特許第6246953号(P6246953)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6246953エルゴチオネイン生産能が増強された形質転換糸状菌及びエルゴチオネインの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6246953
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】エルゴチオネイン生産能が増強された形質転換糸状菌及びエルゴチオネインの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/15 20060101AFI20171204BHJP
   C12P 13/04 20060101ALI20171204BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20171204BHJP
   C12N 9/10 20060101ALI20171204BHJP
   C12R 1/66 20060101ALN20171204BHJP
   C12R 1/665 20060101ALN20171204BHJP
   C12R 1/685 20060101ALN20171204BHJP
   C12R 1/69 20060101ALN20171204BHJP
【FI】
   C12N1/15ZNA
   C12P13/04
   C12N15/00 A
   C12N9/10
   C12N1/15ZNA
   C12R1:66
   C12N1/15ZNA
   C12R1:665
   C12N1/15ZNA
   C12R1:685
   C12N1/15ZNA
   C12R1:69
   C12P13/04
   C12R1:66
   C12P13/04
   C12R1:665
   C12P13/04
   C12R1:685
   C12P13/04
   C12R1:69
【請求項の数】7
【全頁数】43
(21)【出願番号】特願2016-571827(P2016-571827)
(86)(22)【出願日】2015年12月25日
(86)【国際出願番号】JP2015086301
(87)【国際公開番号】WO2016121285
(87)【国際公開日】20160804
【審査請求日】2017年5月31日
(31)【優先権主張番号】特願2015-17328(P2015-17328)
(32)【優先日】2015年1月30日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2015-157444(P2015-157444)
(32)【優先日】2015年8月7日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149032
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 敏明
(72)【発明者】
【氏名】原 精一
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 恵子
(72)【発明者】
【氏名】市川 惠一
【審査官】 白井 美香保
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/100752(WO,A1)
【文献】 database GenBank,2011年 6月 4日,BAE60470,[検索日2016年2月25日],URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/BAE60470.1
【文献】 database GenBank,2011年10月12日,EHA24811,[検索日2016年2月25日],URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/EHA24811.1
【文献】 JOURNAL OF BACTERIOLOGY,1970年,vol.103 no.2,pp.475-478
【文献】 J. Biol. Chem.,1956年,vol.223,pp.9-17
【文献】 CHEMBIOCHEM,2014年,vol.16,pp.119-125
【文献】 PLOS ONE,2014年,vol.9 no.5 e97774,pp.1-12
【文献】 database GenBank,2014年 5月16日,KDE85407,[検索日2016年2月25日],URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/KDE85407.1
【文献】 database GenBank,2012年 6月18日,EIT79021,[検索日2016年2月25日],URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/EIT79021.1
【文献】 database GenBank,2012年 6月18日,EIT76462,[検索日2016年2月25日],URL,http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/EIT76462.1
【文献】 Fungal Genetics and Biology,2012年,vol.49,pp.160-172
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
REGISTRY(STN)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)の酵素をコードする遺伝子又は下記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子が挿入されており、かつ、該挿入された遺伝子を過剰発現する形質転換アスペルギルス(Aspergillus)属微生物。
(1)ヒスチジン及びシステインからエルゴチオネインを生成する反応に関与する、アスペルギルス属微生物に由来する酵素であって、
該酵素をコードする遺伝子が配列表の配列番号1に記載の塩基配列、配列表の配列番号23に記載の塩基配列及び配列表の配列番号33に記載の塩基配列からなる群から選ばれる塩基配列又は該塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列を有する遺伝子であり、或いは
該酵素のアミノ酸配列が配列表の配列番号4に記載のアミノ酸配列、配列表の配列番号26に記載のアミノ酸配列及び配列表の配列番号34に記載のアミノ酸配列からなる群から選ばれるアミノ酸配列又は該アミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列である、前記酵素
(2)ヒスチジン及びシステインからエルゴチオネインを生成する反応に関与する、アスペルギルス属微生物に由来する酵素であって、
該酵素をコードする遺伝子が配列表の配列番号2に記載の塩基配列、配列表の配列番号3に記載の塩基配列、配列表の配列番号24に記載の塩基配列及び配列表の配列番号25に記載の塩基配列からなる群から選ばれる塩基配列又は該塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列を有する遺伝子であり、或いは
該酵素のアミノ酸配列が配列表の配列番号5に記載のアミノ酸配列、配列表の配列番号6に記載のアミノ酸配列、配列表の配列番号27に記載のアミノ酸配列及び配列表の配列番号28に記載のアミノ酸配列からなる群から選ばれるアミノ酸配列又は該アミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列である、前記酵素
【請求項2】
前記アスペルギルス属微生物がアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamarii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usamii)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)及びアスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)からなる群から選ばれるアスペルギルス属微生物である、請求項1に記載の形質転換アスペルギルス属微生物。
【請求項3】
前記形質転換アスペルギルス属微生物は、前記(1)の酵素をコードする遺伝子又は前記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子の発現が、宿主アスペルギルス属微生物に比してエルゴチオネインの量が増えるように増強された形質転換アスペルギルス属微生物である、請求項1に記載の形質転換アスペルギルス属微生物。
【請求項4】
前記形質転換アスペルギルス属微生物は、前記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子の発現が、前記(1)の酵素をコードする遺伝子の発現が増強された形質転換アスペルギルス属微生物に比してエルゴチオネインの量が増えるように増強された形質転換アスペルギルス属微生物である、請求項1に記載の形質転換アスペルギルス属微生物。
【請求項5】
前記形質転換アスペルギルス属微生物は、前記(1)の酵素をコードする遺伝子又は前記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子の発現が、該形質転換アスペルギルス属微生物を宿主アスペルギルス属微生物の生育に適した培地を用いて30℃、3日間で培養した場合のエルゴチオネインの量が乾燥菌体質量1gあたり10.0mg以上になるように増強された形質転換アスペルギルス属微生物である、請求項1に記載の形質転換アスペルギルス属微生物。
【請求項6】
ヒスチジン及びシステインを、請求項1〜5のいずれか1項に記載の形質転換アスペルギルス属微生物に作用させて、エルゴチオネインを得る工程を含む、エルゴチオネインの製造方法。
【請求項7】
ヒスチジン及びシステインを含む培地を用いて、請求項1〜6のいずれか1項に記載の形質転換アスペルギルス属微生物を培養することにより得られた培養物から、純度が5%以上であるエルゴチオネイン含有物を得る工程を含む、高純度エルゴチオネイン含有物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、2015年1月30日出願の日本特願2015−17328号及び2015年8月7日出願の日本特願2015−157444号の優先権を主張し、それらの全記載は、ここに開示として援用される。
【技術分野】
【0002】
本発明は、エルゴチオネイン生産能が認められる菌類及び該菌類を利用したエルゴチオネインの製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
下記式〔II〕
【化1】
〔II〕
で示されるエルゴチオネインは含硫アミノ酸の1種であり、ヒトを含めた動物の肝臓などの臓器や血液において存在が確認されている生体物質である。
【0004】
エルゴチオネインは抗酸化活性を有することが知られており、例えば、ヒドロキシルラジカルの捕捉作用、鉄や銅に依存した過酸化水素からのヒドロキシルラジカルの生成抑制作用、銅依存オキシヘモグロビンの酸化抑制作用、ミオグロビン及び過酸化水素によるアラキドン酸酸化抑制作用などを示すといわれている。また、エルゴチオネインは、エラスターゼ活性阻害作用、チロシナーゼ活性阻害作用、抗炎症作用、細胞エネルギー増進作用、抗ストレス作用、抗老化作用、しわ形成抑制作用、過酸化脂質生成抑制作用などを示すともいわれている。
【0005】
このような種々の生理活性を有する機能性生体物質であることや熱に強く水溶性の物質であるという特徴を活かして、エルゴチオネインを機能性食品、サプリメント、化粧品、医薬品、医薬部外品、動物飼料などへ応用することが期待されている。
【0006】
エルゴチオネインの製造方法としては、動物の臓器や血液から抽出する方法に加えて、エルゴチオネインの生産能があるキノコ類の菌糸体からエルゴチオネインを抽出する方法が知られている(例えば、下記の特許文献1及び2を参照、該文献の全記載はここに開示として援用される)。また、下記の非特許文献1及び2(該文献の全記載はここに開示として援用される)には細菌の多くはエルゴチオネインの生産能がないことや、菌類の中でもアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger;クロコウジカビ)やニューロスポラ・クラッサ(Neurospora crassa;アカパンカビ)はエルゴチオネインの生産能があるが、サッカロミセス・セルビシエ(Saccharomyces cerevisiae;パン酵母)にはエルゴチオネインの生産能がほとんどないことなどが記載されている。
【0007】
エルゴチオネインの生産能がある菌類の中にはエルゴチオネインの生合成系が報告されているものがある。例えば、下記の非特許文献3及び4(該文献の全記載はここに開示として援用される)にはニューロスポラ・クラッサの生合成系が記載されており、下記の非特許文献5(該文献の全記載はここに開示として援用される)には分裂酵母であるシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)の生合成系が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第4865083号公報
【特許文献2】特許第5231025号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Donald B. Melville et al, J. Biol. Chem. 1956, 223:9-17
【非特許文献2】Dorothy S. Genghof, J. Bacteriology, Aug. 1970, p.475-478
【非特許文献3】Fungal Genet Biol 49 (2012) 160-172
【非特許文献4】Org Lett. 2014 Oct 17;16(20):5382-5385
【非特許文献5】PLoS One 2014 May 14;9(5):e97774
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1及び2に記載の方法は、キノコ類の菌糸体を培養した後にエルゴチオネインを抽出する方法であるところ、キノコ類の菌糸体の培養は熟練及び長期間を要すことから、工業的規模でエルゴチオネインを生産するには不適な方法である。
【0011】
非特許文献1〜5の記載から、キノコ類以外の一部の菌類によってエルゴチオネインを生合成できることがわかる。これらのうち、非特許文献3には、ヒスチジンの−NH基をメチル化してヘルシニンを生成し、このヘルシニン及びシステインから下記式〔I〕
【化2】
〔I〕
に示されるヘルシニルシステインスルホキシドを生成する反応を触媒する酵素(NcEgt−1)をコードする遺伝子(NCU04343)を欠失させるように形質転換した形質転換ニューロスポラ・クラッサが記載されている。また、非特許文献3及び4には、ヘルシニルシステインスルホキシドからエルゴチオネインを生成する反応を触媒する可能性がある酵素としてNCU04636及びNCU11365が記載されている。さらに非特許文献4には、実際にNCU11365遺伝子を強発現(過剰発現)するように形質転換した形質転換大腸菌から抽出したNCU11365を用いて、試験管内(in vitro)反応によりヘルシニルシステインスルホキシドからエルゴチオネインが生成できたことが記載されている。
【0012】
しかし、非特許文献3及び4には、遺伝子NCU04343、NCU04636又はNCU11365を過剰発現するように形質転換した形質転換体を用いて生体内(in vivo)反応によりエルゴチオネインを生成したという記載はない。
【0013】
一方、非特許文献5には、上記NcEgt−1に相当する酵素をコードする遺伝子SPBC1604.01を過剰発現するように形質転換した形質転換シゾサッカロミセス・ポンベを用いてエルゴチオネインをin vivo合成したことが記載されている。しかし、非特許文献5に記載の形質転換シゾサッカロミセス・ポンベを用いて得られたエルゴチオネインの量は非常に少なく、さらに上記NCU11365遺伝子に相当する遺伝子を過剰発現するように形質転換した形質転換体について記載がない。
【0014】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、特許文献1及び2に記載のキノコ類の菌糸体に比べて簡便かつ短時間でありながら、エルゴチオネインを高収量で生産することができることから、工業的規模でのエルゴチオネインの製造を可能にする、エルゴチオネイン生産能を有する生物体を提供すること、及び該生物体を利用した高純度エルゴチオネイン含有物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を積み重ねた結果、菌類の一種であるアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae;ショウユコウジカビ)において、ヒスチジン及びシステインからヘルシニルシステインスルホキシドを生成する反応を触媒する酵素をコードする遺伝子AsEgtA及びヘルシニルシステインスルホキシドからエルゴチオネインを生成する反応を触媒する酵素をコードする遺伝子AsEgtB及びAsEgtCを特定することに成功した。
【0016】
次に、本発明者らは、単離した各遺伝子を過剰発現するためのDNAコンストラクトを作製し、アスペルギルス・ソーヤに導入して形質転換することによって、AsEgtA、AsEgtB又はAsEgtCを過剰発現する形質転換アスペルギルス・ソーヤ;AsEgtAとAsEgtBとを過剰発現する形質転換アスペルギルス・ソーヤ;及びAsEgtAとAsEgtCとを過剰発現する形質転換アスペルギルス・ソーヤを作製することに成功した。
【0017】
これらの形質転換アスペルギルス・ソーヤを種々の試験に供した結果、驚くべきことに、AsEgtAを過剰発現する形質転換株は野生株と比べてエルゴチオネインの生産能が向上する傾向にあるが、AsEgtB又はAsEgtCを過剰発現する形質転換株はそのような傾向にないことを見出した。
【0018】
さらに驚くべきことに、このような事実がありながら、AsEgtAとAsEgtBとを過剰発現する形質転換株及びAsEgtAとAsEgtCとを過剰発現する形質転換は、AsEgtAを過剰発現する形質転換株と比べてエルゴチオネインの生産能が向上する傾向にあることを見出した。このことは、エルゴチオネイン生合成系に関与する2種の遺伝子を過剰発現する形質転換体は、相加的というよりもむしろ相乗的にエルゴチオネインの生産能を増強するものであることを示している。
【0019】
また、エルゴチオネイン生合成系に関与する上記1種又は2種の遺伝子を過剰発現する形質転換株は、常法に従って培養することができ、その増殖速度などについても野生株と格別相違がないものであった。本発明はこのような成功例や知見に基づいて完成するに至った発明である。
【0020】
したがって、本発明によれば、下記(1)の酵素をコードする遺伝子又は下記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子が挿入されており、かつ、該挿入された遺伝子を過剰発現する形質転換糸状菌が提供される。
(1)S−アデノシルメチオニン、鉄(II)及び酸素の存在下で、ヒスチジン及びシステインからヘルシニルシステインスルホキシドを生成する反応を触媒する酵素
(2)ピリドキサール 5’−リン酸を補酵素として、ヘルシニルシステインスルホキシドからエルゴチオネインを生成する反応を触媒する酵素
【0021】
好ましくは、本発明の形質転換糸状菌において、前記糸状菌がアスペルギルス(Aspergillus)属微生物である。
【0022】
好ましくは、本発明の形質転換糸状菌において、前記糸状菌がアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamarii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usamii)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)及びアスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)からなる群から選ばれるアスペルギルス属微生物である。
【0023】
好ましくは、本発明の形質転換糸状菌において、前記形質転換糸状菌は、前記(1)の酵素をコードする遺伝子又は前記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子の発現が、宿主糸状菌に比してエルゴチオネインの量が増えるように増強された形質転換糸状菌である。
【0024】
好ましくは、本発明の形質転換糸状菌において、前記形質転換糸状菌は、前記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子の発現が、前記(1)の酵素をコードする遺伝子の発現が増強された形質転換糸状菌に比してエルゴチオネインの量が増えるように増強された形質転換糸状菌である。
【0025】
好ましくは、本発明の形質転換糸状菌において、前記形質転換糸状菌は、前記(1)の酵素をコードする遺伝子又は前記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子の発現が、該形質転換糸状菌を宿主糸状菌の生育に適した培地を用いて30℃、3日間で培養した場合のエルゴチオネインの量が乾燥菌体質量1gあたり10.0mg以上になるように増強された形質転換糸状菌である。
【0026】
好ましくは、本発明の形質転換糸状菌において、前記(1)の酵素をコードする遺伝子が配列表の配列番号1に記載の塩基配列を有する遺伝子、配列表の配列番号23に記載の塩基配列を有する遺伝子及び配列表の配列番号33に記載の塩基配列を有する遺伝子からなる群から選ばれる遺伝子であり、又は前記(1)の酵素が配列表の配列番号4に記載のアミノ酸配列を有する酵素、配列表の配列番号26に記載のアミノ酸配列を有する酵素及び配列表の配列番号34に記載のアミノ酸配列を有する酵素からなる群から選ばれる酵素である。
【0027】
好ましくは、本発明の形質転換糸状菌において、前記(1)の酵素をコードする遺伝子が配列表の配列番号1に記載の塩基配列を有する遺伝子、配列表の配列番号23に記載の塩基配列を有する遺伝子及び配列表の配列番号33に記載の塩基配列を有する遺伝子からなる群から選ばれる遺伝子であり、又は前記(1)の酵素が配列表の配列番号4に記載のアミノ酸配列を有する酵素、配列表の配列番号26に記載のアミノ酸配列を有する酵素及び配列表の配列番号34に記載のアミノ酸配列を有する酵素からなる群から選ばれる酵素である。
【0028】
本発明の別の側面によれば、本発明の形質転換糸状菌を、宿主糸状菌の生育に適した培地を用いて培養することにより得られた培養物から、純度が5%以上であるエルゴチオネイン含有物を得る工程を含む、高純度エルゴチオネイン含有物の製造方法が提供される。
【0029】
本発明の別の側面によれば、前記(1)の酵素をコードする遺伝子及び前記(2)の酵素をコードする遺伝子からなる群から得ばれる少なくとも1種の遺伝子と、異種遺伝子とを含む組換えベクターが提供される。
【0030】
本発明の別の側面によれば、前記(1)の酵素をコードする遺伝子と異種遺伝子とを含む組換えベクター及び前記(2)の酵素をコードする遺伝子と異種遺伝子とを含む組換えベクターを含む組成物が提供される。
【0031】
好ましくは、本発明の組換えベクター及び組成物において、前記(1)の酵素をコードする遺伝子及び前記(2)の酵素をコードする遺伝子は、前記組換えベクターを挿入すべき宿主生物に由来する、又は該宿主生物に発現させるために最適化された遺伝子である。
【0032】
本発明の別の側面によれば、前記(1)の酵素をコードする遺伝子又は前記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子が挿入されており、かつ、該挿入された遺伝子を過剰発現する形質転換大腸菌が提供される。
【発明の効果】
【0033】
本発明の形質転換糸状菌や製造方法によれば、通常の糸状菌を培養する条件により、高含量かつ高純度のエルゴチオネインを製造することができる。その結果、本発明によれば、従来のエルゴチオネイン生産能があるキノコ類や該キノコ類を使用したエルゴチオネインの製造方法に比べて、簡便かつ短時間でエルゴチオネインを生産することができる。したがって、本発明によれば、工業的規模でエルゴチオネインを製造することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1図1は、実施例に記載の形質転換アスペルギルス・ソーヤ及びコントロール株のエルゴチオネインの生産量を調べた結果を示した図である。図中の「EGT」はエルゴチオネインを表わす。
図2図2は、実施例に記載のコントロール株及びAsEgtA形質転換株から得たエルゴチオネイン抽出液のHPLCチャートを示した図である。
図3図3は、実施例に記載の形質転換株及びコントロール株から抽出した総タンパク質を用いたSDS−PAGEの写真図である。レーン1はコントロール株、レーン2はAsEgtA形質転換株、レーン3はAsEgtB形質転換株、レーン4はAsEgtC形質転換株、レーン5は(AsEgtA+AsEgtB)形質転換株、レーン6は(AsEgtA+AsEgtC)形質転換株の由来のものをそれぞれ示す。
図4図4は、菌類のエルゴチオネイン生合成系を表わした模式図である。図中の「SAM」はS−アデノシルメチオニンを表わし、「PLP」はピリドキサール 5’−リン酸を表わす。
図5図5は、実施例に記載の形質転換アスペルギルス・オリゼ及びコントロール株のエルゴチオネインの生産量を調べた結果を示した図である。図中の「EGT」はエルゴチオネインを表わす。
図6図6は、実施例に記載の形質転換大腸菌及びコントロール株のエルゴチオネインの生産量を調べた結果を示した図である。
図7図7は、実施例に記載の形質転換大腸菌の培養結果及びエルゴチオネインの生産量を調べた結果を示した図である。図中の「菌体内」はエルゴチオネイン抽出液中のエルゴチオネインの定量結果を示し、「菌体外」は培養上清中のエルゴチオネインの定量結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の詳細について説明する。
【0036】
(本発明の形質転換糸状菌の概要)
本発明の形質転換糸状菌は、下記(1)の酵素をコードする遺伝子又は下記(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子が挿入されており、かつ、該挿入された遺伝子を過剰発現する。
(1)S−アデノシルメチオニン、鉄(II)及び酸素の存在下で、ヒスチジン及びシステインからヘルシニルシステインスルホキシドを生成する反応を触媒する酵素
(2)ピリドキサール 5’−リン酸を補酵素として、ヘルシニルシステインスルホキシドからエルゴチオネインを生成する反応を触媒する酵素
【0037】
本発明の形質転換糸状菌は、外来遺伝子として挿入された上記(1)及び(2)の酵素(以下、それぞれ酵素(1)及び酵素(2)とよぶ。)をコードする遺伝子を過剰発現することにより、ヒスチジン及びシステインから最終的にエルゴチオネインを生成することができる。本発明の形質転換糸状菌は、大きく、酵素(1)をコードする遺伝子を過剰発現し、かつ、酵素(2)をコードする遺伝子を過剰発現しないもの;及び、酵素(1)をコードする遺伝子を過剰発現し、かつ、酵素(2)をコードする遺伝子を過剰発現するものの2つの態様に分けられる。なお、過剰発現する酵素(1)をコードする遺伝子及び過剰発現する酵素(2)をコードする遺伝子は、それぞれ単独に1種又は2種以上であり得る。
【0038】
菌類の想定されるエルゴチオネインの生合成系の模式図を図4に示す。酵素(1)は図4中のegtAに相当するものであり、酵素(2)は図4中のegtB又はegtCに相当するものである。
【0039】
(酵素(1)及び(2)の酵素学的性質)
酵素(1)は、図4に示されているとおり、S−アデノシルメチオニン(SAM)に依存して、ヒスチジンを、−NH基がトリメチル化されたヘルシニンへ転換する反応を触媒し得る、SAM依存型メチルトランスフェラーゼ活性を有する。さらに、酵素(1)は、鉄(II)及び酸素の存在下で、ヘルシニン及びシステインから、下記式〔I〕
【化3】
〔I〕
に示されるヘルシニルシステインスルホキシドを生成する反応を触媒し得るスルファターゼ活性を有する。したがって、酵素(1)は、これらの活性を有することにより、結果として、S−アデノシルメチオニン、鉄(II)及び酸素の存在下で、ヒスチジン及びシステインからヘルシニルシステインスルホキシドを生成することができる。
【0040】
酵素(2)は、ピリドキサール 5’−リン酸(PLP)を補酵素として、ヘルシニルシステインスルホキシドからエルゴチオネインを生成する反応を触媒し得る、PLP結合型システイン・デスルフラーゼ活性を有する。
【0041】
本発明の形質転換糸状菌は、酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を発現することによって、それぞれの酵素が活性化する条件において、ヒスチジン及びシステインからエルゴチオネインを生成することができる。
【0042】
(酵素(1)及び(2)の構造的性質)
酵素(1)は、上記した酵素学的性質を有するもの、すなわち、S−アデノシルメチオニン、鉄(II)及び酸素の存在下で、ヒスチジン及びシステインからヘルシニルシステインスルホキシドを生成する反応を触媒するようなSAM依存型メチルトランスフェラーゼ活性及びスルファターゼ活性を有するものであれば、アミノ酸配列、全体的及び部分的な立体構造、分子量などの構造的性質;最適pH、最適温度、失活条件などの生化学的性質;由来生物種などによって特に限定されない。ただし、酵素(1)は、SAM依存型メチルトランスフェラーゼ活性及びスルファターゼ活性を有するものであるために、SAM依存型メチルトランスフェラーゼ及びスルファターゼによく保存されている領域(ドメイン)を含むものであることが好ましい。
【0043】
SAM依存型メチルトランスフェラーゼの保存領域としては、例えば、ドメインDUF2260を含むSAM依存型メチルトランスフェラーゼドメインが挙げられる。また、スルファターゼの保存領域としては、例えば、ホルミルグリシン生成酵素(FGE)−スルファターゼドメインが挙げられる。ただし、上記ドメインは一体的に連結されているものでなくともよく、例えば、ドメイン内に非保存領域が含まれていてもよい。また、酵素(1)は、SAM依存型メチルトランスフェラーゼの保存領域とスルファターゼの保存領域との間に、DinB_2ドメインを含むものであることが好ましく、鉄結合モチーフであるHXHXEを含むDinB_2ドメインを含むものであることがより好ましい。
【0044】
例えば、酵素(1)の一態様は、SAM依存型メチルトランスフェラーゼの保存領域、DinB_2ドメイン及びスルファターゼの保存領域を含む構造を有するものであり、酵素(1)の別の一態様は、ドメインDUF2260を含むSAM依存型メチルトランスフェラーゼドメイン、HXHXEを含むDinB_2ドメイン及びFGE−スルファターゼドメインを含む構造を有するものである。
【0045】
酵素(1)の好ましい態様は、非特許文献3に記載のNcEgt−1(NCU04343)のアミノ酸配列との配列同一性が好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは45%以上であるアミノ酸配列を有するものである。なお、本明細書において「配列同一性」とは、2つの配列をアラインメントした場合の配列間の同一性(一致性;Identity)を意味し、配列間の類似性(Simirality)を意味するものではない。
【0046】
酵素(1)の好ましい態様の具体例は、アクセッション番号(カッコ内の数値は配列番号4に記載のAsEgtAタンパク質のアミノ酸配列をクエリーにしたBlastpの結果としての配列同一性を示す)がそれぞれXP_001727309.1(97%)、XP_002375556.1(97%)、XP_001211614.1(74%)、GAA90479.1(75%)、XP_001261027.1(72%)、XP_001275843.1(72%)、EDP55069.1(72%)、XP_755900.1(72%)、EHA24811.1(74%)、XP_001397117.2(73%)、EYE96655.1(72%)、CAK42541.1(71%)、XP_680889.1(69%)、EPS32723.1(66%)、GAD91762.1(63%)、EKV06018.1(63%)、XP_002487159.1(61%)、XP_002145387.1(61%)、CDM31097.1(62%)、XP_002623045.1(57%)、EQL36096.1(57%)、EEQ91012.1(57%)、XP_002794316.1(57%)、XP_002540839.1(57%)、XP_001246505.1(57%)、XP_003066681.1(56%)、EFW18329.1(56%)、EEH06820.1(56%)、XP_003172803.1(55%)、EGE82230.1(56%)、EGD95426.1(54%)、EZF30391.1(54%)、EHY53149.1(53%)、XP_002844140.1(54%)、XP_003237555.1(54%)、EXJ78765.1(52%)、XP_001543980.1(53%)、EXJ84167.1(53%)、EXJ76804.1(51%)、ETI21425.1(52%)、EXJ55868.1(52%)、EKG13377.1(51%)、XP_003836988.1(51%)、EON60831.1(50%)、EGE08446.1(52%)、EMD86163.1(51%)、EUN21814.1(51%)、EMD69895.1(50%)、EME40669.1(52%)、EUC45427.1(51%)、EEH18365.1(52%)、XP_001939537.1(51%)、EUC28327.1(50%)、XP_003296645.1(50%)、EER38486.1(54%)、XP_007587632.1(50%)、EOA87110.1(50%)、EEH47303.1(54%)、EMC91772.1(51%)、EJT79063.1(50%)、XP_007289878.1(51%)、EMF09308.1(50%)、XP_007274188.1(49%)、XP_003849540.1(51%)、ENH83409.1(50%)、EQB47754.1(48%)、XP_006693510.1(51%)、ETN41916.1(50%)、XP_003711933.1(49%)、EWG46299.1(50%)、EGU87412.1(49%)、ESZ95365.1(48%)、EGC47631.1(52%)、EXM31381.1(49%)、EXL83373.1(49%)、XP_385823.1(50%)、EMT70054.1(50%)、EXK95313.1(49%)、CCT71860.1(50%)、EXM04867.1(49%)、EXA38531.1(49%)、EWZ34577.1(49%)、EWY87102.1(49%)、ENH70585.1(49%)、EYB29661.1(50%)、EXK37219.1(49%)、EWZ95323.1(49%)、EGY20613.1(49%)、EME78671.1(50%)、EKJ73623.1(50%)、EFQ30701.1(48%)、EPE09977.1(48%)、EXV06624.1(49%)、ERS99852.1(49%)、EGO59462.1(49%)、XP_003348780.1(48%)、EFY99927.1(49%)、XP_007594915.1(47%)、XP_003660752.1(49%)、EAA27088.3(49%)、ERF68279.1(49%)、EFX04429.1(50%)、ETR98676.1(49%)、EFY84340.1(48%)、XP_006968620.1(48%)、XP_003048884.1(49%)、EHK20832.1(49%)、EPE24413.1(49%)、EJP62962.1(49%)、ETS83740.1(48%)、EHK45989.1(49%)、ELQ64904.1(47%)、XP_006672555.1(48%)、ELQ40007.1(46%)、EXL83375.1(50%)、EXK95315.1(50%)、CCE33591.1(48%)、EXM04869.1(51%)、EXA38533.1(50%)、EWZ95325.1(50%)、EXK37221.1(50%)、EWZ34579.1(50%)、EWY87104.1(50%)、CCX31754.1(47%)、XP_956324.2(46%)及びXP_956324.2(46%)であるタンパク質が挙げられるが、これらに限定されない。上記のうち、例えば、アクセッション番号がXP_001727309.1(97%)であるタンパク質は配列番号26に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質である。また、アクセッション番号がXP_001397117.2(73%)であるタンパク質は配列番号34に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質である。これらのことより、AsEgtAタンパク質のアミノ酸配列との配列同一性が40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上であるアミノ酸配列を有するメチルトランスフェラーゼ、又はメチルトランスフェラーゼと推定される(methyltransferase, putative)アミノ酸配列やメチルトランスフェラーゼとみなされる理論的タンパク質(hypothetical protein)のアミノ酸配列を有するタンパク質は酵素(1)として利用し得る。
【0047】
酵素(2)もまた、上記した酵素学的性質を有するもの、すなわち、ピリドキサール 5’−リン酸(PLP)を補酵素として、ヘルシニルシステインスルホキシドからエルゴチオネインを生成する反応を触媒するようなPLP結合型システイン・デスルフラーゼ活性を有するものであれば、構造的性質、生化学的性質及び由来生物種などによって特に限定されない。ただし、酵素(2)は、PLP結合型システイン・デスルフラーゼ活性を有するものであるために、PLP結合型システイン・デスルフラーゼの保存領域(ドメイン)を含むものであることが好ましい。
【0048】
酵素(2)としては、非特許文献3に記載のNCU04636との配列同一性が75%程度であるPLP結合型システイン・デスルフラーゼドメインを含む構造を有するものと非特許文献4に記載のNCU11365との配列同一性が44%程度であるPLP結合型システイン・デスルフラーゼドメインを含む構造を有するものという少なくとも構造的に2種類のものであり得る。酵素(2)は、これら2種類のうちいずれか1種のものであってもよく、両方であってもよい。
【0049】
(酵素(1)及び(2)のアミノ酸配列)
酵素(1)及び(2)は、上記した酵素学的性質、好ましくは上記した酵素学的性質及び構造的性質を有するものであれば、アミノ酸配列については特に限定されない。例えば、上記した酵素学的性質及び構造的性質を有する酵素(1)の一態様として配列番号4に示すアミノ酸配列があり、上記した酵素学的性質及び構造的性質を有する酵素(2)の一態様として配列番号5及び6に示すアミノ酸配列がある。これら配列番号4〜6に示すアミノ酸配列を有する酵素は、すべてアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)に由来するものであり、本発明者らによりそれぞれAsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCタンパク質と名付けられる。また、これらの酵素をコードする遺伝子の塩基配列は配列番号1〜3に示す塩基配列である。
【0050】
同様に、上記した酵素学的性質及び構造的性質を有する酵素(1)の一態様として配列番号26及び34に示すアミノ酸配列がある。配列番号26及び34に示すアミノ酸配列を有する酵素は、それぞれアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)及びアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)に由来するものであり、本発明者らによりそれぞれAoEgtAタンパク質及びAnEgtAタンパク質と名付けられる。また、該酵素をコードする遺伝子の塩基配列はそれぞれ配列番号23及び33に示す塩基配列である。また、上記した酵素学的性質及び構造的性質を有する酵素(2)の一態様として配列番号27及び28に示すアミノ酸配列がある。配列番号27及び28に示すアミノ酸配列を有する酵素は、それぞれアスペルギルス・オリゼに由来するものであり、本発明者らによりそれぞれAoEgtBタンパク質及びAoEgtCタンパク質と名付けられる。また、該酵素をコードする遺伝子の塩基配列はそれぞれ配列番号24及び25示す塩基配列である。
【0051】
AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCは、アスペルギルス・ソーヤの染色体DNA上に存在するこれらの酵素をコードする遺伝子によってコードされるものである。また、AoEgtA、AoEgtB及びAoEgtCタンパク質は、アスペルギルス・オリゼの染色体DNA上に存在する該酵素をコードする遺伝子によってコードされるものである。さらにAnEgtAタンパク質は、アスペルギルス・ニガーの染色体DNA上に存在する該酵素をコードする遺伝子によってコードされるものである。このような由来生物の染色体DNA上に存在する遺伝子及び該遺伝子によってコードされるタンパク質や酵素を、それぞれ「野生型遺伝子」及び「野生型タンパク質」や「野生型酵素」と本明細書ではよぶ場合がある。
【0052】
酵素(1)及び(2)のアミノ酸配列は、それぞれ上記した酵素(1)及び(2)の酵素学的性質を有するものであれば、野生型酵素が有するアミノ酸配列において1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加などを有するアミノ酸配列からなるものであってもよい。ここで、アミノ酸配列の「1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加」における「1から数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19又は20個、好ましくは1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10個程度、より好ましくは1、2、3、4又は5個程度を意味する。また、「アミノ酸の欠失」とは配列中のアミノ酸残基の欠落又は消失を意味し、「アミノ酸の置換」は配列中のアミノ酸残基が別のアミノ酸残基に置き換えられていることを意味し、「アミノ酸の付加」とは配列中に新たなアミノ酸残基が挿入するように付け加えられていることを意味する。
【0053】
「1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加」の具体的な態様としては、1から数個のアミノ酸が別の化学的に類似したアミノ酸で置き換えらた態様がある。例えば、ある疎水性アミノ酸を別の疎水性アミノ酸に置換する場合、ある極性アミノ酸を同じ電荷を有する別の極性アミノ酸に置換する場合などを挙げることができる。このような化学的に類似したアミノ酸は、アミノ酸毎に当該技術分野において知られている。具体例を挙げると、非極性(疎水性)アミノ酸としては、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどが挙げられる。極性(中性)アミノ酸としては、グリシン、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインなどが挙げられる。陽電荷をもつ塩基性アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジンなどが挙げられる。また、負電荷をもつ酸性アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0054】
野生型酵素が有するアミノ酸配列において1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加などを有するアミノ酸配列としては、野生型酵素が有するアミノ酸配列と一定以上の配列同一性を有するアミノ酸配列が挙げられ、例えば、野生型酵素が有するアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%又は99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列が挙げられる。
【0055】
(酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子)
酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子は、上記した酵素学的性質、好ましくは上記した酵素学的性質及び構造的性質を有する酵素(1)及び(2)が有するアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するものであれば特に限定されない。酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子が形質転換糸状菌内で過剰発現することにより酵素(1)及び(2)が生産される。本明細書における「遺伝子の発現」とは、転写や翻訳などを介して、遺伝子によってコードされる酵素が本来の触媒活性を有する態様で生産されることを意味する。また、本明細書における「遺伝子の過剰発現」とは、遺伝子が挿入されたことにより、宿主生物が本来発現する量を超えて、該遺伝子によってコードされるタンパク質(酵素)が生産されることを意味する。
【0056】
酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子は、宿主生物に導入された際に、該遺伝子の転写後にスプライシングを経由して酵素(1)及び(2)を生成し得る遺伝子であっても、該遺伝子の転写後にスプライシングを経由せずに酵素(1)及び(2)を生成し得る遺伝子であっても、どちらでもよい。
【0057】
酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子は、由来生物が本来保有する遺伝子(すなわち、野生型遺伝子)と完全に同一でなくともよく、少なくとも上記した酵素学的性質を有する酵素をコードする遺伝子である限り、野生型遺伝子の塩基配列に相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するDNAであってもよい。
【0058】
本明細書における「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列」とは、野生型遺伝子の塩基配列を有するDNAをプローブとして使用し、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、サザンブロットハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるDNAの塩基配列を意味する。
【0059】
本明細書における「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリッドのシグナルが非特異的なハイブリッドのシグナルと明確に識別される条件であり、使用するハイブリダイゼーションの系と、プローブの種類、配列及び長さによって異なる。そのような条件は、ハイブリダイゼーションの温度を変えること、洗浄の温度及び塩濃度を変えることにより決定可能である。例えば、非特異的なハイブリッドのシグナルまで強く検出されてしまう場合には、ハイブリダイゼーション及び洗浄の温度を上げるとともに、必要により洗浄の塩濃度を下げることにより特異性を上げることができる。また、特異的なハイブリッドのシグナルも検出されない場合には、ハイブリダイゼーション及び洗浄の温度を下げるとともに、必要により洗浄の塩濃度を上げることにより、ハイブリッドを安定化させることができる。
【0060】
ストリンジェントな条件の具体例としては、例えば、プローブとしてDNAプローブを用い、ハイブリダイゼーションは、5×SSC、1.0%(w/v) 核酸ハイブリダイゼーション用ブロッキング試薬(ベーリンガ・マンハイム社)、0.1%(w/v) N−ラウロイルサルコシン、0.02%(w/v) SDSを用い、一晩(8〜16時間程度)で行う。洗浄は、0.1〜0.5×SSC、0.1%(w/v) SDS、好ましくは0.1×SSC 、0.1%(w/v) SDSを用い、15分間、2回行う。ハイブリダイゼーションおよび洗浄を行う温度は65℃以上、好ましくは68℃以上である。
【0061】
また、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するDNAとしては、例えば、コロニー若しくはプラーク由来の野生型遺伝子の塩基配列を有するDNA又は該DNAの断片を固定化したフィルターを用いて、上記したストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーションすることによって得られるDNAや0.5〜2.0MのNaCl存在下にて、40〜75℃でハイブリダイゼーションを実施した後、好ましくは0.7〜1.0MのNaCl存在下にて、65℃でハイブリダイゼーションを実施した後、0.1〜1×SSC溶液(1×SSC溶液は、150mM 塩化ナトリウム、15mM クエン酸ナトリウム)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNAなどを挙げることができる。プローブの調製やハイブリダイゼーションの方法は、Molecular Cloning:A laboratory Manual,2nd−Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory,Cold Spring Harbor,NY.,1989、Current Protocols in Molecular Biology,Supplement 1−38,John Wiley&Sons,1987−1997(以下、これらの文献を参考技術文献とよぶ。これらの文献の全記載はここに開示として援用される)などに記載されている方法に準じて実施することができる。なお、当業者であれば、このようなバッファーの塩濃度や温度などの条件に加えて、その他のプローブ濃度、プローブ長さ、反応時間などの諸条件を加味して、野生型遺伝子の塩基配列に相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を有するDNAを得るための条件を適宜設定することができる。
【0062】
ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含むDNAとしては、プローブとして使用する野生型遺伝子の塩基配列を有するDNAの塩基配列と一定以上の配列同一性を有するDNAが挙げられ、例えば、野生型遺伝子の塩基配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%又は99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の配列同一性を有するDNAが挙げられる。
【0063】
野生型遺伝子の塩基配列に相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列としては、例えば、野生型遺伝子の塩基配列において1から数個、好ましくは1から50個、より好ましくは1から30個、さらに好ましくは1から20個、なおさらに好ましくは1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10個の塩基の欠失、置換、付加などを有する塩基配列を含む。ここで、「塩基の欠失」とは配列中の塩基に欠落又は消失があることを意味し、「塩基の置換」は配列中の塩基が別の塩基に置き換えられていることを意味し、「塩基の付加」とは新たな塩基が挿入するように付け加えられていることを意味する。
【0064】
野生型遺伝子の塩基配列に相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列によってコードされる酵素は、野生型遺伝子の塩基配列によってコードされる酵素が有するアミノ酸配列において1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加などを有するアミノ酸配列を有する酵素である蓋然性があるが、野生型遺伝子の塩基配列によってコードされる酵素と同じ酵素活性を有するものである。
【0065】
(配列同一性を算出するための手段)
塩基配列やアミノ酸配列の配列同一性を求める方法は特に限定されないが、例えば、通常知られる方法を利用して、野生型遺伝子や野生型遺伝子によってコードされる酵素のアミノ酸配列と対象となる塩基配列やアミノ酸配列とをアラインメントし、両者の配列の一致率を算出するためのプログラムを用いることにより求められる。
【0066】
2つのアミノ酸配列や塩基配列における一致率を算出するためのプログラムとしては、例えば、Karlin及びAltschulのアルゴリズム(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87:2264−2268、1990;Proc.Natl.Acad.Sci. USA90:5873−5877、1993)が知られており、このアルゴリズムを用いたBLASTプログラムがAltschulなどによって開発されている(J.Mol.Biol.215:403−410、1990)。さらに、BLASTより感度よく配列同一性を決定するプログラムであるGapped BLASTも知られている(Nucleic Acids Res. 25:3389−3402、1997)。したがって、当業者は例えば上記のプログラムを利用して、与えられた配列に対し、高い配列同一性を示す配列をデータベース中から検索することができる。これらは、例えば、米国National Center for Biotechnology Informationのインターネット上のウェブサイト(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)において利用可能である。
【0067】
上記の各方法は、データベース中から配列同一性を示す配列を検索するために通常的に用いられ得るが、個別の配列の配列同一性を決定する手段としては、Genetyxネットワーク版 version 12.0.1(ゼネティックス社)のホモロジー解析を用いることもできる。この方法は、Lipman−Pearson法(Science 227:1435−1441、1985)に基づくものである。塩基配列の配列同一性を解析する際は、可能であればタンパク質をコードしている領域(CDS又はORF)を用いる。
【0068】
(酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の由来)
酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子は、例えば、エルゴチオネイン生産能がある生物種や酵素(1)及び(2)の発現が見られる生物種などに由来する。酵素(1)及び(2)の酵素をコードする遺伝子の由来生物としては、例えば、微生物が挙げられる。微生物の中でも糸状菌はエルゴチオネイン生産能があることが知られている菌種が多いことから好ましい。糸状菌の具体例としては、アスペルギルス(Aspergillus)属糸状菌が挙げられ、より具体的にはアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・タマリ(Aspergillus tamarii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usamii)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)などが挙げられる。
【0069】
上記アスペルギルス属糸状菌の具体例として挙げたアスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・タマリ、アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・ウサミ、アスペルギルス・カワチ及びアスペルギルス・サイトイは、味噌、醤油、日本酒、焼酎などの醸造食品の製造、クエン酸製造、アミラーゼなどの酵素剤製造への使用実績が豊富であり、高い酵素生産性と長年の利用による安全性に対する高い信頼性とから、産業上利用可能な微生物である。
【0070】
上記のとおり、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の由来生物は特に限定されないが、形質転換糸状菌において発現される酵素(1)及び(2)は、宿主糸状菌の生育条件によって不活化せず、又はそれぞれの活性を示す蓋然性がある。そこで、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の由来生物は、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を挿入することによって形質転換すべき宿主糸状菌や宿主糸状菌と生育条件が近似する糸状菌であることが好ましい。
【0071】
(遺伝子工学的手法による酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子のクローニング)
酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子は、適当な公知の各種ベクター中に挿入することができる。さらに、このベクターを適当な公知の宿主生物に導入して、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を含む組換えベクター(組換え体DNA)が導入された形質転換体を作製できる。酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の取得方法や、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子配列、酵素(1)及び(2)のアミノ酸配列情報の取得方法、各種ベクターの製造方法や形質転換体の作製方法などは、当業者にとって適宜選択することができる。また、本明細書では、形質転換や形質転換体にはそれぞれ形質導入や形質導入体を包含する。酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子のクローニングの一例を非限定的に後述する。
【0072】
酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子をクローニングするには、通常一般的に用いられている遺伝子のクローニング方法を適宜用いることができる。例えば、酵素(1)及び(2)の生産能を有する微生物や種々の細胞から、常法、例えば、参考技術文献に記載の方法により、染色体DNAやmRNAを抽出することができる。抽出したmRNAを鋳型としてcDNAを合成することができる。このようにして得られた染色体DNAやcDNAを用いて、染色体DNAやcDNAのライブラリーを作製することができる。
【0073】
例えば、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子は、該遺伝子を有する微生物由来の染色体DNAやcDNAを鋳型としたクローニングにより得ることができる。酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の由来生物は上記したとおりのものであり、具体的な例としては、アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株、アスペルギルス・オリゼRIB40株、アスペルギルス・ニガーIAM2533株などを挙げることができるが、これらに限定されない。例えば、アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株を培養し、得られた菌体から水分を取り除き、液体窒素中で冷却しながら乳鉢などを用いて物理的に磨砕することにより細かい粉末状の菌体片とし、該菌体片から通常の方法により染色体DNA画分を抽出する。染色体DNA抽出操作には、DNeasy Plant Mini Kit(キアゲン社)などの市販の染色体DNA抽出キットが利用できる。
【0074】
次いで、前記染色体DNAを鋳型として、5’末端配列及び3’末端配列に相補的な合成プライマーを用いてポリメラーゼ連鎖反応(以下「PCR」と表記する)を行うことにより、DNAを増幅する。プライマーとしては、該遺伝子を含むDNA断片の増幅が可能であれば特に限定されない。その例としては、アスペルギルス・ソーヤのゲノム配列を参考として設計した配列番号17〜22で表されるプライマーなどが挙げられる。なお、これらのプライマーを用いると、目的遺伝子全長が増幅されるので、RACEを省略できる。別の方法として、5’RACE法や3’RACE法などの適当なPCRにより、目的の遺伝子断片を含むDNAを増幅させ、これらを連結させて全長の目的遺伝子を含むDNAを得ることができる。
【0075】
また、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を取得する方法は特に限定されず、遺伝子工学的手法によらなくとも、例えば、化学合成法を用いて酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を構築することが可能である。
【0076】
PCRにより増幅された増幅産物や化学合成した遺伝子における塩基配列の確認は、例えば、次のように行うことができる。まず、配列を確認したいDNAを通常の方法に準じて適当なベクターに挿入して組換え体DNAを作製する。ベクターへのクローニングには、TA Cloning Kit(インビトロジェン社)などの市販のキット;pUC119(タカラバイオ社)、pUC18(タカラバイオ社)、pBR322(タカラバイオ社)、pBluescript SK+(ストラタジーン社)、pYES2/CT(インビトロジェン社)などの市販のプラスミドベクターDNA;λEMBL3(ストラタジーン社)などの市販のバクテリオファージベクターDNAが使用できる。該組換え体DNAを用いて、宿主生物、例えば、大腸菌(Escherichia coli)、好ましくは大腸菌 JM109株(タカラバイオ社)や大腸菌 DH5α株(タカラバイオ社)を形質転換する。得られた形質転換体に含まれる組換え体DNAを、QIAGEN Plasmid Mini Kit(キアゲン社)などを用いて精製する。
【0077】
該組換え体DNAに挿入されている各遺伝子の塩基配列の決定は、ジデオキシ法(Methods in Enzymology、101、20−78、1983)などにより行う。塩基配列の決定の際に使用する配列解析装置は特に限定されないが、例えば、Li−COR MODEL 4200Lシークエンサー(アロカ社)、370DNAシークエンスシステム(パーキンエルマー社)、CEQ2000XL DNAアナリシスシステム(ベックマン社)などが挙げられる。そして、決定された塩基配列を元に、翻訳されるタンパク質、すなわち、酵素(1)及び(2)のアミノ酸配列を知り得る。
【0078】
(酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を含む組換えベクターの構築)
酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を含む組換えベクター(組換え体DNA)は、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子のいずれかを含むPCR増幅産物と各種ベクターとを、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の発現が可能な形で結合することにより構築することができる。例えば、適当な制限酵素で酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子のいずれかを含むDNA断片を切り出し、該DNA断片を適当な制限酵素で切断したプラスミドと連結することにより構築することができる。または、プラスミドと相同的な配列を両末端に付加した該遺伝子を含むDNA断片と、インバースPCRにより増幅したプラスミド由来のDNA断片とを、In−Fusion HD Cloning Kit(クロンテック社)などの市販の組換えベクター作製キットを用いて連結させることにより得ることがができる。
【0079】
本発明の別の一態様として、酵素(1)をコードする遺伝子を含む組換えベクター、酵素(2)をコードする遺伝子を含む組換えベクター、並びに酵素(1)をコードする遺伝子及び酵素(2)をコードする遺伝子を含む組換えベクターが挙げられる。本発明の組換えベクターは、本発明の形質転換糸状菌を作製するために使用される。
【0080】
本発明の組換えベクターは、異種遺伝子又は異種核酸配列を含むことが好ましい。異種遺伝子は宿主生物に本来的に存在しない(not naturally occuring)遺伝子であれば特に限定されず、例えば、宿主生物由来の核酸配列に依拠しない合成遺伝子、酵素(1)をコードする遺伝子と由来生物が相違する生物に由来する遺伝子、宿主生物と相違する他の糸状菌や微生物、植物、動物、ウイルスなどの生物に由来する遺伝子などが挙げられる。宿主生物が糸状菌である場合の異種遺伝子の具体例としては、pUC19由来のDNA断片が挙げられるが、これに限定されない。
【0081】
本発明の組換えベクターの具体例としては、pUC19由来のDNA断片と、PtefのDNA断片と、AsEgtA及び/又はAsEgtCのDNA断片と、TalpのDNA断片と、pyrGのDNA断片とpUC19由来のDNA断片とが連結してなる組換えベクターが挙げられるが、これに限定されない。
【0082】
(形質転換糸状菌の作製方法)
本発明の形質転換糸状菌の作製方法は特に限定されず、例えば、常法に従って、酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子が発現する態様で宿主糸状菌に挿入する方法が挙げられる。具体的には、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子のいずれかを発現誘導プロモーター及びターミネーターの間に挿入したDNAコンストラクトを作製し、次いで酵素(1)をコードする遺伝子を含むDNAコンストラクトのみ又は酵素(1)をコードする遺伝子を含むDNAコンストラクト及び酵素(2)をコードする遺伝子を含むDNAコンストラクトの両方で宿主糸状菌を形質転換することにより、酵素(1)をコードする遺伝子のみ又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の両方を過剰発現する形質転換糸状菌が得られる。本明細書では、宿主糸状菌を形質転換するために作製された、発現誘導プロモーター−酵素(1)又は(2)をコードする遺伝子−ターミネーターからなるDNA断片及び該DNA断片を含む組換えベクターをDNAコンストラクトと総称してよぶ。
【0083】
酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子が発現する態様で宿主糸状菌に挿入する方法は特に限定されないが、例えば、相同組換えを利用することにより宿主生物の染色体上に直接的に挿入する手法;プラスミドベクター上に連結することにより宿主糸状菌内に導入する手法などが挙げられる。
【0084】
相同組換えを利用する方法では、染色体上の組換え部位の上流領域及び下流領域と相同な配列の間に、DNAコンストラクトを連結し、宿主糸状菌のゲノム中に挿入することができる。自身の高発現プロモーター制御下で宿主糸状菌内で過剰発現することにより、セルフクローニングによる形質転換体を得ることができる。高発現プロモーターは特に限定されないが、例えば、翻訳伸長因子であるTEF1遺伝子(tef1)のプロモーター領域、α−アミラーゼ遺伝子(amy)のプロモーター領域、アルカリプロテアーゼ遺伝子(alp)プロモーター領域などが挙げられる。
【0085】
ベクターを利用する方法では、DNAコンストラクトを、常法により、糸状菌の形質転換に用いられるプラスミドベクターに組み込み、対応する宿主糸状菌を常法により形質転換することができる。
【0086】
そのような、好適なベクター−宿主系としては、宿主糸状菌中で酵素(1)又は酵素(1)及び(2)を生産させ得る系であれば特に限定されず、例えば、pUC19及び糸状菌の系、pSTA14(Mol.Gen.Genet.218、99−104、1989)及び糸状菌の系などが挙げられる。
【0087】
DNAコンストラクトは宿主糸状菌の染色体に導入して用いることが好ましいが、この他の方法として、自律複製型のベクター(Ozeki et al.Biosci.Biotechnol.Biochem.59,1133 (1995))にDNAコンストラクトを組み込むことにより、染色体に導入しない形で用いることもできる。
【0088】
DNAコンストラクトには、形質転換された細胞を選択することを可能にするためのマーカー遺伝子が含まれていてもよい。マーカー遺伝子は特に限定されず、例えば、pyrG、niaD、adeAのような、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子;ピリチアミン、ハイグロマイシンBオリゴマイシンなどの薬剤に対する薬剤耐性遺伝子などが挙げられる。また、DNAコンストラクトは、宿主細胞中で酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を過剰発現することを可能にするプロモーター、ターミネーターその他の制御配列(例えば、エンハンサー、ポリアデニル化配列など)を含むことが好ましい。プロモーターは特に限定されないが、適当な発現誘導プロモーターや構成的プロモーターが挙げられ、例えば、tef1プロモーター、alpプロモーター、amyプロモーターなどが挙げられる。ターミネーターもまた特に限定されないが、例えば、alpターミネーター、amyターミネーター、tef1ターミネーターなどが挙げられる。
【0089】
DNAコンストラクトにおいて、酵素(1)又は(2)をコードする遺伝子の発現制御配列は、挿入する酵素(1)又は(2)をコードする遺伝子を含むDNA断片が、発現制御機能を有している配列を含む場合は必ずしも必要ではない。また、共形質転換法により形質転換を行う場合には、DNAコンストラクトはマーカー遺伝子を有しなくてもよい場合がある。
【0090】
DNAコンストラクトには精製のためのタグをつけることができる。例えば、酵素(1)又は(2)をコードする遺伝子の上流又は下流に適宜リンカー配列を接続し、ヒスチジンをコードする塩基配列を6コドン以上接続することにより、ニッケルカラムを用いた精製を可能にすることができる。
【0091】
DNAコンストラクトの一実施態様は、例えば、pUC19のマルチクローニングサイトにあるIn−Fusion Cloning Siteに、tef1遺伝子プロモーター、酵素(1)又は(2)をコードする遺伝子、alp遺伝子ターミネーター及びpyrGマーカー遺伝子を連結させたDNAコンストラクトである。
【0092】
糸状菌への形質転換方法としては、当業者に知られる方法を適宜選択することができ、例えば、宿主糸状菌のプロトプラストを調製した後に、ポリエチレングリコール及び塩化カルシウムを用いるプロトプラストPEG法(例えば、Mol.Gen.Genet.218、99−104、1989、特開2007−222055号公報などを参照)を用いることができる。形質転換糸状菌を再生させるための培地は、用いる宿主糸状菌と形質転換マーカー遺伝子とに応じて適切なものを用いる。例えば、宿主糸状菌としてアスペルギルス・ソーヤを用い、形質転換マーカー遺伝子としてpyrG遺伝子を用いた場合は、形質転換糸状菌の再生は、例えば、0.5%寒天及び1.2Mソルビトールを含むCzapek−Dox最少培地(ディフコ社)で行うことができる。
【0093】
また、例えば、本発明の形質転換糸状菌を得るために、相同組換えを利用して、宿主糸状菌が本来染色体上に有する酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子のプロモーターをtef1などの高発現プロモーターへ置換してもよい。この際も、高発現プロモーターに加えて、pyrGなどの形質転換マーカー遺伝子を挿入することが好ましい。例えば、この目的のために、特開2011−239681に記載の実施例1や図1を参照して、酵素(1)又は(2)をコードする遺伝子の上流領域−形質転換マーカー遺伝子−高発現プロモーター−酵素(1)若しくは(2)をコードする遺伝子の全部又は部分からなる形質転換用カセットなどが利用できる。この場合、酵素(1)又は(2)をコードする遺伝子の上流領域及び酵素(1)若しくは(2)をコードする遺伝子の全部又は部分が相同組換えのために利用される。酵素(1)若しくは(2)をコードする遺伝子の全部又は部分は、開始コドンから途中の領域を含むものが使用できる。相同組換えに適した領域の長さは0.5kb以上あることが好ましい。
【0094】
本発明の形質転換糸状菌が作製されたことの確認は、酵素(1)又は酵素(1)及び(2)の酵素活性が認められる条件下で本発明の形質転換糸状菌を培養し、次いで培養後に得られた培養物におけるエルゴチオネインの量が、同じ条件下で培養した宿主糸状菌の培養物におけるエルゴチオネインの量よりも大きいことを確認することにより行うことができる。
【0095】
また、本発明の形質転換糸状菌が作製されたことの確認は、形質転換糸状菌から染色体DNAを抽出し、これを鋳型としてPCRを行い、形質転換が起きた場合に増幅が可能なPCR産物が生じることを確認することにより行ってもよい。
【0096】
例えば、用いたプロモーターの塩基配列に対するフォワードプライマーと、形質転換マーカー遺伝子の塩基配列に対するリバースプライマーとの組み合わせでPCRを行い、想定の長さの産物が生じることを確認する。
【0097】
相同組み換えにより形質転換を行う場合には、用いた上流側の相同領域より上流に位置するフォワードプライマーと、用いた下流側の相同領域より下流に位置するリバースプライマーとの組み合わせでPCRを行い、相同組み換えが起きた場合に想定される長さの産物が生じることを確認することが好ましい。
【0098】
(宿主糸状菌)
宿主糸状菌としては、酵素(1)をコードする遺伝子を含むDNAコンストラクト又は酵素(1)をコードする遺伝子を含むDNAコンストラクト及び酵素(2)をコードする遺伝子を含むDNAコンストラクトによる形質転換により、酵素(1)又は酵素(1)及び(2)を生産することができる糸状菌であれば特に限定されないが、例えば、エルゴチオネインの生産が認められる糸状菌や酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子をゲノムDNA上に有する糸状菌が好ましい。宿主糸状菌の具体例としては、非特許文献1及び2に記載の糸状菌が挙げられ、例えば、アスペルギルス属、ニューロスポラ(Neurospora)属、ペニシリウム属(Penicillium)、フザリウム(Fusarium)属、トリコデルマ(Trichoderma)属、ムコール(Mucor)属、クモノスカビ(Rhizopus)属、アカパンカビ(Neuspora)属などに属する糸状菌が挙げられる。酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子をゲノムDNA上に有する糸状菌としては、例えば、ネオサルトリア(Neosartorya)属、ビッソクラミス(Byssochlamys)属、タラロミセス(Talaromyces)属、アジェロミセス(Ajellomyces)属、パラコッシディオイデス(Paracoccidioides)属、アンシノカルプス(Uncinocarpus)属、コッシディオイデス(Coccidioides)属、アルフロデルマ(Arthroderma)属、トリコフィトン(Trichophyton)属、エクソフィラ(Exophiala)属、カプロニア(Capronia)属、クラドフィアロフォラ(Cladophialophora)属、マクロホミナ(Macrophomina)属、レプトスファエリア(Leptosphaeria)属、ビポラリス(Bipolaris)属、ドチストローマ(Dothistroma)属、ピレノフォラ(Pyrenophora)属、ネオフシコッカム(Neofusicoccum)属、セトスファエリア(Setosphaeria)属、バウドイニア(Baudoinia)属、ガエウマノミセス(Gaeumannomyces)属、マルッソニナ(Marssonina)属、スファエルリナ(Sphaerulina)属、スクレロチニア(Sclerotinia)属、マグナポルセ(Magnaporthe)属、ヴェルチシリウム(Verticillium)属、シュードセルコスポラ(Pseudocercospora)属、コレトトリカム(Colletotrichum)属、オフィオストーマ(Ophiostoma)属、メタルヒジウム(Metarhizium)属、スポロスリックス(Sporothrix)属、ソルダリア(Sordaria)属などに属する糸状菌などが挙げられる。
【0099】
糸状菌の中でも、安全性や培養の容易性を加味すれば、上記に酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の由来生物として挙げた、アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガー 、アスペルギルス・タマリ、アスペルギルス・アワモリ、アスペルギルス・ウサミ、アスペルギルス・カワチ、アスペルギルス・サイトイなどのアスペルギルス属微生物であることが好ましい。
【0100】
(酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の具体例)
アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株由来の酵素(1)をコードする遺伝子としては、例えば、後述する実施例に記載がある遺伝子AsEgtAが挙げられる。また、アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株由来の酵素(2)をコードする遺伝子としては、例えば、後述する実施例に記載がある遺伝子AsEgtB及びAsEgtCが挙げられる。遺伝子AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCの塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号1〜3として示す。また、AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列表の配列番号4〜6として示す。
【0101】
アスペルギルス・オリゼRIB40株由来の酵素(1)をコードする遺伝子としては、例えば、後述する実施例に記載がある遺伝子AoEgtAが挙げられる。また、アスペルギルス・オリゼRIB40株由来の酵素(2)をコードする遺伝子としては、例えば、後述する実施例に記載がある遺伝子AoEgtB及びAoEgtCが挙げられる。遺伝子AoEgtA、AoEgtB及びAoEgtCの塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号23〜25として示す。また、AoEgtA、AoEgtB及びAoEgtCタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列表の配列番号26〜28として示す。
【0102】
アスペルギルス・ニガーIAM2533株由来の酵素(1)をコードする遺伝子としては、例えば、後述する実施例に記載がある遺伝子AnEgtAが挙げられる。遺伝子AnEgtAの塩基配列を配列表の配列番号33として示す。また、AnEgtAタンパク質のアミノ酸配列を配列表の配列番号34として示す。
【0103】
アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ及びアスペルギルス・ニガー以外の糸状菌から酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を得る方法は特に限定されないが、例えば、遺伝子AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCの塩基配列(配列番号1〜3)並びにAsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCタンパク質のアミノ酸配列(配列番号4〜6)に基づいて、その他の糸状菌のゲノムDNAをBLAST相同性検索して、遺伝子AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCの塩基配列と配列同一性の高い塩基配列を有する遺伝子を特定することにより得ることができる。また、糸状菌の総タンパク質を基に、AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCタンパク質と配列同一性の高いアミノ酸配列を有するタンパク質を特定し、該タンパク質をコードする遺伝子を特定することにより得ることができる。得られた遺伝子が酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子に相当することは、得られた遺伝子により由来糸状菌を宿主糸状菌として形質転換し、宿主糸状菌に比してエルゴチオネインの生産量が増強されていることで確認できる。
【0104】
アスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ及びアスペルギルス・ニガーは生育条件が近似していることから、これらそれぞれが有する遺伝子を挿入することにより、相互に形質転換できる蓋然性がある。例えば、アスペルギルス・ソーヤから得られた酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を、宿主糸状菌としてアスペルギルス・オリゼやアスペルギルス・ニガーに導入して形質転換することができる。酵素(1)又は酵素(1)及び(2)が確実に所望の酵素活性を有することを鑑みれば、酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の由来糸状菌と宿主糸状菌とが同一であることが好ましい。例えば、アスペルギルス・ソーヤ由来の酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子を、同じアスペルギルス・ソーヤに形質転換することが挙げられる。
【0105】
酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子は、アスペルギルス・ソーヤなどに由来する酵素(1)や酵素(2)をコードする遺伝子のアミノ酸配列に基づいて、宿主生物に発現させるためにコドン、二次構造、GC含量などを最適化した遺伝子であってもよい。そのような遺伝子の具体例としては、大腸菌発現用に合成されたEcEgtA(配列番号37)及びEcEgtC(配列番号38)が挙げられる。
【0106】
(本発明の形質転換糸状菌の一実施態様)
本発明の一実施態様は、遺伝子AsEgtA、AoEgtA及び/又はAnEgtAをアスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガーその他の糸状菌に挿入して、挿入した遺伝子がコードするタンパク質を過剰発現するように形質転換した形質転換糸状菌である。本発明の別の一実施態様は、遺伝子AsEgtA、AoEgtA及び/又はAnEgtAと遺伝子AsEgtB、AsEgtC、AoEgtB及び/又はAoEgtCとをアスペルギルス・ソーヤ、アスペルギルス・オリゼ、アスペルギルス・ニガーその他の糸状菌に挿入して、挿入した遺伝子がコードするタンパク質を過剰発現するように形質転換した形質転換糸状菌である。このような形質転換糸状菌は、挿入した遺伝子がコードする酵素(1)又は酵素(1)及び酵素(2)を過剰発現することにより、宿主糸状菌よりも、エルゴチオネインの生産量が大きい。また、後述する実施例に記載があるとおり、例えば、AsEgtAタンパク質とAsEgtB又はAsEgtCタンパク質とを過剰発現するように形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤは、AsEgtAタンパク質のみを過剰発現するように形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤよりも、エルゴチオネインの生産量が大きい。そこで、本発明の形質転換糸状菌は、酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の発現が、宿主糸状菌に比してエルゴチオネインの量が増えるように増強された形質転換糸状菌であることが好ましい。また、本発明の形質転換糸状菌は、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の発現が、酵素(1)をコードする遺伝子の発現が増強された形質転換糸状菌に比してエルゴチオネインの量が増えるように増強された形質転換糸状菌であることがより好ましい。
【0107】
また、後述する実施例に記載があるとおり、例えば、AsEgtAタンパク質を過剰発現するように形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤ又はAsEgtAタンパク質とAsEgtB若しくはAsEgtCタンパク質とを過剰発現するように形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤは、宿主糸状菌であるアスペルギルス・ソーヤの生育に適したDPY培地を用いて30℃、3日間で培養することにより、乾燥菌体質量1gあたり26.6〜37.3mgのエルゴチオネインが得られている。それに対して、AsEgtB又はAsEgtCタンパク質を過剰発現するように形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤは、同じ条件で培養することにより、乾燥菌体質量1gあたり0.9〜1.2mgのエルゴチオネインのみしか生産しない。そこで、本発明の形質転換糸状菌の一実施態様は、酵素(1)又は酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の発現が、本発明の形質転換糸状菌を宿主糸状菌の生育に適した培地を用いて30℃、3日間で培養した場合のエルゴチオネインの量が乾燥菌体質量1gあたり5.0mg以上、好ましくは10.0mg以上、より好ましくは20.0mg以上、さらに好ましくは25.0mg以上になるように増強された形質転換糸状菌である。また、本発明の形質転換糸状菌の別の一実施態様は、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子の発現が、本発明の形質転換糸状菌を宿主糸状菌の生育に適した培地を用いて30℃、3日間で培養した場合のエルゴチオネインの量が乾燥菌体質量1gあたり27.0mg以上、好ましくは28.0mg以上、より好ましくは29.0mg以上、さらに好ましくは30mg以上になるように増強された形質転換糸状菌である。
【0108】
本発明の形質転換糸状菌は、挿入された酵素(1)及び酵素(2)をコードする遺伝子によって生産される酵素(1)及び(2)と同時に、宿主糸状菌が本来保有している酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子により上記酵素(1)及び(2)と構造的性質が同種又は別種の野生型の酵素(1)及び(2)を生産する場合がある。
【0109】
本発明の別の一態様として、酵素(1)及び(2)をコードする遺伝子が挿入されており、かつ、該挿入された遺伝子を過剰発現する形質転換古細菌又は形質転換真性細菌が挙げられる。形質転換真性細菌の非限定的な例としては、EcEgtA又はEcEgtA及びEcEgtCを含有するプラスミドベクターによって形質転換された形質転換大腸菌が挙げられる。
【0110】
(本発明のエルゴチオネインの製造方法)
本発明のエルゴチオネインの製造方法は、ヒスチジン及びシステインを、本発明の形質転換糸状菌に作用させて、エルゴチオネインを得る工程を少なくとも含む。ヒスチジン及びシステインを形質転換糸状菌に作用させる方法は、ヒスチジン及びシステインと形質転換糸状菌とが接触して、形質転換糸状菌が有する酵素によってエルゴチオネインが生産できる方法であれば特に限定されないが、例えば、ヒスチジン及びシステインを含有し、かつ、形質転換糸状菌の生育に適した培地を用いて、形質転換糸状菌に適した各種培養条件下で形質転換糸状菌を培養することによって、エルゴチオネインを製造する方法が挙げられる。培養方法は特に限定されず、例えば、通気条件下で行う固体培養法や液体培養法が挙げられる。
【0111】
培地は、糸状菌を培養する通常の培地、すなわち炭素源、窒素源、無機物、その他の栄養素を適切な割合で含有するものであれば、合成培地及び天然培地のいずれでも使用できる。糸状菌がアスペルギルス属微生物である場合は、後述する実施例に記載があるようなDPY培地などを利用することができるが、特に限定されない。ただし、培地成分には、酵素(1)の活性化に必要な鉄(II)が含まれることが好ましい。鉄(II)は化合物として培地に添加することができるが、ミネラル含有物として添加してもよい。
【0112】
ヒスチジン及びシステインは特に限定されず、例えば、ヒスチジン及びシステインそれ自体、ヒスチジン及びシステインを構成単位として含む誘導体(例えば、シスチン)、ヒスチジン及びシステイン含有物などが挙げられる。
【0113】
培養条件は、当業者により通常知られる糸状菌の培養条件を採用すればよく、例えば、培地の初発pHは5〜10に調整し、培養温度は20〜40℃、培養時間は数時間〜数日間、好ましくは1〜7日間、より好ましくは2〜5日間など、適宜設定することができる。培養手段は特に限定されず、通気撹拌深部培養、振盪培養、静地培養などを採用することができるが、溶存酸素が十分になるような条件で培養することが好ましい。例えば、アスペルギルス属微生物を培養する場合の培地及び培養条件の一例として、後述する実施例に記載があるDPY培地を用いた、30℃、160rpmでの3〜5日間の振盪培養が挙げられる。
【0114】
培養終了後に培養物からエルゴチオネインを抽出する方法は特に限定されない。抽出には、培養物から濾過、遠心分離などの操作により回収した菌体をそのまま用いてもよく、回収した後に乾燥した菌体やさらに粉砕した菌体を用いてもよい。菌体の乾燥方法は特に限定されず、例えば、凍結乾燥、天日乾燥、熱風乾燥、真空乾燥、通気乾燥、減圧乾燥などが挙げられる。
【0115】
抽出溶媒はエルゴチオネインが溶解するものであれば特に限定されず、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトンなどの有機溶媒;これらの有機溶媒と水とを混合させた含水有機溶媒;水、温水及び熱水などが挙げられる。溶媒を加えた後、適宜、菌体破砕処理を加えながらエルゴチオネインを抽出する。抽出溶媒温度は室温から100℃に設定することができる。
【0116】
エルゴチオネインの抽出方法の一実施態様としては、例えば、培養物から回収した菌体を水で洗浄した後に、菌体を水に加えた懸濁液を調製し、次いで得られた懸濁液を98〜100℃、15分間などの加温処理に供した後に、遠心分離することにより上清を回収し、次いで回収した上清をろ過して不溶物を取り除く方法が挙げられる。また、該加熱処理した懸濁液を、遠心分離に供することなく、ろ過してもよい。
【0117】
また、上記加温処理に代えて、例えば、超音波破砕機、フレンチプレス、ダイノミル、乳鉢などの破壊手段を用いて菌体を破壊する方法;ヤタラーゼなどの細胞壁溶解酵素を用いて菌体細胞壁を溶解する方法;SDS、トリトンX−100などの界面活性剤を用いて菌体を溶解する方法などの菌体破砕処理に供してもよい。これらの方法は単独又は組み合わせて使用することができる。
【0118】
得られた抽出液は、遠心分離、フィルターろ過、限外ろ過、ゲルろ過、溶解度差による分離、溶媒抽出、クロマトグラフィー(吸着クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、陽イオン交換クロマトグラフィー、陰イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなど)、結晶化、活性炭処理、膜処理などの精製処理に供することによりエルゴチオネインを精製することができる。
【0119】
エルゴチオネインの定性的又は定量的分析は特に限定されず、例えば、HPLCなどにより行うことができる。HPLC分離条件は当業者であれば適宜選択することができ、例えば、後述する実施例に記載がある条件で実施できる。
【0120】
本発明の形質転換糸状菌を用いれば、高収量のエルゴチオネインが得られる。例えば、非特許文献5のFig.S6に記載のエルゴチオネインの収量は非常に少なく、最大でも培養液40mLあたり10μg程度である。それに対して、本発明の形質転換糸状菌を用いた場合、培養液10mlあたり、3mg以上のエルゴチオネインを製造することができる。
【0121】
(本発明の高純度エルゴチオネイン含有物の製造方法)
本発明の高純度エルゴチオネイン含有物の製造方法は、本発明の形質転換糸状菌を、ヒスチジン及びシステインを含み、好ましくは宿主糸状菌の生育に適した培地を用いて培養することにより得られた培養物から、純度が5%以上であるエルゴチオネイン含有物を得る工程を含む。
【0122】
本発明の高純度エルゴチオネイン含有物の製造方法により得られるエルゴチオネイン含有物の純度は5%以上であれば特に限定されないが、好ましくは6%以上であり、より好ましくは8%以上であり、さらに好ましくは9%以上である。エルゴチオネイン含有物の純度の測定は、例えば、本発明の形質転換糸状菌を培養して得られた培養物からエルゴチオネイン抽出液を得て、次いで得られたエルゴチオネイン抽出液を凍結乾燥などして乾燥粉末を得て、次いで得られた乾燥粉末を適当な濃度になるように蒸留水に溶かして純度測定試料を得て、次いで得られた純度測定試料をHPLCなどのエルゴチオネインを定量する方法により測定し、次いで測定結果と純度測定試料とから算出することにより行うことができる。
【0123】
本発明の製造方法の別の態様は、形質転換体ではなく、酵素(1)又は酵素(1)及び酵素(2)をコードする遺伝子をゲノムDNA上に有する微生物を用いる製造方法である。例えば、本発明の製造方法の別の態様は、ヒスチジン及びシステインを、酵素(1)又は酵素(1)及び酵素(2)をコードする遺伝子をゲノムDNA上に有するアスペルギルス属微生物といった麹菌などの糸状菌に作用させて、エルゴチオネイン又は高純度エルゴチオネイン含有物を得る工程を含む、エルゴチオネイン又は高純度エルゴチオネイン含有物の製造方法である。
【0124】
本発明の製造方法において、生産物であるエルゴチオネインが、使用する微生物に対して増殖阻害又は生産阻害を引き起こし得る。そこで、培地中に銅イオンなどの酸化剤を添加することにより、生産したエルゴチオネインを二量体化(S−S結合の形成)して、微生物の増殖阻害又は生産阻害を回避できる可能性がある。したがって、本発明の製造方法において、ヒスチジン及びシステインを微生物に作用させる際に、銅イオンなどの酸化剤が存在していることが好ましい。
【0125】
本発明の製造方法では、本発明の目的を達成し得る限り、上記した工程の前段若しくは後段又は工程中に、種々の工程や操作を加入することができる。
【0126】
(エルゴチオネインの用途)
本発明の形質転換糸状菌や本発明の製造方法を利用して得られたエルゴチオネインは、種々の生理活性を有する機能性生体物質であることや熱に強く水溶性の物質であるという特徴を活かして、機能性食品、特定保健用飲食品、栄養機能飲食品、保健機能飲食品、特別用途飲食品、栄養補助飲食品、健康補助飲食品、サプリメント、美容飲食品、化粧品、医薬品、医薬部外品、動物飼料などやこれらの製品を製造するための原料として利用可能である。
【0127】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の課題を解決し得る限り、本発明は種々の態様をとることができる。
【実施例】
【0128】
[例1.遺伝子AsEgtA、AsEgtB又はAsEgtCを挿入したDNAコンストラクトの作製]
(1)対象遺伝子の探索
ニューロスポラ・クラッサ(Neurospora crassa)においてエルゴチオネインの生合成に関与する酵素としてNCU04343及びNCU11365が知られている(非特許文献3及び4を参照)。また、非特許文献3では、NCU04636がエルゴチオネインの生合成に関与する可能性が示唆されている。そこで、ニューロスポラ・クラッサの上記3つの酵素をコードする遺伝子をクエリーとして、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)NBRC4239株のゲノム配列を基に、NCU04343、NCU04636及びNCU11365のそれぞれをコードする遺伝子と比較的配列同一性の高い領域を検索した。検索にはBLASTプログラム(tblastn)及びアスペルギルス・ソーヤNBRC4239株のゲノム配列(DDBJ/EMBL/GenBank DNA databases、 Accession numbers for the 65 scaffold sequences; DF093557−DF093585、DNA RESEARCH 18,165-176,2011)を用いた。
【0129】
その結果、NCU04343と比較的遺伝子配列の同一性が高かった配列領域として、配列番号1に示す遺伝子が見出された。この遺伝子をアスペルギルス・ソーヤ由来のegtA遺伝子という意味でAsEgtA遺伝子(配列番号1)と名付けた。NCU04636と比較的遺伝子配列の同一性が高かった配列領域として、配列番号2に示す遺伝子が見出され、この遺伝子をAsEgtB遺伝子(配列番号2)と名付けた。NCU11365と比較的遺伝子配列の同一性が高かった配列領域として、配列番号3に示す遺伝子が見出され、この遺伝子をAsEgtC遺伝子(配列番号3)と名付けた。
【0130】
遺伝情報処理ソフトウェアGenetyxネットワーク版 version 12.0.1(ゼネティックス社)によりアミノ酸レベルでの配列同一性の比較を行うと、AsEgtAタンパク質(配列番号4)、AsEgtBタンパク質(配列番号5)及びAsEgtCタンパク質(配列番号6)とNCU04343、NCU04636及びNCU11365との配列同一性は、それぞれ46%、75%及び44%であった。また、AsEgtCタンパク質とNCU11365のシゾサッカロミセス・ポンベのオルソログであるSPBC660.12cとの配列同一性は27%であった。以上の結果から、AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCの塩基配列やアミノ酸配列に基づけば、他のアスペルギルス属微生物のegtA遺伝子、egtB遺伝子及びegtC遺伝子が探索できることが示唆された。
【0131】
(2)アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株の染色体DNAの抽出
150ml容量の三角フラスコにポリペプトンデキストリン培地(1%(w/v)ポリペプトン、2%(w/v)デキストリン、0.5%(w/v)KHPO、0.1%(w/v)NaNO、0.05%(w/v)MgSO・7HO、0.1%(w/v)カザミノ酸;pH6.0)を蒸留水で30ml調製し、アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株の分生子を接種して30℃で一晩振とう培養した。得られた培養液からろ過により菌体を回収し、ペーパータオルに挟んで水分を除き、予め液体窒素で冷却した乳鉢と乳棒を用いて液体窒素で冷却しながら菌体を粉砕した。得られた粉砕菌体からDNeasy Plant Mini Kit(キアゲン社)を用いて染色体DNAを抽出した。
【0132】
(3)コンストラクト用プラスミドの作製
プラスミドpUC19に、翻訳伸長因子遺伝子tef1のプロモーター配列であるPtef(tef1遺伝子の上流748bp、配列番号7)、アルカリプロテアーゼ遺伝子alpのターミネーター配列であるTalp(alp遺伝子の下流800bp、配列番号8)、及びウリジン要求性を相補する形質転換マーカー遺伝子pyrG(上流407bp、コード領域896bp及び下流535bpを含む1838bp、配列番号9)を連結させたコンストラクト用プラスミドを次のとおりに作製した。
【0133】
Ptef、Talp及びpyrGは、鋳型DNAとして上記で得られたアスペルギルス・ソーヤNBRC4239株の染色体DNA、PCRの酵素としてKOD−Plus−DNA Polymerase(東洋紡社)、反応試薬として本酵素に付属のもの、装置としてMastercycler gradient(エッペンドルフ社)を使用して、酵素に添付されたプロトコールに従ってPCRを実施した。Ptef、Talp及びpyrGを増幅するために使用したプライマー及びPCR条件を下記表1〜3に示す。なお、表中の配列のうち、小文字の配列はPtef、Talp及びpyrGの各増幅断片をこの順に連結し、さらにpUC19と連結するための付加配列を示す。増幅したDNA断片を1%(w/v)アガロースゲル中で分離し、QIAquick Gel Extraction Kit(キアゲン社)を用いて精製した。
【0134】
【表1】
【0135】
【表2】
【0136】
【表3】
【0137】
pUC19は、In−Fusion HD Cloning Kit(クロンテック社)に付属されているpUC19 linearized Vectorを用いた。pUC19のマルチクローニングサイトにあるIn−Fusion Cloning Siteにて、増幅したPtef、Talp及びpyrGを、上記したIn−Fusion HD Cloning Kitを使用して、キットに添付されたプロトコールに従って連結して、コンストラクト用プラスミドを得た。
【0138】
得られたコンストラクト用プラスミドにより、コンピテントセルであるECOS Competent E.coli JM109(ニッポンジーン社)を、製造業者の指示に従って形質転換することにより、形質転換大腸菌を得た。
【0139】
得られた形質転換大腸菌を、50μg/mlのアンピシリンを含むLB液体培地で37℃、一晩振とう培養した。培養後の培養液を遠心分離して菌体を回収した。得られた菌体について、FastGene Plasmid Mini Kit(日本ジェネティクス社)を用いて、キットに添付されたプロトコールに従ってプラスミドDNAを抽出した。
【0140】
(4)対象遺伝子挿入コンストラクトの作製
コンストラクト用プラスミドのPtef及びTalpの間に、対象遺伝子であるAsEgtA、AsEgtB又はAsEgtCを連結させたDNAコンストラクトを次のとおりに作製した。
【0141】
鋳型DNAとして上記で得られたコンストラクト用プラスミド、PCRの酵素としてKOD−Plus−DNA Polymerase(東洋紡社)、反応試薬として本酵素に付属のもの、装置としてMastercycler gradient(エッペンドルフ社)を使用して、酵素に添付されたプロトコールに従ってインバースPCRを実施することによりコンストラクト用プラスミドのベクター断片を得た。使用したプライマー及びPCR条件を下記表4に示す。増幅したベクター断片を1%(w/v)アガロースゲル中で分離し、QIAquick Gel Extraction Kit(キアゲン社)を用いて精製した。
【0142】
【表4】
【0143】
アスペルギルス・ソーヤ由来の遺伝子AsEgtA(配列番号1)、AsEgtB(配列番号2)及びAsEgtC(配列番号3)を増幅するために、鋳型DNAとして上記で得られたアスペルギルス・ソーヤNBRC4239株の染色体DNA、PCRの酵素としてKOD−Plus−DNA Polymerase(東洋紡社)、反応試薬として本酵素に付属のもの、装置としてMastercycler gradient(エッペンドルフ社)を使用して、酵素に添付されたプロトコールに従ってPCRを実施した。AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCを増幅するために使用したプライマー及びPCR条件を下記表5〜7に示す。なお、表中の配列のうち、小文字の配列はコンストラクト用プラスミド(Ptef及びTalpの間)に連結するための付加配列を示す。増幅したDNA断片を1%(w/v)アガロースゲル中で分離し、QIAquick Gel Extraction Kit(キアゲン社)を用いて精製した。
【0144】
【表5】
【0145】
【表6】
【0146】
【表7】
【0147】
上記のとおりに増幅したベクター断片と、AsEgtA、AsEgtB又はAsEgtCとを、In−Fusion HD Cloning Kitを使用して、キットに添付されたプロトコールに従って連結して、AsEgtA、AsEgtB又はAsEgtCが挿入された対象遺伝子挿入DNAコンストラクトを得た。このようにして得られたDNAコンストラクトは、5’末端側から3’末端側にかけて、pUC19由来のDNA断片とPtefのDNA断片とAsEgtA、AsEgtB又はAsEgtCのDNA断片とTalpのDNA断片とpyrGのDNA断片とpUC19由来のDNA断片とが連結されたものである。すなわち、pUC19のMCSに、Ptef−AsEgtA、AsEgtB又はAsEgtC−Talp−pyrGの配列が順に連結された3種のDNAコンストラクトが得られた。
【0148】
得られたDNAコンストラクトにより、コンピテントセルであるECOS Competent E.coli JM109(ニッポンジーン社)を、製造業者の指示に従って形質転換することにより、形質転換大腸菌を得た。
【0149】
得られた形質転換大腸菌を、50μg/mlのアンピシリンを含むLB液体培地で37℃、一晩振とう培養した。培養後の培養液を遠心分離して菌体を回収した。得られた菌体について、FastGene Plasmid Mini Kit(日本ジェネティクス社)を用いて、キットに添付されたプロトコールに従ってプラスミドDNA(DNAコンストラクト)を抽出した。
【0150】
抽出したプラスミドDNA中に挿入された各DNAの塩基配列を決定することにより、AsEgtA、AsEgtB又はAsEgtCが挿入されたDNAコンストラクトが得られたことを確認した。
【0151】
[例2.形質転換アスペルギルス・ソーヤの作製(1)]
(1)アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株由来pyrG破壊株
各DNAコンストラクトをエタノール沈殿した後に、TEに溶解して、所望の濃度に調製したDNA溶液を、下記の手順でアスペルギルス・ソーヤNBRC4239株由来pyrG破壊株(pyrG遺伝子の上流48bp、コード領域896bp、下流240bp欠損株)の形質転換に用いた。
【0152】
(2)アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株由来pyrG破壊株の形質転換
500ml容三角フラスコ中の20mMウリジンを含むポリペプトンデキストリン液体培地100mlに、アスペルギルス・ソーヤNBRC4239株由来pyrG破壊株の分生子を接種し、30℃で約20時間振とう培養を行った後、菌体を回収した。回収した菌体からプロトプラストを調製した。得られたプロトプラスト及び20μgの対象遺伝子挿入DNAコンストラクトを用いて、プロトプラストPEG法により形質転換を行い、次いで0.5%(w/v)寒天及び1.2Mソルビトールを含むCzapek−Dox最少培地(ディフコ社;pH6)を用いて、30℃、5日間以上インキュベートし、コロニー形成能があるものとして形質転換アスペルギルス・ソーヤを得た。
【0153】
得られた形質転換アスペルギルス・ソーヤは、ウリジン要求性を相補する遺伝子であるpyrGが導入されることにより、ウリジン無添加培地に生育できるようになることで、目的の遺伝子が導入された株として選択できた。
【0154】
[例3.形質転換アスペルギルス・ソーヤのエルゴチオネイン生産(1)]
下記表8に示すとおり、コントロールであるアスペルギルス・ソーヤNBRC4239株;遺伝子AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCのいずれか1種の遺伝子により形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤ;並びに遺伝子AsEgtAと遺伝子AsEgtB又はAsEgtCとにより形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤのそれぞれのエルゴチオネイン生産能を以下のとおりに比較した。
【0155】
【表8】
【0156】
50ml容三角フラスコ中のDPY液体培地(1%(w/v)ポリペプトン、2%(w/v)デキストリン、0.5%(w/v)酵母エキス、0.5%(w/v)KHPO、0.05%(w/v)MgSO・7HO;pH未調整)10mlに、表8に示す各菌株の分生子を接種し、30℃で3日間、160rpmで振とう培養を行った。次いで、培養後の培養物から菌体をミラクロス(カルバイオケム社)上で回収した。回収した菌体を40mlの蒸留水で洗浄した後、菌体をペーパータオルに挟むことによって水分を押し出して湿菌体を得た。得られた湿菌体の質量を秤量し、該湿菌体の質量に対して2倍量の水を添加して攪拌することにより、菌懸濁液を得た。得られた菌懸濁液を、98℃、15分の条件で加熱処理に供した。該処理後、遠心分離により上清として回収した菌体外液を、0.45μmフィルターでろ過することにより、エルゴチオネイン抽出液を得た。
【0157】
得られたエルゴチオネイン抽出液について、下記の条件のHPLCにより分析した。
カラム;COSMOSIL HILIC(4.6×250mm)
溶離液;アセトニトリル:10mM 酢酸アンモニウム=8:2
流速;1ml/min
検出波長;220nm
温度;室温
定量法;エルゴチオネイン標品(エンゾライフサイエンス社;Cat.No.BML−FR111)を用いた検量線法
【0158】
表8に示す各菌株のうち、エルゴチオネインの量が最大であったものを選抜し、それらについてエルゴチオネイン(EGT)の生産量を比較した。比較した結果を表9及び図1に示す。ここで、上記で得たAsEgtA形質転換株の湿菌体(ペーパータオルで水分を除いたもの)の一部について、水分計(MX−50;エー・アンド・デイ社)を用いて水分含量を測定した結果、湿菌体の水分含量は77.7%だった。そこで、表9では、乾燥菌体あたりのエルゴチオネインの生産量を算出するにあたり、水分含量を78%として概算している。
【0159】
また、コントロール株(コントロール)及びAsEgtA形質転換株を用いたエルゴチオネイン抽出液のHPLCのチャートを図示したものを図2に示す。さらに次の手順によりエルゴチオネイン抽出液中のエルゴチオネインの純度を測定した。
【0160】
すなわち、500ml容三角フラスコ中のDPY液体培地100mlに、AsEgtA形質転換株の分生子を接種し、30℃で3日間、160rpmで振とう培養を行った。次いで、培養後の培養物から菌体をミラクロス上で回収した。回収した菌体を200mlの蒸留水で洗浄した後、菌体をペーパータオルに挟むことによって水分を押し出して湿菌体を得た。得られた湿菌体の質量を秤量し、該湿菌体の質量に対して2倍量の水を添加して攪拌することにより、菌懸濁液を得た。得られた菌懸濁液を、沸騰浴中で15分間加熱した。加熱終了後に、遠心分離により上清として回収した菌体外液を、0.45μmフィルターでろ過することにより、エルゴチオネイン抽出液を得た。得られたエルゴチオネイン抽出液を凍結乾燥して凍結乾燥粉末を得た。得られた凍結乾燥粉末を25mg/mlになるように蒸留水に溶かして、純度測定試料とした。この純度測定試料について、エルゴチオネイン量を測定した結果、2.3mg/mlだった。したがって、抽出液中のEGTの純度は9.2%と算出された。
【0161】
【表9】
【0162】
表9及び図1に示されているとおり、3種の対象遺伝子のうち1種又は2種の遺伝子を導入することにより形質転換したAsEgtA形質転換株、(AsEgtA+AsEgtB)形質転換株及び(AsEgtA+AsEgtC)形質転換株は、形質転換していないコントロール株並びにAsEgtB形質転換株及びAsEgtC形質転換株よりも、エルゴチオネインの生産量が多かった。また、AsEgtA形質転換株はエルゴチオネインの生産量が多いものの、AsEgtB形質転換株及びAsEgtC形質転換株のエルゴチオネインの生産量はコントロール株と変わらないこと、(AsEgtA+AsEgtB)形質転換株及び(AsEgtA+AsEgtC)形質転換株のエルゴチオネインの生産量は、AsEgtA形質転換株のエルゴチオネインの生産量及びAsEgtB形質転換株又はAsEgtC形質転換株のエルゴチオネインの生産量を合計した総エルゴチオネイン量よりも多かったことを鑑みれば、(AsEgtA+AsEgtB)形質転換株及び(AsEgtA+AsEgtC)形質転換株は、AsEgtA形質転換株、AsEgtB形質転換株及びAsEgtC形質転換株に対して、相加的というよりもむしろ相乗的にエルゴチオネインの生産能が増強されたものであることがわかった。
【0163】
また、(AsEgtA+AsEgtB)形質転換株では、通常の糸状菌を培養する際の培地及び培養条件を用いて、3日間培養を一度実施することにより37.3mg/g−乾燥菌体でエルゴチオネインを生産することができた。これに対して、例えば、特許文献1ではタモギタケの菌糸体を高濃度のアミノ酸を添加した培地を用いて、二段階の合計28日間の培養をしてはじめて34mg/g−乾燥菌体のエルゴチオネインが得られている。したがって、本発明の形質転換糸状菌を用いれば、通常の糸状菌の培養方法を採用して、簡潔かつ短時間で高含量のエルゴチオネインを生産できることがわかった。
【0164】
また、図2に示されているとおり、AsEgtA形質転換株は、コントロール株との比較から、エルゴチオネインを効率的に高純度で生産できることがわかった。このことは、AsEgtA形質転換株を用いて得られたエルゴチオネイン抽出液中のエルゴチオネイン純度測定結果により裏付けられる。同様に、(AsEgtA+AsEgtB)形質転換株及び(AsEgtA+AsEgtC)形質転換株においても、エルゴチオネインを効率的に高純度で生産できることがわかった。
【0165】
[例4.形質転換アスペルギルス・ソーヤの確認]
試験管中のDPY液体培地10mlに、表8に示す各菌株の分生子を接種し、30℃で3日間振とう培養を行った後、菌体を回収した。回収した菌体を、ビーズ式細胞破砕装置(MS−100R;トミー精工社)を用いて冷却条件で破砕した破砕菌体末を、0.1%(w/v)SDS水溶液に懸濁することによりSDS懸濁液を得た。得られたSDS懸濁液にサンプルバッファー(Lane Marker Reducing Sample Buffer, ImmunoPure(5×);サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を1/4容量添加して攪拌し、次いで98℃、3分の条件で加熱処理に供した。該処理後、遠心分離により回収した上清について、菌体0.2mg相当をアプライすることにより、アクリルアミドゲル電気泳動に供して、SDS−PAGEを実施した。結果を図3に示す。
【0166】
図3に示されているとおり、AsEgtAタンパク質はアミノ酸配列からの想定分子量が95.7kDaであるところ、SDS−PAGEでは90kDa付近に2本のバンドとして見られた。同様に、AsEgtBタンパク質はアミノ酸配列からの想定分子量が56.4kDaであるところ、SDS−PAGEでは50kDa弱のバンドとして見られた。また、AsEgtCタンパク質はアミノ酸配列からの想定分子量が51.2kDaであるところ、SDS−PAGEでは50kDaのバンドとして見られた。
【0167】
図3から、コントロール株はAsEgtAタンパク質、AsEgtBタンパク質及びAsEgtCタンパク質をほとんど発現しておらず、(AsEgtA+AsEgtB)形質転換株及び(AsEgtA+AsEgtC)形質転換株はAsEgtAタンパク質とAsEgtBタンパク質又はAsEgtCタンパク質とを発現していた。また、AsEgtA形質転換株、AsEgtB形質転換株及びAsEgtC形質転換株は、それぞれ対応するAsEgtAタンパク質、AsEgtBタンパク質及びAsEgtCタンパク質を発現していた。
【0168】
[例5.遺伝子AoEgtA、AoEgtB及びAoEgtCを挿入したDNAコンストラクトの作製]
(1)対象タンパク質の探索
アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)RIB40株の総タンパク質を基に、アスペルギルス・ソーヤのAsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCタンパク質の各アミノ酸配列をクエリーとして配列同一性の高いタンパク質を検索した。検索にはDOGAN(http://www.bio.nite.go.jp/dogan/project/view/AO)を用いた。
【0169】
その結果、AsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCタンパク質の各アミノ酸配列と比較的配列同一性が高かったタンパク質として、それぞれAO090012000265(配列番号26)、AO090020000619(配列番号27)及びAO090026000291(配列番号28)が見出された。なお、AO090012000265は、S.pombeのEgt1と類似するものとして、非特許文献5のTable 2に記載されているものである。AO090012000265、AO090020000619及びAO090026000291は、それぞれAsEgtA、AsEgtB及びAsEgtCタンパク質と97%、99%及び93%の配列同一性が認められた。AO090012000265、AO090020000619及びAO090026000291のそれぞれをコードする遺伝子をアスペルギルス・オリゼのゲノムDNAから特定し、アスペルギルス・オリゼ由来のegtA、egtB及びegtC遺伝子という意味で、遺伝子AoEgtA(配列番号23)、AoEgtB(配列番号24)及びAoEgtC(配列番号25)と名付けた。
【0170】
(2)アスペルギルス・オリゼRIB40株の染色体DNAの抽出
アスペルギルス・オリゼRIB40株の分生子を用いた以外は、上記例1−(2)と同様の方法で実施した。
【0171】
(3)コンストラクト用プラスミドの作製
上記例1−(3)で作製したベクター断片を用いた。
【0172】
(4)対象遺伝子挿入コンストラクトの作製
対象遺伝子がAoEgtA、AoEgtB及びAoEgtC遺伝子であること及び鋳型DNAとして上記で得られたアスペルギルス・オリゼRIB40株の染色体DNAを用いた以外は、上記例1−(4)と同様の方法で実施した。なお、AoEgtA、AoEgtB及びAoEgtC遺伝子を増幅するために使用したプライマー及びPCR条件を下記表10〜12に示す。
【0173】
【表10】
【0174】
【表11】
【0175】
【表12】
【0176】
なお、上記例1−(4)と同様にして、抽出したプラスミドDNA中に挿入されたDNAの塩基配列を決定することにより、遺伝子AoEgtA、AoEgtB及びAoEgtCが挿入されたDNAコンストラクトが得られたことを確認した。
【0177】
[例6.形質転換アスペルギルス・オリゼの作製]
遺伝子AoEgtA、AoEgtB及びAoEgtCを挿入したDNAコンストラクトを用いて特開2013−034416号公報に記載のアスペルギルス・オリゼRIB40株由来pyrG破壊株について形質転換した以外は、上記例2−(1)及び(2)と同様の方法で実施した。
【0178】
[例7.形質転換アスペルギルス・オリゼのエルゴチオネイン生産]
下記表13に示すとおり、コントロールであるアスペルギルス・オリゼRIB40株;遺伝子AoEgtAにより形質転換した形質転換アスペルギルス・オリゼ;並びに遺伝子AoEgtAと遺伝子AoEgtB又はAoEgtCとにより形質転換した形質転換アスペルギルス・オリゼのそれぞれのエルゴチオネイン生産能を以下のとおりに比較した。
【0179】
【表13】
【0180】
表13に示す各菌株の分生子を接種した以外は上記例3と同様の方法により実施した。
【0181】
表13に示す各菌株のうち、エルゴチオネインの量が最大であったものを選抜し、それらについてエルゴチオネイン(EGT)の生産量を比較した。比較した結果を図5に示す。
【0182】
図5に示されているとおり、形質転換アスペルギルス・ソーヤと同様に、形質転換アスペルギルス・オリゼは、形質転換していないコントロール株よりも、エルゴチオネインの生産量が多かった。また、(AoEgtA+AoEgtB)形質転換株及び(AoEgtA+AoEgtC)形質転換株のエルゴチオネインの生産量は、AoEgtA形質転換株のエルゴチオネインの生産量よりも多かった。これらの結果より、アスペルギルス・オリゼの形質転換株においてもエルゴチオネインを効率的に生産できることがわかった。
【0183】
[例8.遺伝子AnEgtAを挿入したDNAコンストラクトの作製]
(1)対象タンパク質の探索
データベースNon−redundant protein sequences(nr)を基に、アスペルギルス・ソーヤのAsEgtAタンパク質のアミノ酸配列をクエリーとして配列同一性の高いタンパク質を検索した。検索にはBlastp(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi?PROGRAM=blastp&PAGE_TYPE=BlastSearch&LINK_LOC=blasthome)を用いた。
【0184】
その結果、AsEgtAタンパク質のアミノ酸配列と配列同一性が高かったタンパク質のうち、アスペルギルス・ニガーであるAspergillus niger CBS 513.88株の相同タンパク質としてXP_001397117.2(配列番号34)が見出された。XP_001397117.2は、AsEgtAタンパク質と73%の配列同一性が認められた。XP_001397117.2をコードする遺伝子をアスペルギルス・ニガーのゲノムDNAから特定し、アスペルギルス・ニガー由来のegtA遺伝子という意味で、遺伝子AnEgtA(配列番号33)と名付けた。
【0185】
(2)アスペルギルス・ニガーIAM2533株の染色体DNAの抽出
アスペルギルス・ニガーIAM2533株の分生子を用いた以外は、上記例1−(2)と同様の方法で実施した。
【0186】
(3)コンストラクト用プラスミドの作製
上記例1−(3)で作製したベクター断片を用いた。
【0187】
(4)対象遺伝子挿入コンストラクトの作製
対象遺伝子がAnEgtA遺伝子であること及び鋳型DNAとして上記で得られたアスペルギルス・ニガーIAM2533株の染色体DNAを用いた以外は、上記例1−(4)と同様の方法で実施した。なお、AnEgtA遺伝子を増幅するために使用したプライマー及びPCR条件を下記表14に示す。
【0188】
【表14】
【0189】
なお、上記例1−(4)と同様にして、抽出したプラスミドDNA中に挿入されたDNAの塩基配列を決定することにより、遺伝子AnEgtAが挿入されたDNAコンストラクトが得られたことを確認した。
【0190】
クローニングした遺伝子AnEgtAの配列を確認したところ、ゲノム情報が公開されているA. niger CBS 513.88株の予測遺伝子(ANI_1_792134)の配列と一致した(対応するアミノ酸配列は上記XP_001397117.2)。
【0191】
[例9.形質転換アスペルギルス・ソーヤの作製(2)]
遺伝子AnEgtAを挿入したDNAコンストラクトを用いた以外は、上記例2−(1)及び(2)と同様の方法で実施した。
【0192】
[例10.形質転換アスペルギルス・ソーヤのエルゴチオネイン生産(2)]
コントロールであるアスペルギルス・ソーヤNBRC4239株及び遺伝子AnEegtAにより形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤの分生子を接種した以外は上記例3と同様の方法により実施した。
【0193】
各菌株のうちエルゴチオネインの量が最大であったものを選抜し、それらについてエルゴチオネイン(EGT)の生産量を比較した。比較した結果を表15に示す。
【0194】
【表15】
【0195】
表15に示されているとおり、遺伝子AsEgtAにより形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤと同様に、遺伝子AnEgtAにより形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤは、形質転換していないコントロール株よりも、エルゴチオネインの生産量が多かった。これらの結果より、由来生物種が異なる異種遺伝子AnEgtAにより形質転換した形質転換アスペルギルス・ソーヤにおいてもエルゴチオネインを効率的に生産できることがわかった。
【0196】
[例11.形質転換大腸菌の作製]
AsEgtA及びAsEgtCのそれぞれのアミノ酸配列をもとに、コドン、二次構造、GC含量などの観点から大腸菌発現用に遺伝子配列を最適化したものに、遺伝子の上流にEcoRV配列(GATATC)を付加し、かつ、下流にSpeI配列(ACTAGT)を付加することにより、EcEgtA(配列番号37)及びEcEgtC(配列番号38)を得た。
【0197】
発現用ベクターとしてpUTE120K’を構築した。すなわち、特開平6−292584号公報に記載のpUTE100K’をNheI及びHpaIで消化し、lacプロモーターを除去した。次いで、pKK223−3(GE社)のTacプロモーター領域を3’末端にNheIサイト及び5’末端にEcoRVサイトを付加してPCRで増幅及び精製した。次いで、NheI消化した後、pUTE100K’の本来lacプロモーターがあった部位に挿入して、pUTE120K’を作製した。
【0198】
pUTE120K’をEcoRV及びSpeIを用いて制限酵素処理し、次いでEcEgtA又はEcEgtCをライゲーションして、EcEgtA又はEcEgtCが挿入されたプラスミドpUTE120K’−EcEgtA及びpUTE120K’−EcEgtCを作製した。
【0199】
上記コンストラクト用プラスミドにて形質転換した大腸菌を培養し、プラスミドpUTE120K’−EcEgtA及びpUTE120K’−EcEgtCを精製した。次いで、pUTE120K’−EcEgtCをBamHI及びSpeIで制限酵素処理をし、遺伝子EcEgtCを含む断片を切り出し、精製した。また、pUTE120K’−EcEgtAをBamHI及びNheIで制限酵素処理し、上記遺伝子EcEgtCを含む断片を挿入して、プラスミドpUTE120K’−EcEgtA−EcEgtCを作製した。該プラスミドを用いて、大腸菌JM109株を形質転換して、形質転換大腸菌を得た。
【0200】
形質転換大腸菌を、0.1mM イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を含むTY培地(1%(w/v)バクト・トリプトン、0.5%(w/v)バクト・イースト・エクストラクト、0.5%(w/v)NaCl、pH7.0)を用いて、25℃で16時間培養することにより、培養液全体及び回収した菌体の熱水抽出液中にエルゴチオネインが検出される。
【0201】
[例12.形質転換大腸菌のエルゴチオネイン生産(1)]
下記表16に示すとおり、コントロールである発現用ベクターpUTE120K’を導入した大腸菌;遺伝子EcEgtA又はEcEgtCにより形質転換した形質転換大腸菌;及び遺伝子EcEgtAと遺伝子EcEgtCとにより形質転換した形質転換大腸菌のそれぞれのエルゴチオネイン生産能を以下のとおりに比較した。
【0202】
【表16】
【0203】
19ml容試験管中のTY培地 2.5mlに、表16に示す各菌株を接種し、37℃で16時間、180rpmでの振とう条件下で、種培養を行った。種培養した培養液0.02mlを、19ml容試験管中のアンピシリン及び0.5mM IPTGを含有するTY培地 2.5mlに接種し、25℃で24時間、180rpmでの振とう条件下で、本培養を行った。なお、本培養に用いたTY培地には、アミノ酸を添加していないもの(TY−)、0.005%(w/v)ヒスチジン、メチオニン及びシステインを添加したもの(TY+)、並びに0.01%(w/v)ヒスチジン、メチオニン及びシステインを添加したもの(TY++)の3系統を用意した。
【0204】
培養後の培養物から遠心分離(12,000rpm、4℃、10分)をすることにより菌体を沈殿物として回収した。1mlの培養液から得られる菌体に、0.5mlの水を添加し、菌懸濁液を得た。得られた菌懸濁液を、98℃、10分の条件で加熱処理に供した。該処理後、遠心分離により上清として回収した菌体外液を、0.45μmフィルターでろ過することにより、エルゴチオネイン抽出液を得た。
【0205】
得られたエルゴチオネイン抽出液及び本培養後の培養物から得た培養上清(0.45μmフィルターを用いたろ過処理済み)について、下記の条件のLC−MSにより分析した。
LC装置;Agilent1100シリーズ(アジレント社)
質量分析装置;QSTAR Elite (AB sciex社)
カラム;COSMOSIL HILIC(4.6×250mm)
溶離液;アセトニトリル+0.1%ギ酸:水+0.1%ギ酸 = 75:25(v/v)
流速;250 μl/ml
検出;ESI positive
Injection;10 μl
温度;室温
定量法;エルゴチオネイン標品(エンゾライフサイエンス社;Cat.No.BML−FR111)を用いた検量線法
【0206】
表16に示す各菌株についてエルゴチオネイン(EGT)の生産量を比較した。なお、(EcEgtA+EcEgtC)形質転換株については、任意に選んだ2株を用いた。
【0207】
比較した結果を図6に示す。図6に示されているとおり、コントロール株及びEcEgtC形質転換株では、培養上清及びエルゴチオネイン抽出液にかかわらずエルゴチオネイン量が認められなかった。このことから、コントロール株及びEcEgtC形質転換株は、エルゴチオネインの生産能がないこと、又はエルゴチオネインの生産能は非常に微小であることがわかった。
【0208】
一方で、EcEgtA形質転換株及び(EcEgtA+EcEgtC)形質転換株では、エルゴチオネインの生産能が確認できた。また、(EcEgtA+EcEgtC)形質転換株によるエルゴチオネイン量は、EcEgtA形質転換株によるエルゴチオネイン量よりも多く、それらの差異は培養上清において顕著であった。また、培地中へのヒスチジン、メチオニン及びシステインの添加の影響を比較したところ、EcEgtA形質転換株及び(EcEgtA+EcEgtC)形質転換株のいずれにおいても、培地中へヒスチジン、メチオニン及びシステインを添加することにより、エルゴチオネイン量は増加した。
【0209】
以上の結果より、EcEgtA形質転換株はエルゴチオネインの生産量が多いものの、EcEgtC形質転換株のエルゴチオネインの生産量は検出できなかったことから、(EcEgtA+EcEgtC)形質転換株は、EcEgtA形質転換株に対して、相加的というよりもむしろ相乗的にエルゴチオネインの生産能が増強されたものであることがわかった。
【0210】
[例13.形質転換大腸菌のエルゴチオネイン生産(2)]
19ml容試験管中の50μg/ml アンピシリン含有TY培地(1%(w/v)バクト・トリプトン、0.5%(w/v)バクト・イースト・エクストラクト、1%(w/v)NaCl、pH7.0) 2.5mlに、表16に示す各菌株を接種し、37℃で一晩、180rpmでの振とう条件下で、種培養を行った。次いで、得られた種培養液 0.8mlを、500ml容ヒダ付き三角フラスコ中の0.2mM IPTG+50μg/ml アンピシリン含有TY培地 100mlに接種し、25℃で24時間、150rpmでの振とう条件下で、本培養を行った。
【0211】
培養後の培養物から遠心分離(12000rpm、4℃、10分)をすることにより菌体を沈殿物として回収した。1mlの培養液から得られた菌体に0.5mlの蒸留水を添加して攪拌することにより、菌懸濁液を得た。得られた菌懸濁液を、98℃、10分の条件で加熱処理に供した。該処理後、遠心分離により上清として回収した菌体外液を、0.45μmフィルターでろ過することにより、エルゴチオネイン抽出液を得た。
【0212】
得られたエルゴチオネイン抽出液及び本培養後の培養物から得た培養上清(0.45μmフィルターを用いたろ過処理済み)について、上記例12に記載した条件のLC−MSにより分析した。また、40mlの培養液から得られた菌体について、60℃のインキュベーター内で乾燥させることにより乾燥菌体重量を測定した。エルゴチオネイン(EGT)の生産量を比較した結果を表17に示す。
【0213】
【表17】
【0214】
表17に示されているとおり、上記例12と同様に、コントロール株及びEcEgtC形質転換株はエルゴチオネインの生産能がない又は該生産能は非常に微小であること;(EcEgtA+EcEgtC)形質転換株によるエルゴチオネイン量は、EcEgtA形質転換株によるエルゴチオネイン量よりも多く、それらの差異は培養上清において顕著であったこと;(EcEgtA+EcEgtC)形質転換株はEcEgtA形質転換株に対して相加的というよりもむしろ相乗的にエルゴチオネインの生産能が増強されたものであることがわかった。
【0215】
[例14.形質転換大腸菌のエルゴチオネイン生産(3)]
19ml容試験管中の1μg/ml アンピシリン含有TY培地 2.5mlに、表16に示す(EcEgtA+EcEgtC)形質転換大腸菌を接種し、30℃で16時間、140rpmでの振とう条件下で、種培養を行った。次いで、得られた種培養液の全量を、3lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ社)中の0.1mM IPTG、0.1%(w/v)ヒスチジン、0.1%(w/v)メチオニン及び0.6%(w/v)チオ硫酸ナトリウムを含有する高密度培養用培地 2000mlに接種し、25℃、0.01MPa、750rpmに制御して本培養を行った。
【0216】
培養後の培養物から遠心分離(12,000rpm、4℃、5分)をすることにより菌体を沈殿物として回収した。1mlの培養液から得られた菌体に1mlの蒸留水を添加して攪拌することにより、菌懸濁液を得た。得られた菌懸濁液を、100℃、15分の条件で加熱処理に供した。該処理後、遠心分離により上清として回収した菌体外液を、0.45μmフィルターでろ過することにより、エルゴチオネイン抽出液を得た。
【0217】
得られたエルゴチオネイン抽出液及び本培養後の培養物から得た培養上清(0.45μmフィルターを用いたろ過処理済み)について、上記例3に記載した条件のHPLCにより分析した。また、菌体濃度は吸光度(OD600nm)により分析した。
【0218】
培養中の吸光度(OD600)並びにエルゴチオネイン抽出液及び培養上清におけるエルゴチオネイン量の測定結果を図7に示す。図7に示すとおり、エルゴチオネイン抽出液中(菌体内)のエルゴチオネイン量は最大で0.64mg/mlであり、培養上清中(菌体外)のエルゴチオネイン量は最大で0.05mg/mlであった。また、菌体濃度(OD600)は最大で47.1であった。これらの結果より、(EcEgtA+EcEgtC)形質転換大腸菌を高密度培養することにより、培養液あたり大量のエルゴチオネインを製造することができた。
【0219】
上記例11〜例14の結果より、アスペルギルス・ソーヤ由来のAsEgtAタンパク質及びAsEgtCタンパク質のそれぞれのアミノ酸配列に基づいて、コドン、二次構造、GC含量などの観点から宿主生物に発現させるために最適化した遺伝子egtA又はegtA及びegtCを用いて、宿主生物を形質転換することにより、宿主生物の本来のエルゴチオネイン生産能に関係なく、宿主生物にエルゴチオネインを生産させ得ることがわかった。
【0220】
また、上記例11〜例14の結果より、エルゴチオネイン生産形質転換株を大量又は高密度培養することによって、エルゴチオネインを大量に製造し得ることがわかった。これらの結果より、形質転換糸状菌についても、大量又は高密度培養することにより、エルゴチオネインを工業的に製造し得ることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0221】
本発明の形質転換糸状菌や製造方法は、高純度のエルゴチオネインを製造するために利用することができる。したがって、本発明は、エルゴチオネインは抗酸化能が高い含硫アミノ酸であることから、抗酸化機能が付与された化粧品やサプリメントなどの抗酸化製品を製造するための原料を工業的規模で製造するために利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]