特許第6243275号(P6243275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6243275イリジウム又はイリジウム合金からなる金属線材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6243275
(24)【登録日】2017年11月17日
(45)【発行日】2017年12月6日
(54)【発明の名称】イリジウム又はイリジウム合金からなる金属線材
(51)【国際特許分類】
   C22C 5/04 20060101AFI20171127BHJP
   C22C 1/02 20060101ALI20171127BHJP
   B22D 11/00 20060101ALI20171127BHJP
   C30B 15/08 20060101ALN20171127BHJP
【FI】
   C22C5/04
   C22C1/02 501A
   C22C1/02 503A
   B22D11/00 D
   B22D11/00 G
   !C30B15/08
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-68445(P2014-68445)
(22)【出願日】2014年3月28日
(65)【公開番号】特開2015-190012(P2015-190012A)
(43)【公開日】2015年11月2日
【審査請求日】2017年3月6日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】吉川 彰
(72)【発明者】
【氏名】横田 有為
(72)【発明者】
【氏名】中村 宗樹
(72)【発明者】
【氏名】田中 邦弘
(72)【発明者】
【氏名】仲沢 達也
(72)【発明者】
【氏名】坂入 弘一
【審査官】 川崎 良平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−053419(JP,A)
【文献】 特開2002−045905(JP,A)
【文献】 特開2010−218778(JP,A)
【文献】 特開2009−035434(JP,A)
【文献】 特開2005−239535(JP,A)
【文献】 特開2012−036066(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/107289(WO,A1)
【文献】 特開2010−241663(JP,A)
【文献】 特開平06−112262(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 11/00
C30B 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イリジウム又はイリジウム含有合金からなる金属線材であって、
長手方向の任意の断面における結晶粒数が0.25mm当たり2〜20個であり、
更に、任意の部分のビッカース硬度が200Hv以上400Hv未満である金属線材。
【請求項2】
長手方向の任意の断面において、長手方向(x)と長手方向に垂直な方向(y)とのアスペクト比(x/y)が1.5以上となる結晶粒が0.25mm当たり20個以下である請求項1記載の金属線材。
【請求項3】
イリジウム合金は、白金、ルテニウム、ロジウム、ニッケルの少なくともいずれかを合計で1〜50質量%含有するイリジウム合金である請求項1又は請求項2記載の金属線材。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の金属線材の製造方法であって、
底部にノズルを有する坩堝に収容された溶融状態のイリジウム又はイリジウム含有合金からなる原料である溶融金属に、育成結晶を坩堝底部から接触させ、
前記育成結晶を坩堝の下方に一定速度で引き下げて、前記ノズルにより、底部から通過する前記溶融金属を冷却して凝固金属とすると共に、前記凝固金属を拘束しつつ通過させて成形して線材とするμ−PD法による金属線材の製造方法であって、
前記溶融金属と前記凝固金属との固液界面が、前記ノズル上下方向の中央付近となるようにして育成結晶を引き下げる金属線材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、点火プラグ電極、センサー電極等の用途で使用され、高温雰囲気中で使用されるイリジウム又はイリジウム合金からなる金属線材に関する。
【背景技術】
【0002】
点火プラグの電極(中心電極、接地電極)や、各種センサー電極等で使用される金属線材として、イリジウム又はイリジウム合金からなる金属線材(以下、イリジウム線材と称することがある)が知られている。点火プラグ用電極は、燃焼室内で高温酸化環境に曝されることから、高温酸化による消耗が懸念される。イリジウムは、貴金属に属し高融点、耐酸化性が良好であることから、高温下でも長期間使用が可能である。そして、これらの用途では高温雰囲気中での耐久性について、更なる改善も求められている。従来、イリジウム線材の耐久性改善の方法としては、材料組成の調整としてロジウム、白金、ニッケル等の添加元素を適宜合金化するのが一般的であった。しかし、合金化による組成調整に基づく改善だけでは、その他の特性低下が認められる為、組成調整以外の方法で耐高温酸化特性の改善をすることも必要であった。
【0003】
材料の高温特性の改善手法としては、組成(構成元素)の調整の他、材料組織の調整からのアプローチも試みられている。例えば、本願出願人は、イリジウム又はイリジウム合金からなる金属線材について、線材を構成する金属結晶の配向性に着目し、線材加工時に優先方位として現れる<100>方向に配向する結晶について、その存在比率を意図的に高めたものを開示している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−136733号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
材料組織の制御による金属線材の高温特性の改良は、未だ完成したものとは考えられていない。本願出願人による上記のイリジウム線材も、従来の線材加工により製造されたイリジウム線材に比べると高温酸化雰囲気中における酸化消耗量の低減が観測されており一応の効果が確認されている。しかし、高温特性の更なる改善が要求されていることもあり、より高温特性に優れたイリジウム線材が要求されている。例えば、点火プラグ電極では、耐久寿命の長期化の要求や、エンジン性能の向上に応じた耐久性の更なる改善が要求されている。そして、本発明者等によれば、上記従来のイリジウム線材にも改良の余地があるとしている。
【0006】
そこで本発明は、イリジウム又はイリジウム合金からなる金属線材について、高温雰囲気下での耐酸化消耗性、機械的特性等の諸特性に優れたもの、及び、その製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等の検討によれば、イリジウムを主体とする金属(純イリジウム又はイリジウム合金)の高温雰囲気における損傷モードは、結晶粒界を起点とすることが多い。つまり、イリジウムは高温雰囲気中、粒界における酸化(腐食)が優先的に生じて消耗し、また、粒界における強度低下が大きいため粒界から破断する傾向がある。
【0008】
このようなイリジウムの粒界優先の劣化機構は、上記特許文献1でも指摘している事項である。特許文献1におけるイリジウム線材では、粒界の優先的な劣化は、隣接する結晶間での方位差により拡大するという見解のもと、配向性の向上によって粒界の劣化を抑制している。特許文献1における考察・対策について、その有効性は否定されるものではない。しかし、劣化の要因となる粒界の面積を規制することがより有効な方策といえる。
【0009】
また、本発明者等は、高温雰囲気中の材料特性を検討するためには、高温加熱前後における材料組織の変化の有無を検討すべきであると考えた。上記特許文献1では、製造直後のイリジウム線材の材料組織(配向性)は規定するが、その材料組織が高温に曝されたときに維持されるかは明らかにしていない。ここで、イリジウム線材は、その再結晶温度を超えたかなり高温で使用されることが予定されていることから、再結晶による組織変化を想定すべきである。
【0010】
以上の検討から本発明者等は、高温雰囲気におけるイリジウム線材の耐久性を向上させるためには、粒界面積が少ないことを前提としつつ、それが製造時(常温)のみならず高温に曝されたときも維持されていること、つまり、加熱による組織変化が生じ難いことが必要であるとした。そして、本発明者等は、このようなイリジウム線材について、製造方法の根本的な見直しを含めて鋭意検討し、好適なイリジウム線材を見出した。
【0011】
即ち、本発明は、イリジウム又はイリジウム含有合金からなる金属線材であって、長手方向の任意断面における結晶粒数が0.25mm当たり2〜20個であり、更に、任意部分のビッカース硬度が200以上400未満である金属線材である。
【0012】
本発明は、長手方向断面の任意の領域における結晶数を規定することで粒界面積を規制する。上記のとおり、イリジウムを含む材料にとって結晶粒界は高温劣化損傷の起点であり、これを制限するためである。
【0013】
そして、本発明では、イリジウム線材の硬度を規定するが、この硬度の規定は、材料中の残留歪に関連する構成である。通常、イリジウム線材の製造では、溶解鋳造されたインゴットについて加工(熱間加工、冷間加工)と熱処理とを組み合わせて製造する。この加工熱処理においては、加工歪の導入と緩和(除去)が交互に生じるが、線材の状態になるまでの高い加工率で加工された材料には相応に残留歪が内包されている。加工歪は、線材が再結晶温度以上に加熱されたとき再結晶の駆動力として作用し、材料組織を変化させる(再結晶組織)。再結晶組織により粒界面積が増大することで、高温消耗、破断が加速されることとなる。
【0014】
従って、使用温度が再結晶温度以上になることが想定されているイリジウム線材については、初期状態(高温雰囲気での使用前)における結晶粒数の制限に加え、高温下での組織変化を抑えるために残留歪が低減されているものが好適である。本発明は、これらの観点からなされたものであり、以下、より詳細に説明する。
【0015】
本発明に係るイリジウム線材は、イリジウム又はイリジウム合金からなる。ここで、イリジウム合金としては、白金、ルテニウム、ロジウム、ニッケルの少なくともいずれかを合計で1〜50質量%含有するイリジウム合金が好ましい。これらの添加元素は、適宜に添加することでイリジウムの高温酸化特性や機械的特性を更に改善することができることがある。
【0016】
本発明に係るイリジウム線材は、長手方向における任意断面について、断面積0.25mm当たりの結晶数が2個以上20個以下であることを要する。結晶数規定の理由は上記の通りであるが、20個を越える場合高温での劣化の起点となる粒界の面積が増大し、酸化消耗量の増加や材料破断のおそれが高くなることから20個を上限とした。また、結晶数を1個とすることは単結晶の状態を示すことあり、これが望ましいことはいうまでもないが、イリジウム線材の工業的製造を要求すると単結晶を条件とすることは現実的ではない。尚、「長手方向」とは、線材の中心軸と平行な方向である。また、本発明では長手方向における断面の結晶粒数は規定されるが、径方向の断面における結晶粒数には制限はない。
【0017】
本発明において、結晶粒の好ましい形状は、長手方向に延伸する柱状結晶であり、任意断面で柱状結晶が束になった材料組織を挺したものが好ましい。そして、等軸晶の少ない材料組織が好ましい。具体的には、任意の断面積0.25mmにおいて、長手方向(x)とこれに垂直な方向(y)に基づくアスペクト比(y/x)が1.5以上となる結晶粒数が20以下であることが好ましい。等軸晶の割合を制限するのは、粒界面積の増大に起因する機械的強度低下を抑制するためである。
【0018】
そして、本発明に係るイリジウム線材は、材料硬度がビッカース硬さで200Hv以上400Hv未満であることを要する。材料硬度を規定した意義は上記した。本発明者等の検討では、400Hv以上の線材は、残留歪が過剰な状態にあり、再結晶温度以上の高温に曝されたとき、再結晶による粒界面積の増加から酸化消耗量の増大が生じるおそれがある。また、再結晶により材料は軟化するが、この硬度・強度低下と粒界面積増加とが相俟って粒界を起点とする材料破断も生じる可能性が高くなる。一方、200Hv未満のイリジウム線材は、常温域での求められる強度を有さないので、本来的に使用が好ましくない。
【0019】
尚、このような材料硬度が制限された線材を得るためには、歪を残留させないために加工条件を制限しながら、必要な線径となるよう加工製造する必要があるが、この製造プロセスについては後述する。また、本発明はイリジウム又はイリジウム合金からなる線材であるが、本発明における「線材」とは、線径直径0.1mm以上直径3.0mm以下の細線材料を意図するものである。
【0020】
以上の通り、本発明に係るイリジウム線材は、常温での結晶数を制限すると共に、高温加熱されても再結晶による組織変動が生じにくいようになっている。従って、本発明に係るイリジウム線材は、再結晶温度(材料組成により変動するが1200℃〜1500℃の範囲である)以上に加熱されたときの結晶粒数の変動も少ない。また、高温加熱による硬度変化も抑制されており、具体的には、加熱条件として加熱温度1200℃、加熱時間20時間としたとき、加熱前後の硬度変化率(100(%)−(加熱後硬度/加熱前高度×100))が15%以下となる。
【0021】
次に、本発明に係るイリジウム線材の製造方法について説明する。これまで述べたように本発明に係るイリジウム線材は、結晶粒数の制限と残留歪低減のための材料硬度の制限が必要である。これらの制限事項は、従来の線材製造プロセスでは達成するのが困難である。従来の線材製造プロセスでは、溶解鋳造されたインゴットについて、圧延加工(溝ロール圧延加工)、線引き加工等を行って細線に成形加工するが、これらの製造工程では、結晶粒の数を制御することはできない。また、インゴットから線材までに成形される過程では相当に高い加工率での加工がなされることから残留歪が存在する。残留歪については、加工を熱間で行うことで軽減できるが、それでも繰り返される加工により残留歪は相当に存在する。そこで、本発明者等は、本発明で要求される結晶粒数の制限と残留歪の抑制の双方を達成できる線材製造プロセスとして、単結晶製造プロセスの一態様であるマイクロ引き下げ法(以下、μ−PD法と称する)を適用することとした。
【0022】
μ−PD法は、底部にノズルが設置された坩堝内に原料となる溶融金属を収容し、育成結晶を介して凝固した金属をノズルに通過させつつ引き下げて結晶育成を行う方法であり、この結晶育成を連続に行うことで線材を得るのが本発明に係る方法である。
【0023】
本発明に係るイリジウム線材の製造にμ−PD法が好適に適用される理由としては、まず、μ−PD法は結晶粒の形状制御を行いつつ、単結晶に準じた結晶粒数の少ない材料を製造できるからである。そして、μ−PD法では、ノズルにより断面積を微小に限定しつつ結晶育成を行うことから、この方法により製造される線材は線径が細く、その後の加工を要しない、或いは、少ない回数の加工で所望の線径の線材を得ることができる。従って、μ−PD法により育成される結晶は、歪の少ない状態であるため追加的な加工を要しない。これにより残留歪を大幅に低減することができ、本発明が要求する低硬度のイリジウム線材とすることができる。このように、μ−PD法による線材製造は、ニアネットシェイプで目的とする線材を製造できる効率的なものである。
【0024】
μ−PD法に基づく、本発明に係るイリジウム線材の製造方法では、イリジウム又はその合金という高融点材料を取り扱うことから、坩堝の構成材料としては、高温で溶解・揮発し難いものが必要であり、具体的には、マグネシア、ジルコニア、アルミナ等のセラミックやカーボン(グラファイト)等が用いられる。μ−PD法における坩堝は、その底部にノズルを備える。ノズルは、底部より通過する溶融金属を冷却して凝固させる機能と、冶具(ダイ)として凝固する金属を拘束して成形する機能の双方を有する。ノズルの材質も坩堝と同様に高温で溶解・揮発し難い材料で形成されていることが好ましい、ノズル内壁は凝固した金属との摩擦を生じるため、ノズル内壁表面は表面が平滑であることが好ましい。
【0025】
μ−PD法により本発明に係る結晶粒数が制限されたイリジウム線材を製造する場合の重要な要素として、溶融金属と凝固金属との固液界面の位置(レベル)がある。この固液界面の位置は、ノズル上下方向の中央付近にあることが好ましい。固液界面の位置が上側(坩堝側)にあると、凝固した金属の移動距離が大きくなり、その分引き下げの抵抗が大きくなりノズルの摩耗・損傷が生じて線材の形状・寸法の制御が困難となる。一方、固液界面が下側(ノズル出口側)にあると、溶湯がノズルから排出されて線材の線径が太くなるおそれがある。この固液界面の位の制御は、ノズルの長さ(厚さ)、引き下げ速度を適宜に調整して行う。本発明で想定される線径の線材を製造するにあたり、ノズルの長さ(厚さ)は5〜30mmが好ましく、これに対する引き下げ速度は0.5〜200mm/minとするのが好ましい。
【0026】
また、μ−PD法によるイリジウム線材の製造にあたっては、ノズルから排出される線材の冷却速度の調整も必要である。ノズルから排出される線材は、固相領域にはあるが急冷すると微細結晶(等軸晶)が生じるおそれがある。そのため、ノズルから排出された線材については、再結晶温度以下になるまでの区間において緩やかな冷却速度で徐冷するのが好ましい。具体的には、線材が少なくとも1200℃以下になるまで、冷却速度を120℃/sec〜1℃/secとするのが好ましい。尚、線材温度1200℃以下の温度域においても、前記の緩やかな冷却速度で冷却しても差し支えないが、線材が1000℃以下であれば、製造効率を考慮して上記速度より冷却速度を高くしても良い。また、冷却速度の調整のためには、例えば、坩堝の下部にセラミックス等の熱伝導材からなる筒体(アフターヒーター)を坩堝に連結し、坩堝(溶融金属)の熱を利用することがある。坩堝による溶融金属の処理、及び、線材の引き下げは、酸化防止のため不活性ガス(窒素、アルゴン、ヘリウム等)雰囲気中で行うのが好ましい。
【0027】
μ−PD法により製造したイリジウム線材については、追加的な加工により線径の調整を行っても良い。但し、その場合、残留歪を残さないようにするため、加工温度と加工率について留意が必要となる。具体的には、加工温度を1500℃以上とし、1回(1パス)辺りの加工率は12%未満とする必要がある。加工温度が低い場合や加工率が高い場合、残留歪を残すこととなり、高温での使用の際に再結晶による組織変化が生じることとなる。以上説明したμ―PD法により製造された本発明に係るイリジウム線材は、その用途に応じて適宜に切断して使用可能である。
【0028】
尚、本発明に係るイリジウム線材は、CZ法(チョクラルスキー法)等のμ−PD法以外の単結晶製造プロセスを基にしても製造可能である。但し、これらの単結晶育成法は、μ−PD法よりも比較的大径の単結晶製造には好適ではあるが、CZ法(チョクラルスキー法)φ3mm以下の連続した線材をニアネットシェイプで作製することはできない。そして、CZ法等を適用して、最終製品として3mm以下の細径の線材を製造する場合には、CZ法の後に複数回の加工を行わなければならない。複数回の加工は、残留歪が残る可能性が高く、加工上がりの硬さはHv400以上となる。また、この加工上がりの線材を熱処理等でHv400未満に調整すると、等軸晶で構成される再結晶組織を形成する為、機械的特性、特に靭性が極端に低下する。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係るイリジウム又はイリジウム合金からなる金属線材は、粒界面積を低減することで、粒界を起点とする残量損傷を抑制する。また、本発明に係る線材は、残留歪の制限により高温の使用によっても再結晶による組織変化、損傷の起点となる粒界の増加が生じ難くなっている。これにより、耐酸化消耗性、機械的特性等の諸特性に優れた線材となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】μ−PD法に基づくイリジウム線材の製造装置の構成を概略説明する図。
図2】比較例のイリジウム線材の製造工程を説明する図。
図3】実施例8、比較例8の線材の断面組織を示す写真。
図4】実施例8、比較例8の線材を高温加熱した後の材料組織を示す写真。
図5】実施例2、比較例2の線材について、高温加熱及び曲げ試験後の外観写真。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の好適な実施例を説明する。本実施形態では、μ−PD法によりイリジウム及び各種のイリジウム合金からなる線材を製造した(実施例1〜実施例10)。また、従来のイリジウム線材として特許文献1記載の加工と熱処理とを組み合わせた製造工程にて実施例と同じ組成のイリジウム線材を製造した(比較例1〜比較例10)。更に、参考例として、CZ法により製造したインゴットを加工・熱処理して線材を製造した。以下、実施例、比較例、参考例の各イリジウム線材の製造工程を説明する。
【0032】
実施例1〜実施例10図1に本実施形態で適用したμ−PD法に基づくイリジウム線材の製造装置を示す。図1の通り、イリジウム線材製造装置では、坩堝内に溶融状態でのイリジウム原料を収容する。坩堝の底部には貫通孔を有するダイが埋め込まれている。μ−PD法による線材製造にあたっては、まず、育成結晶を底部から坩堝内の原料に接触させ、その後一定速度で育成結晶を引き下げ(下方向に移動)させる。
【0033】
本実施形態では、予め用意したイリジウム又はイリジウム合金(いずれも純度99%以上)をジルコニア製の坩堝(容器寸法40×30×50)に入れた。その一方で、坩堝底部に設置されたノズル(寸法:内径1mm、長さ5mm)の下方から育成結晶(φ0.8mmの種結晶)を挿入した。そして、原料を高周波誘導加熱して溶解させた。その後、引き下げ速度5mm/minで引き下げを行った。このとき、坩堝上部から下部方向へ窒素ガス(1L/min)をフローしている。本実施形態では、ノズル出口から30mmの区間において、冷却速度を50℃/secとして線材温度が1200℃以下になるまで徐冷している。そして、線径1mmの線材150mmを製造した。
【0034】
比較例1〜比較例10:窒素アーク溶解法でイリジウム又はイリジウム合金からなるインゴットを製造し(直径12mm)、このインゴットについて、図2に示す工程を経て線材へと加工した。この加工工程は、2軸加圧の熱間鍛造、熱間溝ロール圧延の各工程で目的寸法となるまで繰り返し加工を行っている。この比較例における2軸加圧の繰返しは、線材に高い配向性を具備させるためである。また、この比較例の加工工程においては、熱間加工温度、熱処理温度の設定について、いずれも再結晶温度以下となるように設定している。これにより、加工途中の再結晶により生じた粒界からの破断を防止している。
【0035】
参考例1、参考例2:水冷銅鋳型を用いて高周波溶解したイリジウム溶湯から、CZ法により直径5mmのイリジウム、イリジウム合金インゴットを製造した(引き上げ速度10mm/min)。そして、この線材を熱間線引き加工して細線とした。このときの加工条件は、加工温度1000℃〜1200℃、1パス当たりの加工率を10%とした。そして、線径1mmの線材とした。尚、この参考例は、純イリジウム(実施例1に対応)、イリジウム−ロジウム合金(実施例5に対応)の2種の材料について製造した。
【0036】
以上で製造したイリジウム線材について、まず、材料組織の観察により結晶粒数の測定、硬度測定を行った。これらの測定は、製造した線材を1mmの長さに切断し、更に、長手方向に切断して半割りにした。そして、顕微鏡観察を行い面積0.25mmの観察視野を任意に設定して結晶粒数の測定を行った。また、アスペクト比1.5以上の等軸晶の有無・数を測定した。その後、ビッカース硬度計によりビッカース硬度を測定した。この結果を表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
本実施形態で製造した各試料についてみると、実施例1〜10は、長手方向断面における結晶粒数が規定範囲内にあり、硬度も比較的低いものである。比較例も多すぎる結晶粒数というわけではないが、実施例よりは多くなる。また、硬度も高い。そして、参考例に関しては、インゴット製造でCZ法を適用していることから結晶粒数は少ない。但し、硬度は比較的高くなっている。その後の加工条件(加工温度1400℃未満である)によるものと思われる。
【0039】
また、図3は、実施例8、比較例8の線材の断面組織である。実施例8の線材は少数の柱状晶により構成されている。一方、比較例8の線材は、長手方向に延びた結晶が多数繊維状に密集した材料組織を呈する。
【0040】
次に、表1の各試料について高温酸化加熱を行い、加熱後の組織変化及び硬度変化を検討した。更に、加熱後の酸化消耗量を測定して高温酸化特性を評価した。また、表1と同じ組成の線材(長さ10mm)を容易して同様に高温加熱を行い、加熱後の線材について曲げ試験による折損の有無も評価した。この曲げ試験では、線材を90°曲げたときの線材の破断や表面の割れが生じたとき折損有りとした。以上の各評価結果を表2、表3に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
【表3】
【0043】
表3から、各実施例に係るイリジウム線材は、酸化消耗及び高温強度が比較例の同一組成の線材より優れていることが確認できる。比較例について生じた折損は、破断部を観察すると粒界割れであった。また、酸化消耗についても、粒界付近の腐食が激しかった。この点、表2をみると、各実施例のイリジウム線材は、結晶粒数の変化も少なく、また、硬度変化も抑えられている。比較例の場合、高温加熱により再結晶が進行し、結晶粒数が増加しつつ大幅な軟化が生じている。
【0044】
図4は、高温加熱後(1200℃、1500℃)の実施例8、比較例8の材料組織を示す。比較例は高温加熱後の再結晶により結晶粒数の増大が見て取れる。特に、外周部における結晶粒数の増大が顕著である。これに対して、実施例8は材料組織の変化が極めて少ないといえる。
【0045】
また、図5は、実施例2、比較例2の線材について、1500℃で20時間加熱後に行った曲げ試験の外観写真である。比較例は、明確な破断が見られた。また、比較例は表面形態の荒れが見られた。一方、実施例の線材は、破断することなく曲がっており、表面も光沢を残していた。
【0046】
尚、参考例1、2は、同一組成の比較例1、比較例5よりは高温特性が優れるものの、実施例1、実施例5と対比すると劣っているといえる。CZ法を適用する参考例は、材料組織制御については比較例よりも優位にあるが、加工温度が低く塑性加工率が高いため残留歪が存在し、これがわずかながら再結晶を引き起こしたものと考える。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、耐高温酸化特性が良好で、高温酸化雰囲気下で長期間使用可能な材料である。本発明は、点火プラグ電極、各種センサー電極、リード線ワイヤ等の高温酸化雰囲気下で使用される材料として好適である。
図1
図2
図3
図4
図5