【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等の検討によれば、イリジウムを主体とする金属(純イリジウム又はイリジウム合金)の高温雰囲気における損傷モードは、結晶粒界を起点とすることが多い。つまり、イリジウムは高温雰囲気中、粒界における酸化(腐食)が優先的に生じて消耗し、また、粒界における強度低下が大きいため粒界から破断する傾向がある。
【0008】
このようなイリジウムの粒界優先の劣化機構は、上記特許文献1でも指摘している事項である。特許文献1におけるイリジウム線材では、粒界の優先的な劣化は、隣接する結晶間での方位差により拡大するという見解のもと、配向性の向上によって粒界の劣化を抑制している。特許文献1における考察・対策について、その有効性は否定されるものではない。しかし、劣化の要因となる粒界の面積を規制することがより有効な方策といえる。
【0009】
また、本発明者等は、高温雰囲気中の材料特性を検討するためには、高温加熱前後における材料組織の変化の有無を検討すべきであると考えた。上記特許文献1では、製造直後のイリジウム線材の材料組織(配向性)は規定するが、その材料組織が高温に曝されたときに維持されるかは明らかにしていない。ここで、イリジウム線材は、その再結晶温度を超えたかなり高温で使用されることが予定されていることから、再結晶による組織変化を想定すべきである。
【0010】
以上の検討から本発明者等は、高温雰囲気におけるイリジウム線材の耐久性を向上させるためには、粒界面積が少ないことを前提としつつ、それが製造時(常温)のみならず高温に曝されたときも維持されていること、つまり、加熱による組織変化が生じ難いことが必要であるとした。そして、本発明者等は、このようなイリジウム線材について、製造方法の根本的な見直しを含めて鋭意検討し、好適なイリジウム線材を見出した。
【0011】
即ち、本発明は、イリジウム又はイリジウム含有合金からなる金属線材であって、長手方向の任意断面における結晶粒数が0.25mm
2当たり2〜20個であり、更に、任意部分のビッカース硬度が200以上400未満である金属線材である。
【0012】
本発明は、長手方向断面の任意の領域における結晶数を規定することで粒界面積を規制する。上記のとおり、イリジウムを含む材料にとって結晶粒界は高温劣化損傷の起点であり、これを制限するためである。
【0013】
そして、本発明では、イリジウム線材の硬度を規定するが、この硬度の規定は、材料中の残留歪に関連する構成である。通常、イリジウム線材の製造では、溶解鋳造されたインゴットについて加工(熱間加工、冷間加工)と熱処理とを組み合わせて製造する。この加工熱処理においては、加工歪の導入と緩和(除去)が交互に生じるが、線材の状態になるまでの高い加工率で加工された材料には相応に残留歪が内包されている。加工歪は、線材が再結晶温度以上に加熱されたとき再結晶の駆動力として作用し、材料組織を変化させる(再結晶組織)。再結晶組織により粒界面積が増大することで、高温消耗、破断が加速されることとなる。
【0014】
従って、使用温度が再結晶温度以上になることが想定されているイリジウム線材については、初期状態(高温雰囲気での使用前)における結晶粒数の制限に加え、高温下での組織変化を抑えるために残留歪が低減されているものが好適である。本発明は、これらの観点からなされたものであり、以下、より詳細に説明する。
【0015】
本発明に係るイリジウム線材は、イリジウム又はイリジウム合金からなる。ここで、イリジウム合金としては、白金、ルテニウム、ロジウム、ニッケルの少なくともいずれかを合計で1〜50質量%含有するイリジウム合金が好ましい。これらの添加元素は、適宜に添加することでイリジウムの高温酸化特性や機械的特性を更に改善することができることがある。
【0016】
本発明に係るイリジウム線材は、長手方向における任意断面について、断面積0.25mm
2当たりの結晶数が2個以上20個以下であることを要する。結晶数規定の理由は上記の通りであるが、20個を越える場合高温での劣化の起点となる粒界の面積が増大し、酸化消耗量の増加や材料破断のおそれが高くなることから20個を上限とした。また、結晶数を1個とすることは単結晶の状態を示すことあり、これが望ましいことはいうまでもないが、イリジウム線材の工業的製造を要求すると単結晶を条件とすることは現実的ではない。尚、「長手方向」とは、線材の中心軸と平行な方向である。また、本発明では長手方向における断面の結晶粒数は規定されるが、径方向の断面における結晶粒数には制限はない。
【0017】
本発明において、結晶粒の好ましい形状は、長手方向に延伸する柱状結晶であり、任意断面で柱状結晶が束になった材料組織を挺したものが好ましい。そして、等軸晶の少ない材料組織が好ましい。具体的には、任意の断面積0.25mm
2において、長手方向(x)とこれに垂直な方向(y)に基づくアスペクト比(y/x)が1.5以上となる結晶粒数が20以下であることが好ましい。等軸晶の割合を制限するのは、粒界面積の増大に起因する機械的強度低下を抑制するためである。
【0018】
そして、本発明に係るイリジウム線材は、材料硬度がビッカース硬さで200Hv以上400Hv未満であることを要する。材料硬度を規定した意義は上記した。本発明者等の検討では、400Hv以上の線材は、残留歪が過剰な状態にあり、再結晶温度以上の高温に曝されたとき、再結晶による粒界面積の増加から酸化消耗量の増大が生じるおそれがある。また、再結晶により材料は軟化するが、この硬度・強度低下と粒界面積増加とが相俟って粒界を起点とする材料破断も生じる可能性が高くなる。一方、200Hv未満のイリジウム線材は、常温域での求められる強度を有さないので、本来的に使用が好ましくない。
【0019】
尚、このような材料硬度が制限された線材を得るためには、歪を残留させないために加工条件を制限しながら、必要な線径となるよう加工製造する必要があるが、この製造プロセスについては後述する。また、本発明はイリジウム又はイリジウム合金からなる線材であるが、本発明における「線材」とは、線径直径0.1mm以上直径3.0mm以下の細線材料を意図するものである。
【0020】
以上の通り、本発明に係るイリジウム線材は、常温での結晶数を制限すると共に、高温加熱されても再結晶による組織変動が生じにくいようになっている。従って、本発明に係るイリジウム線材は、再結晶温度(材料組成により変動するが1200℃〜1500℃の範囲である)以上に加熱されたときの結晶粒数の変動も少ない。また、高温加熱による硬度変化も抑制されており、具体的には、加熱条件として加熱温度1200℃、加熱時間20時間としたとき、加熱前後の硬度変化率(100(%)−(加熱後硬度/加熱前高度×100))が15%以下となる。
【0021】
次に、本発明に係るイリジウム線材の製造方法について説明する。これまで述べたように本発明に係るイリジウム線材は、結晶粒数の制限と残留歪低減のための材料硬度の制限が必要である。これらの制限事項は、従来の線材製造プロセスでは達成するのが困難である。従来の線材製造プロセスでは、溶解鋳造されたインゴットについて、圧延加工(溝ロール圧延加工)、線引き加工等を行って細線に成形加工するが、これらの製造工程では、結晶粒の数を制御することはできない。また、インゴットから線材までに成形される過程では相当に高い加工率での加工がなされることから残留歪が存在する。残留歪については、加工を熱間で行うことで軽減できるが、それでも繰り返される加工により残留歪は相当に存在する。そこで、本発明者等は、本発明で要求される結晶粒数の制限と残留歪の抑制の双方を達成できる線材製造プロセスとして、単結晶製造プロセスの一態様であるマイクロ引き下げ法(以下、μ−PD法と称する)を適用することとした。
【0022】
μ−PD法は、底部にノズルが設置された坩堝内に原料となる溶融金属を収容し、育成結晶を介して凝固した金属をノズルに通過させつつ引き下げて結晶育成を行う方法であり、この結晶育成を連続に行うことで線材を得るのが本発明に係る方法である。
【0023】
本発明に係るイリジウム線材の製造にμ−PD法が好適に適用される理由としては、まず、μ−PD法は結晶粒の形状制御を行いつつ、単結晶に準じた結晶粒数の少ない材料を製造できるからである。そして、μ−PD法では、ノズルにより断面積を微小に限定しつつ結晶育成を行うことから、この方法により製造される線材は線径が細く、その後の加工を要しない、或いは、少ない回数の加工で所望の線径の線材を得ることができる。従って、μ−PD法により育成される結晶は、歪の少ない状態であるため追加的な加工を要しない。これにより残留歪を大幅に低減することができ、本発明が要求する低硬度のイリジウム線材とすることができる。このように、μ−PD法による線材製造は、ニアネットシェイプで目的とする線材を製造できる効率的なものである。
【0024】
μ−PD法に基づく、本発明に係るイリジウム線材の製造方法では、イリジウム又はその合金という高融点材料を取り扱うことから、坩堝の構成材料としては、高温で溶解・揮発し難いものが必要であり、具体的には、マグネシア、ジルコニア、アルミナ等のセラミックやカーボン(グラファイト)等が用いられる。μ−PD法における坩堝は、その底部にノズルを備える。ノズルは、底部より通過する溶融金属を冷却して凝固させる機能と、冶具(ダイ)として凝固する金属を拘束して成形する機能の双方を有する。ノズルの材質も坩堝と同様に高温で溶解・揮発し難い材料で形成されていることが好ましい、ノズル内壁は凝固した金属との摩擦を生じるため、ノズル内壁表面は表面が平滑であることが好ましい。
【0025】
μ−PD法により本発明に係る結晶粒数が制限されたイリジウム線材を製造する場合の重要な要素として、溶融金属と凝固金属との固液界面の位置(レベル)がある。この固液界面の位置は、ノズル上下方向の中央付近にあることが好ましい。固液界面の位置が上側(坩堝側)にあると、凝固した金属の移動距離が大きくなり、その分引き下げの抵抗が大きくなりノズルの摩耗・損傷が生じて線材の形状・寸法の制御が困難となる。一方、固液界面が下側(ノズル出口側)にあると、溶湯がノズルから排出されて線材の線径が太くなるおそれがある。この固液界面の位の制御は、ノズルの長さ(厚さ)、引き下げ速度を適宜に調整して行う。本発明で想定される線径の線材を製造するにあたり、ノズルの長さ(厚さ)は5〜30mmが好ましく、これに対する引き下げ速度は0.5〜200mm/minとするのが好ましい。
【0026】
また、μ−PD法によるイリジウム線材の製造にあたっては、ノズルから排出される線材の冷却速度の調整も必要である。ノズルから排出される線材は、固相領域にはあるが急冷すると微細結晶(等軸晶)が生じるおそれがある。そのため、ノズルから排出された線材については、再結晶温度以下になるまでの区間において緩やかな冷却速度で徐冷するのが好ましい。具体的には、線材が少なくとも1200℃以下になるまで、冷却速度を120℃/sec〜1℃/secとするのが好ましい。尚、線材温度1200℃以下の温度域においても、前記の緩やかな冷却速度で冷却しても差し支えないが、線材が1000℃以下であれば、製造効率を考慮して上記速度より冷却速度を高くしても良い。また、冷却速度の調整のためには、例えば、坩堝の下部にセラミックス等の熱伝導材からなる筒体(アフターヒーター)を坩堝に連結し、坩堝(溶融金属)の熱を利用することがある。坩堝による溶融金属の処理、及び、線材の引き下げは、酸化防止のため不活性ガス(窒素、アルゴン、ヘリウム等)雰囲気中で行うのが好ましい。
【0027】
μ−PD法により製造したイリジウム線材については、追加的な加工により線径の調整を行っても良い。但し、その場合、残留歪を残さないようにするため、加工温度と加工率について留意が必要となる。具体的には、加工温度を1500℃以上とし、1回(1パス)辺りの加工率は12%未満とする必要がある。加工温度が低い場合や加工率が高い場合、残留歪を残すこととなり、高温での使用の際に再結晶による組織変化が生じることとなる。以上説明したμ―PD法により製造された本発明に係るイリジウム線材は、その用途に応じて適宜に切断して使用可能である。
【0028】
尚、本発明に係るイリジウム線材は、CZ法(チョクラルスキー法)等のμ−PD法以外の単結晶製造プロセスを基にしても製造可能である。但し、これらの単結晶育成法は、μ−PD法よりも比較的大径の単結晶製造には好適ではあるが、CZ法(チョクラルスキー法)φ3mm以下の連続した線材をニアネットシェイプで作製することはできない。そして、CZ法等を適用して、最終製品として3mm以下の細径の線材を製造する場合には、CZ法の後に複数回の加工を行わなければならない。複数回の加工は、残留歪が残る可能性が高く、加工上がりの硬さはHv400以上となる。また、この加工上がりの線材を熱処理等でHv400未満に調整すると、等軸晶で構成される再結晶組織を形成する為、機械的特性、特に靭性が極端に低下する。