン脂質を添加して前記液体培地を調製する工程」は前記リゾリン脂質を添加した前記液体培地(前記安定化剤を含んでいても良い)を凍結する工程、及び解凍する工程を含んでいても良い。
【実施例】
【0084】
以下の実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、これらは単なる例示であって、本発明を何ら限定するものではない。
【0085】
下記実施例における細胞凝集塊の作製手順の概要を
図1に模式的に示す。ヒトiPS細胞を接着培養し、回収して単離細胞とした後、液体培地中で浮遊懸濁培養を行い、次いで凝集塊培養を行った。以下の説明では、浮遊懸濁培養を開始した初日を「0日目(Day0)」とし、翌日以降をそれぞれ「1日目(Day1)」、「2日目(Day2)」、「3日目(Day3)」、「4日目(Day4)」、「5日目(Day5)」とした。浮遊懸濁培養は2日目まで行い、続いて、凝集塊培養を3日間(すなわち浮遊懸濁培養開始から5日目まで)行った。
<実施例1.ヒトiPS細胞の維持培養>
ヒトiPS細胞は、TkDN4−M株(非特許文献1)を使用した。Matrigel(Corning社)又はVitronectin(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)をコートした細胞培養用ディッシュ上にヒトiPS細胞を播種し、培地はmTeSR1(STEMCELL Technologies社)又はEssential 8
TM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を使用して維持培養した。継代時の細胞剥離剤としては、Matrigel上で培養した場合は、TrypLE Select(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を、Vitronectin上で培養した場合は0.02% EDTA(エチレンジアミン四酢酸)溶液又はAccutase(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いた。また、細胞播種時のみ、Y−27632(和光純薬工業株式会社)を10μMの濃度になるように培地に添加した。培地交換は毎日実施した。実験には継代数50回までのヒトiPS細胞を使用した。
<実施例2.ヒトiPS細胞の凝集塊形成>
ヒトiPS細胞をTrypLE Select又はEDTA溶液で3〜5分間処理して剥離し、単細胞まで分散した後、40 μm孔径セルストレーナー(ベクトンディッキンソン社)を通過させた。この細胞を最終濃度10 μMのY−27632(和光純薬工業株式会社)を含むEssential 8
TM培地で懸濁し、その一部をトリパンブルー染色して細胞数を調べた。1mlあたり2×10
5個の細胞を含むように調製したのち、異なる複数の濃度でKnockOut
TMSerum Replacement(KSR;ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を添加した。この細胞懸濁液を低接着12ウェルプレート(Nunc社)に1ml/ウェルの割合で播種した。細胞を播種したプレートは、ロータリーシェーカー(オプティマ社)上で90 rpmのスピードで水平面に沿って旋回幅(直径)が25mmの円を描くように旋回培養し、5%CO
2、37℃の環境下で2日目まで浮遊懸濁培養を行った。培養を開始して2日目に顕微鏡にて画像を取得した。
【0086】
続いて、培地を、前記KSR(脂質)及びY−27632を含まないEssential 8
TM培地に交換し、引き続き同じ条件で3日間(前記浮遊懸濁培養開始から5日間)旋回培養を行った。その間、毎日培地交換を行った。培地交換の方法としては、細胞凝集塊を含む培地の全量を遠沈管に回収し、5分程度静置させて細胞凝集塊を沈降させた。その後、上清を除去し、新鮮な培地を添加し、穏やかに細胞凝集塊を再懸濁させ、低接着12ウェルプレートに再播種した。
【0087】
培養開始から5日目(凝集塊培養3日目)に細胞凝集塊の顕微鏡写真を撮影し、凝集塊の大きさを画像解析ソフト(例えばimage J)により解析し、凝集塊の直径を測定した。培養後、TrypLE select(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)に凝集塊を懸濁し、5%CO
2、37℃の環境下で10分処理し、マイクロピペットを用いて凝集塊を単細胞に分散させ、トリパンブルー染色により細胞数を調べた。
【0088】
上記の顕微鏡観察の結果、KSR未添加の条件では大きな凝集塊ができてしまうが、KSRの添加により、およそ70〜260μmの直径を有する多数の凝集塊が形成されることが確認された(
図2)。KSRの添加濃度が高いほど凝集塊の大きさは小さくなり、KSRに含まれる成分のいずれかにより、細胞の凝集抑制効果があることが明らかになった。また、形成された凝集塊について、各KSR濃度におけるグルコース消費量と5日目の細胞数を調べた結果(
図3及び
図4、どちらもn=4)、KSR濃度が1〜10%(v/v)(脂質の含有量に換算すると、0.00325〜0.0325mg/ml)の時に、細胞が顕著に増殖していることから、100μm〜260μmの直径を有する細胞凝集塊を形成させることで、効率的な細胞培養が可能であることが確認された。一方、過度に細胞の凝集を抑制すると細胞増殖も抑制されることが明らかとなった。
<実施例3.KSRに含まれる凝集抑制作用を持つ成分>
KSRの構成成分として
図5に示したような成分が報告されている(非特許文献2)。
【0089】
これらの構成成分のうち、凝集抑制効果を示す可能性があると考えられたタンパク質性の各構成成分(AlbuMAX
TM、BSA、インスリン、トランスフェリン)について、添加によるヒトiPS細胞の凝集抑制作用があるのか調べた。
【0090】
具体的には次の操作を行った:異なる複数の濃度の脂質リッチなアルブミンであるAlbuMAX
TMII(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、一般的なウシ血清アルブミン(BSA;Sigma社)、インスリン(Sigma社)又はトランスフェリン(Sigma社)を、実施例2におけるKSRに替えて添加した点を除いて、実施例2と同じ手順によりヒトiPS細胞の旋回培養(各因子の存在下での浮遊懸濁培養を2日間、続いて培地交換後に浮遊懸濁培養を3日間)を行った。AlbuMAX
TMII添加条件及びBSA添加条件では培養を開始して2日目に、インスリン添加条件及びトランスフェリン添加条件では培養を開始して1日目に、それぞれ顕微鏡にて画像を取得した。実施例3で添加する各因子の濃度は、液体培地100mlあたりの重量(単位g)を示す%(w/v)により表す。
【0091】
その結果、脂質を含まないインスリン及びトランスフェリンでは大きな凝集塊の形成が生じたこと、BSAを0.2%(w/v)で添加したときよりも、脂質含量の多いAlbuMAX
TMIIを0.2%(w/v)で添加したとき(脂質の含有量に換算すると、0.013mg/ml)の方が、凝集が顕著に抑制されたことが確認された。このことからAlbuMAX
TMIIに含まれる脂質、つまり、アルブミンと結合能を有する脂質により凝集が抑制されることが明らかになった(
図6)。
<実施例4.凝集塊を形成したヒトiPS細胞の未分化性>
実施例3において、AlbuMAX
TMIIを0.2%(w/v)含有する条件で形成したヒトiPS細胞由来の凝集塊をAccutase(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)により分散し、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)で洗浄した。その後、4%PFA(パラホルムアルデヒド)により室温で20分間固定後、PBSで3回洗浄し、冷メタノールにより−20℃で一晩透過処理を行った。PBSで3回洗浄後、3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSによりブロッキングし、蛍光標識済抗OCT4抗体(Cat.No.653703、Biolegend社)により4℃で1時間染色した。3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSで1回洗浄後、セルストレーナーに通過させた細胞をFACSVerse(ベクトンディッキンソン社)にて解析した。その結果、通常の接着培養時のヒトiPS細胞と同様に凝集塊のヒトiPS細胞においても96%以上の細胞が未分化マーカーであるOCT4を発現しており、形成された凝集塊ヒトiPS細胞は未分化性が維持されていることが確認された(
図7)。
<実施例5.リン脂質による細胞凝集抑制効果>
リン脂質を用いて、細胞凝集塊の形成への影響について解析した。
(手順)
実施例1の手順で培養したヒトiPS細胞をTrypLE Select又はEDTA溶液又はAccutaseで3〜5分間処理して剥離し、単細胞まで分散した後、40 μm孔径セルストレーナー(ベクトンディッキンソン社)を通過させ、単細胞となるように単分散させた。この細胞を最終濃度10 μMのY−27632(和光純薬工業株式会社)を含むEssential 8
TM培地で懸濁し、その一部をトリパンブルー染色して細胞数を調べた。1mlあたり2×10
5個の細胞を含むように調製した。この細胞懸濁液に、脂質フリーウシ血清アルブミン(BSA−ff;CultureSureアルブミン、和光純薬)を最終濃度5mg/mL及びY−27632(和光純薬工業株式会社)を最終濃度10μMとなるように添加し、さらに下記の脂質を添加し、実施例2と同じ条件下で1日間旋回培養して、ヒトiPS細胞の浮遊懸濁培養を行った。この1日の浮遊懸濁培養後、顕微鏡にて細胞を観察した。
【0092】
本試験で用いる脂質又は添加剤は以下の通り:
・LPA(リゾホスファチジン酸)(1−O−9Z−octadecenoyl−sn−glyceryl−3−phosphoric acid, sodium salt、Cat.No.62215、Cayman社、sn−1にオレイル基を有する)
・S1P(スフィンゴシン−1−リン酸)(2S−amino−1−(dihydrogen phosphate)−4E−octadecene−1,3R−diol,Cat.No.62570、Cayman社)
LPAは0.2μg/mL、S1Pは0.2μg/mLとなるように上記ヒトiPS細胞懸濁液に添加した。
【0093】
コントロール試験として、上記脂質を添加しない以外は上記と同様に調製した細胞懸濁液を用いた条件での試験を行った。
(結果)
上記浮遊懸濁培養後の顕微鏡観察像を
図8に示す。観察の結果、コントロール試験では大きな凝集塊(直径が1mm以上)が形成されたが、LPA(リゾホスファチジン酸)又はS1P(スフィンゴシン−1−リン酸)を0.2μg/mL含有する細胞懸濁液ではおよそ100μmの径の多数の略均一な大きさの球状の細胞凝集塊が形成されることが確認された。
<実施例6.LPA及びS1Pの添加濃度と凝集塊の大きさ>
実施例5において細胞凝集抑制能が認められたLPA及びS1Pについて異なる添加濃度で含む細胞懸濁液を用いて浮遊懸濁培養を行った。
(LPA濃度)
ヒトiPS細胞懸濁液は実施例5と同様の手順で作製し、LPAの添加濃度は、前記ナトリウム塩として、0.00128μg/mL、0.0064μg/mL、0.032μg/mL、0.16μg/mL、0.8μg/mL、4μg/mL、20μg/mL、100μg/mLとし、各々に最終濃度5mg/mLとなるようにBSA−ffを、さらに最終濃度10μMとなるようにY−27632(和光純薬工業株式会社)を添加した。実施例5と同様の条件において1日懸濁培養し、顕微鏡を用いて観察した。
【0094】
観察結果を
図9に示す。LPA濃度に応じて細胞凝集塊の大きさは変化した。0.16〜100μg/mLのLPA濃度のときに略均一な大きさの細胞凝集塊が形成された。0.032μg/mL以下のLPA濃度では直径1mm以上の大きな細胞凝集塊が形成された。
【0095】
LPA濃度が0.16〜100μg/mLの観察像中の30個の細胞凝集塊を観察し、顕微鏡写真のスケールと比較して各細胞凝集塊の最も広い部分の幅(「φ」とする)を求め、平均値±標準偏差を算出した。
【0096】
LPA濃度0.16μg/mLのときφ=124.9±26.5μm、0.8μg/mLのときφ=68.2±9.8μm、4μg/mLのときφ=57.2±8.7μm、20μg/mLのときφ=39.9±8.0μm、100μg/mLのときφ=41.6±9.9μmであった。
(S1P濃度)
ヒトiPS細胞懸濁液は実施例5と同様の手順で作製し、S1Pの添加濃度は、前記フリー体として、0.00128μg/mL、0.0064μg/mL、0.032μg/mL、0.16μg/mL、0.8μg/mL、4μg/mL、20μg/mL、100μg/mLとし、各々に最終濃度5mg/mLとなるようにBSA−ffを、さらに最終濃度10μMとなるようにY−27632(和光純薬工業株式会社)を添加した。実施例5と同様の条件において1日懸濁培養し、顕微鏡を用いて観察した。
【0097】
観察結果を
図10に示す。S1P濃度に応じて細胞凝集塊の大きさは変化した。0.032〜100μg/mLのS1P濃度のときに略均一な大きさの細胞凝集塊が形成された。0.0064μg/mL以下のS1P濃度では直径1mm以上の大きな細胞凝集塊が形成された。
【0098】
S1P濃度が0.032〜100μg/mLの観察像中の30個の細胞凝集塊を観察し、顕微鏡写真のスケールと比較して各細胞凝集塊の最も広い部分の幅(「φ」とする)を求め、平均値±標準偏差を算出した。
【0099】
S1P濃度0.16μg/mLのときφ=142.4±16.4μm、0.8μg/mLのときφ=118.5±21.8μm、4μg/mLのときφ=109.9±23.1μm、20μg/mLのときφ=94.0±19.4μm、100μg/mLのときφ=89.0±19.5μmであった。
<実施例7.LPA又はS1P存在条件での細胞増殖能、未分化能への影響>
異なる濃度でLPA又はS1Pを含む培養存在条件でヒトiPS細胞の浮遊懸濁培養を行いグルコース消費量、細胞収量、未分化マーカーの陽性率を測定し、これらの添加物が細胞へ与える影響を解析した。
(方法)
ヒトiPS細胞懸濁液は実施例5と同様の手順で作製し、最終濃度として0.2μg/mL又は1μg/mLのLPA又はS1Pと、最終濃度5mg/mLのBSA−ff及び最終濃度10μMのY−27632(和光純薬工業株式会社)を添加した。コントロールとして、実施例5と同様の手順で作製し、最終濃度5mg/mLのBSA−ff及び最終濃度10μMのY−27632のみを添加した細胞懸濁液も調製した。
【0100】
上記細胞懸濁液を実施例5と同様の培養条件で2日間浮遊懸濁培養した。培養2日後、5mg/mLのBSA−ffを添加したEssential 8
TM培地で毎日培地交換した。培養2日目、3日目、4日目、5日目における培養上清中のグルコース濃度を測定し、グルコース消費量を計算した。また、培養5日目に細胞凝集塊を回収し、Accutaseにより分散し、5mg/mLのBSA−ffを添加したEssential 8
TM培地で懸濁した。この細胞懸濁液の一部をトリパンブルー染色して細胞数を調べた。上記細胞懸濁液を300gで5分間遠心分離後、上清を取り除き、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)で細胞を洗浄した。その後、4%PFA(パラホルムアルデヒド)により室温で20分間固定後、PBSで3回洗浄し、冷メタノールにより−20℃で一晩透過処理を行った。PBSで3回洗浄後、3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSによりブロッキングし、蛍光標識済抗SOX2抗体(Cat.No.656110、Biolegend社)及び蛍光標識抗OCT4抗体(Cat.No.653703、Biolegend社)により4℃で1時間染色した。3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSで1回洗浄後、セルストレーナーに通過させた細胞をFACSVerseにて解析した。
【0101】
グルコース消費量の測定は次の手順で行った。すなわち、培地交換時に培養上清を採取し,YSI社製バイオアナライザー(YSI2950)で残存グルコース量を測定し、グルコース消費量を計算した。
培養5日目に細胞収量を測定した。細胞収量の測定は次の手順で行った。すなわち、形成した細胞凝集塊をTrypLE Selectで5〜10分処理し,ブルーチップでのピペッティングによって細胞を単分散させ,トリパンブルー染色した後,血球計算盤を用いて細胞数を係数し,細胞収量を測定した。
(結果)
図11の写真は培養開始後2日目に観察した顕微鏡写真である。LPA及びS1Pを添加した試験では適度な大きさ(直径500μm以下)の細胞凝集塊が形成されたのに対して、BSA−ffのみ添加した試験では大きな細胞凝集塊(直径1mm以上)が形成された。
【0102】
グルコース消費量の測定結果を
図12に、培養5日目の細胞収量を
図13にそれぞれ示す。LPA又はS1Pを添加した場合は、BSA−ffのみ添加した場合と比較して、グルコース消費量及び細胞数が多く、細胞が顕著に増殖していることが明らかになった。
【0103】
未分化マーカーの陽性率の測定結果を
図14に示す。1μg/mLのLPA又はS1Pを含む細胞懸濁液中で浮遊懸濁培養した場合、単層接着培養したときと同様に95%以上の細胞が未分化マーカーであるOCT4及びSOX2を発現しており、脂質の添加によって形成されたヒトiPS細胞の凝集塊は未分化性を維持していることが確認された。
<実施例8.継代および培養スケールアップ検討>
ヒトiPS細胞懸濁液を実施例5と同様の手順で調製し、最終濃度5mg/mLのAlbuMAX
TMII及び最終濃度5mg/mLのBSA−ff及び最終濃度10μMのY−27632を添加し、培地量が1ウェルあたり4mL、細胞密度が1mlあたり2×10
5個となるように6ウェルプレート(住友ベークライト社)に播種して、ロータリーシェーカー(オプティマ社)上で90rpmの旋回速度、5%CO2、37℃の環境下で2日間培養して凝集塊を形成させた。その後、最終濃度0.5mg/mLのAlbuMAX
TMII及び最終濃度5mg/mLのBSA−ffを含むEssential 8
TM培地で4日間毎日培地交換を行った。細胞を播種して6日後に下記の方法で継代操作を行った。細胞凝集塊を回収し、PBSで1回洗浄後、Accutaseを用いて37℃で10分間処理し、細胞を分散した後、最終濃度5mg/mLのBSA−ffを含むEssential 8
TM培地を添加した。300gで3分間遠心分離し、上清を除去後、上記と同様にヒトiPS細胞懸濁液(最終濃度5mg/mLのAlbuMAX
TMII及び最終濃度5mg/mLのBSA−ff及び最終濃度10μMのY−27632を添加)を調製し、培地量が容器あたり300mL、細胞密度が1mlあたり2×10
5個となるように1L三角フラスコ(コーニング社、製品番号431147)に播種して、上記6ウェルプレートと同様に培養した。播種して5日後、上記と同様にヒトiPS細胞懸濁液(最終濃度5mg/mLのAlbuMAX
TMII及び最終濃度5mg/mLのBSA−ff及び最終濃度10μMのY−27632を添加)を調製し、培地量が容器あたり1.6L、細胞密度が1mlあたり2×10
5個となるように3L三角フラスコ(コーニング社、製品番号431252)に播種し継代して、旋回速度を70rpmとして、上記と同様の方法で培養操作を行った。各容量(4mLスケール、300mLスケール、1.6Lスケール)の培養において、播種1日後と5日後又は6日後における細胞凝集塊の顕微鏡写真を撮影し、また、培養最終日には実施例2と同様の方法で細胞数を調べ、実施例7と同様の方法で未分化マーカーの陽性率を解析した。コントロールとして実施例1の方法で接着培養した細胞を用いた。
【0104】
上記の顕微鏡観察の結果、培養スケールに関係なく、同様に略均一な大きさの細胞凝集塊を形成させることができ、未分化性を維持したまま増殖させることが可能であることが確認された(
図15、16、17)。
【0105】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。