【文献】
山本 琢磨 Takuma Yamamoto,近赤外蛍光体Y3Al5O12:Nd ナノ粒子の作製 Synthesis of near-infrared (NIR) illuminant of Y3Al5O12:Nd nanoparticles,2010年春季第57回応用物理学関係連合講演会講演予稿集,2010年
【文献】
中根 朝樹 A Nakane,NdをドープしたCaWO<SB>4</SB>近赤外発光材料の調製,応用物理学関係連合講演会講演予稿集2000春1 Extended Abstracts (The 47th Spring Meeting, 2000);The Japan Society of Applied Physics and Related Societies No.1,(社)応用物理学会,2000年 3月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
2±0.2モル部のストロンチウムを含有するストロンチウム化合物の粉末と、1±0.1モル部のスズを含有するスズ化合物の粉末と、前記ストロンチウム化合物に含まれるストロンチウム量の0.01〜10mol%に相当するネオジムを含有するネオジム化合物の粉末とを混合して混合物を得る混合工程と、
前記混合物を焼成することによりNd3+が固溶したSr2SnO4の結晶体を含む焼成物を生成する焼成工程と、
前記焼成物を冷却して近赤外蓄光性蛍光材料とする冷却工程と、
を有することを特徴とする近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、Nd
3+が固溶したSr
2SnO
4の結晶体を含有する近赤外蓄光性蛍光材料を提供するものである。
【0024】
近年、医療やバイオサイエンスの分野において、近赤外光の利用が検討されているが、近赤外領域において残光性を示す実用的な蛍光材料は未だ提案されていない。
【0025】
本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料は、上記分野を中心に種々の領域において極めて有用なものと言える。付言すれば、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料は、紫外光のほか、X線によっても励起可能であり、シンチレーション蛍光体などの発光体としての利用も可能である。また、赤外領域において発光が継続するので、生体内光学イメージングとしての利用も大いに期待される。
【0026】
特に、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料に特徴的には、母体材料であるSr
2SnO
4に対し、発光中心となる元素を1種類しか添加していないことが挙げられる。
【0027】
先に述べた特許文献1に記載の蛍光材料のように、優れた残光性を生起させるためには、発光中心として多種の元素を添加することがある。
【0028】
しかしながら、添加する元素の数が増えると、それぞれの元素の微妙なバランスが影響しやすく、均質な製品を製造するにあたり高度な調整技術が必要となる。
【0029】
一方、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料は、発光中心として1種類の元素、すなわちNdを添加することで、極めて優れた近赤外残光性を示すものである。
【0030】
それゆえ、製造上においても品質の制御が容易であり、安価で優れた特性を有する近赤外蓄光性蛍光材料を市場に提供することが可能となる。
【0031】
付言すれば、本発明は、単一種の発光中心を母体材料に固溶させてなる近赤外蓄光性蛍光材料であって、前記発光中心はNd
3+であり、前記母体材料は、Sr
2SnO
4であることを特徴とする近赤外蓄光性蛍光材料を提供するものであるとも言える。なお、この発光中心元素が1種類であるという特徴は、他に類を見ない長所であるものの、本発明を理解するにあたり必ずしも限定的に解釈すべきではない。
【0032】
すなわち、今後更なる研究の成果によって他の元素との共添加による優れた効果が見出される可能性もあるため、本発明は、Nd以外の更なる元素を共添加するという概念も含んでいる。但し、本発明において発光元素をNd単独に限定することも妨げない。
【0033】
また、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料は、同近赤外蓄光性蛍光材料に含まれる結晶体が格子欠陥を有するものであっても良い。
【0034】
この格子欠陥は、Ndの置換型固溶に由来するものであっても良く、また、侵入型固溶に由来するものであっても良い。
【0035】
結晶体が有する結晶構造中において格子欠陥を存在させることにより、格子欠陥を存在させない場合に比して、更に優れた残光性を示す近赤外蓄光性蛍光材料とすることができる。
【0036】
特に、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料では、Nd
3+は、前記Srの少なくとも一部、おそらくは固溶させたNd
3+の大部分がSrを置換する状態で結晶中に存在しており、後述の優れた残光性を示すこととなる。
【0037】
また、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料は、Nd
3+は、母体材料としてのSr
2SnO
4中に含まれるSrの0.01〜10mol%に相当する濃度で固溶していることとしても良い。
【0038】
より具体的には、固溶濃度下限値が母体材料としてのSr
2SnO
4中に含まれるSrの0.01mol%以上、0.1mol%以上、0.5mol%以上、0.7mol%以上のいずれか、固溶濃度上限値が母体材料としてのSr
2SnO
4中に含まれるSrの10mol%以下、4mol%以下、3mol%以下、2mol%以下のいずれかであって、上記固溶濃度下限値と固溶濃度上限値との組合せの濃度帯で固溶させることができる。
【0039】
固溶濃度下限値が0.01mol%未満となると、残光性が著しく低下するため好ましくない。また、固溶濃度下限値を0.1mol%以上、より好ましくは0.5mol%以上、更に好ましくは0.7mol%以上とすることにより、良好な残光性を生起させることができる。
【0040】
固溶濃度上限値が10mol%を上回っても残光性の著しい向上は望めず好ましくない。また、固溶濃度上限値を5mol%以下、好ましくは4mol%以下、より好ましくは3mol%以下、更に好ましくは2mol%以下とすることにより、良好な残光性を生起させることができる。
【0041】
残光性の観点からNdの固溶濃度範囲について敢えて限定的に言及すれば、例えば、母体材料としてのSr
2SnO
4中に含まれるSrの0.1mol%以上5mol%以下とすることにより、極めて良好な残光性を生起させることができる。
【0042】
また、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料は、同近赤外蓄光性蛍光材料に含まれる結晶体が、1200℃以上の温度での焼成によって生成したものであることとしても良い。
【0043】
後に試験結果を参照しつつ詳説するが、1200℃以上の温度で焼成された結晶体を近赤外蓄光性蛍光材料に含ませることにより、優れた残光性を生起させることができる。
【0044】
また、より具体的には、焼成温度下限値として1200℃以上、1300℃以上のいずれか、焼成温度上限値として1800℃以下、1700℃以下、1600℃以下のいずれかであって、上記焼成温度下限値と焼成温度上限値との組合せの温度帯で焼成した結晶体を含むようにすることができる。
【0045】
焼成温度下限値を1200℃以上とすることにより、優れた残光性を示す結晶体を含有する近赤外蓄光性蛍光材料とすることができる。また、焼成温度下限値を1300℃以上とすることにより、さらに優れた残光性を示す結晶体を含有する近赤外蓄光性蛍光材料とすることができる。
【0046】
焼成温度上限値が1550℃を上回ると、結晶相を維持するのが徐々に困難となるため、残光性も徐々に低下する。本発明者らの経験上、焼成温度上限値が1800℃以下であれば、残光性を示す結晶体を含有する近赤外蓄光性蛍光材料とすることが可能である。また、焼成温度上限値を1700℃以下、より好ましくは1600℃以下とすることにより、優れた残光性を示す結晶体を含有する近赤外蓄光性蛍光材料とすることができる。
【0047】
焼成温度帯について、残光性の観点からより限定的に言及するならば、焼成温度帯は1300℃〜1700℃、更には1550℃±100℃としても良い。このような温度帯にて焼成して生成した結晶体を含有させることにより、極めて優れた残光性を示す近赤外蓄光性蛍光材料とすることができる。
【0048】
このように、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料によれば、上述のような構成とすることにより、近赤外領域にて残光性を示す蓄光性蛍光材料を提供することができる。
【0049】
また、上述した本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料は、所定のマトリクス材料中に分散させて近赤外蓄光性蛍光体を形成させても良い。例えば、硬化性を有する樹脂をマトリクス材料とし、硬化前の樹脂中に粉末状の近赤外蓄光性蛍光材料を分散させ硬化させることにより、近赤外領域において残光性を示す所望の形状の近赤外蓄光性蛍光体を容易に形成することができる。なお、マトリクス材料は少なくとも、同マトリクス材料中に混在させた近赤外蓄光性蛍光材料を励起させるための励起光や、近赤外蓄光性蛍光材料から放射される近赤外光を透過可能なものが用いられる。
【0050】
また、本発明は、前述のような近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法を提供するものでもある。
【0051】
具体的には、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法では、2±0.2モル部のストロンチウムを含有するストロンチウム化合物の粉末と、1±0.1モル部のスズを含有するスズ化合物の粉末と、前記ストロンチウム化合物に含まれるストロンチウム量の0.01〜10mol%に相当するネオジムを含有するネオジム化合物の粉末とを混合して混合物を得る混合工程と、前記混合物を焼成することによりNd
3+が固溶したSr
2SnO
4の結晶体を含む焼成物を生成する焼成工程と、前記焼成物を冷却して近赤外蓄光性蛍光材料とする冷却工程と、を有することを特徴としている。
【0052】
混合工程にて使用するストロンチウム化合物や、スズ化合物、ネオジム化合物は特に限定されるものではなく、例えば、炭酸塩、硝酸塩、塩化物、硫化物、酸化物、シュウ酸塩、酢酸塩、水酸化物などを用いることができる。
【0053】
本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法においてストロンチウム化合物は、好ましくは2モル部使用する。このときの許容される誤差は、±10mol%、すなわち、2±0.2モル部である。
【0054】
また、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法においてスズ化合物は、好ましくは1モル部使用する。このときの許容される誤差は、±10mol%、すなわち、1±0.1モル部である。
【0055】
また、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法においてネオジム化合物は、前記ストロンチウム化合物に含まれるストロンチウム量の0.01〜10mol%に相当するネオジムを含有する量を使用する。具体的には、0.00018モル部(1.8×0.01mol%=0.00018)以上、0.22モル部(2.2×10mol%=0.22)以下の量のネオジムを含有するネオジム化合物を使用する。
【0056】
そして、これらの各化合物を混合し、混合物を得る。混合の方法としては、例えば小規模の製造であれば、少量のエタノールなどの溶媒の存在下で、乳鉢などを用いて湿式混合し、その後溶媒を揮発させて乾燥させることにより混合物を得ることができる。また、大規模な製造であっても、これに準じた方法で公知の製造装置等を用いて製造することができる。
【0057】
焼成工程では、このように調製した混合物を焼成する。焼成の方法としては、例えば小規模の製造であれば、得られた混合物をるつぼ等に収容し、加熱炉にて空気雰囲気下で加熱することで行うことができる。なお、このときの加熱温度は、前述の焼成温度と同様である。また、加熱時間としては、例えば、0.1〜100時間、好ましくは1〜12時間とすることができる。
【0058】
こうして得られた焼成物は、Nd
3+が固溶したSr
2SnO
4の結晶体を含んでおり、加熱炉から取り出して冷却することにより(冷却工程)、近赤外蓄光性蛍光材料となる。
【0059】
このように、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法によれば、近赤外領域にて残光性を示す蓄光性蛍光材料を製造可能な方法を提供することができる。
【0060】
以下、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料、及び近赤外蓄光性蛍光体、並びに近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法について、各種試験データ等を参照しながら詳説する。
【0061】
〔1.近赤外蓄光性蛍光材料の作製〕
ここではまず、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法について説明する。
図1は本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法を示したフローである。
【0062】
図1に示すように、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法では、まず、ストロンチウム化合物の粉末と、スズ化合物の粉末と、ネオジム化合物の粉末とを混合して混合物を得る混合工程を行う(ステップS10)。
【0063】
具体的には、ストロンチウム化合物としてSrCO
3を用い、2モル部に相当するストロンチウムが含まれる量を量り取った。また、スズ化合物としてはSnO
2を用い、1モル部に相当するスズが含まれる量を量り取った。また、ネオジム化合物としてはNd
2O
3を用い、0.02モル部に相当するネオジムが含まれる量を量り取った。
【0064】
そして、それぞれ所定量ずつ秤量した粉体に少量のエタノールを加えてメノウ乳鉢で湿式混合し、エタノールを揮発させて乾燥した混合物を得ることで混合工程を行った。
【0065】
次に、得られた混合物をアルミナ製のるつぼに収容し、加熱炉にて加熱する焼成工程を行った(ステップS20)。なお、ここでは、仮焼成と本焼成の二段階の焼成を行うことで焼成工程を行った。
【0066】
具体的には、混合物を収容したるつぼを加熱炉内に載置し、800〜1100℃にて1時間大気中にて加熱することにより仮焼成工程を行った(ステップS21)。なお、この仮焼成工程は、原料の炭酸塩(例えば、炭酸ストロンチウム)の炭酸成分を揮発させ、酸化物(例えば、酸化ストロンチウム)とするために行うものである。
【0067】
次に、仮焼成を終えた混合物に対し、加熱炉にて大気中で更に5時間加熱することにより本焼成工程を行った(ステップS22)。なお、この本焼成工程では、1100℃、1200℃、1300℃、1400℃、1500℃、1550℃、1600℃、1800℃でそれぞれ別個に加熱することにより、焼成温度の異なる8つの焼成物を得た。
【0068】
そして、得られた焼成物を加熱炉より取出し、大気中にて放冷することで(冷却工程・ステップS30)、焼成温度の異なる8つのサンプルを得た。
【0069】
〔2.XRD分析〕
次に、得られたサンプルについて、XRD分析を行った結果を
図2に示す。
【0070】
粉末X線回折測定の結果から、上述した製造方法によって得られたサンプルは、いずれの焼成温度においてもSr
2SnO
4相が得られていることが示された。なお
図2では、1200℃〜1500℃で焼成したサンプルのXRDの結果を示しているが、1100℃や1550℃、1600℃、1800℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料においても同様のピークが確認されている。
【0071】
また、Sr
2SnO
4相以外の不純物相の回折ピークは見られなかった。
【0072】
〔3.残光スペクトル〕
次に、波長254nmの励起光を1500℃にて焼成したサンプルに対して照射した際の赤外残光スペクトルと赤外蛍光スペクトルを
図3に示す。
図3からも分かるように、1500℃にて焼成したサンプルは、近赤外領域の残光を発することが示され、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料であることが確認された。また、赤外残光スペクトルと赤外蛍光スペクトルを比較すると、両者の形状は良く似ていることから、Sr
2SnO
4:Nd
3+の残光は蛍光と同じくNd
3+の電子遷移に由来することが確認された。また、1200℃〜1800℃にて焼成したサンプルについても同様の結果が得られ、これらの温度帯にて形成したサンプルは、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料であることが確認された。なお、ここでは励起光の波長を254nmとしたが、励起光の波長はこれに限定されるものではない。次に説明する残光励起スペクトルの図からも分かるように、450nm以下の波長であれば、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の残光用の励起光として用いることができる。
【0073】
〔4.残光励起スペクトル〕
次に、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の残光励起スペクトルについて確認した結果を
図4に示す。
図4において実線は蛍光励起スペクトルを示し、破線は残光励起スペクトルを示している。
【0074】
図4から分かるように、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料は、340nm付近の紫外領域で励起するのが最も良いことが分かる。より具体的には、励起光の波長を250〜450nmとすることで、効果的に残光を放射させることができる。
【0075】
〔5.残光の経時変化〕
次に、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の残光の減衰曲線を
図5に示す。
図5(a)に示すように、焼成工程における焼成温度を上げるにつれて、赤外蓄光特性は劇的に向上することが示された。
【0076】
また、
図5(b)に示すように、1500℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の蓄光の様子はカメラでもはっきりと確認でき、残光が数百秒間継続することが確認された。
【0077】
また、この1500℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の残光強度は、1200℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の残光強度に比べて2桁以上高い。この結果は、試料の焼成温度の上昇が赤外蓄光特性の向上に有効な手段であることを示している。
【0078】
しかしながら、本発明者らの更なる試験結果によれば、
図6に示すように、残光特性は1550℃をピークとして徐々に低くなることも分かっている。具体的には、1200℃以上、1800℃以下の温度帯であれば残光が認められるが、1200℃未満や1800℃を越える温度で焼成した場合には残光が認められなくなる。
【0079】
また、特徴的には、1550℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の残光強度は、1500℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の残光強度の約1.2倍高く、1600℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の残光強度は、1500℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の残光強度の約90%程度まで低くなる。また、1800℃にて焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の残光強度は、1500℃で焼成した近赤外蓄光性蛍光材料の残光強度の約1%程度まで低くなる。これらのことから、焼成温度の範囲は、1200〜1800℃の範囲内とするのが好ましいことが分かる。
【0080】
〔6.生体透過性の検証〕
次に、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光体(近赤外蓄光性蛍光材料)を用いる事で、その残光が、生体を透過可能であるかについて検証を行った。その様子及び結果を
図7に示す。
【0081】
ここでは、本試験に先立って、近赤外蓄光性蛍光体の作製を行った。具体的には、近赤外蓄光性蛍光材料(Sr
2SnO
4:Nd)をマトリクス材料としてのエポキシ樹脂に添加し、硬化させて成型した円柱状のペレットを本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光体として用いた。
【0082】
また、試験では、前述の近赤外蓄光性蛍光体のペレットを用い、全ての映像は同じカメラ(近赤外光対応、BU-51LN 、 BITRAN Co.)・同じ視野で記録した(
図7a)。
【0083】
先ず、本ペレットを紫外線(365nm、743μW/cm
2)で5分間励起し、直後にペレットを掌で覆い隠した。この時の明視野像からは、明るい環境光に照らされた手の甲が映し出されていることが確認できる(
図7b)。
【0084】
その状態で部屋を暗転させると、掌のペレットがある位置(円の部分)周辺のみ、発光で明るくなったのが確認できた(
図7c)。また、静脈が黒い線として映っている事も確認できる。これは、血液は他の生体組織と比較して近赤外光の吸収率が高いためである。
【0085】
以上から鑑みて、本暗視野像は、ペレットからの残光(近赤外光)が、掌(生体組織)越しに検出されている事を意味している。この現象は、近赤外発光を持たない従来の蓄光性蛍光材料では観測されない。
【0086】
以上のことより、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料や本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光体は、生体透過性の高い近赤外光を残光として発するものであり、生体透過性の低い波長で発光する従来の蓄光性蛍光材料の課題を解決可能な近赤外蓄光性蛍光材料や近赤外蓄光性蛍光体として使用できることが示された。
【0087】
〔7.熱ルミネッセンス測定〕
次に、焼成温度と蓄光特性の関連性を明らかにするために、熱ルミネッセンス測定による評価を行った。
【0088】
一定の温度上昇率のもとで熱ルミネッセンス強度を測定し、温度の関数としてプロットしたものはグロー曲線と呼ばれ、このグロー曲線を解析することにより、材料内の格子欠陥濃度や格子欠陥の準位を求めることができる。
図8は1.5K/sの昇温スピードの下で各焼成温度における試料のグロー曲線を比較したものである。
【0089】
図8から明らかなように、焼成温度を上げるにつれてグロー曲線の強度は増大しており、焼成温度と格子欠陥に関連性があることを示唆している。
【0090】
また、このグロー曲線の解析結果を
図9に示す。焼成温度を上げるにつれて、材料内の欠陥準位が深くなるとともに、格子欠陥濃度も増加していくことが明らかとなった。すなわち焼成温度の上昇により、材料内の格子欠陥濃度や格子欠陥準位が増加し、蓄光特性の大幅な向上に結びつくことが明らかとなった。すなわち、焼成温度が上昇するにつれて残光強度が著しく上昇することや、近赤外蓄光性蛍光材料内の欠陥濃度や準位が増加すること、残光強度の増加と欠陥準位・濃度の増加に相関性があることが示された。なお、
図9中、1200℃における残光強度のデータは、いずれの時間においても0μW/cm
2となっているが、実際は、
図5でも示したように、nW/cm
2のオーダーで発光が認められている。また、1550℃、1600℃、1800℃においても発光が認められている。
【0091】
このように本実施形態に係る蓄光性蛍光体は、優れた赤外発光の残光特性を示すことが確認された。
【0092】
〔8.Ndの濃度依存性の検証〕
次に、Ndの固溶濃度が残光にどのような影響を及ぼすのかについて検証を行った結果を
図10に示す。
図10(a)はNdの濃度を0.1〜1mol%まで変化させた時のグラフであり、
図10(b)は、Ndの濃度を1〜5mol%まで変化させた時のグラフである。縦軸は残光強度を示しており、横軸は時間である。また、
図10(c)は励起光の照射を終えて30秒後の残光強度の値を示した表であり、Ndの濃度を0.1〜5mol%まで変化させた時の値、特に1〜2mol%の間の詳細な値を示している。
【0093】
図10(a)に示すグラフからも分かるように、Ndの濃度が0.1〜1mol%の範囲では、何れの濃度であっても残光を示すことが確認された。また、Ndの濃度が上昇するにつれ、残光特性が向上することが示された。
【0094】
また、
図10(b)に示すグラフからも分かるように、Ndの濃度が1〜5mol%の範囲においても、いずれの濃度であっても残光を示すことが示された。しかしながら、1mol%を境に残光は減少に転じることが示された。
【0095】
また、
図10(c)の表に示すように、1〜2mol%の間の濃度では、1.3mol%の時に1.76μW/cm
2に減少したのち、1.5mol%や1.7mol%となるとそれぞれ、1.80μW/cm
2、1.86μW/cm
2と再び増加する傾向が見られたが、Ndの濃度を1mol%とした時が最も強い残光を示していた。
【0096】
併せて、具体的なデータはここでは示していないが、Ndの濃度を0.01mol%とした場合や、10mol%した場合においても、残光強度はそれぞれ0.1mol%とした時や5mol%とした時と比較して低くなるものの、残光を示すことが確認された。
【0097】
これらのことから、Ndの固溶濃度は、1mol%をピークとして、0.01〜10mol%の範囲内とすることにより、近赤外領域にて残光を放射可能な蓄光性蛍光材料や蓄光性蛍光体とすることが可能であることが示された。
【0098】
上述してきたように、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料では、Nd
3+が固溶したSr
2SnO
4の結晶体を含有することとしたため、近赤外領域にて残光性を示す蓄光性蛍光材料を提供することができる。
【0099】
また、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光体では、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料を所定のマトリクス材料中に分散させて形成したため、近赤外領域にて残光性を示す蓄光性蛍光体を提供することができる。
【0100】
また、本実施形態に係る近赤外蓄光性蛍光材料の製造方法では、2±0.2モル部のストロンチウムを含有するストロンチウム化合物の粉末と、1±0.1モル部のスズを含有するスズ化合物の粉末と、前記ストロンチウム化合物に含まれるストロンチウム量の0.01〜10mol%に相当するネオジムを含有するネオジム化合物の粉末とを混合して混合物を得る混合工程と、前記混合物を焼成することによりNd
3+が固溶したSr
2SnO
4の結晶体を含む焼成物を生成する焼成工程と、前記焼成物を冷却して近赤外蓄光性蛍光材料とする冷却工程と、を有することとしたため、近赤外領域にて残光性を示す蓄光性蛍光材料の製造方法を提供することができる。
【0101】
最後に、上述した各実施の形態の説明は本発明の一例であり、本発明は上述の実施の形態に限定されることはない。このため、上述した各実施の形態以外であっても、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能であることは勿論である。