(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の手法は、いずれも焼入れ時の割れ防止に有効である。しかし、近年、金型の表面形状はより複雑になっており、また熱処理後の仕上げ加工代を小さくするために、上記凹面角部のRを効果的に大きく加工することが難しい金型も増えている。このような金型の場合、変態温度付近の冷却速度を遅くしても割れが発生する場合があった。これらの課題に対しては、冷却速度を更に遅くしてもマルテンサイト組織の生成が可能な(ベイナイト組織などの生成を抑制できる)焼入性の良い鋼素材を開発することにより、冷却速度を更に遅くして、大きな割れの発生を低減する対策が取られている。しかし、鋼素材の焼入性を高めるには限度があり、焼入れ後の上記凹面角部には、依然として微細な割れが発生している場合があった。
【0007】
本発明の目的は、複雑な表面形状を有する金型の焼入れや、冷却速度が速い焼入れの場合でも、焼入れ後の割れを防止できる金型の焼入方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、焼入れ後に確認される割れを根本から抑制するには、割れに至るまでの過程を知る必要があると考え、その発生の時期等について研究した。その結果、冷却中に発生すると考えられていた割れの中には、実は冷却開始前から既に発生していたクラックが進展した副次的なものもあることを発見した。そして、割れの起点となるクラックの発生時期を詳細に調査した結果、焼入れ温度に加熱する工程で微細なクラックが発生していることを突きとめた。よって、上記加熱時の微細なクラックの発生を抑制することができれば、焼入れ時の割れの発生を効果的に抑制できる。そこで、加熱から冷却までの一連の焼入れ工程においては、その加熱工程を操作することで、焼入れ後の上記凹面角部に発生する割れを抑制できる手法を見いだし、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明は、オーステナイト域の焼入れ温度に加熱した金型を冷却する金型の焼入方法において、金型を焼入れ温度に加熱する加熱工程は、金型の表面温度が最も低い部位Aの温度T
AがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域を通過するときの前記温度T
Aと金型の表面温度が最も高い部位Bの温度T
Bとの差を40℃以内とし、前記加熱工程を経てオーステナイト域の焼入れ温度に加熱した金型を冷却することを特徴とする金型の焼入方法である。
【0010】
好ましくは、前記金型を焼入れ温度に加熱する工程は、前記温度T
BがAc
1変態点よりも低い温度域であってAc
1変態点から50℃以内の温度域にあるときに前記温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第1の均熱工程を実施することを特徴とする金型の焼入方法である。
また、好ましくは、前記金型を焼入れ温度に加熱する工程は、前記温度T
BがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域にあるときに前記温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第2の均熱工程を実施することを特徴とする金型の焼入方法である。
また、好ましくは、前記金型を焼入れ温度に加熱する工程は、前記温度T
BがAc
1変態点よりも低い温度域であってAc
1変態点から50℃以内の温度域にあるときに前記温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第1の均熱工程を実施し、前記温度T
BがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域にあるときに前記温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第2の均熱工程を実施することを特徴とする金型の焼入方法である。
そして、これらの好ましい金型の焼入方法において、さらに、前記温度T
BがAc
3変態点よりも高い温度域であってAc
3変態点から50℃以内の温度域にあるときに前記温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第3の均熱工程を実施することが、より好ましい。
【0011】
本発明の金型の焼入方法において、前記金型を焼入れ温度に加熱する工程は、前記温度T
AがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域を通過するときの昇温速度が100℃/h以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、焼入れ後の割れを抑制するために必要であった冷却条件に係る制約が緩和され、通常の比較的速い焼入冷却速度でも割れを抑制できる。この結果、表面形状が複雑な金型の場合でも、表面の凹面角部のRを大きく加工することなく、あるいはさらに、冷却速度を特別に遅くしなくても、焼入れ後の割れの発生を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の特徴は、従来、冷却工程を操作することで発生の抑制に努めていた焼入れ後の割れを、加熱工程を操作するという新しい知見から抑制するところにある。以下に、本発明の各構成要件について説明する。
【0015】
(1)金型を焼入れ温度に加熱する加熱工程は、金型の表面温度が最も低い部位Aの温度T
AがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域を通過するときの前記温度T
Aと金型の表面温度が最も高い部位Bの温度T
Bとの差を40℃以内とする。
本発明者は、焼入れ後の上記凹面角部に確認される割れの起点が、加熱工程で同部に発生しているクラックであることを突きとめた。そして、このクラックは、専ら金型が焼入れ温度に到達する前に通過するAc
1変態点とAc
3変態点との間の変態点域で生じていることを突きとめた。加熱中の金型は、その温度上昇に伴って熱膨張するが、それが上記の変態点域に入ると変態により収縮する。例えば、各種の熱間ダイス鋼素材でなる金型の場合、概ね1000℃超の焼入れ温度に対して、上記の変態点域は概ね800〜900℃の間に納まる。そして、上記変態点域の間において金型の組織はフェライトとオーステナイトとの2相領域となり、各相の変形抵抗は異なることから該組織の強度や延性は低下する。
【0016】
この加熱工程時の挙動において、様々な表面形状を有する金型を加熱すると、通常、表面の突起部から加熱され、この部分が金型表面における最も温度の高い部位Bとなる。例えば、
図8のような形状の金型の場合、点線で囲んだ突起部の位置が金型表面における最も温度の高い部位Bとなる。そして、通常、表面の奥まった位置や中心部は遅れて昇温し、金型表面においては、この奥まった位置が最も温度の低い部位Aとなる。例えば、
図8のような形状の金型の場合、点線で囲んだ凹面角部の位置が金型表面における最も温度の低い部位Aとなる。そして、このときの熱膨張差によって、昇温の遅い部位Aには引張応力が働く。加熱初期のAc
1変態点を下回る低い温度域では、金型自体の材料強度も大きく、均一なフェライト組織のために、部位Aには未だクラックは発生しない。
【0017】
しかし、部位AがAc
1変態点に達すると、Ac
3変態点に達するに掛けて部位Aは変態収縮する。そして、この変態点域にある部位Aは、上記の2相組織によって強度や延性の低下した部分である。したがって、この変態点域の状態にある部位Aに対して、周囲の部位Bの温度が高いと、部位Aには引張応力が働いて、クラックが発生しやすい。そして、周囲の温度がより高く、部位Bでは変態が既に完了していると、部位Bは焼入れ温度に達するまで熱膨張することなり、部位Aと部位Bとの膨張差は更に大きくなって、部位Aには更に大きな引張応力が働く。しかも、部位Aは金型表面の専ら奥まった部分(
図8の凹面角部)であることから、形状的にも周囲から拘束を受けており、引張応力が働きやすい。これらの結果、部位Aには加熱中に微細クラックが発生する。これが冷却工程で大きな割れに進展する。
【0018】
よって、上記クラックの発生を防止するためには、焼入れ加熱時における金型表面の温度差を小さくすることが有効である。そして特に、専ら凹面角の部分である部位Aが上記変態点域を通過するときに、部位Aの温度とそのときの部位Bの温度との温度差を小さくする必要がある。具体的には、金型を焼入れ温度に加熱する加熱工程は、金型の表面温度が最も低い部位Aの温度T
AがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域を通過するときの前記温度T
Aと金型の表面温度が最も高い部位Bの温度T
Bとの差を40℃以内とすることで、上記クラックの発生を防止することができる。好ましくは30℃以内である。このような温度T
Aと温度T
Bとの差は、例えば、温度T
BがAc
1変態点に到達するよりも前に、あるいは、温度T
BがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域を通過しているときに、昇温速度を落としたり、または、昇温を中断したりすること等によって、達成が可能である。
【0019】
従来、金型の焼入れにおける加熱工程では、組織中の結晶粒の粗大化を防止するために、金型を焼入れ温度まで急速加熱することが一般的に推奨されていた。しかし、この場合、Ac
1変態点とAc
3変態点との間の温度域を急速に加熱しようとすると、金型表面の部位Aと部位Bとの温度差が大きくなって、クラックが発生しやすくなる。したがって、結晶粒の粗大化を防止するとしても、焼入れ後の割れを防止する上では、上記の温度域は金型表面の温度が均一になるよう加熱することが重要である。
【0020】
(2)前記(1)の金型の焼入方法において、好ましくは、前記金型を焼入れ温度に加熱する工程は、前記温度T
BがAc
1変態点よりも低い温度域であってAc
1変態点から50℃以内の温度域にあるときに前記温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第1の均熱工程を実施する。
変態点域を通過しているときの部位Aの温度T
Aと、そのときの部位Bの温度T
Bとの差を小さくするためには、部位AがAc
1変態点に差し掛かる前から温度T
Aと温度T
Bとの差を予め小さくしておくことが有利である。部位AがAc
1変態点に差し掛かる前のフェライト領域において温度T
Aと温度T
Bとの差が大きいと、部位Bは部位Aよりも昇温が速いことから、続く変態点域において上記の温度差は更に開いていくこととなる。したがって、昇温の速い部位Bの温度T
Bが先にAc
1変態点の付近の温度に到達したときに、例えば昇温速度を遅くしたり、昇温自体を一旦停止したりするなどして、このときの金型の温度を保持し、部位Aの温度T
Aが温度T
Bに追い付いて来るのを待つ均熱工程を実施すれば、変態点域における温度T
Aと温度T
Bとの差をより小さくできる。具体的には、温度T
BがAc
1変態点よりも低い温度域であってAc
1変態点から50℃以内の温度域にあるときに、温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第1の均熱工程を実施することで、上記変態点域における温度T
Aと温度T
Bとの差をより小さくできる。
【0021】
(3)前記(1)または(2)の金型の焼入方法において、好ましくは、前記金型を焼入れ温度に加熱する工程は、前記温度T
BがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域にあるときに前記温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第2の均熱工程を実施する。
また、上記のような均熱工程を、部位Bの温度T
Bが変態点域にあるときに実施することでも、部位Aが変態点域を通過しているときの温度T
Aと温度T
Bとの差をより小さくすることができる。具体的には、温度T
BがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域にあるときに、温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第2の均熱工程を実施することである。通常、金型に使用される工具鋼素材のAc
1変態点とAc
3変態点との差は約20〜50℃である。そして、この変態点の間で上記の均熱工程を実施することで、前記温度T
Aと温度T
Bとの温度差を40℃以内にすることができる。
【0022】
(4)前記(2)または(3)の金型の焼入方法において、好ましくは、さらに、前記温度T
BがAc
3変態点よりも高い温度域であってAc
3変態点から50℃以内の温度域にあるときに前記温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第3の均熱工程を実施する。
上記で説明した第1、2の均熱工程に加えて、部位Bの温度T
BがAc
3変態点を超えた後にも同様の均熱工程を実施することで、部位Aが変態点域を通過しているときの温度T
Aと温度T
Bとの差をより小さくすることができる。つまり、部位BがAc
3変態点を超えた後においても、遅れて昇温している部位Aは未だ変態点域の温度にあり、部位Aと部位Bの温度差が大きくなり過ぎると熱膨張差によりクラックが発生しやすい状態にある。そこで、この時点で均熱工程を実施すれば、均熱温度を越えて部位Bが先行して昇温することを抑制することができる。具体的には、温度T
BがAc
3変態点よりも高い温度域であってAc
3変態点から50℃以内の温度域にあるときに温度T
Aと温度T
Bとの差が20℃以内となるように前記金型の温度を保持する第3の均熱工程を実施することで、前記温度T
Aと温度T
Bとの温度差をより確実に40℃以内にすることができる。
【0023】
(5)前記(1)ないし(4)のいずれかの金型の焼入方法において、好ましくは、前記金型を焼入れ温度に加熱する工程は、前記温度T
AがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域を通過するときの昇温速度が100℃/h以上である。
変態点域で金型を速く加熱することは、金型組織中の結晶粒(旧オーステナイト結晶粒)の粗大化を防止するのに有効である。変態点を通過する際の加熱速度が速いと、過熱度が大きくなって、オーステナイト結晶粒が新たに生成するサイトが増え、結晶粒を微細に成長させるのに有利である。そして、一般に金型組織中の結晶粒が微細になると、靭性が向上して、金型使用中の耐割れ性が向上する。この点において、前記(3)の手法による第2の均熱工程を実施しないことは、上記変態点域で金型の全体をより速く加熱するのに有利であることから、好ましい。
【0024】
本発明の金型の焼入方法において、前記第1、第2、第3の均熱工程は、それぞれが必須の工程ではない。これらの均熱工程のうちから適当なものを適宜選択して実施することができる。このとき、これらの均熱工程のうちから2つ以上の均熱工程を選択して実施することが、前記温度T
Aと温度T
Bとの温度差をより確実に40℃以内にできる点で、好ましい。例えば、第1および第2の均熱工程を選択して実施することである(
図1)。また、第1および第3の均熱工程を選択して実施し、第2の均熱工程を実施しないことは、金型組織中の結晶粒の粗大化を防止できる点でも、好ましい(
図2)。なお、同じ番号(つまり、第1、第2、第3)の均熱工程のうちで、その均熱温度を変えた複数の均熱工程を実施してもよい。
【0025】
本発明の金型の焼入方法を実際の金型の焼入れに適用するとき、実際の金型表面における部位A、Bは、例えば、事前に模擬金型を作製して、これの表面温度を熱電対等で測定しながら(実施例を参照)、模擬金型に焼入れ加熱試験を行うことで、その位置の特定が可能である。そして、前記焼入れ加熱試験では、前記特定された部位A、B間の温度関係が本発明の条件を満たすための加熱条件(すなわち、加熱炉における操作条件)も合わせて特定しておけば、実際の金型の焼入れ加熱では、金型表面の温度を実測しなくても、加熱炉の設定条件を操作することで、本発明を実施することが可能である。
【0026】
以上に説明した加熱工程を経てオーステナイト域の焼入れ温度に加熱した金型は、この時点で部位Aにおける微細なクラックの発生を抑制できているから、これに続く焼入れ冷却時に前記クラックが割れに進展する可能性が低減されている。よって、前記加熱した金型を冷却することで、割れが抑制された金型を得ることができる。焼入れ冷却では、冷却速度等の冷却条件に係る制約は特になく、通常実施されている条件の冷却や、これらの条件を改良して提案された冷却等も実施することができる。これについては、焼入れ後の割れを抑制するために必要であった冷却条件に係る制約も緩和されており、比較的速い冷却速度での冷却や、表面のRが小さく加工された金型の冷却等でも割れを抑制できる。そして、速い冷却速度での冷却が可能であることから、比較的焼入性の良くない鋼素材でなる金型の場合でも確実に焼入れを実施することができる。
【実施例】
【0027】
JIS−SKD61改良材の熱間工具鋼を素材に用いて、150×300×300mm角のブロックを作製した。表面は全面にフライス加工を行った。本素材のAc
1変態点は830℃、Ac
3変態点は860℃である。そして、このブロックに深さ30mm、幅50mm、長さ100mmのポケット加工を行って、金型形状を模した
図3の焼入れ用試料1を作製した。ポケット底のコーナー部のRは実質0(ゼロ)になるようにエンドミル加工を行った。ポケットのコーナー奥の3面角部2(つまり、部位A)および試料自体の角部3(つまり、部位B)の位置には、該位置の温度T
AおよびT
Bを実測するための熱電対を挿入するための孔4を形成した。
【0028】
熱電対を挿入した上記試料を真空焼入れ炉に装入して、表1のNo.1〜8の熱処理パターンによる焼入れを実施した。加熱工程の手順は、まず真空にした炉内に窒素ガスを導入し、200kPaまで加圧した窒素ガス中で対流加熱を実施した。そして、部位Bの温度T
Bが850℃以下の所定の均熱工程温度に到達した時点で窒素ガスの導入を停め、炉内を真空にして、70Pa程度の減圧下のもとで炉内温度が1030℃の焼入れ温度になるまで加熱を実施した。前記「850℃以下の所定の均熱工程温度」とは、各熱処理パターンにおいて1回または複数回実施する均熱工程のうちで、実施温度が850℃以下であり、かつ、850℃に最も近い実施温度のことである。そして、焼入れ温度に加熱した金型を同温度で保持した後には、炉内に窒素ガスを導入することにより焼入れ冷却を開始した。窒素ガスは400kPaに加圧し、試料の部位Aが100℃以下に達するまで十分に冷却して、マルテンサイトの焼入れ組織を得た。但し、No.6では、窒素ガスを600kPaに加圧した速い冷却速度での焼入れ冷却を行った。これらの熱処理パターンにおいて、加熱時に部位Aの温度T
Aが変態点域を通過したときの温度T
Aと部位Bの温度T
Bとの温度差を表1に示す。また、熱処理パターンNo.3、7について、加熱時の部位AおよびBの実測温度T
A、T
Bの推移を、その温度差とともに
図4、5にそれぞれ示す。
【0029】
【表1】
【0030】
焼入れを実施した後の試料に、560℃に加熱して6時間保持する焼戻し処理を行った。そして、焼戻し後の試料について、部位Aの部分をワイヤーカットで切断し、断面を顕微鏡で観察して、割れの有無および深さを確認した。熱処理パターンNo.3、7については、その断面組織のミクロ写真を
図6、7に示した。また、試料の中心部も顕微鏡で観察して、マルテンサイト組織中の旧オーステナイト結晶粒度をASTM法に準拠して測定した。これらの結果を表2に示す。
【0031】
【表2】
【0032】
本発明例であるパターンNo.1は、Ac
1変態点よりも低い最適な温度で均熱工程を実施し、一旦均熱化を実施した上で、さらに変態点域を通過するときの昇温速度を遅くしたことで、部位Aの温度T
AがAc
1変態点とAc
3変態点との間の温度域を通過したときの部位Aの温度T
Aと部位Bの温度T
Bとの温度差(T
B−T
A)を小さくすることができた。そして、部位Aに割れは観察されなかった。結晶粒度は粒度番号でNo.4であった。
【0033】
パターンNo.2は、Ac
1〜Ac
3変態点間の温度域である850℃で均熱工程を実施したものである。変態点域での均熱工程の実施により、前記温度差(T
B−T
A)は小さかった。そして、約850℃の時点で部位A、Bともに変態をほぼ完了したため、その先の変態による膨張差も軽減できた。この結果、部位Aに割れは観察されなかった。結晶粒度は粒度番号でNo.4であった。これは、変態点域での均熱工程の実施によって、オーステナイト粒が成長したためと考えられる。
【0034】
パターンNo.3は、パターンNo.2の均熱工程に加えて、800℃でも均熱工程を実施したものである。そして、パターンNo.2と同様、前記温度差(T
B−T
A)は小さかった(
図4)。さらに、変態による膨張差も軽減できたため、部位Aに割れは観察されなかった(
図6)。結晶粒度は粒度番号でNo.4であった。
【0035】
パターンNo.4は、Ac
1変態点よりも低い最適な温度およびAc
3変態点よりも高い最適な温度で均熱工程を実施したものである。そして、変態点域の昇温速度を100℃/hに設定したものである。これによって、前記温度差(T
B−T
A)を小さくでき、部位Aに割れは認められなかった。また、変態点域で均熱工程を実施せず、変態点域を速く通過できたことで、粒度番号がNo.7の微細な結晶粒を得られた。
【0036】
パターンNo.5は、パターンNo.4の均熱工程温度を更に変態点域に近づけて、かつ、変態点域の昇温速度も速めたものである。パターンNo.5は、前記温度差(T
B−T
A)を更に小さくできた。そして、部位Aに割れは認められず、結晶粒も微細であった。さらに、パターンNo.5における焼入れ冷却の際の冷却速度を速めたことで、その急冷による割れ発生の可能性が高いパターンNo.6でも、部位Aに割れの発生は認められなかった。
【0037】
上記に比べて、比較例であるパターンNo.7は、Ac
1変態点よりも低い温度である800℃で均熱工程を実施したものの、該均熱工程後は変態点域を通過するときの昇温速度が速かったことから、前記温度差(T
B−T
A)が大きかった(
図5)。変態は吸熱反応を伴うことから、変態中の部位の昇温は遅くなる。そして、変態点域で炉温を速く上げると、部位Aなどの昇温が遅い部分の実体温度は更に炉温に追従できず、金型表面に温度むらが生じる。この結果、パターンNo.7による部位Aには、深さが0.25mmの割れが発生していた(
図7)。
【0038】
パターンNo.8は、変態点域を通過するときの昇温速度が速かった条件に加えて、均熱工程も温度の低いところで実施したことから、前記温度差(T
B−T
A)が最も大きかった。そして、パターンNo.7と同様に、部位Aには深さが0.25mmの割れが発生していた。