【実施例】
【0075】
以下、本発明の実施例を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、本実施例におけるR’−Fe−Co系強磁性化合物の結晶構造解析は以下のようにして行った。
【0076】
<X線リートベルト解析の構造モデルおよび解析方法>
まず、解析方法の流れを示す。
【0077】
X線回折ピークの指数付けができるように、初期構造モデルとして試料に含まれる相の種類とそれらの結晶構造(格子定数、内部座標、サイトランダムネスなど)を設定した。その後、リートベルト解析ソフトにより、モデルを用いて計算されたX線回折パターン(計算データ)と実際に測定されたX線回折パターン(実測データ)との差異が小さくなるように、試料における相の比率、各相の格子定数、内部座標、サイトランダムネス、占有率などを、初期構造から変化させて精密化した。精密化の精度を判断する指標としては、本解析で一般的に用いられる、計算データと実測データにおける統計的重み付き残差二乗和R
wpと統計的に予想される最小のR
wpであるR
eとの比R
wp/R
e(以下、S値とする)を用い、これが最小の値になるようにパラメータを決定した。
【0078】
以下に使用した構造モデルを示す。
【0079】
本発明に係る試料では、X線回折のピーク位置とキュリー温度から、主としてTbCu
7型に近い結晶構造、ThMn
12型に近い結晶構造、不規則Th
2Ni
17型結晶構造、Fe−Coが含まれることを別途確認している。Th
2Ni
17型結晶構造に関しては、Y−Fe系では構造内部に希土類元素とFe元素とのランダムな置換が生じていることが一般的に知られており、明示する意味で不規則Th
2Ni
17型構造と表記する。一方、Y−Fe−Co系強磁性化合物のキュリー温度は、
図8に示したように<工程C>の熱処理温度に応じて連続的に変化することを観測しており、結晶構造も連続的に変化していることが推定された。
【0080】
本発明の構造群を明らかにするためには、TbCu
7型構造とThMn
12型構造を適当なパラメータを用いて連続的な構造変化として取り扱わなければならない。TbCu
7型は空間群P6/mmmであり、c軸周りに6回回転対称性を有する。ThMn
12型は空間群I4/mmmであり、c軸周りに4回回転対称性を有している。両構造とも、[001]、 [100]、[110]軸のそれぞれに垂直な鏡映面を有している。中間構造を含め連続的な構造変化を取り扱うには、ThMn
12型構造で[001]軸周りの回転対称性を排除した空間群Immmが適切である。空間群Immmで解析することによりS値は低下する。
【0081】
図6は、前述したように、各構造のサイトの対応関係を示す。連続的な構造変化を取り扱うためのパラメータは、希土類サイトとFeダンベルペアとの置換率であり、2aサイト、4g
2サイト、2dサイト、4g
1サイトの占有率が該当する。2aサイトと4g
1サイトの占有率が大きいほどThMn
12型に近く、4g
2サイトと2dサイトの占有率が大きいほどTbCu
7型に近い。サイト占有率には0<g
2a+g
4g2≦1と0<g
2d+g
4g1≦1の関係が成立する。また、構造の並進対称性から、g
2a>g
2dの関係を課しても一般性を失わない。
【0082】
4gサイトは4g
1と4g
2に自己格子間分裂し、b軸上に配置する。一般に4g
1サイトと4g
2サイトの内部座標の間に関連性はないが、サイト占有率が小さい場合にはb軸上で原子位置が任意となり解析が収束しないため、希土類サイトからの距離は等しいと仮定した。その他のFeサイトの占有率は自由に変化し得るが、解析時に解析誤差程度(σ以内,σはgの標準偏差)の範囲で変動する場合には、占有率を1に固定した。
【0083】
各サイトにおける占有率と温度因子(デバイ・ワラー因子)との間には強い相関があることが一般的に知られている。本発明では、各サイトにおいて等方的な温度因子を設定し、類似構造であるYFe
11Mの室温での温度因子(Yサイト:0.28、8fサイト:0.10、8jサイト:0.29、8iサイト:0.27)に倣い、8kサイトは0.1、その他のサイトは0.3に固定した。その際に、不規則Th
2Ni
17型構造の格子定数・内部座標は、1000℃0.5hで熱処理した試料を用いて解析した値に固定して解析を行った。
【0084】
粉末X線回折は、ブラッグ−ブレンターノ集中ビーム方式の広角X線回折装置(X−ray diffractometer、XRD、ブルカー・エイエックス(株)製D8 ADVANCED/TXS)を使用した。Cu製回転陰極に印加する電圧は45kV、電流は360mAとした。KβフィルタはNiを使用した。各スリットは、ソーラスリットを入射側と受光側ともに2.5°、発散スリットを1.0°、受光スリットを0.1mmに設定し、散乱スリットは使用しなかった。走査軸を2θ/θ連動動作で間隔を0.02°、速度を1.3sec./stepとし、 20°≦2θ≦70°または20°≦2θ≦100°の範囲を室温において走査した。X線リートベルト解析は、DIFFRACplus Professional TOPAS 4(ブルカー・エイエックス(株)製)を使用した。
【0085】
[実施例1]
<Y−Fe−Co系強磁性合金の作製>
(工程A)
まず、組成が7.7Y―76.6Fe―15.7Co(at%)(化学式でY(Fe
0.83Co
0.17)
12)で示される総重量1kgの原料合金を得るため、Y(純度99.9%)と電解鉄(純度99.9%)と電解コバルト(純度99.9%)をそれぞれ秤量した。高温でのYの蒸発を考慮し、狙い組成7.7Y―76.6Fe―15.7CoよりもYが3質量%多くなるように、119.7gのYと、729.8gのFeと、154.0gのCoを秤量した。秤量した各金属を混合してアルミナ坩堝に投入し、高周波溶解によって溶解した。その後、水冷の銅ハース上に溶融金属を展開し、凝固させて合金のインゴットを得た。作製した合金インゴットを、ICP分析装置(島津製作所社製:ICPV−1017)を用いて分析した結果、組成は7.4Y―81.3Fe―11.3Co(at%)であった。
【0086】
こうして得た組成が7.4Y―81.3Fe―11.3Coのインゴットに対して、全体の組成が例えば化学式でY(Fe
0.83Co
0.17)
10.5の場合には、Yの金属塊0.269gとCoの金属塊0.306gを秤量添加し、それらを底部に穴(0.8mmφ)の開いた石英出湯管に投入した。7.4Y―81.3Fe―11.3Coインゴット、Y金属塊およびCo金属塊が投入された石英出湯管を高周波誘導加熱型の非晶質金属作製炉(日新技研(株)製)に導入し、20kPaのAr雰囲気中でインゴットおよび金属塊を高周波電界の印加によって加熱し溶解した。7.4Y―81.3Fe―11.3Coインゴットに対して、上記と同様の手順でYおよびCoおよび/またはFeの金属塊を適量添加することにより全体の組成を調整した試料を加熱し溶解した。組成は化学式でY(Fe
0.83Co
0.17)
z(10.5≦z≦17.0)の範囲で調整した。以下、本実施例では合金組成は化学式で表記する。
【0087】
(工程B)
工程AにおいてY−Fe−Co系合金が十分に溶解したことを確認した後、出湯管圧48kPaのArで高速回転する銅ロール(ロール直径230mm)上に溶融金属を出射して急冷凝固させリボン状の合金(以下、超急冷薄帯)を作製した。本実施例では、ロール周速度40m/sを基本条件として設定した。ロール周速度を高速にすることにより、as−spun試料(急冷凝固後熱処理していない試料)での不規則Th
2Ni
17型の生成を抑制することが可能であり、熱処理過程での相分離や構造変化を追跡しやすいためである。ただし、冷却速度に応じた生成相の量や構造の相違を評価する場合には、より遅いロール周速度(0〜40m/s)でも作製した。
【0088】
なお、本明細書では、合金溶湯の冷却速度を「ロール周速度」によって表現しているが、ロール周速度は、冷却に使用するロールの熱伝導率、熱容量、雰囲気の圧力、出湯管圧などによっても変化し得る。本明細書の実施例で使用したロールとは異なる材料またはサイズのロールを使用する場合、ロール周速度の好ましい範囲は本実施例における値を補正して決定すればよい。
【0089】
(工程C)
工程Bにおいて作製した超急冷薄帯をNb箔に包み、Arフロー雰囲気とした石英管に装填した後、石英管を中で予め所定温度に設定された管状炉に投入し0.5時間保持した。その後、石英管を水中に投下し十分冷却した。Arフロー中での熱処理は、真空中での熱処理よりもY元素の蒸発を抑制することができる。そのため、本実施例ではYとFe,Coとの組成ずれを抑制する目的でArフロー中において熱処理を実施した。
【0090】
<キュリー温度>
図8には、Y−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
z(10.5≦z≦17.0)におけるY−Fe−Co系強磁性化合物のas−spun試料と900℃熱処理試料のキュリー温度を示す。900℃で熱処理することによりY−Fe−Co系強磁性化合物の構造は組成zに応じた構造に概ね収束することを確認している。
図8からわかるように、組成zに関係なく、900℃で熱処理することによりキュリー温度は上昇する。少なくとも700℃以上の熱処理でキュリー温度が上昇することを別途確認した。また、キュリー温度は組成zに応じても変化することがわかった。11.5≦z≦14.0の組成範囲で、キュリー温度は比較的に高い値を有する。11.5≦z<14.0の組成範囲のタイプIではキュリー温度は514℃に達し、10.5<z<11.5の組成範囲のタイプIIの擬不規則ThMn
12型結晶構造では、キュリー温度は500℃に達した。
【0091】
<熱処理に伴う構造変化>
図9には、Y−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
z(10.5≦z≦17.0)におけるY−Fe−Co系強磁性化合物の熱処理に伴う構造変化を室温での軸比で整理したグラフを示す。熱処理に伴う格子変化を明示するため、プロット同士を補間して表示している。
【0092】
組成zの値に関係なく、熱処理温度の高温化に伴ってb/cの値は大きくなることを別途確認している。この格子変化から、
図9のY−Fe−Co系強磁性化合物は熱処理による相分離・格子変化の過程で複数のタイプに大別される。磁気異方性の観点から、a軸の長さとb軸の長さが等しくなるにつれ、c軸方向における一軸磁気異方性が最大となることが推定される。このため、R’−Fe−Co系強磁性合金の組成は、熱処理により、不規則ThMn
12型結晶構造になるタイプIと、擬不規則ThMn
12型結晶構造になるタイプIIとが適切であると推定している。
【0093】
タイプIは、11.5≦z<14.0の組成範囲であり、熱処理による格子変化の過程で格子が一時的に大きく歪んだあとa軸の長さとb軸の長さとが等しい不規則ThMn
12型結晶構造(a=b)へと最終的に変化する。
【0094】
タイプIIは、10.5<z<11.5の組成範囲であり、熱処理による格子変化の過程で格子歪みが小さく、a軸の長さとb軸の長さがわずかに異なる擬不規則ThMn
12型結晶構造へと変化する。『擬不規則』は、0<|(a−b)/a|≦0.001のものを指すことにする。不規則ThMn
12型結晶構造または擬不規則ThMn
12型結晶構造を形成するためには、10.5<z<14.0の組成範囲が望ましい。
【0095】
このように、Y−Fe−Co系強磁性合金の組成に応じて、Y−Fe−Co系強磁性化合物の熱処理での相変化の過程が異なる。実施した組成範囲でのY−Fe−Co系強磁性化合物の室温での格子定数は、a軸は8.38オングストローム≦a≦8.47オングストローム、b軸は8.39オングストローム≦b≦8.47オングストローム、c軸は4.77オングストローム≦c≦4.87オングストロームである。特に、タイプIでは実施例4に関する後述の
図13に示すように、結晶のサイズがa軸は8.38オングストローム≦a≦8.47オングストローム、b軸は8.43オングストローム≦b≦8.47オングストローム、c軸は4.77オングストローム≦c≦4.85オングストロームである。また、タイプIIでは、結晶のサイズがa軸は8.41オングストローム≦a≦8.46オングストローム、b軸は8.42オングストローム≦b≦8.47オングストローム、c軸は4.79オングストローム≦c≦4.86オングストロームである。
【0096】
図10Aには、Y−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
12のas−spun試料における生成相の量とロール周速度との関係を示す。
図10Bには、Y−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
12の900℃で熱処理した試料における生成相の量とロール周速度との関係を示す。
図10Aに示されるas−spun試料では、ロール周速度が15m/s以上のとき、Y−Fe−Co系強磁性化合物が生成されるが、その比率は比較的小さい。ロール周速度が速くなるに伴い、Y−Fe−Co系強磁性化合物の生成量は増加する。ロール周速度が30m/s以上になると、Y−Fe−Co系強磁性化合物が合金全体に占める比率は90wt%以上となり飽和する。ロール周速度が12.5m/s以下と遅く試料の冷却が緩慢な場合には、十分な量のY−Fe−Co系強磁性化合物を生成できない。
【0097】
一方、熱処理により、Y−Fe−Co系強磁性化合物は構造が変化するとともに熱分解も生じるため、全体に占める本発明におけるY−Fe−Co系強磁性化合物の相比率は低下する。例えば、
図10Bに示されるように、900℃で熱処理した試料では、ロール周速度が22.5m/s以上になると、Y−Fe−Co系強磁性化合物が合金全体に占める比率は40wt%〜50wt%程度となり飽和する。結局、900℃で熱処理した状態では、ロール周速度が22.5m/s以上ならば相比率は同等である。ロール周速度は、as−spun試料において50wt%以上で生成する20m/s以上が望ましい。熱処理の温度に応じては、ロール周速度を高速にしても生成量は変わらない。
【0098】
<結晶構造解析>
これらの合金に対して、上記に示した方法によって結晶構造解析を行った。
図11Aには、上記タイプI(11.5≦z<14.0)のY−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
zにおけるY−Fe−Co系強磁性化合物のサイト占有率の軸比b/cに対する変化を示す。
図11Bには、上記タイプI(11.5≦z<14.0)のY−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
zにおけるY−Fe−Co系強磁性化合物の内部座標の軸比b/cに対する変化を示す。
【0099】
上記のとおり、b/cの大きさは熱処理温度が高温化すると大きくなる。このため、
図11Aおよび
図11Bは、熱処理温度を変化させた時のサイト占有率および内部座標の変化を示していると理解することができる。構造はb/cの大きさによって概して以下の3つに分けることができる。
(1) b/c≦1.746
(2) 1.746≦b/c≦1.760
(3) b/c≧1.760
【0100】
b/c≦1.746では、TbCu
7型結晶構造に近い構造が実現される。この構造では、希土類サイト2aサイトと2dサイトの57%がYによって占められ、希土類サイト2aサイトの22%がFeダンベルペア4g
2サイトで置換され、22%が原子欠損している。(
図11Aでは2a_vac.で示している。)測定上原子欠損でなくYよりも原子散乱因子の小さな元素、すなわちここではFeまたはCoが配置している可能性もあるが、そうであっても熱処理による相分離の変化過程は変わらないので、ここでは原子欠損として扱う。4eサイトの91%がFeによって占められ9%が原子欠損している。
【0101】
一方、b/c≧1.760では、不規則ThMn
12型結晶構造が実現される。この構造では、希土類サイトは2aサイトと2dサイトに分かれ、体心位置にある2aサイトの81%がYによって占められ、19%が原子欠損している。さらに2dサイトの33%がYによって占められ、66%がFeダンベルペア4g
1で置換されている。これらの希土類サイト占有率や希土類サイトとFeダンベルペアとの置換比率は、ロール周速度に依存する。例えば、ロール周速度25m/sで出湯し900℃、0.5時間で熱処理して作製したY−Fe−Co系強磁性合金7.7Y−Fe76.6−15.7Co(化学式でY(Fe
0.83Co
0.17)
12)に含まれるY−Fe−Co系強磁性化合物は、2aサイトの88%がYによって占められ、12%が原子欠損しており、2dサイトの23%がYによって占められ、74%がFeダンベルペア4g
1で置換されている。ThMn
12型結晶構造と不規則ThMn
12型結晶構造とのサイト占有率に観る相違は、2dサイトの全てがFeダンベルペア4g
1で置換されているか否か、及び2aサイトの原子欠損の有無である。
【0102】
本発明の一部である不規則ThMn
12型結晶構造のb/cの大きさは、実施した範囲では1.773以下であり、これ以上の大きさは結晶構造が不安定である。b/cの大きさをより大きくするには、特許文献1や非特許文献1に開示されているようにFeサイト置換型元素Mの添加が必要であるが、著しい磁気特性の低下を誘発し望ましくない。
【0103】
内部座標は、4eサイトは(0.346<x<0.363、0、0)、4fサイトは(0.197<x<0.211、0、1/2)、4g
1サイトは(0、0.335、0)、4g
2サイトは(0、0.165、0)、4hサイトは(0、0.241<y<0.250、1/2)、8kサイトは(1/4、1/4、1/4)である。
【0104】
前記のとおり、空間群Immm表記において、g
4g2=0かつg
2d=0かつa=bかつ、内部座標で4g
1(x)=4e(x)かつ4h(y)=4f(x)の場合、空間群Immmはc軸周りに4回回転対称性を有する空間群I4/mmmのThMn
12型になる。またa=√3cかつg
2a=g
2dかつg
4g1=g
4g2の場合には、空間群Immmはb軸周りに6回回転対称性を有する空間群P6/mmmのTbCu
7型結晶構造になる。本発明におけるY−Fe−Co系強磁性化合物は、TbCu
7型結晶構造やThMn
12型結晶構造に近い構造をとるが、サイト間の内部座標や占有率が非等価で特殊座標サイトとならないため回転対称性が生じない。これは、少なくともX線で観る長周期の範囲で回転対称性はないことを意味し、単位胞数個程度の局所的に観た場合には回転対称性を有している場合を排除しない。
【0105】
例えば、
図12には、ロール周速度40m/sで出湯し熱処理することにより作製したタイプIのY−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
zにおけるY−Fe−Co系強磁性化合物の構造変化過程の極限である(最もTbCu
7型結晶構造に近い)結晶構造(b/c=1.74)と、不規則ThMn
12型結晶構造(b/c=1.77)を示す。サイト占有率の誤差を考慮すると、Y−Fe−Co系強磁性化合物の組成はY(Fe
0.83Co
0.17)
10近傍である。不規則性はX線で測定される結晶子サイズ内において秩序がないことを指す。R’−Fe−Co系強磁性化合物は、実施した範囲では少なくとも20nmに亘って希土類元素とFeダンベルとが確率的に置換した部位を有している。これにより、これらの合金は、空間群Immmに属し、希土類元素とFeダンベルペアとの置換に長周期性がない不規則ThMn
12型結晶構造を有するY−Fe−Co系強磁性化合物を含んでいることがわかる。ただし、前述で指摘しているように、20nmよりも小さな距離で短距離秩序が生じ回転対称性を有している可能性はあり、その場合を排除しない。
【0106】
図13には、実施例2でロール周速度40m/sで出湯し熱処理することにより作製したタイプIのY−Fe−Co系強磁性化合物Y(Fe
0.83Co
0.17)
zの室温での格子定数の軸比b/cに対する変化を示す。b/c≧1.759では、a軸およびb軸の長さが等しくなることが特徴である。本実施例の場合、a軸8.38オングストローム≦a≦8.47オングストローム、b軸8.43オングストローム≦b≦8.47オングストローム、c軸4.77オングストローム≦c≦4.85オングストロームを有することを特徴とする。
【0107】
図14Aには、上記タイプII(10.5<z<11.5)のY−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
zにおけるY−Fe−Co系強磁性化合物のサイト占有率の軸比b/cに対する変化を示す。ただし、タイプIとタイプIIの相違を明示するため、破線は
図11Aで示したタイプIの変化を示す。
図14Bには、上記タイプII(10.5<z<11.5)のY−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
0.83Co
0.17)
zにおけるY−Fe−Co系強磁性化合物の内部座標の軸比b/cに対する変化を示す。ただし、タイプIとタイプIIの相違を明示するため、破線は
図11Bで示したタイプIの変化を示す。
【0108】
上記のとおり、b/cの大きさは熱処理温度が高温化すると大きくなるため、
図14Aおよび
図14Bは、タイプIの場合と同様に熱処理温度を変化させた時のサイト占有率および内部座標の変化と理解することができる。b/c≦1.746では、タイプIと同様にTbCu
7型結晶構造に近い構造であり、希土類サイト(Immm表記では2aサイトと2dサイト)の57%がYによって占められ、2dサイトの43%がFeダンベルペア4g
1で置換され、2aサイトの22%が原子欠損している。(
図14Aでは2a_vac.で示している。)4eサイトの95%がFeによって占められ、5%が原子欠損している。一方、b/c≧1.761では、タイプIでは不規則ThMn
12型結晶構造であるが、タイプIIではこの領域で構造を維持することができない。これらの希土類サイト占有率や希土類サイトとFeダンベルペアとの置換比率は、タイプIと同様にロール周速度に依存する。
【0109】
本発明の一部である擬不規則ThMn
12型結晶構造のb/cの大きさは実施した範囲では1.761以下であり、これ以上の大きさは結晶構造が不安定である。b/cの大きさをより大きくするには、タイプIの組成範囲が望ましい。内部座標は、4eサイトは(0.338<x<0.363、0、0)、4fサイトは(0.197<x<0.211、0、1/2)、4g
1サイトは(0、0.325<x<0.335、0)、4g
2サイトは(0、0.165<x<0.175、0)、4hサイトは(0、0.241<y<0.250、1/2)、8kサイトは(1/4、1/4、1/4)である。
【0110】
図15には、上記タイプIIのY−Fe−Co系強磁性化合物Y(Fe
0.83Co
0.17)
zの室温での格子定数の軸比b/cに対する変化を示す。ただし、タイプIとタイプIIの相違を明示するため、破線は
図13で示したタイプIの変化を示す。タイプIとタイプIIで明らかに格子変形の仕方が異なることがわかった。タイプIIでは格子変形過程でa軸およびb軸の長さが概ね等しいことが特徴である。本実施例の場合、a軸8.40オングストローム≦a≦8.46オングストローム、b軸8.42オングストローム≦b≦8.45オングストローム、c軸4.79オングストローム≦c≦4.86オングストロームを有することを特徴とする。
【0111】
[実施例2]
<Y−Fe−Co系強磁性合金の作製>
(工程A)
まず、組成がYFe
12で示される総重量1kgの原料合金を得るため、Y(純度99.9%)と電解鉄(純度99.9%)をそれぞれ秤量した。高温でのYの蒸発を考慮し、狙い組成7.7Y―92.3Fe(at%)よりもYが3質量%多くなるように、120.6gのYと、882.9gのFeを秤量した。秤量した各金属を混合してアルミナ坩堝に投入し、高周波溶解によって溶解した。その後、水冷の銅ハース上に溶融金属を展開し、凝固させて合金のインゴットを得た。作製した合金インゴットを、ICP分析装置(島津製作所社製:ICPV−1017)を用いて分析した結果、組成は7.3Y―92.7Fe(at%)であった。
【0112】
こうして得た組成が7.3Y―92.7Feのインゴットに対して、全体の組成が例えば化学式でYFe
11Coの場合には、Yの金属塊0.150gとCoの金属塊0.773gを秤量添加し、それらを底部に穴(0.8mmφ)の開いた石英出湯管に投入した。7.3Y―92.7Feインゴット、Y金属塊およびCo金属塊が投入された石英出湯管を高周波誘導加熱型の非晶質金属作製炉(日新技研(株)製)に導入し、20kPaのAr雰囲気中でインゴットおよび金属塊を高周波電界の印加によって加熱し溶解した。7.3Y―92.7Feインゴットに対して、上記と同様の手順でYおよびCoの金属塊を適量添加することにより全体の組成を調整した試料を加熱し溶解した。組成は化学式でY(Fe
1-yCo
y)
12(0≦y≦0.5)の範囲で調整した。以下、本実施例では合金組成は化学式で表記する。
【0113】
(工程B)
工程AにおいてY−Fe−Co系合金が十分に溶解したことを確認した後、出湯管圧48kPaのArで高速回転する銅ロール(ロール直径230mm)上に溶融金属を出射して急冷凝固させリボン状の合金(以下、超急冷薄帯)を作製した。ロール周速度を25m/sに設定した。出湯時の溶湯温度は合金溶湯が液体となる温度であれば任意である。
【0114】
(工程C)
工程Bにおいて作製した超急冷薄帯をNb箔に包み、石英管中に配置して真空中で熱処理した。具体的には油拡散ポンプで1.0×10
-4Pa以下の真空度まで排気しながら予め所定温度に設定された管状炉に投入した。その後、その温度で0.5時間保持した後、石英管を水中に投下し十分冷却した。
【0115】
<Co置換量>
図16のグラフには、Y−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
1-yCo
y)
12におけるY−Fe−Co系強磁性化合物の(a)キュリー温度、および(b)室温での体積磁化、および(c)室温での磁気異方性磁界のCo置換量yに対する変化を示す。またこれらのそれぞれの値を表1に示す。体積磁化は、後述の実施例4で同定した磁気モーメントと実施例3で同定した単位胞体積・サイト占有率を使用して導出した。体積磁化は、0≦y≦0.1の組成範囲ではCo置換量の増加に伴い増大し、0.1≦y≦0.3の組成範囲では一定または微増、y≧0.3の組成範囲では低下した。磁気異方性磁界は、0≦y≦0.1の組成範囲ではCo置換量の増加に伴い増大し、0.1≦y≦0.3の組成範囲では一定または微減、y≧0.3の組成範囲では低下した。0.1≦y≦0.3の組成範囲では、キュリー温度は400℃から700℃であり、体積磁化は1.61Tであり、磁気異方性磁界は2.4Tから2.7T程度である。室温での体積磁化と磁気異方性磁界の変化から、Co置換量yは0<y≦0.3の組成範囲が望ましく、0.1≦y≦0.3の組成範囲がより望ましいということがわかった。
【0116】
<Feサイト置換型元素Mを使用したThMn
12型結晶構造の化合物との比較>
Feサイト置換型元素Mを使用した特許文献1と比較するため、ThMn
12型結晶構造を有するY(Fe
1-yCo
y)
11Ti(0<y≦0.5)について調査した。本実施例と作製条件を合わせるためロール周速度は25m/sで作製し、700℃、800℃、900℃、1000℃の各温度で熱処理した。as−spun試料にはTbCu7型結晶構造とbcc−Fe−Coが含まれていることを観測した。熱処理温度の高温化に伴いTbCu
7型結晶構造はThMn
12型構造に変化することを観測し、900℃および1000℃熱処理した試料ではThMn
12型が単相で生成した。急冷の効きが悪いとThMn
12型結晶構造とTh
2Ni
17型結晶構造とbcc−Fe−Coが生成する傾向にあった。900℃で熱処理した試料について本発明に使用した空間群Immmを使用して構造解析を行ったところ、g
4g2=0かつg
2d=0かつa=bかつ、内部座標で4g
1(x)=4e(x)かつ4h(y)=4f(x)となり、空間群Immmはc軸周りに4回回転対称性を有する空間群I4/mmmのThMn
12型結晶構造になった。1000℃で熱処理した試料の磁気物性値を、本発明と同様の方法で評価した結果を表1に示す。これらの値を上記本発明の磁気物性値と比較すると、全ての磁気物性値において本発明に及ばないことがわかった。
【0117】
【表1】
【0118】
<結晶構造解析>
これらの合金に対しても、実施例1と同様に結晶構造解析を行ったところ、これらの合金は、空間群Immmに属し、希土類元素とFeダンベルペアとの置換に長周期性がない不規則ThMn
12型結晶構造を有するY−Fe−Co系強磁性化合物を含んでいることを確認した。
【0119】
また、
図17には、上記Y−Fe−Co強磁性合金の組成Y(Fe
1-yCo
y)
12におけるY−Fe−Co強磁性化合物の格子定数のCo置換量に対する変化を示す。白丸が800℃熱処理した試料、塗潰した丸が900℃熱処理した試料である。X線リートベルト解析から、Co元素の置換量に関係なく、800℃で熱処理したY−Fe−Co強磁性化合物はa軸およびb軸の長さが異なることを確認した。y=0.5の組成を除き、900℃で熱処理したY−Fe−Co系強磁性化合物はa軸およびb軸の長さが同じ不規則ThMn
12型となった。熱処理温度を800℃から900℃へと上げると、Co置換量に関係なくa軸およびb軸は拡大し、c軸は縮小する。本実施例の場合、a軸8.38オングストローム≦a≦8.47オングストローム、b軸8.37オングストローム≦b≦8.45オングストローム、c軸4.78オングストローム≦c≦4.84オングストロームを有する。
【0120】
[実施例3]
本実験例では、
57Feのメスバウア分光測定から不規則ThMn
12型のY−Fe−Co系強磁性化合物のCo選択配位サイトと磁気モーメントについて評価した。実施例2のロール周速度25m/sで出湯し900℃0.5時間で熱処理した試料を室温において透過で測定した。
【0121】
メスバウア分光測定によって得られる内部磁界と磁気モーメントとの間には、ThMn
12型結晶構造で一般的に使用されている15.7T/μ
Bの比例関係を用い換算した。メスバウアスペクトルの解析では、混相であるためFe元素の置かれた環境を全て反映して解析するのは自由度の多さから不可能である。そのため、サイト周りの局所環境が類似しているサイトは全て同一し、またCo原子からの距離によるFe原子の差異も無視し結晶学的な同一サイトとして扱った。結果、不規則ThMn
12型で3成分、不規則Th
2Ni
17型で4成分、bcc−Fe−Coで1成分の合計8成分で解析を行った。任意性を排除するために、X線リートベルト解析の相比率の結果を参考にして最初に1000℃で0.5時間熱処理した試料から不規則Th
2Ni
17型とbcc−Fe−Coの5成分を同定した。その後、5成分を固定した条件で3成分を追加し、900℃で0.5時間熱処理した試料のメスバウアスペクトルを解析した。5成分を固定した解析の正当性は、900℃で0.5時間熱処理した試料と1000℃で0.5時間熱処理した試料とでは、不規則Th
2Ni
17型とbcc−Fe−Coのキュリー温度に差異がないことから支持される。なぜなら、キュリー温度に差異がないことは、交換相互作用や磁気モーメントの大きさに差異がないことを意味し、それらを反映したメスバウアパラメータの内部磁界と異性体シフトに差異がないことを意味するからである。
【0122】
表2にY−Fe−Co系強磁性化合物のタイプIの不規則ThMn
12型における各Feサイトへ配位する2.7オングストローム以内のFeサイトを示す。
【0123】
【表2】
【0124】
ここで、「2.7オングストローム」は、ウィグナー・ザイツ胞の定義に使用する元素を全て包含するのに十分な距離であり、各Feサイトへ特に影響を与える元素を包含する距離である。有効配位数とは配位する元素数に距離の重み付きを掛けたものであり、各サイト周りの局所環境を反映し局在性の指標を与える。有効配位数が小さいほど局在性が大きいことを示しており、各Feサイトの局在性は4f>4g
1>4h>4e>8kの順になっている。本解析では、有効配位数の近い4fと4g
1、4hと4eをそれぞれ同一のサイトとして扱った。
【0125】
図18にY−Fe−Co系強磁性合金の組成Y(Fe
1-yCo
y)
12におけるY−Fe−Co系強磁性化合物のタイプIの不規則ThMn
12型の(a)内部磁界と磁気モーメント、(b)四重極モーメント、(c)異性体シフト、(d)Y−Fe−Co系強磁性化合物の成分内での面積比率のCo置換量依存性をそれぞれ示す。ただし、室温で測定した。各成分とサイトとの対応付けの方法は、以下の異性体シフトと内部磁界の大きさに基づき実施した。異性体シフトは、各サイトの核位置でのs電子密度を反映しており、異性体シフトが大きいほどs電子密度は小さい。一般に局在性の大きいサイトはs電子密度が小さく、また内部磁界は大きい傾向にあるため、表2での局在性の順に従い異性体シフトと内部磁界の大きさが4f、4g
1>4e、4h>8kの順となるようにサイトと各成分を対応付けた。
【0126】
(a)室温での内部磁界と磁気モーメント<m>のCo置換量依存性では、0<y≦0.1の組成範囲ではCo置換量の増加に伴い急激に上昇し、0.1≦y≦0.35の組成範囲ではCo置換量増加に伴い微増または横ばいであり、y≧0.35では急激に減少することを観測した。内部磁界と磁気モーメント<m>の大きさから、Co置換量は0.1≦y≦0.35の組成範囲が望ましい。
【0127】
(b)四重極分裂は各Feサイトの電場勾配と比例し、各Feサイトに配位する元素の情報を与えるため、Co元素が選択配位するサイトを同定することが可能である。Co置換量の増加に伴い、四重極分裂の変化量は8k>4e、4h>4f、4g
1サイトの順であり、Co元素の配位による影響が大きな順となっている。表2から、8kサイトの第一近接サイトは8kサイトで0.239nm、4e、4hサイトの第一近接サイトは8kサイトで0.243nmであり、Co元素が8kサイトに配位していることを示唆している。また、(d)1−12相成分内での面積比率はFeサイトの数を表しており、4f、4g
1サイトと4e、4hサイトはほとんど平行で比率が上昇する一方で、8kサイトは減少しており、Co元素が8kサイトに選択的に配位していることを確認した。
【0128】
(c)異性体シフトは、核位置でのs電子密度を反映し、3d電子密度を反映する。3d電子密度が上昇すると、遮蔽効果により核位置でのs電子密度が低下し、異性体シフトは増加する。Fe元素の占有率の重み付き平均である平均異性体シフトは、0≦y≦0.18の組成範囲でほとんど変化がなく、y≧0.18の組成範囲で増加することを観測した。これは、Co置換量が0≦y≦0.18の組成範囲では3d電子密度にほとんど変化がなく、y≧0.18の組成範囲では3d電子密度が増加することを意味している。ThMn
12型のYFe
12では8i、8jサイトのアップスピンバンドは全て電子で占有されている一方、8fサイトのアップスピンバンドは電子占有の余地があるため、8fサイトにCoが選択配位することによりある閾値までは磁気モーメントは上昇することが知られている。構造が類似の不規則ThMn
12型では8fサイトに対応するのが8kサイトであるため、Coの8kサイトへの選択配位により磁気モーメントは上昇すると推定している。しかし、閾値を超すことにより、ダウンスピンバンドへの電子占有を許すことになり不対電子が減少して磁気モーメントは低下する。これらの状況を踏まえると、(a)の内部磁界と磁気モーメント<m>のCo置換量依存性は以下のように説明できる。Co置換量が0<y≦0.1の組成範囲では、磁気モーメントmの増加とキュリー温度上昇の相乗効果により磁気モーメント<m>は急激に上昇し、Co置換量が0.1≦y≦0.35の組成範囲では、磁気モーメントmが減少し始めキュリー温度上昇の効果と拮抗することにより微増または横ばいとなり、Co置換量がy≧0.35の組成範囲では、磁気モーメントmの減少がキュリー温度上昇効果を勝り磁気モーメント<m>が減少すると推定できる。
【0129】
本発明の実施形態における強磁性合金は、高性能磁石材料の母相として不可欠な磁気モーメントと磁気異方性磁界の大きさが、Fe元素置換系よりも大きいことがわかる。また、Feサイト置換型元素Mによる磁気モーメントの低下は大きく、Smの磁気モーメントを加味したSm(Fe、Co、M)
12でも本発明の磁気モーメントの大きさには遠く及ばない。
【0130】
[実施例4]
<Y−Sm−Fe−Co系強磁性合金の作製>
(工程A)
まず、組成が7.7Y―92.3Fe(at%)(化学式でYFe
12)で示される総重量1kgの原料合金を得るため、Y(純度99.9%)と電解鉄(純度99.9%)をそれぞれ秤量した。高温でのYの蒸発を考慮し、狙い組成7.7Y―92.3FeよりもYが5質量%多くなるように、123.0gのYと、882.9gのFeを秤量した。秤量した各金属を混合してアルミナ坩堝に投入し、高周波溶解によって溶解した。その後、水冷の銅ハース上に溶融金属を展開し、凝固させて合金のインゴットを得た。作製した合金インゴットを、ICP分析装置(島津製作所社製:ICPV−1017)を用いて分析した結果、組成は7.7Y―92.3Feであった。同様の方法で、組成が9.3Sm―90.7Fe(at%)の合金インゴットを作製した。
【0131】
こうして得た7.7Y―92.3Feインゴットと9.3Sm―90.7Feインゴットに対して、全体の組成が例えば化学式でY
0.7Sm
0.3(Fe
0.83Co
0.17)
12の場合には、Yの金属塊0.089gとSmの金属塊0.064gとCoの金属塊1.504gを秤量添加し、それらを底部に穴(0.8mmφ)の開いた石英出湯管に投入した。7.7Y―92.3Feインゴットおよび9.3Sm―90.7FeインゴットおよびSm金属塊およびY金属塊およびCo金属塊が投入された石英出湯管を高周波誘導加熱型の非晶質金属作製炉(日新技研(株)製)に導入し、20kPaのAr雰囲気中でインゴットおよび金属塊を高周波電界の印加によって加熱し溶解した。7.7Y―92.3Feインゴットと9.3Sm―90.7Feのインゴットに対して、上記と同様の手順でYおよびSmおよびCoの金属塊を適量添加することにより全体の組成を調整した試料を加熱し溶解した。組成は化学式でY
1-xSm
x(Fe
0.83Co
0.17)
z(0≦x≦0.5、11.5≦z≦12.0)の範囲で調整した。以下、本実施例では合金組成は化学式で表記する。
【0132】
(工程B)
工程AにおいてY−Sm−Fe−Co系合金が十分に溶解したことを確認した後、出湯管圧48kPaのArで高速回転する銅ロール(ロール直径230mm)上に溶融金属を出射して急冷凝固させリボン状の合金(以下、超急冷薄帯)を作製した。本実施例では、ロール周速度40m/sに設定した。ロール周速度を高速にすることにより、不規則Th
2Ni
17型の生成を抑制することが可能であり、熱処理過程での相分離や構造変化を追跡しやすいためである。
【0133】
(工程C)
工程Bにおいて作製した超急冷薄帯をNb箔に包み、Arフロー雰囲気中で予め所定温度に設定された管状炉に投入し0.5時間保持した。その後、石英管を水中に投下し十分冷却した。Arフロー中での熱処理は、真空中での熱処理よりもY元素およびSm元素の蒸発を抑制することができる。そのため、本実施例では希土類元素と3d遷移金属との組成ずれを抑制する目的でArフロー中において熱処理を実施した。
【0134】
図19A〜Cには、Y−Sm−Fe−Co系強磁性合金の組成Y
1-xSm
x(Fe
0.83Co
0.17)
z(0≦x≦0.5、z=11.5、12.0)におけるY−Sm−Fe−Co強磁性化合物のキュリー温度、室温での磁気異方性磁界、および室温での体積磁化のSm置換量xに対する変化を示す。また、これらのそれぞれの値を表3に示す。
【0135】
これらの合金に対しても、実施例1と同様に結晶構造解析を行ったところ、これらの合金は、空間群Immmに属し、希土類元素とFeダンベルペアとの置換に長周期性がない不規則ThMn
12型結晶構造を有するR’−Fe−Co系強磁性化合物を含んでいることを確認した。また、x≧0.3の組成範囲では熱処理温度に応じて軽希土類元素に特徴的なTh
2Zn
17型結晶構造も生成することを確認した。X線リートベルト解析から、SmリッチなTh
2Zn
17型とYリッチなTh
2Ni
17型に分解することを確認した。
【0136】
実施した組成範囲でのY−Sm−Fe−Co系強磁性化合物の室温での格子定数は、a軸は8.39オングストローム≦a≦8.49オングストローム、b軸は8.43オングストローム≦b≦8.47オングストローム、c軸は4.78オングストローム≦c≦4.88オングストロームである。
【0137】
実施例1および実施例2の結果を含めると、本発明におけるR’−Fe−Co系強磁性化合物の室温での格子定数は、a軸は8.38オングストローム≦a≦8.49オングストローム、b軸は8.37オングストローム≦b≦8.47オングストローム、c軸は4.77オングストローム≦c≦4.88オングストロームである。
【0138】
<Feサイト置換型元素Mを使用した合金との比較>
ThMn
12型結晶構造を有するSm(Fe
1-yCo
y)
11Ti(0<y≦0.5)について調査した。本実施例と作製条件を合わせるためロール周速度は40m/sで作製し、700℃、800℃、900℃、1000℃の各温度で熱処理した。as−spun試料にはTbCu
7型結晶構造とbcc−Fe−Coが含まれていることを観測した。熱処理温度の高温化に伴いTbCu
7型結晶構造はThMn
12型構造に変化することを観測し、900℃および1000℃熱処理した試料ではThMn
12型が単相で生成した。急冷の効きが悪いとThMn
12型結晶構造とTh
2Ni
17型結晶構造とbcc−Fe−Coが生成する傾向にあった。900℃で熱処理した試料について本発明に使用した空間群Immmを使用して実施例1と同様に構造解析を行ったところ、g
4g2=0かつg
2d=0かつa=bかつ、内部座標で4g
1(x)=4e(x)かつ4h(y)=4f(x)となり、空間群Immmはc軸周りに4回回転対称性を有する空間群I4/mmmのThMn
12型結晶構造になっていた。1000℃で熱処理した試料の磁気物性値を、本発明と同様の方法で評価した結果を表3に示す。
【0139】
【表3】
【0140】
室温での磁気異方性磁界はSmFe
11Tiで10.5―12.5Tであり、磁気異方性エネルギーは3.7MJ/m
3である。Co置換量の増加に伴い室温での磁気異方性エネルギーは低下し、Sm(Fe
0.9Co
0.1)
11Tiでは2.5MJ/m
3、Sm(Fe
0.8Co
0.2)
11Tiでは2.1MJ/m
3でありSm(Fe
0.6Co
0.4)
11Tiでは磁化は傾き一軸磁気異方性ではない。SmFe
11Tiと比較した場合、本発明におけるSm−Fe−Co系強磁性化合物はSm元素の使用量は半分程度であるため磁気異方性エネルギーも半分程度である。しかしながら、本発明におけるSm−Fe−Co系強磁性化合物はCo置換により磁気異方性エネルギーが向上するため、Co置換量が同等のSm(Fe
0.8Co
0.2)
11Tiと比較した場合、Sm元素の使用量は半分程度で磁気異方性エネルギーは同等である。体積磁化については、本発明におけるSm−Fe−Co系強磁性化合物のほうが格段に大きいと言える。
【0141】
また、R元素置換型元素Tを使用した特許文献2および特許文献3と比較するため、Sm
1-xZr
x(Fe
1-yCo
y)
11について調査した。本実施例と作製条件を合わせるためロール周速度は40m/sで作製し、700℃、800℃、900℃、1000℃の各温度で本実施例と同様の方法で熱処理した。900℃以上の熱処理でTh
2Zn
17相とbcc−Fe−Coに分解した。a=√3cかつg
2a=g
2dかつg
4g1=g
4g2となり空間群Immmはb軸周りに6回回転対称性を有する空間群P6/mmmのTbCu
7型結晶構造になった。特許文献2では1000℃以上の熱処理でもThMn
12型が生成すると記載されているが、本検討では確認できず特許文献3の記載内容と同じ結果を得た。その結果、表に示す。
【0142】
【表4】
【0143】
特許文献2に記載されている空間群P6/mmmでの軸比を本発明の空間群Immmに変換すると1.700<b/c<1.752の範囲になる。これは
図9のグラフにおけるTbCu
7型構造の範疇にあるため、特許文献2の合金と同様の合金を作製できたと言える。これに対し、本発明の合金組成によれば、特許文献2に記載されている化合物よりもb/cの大きな構造を得ることができる。
【0144】
[実施例5]
<Gd−Fe−Co系強磁性合金の作製>
(工程A)
この実験例では、まず、組成が7.7Gd―80.8Fe―11.5Co(at%)(化学式でGd(Fe0.875Co0.125)
12)で示される総重量900gの原料合金を得るため、Gd(純度99.9%)と電解鉄(純度99.9%)と電解コバルト(純度99.9%)をそれぞれ秤量した。高温でのGdの蒸発を考慮し、狙い組成7.7Gd―80.8Fe―11.5CoよりもGdが3質量%多くなるように、175.2gのGdと、634.3gのFeと、95.6gのCoを秤量した。秤量した各金属を混合してアルミナ坩堝に投入し、高周波溶解によって溶解した。その後、水冷の銅ハース上に溶融金属を展開し、凝固させて合金のインゴットを得た。作製した合金インゴットを、ICP分析装置(島津製作所社製:ICPV−1017)を用いて分析した結果、組成は7.6Gd―81.0Fe―11.4Coであった。
【0145】
こうして得た組成が7.6Gd―81.0Fe―11.4Coのインゴットに対して、全体の組成が化学式でGd(Fe
0.83Co
0.17)
12の場合には、Gdの金属塊0.110gとCoの金属塊0.421gを秤量添加し、それらを底部に穴(0.8mmφ)の開いた石英出湯管に投入した。7.6Gd―81.0Fe―11.4Coインゴット、Gd金属塊およびCo金属塊が投入された石英出湯管を高周波誘導加熱型の非晶質金属作製炉(日新技研(株)製)に導入し、20kPaのAr雰囲気中でインゴットおよび金属塊を高周波電界の印加によって加熱し溶解した。以下、本実施例では合金組成は化学式で表記する。
【0146】
(工程B)
工程AにおいてGd−Fe−Co系合金が十分に溶解したことを確認した後、出湯管圧48kPaのArで高速回転する銅ロール(ロール直径230mm)上に溶融金属を出射して急冷凝固させリボン状の合金(以下、超急冷薄帯)を作製した。ロール周速度を25m/sに設定した。出湯時の溶湯温度は合金溶湯が液体となる温度であれば任意であるが、溶湯温度が高すぎる場合、溶湯の粘性が著しく低下し出湯条件が同じでもロールへの接触面積が異なってくるため冷却速度に無視できない相違が生じる。合金の組成により合金の融点は異なる。本実験例で設定した組成範囲では、Gd−Fe−Co系合金の融点は推定で1100℃以上である。
【0147】
(工程C)
工程Bにおいて作製した超急冷薄帯をNb箔に包み、石英管中に配置して真空中で熱処理した。具体的には油拡散ポンプで1.0×10
-4Pa以下の真空度まで排気しながら予め所定温度に設定された管状炉に投入した。その後、その温度で0.5時間保持した後、石英管を水中に投下し十分冷却した。
【0148】
こうして得たGd−Fe−Co系強磁性合金に対しても、実施例1と同様に結晶構造解析を行ったところ、これらの合金は、空間群Immmに属し、希土類元素とFeダンベルペアとの置換に長周期性がない不規則ThMn
12型結晶構造を有するY−Fe−Co系強磁性化合物を含んでいることを確認した。またこれらの合金が含む強磁性化合物は、Y−Fe−Co系強磁性化合物に観られるのと同様の熱処理による格子変化を示すことをX線リートベルト解析により確認した。さらに、650℃以上の熱処理によりGd−Fe−Co系強磁性化合物のキュリー温度は上昇し、Y−Fe−Co系強磁性化合物と同様であることを確認した。
【0149】
また、Smを添加したGd−Sm−Fe−Co系強磁性合金を作製し、Y−Sm−Fe−Co系強磁性合金と同様の方法で構造および物性値を評価したところ、実施例4と同様にGd−Sm−Fe−Co系強磁性化合物を含んでいることを確認した。またこれらの合金が含む強磁性化合物は、Gd−Sm−Fe−Co系強磁性化合物に観られるのと同様の熱処理による格子変化を示すことをX線リートベルト解析により確認した。さらに、650℃以上の熱処理によりGd−Sm−Fe−Co系強磁性化合物のキュリー温度は上昇し、Y−Sm−Fe−Co系強磁性化合物と同様であることを確認した。しかし、Y−Sm−Fe−Co系強磁性化合物と比較して、体積磁化は低下しその半面で磁気異方性磁界は向上することを確認した。
【0150】
実施した組成範囲でのGd−Sm−Fe−Co系強磁性化合物の室温での格子定数は、a軸は8.39オングストローム≦a≦8.49オングストローム、b軸は8.43オングストローム≦b≦8.47オングストローム、c軸は4.78オングストローム≦c≦4.88オングストロームである。