特許第6238449号(P6238449)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6238449防食用陽極、それを用いたコンクリート構造物の防食構造および防食方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6238449
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】防食用陽極、それを用いたコンクリート構造物の防食構造および防食方法
(51)【国際特許分類】
   C23F 13/00 20060101AFI20171120BHJP
【FI】
   C23F13/00 R
【請求項の数】7
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-71412(P2014-71412)
(22)【出願日】2014年3月31日
(65)【公開番号】特開2015-193869(P2015-193869A)
(43)【公開日】2015年11月5日
【審査請求日】2016年12月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000224101
【氏名又は名称】藤森工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000107044
【氏名又は名称】ショーボンド建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100089037
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 隆
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 潤
(72)【発明者】
【氏名】石川 康登
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 宏和
(72)【発明者】
【氏名】中村 勉
(72)【発明者】
【氏名】三村 典正
(72)【発明者】
【氏名】二木 有一
【審査官】 酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/031663(WO,A1)
【文献】 特開2002−220685(JP,A)
【文献】 実開平05−077863(JP,U)
【文献】 実開昭63−184567(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 13/00
C23F 13/16
C23F 13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラファイトシートからなる導電層の一方の面に繊維基材からなる補強層が、前記導電層の幅よりも広い幅を有して両側辺に余白を残して接着剤層を用いて積層され
電解質を含む樹脂がシート状に成形され、前記導電層および被防食体の表面層に貼着可能な粘着力を有する電解質層がその粘着力により前記導電層の他方の面に貼着された外部電源による防食用陽極であって、前記導電層は、前記電解質層に接する側の面における任意の二点間の抵抗値が常に4Ω以下であることを特徴とする防食用陽極。
【請求項2】
前記導電層が気体の透過が可能な多数の連通孔を有する請求項1に記載の防食用陽極。
【請求項3】
前記補強層の外面が不透水性の保護層で覆われた請求項1または2に記載の防食用陽極。
【請求項4】
前記電解質層の外面が不透水性の剥離紙で覆われた請求項1ないし3のいずれかに記載の防食用陽極。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の防食用陽極が前記電解質層を用いてコンクリート構造物の表面に貼着され、前記防食用陽極の前記導電層が外部電源の正極に接続され、外部電源の負極が被防食体に接続されたことを特徴とするコンクリート構造物の防食構造。
【請求項6】
少なくとも前記導電層と前記補強層の両者に金属の歯を有する端子の金属の歯が食い込むことで、前記導電層が前記外部電源の正極に接続された請求項5に記載のコンクリート構造物の防食構造。
【請求項7】
請求項5または6に記載のコンクリート構造物の防食構造を用いて、前記防食用陽極の前記導電層と前記被防食体との間に電圧を印加して防食電流を流すことを特徴とするコンクリート構造物の防食方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート層で覆われる鉄筋等の防食に用いる防食用陽極、それを用いたコンクリート構造物の防食構造およびコンクリート構造物の防食方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートの表面付近に設置した電極(陽極)から、コンクリート中の鉄筋等の鋼材に電流を流すことによって、鋼材の電位を腐食しない電位にまで低下させ、鋼材腐食の進行を抑制する電気防食が知られている。電気防食としては、外部電源方式と流電陽極が知られている。
外部電源方式は、直流電源装置の正極を防食用陽極に、負極を被防食体の鋼材に、それぞれ導体で接続して電気回路を作り、防食用陽極から防食電流を鋼材へ流すカソード防食である。
【0003】
外部電源方式は、チタンメッシュ、チタングリッド、チタンロッド等の耐食性の高い防食用陽極をコンクリートの表面に直接、または表面に溝や穴を設けて設置し、モルタルで固定するので、耐食性の高い陽極が高価でコスト的に不利であり、施工に手数がかかるという問題がある。
一方、白金がコートされたチタン線をコンクリート面に間隔をおいて取り付け、コンクリート全面を導電性の塗料でコーティングする方法が開発されている。しかし、この方法は、導電塗膜とコンクリートの接触面の状態により電位分布が不均一となり、電気化学的反応により導電塗膜が劣化して剥がれやすいという問題がある。
【0004】
この様な問題に対して、特許文献1には、コンクリート構造物の補強を兼ねて、不働態被膜を有する耐酸化金属により被覆された炭素繊維シートを用い、不働態被膜の破壊を抑制するための不働態保護剤と電解質とを含むセメントベースの充填材層をコンクリート構造物の表面に設けて、炭素繊維シートに通電する防食方法が提案されている。
しかし、この方法は、コンクリート構造物表面の充填材層設置予定箇所にマスキングテープを貼って接着剤を縞模様に塗布する。その後マスキングテープを剥がして、炭素繊維シートを付着させる。炭素繊維シートの貼付後に、充填材層設置予定箇所に2本の管体を貫通させ、一方の管体から空気を排出しながら、他方の管体を通して充填材を炭素繊維シートとコンクリート構造物表面との間に注入する。その後、さらに炭素繊維シートの上から含浸用接着剤を含浸させる。
現場でこの様にして接着剤層と充填材層をストライプ状に設ける作業は、橋梁の床盤など構造物の裏面に処理を施す場合が多い防食工事においては、作業を頭上で行う必要があるので、重労働となる。
【0005】
現場での陽極の設置作業を軽減するために特許文献2には、炭素素材がシート状に成形された導電層の一面に、電解質がシート状に成形されて導電層および被防食体の表面層に貼着可能な粘着力を有する電解質層が貼着された補助陽極が提案されている。
特許文献2の提案は、陽極が工場で作製されており、現場での陽極の設置に際し、シート状に成形された炭素素材をコンクリートの表面に電解質層で貼着するだけなので、陽極の設置が極めて容易である。
しかも、防食する部位のコンクリートの全面に電解質層が貼着されるので、セメントベースの充填材層がストライプ状に設けられる場合に比べて、電荷の移動が格段に効率良く行われる。また、陽極面が耐酸化金属で被覆されていないので、コスト的に有利であり、不働態被膜が破壊されることもない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−190119号公報
【特許文献2】国際公開第2013/031663号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2の提案は、陽極の設置が容易で、電荷の移動効率が良いが、炭素素材は、金属に比べて電気抵抗が大きいので、通電時に陽極面内における通電状態が均一にならない場合がある。陽極面内における通電状態が均一でないと、通電する電圧を低く抑えて、水や塩素化合物の電気分解による気体の発生が少ない電気防食を行うことが困難となる場合がある。従って、導電層の長手方向に沿って給電材を貼り付けて、排流点(外部電源の正極接続部)から遠い部分と近い部分の通電状態の差を小さくすることが好ましい。
しかし、給電材の設置は、特許文献1の方法に比べれば改善されるとしても、工場における陽極の作製に手間がかかるので、できれば省略したいという希望がある。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、本発明の目的の一つは、施工現場での作業量を可能な限り低減することである。
また、本発明の目的の一つは、給電材を用いなくても導電層の排流点から遠い部分と近い部分の通電状態の差を小さくすることである。これにより、本発明は、通電する電圧を低く抑えて、水や塩素化合物の電気分解による気体の発生が少なく、長期間の電気防食が可能な防食用陽極、それを用いたコンクリート構造物の防食構造および防食方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発明者らは、上記の課題を解決するため、給電材を用いなくても電気防食を行う際のコンクリート表面への通電状態が均一で、コンクリート中の陽イオンの移動に効率よく変換される防食用陽極を鋭意検討した。その結果、コンクリートの表面に貼着可能な粘着力を有するシート状に成形された電解質層を用いること、および、破れやすいグラファイトシートからなる導電層を首尾よく用いる方法を見出して本発明を完成した。
【0010】
本発明は、以下の防食用陽極を提供する。
(1)グラファイトシートからなる導電層の一方の面に繊維基材からなる補強層が、前記導電層の幅よりも広い幅を有して両側辺に余白を残して接着剤層を用いて積層され、電解質を含む樹脂がシート状に成形され、前記導電層および被防食体の表面層に貼着可能な粘着力を有する電解質層がその粘着力により前記導電層の他方の面に貼着された外部電源による防食用陽極であって、前記導電層は、前記電解質層に接する側の面における任意の二点間の抵抗値が常に4Ω以下であることを特徴とする防食用陽極。
(2)前記導電層が気体の透過が可能な多数の連通孔を有する(1)の防食用陽極。
(3)前記補強層の外面が不透水性の保護層で覆われた(1)または(2)の防食用陽極。
(4)前記電解質層の外面が不透水性の剥離紙で覆われた(1)〜(3)のいずれかの防食用陽極。
【0011】
また、本発明は、以下のコンクリート構造物の防食構造およびコンクリート構造物の防食方法を提供する。
(5)(1)〜(4)のいずれかの防食用陽極が前記電解質層を用いてコンクリート構造物の表面に貼着され、前記防食用陽極の前記導電層が外部電源の正極に接続され、外部電源の負極が被防食体に接続されたことを特徴とするコンクリート構造物の防食構造。
(6)少なくとも前記導電層と前記補強層の両者に金属の歯を有する端子の金属の歯が食い込むことで、前記導電層が前記外部電源の正極に接続された(5)のコンクリート構造物の防食構造。
(7)(5)または(6)のコンクリート構造物の防食構造を用いて、前記防食用陽極の前記導電層と前記被防食体との間に電圧を印加して防食電流を流すことを特徴とするコンクリート構造物の防食方法。
【発明の効果】
【0012】
(1)の防食用陽極によれば、垂直方向(層を貫通する方向)の体積抵抗率に比べて、水平方向(表面に沿う方向)の体積抵抗率が著しく低いグラファイトシートからなる導電層を用いるので、導電層の任意の二点間の抵抗値を常に4Ω以下とすることができる。
そして、水平方向の抵抗値が低く、排流点を隅部に設けた場合であっても、排流点から近い部位と遠い部位の抵抗値の差が小さい導電層と、シート状に成形されたゲル電解質とが広い面積で均一に密着するので、給電材を用いなくても電気防食を行う際の被防食体の表面層の電位分布が均一となる。
給電材を設置する必要がないので、陽極の製造が容易となり、長期間通電すると給電材近傍の導電層が劣化するおそれがあるという問題も解決することができる。
【0013】
グラファイトシートからなる導電層は、通電時に発生する酸素や塩素などの気体および電解質溶液に対する耐性(耐食性)が高い。従って、高価なチタンなどの耐食性の高い金属を陽極に用いる場合に比べて、コスト的に有利である。また、グラファイトシートは、金属に比べて軽いので、陽極を軽くすることができる。
そして、電解質層を導電層に貼着し、電解質層の導電層が貼着されていない面を用いて被防食体の表面層に陽極を貼着することができる。従って、陽極が軽いことと併せて、防食用陽極を設置するための現場での作業量を大幅に低減することができる。
【0014】
電解質層は、コンクリートに比べて豊富な電解質のイオンにより、外部電源からの電荷の移動が電解質のイオン伝導に効率よく変換されるため、電気化学的分極を小さくすることができる。その結果、防食用陽極に印加する電圧を低く設定できるので、水や塩素化合物の電気分解による気体の発生を少なくすることができる。
従って、本発明の防食用陽極は、印加する電圧が小さくても防食効果が得られるので、高価で設置に手間のかかる電源装置を必要とする商用電源を用いなくとも、太陽電池、燃料電池や乾電池などの独立した電源を用いることにより防食が可能である。
【0015】
(2)の防食用陽極によれば、(1)の防食用陽極の効果に加えて、導電層が気体の透過が可能な多数の連通孔を有するので、大きな電流を流して防食する場合に、電解質層との界面で発生する気体を逃がすことができる。これにより、電解質層から導電層が部分的に剥離することを防止できる。従って、腐食が進行している鉄筋に対して、第一段階として、大きな電流が流れる電圧を印加して腐食を制止し、不動態皮膜が形成されたら、第二段階として、水や電解質の電気分解による気体の発生が少ない電圧を印加して防食を行うことが可能である。
【0016】
(3)の防食用陽極によれば、(1)または(2)の防食用陽極の効果に加えて、防食用陽極の取扱性や施工性を低下させることなく、補強層、導電層および電解質層の物理的損傷、汚れ、雨や飛来する塩分等の侵入を防止することができる。
(4)の防食用陽極によれば、(1)〜(3)の防食用陽極の効果に加えて、電解質層の溶媒の蒸発、物理的損傷、汚れ、他の物品との意図しない接着を防止できる。
【0017】
(5)の防食構造によれば、(1)〜(4)の防食用陽極と同様な効果に加えて、防食工事の施工が容易で、施工現場での作業量が大幅に低減し、防食用陽極の剥落のおそれがないコンクリート構造物の防食構造が得られる。
(6)の防食構造によれば、(5)の防食構造の効果に加えて、施工現場での配線作業が容易で、長期間にわたって通電不良のおそれがないコンクリート構造物の防食構造が得られる。
(7)の防食方法によれば、(5)または(6)の防食構造と同様な効果に加えて、防食に大きな電流を用いる場合でも、印加する電圧を低く抑えることができるので、長期間安定した電気防食を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の防食用陽極の一例およびそれを用いたコンクリート構造物の防食構造の一例を模式的に示す断面図である。
図2】本発明の防食用陽極の他の一例およびそれを用いたコンクリート構造物の防食構造の他の一例を模式的に示す断面図である。
図3】本発明の実施例1の防食用陽極の作製において、導電層に補強層を積層した段階の平面図、およびそれを用いて導電層の抵抗値を測定する方法を説明する説明図である。
図4】本発明の防食用陽極の実施例1の導電層の定電流通電試験のサンプルの正面図である。
図5】本発明の防食用陽極の実施例1の導電層の定電流通電試験結果を示すグラフである。
図6】本発明のコンクリート構造物の防食構造に用いる圧着端子の一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、好適な実施の形態に基づき、図面を参照して本発明を説明する。
図1に本発明の防食用陽極10の一例およびそれを用いたコンクリート構造物の防食構造の一例を模式的に示す。
図1において、符号1は本発明の防食構造、符号3は表面層(コンクリート層)、符号4は被防食体(鉄筋)、符号5は外部電源、符号6は回路配線(導線)、符号10は本発明の防食用陽極、符号11は導電層、符号12は電解質層、符号13は接着剤層、符号14は補強層、符号15は保護層を示す。
【0020】
本発明の防食用陽極10を用いたコンクリート構造物の防食構造1は、電解質層12をコンクリート層3の表面に貼着して防食用陽極10を設置する。そして、回路配線6を用いて外部電源5の正極を防食用陽極10の導電層11に接続し、回路配線6を用いて外部電源5の負極を被防食体4に接続して防食回路を形成する。
なお、「貼着」とは、物体同士が粘着または接着により一体化することを意味する。粘着とは、意図的な界面での剥離は可能であるが、自然な状態では剥離しない接着強度で物体同士が一体化することを意味する。接着とは、界面での剥離が不能な接着強度で物体同士が一体化することを意味する。
【0021】
本発明の防食用陽極10は、グラファイトシートからなる導電層11の一方の面に繊維基材からなる補強層14が接着剤層13を用いて積層されている。導電層11の他方の面には、電解質層12がその粘着力により導電層11に貼着されている。電解質層12は、導電層11および被防食体4の表面層3に貼着可能な粘着力を有する。
本発明に用いる導電層11は、外部電源5により供給される電流を、電解質層12を介して、被防食体4の表面層3に均一に供給する面状電極である。
この導電層11は、電解質層12に接する側の面における任意の二点間の抵抗値(以下、単に「二点間の抵抗値」という場合がある。)が常に4Ω以下である。
【0022】
炭素には構造が異なる多くの同素体が存在し、ダイアモンド、フラーレン、カーボンナノチューブなどは全て炭素である。工業的には、通常、グラファイトが用いられる。
グラファイトシートは、耐熱性や耐薬品性、熱伝導体性や電気伝導性に優れるので、熱伝導材、耐熱シール材、燃料電池のガス拡散体などに広く使用されている。
グラファイトシートは、水平方向(層に沿う方向)の体積抵抗率が垂直方向(層を貫通する方向)の体積抵抗率に比べて著しく低い。また、通電時に発生する酸素や塩素などの気体および電解質溶液に対する耐久性(耐食性)が高い。
なお、一般的には、「シート」は厚い膜状物を意味し、「フィルム」は、薄い膜状物を意味するが、本明細書においては、厚みに関係することなく両者を用いる。
【0023】
上述したように、特許文献2(国際公開第2013/031663号)の実施例に記載された方法による導電層は、排流点から遠い部分と近い部分の通電状態の差を小さくするために、導電層の長手方向に沿って給電材を設けることが好ましい。
そして、実際にステンレステープの給電材を、導電性接着剤を用いて導電層の長手方向に沿って設けると、排流点から遠い部分と近い部分の通電状態の差を小さくすることができる。この時に用いるステンレステープは、厚さ30μm、幅4mm、長さ1000mmである。このステンレステープは、実際の抵抗値が4Ω程度と意外に大きい。従って、導電層11による通電状態が均一となるためには、導電性接着剤の接触抵抗を考慮すれば、二点間の抵抗値が常に4Ω以下であればよい。
【0024】
なお、本発明のコンクリート構造物の防食構造においては、導電層11の少なくとも電解質層12に接する面を外部電源5の正極に接続すると、導電層11の垂直方向の体積抵抗率を考慮しなくてもよいので、好ましい。また、導電層11は、厚さが辺の長さに比べて十分に小さいので、垂直方向の体積抵抗率を無視できるから、本発明の防食用陽極10は、導電層11の補強層14に接する面を外部電源5の正極に接続することも可能である。
【0025】
導電層11の厚さは、二点間の抵抗値が4Ω以下である限り、特に制限はない。導電層11が厚くなると、二点間の抵抗値は下がるが、コスト的に不利になる。導電層11が薄くなると、コスト的に有利になるが、二点間の抵抗値が上がり、機械的強度が不足する場合もある。従って、導電層11の厚さは、0.01mm〜2mm程度が好ましい。
導電層11に用いるグラファイトシートは、例えば、以下の様な方法で製造されるものが好ましい。
【0026】
原料である天然の鱗片状グラファイトを浮遊選鉱し、薬品処理を行なう。その後、濃硫酸と硝酸との混合酸化剤によって酸処理を行い、膨張化処理を行なう。膨張化処理は、1000℃近い高温に急熱し、層間に沿って見掛けの厚さを原料グラファイトの数十倍から数百倍に膨張させる。膨張したグラファイトを粘結剤と共に圧縮成型してグラファイトシートとする。この方法は、エキスパンド法と呼ばれる製造方法である。この方法で得られるグラファイトシートは、製造コストが低いので、面状発熱体、放熱材やガスケット等に用いられる。
【0027】
エキスパンド法によるグラファイトシートは、原料が安価で、製造が容易なためコスト的に有利であり、厚さの制御が比較的自由で、柔軟性を有する。
しかし、エキスパンド法においては、膨張化処理時に酸化剤を使用する。酸化剤は、水などで洗浄されるが、完全に取り除くことは難しい。従って、長期間使用する場合、残留していた酸化剤が徐々に浸出し、導電層11に接続された排流端子を腐食させる可能性がある。その様な場合に備えて、排流端子は、白金、金、銀、銅、チタン、ステンレススチールなどの酸化されにくい、または酸化されても腐食しにくい金属を用いることが好ましい。
【0028】
また、エキスパンド法によるグラファイトは、圧縮成型時に粘結剤を使用するため、鱗片状グラファイト同士の接触抵抗が高いので、高い電気伝導性を得にくい。しかし、本発明の導電層11に必要な二点間の抵抗値は、容易に達成可能である。
さらに、鱗片状グラファイト同士の結合が弱いため、鱗片状グラファイト同士の剥離が起こりやすい。従って、グラファイトシート単体は、取り扱い方法によっては、破損や破れが生じることがあり、慎重な取り扱いが必要である。
【0029】
導電層11に用いるグラファイトシートは、高分子フィルムを直接炭素化およびグラファイト化してグラファイトシートを作製する高分子フィルム熱分解法で製造したものも用いることができる。
高分子フィルム熱分解法では、原料としてグラファイト化反応が可能である縮合系芳香族高分子フィルムを用いることが好ましい。それらの中でも芳香族系ポリイミドフィルムがより好ましい。
グラファイト化は、まず、縮合系芳香族高分子フィルムを、窒素やアルゴンなどの不活性ガス中で、最高温度が好ましくは1000℃〜1200℃の予備熱処理を行う。
【0030】
その後、不活性ガス中で、特定の速度で昇温して、最高温度を好ましくは2500℃以上とし、本熱処理を行って発泡性のシートを作製する。
さらに、ローラやプレス板を用いて圧延を行って、シートの膜厚、密度、表面状態などの均一化を図る。これにより、単結晶グラファイトと同様の特性を持つ、高品質で柔軟性、強靱性に富み、熱伝導性と電気伝導性に優れたグラファイトシートが得られる。
また、より高品質のグラファイトシートを得るために、圧延時に、グラファイトシート表面への水蒸気を噴霧したり、別途製造したグラファイトからなる耐熱性の保護シートを重ね合わせたりすることが好ましい。
【0031】
高分子熱分解法によるグラファイトシートは、単結晶グラファイトと同様な電気伝導性を有する。エキスパンド法によるグラファイトに比べて、高価であるが、電気伝導度が高く、鱗片状グラファイト同士の剥離や、酸化剤や粘結剤などの問題が無く、折り曲げに強い。また、極めて高い熱伝導率を有するため、CPUや各種電子機器の放熱や均熱に用いられる。
高分子熱分解法によるグラファイトシートは、導電性や熱伝導性に優れた性質を持っているが、その厚さは、原料の厚さと炭化過程における熱分解反応の進み易さから1mm以下となる。薄くても、高い導電性により二点間の抵抗値を低くすることができる。
【0032】
導電層11に用いるグラファイトシートは、ランダムに分散している炭素短繊維を樹脂炭化物で結着させて製造したものも使用することができる。このグラファイトシートは、高価であるが、垂直方向の通気性を有するので、燃料電池のガス拡散体に用いられる。
このグラファイトシートの製造方法は、平均粒径1〜30μmの炭素短繊維とポリビニルアルコール等の有機バインダーを含む抄造媒体との混合物を、例えば、丸網抄紙機等で抄いて抄造シートとする。抄造シートを加熱加圧して成形し、シート状中間体を作製する。その後、その中間体に、加熱すると炭素化する樹脂(たとえばフェノール樹脂、エポキシ樹脂、フラン樹脂、メラミン樹脂、ピッチなど)を含浸させて前駆体繊維シートとする。
【0033】
そして、さらに前駆体繊維シートを、不活性雰囲気の加熱炉内で100〜10,000℃/分の範囲内の昇温速度で、少なくとも1,200℃まで昇温し、前駆体繊維シートを加熱加圧して含浸した樹脂を炭素化させると、炭素短繊維同士を含浸した樹脂の炭化物で結着したグラファイトシートが得られる。
炭素短繊維を構成する炭素繊維としては、ポリアクリロニトリル(PAN)系、ピッチ系、レーヨン系等の炭素繊維を用いることができる。なかでも、機械的強度に優れ、しかも、適度な柔軟性を有し、取扱性に優れた多孔質炭素シートが得られることから、PAN系やピッチ系の炭素繊維を用いることが好ましい。
【0034】
本発明の防食用陽極10に用いる導電層11として、エキスパンド法や高分子フィルム熱分解法で製造されたグラファイトシートを用いた場合は、気体を透過させにくいことがある。ただし、通常、防食時に2V以下の小さな電圧を印加する場合には、気体の発生量は、極めて小さく、気体透過性が小さくても、実用上は問題にはならない。
本形態例の防食用陽極10においては、コスト面を優先させて、導電層11として、エキスパンド法によるグラファイトシートを用いる。
【0035】
本発明の防食用陽極10に用いる電解質層12は、外部電源5の正極から導電層11に供給される電流による電子の移動(電子伝導)をイオン伝導に変換して、被防食体4の表面層3に電荷を移送する層である。電解質層12は、正負の電荷を有するイオンを含む樹脂がシート状に固体化された電荷移動層である。電解質層12中に含まれるイオンが移動したり、これらのイオン間を電荷が移動したりしてイオン伝導により電荷を移動させる。
電解質層12は、粘着力を有し、その粘着力により導電層11に貼着されている。また、電解質層12は、その粘着力によりコンクリート層や塗料被膜などの被防食体4の表面に存在するイオン透過性の表面層3に防食用陽極10を貼着させる粘着剤層でもある。
【0036】
電解質層12に用いる主な電解質層としては、電解質溶液を樹脂マトリックスに保持させたゲル電解質層;イミダゾリウムイオン、ピリジニウムイオンなどの陽イオンと、BF、PFなどの陰イオンから成るイオン液体(有機室温溶融塩)を樹脂マトリックスに保持させたイオンゲル層;ポリエーテル系樹脂にビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドリチウム(LiTFSI)のようなリチウム塩を保持させた真性ポリマー電解質等のポリマー電解質層を挙げることができる。
【0037】
これらのうち、ゲル電解質層は、イオン伝導度が高く、柔軟性や粘着性を付与しやすいので好ましい。ゲル電解質層は、ポリマー添加、オイルゲル化剤添加、多官能モノマー類を含む重合、ポリマーの架橋反応等により電解質を樹脂マトリックス中にゲル化(固体化)させたものである。
電解質層12がゲル電解質層であると、防食用陽極10を被防食体4の表面層、例えばコンクリート層3に貼着する場合に、コンクリート層3の微小な凹凸に電解質層12の一部が入り込んで、高い接着強度と広い接触面積で電解質層12が接触して貼着させることができるので好ましい。
【0038】
電解質層12に用いるゲル電解質層の厚さは、特に制限はないが、0.1mm〜1mmとすることが好ましい。電解質層12がこの範囲より厚くても特に問題はないが、コスト的に不利である。電解質層12がこの範囲より薄いと、粘着力が不足することがある。また、ゲル電解質層中の電解質溶液がコンクリート層3に吸収されたときに、電荷の移動能力が下がることがある。
電解質層12の大きさは、電荷移動の観点からは、導電層11と同じ大きさで、正確に重ねられて導電層11に貼着されると、無駄がないので好ましい。粘着の観点からは、導電層11より大きくてもよいし、排流点を設ける際の作業性の観点からは、導電層11よりも小さくてもよい。
【0039】
電解質層12に用いるゲル電解質層は、重合性単量体に架橋性単量体を共重合させた樹脂マトリックス内に、溶媒と電解質塩、好ましくはさらに湿潤剤を保持させた粘着性を有する導電性の高分子ゲル電解質層である。高分子ゲル電解質層は、高分子鎖同士が物理的または化学的に結合した高分子鎖の三次元網目構造に液体である溶媒等を保持し、形状を維持できることが必要である。高分子三次元網目構造を適切に設計することで、柔軟な高分子三次元網目構造の骨格(樹脂マトリックス)を形成することができる。
【0040】
このような樹脂マトリックスは、適度な凝集力を有し、被着体表面への濡れが良好なので、被着体物との接触部分を分子レベルで接近させることができる。また、ゲル電解質層の適度な凝集力により、ゲルに圧縮強度、引っ張り強度が付与されるので、相互の分子間力により、高い接着性が得られる。
電解質層12に用いるゲル電解質層の樹脂マトリックスは、凝集力を高めるために、架橋剤にて架橋処理を施したり、重合性単量体と架橋性単量体とを重合して架橋させたりしておくことが好ましい。高分子鎖が三次元に架橋された樹脂マトリックスは、溶媒や湿潤剤を保持する能力に優れる。これにより、樹脂マトリックス内に電解質塩を分子レベルで溶解した状態で保持することが可能である。
【0041】
樹脂マトリックスを形成する重合性単量体としては、分子内に重合性を有する炭素−炭素二重結合を1つ有する単量体であれば特に制限されない。例えば、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、クロトン酸、(ポリ)エチレングリコール(メタ)アクリレート、(ポリ)プロピレングリコール(メタ)アクリレート、(ポリ)グリセリン(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸誘導体;(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N−エチル(メタ)アクリルアミド、N−プロピル(メタ)アクリルアミド、N−ブチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、ダイアセトンアクリルアミド、N,N−ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、t−ブチルアクリルアミドスルホン酸等の(メタ)アクリルアミド誘導体及びその塩;N−ビニルピロリドン、N−ビニルホルムアミド、N−ビニルアセトアミド等のN−ビニルアミド誘導体;ビニルスルホン酸、アリルスルホン酸等のスルホン酸系単量体及びその塩等を挙げることができる。なお、(メタ)アクリルは、アクリルまたはメタクリルを意味する。
【0042】
重合性単量体と重合して架橋させる架橋性単量体としては、分子内に重合性を有する二重結合を2以上有している単量体を使用することが好ましい。具体的には、メチレンビス(メタ)アクリルアミド、エチレンビス(メタ)アクリルアミド、N,N−メチレンビスアクリルアミド、N−メチロールアクリルアミド等の多官能(メタ)アクリルアミド系単量体;(ポリ)エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、(ポリ)プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、グリセリンジ(メタ)アクリレート、グリセリントリ(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート等の多官能(メタ)アクリレート系単量体;テトラアリロキシエタン;ジアリルアンモニウムクロライド等を挙げることができる。これらのうち、多官能(メタ)アクリルアミド系単量体が好ましく、N,N−メチレンビスアクリルアミドがより好ましい。なお、これらの架橋性単量体は単独で用いられてもよいし、二種以上が併用されてもよい。
【0043】
架橋性単量体の含有量は、重合性単量体と架橋性単量体を重合架橋した樹脂マトリックス100重量部に対して0.005〜10重量部が好ましい。樹脂マトリックス中の架橋性単量体の含有量が少ないと、主鎖間を結ぶ網目架橋点が少なく、保形性に優れるゲル電解質層が得られないことがある。架橋性単量体の含有量が多いと、主鎖間を結ぶ網目架橋点が増大し、見かけ上は、保形性の高いゲル電解質層が得られるが、ゲル電解質層が脆くなり、引張り力や圧縮力によるゲル電解質層の切断や破壊が生じ易くなることがある。また、架橋点の増加によりポリマー主鎖が疎水化し、網目構造中に封じ込めた水等の溶媒を安定して保持することが困難になり、ブリードが起こり易くなることがある。
【0044】
ゲル電解質層の溶媒や湿潤剤を保持する能力や凝集力を高くするために、予め重合した樹脂マトリックスに、新たに重合性単量体と架橋性単量体を含浸させ、再度重合させて異なる樹脂マトリックス同士を互いに貫通させた三次元構造を形成してもよい。予め重合した樹脂マトリックスは、架橋していても架橋していなくてもよい。
【0045】
ゲル電解質層に使用可能な溶媒としては、沸点が高く、常温で蒸気圧が低く、重合性単量体および架橋性単量体と相溶性のある極性溶媒が好ましい。
そのような溶媒としては、水;メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類;メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブなどのセロソルブ類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N’−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N−メチル−2−ピロリドンなどのアミド類;スルホラン等のスルホン類;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド類;等を挙げることができる。これらの溶媒は、混合して用いてもよい。
【0046】
ゲル電解質層に含まれる溶媒は5〜50重量%であることが好ましく、より好ましくは5〜40重量%である。この範囲未満ではゲル電解質層の可撓性が低く、電解質塩をほとんど添加できないので、良好な導電性を得ることができない。また、この範囲を超えるとゲル電解質層の平衡溶媒保持量を大きく超えるため、溶媒のブリード等が生じることがある。また、保持しきれない溶媒が流れ出て、経時に伴い物性の変化が大きくなることがある。
【0047】
電解質層12に用いるゲル電解質層としては、親水性の樹脂マトリックス内に、溶媒としての水と電解質塩、好ましくはさらに湿潤剤を保持させたハイドロゲル層であるとコンクリート層3中の水分と溶媒が共通する。そのため、コンクリート層3と電解質層12との界面でイオン伝導が起こりやすいので、好ましい。
ハイドロゲル層は、樹脂マトリックス内に電解質塩を分子レベルで水に溶解した状態で保持することが可能である。また、電解質水溶液により電荷の移動速度が速く、柔軟性と粘着性とを容易に付与することができる。
【0048】
電解質層12に用いるハイドロゲル層の含水率は、通常、5〜50重量%、好ましくは10〜30重量%である。含水率が低いと、ハイドロゲル層の柔軟性が低下することがある。また、イオン伝導性が低下し、電荷を移動させる能力に劣る場合がある。ハイドロゲル層の含水率が高いと、ハイドロゲル層の保持可能な水分量を超えた水分が離脱や乾燥してハイドロゲル層が収縮したり、イオン伝導性等の物性の変化が大きくなったりすることがある。また、柔軟すぎて保形性に劣る場合がある。
ハイドロゲル層中の電解質塩の含有率は、0.01〜20質量%であることが好ましく、0.1〜10重量%であることがより好ましい。この範囲より高いと、電解質塩の水に対する完全な溶解が困難となってハイドロゲル層内に結晶として析出したり、他の成分の溶解を阻害したりすることがある。この範囲より低いと、イオン伝導性に劣ることがある。
【0049】
電解質層12に用いるハイドロゲル層に、湿潤剤を含ませると、ハイドロゲル層の含水率の低下を抑制することができる。粘着性や保形性の点からは湿潤剤を5〜80重量%、好ましくは20〜70重量%程度の範囲に調整することが好ましい。ハイドロゲル層中の湿潤剤の含有量が少ないと、ハイドロゲル層の保湿力が乏しくなり、水分が蒸散しやすくなってハイドロゲル層の長期安定性に欠けたり、柔軟性に乏しくなって粘着性が低下したりすることがある。湿潤剤の含有量が多いと、ハイドロゲル層の製造時に粘度が高くなり過ぎて取り扱い性が低下し、ハイドロゲル層の成形時に気泡が混入することがある。また、相対的に樹脂マトリックスや水の含有率が小さくなり、保形性やイオン伝導性が低下する恐れがある。
【0050】
湿潤剤としては、溶媒の保持力を向上させるものであれば、特に制限されず、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、グリセリン、ペンタエリスリトール、ソルビトール等の多価アルコール類;これら多価アルコールの一種又は二種以上を単量体として重合されたポリオール類;ブドウ糖、果糖、ショ糖、乳糖等の糖類等を挙げることができる。湿潤剤は単独で用いられても二種以上が併用されてもよい。また、多価アルコール類の分子内あるいは分子の末端にエステル結合、アルデヒド基、カルボキシル基等の官能基を有していてもよい。
これらのうち、多価アルコール類は、水分を保持する作用に加え、ハイドロゲル層に弾力性も付与するので好ましい。多価アルコール類のうち、長期保水性の面でグリセリンが特に好ましい。多価アルコール類は、これらの中から1種または2種以上を選択して使用することができる。多価アルコール類の内、常温で液状のものは、ハイドロゲル層の弾力性向上や製造時の取扱性に優れるのでより好ましい。ハイドロゲル層の弾力性を上げる必要がある場合には、酸化チタン、炭酸カルシウム、タルク等の公知の充填剤を添加してもよい。
【0051】
電解質層12に用いるハイドロゲル層に含まれる電解質塩としては、ハイドロゲル層にイオン伝導性を付与することができれば、特に制限されず、電荷輸送用として慣用されている電解質塩の中から任意に選ぶことができる。例えば、NaClなどのハロゲン化ナトリウム、KClなどのハロゲン化カリウム等のハロゲン化アルカリ金属塩、ハロゲン化マグネシウム、ハロゲン化カルシウム等のハロゲン化アルカリ土類金属塩、LiClなどのその他の金属ハロゲン化物;KSO、NaSOのような各種金属の硫酸塩、硝酸塩、燐酸塩、塩素酸塩、過塩素酸塩、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、アンモニウム塩、LiPF、LiBF、LiTFSIなどのフッ素含有電解質塩、各種錯塩等の無機塩類;酢酸、安息香酸、乳酸、酒石酸等の一価有機カルボン酸塩;フタル酸、コハク酸、アジピン酸、クエン酸等の多価カルボン酸の一価または二価以上の塩;スルホン酸、アミノ酸等の有機酸の金属塩;有機アンモニウム塩;ポリ(メタ)アクリル酸、ポリビニルスルホン酸、ポリt−ブチルアクリルアミドスルホン酸、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン等の高分子電解質の塩等が挙げられる。なお、ハイドロゲル層の作製時には不溶性或いは分散状態であっても、時間経過とともにハイドロゲル層中に溶解するものも使用することができ、このようなものとしては、珪酸塩、アルミン酸塩、金属酸化物、金属水酸化物等が挙げられる。
【0052】
電解質層12に用いるハイドロゲル層は、電解質を含んでいれば、イオン伝導性となり、電荷の移動が可能であるが、酸化還元剤も含むと、電荷の移動がより円滑となる。その様な酸化還元剤としては、キノン−ヒドロキノン混合物などの有機系のものや、S/S2−、I/Iのような無機系のものを挙げることができる。また、LiI、NaI、KI、CsI、CaIのような金属ヨウ化物や、テトラアルキルアンモニウムヨージド、ピリジニウムヨージド、イミダゾリンヨージドのような第四級アンモニウム化合物などのヨウ素化合物も好適に用いられる。
また、ハイドロゲル層のpHを調整するために、NaOHやKOH等のアルカリを含んでいてもよい。
【0053】
電解質層12に用いるハイドロゲル層の製造方法としては、例えば、重合性単量体、架橋性単量体、湿潤剤、重合開始剤および電解質塩を加えたものを水中に溶解または分散させて架橋、重合させる方法、重合性単量体、架橋性単量体、湿潤剤および重合開始剤を水中に溶解または分散させて架橋、重合させて得られた樹脂マトリックス中に電解質塩を含浸させる方法、重合性単量体のみを水中に分散させて湿潤剤の存在下で重合させた直鎖状高分子に電解質を溶解または分散させた分散液に架橋剤を添加して直鎖状高分子と架橋剤とを架橋反応させて樹脂マトリックスを生成する方法等が挙げられる。
電解質層12に用いるハイドロゲル層には、必要に応じて、防腐剤、防黴剤、防錆剤、酸化防止剤、安定剤、界面活性剤、着色剤等を適宜添加してもよい。
【0054】
電解質層12の積層方法は、公知の方法を採用することができる。例えば、グラビアコート、バーコート、スクリーンコート等のコート方法で導電層11の上に塗布する方法を挙げることができる。
電解質層12として、予めシートに成形されたハイドロゲル層を用いることもできる。この場合は、ハイドロゲル層が粘着性を有するので、ハイドロゲル層を、そのまま導電層11に貼着することができる。この方法は、ロールに巻かれた導電層11およびロールに巻かれたハイドロゲル層を用いて、防食用陽極10を連続的に生産する場合に好ましい。
導電層11が枚葉に裁断されている場合は、重合性単量体、架橋性単量体、湿潤剤、重合開始剤および電解質塩を水中に溶解または分散させ、導電層11の上に塗布してゾル状の電解質層を形成し、その後ラジカル重合することによってゲル化させてもよい。
【0055】
本形態例の防食用陽極10においては、電解質層12として、予めシートに成形されたハイドロゲル層を用いた。
電解質層12にハイドロゲル層を用いる場合は、外側の露出面からの水の蒸発や粘着力による塵埃や異物の付着を防止するために、露出面に不透水性の剥離紙を積層することが好ましい。通常、市販されているハイドロゲル層は、両面に不透水性の剥離紙が積層されているので、これをそのまま用いてもよい。
不透水性の剥離紙は、樹脂フィルムにシリコーン等の剥離剤を塗布したものでもよいが、剥離剤がハイドロゲル層面に移行するおそれがある。一方、ハイドロゲル層は、ポリエチレンやポリプロピレンなどのポリオレフィンとは、剥離可能に粘着するので、ポリオレフィンのフィルムをそのまま剥離紙として積層することが好ましい。
【0056】
本形態例の防食用陽極10は、導電層11の電解質層12が貼着されていない面に不織布からなる補強層14が積層されている。
補強層14は、取り扱い方法によっては、破損や破れが生じることがあり、慎重な取り扱いが求められるグラファイトシートを取り扱いやすくするために補強する層である。特に、本形態例の防食用陽極10の導電層11には、安価であるが、鱗片状グラファイト同士の剥離が起こりやすいエキスパンド法によるグラファイトシートを用いるので、補強層14でグラファイトシートを補強することは、重要である。補強層14として不織布を用いると、不織布の高い引裂き強度により、破れやすいグラファイトシートを補強することができるので、好ましい。
【0057】
本発明の防食用陽極10の補強層14は、大電流を流して腐食が進行している被防食体4を防食する場合に備えて、防食時に発生する気体を逃がす通気層を兼ねている。
従って、補強層14としては、ガラス繊維、動物性繊維、植物性繊維、合成樹脂繊維等の繊維を織布、不織布、編布、紙などのシートに加工した繊維基材を用いることができる。これらの繊維基材の内、合成樹脂繊維からなる繊維基材は、引裂き強度に優れ、耐食性が高いので好ましい。
これらの繊維基材は、不織布に加工されていると、垂直方向と水平方向に通気性を有し、厚みや空隙を容易に選択できるので好ましい。また、通気性を確保して厚みを持たせることができるので、引裂き強度に優れる。
【0058】
補強層14は、図3に示すように、導電層11の幅よりも広い幅を有して両側辺に余白を残して導電層11に積層されることが好ましい。これにより、防食用陽極10の製造時、保管時や設置作業時に不用意に導電層11の端面に他の物品が接触しにくい。従って、導電層11が裂けたり、破れたりすることを防止できるので、導電層11の補強がより確実となる。また、防食用陽極10の製造時や設置作業時にこの余白を掴んで作業を行うと、導電層11や電解質層12を傷付けないので好ましい。この余白の幅は、特に制限されない。
補強層14の上に後述する保護層15が積層される場合、防食時に発生する気体は、保護層15を透過して逃げる。保護層15の気体透過では十分でない場合は、補強層14の端面から気体を逃がしてもよい。この場合、補強層14の端面は薄いので、埃や塵等により目詰まりしやすい。補強層14が導電層11よりも幅が広いと、導電層11に積層されない部分が通気口となるので、目詰まりしにくくなる。
【0059】
繊維基材となる合成樹脂繊維を構成する樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)やポリエチレンナフタレート(PEN)等のポリエステル樹脂、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)やエチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等のフッ素系樹脂、アクリル系樹脂;ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)等のポリオレフィン樹脂、ナイロン等のポリアミド樹脂、テトラアセチルセルロース(TAC)、ポリエステルスルフォン(PES)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリカーボネート(PC)、ポリアリレート(PAr)、ポリスルフォン(PSF)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリアセタール、ポリイミド、ポリエーテルサルフォンなどを挙げることができる。
これらの樹脂のうち、PEやPP等のポリオレフィン樹脂は、耐食性が高く、入手が容易で、コスト的に有利なので好ましい。
【0060】
本形態例の防食用陽極10は、補強層14として、PPからなる不織布を用いる。不織布は、接着剤を用いたドライラミネートで導電層11に積層されている。
通常、グラファイトシートを補強する場合は、熱可塑性樹脂層を熱圧着して積層する。グラファイトシートと熱可塑性樹脂層との間に余計な層を介在させないためである。しかし、本発明においては、熱可塑性樹脂からなる繊維基材を熱圧着すると、垂直方向と水平方向の両方の通気性が損なわれるので、好ましくない。
一方、ドライラミネートは、接着剤をグラビアロールで塗布するので、そのようなことは起きない。接着剤層13によって垂直方向の通気性が阻害されるおそれがあるときは、塗布量を小さくすることで容易に調整できる。場合によっては、点状や格子状のパターンで接着剤を塗布することもできる。
【0061】
本形態例の防食用陽極10は、補強層14の上に、不透水性の保護層15が積層されている。保護層15は、防食用陽極10の表面に位置して水や空気を遮断して、導電層11、電解質層12および補強層14の汚れ、劣化、破損、水分侵入や目詰まりを防止する。従って、保護層15は、導電層11、電解質層12および補強層14の全面を覆うように形成されることが好ましい。なお、補強層14が図3に示すように、導電層11の幅よりも広い幅を有する場合は、保護層15は、導電層11および電解質層12の全面を覆うことが好ましいが、補強層14の全面を覆わなくともよい。
保護層15は、樹脂層を、ドライラミネート、押出ラミネートや押出樹脂を接着層としてフィルムを積層するサンドラミネートで積層することができる。
【0062】
保護層15を形成する樹脂としては、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)やエチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等のフッ素系樹脂、エポキシ系樹脂やメチルメタクリレート(MMA)等のアクリル系樹脂が汚染防止性や耐候性に優れるので好適である。その他、ポリエチレンテレフタレート(PET)やポリエチレンナフタレート(PEN)などのポリエステル、テトラアセチルセルロース(TAC)、ポリエーテルスルフォン(PES)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリカーボネート(PC)、ポリアリレート(PAr)、ポリスルフォン(PSF)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリアセタール、ポリイミド、ポリエーテルサルフォンなどの樹脂を挙げることもできる。
これらの樹脂の内、フッ素系樹脂は、汚染防止性や耐候性に優れ、多数の孔を設けなくても、10mA〜30mA程度の電流を流して防食する場合に発生する酸素や塩素などの気体を透過させるので好ましい。
【0063】
保護層15の厚さとしては、物理的強度が満たされる限り、防食時に発生する酸素や塩素などの気体の透気性やコスト面から薄いことが好ましい。具体的には、保護層15の厚さは、10〜200μm、好ましくは20〜100μmの範囲が選ばれる。保護層15は、同種または異種の樹脂が複数層積層されていてもよい。
保護層15は、着色されていてもよいし、文字情報や模様等の意匠が付されていてもよい。特に、コンクリート層3の表面の色に似た灰色系統の色に着色されていると、防食用陽極10が目立たないので、好ましい。
保護層15の上に粘着層を有するマスキングフィルムを積層しておくと、防食用陽極10をコンクリート層3に設置する際に、汚れや破損が生じないので好ましい。
【0064】
本発明の防食用陽極10が好適に適用される被防食体4としては、鋼材などの鉄を含むもののほか、ニッケル、チタン、銅や亜鉛を含むものなども防食が可能である。
被防食体4がコンクリート層3中に埋設されている場合も防食が可能である。コンクリート層3中の極めて小さい空隙中には水分を含んだゲル状の物質がある。このゲル状の物質中に含まれるイオンとしては、OH、Na、Ca2+、Kなどが主なものである。また、防食の必要性の高い海に近い場所にある構造物のコンクリート層には、塩化ナトリウムが浸み込んでくる。
コンクリート層3は、インピーダンスが著しく大きい固体の電解質層であり、これらのイオンによるイオン伝導性の層として機能する。そして、コンクリート層3中の水分は、乾燥により空気中へ水分を放出したり、あるいは雨水や気温の日較差により空気中の水分を吸収したりするので、コンクリート層3が絶乾状態になることはない。
【0065】
また、本発明の防食用陽極10は、表面に塗料の被膜が形成された被防食体4にも適用が可能である。塗料の被膜は、絶縁層に見えるが、被膜の表面には、腐食の原因となる水分が侵入するクラックや微細な孔が多数存在する。これらのクラックや孔は、被防食体にまで貫通している。このクラックや孔の部分は、水分や空気を遮断することができないので、水分が存在している。
従って、イオンがこの部分を移動でき、イオン伝導性となるので、本発明の防食用陽極10を塗料の被膜に貼着して防食が可能である。そして、この防食は、このクラックや微細な孔の部分に対して行えばよいので、極めて狭い面積を防食することになる。したがって、防食用陽極10からの電子の供給量が小さくても、極めて有効な防食が可能となる。
【0066】
塗料被膜を有する被防食体4を防食するに際し、電解質層12としてハイドロゲル層を用いた場合は、ハイドロゲル層の一部が表面のクラックや微細な孔に侵入して、被防食体に接する、もしくは極めて近くに位置することになるので、より確実に防食できる。
また、ハイドロゲル層は、樹脂マトリックスを有するので、塗料被膜を有する金属を防食する場合に、防食用陽極10を被防食体となる金属の表面に直接接着させても、導電層11が金属に接触しないので、短絡することがない。
従って、剥き出しの金属の表面に直接または表面に存在する錆等のイオン透過性の酸化物被膜からなる表面層に防食用陽極10を貼着して防食できる。
【0067】
本形態例のコンクリート構造物の防食構造1は、防食用陽極10を、電解質層12を用いてコンクリート構造物の表面層3に貼着し、防食用陽極10の導電層11を外部電源5の正極に接続し、外部電源5の負極を被防食体4に回路配線6を用いて接続する。
回路配線6は、アノード溶解に対する耐腐食性を有するものが好ましく、例えば、炭素、チタン、ステンレス、白金、タンタル、ジルコニウム、ニオビウム、ニッケル、モネルやインコネル等のニッケル合金が挙げられる。これらのうち、チタンは、入手しやすく、広い範囲の電位に亘ってアノード溶解に耐性があるので好ましい。
また、アルミ線や銅線などのアノード溶解に耐性がないものでも樹脂層で被覆して用いることができる。
【0068】
防食用陽極10を電源等の回路に接続するに際しては、防食用陽極10の導電層11の隅部の一か所または二か所以上に設けられた排流点(例えば端子)に回路配線6を接続し、電源等の回路に接続することが好ましい。
電源等の回路に接続する排流点は、導電性接着剤で回路配線6を導電層11に接着してもよいが、端子を用いることが好ましい。端子は、回路配線6を圧着可能な圧着端子がより好ましい。そして、圧着端子が鋭い金属の歯を有していて、その歯が導電層11に食い込むことができると、作業が容易で、確実な電気的接続が得られるので好ましい。その様な圧着端子に回路配線6を圧着して、導電層11と補強層14の両方に圧着端子の歯を食い込ませると、合成樹脂の繊維基材からなる補強層14は引裂き強度が大きいので、圧着端子が強固に固着される。このため、圧着端子が回路配線6を圧着する部位では、少なくとも補強層14を導電層11上に積層することが好ましい。この圧着部位には、さらに保護層15を積層してもよい。
そのような圧着端子としては、例えば、タイコエレクトロニクスジャパン合同会社(旧タイコエレクトロニクスアンプ合同会社)からターミホイル(TERMI−FOIL)の商品名で販売されている。
【0069】
図6にその様な圧着端子7の一例を示す。この圧着端子7は、導線圧着部71が連結部72で開閉可能に繋がった約10mm四方の二枚の金属板73(例えば錫メッキされた銅板)の両方に、ランスと呼ばれる鋭い金属の歯74が一定のパターンで配列されて対向している。導線6を導線圧着部71に圧着し、これら二枚の金属板73、73のランス74、74間に保護層15、補強層14とともに導電層11を挟み、ペンチやハンマーなどで潰すと、ランス74が保護層15と補強層14を突き破り、ランス74、74が導電層11に食い込む。また、金属板73の面内に配列されているので、ランス74が導電層11に食い込んだ個所の周囲が金属板73で覆われる。これにより、導電層11が導線6と確実に接続され、接続部が金属板73で保護される。また、圧着端子7が補強層14により強固に固着されるので、破れやすいグラファイトシートからなる導電層11から圧着端子7が外れることもない。
【0070】
なお、圧着端子7が電解質層12と接触すると、圧着端子7も陽極として機能するので、圧着端子7が腐食しやすい。従って、圧着端子7が電解質層12と接触する場合は、排流点となる部位の電解質層12を切除するか、予め積層しないことが好ましい。
また、圧着端子7の接続は、保護層15、補強層14とともに導電層11を圧着端子7の金属の歯74に食い込ませてから、導線6を圧着端子7の導線圧着部71に圧着してもよい。
また、図6の圧着端子7では、二枚の各金属板73、73にそれぞれ5つ(中央および4隅)のランス74を有する(上側の金属板73ではランス74の裏側の窪みが図示されている)が、金属の歯74の個数および配置は適宜変更可能である。
【0071】
図2に本発明の防食用陽極10の第二の形態例およびそれを用いたコンクリート構造物の防食構造の一例を模式的に示す。図2において、符号16は貫通孔を示す。
本形態例の防食用陽極10に用いる導電層11は、大電流による防食時に発生する気体を逃がす場合に備えて、導電層11に多数の貫通孔16が設けられている。
防食用陽極10の第一の形態例と第二の形態例が異なる点は、図2における導電層11が貫通孔16を有する点のみである。それ以外の図1と同じ符号が付されたものは、図2においても同じものを示すので、説明を省略する。
【0072】
本発明に用いる導電層11として、エキスパンド法や高分子フィルム熱分解法で製造されたグラファイトシートを用いた場合は、気体を透過させにくいことがある。ただし、通常、防食時に2V以下の小さな電圧を印加する場合には、気体の発生量は、極めて小さく、気体透過性が小さくても、実用上は問題にはならない。
しかし、腐食が進行している鉄筋を防食するために脱塩処理や再アルカリ化が可能な電流量が必要とされる場合には、防食時に発生する気体を逃がす必要がある。
あるいは、炭素短繊維を樹脂炭化物で結着させたグラファイトシートを導電層11に用いる場合であっても、より高い透気性が必要な場合は、貫通孔16を設けてもよい。
【0073】
貫通孔16を設けるに際し、導電層11が損傷しないように補強層14を先に導電層11に積層してから、両者を一緒に穿孔することが好ましい。従って、本形態例においては、導電層11と補強層14の両方に貫通孔16が設けられている。但し、貫通孔16は、補強層14の繊維基材を貫通せずに、途中まで穿孔した状態でもよい。
貫通孔16の形成には、パンチ打ち抜き、レーザー光線、針を用いた穿孔など公知の方法を採用することができる。パンチによる打ち抜き穿孔は、針を用いた穿孔に比べて比較的径の大きな孔が得られるが、打ち抜きの屑が発生する。レーザー光線を用いた穿孔は、穿孔状態を任意に設定できるが、装置が高価である。従って、安価な装置で、打ち抜きの屑が発生しない針を用いた穿孔が好ましい。
【0074】
針を用いた穿孔は、グラファイトシート側から穿孔することが好ましい。補強層14側から穿孔すると、孔の周囲が不規則に裂開された状態となり、グラファイトシート表面に裂開した片が盛り上がる。この盛り上がった裂開片が他の物品と接触すると、グラファイトシート、特に本形態例で用いるエキスパンド法によるグラファイトは、引裂き強度が低いので、破れることがある。また、裂開片から破れなくても裂開片には元に戻る応力が残留しているので、貫通孔16が閉鎖されやすい。
一方、グラファイトシート側から穿孔すると、同じように裂開片が盛り上がる。しかしこの場合は、裂開片は、その周囲が補強層14の繊維基材の繊維に絡まるので、貫通孔16が閉鎖されにくい。
【0075】
そして、針による穿孔は、グラファイトシート側から穿孔する場合であっても、熱針を用いることが好ましい。
熱針を用いた穿孔は、グラファイトシート側から穿孔してもグラファイトシートを溶融させることはできないが、繊維基材の繊維を溶融させることはできる。
穿孔時に繊維基材の繊維を溶融させると、裂開片の周囲が補強層14の繊維基材の繊維に絡まった状態で溶着されるので、貫通孔16がより閉鎖されにくくなる。
【0076】
貫通孔16の形状は、気体が透過できればよいので、特に制限はない。
貫通孔16の密度は、防食時に発生する気体の量と貫通孔16の大きさに関係するので、予備試験を行い確認することが好ましい。通常、貫通孔16の大きさは、形状を円形としたとき、0.1〜1mm程度の直径とすることが好ましい。貫通孔16の大きさがこの範囲より小さいと、目詰まりしやすく、発生する気体を円滑に逃がせないことがある。貫通孔16の大きさがこの範囲より大きいと、パンチによる打ち抜き穿孔を採用することになるので、打ち抜きの屑の処理に注意が必要である。
【実施例】
【0077】
以下、実施例をもって本発明を具体的に説明する。
以下の手順により、防食用陽極10の実施例1を作製した。
厚さ0.125mm、幅340mm、長さ1000mmのエキスパンド法で製造したグラファイトシートからなる導電層11に厚さ約0.25〜0.3mm、目付50g/m、幅460mm、長さ1000mmのPP製不織布からなる補強層14をドライラミネートで積層した。
得られた導電層11と補強層14の積層体を導電層11側から熱針で穿孔し、導電層11と補強層14に貫通孔16を多数形成した。
導電層11の補強層14が積層されていない面に顔料を配合して灰色に着色した厚さ40μm、幅460mmのポリフッ化ビニルフィルムをドライラミネートして保護層15とした。ドライラミネートに際し、接着剤は、点状にグラビアコートした。
【0078】
電解質層12として厚さ約0.8mm、幅約300mm、長さ1000mmのハイドロゲルのシート(積水化成品工業株式会社製「テクノゲルAG」)を用いた。このシートは、両面にそれぞれPEとPETからなる異なるマスキングフィルムが積層されていた。電解質層12のPETのマスキングフィルムのみを剥がして、PEのマスキングフィルムは、剥がさずに、電解質層12のマスキングフィルムとして残した。電解質層12の露出した面を防食用陽極10の導電層11面に、導電層11の両側辺の余白が均等になるように重ねて密着し、図2に示す防食用陽極10の実施例1を作製した。
【0079】
実施例1の防食用陽極10の導電層11について、導電層11と補強層14を積層した段階で、実際の抵抗値を測定した。抵抗値の測定に際しては、一般的なテスターを用い、電極端子をグラファイトシート面に軽く接触させた。
測定方法は、図3に示すように、導電層11の排流点を設ける予定部位を示す隅部の原点Oから導電層11の一辺(図3では下辺)に沿って100mmごとに点A〜Jを、また導電層11の対辺(図3では上辺)に沿って点O、E、Jに対向する位置にそれぞれ点a、b、cを設定し、これらの二点間の抵抗値を測定した。
実際に測定した個所は、O−AからO−Jまでの100mmごとの長さ方向の部位間と、幅方向の変動要因を含むと考えられるO−a、O−b、O−c、E−b間とした。表1にその測定結果を示す。
【0080】
【表1】
【0081】
表1によれば、すべての部位間の抵抗値が2Ω以下で、最大値と最小値の差が0.3Ωであることから、導電層11は、水平方向の抵抗値が低く、排流点を隅部に設けた場合に、排流点から近い部位と遠い部位と比べると、抵抗値の差が小さいことが確認された。
さらに、特許文献2(国際公開第2013/031663号)の実施例に記載された方法で導電層11を作製した場合は、導電層の長手方向に沿って、ステンレスなどの金属テープからなる給電材を貼り付けて、導電層の排流点から遠い部分と近い部分の通電状態の差を小さくすることが好ましい。そして、実際にステンレステープの給電材を設けた場合、接触抵抗や導電性接着剤の抵抗があるため、同様の測定を行うと1000mm間の抵抗値が4Ω程度となることがあることから、本形態例の導電層11では、給電材が不要であることが確認された。
【0082】
次に、実施例1の防食用陽極10の導電層11の耐食性について検討した。
以下の手順で図4に示す通電試験のサンプルを作製し、大電流の通電試験を実施した。
接着剤で樹脂板21に固定した導電層11の下端と中間に樹脂製粘着テープ22、23を貼った。導電層11の上端にはワニ口端子24を用いて電源の正極を接続するためにテープを貼らなかった。
その様にして、下端のテープ22と中間のテープ23の間には、テープを貼らない15mm×100mmの帯状の露出部を設けた。
【0083】
このサンプルを、3%の食塩を含む飽和水酸化カルシウム水溶液に、中間のテープ23が水溶液と空気の境界(喫水線)となるように浸漬した。そして、この水溶液中に、電源の負極に接続された白金がコートされたチタン電極をサンプルと対向して浸漬し、それらの間に定電流を流した。
喫水線となる部位にテープ23を貼った理由は、電解反応により水溶液の水位が変化した場合においても、水溶液と帯状の露出部との接触面積を変化させないことで、単位面積当たりの電流量を一定に保持するためである。また、下端にテープ22を貼った理由は、導電層11が樹脂板21から剥がれるのを防止するためである。
【0084】
電流値を262.4A/mとして定電流を流した。この電流値は、10mA/mで1年間通電した時の積算電流量(87.6Ah/m)を促進して、20分間で通電できる電流量である。長期にわたる気温や湿度等の変化などの他の要因による導電層11への影響は考慮できないが、大電流の通電による導電層11の耐食性のみを考えた場合は、過酷な条件であると考えられる。定電流印加時の電圧変化を図5に示す。
【0085】
図5によれば、積算電流量が52,205Ah/mを超えたあたりから電圧が不安定となり、56,511Ah/mに達した時点で電圧が10Vに達した。この結果を年単位に換算すると、電圧が不安定となった時点は595年、10Vに達した時点は645年となる。このことから、本形態例の防食用陽極10の導電層11は、極めて高い耐食性を有することが確認された。
【0086】
以下の手順により、防食構造1の実施例1を作製した。
得られた実施例1の防食用陽極10の電解質層12のPEのマスキングフィルムを剥がして、露出した面を鉄筋4が埋設されているコンクリート層3に貼着した。
銅線を樹脂層で被覆した導線6を図6に示す圧着端子7(商品名ターミホイル)の導線圧着部71に圧着して、圧着端子7付導線6を用意した。防食用陽極10の両側辺に幅20mmで露出した導電層11の片側の一端に、導電層11と補強層14と保護層15の三者を圧着端子7で挟んだ。そして、圧着端子7の二枚の金属板73、73をハンマーでたたいて、圧着端子7のランス74、74を導電層11に食い込ませた。防食用陽極10は、ランス74、74が導電層11と補強層14の両方に食い込んでいるので強固に固定され、電気的にも確実に接続されていた。
そして、導線6を電源の正極に接続し、電源の負極をコンクリート中の鉄筋に接続して、図2に示す防食構造1の実施例1を作製した。
【0087】
以上、好適な実施の形態に基づき、図面を参照して本発明を説明したが、本発明は、これらの形態例に限定されるものではない。
本形態例では、両側辺に露出した導電層11の片側の一端に排流点を設けたが、導電層11の両側の一端にそれぞれ排流点を設けてもよい。この場合、二つの排流点は、対角線を挟んで対向するように設けることが好ましい。また、排流点は、側辺に露出した導電層11の中央に設けてもよい。
また、導電層11に接触して導線6を接続する圧着端子7は、二枚の金属板73、73が導線圧着部71で折重ね可能に連結したものを用いたが、二枚の金属板が導線圧着部に連結しない一辺を軸として折重ね可能に連結されたものを用いてもよい。
【符号の説明】
【0088】
1…本発明の防食構造、3…表面層(コンクリート層)、4…被防食体(鉄筋)、5…外部電源、6…回路配線(導線)、7…圧着端子、10…防食用陽極、11…導電層、12…電解質層、13…接着剤層、14…補強層、15…保護層、16…貫通孔、21…樹脂板、22、23…テープ(樹脂製粘着テープ)、24…ワニ口端子、71…導線圧着部、72…連結部、73…金属板、74…金属の歯(ランス)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6